82時間目 「課外授業~怒涛の訓練、1週間体験入学~」
2016年6月10日初投稿。
続編を投稿させていただきます。
今回の話は、タイトルに集約された通りとなっています。
怒涛の訓練を、1週間体験入学としてぶち込むアサシン・ティーチャーの鬼畜ぶりを、ご期待くださいませ。
82話目です。
前回、変な終わり方をしたゲイル氏でしたが、間違いでは無いです。
今後、本編が進むにつれて、彼がどうなったのかが分かりますので、そちらもお楽しみに。
***
最近、踏んだり蹴ったりだ、と自覚する。
火縄銃やマスケット銃の入手交渉で失敗したり、(また)ゲイルと喧嘩したりした日から、早2日。
ヴィッキーさんに攫われたその後は、ゲイルの姿は見ていない。
ヴィッキーさんに関しても、今回は盗み聞きの疑惑が浮上している。
おそらく、武器商人でありゲイルの実の兄でもあるシュヴァルツ・ローランとは、連絡を取り合うぐらいには、兄妹としてうまくやっているのだろう。
その為、そんなヴィッキーさんに搔っ攫われたゲイルがどうなるか、予想は付かない。
だが、まぁ、騎士団の連中が騒ぐ事も無く、また死体が発見されたなんて報告も無いので、放置しておいた。
彼女も彼女で、姉弟としてならゲイルとも上手くやっている。
彼に危険が及ぶ可能性は低いと判断した上での放置である。
それと、今回武器の交渉が決裂したシュヴァルツ・ローランの件は、引き続き調査だけを進める事にした。
例の武器の保管場所や、設計図の在り処、もしくは売買の動きの察知。
王国から子飼いを借りたり、オレ達自身でも動く。
表向きには諦めた振りをして、油断を誘う。
オレと実力が拮抗しているハルがいるので、そう簡単に行くかどうかは分からないまでも、1ヶ月は余裕を見て進めるつもりでいる。
王国にも一度連絡を取り、秘密裏にではあるが国王とも謁見した。
例の武器の事もそうだが、風の噂と濁して例の召喚者達の件に関しても言及。
それと、『ボミット病』の薬の件の報告もまだだったので、これまた報告しておいた。
ついでに『予言の騎士』達の情報に関しても、今後は報告の義務を課した。
守られるかどうかは分からないが、要請と言う名の脅しまでしておいたのだから、果たして貰いたいものである。
子飼いを借りたりもしたので、一応はお手柔らかにやっていくつもりではいるけどね。
もう一つついでに、『天龍族』の件も進捗情報を聞いてみたが、あれっきり連絡は無いそうだ。
………うーむ。
マジで、オレの一言真に受けて、時期を伺ってくれていたりするのだろうか。
そうであるならば、かなり助かる。
そのまま、半年ぐらい待ってくれないかなぁ、なんて思ったり何だり。
さて、閑話休題。
オレの平穏がまた遠くなってしまう話題は、またしばらく放っておいて。
今日は、待ちに待った(※別に待ってないけど)イベントが待ち構えた日であった。
1週間、という目途を立てていたのは、ジャッキーとの約束と、シャルの訓練強化と、後もう一つ。
「さて、これで全員集まったかねぇ」
「………壮観、ダネ」
「………いっそ、滑稽だ」
「………運動場が狭く感じるよ」
上から、オレ、紀乃、ローガン、そしてオレの順番である。
目の前には、生徒達。
そして、その横にひしめき合うようにして立っている、貴族の子息・子女達。
今日は、編入希望だけを受け入れていた貴族の坊ちゃん・嬢ちゃん達の試験日なのである。
***
とにかく、今日は朝から忙しかった。
編入希望だけの受け入れで、試験まであると言うのに、応募総数50名。
しかも、打ち切りにして3日以降も、何度も貴族家の打診があった。
今年はどんだけ、騎士団の採用試験に焙れたんだよ…。
そんなこんなで、オレと間宮、騎士団の連中の午前中は、ほぼ編入希望受け入れの対応に追われる事となってしまった。
他の生徒達や同居者も、なんだかんだで忙しくしていた。
試験監督としては、オレとローガンがメインで動き、紀乃と騎士団の連中が補助に回る。
貴族編入受け入れの手紙を持った子息・子女を受け入れる為、オレ達だけではどうしても手が足りなかった。
なので、騎士団には急遽増援を頼んで、人手を割いて貰った。
そういや、騎士団と言えば、貴族家に届ける予定だった手紙や試験内容の告知に関して、騎士団から借りた事務仕事が得意な騎士達にお願いしておいたら、気付けば一日で終わっていた。
しかも、最終チェックまで終わってたもんだから、思わずポカーンとしてしまったよ。
………最初から、任せておけば良かった……。
閑話休題。
先程も言ったように、編入希望だけの受け入れで、総数50名。
期間は1週間を目途とし、脱落の際の合否はその都度判断する。
すぐに告知を出したり、試験内容を知らせておいたので、反発の声は少なかった。
むしろ、騎士採用試験でも同じような過程を組んでいるのだから、元々反発する事も無かっただろうが。
だが、それでも問題と言うものは起こるもの。
用意しなければいけないものも多かった。
まず、名簿の名前を覚えなければいけない、なんて面倒な事もあった。
だが、これは現代人らしく柔軟な発想で乗り切る。
騎士団の採用試験の時にもやっていたが、番合制にしたのである。
これなら、名前を覚えなくても、胸か腰、腕に番号を付けて貰えれば照合は一発で済む。
この番号作りに関しては、女子組が頑張ってくれた。
ゼッケンみたいにして、布に貼りつくように工夫してくれたのである。
そんな女子組は、水分補給用のレモン水の作成にも追われていたがな。
オレや生徒達含めて63本って、どんな拷問かと………。
結局、面倒臭い事になったので、終わった後の追及が怖い。
小うるさい連中が黙るまでの辛抱だ、としか言えない。
その後、脱水症状や怪我、万が一の重傷者へも対応できるように、ダイニングにあった医務スペースを裏庭に移動。
ここは、ラピスとアンジェさん、オリビアに担当を割り振った。
『聖』属性が使えるラピスとオリビアに、里では薬師として働いていたアンジェさんだ。
もはや、安定の布陣のようにも思える。
ちなみに、ラピスやアンジェさん、試験監督であるローガンや試験に参加する予定であるシャルは、種族の問題があった。
フードをかぶって耳や角を隠さなければならなかったのだ。
しかし、どうしても試験中は、動く事が予想される。
試験に参加するシャルは下より、試験監督担当のローガンも。
以前、石鹸開発の折に使った理科実験のマスクで、ローガンとアンジェさんの上向きの牙は隠せた。
だが、問題はラピスやシャルの耳と、ローガンとアンジェさんの角だった。
最悪、幻覚魔法の使用を考えていたのだが、これが意外な所でクリア出来てしまった。
ソフィアだ。
最近大人の間でも流行り始めていた、耳当て付きのニット帽。
あれを、手が空いた時間に手芸を楽しんでいたソフィアが、人数分作っていたのである。
なんか、シャルの訓練風景見ていた時に、フードが邪魔そうだと常々感じていたらしい。
そこで、彼女が考えたのが、耳当て付きのニット帽であり、秘密裏に作成していたようだ。
しかも、シャルに作るのであればラピスにも、2人分作るのであれば4人分も変わらない、とそのままの流れでローガンとアンジェさんにも作っていた。
これには、当の本人達ですら驚いていた。
シャルは、黄色と緑とオレンジのストライプで、レースやリボンをふんだんに使ったシフォン系。
ラピスには、白とやや薄い空色を選び、こちらはシンプルなスタンダード。
ローガンには、黒と灰色、ところどころに赤色のアクセントを用いて、冒険者稼業の傍らでも使えるようにパンク。
アンジェさんには、桃色と赤をベースに、これまたレースを使って上品に仕上げたフェミニン。
良くもまぁ、ここまで凝った一品を作成出来たものである。
デザインも然ることながら、使われている色彩のセンスも抜群で、受け取った当の本人達もかなり気に入った様子だった。
ちなみに、現在はオリビアや、生徒達の分も鋭意作成中だとか。
………器用なんてもんじゃねぇ。
元々服を買いに行った時にも、裁縫に興味があったらしい事は知っていた。
それが、以前オレの言っていた事を忘れずに、投げ出さずに頑張って続けていたようである。
もし帰れたとしたら、服飾関係の仕事だって斡旋出来るだろう。
万が一帰れないとしても、彼女ならばこの異世界であっても、旋風を巻き起こすかもしれない。
ただし、
「ちなみに、先生のも作ってあるよ?カツラに飽きたら、プレゼントしてあげる」
「………カツラでは無く、ウィッグと言え!」
なんて言葉も貰ってしまったが。
そして、ハゲている前提での話は止めてぇ!
