79時間目 「道徳~知りたかった真実と、知りたくなかった事実~」3
2016年5月29日初投稿。
続編を投稿させていただきます。
アサシン・ティーチャーは空中散歩を楽しむことは出来るのでしょうか。
79話目です。
最近、また話がハードで濃密になってきてしまっているので、少しずつ緩和していきたい………。
次辺りで、少し緩めのスカッとする話が書ければ良いな、と。
………思うだけです。
***
本当に、唐突だったとしか言いようがない。
空中に投げ出されていた体。
炎の熱に晒されていた筈の肌に、やや生温い風が当たる。
ひりひりと断続的に痛む肌の感覚は、夢では無いだろう。
「………は…?」
オレは、先ほどまで何をしていたのか。
それは、痴呆でも無ければ認知症でも無いので、しっかりと覚えている。
順を追って、しっかりと思い出す。
『聖王教会』に『女神の石板』を確認する為に、出向いたのだ。
『吐き出し病』の治療薬が届いた事もあったので、ミアにその治験の打診にも来た筈だった。
教会の中でラピス達と別れ、オレとオリビア、そして案内役のイーサンと共に聖堂へ向かった。
その聖堂の奥には隠し扉と階段が地下深くまで続いていて、その行き止まりともなった部屋には更に隠し扉が設けられていた。
そこに、確認の為に触れた。
すると、仄かな熱を感じたと同時に、オレは出入り口を見受けられない円形の部屋へと放り出されていた。
『人払い』の結界の施された、『女神』と『女神の眷属』、そして『予言の騎士』だけしか出入り出来ないという部屋だった。
その円形の部屋は、『石板』を安置していた。
3人の少女らしき像が支えたディテールの、台座の上。
どのような原理かは不明ながら、浮き上がった状態で鎮座していた。
『石板』に書かれていた文字はオレには全くの理解不能であり、更にはバラバラに砕けたり欠けていたりもして、内容を翻訳する作業も容易では無かっただろう。
………一体、あれをどうやって、今現在の予言の形にまで翻訳したのか謎である。
しかし、いざその『石板』を確認しようとして手袋を嵌めた手を伸ばした際に、円形の部屋は見事に変貌した。
燃え盛る炎に、吹き付ける熱風。
眼下は真っ赤に染まり、肌を焦がす熱にいっそ熱さよりも痛みを感じた。
このまま、焼死か?と嫌な予感までしている最中、オレに呆れながらも話し掛けて来たのは、『闇』の精霊・アグラヴェイン。
素手で、直に、『石板』に触れろ。
と、彼の言う通り、手袋を脱ぎ棄てて『石板』へと触れた。
………あの『石板』には、指紋認証システムでもあったのだろうか?
セ●ムか?ア●ソックか?
閑話休題。
その瞬間、オレが感じたのはとんでもない頭痛と、視界すらも定まらない錐揉み回転。
身体をバラバラに千切られそうな感覚やら吐き気やらを諸々感じた後、気付けばこの状況だった。
先ほど、身近に迫っていた焼死からは逃れる事は出来た。
しかし、オレの居場所は空中だ。
このままだと、地面に叩き付けられて圧死か轢死である。
………助かる要素が、なんにせよ見当たらない。
真下に広がっているのは、真っ黒い大地。
しかも、どこか毒々しい赤色の光がチラ付いて見えるのは、気のせいでは無いだろう。
自身が今、かなり高い場所にいるのは分かる。
普通ならば、このまま自由落下が始まる筈なのだが、それすらも無く。
オレは、ただ、呆然と目の前の状況に言葉を飲み込むばかりだった。
「(………待て待て待て、この状況はどうなっている?有り得ないだろう?)」
心の中で、突っ込み。
大口を開けたまま、言葉を発する事も出来ないままではあるが、思考はまだ止まっていなかった。
「(オレがいた円形の部屋は、一体どの辺りになるんだ?
