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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新参の騎士編
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87時間目 「課外授業~騎士が2人と闖入者~」 ※流血表現・グロ表現注意。

2016年6月27日初投稿。


連続での続編投稿をさせていただきます。


興が乗ったというか、執筆活動が最近おざなりになっていた反動で、パソコンの前から離れられません。

中途半端は嫌いなので、地道にコツコツ頑張って投稿します。

半年以上も更新を続けているのは伊達じゃありませんから。


またしても、仕返しのような形になっているからか、執筆が楽しくて仕方無いという作者のどS具合もありますが(笑)

さて、ゲイル氏との確執もそろそろ、しっかり解決していきましょう。

さくさくっと、問題をぶち込んでいきますww


87話目です。

タイトルの通り、流血表現も多少のグロ表現も含みますので、ご注意くださいませ。

苦手な方は、申し訳ありません。

***



 さて、初日と2日目から、色々と慌ただしい編入試験・3日目。

 今日は、3日目となり、やっと脱落者が半分を超えた記念日でもあった。


 後の残り半分をどうやって、落第させようか画策中である。

 まぁ、下手なことやって、ディランやルーチェが付いて来れなくなっても困るけども。


 昨夜は、あまり飲まなかったという事もあって、午前中はそこまでバタバタとせずに終わった。


 ついでに、今日も受付はオレがやったので、替え玉受験も一発アウト。

 昨日も見破ってやったのに、まだオレ達を馬鹿にしている馬鹿がいるようだ。


 ………ただ、どうして分かるの?と騎士の連中から聞かれたが、答えは微妙だ。

 魔力総量云々の件もそうだけど、今日の替え玉はほとんど魔力総量が同じだった事もあって。


 どうして?と言われても、分からない。

 曖昧にしか答える事が出来なかったオレは、何かしら眼が可笑しいという事になるのだろうか?

 きらきらと、自棄に目障りに光って見えるだけなんだけど………。


 ………魔力の流れといい、オレのファンタジーフィルターといい、どうなっているんだろう。


 まぁ、そんな替え玉問題も、オレの眼がストライキしている件も、もうどうでも良い。


「ストレッチ開始!!怪我したくないなら、サボるなよ!」


 昨日と同じ文言を唱えて、ストレッチ。

 その後、準備が整い次第、全員をランニングに送り出す。


 今日は、オレは走らないで、そのまま鍛錬に勤しむことにした。

 ………扱き倒してやりたい面々も多いからな。


 ただ、その前に少しだけローガンにその場を任せて、ジャッキー達の屯する芝生へと移動。


「昨日は悪かったな」

「いや、こちらこそ……」


 驚いた事に、今日もヘンデルは来ていた。

 昨日、ゲイルとの確執が発覚し、気不味い雰囲気のまま帰路に着いた彼。


 そんな彼が、ジャッキーと共に現れた時には、素直に驚いたものである。


「………まぁ、見学を辞めるのは、勿体ねぇからよ」

「無理はしなくて良いんだぞ?」


 別に、ウチの校舎の訓練は、そこまでの無理をしてまで見学する価値は無いと思っている。

 それに、ウチの校舎内では、出来れば流血沙汰は避けて貰いたい。


 しかも、ゲイルとはやっと歩み寄り始めたばかり。

 それをいきなり刺されて、全部おじゃんなんて事になるのは、極力避けたいのだが、


「安心しな。アンタとは違って、オレは温厚な方だ」

「………それ、どういう意味?ねぇ?」

「はははっ。そのまんまの意味だよ。

 カレブ達に聞いたら、あの『串刺し卿』を組み手でぼこぼこにしたとか言うじゃねぇか。

 その行動のどこが、温厚だって話だろ?」


 うっ、確かに………。

 否定が出来んので、苦笑を零しておくに留めた。


 そんな物騒な報告をしてくれた当の本人(カレブ)達は、今日は指名依頼が入ったとかで、見学には来ていない。


 まぁ、ヘンデルの顔には、今日は険も走っていない。

 血生臭い雰囲気もほとんど無いので、本当に無理はしていないようだ。


 ちなみに、今日もゲイルは、元気に訓練に参加している。

 ………だから、アイツは暇なのか、と………。


 まぁ、貴族の坊っちゃん達同様に、アイツがぼこぼこにされるのを見るのは、彼にとってもそれなりの価値があるのかもしれない。


 確執については、これ以上言及しない方向。

 警戒だけはしておいて、後はジャッキーに任せておいた方が良いだろうね。



***



 そのまま、3日目の訓練も終了。

 昨日と内容はほぼ同じだから、こちらも割愛した。


 生徒達の脱落者は相変わらず無し。

 勿論、耐久組み手を行った間宮、榊原、ゲイルも健在だ。


 間宮は、昨日よりも1分と2秒だけ記録を伸ばして、1分47秒で陥落。

 気絶までしていたので、流石に今日は早めに休ませてやろう。


 榊原は、それよりも短い、20秒ジャストで陥落。

 開始5秒から防戦一方で、憎まれ口を叩きながらそのままゲームセットだった。


 ゲイルに関しては、昨日とほぼ同じ時間の5分弱で、文字通りぼっこぼこにしてやった。

 今日ばっかりは気絶したらしく、ラピスとオリビアに介抱を受けていたがな。


 ちなみに、榊原もちょっと危なっかしい状態ではあったけど、なんとか瞑想まで終了させた。


 その代わり、ディランとルーチェも、最後の魔法訓練で脱落。

 やはり、たった3日で付いて来いというのは、無理な話である。


 まぁ、他の貴族の坊っちゃん達については、言わずとも分かるだろう。

 昨日の段階で、ルーチェ以外のご令嬢はいなくなったので、坊ちゃんばっかりになった。


 だが、ランニングすらも半周は超えられず、ご令嬢であるルーチェに負けている。

 ………もう、これを理由に、とっとと落第言い付けたいもんだよ。


「では、以上だ!解散!!」

『ありがとうございました!!』


 最後の号令を掛けて、訓練終了を申し付けた。

 後は、面倒臭い貴族達の見送りと、片付けを残すだけとなった。


 これが終わったら、3日連続となるが、また飲みに行く準備をしなくてはならない。


 今日は、ゲイルとの約束の日だ。

 久しぶりの定例会である。



***



 なんて思っていたのも、束の間だった。


「貴様、たかだか男爵家の分際で、我が侯爵家に逆らうつもりか!?」


 なんて声が聞こえたのは、玄関先。


 貴族達の面倒な見送りを終えて、残って生徒達と談笑していたジャッキー達を送り出そうとしていたその矢先。

 裏庭から出て、壁に隠れながら様子をうかがう。


「………ですから、事実無根ですと申し上げただけではありませんか」

「何を言う!私の家の者が見たと言っていたのだ!

