育て親と小さな変化といつもと違う朝
いつもと様子が違ったセシリア。彼女は感情表現が乏しいだけで、決して無感情なわけではないんです。
第二章 青年期 第三部の開幕です。
どうぞ、最後までお楽しみくださいませ。
ルーシアを家に送り届けて、帰宅した後、俺はすぐにセシリアの部屋を訪ねていた。
3年前からセシリアとは部屋が別になっている。と言うか、本当はもっと早くにそうしたかったんだけど、セシリアが猛烈に嫌がったのだ。初めて部屋を別にしたいって言った時のセシリアのあの泣き出しそうな顔は強烈な罪悪感を誘い、強行できなかったのだ。
でも、さすがに12歳にもなると、男としての部分が機能し始めるだけに耐えるにも限界がある。必死の説得でなんとか納得してもらったけど、セシリアがあんまりにも悲しそうな顔をするから、10日に1回は一緒に寝る事になってたりする。いい加減に男として認識してほしいもんなんだけど、小さい頃から世話をしてたら仕方ないのかもと半分諦めてる。
余談だけど、イケメンだったら、こういうトコでの反応も変わってたのかもと考えてしまった時は本気で落ち込んだ。
「なんでしょうか? ご主人様」
「大した事じゃないんだけどさ。さっきカサリナ達と一緒にいる時に何か言いたそうだったのに、結局口にしなかったからどうしたんかと思ってな」
俺の言葉に、フイッと顔を背けるセシリア。
な、なんだ? この反応・・・初めて見る反応なんだけど・・・・もしかして、何か怒ってる?
「・・いいえ、何でもありません」
「いや、なくはないだろ。そんな反応、初めて見たぞ」
「・・・・自分でも、よく、分からないんです」
そっぽを向いたまま言うセシリア。
え、えぇぇぇ~・・・自分でも分からんって・・・
あの時は、ルーシアの頭を撫でて、カサリナがヤキモチっぽい感じで文句言ってきたからカサリナも撫でて・・・・・って、まさか、セシリアも妬いてんのか!? いやでも、セシリアもド級の美人だしなぁ・・・第一、そういう感情があるんなら、一緒に寝たりするのを照れたり恥ずかしがったりしてもおかしくない筈だし・・・・
転生しても、やっぱり女の子の考える事はよぉ分からん・・・・でも、機嫌が良くないのは間違いないし、試しに撫でてみるか? まぁ、怒りはしない・・・・・・よなぁ? くそぅ、転生してるから他の同年代の奴よりも人生経験は豊富な筈だってのに、こういう経験値は全くないのが悲し過ぎる。
女性に縁の無かった前世を軽く呪いながら、そっぽを向いたままのセシリアの頭を撫でてみる。
「!!」
撫で始めると同時に、体をビクンッと反応させて、俺と同じ赤紫の髪から覗く長い耳が見る見る内に真っ赤に染まっていく。
「セ、セシリア?」
意外過ぎる反応に、思わず手を離してしまうと、その瞬間に物凄い勢いで振り向いてくるセシリア。
「あ・・・」
振り向いて目が合うと、さらに真っ赤になって俯いてしまうセシリア。その反応に、俺まで顔が熱くなってきてしまう。
え、えっと・・・・・これは、間違いなく照れてる、よな?
「セ、セシリア?」
「は、はいっ、私のご主人様っ」
俯いたまま、撫でていた俺の手をぎゅっと握ってくるセシリア。
え? えぇ~? マジで? これ、照れて喜んでるんだよな? それが何故に一緒に寝たりすんのは平気なわけ? それとも、そういうのとはまた別? サッパリ分から~んっ!!
「え~と・・・・・こうされたかった、とか?」
「は、はい。多分、そうなんだと、思います」
戸惑い半分、喜びを半分といった感じで言葉を紡ぐセシリア。
多分って・・・あぁ、そうか。魔導生命体は主人に仕えて尽くす事を目的として作られてるから、自分が何かをしてもらいたいとかは考える事が基本的に無いんだ。唯一の欲求は自分の主に仕え続ける事。自分が用無しになるってのは存在意義を失う事になるから。
考えてみたら、昔の賭けの報酬も結局は俺が喜ぶからってので決めてたし、何かを押し通す時も俺の身を案じたり世話をする為だったりする時ばっかりだったもんな。
でも、今回のこれは確実に違う。少しずつ変わってきてる、って事か?