………というか、こんな上空数千メートルに投げ出されるなんて、どういう了見だ……)」
先ほど考えていた通り、オレは『石板』に触れただけである。
それが、突然の空間転移。
ラピスの転移魔法陣を使った時だって、ここまで酷い錐揉み回転はしなかった。
多少、魔力を消費した気だるげな感覚はあった筈だが、それ以外に頭痛や吐き気なんてものは感じた事も無い。
つまり、これは転移魔法陣とはまた違う原理だと考えられる。
そこまで考えると、じんわりと喉元が潤って来た。
意味は異なるものの、喉元過ぎれば熱さ忘れるとは言うが、少し思考が纏まってくるとこの状況には漠然と納得出来る。
強制的に、転移させられた訳では無い。
でなければ、オレがこうして吞気に空中を浮遊していられる筈がないからだ。
ならば、これは転移では無い。
もしかしたら、先ほどの錐揉み回転も含めて、体が転移した訳では無いような気がする。
それに、先ほどぐるぐると視界が回転していた時のこと。
感じていた吐き気や眩暈は、どちらかと言うとまだ魔法が使えなかった時に精神世界へと足を踏み入れた時の感覚に似ていた気がする。
強制的に、受動的に、勝手に引き込まれるような感覚。
眼が覚めた途端、眼の前が真っ暗なんて事は間々あるが、状況は違えど現状にそっくりだ。
なにかしらの術式、もしくは精神への干渉。
そう考えると、しっくり来た。
「………しかも、あの下の大地って…」
そこまで考え至ってすぐ、オレは浮遊している足下を見た。
黒、黒、黒。
まるで、浜辺に打ち上げられた海苔や昆布のようなそれ。
よくよく眼を凝らして見ると、蠢いているのも分かる。
そんな黒い何かは、所々で真っ赤な光を灯している。
いつぞや、こんな映画を見た事があった。
………確か、ジ●リ作品だったのは覚えているが、あの蟲の大群の名前は何だっただろうか。
あんな感じ。
そこで、またしてもしっくり来た。
「あ、あれも生き物なのか…」
蟲じゃない。
だが、何かしら生体反応を持った生物である事は明らかだ。
それが、大地を埋め尽くすようにして蠢いている。
行進か何かのように、少しずつ進行しているようにも見えた。
そこで、視線をその先へ。
赤い光を灯した黒い生物が向かう先へ。
そこには、赤茶けた大地があった。
しかも、太陽が昇っているのかどうかすらも定かでは無い。
灼熱を思わせる黒味を帯びた雲が空を覆い、まるで夕方か朝方のような光源量でしかない。
しかし、オレには何故か、その地表の形がどのようなものか分かった。
これは、大陸だ。
しかも、今の『人間領』と『暗黒大陸』が分かたれる前の、オレ達が召喚された世界。
東西南北は、分からない。
ただ、見慣れた城壁が、海を臨むであろう地帯に、帯を作っている気がする。
ダドルアード王国だ。
オレ達が知っている城壁とは似ても似つかない程低く、作りも半端である。
しかし、微かに見える王城の位置が一致する。
更には、その右手に位置する『白竜国』や、その隣の『赤竜国』の城壁も見えた。
これまた、今現在の城壁とは違うものの(※討伐隊の時に、チラッとだけ見た事があった)、確かに街を守るようにして建設されている。
しかも、建設途中のように見えるのは、気のせいだろうか。
「………現在とは、違うのか…?」
ふと、そこで思い至った。
ダドルアード王国の城壁は、今は既に10メートルを超える堅牢な石積みの城壁だ。
しかし、この状況を見ると、石で出来ているのか木で作られているのかは定かでは無くても、高さが到底及ばない事は分かる。
『白竜国』や『赤竜国』も同様で、城壁を建設途中、もしくは改築中等の報告は聞いていない。
そして、
「………この赤茶けた大地は何だ?
それに、なんで太陽が二つ昇っている筈なのに、ここまで暗いんだ」
世界の変貌。
それは、まるで世界の終り。
二つの日は落ち、暗雲に覆われた世界。
これが、世界の終焉だと言うなら、頷ける。
このような世界では、人間が生きていくのすら難しいだろう。
「これが、世界の終焉。………しかも、一度訪れた災厄の一部だって言うのか?」
脳裏に過った、『石板の予言』のワンフレーズ。
『災厄は、世界を呑み込む黒煙となるだろう。
二つの日は落ち、水は枯れ、野には屍が積み上がる』
これは、過去だ。
過去、この世界が一度終焉を迎えようとしていた時の情景が、オレが今見ている風景だというのだ。
なんで、どうして?
