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魔族転生  作者: 桃源郷
第二章 青年期
14/30

閑話 ~それぞれの想い・セシリア編 1~

気長にお待ちいただいていた読者の皆様、申し訳ございません。

随分と間が空いてしまいましたが、続きとして閑話の投稿です。


主人公の誕生以前から、第二章 第五部までのセシリア視点となります。

どうぞ、最後までお楽しみくださいませ。

今日、マゼリシオ様から奥方様に3人目となるお子様が男性であると聞かされました。魔族の肉体ランクは男性の方が高い事が多いそうなので、軍事で功績を上げて大きくなったというフォルティス家にとっては喜ばしい事です。

しかし、お腹の中のお子様は少し気難しい方のようで、頻繁に奥方様の中で暴れられるそうです。奥方様のお休みの時間になっても食事の時間でも構わずお腹を蹴っているそうです。他の魔導生命体や従者の魔族の方々がどのように宥めても大人しくならないとかで、奥方様がお疲れだそうです。気性が荒い事は魔族には珍しくない、むしろ、それが当たり前の事なのだそうですが、今回のお子様はかなり激しいそうなのです。


そこで、また暴れられているというお子様を静める為に、今回は私が呼ばれました。

「まぁ、造られてから半年程度のセシリアにどうにかできるとも思えんが、他の者ではどうにもならなんでな。ダメ元というやつじゃ。とにかく、お腹のお子を大人しくさせてみぃ。奥方様は十分にお休みになられておられんせいで、非常にご機嫌が悪くてのぅ」

「はい。マゼリシオ様」

「うむ。では、行くぞい」

マゼリシオ様が足を進められて、私はその後についていきます。


困りました。お腹の中の子を大人しくさせる方法なんて、私に埋め込まれた知識の中には全くありません。触れる事もできないのですから、声を掛ける事しかできないのですが、何を言えばいいのか、全く分からないのです。

しかし、私はフォルティス一族に仕える魔導生命体です。なんとかしてお役に立たないと・・・


埋め込まれた知識を必死で掘り返して考えてみたものの、良い方法が浮かばないままに奥方様のお部屋の前に到着してしまいました。

「奥方様。お待たせして申し訳ございませぬ。セシリアを連れて参りましたぞ」

「さっさと入りなさいっ! 何でも構わないから、少しゆっくりと休ませてもらいたいわっ!!」

扉の向こうから、奥方様の非常にご機嫌が悪い声が響いてきて、マゼリシオ様は中に入り、私も続いて入室します。

「早く何とかしてちょうだいっ!! こんなにお腹を蹴られていたら、眠れるものも眠れやしないっ!!」

「セシリア、やってみぃ」

「はい。では・・・」

奥方様とマゼリシオ様に行動を促されて、私は歌を唄ってみました。


声はお腹の中にいる間から聞こえているそうなので、何かを言わなければと考えていましたが、何も浮かびませんでした。しかし、行動を促された後にまで考えている時間はありません。なので、語りかけずに声を聞いてもらえる手段を取りました。赤ん坊は子守歌を好むという知識が掘り起こされていたので、お腹の中にいるお子様にも聞いてもらえるのではないかという、ただの思いつきです。


「歌? そんなの、他の連中も・・・? あら?」

「い、いかがなされましたか? 奥方様」

「・・・驚いたわ。この子、大人しくなったわよ」

「おおっ。それはよぉございました」

「これでなんとか眠れそうね。セシリア、だったわね? あなたは私が眠るまでずっとそこで唄っていなさい。あと、今後またこの子が暴れ始めたらすぐに来て、私がいいと言うまで唄い続けるように。あぁ、返事はいいわ。また暴れられたら堪らないもの」

返事をするなと言われたので、そのまま唄い続けます。


しかし、他の方も歌は試されたそうなのに、どうして私の歌で大人しくなられたんでしょうか? ただの偶然でしょうか?


