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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新参の騎士編
94/179

83時間目 「課外授業~怒涛の訓練、1週間体験入学~」2

2016年6月14日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

アサシン・ティーチャーの鬼畜っぷりをお届けしたいあまり、2部構成になってしまいました。

………スカッとしたい作者の願望が詰まっています。


83話目です。

***



「あ、33番、脱落したヨ~♪結局、半分超えてカラのリバース」


 そして、そんな馬鹿な貴族達が退場した約10分後。

 試験開始から1時間も経ったところで、例の残っていた最後のご令嬢が脱落した。


 アシスタントの騎士団が動き出し、回収して来る。

 意識はあるようだが、かなり憔悴しているようだ。


 それにしたって、初めてで半分をこなしたなら、大したもんだ。

 シャルだって、最初は半分もこなせなかった。

 結構、持ち堪えた方じゃないか?


 意外と粘った事もあり、また黙々と走っていた事もあって好感度はそれなりに高い。


 茶髪の髪に、色白の肌。

 だが、少しばかりそばかすが目立つだろうか。

 ああ、後切れ長で涼しげな目元と、意志の固そうな口元からして、気性が強そうな少女だ。

 美人であるのは、変わりは無い。


 ………えっと、名前覚えておこう。


「………ルーチェ・(グリス)・エルモンテ。

 ここ数年で爵位を受けたばかりの男爵家で、まだ1代目のスプラードゥ男爵の娘だな」

「………へぇ、詳しいのか?」


 しかし、名簿を確認しようとしたオレの背後から、ゲイルが発した言葉であの粘り強いご令嬢の素性は知れた。


「これでも、貴族家だから、把握ぐらいはしている。

 ちなみに、スプラードゥ男爵自体が、『白雷ライトニング騎士団』所属だ」

「ああ、なるほど。つまりは、お前の部下の娘な訳か」


 そういえば、コイツも貴族の坊ちゃんだった。

 だから、馬鹿なの?とは、心の奥底にしまっておく。


 そして、どうやら、この貴族家の編入希望だけ受付。

 意外と幅広い貴族界の各家庭に浸透していたようで、今回も王族から男爵家までと貴族の顔合わせ大イベントとなりつつあった。


 とはいえ、男爵家って地位で言ったら、一番低い階級だった筈。

 父親が騎士をしているのであれば、何故こっちに来たのだろう?


 言っちゃ悪いが、騎士採用試験って1年に2回ある訳だから、時期さえ待てば、また受付は開始される筈だ。


「当人の希望だそうだ。

 詳しくは、オレもエルモンテ本人から聞いてはいない」


 胡乱気な表情が出てしまっていたのか、ゲイルに苦笑混じりに説明された。

 入学希望、何か理由がありそうだけど…?


「………しかし、あの42番もまだ粘るな」

「うン、そうだネ。彼ハ、今デ24周目だヨ」


 おう、思った以上に頑張っている。

 確か、こっちも男爵家の長男とか言っていた気がする。


 受付したの、オレだった筈だもん。


「えっと、42番は、確かディラン………なんとかグランカッツ」

「ああ、ディラン・フォール・グランカッツだな。

 グランカッツ男爵家の長男で、こちらも父親が騎士に就任している筈だ」


 ………お前、騎士団情報のみならず、貴族情報もかなり把握しているな。

 コイツがいたら、名簿がいらない可能性が出て来た。


 しかも、名簿には書かれていない爵位や別情報も出てくるから、オレとしてはこっちの方が断然楽。

 再三思った、悔しい思いで、更にイラッとした。


 こちらもゲイルのおかげで素性が分かったディラン・フォール・グランカッツ少年。


 茶髪ながら軟派な雰囲気も無く、この世界でも多いゲルマン系の堀の深い顔立ち。

 今は真っ青になっているものの肌はやや浅黒く、先ほどのルーチェ・G・エルモンテ男爵令嬢と同じく気の強そうな目と口。

 今は、苦しいのか顎を上げて喘いでいるが、それなりに美少年と言える。


 こっちも名前は覚えておこう。

 もしかしたら、もしかするのかもしれない。


 実は、全員落とすつもり、と最初に言ってはいた。


 だが、もしクリアできる人材がいたとすれば、それを落とす理由は無い。

 ウチの校舎の訓練について来られるならば、それだけの力量を持った人間である事がほぼ確定するからだ。


 オレ達が今後、立ち向かわなければいけない『災厄』は、それこそ自然災害と言っても過言では無い。

 オレ達だけでは人手が足りないというのは、分かり切っている。

 だから、優秀な人材が確保できるのであれば、それを逃す手は無い。


 勿論、人格も見極めたいとは思っている。

 もしも、体力や技術面をパスしたとしても、性格が悪くて生徒達と衝突するなんてのは以ての外。

 シャルの時も、もし合わないようであれば、復学させるつもりは無かった。

 まぁ、シャルは良い子だから、そうならなかったけどね。


 さて、あの33番と42番は、この1週間でどこまで付いて来られるかな?っと。


 後、ついでに、


「ああ、ついでに、さっきリタイアした21番も、名前を控えておいて」

「え?あ、アア、あノ金髪坊ちゃんネ」

「………ネイサン・ビルフォンズだな。侯爵家の次男だ」

「………あっ、そう」


 またしても、ゲイルの情報で素性が割れる。

 だが、聞くところによると、侯爵家になったばかりで、跡取り問題が苛烈だったらしい。

 かなり揉めたらしく、騎士団に突っ込まれたとか。

 けど、騎士団でも問題を起こしたので、こっちの校舎に流れて来たようだ。


「野心は高いって事か」

「そうなるな。これは、オレの意見ではあるが、止めておいた方が良いと思うぞ」

「ご忠告どうも」


 うん、じゃあやっぱ止めた。

 さっきも言ったように、性格に難ありじゃ、ウチの校舎には置けねぇから。


 ついでだったので、別に期待している訳では無かったし。


 と、思っていた矢先に、


「あ、ついに25周超えたよ、あの茶髪の坊ちゃん」

「………どうやら、逸材が紛れていたようだな」


 ついに、例のディラン青年が、25周を数えたようだ。


 最初から、25周まで伸ばす事が出来るというのは、大したものだ。

 ウチの生徒達だって、ランニングが得意な奴等以外は2ヶ月以上も掛かっているのだから。


 だが、残念。

 時間切れだ。

 そう思って、腰のベルトに差してあった懐中時計を取り出し、時間を確認する。


 既に、ランニングを開始して1時間を回っている。

 このまま行くと、脱水症状が熱中症で倒れる事になるだろうから、そうなる前に止めなければならない。


「ディラン・フォール・グランカッツ!」


 オレは、敢えてその青年の名前を呼んだ。


 今まで走り続けていた彼は、オレの声に驚いたのかその場で踏鞴を踏み、そのまま崩れ落ちた。

 やはり、限界は近かったようだ。


 間宮にレモン水を持たせ、ディラン青年の下へ走る。


「時間だ。これ以上は、続行を認めない」

「そ、そんなっ、ことッ…はぁ!…聞いてません…ッ!」

「持ち堪えるとは思っていなかったから言わなかっただけだ」


 うん、それに関してはゴメンね、としか言いようがない。

 オレも当初の予定としては、この時間には全員ギブアップしている予想を立てていた。


 だから、このディラン青年が生き残っている現状は、かなりレア。


「…だ、だとしても、まだ…ッ、ゲホッ…僕はまだ、動けます…ッ」 


 しかし、ディラン青年の眼は、まだ死んでいない。

 それどころか、意地でもクリアしてやるという気概が溢れた瞳が、オレの少しばかり驚いた瞳とかち合った。

 そして、その体に内包されているであろう、魔力。

 感覚としては、かなり貯め込んでいる、とすぐに分かった。

 それも、慣れ親しんだ気配と共に。


 うわぁお。

 これは、素直に驚いてしまった。


 まさか、貴族家の子どもの中に、ここまでの逸材がいるなんて。


「………困ったなぁ」

「…じょ、条件を、ゼェ…ッ、攻略出来れば、良いのでしょう!

 ぼ、僕には…ッ、ゲホッ…どうしても、『異世界クラス(ここ)』に…ッ、ハァ…ッ!