 貴殿等の男爵家とエルモンテ男爵家が、『予言の騎士』様と食事をされているところを!」


 オレの背後にいた彼等も、少しばかり内容が掴めた様だ。


 言い掛かりでは無いものの、昨日の食事会の事を言及されているらしい。

 それを言及されているのは、ディランだ。


 そして、それを言及しているのは、確か侯爵家とか言うリラ・フンケルン家。

 坊ちゃんが声を張り上げてはいるが、十中八九父親の差し金だろう。

 そんな父親は、馬車に乗り込んだままで、いやらしい笑みを浮かべているのがここからでも見えた。


 さて、ディランはどうするのかな?


「もし、『予言の騎士』様がいらっしゃっていた食事会ならば、今頃、父が喜び勇んで吹聴しておりますよ」

「口答えをするな!

 貴様等のような男爵家など、取り潰す事など造作も無いのだぞ!?」

「………そのような事を言われる程の事をしでかした覚えはございません」

「しらばっくれるつもりか!

 貴様の父親は、『予言の騎士』様に取り入り、貴様の編入を打診したのだろう!?」

「何を証拠に?………先程も言ったように、事実無根(・・・・)でございましょう?」


 はっきりと、ディランは言った。


 事実無根だと。

 オレとの食事会には、参加していない(・・・・・・・)、と。


 更には、


「ああ、ですが、エルモンテ男爵家の方とは、お食事をさせていただいたのは事実です。

 父が同じ騎士団に属し、今回の編入試験の訓練で優秀な成績を残されているルーチェ殿とは、多少の縁もあるかと思いまして、」


 彼は、にっこりと笑って、本当の事を口にした。

 ルーチェの実家であるエルモンテ家とは、食事会はした、と。


 ふふん、と鼻を鳴らしてしまいそうになった。


 しかし、それは背後の彼等からしてみれば、不気味な行動だと分かっているので止めておく。


「な、何が優秀な成績だ!貴様等の家は、揃って『予言の騎士』様に取り入っただけであろう!?」

「はて、取り入るとは一体何のことでしょう?」

「しらばっくれるのも、大概にしろ!

 お前達は自身の家が貴族家である事を良い事に、最初から訓練内容を知っていたのではないのか!?」

走り込みランニングと魔法の訓練は、どの貴族家でも行われている訓練ではありませぬか。

 よもや、ご自身が付いて来られぬからと言って、その様な謂われのない濡れ衣を着せられる覚えはございませぬ」


 うん、そうそう。

 ディラン青年の言うとおり。


 そして、彼はきっちりと、昨夜の口止めの件を理解していたようだ。

 帰り際にしておいた口止め、実はこの為だったのだから。


 壁に隠れながら見ているのは、そろそろお終いだ。

 これでまた、目障りな貴族家が一つ消えてくれるだろうから、オレとしても万万歳。


「黙れ!騎士の成り上がりで、半端ものの男爵家が!」

「口を弁えよ、小僧。侯爵家である我がリラ・フンケルン家を知らぬ訳でも無かろう?」


 そこで、親が出てきた。

 子どもの喧嘩に出てくるとは、大人げない。


 と言う訳で、オレも出ていく事にする。

 子どもの喧嘩ならばまだ放っておくが、大人が出て来たのであれば、教師兼保護者(オレ)の出番である。


 背後のローガンとラピスに目配せ。


 ついでに、お忍び参観だった為に、貴族家と一緒に帰る訳にもいかず残っていた国王陛下にも目配せをしておいて、


「(………潰して良いよな?)」

「(はい、お好きなように)」


 なんて、無言のアイコンタクト。

 国王陛下の目尻には涙が滲み、既に諦めモード全開である。

 ………初日に馬鹿をやらかした伯爵家とやらも、既に取り潰しは決定しているからな。


「貴様の父親がどのような手を使ったのかは知らんが、所詮男爵家の考える事。

 そのような姑息な手段を使ってまで、この校舎に編入しようとしていた事など、あっという間に広める事は可能なのだ。

 そうなれば、貴様の父も現在の地位にしがみ付く事すらも容易なことでは無かろうな」

「………何が言いたいのですか?」


 あ、これは脅し文句だろうね。

 ディラン君にはまだ交渉ごとは、まだ早いと思われる。

 動揺したのが手に取るように分かり、哀れではあるが、


「素直な事は良い事だ。私も鬼では無いのだから。

 何、『予言の騎士』様に、貴様が少し口添えをすれば良いだけだ」


 ああ、しかも、口添えって言ったからには、交換条件だ。

 裏口入学をさせたいって事だろうね。

 まぁ、そんな口添えをされた程度で、オレは靡きやしないけど。


「………口添えですか?謂れのない罪で脅されているというのに、」

「口を慎めと言わなかったか小僧!」


 ぴしゃり、と怒鳴りつけられたディランの肩が震える。

 しかし、それ以上にオレの右手が震えるのは、


「テメェが口を慎め、豚野郎」

「おぶへぇええ!?」


 怒りを通り越して、いっそ歓喜すらも沸き起こっているからである。


 隠れていた校舎の壁から出たと同時に、例のリラ・フンケルン家の当主である豚にラリアット。

 後ろにひっくり返って頭を地面に強打したところを、踏みつける。


 だって、さっき許可は得たもの。

 潰して良い?って聞いて、お好きにどうぞって。

 あれ、揶揄でも何でも無く、本気だったのよ?


 目を丸めて驚いているディランと、目を点にして更に驚いている坊っちゃん。

 悪いが、全部聞かせて貰ったからね。


「さっきから何を騒いでいるかと思えば、白昼堂々脅しか、コラぁ?」

「『予言の騎士』様…!」

「おう、ディラン青年、災難だったな?

