84時間目 「晩餐会~騎士と冒険者と魔術師と~」
2016年6月21日初投稿。
続編を投稿させていただきます。
リアルで色々な問題が立て続きに起きたおかげで、パソコンに触れなかったので、ちょっと遅くなってしまいましたが、ご了承くださいませ。
84話目です。
貴族相手の訓練中にも関わらず、ちょっと重たくてアサシン・ティーチャーが情けない話を少々。
脱線と言う訳ではありませんが、フラグをぶち込んでおいたので、回収作業はしっかり頑張らせていただきます。
***
気分があまり優れないが、風呂も準備も終えて。
程よく疲労でだるいながらも、予定と言うのは取り消せない。
今日は、Sランク冒険者の面通しも含めた、主要会議の日。
Sランク冒険者だけが集まって、冒険者ギルドでの活動を評価したり、報告をしたり、もしくは今後の活動についての意見交換を行う主要会議だ。
行うのは、年に3回。
年度末となる月に1回、繁忙月である夏場の1回、年末となる13月に1回との事。
この会議で話し合う議題は、本部からの指示が幾つかと、各国の街のギルド独自で決めているらしい。
内容は、各国の情勢を反映しつつ、クエストの消費についての経過報告と、派遣要請があった場合の応対準備。
要は、要請があった時に、誰が優先でどう動くのか、ということだ。
もしくは、各国ギルドでの問題となりつつある人材獲得への取り組みなども話し合う事になっているらしい。
ちなみに、ダドルアード王国の冒険者ギルドでは、食事会をしながら行うことが定例だそうだ。
昼の段階で、食事会を行うレストランも教えて貰っておいた。
そんな食事会に向かう脚は重かったが、ジャッキーを怒らせると後が怖い。
そんな事、分かっている。
今さらだけど、予定を詰め過ぎたと思う今日この頃。
ちなみに、ラピスもローガンも、今日の為に用意した礼服で少しばかりお洒落もさせていた。
ドレスコードは無かったらしいけど、なんとなく気分で用意しちゃったの。
オレ監修の全身コーディネートだ。
ラピスには、似合うだろうなぁ、と即決したロングスカートのドレス。
袖も裾も薄いシフォン生地で、胸元はやや広くドレープ素材のゆったりとしたものだ。
お値段もそれなりだったが、必要経費と見做して買っておいた。
ら、驚かれた挙句に、ちょっと怒られた。
やっぱり、この時期は流石に寒かったかなぁ…?
なので、以前オリビアに買ってやった薄紫色のポンチョを足して甘く仕上げた。
耳を隠す為に被っていた耳当て付きニット帽と合わせても、なんら遜色は無かったので、なにはともあれ良かった良かった。
そして、ローガンにはオレと似たような礼服を選んだ。
勿論パンツスタイルで、それでもきっちりし過ぎないように、下に着るブラウスをこれまたシフォン生地の甘い物を選ぶ。
礼服のジャケットはこだわってブラウンのチェック柄で、ちょっとだけフェミニンに。
これまた被っている耳当て付きのニット帽と合わせても違和感はない。
ぼさぼさと伸び放題だった髪も、この日の為に整えて、今ではゲイルに負けず劣らずのストレートヘアーだ。
ただ、一つだけ問題なのが、胸元をやや強調するような形となってしまった事。
だが、普段から女に見られない彼女としてみれば丁度良いだろう。
オレもついつい目線が引き寄せられる胸元だった。
………見ている場所がバレて、ほっぺた抓られたけど。
ちなみに、間宮も今日ばかりは礼服を着せた。
コイツもオレに付いて回ることが多いだろうと考えていたので、仕立てておいたのだ。
だが、流石成長期の15歳。
気付いたら、仕立てて2ヶ月が経過していたが、肩周りが窮屈そうになっていた。
………一度しか着られなかったなんて残念だな。
失敗したので、次はやや大きめのサイズを買って着回せるようにしておいてやろう。
身長が変わっていなかったのも、地味に凹んだらしい。
大丈夫、そのうち伸びるさ。
………多分。
さて、そんなこんなで、約束の時間。
昼間の段階で、ジャッキーに指定された店へと到着すると、オーナーらしき人物が応対してくれた。
一見すると堅苦しそうに見える店ではあったが、実は冒険者ギルド御用達だったらしく、オーナーもすぐにオレ達を見てSランク冒険者だと分かったようだった。
………目利きが凄い。
「おお、来たか!待ってたぜ!」
「ああ、悪いな。時間通りには来たんだが、」
通された部屋は、団体予約の食事などで通されるホテルの一室のような個室だった。
スイートルームって言われても、遜色は無いかもしれない。
ローガンは初めてだったのか、やや緊張気味だった。
代わりにラピスは平然としている。
間宮はいつも通りだけどな。
そして、部屋に入った瞬間、ジャッキーがにこやかに出迎えてくれる。
あれ、時間はぴったりだった筈なんだけど、待たせちゃったかな?
その代わり、
「おお、噂の『予言の騎士』様か。
まさか、本当に女みてぇな顔しているとはねぇ……」
「………女じゃねぇのかよ。チッ、遂にジャッキーの目も曇ったらしいな」
「あら、思った以上にとっても素敵な殿方です事」
そんな彼とは対照的な3対の視線が向けられたのは、流石に苦笑を零さざるを得ない。
文字通り、三者三様の感想をいただきながら、部屋へと入室する。
どうやら、到着したのは、オレ達が最後だったようだ。
先に揃い踏みしていたSランク冒険者達は、ジャッキーも含めて思い思いに寛いでいる。
男性が3人と、女性が1人。
1人目は、黒髪のオールバックで後ろ髪をポニーテールのように括った男性だった。
やや不精気味の顎髭だが、顔立ちはやはりこの世界特有のゲルマン系で整っている。
歳は、30代後半から40代にかけて。
衣服は、ラフなシャツと簡素なジャケット姿ではあるが、やや古ぼけているように見えるのは何年も使い続けているからなのだろう。
だけど、その衣服の上からでも分かる身体付きは、本物だ。
「まぁ、よろしく。オレは、ヘンデル」
「ええ、よろしくお願いします」
手を差し出されたので、素直に応じて握手をした。
握り込まれた手の握力と言い、手にできた肉刺や瘤と言い、確実にパワー系の戦士だ。
ただ、そう言った推測をしたのがバレたのか、
「………アンタが扱う武器は、どうやら色々とあるらしいな。
ナイフは当然として、投げ物専門か何かかい?」
「否定はしませんが、主力は別ですよ」
ぎゅ、と握り返された掌の感触で、同じくこちらの手の内が明かされる。
まぁ、そうとは言っても、オレが扱う武器はさまざまだし、投げ物では無く飛び道具が基本である事は変わり無かった。
悔しかったので、色々と誤魔化しておく事にする。
「オレは、カレブ・アイザック。………よろしくはしない」
そう言って、椅子に座って腕組みをしたままの2人目。
黒髪を短く刈り込んだ頭に、眉も揉み上げも鬚も生やし放題で厳ついながらも、目鼻立ちは意外と整っている偉丈夫。
………イケメンしかいやがらねぇのかよ、本当に…。
年の頃は、40代ぐらい。
ジャッキーと並んでも、おそらく同じぐらいの体格をしているだろう。
オレの太ももと同じぐらいの逞しい首や、丸太のような腕や脚、浮かび上がる筋肉の隆起が、衣服の下ではち切れんばかりに息づいているのが分かる。
これまた簡素なジャケット姿ながら、シャツなどは着ていないようだ。
見た目通り堅苦しい服装が嫌いのようで、中はインナーと、おそらくは防具を付けているのだろう。
「まぁ、顔を合わせる機会はあるかと思いますので、」
「………好きにしろ」
彼とは握手が出来なかったものの、見るからにパワーファイターである事は分かる。
あまり、オレと関わりたくないようにも見えるが、害が無いのであればそれで良い。
「ふふ。なんだか、皆ピリピリしちゃって、嫌な雰囲気ねぇ」
「失礼、マダム……、ッ………可愛いですね」