 入らなきゃ(・・・・・)いけない(・・・・)っ、ゼェッ、…理由が(・・・)あるんです(・・・・・)…ッ」


 ディラン青年の意思は、かなり固そうだった。

 そこまでしてでも、彼はこの校舎に入りたいと、オレ達『異世界クラス』に価値を見出しているらしい。

 

 そして、その言葉にも、その眼にも嘘は無い。


 意思が強そうだと思った目も口も、思った通りに頑固だったようだ。

 むしろ、思った以上にと言った方がいいかもしれない。


 ………ああ、本当に困ったなぁ。


 にやけそうになる口元を、掌で覆う。

 思わず苦笑を零してしまいそうになって、表情筋を引き締めた。


 この子が、欲しいと思ってしまっている。


 勿論、性的な意味は無く、ただ純粋に生徒として、いち教職者として。



***



 その後、ディラン青年をなんとか説得。

 ほぼ耐久となっていたランニングは、終了させた。


 記録は、25周。

 30周には届かなかったにしても、大したものである。

 時間制限はしていなかったものの、本人の体力が限界だと分かっているのにこれ以上走らせるつもりはない。

 脱水症も熱中症も、後に響く。

 まだ1週間の日程が残っているので、ここで終わらせるのも可哀相だろう。

 悪いが、ここから先はドクターストップと言う事で、納得して欲しい。


 だが、途中リタイアだったとしても、ディラン青年が頑張ったというのは、本当の事だ。

 男爵家とは言え貴族家の坊ちゃん。

 それが、ここまで頑張ったというのは、オレとしても驚きの結果だ。


 間宮に介抱され、騎士達に支えられて退場する彼の背には、生徒達からも畏敬の視線が向けられていた。


 ………もし休憩して、まだ動けるようなら、この後の訓練にも任意で参加させてあげよう。

 思った以上に、彼の好感度は高まっている。


 さて、閑話休題。

 ランニングや筋トレは終わったので、後はいつも通りの訓練に戻るだけだ。


 結局、面子は生徒達だけになったが、まぁこの方がやり易いのは事実。

 ギブアップした貴族家の坊ちゃん方は、未だに介抱が続いているディラン青年とルーチェ女史以外は、裏庭の端っこにまとめて座らせているだけ。

 たとえ、貴族の子どもだろうが、扱いはこの程度で十分だ。

 そのまま黙って、指を咥えて見てれば良い。


「では、対人組み手を開始する!

 ルールはいつも通り、どちらか片方がギブアップ、もしくは意識を失うまで!」


 次の過程を宣言してから、すぐさま組み合わせを決める。

 これは、オレが勝手に決めているので、生徒達は今日、誰が相手になるのかは知らない。


「1番、浅沼と4番、榊原!

 3番、香神と6番、ソフィア!

 5番、エマと7番、河南!

 10番、永曽根と11番、間宮!」


 ランダムで呼んだ生徒達の名前が、対戦カード。

 結局、こうした訓練中は動けない紀乃を抜いて11名しかいない為、ランダムにしたとしてもたかが知れているのだが。


 ただし、シャルと伊野田、徳川だけは別。

 彼女達は、まだ訓練を始めたばかりだったり、体が小さかったり、怪力事情が深刻だったりで、下手な相手と組ませられない。

 

「2番、伊野田と、12番、シャル!

 9番、徳川は、オレと組む!」

「やりぃ!」

「………私語は慎めと言っただろうが、5周走って来い!」

「うげっ!まだ有効なのかよ!」

「今日一日だと言っただろうが馬鹿もの!」


 テメェ、同じ事を何度も言わせんじゃねぇ。

 生徒達でも容赦なく、ランニングを申し付けるのは試験中限定ではあるが、それでも他の貴族達の眼がある以上、例外は認めない。

 他に、ランニングに追い立てられるメンバーがいない事を望むばかりだ。


「………オレは、どうすれば良い?」


 そして、ここでも何故かナチュラルに混ざってこようとするゲイル。

 コイツも、私語と見做してランニングに叩き出してやりたいが、ただの質問だけなので理不尽過ぎる。


 ただし、代わりに返すのは、冗談半分のお仕置きだ。


「………ジャッキーとでもやれば?」

「おっ、やるか?騎士の兄ちゃん!」

「ひっ…!?そ、それは遠慮する!」


 オレの言葉と共に、反応したジャッキーが嬉々として立ちあがる。

 わぁい、流石熱血戦闘狂(バトルジャンキー)

 ジャッキーだけに。


 だが、その瞬間、ゲイルは身を竦ませて、間宮のように頭をぶんぶんと振って退避した。

 そのまま、黙って見てればいいのに………。


「私とやっても良いが?」

「………帽子取れないようにするなら、良いぞ?」

「チッ。私も、ウズウズしていたんだが、」


 そして、こちらも何故か参戦表明のローガン。

 コイツも地味に、ウズウズしていたらしいが、ここにいるのは戦闘狂ばっかりなのか?


 ただ、出来れば種族を隠している事を今から思い出してほしい。

 ついでに、この後ラピスともども予定がある事も、思い出して欲しいな。


 それは、ジャッキーにも言える事なんだが、閑話休題それはともかく


「では、まず1番、4番、用意!」


 先ほど、ランダムで決めたカードで、組み手の準備を行わせる。

 こうした組み手の際には、1対1(タイマン)の決闘スタイルを取っている。


 運動場の中央辺りに、1番こと浅沼、4番こと榊原が移動し、それ以外の生徒達はその場で座って観戦する。

 この時点で、先ほどランニングに叩き出した徳川が戻ってきて、同じように輪の中に混じった。


「ルールは忘れるな!殺しは厳禁!

 どちらか片方のギブアップ、もしくは意識を失うまで!」

「はいよ」

「はいっ」


 先ほどと同じく、ルールを宣言。

 やや気の抜ける返事ながらも、返答した榊原も浅沼も、お互いに屈伸をしたり、手首を解したりして準備運動は万端のようだ。


「では、始め!」


 その場で、オレが右手を振り上げ、開始宣言と共に落とす。


 榊原が先に動き、やや遅れて浅沼が迎撃態勢を取る。


 対人組み手は基本、素手で行わせている。

 武器の修練には、まだ踏み込めていないからだ。

 永曽根と間宮だけは、元々の技術があるから免除してはいるが、それでもこの1週間が終わったら、本格的に武器の修練に入るつもりである。


 まぁ、それは良いとして、教えてある武術は3つ。

 空手、柔道、そして合気道。


 拳、脚と、それから、投げたり絞めたり、と言った動きが基本になる。


 ちなみに、浅沼は柔道に適性が強く、代わりに榊原はオールマイティー。

 空手は元々やっていた事もあるし、魔法とは違って、武術に対する適正は高かったらしい。

 ほとんど一度教えただけで、簡単にマスターしている。


 と言う訳で、今回は浅沼が圧倒的に不利なカード。


 受け流しは教えてあった筈だが、まだ上手く掴み切れていない浅沼は、防戦一方。

 対する榊原は、いつ何が来ても良いように、攻めと守りを交互に行っている。


 こうした組み手は、結構性格が強く出るのが面白い。


「うげっ!…ぐぅ…ッ!」

「さぁさぁ、降参しないと、意識落としちゃうよ?」


 ただ、割と善戦はしたが、呆気なく襟を掴みに行った腕を取られ、そのまま合気道特有の相手の力を活かした投げ技で、浅沼が地面に放り出された。

 そのまま、腕を取って絞め技に移った榊原の声で、勝敗は確定だ。


「そこまでっ」


 第1カードは、榊原の勝ち。

 最近の組み手の連勝記録を伸ばした榊原は、苦笑と共に浅沼を助け起こしていた。


 たまに、そのまま悪戯に投げたりもするけど、仲間想いの良い奴だ。


 浅沼は負け越して記録が、また伸びたな。

 男子の中では、可哀相なことにダントツだ。


 さて、気を取り直して、次のカードへ。


「次、3番、6番、前へ」

「うっし!」

「今日は、負けないからね!」


 番号を呼ばれたと同時に、立ち上がるのは香神とエマ。

 女子ながら組み手では男子相手でも善戦している彼女は、意外にも戦闘適正は高い。

 しかし、それは今回相手となる香神も同じことだが、果たして結果はどう出るか。


「始め!」


 声を張り上げて、手を振り下ろす。


 最初に動いたのは香神で、エマはそのまま迎撃態勢に持ち込む。

 ただ、驚いた事に、エマは最初からカウンター狙いなのか、構えがややだらけているようにも見える。


 オレ達も行う事は多々ある、心理攻撃に近い。

 相手の油断を誘う、戦法である。


「うらぁ!」

「せぃっ!」


 しかし、香神はそれに引っかからずに、力押しを切り替えた。

 動きへの切り替えも早くなっているし、彼も彼で元々体力馬鹿なところがあるので、男子達の中でも戦闘能力は高い。


 しかし、


「脚がお留守、よっ!」

「うおっ!」


 技術面に切り替えたとしても、エマの作戦ばかりは読み切れなかったらしい。


 拳と拳の打ち合いを始めて数打目で、エマの脚払いが見事に決まった。

 負けじと体勢を整えようとした香神が、バック転をして立ち上がったが、


「また、脚がお留守でしょ?」

「ぐぅ!」


 その立ち上がった瞬間の足下に、スライディングを掛けられてすっ転んだ。

 だから、アクロバティックな手法はバランス崩しやすいから、実直に攻めろと何度も言っているのに。


「そこまで!勝者、エマ!」

「やっりぃい!初めて男子撃破ぁ!」

「くっそー…ッ」


 そのまま、勝敗はエマに決した。

 転んだ香神に圧し掛かりながら、関節を取ったのである。


 そして、彼女は大金星。

 女子組の中では、初の快挙とも言える。


「エマ、見事だったぞ。心理戦からの脚狙いは、力の無い女がやるには持って来いの戦法だ」

「うんっ!」

「香神は、もう一回基礎からしっかりやりなおせ?