 こんな豚に迫られたら、いくらなんでも怖気が立っただろう?」

「い、いえ…、そのようなことは…!」


 そう言って、先ほどまで震えていたであろう腕を隠したディラン。


 NGと言われる笑顔は見せないように配慮して笑いはしないが、その姿を見てから口元だけを歪ませる。


 合格だ。

 彼は、既にオレが望む、この校舎への入学条件をすべてクリアした。


 昨夜の食事会に呼んだ1件で、彼等が追及されることはある程度予想していた。


 ルーチェ女史にも同じように、別の貴族家が追及していたらしい。

 これは、スプラードゥからのゲイル経由で、オレに到達。

 ルーチェの時はオレが不在だったので仕方ないものの、今回はその場を現行犯で取り押さえた。


 こっちもあっちも沙汰は下す。

 オレの背後で、これまた目をまん丸にしたままの国王陛下がな。


 そして、何故今回のこの一件で、彼が合格となるのか。

 昨夜の食事会でしておいた、口止めの事だ。


 もし、貴族家の取り潰しや父の職への言及をされれば、彼はどう出るだろうか?

 たかだか15歳程度の青年が、毅然と言い返せるか。

 それよりもまず先に、しっかりと口止めの意味を理解し、その情報を秘匿出来るかどうか。


 最後に見極めたかったのは、この一点である。


 先ほどの会話の中で、彼は完全に知らぬ存ぜぬを貫いていた。

 怒鳴られたとしても、ましてや一喝されたとしても、事実では無い事を事実として胸を張って答えていた。


 ウチの校舎では、裏切りを許さない。

 そも、他の場所でも許されないことではあるが、校舎ここでは特にそうだ。


 だからこそ、見極める判断として、この方法を取った。

 まぁ、昨夜の段階で、追及をある程度予測していたからこそ出来た見極めの方法だったがな。


「悪いが、オレも彼等男爵家と食事した覚えはねぇな。

 昨日は、そこにいる副試験監督ローガン医療責任者ラピスと飲んでいたんだから」

「………その坊やが同席した覚えも無い」

「そも、どこで見たというのじゃ?なんぞ、証拠でもあるというのかや?」


 と言う訳で、昨夜の飲み会は、この追及に対する対策だった訳。

 ついでに、彼女達にはわだかまりを解消して貰う、話し合いの場として利用させて貰ったけど。


 わざわざ、急であるにも関らず彼女達を2日連続で連れ出したのは、この貴族家からの追及を予想していたからの布石だった。


 オレが脚で踏み付けたままの豚侯爵が、顔を真っ青にしたり真っ赤にしたりと忙しない。


「ところで、ディラン青年。

 もしかして、お前達も昨日の夜、あの店にいたのか?」

「あ、はい。男爵家として地位も同じですし、ルーチェ女史は素晴らしい女性でしたので、訓練中はライバルではありますが、仲良くなれれば良いな、とお食事に誘いまして、」

「う、嘘を吐け!偶然にしては出来過ぎているでは無いか!」

「………口を慎めと言わなかったかぁ?」


 下手な場所で口を挟んだ豚侯爵は、更に脚への圧迫を強めて黙らせる。

 めきめきと骨が軋んでいる音もするが、気の所為だ。


「と言うと、『予言の騎士』様も、昨夜、あの店に入られていたので?」


 こてり、と見事な演技で、小首を傾げたディラン。

 うむ、演技力に関しても、流石は貴族家。

 堂に入っている。


「オレは、別用だったけどな」


 そう言って、オレも既に両手の指を超えた堂に入った演技を続け、背後のラピス達を示しつつウィンクを一つ。

 良くできましたって、合図ね。


「父が知っていたお店でしたので、あちらにしたのですが、奇遇ですね」

「オレも、ゲイルから聞いて、あの店に行くようになったんだ。

 やっぱり、あそこ騎士団御用達とか言うだけあって、酒も料理も美味かったし、」

「ああ、確かに。それに、スプラードゥ男爵もご存知だったようで、とても楽しい時間を過ごさせていただきました」

「騎士達も、行く場所は一緒らしいからな」


 豚侯爵を踏みつけながらも、他愛無い会話でほのぼのと会話を終える。


 そこで、一旦微笑みを絶やして、


「それを見たからと言って、何だと言うんだ?

 オレも彼等もどこで食事をしようが、テメェには関係ない事じゃねぇのか?」

「ひ、ひぃ………ッ」


 絶対零度の眼差しを、足下の豚侯爵に向ける。

 リラ・フンケルン家とかドイツ語で『紫の煌き』なんて名前を持っちゃいるが、青い豚の間違いじゃねぇのか?


 案の定怯えた豚侯爵は、唇をがたがたと震わせている。

 可哀想だとは微塵も思わない。

 むしろ、こんな豚侯爵の相手をしなきゃいけないオレが、可哀想だと思わない?


「それに、さっきも言ったよな?

 オレ達はオレ達で、別件で飲みに行っていたと。

 そんな事実があったとしても、オレならもっと上手い事隠して、彼等との食事会を開催するとは思うが?」


 まぁ、事実だけど、今回は上手いこと誤魔化してある。


 だって、オレがあの店に入った時間は、7時。

 代わりに、グランカッツ家エルモンテ家の両男爵家が店に入ったのは、6時30分。

 そして、ラピスとローガンが、後から店に入ったのが7時30分。


 グランカッツ家とエルモンテ家が、食事をしていただけ。

 オレは先に入って、ラピス達を待っていただけ。

 そして、ラピス達は遅れて、オレ達の待つブースにやって来ただけ、となるように時間を配慮して、誤魔化した訳。


 そうして上手い事隠したのが、今回の事だ。


 そして、何故言及されるのが分かっていたのか。


「そういや、尾行されている気配があったが、アレはテメェの家の者だったって事か、」

「い、いいえ!そんな、め、めめ、めっそうも…!」


 オレだって、追及したいことはある。

 要は、オレ達の行動を監視、尾行している人間がいた訳で、そのおかげで今回の言及にも考えが及んだ。


 ついでに言うなら、それは、この訓練が始まった初日からだ。

 ちなみに、昨日は別口で3つのグループがオレ達を監視していたので、ディランとルーチェにそれぞれ、追及の手が及んだのはその所為だろう。


「ふむ。そういえば、確かに、怪しげな男達が、あの店を見ておったな…」

「………貴族の格好には見えなかったが?」

「ああ、あれはどこかの子飼いに決まっておる」

「なるほど、ギンジ達を尾行していたのだな」

「十中八九そうじゃろうな。

 私等にも付いて回っておったが、気付かぬと思うて馬鹿にしおってからに、」

「………私でも気付いたのだから、ギンジが気付くのも当然だろうに、」


 なんて事を言いながら、逃げ道を無くしたのは女性陣2人。


 彼女達も、オレ達に尾行が付いているのは気付いていたらしい。

 なので、おかげさまで証人も確保。


 逆に子飼いを付けていた件を言及されるとは思っていなかったのだろう。

 しらばっくれようとしたので、


「確か、騎士団の連中が、昨夜の見回りで不審者を捕まえたって言ってたな?」

「ええ、ウチ2名は、既に身元が割れておりますが、」


 そこで、登場したのが、『白雷ライトニング騎士団』所属の、表題に上がっていたスプラードゥ。

 ルーチェの父親であり、本日は昼番として勤務だった為、アシスタントを務めてくれていた。


 そして、彼にもまた昨夜のうちに、口止め済み。

 つまり、


「我が娘は未熟なれど、グランカッツ男爵のご長子は素晴らしい逸材でございます。

 お誘いをいただいた時は、それこそ縁談でも考えてしまおうと思ってしまいました」

「そ、そのような、勿体ないお言葉…!

