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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新参の騎士編
91/179

80時間目 「道徳~知りたかった真実と、知りたく無かった事実~」4

2016年6月1日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

最近、投稿も改稿も何故かスムーズに進んでおります。


最近読んだ小説の中に、「漫画家も小説家も、嘘の世界を構築する人間である。その為、現実と嘘の世界の二つの人格を持っているものである」というワンフレーズがあって、痛く感動しました。

ご都合主義は多々ありますが、作者もそうでありたいと思っております。


80話目です。

ご感想やコメントをいただきありがとうございます。

とても、励みになっております。

***



 まぁ、怒られたもんだわ。

 何が?

 ………オレが、例の部屋で5時間も行方不明になった事だよ。


 まさか、5時間も経っていたなんて思わなかった。

 必要な情報も、意味不明な情報も得られるものは多かったが、それにしても随分と長居したもんだ。

 オリビアも泣く訳だよ。

 イーサンにもマジで、申し訳ないことをしてしまった。


 けど、それ以上に応えたのは、ラピスとローガンのお説教である。

 オレが消えたのは不可抗力だったとは言え、心配させるな、自覚が足りない、少女を泣かせるな、等などと数々の苦言を貰って、結局解放されたのは2時間後の午前1時だ。


 『聖王教会』に出向いただけで、何故ここまで精神的にゴリゴリと削られなければならなかったのか。

 オレだって、いろいろ情報が出て来すぎて頭がパンク寸前だったのに。

 

 しかも、運が悪いことに、この日は丁度もう一件の用事が控えていた。

 例の新規の武器商人では無く、オレが独自に持っている裏ルートの武器商人との密談だ。


 火縄銃やマスケット銃、それに類似した近代武器の流通。

 それをストップさせたい、あわよくば回収したいという名目で渡りを付けていたのに、約束の時間はとっくに過ぎていた。


 ………いや、まぁ、1時間程度なんだけどね。

 元々、午前0時にスラムの酒場で落ち合うってだけの話だったし。


 それでも、時間に遅れるルーズな男、どころか約束をすっぽかす非常識な男というレッテルは最低限避けたい。

 との名目で、そのままオレはラピス達の反対を押し切り、校舎の前で別れた。

 オリビアがまたしても、ワンワンと泣いてしまったけども、こればっかりは最初の予定通りだから仕方ない。


 そして、またしてもラピス達から付き付けられる痛い視線。

 冷気と熱気の両極端の視線は、マジで怖かったよ。

 ………オレ、本格的に彼女達の尻に敷かれる可能性が高いよな……。


 まぁ、それはともかく。


 その後、なんとかスラムの酒場を見つけて、まだ待っていてくれた律儀な武器商人に謝罪。

 ついでに、お土産なんかも渡しておいて、ご機嫌取り。

 ………いつぞやの白竜王陛下オルフェウスからの贈り物から、物色して来た酒だがな。


 しかし、稀少価値の高いものだったらしく、武器商人もご機嫌にはなってくれた。

 そこで武器商人の管理する事務所のような場所へと、本格的な商談場所を移してようやっと本題。


 色良い返事かどうかは分からないが、武器の形状を伝えたとしても見た事も聞いたことも無いとの事だった。

 ただ、市場に出回っていた場合には、また買い占めておいてくれるという言質は取った。

 以前、ラピスの魔法具の時にも使った方法である。

 しかも、他の武器商人達にも話を通し、優先的に情報を齎してくれるなんて事も約束出来た。


 ………これも、あの白竜王陛下オルフェウスからの酒の力だろうか。


 全てが終わったのは、夜中の3時だった。

 流石にオレも疲れ切っていて、そのまま飲みに行く気にもなれない。


 校舎に帰ってから、即座に風呂へと直行。

 そのまま、その日は何もせずに就寝する事を決めた。


 勿論、やる事リストの更新もしなかった。

 今はまだ、情報がごちゃごちゃし過ぎていて、まとめられなかったという理由もある。


 それから、精神世界へのご招待も無かった。

 今日ばっかりはオレも、思うところがあり過ぎた。

 アグラヴェインに対して、拒絶反応を示したようである。


 おかげで、快眠と言う訳では無いが、日が昇る時間までは眼覚めることは無かった。


 例の問題が発生してから、5日が経過した。

 召喚者達の事も、他の国に出没しているという『予言の騎士』達の事も、ましてや近代武器の一つである銃を開発してしまった冒険者の事も、ほとんど手つかずのまま。


 ………過密スケジュール、もうちょっと上手いこと調整しなきゃね。


 ただ、やるべきことだけはやっておいたよ。

 風呂に入った時に、焦げちゃっただろう黒髪の部分は綺麗さっぱり切っておいた。



***



 そんな怒涛の一日を終えた、翌日の事である。


 生徒達には、一日休みを言い付けた。

 それは何故か。


「ランクアップが終わっていない生徒達は、改めて冒険者ギルドに連れて行く。

 ジャッキーからは、ノルマ整理は必要無いとの事だったので、支度だけして校舎前に集合」


 まずは、1つ目。

 居残り組だった生徒達の期末試験は終わったが、送迎組の生徒達は結果報告も何も無い。

 なので、ランクアップの度合を見て、例の秘密裏に書き貯めておいた通信簿への記載を決めた。


 と言う訳で、以前送迎組に組み込んでいた、間宮、榊原、伊野田、河南、紀乃の5名を冒険者ギルドへ。


 残りの生徒達には、訓練と魔法の自主練習を言い付けておく。

 シャルに至っては、まずオレ達の本格的な訓練に付いてこられるようになるまでの体力作りからスタートだ。

 これには、ラピス達が付いてくれるようなので、無茶はさせないだろう。

 まぁ、初日から無茶をさせたオレが言うのも難だが。


 ただ、シャルがまだまだやる気である事は分かって良かった。

 お得意の負けん気が功を奏してか、ダウンした翌日であってもしっかり訓練に備えて、朝からトレーニングに入っていたしな。


 そして2つ目の用件は、冒険者ギルドでジャッキーに話を聞く事。


 後2日もしたら、Sランク冒険者を集めた主要会議を開く予定らしいのだが、今回は生徒達のランクアップを打診したついでに、改めて彼に詳しい話を聞きに行く事を決めた。

 どの道、ランクアップの時には、どうしてもオレが手持無沙汰になってしまう。

 (※だって、Sランクだからこれ以上ランクが上がる事も無いだろうし、上がられても困るし)


 その時間を有効活用して、例の『頬に傷のある冒険者』の話もしたかった。

 後、ついでに最近増え始めた悩み事の相談もしたい。

 オレよりも長く生きている分、ジャッキーも少なからず良い相談役になってくれるだろうしね。


 ………最近、人間と言うか友人不信だったから、丁度良い。


 そんな事を考えていたからか、噂をすればなんとやら。

 ふと、そこで玄関の扉が開いた。


「ああ、丁度出掛けるところだったのか?」


 玄関から丁度良く入ってきたのは、ゲイルとその部下達(しんえいたい)だった。

 ゲイルの手には、またしても封筒が握られている。


「………連絡付いたのか?」

「ああ。これが招待状で、午後12時からの約束を取り付けてある」

「了解。午後12時なら、まだまだ余裕はあるな」


 そして、2つ目の用事は、『魔術ギルド』とやらへ出向く用件だ。


 以前、オレ達に奇襲を掛けて来たナイフの持ち主は、ナイフに『防魔』というチート能力の付与をしてあった。

 それも、全部で35本と言う大量のナイフにだ。

 そんな本数を用意するのは、騎士団でも莫大な予算がいるとは、ゲイルの談。

 大盤振る舞いにも程があるこのナイフの本数を考慮し、おそらく相手は何かしらの組織に与している、もしくは率いていると踏んだ。

 今回のナイフでの襲撃者に関しては、例の『頬に傷のある冒険者』に関係している可能性が高い。


 そして、その『防魔』の付与を施せるのは、鍛冶の際に最初に付与するか『魔術ギルド』で付与して貰うかのどちらか。

 今回の本数から行って、『魔術ギルド』で大量に注文した可能性が高いとの事だ。


 と言う訳で、午後からは『魔術ギルド』へと出向き、情報が無いかを探る。

 あわよくば最近またしても増え始めているコネクションを得て、各地の『魔術ギルド』でそう言った大量注文が無かったかも確認して貰う事にしていた。


「例の件も、既に手配済みだ。先に着替えてくる」

「分かった。なら、計画通り、今日のうちに話をつけに行こう」


 そして、最後の1つとしての要件。

 新規の武器商人の件だ。

 今回は、オレと間宮、ゲイルの3人で出向く事は既に決定している。

 そして、ゲイルはいつもの騎士団の甲冑を脱ぎ棄て、私服へと着替えて貰う事も了承して貰った。

 流石に、騎士団長自ら行ったら、出るもんも出ないでしょ。

 勿論、埃の話であるが。


 昨日と同じく、武器商人に近代銃火器が市場へと出回ることの無いように打診したい。

 もし原本や設計図も持っているのであれば、追って回収も検討している。


 生徒達の用件と、『魔術ギルド』の用件、武器商人への用件が終わり次第、オレもやっと書類に取り掛かる事が出来るようになる。

 そろそろ、リミットの1週間(※編入希望受け入れの試験)が近いので、そろそろラストスパートをかけなければ間に合わないからな。


 ともあれ、今日も予定が詰まっている。

 準備を終えて、少しわくわくしている生徒達の顔を眺めつつ、さくさくと進めていく事を決めた。



***


  