「あら、ありがとう。あたしは、ベロニカ・ボルフォ・ボナードよ。
魔術師で、今はこの子のお母さん」
最後の1人は、黒髪を背中に流した、色白の美人な女性だった。
にこやかな微笑みと共に、怪しげな雰囲気を纏わせながら、自己紹介をしてくれたが、ややハスキーな声がやはり、独特のセクシーさを垣間見せる。
年の頃は、若くても20代後半で、言っても30代後半だろう。
………イケメンも多いが、美人も多い。
色は強気な性格も垣間見える紫で、ラピスと同じような系統のドレス姿。
ローガンの時と同じように、引きつけられる胸元は、もはや巨乳を通り越して爆乳だった。
しかし、それよりも目を引きつけられたのは、そんな彼女の腕の中。
「うふふ。預ける先が無くて、結局連れて来るしかなかったの。
大目に見て頂戴ね」
「………お気になさらず」
まんまるとしたふくふくしい頬や、ぷよぷよだろう手がおくるみの中から覗いている。
今は眠たげで指を吸いながら、とろんとした眼で静かにぐずることも無く抱かれていた。
赤ん坊だ。
先ほど、可愛いと言ったのは、この赤ん坊に対してだった。
「ただ、『予言の騎士』様は、あまり赤ん坊はお好きじゃなさそうね。…残念」
「あ、いえ…嫌いと言う訳では、」
ただし、それが本心かどうかは、オレしか分からない事だろう。
突然の事で、戸惑ってしまった。
それ以上に、まったく構えていなかったこともあって、動揺が漏れてしまったか。
案の定、察知されたらしく、ベロニカから苦笑を頂いた。
驚いた様子でオレを見る、ラピスやローガンの視線が、少しばかり痛いと感じた。
「阿呆なこと言え。
コイツが餓鬼嫌いなら、生徒達がもっと苦労したろうよ」
そんな事を言って、ジャッキーが気付いているのかいないのか、助け船を出してくれたがもう遅い。
「あら、そう?じゃあ、気のせいかしらね…」
ベロニカの視線は、既にオレを敵と看做したかのように鋭かった。
しくじったなぁ…。
いや、ゴメンなさい。
気の所為では無いんです。
でも、言わない。
………オレが赤ん坊が苦手だって事は、教えたところで意味は無い。
「改めまして、『予言の騎士』こと銀次・黒鋼です。
こちらは、弟子の奏・間宮。口が利けないので、ご容赦を」
「(ぺこり)」
「ラピスラズリじゃ」
「ローガンディアだ」
気を取り直すように、改めてこちらも自己紹介。
口が利けない間宮はオレが代弁し、ラピスもローガンもやはり種族の問題として、ファミリーネームは伏せておく事にした。
とはいえ、
「まぁ、聞いてたより、よっぽど優男だな」
「ええ、本当。それに、おめかしされた姿も、爽やかですわね」
「いつも通りだけどな」
「………。」
ヘンデル、ベロニカ、ジャッキーと続く感想。
カレブは何故かオレを睨みつけて、黙ったままだった。
まぁ、ジャッキーの言葉通り、オレはいつも通りなんだけどね…。
だが、ベロニカの台詞には、ふと冷や汗。
オレ達気合い入れ過ぎた?
オレだけでは無く、ドレス姿のラピスは一番居心地が悪そうだ。
………なんか、ゴメン。
「さて、これで全員揃った訳だが、小難しい話は飯食ってからにしようぜ。
流石に、今日は久しぶりに動いた所為で腹が減ってよ」
「………予定を忘れて、参加するからだろ?」
「そう言うなよ。暇だったんだ」
まったく、見学だけだった筈なのに参加しちゃったお前は、自業自得だと思うけど?
気まずい雰囲気の中ではあるが、苦笑と共にジャッキーに向き直る。
座るように勧められ、長机を挟んだ四対の椅子の下手側に素直に座った。
向かい合う形で4名が座る事になるから、人数的にもオレ達の気分的にも丁度良かった。
オレの隣には、安定の間宮、その隣にラピスとローガン。
オレの向かい側にはジャッキーが座り、ヘンデル、カレブ、ベロニカと順番に座った。
ジャッキーの呼び鈴の合図の下、待機していただろうウェイター達と共に料理が運ばれてきた。
勿論、酒好きのジャッキーが酒を頼んでいないなんて事もなく、この世界でも珍しいグラスが置かれる。
ある程度、料理が運ばれてきたところで、
「ここに集った同士に」
グラスを掲げ、全員が目礼。
本来ならグラスって鳴らすものでは無いので、そのまま掲げただけだ。
そこで、改めて、少し気不味い雰囲気の食事会は開催された。
***
改めて、見る面子は、錚々たる顔ぶれのようだ。
ギルドマスターであり、冒険者歴29年目の大御所で、ソロで活動する事の多い斧戦士・ジャッキー。
………お前、今44歳だった筈だよな?
その計算だと15歳で登録して、一発Sランクだったって事なんだけど…?
次に、冒険者歴24年目、これまたほぼソロで活動しているという戦士・ヘンデル。
冒険者歴24年て、オレが生まれた時から冒険者って事だよね。
………ほぼソロって言っているけど、例外が下位ランクの引率アルバイトだけとか、それほぼどころか、まんまソロじゃねぇの?
さて、お次は冒険者歴45年目、いつもは『ブレイク・ドレイク』というパーティーで活動している拳闘士・カレブ。
45年って………ジャッキーよりも長いんだけど?
しかも、拳闘士って、マジかよ、肉弾戦?
最後に、冒険者歴20年でママ歴4ヶ月という、こちらもソロで活動している魔術師・ベロニカ。
20年も冒険者やってて、女性で、しかもソロとか恐れ入るわ。
………マジでこの人、幾つなんだろうか…。
ちなみに、Sランクになってから一番長いのが、ジャッキー。
その後が、カレブ。
後は、ヘンデル、ベロニカの順番らしい。
やっぱり、ジャッキーは規格外って事だね。
対する新規として参加しているオレ達。
冒険者歴2ヶ月で、普段は『予言の騎士』として活動しているオレ。
………武器は色々扱えるから、職業付けられないと思うんだ。
そして、冒険者歴同じく2ヶ月で、普段は『異世界クラス』の生徒である忍者・間宮。
………もうコイツは、職業忍者で間違いないと思ってる。
続いて、冒険者歴はブランク抜いてもなんと驚きの150年以上で、ママ歴も58年の魔術師・ラピス。
………頼むから年齢も冒険者歴もママ歴も言わないでね?
種族がバレるーわ。
最後に、冒険者歴が驚異の300年以上で、こちらもほぼソロで活動していた槍戦士・ローガン。
お前も年齢とか冒険者歴は言わないでね。
………ママ歴は言わなくても、無いって分かってるから、大丈夫。
「………貴様、何やら喧嘩を売っていないか?」
「き、気ノセイジャナイカナ?」
何でバレたし…。
でも、言ったらガチで殺され、もしくは潰されそう(※どこをとは言わないけど)だと感じたので、視線を逸らしておく。
閑話休題。
色々脱線はしたが、以上、8名だ。
ジャッキーの乾杯の音頭の後、スタートした食事会は、気不味い雰囲気ではあるものの、まったりと始まった。
………なんか、思っていたのと違う。
ジャッキーは宣言通り、堅苦しい会話も嫌なニュースも後回し。
もぐもぐと豪快に料理を頬張り始める。
そして、やっぱり、酒を飲む。
………来て早々、グラスの中身を空にしたのは、見逃さなかったぞ。
ただ、この会議が食事会から始まるというやり取りは、今までもずっと変わらないらしい。
慣れた様子で、ジャッキーと同じく、食事を取っている他のメンバー3人。
まぁ、これがいつも通りだと言うなら、郷に入ればなんとやら。
オレ達も、お腹が空いていることもあって、そのまま食事の手を進めた。
「ふむ、これはなかなか、美味いのう」
「………コウガミ達の飯の方が美味いと思うが、」
「あ奴等と比べる方が可哀想じゃから、止めておきやれ」
それはオレも思った。
テーブルマナーも淀みなく、食事をしているウチの女性陣2人。
なんだかんだで校舎の飯の方が好きらしい。
後で、香神達にこそっと報告しておいてやろう。
………ただ、お店の人に聞こえるかもしれないから、ボリューム少し絞って?
