85時間目 「晩餐会~騎士と冒険者と魔術師と」2
2016年6月24日初投稿。
続編を投稿させていただきます。
女性陣の尻に敷かれるアサシン・ティーチャーは一体誰得なのか………。
85話目です。
気ままに呑気に進めていきます。
***
始まった当初と同じく微妙な雰囲気で、主要会議は続いていた。
ただただ、オレが呆れられる結果となったけど。
だって、忘れてたんだもん。
『転移魔法陣』が繋がった遺跡の事は、記憶の彼方。
最近色々あり過ぎて、どうも記憶力が乏しかったし………。
そして、『天龍族』の城が元は遺跡だったなんて。
これは、全然、知らなかった。
むしろ、オレは『天龍族』の居城である『天龍宮』自体が、どういった居城であるかもほとんど認識していなかった。
………そういえば、この話ってジャッキーから聞いた筈だったんだけど?
「………オレも、そこまで知らなかったよ」
「………だよね?」
ほら、オレが知りようがなかったんだから、仕方ないじゃん。
「先に私たちに、聞くべきだった事は反省しないのじゃな?」
「………この分だと、まだ隠している事がありそうだな………」
藪蛇だった。
駄目だ、もう、これ以上は、絶対オレは彼女達に勝てない。
尻に敷かれるのは許せるが、頭が上がらないのは勘弁して?
………あれ?
実はどっちも同じ意味?
なんて、妄想逞しくげんなりしつつ。
「まぁ、今後のコイツ等の活動に関しては、追々通達を出す事にすらぁ」
ジャッキーの一言で、やっと主要会議の本筋に戻ることができた。
議題は、例の偽物『予言の騎士』達の他にも、他国への派遣活動の幹事の決定や、新規冒険者獲得活動と、その対策・施策等。
残りはジャッキーが気になった話題への注意喚起等だ。
まず、ひとつ目の議題として、他国への派遣活動の幹事。
今回は、Sランク冒険者であるカレブを擁するAランクパーティー、『ブレイク・ドレイク』を中心に行うとの事だ。
なんでも、Sランクがカレブだけで、他メンバーがAランクからCランクまでの幅広いランクのパーティーだそうだ。
パーティーでの活動は、依頼を受けたランクとメンバーのランクが反映される。
その為、SランクがいただけではSランクとはならない。
結果、カレブの所属する『ブレイク・ドレイク』はAランクパーティーとなる。
実際、Sランク依頼を受けるとなると、最低Aランクは必須だろうしね。
まぁ、カレブのパーティーのランクはともかく。
そんな彼等のパーティーを中心とした派遣活動。
その一環として、オレやラピス達も含まれることは念押しされた。
実は、そろそろ遠征を視野に入れていたので、この申し出は願ったり叶ったり。
これには、ジャッキーもご機嫌となっていた。
ただ、しばらくは身動きが出来ないという事は事前に伝えておいたので、早くても夏場から秋に掛けての繁忙期になる予定だ。
更に、二つ目の議題、新規冒険者の獲得と、その対策や施策。
これには、新規参入した高ランク冒険者達(※多分、ウチの生徒達も含む、ライドやアメジス達の事だと思われる)を中心に名前を売り、冒険者たちの新規獲得を募っていくようだ。
その中には、またオレやラピス達も含まれる。
まぁ、Sランク冒険者4人が『予言の騎士』関係者となれば、宣伝効果は高いだろう。
中でも、間宮を始めとした生徒達のような低年齢で、とてもSランクには見えない子どもがいるというのは、特に宣伝効果が高いという。
レトやディルの時もそうだったらしい。
年齢が近く、一見すると強そうには見えない人間が高ランクにいる。
それが、若年層を取り込む良いきっかけとなるらしい。
他にも対策や施策として、ビラ配りが中心になるとの事。
商業区や提携している店舗にもビラを貼って、新規獲得を募る。
ついでに、オレからも一つ考案した。
「ある程度、力量を見せたり、競ったりって大会、開いてみたら?」
「………大会だぁ?」
「うん、殺しは無しとかにして、戦っている姿を実際に見せたりするでも良い。
他にも競技形式にしたりして、実際に冒険者がどの程度の力量をもっているのか観客に見て貰うんだよ」
冒険者ギルド主催での催事、もしくは大会等の決行だ。
今回、『異世界クラス』で使った、編入試験と同じ要領である。
スポーツもそうだが、大々的にランキング形式の大会や、参加型イベントがあると、興味を持って貰う事も、新規獲得の機会も増える。
殺し厳禁のクリーンな大会を目指して、冒険者達の力量を見せるだけでもかなり違うと思う。
冒険者達の活動って、割と城壁の外での魔物の討伐や採取なんかに集約されている。
その所為で、高ランク冒険者になればなるほど、どれだけの力量や技量があるのか把握されていないと思うし。
ただ、この提案には、ジャッキーどころかヘンデル達も驚いていた。
しかも、ローガンはどうだかわからないものの、ラピスも眼を瞠っている。
………今まで、そう言う大会って開かれたこと無かったの?
「い、いや、そもそもそう言う考えが無かったからよぉ………」
なんか、意外………。
ジャッキー達なら、率先して行っていそうとか思っていたのが、ちょっとだけ裏目に出た。
………先入観って怖い。
ただ一人、あまり驚いた様子の無かったローガンに、少しだけ視線を向けてみると、
「女蛮………、私の里では、年に一度、そうした武闘会のようなものは行っていたな」
………テメェ、今女蛮勇族って言おうとしただろ?
睨むと、彼女は目線を逸らした。
まぁ、それはともかく。
どうやら、彼女の里では、年に一度、そうした大会が行われていたので、驚いていなかったとの事だ。
(※それが、実は成人の儀も含めた、一大イベントである事は後から知ったが………)
現代の感覚で言うと、大会とか競技会って年がら年中やっていた。
競馬とか競輪なんて、ほぼ毎日じゃん?