 そんなこんなで、冒険者ギルドへと出向いた矢先、


「おっ、珍しいな!お前が、直接来るなんてよぉ」

「今日のうちに連絡しておいただろ?」

「約束すっぽかされたのは、まだ忘れてねぇよ」

「………謝ったし、条件だって飲んだじゃんか?」

「はんっ。それはそれ、これはこれだ」


 開口一番に出迎えてくれたジャッキー(※尻尾が滅茶苦茶揺れてた)に苦笑を零しつつ、早速用件に入る。

 生徒達のランクアップも、オレの相談も既に話は通してあった。


 なので、生徒達はランクアップの作業へ。

 オレは、ジャッキーに案内されて、カウンター奥の階段へ。


「あまり騒がないように。それから、クロエにも迷惑掛けるんじゃないぞ」

「分かってます!」

「オレ達そんな餓鬼じゃないけど?」

「心外だね」

「心外ダネ」

「(行ってらっしゃいませ)」

「はいはい」


 生徒達からじとっとした、若干冷たい視線を受けた。

 最近、やっぱり生徒達の事を、我が子のように認識している気がする。


 まぁ、間宮もいるし、護衛の騎士達も付いているから、問題は無いだろう。

 私服姿のゲイルが、若干居心地悪そうにしているが、どうでも良い。


 今日も可愛らしい受付のクロエに生徒達を任せ、オレはジャッキーと共に階段を上る。


 しかし、案内されたのは、彼の良くいるギルドマスターの執務室では無く、プライベートルームの方だった。

 いつぞやお邪魔した、自宅の方だ。

 あれ?これは一体、どうしたもんだろう。


「あ、の…ジャッキーさん?」

「まずは、そこら辺に座って、ゆっくりしてろ」


 そう言って、オレをリビングに残し、キッチンへと消えてしまったジャッキー。

 ………おいおい。

 今から、飲むとか言い出さねぇだろうな。


「お前、気付いているか。死にそうな顔してやがるぞ」

「………いや、そこまで、疲れては、」

「見た目が既に、死にかけてんだ。しかも、あんまり寝てねぇだろ?眼が充血して兎みてぇになってんぞ」

「………マジか」

「マジだ」


 それは気付かなかった。

 というか、今日は予定が多いからって、自分自身もさくさく準備しちゃったから鏡見ている余裕も無かったし。

 言われる程酷い顔をしていたのだろうか。


「んで、お前の用件は?最近、あんまりあの騎士団長も連れて歩いてねぇだろう」

「い、いや…いただろ」

「いつもは、お前等夫婦かってぐらい、背中に貼り付けていたじゃねぇか」

「貼り付けてないし!…ってか、夫婦でもない!」

「冗談だよ、馬鹿野郎」


 そう言って、ジャッキーに頭をがしがしと撫でられた。

 ウィッグずれそうだから止めて。

 ってか、オレももう24歳なのに、そんな子ども扱いって………。


「………そんな不貞腐れた顔すんじゃねぇよ。

 まぁ………お前も、いろいろ考えがあっての事だってのは分かってらぁ」

「そう思うなら、さくさく本題に、」

「相変わらずせっかちな男だなぁ。まずは、一杯飲みませんかってところじゃねぇのかよ」


 せっかちでも結構。

 しかも、お前、結局飲む気なんだな。

 さっき、キッチンに行って戻ってきた彼の手には、勿論酒の瓶があった。

 ………お前こそ『酒呑童子しゅてんどうじ』だわ。


「まだ、仕事中なんだ。それに、この後も予定が詰まってる」

「忙しいこった。んで、生徒達のランクアップ以外の用件ってのは?」


 ジャッキーと飲み交わせないのは名残惜しいが、そのまま本題へと入る。

 例の頬に傷のある冒険者の事や、忘れ掛けていた赤眼の少女の行方について。


 ただ、これに関しては色よい返事はもらえなかった。

 心当たりは無い、そうだ。

 しかも、赤眼の少女に関しては、時間が経ち過ぎて覚えているかどうかも怪しいとか。


 まぁ、致し方ない。

 駄目元だったから、これに関しては良いだろう。


 そして、最終的に切り出したのは最近悩みの種になってしまった、オレ達とは別の召喚者達の事。


「………どうりで、死にそうな顔している訳だな」

「放っておいてくれよ」

「うんにゃあ、放っとけねぇ。お前は、ウチの数少ないSランク冒険者だからな。

 ついでに、お前の事をオレは友人だと思ってる。種族も関係なく、対等の立場だと思っているからな」


 友人宣言が、ついでですか?


「そんな残念そうな顔すんじゃねぇよ。

 ………ただまぁ、なんとなくあの騎士団長と何があったかは、察しが付いたぜ」

「………。」


 察しがついちゃったんですねぇ。

 へー、そう。

 ………オレ、そんなに分かり易い顔していたのだろうか。


「召喚者達の件は、悪いがオレの耳にも入っていた。

 だが、目撃情報が曖昧なものも多く、ほとんどが死亡情報だったもんだから、あんまり重要性があるとは考えて無かったんだ。

 ………済まねぇな」

「いや、良いよ。改めて、他人の口から聞くと、やっぱり信憑性は得られるから、」


 それに、これはあまり口外しない類の話として、先に言っておきたいこともあった。

 オレ達以外の、『予言の騎士』達の存在の事だ。


「………まぁ、いつかはこうなるだろう、となんとなく思っていたがなぁ」

「やっぱりか。………オレも、可能性としては考えていたけど、いざ現実になってみると薄ら寒いよ」


 どうやら、ジャッキーもそう言った事を考慮した事はあったらしい。

 と言うよりも、何故か各地の冒険者ギルドから、通達が届いていたようだ。


 しかも、それを特別にオレに見せてくれた。


『冒険者ギルドに属する各位に告ぐ。


 先日『新生ダーク・ウォール王国』が擁立した『予言の騎士』と『教えを受けた子等』について。


 当冒険者ギルドでは、彼等の活動を最優先とし、あらゆる支援を行うものである。

 怠った場合に際しては、『世界の終焉』を助長する異端者として、必要な措置を行う事を決定。


 各地の冒険者ギルドのギルドマスター及び責任者は、これを受諾せよ』


「………つまり、冒険者ギルドは『新生ダーク・ウォール王国』側に回ったって訳か」


 こうして、文書を見せられると、やはり遣る瀬無い。

 ………オレ達、結局のところ本物かどうかの真偽の前に、今まで培ってきたであろうものを売名行為だけで覆されるなんて。


「そう言うこっちゃねぇ。オレは、どの道お前等の事を信じてる。

 だから、この要請に関しては、オレの独断でやらせて貰うつもりでいる」


 おいおい、それは大丈夫か?

 お前だって、立場のような物はあるんじゃないのか?


「知ってっか?この通達を出したのは、結局のところ冒険者ギルド『本部』がある『黄竜国』じゃなくて、『竜王諸国』属国のリンディーバウムなんだよ」

「………それがどうかしたのか?」

「当の『新生ダーク・ウォール王国』には、まだ冒険者ギルドはねぇ。

 だが、隣のシャーベリンならある。だが、どうしてリンディーバウムから出て来たか、って言えば?」


 えっ?突然、なぞなぞをされても困るんだけど。


 ………待てよ。

 そういや、リンディーバウムもシャーベリンも、結局のところ東の国。

 そして、先ほど冒険者ギルドの本部があると言っていた『黄竜国』からは、かなり離れた土地に位置している。


 まさか、独断か?