いやまぁ、元からセシリアは結構特殊だったんだけどな? これまでに会った他の魔導生命体は極端に心配性でも過保護でもなかったし、セシリア程に甲斐甲斐しく尽くしたりもしてなかったし。
しかし、これはどう捉えたらいいんだ!? 異性としてなのか!? それとも、忠誠心の延長!? 異性としての好意だって捉えたいけど、前世の記憶の黒歴史が<勘違いするとまた爆死するぞ>って言ってるし!! 女の子の考えてる事はマジで分からぁぁぁ~んっっ!!
「あの・・・もう、おしまい、です、か?」
表情に出る程に残念そうに言うセシリア。
「い、いや、セシリアがしてほしいんなら構わないんだけど」
握られた手とは反対の手で、またセシリアの頭を撫でてやる。いつもの感情に乏しい表情の中に、僅かに喜びの色が混じり、また真っ赤になるセシリア。
うわ、なに? この可愛い生き物・・・・セシリアが完全に年下の女の子に見えたのなんか初めてだぞ。いや、実年齢はほぼ同い年なんだけどね? ほら、元が28歳なだけに、他の同年代の子とかは年下にしか見えないわけよ。でも、セシリアだけは見た目が最初から大人で、しかも、ずっと俺の世話をしてきてくれたからそんな風には捉えられなかったわけで。視線が完全に保護者だったし。
でも、この顔はヤヴァイ。相変わらず表情は乏しいんだけど、俺には充分に読み取れるくらいに嬉しそうにしてくれてる。しかも、俺の勘違いじゃなかったら、照れも混じって。
そんなセシリアにドギマギしながら、撫でる事しばらく。一向に満足する気配も飽きる気配も見せないセシリアだけど、俺の腕が怠くなってきてしまった。
「きょ、今日はこれくらいにしとこうか」
「はい」
撫でるのを止めて言う俺に、死ぬ程に残念そうな顔をして返事をするセシリア。
そんな顔をしないでくださいませんか? 照れ臭いのと罪悪感とが半端無いんですが・・・
「そんな顔してくれるなよ。セシリアがしてほしいんなら、またいつでも」
「本当ですか? 私のご主人様」
食い気味に言いながら、グイッと距離を詰めてくるセシリア。
ちょっ!? 近い近い近い近いっ!! 柔らかいものが全力で腕に当たって押し潰されてるからっ!!
「お、おう。約束する」
「はい。ありがとうございます。私のご主人様」
ぎゅっと俺の手を握って、平淡な口調の中に今まで感じた事がない程の歓喜を混じらせて礼を口にするセシリア。
他の奴には分からん程度かもしれないけど、こんなに喜んでるセシリアなんか初めて見るんですけどぉっ!? もう好意でも忠誠心の延長でもどっちでもいい気がしてきたっ!! ここまで喜んでくれるんだからなっ!! でも、俺にはちょっと刺激が強過ぎるぅぅぅぅっ!!顔どころか、全身が熱いっ!! 熱過ぎる!! まだ自分で動けなかった頃以来の熱さだぞっ!?
そして、ひたすらにドギマギさせられまくった翌日の朝。眠さに負けて二度寝をしようと、俺は布団を被り直していた。
ドギマギし過ぎて、部屋に戻った後もなかなか眠れなかったんだよ。いくら転生してたって、前世でも経験の無い事には耐性なんかそう簡単につかないんだから仕方ないだろ。くそぅ、前の人生の寂しさを実感しちまう。28年間、全く女性に縁がなかったんだもんなぁ。この人生も結局ルックスレベルは変わんないし、魔族はイケメン度が異常だし・・・・
何か改めてヘコんできた。うん、寝直して忘れよう。
「ご主人様。あの、朝、です」
俺の意識が2度目の睡魔に連れ去られかけた時に、遠くから声が聞こえて、体を優しく揺すられた。
「ん、ん~・・・まだ眠い・・・・・!!!」
言ってしまってから、慌てて身を起こす俺。
「お、おはよう、ございます。私のご主人様」
少しは戸惑ったような様子で、何故か顔を少し赤くして枕元に顔を寄せたままで言うセシリア。
あれ? もう少し寝かせてくれ的な発言をしちまったら、ついこの前まで昔みたいに目を覚まさせる為におもいきり抱き締めてきてたんだけど・・・・何故に微妙に赤面して顔を寄せてきてた!? これはこれで心臓に悪いんですが!?