「マゼリシオ。この魔導生命体の最優先の仕事よ。他の何を置いても、この子を大人しくさせる事。いいわね?」

「かしこまりました。奥方様」

その夜、奥方様がお休みになるまで私は唄い続けました。




それからも、お腹の中のお子様が暴れる度に奥方様に呼ばれて、私は歌を唄いました。最初に大人しくなったのは偶然では無かったようで、私が唄い始めるとお子様は大人しくなってくれるようです。

お腹の中のお子様は私を気に入ってくれているのでしょうか? 不思議です。私は特別に出来の良い魔導生命体ではありません。むしろ、情緒面での不良があるようで、他の魔導生命体のようにフォルティス家の方々を気分良くさせるような振る舞いができない欠陥品と言われていました。それなのに・・・




そして、そのお子様が産まれてくる日がやってきてしまいました。

やっと会えると思う反面、産まれてきてしまえばもう私のような欠陥品では接する機会がないかと思うと、胸が締め付けられるような、今までに感じた事のない気持ちになります。この気持ちは一体なんなのでしょうか?

初めての気持ちと感覚に頭が混乱してしまっている中で、お子様が産まれました。普通なら、魔導生命体が出産に立ち合う事など有り得ませんが、私だけがお子様を大人しくさせられるからという理由で、暴れた時の為に立ち合いを許されたので、産まれてすぐに会える事になったんです。産まれたお子様を見て、初めて<嬉しい>という感情が理解できました。でも、もう接する機会はなくなってしまうと思うと、とても胸が痛くなりました。こんな感覚も初めてです。これが<悲しい>というものなんでしょうか・・・

しかし、産まれたお子様は、フォルティス一族としては非常に肉体ランクが低く、奥方様はすぐに興味を失われてしまいました。そして、私はそのお子様の世話を命じられました。これまで、単独での役目を与えられた事のなかった私にはそれがとても嬉しいものでした。例え、それがフォルティス一族にとっては価値の無い[前兆の子]のお世話だったとしても。

それに、腕の中にいる私の主人(マスター)となったお子様を見ていると、何故かとても胸が暖かくなります。私の胸で眠るご主人様(マスター)を見ていると、初めて単独の役目を与えられた事がどうでもよくなる程に何かが満たされてしまいます。やっぱり、私は欠陥品です。フォルティス家に与えられた役目がどうでもいいと感じるなんて、魔導生命体として有り得ないんですから。





しかし、そんな気持ちはご主人様(マスター)と過ごす時間が経てば経つ程に大きくなっていっています。そして、ご主人様(マスター)と一緒に過ごしていく内に、いろんな気持ちが私を揺さぶるようになっていっています。


「さて、そろそろ寝るか」

「はい。ご主人様(マスター)

ご主人様(マスター)の言葉に返事をして、私は私の、ご主人様(マスター)ご主人様(マスター)の寝室に別れて入ります。

ご主人様(マスター)が12歳になった頃から別々の部屋で眠るようになってしまっています。ご主人様(マスター)が寝不足気味の状態となってしまう日が続いてしまい、別の部屋でないとしっかり休めないと仰ったからです。私はご主人様(マスター)の邪魔になってしまうのかととても悲しくなりましたが、ご主人様(マスター)はそれを完全に否定して、10日に1回は一緒に寝てくれると約束してくれました。


でも、やっぱりご主人様(マスター)がいない夜は嫌です。ご主人様(マスター)が側にいないと、いつも胸が締め付けられるような感覚がしてくるんです。この感覚は何なのでしょうか? ご主人様(マスター)と一緒に眠れない夜はこの感覚の正体を考えてみるのですが、いつも答えが見つからないままにいつの間にか眠ってしまっています。

でも、今日はおかしいです。こんなにきつく胸が締め付けられるのは、今日が初めてです。<悲しい>とは少し違います。それは胸の締め付けが強くなった今ならはっきりと分かります。でも、涙が溢れてきそうになってしまいます。どうして? 今日はご主人様(マスター)に初めて頭を撫でてもらって、またいつでも撫でてくれるって仰ってもらえた嬉しい日なのに・・・・これは・・・・この気持ちは・・・