「その通り。そんでもって、その後に『黄竜国』本部から出回った通達がこれだ」


 そうして、新たに出された文書に目を通すと、やや辟易としてしまう。

 ………最初から、こっちを出せっての。


 内容は、こうだった。


『冒険者ギルドに属する各位に告ぐ。


 先日『新生ダーク・ウォール王国』が擁立した『予言の騎士』と『教えを受けた子等』について。


 以前出された通達は、我が本部からの正式な通達では無い事を先に謝罪する。


 当冒険者ギルドでは、『新生ダーク・ウォール王国』が擁立した『予言の騎士』達の活動は認めていない。

 以前出した通達の通り、『ダドルアード王国』の『予言の騎士』達の活動を最優先とし、あらゆる支援を行うものである。

 これは、当冒険者ギルドと、『聖王教会』の総意である。

 だが、その際に罰則を設ける等、公的措置は行っていない。

 くれぐれも、以前の信憑性の無い通達を無暗に信用する事のないように願う。


 各地の冒険者ギルドのギルドマスター及び責任者は、これを受諾せよ』


 つまり、『黄竜国』の冒険者ギルド本部でも、オレ達ダドルアード王国の『予言の騎士』が本物である、と信じてくれているとの事だ。

 これは、驚いたと感じるものの、内心ではややじんわりと歓喜が湧き上がる。


「お前達が『予言の騎士』としてだけじゃなく、冒険者としても登録している事は既に本部に通達してあったからな。

 勿論、その際のランクに関しても、報告済みだ。

 一発でSランクなんてのは、ウチの冒険者ギルドでは久しいし、他の冒険者ギルドでも片手の指程度で足りる快挙だ。

 もっと、自信持てよ」

「ああ………ありがとう」


 これでまた、少しは頑張れるかもしれない。

 予定が詰まってしまった今現在では、余裕が無くなっていたのも事実だ。


 ジャッキーの心配りに、少しばかり息詰まっていた自身を自覚したと同時に安堵を覚えた。

 色々、やり過ぎたとは思っている。

 けど、決して無駄では無い事もあった。


 ジャッキーの言葉にも、この冒険者ギルドの通達にも、オレの行動が無駄では無いと言って貰えた気分だった。



***



 その後も、和やかな雰囲気のまま、少し雑談をした。

 話題は、冒険者ギルドに上っている、例の『予言の騎士』達の活動について。


 なんでも、各地に派遣されてはいるものの、ほとんど冒険者ギルドに貢献出来ている訳では無いらしい。

 異常発生した魔物の討伐等、クエストは行っているようだ。

 けど、その後の後処理のようなもの(※素材の回収や、死体の処分等)が雑で、結局のところその土地の冒険者達の縄張りを荒らしているようなものだという。

 むしろ、お荷物的な感覚で、冒険者ギルドもやや対応に困っているとの事。


 なんか、報告だけ受けていた部分と、実際の行動の結果が伴っていない。

 もしかしたら、『新生ダーク・ウォール王国』は、派手な活動や派遣した結果だけを大々的に公表しているのだろう。

 ついでに言うなら、活動報告に関してもかなり脚色されているらしい。


 しかも、数ヶ月前には、『黒竜国』、『青竜国』の『聖王教会』から、相次いで巡礼の拒否をされた。

 その際には、何故か街中で暴動騒ぎを起こしているというのだから、あまりにも非常識な連中だとしか言いようがない。

 勿論、彼等は『竜王諸国』の国に立ち入り禁止を言い渡された。

 ………この分だと、しばらくは大丈夫なのかもしれない。


 しかし、ふと、彼は眉間に皺を寄せる。

 そして、オレの眼を見て、まっすぐに告げた。


「ただ、こうして別の『予言の騎士』が現れた以上、お前の力量に関してはもう誤魔化しは出来ん」

「………『闇』属性じゃ、やはり認められないだろうな」

「それもあるが、これ以上はお前達の行動次第だ。

 ウチの冒険者ギルドでも支援はするが、もし万が一本部の方針が覆った場合には、オレでもお前達には手出しできなくなる」

「………分かってる」


 痛いところを突かれたと、自覚する。


 先ほど心配していた彼の立場は、確かに存在する。

 だからこそ、彼は忠告してくれているのだ。


 オレ達もそろそろ『予言の騎士』としての活動を、優先していかなければならない事も認識出来た。

 ならば、それに対する活動は、そろそろ大々的に行っていくべきだ。

 ダドルアード王国のみならず、今はまだ味方であろう『竜王諸国』や、彼等の手の届いていない西国を拠点に動き出す時が来た。

 生徒達の実戦経験云々と言っている場合では、もはや無くなった訳だ。


「まぁ、すぐには無理だが、遠征の予定は立てとくよ」

「………ちなみに、どっか考えている場所はあんのか?」

「ほら、例のゲイルの兄貴の件」

「………ああ、そういやそんな事もあったな」


 ゲイルの話を聞いた時、彼も一緒にその場にいた。

 あの時の約束は、例え奴に恩を仇で返されたとしても、覆そうとは思っていなかった。


 約束は、破る為にするものでは無い。

 ましてや、出来ない約束は最初からするべきでは無い。


「それに、『天龍族』にお呼ばれする予定も終わってないからね」

「ああ、そういやそうか。まぁ、土産は『天龍族』秘蔵の酒でよろしく頼むぜ」

「土産を貰う前提なのな」


 しかも、結局酒ってコイツの頭は酒の事しかねぇのかよ。

 久しぶりに、笑った気がした。


 だが、


「そういや、また話が変わるが、」

「うん?」


 そこで、またしてもジャッキーの眉間の皺が増えた。


「さっき言ってた、『頬に傷のある冒険者』の話だ」

「………あれ?さっき、心当たりはないって、」

「ああ、心当たりは無ぇ。ウチに所属しているなら、きっと顔ぐらいは知っている筈だからな…」


 そう言って、ジャッキーは酒の瓶をガブ飲みした。

 ………そんだけ飲んだら、記憶も危ないんじゃねぇの?


 と、少々胡乱気な顔をしてしまっていたのだが、


「覚えってっか?あの森子神族エルフのチビが、突然ウチに来た時の事」

「ッ…ああ。そういや、そうだったね」


 確かにそんな事もあったよねぇ。

 森子神族エルフのチビってのは、十中八九シャルの事だろう。


 あの時は、オレの居場所が分からず、冒険者ギルドに来たんだったか。

 あれから、既に2週間が経過しようとしているが、色々あり過ぎて記憶のかなただったよ。


 でも、その話がどうかした?


「その前に、話の枕でしたクエストの依頼書、何だった?」

「………クエストの、依頼書………?」


 そんなもの、あったっけ?


 ふと、その時の事を思い出す。

 夜中にレトとディルが迎えに来てくれて、間宮と共に冒険者ギルドへと来た。

 ハンナさんを紹介されて、カウンターで酒をちょっと貰って、ついでにお食事もさせて貰って。


 それから、彼が取り出したのは、


「………あッ!!」

「あの依頼書の内容も、思い出したか?」

「そうだ、捜索依頼!しかも、探していたのは…ッ」

「『頬に傷のある男』だ」


 ああ、思い出した。

 そして、以前この『頬に傷のある冒険者』の話を聞いた時に、何かを忘れていると感じていた違和感。


 今まですっかり忘れていた。

 ジャッキーの約束をすっぽかしていた事で、その所為だと思っていた違和感の正体。


 これだ。

 この話だ。


 オレは既に、『頬に傷のある冒険者』の話を、ジャッキーから聞いていたのだ。


「悪かった。オレも、今思い出した」


 罰が悪そうな顔をしたジャッキーは、言葉通り今しがた思い出したばかりなのだろう。

 斯く言うオレも同じだ。


「オレもだよ。…た、確か依頼を出されたのは、先月だったか?」

「あの時で、2週間だった。遭遇したのは、先々月って事になるが、」


 と言う事は、この『頬に傷のある男』がダドルアード王国に出没していたのは少なくとも2ヶ月前の13月からって事になる。

 (※何度も言うけど、この世界1年が13ヶ月だから)

 その時、オレは丁度討伐隊に参加していた。

 だが、この男は、確かに『予言の騎士』である、オレを探していたという。


 いったい、何の為に?

 そう考えて、ふと脳裏にチラ付いた、召喚者達の件。


 オレを偽物だと詰った山中に、偽りを教えた冒険者。

 そして、これから会いに行くであろう、異世界から来たという武器商人の護衛。


 危険信号が、頭の奥で鳴り響く。

 キツク握りしめた右手の拳が、ぶるぶると震えている。


 情けない。


「落ち着け。今すぐ襲われる訳でも無ぇだろうが」

「………そ、それは、どういう…」

「進捗情報は入ってた。例の男は、既にダドルアード王国にはいねぇとよ」

「………は?」


 なにそれ、初耳なんだけど?

 今まで、居もしない危険人物に、オレは怯えていた事になるぞ?


「例の依頼、まだ続けていたパーティーがあったんだ。

 元々、Cランクの奴等で、一つ飛ばしのBランクを受けて躍起になっていたらしい」

「そ、それは、なんというか、」

「もちろん、達成できなかったからには処罰はするが、最終的に困ったアイツ等は門番に尋ねたんだと」


 門番?それって、つまりはダドルアードの西門と東門の事言っているのか?


 ………って、あ。

 そう言う事か。


「既に、その『頬に傷のある男』は、西門から『白竜国』側の街道に向かったって話だ。

 それ以降、それらしい人間が来た覚えはないってよ。わざわざ、交代の時間にまで粘って調べたらしいから、間違いも無さそうだ」


 既に、出国した情報が入っていた。

 だから、彼は今すぐに襲われる訳では無い、と断言出来たのだ。


 わざわざ、それを覚えていてくれたことにも脱帽である。


 つくづく心配りの出来る紳士だこと。

 頭が上がらなくなっちまうよ、もう。


「………まぁ、お前の怯える姿を見るのは、なかなかに楽しかったがなぁ」

「この鬼畜野郎」


 ただし、彼の最後の一言には、突っ込みせざるを得なかった。



***



 ジャッキーとの対談を終え、気分の軽さからほんのちょっとだけ酒を頂いた後、彼の自宅を後にして冒険者ギルドのカウンターへと降りた。


 そこで、オレ達を待っていたのは、


「…ぐすっ…ひっく…えぇえん…っ」


 大号泣しているクロエであった。


 ………ああ、また何かあったな。

 主に生徒達のランク関連で。


「あ、先生、やっと降りてきてくれた…」

「あー良かった。クロエちゃん、間宮のランク見てから、ずっと泣きっぱなしで………」

「(お手数をお掛けしてすみません)」


 間違ったな。

 間宮のランク関連で、大号泣していた訳だ。


「遂にお前も、Sランクに上がったか?」

「(こくこく)」


 あー…やっぱり。

 ある程度予想していたから、驚かんよ。


 そして、クロエが泣き出した原因は、間宮だけでは無いというのも予想している。


 さっさと泣きやんで頂く為にも、胸ポケットのハンカチをまたしても献上。

 最近減ること無かったのになぁ。


 ハンカチ受け取っても、まだぐすぐす言っている彼女の頭を撫でつつも、これまたさっさと報告を聞く事にした。


「とりあえず、報告してくれるか?まずは、伊野田」

「あ、はい。あたしはBランクになってたよ」

「はい、おめでとう」


 伊野田は、Bランクに上昇。

 以前のランクがDランクだったので、2つも上昇している形だ。

 そりゃ、『聖』属性の魔法を攻撃アクティブ防御ディフェンス含めて中級まで扱えるようになったんだから、当然だよね。

 ………またしても、ハイスペックだな。


「次に榊原はどうだった?」

「んふふ~。オレ様は、Aランクでした」

「はい、おめでとう」


 コイツもCランクから2つ上昇してAランク確定だ。

 魔法に関しては期待できなかったものの、体力面でかなりポテンシャルを上げているらしいからな。

 ………そうは見えないのに、結構な体力馬鹿だしね。


「次に、河南は?」

「僕もAランクだね」

「ほい、おめでとう」


 はい、コイツもAランクに上昇。

 元々魔法能力では結構なハイスペックだったし、今では無詠唱なんて離れ業もやってのける逸材だ。

 この結果は、十分頷けた。


「紀乃は?」

「僕ハBランクに上がっていたヨ。キヒヒッ」

「おめでとう。良く頑張った」


 そして、紀乃も二つ上昇させて、Bランク。

 元がDランクで下半身のハンデもあるが、河南と同じく無詠唱なんて離れ業もやってのけるから、今後の伸び代にも要期待だな。


「んで、お前は遂にSランク、と。本当に、どうなってるんだかねぇ」

「(照れちゃいます)」

「まぁ、訓練本気になっても良いって事ね?」

「!?(ガビンッ!?)」


 そして、最終的にクロエにトドメを刺してしまっただろう間宮は、遂にSランクへと上昇。

 生徒達の中では、初の快挙である。


 そして、半年程度で追いつかれてしまった事実に、ちょっとだけ悔しいオレの大人げない一言。

 安定のマナーモード+顔面ブルーレイ(笑)


「テメェ、またウチの看板娘泣かしやがってぇ…」

「………ここまで伸び代があるとは思ってなかったんだよ。勘弁してくれ」


 そんでもって、斯く言うオレもマナーモード。

 背後でその様子を眺めていたジャッキーから、般若のような顔で睨まれた。


 ………こっちの『酒呑童子しゅてんどうじ』も怖いよう。


 ほら、もう一人Sランク増えたから。

 明後日のSランク冒険者の主要会議にも、顔出しさせるからさぁ。


 ………そういや、間宮にはSランクの認定試験あるのかしら?