「ははっ。確かに、コウガミとハヤトの飯が美味いってのは聞いたな!」
「ウチの料理担当だからね」
便乗して来たジャッキーに、苦笑を零す。
どうやら、冒険者ギルドに行った時に、生徒達が喧伝していたらしい。
この間、ハンナさんの美味い飯食って来たらしいが、コウガミ達とどっちが美味いか決められなかったとかで。
………主婦に勝てる訳ねぇとは思うんだがなぁ。
「あ奴等であれば、店を開いていたとしても遜色は無かろうな」
「………へぇ、そこまで美味いのか?」
「うむ。………女としては業腹じゃがのう…」
「………ああ」
ただ、その流れのおかげで、どうやらヘンデルとの会話には成功したらしい。
黒髪のオールバックと、不精髭のゲルマン系イケメンさん。
堀が深くて濃い顔立ちの彼は、軽薄そうな見た目とは裏腹に、掴みどころが無いようにも思える。
しかし、そんな会話の最中に何故かめっこり凹んでしまったラピス達は一体どうした?
………アイツ等、主婦には勝てないけど、包丁握ってからは結構経つらしいから、気にしたら負けだと思うけど?
………ローガンが料理出来るかどうかは、知らない。
オレが食べさせて貰ったのも、焼き魚ぐらいだったっけ?
しかも、丸焼きの挙句に、焦げてた奴。
………睨まれたから、これ以上はなにも考えないようにしよう。
「………そういや、お前も料理するって聞いたけど?」
そこで、ふとジャッキーの問いかけに、またしても苦笑を零してしまった。
確かに、オレも嗜む程度には料理はする。
けど、その話題、実は結構NGだったりしたんだけどなぁ。
「ああ、するよ?ただし、味付け程度しか出来ないけどな」
「………まぁ、その腕じゃ、食材をそも切れねぇか」
そう、この所為でね。
片方の腕が動かないというのは、ぶっちゃけかなり面倒だ。
今では慣れたが、ボタンを留めるのも大変だし、髪だって結えない。
オレの施設の後輩だと分かって弟子にしてからは、間宮がやってくれている。
1人の時は、それなりに工夫してやってはいたけど、それでも掛かる時間も労力も半端じゃなかった。
そして、その大変な労力が掛かる作業の中に、当然料理も含まれている訳だ。
「うん?腕が、どうかしたのか?」
だから、この話題にはあまり触れて欲しく無かった。
こうして、聞かれてしまうのは分かっていたから。
やっぱり乗ってきちゃうヘンデルと、無言ではあるが興味深そうな顔のカレブやベロニカ。
ついつい、眉根を寄せてしまう。
ジャッキーも話題選択を間違ったと考えたのか、苦々しい顔になってしまった。
あぁ、でもそういえば、彼に説明した事って無かったよな。
腕が動かない事は分かっていても、その理由まで話したりするのは、オレのトラウマを触発するだけだと思って言う気も無かったし。
まぁ、それはオレの落ち度だし、仕方ない。
………ただ、やっぱり、あまり言いたくないんだよなぁ。
特に、初対面の人間には、尚更。
とはいえ、話題に上ってしまったのも事実で、仕方無い事だ。
「昔、事故で左腕を故障しちゃって、そのままずっと動かないので、」
「っと、そりゃ悪かった」
「いえ、お気になさらずに。今では、日常生活に支障はそれほどありませんし、」
少し驚いた表情をしているヘンデル。
カレブも同じような顔をしているが、一体この表情は何を意味しているのだろう。
「………すぐに治さなかったのか?治癒魔法は?」
ああ、そう言うこと?
こっちの世界では、治癒魔法があるから、下手すると腕もくっつけられちゃうもんね。
しかし、カレブから話し掛けて来たかと思えば、内容はこれまた言い辛いものだ。
………さて、どうやって返すべきか。
「治せなかったんですよ。
任務中と言う事もありましたが、………まぁ、近くに術師もいなかったですし」
「お若いのに、可哀相ですのね」
考えた結果、やはり色々と濁して、伝えるほか無かった。
ただ、やはりSランク冒険者は伊達では無い。
全員が、おそらくオレの嘘に、気付いているだろう。
目線が鋭くなるのは、カレブとベロニカ。
………ヘンデルは、残念ながらあまり、表情の変化も眼の変化も見られないから分からないが。
開き直って、異世界から来たからそんなもん無いとか言いたい。
けど、あんまり表立って言うことでは無いし、このままなぁなぁにしておきたいのも事実。
任務中に捕まって、人体実験に使われました、なんて言っても信じて貰えないだろうし。
あれ?
でも、異世界から来たって事実、思ったほどは広まっていないのか?
「そ、そういえば、お主が作ったというソースは、絶品じゃったのう」
「ああ、そういえば。
確か、野菜を煮詰めて作っているとか聞いたが?」
そこで、ふと何かを思い出したようにして、話題変換に努めたラピス。
ナイスアシストをありがとう。
ローガンも話を逸らすのに、一役買ってくれたようだ。
無理矢理感が強かったりもしたけど、まぁ気を使ってくれたのには素直に感謝。
ちなみに、ソースというのは、以前徳川が引きこもりになった時に作った、ウスターソースの事だろうね。
野菜を煮詰めて作ったブイヨンに、スパイスを混ぜて作ったやつ。
汗だくになって作った甲斐もあって、今ではうちの学校で大活躍だったりする。
そういや、食べた瞬間にラピスもローガンも、眼をきらきらさせて喜んでくれたっけ。
肉と合わせると相性が良いから、肉が苦手なオレでも結構食べられちゃうんだよね。
「そりゃ凄いな。ソースなんて作るのかよ?」
「まぁ、一人暮らしも長かったし、余計な知識は阿呆みたいに詰まってたからね」
これでも、13歳からデビューして、一人で暮らして来たから。
阿呆な知識ってのは、使われているスパイスとか、調合とかね。
一時期オレがあんまりにもあんまりな食生活していたから、見兼ねた元同僚が通い詰めてくれたりしたんだよね。
覚えておいて損は無いから、覚えとけって無理矢理レシピ渡されたの。
思えば、今みたいな生活は、あの頃じゃ考えられなかったな。
3食卵かけご飯とかね。
「あら、そう言えば、『予言の騎士』様、おいくつで?」
「ああ、今年で24になりました」
「………あらあら、お若いこと」
「………見えねぇな」
「………オレも、コイツを見る度にそう思うぜ?」
「それ、どういう意味?」
えっ?オレ、何歳に見えていたの?
た、確かに老成しているとか、達観し過ぎて一周回って不気味とはよく言われるが、そこまで老けてるように見える訳?
そういや、ローガンの時にも、若いって驚かれたっけ?
彼女は彼女で、明後日の方向を向いちゃったけど、一緒になって彼方を見ているラピスは一体どうした?
………ってか、ヘンデルは良いけど、ジャッキーは本気でオレの事なんだと思っているのか。
「落ち着き過ぎてんだよ、お前は。
オレの若い頃なんて、もっとガチャガチャしてたぜ?」
「………騒がしかったって意味?」
「おうよ。喧嘩やったり、女に入れ込んだり、仲間と朝まで騒いだりってな」
ああ、今時の若い子達が、良く歓楽街に繰り出しているアレね。
………そう言うの、ある意味無縁な世界で育って来ちゃったからなぁ。
任務、移動、任務、移動、たまに休んで、また任務。
喧嘩なんてそもそも戦闘が日常茶飯事だったし、女を覚えたのも修行と任務の一環だったし、酒を覚えたのは修行の一環だったし………。
「………顔が真っ青になっているけど、どうした?」
「………ちょっと、昔を思い出して、」
やめよう。
これ以上考えると、今食べている鳥ハムのサラダをリバースしてしまう。
ただ、押して察してくれたのか、これ以上年齢の話も昔の話も蒸し返されることは無かった。
………正直、昔のことは思い出したくない事も多いから、ありがたい。
「そういや、今日の訓練は凄かったな。
流石のオレでも、腕がダルくて仕方ねぇや」
「………だから、必要無いのに参加するからだろ?」
「暇だったんだよ。まぁ、楽しかったけどなぁ」
色々話題があっちこっちに飛んでいるが、ジャッキーのおかげで訓練の話へ。
その瞬間、きらり、とヘンデルとカレブの眼が光った気がする。
おそらく、気になっていた話題だったのだろう。
そういや、オレ、冒険者の中でも『予言の騎士』で通しているけど、今回の貴族達みたいに何やっているのか、喧伝する機会って無かったもんな。
任務受けたとしても、まだ1回しかこなしてないし。
「参加して来たのか、ジャッキー?」
「ああ、見学ついでに、ちょっと暇だったからコイツの訓練を一緒にこなしてみたんだが、」
「………。」
食い付いたヘンデルと、聞き耳を立てているカレブ。
ベロニカは、また始まったとばかりに溜息を吐いていたが、もしかしてヘンデルとカレブでトレーニング馬鹿?