<寂しい>




やっと出た答えに自分で驚きます。寂しいだなんて、魔導生命体が思うような事ではありません。でも、それが今の気持ちにピッタリな表現。そして、答えが出るともう我慢ができなくなってしまい、ご主人様(マスター)の寝室に足を向けてしまいました。もうご主人様(マスター)はお休みになっているかもしれないのに。


でも、どうしても、ほんの少しでいいからご主人様(マスター)の顔が見たい・・・


そんな気持ちが全く抑えられず、ご主人様(マスター)の寝室の扉の前まで来てしまいました。でも、起こしてしまうかもしれないのに、ノックをするわけにはいきません。かと言って、ノックも無しに勝手に入るなんて、いくらご主人様(マスター)が優しくて許してくれると思っても、そんな事はできません。


ご主人様(マスター)の部屋の前で立ち竦んでいると、部屋の中から何かが聞こえて耳を澄ましてみます。

「ね、眠れねぇ・・・セシリアの奴、可愛過ぎるんだよ」

聞こえてきたご主人様(マスター)の言葉に、耳を疑うと同時に全身が一気に熱くなります。

「頭撫でただけであんなに嬉しそうにするとか、どんだけ可愛いんだよ。忠誠心の延長なんだろうけど、勘違いしたくなるっての。くそぅ、何故にこういう経験値だけは常人以下なんだよ」

続けて聞こえてきた言葉に頭が真っ白になってしまって、思わず逃げるように自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込みます。


可愛い? ご主人様(マスター)が? 私を? 可愛いって・・・・


胸の鼓動が張り裂けそうな程に速く激しくなって、全身が物凄く熱くて、頭の中がグチャグチャになっています。きっとこの上なく混乱しているんだと思います。

でも、何故かさっきまでの寂しさはどこかへ行ってしまったようで、むしろ、胸が今までに無いくらいに満たされています。ご主人様(マスター)だけに仕えてほしいと言われたあの日よりも・・・




それから胸の高鳴りがなかなか収まらず、あまり眠れないままに翌朝を迎えてしまいました。

でも、何故か少しも体は辛くありません。ご主人様(マスター)を起こす為にご主人様(マスター)の部屋に向かう足は、むしろ、普段よりもさらに軽いくらいです。

そして、ご主人様(マスター)の寝室に着いて、ノックをしようとしました。ご主人様(マスター)は朝が苦手なので、起こしてあげなければいけない事が多いからです。

しかし、どうしてでしょうか? また急に顔が熱くなってしまい、ノックをしようとする手が震えています。でも、今日は明日からの魔獣狩りの準備をする予定の日です。起こしてあげないと、明日からの魔獣狩りでご主人様(マスター)が困ってしまいます。


正体不明の戸惑いをやっとの思いで振り切って、ノックをしました。でも、いつもよりもずっと弱々しいノックです。それから、ご主人様(マスター)の返事を少しの間待ってみましたが、何も反応はありません。反応が無い時はまだお休みの時です。

起こす時には勝手に入って良いと仰ってもらっていますから、静かにご主人様(マスター)の部屋に入ります。そして、ご主人様(マスター)の寝顔が目に入った瞬間に、また顔が一気に熱くなりました。


どうして? ご主人様(マスター)の寝顔はいつも見ているのに・・・鼓動がうるさい。この音でご主人様(マスター)が起きてしまわないでしょうか?