良く頑張った、と感動したのも束の間、何故か毒を吐かれたので、感動が吹っ飛んだ。
閑話休題。
面倒臭い種族間問題を、表向きだけでもクリア出来たのは、何にせよ僥倖だった。
しかし、問題はそれだけに留まらず。
貴族の子息・子女達の受け入れを開始して早々、新たに発覚した問題。
オレが、例の試験内容の告知資料に、同行者不可の一文を書き加えるのを忘れていたのである。
この異世界では、貴族達は結構子煩悩だったりする。
過保護だったり体裁だったりと、とにかく子どもの行くところには必ず親も出てくる。
という訳で、子息・子女に参観の名目でくっ付いて来た貴族の親が溢れ、一時ダイニングが人でごった返してしまった。
急遽、仕方なく(※ここ強調)男子組を働かせ、裏庭に観覧席を設置。
あまり見せたくは無かったが、お世話になっているパイプ椅子を全て持ち出して。
なんとか急ごしらえではあるが、即席の観覧席を設け、立ち見なんて言う失敬が無いように対応した。
ただ、席順についても地位で揉めそうになっていたので、先着順という鶴の一声であっさり場を収めた。
それ以上騒ぐようなら、退席願う、と言ったらこれまたあっさり黙ったけど。
………やっぱり、立ち見でも良かったかなぁ、とか今更ながら思ったり。
その後、子息・子女の受け入れはなんとか、問題も無く終了した。
受け入れは、な。
問題だったのは、その子息・子女達の格好でもある。
育ちの良さそうな、フリルの付いたシャツとボトム姿ならばまだ良いが、礼服で来るとは何事か。
中には、ドレス姿で登場したご令嬢までいた始末だ。
試験内容の告知書類には、運動を出来る格好だと言っただろうが!
何をトチ狂ったら、そんな格好で運動できる?
と、後で騎士団の連中に愚痴ってみたけど、そもそも運動と聞いてこの世界の子息・子女達がきちんと意味を理解できるとは思わない、との事。
異世界常識崩壊問題。
意味が理解出来ないとか、この先貴族としての義務は果たしていけるのか?
………つまり、馬鹿しかいないって事だろう?
あ、そうそう。
そういや、2日前に商業区でばったり出会ったゲイルにお熱なご令嬢も、やっぱり登録していた。
名前忘れたからどうでも良かったけど、金髪で思い出したよ。
そして、彼女も彼女で、格好がかなり運動向きでは無かった。
降ろし立てだと分かるフリルの付いたシャツに、ぴっちりとした革製のズボン。
余計な装飾ばかりが目立って、コンセプトが行方不明な感じ。
しかも、その所為で浮き彫りになった体のラインは、確実に鍛えていません!って公言しているようなものだった。
………十中八九、ウチへの編入が目的じゃなくて、ゲイルが目的だったんだろうな。
彼女も落第は、ほぼ決定。
そんな問題もありつつ、午後。
昼食の時間ではあるが、最初から弁当持参と銘打っておいたので、然したる手間は無い。
何故か、テーブルセットを広げようとした馬鹿もいたが、「外でどうぞ、そのままお帰りください」と言ったら、滅茶苦茶不機嫌そうな顔で食器を手で持って食べていた。
………アンタのところの息子、落第決まったよ。
他に問題があったとすれば、オレと生徒達が食いっぱぐれそうになって、結局騎士の何人かが食いっぱぐれた程度だ。
………正直、済まんかった。
お金を渡して、休憩時間に食べて来いと言ったら、そんな言葉勿体ないと泣かれてしまった。
君達の中のオレの立ち位置って、本気で行方不明だね。
***
とまぁ、そんなこんなで、受付も終え、その他所用も終え、昼食も終えた時間。
「これまた、随分と賑やかになっていやがるなぁ」
「遊びに来たっす!」
「ギンジ、戦うの見る、初めて。楽しみ」
やって来たのは、ジャッキーだった。
彼には、以前約束をすっぽかしたお詫びに、オレの訓練を見せるという約束をしていた。
いつもの訓練を見せる事も考えていたが、例の貴族の編入希望の件を受け入れる話になった時、一緒に参観して貰えば手間も省ける、と閃いた訳だ。
そう言う訳で、今回の1週間の日程に、ジャッキーも参観する。
最初は貴族達の手前である事を渋っていた彼も、ある条件を提示すれば一も二も無く頷いた。
この世の者とは思えない、肉食獣のような眼をして頷いていた。
………おかげで、オレの背筋が凍り付いたというのは、ご愛嬌。
そして、そんなオレの背筋を凍り付かせた彼の何故か、傍らにはレトにディルもいて、それぞれ嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせていた。
しかし、ディルよ。
………別にオレは試験監督であって、戦う訳では無いんだが?
「しかも、なんでアンタ等まで?」
そしてそして、更に彼等の傍らには、ライドやアメジスもいて、にこやかに手を振っていた。
こちらに対しても、オレは呆れた視線を向けてしまう。
「シャルも頑張るんだろ?」
「応援しに来たの!ついでに、アンタが戦ってるの見てみたくて来ちゃった!」
………どうやら、貴族以外でも、家族の参観は有効だったらしい。
そして、ブルータス、お前もか。
だから、オレは試験監督であって、戦う訳では…(以下略)。
まぁ、見たいというなら、勝手に見ていけば良い。
既に、受付の段階で疲れ切ってしまっているオレからしてみれば、彼等の気安い雰囲気に和むのも事実だ。
特に、レトとディルの獣人姉弟には、かなり癒される。
この試験の後にも、まだ用事があるというのに、最後まで体力(………気力?)が持つか不安になってしまったよ………。
しかし、そんな彼等の雰囲気に呆れながらも和んでいた時、
「あれ?なんか、また馬車が来たっすね?」
「ええ?」
ちょっと遅れて到着した馬車があった。
飾り気のないシンプルな馬車だが、何故か嫌な予感を感じる。
一体何だ?と玄関を開けた先で、
「………済まん、遅くなった」
「申し訳ないが、今回ばかりはお忍びで参観させていただきたく」
これにはさすがに驚いた。
その馬車から降り立ったのは、いつも通り騎士服を纏ったゲイル。
約2日ぶりの生存確認だ。
そして、その彼に続いて降りて来たのは、なんとなんと国王陛下だった。
お忍びと言うのは本当のようで、一見すればそこら辺にいた貴族の馬鹿親である。
だが、白髪交じりの髪はカツラか何かで黒々としたオールバックで誤魔化し、数日前までは生えていた筈の鬚が見事にごっそりと無くなっていた。
おかげで、かなり若々しくなっている。
オレも、声を聞くまで一瞬誰だか分からなかったよ………。
ああ、でも目的は皆まで言わなくても、分かった。
例の馬鹿息子の参観ね。
納得したわ。
確か受付の段階でも、番号が気に食わないと騒ぎ出していた筈だ。
Uターンを迫ったら、渋々口を噤んでいた。
もう、彼が落第候補だというのは、話してしまっても良さそうだが。
それに、
「………来るって聞いてねぇぞ」
「通達出来なくて済まなかった。
国王がお忍びで向かわれると聞いて、急遽オレも出向することになったのだ」
ゲイルが一緒って事もあって、ちょっと目線が鋭くなってしまった。