こっちの世界にも闘技場とか、ありそうとか思っていたんだけどね。
実際、中世ヨーロッパの映画とかで、コロッセオ関連の映画は、良く出ていたし。
まぁ、資金提供だけならこっちでも行うから、気が向いたら検討して貰うのもありだろう。
………参加しろ、と言われたら流石に考えるかもしれないけど。
言い出しっぺの癖に、申し訳ない。
ふと、そこで、
「年に一度と言えば、『聖王祭』の時の巡礼、どうするつもりなんだ?」
「あ、出来る事なら行きたいけど、実を言うと予定が詰まっているから分からないんだよね………」
『聖王祭』ってのは、呼んで字の如く。
『聖王教会』主催の、年に一度のお祭りの事である。
お祭りと言っても、日本のように派手な催しものがある訳では無い。
ソフィアが眠りに付き99人の妹女神達が降り立った日ということで、『聖王教会』を中心に、鎮魂等も含める厳かな祭りだ。
この中に、先ほどジャッキーが言っていた巡礼も含まれる。
ちなみに、9月の30日から10月2日までの3日間。
ついでに最終日は、なんとオレの誕生日である10月2日で、丁度女神が降臨した日だという。
………なんか、偶然って怖いね。
ただ、オレだけでは無く、ジャッキーも10月2日生まれなので、そう珍しくは無いと思われる。
「なら、早めに予定を決めて、通達してくれよ。
本部に話を通して、手配だけはしておいてやるからよ、」
「………マジで?」
要は、オレ達の本業である。
だが、これも、ジャッキーが善意で手配をしてくれたようだ。
冒険者ギルドとして『黄竜国』本部に通達を送り、『聖王教会』への巡礼等を打診するのだという。
『黄竜国』本部は、『聖王教会』と協力態勢を取って、ダドルアード王国擁立の『予言の騎士』達を支持してくれている。
以前『新生ダーク・ウォール王国』側の『予言の騎士』達の巡礼を断ったのは、こういった背景もあったらしい。
その為、なるべく早いうちにオレ達の巡礼を可能にして欲しいと、通達があったようで。
「まぁ、その前にも、一度動く必要はあると思うけど………」
「忙しいとは思うが、早めに頼む」
「うん、分かった。だとしたら、5月以降に一度考えておくよ」
先程も言ったが、予定が詰まっているので、身動きが取れるのは早くても夏からだ。
ただ、その夏と秋、しかも『聖王祭』の次期ならば、うってつけとも言える。
巡礼を望まれていると考えるとオレ達としても脚を向けやすいのは事実だ。
まさか、オレの本業でも手配をしてくれているなんて思わなかった。
再三の恩赦で、ジャッキーには頭が上がらないね。
***
なんて、色々な話し合いを行いつつも、
「大まかな内容としては、この程度だ。
次の議題になるが、最近冒険者として活動している奴に、不審な行動を起こしている人間がいる」
その他の庶務連絡として上がったのは、例の頬に傷のある冒険者の件だった。
一応、オレ達が入手した情報は、既にジャッキーに提供しておいた。
『予言の騎士』の名を騙り、魔術ギルドで大量注文を行なった事。
また、召喚者達を騙していたのも、この頬に傷のある冒険者だった事。
召喚者達の件は詳細には明かせなかったものの、先ほどと同じくフィクションを交えた話で、ヘンデル達は納得していたようだ。
事前情報があるのと無いのとでは、やはり注意喚起は違うだろう。
「………頬に傷のある、冒険者か」
「………心当たりがあるのか?」
「あ、いや…そ、そういう訳では、………何でも無いのじゃ」
ただ、この話題になった時、ラピスがかなり戸惑っている様子だった。
………彼女もなにかしら、隠し事があるのだろうか?
もしくは、過去の冒険者の活動の最中に、もしかしたら面識がある可能性は高い。
頬に傷のある冒険者が、現在何歳であるのかは不明。
だが、この世界では魔族であっても、人間然りとした容姿をしていたり、ライド達も使っている幻覚魔法という方法を使ったりで、種族の誤魔化しが無い訳では無い。
魔族だった場合、ローガンやラピスにも並ぶ、超高齢である可能性もあるのだ。
出来れば、早めにオープンにして欲しいと考える。
だが、そう考えてはみても、彼女の過去を考慮すると、不用意に踏み入って良いものか悩んでしまった。
………ゲイルと似たような関係にならない事を、切実に望むしかない。
他にも、オレ達『予言の騎士』達の活動の件で、オレからも注意喚起。
忘れていた訳では無いものの、当初存在が判明してから、依然行方が分からない赤眼の少女の事だ。
オレ達が丸ごと召喚された校舎の地下で、オレ達の世界でも特異な研究を行なっていたばかりか、逃亡したままの彼女。
しかも、そんな彼女には、討伐隊が発足する発端となった正体不明の魔物『合成魔獣』に関わっていた可能性が浮上している。
肉人形に関しては、校舎から抜け出していた過去の一例もあって、半信半疑ではある。
だが、注意喚起だけならばしておいた方が無難だろう。
「意外と、アンタも大変なんだなぁ…」
「そうは見えないかもしれませんが…」
「………だから、年相応に見えないのかもしれねぇな」
なんて言いながら、ヘンデルから同情の視線を受けた。
………オレも、それは思ったよ。
スケジュールだけ見たら、かなりハード。
しかも、馬鹿みたいに問題ばっかり起こるしね。
………オレが実年齢よりも老けて見えるのは、疲れ切った企業戦士臭が漂っている所為なのかもしれない。
閑話休題。
「さて、議題はこの程度か?