ジャッキーが倒立をしながら腕立てをしただの、鉄棒を使った懸垂が思った以上に効いただの、と熱く語る姿に、食い付くように聞いているヘンデル達。
自棄にその姿が熱心で、少しだけ戸惑ってしまう。
聞いている姿だけを見ると、お父さんの武勇伝を聞いている子ども達のようにも見えた。
………目が腐ってんだろうか。
整った顔立ちをしているが厳ついカレブまで、どこか可愛いと思えてしまっている自分が怖い。
「………しかも、その走り込みや筋力訓練の後に、対戦形式で組み手をやったりしたんだが、生徒達のレベルが高いのなんの…」
あ、今のは素直に嬉しい一言。
戦闘狂ではあるけど、ジャッキーの目線から見て、生徒達がどれだけのレベルなのかは、知っておきたかったから。
こうして改めて聞くと、彼も認めるレベルには達しているようだ。
「ほとんどAランクって言ってた餓鬼どもか?」
「………女もいると聞いたが?」
「ああ、まだ20歳前後の餓鬼どもで、一番小さな子なんて14歳ぐらいだ。
オレ達も驚いたが、貴族達なんて目をひん剥いて驚いていやがったぜ」
そういや、そうだったね。
特に女子組の時なんか、めちゃくちゃどよめいていたし。
女子組は見た目にそぐわず、かなり力量が上がってきているから、正直言ってオレも少し驚いているレベル。
伊野田なんて、元々運動音痴とは思えないもんね。
ただ言っておく。
女子組に14歳前後の子どもはいない。
「あれで、だいたいどれぐらい訓練してんだ?」
「一応、4ヶ月ぐらいになるかなぁ。
ただ、魔法と違って強化訓練は始めた時期が遅かったから、2ヶ月ぐらい?」
「………そんだけで、あれかよ」
「毎日やっていれば、あれぐらいにはなるよ。
まぁ、始めたばかりの生徒もいるから、全部が全部では無いけどね?」
そういや、強化訓練を開始してから、まだ2ヶ月ぐらいなんだよね。
半年の間は、体力を強化してばかりだったから、技術面では何一つ教えていなかった訳だし。
実際、生徒達の動きが変わって来たのって、割と最近。
だけど、形になるだけなら1ヶ月前には終わってたから、やっぱり生徒達が頑張った成果でもあるのかね。
「………その坊主も、強かったしな」
「だって、オレの弟子だもん」
ややげんなりとしながら、指を指されたのは間宮。
もぐもぐ、と海老のフリッターらしきものを頬張りながら、こくこくと頷いている。
………コイツは、まず元々の次元が違ったがな。
「ってか、その餓鬼もアンタの生徒じゃねぇのか?」
「その通りですよ?ただ、元々のポテンシャルが高い子だったので、弟子として率先して育てていますけどね」
「はぁ、それで堂々のSランクって事か………」
「一発でSランクも相当だが、登録して2ヶ月でSランクってのも、なかなかいねぇからな?」
………ジャッキーの眼があやしく光ったが、もしかしてオレの事責めてる?
それに関しては、オレでは無く間宮に言って?
コイツ、オレの知らない所でも訓練していたらしくて、魔法の行使に関してはオレよりも上だから。
………とはいえ、ジャッキーだって一発だったらしいじゃないか。
文句は言われたくないなぁ。
口には出さないけど。
「一見すると、どっちもそうは見えねぇけどなぁ…」
そう言って、どこか遠くを見つめるようにして、ヘンデルがオレ達師弟を眺めていた。
片や、ひょろ長い細身の女顔。
片や、年齢然りで10歳前後の坊主。
確かにそうは見えないだろうね。
ヘンデルと同意見なのか、カレブもベロニカもうんうんと頷いている。
自分達で客観的に見ても、そう思われて仕方ないと思っているので、あまり怒りは感じない。
年齢もそうだけど、やっぱり見た目って大事だもんね。
その点、ジャッキー達は羨ましいよ。
見た目からして、既に強者の匂いがぷんぷんしてんだから。
「お前も細っこく見えて、意外と鍛えてやがったなぁ。
しかもコイツ、さっきも言ったように左腕が使えないから、片腕だけで訓練こなしてやがるしよぉ………」
前半はオレに向けて、後半は隣のヘンデルに向けて、愚痴っぽく呟くジャッキー。
酒の進みも早いらしく、もう既に3杯目へと突入した。
「仕方ないだろ、使えないもんは………」
「まぁ、そりゃ、使えないのは仕方ないにしても、600回はやり過ぎじゃねぇのか?」
「真っ向からパワーファイト仕掛けられて、力が無くて負けましたってなりたくはないの」
前にも鍛練の時に思っていたけど、オレもそこまで腕力がある訳では無い。
その分、脚力を鍛えたとしても、パワーファイトに持ち込まれると弱い、と自分で分かっているのに、それをおざなりにする訳にはいかない。
腕が使えないのは不便で、こうして愚痴を零されても仕方無いのだが。
「その割には、坊主を振り回してなかったか?」
いや、アイツはパワーファイトどころか、4tトラック並だから。
体格云々の前に、確実にオレが死ぬわ。
徳川の怪力事情をまだまだ知らないジャッキーには悪いが、この件は秘匿させて貰う。
………アイツも、苦労しただろうから、あんまり触れまわりたくないからね。
「男の人って、どうして鍛練の話が好きなのでしょうね」
「同感じゃのう」
なんてオレ達の話には、流石に女性陣は、付いて来られなかったらしい。
ベロニカがやや気だるげな溜息を吐く。
ラピスもどこか、物憂げだ。
「鍛えている過程を楽しんでいるというのがあるかもしれんな」
「あら、お分かりになられますの?」
「鍛練をしているから今の自分があると思うと、誇らしい気分にはなる」
「ああ、どうりで逞しいと思った。貴方も、戦士なのですね?」
そんな彼女達を尻目に、鍛練の話に反応したらしいローガンは、またしてもどこかウズウズしているようにも見えた。
しかも話している内容が、やっぱりトレーニング馬鹿の自白とか………。
………もしかして、混ざりたかったの?
今の会話もそうだけど、訓練も。
………そういや、試験中も組み手に参加したがっていたっけね。
どいつもこいつも、体力馬鹿ばっかりだ。
苦笑を零して、食べかけのサラダを頬張った。
***
「………ところで、」
そこで、ふとヘンデルの視線が、きっちりとオレに向いた。
前振りの言葉も、どこかおざなりながらも、きっちりと。
実は、今まで、のらりくらりと交わされて、瞳を見る事は出来ていなかったのだ。
流石はSランク冒険者。
オレが、どこを見て、心理を見極めようとしているのかは、理解っていたようだ。
その為、唐突に訪れたチャンスに、少しばかり驚いて身構えてしまいそうになる。
隣の間宮も、少しばかりヘンデルを警戒し始めたらしい。
「アンタのところ、訓練以外にも何かやってんのか?」
「えっと、………たとえば?」
「たとえば、学校って言うぐらいなら、勉強とか…」
ただ、身構えていたのにも関わらず、受けた質問は少し分からないものだった。
………この質問の意味は、何だろう?