なんでも、彼は今日非番扱いになっていたらしい。
………良い御身分だな、おい。
しかし、オレ達の確執について、詳細を知らない人間からすれば、この視線は別の意味とも捉えられる。
国王陛下である。
「息子はもう、ご迷惑をおかけしておりましたか…」
勘違いとはいえ、問題を起こした件については速効バレたらしい。
ははは、と乾いた笑いを浮かべておいたが、頭を抱えた国王陛下は、察しているようだ。
若々しく変貌した筈なのに老けて見えたよ。
………馬鹿な息子の所為で可哀想に。
とまぁ、そんな事はさておいて。
時間もギリギリだったので、そのまま裏庭へとご招待。
遅ればせながらお忍び国王陛下にも、席順関係なく観覧席に座って貰った。
ゲイルに対しても、もう気にしない。
勝手にすれば良いと、構うのも億劫で放っておいた。
「整列!お前等はいつも通り。
番号を持っている奴等は、1番から順に、向かって右手から10人ずつ並べ!」
そして、号令を掛ける。
オレが唐突に張り上げた声に、驚いた貴族達が数名見受けられたのは、ちょっとだけ面白かった。
そして、オレの物言いに対し、あからさまに渋面を作る面々もいたが、そちらは放っておく。
口が悪いのも放っておけ。
どの道、そう言った地位や名誉に凝り固まった連中には、ウチの学校の敷居を跨がせるつもりはない。
まぁ、顔には出さないが。
注目の集まる中で、涼しい顔(|※一応、そのつもり)で颯爽と進む。
ぴりり、と微妙な雰囲気と共に漂う緊張感が、自棄に不快だった。
途中で、ローガンが傍らに加わり、ゲイルが騎士団の連中の輪の中へと外れていく。
芝生に車椅子のまま、先に待機させていた紀乃に並んだ。
彼には、本日オレ達の補助として、記録や合図を出して貰う予定となっているのだ。
「さて、これで全員集まったかねぇ」
「………壮観、ダネ」
「………いっそ、滑稽だ」
「………運動場が狭く感じるよ」
そして、冒頭の会話に戻る。
勿論、オレ、紀乃、ローガン、そしてオレの順番で呟いた感想。
目の前には、生徒達。
そして、その横にひしめき合うようにして立っている、貴族の子息・子女達。
今しがた並べ、と言ったばかりだというのに、番号を確認して間誤付いている。
………早くしないと、並べていない奴から順次追い出すぞ。
「並べと言われたのが聞こえなかったのか!」
急かすようにして、再度声を張り上げる。
その際に、またしても貴族達からも子息・子女達からも渋面を作られたが、番号は覚えたから後で覚えておけ。
「おい、オレは王族の人間であるぞ!何故、こんなに後ろに立たねばならん!」
「先着順に配布した番号順だと言っただろうが!テメェの耳は飾りか!?」
しかも、またしてもやらかしてくれた馬鹿王子。
例の国王陛下の悩みの種だ。
また番号について文句を言っている。
しかも、地位を振りかざそうとしている時点で、落第は確定だ。
背後の観覧席で、国王が重たい溜息を吐いた。
「順番も守れんようなら、とっとと出て行け!
ウチの生徒に求める理想は、厳格さと公平さだ!それを持たないなら、消えて貰って結構!」
「き、貴様!王族の私に向かって…ッ!!」
「それはお前の権威では無く、父親の権威だろうが!即座に黙らんと摘み出すぞ!」
恫喝の声を上げれば、最前列で聞いてたいた坊っちゃん達まで竦み上がっていた。
黙り込んだ王子は、そのまま終わるまで口を噤んでおけ。
言っておくが、オレには貴族の権力は効かん。
次に騒いだだら、たとえ国王や貴族達の目の前であっても叩き出す。
さて、始まる前から体力を消耗しつつあるが、気を取り直して始めよう。
整列もなんとか終わったようだしな。
………本当に、トロくさい奴等ばっかりだな。
気が滅入る。
「試験監督を担当する、銀次・黒鋼だ。
『予言の騎士』と言った方が早いだろうが、今回はそう言った地位や名声はすべて忘れて貰う。
敬称も態度も問わない。ただし、言動には注意をしておけ!
お前達の当校舎への編入を左右するのは、試験の結果とオレの一存だ。
その分、オレはお前達を平等に扱うし、差別も偏見もしないが、地位を持ち出した時点で即座に消えて貰うからそのつもりでいろ!」
続けて、自己紹介と共に、簡単なルールを説明。
別に、『予言の騎士』だからと言って、敬ったり顔色をうかがうことはしなくて良い。
この校舎に入学したからには、そういった柵を設ける必要はないからだ。
生徒達も、オレにはタメ口だし、嫌味も暴言も吐く。
その分、オレも容赦なく、叱る。
ただし、それを軽視して良いと捉えるのは論外である。
そう言った人間は、容赦なく落第を申し付け、速やかに退去して貰う予定だ。
ちなみに、オレがこうして珍しく、声を張り上げているのはわざと。
口汚くしているのも、実は演技である。
思い出すのは、数年前に所属した米軍キャンプの高官。
オレが配属された部隊にいた監督だ。
訓練中以外は良い人だったのだが、6年以上前のアフガン戦役で死んだ。
そんな故人である監督(※名前は、ビリーだった)のやり方を真似て、威嚇するような大声で再度声を張り上げる。
「続けて試験監督である、ローガンディア!
彼女は、オレの補助をメインに動いて貰うが、オレと同じように試験の結果を決める事が可能だ!」
続けて、オレの傍らにいた彼女を紹介。
ただ、ファミリーネームは、種族が分かってしまう可能性があるとの理由から敢えて伏せた。
しかし、そこでまたしても、ざわりと空気が揺れ、途端にひそひそと呟かれる私語。
………彼女と呼んだからには、女だと気付いたのだろう。
若干、隣にいた彼女の眉間の皺が増えた。
驚くのは分かる。
………オレも、最初は驚いた。
だが、今しがた言っていた言葉を思い出して、全員黙るように。
「私語を慎め!早速摘み出されたいなら、止めるつもりは無い!」
そして、シン、と静まり返った参加者達。
横合いの参観席ではまだごにょごにょとさざめき合っているが、殺気混じりに睨みつけたら黙った。
最初から、そうしていろ。
「オレと同じく、彼女への言動も注意しろ!
今しがた言ったばかりだが、彼女もお前達を摘み出す権限は持っているという事を忘れるな!」
何度も同じこと言わせんじゃねぇよ、畜生め。
「最後の試験官は、紀乃・常盤。
彼にはオレ達のサポートと記録などを担当して貰う。
試験の経過を誤魔化そうとする不届き者は、見つけ次第コイツが通告する!」
「キヒヒッ、魔法ノ使用モ許可さレてるからネ」
そして、紀乃も紹介。
コイツには補助と記録をメインに動いて貰う。
だが、車椅子移動のハンデを補う為に魔法行使を許可してある。
つまり、サボったりズルしたりした奴、もしくは試験内容にケチを付けたり暴言を吐いた奴には、コイツのお仕置きが待っている訳だ。
………地味に、オレも怖いとは言わないでおく。
「最後に、今回協賛している騎士団の面々!
お前達の監視も然ることながら、アシスタントとして動いて貰うことになっている。
尚、この試験中での彼等の言動は、オレの権限により一切不問とする!