「非常識にも程があんだろうが!

 どうやったら、こんな化け物育てられんのか、明後日にはしっかり見させて貰うからな!」


 でも、結局オレはジャッキーに怒られた。

 そして、見学の件を再度念押しされたけど、別に嫌がっていた訳じゃないんだから怒鳴らなくたって良いじゃん。



***



 多少問題のあった冒険者ギルド訪問もなんとか終了。

 時刻は、丁度良く11時過ぎに差し掛かっており、約束の12時までも余裕はある。


 今後は、生徒達と別れて行動する。

 護衛の騎士達に、生徒達を任せて校舎へと送迎を頼んだ。


 ただし、


「ねぇ、オレ様達結構頑張ったんだし、今回もご褒美って貰えんの?」


 にまにました顔で問いかけて来たのは、榊原。

 それを聞いてか、他の生徒達も若干、眼の色が輝いた気がした。


 そう言えば、久しくご褒美制度って取って無かったっけねぇ。


「ああ、良いよ。オレが出来る限りで、ご褒美を考えておくから」

「………リクエストって駄目?」

「無茶なもので無ければ、良いだろう」

「うっしゃ!」


 今日ばかりはテンションが上がっているのか、珍しく榊原がガッツポーズ。

 そして、伊野田はそんな榊原を見て、楽しそうにしている。


 ………あれ?なんとなく、良い雰囲気?


「僕達も良いの?」

「僕モ?」

「誰か一人を贔屓にしたりはしないよ」


 そして、河南と紀乃も同じく。 

 2人もおそらく、欲しいものかやりたいことがあったのだろう。

 顔を見合せて、嬉しそうな顔になっていた。


 忙しくなるであろう、1週間後を過ぎてからになるだろうが、他の生徒達にも聞いてやろう。

 ………無茶なもので無ければ、良いなぁ。


 とまぁ、そんなこんなで褒美に関して言質を取られながらも、生徒達を見送った。


 残ったのは、オレ、間宮、ゲイルの3人。

 いつものメンバーながら、今は一番気不味いメンバーとなってしまった。


 まぁ、最初の予定の通りだから、仕方ない。

 さくさく進めてしまおうと思ったので、そのままゲイルを先頭にして『魔術ギルド』へと歩き出す。


「それにしても、お前の生徒達も立派になったな」

「………そういや、なんだかんだでお前とも半年前からの付き合いだもんな」

「………ああ。あの時は、まるで子どもだった彼等が、ここまで成長するなんて予想は付かなかった」


 オレも、かなり速いペースだとは思ったよ。

 まぁ、生徒達の頑張りもあるだろうし、魔法能力の有無がモチベーションを上げたのは確かだね。


 だって、裏社会人オレたちの時なんて、こんなに和やかな訓練風景見たこと無いもん。

 どっかで、怪我人は当たり前。

 どっかで、半死人は日常茶飯事。

 訓練中に死亡したって報告もちらほらあった。


 ただ、訓練で手を抜いている訳じゃない。

 次のステージに行く前段階で、確実に彼等に基礎を学ばせているだけだから。


 まぁ、今後は次のステージに進むつもりでいるけどね。


 懐かしそうにゲイルが話をする傍ら、口が緩みそうになりながらも相槌を打つだけの道中。

 間宮も、懐かしそうに苦笑を零していた。


 ………ってか、オレに向かって苦笑している辺り、オレとゲイルのやり取りに苦笑してんの?


「いきなりどうしたんだ?」

「ちょっと弟子が、調子乗って反逆し始めたから………」

「(ご無体です!)」


 胸倉掴んで締め上げた。

 ついでに、片手で吊り上げたら、今度はゲイルが顔面ブルーレイとなっていた。


 閑話休題。


 時刻は、そろそろ12時。


 色々ありながらも、『魔術ギルド』へと到着した。


 初めて見た『魔術ギルド』は、商業地区の奥まった袋小路に存在していた。

 造りは煉瓦製だったが、元々は木製だったようで、ところどころ剥がれ落ちてしまっている一部の壁から、木製の壁が覗いている。

 少々、古めかしい、というか滅茶苦茶古ぼけた建物だった。

 先ほどまでいた冒険者ギルドと比べたら、雲泥の差だと言わざるを得ない。


 ただ、客足が遠退いている訳では無いらしく、出入りは多い。


「あ、ようこそ………おいでくださいました」


 ふと玄関先に立っていた、職員らしきフード姿の少年に声を掛けられた。


 全体的に、この建物と一緒で古ぼけた印象の外套を羽織った少年だ。

 ただ、フードから覗く顔立ちは、それほど悪くは無い。

 こちらの人間達のデフォルトである、白人然りの整った顔立ちをしている。


 ただし、話をするのは不得手のようだ。

 ぼそぼそと、話していたので、聞きとりづらかった。

 まぁ、間宮で慣れているから、唇さえ読み取れれば声は聞く必要はないんだけどな。


「連絡を入れていたアビゲイル・ウィンチェスターだ。

 『予言の騎士』様をお連れした」

「………ッ、あ、あなたが、有名な騎士団長様…!」


 ゲイルが名前を告げると、彼はぼそぼそとした喋りを一転して眼を輝かせた。

 やっぱり、コイツとコイツの肩書きって超便利。

 ………でも、ちょっとだけ嫉妬するのは、用件がオレだってのにないがしろにされちゃったから?


「あ、し、失礼しました………初めて、お会い出来たので、興奮してしまって…」


 どうやら、この少年も類に漏れず、我等が騎士団長様アビゲイルのファンだったらしい。


 実物の中身を見たら、ドン引きするよ。

 内心で呟いておく。


 しかし、


「いや、それは構わない。それよりも、案内を頼めるか?」

「あ、ああ、はい。お待たせいたしました、『予言の騎士』様。

 ………もう一度(・・・・)お会い出来て(・・・・・・)光栄です(・・・・)。………本日は(・・・)どんなご用件(・・・・・・)でしょうか(・・・・・)?」


 その後に続いた、少年の台詞にオレ達は身体の動きを止めた。


「何?」


 ゲイルが、少年へと厳しい視線を向ける。

 間宮が、背中の脇差に手を掛けた。

 オレは、表情すら無くなったと思う。


 少年は、そんなオレ達の様子には気付かずに、そのまま案内をするつもりなのか『魔術ギルド』へと入ろうとしている。


「待て」

「えッ……?…あ、はい?………ヒィッ!?」


 呼び止めて、振り返った彼の顔を見て笑った。

 まるで、化け物でも見たかのような声と顔で怯えられたが、今だけは都合が良い。


「どういう事だ?こっちは、初見だぞ」


 そう言って、詰め寄ろうとした矢先、少年はギルドの玄関先でへたり込んだ。


「また、覇気が出ているぞ…」

「………こりゃ、失敬」

「…気持ちは分かるが、ここではやめておけ。

 確か、ここの用心棒は………」


 またしても、オレは気付かないうちに『覇気』とやらを発していたそうだ。

 失敬とは微塵も思わないが、口だけ言って気持ちを落ち着かせる。

 まずは、深呼吸だ。


 ゲイルが、オレに注意を促してくれる傍ら、少年は腰を抜かしたのか、そのまま這う這うの体で、『魔術ギルド』の中へと逃げようとしている。


「(捕まえますか?)」

「いや、良い。そのまま、マスターにでも駆け込んでもらえ」


 おそらく、下っ端を尋問するよりも、その方が早い。

 そう思っていたが、しかし。


「何の用だ?」


 のっそり、と先程の少年と入れ違いのように、顔を出した男。


 髪の色は、淡いブルー。

 本当に、この世界の人間の髪色は、基礎配列どうなってんだよ!?


 色黒の体に、ところどころに入った刺青らしき模様。

 まるで、自衛隊の迷彩アーミー柄(※ただし、色が青と白だ)だったが、着ている服も似たようなデザインとなっていた。


 そして、デカイ。

 ガタイもそうだが、身長もデカイ。

 かなりデカかった。


 そういや、さっきチラッと用心棒がどうとか、ゲイルが言ってたっけねぇ。


 熊のような男は、そのままギロリ、と視線だけでオレ達を睥睨する。

 ゲイルは何故か、その場で直立不動。

 間宮も何故か、臨戦態勢を取ってしまったが、お前はハウスだ馬鹿野郎。

 ………最近、お前喧嘩っ早くなってない?


「お前等、何者だ?『魔術師』の類じゃ無さそうだが、」

「12時から予約を入れていた『予言の騎士』だ。

 ギルドマスターには話を既に通してあるが?」

「オレは、ここの用心棒の『ガハラ』だ。予約の件は聞いている」


 それなら話が早いから、とっとと案内してくれんかね?