 まだまだ、僕も父には遠く及ばぬ身の上でございますれば、」


 と言う訳で、お食事会をしたのは、この両家だけ。

 そういう誤魔化しで、全員に算段を付けていたのである。


 そして、まだオレの言及は続く。


「その捕まえた連中の中に、この家の子飼いはいたのか?」

「ええ、1人おりました。

 今、証拠を含めて、調査を進めているところでございます」

「な、何を、出鱈目な事を!」

「出鱈目ではございません。今から呼んでも差支えもありませんが?」


 そう言って、にっこりと笑ったスプラードゥ。

 オレは、そんな彼に更ににっこりと笑って、


「いや、それは良いだろう。

 むしろ、そのままこの豚を王城に差っ引いて引き合わせた方が早そうだ」

「ああ、妙案ですね」


 そのまま、連行の旨を伝える。

 どの道、取り潰しの件は決まったも同然だから、王城へ連れてった方が何かと手続きも早い。


「………そ、そんな、………いや、しかし…、いきなり王城へは、ご迷惑かと、!」

「それは、構わないんじゃないのか?

 もう、国王陛下からの返答は、『オレの判断に任せる』と頂いているからな、」


 なんて事を言って、更ににっこりと笑いながら、背後へと振り返る。

 既に、変装を解いた国王が、オレには戦々恐々、豚侯爵に対しては憮然とした態度で、その場で仁王立ちしていた。


 そこで、豚侯爵が乾いた悲鳴を上げて、喉をひきつらせた。

 先ほどディランに喚き散らしていた坊っちゃんは、その場であろうことか卒倒した。


 はい、お終い。


「………よもや、我が王家からの通達を、何ぞ思っておったか。

 『予言の騎士』様への失礼も然ることながら、子飼いを放って騎士団の手すらも煩わせようとは、」


 嘆かわしげに頭を振った国王は、演技でも何でも無い。

 これ、マジで嘆いているからね。


 国政云々は最近軌道に乗っているから悩みは無くなったけど、今度は馬鹿息子や馬鹿な貴族家への対応で白髪が増えているらしい。

 ………ご愁傷様。

 オレみたいにウィッグにしちゃえば、白髪も隠せるよ?

 口に出しては言わないけど。


「王城へと連行し、例の子飼いとやらと引き合わせろ。

 真偽如何に関わらず謹慎処分とし、追って王国からの沙汰を下す」

「ははっ」

「そ、そんな………、馬鹿な事が!」


 馬鹿な事があってたまるかって?

 悪いけど、今回の編入試験の受け入れをするに当たっては、既に王国からの賛同は得ているから、言及するのも無駄だよ?


 最初にオレも言っておいたけど、編入試験中はオレ達どころか参加者達も騎士達も、一切不問。

 無礼講って訳では無いけど、『地位は全部忘れて貰う』と言ったからには、マジでそのつもりだったからな。


 あ、そうそう。

 ついでに、これ以上被害が広まる前に、


「おい、それから通達出しておけ。

 今後、ウチの校舎で家格や地位をひけらかした貴族家は、全て編入試験の落第を言い付けるってな」

「………心得まして」

「校舎内での訓練のみならず、報告があり次第ってのも、付け加えておく」


 ディラン達もルーチェ達も、いらん心配事が増えないように配慮。


 これで、馬鹿な事を考える貴族家は消えてくれるとありがたい。

 だって、とどのつまりは、ウチでの訓練中は、貴族家でのパワーバランスが一時だけ崩壊するって事だもん。


 既に、初日の伯爵家は、取り潰しが決定して、今頃がたがた震えているだろう。

 それも、耳の長い貴族家ならば、既に知っていると思われる。

 オレがいかに本気なのか、分かるだろう。


 そして、王国として、オレ達に本気で味方している事も、喧伝出来る。


 ここまで出来ちゃう『予言の騎士』って肩書きと、国賓扱いも凄いと思うけどね。

 最初に言った通り、使える権力は湯水のように使ってやらぁ。


 真っ青な顔で、そのまま白眼を向いた豚侯爵。

 子どもも同じような有様で、まぁ似たもの親子。


 そして、ディラン君、おめでとう。

 君は、合格決定。


 ウチの校舎に、ようこそ。

 ………まだ、言わないけどね。


「………アイツが、王様なんじゃねぇかと思えて来たぜ」

「むしろ、その方が似合ってそうだよな」


 しかし、背後からの一言で、オレのちょっとだけ嬉しい内心がぶっ飛んだ。


 誰が王様だよ、コノヤロー!!

 そして、誰が似合ってるって!?


 ジャッキーとヘンデルだ。

 揃いも揃って、オレを胡乱気な瞳で見ていると同時、


『………お前なら、玉座でふんぞり返っていても違和感無さそうだから』

「今日一番の傷つく台詞をありがとうよ!!」


 ………玉座に座っているのが似合いそうって、国王みたいな老け顔って事!?