起こさなければいけないのに、もう少しだけご主人様(マスター)の寝顔が見ていたくて、起こさないように、眠っているご主人様(マスター)の枕元の床に膝をついてそっと顔を側に寄せます。


いつものご主人様(マスター)の寝顔・・・ご主人様(マスター)の匂い・・・


頭がポ~っとしてしまいます。こんな気持ちは初めてです。これは一体なんなのでしょうか? ご主人様(マスター)はいつも通りなのに、私だけがおかしくなってしまっています。

頭の片隅で<ご主人様(マスター)を起こさなければ>という声がして、正体不明の気持ちを振り切ってそっとご主人様(マスター)の体を揺すります。

ご主人様(マスター)。あの、朝、です」

私の言葉に、ご主人様(マスター)が眠そうに目を少しだけ開きます。

「ん、ん~・・・まだ眠い・・・・・!!!」

眠そうな口調で仰って、ほんの2~3秒後に慌てた様子で体を起こすご主人様(マスター)

「お、おはよう、ございます。私のご主人様(マイ・マスター)

まだポ~っとしてしまっている頭のままで、鼓動だけが速くなっていくのを感じながら挨拶をする私。何故かご主人様(マスター)は驚いているようです。

「お、おはよう、セシリア」

ご主人様(マスター)が挨拶を返してくれて、私はポ~っとした頭のままで立ち上がります。


どうして? ご主人様(マスター)が目を覚ます所はこれまでにも何回も見ているのに、また鼓動が速くなってきます。


「? セシリア? 風邪でもひいたか?」

ご主人様(マスター)が心配そうに仰りながら、私の額に手を当てました。その瞬間、顔から火が出るかと思う程に顔が熱くなって、膝から力が抜けてしまい、尻餅をついてしまいました。

「お、おい? ホントに大丈夫か?」

ご主人様(マスター)はまた心配そうに仰ってくださいながら、座り込んでしまっている私の側に膝をついてくれます。


ご主人様(マスター)は私を心配してくれているのは嬉しいのに、何故か尻餅をついた拍子に少しだけ捲れてしまっていたスカートの裾が恥ずかしくて堪らなくて、頭がほとんど真っ白になってしまっています。


「は、ははははは、はい。私のご主人様(マイ・マスター)

なんとか返事だけはしましたが、胸の高鳴りは全く収まってくれません。

「ホントにどうしたんだ? ほら、立てるか?」

「は、はい。す、すみません、ご主人様(マスター)

ご主人様(マスター)は心配そうに仰りながら、私に手を差し伸べてくれます。その手を取ると、何故か胸が満たされていきます。


これは・・・何? 胸がいっぱいで、体がふわふわして・・・・これが、<幸せ>?

そうです。ご主人様(マスター)の側にいられて、ご主人様(マスター)に触れられて、ご主人様(マスター)に気に掛けてもらえると、胸がいっぱいに満たされるんです。ご主人様(マスター)を起こしにきたり食事の準備をしたりするのが幸せなんです。恥ずかしくて嬉しくて、とても幸せです。




それなのに、ご主人様(マスター)は私に主人(マスター)を変えるように言いました。

戦場は確かに危険な所だと思います。いくらご主人様(マスター)の魔法のおかげで強くなれるとは言っても、死んでしまうかもしれません。


でも、それでも、私はご主人様(マスター)の側にいたい。ご主人様(マスター)以外の主人(マスター)なんて、考えられないっ。ご主人様(マスター)以外の主人(マスター)なんて要らないっ。


そんな魔導生命体としては有り得ない気持ちが胸の中で破裂して、ご主人様(マスター)から逃げ出しました。ご主人様(マスター)に捨てられてしまうなんて、耐えられないから。

「セシリア!」

でも、ご主人様(マスター)はすぐに追い付いてきて、後ろから私の手を掴んでくれました。

それが嬉しくて、でも、ご主人様(マスター)の口から決定的な言葉を聞かされるのが怖くて、

「・・・ご主人様(マスター)ッ」

縋るようにご主人様(マスター)を抱き締めます。

「・・・捨てないで・・・・・私の主人(マスター)ご主人様(マスター)だけなんです・・・・」

「セシリア・・・俺は」

「他の主人(マスター)なんて要らないっ! 危険な所でもどこでも構わないっ! 私の居場所はご主人様(マスター)の側だけっ!!! 捨てな」

ご主人様(マスター)が次に口にする言葉はきっと私が絶対に聞きたくない言葉だから、ご主人様(マスター)の言葉を遮って必死でお願いしようとしましたが、強く抱き締められて言葉が途切れてしまいます。