 そう思って、二コリと笑いかけた。

 しかし、思った以上にこの熊のような大男は、オレ達を警戒してしまっているらしい。


「証明出来るものはあるのか?『予言の騎士』なんて、名乗れば誰でもなれそうだ」

「そ、そのような事は無い!女神の加護を受け、王国からも特別な推挙を得ている!」


 ゲイルが言い募る。

 直立不動で真っ青な顔のままではあるが、騎士団長としての矜持か何か。

 怯えて逃げ出すような素振そぶりは見られなかった。


「その証拠を見せろ、と言っている!」


 ただ、やはり先程の少年が、這いつくばって逃げ出したのが尾を引いているらしい。

 あまりにも、しつこく『証拠』と喚くので、


「来い」

「………なっ!?ギンジ、ここでは流石に…!?」

「!?」


 お望みどおり、見せてやる事にする。


 手を地面から水平に翳し、たった一言で呼び出す。

 オレの腹に巣食っているであろう、精霊。


 ゲイルが慌てふためき、間宮が驚きに眼を見開いている。

 だが、オレの手から噴き上がったそれ(・・)には、再度眼を瞬かせていた。


『グォォオオオアアアアアアア!!』

「………ッ!?」


 雄叫びを上げて、顕現した精霊。

 舞い散る火の粉。


 そして、眼の前を黄み掛かった赤い光が、乱舞する。

 燃え盛った炎が、一瞬にしてその場の温度を、真夏のような熱気の中へと変貌させる。


「『火』の精霊、サラマンドラ。オレが契約を交わしている上位精霊だ」 

『呼んだか、ご主人よ』


 今度は、目の前の『ガハラ』が直立不動で固まった。

 我等が『酒呑童子しゅてんどうじ』こと、『火』の精霊(サラマンドラ)


 実は、例のあの部屋に篭もった時に、折角だからと契約を交わしたのだ。

 元々、『封印』が解けた『墓』には、彼自身居付く理由は無い。

 オレが『石板』に触れて『封印』を解いた後、彼の行動には何の規制も掛かっていなかった。


 なので、そのまま契約。

 2体目となる、オレの記念すべき相棒となって貰ったという訳。


 メリットは、こうして衆目に晒しても大丈夫である『火』の属性である事。

 しかも、上位精霊である事は、見るだけで一目瞭然。


 デメリットは、また魔力総量が思った以上に上がってしまったおかげで、『ボミット病』再発の期間がかなり短くなってしまったこと。

 『闇』の精霊を腹に巣食わせているのも埒外ながら、彼まで受け入れることが出来た自分自身の器にも驚いている。

 実際には、当の本人(?本精霊?)のサラマンドラにも驚かれたけど。


 後は、オレ自身の体温が微熱程度にまで上昇してしまっていること。

 夏場はキツそうだが、契約して貰った手前文句は言えない。


 そして、ここでこうして『火』の精霊(サラマンドラ)を呼び出した理由。

 それは、勿論目の前にいる『ガハラ』への証拠と、


「あ、あれが『予言の騎士』様…!」

「精霊をこの目で見る日が来るとは…!!」

「ありがたい!ありがたい!!」


 『魔術ギルド』に足を運んでいた数名が、その場で跪く。

 外にいた一般人であろう面々も、逃げ出したり、或いは呆然とオレが呼び出した精霊の姿を見上げたりしている。


 もう一個の狙いは、喧伝だ。

 オレが、しっかりと魔法能力を備えた、『予言の騎士』である事。

 オレ達以外の『予言の騎士』達とは、別の方法で能力を持っている事を、周知させる狙いもあった。

 

『目の前の男は、焼き払うのでは無かったのか?』

「焼き払うのは、もうちょっとしてからかな。

 証拠を見せろ、とゴネられてるから、これでも駄目なら身を持って学んで貰おうと思って、」

『………ご主人は、オレよりも怖いぞ』


 そんなことありません。

 目の前の『ガハラ』さえ退けてくれれば、この力を一般人に向ける事は無いのだから。


 ただし、


「これで、『証拠』にはなったかい?」

「………」


 表題に上がっていた用心棒ガハラとやらは、直立不動のまま動かなくなっていた。

 話し掛けても、無視だ。


 ………本当に焼き払っちゃって良いの?


「おい、コラ!そんなところで、何キ●ガイな魔力放出してやがんだぁ!?」

「うん?」


 そんな物騒な事を考えていた矢先、眼の前のガハラからでは無く、彼の後ろから甲高い声が掛けられた。

 ガハラの脇腹辺りから、ギルドの狭い扉をすり抜けるようにして顔を覗かせたのは、これまたフードを目深に被った少年らしき人物。


「『魔術ギルド』内での魔法は禁止って知らないのか!?

 知らないって言ったって、追い出すぞ!?」

「………追い出すも何も、まだ入れてもいないけど?」

「………。」


 オレ達、まだ脚を踏み入れちゃいませんよ。

 ついでに、まだまだ表で待たされている状況なんだから。


「そ、そそそそそんな事分かってるわよ!!」

「………わよ《・・》?」


 あ、間違った。

 この子、少年だと思ったら女の子だった。


 思わず、オレは胡乱気な表情をしてしまう。

 背後の2人も呆然としてしまっている。

 しかし、ゲイルも間宮も自棄に静かだけど、一体どうした?


 しかし、彼もとい彼女は、自身の発した言葉に動揺したかのように、ぶるぶると顔を振っていた。


「違う!…ち、違ぇからな!!オレは、男だ!」

「…………どっちだよ」


 結局、この少年らしき少女?の性別は、どちらでもないらしい。

 まぁ、良いよ?それで?


「おい、ガハラ!立ったまま気絶してんじゃねぇ!!

 とっととこの馬鹿デカイ邪魔な図体を退けろ!!オレも出れねぇだろ!!」

「………。」


 しかも、退けないとか思っていたガハラは、どうやら気絶していたらしい。

 立ったままとか、器用にも程がある。


「お前もその暑苦しいのをとっとと引っ込めろ!!

 精霊たちが騒いで、逃げ出しちまうじゃねぇか!!」

「………『証拠』を見せろと言われたもんでね」


 出せと言ったり(ガハラといい)引っ込めろと言ったり(この子といい)忙しい連中だ。

 ちょっとだけイラッとしたので、嫌味がましく、小首を傾げて微笑んで見た。


「わ、わわわわ分かった!分かったから!!

 仕舞ってくれ!い、いや仕舞ってください!!上位精霊なんて、見るだけで結構だ!」

『む………?オレは、今貶されたのか?』

「ち、ちちちちちちちがっ…!」

「見るだけで恐れ多いほど、尊い存在だとさ。今日は、もう戻って良いよ」


 あまりにも必死で言動に注意を払えなかったフードの子が、サラマンドラの不興を買う前にお引き取りして貰う。

 『戦闘以外で呼び出されたのは、久方ぶりよ』と、呟いて戻ってくれたサラマンドラ。

 どうやら、前の主人(ソフィア)も戦闘以外で呼び出すことがあったらしい。


 閑話休題それはともかく


「………ッ、はぁ…!」

「お、おい…大丈夫なのか?」

「ちょっと魔力消費しただけ。…これでも、半分程度か…」

「(………魔法具はいらなさそうですね)」


 サラマンドラが戻ったおかげで、オレが消費した魔力の数値も把握した。

 たった数分呼び出すだけで、意外と精霊は魔力を消費する。

 ………これ、本格的に魔力総量調整するのは、魔法具要らずになりそうだわ。


 と、そこまでオレが思考を脱線させていた最中、


「テメェは本気でキ●ガイなのか!?キチ●イなんだな!?

 こんな真っ昼間の公衆の面前で、あんな化け物呼び出す奴があるか!!」

「前もって先に言ってくれ!こっちは、心臓が止まるかと思ったぞ!」

「(………今回ばかりは、フォローが出来ません…)」


 フードの子から怒鳴られ、ゲイルからも怒鳴られ、挙句には間宮からもシラっと苦言を呈される。


 さっきから、静かだと思っていたら、2人とも勝手にキレてた訳ね?

 ………これ、怒って良いよね?

 だって、オレ今回ばかりは、悪くないと思うから。


 まずは、眼の前のフードの子に、ご挨拶。

 頭をがしっと掴んでからの、ご挨拶(・・・)だ。


「どうも、12時から予約を入れていた『予言の騎士(キチ●イ)』です。

 用心棒があまりにも証拠証拠と煩かったので、証拠となり得る能力をお見せした次第でしたが?」

「ぎにゃあああああああ!!」


 にっこりと笑って(※例のNG顔で)、ちゃっかり嫌味も言っておく。

 最初に喧嘩売って来たのは、そっちの派手な迷彩熊野郎だろうが。


 ああ、それと、


「お前は心臓止まれば良かったのにな。………秘密主義はお互い様だろ?」

「………ッう…!」


 ゲイルは黙らせておく。

 遠まわしの殺人宣告だけど、そろそろ堪忍袋の緒が切れてもおかしくないからね。


 間宮には、先ほどと同じく胸倉を掴んで持ち上げておいた。

 ほーら、高い高~い。

 安定のマナーモードでした。


 さて、なんて事をしていても、時間は有限である。

 オレの内心煮え滾っていた腹も少しは落ち着いた所で、


「ギルドマスターのところへ案内してくれ。そう急に話したいことが出来た」


 もう一度、フードの子の頭を掴んで、逃がさないように保険を掛ける。

 がくがくぶるぶると、小動物のように震えているのは可哀そうと思うと同時に、逆に可愛いとも思う今日この頃。

 ………ジャッキーガ言ッテイタ言葉ノ意味ガ、今ナラ分カル気ガスルヨ。


 しかし、


「………お、オレが、そうだ」

「ああん?」

「ヒッ!………だ、だから、オレがそう…、い、いやオレがギルドマスターです!」


 思った以上に、オレは初見の『魔術ギルド』でNG行動をしていたようだ。


「………ゴメンよ、少年」

「ま、マスターと呼べ!!」


 フードを被った少年もとい少女?が、実は『魔術ギルド』のギルドマスターだったらしい。

 ………こんな子どもだったなんて、知らなかったよ。



***



 まず、『魔術ギルド』とは?


「魔法や魔術、魔法陣を専門に扱う、正式な機関だ。

 冒険者ギルドと同じで、本部は『黄竜国』にあり、各国に支部を置いている。

 ただし、冒険者ギルドみたいな荒くれ者が集まる場所では無く、魔法や魔術と言った崇高な技術を喧伝する為の研究所だ」


 答えてくれたのは、フードを被った少年もとい少女(?)。


 名前を、ジュリアン・ランディオ。

 ちなみに、この子が実は、この『魔術ギルド』の4代目ギルドマスターだったりする。


 先程入口で一通り大騒ぎした後、オレ達は彼?の執務室へと通された。

 例の用心棒であるガハラも、気絶から目覚めて部屋の中に待機している。


 立ったまま気絶したガハラを退かしーの、ゲイル達を宥めーの、逃げ出したフードの子をもう一回捕まえーの、と結局忙しい事になった。


 ………ガハラやフードの子、オレを見る目が、完全に怯えた小動物になっているが。


 ただ、ここで一つだけ補足説明。

 どうやら彼は、獣人でありながら、元騎士団所属のエリートだったらしい。

 年齢は見た目よりも高い上に、オレの背後でまだ青い顔をしているゲイルの先輩に当たるようで。

 最も、ゲイルが入った頃には、既に引退目前だったらしいが。

 先ほど彼がオレに注意しようとしていたのは、そのことだったようだ。


 ただ、『火』の精霊(サラマンドラ)を呼び出しただけで、(立ったまま)気絶させちゃったものだから警告は無駄になった。

 まぁ、精霊との契約に関しては最初から言って無かった情報だし、むしろどうでも良い。


 そして、もう一つついでに、さっきの古めかしいフードを被った少年。

 オレが無意識に発した覇気に怯え、這う這うの体で逃げ出した例の少年だ。


 ちなみに名前をキャメロン・ランディオ。

 ジュリアンとは、兄弟だそうだ。

 彼もまた、この『魔術ギルド』ではギルドマスターに次ぐ、サブマスターとして要職に就いている職員だった。


 なのに、あの体たらくかぁ~と、微笑ましく思える。

 ………鬼畜では無かった筈なんだがな。


「おい、聞いてるのか!?」

「ああ、聞いてるよ」

「ヒッ…!!その怖い顔で笑うのを止めろ!!」


 失敬だなぁ、この子。

 ギルドマスターだって事は分かっているけど、もう一回ご挨拶(・・・)してみる?