他に無ければ、今日の会議はこれで終いだ」
「異論はねぇ」
「………同意する」
「ええ、大丈夫です」
ジャッキーが会議の終了を提案すると同時に、4名からは同意が齎された。
勿論、オレ達としても異論は無い。
面通しも済んだし、オレとしては本業の協力要請も出来た。
それに、約一名がオレ達に何かを聞きたかったというのも分かったので、警戒は続けられる。
出来れば、ラピス同様、早めにオープンにして欲しいのが本音だがな。
「じゃあ、ここに集まった同士に」
もう一度、開会の時と同じ音頭の下、グラスを掲げる。
全員が黙礼。
Sランク冒険者主要会議を目的とした晩餐会は、こうして終了した。
***
「おい、『予言の騎士』の兄さん」
「あ、はい?」
帰り支度をしている最中に呼び止められたオレは、少し驚きつつも振り返った。
オレを呼びとめたのはヘンデルだったが、他の面々もそれぞれ用事があるようだ。
ヘンデルと共に、三者三様に並んで、オレへと視線を向けていた。
「これ、ウチの連絡先だ。
アンタへの情報提供を、冒険者ギルドを通していたんじゃ、流石に面倒だからよ」
「あ、これは申し訳ありません」
そう言って、ヘンデルが差し出したのは、メモ用紙。
羊皮紙の切れ端のように見えたが、かなり頑丈そうな紙だった。
「………オレからも渡しておく」
「私からも、連絡先を渡しておきますわ。
しばらくは、冒険者稼業はお休みしますので、あまり意味は無いかもしれませんが、」
そう言って、カレブとベロニカからも、連絡先を受け取った。
オレも、これ幸いと、連絡先を交換する。
話題に上っていた、心当たりのある『石板』がありそうな遺跡や墳墓の場所。
それを、地図に起こして送って貰う話となっていた。
ついでに、ラピスの言っていた場所に関しては、今は保留とした上で、後々の訪問を決意。
その為には、例の偽物『予言の騎士』達の動向を把握しておきたい、というオレの意見の下、ジャッキーを中心にヘンデル達でも情報を集めてくれるとの事だ。
まぁ、Sランク冒険者としての活動の傍らとなるので、そう頻繁には連絡出来ないだろうとの事だったが。
それでも、情報源が限られている今のオレ達の現状としてはありがたい。
「重ね重ね、ありがとうございます。
情報の提供もそうですが、もし入用がありましたら、当校へとお越しください。
それ相応のご用意をして、お持て成しさせていただきますので、」
そう言って、きっちりとお辞儀を見せる。
驚いた様子の3人だったが、オレの外面を知っているジャッキーは苦笑いだ。
ちなみに、今言っているのは、情報提供をしてくれれば当然謝礼も出しますよ、って言っているのと同義。
これも、交渉手段の一つ。
明け透けに言うのでは無く、遠回しに褒賞を仄めかしておくのだ。
しかし、
「………アンタ、滅茶苦茶胡散臭いぞ」
「………先程の情けない姿の方が、まだ好感が持てた」
「うふふ。礼儀正しいのは美徳でしょうが、私達は貴族ではありません事よ…?」
どうやら、オレの下手に出る作戦は、彼等には通用しなかったらしい。
しかも、ベロニカはまだしも、ヘンデルとカレブは貴族が嫌いらしい。
胡散臭いどころか、今の自分には好感が持てない、と言われては、流石に気落ちしてしまう。
「餓鬼の癖に、背伸びすっからだよ」
そう言って、ジャッキーに頭をガシガシと撫でられた。
………マジで餓鬼扱いかよ、畜生。
まぁ、ジャッキー達からしてみれば、オレもまだまだ餓鬼だろうね。
最年少とまではいかないが、この中では下から2番目の年齢となるだろうオレは、冒険者歴も経験もまだまだ浅い。
悔しいとは感じるが、ジャッキーの言葉も一理あると思う。
背伸びだって、立派な見栄っ張りだ。
苦笑いをするしかなかった。
「悪かったな、見栄っ張りで」
「餓鬼は餓鬼らしくしてろってこった」
「もうそんな年齢じゃねぇんだけど、」
そう言ったら、またしてもガシガシと頭を撫でられる。
………ウィッグがずれそうで、冷や冷やするんだけど。
ただ、その様子を見ていた彼等からは、当初の剣呑さが嘘のような眼が向けられる。
生ぬるいとも違う、穏やかな目線だ。
………たまに、オレが生徒達に向けているかもしれない、あれ。
ひょっとすると、こっちの砕けた口調の方が良かったのかもしれない。
最初はあまり良い顔をしていなかった彼等も、今はどことなく口元が緩んでいるようにも見えた。
「アンタ、やっぱり口調変えろ。
正直、ジャッキーは別で、オレ達だけ敬語使っていやがったのは、流石にむず痒かったしよぉ」
「………オレも、それは思ったな」
「そうそう。それに、折角可愛らしい顔しているのだから、もう少し笑った方がよろしくてよ」
と言う訳で、オレの敬語も彼等にとっては、お気に召さなかったようで。
外面の良さが裏目に出るって………。
流石は、冒険者の集まるギルドのSランクだけあって、一般常識が行方不明だ。
とはいえ、そう言って貰えるのは素直にありがたい。
「お言葉に甘えて、口調は改めるよ」
「おう、そうしてくれ。………なんか、アンタの敬語、気味が悪かった…」
………そこまで言われるのか?