「っ・・・ご主人様(マスター)・・・」

「ごめんな、セシリア・・・」

「っっ」

本当に申し訳無さそうに謝るご主人様(マスター)に、私は首を横に振る事しかできなくなってしまいます。


謝ってほしくなんかないんです。私はただご主人様(マスター)の側にいたいだけ・・・お願いします・・・捨てないで・・・・


「ごめん。そんな風に思ってくれてるなんて、考えてもなかったんだ。マゼリシオ婆さんに与えられた役目の為だけだと思ってた。だから、セシリアには新しい主人に仕えてもらって、安全なトコで幸せに過ごしてほしかったんだ」

ご主人様(マスター)のバカ・・・私はご主人様(マスター)に仕えていられるのが幸せなのに・・・・バカ・・・・・」

「ん。ごめん。ホントに鈍感大馬鹿野郎だ、俺は」

また謝るご主人様(マスター)をおもいきり抱き締めます。


違うんです。謝ってほしくなんかないんです。ただ私はご主人様(マスター)の側に・・・・


「それでも・・・こんな大馬鹿野郎だけど、これからも一緒にいてくれるか?」

ご主人様(マスター)がそう仰ってくれた瞬間に、嬉しさの余りに頭の中が真っ白になりました。


これからもご主人様(マスター)の側にいられる・・・ご主人様(マスター)ッ、ご主人様(マスター)ッ。


言葉にならない気持ちが弾けて、私の体が勝手に動きます。それから、待ち望んでいたご主人様(マスター)の言葉に返事をしました。

でも、何故かご主人様(マスター)は顔を真っ赤にして言葉を無くしてしまっています。どうされたんでしょうか?

「ど、どうしたって言、言うか、い、今のキスって・・・」

ご主人様(マスター)の言葉の意味が一瞬分かりませんでした。でも、さっき、体が勝手に動いた時の事を思い返して、自分のした事を認識した途端に全身が一気に熱くなって膝の力が抜けてしまいました。


マ、ご主人様(マスター)にキス・・・どうしてそんな事をしてしまったんでしょうか? ご主人様(マスター)主人(マスター)なのに。キスは愛し合う魔族同士がするものな筈なのに。私は魔導生命体で、欠陥品なのに。


戸惑いと混乱が頭を支配する中、ご主人様(マスター)は慌てて、尻餅をついてしまった私の傍で膝をついてくれます。でも、ご主人様(マスター)の顔がすぐ近くにきてしまい、さらに全身が熱くなってしまい、ご主人様(マスター)の顔が何故かまともに見られません。


「・・・・どうして、でしょう・・・?・・・・胸が、痛くて、苦しい、です・・・・」

「ハァ・・それ、嫌な痛みか?」

ご主人様(マスター)の問いかけに、半ば反射的に全力で首を振ります。


嫌な筈がありません! どうしてこんな風になってしまっているのかは分かりませんが、それだけはハッキリと言い切れます!


「ん。じゃあ、今はもう深く考えるな。正直、俺も照れ臭くてたまらんし」

ご主人様(マスター)がそう仰った途端に、不安が胸を包みます。


欠陥品の魔導生命体な私があんな事をしてしまうなんて・・・いくらお優しいご主人様(マスター)でも嫌だったのではないでしょうか? 嫌われて、しまった、でしょうか? やはり、捨てられてしまうのでしょうか?