「………ううっ!なんでか寒気がする…ッ!」


 悪いね、寒気がするような事を考えていて。


 話が脱線したな。


 話を戻すと、『魔術ギルド』とはつまり、魔法関連の研究施設だ。


 魔法に特化した冒険者や研究者の事を総じて魔術師と呼ぶが、彼等が寄り集まって出来たのがこの『魔術ギルド』。

 活動内容は魔法関連全般を取り扱っていると、実に簡潔。


 ただ、魔法部門は勿論のこと、詠唱等の研究を魔術部門、魔法具の開発や改良を魔法具部門、魔法陣の研究または探求を魔法陣部門、等と様々な部門に分かれて研究している。

 ちなみに、魔法の付与を主目的としているのは、魔法錬金部門らしい。


 そんなかなり非現実ファンタジーな研究所に足を踏み入れた理由は、勿論例の付与を施されたナイフだった。

 こちらでは、短剣だと言われたが、今はどうでも良い。


 ただ、更に面倒臭い事に、別の問題も発生していたようだ。


「………アンタ等、本当に初見だったんだな」

「ああ。ここに来るのは、初めてだ」


 最初にオレ達の案内に出て来ていた少年が言っていた一言。


『もう一度、お会い出来て光栄です。本日は、どんなご用件でしょうか?』


 まるで、オレが前にもここに来た事があったかのように、フードを被った少年ことキャメロンは告げたのだ。


 先程も言ったように、オレ達は初見。

 しかも、この『魔術ギルド』の存在を、オレは今の今まで知らなかった。


 なのに、既に彼等はオレ達と会ったことがあるという。

 意見が食い違うどころの騒ぎでは無い。


「その『予言の騎士』が来たのは、いつ頃だったんだ?」

「えっと、確か去年のアヴェリー(13月)の事だな。

 忙しい月だったって言うのに、無茶な注文を受けたって事で良く覚えてる…」


 なるほど。

 それなら、オレの無実の証明は簡単だ。


「オレは、去年の13月には、討伐隊に参加していた。

 だから、このダドルアード王国にはいなかった。証拠もあるぞ」


 騎士団と共に、街道に出没していた合成魔獣キメラを討伐していたのも、13月の事だ。

 丸1ヶ月もの間、オレ達は移動と討伐に費やしていた。

 オレだけが帰還して、この『魔術ギルド』で無茶な注文をするなんて事は無理にも程がある。


 証拠は、勿論騎士団の記録。

 公的な発表は出来なくとも、少なくともオレが同行していた事実は記載されているし、オレ自身が報告書も出したのでサインも残っている。

 しかも、オレはあの大々的な凱旋パレードの時にも参加している。


 これ以上の証拠は、無いだろう。


 ただ、13月か………。

 先ほど、ジャッキーと話していた冒険者の出没していた時期と、重なってしまっている。

 ………かなり、嫌な予感がする。


「やっぱりかぁ~…。なんか、話が噛み合わないと思ったんだよなぁ」

「噛み合わない、とは?」

「いや、その偽物らしき奴、2人組で来たんだけどさぁ…」


 かくかくしかじか、とジュリアンが説明してくれたのは、新たに発覚したオレ達『予言の騎士』を語った偽物の話。


 どうやら、2人組でやってきたうちの片方が、黒髪の偉丈夫で、『オレ』を騙っていた。

 端正な顔立ちをしていたようだが、口元をマスクのような防具で隠していたので詳細は分からなかったという。


 その男の傍らに付いていたのは、少女が少年か判別の付かない14・5歳の子ども。

 黒髪に近い群青色の髪をした、人形のような子どもだったらしい。


 彼等がオレ達の名を騙り、大量に注文していったのが例の『防魔』を付与した短剣だった。

 しかも、その数なんと500本。


 ………あれ、持久戦になっていたら、確実に死んでたな。

 つくづく、ラピスのあの過剰な援護射撃がいかにありがたかったのか感じるよ。

 結局、あの時の襲撃者は逃げきったのだろうか?


 それはともかく。


「でも、なんでそんなに必要なのかって聞いたら、『活動の一部だから』と言うだけで詳細は明かされなかった。

 こっちは、『防魔』だけを付与するのは簡単でも、その後どんな用法に使われるのかは把握しておかなきゃいけない規定があるっつうのに、」


 どうやら、用法を明かさずに注文を行おうとしていたらしい。

 しかも、オレ達の活動の一環だと?

 口から出まかせにしても、オレの事を騙るというならもう少しマシな事を言って欲しいものだ。


「………それで、答えたのか?」


 結局のところ、何の目的があったのか分らない。

 眉根を寄せて頬を膨らませているジュリアンに問いかけてみるが、彼はそのまま首を振った。


「うんにゃ。いくら規定だって言っても、向こうも『活動の一環だ』って言い張って答えようともしなかった。

 だから、割増料金付き付けてやったけど、とっとと一括で払っていきやがったからお手上げさ」


 あ、料金は払っていったんだ。

 しかも、割増料金………。


 本格的に、組織ぐるみの犯行と断定出来て来たな。

 さっき、一応念の為に『防魔』付与の料金基準を見せて貰ったが、一本付与するだけで100Dm(ダム)(※およそ1万数千円相当)だった。

 500本ともなると、それこそ約600万は超える計算になる。


 そんな金額は、並みの冒険者では難しい上に、Sランク冒険者であっても1ヶ月近くはクエスト漬けにならなければならない。

 そんな涙ぐましい努力をする程、欲しい商品だった訳でもなさそうだが?


「出来上がったのは1月で、受け取りに来たのも1月だ。

 ただ、受け取りに来たのは、あの時の男か女か分からん子どもだけだった」


 そう言って、頭を振り振り、大仰に肩を竦めてみせたジュリアン。

 彼女も、騙されたことが分かってか、心底悔しそうにしている。


 結局、相手がどんな人相をしていて、どのような目的であったかは分からず終いという事だな。


 ただ、受け取りに来たという性別不詳の子どもについては、意外なところで人相が割れる。


「確か、キャメロンがスケッチしておいた筈だ」

「あ、う、うん。ちょっと気になったから、書いておいた…」


 スケッチ………?

 って事は、人相を覚えておく為に、絵を描いておいたって事なのか?


 がさがさと、執務机から紙束を漁ったキャメロンくん。

 程無くして持ってきた糸で括られた紙束には、さまざまなスケッチが大量に挟んであった。


 そのうちの一枚を、彼はその細腕で捲り上げて見せてくれた。


「こんな子、でした………。あんまり、上手じゃ、無いけど…」

「いや、十分上手じゃないか。似顔絵でも仕事が出来るんじゃないのか?」


 謙遜しまくりのキャメロンの絵は、かなり精巧だった。


 木炭か何かのモノクロで書かれている絵には、例のオレを騙った男と少女らしき人物が描かれていた。

 黒髪に、あまり顔に特徴の無い無表情。

 男も子どもも似たようなものだ。


 男の方は、やはりマスクやら何やらで顔が半分隠され、なおかつフードか何かを目深に被っている。

 ………これは、流石にオレを騙る以前の問題では……?