 冗談じゃねぇよ。

 こちとら、生徒達の監督で手一杯なんだ



***



「なんて事が、あった訳…」

「………はぁ。………同じ貴族家として、呆れてしまうな」


 溜息を吐いたゲイルの目の前で、オレも一緒に溜息を吐く。


 事件が合って少し遅れたが、こうして彼との飲みに出た。

 勿論、店は昨日と同じ。

 3日連続での使用となって、ウェイター達とは気不味かったが、初日と同じく、値段も敷居も高いが、個室優先だ。


 話していたのは、例の侯爵家の所業で、その後の処分。

 出かける前に王城から連絡が来て、子飼いの確認が取れたとは聞いたので、完全にクロだった事も判明している。


 この1週間で、貴族家がいくつ潰れるか見ものである。

 既に、初日の伯爵家と、今回の侯爵家は決定事項。


 ルーチェに言及していた貴族家(※確か、こっちも伯爵家だったらしいけど)に関しては調査中ではある。

 だが、ディランの父親が『彩雲イリデセント騎士団』所属で王城勤務なので、編入が掛かっている男爵家同志の為に頑張ってくれると予想している。


 なので、この貴族家に関しても取り潰しは決定。

 しかも、参加者も減ってくれたので、オレとしては万万歳。


 同じ貴族家としては、笑えない話だったのだろう。

 難しい顔をしてグラスを煽ったゲイルは、戦々恐々としている。


 しかも、また隠し事でもあるのか、最近安定となりつつある難しい顔。

 渋面はもう見飽きたというのに、まだコイツは何か不安と共に秘匿している事があるようで、今更ながら溜息が止まらなかった。


 まぁ、オレの腸ひっくり返るように煮え滾った内心はさておき、


「………ウチが免れたのは、奇跡だな」

「流石に、公爵家を潰したら、後にどれだけ響くかは考えてるよ」


 まぁ、潰しても良かったとは思っていたけど、その後の事を考えると残しておいた方が無難なだけ。

 ゲイル自身の肩書きに響くのもあるし。


 そもそも公爵家って内縁ではあるけど、王家ともつながっていたりするから、後々の追及が怖いもんね。

 まぁ、国王のあの様子では、追及する気も無いだろうが。


「それよりも気になった事が、」

「ああ、例の子飼いの事だろう?一応、オレの方でも部下からの報告を受けてある」


 そうそう、気になったのが、子飼いの数なんだよね。

 オレ達にくっ付いていたのは、初日を含めて4グループ。


 今日の1件と、ルーチェの1件、ついでに別の貴族家の疑惑が浮上しているから、その1件。

 だけど、


「………あと1人、取り逃がしたって、聞いてるんだけど?」

「………。」


 そこで、ゲイルが黙り込んでしまった。


 取り逃がしている、というのは冗談では無い。

 オレ達の校舎が探られていたのは知っていたものの、今までは騎士団が見回りで捕まえられたのでまだ良かった。

 ただ、今回は違う。

 取り逃がした、と言う事は、今も野放しということだ。


 しかも、


「………済まん。

 これは、未確認だから、あまり耳に入れたくは無かったのだが、どうも初日にも2件取り逃がしていたらしい」


 これまた、追及しなければ出てこなかったであろう隠し事が飛び出して来た。

 おいおい、一体どれだけ情報を隠匿すれば気が済むんだ?