「喜んでるっての。見て分かれ、言わすな、余計に照れ臭い上に恥ずかしいっ」

まるで、私の不安を吹き飛ばすように、ご主人様(マスター)は顔を赤くしながら仰ってくださいます。


そのご主人様(マスター)の様子が嬉しくて、胸が締め付けられるような、どこか落ち着かないような、よく分からない感覚が湧き上がってきてしまいます。

私を立ち上がらせようとご主人様(マスター)が手を差し出してくださって、嬉しいのに何故かその手を取るのにも戸惑ってしまいます。


歩き始めてからも、いつもなら手を握る事に戸惑いなんて覚えなかったのに、何故かご主人様(マスター)の服の裾をそっと摘まむのが精一杯です。

それなのに、何故か足が地に着いていないかのような、ふわふわとした感覚に包まれてしまっています。


「もうあんな事言わないよ。俺はずっとセシリアの主人(マスター)でいるから」

「はい。私のご主人様(マイ・マスター)

何よりも嬉しいご主人様(マスター)の言葉。


でも、どうしてなんでしょうか? 何か、物足りない感じがしてしまいます。ついさっきまで、それだけが私の望みで、そうあって欲しいと思っていた筈なのに。魔導生命体として、ましてや、欠陥品である私にはこれ以上望むべくもない最上の栄誉である筈なのに・・


「ごめんな」

「・・・・・・・・いいえ」

何故か、すぐに返事ができませんでした。

「そ、そう怒るなよ。悪かったってば。セシリアがあんな風に思ってくれてるなんて思いもしなかったんだよ。魔導生命体の主人が替わる事なんかよくあるみたいだし・・・」

「私の主人マスターはご主人様マスターだけです」

ご主人様(マスター)の仰っている事は間違いではない筈なのに、何故か私の声は非常に不機嫌なものとなってしまいました。


おかしいです。魔導生命体が主人(マスター)を前にしてこんな態度を取ってしまうなんて、普通は有り得ません。ましてや、私は感情が欠落していて、他の魔導生命体のように怒ったり笑ったりもできない欠陥品な筈です。


「も、もう分かってるよ。だから、そう怒るなよぉ」

「・・・・・怒ってなんかいません」

ご主人様(マスター)の言葉に、思わずそっぽを向いてしまいました。


でも、ご主人様(マスター)の言葉で自覚してしまいました。

そうです。私は怒っているようなんです。ご主人様(マスター)に捨てられてしまいそうになった事が悲しくて、私の主人(マスター)ご主人様(マスター)だけだという気持ちを分かってもらえていなかった事が寂しくて・・・

でも、ご主人様(マスター)がずっと私の主人(マスター)でいてくれると仰ってくださった事は本当に嬉しいんです。ですから、そんなに怒っているわけでもないとも思うのですが・・・


どうしてこんな態度を取ってしまっているのでしょうか? こんな態度を主人(マスター)に取ってしまうなんて、魔導生命体として、本来なら許される筈がありません。


自分で自分の取っている態度に僅かに混乱していると、ご主人様(マスター)が頭を撫でてくれました。

「機嫌直してくれよ。な?」

そう仰るご主人様(マスター)の顔を見ると、また顔が一気に熱くなってしまい、混乱も戸惑いも全てが吹き飛んでいってしまいました。





それから、明日の出発に向けての買い物を済ませ、屋敷に戻り、荷造りをする為に一旦ご主人様(マスター)を別れます。

と言っても、買い物をしながら纏めていましたから、不足がないかの確認を行うだけなのですが。

簡単な作業ですので、それもすぐに終わってしまいました。終わってしまうと、なんだか時間を持て余してしまいます。


考えてみれば、何もする事が無い時間というのはこれまでほとんど無かったように思います。

ご主人様(マスター)が魔法の研究をされている間は、お邪魔にならないように控えていて、ご休憩のタイミングでお茶を用意していましたし、この数年は魔法の効果実証や戦闘訓練をご一緒してきました。カサリナさんとルーシアさんとお出かけになる際には私も同行させてもらっていました。