一体、どういった原理が働いて、このような光景を見ているのか。
さっぱり意味が分からない。
しかし、この風景を見ている理由は、先ほども思い至った通り。
『石板』に触れて、オレは過去の情景を見ている。
いや、見せられている、と考えた方が妥当だ。
あの『石板』にたまたま組み込んであった機能なのか、それとも第三者が施したのかは分からない。
しかし、この風景を見て、伝えたいことがあるのは分かった。
この世界の終焉を、もう一度齎してはいけない。
たとえ、世界の終焉が起こらなかったのだとしても、この風景は二度と見たくはない。
こんな暗雲に覆われた世界に、誰が住みたいと思うものか。
こんな赤茶けた不毛の大地を、誰が踏みたいと思うだろうか。
あんな赤目の黒毛玉のような生物の侵攻して来る場所に、誰が好き好んで留まると言うのか。
阻止しなければならない。
絶対に。
だが、その為に何をしたら良いのか、というのは全く持って分からない。
せめて、『石板』にヒントが無いかとこうして出向いた次第だったが、まさか過去の情景を見せられるとは思ってもみなかったもの。
いや、でもこれもまた、ヒントの一つなのかもしれない。
黒煙と称されている、大地に蠢く赤目の黒毛玉。
あれが侵攻してくる前に、オレ達は何かしらの対応をしなくてはならない。
それが、体力強化・魔力強化、或いは国と国との連携を取っての軍事強化や防衛体制強化なのか。
どの道、やっていくべきことだとは分かっているが、はたして優先順位はあるのか無いのか。
方向性を間違えて、結局滅びました。
それじゃ、洒落にならない。
オレ達が召喚された意味も無くなってしまう。
他に、まだヒントが無いのだろうか。
そう思って、注意深くこの過去の記憶と思しき情景を観察する。
しかし、ふとその瞬間に、視界の端でひらりと何かが舞い散ったのが見えた。
「………こんな上空に、なんで……」
一見すると、花弁のようにも思えた。
しかし、色は赤でも、やや黄みがかっているのがかろうじて分かった。
視界を、その花びらのようなものへと、移した瞬間だった。
「うぉ…ッ!?」
ゴウッ!、と突然の強風。
その中で感じたのは、圧倒的な威圧感と、肌を焼く熱気。
熱気に開けてもいられない目を塞ぎ、思わず右腕を顔の前に翳す。
露出した掌や手首が、熱気に焙られるかのように痛みを訴えた。
焦げたであろう袖や黒髪ウィッグの匂いが鼻を付く。
………まるで、夢を見ているような感覚だというのに、五感は本物なのかよ。
しかも、この黒髪ウィッグは耐熱加工のものじゃないんだから、焙られるとチリチリになってしまうんだが、どうしてくれる…!?
なんて、どうでも良い事を考えていた最中、
『………この風景、アンタにはどう見える?』
ふと、今までオレだけだった空間に、初めて第三者の声が響いた。
重厚で、腹に響くような声。
それでいて、耳の横で聞こえるとも、胸の奥で聞こえるとも思しき声だ。
例えるなら、アグラヴェインと対話をしている時のような残響。
しかし、アグラヴェインともまた違う、声音に背筋が粟立った。
少なくとも、オレはこの声を知らない。
灼熱の熱風に負け、開けていられなかった瞼をこじ開ける。
ただ、先ほど唐突に感じた熱風の時よりは和らいでいるようで、難なく眼を開く事は出来た。
そうして、眼を開いて見た先にいたのは、
『アンタが『予言の騎士』だって言うなら、答えろよ。
この終焉に近づいた世界は、アンタにはどう見えているんだ?』
赤銅色の眼に、黒髪を翻す偉丈夫だった。
これまた赤銅色の体はがっちりとした筋肉質な肉体美を晒し、燃え盛る炎が衣服のように纏わり付いていた。
背中には、翼のような形になった炎が躍り、対空の為か羽ばたき続けている。
そして、特筆すべきは、その顔。
まるで、太古の鬼が抜け出して来たかのような、阿修羅すらも思わせる風貌。
額からねじり上げられた角が2本生え、口元にはかなり豪奢な上向きの牙も見える。
以前、ローガンと最初会った時にも、赤鬼だと思った。
しかし、今この筋肉質な偉丈夫と彼女とを比較してしまえば、俄然こちらの偉丈夫の方が赤鬼だ。
日本の伝説や歌舞伎等で題材にされる鬼に『酒呑童子』という鬼がいる。
本来は、丹波の大江山かまたは山城と丹波の国境にある大枝に住んでいたと伝わる鬼の頭領の名前。
一説では、盗賊の頭目だったとも伝わっている。
酒が好きだったことから、手下たちから『酒呑童子』の名で呼ばれていたらしい。