「オレも、聞いててそう思った」
「ジャッキーまで…」
なんか、オレの言動は全部、裏目に出ていたらしい。
………げっそり。
「………お前が年相応に見えない要因だな」
オレ、外面で損してたのかよ……。
ちなみに少しだけ気になって、背後を振り返ると、
「お主は、達観し過ぎておるからのぅ」
「………もうちょっと、肩の力を抜いても良いと思うぞ?」
「(同感です)」
ラピス達も苦笑気味で、間宮に至ってはこくこくと頷いている。
彼女達にまで言われるとは………。
THE・交渉人はしばらく控えた方が良さそうだ。
「貴族相手なら、それで良いだろうが、オレ達は別にそんなもん気にして活動している訳じゃねぇからな」
「そうそう。まだ24歳って話だし、餓鬼臭くても誰も文句は言わねぇさ」
「………そっちの方が、まだ好感が持てる」
「ふふふ。私も同意見でしてよ」
と、揃って言われてしまうと、何も言えない。
ただ、それが嫌かどうかは、別の話だ。
普段は、生徒達の手前、教師らしくというスタンスを心がけている所為か、こうして子ども扱いされるのは新鮮だった。
ついでに、オレの遍歴から言うと、子ども扱いされることの方がそもそも少なかった。
おかげで、肩の力が少しだけ抜けた気がする。
そんな中、
「そういや、物は相談なんだがよぉ…」
「はい?」
「………だから、敬語止めろって」
ふと、ヘンデルから、唐突に振られた相談と言う言葉に、首を傾げてしまう。
ついつい、改めると言ったばかりの敬語が飛び出した。
うんざりしたような表情で、ヘンデルに窘められてしまったが、
「………ジャッキーが見学したって訓練、オレも見てぇって言ったら迷惑か?」
「えっ?あ、いや、別に迷惑では無いけど、」
「………それなら、オレも頼む」
「私も、ほとんどがAランクという子ども達を見てみたいですわ」
全員から齎されたのは、ジャッキー同様の訓練への見学要請だった。
意外と、貴族達以外にも、オレ達の校舎の全貌が気になっていたようで、驚きのあまり固まってしまう。
「何、ジャッキーみてぇに参加したいって訳じゃねぇんだ。
ちょっと隅っこの方で、見せてくれりゃ良いからよ」
「それは構わないけど、」
うん、その程度であれば、構わない。
そもそも、ジャッキーの参加だって、別に制限した訳では無かったし。
ただ、彼等にとっての問題があるから、ちょっと渋っているだけ。
「今回は、鬱陶しい貴族家への対応策として行なっているから、貴族達も参観してるんだけど、その辺は大丈夫?」
ベロニカはまだしも、どうやらヘンデルとカレブは、貴族が嫌い。
今回、ジャッキー達が参観するに当たっても、かなり見世物状態になってしまっていた。
冒険者としては認められているジャッキーだからまだマシだったのであって、あまりブッキングしたい類の人間達では無いだろう。
「………ああ、そう言う事か。オレは別に構わねぇな」
「………むぅ。それは少し、面倒だな」
「そうでしたの。でしたら、残念ですが、私はこの子もおりますし、辞退するしかありませんわね…」
ヘンデルは、多少表情が強張ったが、まだ大丈夫そうだ。
対するカレブは少々考えを改め、ベロニカは結局参観自体を取り止めた。
………本当に貴族達って面倒臭い。
やっぱり、明日から貴族の親の立ち入りも制限しちゃおうか。
「………何も、訓練はこの1週間だけじゃねぇだろう?」
「あ、そっか」
そういや、そうだったね。
別に、今回の1週間体験入学の間に被せなくても、彼等の予定に合わせて見学してもらえば良いじゃん。
………そう考えると、ジャッキーもそうして貰った方が良かったのかもしれない。
良い方法だと思ったけど、失敗しちゃったな。
「………いや、オレは別に良いさ。
貴族達は鬱陶しいが、その貴族の坊ちゃん・嬢ちゃん達が、へろへろにされて行くのを見るのは痛快だったからよ」
「………それは同感」
確かに、あの這う這うの体たらくを見ているのは、かなり面白い。
………性格悪いとか言われても、そもそも趣旨が生贄だから共感して貰えるとありがたい。
「む?………それなら、オレも見に行く価値はありそうだな」
と、ここでカレブは結局、見学を決めた様だ。
なんぞ、恨みでも………、騎士達と同じであるんだろうね。
「それはそれで見物ではありますが、私は別の機会に致しますわね」
ベロニカはやはり、見学を見送ったので、結局参観に来るのはヘンデルとカレブのようだ。
とりあえず、参観するつもりであれば、いつでも来て良いとは言っておく。
ただ、1週間の間の日程とは別に、一番の見物であるイベントがある最終日がおススメだとは伝えておく。
ただし、
「ああ、オレも今から楽しみにしているからよぉ」
「………お、お手柔らかに、」
その日は、ジャッキーの条件付きの日である。
例の肉食獣然りとした爛々とした眼で見られて、オレはビクビクオドオドとするほか無い。
………やっぱり、オレ早まった?
命日が迫っている気がして、落ち着かなくなったのは是非とも内密にしておきたい。
「じゃあ、解散って事で、」
「ああ。ジャッキーは、また明日。
ヘンデルさんとカレブさんは、いつでも待ってるよ」
「おう。まぁ、近いうちに、」
「………オレもだ。ただ、カレブさんは止めろ」
「………オレもだ」
敬語の次は、敬称もお気に召さなかったようだ。
………面目ない。
とはいえ、これで主要会議も終わり。
多少方々からの呆れた視線を向けられながらも、実入りの多い有意義な時間であった。
後は、オレが強制参加とさせられている『地獄の酒場巡り』を残すのみだ。
ラピスもローガンも、早く行きたくてウズウズしている。
………げっそり。
今日も午前様かと思うと、明日の日程を考えて更に憂鬱になる。
そして、逃亡防止の為に、オレはローガンに右腕を抱えられる始末。
彼女の魅惑の胸元が圧し付けられて、意味もなく下半身がハッスルだ。
このイケメン女め、どうしてくれるのか。
しかも、
「あれ!?………間宮どこ行った!?」
「ほほほ。15歳の子どもは、家に帰って寝る時間じゃ」
「ついでに、遅くなると伝えて貰うように伝言してあるからな」
気付いたら間宮が逃げていた。
口ぶりからすると、ラピスとローガンに買収されていたようだ。
先に学校へと午前様になるのを知らせる名目で、とっとと離脱したらしい。
テメェ、コノヤロウ。
明日も、耐久組み手やってやるから、覚悟しておけよ…ッ!
