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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新参の騎士編
97/179

86時間目 「課外授業~騎士と戦士と魔術師と~」

2016年6月27日初投稿。


続編を投稿させていただきます。


別嬪さんとイケメン女に連行されたアサシン・ティーチャーのその後。

ついでに、そろそろ悩みの種を解消しようと、積極的に動く話。


その他、ぶち込み過ぎた内容を、なんとかかんとか消費しまくっているのでごちゃごちゃした話になっちゃってます。

申し訳ありません。


それも、この章が終わるまでの辛抱ですので、もう少しお付き合いくださいませ。


86話目です。

***



 さて、貴族家の子息・子女編入希望受付、試験訓練(地獄のフルコース)1週間体験入学・2日目である。


 とりあえず、昨日何時に帰って来たの?とは聞かないように。

 ついでに、どんだけ飲んだのかも、何があったのかも聞かないで欲しい。


 切実に。


 もう、昨夜のことは、出来れば思い出したくないのだから。

 銀河の歴史がまた1ページならぬ、暗黒の歴史が1ページだよ。


 押して察しろ。

 オレが、ラピスとローガンに、言葉のハンマーでぼこぼこにされたってだけだから。


 ああ、辛い。

 生きるのが辛い。


 ………さて、閑話休題それはともかく


「本日も、編入試験である訓練を開始する!

 昨日も言ったように、試験監督はオレ、銀次・黒鋼と、ローガンディア、紀乃・常盤だ!

 言動にも態度にも注意を払え!」

『はいっ!』


 やはり、昨夜の『地獄の酒場巡り(フルコース)』が響いたのか。

 午前中は、半分潰れながら、昨日と同じくバタバタと試験の準備や受付。

 そして、午後から、これまた昨日と同じく、編入試験を開始。


 オレの予想とは裏腹に、半分に減る予定だった貴族家の坊ちゃん・嬢ちゃん達は、昨日の段階で落第を申し付けた連中は別だが、なんとまるっとそのまま残っていた。

 これには、流石のオレも驚きだ。


 しかも、例の馬鹿王子も残っていた。

 ………ただ、表情が不承不承としている辺り、国王が無理矢理連れ出したんだろうね。

 あんらまぁ、落第決定しているというのに、ご愁傷様である。

 骨折り損の草臥れ儲け。


 そんな国王もまた、観覧席でお忍び参観しているけど。

 お前、政務は良いのかよ………。


 話が逸れた。


 ちなみに、昨日眼を掛けておいた、42番(ディラン)33番(ルーチェ)も勿論残っている。

 彼女達は、今日こそやり遂げて見せると意気込んでいるのか、眼が昨日以上に爛々と輝いていた。


 オレの予感も、ローガンの勘も当たったようだ。


 ただ、別の意味で、眼では無く、身体を爛々と輝かせている者達もいる。

 …………これは、流石に騎士達だけじゃ見抜けなかっただろうな。


 どうりで、参観席にいる貴族連中が、減らした筈なのに昨日より増えている訳だよ。


「替え玉受験は見つけ次第、速効失格と看做す!

 11番、25番、36番は速やかに出ていけ!」

『………!?』


 驚いた連中は、放っておく。


 生徒達も驚いているだろうが、おそらく分かったのはオレとローガン、ゲイルぐらいだろう。


 ………ってか、コイツ(ゲイル)またいるんだけど。

 しかも、昨日は夜勤とか言って、泊まり込みまでしたらしい。

 ………なにその、新手のストーカー。


 そんなことよりも、問題は替え玉受験だ。

 先ほど羅列した番号の参加者達は、昨日の参加者とは見た目は一緒だが、絶対に中身が違う。


「昨日の段階で、そこまでの魔力総量を持った参加者はいなかった!

 それぐらい、自分で気付け、馬鹿どもが!!」


 これは、事前に情報があったから見破れた。

 この編入試験の種明かしをした時に、この魔法具を使われる可能性がある、とラピスに言われていたので、気を付けてはいたのだ。


 実は、他人に成り済ます類の魔法具が、この世界には存在している。

 ライド達のような魔法では無く、魔法具。

 指輪か腕輪、ネックレスのようなもので、髪でも爪でも何でもいいが、相手の一部を魔石と共に魔法陣へと認識させて変装するらしい。


 それが、今回は大当たり。


 見た目は確かに同じなのだが、圧倒的に内包された魔力総量が違う。

 本日の受付をしたのはオレでは無いが、昨日の受付はオレがしていた。

 その時に、あらかたの参加者達の魔力総量も、身体的特徴と共に覚えておいたのである。


 そんな事は、知らなかっただろう。

 だからこそ、こうして替え玉なんて姑息な手段に打って出た訳だし。

 馬鹿にされているとしか思えない。


「ま、待ってください!僕達は、替え玉なんて…!」

「なら、指輪か腕輪かネックレス、全部没収!」

「………!?」


 渋々認めて退席しようとする者ならばまだ良いが、言い募ろうとする輩には容赦しない。


「ローガン、頼む」

「了承した」


 ローガンに頼んでその場で、身に付けていた貴金類を没収すれば、あら不思議。

 ほぼ20歳前後の参加者達の中から、初老の男性が現れた。

 しかも、格好からして冒険者。


 ………ジャッキーさ~ん!

 これ冒険者ギルドとしてはどうなん?


「………虚偽・偽装と見做して、降格処分」

「そ、そんな!やっと、ランクが上がったばかりなのに………ッ」


 ご愁傷様。

 地位や名誉は金で買えるけど、信頼は金では買えないんだよ。


 と言う訳で、上手い事3人が抜けた。


 ちなみに、観覧席に増えていた人数は、この替え玉をした貴族家の坊っちゃん達の変装だった訳だ。


 今回の替え玉受験の首謀貴族家には、追々落第の結果通知と国王からの沙汰を下して貰おう。

 金に釣られて降格処分になった冒険者連中には、ジャッキーからの沙汰があるだろうよ。


 余計な時間を使わせおって。 


「では、早速試験2日目を開始する!

 昨日と同じく、これから3時間、オレ達が行っている訓練の劣化板(・・・)を行なって貰う!」

「………劣化板って、」

「………お前、本音が漏れてるぞ…」


 やべぇ、二日酔いで、まだ頭がラリってた。

 怒りのままに声を張り上げていた所為もあって、心の声が駄々漏れになってしまった。


「ぶはっ!アイツ、馬鹿だ!」

「あははははは!やっちゃったっすね!」

「でも、可愛い。ギンジ、おっちょこちょい」


 背後から、オレを揶揄からかうジャッキー達の声も聞こえた。


「………やっぱ、あの方が、あの兄ちゃんは好ましいぜ」

「………同感だ」


 そして、今日から参観を決めたらしいSランク冒険者、ヘンデルとカレブの呆れ交じりの声も聞こえた。

 ………暇なの?


「ごほん!外野は黙っとけ!

 ………改めて、………本日も参加している貴殿等には、オレ達と訓練を一緒に行って貰う!

 ギブアップも途中での放棄も認めない。

 どの道、この程度の訓練で根を上げるような生徒は、ウチの学校にはいらない!」


 気を取り直して始めよう。

 昨日と同じ文言を、再度繰り返させて貰う。


 生徒達からの生温い視線も今は敢えて無視だ。


 ただ、思いの外、先ほどのカミングアウトが、参加者達からしてみれば衝撃だったらしい。

 ディラン青年やルーチェ女史も眼をまん丸にしていた。

 他の参加者たちなんて、それこそ鳩が豆鉄砲を食らった顔をしている。


 実は、半分にも満たない訓練内容だったと聞いて、クリアも出来なかった自分達がいかに矮小か分かった事だろう。

 そのまま、矮小さを心に刻みつけて、消えて貰っても良いんだよ?


「………また、心の声が漏れてるぞ?」

「えっ!?オレ、今の口に出してた?」

「ばっちりな」

『ぶはッ!!』


 やらかした。

 ローガンに指摘されて初めて気付いたとか、オレどんだけ今日は鈍ってんの………?