何もする事が無い時間なんて、ご主人様(マスター)が何もする事が無い時間が無かったのと同じようにほとんど無かったんです。


ご主人様(マスター)も時間を持て余していないでしょうか? いえ、たまにはのんびりとした時間も必要な筈です。しかし・・・


全く落ち着きません。

ご主人様(マスター)が産まれてきてくださるまでは碌に役目も与えられず、このような時間が大半でした。あの頃はそれで落ち着かないといった気持ちになる事もなかったのに、落ち着かないのです。それも、何か仕事を与えてほしい・役目が与えられたいといったものではなく、ただご主人様(マスター)の傍に行きたいだけという、魔導生命体には有り得ない自分自身の欲求からのもので・・・


やはり、私は欠陥品みたいです。魔導生命体が己の主人(マスター)に対して持つ欲求と言えば、<主人(マスター)に尽くしたい>というものだけである筈です。それなのに、私は自分自身の為にご主人様(マスター)の傍に行きたいと思ってしまっています。




そんな有り得ない欲求を堪えきれずに、ご主人様(マスター)のお部屋を訪ねてしまいました。勿論、ご迷惑なようであれば、すぐに引き返すつもりで。ご主人様(マスター)に嫌われたくなんてありませんから。

しかし、そんな考えは全くの杞憂であったかのように、ご主人様(マスター)はいつも通りのお優しい笑顔で私を迎え入れてくださいました。ご主人様(マスター)も時間を持て余してらっしゃったようです。


でも、そんなに見つめられてしまうと、何故か物凄く恥ずかしいです。でも、とても嬉しくて、胸が張り裂けそうなくらいに何かが溢れ返ってきてしまいます。


そのせいで、衝動的な言葉が口から溢れてしまいました。

「あの・・・ご主人様(マスター)。お願いしても、いいでしょうか?」

魔導生命体から己の主人(マスター)に対して願いを口にするなんて、本来なら有り得ませんし、立場上も許されるものでもありません。なのに、私の口は止まってくれなくて・・・

「・・・・・やっぱり、一緒に寝たい、です」

自分自身の勝手な欲求を口にしてしまっていました。

それを、ご主人様(マスター)は顔を真っ赤にされながらも、私の有り得ない言動を咎める事もなく、どこか嬉しそうに受け入れてくださいました。


もう嬉しさでどうにかなってしまいそうです。




その夜、ご主人様(マスター)の胸に体を寄せて、狭いベッドで一緒に休ませてもらっていると、とてつもなく恥ずかしいのですが、この上なく幸せな気持ちになれました。

なんだかすぐに眠ってしまうのが勿体なくて、夜中まで眠れませんでした。いえ、勿体ないという気持ちだけではなくて、胸が張り裂けそうなくらいに高鳴ってしまっていて、眠るに眠れなかったんです。


ご主人様(マスター)も、目は閉じてらっしゃってもすぐには眠られなかったようでしたが、今はもう寝息を立ててらっしゃいます。

起こしてしまわないように、そんなご主人様(マスター)をそっと見上げてみます。


そうです。今はもうご主人様(マスター)を見上げないと、その顔を見る事ができなくなっているんです。あんなに小さかったご主人様(マスター)は、もう私よりも少し背が高くなって、体も大きくなって昔とは逆に私が抱き包まれてしまっています。


今更ながらに、そんな事を改めて認識すると、今の状況がまたとてつもなく恥ずかしくなってきてしまいます。しかし、それ以上の幸福感が胸を熱くしています。

いつも、というのは恥ずかしくて身が持たない気がしますが、またいつか、機会があればまたこうしてご主人様(マスター)に抱き包まれて眠りたいです。



そんな私の勝手な望みを胸に秘めて、ご主人様(マスター)の手をそっと握ってみました。



あぁ、もうずっと夜が明けなければいいのに・・・・

ほんの少し昇進してしまってから、鬼のように仕事量と拘束時間が伸びてしまいました。おかげで、筆が進められず・・・お待ちいただいていた方々がいらっしゃったら、本当に申し訳ないです。

実はまだまだ全然仕事が落ち着かず、むしろ、仕事量は増える一方でして・・・正直、次の投稿がいつになるやらという感じです。


絶筆だけはしませんので、気長にお待ちいただければ幸いです。

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