 お前は力押しでも技術面でも真面目ではあるが、バランスに関しては実直とは言い難いからな」

「………オーライ、先公」


 ただ、エマは慢心せずに精進は欠かさないこと。

 負けて悔しいだろう香神は、その敗北感をバネにこれからも精進を続ける事だな。


「さて、次は、2番と12番、前へ!」

「あれ?順番飛ばすの?…じゃない、飛ばすんですか?」

「あたし達、最後の方じゃなかった…んですか?」


 質問してから、オレの睨みを受けて言いなおした2人。

 2番こと伊野田と、12番ことシャルの2人だ。

 私語とは看做さず、質問だけと見做してやろう。


 カードもランダムなら、順番もランダムだ。

 と言う訳で、気を抜くなよ、待機組諸君。


『はーい』


 揃いも揃って気の抜けた返事が聞こえたが、突っ込みはせずにそのまま第3カードへ。


 伊野田とシャルも、体格腕力共にミートしているが、先に訓練を始めている分伊野田が有利。

 シャルには、勝ちを狙わずに受け流しを考えてとにかく粘れ、と言ってあるので、今回はどうなるだろうか。

 ちなみに、普段は伊野田だけでは無く、女子組か間宮が相手をしている。

 ただ、未だに勝ち星がない事を気にしているのか、組み手ではすぐに攻勢に出ようとしてしまって失敗していた。


「始め!」


 開始の合図と共に、やはり攻勢に出たシャル。

 対する伊野田は、合気道の構えでカウンター狙いだろうが、さて? 


 シャルが突き出した拳を、伊野田が受け流す。

 その際に、大きく体勢を崩す事が出来れば、そのまま先程榊原が使ったような返し技を使える。

 だが、シャルはその受け流しをある程度予想していたのか、体勢が崩れる前に前に出た。


 おお、なかなか上手くなって来ているじゃないか。


 そこで、伊野田も彼女が前に出て来たのに気付いて、身体の位置を入れ替えるようにしてターン。

 伊野田が背後に回ろうとしているのに気付いたシャルが、今度は裏拳を放ち牽制。

 シャルからの裏拳をこれまた受け流した伊野田が、更に脚を動かして回り込もうとするが、シャルもそれに合わせて体勢を入れ替えて、ぐるりと場所を入れ替えただけとなる。


 しかし、そこで伊野田が、一歩踏み込んだ。


「おっ、」


 と、思わずオレも声を出してしまった。


 伊野田が、踏み込んだ脚をそのままに深く沈み込み、シャルの懐へと入ったのである。

 驚いたシャルが、バックステップを踏もうとする。

 その矢先に、伊野田が大胆にも足を踏んで、それを阻止。


 一気にシャルの体勢が崩れた。


「やぁあ!」


 体勢が崩れたシャルの襟を掴み、伊野田はそのまま踏み込んでいた懐から身体を捩じ込みながら立ちあがり、まさかまさかの背負い投げ。

 体勢が崩れていたシャルも抗いようがなく、そのまま地面に叩きつけられた。 


「そこまでっ」


 ただ、これは少しいただけないかなぁ。


 オリビアを呼んで、そのままシャルの元へ。

 その場で蹲ってしまっているシャルに、治癒魔法を掛けて貰い、オレは伊野田へと向き直る。


「伊野田、仲間相手の背負い投げは内側に引けと言っただろうが!」

「あっ、ご、ゴメンなさい!シャルちゃんもゴメンね!!」


 背負い投げは決め技としては有効ではあるが、仲間内での使用は極力控えさせている。

 やっても、マットを引いたり、受け身を取らせる練習の目的で、だ。


 背負い投げの場合、内側に引くようにして相手を投げなければ、力学の反作用と慣性の法則が働いて、頭蓋骨の中で脳味噌がシャッフルされてしまう。

 最悪、死亡する可能性もあるので、使う時は必ず内に引いて、少しでもシャッフルを抑えさせていた。


 だが、今回組み手の最中だった事もあってか、はたまた伊野田の力量不足か。

 内側に引かれることなくシャルは、地面に叩きつけられた。


「う…っ、ったぁ~…」


 まぁ、意識はあるので、幸い脳にダメージが残る事は無いだろう。

 だが、念の為にオリビアに治癒魔法を掛けて貰い、様子を見ることにした。


 ただし、


「シャルも、受け身の取り方は教えてあっただろう?

 ちゃんと教えられた事を実行出来れば、そもそもこんな痛い思いはしなくて良かったのに、」

「うっ…う~~~………ッ、ご、ゴメンなさい…」


 投げられた痛みからか、それとも納得出来ない悔しさからか、眼から涙を流したシャル。


 伊野田だけでは無く、彼女にも悪い箇所があった。

 受け身の取り方は何度も教えているし、背負い投げに移された時の回避法も教えていた。

 すぐさま出来るようになる訳でもないだろうが、少しは抗う様子を見せて欲しかったのが本音だ。

 厳しすぎる、とは思っても、これも彼女の為だ。


 まぁ、負け越し回数に関しては、彼女がダントツなので、悔しい気持ちが強いのも分かるが。


「シャルは、ラピスのところに行って休んでろ。頭は冷やしておけよ?」

「………はい」

「伊野田は、ペナルティだ。ランニング5周」

「はい!」


 シャルには医務スペースへと退避させ、伊野田はペナルティとしてランニングへと送り出した。


 片や痛みで、片や罪悪感で涙目であるが、それも組み手では日常茶飯事だ。

 そして、この2人は一緒にお風呂に入って仲直りするので、そこまで心配はしていない。


「では、次!10番、11番、前へ!」


 さて、ちょっと問題が起こったりもしたが、サクサク次に進もう。


 続けて呼び付けたのは、10番こと永曽根と、11番こと間宮。

 ただ、この2人の勝敗は、ほとんど決まっているようなものなので、


「始め!」

「ぐおっ!?」

「(先手必勝です)」


 開始1秒で、永曽根が吹っ飛び、間宮が着地。

 更に2秒後には、永曽根が関節を取られて、その場でバンバンとタップを繰り返す。


 可哀想に、永曽根。

 ………お前、手加減ぐらいしてやれよ。間宮。


「勝者、間宮。………とはいえ、組み手にならんから、お前もうちょっと加減をしなさい」

「(銀次様以外に、苦戦したくありません!)」

「よし、分かった。後で、耐久組み手!

 その前に、口応えの罰として走って来い!!」

「∑…ッ!?(ガビン)」


 テメェ、仮にも弟子とはいえ、生徒の癖して口応えするとは良い度胸だ。

 と言う訳で、コイツにもランニングを申し付けてやった上に、後々の耐久組み手が決定。


 勿論、オレが最初から全力で相手にする。

 くっくっく、………さて、今日は何分持つだろうか。


「永曽根は、何をされたのか見えたか?」

「蹴られて吹っ飛ばされた?しかも、腹と脚の二か所?」


 うん、うんその通り。

 間宮の動きって、残像霞むって言っても差支えないから、対戦相手の生徒達はほぼ見えないで終わる。


 ただ、永曽根は今回しっかり見えていたらしい。

 脚を払われて、腹を蹴られて吹っ飛ばされた。

 疑問だらけではあるが、打たれた場所も回数も分かっているようなので、安心した。


「その通り。目は良くなって来ているようだから、次は初撃回避を狙おうか」

「おう」


 気を取り直して、そのまま次へ。

 第5カードは、5番ことエマと、7番こと河南だ。


 この2人は、実はかなり実力が拮抗しているので、女子組の快挙2人目となる可能性は高い。

 ただ、河南も地味に元々護身の為に格闘技を習っていた経緯もあって、空手柔道合気道揃ってのオールマイティーだ。

 対するソフィアは、空手が苦手で、打撃系に難あり。

 さて、どうなるか。


「始め!」

 