 生徒達には笑われたが、参加者達はまだ固まったままだ。

 訓練内容も然ることながら、オレのダークな一面を見て、動揺を隠しきれなかったらしい。


 ………まぁ、どの道、ディラン青年とルーチェ女史以外は、残す気皆無なのでどうでも良いけどね。

 今回は、お口にチャックで、内心で呟いておいた。


「では、ストレッチ開始!怪我をしたくなければサボるなよ!」


 なにはともあれ、編入試験2日目開始である。



***



 ストレッチも終わり、生徒達や参加者達をランニングに送り出した後、


「こんな感じなんだ。悪いな、居心地悪い空間で、」


 オレは、一旦監督から離れ、ジャッキー達の元へ。

 ここには、今現在、冒険者ギルドの主力メンバーが集まって、ちょっとした一大パーティーとなりつつある。


 Sランク冒険者の、ジャッキーとヘンデル、カレブ。

 Aランク冒険者の、レトとディル、ライドとアメジス。

 しかも、カレブのパーティー、『ブレイク・ドレイク』のメンバーも、2名が参観に訪れていた。


「あ、あの、僕は、クリスチャン・エルヴァーです!」

「オレは、ランドン。『予言の騎士』様には、お初お目にかかる」

「ご丁寧にどうも。『予言の騎士』こと、銀次・黒鋼だ」


 なんて、簡単に自己紹介。

 クリスチャンこと愛称クリスは、小柄で気弱そうな青年。

 魔術師で、ランクはCだそうだ。

 ランドンは、クリスとは正反対に豪活な偉丈夫で、年齢は30代前後。

 斧使いで、ランクはBらしい。


「いや。貴族達も大人しいもんで、なかなか面白いと思ってる」

「………さっきのも、良かった」

「ちょっと、まだ昨日の酒が残ってるみたいでな………」


 とは、改めて挨拶をしたヘンデルとカレブだった。


 確かに、参観している貴族達は、初日のオレの剣幕に気圧されたのか、大人しいもんだ。

 そのまま、退席して欲しいのに。


 ………実は、この貴族達の大人しさに国王陛下も、吃驚していたというのは余談である。


「ははは!搔っ攫われた後、随分としこたまやられたらしいな」


 うん、色々とね。

 割愛しとかないと、吐き気が込み上げてくるから言わないけど。


 女性って怒らせると、怖い。


「ところで、お前は今日参加しないのか?」

「いや、参加はするよ?

 ランニングとオレの独自鍛練と、今日は一応魔法訓練も参加するつもり」


 今日は、昨日みたいな用事がある訳じゃないから。

 まぁ、用事があるのは変わらないけど、ただの野暮用なので、魔力を使う事も無いだろうし。


「そういや、アンタ、属性は?」

「ああ、一応『火』属性を持ってる」

「はぁ~………、アンタが『火』属性ってのも、想像が付かんが」

「………顔に似合わず、苛烈なんだな」

「それどういう意味で言ってる?」


 いや、それマジでどういう意味ですか?ヘンデルさんにカレブさんよぉ。


「あ、属性って、じ、人格にも左右されやすいんです!

 『予言の騎士』様は、見た目からすると『水』属性か、『風』属性、『聖』属性に適性がありそうですけど、」


 なにそれ、知らない。


 ついつい、背後を振り返って、殺気を滲ませてしまう。

 ストレッチ途中だったゲイルが、びくっと身体を強張らせていた。


 ………そんなローカルルールがあるなんて、知らなかったけど?


「………別に、それだけで属性が決まる訳では無いぞ?」

「あ、ラピス。おはよう」

「おはようさんじゃ。………何故、お主等は、あれだけ飲んでおきながら、平然としておるのやら………」


 そんな中、やって来たのはまだ顔の青い、ラピスだった。

 見事に二日酔いのようだ。

 実は、彼女、今さっき起きて来たばかりであった。

 ローガンにレモン水を放って貰い、彼女に手渡す。


 オレ達が平然としている理由は、簡単。

 年期と慣れ、ついでにオレの場合は、修行の賜物ってやつだ。

 ………胸張って言える事でも無いけども。


「話が逸れたが、属性と言うのは、精霊の好みによって決まるようなものじゃ。

 お主のような見た目の麗しい人間は、確かに『水』や『風』、『聖』、『雷』属性には好かれやすいじゃろう。

 逆に、『火』や『土』属性は、屈強な人種を好む傾向がある」

「………つまり、顔で選ぶ精霊もいる、と」

「そうなるか。じゃが、お主の中にいるのは上位精霊。

 見た目には惑わされんと言う事じゃろう」

「ええっ!?上位精霊を扱われるんですか!?

 滅多なことでは顕現しない上に、契約をしなければ見向きもしてくれないあの上位精霊ですよね!?」


 ………うん、そう。


 オレの属性の事はともかく、クリスは上位精霊に食い付いた。


 ただ、驚くのは分かるけど、頼むからボリュームを絞ってくれないかなぁ?


 貴族達にオレの魔法の特性がバレたし。

 ………ちなみに、近距離で大声を聞いた二日酔いのラピスに、特大ダメージだから。


 倒れかけた彼女を、腕と胸の両方で支えておく。

 大人しくしていれば、とっても麗しい魅惑の別嬪さんなのに………。


「………アンタ、実は魔族とかじゃ?」

「………今日初めて、アンタが怖いと感じた」


 ………そして、オレもヘンデル達からの一言で、特大ダメージを被った。

 そんなに言わなくても………。


「まぁ、コイツの規格外は今に始まったこっちゃねぇ」

「………アンタの一言が、今日一番傷ついた」

「この程度で傷つくような軟弱な精神なら、こんなハードな訓練やってねぇだろ?」


 その一言も、地味に傷ついたけど?

 胡乱気な顔をしていたらしく、ヘンデルとカレブには揃って苦笑をされた。


 まぁ、良いや。

 昨日の剣呑な空気が無いだけ、まだマシだからね。 


「昨日と同じで、オレも参加して良いんだよな?」

「………好きにして良いよ」


 そして、グレニュー親子は、今日も参加表明、と。

 もう、好きにしたら良いと思うよ。


 体力馬鹿ゲイルもいるから、何人増えたって変わらないし。


「まぁ、オレ達も気が向いたら、よろしく頼むわ」

「………飽きたら、帰るがな」


 ………うん、もう、お好きにどうぞ?

 Sランク冒険者って、割と自由気ままな体力馬鹿だって事は分かった。


「………それを言うなら、お主もであろ?」

「シャラップ」


 ラピスは二日酔いの苛立ち紛れに毒を吐かなくてよろしい!


 まぁ、なにはともあれ、今日も一日訓練開始。

 怪我せず、無理せず頑張りましょう。



***



 なんて事もありながら、昨日と同じ訓練メニーで、ランニングを開始。

 オレも一緒になって参加して、ランニング30周は軽く流した。


 昨日と同じく、開始20分で生徒達の大半がランニングを終え、開始30分で参加者達のほとんどが脱落。


 残っているのは、生徒達の中では、浅沼と伊野田とシャル。

 参加者の中では、相変わらずディラン青年とルーチェ女史と、それから、例の22番こと金髪坊ちゃん。

 金髪坊ちゃんは、もう名前は忘れた。


 そして、途中参加のゲイルとグレニュー親子は、既にランニングを終了して筋トレに移行。

 やっぱり、この親子は体力馬鹿だった。


 しかも、レトとディルは走るのは得意だったのか、榊原達と同じぐらいにゴールしていた。

 ジャッキーが少し遅れて、永曽根達とゴール。


 再三の意味で、呆れた。


 ちなみに、オレも間宮もゲイルも、昨日とほとんど同じタイムでゴールしている。

 ゲイルもゲイルで、体力馬鹿だ。


「話には聞いていたが、凄いな、それ」

「ああ、ヘンデルか」


 オレが独自訓練メニューである片腕での腕立て倒立をしていると、以前ローガンがやって来た時と同じく、棒の下にヘンデルがふらり。

 苦笑混じりにオレを見上げているが、そこは汗が落ちるから早めに退けて?


「アンタ、顔に似合わず、結構エグい事やるんだな」

「ははっ。それは良く言われる。

 けど、やるべき事をやっているだけで、文句は受け付けないけどね?」


 参加者達の耐久ランニングとかの事だろう。

 貴族達を黙らせる名目も含まれているので、もっと激しくても問題無かったとは思っているが、エグいという感想は素直に受け止める。


「痛快な気分は味わえるだろ?」

「違いねぇ」


 ただ、ヘンデルのお気に召したようだ。

 彼は、オレを見上げながら、八重歯を見せてにかっと笑った。


 ………一緒になって参加しているグレニュー親子には、なんだか呆れているようにも見えるけど………。


「それに、」


 しかし、そんな中、ふと視線が向けられた先。


「………王国騎士団長(串刺し卿)様まで、こんなに気安いとはね………」

「………む?貴殿は、」


 オレやジャッキー達の次に、ヘンデルが眼を向けたのは2人目の体力馬鹿ゲイルだった。


「Sランク冒険者の、ヘンデルだ。

 戦役の時は、騎士としても参加していたんだが、アンタは覚えちゃいねぇだろうがね」


 ………って、マジ?

