プロローグ ~転生と前世の記憶と育ての親~
物語は主人公が産まれた瞬間から始まります。
第一章 幼年期 第一部の開幕です。
どうぞ、最後までお楽しみくださいませ。
「ンギャァァァァァッ!!」
思わず、絶叫を上げてしまった。
産みの苦しみとはよく聞く言葉だけど、<産まれの苦しみ>も大概だと思うぞ!? いや、男だから、産みの苦しみってのは実感できませんが・・・
◇
何も見えず、水の中に浮いてる感触と何かを語りかけてくる女性の声。でも、何を言ってるのかサッパリという状況。軽くパニックになってちょっと暴れてしまったのは無理もない事なんじゃないかと思う。
でも、何かの外側から心地好い歌声が聴こえてきて妙に落ち着いてきた。
それから、少し冷静になって直前までの記憶を思い出してみる。
俺は山下 圭一、28歳。年齢=彼女いない歴の女性に縁のないオタクな非モテ男。見た目は中の中だと信じたい。
最後の記憶は、冬の仕事の帰り道。寒さに身を震わせながら歩いてたら、上から喧嘩をしてるような声が聞こえてきて、足を止めて見上げたら植木鉢が落ちてきた。完全に直撃コース。しかも、結構デカイ。
うん。アレは確実に死んだ。あのサイズが直撃してたら、確実に頭が割れてるし。痛かった記憶がないのは幸いなのかもしれないけど・・・
アラサー独身、彼女いない歴=年齢。所謂、<魔法使い>になるのを目前にして、運が無いにも程がある。せめて、1回くらいは、バレンタインの本命チョコとかあったかいクリスマスとか周りのカップルに殺意を覚えない初詣とか過ごしたかったなぁ・・
で、今は何にも見えない。なんだか水中で浮いてるような感触。手足は一応動く。さっき暴れられたし。呼吸をしてる感じはしないけど、息苦しくない。
って事は、もしや、今は腹の中? 今も聴こえてる歌声は今の母親の声? 俺、今はもしかして胎児?
つまり、これは転生したって事? レアな体験してるなぁ。赤ん坊が前世の記憶を持ってるってのはマジだったのか。どうせ忘れるんだろうけど。
でも、記憶はあるのに、何故に母親の言葉がサッパリ分からないんだ? 少なくとも、日本語じゃないぞ。それとも、もう既に前の記憶を忘れ始めてるんだろうか? ま、忘れるものらしいし、深く考える必要もないか。
◇
こんな感じが今の人生の最初の記憶だ。
それから、どれくらいの時間かはいまいちよく分からないけど、結構な期間がそのままの状態で続いて、ある日、やたらと細い管の中を通るような感じを経て、外の世界へ。
通る時はメチャクチャ痛くて、出た瞬間に絶叫してしまった。多分、涙目になってたと思う。
「・・・なんとも珍しい赤子じゃの。泣きもせんと、大声を上げるだけとは」
どこか呆れたような嗄れた老婆の声が聞こえた。カサカサの手に抱かれてるっぽいから、多分俺を取り上げた助産師さんなのだろう。目がほとんど見えなくて、周りが明るい事と僅かに人影が認識できる程度だから声で判断するしかないんだが。
赤ん坊は視力がほとんどないってのもマジだったのか。これ、成長してったら見えるようになるんだよな? 微妙に不安なんだけど。
「奥方様、元気な男児でございますぞ」
「そう。それで、どうなの? 強くなれるのかしら?」
嗄れた老婆の声に、疲れ果てた女性の声が続く。
どうにもあまり嬉しそうな声には聞こえない。奥方様って呼ばれてた事から考えて、多分、俺の母親なんだろうけど、声からは疲れと期待は感じられるものの、歓喜の感情は皆無と言っていいかもしれない。
それもその筈。腹の中にいる間に自然と言葉が理解できるようになったんだが、それ以降、外から聞こえてきていた会話の内容は俺が強い魔族になるようにと願うものや、そうでなければ価値がないと言わんばかりのものばかり。
余談だけど、魔族って聞こえた時は本気で何を言ってるのか理解できなかった。厨二全開の親なのかと、産まれた後の事を心底心配したぞ。でも、聞こえてくる声が至って普通にそんな会話ばかりだった事や最初に言語が理解できなかった事で、異世界に転生したんだと理解した。
いやまぁ、結構パニックにはなりましたがね?