 開始と同時に踏み込んだのはソフィアで、こちらは河南が迎撃態勢に入った。

 双子の姉妹ではあるが、先ほどのエマと違って、攻防に関しては入れ替わった形。

 ソフィアが、上段蹴りを繰り出すが、河南は危なげなく受け流す。


 そこで、カウンターに持って行き、河南がソフィアの襟を掴んだものの、彼女はそれを待っていたかのように身体を引いた。


「おっと…こりゃ、吃驚だ」


 またしても、思わず声が出てしまったが、ソフィアもなかなかポテンシャルは高かったらしい。


 襟を掴んだは良いが、そのまま体勢を引かれて河南が体勢を崩した。

 そこを見逃さずに、返すようにして襟を掴んだソフィアが、そのまま後ろ向きに倒れ込んだと同時に、巴投げ。

 吹っ飛ばされた河南が、背中から地面に放り出された。


「…っ、危な…ッ!」

「逃げられたッ!」


 柔道なら一本だろうが、組み手なのでギブアップするまでは続く。

 そのまま、背中を打ち付けた河南に圧し掛かろうとしていたソフィアだったが、河南がすぐさま立ち上がって体勢を整えてしまったので失敗に終わる。


 巴投げは確かに見栄えは良いが、体勢を整えるのにロスが生じるから組み手向きでは無い。


 まぁ、ギャラリーの観覧からのどよめきは、やや熱が籠っているだろう。

 見栄えは良いものだから、度肝を抜く事は出来たらしい。


 しかし、それ以降、ソフィアが攻勢に出る事は出来ず。

 河南が実直に、空手、柔道、合気道と組み込んでくるバリエーションに翻弄され、蹴り飛ばされて関節を取られて終了した。


「勝者、河南!」

「ふぅ、危なかった…」

「悔しい!良いところまで行ったのに!」


 うんうん、良いところまで行ったのは否定しないけど、技の選択チョイスはいただけなかったね。

 一度で決められる技以外は、組み手には使えないから、覚えておくように。


 ただ、河南は焦ることも無く、最後まで冷静に対処していた。

 ここ最近になって、河南もなかなかポテンシャルを上げているように思えるな。

 良い事だ。


 さて、それでは最後のカードとなる、オレと徳川だな。


「では、9番、前へ!」

「うっしっ!」


 久しぶりにオレが相手にするとなってか、徳川が自棄にご機嫌で前に出る。

 ただ、声のボリュームを絞ろうか。


 オレ達だけでは無く、ギャラリーからも吃驚した声が聞こえるし。

 ついでに、


「こら、坊主!気を付けろ!」

「ううっ、耳が…!」

「カツキ、駄目、獣人、耳弱い」

「うわっ、ゴメン…!」


 獣人であるグレニュー親子が、多大な被害を被ったようだ。

 ………終わったらランニング追加するから、覚悟しておくように。


 さて、試験監督ではあったが、既にお役御免となったオレ。

 42番ことディラン青年と33番ことルーチェ女史以外は既に眼中に無い為、のびのびと組み手に参加できる。


「ローガン、合図を頼む。

 それと、徳川は思いっきりやっても良い」

「任された!」

「うっしゃ!先生大好き!」

「私語は慎めと言っているだろうが!」

「うひゃあ!ゴメンなさい!」


 ランニングは、もう5周追加だな。

 ったく、怪力事情を考えずに動けるからってはしゃいで、オレの注意を忘れるなよ………。


 徳川の頭の不出来はさておき、


「では、始め!」

「おりゃあああああああ!」


 開始役がローガンとなった組み手で、開始早々動いた徳川。

 ボリュームを抑えろと言っているのに、気鋭一声、駆け込んで来た彼のテレフォンパンチ。


「テメェは、オレの訓練の教えの何を聞いていたんだ!?」


 ついつい、イラッとしてしまった。

 彼等に教えたのは、格下相手の喧嘩では無く、格上相手への身を守る方法だと言うのに。


 怒声を張り上げたと同時に、カウンターを合わせて掌底突き。

 徳川の突っ込んできた勢いをそのまま、力点をずらすだけで返しただけだ。


 それだけで、運動場の端まで飛んで行った徳川は、どれだけ勢いを付けていたのやら。


 呆気なく終わったかと思って、溜め息が漏れそうになったが、


「ま、だまだぁああ!!」


 吹っ飛ばされて背中を強打しながらも、体勢を整えた徳川が戻ってきた。

 今度は、しっかりと空手の型としての、拳を使って。


 これには、やや驚いた。

 意外にも、馬鹿ではあっても、オレの教えはしっかり身に付けていたようだ。


 ただ、彼の成長に驚いたとはいえ、その拳を真正面から受け止める程、オレも馬鹿では無い。

 やや力の籠り過ぎた拳を受け流し、彼の横あいに滑るようにして移動。


 そのまま、先ほどと同じくカウンターを合わせて掌底突き。

 今度は、地面に叩き付ける。


 しかし、これまた彼は、その状態でぐるりと後転をすると、すぐさま立ち上がって応戦して来た。


「ま、だ、まだぁああ!」

「………頑丈なのは、良い事だなぁ…」


 思わず、本音が漏れてしまった。

 間宮との組み手では、こうした場合に背中か頭を打ち付けた間宮が、蹲るのは日常茶飯事だと言うのに、徳川は全く意に反さずに突っ込んでくる。


 ………頑丈過ぎて、オレですらも怖いと感じてしまうが。


 そして、その後も受け流し、カウンター。

 もしくは、受け流し続けて、転ばせて、と体力を消耗させ、ギブアップまで持って行く。


 ただ、時たま、オレであってもヒヤリとする場面は何度があった。

 今は、徳川に合わせて身体の動きを制限しているが、しっかりオレの脚も手の動きも、徳川は見ていたように思える。


 少しばかり楽しくなって来たので、オレも回避の際にアクロバティックな動きを織り交ぜて挑発を施してやったりもした。


 やはり、オレの思った以上に、生徒達はしっかり成長していたようだ。

 これなら、次のステージに進んでも、きっと大丈夫だろう。


「そこまでっ!」


 ローガンの掛け声と共に、オレと徳川の組み手は終わり。

 生徒達の成長を感じられて、じんわり楽しくなっていた時間も終わりである。


 這う這うの体で地面に蹲っている徳川と、それを踏みつけているオレ。

 まぁ、あれだけ動き回った挙句に、ダメージを蓄積すればこうなるよな、という安定の結果である。


 決め手は、何度か叩き込んでいたボディーブロー。

 じわじわ効いてくる、例のあれ。

 人体急所に外側から負荷を掛け、酸素の供給を阻害してしまうので、結果酸欠になって脚にガタがくる。


「くそう…ッ、一発も当たらないなんて…!」

「まだまだ訓練が足りん」


 そもそも、10年のオレに半年足らずのお前達が、一発でも当てられるとは思わんでくれ。

 地味に間宮ですら、掠めたことすら無いんだから。


 とりあえず、これでオレ自身の力量も少しはお目見え出来ただろうね。

 生徒を甚振っていたとも言うが、大口を叩くだけの力量は持っているんですと言うアピールにもなる。


 悪巧み、その3である。

 オレ自身の力量って、結構噂で左右されたりしてたから、本来の実力を知っている人間が少ない。


 騎士の決闘を受けた時もそうだったが、見た目ではオレの力量って判別出来ないらしいから。

 過大評価され過ぎるのも問題だが、『予言の騎士』と言っているからには、過小評価されるのは論外だ。


 なので、今回こうしてオレも組み手に参加して、参観している貴族達にある程度の手の内を明かした、と言う形である。

 まぁ、本来の力量の半分も使っていないというのは、一握りしか気付けなかっただろうけどね。


 これで、勘違いする相手は、そのまま無視をしておく。

 力量を見定める事が出来、なおかつ警戒を出来る貴族がいるのであれば、そのまま他に広めて欲しいという皮算用。


 まぁ、上手く行ってもいかなくても、結局はオレがやる事は変わり無いから良いんだけどね。

 問題さえ、起こらなければそれで良いもの。


 さて、なんとか編入希望試験は、中盤戦。

 結局、メンツは生徒達だけとなったが、42番ことディラン青年と33番ことルーチェ女史は、復活できるかなぁ?

 復活できるなら、参加してもいいと思うぐらいには好感触な2人である。


 残りの後半戦は、出来れば何事も無ければ良いと思うがな。



***



 さて、悪巧みでもあった試験概要は、だいたい完了しただろうか。


 その1は、オレ達の訓練に参加させ、地獄を味わって貰う計画プラン


 小五月蝿かった貴族達も黙らせる事が出来、ここが簡単、もしくは縁談や目的ゲイルの為に、軽はずみな気持ちでやって来た貴族の坊っちゃん・嬢ちゃん達には、目に物を見せてやった。


 騎士団よりもハードな内容を行っているのだから、当然だ。

 死ぬよりはマシとはいえ、しばらくは再起不能にはなるだろうね。


 その2である悪巧みは、格の違いを見せて、委縮させること。


 オレ達も伊達に半年もの間、訓練に時間を費やしていた訳では無い。

 その分、『予言の騎士』としての本分は全く進んでいないとはいえ、それでも生徒達は十分実戦訓練に耐え得る事が出来ると、貴族達には喧伝出来た。


 更には、のうのうと育ってきた貴族家の餓鬼どもが、追い縋ることも諦めるような実力の差も見せつけられたと思う。


 ただ、一つ例外として、意外にも粘り強い人材がいた事には、素直に喜んでいる。

 出来れば、頑張って欲しいと、思ってしまっている自分がいた。


 そして、最後の悪巧み、その3。

 地獄の訓練の内容も、格の違いも、そして力量も喧伝する。


 貴族家達には、あまり関わった事が無かった事もあってか、オレ達の力量に関して過大評価だったり、過小評価だったりと意見が分かれていた。

 これは、ゲイルからも、国王からも言われていた。


 なので、こうした場を設けて、訓練内容を見せる事で、オレ達のある程度の力量は知って貰える。

 そして、この程度だと馬鹿にする貴族家は最初から倦厭けんえん出来るし、警戒する貴族家がいるならそのまま広めて貰って喧伝出来る。


 今後活動するにあたっては、あまり必要ない措置ではある。

 ただ、貴族の小五月蝿い勧誘や、取り入ろうとする動きは、これである程度は控えて貰えると予想している。

 ………控えて貰えなければ、お手上げだがな。


 まぁ、今後の活動としては、例の偽物疑惑のある『予言の騎士』一行と同じく、王国から活動の場を広げて、大々的に行っていくつもりだ。

 その傍らで、こんな貴族相手の馬鹿な時間の浪費は、極力避けたい。


 今のところはまだ、あまり表に出て行きたくないオレとしては、万万歳の方法である。



***



 さて、そんな種明かしも終えて、そろそろ時間も頃合いだろうか。


 前半戦の基礎トレーニングと筋トレも終わった。

 中盤戦である、対人組み手も終わったので、大分生徒達も表情に疲労の色が濃くなって来ていた。


 元々体力が少なく、運動音痴だった浅沼と伊野田に至っては、既にへろへろである。


 ちなみに、組み手が終わった後に、忘れずにランニング計10周を申し付けた徳川は、流石の体力も底を付いたのか、もはやふらふらとなりつつあった。

 休憩の前の時間に、耐久組み手を行った間宮も同じく。


 開始3秒でぼこった。

 ………やり過ぎたとは思わんが、耐久組み手の意味が無くなった。


 さて、そんな前半、中盤も終わって休憩を挟んだ後。

 最後の関門である後半戦である。


「整列!!」


 声を掛けて、生徒達を集める。

 先ほど、脳シャッフルを食らって休んでいたシャルも、復活したので参加させる。


 貴族の坊っちゃん達は、知らん。


 ただし、休憩が終わった時点で復活していたディラン青年とルーチェ女史は例外。

 休憩終了と同時に呼ばわっておいて、そのまま整列させた。


 他の貴族家の坊ちゃんが騒いでいたが、ランニング30周の半周超えてから言え!と怒鳴ったら呆気なく黙った。

 ………最初から黙っておけば良かったのに。


「各自、魔法訓練に移行!