ついつい、相手の欲しいだろう答えを探そうとしてしまったが、ふと気付く。
ヘンデルの手が、やや震えている。
………何を緊張しているのだろうか。
そこまで見て、オレは考えるのを止めた。
「今は強化訓練を主に行っているので、しばらく授業は行っていませんが、」
「前の時はやっていたのか?」
「ええ。語学や算術、この世界の歴史と文化や風土等も授業に組み込みました。
ああ、そういえば、先ほどやっていた魔法訓練に関しても、知識を満たす為に授業を行っていたことがあるんですよ」
隠しごとはせず、ありのままで話す。
なるべく微笑みを崩さないように、ヘンデルを警戒させないように。
今までやっていた授業の内容は、理科以外はほとんど喋っても構わない内容ばかりだ。
この国や『聖王教会』の歴史、算術や英語の授業、そして、魔法訓練に入る前に行っていた授業。
ラピスには、一度貴族の英才教育よりも進んでいると指摘されたこともあるが、オレ達にとっては普通のことだ。
だから、何とも思わない。
何だったら、今から行う授業の中身も話して構わないと思っている。
そうして、少しばかり長くはなってしまったが、ヘンデルへの質問には答えた。
ほぉ~、とカレブ達が、どこか感心したような吐息を零す中、ヘンデルは熱心に聞き入っているようにも見える。
さて、オレは全てを話したつもりだ。
ヘンデルは、どの学問に興味を持つのか。
「………じゃ、じゃあ、語学ってのは、何を教えていたんだ?」
………なるほど、そう来たか。
「私達が、異世界と呼ばれる、こことは違う世界から来た事はご存知ですか?」
「ああ、知ってる。『女神の予言』を知ってりゃ、だいたい想像も付くしな」
あれ?そうなの?
てっきり、別の国から来たなんて事になっているかと思ってたのに。
ああ、まぁそれはともかく。
「しかし、私達の世界とこの世界では、人間の領域で使われている共通語が違います。
私達にとっては、海を挟んだ向こう側の言語で、そもそも使える人間が半数にも満たない言語だったのですよ」
最初は、生徒達もかなり苦労した。
日本語と英語は、基本的に文法の使い方が、完全に別物だったから。
本当に、オレと間宮、香神がいなかったら、どうなっていたことか。
今以上に、もっと大変だったかもしれないね。
「………そうだったのか」
改めて、オレ達の事情を知ったジャッキーが、目線を少しだけ厳しくした。
言語が分からない世界で生きる、という辛さはオレも知っている。
アフリカの先住民達に、囲まれた事もあるぐらいだから、言語能力がどれほど大事かは身を持って知っているつもりだ。
その件に関しては、ジャッキーも思うところがあったようだ。
………詳しく聞いたことは無いが、彼もそれなりの苦労はして来ただろう。
あ、また話が逸れた。
今は、オレやジャッキーの過去では無く、ヘンデルの反応だ。
「………って事は、こっちの言葉を最初は喋れなかったって事だよな?」
「ええ、そうなりますね。
私たちの使っている言語は、『こんにちわ』ですが、こちらではこんにちわ、と言葉も発音も違うでしょう?」
その場で、日本語と英語を切り替えつつ、話す。
途端、ヘンデルの眼の色が変わった気がした。
やはり、なんとなく予想はしていたが、大当たりだったようだ。
隣にいた間宮も、気付いたらしい。
「………でも、アンタは最初から、」
「ええ、私は元々その語学圏で活動する事が多かったので、既に履修していました。
多少訛りがあったり言い回しが汚かったりはしましたが、今は既に修正出来ております」
スパニッシュイングリッシュと、アメリカンイングリッシュの違いだね。
でも、今はもう、スパニッシュの方しか使っていない。
アメリカンは、生徒達の訓練中なんかに使うぐらいなものだ。
まぁ、そんな英語の使用状況は、どうでも良い。
そろそろ、ヘンデルがこの話題に、過剰に食いついている理由が知りたい。
「………不束な事をお尋ねしますが、もしや心当たりのある人物がいらっしゃるので?」
「えっ?あ、いや…、風の噂で小耳に挟んだ程度で、別に知り合いがいる訳じゃねぇんだが、」
おっと、しまった。
明け透け過ぎただろうか。
ヘンデルが、オレから眼を逸らして、手元の皿へと手を伸ばした。
警戒されたのか、またしても目を隠され、本質も隠されてしまったようだ。
だが、手応えあり。
これは、やっぱり何かしら、オレ達に関係する事情を抱えていそうだな。
***
しかし、その関係云々を聞き出す事は出来なかった。
「風の噂と言えば、」
どうやら、時間切れだったようだ。
先ほど打ち切られたのはゲイルだったが、今度はオレが打ち切られる番だった。
突如掛けられた声に、耳を傾ける。
今まで、オレ達の話を聞いていただけのベロニカが、胸元の赤ん坊をあやしながら、にっこりと微笑んだ。
あー………、嫌な予感。
「『予言の騎士』様が、ダドルアード王国の他にもいる、と聞き及んだのですが?」
「………それは、オレも聞いた」
「ああ、そういや、オレも聞いたな」
やっぱりね。
ジャッキーもこの話題は避けて通りたかったのか、苦々しい顔で酒を煽った。
避けて通る事が出来なかった話題。
これは、もう致し方ないと思われる。
ヘンデルが何を聞きたいと、この場にいたのかは分からず終いになってしまったが、この話題を前にするならば仕方無いだろう。
最近は、雪解けも進んで、続々とダドルアード王国から他国に進出していた者達が帰郷したりしているようだ。
貴族達と同じく、商人達も掻き入れ時となる為に、どうしても情報源も増えてしまう。
その中に、この話題が含まれていたのだろう。
………偽物だろう『予言の騎士』達も、随分と派手に行動しているらしいからな。
とはいえ、風の噂とやんわり言ってはいるが、おそらく彼女としてはしっかり耳に入れている。
だからこそ、話題に上げたのだ。
それにも、おそらく理由があると思われる。
「最近、東の街から帰ってきた元パーティーメンバーが、『新生ダーク・ウォール王国』から『予言の騎士』が擁立された、と騒いでおりましたの」
「………ウチの出稼ぎに出ていた下っ端連中も言ってたな」
「オレは、『竜王諸国』の出戻り組から聞いたぜ?