(呼んでないけど、)今回は、騎士団長も同行しているから、その後の追及も無駄だと思っておけ!」
彼等と称した騎士団の面々は、アシスタントとして動いて貰う。
そして、今しがた言ったオレの言葉は、所謂救済措置だ。
今回、騎士団の比較的高い地位の『白雷騎士団』を借りてはいるが、それでも地位云々でいちゃもんを付けられちゃ、協力してくれている彼等もやりづらいだろう。
結構、ギリギリな事も、必要ならやるつもりだしね。
水ぶっかけたりとか、魔法の行使とか。
なので、最初の段階で、釘を刺しておく。
もし、後日になって追及されても、勿論ゲイルもいるし国王もいる。
なので、貴族達の意見は全て封殺する。
だから、盛大にやっちゃって良いよ、と言ったら騎士達も滅茶苦茶嬉しそうな顔をしていた。
恨みでも、………あったんだろうね。
………逆に恨みを買うようなことさえしなければ、問題無し。
閑話休題。
ここまでで大分時間も掛かったし、オレも体力を消耗しているがやっと本題だ。
「では、早速試験を開始する!」
試験内容は、簡単だ。
「これから3時間、オレ達が普段行っている訓練(|の劣化板)を、一緒に行って貰う。
ギブアップも途中での放棄も認めない。
どの道、この程度の訓練で根を上げるような生徒は、ウチの学校にはいらない!」
つまりは、オレ達の訓練に付いて来られる人間だけ、編入させるよって事。
オレが考えていた、悪巧みその1だ。
もういい加減、貴族の編入への打診や、縁談の申込が面倒臭くなってしまった。
王国からの制限も、2月に入ってからは全く意味が無くなってしまっている。
なので、ここにいる貴族の子息・子女達を、生け贄にする。
オレ達の地獄のトレーニングを、身を持って体験して貰うということである。
そうすれば、後々にはゼロになる予定。
オレ達は秘密裏となっていた訓練や活動の一環、成果を見せる事も出来るので一石二鳥である。
これから1週間の期間は、『特別試験期間』として、ここにいる貴族の子息・子女達には毎日同じ訓練を行って貰い、最終日に合否を判断する。
そうすれば、嫌でも分かるだろう。
この校舎で生活するに当たって、どれだけの強靭で頑強な精神が求められるのか。
試験については、既に手紙で通達してあった。
だから、動きやすい格好での参加を義務付けていた訳である。
格好からして馬鹿しかいないのは分かったが、容赦は無い。
「また、配布した手紙で通達してあった通り、怪我を負う可能性は十分に考慮できる。
だが、当方では一切の責任は負わず、救済措置も取らない!
既に、誓約書にサインを受けている為、後々の追及も一切受け付けない!」
ついでに言うなら、途中で怪我も瀕死の重傷も有り得るから、自己責任って通達もしてあった。
なので、手当てぐらいはするけど、こっちには一切責任は無し。
手紙でもちゃんと諸注意は書いてあったし、受付の段階でも誓約書を書かせたので問題は無い。
落第に関しても、文句言う奴は必ず出るだろうが、それは騎士団と王国に封殺して貰う。
だって、黙らせるって最初に約束していたのは、何を隠そう王国側だったのだから。
………使えるコネクションは、湯水のように使ってやらぁ。
ちなみに、最終日には、特別試験も用意したので、乞うご期待だ。
オレの背筋には悪寒が走るが、それでもな………。
話は逸れたが、とりあえずは地獄の訓練、スタートである。
「では、早速、ストレッチを開始!手を横に伸ばして、ぶつからない程度に、」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!」
って、なんだよ、折角始めようとしている時に。
声を上げたのは、参加者側の女性。
おそらく、聞き覚えがあるので、例のゾーイだかゾーンだかのご令嬢。
「えーと、………34番、何か?」
「さ、34…!…私は、ゾーイティファニーと言う名前がありますわ!」
「では、ゾーイティファニー、速やかに用件を」
「………ッ、」
用件も言わずに食ってかかって来た、例のご令嬢ことゾーイ(※面倒だから略す)。
番号で呼ばれたのも、名前を呼び捨てにされたのも気に食わないらしいが、顔を真っ赤にするより先にさっさと用件を言って欲しい。
こっちは、今すぐにでも始めたいのだ。
「この試験内容は、可笑しいですわ!
校舎に入学するだけだと言うのに、試験を課すこと自体も間違っております!」
「………は?」
ついつい、間抜けな声が出てしまった。
ナニ、コノ子、頭ガイッチャッテル?
可笑しいも何も、この試験内容に関しては最初から通達してあった。
ついでに、騎士団への採用試験も試験制で、ウチの校舎もそれに則った形であるからして、試験制度の導入は間違ってもいない。
「最初に通達してあった通りだが?」
「通達があったとしても、納得はしておりませんわ!
この程度の学校に通う程度で、試験を受ける必要も無いではありませんか!」
………やっぱり、この子頭がイッちゃってる。
意味が分からないよ、オレも。
「あのな………、今後オレ達が何をしなきゃいけないか、知ってる?」
「何を当たり前の事を!『石板の予言』を全うされるのでしょう!
ですが、それとこの試験に、何の関係がありますの!?」
いやいや、関係あるからやってるんだけど。
そもそも、『石板の予言』に関して知っているのかすら不明なんだが、この子本当に大丈夫?
女神ソフィアが、『暗黒大陸』に押し込めるしか出来なかった『災厄』が相手なんだよ?
しかも、今はその『災厄』復活の予兆が各所で起きていて、一刻も早く問題解決の為に動かなきゃいけない。
つまり、オレ達は嫌が応でも、戦闘に関しての技術を習得しなきゃいけないの。
それも、女神ソフィアには劣るとしても、それ相応のレベルで。
意味分かる?
なんて、説明しているのは脳内だけ。
このゾーイって子には、多分説明しても理解出来ないだろうし、説明するのも面倒くさいから。
………この子、ここに入りたい目的が、本当にゲイルだけだったんだねぇ。
しかし、この子はオレが黙った事を、勘違いしてしまったようだ。
「そもそも、騎士団長であるアビゲイル様や騎士団を私兵のように扱っておきながら、何を偉そうな口を叩いているのでしょう!?
このような学校で、お遊びのような訓練をしたとしても、貴方も貴方の生徒も、騎士団の足下にも及びませんわ!」
眼を怒りで爛々と輝かせ、饒舌に罵りの声を上げた世間知らずの箱入り娘。
ふと、そこで空気が尖った。
オレの背後から、横合いから、そして正面から。
ゲイル、ローガン、そして、生徒達。
オレ達が行っている訓練の過酷さを知っている面々である。
そして、ここにいるゾーイとやらはそれを知らない。
ついでに、間抜け面を晒している坊っちゃん達も、彼女の言葉に同意して頷いている坊っちゃん・嬢ちゃん達も。
オレ達が、どんだけ鍛えているのか、まったく知らない。
「そうだそうだ!偉そうに!」
「貴族でも無い貴様の元で、何を学ぶというのか!」
「貴様こそ、地位をひけらかしているでは無いか!」
彼女の言葉が呼び水にでもなったのか、ちらほらと参加者達からも不満の声が上がる。
っていうか、今言った奴等に言いたい。
なら、何でこの学校への編入希望に応募しやがったんだ?
………よくも、やってくれたもんだ、この馬鹿女。
早々に摘み出されたいようだな。
どうするか、とふと逡巡。
だが、
「黙れ!」
そこで、恫喝の声を上げた。
途端に、体を竦み上がらせた目の前の少女。
吊り上がっていた眉を途端に下げたゾーイ。
参加者の坊っちゃん達から上がっていた不満の声も、いきなりの恫喝の声に、先ほどと同じく静寂を齎した。
「訓練の過酷さも知らず、意味すらも理解せずに何をほざく!?」
しかし、それはオレじゃない。
背後からのその声は、腹に響くバリトンボイス。
オレも驚いてしまった。
「ゲイル…」
呟いた名前の人物は、オレの背後から殺気すらも滲ませて声を張り上げた。
ここからでも見える彼の眼は、ゾーイとは比べ物にならない程の怒りに満ちている。
「この校舎で学ぶ事は、騎士団でも行っていない教育だ!
訓練も騎士団とは比べ物にならず、ましてやこれから待ち受ける彼等の本分は、もっと過酷なものなのだぞ!!」
更に続いた怒声は、まるで獣の咆哮かとも錯覚出来た。
何故、彼がこんなにも怒りを露にしているのか。
隣にいた騎士達も、見学に来ていたジャッキーも、ましてや参観席にいた国王でさえも眼を丸めている。
「説明を受けたというのに、納得も出来ず、試験も嫌だというなら出て行け!
どの道、貴殿等のような人間が、この校舎でやっていけるとは思えない!
我等がこの場にいるのは全て王国の総意であり、名誉と忠義の為だ!
それを、上辺だけを見て軽んじ、軽視する様な貴殿等など、我等とて守るに値せぬ!」
シン、と何度目かも分からない、静まり返った空気。
乱雑に重く息を吐いたゲイルは、そのままゾーイを射殺さんばかりに睥睨していた。
………少なからず驚いてしまって、オレも二の句が継げなかった。
なんだよ、お前。
下手すりゃ、オレよりキレてんじゃねぇか。
久しぶりに聞いた、彼の怒鳴り声。
獣の咆哮にも似た怒声は、2日前に聞いた事のあるシュヴァルツ・ローランにも匹敵していた。
そして、その言葉に込められていた、いっそ清々しい程の本音。
今までのしがらみも何もかも一瞬忘れて、素直に感動してしまった。
………悔しい。
「邪魔したな、ギンジ。しゃしゃり出て、済まん」
しかし、今しがたの怒声はどこへやら。
オレに対しては、途端に成りを潜めた彼は、相変わらずどこが地雷なのか分からない。
ただ、彼のおかげで、不満の声は一蹴出来た。
「いや、良い。黙らせてくれて感謝する」
今だけは、見せない。
オレ達が、まだまだ喧嘩中で、一方的な絶縁状態寸前だと言うのは、言わなくても良い。
………ただ、何かあったのかね?