 ヘンデルって、元騎士団所属だったのかよ?


 表題に上がったゲイルは、倒立中の為に苦しげな顔をしていた。


 だが、


「………いや、覚えているな。

 ヘンデルといえば、確か西拠点配属の『藍星インディゴ騎士団』バードン隊に、」

「………覚えていたのかよ」


 まさかまさかで、コイツはどうやら覚えていたらしい。

 戦役とは十数年前のゲイルの初陣の時であり、ヘンデルが呼んだように、『串刺し卿』の異名を轟かせた戦争の事だと思う。


 普通なら忘れていてもおかしくないもの。

 ヘンデルも覚えられていた事が意外だったのか、眼を丸くして驚いている。


「西拠点は、特に凄惨な戦場だった。

 バードン隊は、当時のオレの部下達も配属されていたし、中でもバードン隊長と貴殿の活躍は良く耳にしたからな」

「………ああ、その通りだ」


 ただ、その雰囲気には、どこか剣呑な空気が混ざっている。


 腕立て倒立体勢のまま、ゲイルは地面の一点を見つめて懐かしんでいるような表情をしているのに対し、ヘンデルは冷え切った目で彼を見ている。


 ………もしかして、ここでもまた確執ありだったのか?


「アンタは、」

「分かっている。貴殿が言いたい事は、救援の事だろう?」


 そう言って、ゲイルは一度腕立て倒立の体勢を崩した。

 ごろりと前転し、そのまま地面に座り込んだかと思えば、ふらりと立ち上がった。


 その時の事を思い出しているのか、自棄に悲しげな眼で。


 ………これ、オレ達も聞いて良い話なの?