 子どもの方は、細っこい骨格を合わせても、ほとんど性別は分からない。

 眼や鼻、口の造りなんかもかなりしっかり書かれていて、今にも動き出しそうな躍動感もある。


「知らない顔だな」

「オレも知らんな」

「(右に同じくです)」


 ただし、オレ達とは全く面識のない子どもだった。

 オレ達3人揃って、割と記憶力は良い方なので、一度でも見れば覚える事は可能だ。

 だが、今回ばかりは、ほぼ完全にヒットしない。


「うん?………これは、」


 少女のスケッチの横には、細かい注釈も書かれている。

 髪の色や眼の色、肌の色がどんな色彩を持っていたのかや、動かした時の脚や腕のラインが綺麗だったとか。

 割と、観察して描いていたのが良く分かる。


 その中に、ふと気になった文字があった。


「肩に円形の傷、って?傷跡みたいなものか?」

「あ、………は、はい。

 こ、こう…もうちょっとで、かさぶたになるぐらいの、赤黒い傷痕でした」

「………大きさとしては、どれぐらいだ?」

「え、えっと………確か、これぐらいでした…」


 そう言って、キャメロンが小さな手指で形作ったサイズは、直径3センチ程だった。

 徐に、立ち上がる。


 ヒッ!とキャメロンが後ずさるものの、別に危害を加えるつもりじゃない。

 ジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外し、ウエストのベルトを緩める。


 ジュリアンもキャメロンも、ガハラすら呆然としている中で、恥ずかしながら突然のストリップ。

 ただし、性的目的では無い事を、始めから言っておく。


「………こんな形の傷で、間違いないか?」

「あッ………そうです!そんな形をしてました…!」


 言質は取れた。


 シャツを片方だけ脱ぎ、見せた場所はオレの脇腹。

 二つ並んで、円形の傷が並んでいる。

 一つは修行中に師匠の奥さんの不興を買って付けられたもので、もう一つは仕事中に負ったものだ。


 どちらも、9×19mmパラベラム弾によって付けられた傷。

 銃痕だ。


 だが、異世界の人間に、銃痕があるなんて事は有り得ない。

 ここには、火縄銃もマスケット銃も、ましてやハンドガンだって流通していないのだから。

 今後は分からないまでも、1月の段階には情報は上がっていなかった。


 そして、この傷を付けたことのある異世界の人間は、かなり限定されている。


「………あの時の鼠だな」

「(おそらく。着弾したのが、肩だったのでしょう)」


 まだまだ忘れるには程遠い、校舎への鼠侵入事件。

 一匹目は情報が目的で、二匹目はオレが目的だった。


 その片割れである、オレを目的とした鼠に、オレはベレッタ92.を発射したのだ。

 その後、屋根裏を確認したところ、血痕はあった。

 怪我をさせたのは、まず間違いない。


 ………そうか、こんな子どもだったとはな。

 取り逃がした事が、今更ではあるがかなり悔やまれた。


 間宮に手伝ってもらいながら衣服を直しつつ、重い溜息を吐いた。


「惜しかったなぁ………こうなるなら、追い縋ってでも先に殺しておけば良かった」

「(………では、今回のナイフの襲撃も、この子どもでしょうか?)」

「可能性としては高いだろうな。

 体調不良だったとはいえ、オレの部屋まで侵入できたんだ。

 ナイフの投擲技術もそれなりにあると考えた方が妥当だ」


 頭を抱えたくなってしまった。

 いや、もう実際には抱え込んじゃっているんだけどね。


 つまり、オレの名を騙っていた男と、おそらく『頬に傷のある冒険者』は同一人物である可能性が高い。


 だって、このナイフを使っていたのもおそらく『頬に傷のある冒険者』の関係者だ。

 『予言の騎士』という言葉に振り回された召喚者達を唆したのも『頬に傷のある冒険者』であり、かなり良すぎるタイミングでオレ達も奇襲された。

 その奇襲の際に使われていたのが、今回この鼠だったと判明した子どもが受け取っていったナイフだったのだ。


 となれば、『頬に傷のある冒険者』とこの子どもは、間違いなく共犯者だ。


 ………嫌な予感、完全に的中しちまったよ。


「うー…悪かったな。………なんか、オレ達がもうちょっと確認しておけば、」


 真っ赤な顔になってしまっている(なんで?)ジュリアンには、かなり申し訳なさそうに謝られた。

 ただ、こればっかりは、彼女達は悪くない。


「いや、仕方ない。オレ達『予言の騎士』としての肩書きを使われると、かなり行動範囲を広く出来る。

 そこを突かれたんだ」


 先ほど、ガハラが言っていた通りだ。

 『予言の騎士』だと言い張れば、誰でもなれるような状況になってしまっている。


 しかも、もし『新生ダーク・ウォール王国』の『予言の騎士』達の話がダドルアード王国にも流れて来た時には、かなりの確率で偽物騒動が勃発するだろう。

 ウチの校舎でも、糾弾されないという確証は無い。

 それに、騎士採用試験の時ですら、全体で10名近くが『予言の騎士』を騙ろうとしていたのだ。

 今度は、もっと広範囲で頻発すると予想出来る。


 勘弁してよ。

 おかげで、ウチの風評も悪くなっちゃうだろ?


 これは、やはり何かしらの証明のようなものを取った方が良さそうだな。

 出来る限り、早めに。


 ………いや、待てよ?


「なぁ、ジュリアン。『人払い』の結界って知ってるか?」

「えっ?な、なんだよ、突然………」


 ふと、眼の前で申し訳なさそうな顔をしていた彼女に話を聞いてみる。


「知ってはいるが、それがどうした?」

「原理って分かる?」

「馬鹿にしてんのか!オレは、この『魔術ギルド』のギルドマスターだぞ!?」


 いやいや、馬鹿にして無いの。

 オレには原理が良く分かってないから、教えて欲しいって事ね。


「『認識』の一つだと思って良い。属性は『聖』で防御・結界と似たようなもんだ。

 組み込んだ詠唱や魔法陣で『認識』をさせたいものとさせたくないものを区別させるんだよ」

「それって、魔法具にも応用出来る?」

「出来るさ。コインの偽装や金庫の鍵の複製なんか、そう言った魔法具で出来ないようにしてんだから!」


 なるほど。

 以前、冒険者ギルドでカウンターの青年がコインを調べていたのは、そんな感じの魔法を使っていたのね。

 しかも、金庫等の鍵の複製なんかも、魔法具一つで阻止出来る。


 うん、良いねそれ。


「………オレしか使えないって魔法具、作れたりしない?」

「そ、れは、今さっきの話と関係があっての事か?」

「うん、勿論。オレ達が本物である証明をしなきゃいけないからね」


 いっその事ここで、証明書を作成して貰うのも手なのかもしれない。

 だって、ここは『魔術ギルド』。

 魔法関係全般を扱っている研究所であり、王国からも認可されている列記とした公的機関だから。


「それとも、王国から直接依頼をした方が良い?

 結局、オレがまた偽物かもしれないってなる前に、王国の証明書みたいなものあった方がそっちも安心できるでしょ?」

「いや、良いさ。出来る。

 アンタのさっきの実力を見たら、本物なんて事は分かり切ってるから」


 あ、さっきの『酒呑童子サラマンドラ』は、かなり説得力があったのね。

 ありがたいもんだわぁ。

 これで、オレもなんとか魔法の修練を隠れて行わなくて良くなるし。


 話は逸れたが、


「魔法具の注文、承ったぜ。

 どうせなら、デザインも決めていけよ。

 結構、種類はカタログ見て決めて貰ったり出来るからさ」

「………オーダーメイド?」

「(どこのカスタムショップでしょう………)」


 ちょっとだけ吃驚したけど、まぁ良いや。

 とりあえず、オレとしては忘れずに身につけられるもので、かといって戦闘になっても邪魔にならないものが良い。

 となると、首輪のタイプか腕輪のタイプが良いんだが。


「それなら、腕輪の方が良いだろう。

 下手に首輪みたいなもので魔法陣を組んじまうと、かなりゴツくなっちまうし」

「うん、じゃあ腕輪で」

「紋章とかも組み込めるけど、何か組み込みたいものはあるか?

 王国の紋章でも騎士団の紋章でも、『聖王教会』の紋章でも型は揃えてあるぜ?」

「………それなら、『聖王教会』のものが良いだろうな」


 なにせ、『女神の石板』の『予言の騎士』だからね。


 そうこうしているうちに、さくさくとカスタムが進む。

 材質や形状、汲み込む紋章もそうだが、周りに施す装飾なんかも、カタログでは自由に選べるようだった。

 ほぼジュリアンの細い指が羽ペンを動かし、オレはほとんどデザインを選ぶだけだった。


 こういうの、現代でもなかなかやった事は無かったけど、意外と楽しいな。


「おしっ!なら、早速取り掛かるぜ。

 アンタだけを『認識』する魔法具を作れば良いんだよな?」

「ああ」

「任せとけ!」


 と言う訳で、発注は完了した。

 少しだけ負い目を感じていた彼女達も、おかげで少しは元気になったようだ。


 しかし、ふとそこで、


「請求は王国にして貰いたい」


 不気味なぐらい静かに固まっていたかと思えば、突然横槍を入れて来た男。

 ゲイルだ。


「………金ぐらい、自分で出すぞ?」

「金の問題とはまた違うのだ。

 お前個人で作ったのでは、どうしても疑う者が出てくる。

 だからこそ、王国から正式に依頼した形にして、お前に贈与した方が良い」


 ああ、まぁそれは、そうかもしれない。

 そうは思うけど、幾らなんでも考え過ぎなんじゃ?


 というオレの意見は、その後に続く彼の言葉で無視された。


「それと、その魔法具が本物である、と証明する為の対の魔法具も作って貰いたい」

「あーっと、つまりは、『予言の騎士』だけを『認識』する魔法具と、その魔法具だけを『認証』する魔法具を作れば良いって事だな?」

「そう言う事だ。そちらの請求も、王国にして貰って構わない。

 初期台数として、主要な箇所でもある王国と、『聖王教会』、冒険者ギルド、商業ギルド、『魔術ギルド』、それから………校舎にも一つ置いておいた方が良いだろうな」


 あー、なるほど。

 オレが『予言の騎士』である事を、『新生ダーク・ウォール王国』の情報が入ってきた時に、国民から疑問を頂かれないように先に浸透させておくつもりだな?

 だから、オレ達が行く予定があるだろう主要箇所に『認証』魔法具を設置する。

 もしオレ達の活動範囲が増えた時には、その都度『認証』魔法具を増やせば良いだけになる。


 まぁ、願ったり叶ったりではあるけどね。

 オレ達も証明が欲しかったけど、それは王国側も同じだったって事だろう。


「以前から、こうした証明の品については吟味されていたのだ。

 ただ、お前が金品類をあまり快く受け取ってくれる気配が無かったから、」

「うん、受け取る気無かったもん。

 ってか、月末に入ってくる例の品の売上だけで、むしろ困ってるし」


 例の品って、石鹸とかシガレットの売上の事ね。

 月末にはまとまって入ってくるようになっているから、まだまだ資産が減る予定が無いの。


「請求金額は、分かり次第教えてくれよ。最終的に金の貸し借りは無しにしたい」

「………欲が無さ過ぎるのも考えものだぞ?」

「………物置部屋一つ、金貨で占領されてみろよ……」

「………。」


 黙りこくったゲイルに、オレは溜息を吐くだけ吐いて無視しておいた。

 あの金ピカな部屋は、入るだけでも最近気が滅入るんだから。


「………意外と、儲けてんの?」

「いや、色々とやらかしていたら、気付いたら溜まってただけだ」

「………寄付してくれたりは、」

「この発注を完璧に終わらせてくれたらね。

 その分、オレ達が騒いだ事は、内密にして欲しいんだけど……」

「良いのかよ!じゃあ、腕によりをかけて作ってみせる!