ヴィッキーさんに連れて行かれてから………。
まぁ、それは今はどうでも良いか。
「………さて、騎士団長からのお達しなんだが、」
「ひっ…ひぅ…っ!」
こっちはこっちで、驚いた。
先ほどまでは、好き勝手のたまってくれていたゾーイ。
そんな彼女は、今や号泣寸前だった。
オレが見下ろすようにして目線を向けただけで、竦み上がる有様。
………あれ?
「おい、また覇気が漏れてる」
「おっと、失敬?」
………しまった、またやらかしたかも。
横合いにいたローガンから指摘されて、オレもやっと気付いた。
参加者達も心なしか、真っ青な顔でぶるぶると震えている。
慣れて来たらしい生徒達は涼しい顔をしてはいたが、数名は冷や汗を浮かべ、「またキレてる」、「ヤバいやつだ」、「ガチギレなう」とか言っている。
………私語は慎めと言っただろうが。
まぁ、言うのも悔しいが、ゲイルのおかげですぐに怒りは収める事は可能だった。
借り一つにしておこう。
「今回は不問とする。次は無いから、覚悟しておけ」
そして、ゲイルの面に免じて、このゾーイとやらも、今回は見逃してやろう。
………せいぜい、訓練で大泣きしろよ。
言外に告げて、戻らせた。
ふらふらと戻って行く彼女が列に戻るまでの間に、オレも先程のゲイルと同じく怒号を響かせる。
「今言われた通り、騎士団の連中もこの訓練の過酷さを身を持って知っている!」
これは、本当。
実は何度か非番の奴等が参加したりしていたけど、最終的に這う這うの体で帰って行く。
………何しに来ているのか、本当に分からん。
「今後オレ達が活動していくに当たって、必要なのは自分の身を守る術だ!
それには、技術は勿論、魔法の能力も必須!
だが、それ以上に重要なのが、それを可能にする体力と精神力!」
体力が無ければ、戦えない。
精神力が無ければ、生き残れない。
技術も魔法も、最終的には体力勝負。
最悪、逃げるにしても、体力が無ければ、逃げ切る事も容易では無い。
何度も言うが、逃げ切れなかったオレが言うのだ。
間違いない。
「納得がいかないなら、今すぐ消えて貰って結構!
先に騎士団長より言われた通り、どの道そんな連中がこの校舎でやっていけるとは思えんからな!」
吐き捨てるようにして、参加者達を睥睨する。
生徒達も、ゲイルやオレの物言いを聞き、先ほど怒りを覚えた事には溜飲を下げたらしい。
ただ、うんうん頷きながら、「先生、鬼だからね」、「悪魔でしょ?」、「いや、人の皮をかぶった閻魔様だね」なんて、言っている。
………テメェ等、後で覚えておけ。
「………以上だ!他に無ければ、ストレッチ!
それと、テメェ等も私語を慎まんと、放り出すからな!」
生徒達にも一応釘を刺して、ストレッチ開始。
………まだ訓練も開始していないというのに、滅茶苦茶疲れたんだけど………。
「………人間というのは、馬鹿が多いな」
「本当だね。…オレも、その馬鹿の一人だと思うと、泣けてくるよ」
「そんなつもりじゃなかったんだが…ッ」
ローガンも呆れてしまう程の、馬鹿の多さらしい。
本当に、涙が出てきちゃいそう。
「キヒヒッ!鬼ノ目ニも涙だネ!」
「………テメェも後で覚えとけ…」
「ヒィッ…ッ?」
何故か、かなりテンションが上がっている紀乃にまで、毒を吐かれたがこれまた黙らせる。
お前も私語は慎めよ。
溜息が止まらなかった。
***
そして、ストレッチの後。
30分も遅れてしまったものの、ようやく地獄の訓練はスタートした。
まずは、いつも通りのランニングから開始である。
生徒達を筆頭に、参加者の1番から50番まで2列になって、裏庭の外周を走らせる。
(※もちろん、ドレスで参加していたご令嬢もね)
それを、いつも通りの回数よりはやや少ない30周。
(※本来なら50周。これは、シャルを含めた全員の生徒達がクリアできる数字を模索した結果。)
この段階で脱落する人間は出てくると予想している。
そして、回数を聞いた瞬間に、卒倒しかけた面子も大勢いた。
こりゃ、騎士団の仕事も早いうちにやってきそうだ。
………オレとしては、ここで全員脱落して貰った方が、一番楽なんだけどね。
ランニングの周回数に、参観席からも驚きの声が上がっている。
だが、これぐらいなら騎士達も行っている基礎訓練。
驚く事では無いと思っている。
そんな中、
「流石に、騎士団長が認めているだけはあるって訳だ」
「ジャッキーか。………悪いな、やっぱり居心地悪いだろ?」
ふと、ストレッチとは別に準備運動をしていたオレの背後にやって来たのは、ジャッキーだった。
先ほどの騎士団長からの激励に、彼も少し思うところがあったらしい。
苦笑いを零しているところを見ると、オレの心労も察してくれているようだ。
………そのうち、コイツを父ちゃんとでも呼んでしまいそうだ。
ただ、そんなある意味父性本能全開の彼も、次の瞬間には表情が曇った。
あまり楽しそうでは無いのは、仕方ない。
何しろ、彼等獣人に対して真っ向から敵対しているような貴族連中が、同じ空間にいる所為だ。
午前中にも思っていたが、流石にオレも親が参観に来るとは予想していなかった。
だからこそ、ジャッキーの参観を決めていたのだ。
それが、どうだろう。
騎士団に守られるような形で観覧席に収まる貴族達と、オレ達の側に退避するようにして観覧しているジャッキー達。
まるで、見世物状態だ。
ジャッキーどころかレトやディル、ライドやアメジス達ですら、貴族達が気になるのか表情が強張っている。
一応は、ゲイルの親衛隊がバリケードのようになっている。
だが、貴族達の好奇の視線に、晒されている事は間違いないだろう。
………やっぱり、貴族の親なんて帰って貰えば良かった。
「いや、何、気にすんな。
お前が準備運動しているのを見て、参加するのかどうか聞きに来ただけよ」
ただ、ジャッキーは気にするな、といつもの男らしい苦笑を零す。
本当にごめん。
そして、やっぱり、お父さん。
ぐりぐりと頭を撫でくられて、思わずオレも苦笑した。
しかも、彼はすぐさま話題変換。
心配りも出来る、良い親父である。
ついでに目敏く、オレが軽い準備運動をしているのに気付いたようだ。
「ああ、うん。ランニングはオレも参加する」
今日の試験については、オレも半分程度参加するつもりでいる。
オレ自身の特別メニューも織り交ぜるが、それでもランニングは必須だと考えている。
何事も、足腰を鍛える鍛練から始めなきゃいけない。
それに、こうして小うるさい貴族達を参観させたのは、見せしめの意味もあるのだ。
さっきも言ったように、参加している子息・子女達は生け贄だ。
なら、度肝は抜かなければいけない。
その為には、オレと生徒達との、普通との違いは確実にしておかなければ。
走り出してからまだ数分だけど、早くも間宮が周回遅れの参加者達を牛蒡抜きにしている。
既に、この時点で参加者達の目が点だ。
そこに、オレも参加する。
割と本気で、参加して来るつもりである。
「じゃあ、戻ってくるまでよろしく」
「ああ、行って来い」
ローガンには、オレが離れる間の試験監督を任せてある。
そんな彼女も、若干ピリピリしているようだが、マスク越しに微笑まれた。
「キヒヒッ!あんマり張り切ったラ、バテちゃうヨ?」
「言ってろ」
そして、安定の生徒からの嫌味。
………お前は、やっぱり後で覚えておくように。
伊達に、10年鍛えてねぇよ。
むしろ、この程度なら、オレの10歳の頃の修行メニューよりも楽だわ。
(※言ったらドン引きされるだろうから、言わないけども)
と、意気込んで、いざ走り出そうとした時だった。