なんでも、『聖王教会』に巡礼を断られて、暴動を起こしたとかなんとか、」
………情報は、間違ってはいないやねぇ。
しかも、何度も思ったけど流石は、Sランク冒険者。
しっかり、情報筋を明かして、逃亡策を取れないように先に釘を刺して来た。
ただ、この話題に対して、避けて通りたかったオレ達としては、ちょっと面倒臭い事情が出てくる。
「どういうことだ、ギンジ?」
「なんぞ、可笑しいのう。私たちは、『予言の騎士』がそう何人もいるなど、聞いた覚えはないのじゃが?」
情報を取得出来ていなかった、ウチの女性陣2名である。
間宮を挟んではいるものの、胡乱気ながらぴりぴりとした視線が突き刺さる。
………先に話しておけば良かった。
失敗したなぁ。
「オレも、その噂を聞いたのは、ごく最近だよ。
それに、確信も無かったし、結構情報が錯綜していたから、まとまるまでは待とうと思ってて、」
「………知ってはいたのじゃな?」
「………黙っていたのだな?」
「………うん、ゴメン」
ちょっと見苦しいけど言い訳をしてみても、やっぱり彼女達は誤魔化されてくれなかった。
胡乱気を通り越して、恨みの篭もった視線が向けられる。
………あの馬鹿も、隠し事がバレた時には、こんな気持ちだったのだろうね。
腹立たしいが、やっている事はオレも一緒だと考えると、空しかった。
そして、そんなオレ達のやり取りを見て、彼等がどう思うか。
「………何か、言いたくなかった理由でもあったのか?」
彼等を代表してか、ヘンデルから鋭い視線が突き刺さる。
カレブもベロニカも、それには同意しているようだ。
………まぁ、そう思うよねぇ。
偽物だって公言しているようなものだもの。
情報を隠蔽、もしくは秘匿するなんて、よっぽどの理由がないと許されない。
でも、オレが言いたくなかった理由は、実は別。
ラピスもローガンも知っていて、未だに記憶が鮮明であろう事件が発端だ。
「森で見つけた、召喚者達の死体。
あれを見て、何とも思わなかったなら、話しても良かったかもな…」
「………。」
「………済まない」
途端に、黙り込んだラピス。
一言だけの謝罪をして、目線を逸らしたローガン。
ローガンと久しく再会し、彼女達が初めて顔を合わせた日の、あの事件の事。
召喚者達によって、引き起こされた事件があった。
その被害者の中にはローガンやアンジェさんも含まれていて、そしてその時に彼等が言っていた言葉があった。
自分達が『予言の騎士』だと。
ジャッキーにも既に話をしていたので、彼も事情は知っている。
オレと同じく苦々しい顔をして、彼は5杯目を数えた酒のグラスを傾けた。
オレも、飲まなきゃやってられない。
テ元のグラスをやや乱暴に煽った。
「召喚者、って事は、お前達と同じって事か?」
「ええ、その通りです。
見つけた時には、既に死んでおりましたが、その1人が残していた手記に、
『自分こそが『予言の騎士』だった』と書かれていたのです」
ごくり、と喉を鳴らした参加者達。
本来なら、作り話も甚だしいが、死人に口無しである。
「そして、こうも書かれていました。
『騙された』、『裏切られた』。
最終的には、『自分達のような召喚者が、この世界にはたくさんいる筈。
その召喚者達のほとんどが『予言の騎士』として名乗る資格を持っていた』とね」
なんて、フィクションではあるけど、吹かしておいて。
ベロニカ達どころか、ラピス達も固唾を飲んで見守る。
って、なんでオレが語り部みたいな役割になっているのかは分からんけども、
「ただ、鵜呑みにするにはあまりにも可笑しな内容なので、しっかりと調べる事はさせていただきました。
『聖王教会』に赴き、『石板』も確認させて貰いましたし、」
「『石板』を確認した?………祭司以外は、見たことも無い『予言の石板』をか?」
………なにそれ、どういう意味?
それは、イーサンから聞いて無い内容だけど?
あ、でも、あんな隠し部屋まで使って安置されていたから、イーサンも知らないってのも当たり前だよねぇ。
そうか、今まで『石板』は、『聖王教会』の祭司ぐらいしか見た事が無かった。
伝わっている内容が、途切れ途切れなのも、その時以外には研究もされていないからだろう。
模写などはしたと考えられるものの、あれだけバラバラになっていたのだから、半分も『女神』の残した言葉が半分も伝わっていなかった理由は頷ける。
閑話休題。
今は、『石板』バラバラ問題よりも、『予言の騎士』の真偽についてだ。
「ええ、確認させていただきました。
目で見て、必要ならば手で触れて。
おかげで、『石板の予言』が半分も解明されていない事が分かりました」
明かしておきたい情報は、先に明かしておく。
中抜け歯抜けも甚だしかった『予言』の内容。
そして、その真実に、一番近いであろう『災厄』の予兆と、それの阻止策。
………まぁ、手で触れてこの目で見たってのが、正解なんだけどね。
「その中で知った事実に、『予言の騎士』を判別する要素がありまして、」
「………もしや、『人払い』の結界ですの?」
あ、なんで分かっちゃったの、ベロニカさん。
折角、種明かししようとウズウズしていたのに、意味が無くなっちゃった。
まぁ、良いか。
別に子どもじゃあるまいし。
「その通りです。………どうやら、貴方もあの隠し部屋をご存知のようで、」
「ええ。過去の戦役の時、私はあの地下に避難した事がありましたから………」
おっと、これは失敬。
踏み入っちゃいけない話題に、踏み込んでしまうところだった。
でもまぁ、この街の出身者で過去の戦役を体験しているのであれば、あの隠し通路の事は知っているだろうね。
「それで、入れたのです?」
「ええ、入れました。でなければ、『石板』を確認した等とは話しませんから」
「………。」
黙り込んだベロニカと、カレブ。
ただ、この2人の表情と、内心の圧倒的な違いはすぐに分かる。
「そも、その『人払い』の結界ってのは、何だよ?」
こちらも代表してヘンデルが呟いた言葉に、ジャッキーとおそらくローガンが反応した。
やはり、魔法に詳しい人間とそうでない人間で、『人払い』の結界についての見識は別れるようだ。
「『人払い』の結界とは、主に認識魔法の一つじゃ。
特定の人間、または魔法具に反応させ、入れる人間と入れない人間を選定する魔法となっておる」
「ラピスラズリさんの言う通りです。
ただ、『人払い』の結界は、習得する為にかなりの修練が必要になります。
『聖王教会』の地下にあるような半永久的に作用する結界は、おそらくこの世界でも扱える人間は片手の数にも満たないでしょうね」
と、魔法に精通した2人の魔術師からの説明。
おかげで、理解を示していなかった面々は納得したようだ。
説明にもオレが聞いた内容と間違いは無い。
………ただ、ベロニカの言っていた言葉だけは、少しだけ気になった。
習得する為に、かなりの修練が必要になるって一言だ。
………魔術ギルドのジュリアンは、事も無げに出来るって言ってたんだけど?
まぁ、今は彼女の事を疑っている場合では無い。
また、話が逸れた。
彼女達2人のおかげで、オレの言っている意味も分かって貰えただろう。
「『聖王教会』の地下にある『人払い』の結界が認識するのは、女神ソフィアとその眷族、そして『予言の騎士』だそうです。
オレは、最後の『予言の騎士』として、引っ掛かることが出来まして、」
そして、その真偽も。
「そういうことでしたら、間違いは無さそうですわね」
「………コイツ、本物なのか?」
「そのようだな。………正直、そうは見えないが、ベロニカの魔法の知識は疑いようがねぇからな」
と、三者三様に納得はして貰えた。
元々、信用してくれていただろうジャッキーや、ラピス達は大丈夫だと分かっている。
だが、こうして第三者に認めて貰えるのは、正直オレとしてもかなりありがたいもんだ。
本物か偽物かの真偽は、しばらくはこの方法でなんとか晴らしていけるだろう。
ジュリアンの魔法具が出来上がり次第、そっちの方法に切り替えるつもりではあるが。
「なら、『新生ダーク・ウォール王国』の『予言の騎士』達は、無視しておいていいって事だな?」
そこで、ヘンデルが、ジャッキーに対して、問い掛ける。
彼は、本日8杯目となるだろう酒のグラスを煽り、大仰にこくりと頷いた。
「あぁ、そう思っていてくれて構わねぇ。
この後、報告するつもりだったが、『黄竜国』の冒険者ギルド本部からの通達は、コイツを支持するものだったし、」
そう言って、一度言葉を区切った彼。
続けて、オレに眼を向けたと同時、
「コイツ以外に、『予言の騎士』として活動出来る奴はそうそういねぇよ。
人間も魔族も関係なく受け入れて、しかもその後の面倒まで見ようとするなんざ、コイツぐらいのもんさ」
そう言って、にっかりと笑ったジャッキーは、酒も相まってご機嫌の様子だった。
ああ、そういえば、今日明かしたばかりだっけ。
オレが、あまり貴族連中を近寄らせたくない理由の一つ。
面倒な対応や、オルフェウス陛下の時のような腹を探る会話が面倒臭いと同時に、一緒に暮らしているラピス達の危険や負担を少しでも軽減したかったから。
ついでに、今後出入りするだろうジャッキー達も含め、魔族とも仲良くやっている事をアピールする狙いもあった。
貴族達では無く、ダドルアード王国の国民達へ。
更には、喧伝されるだろう、他国へと。
皮算用ばかりではあるが、それでも無駄では無いと思っている。
『天龍族』とのちょっとした繋がりも、実は貴族間では結構な牽制ともなっているらしいし。
そんなおかげもあってか、
「まぁ、確かにジャッキー相手に物怖じしねぇのは、見ていて痛快だわな」
「そりゃどういう意味だ、ヘンデル?」
「そのまんまの意味だよ。
テメェを見る度に、若い頃ひぃひぃ言って逃げ出した事を思い出しちまうからな」
あ、それは分かるわぁ。
良かった、オレと同じ人間がいて。
カレブやベロニカも同じ意見だったのか、明後日の方向を見ながらうんうん頷いている。
「はぁっはっは!最初は、コイツもがくがく震えていたけどな」
「………言うなっつうの」
………斯く言うオレもだからね。
最初こそ、険悪だったものの、ヘンデルがオレ達を色眼鏡を通して見ることはなくなったように思える。
未だに、カレブとヘンデルの視線は鋭いが、それでも最初程の警戒はされていないと感じた。
『予言の騎士』としての真偽も、やや不確定ではあるが信用して貰えたと思う。
今後は、信頼して貰う事を目標に、動くべきだろう。
***
さて、そこで、
「そろそろ、腹も膨れたか?」
「あ、ああ。そういえば、結構食べていたな」
ジャッキーが9杯目(|………おいおい)となったグラスを空けたと同時、フォークを置いた。
食べながら話していた所為もあってか、オレも満腹だ。
時間を確認すると、既に8時を回っている。
意外と長いこと、世間話をしていたようだ。
「んじゃ、そろそろ面倒臭い話をして、とっととお開きにしちまおう」
そう言って、彼はやっと世間話から、本題の主要会議に取り掛かるつもりになったようだ。
「………面倒臭いとか思うなら、先に話しちまえっていつも言ってんじゃねぇか」
「………食った気がしなくなるんだが?」
「………相変わらずね、ジャッキーは…」
オレも、それは同感。
どうやら、この定例会、先に食事を行うスタイルは、Sランク冒険者の中でも、賛否両論らしい。
しかも、割合がジャッキー対他で。
初めて参加するから知らなかったけど、このスタイルは普通じゃなかったみたいだな。
苦笑も出来ずにグラスを煽った。
………ら、眼の前にナイフがすっ飛んで来た。
隣の間宮がフォークで弾いた。
おかげで、オレに刺さることは無かったが、あのままだと刺さってたじゃん。
「………居た堪れないからって、オレに当たるな」
「うるせぇ。テメェぐらいは、オレの味方をしやがれってんだ」
「………オレ、せっかちだから、先に用件話しちゃうもん」
「そういや、そうだったな………」
忘れないでね?