 ただ、言及してもおそらく、無駄骨だ。

 もう、最近のコイツの行動からして、分かり切っている。


 気を取り直して、報告だけを聞く事に専念した。

 酒のグラスの中身が、一気に飲み干される。


「………って事は、最低でも3人が野放しって事だな」

「いや、2名だ。うち1名が、同一人物である事は、判明している」


 なんて事を言われたけども、安心はできない。

 初日と昨日と含めて、2回も取り逃がしている。


 つまり、その人物は、かなりの手練である事が判明しているのだ。


 いまでこそ、ウチの校舎の護衛についている『白雷ライトニング騎士団』だが、本来は防衛の要。

 王国切っての最強の騎士団だ。

 ゲイルが先頭になっているのも分かる通り、この王国内では地位も強さも上位の騎士団。


 なのに、そんな騎士団がたかだか子飼いの間者やら諜報員やらを、みすみす取り逃がすだろうか。


 しかも、2回も立て続けに。

 たった2日の間に、2人も逃したとは、王国最強騎士団の名折れも良い所で。


「………心当たりは、あるだろう?」

「………ああ」


 だが、それを可能にしてしまう、間者もしくは諜報員に関して、目星は付いている。


 例の頬に傷のある冒険者と関係のある、性別不詳の子どもだ。

 ついでに、オレと同等かそれ以上の力量を誇る、異世界からの召喚者でありオレの元同僚でもあるハルの存在も判明している。


 心当たりとしてなら、この2名ならたとえ『白雷ライトニング騎士団』の精鋭を持ってしても、捕まえる事は困難だっただろうと予測できる。


 前者こどもは、既にオレの元まで辿り着いた実績がある。

 後者ハルは、オレと同等の力量を持っているならば、当然のこと。


「………我等としても、警戒は強めていく。

 おかげで、今回のリラ・フンケルン家を始めとした、子飼いを放っていた連中は捕まえられたが、」

「おそらく、警戒はそれだけじゃ足りないだろうな。

 ………例の子どももハルも、それこそ王国騎士団だろうが、平気で殺しに来るぞ」

「分かっている。その為にも、オレはしばらく校舎で夜勤だ」


 と、苦々しい表情を隠さずに、ゲイルが告げたストーカー宣言。

 まぁ、仕方ないと言えば仕方無い。


 王国騎士団の中でも、もちろん『白雷ライトニング騎士団』の中にでも、誰が一番強いか、となればそれはゲイルだ。

 オレ達は、当り前のように負かしてしまっているが、それは別の話。

 コイツ以上の戦力は、今の王国にもオレ達にも無い。


 現在の校舎の最大戦力は、オレと間宮。

 ギリギリではあるが、ローガンとラピスが該当する。


 だが、オレは元々、校舎の職務と並行してトレーニングや魔法訓練が急務だ。

 たとえ『火』の精霊(サラマンドラ)と予期せず契約出来たとしても、それは変わらない。


 間宮もオレ以上に魔法が上達しているとはいえ、性別不詳の子どもならともかく、ハルの相手など到底務まらない。

 本人も自覚しているらしく、最近の訓練での熱の入り方を見れば分かる通り。


 ローガンに至っては、まだまだ力量が未知数。

 ただ、『紅蓮の槍葬者(ブレイズ・ランサー)』という異名があると聞いた為、多少は期待して良いとは考えている。


 しかし、ラピスに至っては、論外だと考えられる。

 確かに魔法の力量に関しては『太古の魔女』の異名通り、凄まじいものである。

 だが、彼女の根本的な性格や森子神族エルフの種族柄、荒事が得意ではない事に加え、ハンデでもある『ボミット病』を抱えている事がネック。


 生徒達も割と力量は上げて来ているが、正直言えばまだ論外だ。


 つまり、オレ達だけでは、どうにも出来ない。

 明日にでも、オレ達の誰かが寝首を掻かれていても可笑しくない状況。


 その中に、騎士団でもあり最強の呼び声高いゲイルがいるのは、かなりオレ達としても心強いのは事実だ。


 ただ、それにもまた、ネックが存在する。

 コイツの秘匿癖と、オレ達が持っている不信感だ。


「………はぁ。仕方ないとは言っても、オレ達だって苦肉の策だ」

「………分かっている」

「分かっているなら、もうちょっと、その自分の性格を重く考えてくれよ」


 ついつい、溜め息混じりに恨み事が口をついて出てしまう。

 ゲイルはそれに対し、更に苦々しい顔で口元を歪めただけである。


 前にも思ったが、その表情をしたいのはこっちである。


 歩み寄る事を決めたは良い。

 実際、オレ達だけでは防衛が不十分であるし、彼の肩書きはかなり重宝出来る。

 ラピスとローガンが見兼ねたように、生徒達の一部はオレ達の確執に耐え兼ねていた。

 ………包丁投げて来た榊原とかね。


 だけど、この根本的な彼の問題が解決できない事には、オレもどうしようもない。

 ただでさえ、オレの秘密は、彼の頭の中に切って貼り付け(コピー&ペースト)されてしまっているのだ。

 情報の漏洩は論外だ。

 しかし、それを強要したところで、それをコイツが納得しなければ意味がない。


 既に、彼は三度も裏切り、オレの信用を落としている。

 そして、オレはもう既に、信用を回復させる事は出来ないと判断していた。


 なのに、今はそんな信用ならない彼に頼らねばならず、どの道この先も同様だと思っている。

 せめて、永曽根や榊原あたりが、間宮ぐらいの力量になってくれればそこまで考えなくても済むのだが、そんな話を言ったとしても栓が無い。


 再三の意味で、大仰な溜息を吐いてしまう。

 ゲイルは、そんなオレの溜息にも、びくりと手指を震わせていた。


「………それで、話って何?

 今の報告の件だけだって言うなら、オレはもう帰るけど?」


 考えるのも、既に疲れてしまった。

 さっさと用件を聞いて、さっさと帰ろう。


 そう思って、用件を切り替えて、挑むようにして彼を睨んだ矢先、


「………ッ、済まない」


 ころり、と眼から零れ落ちた涙。

 素直に驚いた。


 オレでは無い。

 ゲイルだ。


 彼は、いつの間にか、眼に大粒の涙を浮かべて、オレを見ていた。


 ………吃驚し過ぎて、オレも咄嗟に固まった。

 おいおい、何をそこまで考え込んでいたのか。

 オレの今までの素っ気無い態度や歯に衣着せぬ物言いだけで、ここまで追い詰められたとでも言うのだろうか。


 いや、待って。

 コイツは、そこまでメンタルが弱かったようには思えないのだが、


「………なんだよ、いきなり」


 ついつい、驚いたままで彼にハンカチを差し出してしまう。

 ………まだまだオレも、コイツには甘い。


 コイツが泣いたところをみるのは、何度目になるのか。

 しかし、未だに思うのは、コイツが涙を流すのは自分の事だけでは無かった事だ。


 家族のこと、昔失った師匠や部下の事、そしてオレとの記憶の共有の時。


 片手の指では足りなくなってしまってはいても、それでも数える程度だ。

 間宮に聞けば、オレが討伐隊参加の折に行方不明になっていた時も泣いていたとは聞いているが、それでも。


 いったい、何がここまで、この男を追い詰めたのか。

 今のオレでは、まったく理解が及ばない。


 むしろ、理解するのを拒んでいるかのような気持ち。


 そこで、はたと気付いた。

 こんな相反する気持ちは、オレもそれなりの人生経験の中で何度も体験した。


 嫌な予感も、していたじゃないか。


「………あぁ、お前、………また、オレを裏切ったのか………」


 ぼそり、と呟いた言葉に、ゲイルは反応した。


 そうして、もう一度オレを見てから、彼は泣きながら、


「………ああ。………だから、済まない」


 そう言って、微笑んだ。


 死を覚悟した、微笑みだった。

 本気の眼だった。


 ヘンデルに覚悟を告げた時と同じ、死ぬことすらも受け入れている瞳で、ゲイルは笑った。



***



 しかし、その瞬間だった。


「困ります、お客様!」


 そんな声が聞こえたと同時、


ーーーー『バン!!』


 オレ達が収まっていた個室の扉が、唐突に開かれた。

 前ぶれとも言える、ウェイターの張り上げた声は、完全に無視されてしまっている。


 咄嗟に、オレ達は2人揃って反応する事は出来なかった。


 オレは中腰で、今にも拳銃を取り出そうとした格好のまま。

 ゲイルは、涙を流して微笑んだまま。


 恥ずかしながら、オレは今までの会話を何もかも忘れ去って、この男を害してしまおうと思ってしまった。

 一瞬で外された拳銃のセーフティーが、良い証拠。


 しかし、それよりもなによりも、オレ達は驚きのままで固まってしまった。

 気配も何も、察知する事は出来なかった。


 眼を流した先。


 瞳を見開いて、オレ達が見つめた先の扉には、


「邪魔するぜぇ?『予言の騎士』様よぉ………」


 にっこりと、狂気すらも滲む笑みを浮かべたハル。


 先ほどオレ達が警戒態勢を敷こうと話し合っていた、取り逃がした心当たりのある諜報員の一人がそこにいた。



***



 ぶつり、と闇が途切れる感覚。


 眼が覚めた、と自覚する。

 それは、強制的な眠りからの解放で、薬を使われた後や気絶を強要させられた時の眼覚めと酷似していた。


 ………いや、間違った。

 酷似では無い。


 実際に、気絶させられたのだと気付いた時、眼の前が真っ赤に染まった。


「………ッ、くそ…!」

「おお、眼が覚めたか。思った以上に、早いな」


 悪態を吐きながら視線を上げれば、にっこりと笑ったハルがオレを見下している。


 ………ご丁寧に、オレのウィッグを目の前で振りながら。

 してやられたものである。


 頭の開放感は、今だけは酷く不快でしかなかった。

 