 魔力総量を空にするまで、得意な魔法を維持、魔力を使い続けろ!」

『はい!』


 最後の訓練は、魔法に関する訓練。


 これは、魔力総量の向上に効果があるだろう、魔力枯渇を自身で引き起こさせる訓練だ。


 各自、得意な魔法で維持・継続を行い、最終的には魔力を空にする。


 この訓練も、魔法訓練が始まった当初から、生徒達に申し付けてある立派な過程だ。


 そして、この訓練には、強化トレーニング見学組の紀乃も参加出来るので、彼も途中で合流させた。


 ただし、今回は『闇』属性である榊原と永曽根が抜ける。

 芝生の上で2人揃って瞑想よろしく、精霊と対話する事となっていた。


 面倒臭い体裁、今後は考えなくても済むようにしてやりたいんだがなぁ。

 ………予期せずこのメンバーから、抜けたオレがなんだか申し訳ない。


 魔法訓練参加の紀乃が抜けたので、記録係はオレとローガンになる。

 なので、芝生の上で番号の書かれた記録表を片手に、生徒達へと合図を送る。


「では、各自開始!!絶対に、暴走はさせるなよ!」

「先生じゃあるまいし、」

「テメェ、ランニング追加だ、榊原ぁ!!」

「げぇっ、忘れてた!」


 いつもと同じく余計な事を言った榊原も、ランニング5周追加だ。

 ………もうそろそろ、分かってきただろうに、ランニングに叩き出されるメンバーはいなくなろうぜ?


 とは思っても、やっぱり学習能力が無い奴はいるもんで、


「どわぁああ!!」

「ぎゃっ!?」

「ぶひぃい!?」

「ちょっ、何してんのよ!?」

「テメェ、暴走させんなって言わなかったかぁ!?」


 案の定暴走させた徳川おバカが、周りの生徒達を巻き込んで大炎上した。

 おかげで、河南、浅沼、エマが巻き込まれた。


 すぐに消火されたは良いが、全員に強かな拳骨を受けた徳川は地面に沈んだ。


 周りが、『水』属性の生徒ばかりで良かったな……。

 河南はトリプル、浅沼はダブル、エマはシングルながら、全員が『水』属性を持っていたのは不幸中の幸いだった。


 そして、お前もランニング追加だ、徳川。


 多分、アイツは自発的に飯抜きになるだろうな………。

 絶対、夕食まで持たないと思う。

 ………やらせたのはオレだけども、可哀想に。


 とまぁ、閑話休題それはともかく


「まず、お前達が得意な魔法の属性を教えてくれ。

 そこから、得意だと思う魔法を一つ使い、そのまま延々と持続させてほしい」

「えっ、持続…ですか?」

「………。」


 今日初めて、この訓練に参加するディラン青年とルーチェ女史に、改めて訓練内容を説明する。

 だが、2人から返ってきたのは、驚きの表情ばかり。

 しかも、ディラン青年に至っては、かなり厳しい表情になってしまっている。


 ………こりゃ、当たりだったな。


「延々と使い続けて、持続させ、そのまま魔力を消費する」

「し、しかし、その方法に何の意味が…?」

「魔力総量を増やす方法って、知っているか?」

「そ、それは、使い続ける事と、魔力枯渇………。あっ、そう言うことでしたの…」


 どうやら、ルーチェ女史は、察しが良かったらしい。

 簡単な説明で即座に意味を理解し、答えに辿り着いた。


 だが、反対にディラン青年は、険しくなった表情を更に歪めてしまった。


「………魔法の適性が無ければ、やはり駄目なのですか?」

「駄目とは言わんが、大きなハンデにはなるだろうな」

「………ハンデ、ですか?」

「つまり、欠点があることによって、不利になるって事だ。

 まぁ、使えないならそれでも良いが、魔力はあるようだから、あっちの生徒達と一緒になって座禅を組む形でも良いぞ?」

「………。」


 黙り込んだディラン青年を、ルーチェ女史は意外そうに見ている。

 魔力はあるのに、魔法の適性が無いというのは、たまにあることではあるが、それを第三者に告白するのは相当の勇気が必要だ。

 それも、貴族家の坊ちゃんなら、体裁が邪魔して言えない可能性もある。


 だが、彼は隠し事はしているだろうが、敢えてその不名誉を口に出した。

 ………ふむ、思った以上に、思い切りが良い。

 そのうえ、性格は真面目すぎるようだが、出来ない事を素直に出来ないと認めることが出来るのもポイントは高い。


「永曽根!座禅に一人、追加!」

「えっ!?そ、その子もって事か?」

「いや、ただ、一緒に座禅をさせてやってくれ。

 訳あり(・・・)らしいから、押して察しろ」


 そう言えば、永曽根も理解はしたのか、頷いた。

 ディラン青年を永曽根に託し、改めてルーチェ女史へと向かい合う。


 彼女は、やや緊張した面持ちでオレを見上げていた。

 ふむ、この子もこの子で、見どころはあるのかもしれない。


 今しがた、オレを見る前に、ディラン青年に向けていた視線。

 それには、少し驚いた事に、一切の侮蔑の色が無かった。

 むしろ、畏敬の念の方が強く、戸惑っているようにも見える。


 魔法の属性云々で、人を見下すような性格はしていないらしい。

 こちらもこちらで、ポイントは高めだ。

 後で、ディラン青年もルーチェ女史も、ポイントを加算しておこう。


 彼女も、もしかしたら、もしかするかもしれない。


「属性は?」

「あ、は、はい!『水』と『土』の適性があります!」


 あ、意外にも彼女ダブルだったんだ。

 なかなか、大きな声で答えてくれたので、聞こえただろうギャラリーからもどよめきが返ってくる。


 たまにいるとは聞いていたし、やっぱりうちの生徒達で慣れている所為もあってか、驚きは少ないが。

 そうか、そうか、ダブルだったのか。


「よし、得意なのはどっちだ?」

「ど、どちらかと言えば『水』でしょうか。

 で、ですが、どちらも扱えるように、練習はしております!」

「別に、そこまで意気込まなくても良い。

 まだ初日だし、無理をする必要は無いから、自分の得意な属性を使って、魔力を行使、維持してくれ」


 そう言えば、緊張している姿が少し初々しく見える彼女が、魔法を使う。


「我が声に応えし、精霊達よ。清流の豊潤たる力の一端を、今此処に示し給え。『水の弾(アクア・ボール)』」


 そう言って、彼女は掌に『水』属性の球状の弾を生成した。

 詠唱も淀みは無かったし、生成する為の魔力の乗せ方、ついでに発現するまでのタイムロスも決して長くは無い。

 魔法の発現に関しては、文句無しで合格だろう。


 だが、言われてみれば、確かに魔法の属性としては『水』の適性が強く、『土』の適性はやや弱いようだ。

 なんか、魔力の流れが、完全に『水』属性に傾いている気がする。


 ………あれ?

 でも、何でオレ、こんな事分かるんだろう。

 精霊と慣れ親しんでいるから(※そうでもないだろうけど、)、自然と流れみたいなのが、感じられるようになったのかな?