「ギンジ!」
またしても、出鼻を挫く様にして、背後から掛けられた声。
思わず踏鞴を踏んで、背後を振り返る。
振り返らなくても分かったが、声の主はゲイル。
先ほど、吠えるように張り上げた時とはまた違う、やや戸惑い気味の声で、ジャッキーの後ろから歩いてきた。
そして、
「…悪いが、オレも参加して良いだろうか?」
「は、………はぁ?」
何故か勝手に参加表明をし始めたこの馬鹿が、トチ狂ったとしか思えなかったのは、オレの気の所為では無かっただろう。
***
………なんだろう、アイツ。
思わず、呆然と見てしまった。
2日前の事を忘れた訳では無いだろうに………。
それに、何故か2日前よりも、心無しかすっきりした顔をしている気がして、そこはかとなく苛立ってしまった。
しかも、彼は既に騎士服を脱ぎ棄て、上はシャツ一枚、下はズボン。
ご丁寧に、タオルや水分まで、持参していたようだ。
動き満々の格好で、準備も万端だなんて、仕事は一体どうしやがったのか、と。
………そういや、非番扱いだとか言っていやがったな。
これまた若干イラっとする。
だが、悲しいかな。
このゲイルからの申し出を断る理由が、残念ながら見当たらない。
別にオレも参加するんだし、コイツが参加したとしても入学の合否が問われる訳では無い。
そも、コイツが身体を動かしたいと言っているからには、オレがそれを制限する権利は無いからな。
ただ、あの邪魔くさそうに伸びた髪だけはいただけない。
女子組だって長く伸びた髪を括り、もしくはお団子にまとめているのだから例外は認めない。
どうしても動き回るから、長い髪はどの道邪魔になる。
そんなオレの言葉を聞いて、今はラピスのところへと駆けて行ったゲイル。
おそらく、髪紐か何かを借りに行くのだろう。
その時に浮かべていた、どこか安堵しているかのような微笑みすらも、オレにとっては苛立ちを募らせる結果となってしまったものの。
そんな彼の背中を、
「………なんか、あったのかねぇ?」
「………オレも知らん」
「………すっきりした顔をしていた気はするが、」
ジャッキーとローガンと一緒になって、少しだけ呆っ気に取られつつ見送った。
………なんだろう。
本気で、アイツがトチ狂った気がするのは、オレの気のせいだろうか。
まぁ、そんな微妙な雰囲気も、
「あ、先生。早速、一人脱落したヨ♪」
「………え?もう?」
自棄に嬉しそうな紀乃の声によって発覚した、参加者一名の脱落で霧散したが。
………例によって例の如く、脱落したのはドレス姿で登場したご令嬢だったよ………。
しかも、理由は靴ずれで。
ヒールで走るからそうなるに決まってんだろうが!
運動の意味を、辞書で引いてから出直してこい!
開始7分で、早速のご退場である。
まだ、始まったばかりだと言うのに、かなり疲弊しているのか重苦しい溜息が洩れた。
この後、まだ用事があるってのに………ッ!
………オレ、最後まで持つだろうか………?
***
貴族家の子息・子女編入希望受付、試験訓練1週間体験入学・1日目。
まだ1日目だというのに、既にほぼ落第が確定している編入試験。
そんな、出来レース一歩手前の試験の第一関門は、ランニング。
裏庭の外周ただひたすら30周という、オレ達にとっては簡単でも貴族の坊ちゃん・嬢ちゃん達からしてみればかなりハードなプランだ。
そんな耐久ランニングを開始して、早30分。
最初の1名が脱落してからも、なんとか参加者達は持ち堪えていた。
ただ、半分も満たない周回であるにも関わらず、既に顎を上げて見るからに苦しそうだ。
生徒達は、シャルも含めてとっくに後半戦。
しかも、安定の間宮や榊原、徳川、永曽根達は、既にゴールして筋トレに入っている。
筋トレは、いつも通りながら、腹筋、背筋、腕立て伏せ、倒立腕立てを各100回ずつ。
その後は、鉄棒を使った腹筋と懸垂を、それぞれ50回だ。
生徒達は、このトレーニングを、強化訓練を開始してから、毎日行っている。
斯く言うオレもゲイルも、既にランニングは終了。
今は、生徒達と同じく、筋トレで汗を流していた。
何故か、突然参加表明をしたゲイルは、どうやらしばらく書類仕事ばかりをこなしていたらしい。
体を動かしたくてウズウズしていたようだ。
しかも、先ほど甘ったれた事を抜かした貴族の子女、ゾーイに怒鳴った手前もあって、訓練の過酷さを身を持って体現したい、との事。
………トチ狂った訳では無かったんだな。
安心した。
そういや、組み手以外では、コイツが訓練に参加するのってかなり珍しいかもしれない。
まぁ、閑話休題。
生徒の中では、間宮もそうだったけど、オレとゲイルもかなり飛ばしていた。
おかげで、参加者も参観の貴族達も眼をひん剥いて驚いていた。
悪巧みその2。
オレ達との格の違いを、見せつける、である。
走り始めて数秒でトップスピードまで持って行って、1周を20秒フラット。
参加者達等目もくれず、2周目で生徒達を追い越し、3週目で間宮を追い越し、後は同じスピードをキープしたまま独走を続けた。
途中でへばっていた参加者達に、毒吐いたりもしたのはご愛嬌。
例のゾーイ侯爵令嬢にも、「この程度でへばっておいて、よく大口叩けたな」と嫌味を投げかけながら、ひたすらに30周。
ちなみに、ゲイルもかなりハイペースで付いて来ていた。
間宮までとは行かないが、榊原の次ぐらいには30周をクリアしてゴールしていた。
………何故か、そのまま31周目に突入しようとしていたから吃驚したけど。
体力有り余ってたの?
さて、またしても話が逸れたが、生徒達のほとんどがランニングを終える頃。
「はい、脱落♪」
なんて紀乃の楽しげな声と共に、参加者からの脱落者が一気に増えた。
周回は、やはり半数にも満たない。
まずは、礼服や動きにくそうな服装、靴などを履いた奴等から。
次に、明らかに貧相、もしくは肥満体型をした奴等。
時間の経過とともに、まるでドミノ倒しでも見ているかのように、脱落していった。
その場で足を縺れさせて転んで、そのまま起き上がらなくなる者。
転んで痛みを訴えて、涙声を上げる情けない坊ちゃんもいた。
糸が切れたかのように倒れ込む者や、吐いて蹲り動かない者もいたし、中にはもう嫌だ!と投げ出して、逃亡した者もいた。
………ほとんど予想していた結果となって、地味に面白かったのは内密にしておく。
おかげで、アシスタントの騎士団が大活躍だ。
彼等には、ギブアップした連中の回収もお願いしてあったから。
ちなみに、生徒の中では最後にゴールしたシャル。
時間はまだまだ遅いが、彼女としてはかなり頑張った結果となっているので、確実に進歩はしている。
まだ1週間程度ではあるが、着実な成長を目の当たりにしてじーん、としている。
やっぱり、最近、生徒達が子どものように感じている、今日この頃。
「………お前は、貴族達の眼を落としたいのか?」
「落ちる目玉なら落としとく。うるさくないなら、万万歳」
ローガン曰く奇抜な方法、棒の上での腕立て倒立をしながら、内心をお送りします。
まだまだ眼をひん剥いている貴族達の視線も敢えてスルー。
ローガンの物言いには少しだけ笑ってしまったけど、言葉の通り目ん玉落としてそのままどっかに消えて欲しいのが本音だ。
これまた、話が逸れた。
成長もひたむきな根性も涙ぐましいシャルが水分補給をする頃。
その頃には、結局、参加者のほぼ全員がギブアップしていた。
残っていたのは、たったの3名。
それでも、もうほとんど息絶え絶えとなりながら走っている。
………国王陛下の馬鹿息子?