「………逃がす訳にはいかんからのう」
「今日は、徹底的に洗いざらい聞き出してやる」
「………お手柔らかに、」
徹底してんな、おい。
右にはローガン、左にラピス。
両手に花、という状態でありながら、今のオレの状況はさながら連行される宇宙人。
N○SAも吃驚だろう。
ちなみに、この時。
そんなオレの姿を遠巻きに見ていたジャッキー達に後から聞いたら、鹵獲された出荷前の豚さながらだったと言われた。
ジャッキーどころか、ヘンデルにもカレブにも言われた。
心底、げっそりだ。
………再三の命日が迫っている気がして、背筋が薄ら寒くなったよ。
***
ごつり、と床板を踏みしめる音。
『スニーカー』という、異世界の靴だと聞いた事があったが、しっかりと足を覆いつつも、動きを制限しない性能に、感嘆したのは記憶に新しい。
さて、そんな靴を履いて、床板を踏みしめた人物は、
「………あれ?ゲイルさん、まだいたの?」
「驚かせたようで済まないな。………今日は夜勤だ」
どこかあどけない面影を残す、赤茶けた髪の青年が、オレを見て驚きの表情をしていた。
『バンダナ』という布飾りで、邪魔になる前髪をアップにした彼。
ハヤト・サカキバラ。
『異世界クラス』では調理担当ともなっている、しっかり者だ。
「………どうした?もう、休んだ方がいいのでは無いのか?」
ただ、そんな彼は、もう眠っていた筈だった。
腰に差してあった懐中時計を開くと、時刻は午前を回ろうとしている。
思えば、そんな時間までオレは、ここで何をしていたのか。
ただただシガレットを吹かし、勝手に紅茶を拝借して、空虚を眺めていただけの時間。
まぁ、オレの事はどうでも良い。
この時間に起き出して来たであろう、彼の行動は何なのか。
問い質せば、灯火の仄かな灯りの中、彼は少しだけ照れたような顔で頬を掻いた。
「また明日も忙しいだろうからさ、先にレモン水の元だけでも作っておいてやろうと思って、」
………本当に、しっかり者だな。
苦笑が漏れそうになった。
通り越して、いっそ呆れてしまいそうにもなったが。
レモン水とは、おそらく訓練の際に、彼等が用意しているレモンと塩を混ぜたドリンクの事だろう。
経口保水液と言って、水分補給にぴったりなのだとか。
何度か飲ませて貰った事はあるが、確かにあれは喉を潤し、失った塩分を補給するのにうってつけだ。
それが当たり前のように考え付く辺り、この『異世界クラス』はやはり凄い。
そして、それを仲間の為に、遅くに起き出して作成しようとする彼も凄い。
これだから、オレはこの『異世界クラス』が嫌いになれない。
ギンジとどんなに関係が悪化していようが、彼等のひたむきな姿を見るのは好きだから。
厨房へと進む彼。
その後に続き、オレも厨房へと足を踏み入れた。
灯り火を付けた彼が、きょとりと眼を瞬きながら振り返る。
「手伝おう。どの道、夜勤と言っても、オレがやる事はここでだらけているだけだからな………」
「あ、良いんですか?助かります」
手伝いを申し出ると、彼は、にぱっと人懐こい笑みを浮かべる。
それに、少しだけ動揺してしまう。
ギンジとの確執が生まれた日に、彼も同じ場所にいた。
その筈なのに、オレを倦厭する素振りは、ハヤトには見られなかった。
それは、伊野田や、カナン、キノも同じ。
蛇蠍の如く、オレを邪険にしているのは、ギンジとマミヤだけだ。
そんな生徒達の対応が、少しだけ嬉しいと感じるも、同時に気を使わせているのかもしれない、と心苦しくなる。
そんな内心が、表情に表れていたのか、
「………先生と、まだ上手く行ってないんですね」
「ッ、あ、ああ」
ハヤトには、すぐに分かってしまったらしい。
仲間を想う気持ちも凄いと思えば、こうして鋭く内心を読み取る能力も凄いと感じる。
図星だ。
胸が痛い。
オレもそう言った感情を読み取るのは、経験上慣れてはいる。
だが、この年代の時に出来ていたかどうかは不明だ。
………ギンジもそうだが、この校舎の面々は達観し過ぎて、年齢が分からなくなる。
「………先生も、頑固だしねぇ………。
まぁ、あんまりやり過ぎなようなら、オレ達から言うから、ゲイルさんも遠慮なく言ってくださいね?」
「………あ、いや、………済まないな」
「いいんですよ。先生も間宮もいないからって、わざわざ残ってくれてたんでしょう?」
「………ッ」
またしても図星だった。
唐突に踏み込まれた所為か、動揺してしまった。
レモン《シュピー》を絞っていた手が、めしゃりと握られてしまう。
………しまった、種が……。
オレのそんな様子を見て、ハヤトは苦笑するだけだ。
「………別に、無理するな、とは大きい口は言いません。
守って貰わないと心許無いのも事実ですし、心配になるのも分かりますから」
そう言って、『菜箸』と呼ばれる長い棒で、手際よく果汁の中に落ちた種を取り除く彼。
余計な仕事を増やして、心苦しい。
それ以上に、自身の内心を案じられていることが、心苦しかったが。
「………前にも、先生に言ったことなんですけど、今のゲイルさんにも当て嵌まるんですよね」
「うん?」
また果汁を搾る作業に戻った彼。
オレも、同じく作業に戻ろうとしたが、その最中に続けられた会話。
つい気になって、彼に眼を向ける。
灯り火だけの薄暗い厨房で、彼はどこか空虚を眺めながら、
「『オレ達の事を気遣ったり、気を配ったりしてくれるのは嬉しいけど、当人である先生が元気じゃないと、こっちはおちおち安心も出来ない』」
「………。」