「え、えっと…このまま、継続すれば良いのでしょうか?」

「うん、そのまま延々と持続して?崩れたらやり直し」

「は、はいっ!」


 そして、そのまま維持を申し付けて、記録表を持っているローガンの下へ。

 忘れないうちに、先ほど考えていたディラン青年とルーチェ女史の名前を書き加え、ポイントを加算する。

 好感度はそれなりに高かったので、どっちも30点。

 ディラン青年は、先ほど魔法の適性がない事を素直に認めたので、そこでも10点加算。

 そして、ルーチェ女史は、そのディラン青年を蔑むような態度を見せなかったので、これまた10点加算だ。


「あの2人が、やはり可能性としては高いか?」

「うん、逸材の予感。もしかしたら、もしかするかも、」


 ローガンが心なしか苦い顔をしながらも、オレの手元を見ている。

 さっき言っていた貴族を立ち入らせたくない理由を聞いた後じゃ、貴族の子息・子女を受け入れたくはないだろう。


 けど、この問題はある程度解決できるかもしれない。


「彼も彼女も、父親が騎士をやってる。

 しかも、どちらも男爵家で、ほとんど地位は無いのと同じ。

 つまり、権力に固執していない」

「………ああ、なるほど。

 今まで、小五月蝿かった貴族達とは違う、という事だな?」


 そういうことです。

 彼女の様子だと、おそらく魔族に対しての偏見も、あまり表立って見せない可能性は高い。


 ディラン青年の場合は、そもそも魔法を使えないことをカミングアウトした時点で、この校舎にどれだけ入りたいと考えているのかが垣間見えた。

 ならば、魔族云々はそっちのけで、邁進してくれるかもしれない。


 期待ではあるが、それほど悪い予感はしていない。


「それに、あの2人は文句の一つも言いやがらない」

「ああ、そう言えば聞いていないな」


 そうそう、実はあの2人、驚きはするけど、不満は口に出したりしないんだよね。

 ランニングで走っていた時もそうだったけど、黙々と自分のペースを保っていた。

 ついでに、魔法訓練を申し付けても、趣旨と意味を理解しようと質問しただけで、他に苦情も漏らしていない。

 これも、実はオレ達としては、高ポイント。


 本当に、もしかすればもしかするかもしれないね。

 と、苦笑交じりにローガンを見上げると、彼女も彼女で苦笑交じりに微笑んでくれた。


「お前が言うなら、大丈夫だろう」

「それは、信頼?」

「ああ、信頼も含めた、ある種の私の勘だ」

「当たるの?」

「ああ、良い予感も嫌な予感も、特に良い予感は良く当たる」

「じゃあ、オレも信じとこう」


 彼女が頷いてくれるのであれば、オレも大丈夫だと思えるから不思議なものである。


 とはいえ、


「あッ…!うぅ、もう一回…ッ」


 先ほどから、生成は出来ても、維持をするのに大変苦労している様子のルーチェ女史。

 そして、もう一回もう一回と繰り返すたびに、魔力を乗せる過程でどんどん調節が乱れて来てしまっている。

 あれじゃ、10分も持たないうちに、魔力枯渇に陥るだろうね。


 本格的に、ウチの訓練に参加できるのは、やっぱりまだまだ先なのかもしれない。


 そして、もう1人の特別ゲスト、ディラン青年はどうだろう。

 先ほど、瞑想組の永曽根と榊原に託して座禅を組ませているが、


「体の中にある魔力を感じて、それを循環させる。

 循環させられたと感じたら、魔力だけを外に放出するんだ」

「………循環、放出…。

 これには、何か意味があるのですか?」

「放出すれば、体内から魔力が消えるでしょ?

 そのおかげで、魔法を使わなくても、魔力枯渇を引き起こせるんだよ」

「………あ、なるほど、そう言うことですか」


 永曽根、榊原の両名からアドバイスと説明を受け、座禅を開始したディラン青年。


 2人がやっていることとはまた違うものの、それでも意味は理解しているようで、しばらくすると身体の中に巡っていた魔力の流れが変わった。

 そして、それからまたしばらくすると、今度は体外に魔力を放出し始めた。


 ………うむ、お見事だ。

 言われてすぐにやれるものでは無いし、オレもまだ自力では行えない。

 ………あの子に負けたと思うと、悲しくなるな………。


 とはいえ、彼も魔法訓練に関しては、合格だ。

 隣で対話をしていただろう2人も驚いている様子だし、やっぱりもしかするかもしれない。


 さて、そんな特別ゲストの2人は、もうしばらく放っておいて。

 今度は、ウチの生徒達の様子を見てやらなければ。


「くっ…し、集中、集中…ッ」


 出席番号1番の浅沼は、『水』属性が得意ではある。

 だが、今日は苦手克服を目標に、『風』属性で魔法を行使しているらしい。

 ただし、ぶつぶつと集中と呟かないと、維持が出来ないようだ。

 そう言っている間に、魔法の形が崩れて、魔力ごと霧散した。


「すぅー、はぁー…」


 深呼吸を続けながら、『聖』属性の『聖なる星光(ホーリー・ライト)』を維持しつつも、周りに『聖なる盾(ホーリー・シールド)』を展開。

 複数魔法を同時に発現する訓練だ。

 彼女は『聖』属性でありながら、攻撃型アクティブ防御型ディフェンスのどちらにも適性があるが、代わりに魔力総量がそこまで高くない。


 だが、彼女は攻撃にも防御にも転じる、所謂オールラウンダー。

 魔法を使う機会が多い彼女は、やはり戦闘面ではかなり複雑な魔法行使を要求される。

 その為、この魔力総量では今は良くても今後は心許無い。

 と言う事で、彼女はラピスからの指示の下、同時に魔法を行使し、どちらも一定の時間を使い続ける二刀流作戦に出たのである。


 ただ、効果はゆっくりながら、確実に現れている。

 今では、最大4つまでの魔法を発現し、それぞれ5分程度であれば持続が可能になった。


「『雷の檻(ライトニング・ゲージ)』、『雷のライトニング・アロー』。

 次、『水のアクア・ボール』、『氷のアイス・ピラー』」


 維持とは別に、黙々と魔法の行使をしているのは香神だ。

 コイツもコイツで、いつの間にか河南や紀乃と同じく、無詠唱を習得していた。

 今では『雷』属性と『水』属性、両属性を同時に発現出来る。

 しかも、足下には自身で書き記した行動阻害用の魔法陣が敷かれている。

 魔法の行使を阻害される中で、彼は両属性の行使や維持、ついでに無詠唱での魔法の行使をメイン訓練として行っている。


 ………オレには、逆立ちしたって真似出来ないだろうね。

 ぐすん、良いもん。

 精霊と契約出来たから、ダブルにはなれたし。


「………。」

「………。」


 何を言うでもなく、黙ったまま魔法の行使、維持を続けているのは杉坂姉妹。

 流石双子と言うべきか、魔法を行使している格好まで瓜二つである。

 ただし、ソフィアが『風』で、エマが『水』の属性である事から、そこだけが間違い探しのような形だ。


 ただ、この2人はかなり実直に、魔法の訓練の実績を積み重ねている。

 香神や他の生徒達のように奇抜な方法を使うでもなく、毎日毎日安定して魔法の行使を行っているのである。


「ううっ、やっぱり、やり辛い…ッ」

「今日ハ、かナり乱れるネぇ」


 なんて事を言っているのは、常盤兄弟。

 こちらもかなり奇抜な方法を使い、河南がお得意のトリプルの魔法を使う。

 そこに、先ほどのディラン青年と同じ方法で、紀乃が無理矢理魔力を放出、維持を続ける。


 兄弟とはいえ、魔力の質は似ているようで違う。

 なので、魔力を放出している最中に、他の魔力を受けるとお互いがお互いに阻害をされてしまい、行使も維持も難しくなる。


 ………オレには、やっぱり真似出来ない方法だよ。


「ぐう…ぬうううううっ…!」


 唸りながら魔法を行使するのは、徳川だった。

 体を動かしたりするのは得意なのに、こうして魔法の訓練となるとすぐに根を上げる彼。

 詠唱を覚えるのも苦手で、行使をするのにも時間が掛かるというのに、魔力の調整が下手くそですぐに霧散、もしくは暴発させてしまう。

 おかげで、元々魔力総量も高くない彼は、すぐに魔力枯渇を起こしていた。


 ………マジでアイツは、今日潰れるだろうな。

 ご愁傷様。


「………。」


 そんな徳川に対して、魔力総量も高くトリプルである間宮は、これまた奇抜な方法を使っている。


 まず、彼が魔法の行使を行っている場所は、空中だ。

 『風』属性で、自身の周りにだけ簡単な気流を発生させ、身体を浮かび上がらせているのである。


 その間に、周りに『土』属性の『土のアース・レイン』で礫を作り出しつつ、『水』属性の中級魔法『水の奔流(アクア・トレント)』を発現し、周りを覆うようにして行使。


 見ていて、かなり派手であり、見応えもある訓練法であった。

 ただ、その分魔力枯渇も早いとの事で、今まで最高でも20分が限界である。


「ねぇ、アンタは今日、参加しないの?」

「口調!」

「ッ…せ、先生は今日、参加しない……んですか?」


 二度目の口調を指摘されて、渋々言いなおしたのは、シャル。


 彼女も、こうして魔法の訓練は行っているが、森子神族エルフである彼女は元々魔法の適性が高い。

 ラピスからも教えを受けていた過去のおかげで、こうした行使と維持は息を吸うように簡単に出来ていた。

 二つ同時の行使も出来るし、詠唱も短く早い。


 多少、手持無沙汰となっているようで、魔法の行使をしながらオレに話し掛けて来た。


「参加したいのは山々なんだが、この後まだ予定があるから、出来れば魔力枯渇で動けなくなるのは避けたいんだ」

「………魔力お化けなんだから、大した問題じゃないでしょ?」

「口調!それと、先生に対して、なんて物言いだ!?」

「ひぇっ!……ご、ゴメンなさい」 


 魔力お化けとはよく言われるが、今は言うべき所じゃない。

 ランニング追加してやろうか………。


 いや、折角悪巧みが全部成功しているから、生徒達の中から脱落者を出すのは止めておこう。


「罰として、もう一つ魔法を行使、継続」

「ううっ!三つ以上はまだ無理なのにぃ…」

「口調はどうした?」


 何度も言わせるんじゃありません。


「………。」


 そこで、ふと視線を感じて振り返る。

 先ほど、魔法の行使・維持を申し付けたルーチェ女史が、何を言うでもなくオレの背中を見ていたようだ。


「どうした?魔法の行使は出来ているが、維持は?」

「………あ、はい。い、いえ、その…」

「うん?」


 歯切れが悪く、オレを緊張の面持ちで見ているルーチェ女子。

 それに気付いたのはオレだけでは無かったらしく、他の生徒達やローガン達からも視線が向けられた。


 ますます、何かを言い辛そうに俯いた彼女。

 ………まぁ、期待しているのもあるから、少しぐらいは優しくしてやっても良いだろう。


「何か聞きたいことがあるなら、良いぞ?