アンタに言われ続けてんだから、せっかち者ってのは。
まぁ、自他共に認めてるから、良いんだけど、ナイフ飛ばす事は無いんじゃない?
「ジャッキーのナイフ、弾いたのか?」
「………しかも、フォークで…」
「Sランクというのも、あながち間違いでは無かったのですね」
Sランク冒険者の面々で、間宮のポテンシャルに驚いているようで。
………オレも、ちょっと危ない、と感じたけど、仲間内でもそういう認識なのな。
さすが、間宮だ、と褒めてやる。
ニンマリ笑った彼は可愛かったが、口元にタルタルソースが付いていて台無しだった。
「あら、可愛らしい。………この時期の坊やも、なかなか美味しい…」
「∑……ッ!?(ビクビクッ)」
そして、コイツはまたしてもモテ期到来のようだ。
コイツは、本当に年上から好かれる比率が高すぎて面白いんだが…?
***
なにはともあれ、食事は終わり。
ほぼ忘れ去られていた主目的である、Sランクメンバーの主要会議に移行する。
その頃には、眼の前にあった料理は下げられ、代わりにデザートと直後の紅茶が運ばれてきている。
デザートには、間宮とローガンがご満悦だった。
食後の紅茶と共に、シガレットを咥えて一服するのは、ジャッキーとヘンデル。
オレと、実はラピスも嗜んではいるのだが、赤ん坊がいる手前遠慮しておく。
………まぁ、2人が吸っているので、意味は無いとは思うけども、
「さて、まずは、本部からの通達を話すが、」
ジャッキーを司会進行役として、本来の目的である主要会議は進む。
オレが以前、彼から聞いたことのある『黄竜国』本部からの『予言の騎士』の指示に対する通達も、改めて話題に上った。
例の『予言の騎士』達は、また問題を起こしたらしく、別の街でも『聖王教会』の巡礼を断られたとの事だ。
………なにやってんだか。
それが、オレ達の本業に、影響が出ない事を望むばかりだ。
だが、こうして『予言の騎士』達の失敗談を聞くと、ヘンデル達も表情は変わった。
まぁ、猜疑心は変わらないだろうが、オレ達がまだ、そっちの『予言の騎士』達よりもマシだ、とは気付いてくれたらしい。
結果オーライと、喜んで良いものかは、判断に迷うが。
「………とまぁ、『予言の騎士』に関わるおおまかな内容はこの程度か。
お前から、何か要請があるなら、今此処で聞いておくが?」
「ああ、それは少し助かる。
実は、本業の件で動き出すにも、実際『石板』がどこにあるのか、分かっていないから下手に動けないんだよ」
そこで、ふとジャッキーが話題を振ってくれたのは、少しどころかかなり助かった。
『予言の騎士』の本業として、各地の『石板』を探し当て、空白となっている『災厄』の討伐方法を掴まなければいけない。
しかし、進捗情報であるサラマンドラの話では、名前とそれぞれが『墓』の様相、そして女神ソフィアの眷属たる精霊達が封印されている事ぐらいしか分かっていない。
場所も分からず、探す方法も分からず、難儀していたところだ。
Sランク冒険者として活動している彼等は、実は結構幅広く各地で活躍して来たらしい。
ヘンデルは、南と西国。
カレブは、南と中央。
ベロニカに至っては、各国を廻った経験もあるようだ。
もしかすると、なにかしらの情報を持っている可能性がある。
今は、些細な事でも構わないので、情報が欲しい所だ。
「まず、『墓』というのが、どのような様相をしているのかは存じません。
ですが、それらしき遺跡ならば何度か見ましたわ。
でも、貴方の言うような上位の精霊がいるような魔力は感じられませんでしたし、」
と言うのは、ベロニカ。
「オレも、『迷宮』でいくつかそれらしい場所は見たが、基本的に魔力もそこまで高くはねぇからなぁ…」
とは、ヘンデル。
………ただ、『迷宮』って何?
そこはかとなく物騒に感じたのは、オレの気の所為だと思いたい。
「………ヘンデルに同意だ。
………そもそも『石板』なら、『聖王教会』に問い合わせた方が早いのでは無いのか?」
そして、カレブ。
しかも、最後のカレブの一言は、もう既にやっていることなので、苦笑しか零せない。
いやはや、そう簡単に行くとは思っていなかったが、難儀なことだ。
だが、しかし、
「それを、先に言わぬか、馬鹿もの」
オレはこの話題を出すに当たって、根本的に聞くべき人物を忘れていた。
「へっ?」
素っ頓狂な声を上げて、声のした方向を見る。
ラピスだ。
彼女は、苦々しげな表情を隠しもせず、オレを睨みつけていた。
「何故、そのような大事な事を話してくれなんだか。
要は、魔力総量が高く、墓や霊廟、遺跡のような様相をしている場所に『石板』があるのじゃろう?」
「あ、…ああ、うん」
そういえば、そうだった。
彼女も冒険者として活動していた過去があるのだから、立派な情報源。
ベロニカ同様、各地を巡った経験もある生き字引だ。
なのに、この話をしていなかった。
またしても、失態だ。
………これは、帰ったら、確実に雷が落ちるぞ…。
「なんだよ、別嬪さん。アンタ、知ってんのか?」
「知っているも何も、こ奴には一度話した事がある」
「………へっ?」
いや、そんなのオレ、知らないけど?
いきなりの事に、頭が付いて来なくて、カップを持ったまま固まってしまう。
………聞いたのに、忘れているのか?
いや、そもそも、いつそんな話をされたのか………。
「私が過去暮らしていた里の近くに、遺跡があると言ったでは無いか」
「………あっ!!」
しまった、やらかした!
思い出したよ、オレの馬鹿!!