ぼそり、と呟いた言葉は、どこか怒りが滲んでいるようにも感じられた。
とても、20代の青年が醸し出す雰囲気とは思えない。
オレも思わず、黙り込んだ。
思い出すのは、以前旧校舎へと備品を回収に行った時のことだ。
ギンジが地下室で倒れ、『保健室』という場所に運び込まれた時のこと。
そう言えば、確かにそんな事を言っていた。
オレも、あの時から『言葉の精霊』の力を借りて、彼等の会話を聞いていたから。
覚えている。
あの時の事は、鮮明に。
心苦しかったと感じていた。
遠因は、その前の夜に、自身が彼に牙を向けてしまったことだったのだから。
そして、その時の生徒達の言葉の数々に、とても感銘を受けたことも覚えていた。
中でも、彼は特に。
「後は、『今の先生、正直見てられないから、無理してオレ達の事気遣ったり、守ろうとしなくて良いよ』とも言ったっけ。
………ああ、でも、ゲイルさんには、言葉が通じて無かったから、分からなかったかもしれないけど、」
そう言われて、結局オレは黙り込んだままだった。
手に掴んだままのレモン《シュピー》が、手持無沙汰に弄ばれる。
………聞いていたなんて、言えないじゃないか。
だが、彼の言いたい事は、なんとなく理解できる。
あの時も、ギンジは相当な無理を押してまで、あの備品回収に参加していた。
貧血もあっただろうし、精神的にかなり追いつめられていたと思う。
別の要因も多々あっただろう。
だが、無理をし過ぎた結果、ああして倒れることになり、生徒達から叱責された。
それは、今のオレにも当て嵌まるということ。
「オレ達、まだまだ弱いよ。
先生と比べるのも、ゲイルさんと比べるのも、それこそ格が違うって断言出来る。
…………けど、そんな人達が、無理してるのを見て、それで黙っていられるとは思わないで欲しいです」
ああ、情けない。
こんな、年端を過ぎたばかりの子に、諭されてしまうなんて。
………ギンジも、あの時、こう言う気持ちだったのかもしれない。
「おちおち安心も出来ない、ってのは本当です。
ゲイルさん気付いてないかもしれないけど、眼の下酷い隈なんですよ?」
そんなに酷い顔をしているのだろうか。
指摘されて、思わず眼の下を抑えた。
が、
「………痛…ッ」
「あーあ、レモン絞った手で触るから、」
しまった、やらかした。
手に残っていた果汁が眼に飛んで、染みる。
ハヤトは、苦笑と共にポケットからハンカチを取り出して、水に濡らして差し出してくれた。
………また彼に、余計な仕事を増やしてしまった。
情けないやら、何やら。
生理的な涙と共に、目頭が熱くなった。
「………済まない」
「それは、どっちの謝罪ですか?」
「………両方だ」
なんだろうか。
………なんとなく、14歳も離れている筈なのに、彼には頭が上がらない。
無理をしている、というのは本当の事だ。
自分でも自覚はしているが、それでも、休むことが出来ないから困っている。
夜勤と言ったのは、実は嘘。
本当は、家に帰りたくない上に、最近では寝台にもぐっても眠ることも出来ないでいる。
酒を浴びるように飲んでやっと寝付く事が出来るが、それも一時だけ。
数時間もすれば眼が覚めて、無益な時間を過ごす。
それなら、いっそ仕事で気を紛らわせておいた方がいい。
そうして、日が昇る前から書類仕事に手を付けても、部下達が目敏く見付け、窘められる。
昔は嫌いだった書類仕事を、まさか部下に止められるまでやるようになるとは思わなかった。
書類仕事が駄目なら、体を動かそうと鍛錬に出る。
しかし、それもまた部下に目敏く見つかり、また窘められる。
………この時ばかりは、休め休めと言われて不承不承としていたギンジの気持ちが良く分かった。
だが、ふとそこまで考えて、今更ながら気付いた。
今のハヤトの口調は、部下達の口調と似ているような気がした。
窘め、休めと口々に強要する部下達の姿と、今のハヤトの姿が重なって見える。
「………休むのも、仕事のうちですよ。
先生ってば、極端に休もうとしないけど、ゲイルさんも相当ですからね?」
言われた言葉も同じだ。
再三の苦笑と共に、溜め息が漏れてしまう。
「溜息を吐きたいのは、むしろこっちです」
「………うぐっ、……済まない」
だが、その溜息を皮肉を込めて一蹴された。
………流石は、ギンジの生徒だ。
言い返す言葉も無い。
「無理をしないで、今はしばらく休んだらどうですか?
どの道、先生が忙しいうちは、どんなに頑張っても虫の居所が悪くて、すぐ喧嘩になっちゃいますよ」
………それは、否定できない。
喧嘩になる事は無いだろうが、忙しい間はおそらく時間すらも取って貰えないだろう。
「それに、あんまり考え過ぎると、ゲイルさんだって体調崩しますし、」
「………動いていた方が、気がまぎれるんだ」
「なら、先生のいない時の方が良いかもしれませんよ?」
「………それは、その………」
確かに言う通りだ。
これまた否定が出来ない為、情けなく言い淀むしかない。
「………それとも、先生がいた方が、都合のいい事もでもあるんです?」
「そう言う訳では無いんだが、」
………どう答えたら良いものか、判断に迷う。
ギンジがいたら都合が良い、というのはあながち間違いでは無い。
実際のところ、オレが彼等の護衛に付いている理由が、監視の為だというのは事実だからだ。
だが、それ以外にも、理由はある。
言い淀んだのが気になったのか、ハヤトからの視線が痛い。
心無しか、威圧感も滲んでいるように感じる。
………本当に彼は、20歳なのだろうか?