 私語は許さんが、質問を制限した覚えはないからな…」

「あ、お、お心遣い、感謝します!

 ………ふつつかな事をお聞きしますが、『予言の騎士』様は、魔法の属性は?」


 あ、そういうことか。

 そういや、人前で魔法を使ったのって、2日前の魔術ギルドの時だけだったな。


 ………悪巧みは上手くいっているから、ここらで魔法の行使に関しても見せておいた方が良いだろうか?

 悩みつつ、背後へと視線を送ると、


「(使っても問題は無い)」


 口ぱくだけで、ゲイルが返答。

 そんな彼もまた、一緒になって魔法訓練を行っている。

 『雷』属性に、『聖』属性、『風』属性と一気に三種の魔法を行使している所為か、彼の周りが自棄に輝いている………。

 眼が痛いよ、いろんな意味で。


 まぁ、魔法に関してもトップクラスの騎士団長様から、お許しは出たようだ。


 勿論、『闇』の精霊(アグラヴェイン)ではなく、『火』の精霊(サラマンドラ)のこと。


 アイツに指示を仰がなくちゃいけないと言うのが腹立たしいが、貴族情報に詳しく、この王国での魔法概念を熟知しているのも、アイツだ。

 信頼はしていないが、信用は出来る。


「………一応、属性は『火』だな。

 ただ、オレは魔法の発現方法が、ちょっと奇抜というか………まぁ、精霊をそのまま具現化するから、」

「せ、精霊を具現化…!?」


 しかし、これにはルーチェ女史が驚きの声を上げた。

 やっぱり、奇抜で規格外なのね………。


 しかも、


『はぁぁああッ!?』


 更に驚いていたのは、我が生徒達であった。

 これには、流石のオレも吃驚して、踏鞴を踏んでしまう。


『ちょっ、どういうこと!?』

『いつの間に、ダブルになってんの!?』

『そんなの聞いてないっ!』

「本当に先生って、大事なこと言わないよね」

「………同感ダネ。キヒヒ」


 と、三者三様どころか、十者十様で怒鳴られた。

 どういう事も何も、オレも振って湧いた『契約』だったってだけだし…。


 なんて説明しようか、悩むところだった。


 しかも、背後からの永曽根や榊原、ローガンからの視線はかなり突き刺さる。


「………へえ~…オレ達と最近、座禅組まなくなったのその所為だったんだ」

「一人だけ、抜け掛けしやがって…」

「………お前、今日の夜は覚悟しておけ…」


 あらまぁ、皆して怖い顔。

 特に魔力総量が極端に少ない榊原とローガンからは、まるで蛇蠍を見るような眼で睨まれた。


 ………そういや、言って無かったっけね。

 げしょ…。


 ただし、


「私語を慎めと言わなかったか、テメェ等!!」

『げっ!?』

「ランニング5周!追加ぁ!」


 オレへの抗議は、例えオレに落ち度があったとしても、罷免するつもりはない。


 と言う訳で、今さっき騒いだ生徒達は全員ランニングへと叩き出す。

 元々知っていた喋れもしない間宮と、車椅子の紀乃は免除だが、それ以外の全員がランニングに追加された。

 勿論、オレに恨み事を呟いた榊原達も、例外では無い。


 結局、全員がランニング追加したって、本当にどうしようもないんだから………。


 ぽかーんとした様子のルーチェ女史と、ディラン青年が残された。

 もしかしたら、君達も今後は混ざる可能性もあるから、早く慣れてね…?



***



 試験開始から、約3時間。

 やっとこさ、試験終了で、結局残ったのは生徒達だけだった。


 結局、紀乃以外は全員がランニングを追加することになった為、いつも以上にくたくたのようだ。

 ただ、危なっかしいと思っていたシャルも、へろへろだった徳川と間宮も、勿論ふらふらではあるが残っている。

 成長逞しい事で。


 ただ、途中参加させたディラン青年とルーチェ女史は、予想通り潰れた。


 ディラン青年は座禅を組んだまま、後ろにひっくり返ってラピスから介抱を受けている。

 ルーチェ女史は魔力枯渇の所為で、地面にへたり込み、そのままギブアップだった。


 だが、2人とも初日にしてはよくやったものだと思う。

 明日からの日程が、少しだけ楽しみになったのはオレだけの秘密だ。


 ………オレの魔法の行使?

 してないに決まってんだろ?


 あの流れで具現化していたらルーチェ女史どころか、貴族達がチビる。

 ついでに、オレが後ろからローガン辺りに刺されそうだったので、チビりそうだったというのは内緒にしておく。

 ………怖いよ、女蛮勇族アマゾネスさん。


 と言う訳で、今日のところはお披露目無しだ。

 どの道、こんな所でお披露目するよりも、大事な時に切り札として使いたいのが本音ではあるしね。


 閑話休題それはともかく


 生徒達を集めて整列させ、ちょくちょく参加していたグレニュー親子も、ゲイルもオレの背後で整列している。

 ………いつの間に、ジャッキー達まで参加者になってたの?

 まぁ、それなりに楽しい3時間を過ごしたらしく、顔には疲労の色はあっても険は無い。


 それはゲイルも一緒で、コイツは何故か最初よりも、更にすっきりした顔をしていた。


 しかも、結局最後まで付いて来ちゃったもんな、この体力馬鹿。

 ………お前の所為で、悪巧みの一部が失敗したらどうしてくれるのか。


 ついでに、面倒臭くはあったが芝生でギャラリーと化していた貴族の坊ちゃん達も呼ばわった。

 汗だくだったり吐いたり、それこそ這う這うの体だった彼等は、スメルハラスメントも甚だしい。

 鼻が利くオレ達からすると、ぶっちゃけ臭害。


 まぁ、コイツ等の半分ぐらいは、明日にはいなくなるだろうね。


「本日の訓練はこれにて終了とする!

 ただし、今日行った訓練がすべてだとは思うな!

 今日はまだ、オレ達が初期にやっていた訓練の一部を見せただけに過ぎない!」


 これも、本当の事なので、しっかり聞くように。


 最初に劣化板と言っていた通り、今回行った訓練に関しては生徒達が軽くクリア出来る程度にとどめた訓練だ。


 いつもなら、ランニングも50周だし、筋トレは腹筋、背筋、腕立て伏せなどに加えて、スクワットやウサギ跳びで耐久レースなんかも行っている。

 徹底的に下半身を鍛え、いざと言う時の基礎を作り上げている最中だ。

 ちなみに、下半身を鍛えるのは、格闘技ではマナーとも言える。


 更には、対人組み手は、今日みたいに生徒同士だけでは無く、オレが全員を相手にする乱取りもする。

 後半戦の魔法の行使・維持の訓練時間も、本来ならもっと長い。

 いつもなら、全員がその場で倒れるぐらいのギリギリまで行使させていたから。


 今日は、度肝を抜くやら、力量を見せつけるという狙いがあった。

 つまりは、手加減をしただけである。


「この過酷な訓練に、毎日欠かさず参加できる者!

 そして、この訓練に耐え、校舎での職務にも邁進できる者!

 なによりも、生き残る為にも、仲間を想い、いざと言う時にも助け合える清廉な心を持つ者だけが、この校舎への編入を許すつもりだ!」


 それ以外は、例えどんな地位や権力があろうとも、要らないということ。

 むしろ、余分な地位や権力は、文字通り邪魔な肩書きだ。


 ある程度は必要、とはオレも思っているものの、それでも、生徒達にそれを求めても意味は無い。


 オレの価値は、どの道この世界の『災厄』を打ち払えるかどうかに集約されてしまう。

 ならば、それに見合った仕事をする為に、生徒達を育て上げるのが仕事だ。


「もし、未だこの校舎へと入りたい意思があるなら、また明日も来い!

 ただし、来たからと行って、校舎への入学を許す訳では無い!

 合否を判定するのは、この1週間の間の貴殿等の強固な意志と頑強な精神を見極めてからだ!」


 そう言って、最後に一言で締めくくる。

 いつもの言葉で、生徒達はここ半年で毎日のように聞いている事。


「最後になったが、いつも言っている事を敢えてここで言わせて貰う。

 これは、お前達を今後死なせない為に施している訓練である事を良く覚えておけ!

 生半可な覚悟じゃ、戦場には出さない!出せない!