 思わず、固唾を飲んで、硬直したまま彼等の動向を注視してしまっている。

 オレだけとは言わず、ジャッキー達もそうだ。


 心無しか、生徒達もどこか不安そうに、こちらを見ている気がする。


 これは、失敗したのかもしれない。

 まさか、ヘンデルとゲイルに、確執があるとは読み切れなかった。

 軽はずみに彼を見学させたことで、こんな事になるなんて。


 ………せめて、流血沙汰は起こさないでほしいものだが。


「………分かってんなら、」

「………済まない。………オレにとっても、あの作戦は苦い記憶だ」


 そう言って、傍らにあった水筒を傾けたゲイル。

 自棄酒を煽るような姿にも見えて、ヘンデルにとっては面白くないだろう。


 表情にも、険が表れている。

 止めるべきか、とジャッキーもオレも体勢を整えようとした。


 しかし、


「………バードン隊長は、オレの槍の師でもあった」

「ッ………!」


 ゲイルが、ぼそりと呟いた。

 独白のような淡々とした口調だったので、ほんの微かな音でしか無かった。


 だが、はっきりと、彼は言った。


「あの人には、オレも世話になった。

 だから、西拠点の半分を制圧された報を受けて、すぐさま救援を送ろうとした」

「嘘吐けよ!あの時、救援なんて、影も形も…!」


 激昂を露にした、ヘンデル。

 しかし、ゲイルは動じず、同じく淡々と答える。


「ああ、送れなかった。

 同時に、本部に奇襲を受けて、送ろうとしていた救援部隊も壊滅状態だったから、」


 ああ、そういえば、そんな話を聞いた。

 オレは、聞いたことがある話だ。


 確か、あれはゲイルを酒に酔わせて、過去一番の失敗話を聞かせて貰った時のことだ。

 どんな失敗談が聞けるかと思えば、かなり重苦しい空気になってしまった事を覚えている。


 この時ばかりは、彼に暴露話をけしかけた事を後悔したのだから。


 そして、この話は、かなり貴族達の裏事情がある。

 ゲイルもこの時ばかりは、自身が貴族家である事を恥じたそうだ。


 苦々しい記憶と、当時22歳だったゲイルにとっては悪夢でもあった戦役。


 ヘンデル達も知ることは無い、語られなかった裏側。

 代償は、ありとあらゆる犠牲。


 彼は、それを今も抱えている。

 その戦役での犠牲を踏み台に、彼は今も立っている。


 だが、詳細は明かせないだろう。


 どんなにヘンデルに叱責されても、彼は口を割れない。

 予期せず貴族家が集まっているここでは、流石に割れないだろう。


 それが、ヘンデルの眼にどう映るのかは、分かる筈もない。


 だが、振り返った彼は、


「………オレを、罵倒したければすれば良い。

 貴殿には、その権利も理由もある」


 そう言って、ヘンデルに真っ向から向き合っていた。

 真摯な姿に、ヘンデル本人すらもたじろぐ。


「………過去を消す事は出来ないが、それを受け止め、墓まで抱えていく覚悟は出来ている」


 そのまま、彼は立ち去った。


 水筒とタオルを手に持って、そのまま校舎へと消えていく後ろ背。

 オレ達は、その背中を見送るだけとなる。


 ヘンデルも、忌々しそうにその背中を見送った。

 だが、これ以上言い募ろうとはしていないようだ。


 気圧されたのもあるだろう。

 今さっきの、ゲイルの覚悟に。


 ………覚悟は、本物だった。

 彼は、その言葉通り、今も既に死を覚悟しているのだろう。


 背中を向けたのも、刺されることですらも承知している、覚悟の表れで。

 ヘンデルの叱責も罵倒も、ましてや殺意すらも、彼はそれを受け止めるつもりで。


 死に急いでいるとも思える背中は、いっそ潔かった。



***



 微妙な雰囲気となった後、ヘンデルは見学を辞めて帰って行った。


 こんな形になって、ブッキングさせてしまったオレとしては申し訳ない。

 ジャッキーが気にするなとは言ってくれたが、心は晴れそうに無かった。


 一方、ゲイルは、しばらくすると戻ってきた。

 勝手にではあるが風呂を借りて、頭を冷やして来たようだ。


 眼尻がやや赤いが、それは言わない。

 誰しも、抱えている過去の一つや二つはある。

 指摘しても、意味は無いから。


「では、これより対人組み手へ移る!各自、準備をしておけ!」


 さて、ランニングも終了した1時間後。

 結局、残っていたのはディランだけ。

 しかも、2日目にしてなんと1時間以内に、その負けん気とど根性で30周をクリアしてしまったのである。


 走り終えて戻ってきた時には、思わず生徒達からも参観席からも拍手が上がった。

 オレも、思わず拍手。


 ルーチェ女史は、昨日よりも1周伸ばして、16周という結果となったが、それでも大したものだ。

 悔しそうにしていた姿を見ても、まだ諦めようとしていな強い精神力が垣間見える。


 優秀な人材が、手に入ったと喜んで良いだろう。


 さて、そんな2人は、残念ながら流石に休憩だ。

 対人組み手に参加するだけの力量もまだ無いだろうから、そのまま見学させる。


 昨日と同じく、生徒達をランダムに組ませ、ギブアップまたは意識を失うまでという約束事の下、監督を続ける。


 ただし、今日は間宮がお休み。

 コイツは、オレとの耐久組み手が確定しているからだ。


 言い放った途端に、がくがくぶるぶると顔面ブルーレイのマナーモードだったがな。


 ………ラピスとローガンに買収されて、師匠オレを売って逃げ出したのは忘れんぞぉ………。


 なんて事もありながら、


「勝者、香神!」

「うっしゃ!」

「………ううっ、また、負けた…ッ」


 生徒達最後のカードである、香神と浅沼の組み手が終了。

 他の生徒達のカードは、下記の通り。


 伊野田とソフィアで、ソフィアの勝ち。

 徳川と榊原で、榊原の勝ち。

 シャルとエマで、エマの勝ち。

 永曽根と河南で、永曽根の勝ち。

 最後のカードが、香神と浅沼で、香神の勝ちだ。


 残りはオレと間宮の耐久組み手だが、はてさて、今日は何秒持ち堪えるやら。


「では、両者用意!………始め!」


 ローガンの合図の下、向かい合ったオレと間宮が、一斉に動き出す。


 お互いに、武器は使わずに徒手空拳での組み手となるが、オレ達の場合は生徒達と違って動きがそもそも違う。


「おいおい………」

「………うわ、見えないっす…!」

「………マミヤも、怖い………」


 ジャッキー達からも、驚きの声が上がる中、参観席からもどよめきが上がる。

 昨日の耐久組み手は、半ば本気だったので開始3秒で終わったからな。


 ただ、悪いが、コイツを相手にする場合は、そんな事を気にしている暇は無い。


 秒速で、位置が入れ替わる。

 テリトリーに入ってくる拳や脚は、残像すらも霞む。


 今でこそ、勘が取り戻せているものの、オレもブランクは長い。

 めきめきと力量を上げてきた間宮相手だと、オレでも冷や冷やする事が多かった。


 それでも、師匠の威厳として、掠めさせる事すら許さないが。


 腹を目掛けて打たれた拳は、フェイントだ。

 その腕を払ったと同時に、反対の脚が飛んでくるが、それを同じく脚で払い飛ばす。


 右の拳が下がった状態から、無拍子で打ち込まれる掌打は顎狙い。

 それを躱すと今度は、バック転と共に両足が迫る。


「テメェ、まだその癖、なおらねぇのか!!」


 怒鳴り声と共に容赦なく、向けられた隙だらけの背中を蹴り飛ばす。

 下段蹴りのヤクザキック。


 バック転の途中だった間宮は、体勢を崩して勢いよく地面を滑る。

 生徒達が、眉をしかめた。


 アクロバティックな動きは、確かに見栄えは良い。

 しかし、実直では無い。


 昨日は、香神にも言った筈だったが、コイツはまだまだその癖が抜けない。

 なまじ、そのアクロバティックでトリッキーな戦法を好んでいたルリの指示を受けていた所為か、間宮はこの歳で既にエージェントとしての完成の域にあった。


 でも、オレ相手にそれを使うのは間違いだ。

 オレも機動力に関して、ルリには及ばずとも間宮よりは勝る。


 体格、機動力、俊敏、腕力、全てが劣る間宮は、オレ相手にそのような隙を晒すべきでは無い。


「テメェ!何度も同じこと言わせんなよ!

 地面に足付けてオレの蹴りを堪え切れるようになってから小手先磨けや!!」

「(ご、ごごごごご無体です!)」


 その先は、間宮の防戦一方。

 耐久組み手の耐久と言う意味は、今日も無くなった。


 開始、45秒で間宮が、地面に沈んだからだ。

 地面を転がったり叩きつけられたりで、額を切ったらしく顔面血濡れだ。


 ………1分も持たないとは、我が弟子ながら呆れるばかりである。


 オリビアを呼ばわって、治療はして貰う。


「………お前、そろそろ、オリビアの治療無しでも生還出来るようになれよ」

「(………無茶です)」


 涙の滲んだ悔しげな視線が、オレを見上げている。

 最近、我が子のように思えてきた生徒の、そんな姿を見ると可哀想とは思ってしまう。

 だが、甘やかしてはいけないと表情を引き締める。


 これも、立派な修行だ。

 この悔しさや不甲斐無さが、ハングリー精神を養ってくれる。


 まぁ、オレもそう簡単に追いつかれちゃ困るから、手加減はしないがね。


「………鬼だ」


 誰に言われたのかは分からないが、褒め言葉として受け取っておく。

 否定はしない。


 ………ただ、生徒達は、大人げないとか言うのはやめてね?


「あー…、まだちょっと時間あるな」


 そう言って、やや大仰ながらも、懐中時計を確認する。

 まぁ、時間が余ってしまっているのは本当で、休憩を挟んだとしても、魔法訓練の時間がちょっとだけ伸びてしまうだろう。


 そうなると、今度こそ生徒達の中から脱落者が出かねない。

 ………心身ともにぼろぼろとなった間宮とかね。


 というのも、実は建前で。


「なぁ、ちょっと、付き合ってくれねぇ?」


 そう言って、唇だけで笑みを作りつつ、振り返る。


「………騎士団長様よ」

「………ッ」


 ローガン達と共に、芝生に待機していたゲイル。


 汗以外でも濡れたシャツのまま、心許無さそうに立っていた彼。

 きっと、今一番ウズウズしているだろう、この男に決めた。


 間宮との組み手で温まった身体は、正直に言うとまだまだ不完全燃焼。


 それに、コイツと拳を交えるのは、実はラピス達の小屋で襲撃を受けた夜以来。

 実に1週間ぶりとなる。


「………ギ、ギンジ、その、本気で言っているのか?」


 戸惑いを乗せた声音に、どことなく滲んでいる感情は、果たして何だろう。

 オレには、歓喜に思えた。


「やるのかやらねぇのか、どっちだ?」

「………ッ、やる!」


 急かせば、一も二も無く頷いたゲイルに、オレは苦笑を零す。

 余計な事は、口にチャックだ。



***



 昨日の、夜。

 ラピスとローガン共謀の下、オレが搔っ攫われた時のことだ。


 向かったのは、以前ゲイルの家族問題の暴露を聞いた店。

 話す内容が内容なので、多少値段も敷居も高いとはいえ、周りに気兼ねの無い個室であることを優先した。

 念の為に、ラピスに『風』魔法で防音を施して。


 そして、オレはぶっちゃけた。

 それはもう、潔く。

 最近のオレの悩み事も含めて、情報も感情もそれこそ洗いざらいぶちまけてやった。


 そこで、他にも問題は多々ある中で、結局メインの表題に上がったのはゲイルの事だった。


 どうやら、女性陣2人はオレ達2人の確執に対し、思うところがあったようだ。

 そして、それを見るに見兼ねていたらしい。

 堪忍袋の緒も限界だったが、オレ達2人のギスギスした関係にも彼女達は耐え兼ねていた。


 仲直りをしろ、とそう言われた。

 ただ、彼女達に言われたからといって、すぐに仲直りが出来るか?


 そもそも、発端はアイツの秘匿癖が原因だった。

 ついでに言うなら、ラピス達を標的にした事が、尾を引いている。


 だからこそ、最初は渋った。

 それはもう、彼女達が憤怒の形相を通り越して、般若になっていたとしても。


 オレが、それを曲げるつもりが無かった。

 例え、標的にされたラピス本人が、もう気にしていないと言ったとしても、オレが気にする。


 一度でも裏切った奴は、何度も繰り返す。

 それこそ、一度で済むはずがない。


 それは、今までの秘匿癖と、シュヴァルツ・ローランの件で分かる通りだ。


 しかし、


「秘匿癖で言うならば、お主とてそうではないか!」

「………そうだな。

 今回の事もそうだが、こうして機会を設けなければ、話してくれなかった話だって多い」


 と、痛いところを突かれてしまった。

 図星を突かれた。

 クリティカルヒットだ。


 しかも、ラピスに至っては、酒に酔うと泣き上戸だった所為か、更にクリティカルヒット。

 オレの心臓も、下半身も大ダメージだった。


 ………まぁ、下世話な冗談はともかく。


 オレも、秘匿癖は相当だと指摘された。

 それは、確かに分かっている。


 オレも自覚をしていた手前、ゲイルの事を言えなくなってしまっていた。

 生徒達に言われた事もあったが、オレだって秘密主義だ。


 言うなれば、お互い様だと言われた。


 最初は耳が痛くて、それ以上は聞きたくなくて、結局逃げた。


 ラピスは簡単に潰れてくれた。

 勿論、酒で潰しただけであって、物理的にでは無いが。


 ただ、手こずったのはローガンだ。


 彼女も鋼鉄の肝臓もとい、ブラックホールだったのか、まったく酔う気配を見せてくれなかったのだ。

 オレもしばらくぶりに、ジャッキーの時と同じような惰性で酒を飲む状態になってしまう。


 そんな中、言われた一言。


「兄弟のように仲睦まじかったと、以前言った筈だ。

 ………あの時の言葉は、親しげであっただけではなく、お前とゲイルがそっくりだったから言っていたのだ」


 そう言って、彼女はオレの頭を撫でた。

 女の癖に、オレよりも逞しく頼もしい掌で、がしがしとやや乱雑な手付き。


 犬猫扱いとは言わないが、再三の餓鬼扱い。

 悔しかったのは、覚えている。


 だが、


「その性格は、元々なのだろうが、お互い様では無いのか?」


 途端、ぐわしっ!と、そのまま頭を掴まれて、頭が潰れるかと思った。

 実に10年ぶりにアイアンクローを食らったのである。

 13の時に食らった最後のアイアンクローは、師匠のものだったが、こっちもこっちで死ぬかと思ったよ。


 曰く、オレとゲイルは、姿形こそ違うが、そっくりなのだと。


 言動もそうだが、感性も性格も、ましてや悪い癖までそっくりだという。

 以前にオレ達は同じような事を思っていたが、他人にまで言われるとは相当なものだろう。

 いっそ、生き別れの兄弟と言われても納得出来てしまう。


 でも、今はそれが嬉しくない。

 おかげで、頭が潰されそうな状況であっても、ついつい反論してしまったが、


「違うというなら、お前達は今頃私たちに言われずとも仲違いを解消していただろうよ!