まぁ、それはともかく、そういう会話が聞こえてたから、魔族が産まれた子どもに求めるのは強くなれる素質のみだというのは察しがついていた。そして、この一族は結構な名門貴族であり、その強さでもって軍隊で出世して地位を築いているのだという事も。
「・・・残念ですが、この赤子は肉体ランクはC+がせいぜいでございましょうな」
「C+・・・」
老婆の嘆息混じりの声に、明らかな失望の呟きを漏らす女性。
肉体ランクってのは肉体の強度的なもののランクっぽいものだ。これも腹の中にいる間の会話から得ていた情報ではある。
しかし、何故に産まれたばっかりでそんな事が分かる? てっきり訓練とかさせられて育っていく過程でランク付けされるもんだと思ってたんだけど。
「間違いないのね?」
「鑑定士歴250年のお婆の目に狂いはございませんぞ。間違いございませぬ」
「そう。それじゃ、次の子は確実に強い子になるわね」
何故か妙に嬉しそうな声を出す女性。
え? もう俺には興味無しですか? いや、確かに、弱かったら価値が無いとは言ってたけど。
え? まさかとは思うけど・・・殺されやしないだろうな!? ここで第二の人生終了とか、前世の記憶がある分、かなりキッツイんですが!?
「そうでございますな。最初のお子もこの前のお子も、フォルティス一族の標準は満たしてはいたものの、突出はしておりませなんだ。しかし、弱き子の誕生は次の突出した強き和子の前兆。良うございましたな」
「ええ。これで、我が一族も安泰でしょう」
「して、この赤子は如何なされますかな?」
「セシリアに世話をさせればいいでしょう。C+じゃ大して出世もできないままにいずれは死ぬでしょうけれど、一兵力としてなら文句のないランクなんだから」
俺の処遇の話になった途端に、淡々とした口調で言う女性。
ず、随分な温度差だな。しかし、殺されるような事にならなくて良かった。価値が無いってな感じの話をしょっちゅうされてたから、マジでビビったぞ。
ん? 今、またセシリアって言ってたな? 腹の中にいた間に何回も名前を聞いた人だ。召し使いかなんかっぽい感じだったけど、その人が育ててくれるって事か?
「そうでございますな。聞いた通りじゃ。セシリア」
「はい。マゼリシオ様」
老婆の声に、静かな声の返事が聞こえた。
この声・・・俺がパニックになって暴れたりする度に歌を唄ってくれてた人だ。唄ってくれてたのはセシリアさんだったのか。母親の声じゃないっぽいよなとは思ってたけど、腹の中からだと、どの声が誰のものなのかよく分からなかったんだよな。
そのまま俺の体がカサカサの手から柔らかい腕の中に移される。
「セシリアよ。今後はこの赤子がお主の主人じゃ。名を与え、兵力となるよう、しっかりと育てるようにの」
「かしこまりました。よろしくお願い致します。ご主人様」
「セシリア、もう行っていいわよ」
「はい。奥方様」
「マゼリシオ、早急に体力を回復させて次の子に備えるわ。準備なさい」
「かしこまりました」
マゼリシオと呼ばれた老婆の声の返事と共に、俺はセシリアさんに抱かれて移動し始めた。
うわぁ・・・本気でもう俺には興味無しだよ・・魔族の慣習なんだろうけど、結構ショックだなぁ・・・名前すら付けてもらえないとか・・・
「ご主人様。悲しいのですか?」
声を掛けられて、目線だけで利かない視界をセシリアさんの方に向ける。
うぉ・・・首が回らねぇ・・・力が全然入らないんだけど。
「大丈夫です。ご主人様は私がお育てします」
静かな言葉と共に、頭を撫でられる感触がする。
うむぅ・・・感情に乏しいと言うか、平淡な声だな・・・でも、抱き方がさっきのマゼリシオ婆さんよりかはずっと優しい気がする。それに、撫でてくれてるっぽい辺り、一応は大切にしてくれてるんだよな? 歌声も綺麗で優しかったし・・・