観念するほか無さそうだ。
ギンジだけならまだしも、この『異世界クラス』で生徒達どころか、部下達の胃袋まできっちり抑えてしまっている彼が相手だ。
これ以上、この校舎に近づけない理由は作りたくない。
不安なことが、多い最近は特に。
オレへの不信感も相まってか、今日も話し合いを願い出て、素気無く断られた。
予定があったとは分かっていても、空しかったのは自覚している。
ギンジにとっては、忙しい日が続いていた。
彼とて働き詰めであり、休む時間は一切考慮していない分刻みのスケジュールとも言える。
確かに、彼の言うとおり、時間を置いた方が良いのかもしれない。
だが、オレにとっての不安は、その時間が無いからこそだった。
もう二度と、元の関係に戻れない事は、知っている。
分かっている《・・・・・・》。
だからこそ、出来るだけ早く、彼との会話の機会を設けなければいけない。
これより、4日後。
………それが、オレと彼との関係のタイムリミットだ。
ハンカチで目を抑えたまま、大仰に溜息を吐く。
「………ギンジが、死にそうで怖いんだ」
「えっ?」
ぼそり、と呟いた言葉に、ハヤトは眼を丸めた。
「………アイツは、すぐ無茶をする。
無理では無く、無茶だ」
最近になって思うことだ。
怪我が多すぎる。
ついでに、無茶をし過ぎているにも関らず、平然としているからこそ、厄介なのだ。
「この間は、ほぼ死にかけただろう。
………ハルバートの一撃を、腹で受け止めようとするなんて、死にたいのかと思ってしまった」
「あ~………、あれね」
オレの答えを聞いて、ハヤトは察しが付いたようだ。
目線を明後日の方向へと逸らし、気不味そうに頬を掻く。
死にかけたのだ、アイツは。
ローガンが暴れた時、アイツはまるで命をなんとも思っていないかのように、ハルバートを受け止めた。
己の体一つで。
ナイフを滑り込ませていたのは見たが、それでも気休めでしかない。
誰かを守る為なら、アイツは自身を犠牲にする。
それに、何の遠慮も躊躇も持ち合わせていない。
しかも、それが何度目かも分からない、と来ている。
「拷問を受けた時もそうだし、討伐隊の時も死にかけた。
特別依頼を受けた時もそうだったし、………オレは、アイツがいつ死んでしまうか、気が気でならない」
「………同感です」
「なのに、無頓着過ぎるから、無理をする。
………いっそ、こっちが発狂しそうだ」
恥の上塗りとは言わないが、観念したと同時にぼろぼろと零れ落ちるような本音の数々。
ハヤトは明後日の方向を向いたまま、乾いた笑いを浮かべている。
同感だろう、そうだろう。
彼は、拷問の時も、特別依頼の時も、その場に居合わせているのだから。
拷問の時の話は、オレも片聞きでしかない。
それでも、彼一人にその矛先が向くように、懇願していたと聞いた。
その精神は、確かに高尚なものだろう。
だが、傍から見れば、死にたがりだ。
だからこそ、こちらは見ていて不安にもなるばかりか、いっそ恐怖を覚える。
「………目が離せないんだ、どうしても。
なまじ、………アイツが無理をするのは、オレ達が不甲斐無いからだと分かっているから………、余計に」
「………ゴメンなさい、ゲイルさん。
本当に、ウチの先生が、ご苦労をおかけしまして、」
謝罪をされてしまったが、それをしたいのはこちらの方だ。
守るべき対象である人物に、オレ達は事実守られてしまっている。
助けて貰ってばかりだ。
地位も、誇りも、ましてや命すらも。
不甲斐無いことこの上なく、いっそ腹立たしい。
「無理をしているのは、自分でも自覚している。
だが、オレはその無理を通してでも、アイツが無茶をしないように見ていなければ、」
オレが彼を目的としている理由と、ギンジとの関係が上手く行っていないにも関わらず、脚を遠退かせられない理由。
心配事は挙げればキリが無いが、少なくともオレの精神安定上は、こうしていた方がまだ樂だ。
………職務を全うして死ぬより、過労で死ぬ方が早いかもしれない。
それは、ギンジにも言える事なのだが。
「………まぁ、これも仕事だと言うことだ。
情けないが、こうしてアイツを見ているだけで、ある程度の不安は解消される」
「重ね重ねすいません」
「いや、むしろ謝りたいのはこっちだ。
済まないな、オレの内心を聞かせてしまって、気を使わせて………」
ああ、本当に情けない。
再三感じた自身の情けなさに、ほとほと困り果てる。
挙句には、涙がこぼれてしまいそうになっている。
決して、先ほどのレモン《シュピー》だけが原因では無いだろう。
「………先生には、オレ達からも上手く言っておきます。
そろそろ、オレ達も堪忍袋の緒が切れそうなのは、本当だし………」
「気を使わせた挙句に、心配りまでして貰って済まないな」
「いえ、」
そう言って、苦笑を零したハヤト。
いつの間にか、その手には塩の瓶が握られていて、籠にごっそりと入っていたレモンは、見事に皮の搾り滓だけになっていた。
………手伝いをしに来たのか、邪魔しに来たのか分からなくなってしまった。
再三の意味で、申し訳ない。
「ただ、ひとつだけお願いがあるんですけど、良いですか?」
「うん?」
………お願いと聞いて、少しだけ驚いた。
何か、オレが出来る事が他にあるのだろうか?