 どちらかが大人であれば良いものを、お前達は揃いも揃って餓鬼で頑固で意地っ張りの大馬鹿者ではないか!!」

「いだだだだだだだ、痛い、痛いッ、イッタイ!!!

 ………ごめんなさい」


 ぐぅの音も出なかった。

 言われた通りだもの。


 餓鬼なのもお互い様で、頑固なのもお互い様。

 意地っ張りなのは本当の事で否定は出来ないし、大馬鹿者なのも本当だ。


 本当にもう、自業自得じゃんね。

 頭を悩ませてんのも、こうして痛い思いをしているのも。


 そして、オレの意識は暗転した。


 実はオレ、昨日初めて飲み比べで負けたの。

 ジャッキーとはなんとかかんとか互角だったのに、彼女は全く次元が違った。


 おかげで、気付いた時にはオレは、彼女の腕の中で揺れていた。

 ………心底げっそり。

 黒歴史が増えたばかりか、滅茶苦茶悔しかったよ。


 話が脱線した。


 けど、つまりはどうすれば良かったのかと言えば、お互いに大人になって歩み寄ったら?って事を、言われた訳だ。

 女性陣2人にこうして言われてしまった以上、オレとしては言われた通りにするしかない。

 まぁ、最終的に条件を突きつける事で、同意はした。

 なので、従うほか無い。


 じゃないと今度は、(※どこをとは言わないけど)潰される。

 物理的に。


 しかも、今日の朝には、


「先生、餓鬼じゃないんだから、そろそろゲイルさんの事許してあげたら?」

「………はい」


 包丁を片手に榊原に詰られた。

 朝、水を求めて厨房に入ったと同時に。


 というか、包丁の一本は、オレ目掛けて飛んで来た。


 ………朝からチビるかと思ったわ。


 おのれ、生徒までもがアイツの味方なのか、と再三の悔しさが滲んだが。



***



 と言う訳で、


「………さて、おかわりは必要か?」

「ハァッ、ハァッ、………いや、……ゲホッ、………今日は、ハァ………ッ、もう十分だ…」


 オレは、ジャージ姿のまま。

 ただ、その下は汗だくである。

 ゲイルは、シャツを脱ぎ棄て、上半身裸。

 こっちは、汗だくにも加えて、泥だらけだ。


 ローガンの合図の下、向かい合ったオレ達2人は、それこそ久しぶりの本気ガチ真剣マジの組み手を行った。

 事実、過去類を見ない程には、ぼっこぼこにしてやった。

 勿論、今までの流れにのっとって徒手空拳で。


 開始1秒で、組み合った拳と拳に、オレのカウンターが炸裂。

 地面に投げ落されたゲイルの姿に、ご令嬢達からの悲鳴と、貴族達からの驚きの声が上がる。


 でも、無視。


 更に、2秒後には体勢を立て直したゲイルの腹に、先ほどの間宮と同じくヤクザキック。

 しかし、これにしっかりとゲイルは反応。

 腕をクロスして防御ガードしたかと思えば、返し技でオレの懐に潜り込んできた。


 それを、バックステップ。

 狙われた顎への掌打を避けて、そのままバック転を1回ないし、3回も繰り返してやっと体勢が整った。


 そこへ、ゲイルが踏み込んで来て、拳と拳の打ち合いになるが、機動力はオレの方が上。

 呆気なく打ち負けて、今度は彼がバックステップ。

 しかし、体勢を整えさせる前に、更にオレが攻勢に出る事で、彼の攻撃を封殺。


 後は、彼が防戦一方になったのを良い事に、じわじわと効いてくるボディーブローを連発。


 ついでに、


「テメェの所為で、オレの黒歴史が増えたじゃねぇかよ、コノヤロー」

「な、何の話だ!?」

「分からなくて良いんだよ、テメェを私刑リンチに出来ればそれで良いんだから!」

「や、八つ当たりでは無いか!」

「それがどうした!」

「理不尽だ!」


 精神攻撃も連発。

 野次を加えながら、じわじわと甚振ってやった。


 恨みも篭ってます。

 ついでに、妬みも込めてあるし、ここ数日分の欝憤も晴らしてやったとも。


 生徒達があ~あ、と頭を抱えているのも、ローガン達が呆れているのも分かっている。

 ラピスやアンジェさんなんて、吐きそうになっていたようだ。

 ………ラピスは、二日酔いだけじゃなかったの?


 でも、オレのけじめとしては、これでもまだ足りない。


 ………グレニュー親子が揃って、尻尾を丸めていたのは何故だか知らない。


 閑話休題それはともかく


 思えば、最初からこうしていればよかったのかもしれない。


 何が?

 ゲイルとの確執の件だ。


 ごちゃごちゃ頭で考えて、言葉や態度で示すよりも、ぼっこぼこにしてしまえば良かった。

 あの夜もそうして、黙らせた。


 けど、殺意を持ってアイツを叩き潰すのとは別に、こうして欝憤を晴らす方がオレ達らしい。

 特にゲイルは、戦闘に関してはかなりの感覚派。

 頭で考えるよりも、行動して覚えることが得意で、魔法に関してもそれは同じ。


 だったら、動かしてやる。

 嫌でもな。


 地味に、間宮よりも記録を伸ばした彼は、開始から5分43秒で、遂に地面と熱烈な抱擁。


 地面に顔面強打(熱いベーゼ)はしなかったようだが、泥塗れの血塗れの汗だくだ。

 ついでに、これでもかと恨みを込めて拳を叩き込んだ顔や体に、無数の赤痣だらけで地面に転がった。


 対して、見下すオレは、無傷である。

 いや、実は一発だけ掠ったから結構効いてるんだけど、表には絶対に出してやらない。


 ………だって、悔しいから。


 これだけ襤褸雑巾のようにしてやったとしても、きっと骨折も無いだろう彼を前に、こっちが骨折しているなんて事言いたくないし。


「まだ全部許した訳じゃねぇからな。

 明日もまたサンドバックの刑だから、サボるんじゃねぇぞ…」

「は、はははっ………ぅ、容赦の、無い…ッ」


 誰が容赦するかってんだ。

 そもそも、この程度で許して貰えるだけ、まだマシだと思って貰いたいもんである。


「………うぷっ…、見ていて吐きそう」

「………素直じゃないんだから、」

「先公が素直なことあったか?」

「………まぁ、あれぐらいの方が、先生らしいやねぇ…」

「………鬼だな」

「………悪魔だよ」

「………閻魔様だと思うけど?」

「キヒヒッ!三拍子揃ったネ」

「………オレも、吐きそうだ」

「(………アビゲイル氏に、負けた…)」

「………手加減も無しだったのね、」


 出席番号順に、ずらりと齎された感想はシャットダウン。


 吐きそうなら勝手に吐け。

 オレが素直じゃないのは、今に始まったこっちゃねぇ。

 オレらしいとか余計な御世話だ。

 鬼、悪魔、閻魔の三拍子で大いに結構。

 だから、吐きそうなら勝手に吐け。

 別に時間で勝ち負けは競って無い。

 手加減はするだけ無駄だ。


 としか、思わない。


 ただ、クソ餓鬼どもは、私語を慎めと言っただろうが。

 ………テメェ等、まとめてランニング追加ぁ。


「………ここまでぼこぼこにしろという話では無かった筈なのじゃがのう」

「………まぁ、あれだけで済むなら、良いんじゃなのか?」


 女性陣2人は、呆れ混じりではあるが苦笑を零して、そのままゲイルを介抱している。


 良かったな、今回ばかりは女性陣が味方してくれてよ。

 しかも、生徒達まで、いつの間に買収しやがったのか。

 ………地味に味方がいなかったオレとしては、悔しいを通り越して妬ましいぜ。


「良い汗掻いたよ、まったく」

「………お前、あの騎士の兄ちゃんじゃなかったら、死んでるぞ…?」

「………そんな簡単に死なせる訳ないっしょ?