「近くで見るとやっぱり、違和感しか無かったもんなぁ。

 つむじも無いし、生え方も可笑しかったし………。

 掴んでみたら案の定外れやがったが、こりゃ一体どういうこった?」


 そう言って、ウィッグを近くのテーブルへと投げ出したハル。

 空いた手を使って、オレの解放された銀色の髪を掬いあげると、手触りを確かめるかのように撫でていく。


「………ルリも見事なもんだったが、これも随分なもんだよな。

 これは、どーいうイメチェンだ?」

「黙れ………ッ」


 不快な感覚に、いっそ吐き気も覚えた。

 振り払うようにして頭を振って、ついでに彼を殴り飛ばすぐらいは出来るだろうと腕を払った。


 実際には、払ったつもりだった。

 しかし、がしゃり、と金属音が鳴っただけ。


 思わず、眼を瞠って、手元を見た。


 白銀のカーテンの奥に、オレの手はある。

 振り乱されてしまった髪が酷く邪魔ではあるが、自身の手がどうなっているのかはすぐに分かる。


 拘束されているのだ。

 椅子のようなものに座らされ、肘掛けの一部に鎖のような拘束具で雁字搦めにされている。


 ひくり、と思わず喉が鳴った。


 自身の身に降りかかった突然の出来事に、思考が付いて来ない。


 それに、オレはまだ駄目なのだ(・・・・・・・)


 四肢を拘束され、あまつさえ身動きも取れず、眼の前に危険な人物がいるなんて状況。


 5年前の地獄(あのとき)を思い出して、生理的に受け付けない。


 体も心も、平常ではいられなくなってしまう。


 バクン、とがなり立てた心臓が、痛みと共に血流を巡らせる。

 異常な発汗と、比例するかのように干からびていく喉。

 情けない悲鳴を呑み込もうとして嚥下した唾液が、酷く滑稽な音を立てて気道を塞ぐ。


「ゲホッゴホッ……ぁ、ひ…ッ!」

「おいおい、まだ何もやってねぇぞ?」

「………や、やめろ…ッ!離せ…!」

「だから、何もやってないって言ってんだろ?

 やるのはこれからだし、そのまえに解放するなんて勿体ない事するわけねぇだろ?」


 がたがたと震えるオレの姿を見て、ハルはまた狂気を滲ませる。

 愉悦と言えば、ぴったりな表現だろう。


 にやりと笑ったかと思えば、漉き梳かすように触っていた髪を掴み、


本当だったんだなぁ(・・・・・・・・・)………」


 そう言って、無理矢理に上を向かせた。


 眼を瞠る。

 何度目のことかも分からないまま、馬鹿みたいに驚きに呆ける。


 ………今、彼はなんと言った(・・・・・・)


「………そんなに驚くなって。分かってはいるんじゃないのか?」


 また、バクン、と心臓ががなり立てた。

 訳も分からず、叫び出したい衝動が駆け巡り、それを堪えるようにして歯を食い縛る。


 そも、この状況がどういうことなのか、オレには分かっていない。


 まず、オレは今まで何をしていたか。


 そうだ。

 ゲイルと飲みに来たのだ。


 アイツに、話があると、誘われた。


 そこで、3日目にしてやっと半分に減った編入試験の貴族の話や、取り逃がした諜報員の話をしていたのだった。

 謂わば話の枕で、結局警戒を強める程度しか出来る事がないと、話を打ち止め。


 そこで、オレは彼に今回の話の如何を問うた。


 しかし、彼はそれに涙をこぼして、謝罪で答えたのだ。


 そうだ。

 アイツは、オレに対して微笑みながら泣いていた。


 覚悟の滲んだ、死すらも厭わない気概を見せて。


 直観的に理解した。

 理解せざるを得なかった。


 コイツは、またオレを裏切ったのだ、と。

 そして、それはコイツが死を覚悟する程の理由だったのだ、と。


 オレは、あの時どうしたんだったか。

 腰のホルスターから、ほぼ無意識に拳銃を抜き取っていた気がする。


 最後に持っていたのが、グラスでは無かった事は確かだ。


 しかし、そこで、ハルが来た。

 ボーイやウェイターの制止を振り切り、オレ達の個室へと入って来た。


 中腰の格好のまま、オレは何の反応も出来なかった。

 ただただ、今の状況と同じように、呆けていただけだったと思う。


 目の前で涙を流していたゲイルも、ほとんど同じ状況では無かっただろうか。

 彼も、ハルを見て酷く驚いていた。


 それは、最後の記憶の中でも、良く覚えている。


 ああ、そう言えば叫ばれたな。

 逃げろ、ギンジ、早く。

 そんな事を叫ばれたような気がする。


 しかし、彼の言葉通りに行動する事は、残念ながら出来なかった。


 ハルの手がブレたと同時、オレの動かない左腕に何かを押し付けられて………。


「………ッ、ひ…ぁ、な、んで…!」


 悲鳴にも似た声は、掠れていた。


 全て思い出した。

 なんで、こんな状況になったのか。


 ハルの右手に付けられていた指輪が原因だ。

 それをオレの左腕に押し付けたかと思えば、突然バチリと発光した。


 そして、オレの意識が途絶えた。

 おそらくスタンガンなんかと同じような機能によって、気絶させられたのだろう。


 思えば、昔そんな用法に使われる、魔法具があると聞いた事がある。

 それも、ゲイルからの情報だった筈だ。


 一般の魔法具としては流通していないものの、裏社会では蔓延している魔法具の一種。

 『雷』属性の強力なショックを引き起こせる魔法具で、人浚いや奴隷商人なんかに重宝しているとか言う魔法具らしい。


 例のラピスの魔法具を手に入れる為に手に入れた独自のルート。

 そのルートに関わるに当たって、裏社会へと立ち入るのは避けて通れなかった。

 だからこそ、その際には気を付けろ、とゲイルに言われていたのだ。


 気を付けてはいたのに、この時ばかりは全く念頭にはなかった。

 おかげで、この様だ。


 そして、またしてもゲイルの所為で、オレのトラウマが掘り返されている。

 この状況は、おそらくアイツの所為だ。


 ………裏切っていたのだ。

 アイツは、また家族関連のことで、一人で完結させ、暴走したのだ。


 だから、オレはこうなっている。


 そう考えると、がたがたと震えていた身体が、不思議と別の意味で震えて来る。

 怯えや恐怖は成りを潜め、途端に怒りが滲みだした。


「………また、かよ…ッ!………また…ッ!!」

「………あー…、勝手に勘違いしているところ悪いが、」


 気絶する前の状況を思い出して、いっそ吐き気すらも込み上げる程の怒りを感じていた最中。


 何かを引き抜いたハル。

 それは、何か布のようなもので、オレの横合いにあったものだった。

 襤褸雑巾のようなそれには、ところどころに黒い沁みが滲んでいた。


「お前が怒りを感じているだろう相手も(・・・)ここにいるんだぜ(・・・・・・・・)?」


 そう言って、布を持ったままの手で、指を示したどことなく楽しげなハル。

 悪戯サプライズを成功させた悪童のような笑みだ。


 その悪戯に見事に引っ掛かっているのは、オレなのだろうが。


「………ッ、な、………ッ!?」

「………、う゛…っぐ…ッ」


 驚きのままに、隣を見て更に驚嘆。

 先ほどからカラカラに干上がっていた喉が、張りつく。


 悲鳴すら上げてしまいそうになった。


 ハルの言葉通りだ。

  