 騒いだことぐらいなら、寄付してくれればチャラに決まってんだろ!」


 そして、報酬以外にも臨時収入があると分かったからか、ジュリアンはかなり熱意を漲らせている。

 ………いやはや、なかなか分かり易い子だね。

 でもまぁ、秘密主義で遠まわしに何かを強請られる、あの卑屈な感じよりはマシ。

 

 嬉しくない事実も判明したけど、嬉しい情報もあった。


 当初の目的であった『防魔』付与のナイフの件も、注文があった事はしっかりと判明した。

 オレの名前を騙り、大量に発注した事も判明したが、片割れの子どもだけでも人相が割れた事は、何にせよ僥倖だ。


 更には、別の『魔術ギルド』でも同じような注文が無かったか、或いは注文があったとしても受け付けないという旨の通達も出してくれるそうだ。

 ちなみに、先程の少女の絵も通達と共に回し、情報提供を呼び掛けてくれるらしい。


 あ、出来ればさっきの絵、複製か何か出来る?

 生徒達にも注意喚起って事で、その性別不明の子どもの人相だけは知らせておきたいから。


 それに、こうしてオレだけを『認識』してくれる魔法具が手に入るというのもかなり嬉しい誤算だ。


 オレ達が今後、本物だの偽物だのと頭を悩ませなくても良くなったと考えれば、少しは気も晴れた。

 後々には、生徒達にも対応したものを作って貰えれば、ダドルアード王国内限定ではあるが、偽証の仕様も無いだろう。


 それに、寄付云々の件は、駄目元で断られた時の保険として考えていた。

 『聖王教会』にも行っているのもあるし。

 流石に、冒険者ギルドへの寄付は断られたけども。(※ジャッキーに舐めてんのか、ってキレられたよ)

 『魔術ギルド』は見るからにおんぼろだったので、交渉の余地はあると思っていた。

 なので、なんにせよ少しでも貢献出来るところには貢献しよう。


 とりあえずは、こちらでの用件も終わった。


 それでは、お暇させて貰おうか、と腰を上げた。

 そんな時だった。


「………あ、の」

「うん?」


 話し掛けて来たのは、キャメロンだった。

 古めかしいフードの少年の方で、ジュリアンの弟で現『魔術ギルド』サブマスター。


 色々あってオレに怯えていたので、話し掛けられたのはこれが初めてだった。


「………こ、今度、お邪魔したい………です」

「えっと………それは、どうして?」

「………絵を、描いちゃダメですか?」


 ………えっと、それは一体どういうことなんだろう?


「お前をモデルに、絵を描きたいと言っているのでは無いか?」

「あ、あー………そういうことね」


 ゲイルの言葉に、やっと納得が出来た。

 なるほど、そういうことか。

 ………ただ、オレそう言うのは、あんまり得意では無いのだけど。


「『認証』の魔法具と同様で、これからはおそらく姿絵ぐらいは必要になってくるぞ?

 『認証』の魔法具を置くとはいえ、魔法具を置かないそれ以外の場所では、顔を認識していなければ意味が無いからな………」

「勘弁してくれよ」

「仕方ないだろう。お前は苦手かもしれんが、顔を知られる事は悪いことでは無いのだ」

「………う゛ー………」


 姿絵ってもしかして、貴族が家に飾っておく肖像画の事?

 それが、また大々的に広まるとか言わないよね?


 あの討伐隊の時のサプライズパレードの時だって、騎士採用試験の時だって、本来なら顔出ししたく無かったってのに。

 しかも、オレは下手に女顔だし………。


「………で、出来れば、裸も描きたいです………」

「却下」


 まさかのヌード!?

 いやいやいや、吃驚したわ!


 オレ、そういう裸体の安売りはしてないから………。

 まさかのヌードまで描かせて欲しいって、もはやどんな羞恥プレイなのかも分からんよ。


 真っ赤になりながらも打ち明けてくれたキャメロンには悪いけど、オレはモデルでは無い。


「す、凄い綺麗な、………体だったので、………思わず」

「あー………それは、なんつうか」


 うん、今回のはオレが悪い。

 脇腹めくり上げるぐらいで良かったのに、馬鹿みたいにシャツ脱いじゃったから。

 ………これはこれで、オレも変態だよ………!?


 でも、ゴメンね。

 やっぱり、オレはモデルじゃないから、脱げないよ。


「まぁ、似顔絵くらいなら、良いよ」

「………あ、りがとうございます」


 ただ、なんとなく最初の時と比べて、オレを怯えていない感じがする。


 最初は色々と訳が分からなくて、かなり威圧しちゃっただろうしね。


「さっきはゴメンよ。気が立っていたから、驚かせちゃったろう?」


 そう言って、キャメロンの丁度良い高さにある頭を撫でくり撫でくり。

 ついでに、その後ろで立ち上がろうとしていたジュリアンの頭も撫でくり回しておいた。

 ………フード越しだったけどね。


「別にオレは良いよ。元はと言えば、キャメロンが騒いだ所為だし、」

「だ、だだだだって…、あんなに怖いのガハラ以来だったんだもの…!」

「それもゴメンね。

 流石に、女の子に向ける視線じゃなかったからさ」


 本当にゴメンね。

 そう思って、彼女達2人の頭を交互に撫でくり回していたが、


「………なんで?」

「………どうして?」


 眼が今にも落ちそうな程見開かせた2人の視線が、オレを射抜く。

 2人の身体は、可哀そうな程に強張ってしまっていた。


 部屋の隅にいたガハラも、何故か硬直している。


 ………気付いてないと思ってた?


「そ、その………ギンジ、まさか2人とも女の子なのか?」


 あ、こっちは気付いてなかったな、完全に。

 見る目が足りん。

 もっと養え、騎士団長。


「(………そうじゃないかとは思っていました)」


 間宮は分かっていたようだけどね。

 この子は、やはりなんだかんだ言ってハイスペックなだけ。


 いや、だって………この子達、完全に女の子だって、さっきから分かっちゃってたから。


「話し方からして結構年齢言っている筈なのに、喉仏無かったもん。

 それに、長袖とかだぼ付いたズボンで隠していても、骨格とか見たら一発で分かるさ」


 ペンや紙束を差し出してくれた時の、小さな手や指、そして手首。

 あれは、どう見ても成長不足だけでは無い、女性特有の細い骨格の所為だ。


 オレだって、伊達に何年も生きている訳じゃないの。

 筋肉やら鎧やらで覆われていなければ、性別ぐらいは判断できるよ。


 ………ローガンと天龍族の面々は、分かれと言う方が難しいと思うんだ。


「………誰にも言わないでくれ」

「………知られちゃいけないことなの…」

「分かってるよ。馬鹿みたいに喧伝しないから。

 理由があるなら、掘り返そうとも思わないしね」


 別に分かったところで、喧伝するつもりは一切無い。

 ただ、なんとなくギルドマスター・サブマスターとしての仕事の為に、隠しているだろう事はなんとなく分かる。

 お洒落をしたい盛りの女の子には辛いだろう。


「さっき、キャメロンが言っていたけど、良ければジュリアンも遊びに来な。

 ウチの校舎には魔族もいるし、生徒達も魔族に対して偏見を持ったりはしてないし、」

「………獣人だって事も分かったんだ」

「頭撫でくり回しちゃったからね」


 フードに隠されていた耳が、予期せず分かってしまった。

 この耳の付き方だと、おそらく兎か何かの獣人だと思うが、ますます持ってオレが喧伝する理由は無い。


 獣人の中でも、特に人気が高いのは、所謂げっ歯類。

 兎、鼠、少し種類を広げると豚とかフェレットとかなんだけど、見た目がとにかく愛くるしいそうで、獣人の愛好家達はこぞって、奴隷にしたがるらしい。

 表立っては魔族を糾弾する癖に、裏ではそう言った愛玩動物紛いに獣人を囲っている貴族もいるとか。


 彼女達ももし、バレたらその対象になるだろう。

 しかも、兎の獣人で女の子なんてことになったら、それこそ悲惨な未来が待っている。


 更に言うと、何故か獣人の中でも、げっ歯類の獣人は、魔力総量が極めて高い。

 まぁ、一番高いのは怪談話でもおなじみの狸や狐らしいのだが………。

 それはともかく、兎の獣人は魔水晶を持っている位置が比較的心臓に近いため、魔法に関してはかなり才能があるらしい。


 彼女達を見る限り、確かに相当魔力総量は高そうである。


 だからこそ、彼女達は自分達の趣味嗜好、青春までもを犠牲にして種族も性別も隠さないといけない理由がある。

 だったら、喧伝するなんて、もってのほかだ。


「………なるべく早めにウチにおいで。

 もし万が一があっても、少しでもオレ達と交流がある事を喧伝出来れば、ある程度は牽制出来るから」

「………良いの?」

「なんで………優しくしてくれるの?」


 うるり、と眼を潤ませたジュリアンと、既に泣いているキャメロン。

 やっぱり、少し彼女達にとっても、この生活は無理が沢山あったのだろうね。


 でもまぁ、安心してよ。

 オレには、やましいことなんて一つも無いから。


「第一に可愛いものが好きだし、第二に放っておけないから。

 まぁ、一番の理由としては、かなり怖がらせちゃっただろうからって言う、お詫びの気持ちだけなんだけどね」


 マジで関係無かったのに、勝手にブチ切れてゴメンよ。

 後から考えたら、ただの八つ当たりだったと自覚して、今は背筋がむず痒いよ。


 メリットもある、ってのは言わないでおこう。

 彼女達、魔法陣やら魔術錬金とやらにも詳しそうだから、オレが行き詰った時にはぜひご教授をお願いしたいなんて事、今はまだ言わないだけ。

 オレのちょっとした、自尊心の為にもね。



***

偶然が重なると、怖い。

そんな知りたくなかったシリーズが続いておりますが、これからまだまだ続きます。


魔術ギルドのジュリアン・キャメロン姉妹は、今後も何かとログインする予定となっています。

ポっと出のサブキャラではあっても、彼女達も一応はこの小説での重要人物になっていく予定ですので、乞うご期待。


ちなみに、立ったまま気絶するガハラさんは、長年使い続けた某7竜狩りのゲームのキャラクターからイメージを貰っております。

2020-Ⅱ版をやり込み過ぎて、某13班の漫画まで描いていた時期もありました。

黒歴史です。

………分かる人だけ、笑ってください。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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