 まだまだ、仕返しは半分も終わって無いんだから、簡単に終わらせねぇさ」

「………お前、本当に容赦ねぇな」


 ジャッキーには、やはり何故か尻尾を丸めて言われてしまったが、容赦ねぇのも今に始まった事じゃねぇの。

 仕返しは基本10倍だもの。


 有言実行で、これ大事。


 ただし、


「あ、あの………、僕等ももし入学したら、ああなるので?」

「………出来れば、お手柔らかにしていただきたいのですが………」

「………お仕置き以外であんな事はしないから、安心して良いよ?」


 これには一つの誤算があった。


 オレに情け容赦を求めたジャッキーたちの横。

 慣れない獣人+凄腕冒険者一家にビクビクおどおどとしながらも、休憩がてらオレ達の組み手を見学していたディラン青年とルーチェ女史だ。


 この真剣本気マジガチの組み手を前に、別の意味でビクビクおどおどしてしまっている。

 顔面ブルーレイのマナーモードだな。

 間宮が良くやってる。


 ………しまった、やらかした。


 貴族達に見せつける名目はさておき、入学をこちらから打診しようとしていたこの2人まで怯えさせてしまったようだ。

 ちょっと、反省………げっそり。



***



 さて、今日も試験は、無事終了である。

 全訓練課程の日程は終了し、生徒達の中からは怪我人も重傷者も、それこそ脱落者も出ないで済んだ。


 色々すっ飛ばしたが、割愛しているだけだ。

 だって、昨日とほとんど同じ事の繰り返しだもの。


 時刻は、夕方の午後6時。


 クソ面倒臭い貴族家の見送りも、片付けも終えた時間だ。


 これまた今日も、貴族達と令嬢達が五月蝿かった。

 貴族達は、オレへと取り入ろうとして、令嬢達からはゲイルをフルボッコにした件で総スカン。


 ただ、全て、明日から来なくて良いですよ?の一言で封殺した。

 これで、やっと参加者の人数が半分に減った。

 万万歳である。


 勿論、ジャッキー達やカレブ達も見送ったけど、こっちはクソ面倒とは思って無いよ?

 また明日も来るらしいし、カレブ達もなかなか楽しんで行ったらしいけど。


 ただ、ヘンデルの事だけは、気掛かりだった。

 マジでゲイルを刺しに来ないか、ちょっと心配している。


 まぁ、そんな心配ごともありながら。


「あれ?先生、今日も出掛けるの?」


 出かける支度を整えてダイニングに降りると、気付いた伊野田と榊原に驚かれた。

 ………最近、この2人のコンビを良く見るよ。


「ちょっと野暮用でね。ご飯は、昨日と同じで要らないよ」

「早めに帰っておいでよ?

 流石に間宮だって、疲れてるだろうからさ」

「………オレじゃないの?」

「先生は、言っても無駄だし、ゲイルさんの事もあるから自業自得」


 おのれ、榊原。

 ゲイルに味方するばかりか、オレの対応が明後日の方向にかっ飛んでいる。


 ………それもこれもやはりゲイルの所為だ。

 明日は、2人とも覚悟しておくように………。

 榊原は、徹底的に扱いてやるし、ゲイルは明日も私刑執行サンドバック決定である。


「………な、何故か悪寒を感じるのだが、」

「気の所為だろ?」


 ダイニングで寛いでいるのか、潰れているのか分らない馬鹿ゲイルが何やら言っていたが気にしない。

 スルーの方向である。


 さて、今日も昨日と同じく、生徒達にもローガン達にも騎士達にもお小遣いを渡した。

 後は、好きにして来い。


 男子組は、そのまま色街に足を向けても良いが?

 病気を貰ってきても、治療ぐらいは出来るから。


 って言ったら、もれなく女子組から集中砲火(ぼこぼこ)にされそうなので言わないけども。


「いってらっしゃい」

「お前等も気を付けて、行って来いよ」


 そう言って、オレと間宮は校舎を出た。



***



 野暮用というのは、まぁ簡単なものだ。

 出来る事なら内密にしておきたいものではあるが、知られてもそう困るものでもない。


 時間は、ぴったり7時。

 昨日と同じ、店へと立ち入った。


 オレが昨日初めての屈辱と黒歴史をこさえた、個室で専属ウェイター付きのバーだ。


 受付で、待ち合せの旨を伝える。

 そのまま、通された個室はいつもの部屋では無く、団体客用のパーティールーム。

 室内に入れば、既に先客が4名、ないし5名。


 貴族家らしく身形を整え、それでも騎士として鍛え上げた体付きの偉丈夫が2名。

 その2名に引き連れられた、心許無さそうな青年と女性が1人。

 それと、おそらく、偉丈夫の奥さんだろう1人。


 総勢5名で、オレと間宮を含めて7名だ。


「待たせたか?」

「いえ、この度は、このような機会を設けていただき、」

「お初にお目にかかります」

「あ~、堅苦しい挨拶はいらないから、気楽にしておいて」


 そう言って、立ち上がって挨拶をしようとした全員を、手で制しておく。


 オレとしては、堅苦しい挨拶はもう十分。

 貴族家の応対でもうお腹いっぱいだから、これ以上は気力が続かない。


 失礼だとは思うが、今後の関係を考えるとその方が良いと思っている。


 外套を脱ぎ、ウェイターへと託す。

 この部屋は、昨日の冒険者ギルドの食事会と同じ呼び鈴制だと説明を受けた後、料理とお酒が運ばれてくるのを待った。


 今回はオレ主催の食事会となる。

 ホストもオレなので、正直気力が続かないとは言っても、挨拶はしなくちゃいけない。


「改めまして、集まって貰って感謝する。

 急な事で悪かったとは思うが、気楽に楽しんでいってくれると幸いだ」


 着席の前に、全員へと辞儀。

 またしても立ち上がってしまった彼等を手で制して、そのまま着席する。


 今日はマナーとかも、考えたくないし。


「いえ、お招きいただきありがとうございます」

「身に余る光栄。心より感謝いたします」

「こちらこそ。さぁ、座って座って。

 これ以上は、オレが堅苦しくて息が詰まっちまうから、」


 そう言って、ホストであるオレ達とは別に、メインともなる青年と少女へ苦笑を向ける。

 2人は、同じように苦笑を零してその場で照れたように頷いた。


 ………初々しいねぇ。


 そんな中、前菜と酒が運ばれてきたので、食事会をスタートさせる。


「では、乾杯。オレも気兼ねしないから、気楽にどうぞ」

「お言葉に甘えまして」

「ご配慮感謝します」


 さて、まだ堅苦しさは抜けないものの、ここで種明かし。


 今日集まって貰ったのは、貴族家は貴族家でも、阿呆で馬鹿でクソ面倒臭い貴族家とは違う。


 グランカッツ家当主、ジョナサン・フォール・グランカッツ。

 王国騎士団『彩雲イリデセント騎士団』所属。

 ディランの父親だ。


 エルモンテ家当主、スプラードゥ・グリス・エルモンテ。

 これまた、王国騎士団『白雷ライトニング騎士団』所属。

 そして、その妻であるヘイリー・グリス・エルモンテも同席している。

 こちらは、ルーチェの両親だ。


 ジョナサンに関しては、オレが初対面。

 スプラードゥに関しては、一度か二度見かけた事がある程度だった。


 今日は、この5名を集めて、食事会。

 理由は、簡単。

 例の『異世界クラス』への編入を、家族ともども本気で考えているのか確かめたかったから。


 これで、最終的に合格を言い渡したのにも関わらず、結局来れませんなんて事になったら困る。

 それこそ、オレ達も骨折り損の草臥れ儲け。


 出来る事なら、オレとしても今後頑張れるだろう人材は確保しておきたい。


 けど、それが家族の推薦ありきなら。

 反対されているというなら、それを入学させる訳にも行かない。


 それに、オレ達の校舎に関しては、秘密も多い。

 石鹸やシガレット関連の技術開発部門も、『ボミット病』関連の医療開発部門もそうだが、そもそも森子神族エルフ女蛮勇族アマゾネス闇小神族ダークエルフや獣人といった魔族が同居・もしくは出入りしている。