「お、おはよう、セシリア」
ゆっくりと枕元から顔を上げるが、どこかポケッとした表情のセシリア。
「? セシリア? 風邪でもひいたか?」
俺が額に手を当てると、いきなり顔を一気に真っ赤にして、よろけて尻餅をついてしまうセシリア。
「お、おい? ホントに大丈夫か?」
尻餅をついたまま、目を白黒させるセシリアの側に膝をつきながら言う俺。
「は、ははははは、はい。私のご主人様」
さらに赤くなりながら、少し乱れたスカートの裾を恥ずかしそうに直すセシリア。
マジでどうした!? 今まで、見えそうなくらいに裾が捲れてても、着替えるのでさえ俺の目の前で全く気にしないでやってたってのに!? いや、女の子の反応としては至極正常なんですがね!?
「ホントにどうしたんだ? ほら、立てるか?」
「は、はい。す、すみません、ご主人様」
手を差し伸べると、俯きながらそっと俺の手を取って一緒に立ち上がるセシリア。
「熱でもあるのか?」
「い、いえ。体調は正常です。問題ありません」
「ならいいけど・・・無理はすんなよ?」
「はい。ご主人様」
いつもの平淡な口調で返事をするセシリア。
うむぅ? 俺に対する認識がなんか変わったっぽい? でも、何がキッカケで? そんないきなり異性として認識されるような事はしてないと思うんだけど・・・まぁ、考えても仕方がないか。俺に女性の機微が分かるとも思えないし。
「今日は昼からカサリナ達と戦闘訓練だったよな」
「はい。街の外周の空き地でというお話しでした」
「だったな。んじゃ、朝飯食って出掛けるかぁ」
「はい。ご主人様。朝食の準備はできています」
「ありがと。いつも助かる」
「いいえ。ご主人様にお仕えするのが私の幸せですから」
セシリアの返事を受けてから、朝食を摂る為にセシリアの部屋へ向かう俺とセシリア。
俺の部屋は元物置部屋なもんだから、空きスペースがメチャクチャ狭い。俺のベッドを置いたら、小さなテーブルすら置けないくらいだ。だから、朝食は今もセシリアの部屋でとなっている。屋敷の食堂を使えない事も無いけど、ガゼット達が入ってきたりしたら途中であっても退室させられてしまう。しかも、即行で。
部屋を分けたばかりの頃、食堂で昼食を摂っていたら、ナザリドが間食の為に食堂に入ってきた事があった。その時は即時退室させられて、セシリアが作ってくれた昼食が捨てられるというブチギレそうになる事態が発生したのだ。その場の全員をぶちのめしてやろうかと思ったけど、セシリアに抑えられて仕方なく我慢した。それ以来、食堂は一切使ってない。多分、次は我慢できないから。
こういうトコはさすが[前兆の子]って感じだ。冷遇っぷりにブレが無い。
セシリアの変化は主人公に対する態度だけではありません。表面上の変化はほんの小さなものなのですが、心境としてはかなり大きな変化です。それは昔と今とで口にした彼女の言葉の違いに現れています。微妙な変化過ぎて、主人公は気付いていませんが・・・
気になる読者の方は、第一章 第二部でセシリアが口にした言葉との違いを比べてみてくださいね。
では、これにて第二章 第三部を閉幕とさせていただきます。
お付き合いいただいた皆様に感謝を。よろしければ、次回もまたお付き合いくださいませ。