 オレの隣には、ゲイルがいた。

 オレが怒りを感じている相手であり、裏切り者として始末しようとまで考えていた男。

 そんな彼が、同じように椅子に座らせて拘束されていた。


 しかも、オレよりも状況はかなり悪いと思われる。

 血だらけだ。


 顔なんて、どこから出血しているのかも分からない。

 肩だって、腕だって、脚に至っては何本ものナイフが埋まっている。

 鎖で拘束されている筈の手にも突き立ったままだ。


 見るからに、オレ以上に悪い状況だ。

 オレ以上に、過酷で凄惨な拷問を受けているのは、ゲイルの方だ。


「………ッ、も、う、やめろ…ッ」

「やだね。………悪いけど、オレは個人的(・・・)に恨みがあるんだ」


 ゲイルが、掠れ過ぎて音にすらもなっていない声で唸る。

 しかし、ハルはどこ吹く風。


 裏切り者だと思っていたのに、何故そんなハリネズミのような様相になっているのか。


 再三の驚きのおかげで、もはや脳がシャットダウン寸前だ。


 コイツは、ハルやシュヴァルツ・ローガンと共犯グルで、オレを嵌めたのでは無かったのか?

 むくりと湧き上がった疑問に、脳味噌をフル回転させる。


 思い出せ。


 記憶の中で、ハルを見た瞬間のゲイルの反応を。

 裏切り者だと告白した瞬間の、彼の表情を。


 しかし、


「またこのような汚い場所での御接待、誠に申し訳ない」


 思い出そうと、記憶の波を掻きわけていた時、ぞわりと背筋が怖気立つ。

 唐突に、降って来た声。

 背筋が凍りつくどころか、軽く心臓が止まりかけた。


 気配すらも感じられないほど、追い詰められていたのか。

 背後に立っている人物は、声からして分かる。


 シュヴァルツ・ローランだ。

 旧姓、ウィンチェスターの、ゲイルの2番目の兄だ。


 そんな男が、オレの背後から唐突に声をかけたと同時に、


「ッ…ぁ……ッ、ーーーーーッ!」


 ひやりと熱すらも奪い去ってしまいそうな冷たい手で、触れた。


 拘束されて動けないオレの体。

 しかも、トラウマが色濃く染み付いた、首筋に。


 思わず悲鳴を上げかけて、結局飲み込む事に失敗。

 声なき声の掠れた悲鳴と共に、体が不格好にがたがたと震える。


 拘束されていたのは木製の椅子だったのか、ギシギシと軋んだ音を発する。

 その音すらも、酷く不快だ。


「ははっ。………あの時の優男っぷりは、どこに行っちまったんだかね」


 楽しげな声が降ってくる。

 耳元を掠める掠れた声と、酒臭い吐息に総毛立った。


 彼こそ、最初の時の好青年ぶりはどこに行ったのか。

 今は、マフィアのボスかやくざの元締めのような冷たい気配を滲ませている。


「やめ…ッ、さわ、るな…ッ!」

「や、止め、ろ……ッ!」

「五月蝿ぇよ、お前は…」


 恐慌を起こし掛けていて、拘束すらも忘れて暴れる。

 ゲイルがそんなオレの姿を見て、制止を呼び掛けた瞬間、シュヴァルツ・ローランの冷たい声と共に何かが空気を叩く音が、頭上を掠める。


ーーーー『ゴッ!』


 だが、その直後に鳴った打撃音に、脳が緊急停止。


 ブラックアウトを仕掛けている視界の先で、赤い何かが飛び散ったような気がした。

 少なくとも、頬に何かが飛んで来たのは覚えている。


 視界の先では、ただでさえ血塗れの真っ赤な顔をしたゲイルが、バタバタと血を落としていた。

 真新しい傷痕が、こめかみ辺りに見て取れる。


 更には、眼の前にいた筈のハルが、手に持った何かを放り捨てる。

 床にぶつかった瞬間に、ガシャン、と破砕音を鳴らしたそれは、酒の瓶だったのだろう。


 黙らせる為だけに、またゲイルは殴られたのだ。

 おそらく、今ハルが持っていた筈の酒瓶で。


 ああ、不味い。

 このままだと、死ぬ。


 どちらでもなく、ゲイルもオレも。


 不覚にも、力無く首を落としたゲイルを見て、涙が滲んでしまった。


 更には、そんな彼の名前を呼ぼうとして、意識が途絶えた。

 脳が、強制的にシャットダウンしたようだ。


 最悪な状況と、最悪なタイミングでの失神。

 オレの意識は、諦めと共に、闇の奥底に落ちていった。



***



『………これは随分と、派手にやられておるようだな』


 声音は、内容はともかくとしても、呑気に間延びした声だった。

 水面に波紋を広げたような、微か、しかし存在感のある声音が、空気の波を震わせる。


『………業腹ではあるが、少し手助けをしてやるしかあるまい』


 銀色の眼が、細められる。

 その瞳には、何も映ってはいない。


 しかし、その瞳の奥に揺れる感情は、憤怒。

 そして、まるで愛しき我が子を見るように穏やかで、それでいて窘めるような鋭い光。


『………『異界の落とし子』は、なんぞ精神が幼すぎる。

 ………手が掛かるのも、考えものであるのかもしれぬな………』


 先程まで呑気な声音が、やれやれと言った風情の呆れを含んだ。

 その瞬間、空気の波は、まるで地響きのような震動を齎した。


 白にも似た、銀色の発光。

 奇しくも、いつぞや『異世界クラス』の面々が目撃した、発光と酷似した光であった。



***

性懲りもなく、フラグをぶっ込む。


おそして、やっぱり主人公が酷い目に合うのが、どS作者クオリティ。

シュヴァルツ氏とハル氏の両名が、一体何をしたいのかは、次回をご期待くださいませ。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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