最初の段階で、吐いて蹲って動かなくなったに決まってんだろうが。
ちなみに、34番ことゾーイも上に同じく。
卸し立てだっただろう衣服を汚して、呆然と座り込んでいた様は見ていて滑稽だったよ。
「あ、でもあの42番と、33番は意外と粘るな………」
「ウン、そうダネ。42番ハ半分超えたシ、33番ハしっかり一定ノペースデ走ってるヨ」
ただ、意外な事に、この3名の中にただ一人ご令嬢が残っていた。
茶色の髪の、涼しげな目元をした適齢期一歩手前のご令嬢だったが、文句を言うでもなく黙々と走り続けている。
記録を担当している紀乃曰く、42番のこれまた茶髪の坊ちゃんは現在15周。
33番こと茶髪のご令嬢は、13周みたいだ。
残りの1人は、金色のくりくりの髪を靡かせた、いかにもな貴族の少年。
王子様、と連想できるような風貌の少年だ。
番号は21番で、今現在は10周を回ったところ。
………ただ、あの顔色からすると、そろそろリバースして動けなくなるだろう。
と、さっきから楽しくなって来た脱落過程を予想していた最中、
「………これは、何回続けるんだ?」
「………好きなだけやれば?」
そんなオレの下で、これまた腕立て倒立をしているゲイルから声を掛けられて、思考は中断された。
コイツはコイツで、やっぱり何をはっちゃけているのか、体力馬鹿を発揮しているようだ。
トチ狂ったかと思えば、オレと同じメニューをこなそうと躍起になっている。
やっぱり、見ていて、イライラする。
好きなだけと言ったが、あの残った3名の参加者達が終わるまでやっていそうで怖い。
しかも、
「こりゃ良いや。素振りだけじゃ、どうしても鈍っちまうからよぉ」
「ううっ、これ、キツイっす…ッ」
「でも、楽しい。これ、オレもこれから、やる」
ゲイルと同じく、何故か参加してしまっているグレニュー親子。
オレと同じように、片腕で腕立て倒立をしているジャッキー。
倒立は出来ても腕立ては出来ないレト。
父親同様、腕立てまでしっかり出来ているディル。
この親子、見た目同様熱血系で、見ているだけでは飽きてしまったそうだ。
オレがこの腕立て倒立を開始した直後にフラっとやってきて、ちゃっかりゲイルの隣に並んで混ざってしまった。
これには、オレが呆然とした。
まぁ、貴族達の視線に晒されるのが、居心地悪かったんだろうな、とは察しが付く。
なので、今は好きなようにさせておいた。
しかも、ジャッキーに至っては、かなりハイペース。
普段が酒呑みのダメ親父とは思えない動きで、しかもやや体勢は崩れているがしっかりこなしている。
レトは厳しそうにしているが、ディルはまだまだ楽しそう。
………何この、体力馬鹿がいっぱいな構図。
だが、体力馬鹿と言われるなら、不服ではあるがオレも一緒。
オレもそろそろ腕立て倒立の回数が、600を数えそうだ。
いつもの回数ではあるが、この次に片手懸垂をするつもりでいるオレとしては、そろそろ腕が限界であった。
生徒達は、いつも通り腹筋や背筋等の筋トレ中。
だが、やはり間宮や、ランニングの早かった榊原、徳川、生徒の中でも体力馬鹿の永曽根や香神は、既に筋トレも終了していた。
一旦休憩を取らせつつも、体力が有り余っている奴等には対人組み手。
もしくは、魔法能力向上の為の瞑想、及び魔力消費を言い付けておいた。
榊原と徳川は組み手、永曽根が瞑想、香神が延々と魔法を使って維持という構図が出来上がる。
最近のルーティンである。
まぁ、榊原も永曽根も魔法の属性が『闇』だから、表立って魔法の行使が出来ないから仕方ない。
その分、榊原は怪力の徳川と組み手を行う事で、受け流す技術を磨いている。
対する徳川は、延々と同じ事を繰り返す事が苦手。
なので、流れによって動きが変わる対人組み手は性に合っているらしい。
逆に香神は、詠唱の暗記も早く魔法の行使が得意と言う事。
おかげで、魔法の維持訓練を、楽しみながらやっているようだ。
ちなみに、間宮は結局どれにも参加せず、オレの隣の棒の上で片手腕立て倒立。
最近、ブラックアウトが無くなった為、回数こそ少ないがオレの鍛練と同メニューをこなしている。
と、生徒達すらも格が違う状況を見せつけたところで、
「はい、脱落~♪21番、死亡しましタ~」
これまた紀乃の楽しげな声と共に、3名残っていた参加者の1人、例の王子様風の金髪坊ちゃんが脱落した事を聞いた。
見れば、片隅で蹲って、リバースしているようだ。
やっぱり予想通りだったので、苦笑も漏れない。
「………そりゃ、簡単に付いて来られても困るしね、っと」
そこで、オレも腕立て倒立を終了し、棒の上から地面へと降りる。
頭に上っていた血流が下がってくる感覚が、この時期特有の温い風と相まって心地良い。
「次は何をするんだ?」
そんなオレの傍らで倒立を辞め、地面に座り込んで血流を下げるゲイル。
だくだくと流れ落ちる汗で、薄らとシャツを透けさせながら、傍らに置いてあった水筒を傾ける。
普段下している髪をアップで纏め、ラピスに結って貰ったらしくお団子頭。
なのに、男らしいゲルマン系の顔の所為で、女々しく見えない神秘。
………素直に悔しいし、イラッとしてしまう。
そんな彼の普段見る事の無い悩ましい姿を見てか否か。
既にギブアップして芝生に座り込んでいたご令嬢方が眼を輝かせている。
………そんな元気があるなら、まだまだ走って来て構わんぞ?
ただし、そのゲイルと(表向きには)親しげに会話している事もあって、オレはそのご令嬢方の敵意の視線にさらされる。
………コイツの所為で、後ろから刺されるのは勘弁してくれ。
というか、こいつ、本気でオレと同じメニューをこなすつもりか?
体力馬鹿を通り越して、頭がおかしくなったのと違う?
「オレは片手懸垂。お前は、両手で良いだろうけど?」
「ああ、そうする。オレには、まだ片手では無理だ」
そう言いつつも、立ち上がったゲイルはオレの予想通り同じ訓練メニューをこなすつもりらしい。
本気で体力馬鹿、というか体力が有り余っているのか?
少々、そんな彼の不可解な行動に首を傾げてしまうが、
「(親鳥を追いかける雛みたいですね)」
「………こんな馬鹿な息子を持った覚えは無いぞ…」
「………何の話だ?」
オレと同じように、腕立て倒立を終えて、地面に降り立った間宮の一言で、ややげんなりさせられてしまった。
誰が親鳥だ、コノヤロウ。
生徒達は可愛い子どものように思えても、こんなデカイ馬鹿息子はいらん。
読唇術が使えず、間宮の言った言葉が分からなかっただろうゲイルが怪訝そうな顔で見上げてくる。
この表情にすらもイラッとする辺り、もう本格的に駄目かもしれない。
***
しかし、そんなイライラを鍛練で解消している時であった。
「ギンジ!ラピスが呼んでいるぞ!」
オレを呼んだローガンの声に振り返ると、彼女の傍らにいたラピスが手招きをしている。
その表情はにこやかではあるが、何やら苛立ちも混ざっている気がする。
何だろう?
待たせても良い事は無いだろうから、そのまま鍛練を一時中断して彼女達の下へ。
「どうした?」
「どうもこうもあるか。怪我をして喚いている小僧が五月蠅いのじゃ」
「………ああ、さっきの情けない坊ちゃんね」
転んで膝を擦り剥いたとか言って、情けなく泣き喚いていた坊ちゃんだ。
騎士の連中に回収して貰って、医務スペースに突っ込んでおいたけど、まだ治療が終わってなかったらしい。
「私は良いが、アンジェやオリビアに怒鳴り散らして、手が付けられん」
「うん、分かった。放り出す」
そして、ラピスの一言から察した現状に、有無を言わさず摘み出す事を決めた。
ラピスにも勿論だが、アンジェさんやオリビアに怒鳴り散らすなんて言語道断。
仮にも手当てしてくれた人間に対する態度では無いし、女子どもに怒声を張り上げるのも論外だ。
と言う訳で、ラピスと共に医務スペースへ移動。
あんまり気になってなかったけど、結構うるさく騒いでいるらしく、ラピス達の護衛についていた騎士も困り顔をしてしまっていた。
「こんな事をしてただで済むとは思うなよッ!