「『転移魔法陣』の遺跡か!」
がたり、と立ち上がりかけて、足が引っ掛かった。
中腰になって、そのまま頭を抱えてしまう。
そうだよ、思い出した。
確かに聞いたよ、ラピスの昔語りを聞いた時に。
彼女の亡き夫である、ランフェが命を掛けて繋いだ『転移魔法陣』。
それが繋がった先が、彼女の言っていた『転移魔法陣』の遺跡で、彼女にとっては苦い思い出のある場所。
そして、その遺跡がどこにあるのかも、彼女はしっかりと教えてくれた。
ライドやアメジスの故郷ともなる、闇小神族の里のすぐ近くだと。
………何でオレ、この『石板』探しの話を真っ先に、彼女にしなかったんだろう。
なまじ、冒険者時代が想像できない所為で、彼女がSランク冒険者だって認識してなかったのかもしれない。
「………。」
「………馬鹿だな」
「………良かったですわね、ひとつ判明して」
「………お前、一度ゆっくり仲間と話し合った方がいいと思うぞ?」
うん、そう思う。
今から飲み会に移行して、平謝り覚悟で全部ぶちまけてやろう。
ヘンデルは黙り、カレブにチクリと言われ、ベロニカは生温い慰めを貰った。
部屋の中に漂う何とも言えない、空しい雰囲気が目に染みる。
………涙が出て来そうになった。
「この間も使ったばかりだと言うのに、もう忘れておったとは…」
ラピスも呆れ交じりに頭を抱えた。
ゴメンよ、ラピス。
マジで、後で全部ぶちまけるから許してください。
「ですが、『転移魔法陣』なんて、未だに使っている方がいらっしゃるのですか?」
「過去の遺産とはなりつつあるが、繋がっているものはまだ繋がっておるな」
ただ、『転移魔法陣』と聞いて、ベロニカが食い付いた。
おかげで、オレへの呆れ交じりの視線が和らいだように感じる。
そういや、『転移魔法陣』の技術って、人間領ではほとんど失われているんだっけ。
えーっと…確か、ウン百年前の『人魔戦争』で、魔族が使っていた魔法陣を、辛くも生き延びた人間達が率先して、片っ端からぶち壊したって話。
魔族には、細々と継承されているらしいけど、オレも使っているのを見たのはラピスだけだ。
ベロニカが食いつくのも分かる気がする。
失われた技術ってのは、やっぱり心躍る浪漫が詰まっているだろうね。
「ですが、魔法の知識にもお詳しいのに、あまり貴方の話を聞いた事がありませんわね」
「む?…そ、そうじゃろうか?
ま、まぁ、なんぞ、Sランクになってからは、活動らしい活動はしておらなんだ」
あ、でもヤバい。
彼女の知識が原因で、このままだと彼女自身の種族が露見しちゃう。
しかも、彼女は種族柄、『嘘が吐けない』ので、誤魔化すのも簡単では無いだろう。
「はぁ…悪かったな、ラピス。
オレも、最近かなり貯め込んでいたから、すっかり忘れてた」
今しがた、やっと立ち直ったふりで、会話を強制キャンセル。
ちらり、とベロニカがまた視線を鋭くしたけど、これ以上は質疑を受け付ける訳にも行かない。
「き、気にするでない。お主が忙しいのは、知っておる」
うん、申し訳ないぐらいに忙しい。
自分で蒔いた種もあるんだけど、それでもここ最近予定詰め込み過ぎてパンパン。
でも、いろんなことを忘れていたオレが悪いので、素直に謝っておく。
ただ、折角話を逸らしたんだから、途端に安堵した表情をするのはやめて。
この会話にも、理由があると突っつかれても困るじゃん。
「………念の為、聞いておくけど、そこってどれぐらい遠い?」
「南端から東の端まで行く事になるのう。
ああ、そう言えば旧ダーク・ウォールが一番近いやもしれん」
あ、やっぱり結構な距離なんだ。
しかも、旧ダーク・ウォールって『新生ダーク・ウォール王国』の事だから、
「………いきなり、偽物さん達の本拠地に突撃すんの、オレ?」
「今は止めておいた方が良いじゃろうな…」
それなんて、カチコミ?
ラピスには窘められたけど、その通り。
もしかしたら後々は全面対決しなくちゃいけないかもしれなくて、げっそりしちゃう。
けど、今は絶対会いたくない。
やっぱり、この話題も強制キャンセルだ。
「あ、後は、他に心当たりのある場所はありますか?
出来れば、偽物さん達が近くない場所で、」
「………苦手意識刷り込まれてんなぁ」
オレのついでの一言に、ジャッキーをはじめとした面々に、しっかり呆れられた。
ううっ………ッ。
だって、なんか嫌じゃん…。
真偽を求められた時に、もし万が一何か一つでも劣っていたら、マジで立ち直れなくなっちゃう。
………オレの一番の不安要素である、魔法とかね。
「まぁ、その、なんだ?オレ達は、さっき言った場所以外は、心当たりはねぇな…」
「………場所は、覚えている。一応は、教えてやる」
「そうですわね。それに、各地に残っている遺跡なら、それなりに見繕う事は出来ましてよ?」
「ありがとうございます。マジで…」
そんなオレが呆れられる中、3人のありがたい申し出にオレは本格的に、頭が上げられなかった。
抱えるようにして、マナーは悪いがテーブルに突っ伏す。
生ぬるい視線が突き刺さるが、もう無視しよう。
なんか、思った以上に疲れたのか、頭がパンパンだもの。
「………なぁ、ギンジ?」
「うん?」
そんな中、更に声を上げたのはローガン。
突っ伏した格好のままではあるが、彼女へと視線を向けると、彼女は顎に手を当てかなり真剣に考え事をしているようであった。
………あれ?
そういや、もう一人の生き字引を忘れていたかもしれない。
彼女は、ラピス以上の長生きな上に、ブランクも無い現冒険者。
………再三の嫌な予感に、背筋が冷たくなった。
これ、ヤバくない?
「………確か、『天龍族』の居城も、元は遺跡だった筈だぞ?」
「………え゛…ッ?」
濁点混じりに出た声に、部屋の雰囲気は更に微妙なものになった。
「お前、招待まで受けているのに、知らなかったのか?
『天龍宮』は人間が付けた異名であって、元は遺跡を『天龍族』が空に飛ばした居城なのだが、」
知らない知らない知らない。
そんな大事な情報知らないよ。
………調べもしなかったよな、そう言えば。
呆れどころか、どこか焦りの滲んだ顔して、口元をひきつらせたローガン。
オレは、そんな彼女の言葉を聞き終わる頃には、真っ青になっている他無かった。
「………お前、」
「………(流石に、フォローが出来ません)」
「………さっきよりも、こっちの方が好感が持てるぜ」
「………同感だ」
「………一度に2つも分かって、良かったですわね」
ジャッキーの言葉も、もう既に怒り半分呆れ半分である。
間宮も溜息交じりに匙を投げた。
ヘンデルとカレブには、何故か親しみのこもった生ぬるい視線を向けられる。
ベロニカは、先ほどと同じように慰められたが、それも今は心に痛い。
「お主、これから覚悟しておけよ?すべて吐き終るまで、帰してやらぬからな…?」
「………同感だ」
にっこり笑ったラピスとローガンの背後に、何故か鬼と般若が顕現している気がした。
しかも、宣言されたのは、地獄の酒場巡りらしい。
………マジで、話し合いって大事。
今日こそ、骨身に染みて学んだ事は無かった。
最近、反面教師である馬鹿で学んでいた筈なのに………。
***
情けないアサシン・ティーチャーの姿を見て、結局Sランク冒険者の皆様は侮ってくれる。
警戒しまくられているよりも、こうして色眼鏡を外して貰った方が後々楽だよね、って事で、なんとか上手い具合にぶちこめた、と前向きに考えておきます。
なんで、アサシン・ティーチャーは生き字引2人に相談していなかったんだか………。
なまじ、今まで相談相手が、ゲイルしかいなかった反動で自分ひとりで納得、もしくは解決する腹積もりが強かったようです。
誤字脱字乱文等失礼致します。