小首を傾げたと同時、ハヤトはにっこりと笑ってみせる。
少年の面影を残したその笑顔は、年相応に見えた。
しかし、その背後に蠢いた何かには、流石に背筋が凍った。
時たま、ギンジもこんな風に笑うことがある。
どす黒いオーラを放ちながら、この世のものとは思えないほど美しく、それでいて恐怖を覚える微笑みを浮かべるのだ。
そして、吐く。
天使の顔をして、悪魔のような毒を。
「先生の事をそこまで想ってくれているなら、ゲイルさんも無理も無茶も、しないでくれるんですよね?」
「………えっ、あ、……うん?」
「前にも先生に言った事、ゲイルさんにも当て嵌まるって、オレ言いましたよね?
『先生は元気でいて貰わないと、オレ達も素直に守られてなんかやらないから』とも言ったことがあります。
だから、ゲイルさんも元気でいてくれないと、先生も素直に守られてくれないと思うので、」
にっこりと笑ったまま、彼は矢継ぎ早に言葉を重ねる。
意味は理解出来ている。
しかし、反応が出来ない。
むしろ、反応したくても、彼の背後にあるどす黒い影のようなものが気になって、口が回らない。
………蛇の魔物に睨まれた蛙の魔物という揶揄を、体現するとは思ってもみなかった。
「休みますよね?」
「………う、そ、それは、」
「むしろ、休んでくれないなら、今すぐこの瓶で殴り倒して、」
「わ、わわわ分かった!休む!
ダイニングかリビングのソファーを借りて休むから…っ!」
振り上げられた塩の瓶は、本気だと分かる程殺気が乗っていた。
断るという選択肢は、この時のオレには無かった。
そして、この時ほど、この青年が怖いと感じた事は無かったのだ。
***
溜息交じり、階段を上る。
結局、最後まで手伝う事も出来ず、厨房を追い出されてしまった。
だが、もしあれに言い募っていたら、今頃は撲殺寸前の致命傷を受けてそのままダイニングに放置されていた可能性は高い。
情けなさで言うなら、どちらが上か。
比べるべくもない。
再三の情けなさに、またしても、溜め息混じり。
休む為に寝るのは、リビングのソファーにした。
人の出入りが激しいダイニングよりは、リビングの方がまだマシ、とハヤトに言われた所為だ。
………むしろ、それ以外は許さない、と言われた気もする。
この歳にもなって、失禁するかと思った。
………本当に彼は、20歳なのだろうか。
しかし、
「あ、あれ?ゲイルさん?」
「はッ…?………ミズホか?」
階段を上って2階に上がった時、ばったりと出くわしたのも、この校舎の生徒だった。
自身の持っていた灯りに照らされた、あどけない顔立ち。
鴉の濡れ羽色の艶々とした黒髪に、華奢で小さな可愛らしい少女。
ミズホ・イノタ。
頭脳明晰であり、魔法の才に優れた少女である。
だが、
「どうしたのだ?こんな時間に、」
再三の既視感を感じてしまう。
先ほど、ハヤトが降りてきた時と同じく、腰に差してあった懐中時計を開く。
時間は、とっくの昔に午前を迎え、1時に届こうとしている。
ギンジ達がまだ帰ってくる気配が無いが、大丈夫なのだろうか?
いや、それよりも、今は彼女だ。
こんな時間に、何をしているのだろうか?
「あ、いえ、大したことでは無いんですけど、」
「………うん?」
そう言って、オレの顔を見て驚いていたミズホが、照れくさそうに胸の前で指を合わせる。
またしても、既視感を感じる。
………まさかとは思うが、この子もハヤトと同じ理由か?
「明日、忙しくなるなら、先にレモン水の元、作っておこうかな…って」
そう言って、頬を赤らめながら答えた彼女。
年相応とは思えない幼い仕草に可愛らしいと思うよりも、まず先に驚きが勝った。
まさかと思えば、やっぱりだった。
その姿に、オレは驚いて良いのか、それとも呆れたら良いのか、はたまた感心すれば良いのか分らなかった。
改めて思うのは、このクラスの生徒達が、どれだけ良い子達なのか。
ギンジも相当だが、ハヤトもミズホも仲間想いが過ぎて、無理をする。
だが、それでも、この子たちの無理ならばまだ可愛いものだ。
そして、凄い事だとも思える。
この『異世界クラス』には、驚かされてばかりである。
「良い子だな、君達は。
………程々にするんだぞ?
また明日も、訓練はあるのだから、」
「あ、はい。………って、君達?」
苦笑を零して、彼女の頭を撫でた。
この世界で、家族以外の異性の髪を撫でるのは、あまり褒められた行動では無い。
当初、ギンジの行動を見た時には、怒りを感じたものだが、彼女を前にしてどうしてもしたくなってしまった。
いつも、オリビア様や生徒達の頭を撫でているギンジに、感化されたのだろう。
………羨ましいと感じたのは、内密にしておきたいものの。
「………おやすみ、ミズホ」
「え、あ、…お、おやすみなさい」
そのまま、彼女の横を通り過ぎ、3階へと向かう。
ミズホはしばらく呆然とオレを見上げていたが、目的を思い出したのかはたと気付いて、そのままそろそろと階段を降りていった。
きっと、厨房をのぞいた瞬間に、オレの言っていた言葉の意味を理解するだろう。
そう考えると、ふくふくと笑みがこぼれて来てしまった。
いつもこうだ。
彼等の前なら、オレは自然と微笑むことが出来る。
今なら、酒の力も借りず、気兼ねなく眠れそうだ。
久しぶりに、穏やかな気分で、そう思えた。
***
誤字脱字乱文等失礼致します。