どんな人なんだろうな? 早いトコ、目が見えるようになってほしいもんだ。
と言うか、よく考えたら、魔族ってどんな姿なんだろうか? 恐ろしいような外見はできれば遠慮したい。ホラーが苦手ってワケでもないけど、日常がホラーになるのは、精神衛生上、よろしくない。まぁ、仮に日常がホラー化しても、前世の記憶を持ってるのは3歳くらいまでって噂だったし、記憶を無くして今の人生が本格スタートすれば問題なくなるか。いろんな感覚が今の人生のものになるんだろうし。
セシリアさんはそのまま俺をどこかの部屋の中まで連れていき、俺を抱いたまま何かに座った。あまり柔らかそうな感じじゃなかったから、椅子だろうとは思う。
「・・・そう言えば、名前をつけるようにと言われました。ご主人様はどんな名前がよろしいでしょうか?」
平淡な声で問いかけるように言うセシリアさん。
いや、あの、まさかとは思いますが、俺に聞いてるワケじゃないよね? さっきから頑張って喋ろうとはしてるけど、口も舌も全く思い通りに動かない。そもそも、普通の赤ん坊に返答ができるわけもない。
「・・・・タマ?」
「うーーっ!」
セシリアさんの挙げた候補に抗議の声を上げたつもりだったが、やはり唸り声にしかならない。
俺は猫か!? いくらなんでもそれはないと思うぞ!?
「お気に召しませんか・・・・ポチ?」
「うーーっ!!」
困ったように首を傾げて次の候補を口にするセシリアさんだが、さっきよりも強い唸り声で抗議の意志を示してみる。
次は犬か!? ペット感覚、って言うか、この世界にも犬とか猫とかいるのか!? ベッタベタなペットの名前を連発してくれるなよっ! ベタベタ過ぎて、誰も使わないぞっ!?
「これもお気に召しませんか・・・どうしましょうか・・・」
あまり困っているようには聞こえない口調で言うセシリアさん。
それでもう候補終了!? レパートリーが少な過ぎやしませんか!? もうちょっと頑張ってくださいっ!!
「・・・・とりあえず、一旦保留にして、名前の付け方を調べてみます。よろしいですか? ご主人様」
「うー」
「はい。ありがとうございます」
唸り声しか出せない俺の意図をしっかりと汲み取って、礼を口にするセシリアさん。
これだけ正確に赤ん坊の唸り声の意図を察せれるって、何気に凄いんじゃないのか? 下手に誤解されてたら、タマとかポチって名前になってたかもしれないと考えると、かなり有難い。
でも、それにしても候補がポチタマって・・・天然、なのか? セシリアさん・・・・
「では、まずは体を綺麗にしましょう。まだ産湯にも浸かっていませんから。それから、食事にしましょう。それでよろしいですか?」
「うー」
「はい。では、準備します」
俺を抱いたまま、また移動を開始するセシリアさん。
しかし、いちいち許可を取ってくれなくても・・・普通の赤ん坊だったら、唸り声でとはいえ、返事はできませんよ? やっぱり天然っぽい気がするなぁ。大丈夫か、俺の育ての親。
でも、抱かれてると妙に安心感があるんだよな。包容力が物凄いんだろうか? それに、なんかいい匂いがする・・・ヤバイ・・・眠気が・・・・・・これ、は・・・抵抗でき・・・・な・・・・・・
そのまま、俺の意識は夢の世界に旅立っていった。
産まれたばかりで親に見放された主人公。育ての親はいるようですが、無事に大きくなれるのでしょうか? そして、主人公の名前はどうなってしまうのか・・・
では、これにて第一章 第一部を閉幕とさせていただきます。
お付き合いいただいた皆様に感謝を。よろしければ、次回もまたお付き合いくださいませ。