 しかも、表向きには出来ない、オレ達の魔法の属性もある。


 だからこそ、今後編入する可能性の高い、彼等の意思確認と人格を見極めたい。

 そして、それは彼らの家族にも言える事。

 生半可な覚悟でも編入を許すつもりは無いが、それこそ人格破綻者を編入させる訳にも行かない。


 と言う訳で、贔屓とは言わないでほしい、食事会の開催である。


 酒も入れば、その分見極めもしやすくなる。

 ディラン青年とルーチェ女史は、どちらも16歳以下との事なのでまだ早いだろうが(※この世界では18歳が相応の年齢とされている)まぁ、その分子ども。

 見極める目も自信も、持っているつもりである。


 軽く酒を飲み、食事を進める。

 今日は、海鮮系がメインに上がっているので、とにかく美味そうだ。

 肉は苦手だけど、魚介類は割と好き。


 ただ、手が進んでいるのはオレ達だけ。

 5名の参加者達は、おずおずといった様子で、言うなればガッチガチだ。


「まぁ、そう緊張しなくても、取って食う訳でも叱責する訳でもないから、」

「お、恐れ入ります」

「いえ、申し訳ない。まだ貴族としては、新参でございますれば、」

「別に貴族家として食事に呼んだ訳じゃないから。

 言うなれば、もしかするとウチの校舎に編入するかもしれない、生徒達の保護者として呼んだだけ」


 と言う訳で、彼等にもここで種明かし。

 まぁ、メンツだけ見ればすぐに察しは付いたと思うけどね。


「と、と言う事は、編入は…!」

「悪いけど、合格云々に関しては、今はまだ言えない」

「…そ、そうでしたか、」

「それでも、こうしてお呼びいただきまして、感謝いたします」


 ディラン青年が食いついたが、まだ残念。

 決定を下した訳では無いので、保留のままである事は伝えておく。


 あからさまにしょんぼりとしてしまった彼のフォローには、すかさず父親が回っている。

 ただ、そこまで堅苦しく考えなくて良いよ。

 事前確認ってだけだから。


「まぁ、話が出たから、そのままの流れで言っちゃうけど、ディラン君もルーチェさんもどうなの?

 ウチの訓練に2日間だけとは言え参加しているけど、今のところ編入希望の意思は変わらない?」

「は、はい!勿論です」

「はい、変わりません」


 そう言って、まずは当の本人達の意思を、再度確認する。

 元気は良いが緊張気味の声と、落ち着いてはいるが緊張気味の声が同時に上がる。


 まぁ、そらそうだわね。


「では、結構。まぁ、合格云々は、最初に言った通り。

 君達が、最終日まで訓練を生き残った結果次第とするつもりだから、そこのところは勘違いしないでね?」


 そう言って、改めて食事の手を進める。

 あ、この鱈のカルパッチョ、湯通しされちゃってるけど、しっかり〆てあって美味しい。


 話が逸れた。


「次に、確認したいのは、保護者の意見なんだけど、」


 次は、ディラン達では無く、その父親、もしくは両親である3名に視線を向ける。


 ジョナサンは、頷くだけだった。

 ただ、その瞳は不安と共に、何やら決意のようなものが見え隠れしている。


「勿論でございます。

 我が娘のルーチェを、『予言の騎士』様の校舎へと送り出すのは、我が男爵家の総意でございますれば」


 一方、しっかりと受け答えをしたスプラードゥ。

 母親も同じように頷きを返しているが、こちらはやや不安そう。

 ただ、その不安の色は、きっと編入云々が出来るかどうかの心配だね。

 やっぱり、父親である2人から、人格を見極めた方が早そうだ。


 と言う訳で、


「脅すつもりはないけど、最悪死ぬ可能性もあるけど?

 そこら辺は、親としても騎士としても、何か考えている?」


 いきなり、核心へと踏み込んだ。


 見るからに動揺した2人の父親。

 母親は、手に持っていたナイフを取り落としてしまった。


 だが、それとは裏腹に、子ども達は逆に落ち着いている。

 頭を垂れて、視線を手元に縫い付けたままである。


「………これだけの訓練をしているから、もう分かっているとは思う。

 オレ達が、成し遂げなければいけない職務の本分は、『女神の予言』にある通り『災厄』を打ち払うこと」


 最近になって、やっとどう動けばいいのか判明したが、結局そこまでしか進んでいない。

 『災厄』がどの程度の規模で、もしくはどの程度の敵で、どうやったら打ち払うことが出来るのかも分からない。

 『石板』を見つけて、謎を解き明かすまでは、手探りとなるだろう。


 その間、オレ達はそれに備えた準備を進めると共に、必要ならば各地を巡る事も仕事となる。

 騎士達の護衛だっていつまで付けて貰えるのかは不明だし、それこそダドルアード王国の外にまで、騎士団を連れ回す訳にも行かないと思っている。

 ………まぁ、ゲイル辺りは、無理を押してでも付いてこようとするだろうけど。


 ゲイルのストーカー問題はともかく。


 その旅や遠征の間の、魔物や魔族と言った外敵の露払い。

 それは、オレ達だけでしなければならない。


 勿論、オレも生徒達もそのつもりで、着々と戦力を増強してはいる。

 だが、万が一が無いとも限らない。

 この世界で生徒達を守っていくと考えた時にも思ったが、怪我や病気、死亡に関しては絶対の安心なんて無い。


「オレ達だって、それ相応の準備はしている。

 けど、どうしてもその手から零れ落ちてしまう、面倒事が降りかかった時。

 ………先程も言った通り、死を覚悟して臨んでもらうことになる。

 それに関しては、家族の総意も同意も得ているの?」


 出来るだけ淡々と、告げるのは万物の不条理。


 オレですら、この世界では命の危険を感じる事が多い。

 死にかけた回数なんて、既に片手の指を超えている。


 それで良いと考えているのが本人達だけ、もしくは両親達だけなんて事は許されない。

 生徒達に関しては、シャル以外は確認を取れる親や保護者がいないから仕方ないものの、この世界の人間で、当然のように家族がいる彼等は別だ。


 だからこそ、確認しなければならない。

 死を覚悟して臨む気概も、それを受け止める家族の覚悟も。


 締め括った言葉と共に、注意深く両者の親を観察する。


 ただ、この質疑をするにあたって、取り越し苦労であったのはジョナサンだ。


「覚悟は出来ております。

 私も、騎士として職務を全うする事を誇りとし、それをディランにも言い聞かせて参りました」

「はい。僕は、父の背だけを見て育ちました。

 騎士にはなれずとも、『予言の騎士』様の職務に貢献出来るならば、この命を惜しむ事はありません」


 総意も同意も、この家族ならば大丈夫。


 特にディラン青年の覚悟は、本当に見事なものだ。


 ますます、欲しくなってしまった。

 勿論、前にも言ったが、性的な意味は含まない。


 ただ純粋に、この年頃の子どもにしては、達観した態度。

 まるで、間宮みたいだと思わないか?


 しかし、間宮に関しては、既に基礎や予備知識があった。

 元々、ルリの一番弟子だったのだから、当然と言えば当然。

 成長過程で言うなら、途中からオレが横取りしてしまったような形だった。

 手応えは感じるものの、出来上がりが早過ぎて、少々手持無沙汰であったのは事実。


 だが、彼はどうだろう。


 こうして、オレ達の訓練に参加しても、シャルにすら劣る体力。

 手に肉刺マメが出来ているから、中途半端ではあるだろうが剣だって嗜んでいるだろう。


 騎士になりたかった。

 親が騎士団にいる事もあって、また地位の低い男爵家ということもあって、彼にとっては騎士団への所属は必須のステータスだった。


 しかし、彼は騎士採用試験にも応募できず(・・・・・)、こうしてうちの学校へと流れて来た。

 最後の希望。

 一縷の望みを賭けて。


「どうやら、貴殿等への質疑は無用の長物だったようだな」

「いえ、お心遣い感謝いたします!」


 ディランもジョナサンも、おそらく問題では無いだろう。


 対するルーチェとスプラードゥ、ヘイリー夫人はどうだろう?


「まだ、未熟な娘ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「私も、覚悟はしております」


 父親と娘は、総意も同意も問題は無さそうに見える。

 ただ、問題はやはり母親のヘイリー夫人だろうな。


 あからさまに顔を真っ青にして、眼があちこちと忙しなく動かされている。

 しかも、手が震えているのは、気の所為でも無いだろう。


 どうやら、グランカッツ家とは違いこちらの男爵家は、先に家族で話し合った方が良さそうだ。


「………済まなかったな。不躾な事を聞いて、」

「い、いいえ。再三のご配慮を、恐縮に思います」


 ここで、間宮と目線を交わして、一度意見交換。

 ジョナサン達に対しては頷き、スプラードゥ達には首を振った。


 オレと同意見だな。


 今日一日酷使し続けた喉を潤す為に、もう一度酒を口に含む。

 豊潤な味わいではあるが、魚介系だったので白ワインが欲しかった。


 まぁ、贅沢は言うまい。

 この酒はこの酒で、美味しいから。


「まぁ、小難しい話は、この辺にしておこう。

 体力気力を養うには、まずは身体が基本だ。

 しっかり食べて、明日からもまた訓練に参加してくれ」

「は、はい!分かりました!」

「ありがとうございます」


 言葉通り、小難しい話はこの辺で切り上げておこう。


 意思確認も、家族の総意も確認した。

 後、彼等に聞きたいのは、面接然りの些細なことばかりだからだ。


 好きなもの嫌いなもの、もしくは得意なものでも良いし、アピールポイントなんかも食事の傍らでじっくり聞いて行く。


 魔法関連の話題にはルーチェ、剣や槍などの武術関連にはディランが食い付いた。

 時たま、フェイント気味に、種族問題である魔族への考えにも踏み込んではみたが、両家ともに偏見も差別も無いようだ。

 オレが種族間で幅広く交友している事を『白雷ライトニング騎士団』の職務として知っていたジョナサンに至っては、種族問題が過剰だとも言及していた。

 この分だと、ディランもおそらく同じ考えだろう。


 その分、スプラードゥとルーチェは、医療問題に言及していた。

 まさか、ウチの校舎の医療開発部門の件がどこからか漏れているのかとヒヤリとしたが、どうやら医者が少ないことや、その分医療費が割高で市民が気軽に診察を受けられないと、嘆いている様子だった。