僕の家は、由緒正しき伯爵家だからなッ!
身分を弁えないお前達なんて、すぐに奴隷に落としてくれる!」
「そうかいそうかい、明日には無くなるかもしれん伯爵家だな」
「ギンジ様…ッ」
入ったと同時に聞こえて来た言葉には、もうオレが我慢する理由が無くなった。
怒鳴り散らしていた挙句に、奴隷落ちさせるだと?
のたまいおったな、このクソ餓鬼が。
アンジェさんは少々気不味そうで、オリビアは半分泣きそうになっている。
とか思っていたら、オレが入ったと同時に、オリビアが泣いた。
「この人酷いんです!私はまだ良いですけど、アンジェさん達を娼婦とか言いましたの!」
「………うん、分かった。落第決定」
ついでに、この情けない坊ちゃん曰く、由緒正しい伯爵家の取り潰しを国王に迫ってくる。
………オレ達の女神様を娼婦扱いしたって?
しかも、この口ぶりだと、アンジェさんやラピスまで。
何、オレの一存じゃなくても、『聖王教会』に申し出れば一発だ。
「な、何を馬鹿な事を!お前なんかに、そんな権限があるものかっ!」
「あるの。オレ、国賓なの。
そして、お前が先ほどから罵っているのは、『聖王教会』の列記とした女神様と、国賓であるオレの客人と、ウチの学校の医療スタッフ代表なの」
そう言って、坊ちゃんの襟首を掴んで、医務スペースから引きずり出す。
まだ何かを喚いていたが、そのまま吊るし上げた。
「このクソ餓鬼の親はどれだ!出て来いコラぁ!」
「む、息子に何を…!」
「落第決定だ、クソ貴族が!
ウチのスタッフを貶したばかりか、女神様まで軽視しやがって!
ついでに、テメェの家の取り潰しも国王に迫っておくからな!」
そして、投げる。
ラピスにも言った『放り出す』というのは、文字通りの意味である。
これまた情けない悲鳴を上げて、地面にべちゃりと落ちたクソ餓鬼。
慌てた貴族の豚親が駆け寄っているが、親も含めて情けない親子の後ろ背に、殺気を投げる。
その場で、親子揃って失禁しやがった。
奴隷落ちだのなんだのと騒いでいたが、その報いはテメェ等が身を持って知れ。
奴隷になった暁には、見世物小屋よろしく拝みに行ってやる。
そう言えば、真っ青な顔で竦み上がって、親子揃って逃げ出した。
よたよた、ばたばたと、最後まで情けない。
しかも、怪我をしたと泣いていた割には、騒ぐほど痛くも無かったんじゃねぇか、馬鹿餓鬼が。
「文句があるなら、騎士団の採用試験に合格出来なかった自分を恨め!」
その情けない貴族の親子に、心理攻撃も与えて、やっと溜飲が下がった。
この学校に流れて来て、にっちもさっちも行かないのは、その程度のレベルだからだ。
騎士採用試験に焙れたから、まだ簡単そうなうちの校舎に流れたのだろうが、大間違い。
言っておく。
ウチの編入規定は、悪いが騎士団よりも更に厳しく狭き門だ。
さっきの家の名前、控えさせておこう。
このクソ面倒臭い編入試験が終わったら、即座に潰しに掛かってやる。
ガチギレとまではいかないが、流石に堪忍袋の緒が切れた。
恫喝の声を上げつつも、観覧席に紛れた国王に向けても殺気を叩き込んでおく。
………テメェ、落とし前は付けて貰うからな?
さっきの伯爵家の取り潰し云々は、決してブラフでは無い。
そして、騒然となった貴族達の目線も、わざと怒気を滲ませて跳ね退けておく。
地位や爵位だって、オレ達には何の効果も無い。
そう、言外に込めて。
そもそも、最初に言っておいたことを、まったく理解していなかったとは、呆れるばかりである。
「ガチギレじゃん」
「いや、あれはまだ、7割っしょ?」
「………ナイフ持ち出したら、9割だもんね」
「まぁ、オリビアまで、貶したなら、当然の報いよね」
………そこの女子組4人、私語を慎め。
シャルの言葉には激しく同意するが、前3人の言葉には物申させて貰おう。
「エマ、ソフィア、伊野田!ランニング5周追加ぁ!」
「げっ、とばっちり!」
「嘘!?先生の鬼!」
「もう、いやぁあ~~っ!」
今回の試験中は、生徒達であっても私語は許さん。
よって、ペナルティ発生ということで、もう一度ランニングへと送り出した。
「あ、あたしは、良いの?」
「友達想いな一言だったから、免除」
「………と、当然でしょ」
まぁ、彼女はもう体力的に限界だろうという予想もあった。
だが、唯一オリビアを心配している心情が漏れていたので、免除しておく。
ただし、今やっている腹筋100回を最後までこなせなければ、彼女もペナルティ確定だがな。
「鬼だな」
「悪魔っすね」
「………ギンジ、怖い」
そして、グレニュー親子からも、生徒達から良く言われるフレーズをいただいた。
鬼だの、悪魔だの、人でなしだの、否定も出来んから、褒め言葉として受け取ろう。
睨みつけても効力は無かったので、ランニングを申し付けてやろうかと思ったが、ジャッキーとディル辺りは嬉々として走り出してしまいそうだったので止めておく。
「はぁ、やれやれ。やっと五月蝿いのがいなくなったのう」
「悪かったな、3人とも」
大変な思いをしたであろうラピス達には、素直に謝っておいた。
ゴメンね、とばっちりで、酷い言葉言われちゃって。
彼女達には、報酬の名目で何か詫びをしなくてはならないだろう。
「ふむ。今日は、ぱーっと騒ぎたいものじゃ」
「いえ、お気になさらず」
「私も、気にしておりません。でも、出来れば後でぎゅーっとして欲しいです」
と、報酬云々言う前に、返答が来た詫びに関しては、ラピスは飲み会決行で、アンジェさんは保留。
………ただ、ラピスは結局、このあと飲みに行くであろう事は忘れないでね?
オリビアは後とは言わずに、今すぐぎゅーっと抱き締めて、ついでに頭を撫で回しておいた。
きゃーっ、と可愛らしい歓声を上げて、オレに引っ付いた彼女。
やっぱり女神様は、本日最大のオレの癒しだったよ。
「これこれ、また変な噂が広がるぞ?」
「それよりも、オリビアを慰める方が先」
「………はぁ、女神も幸せ者じゃのう」
「はいっ」
ラピスの目線は、オレを親馬鹿だと生暖かかった。
だが、親馬鹿だって?
先程ゲイルには親では無いと言った手前ではあるが、彼女ならオレが子どもに欲しいもんだ。
世界中に反対されようが、オレが許す。
「(………わ、私もお願いすれば良かった)」
「(………くそぅ)」
若干、彼女達からの視線に混ざっている棘のようなものに、思わず身震い。
悪寒が走った。
面倒なことになってゴメンよ、2人とも。
後で、お詫びでもなんでもするから、今はその内心をどっかにしまっておいてください。
あ、そろそろオレも鍛練に戻るね。
居た堪れなくなったので、そのまま泣きべそのオリビアを肩にひっ付けたまま彼女達に背を向けた。
………逃げたとは、言わないで欲しい。
「(………鈍感ですねぇ)」
「………あれに気付かないのも、相当だと思うんだが…?」
「………何の話だ?」
そして、戻ってきた時の、彼らの一言に対して、今度はオレが意味不明な番だった。
悔しいが、先ほどのゲイルの気持ちが少し分かった。
何の話か、本気で教えて?
頼むから。
***
馬鹿いっぱいと、その馬鹿を甚振って楽しむ鬼畜教師降臨。
とはいえ、今回はちょっとはっちゃけ過ぎて、文字数がいつもよりも圧倒的に多くなってしまうという結果になってしまいました。
もうちょっと淡々と書こうと思っていたのですが、残念ながら私の指は自重してくれませんでした。
脳味噌洗浄して出直して来ます。
誤字脱字乱文等失礼致します。