 オレがそれを許さない!良いな!?」」 

『はいっ!!』


 返事をしたのは、生徒達だけだった。

 しかし、貴族の坊っちゃん達からは、最初に感じていた不信感が消え、代わりにどこか憧憬を持った視線が増えている。


 中でも、例のディラン青年とルーチェ女史の視線には、強い意志が見て取れた。

 やはり、逸材だったようだな。

 ………1週間後が、楽しみだ。


「以上だ!解散!」

『ありがとうございました!!』


 声を張り上げたと同時に、一斉に頭を下げる生徒達。

 触発された、貴族の坊っちゃん達も、何人かが頭を下げていた。


 最初にあった不信感は減り、代わりに芽生えているであろう憧憬が、今後の日程でどれだけ活かされるかが見ものである。

 まぁ、何人かはどれだけ頑張っても、落第決定しているけどね。

 馬鹿王子とかミーハーな馬鹿女とか………。


 まぁ、なにはともあれ、これで、オレの長い一日の前半(・・)が終了である。

 まだ用事が残っているが、かなり疲れたというのは否定はしない。


 それでも、然したる問題が発生した訳でも無かったのは僥倖だ。

 以前の騎士採用試験の時のように、『天龍族』が降ってきたりもしなかったしな。

 ………マジであれは、トラウマもんだぞ。


 閑話休題。


 こうして、オレ達の貴族相手の大訓練、1週間体験入学試験の初日は終了した。



***



 その後、参観に来ていた貴族達をやや乱雑ながら送り出したり、見送ったり。

 賄賂や食事への招待なんかで釣ろうとする馬鹿親なんかもいて、それを適当にあしらったりなんだり。

 更には、文句ばかりの馬鹿王子やらミーハー馬鹿女やら、その他諸々が騒いだりしたのを摘み出したり。

 例によって例の如く、馬鹿王子はまた帰り際に騒いだので、迎えの馬車に投げ入れた。

 そして、ゲイルが目的で騒いでいたご令嬢方には、マジでその場でもう来なくていいよ、って落第を申し付けておく。

 不純な動機は、一切認めんからな。


 だが、それでもまだ地位や権力を使おうとした馬鹿はいた。

 子どももそうだが、親もそう。

 しかし、最終的には、お忍びだった筈の国王陛下が、貴族達全員にお目見えするなんて事になって収拾された。

 その場で、リアル水○黄門が見れたのは、地味に楽しかったよ。

 ………まぁ、アンタの場合は、もう自業自得だと思うけど?


 まぁ、それはともかくとして。


 国王陛下やら、見学組だったジャッキー達も見送って、


「全員、お疲れ様。いつも以上に疲れただろうから、今日はもう休んで良い」

『よっしゃ…!』

『良かったぁ…』


 結局、全部終わって、片付けまで終わったのが午後6時。


 本当にもう、今日だけでここまで大変だとは思わなかったよ。

 これがまた明日まで続くとなると、気が滅入る。


 ただ、生徒達は良くても、オレ達はまだ予定が残っている。

 アダルト組であるオレとラピス、ローガン、そして間宮にとっては、そろそろ準備をしなければいけない時間帯だ。

 約束の時間が、7時だからね。


「オレ達は、食事会が残っているから、今日は飯いらないから」

「オーライ、先公。まぁ、ゆっくりしてきたら良いさ」

「分かったよ。夜食いるなら、作っておくけど?」


 なんて事を言いつつも、だらだらと机に懐いている食事担当の2人。

 訓練も然ることながら、気を張っていた事もあって、流石の体力馬鹿達もへとへとらしい。

 ………徳川なんて、もうソファーで寝ちゃってるしね。


 ただ、まぁ生徒達に関しては、今日も良く頑張りましたって事で、


「食事も作らなくて良いと思うぞ。

 必要な経費として2万Dm(※約25万円相当)置いて行くから、好きなもん食って来い」

『うわ、マジ!?』

『やったぁ~~!!』


 これは、最初から考えていたご褒美だ。

 オレ達は食事に行くのに、生徒達だけ自炊ってのもなんだかなぁ、と思ったからさ。


 勿論、アンジェさんにも、褒賞として同じ金額を渡しておく。

 好きにして良いとは言ったけど、生徒たちとも上手くやっている彼女なら、一緒に行くだろう。


 それに、今日は生徒達も頑張ったから、出来る限り休んでほしいのが本音。

 こんなクソ面倒臭い試験だって、しつこい貴族達が悪いとは言え、オレの思い付きだからな。

 付き合わせてしまっている彼等には、やっぱりご褒美は必須だろう。


 ちなみに、この試験中は毎日、そうしてやるつもりだ。

 ………改めて思うけど、つぶれちゃった徳川は可哀そうにな。


 自分達で、好きな店を選んで食べに行くのも良し。

 市場は8時まで開いていて、お祭りのように出店があるから、そこで買い食いするでも良しだ。


 ついでに、夜勤交代で帰り際の騎士連中にも、お小遣い。

 試験中にアシスタントとして動いてくれた騎士達には、お礼の名目でこれまた2万Dm。


 副職は駄目とか聞いているけど、褒賞としての金銭授受が駄目とは聞いていない。

 なので、飯を食いに行くでも良いし、分割して懐に入れるでも良い。

 少ないかもしれないが、オレからのちょっとした心配り。


 と言って明け渡したら、代表のアンドリューに素で泣かれた。


「………オレから出すのに、」

「別に騎士団の職務じゃなかったんだから、日雇いアルバイトって事で…」


 その騎士連中の長であるゲイルから良い顔はされなかったが、まぁどうでも良い。

 お前もお小遣い欲しいなら、あげるけど?


 ただし、


「この後、時間は取れるか?」

「無理。これから、予定があるから」

「………そうか」


 なんとなく察しは付いていたが、彼はどうやらオレに用があったようで。


 会話出来たことに安堵したような顔をしながらも、表情を引き締めて。

 最近見慣れてしまったどこか難しそうな顔をいている。


 だが、今回ばかりは無理。

 勿論、お互いの確執の件では無く、予定がいっぱいだから。


 この後は、当初から予定していた食事会が待っている。


 前にも話していた冒険者ギルドのSランクメンバー主要会議だ。

 ダドルアード王国に在住で、冒険者ギルド所属のSランクメンバーが集まる予定。

 今いるのは、ジャッキーと他3名。


 だから、ラピスとローガンも一緒で、最近仲間入りした間宮も同席しなくてはいけない訳。

 ………ウチの校舎だけで、4人も所属ってある意味恐ろしいけどね。


 しかも、食事会を終えた後には、ラピスのご褒美である飲み会が待っている。


 流石に、それ以降は明日に響くだろうし、そもそも彼としばらく飲みに行くつもりはない。

 確か、定例の報告会はそろそろしないとならないとは思っているが、今すぐに始めたいと思える内容は無い。


 だが、そんなオレとは違い、彼は用事があるからこうして声を掛けたのだ。


「………出来れば、早めに時間が欲しい。

 頼めないか?」

「………今日・明日は無理だろうが、明後日以降なら大丈夫」

「分かった。………済まない」

 

 オレが予定表(※日記帳みたいなの作ったよ)で確認して返答すれば、ゲイルは渋々ではあるが了承した。

 心苦しそうな表情は、何を隠しているからなのか。


 ………もう、しばらく会いたくないと思っていたのに、結局彼とは関わらなくてはならないらしい。


 そんな中、


「これ、ギンジ!風呂が上がったから、とっとと入って来やれ。

 時間が無いぞ?」

「ああ、今行く!」


 時間切れのようだ。


 準備の為に、風呂に入っていたラピスとローガンが出てきた。

 時間短縮の為に、2人一緒に入ったらしい。


 ラピスに怒られて吃驚しつつも、準備をしなければと急いで動き出す。


 オレも、時間短縮の為に間宮と一緒に風呂だ。

 まぁ、オレの場合は、彼がいないと、髪を結うのに時間が掛かってしまうという切実な理由もあるのだが。


 彼は何を話したいのか、もしくは、何を隠しているのか。

 気になってはいる。


 多分、ある種の勘ではあるが、聞かなきゃいけないことだと思っている。

 だけど、今はなんとなく、彼と一緒にいるのはご免被りたい。


 ………聞かなきゃいけないという第六感と共に、嫌な予感もしているから………。


 そんなオレの背中を、ゲイルが自棄に悲しそうな顔で見ていたのは、それを見ていた生徒達の言葉で後から知った。


 永曽根曰くではあるが、死を覚悟しているような眼だったと言われた。

 そんな彼の眼が、一体どんな理由を持っていたのか、まだオレはこの時、知る由も無かった。



***

そろそろ、ギンジとゲイルの確執みたいなものを書くのが、面倒臭くなって来た今日この頃です。

でも、まだまだ引っ張ると決めたので、心が折れそうになりながら頑張ります。


ただ、そろそろラピスとローガンを、本格的にギンジに踏み込ませていきたいと考えているので、彼らの関係はしばらくこのままです。


ただ、ラピスとローガンとのやり取りは、どのように進めたらいいのか悩んでおります。

タイマン形式にするのか、それとも2対1で女VS男にするのか………。


楽しそうな方を選びたいと思っております。

もしかしたら、多少コミカルなタッチになるかも………?


………突然、はっちゃけて濡れ場に突入した場合は、頭が沸いたと思ってくださいませ。


ちなみに、今回の編入試験編は、ただただ作者がスカッとしたいだけでは無く、こうして一部ではあっても貴族達に活動内容を知らせる目的もありました。

以前の討伐隊以降、目立った動きをしていなかったので、そろそろ内政が関わる話も加えて行きたかったので。

ただ、相変わらず作者の妄想、捏造が詰まった内容です。

貴族達もここまで馬鹿では無いとは思うのですが、アサシン・ティーチャー達を際立たせる為の踏み台になってもらいます。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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