 スプラードゥは、『彩雲イリデセント』騎士団所属で、普段は王城に詰めている。

 その為に、最近になって医療面で改善された消毒の概念を広めたのが、オレだと知っているからだろう。

 少しだけ探りを入れられたと勘繰れるが、これは編入出来てからのお楽しみとしておく。



***



 その、約1時間後。


 食事の手も酒のグラスも進み、色々と聞きたいことはあらかた聞く事が出来た。


 宴もたけなわ

 明日も訓練がある2人の参加者もいる事だし、早めにお開きとしよう。


「では、ディラン君とルーチェさんはまた明日。

 御両家ともに、編入試験の合否が悪い結果では無い事を、祈っておいてくれ」


 そう言って、店の中ではあるが、本日のホストとして両家を見送る。

 知られても困らないけれど、きっちり口止めはしておいた。


「はいっ!本日は、お招きいただき、ありがとうございました!」

「息子と同じく、本日はありがとうございました。

 明日は、私も護衛として参りますので、何卒ご容赦を…」


 草臥れてはいるが元気なディランと、参観予定を表明したジョナサン。


「再三のお心遣い、感謝いたします。また明日も、ご指導ご鞭撻のほど」

「未熟な娘ですが、何卒よろしくお願いいたします」

「………よ、よろしくお願いいたします…」


 ご令嬢らしく落ち着いたルーチェと、王城に詰めている騎士団らしく毅然とした応対のスプラードゥ。

 対して、オレの一挙一動にすらも、どこか怯えを滲ませているヘイリー夫人。


 やはり、ルーチェに関しては、まだまだ保留。

 母親の同意を得られる事を、祈るばかりである。



***



 それぞれの家族としての形を持った男爵家を見送り終えた、その後。

 オレ達は、その場でUターン。

 まだ、オレ達は帰る時間では無い。


 すぐさま受付へと確認するのは、


「連れが来ている筈なんだが、」

「は、はい。『予言の騎士』様のお連れの方は、22番のブースに、」


 別の招待客。

 とは言っても、こちらの招待客達は、大して気を張る必要はない。


 受付のボーイの案内で、立ち入ったブース。

 そこに待ち受けているのは、


「………終わったのかや?」

「早かったのだな。もう少し掛かると思っていたが、」

「今日は簡単な面接程度だったから、これぐらいで十分だったんだよ。

 それより、待たせてしまって悪かったな、ラピス、ローガン」


 昨日と同じく、実は泣き上戸のラピスと、ブラックホールの肝臓を持つローガン。

 昨日と違うのは、2人ともドレスアップはしていないことと、まだまだ余裕を持って酒を飲んでいる事だろうか。


 何故、彼女達が、2日連続でここにいるのか。


 この両名には、ちょっとした頼み事として、この店で待機して貰っていた。

 オレ達が両男爵家の接待をしていた時からである。

 理由は、まぁ割愛する。


 ゲイルとの確執の件で、ちょっとした頼みごと。

 オレが譲歩する代わりに、彼女達にはとある条件を出しておき、それを解消して貰っていたのである。


「お前達の方は、少しは実のある話は出来たか?」

「………うむ、まぁ、わだかまりは、取れたとは思うがの」

「………少しは、私達も歩み寄れたとは思っている」


 と言う訳。

 要は、この2人も仲直り、と言うことだ。


 実は、この2人。


 以前、ローガンと再会した際の、彼女の暴走の件で未だに、わだかまりが残っていたのである。


 勿論、オレとゲイルとは違い、2人とも大人ではあった。

 だから、表向きには子どもにも妹にも悟られないように、と上手いこと取り繕ってはいたのだ。


 しかし、時たま険悪なムードに突入する事はあった。


 昨夜の段階では、泣き上戸で酒に酔ったラピスが、ローガンに鋭い一言を浴びせてしまったり。

 それに言い返したローガンが、不用意にラピスの過去を言及してしまったり。


 昨夜はいろんな意味で、オレが冷や冷やした。


 と言う訳で、先ほども言った通り。

 それが、今回の話し合い。


 そろそろ、こうしてゆっくりとこの2人も話し合うべきだとは思ってはいた。


 オレもゲイルとの確執を改めて向き合うし、彼女達も今後の生活の為にしっかりと向き合って貰う。

 出来れば、同じ校舎に同居している人間でのいがみ合いは、止めて欲しい。


 ちょっと急過ぎてやや強引ではあるが、こうして話し合いの場を作ったのだ。

 好き勝手言ってくれたんだから、そっちもどうにかしろ、って事。


 まぁ、先ほど割愛した別の理由もあるんだけどね。


「オレも、ゲイルとの関係は、少しずつ改めてんだ。

 お前等も、出来れば生徒達の前だけでも険悪なムードにはならないようにしてくれよ?」

「分かっておる。だから、ちゃんと話し合いはした」

「………人の事は言えないというのに、大口を叩いてしまって悪かった」


 そう言って、ラピスはふい、とそっぽを向いた。

 ローガンは、オレに対して頭を下げた。


「いや、それはオレも一緒。だから、気にしてない」


 けど、それはオレも一緒。

 要は、オレも見兼ねてはいたけど、ゲイルの事があった手前下手に口出しできなかったから。


 お互い様なのは、こっちもだよね。


「まぁ、私達も、大人げなかったというのは、分かっておるしな」

「ああ。………それに、元はと言えば私が、」

「これ、その話はもうするで無いと言ったであろう?

 あの時は、お主も怪我をしたり妹の事で気を揉んでいたのじゃ。

 冷静であれ、ということ自体が酷なものじゃ」

「………済まん」


 ただ、思った以上に、この2人は打ち解けてくれたようだ。

 ラピスもローガンも当初のような、気不味そうな雰囲気は纏っていない。


 どうやら、こっちもこっちで歩み寄りは成功したらしい。

 ………なら、オレも本気にならないとね。


「さぁさぁ、あまり言及すると、こ奴がしみったれてしまうでな。

 それよりも、お主が接待した男爵家の坊主どもの話は、どうなったのか教えてくれんかのう?」


 話題変換は慣れたもので、ラピスがオレへと視線を移す。

 苦笑と共に、彼女の隣の席へと滑り込み、同じように酒のボトルを開けた。


 ただ、間宮は流石に飲ませる訳にはいかない。

 明日もコイツは訓練だし、元々酒の耐性は付けていても好んで飲みたいとは思っていないらしいから。

 と言う訳で、間宮は昨日と同じく途中退場。


 その後は、昨日のように酔い潰れる事も無く、オレ達も楽しい酒を嗜んで帰路に着いた。

 試験中でもあるので、お互いの為にもそれが良い。


 流石に、今日ばかりは酔い潰れたくは無い。


 理由は押して察しろ。

 またオレの黒歴史を作りたくはないし、この店の常連となりつつあるからあんまり情けない格好は晒したくないの。

 ………昨日飲みつぶれている手前、手遅れの気がしないでもない。



***

そろそろ、問題ぶっ込み過ぎてこの章だけ収集が付かなくなってきました。

そ、それでも、この章が無いと、次のステージが進めないので、クレームを受けようがどんどこぶっ込んで行きますけどね!


そして、ヒロイン同士、色々と問題も発生。

とはいえ、表立ってはやりあっていないので、ロマンス要素が見当たらない?


ただ、この2人のぶっちゃけ大会に関しては、後々閑話なんかで差し込みます。

友人数名からも、この2人は仲良くしてんのかそうじゃないのかはっきりして!なんて言われちゃってんので、閑話での種明かしをどうぞご期待くださいませ。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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