そして、今目の前にいる、この筋肉質な偉丈夫は、まさにその『酒呑童子』だと思える風貌をしていた。
顔の造形や、黒い髪だろう所まで炎で形作られ、燃え盛っているように見える。
そして、今しがたオレに向けた質疑に対する返答を待っているのか、これまた炎で形作られた眉を顰めて、難しそうな顔をしていた。
………どうしよう。
なんて答えるべきなのだろう。
質問の内容は、ちゃんと分かっている。
でも、素直に答えれば良いのか、はたまた熟考して難しく答えたら良いのか、判断が付かないのだ。
答えに納得できない、もしくは気に入らなかったら、頭からぱっくり食われる事になり兼ねない。
先ほど感じたように、理不尽とは言え五感は本物である事が分かっている。
食われた瞬間、この偉丈夫の中で焼死なんてしたくない。
そもそも、オレはまだ死ぬつもりも無いので、出来ればこんな人外とのエンカウントイベントが避けて通りたかった。
チキンと言うなかれ。
これも、この世界を生き抜く処世術だ。
だが、
『答えられないのか?それは、お前が『予言の騎士』じゃないからか?』
「えッ…!?あ、いや…ッ、一応『予言の騎士』ではあるんだが、」
『なら、何故答えない?』
「………答えを探してる。でも、見つからない………」
どうやら、この『酒呑童子』らしき偉丈夫は、あまり気が長い方では無いらしい。
急かされてしまった。
そして、そんな状況で出て来たのは、なんとも情けない言い訳のような言葉だけだ。
だって、この状況、なんて言えば良い?
先程の質問からして、この『酒呑童子』らしき偉丈夫がこの風景を見せていると考えても良さそうだ。
だが、残念ながら、オレの中では想像に絶するという程度のありきたりな言葉しか出てこない。
急かされた所為もあって、思考もまとまってくれない。
「………怖いし、悲しいな」
『怖い…?』
いや、いっそ素直にぶちまけてしまおうか。
オレの悪い癖は、相手の欲しいだろう言葉を無意識に選び取ってしまうことだ。
最近、気を使う相手というのが見当たらなかった所為で、あまり表には出していなかった。
だが、アグラヴェインとの対話の最中、何度かしてしまったことがある。
それを、アグラヴェインは不快だと、漏らしていたのは良く覚えている。
この『酒呑童子』らしき偉丈夫も、どこかアグラヴェインと似たような感覚である。
飛び抜けて高い魔力の流れや威圧感、そして五感に訴えかけてくる強烈な熱気。
アグラヴェインの場合は、どこか冷たい感覚を持っているものの、彼の属性である『闇』の性質を考えれば頷ける。
そして、『酒呑童子』らしき偉丈夫の属性は、見た目からして分かり切っている。
属性は、『火』で間違いないだろう。
もしかしたら、アグラヴェインと同じ、中位か高位以上の精霊なのかもしれない。
話が脱線したな。
彼への返答は、もう決まった。
「………こんな世界、もう見たくない」
オレが、この世界の情景を最初に見た時に思った、感情の1つ。
「絶対に、もう二度とこんな事があっちゃいけない」
『………だが、既に終焉はすぐそこまで迫っている』
こんな世界を、見たくはない。
こんな世界を、生徒達にも見せたくはない。
素直に、言葉を吐き出した。
しかし、『酒呑童子』らしき偉丈夫から返ってきた返答は、確実にオレの胸を抉る事実だった。
分かっているのだ。
既に、予兆は痛いほど、眼の前に付き付けられているのだから。
既に伝承の通り、二つの日が昇っている。
水は枯れ、不毛の大地が広がり、刻一刻と消費されている時間。
分かっているのに、オレはまだ動けない。
「分かってる。でも、この風景を見せられちゃ、少しでも阻止したいと思う」
『………ならば、何故動かない?』
「動けないんだ。何をすれば良いのか、分からなくて…」
『………?』
言葉の通りだ。
分からない。
『酒呑童子』らしき偉丈夫は首を傾げただけだ。
オレの言っていることは分かっているようだし、言葉のキャッチボールもちゃんと成立している。
だが、オレの最後の言葉の意味を、理解していないだけなのだろう。
それが、答えを知っているからなのか、それとも本当に意味が分かっていないのかは判断が付かないが、
『人間の世界に、伝わっていないのか?』
「………何が?」
『女神の残した、『石板』だ』
驚いた。
まさか、彼から女神の名と『石板』の事を、直接聞く事になるとは。
しかも、今この『酒呑童子』らしき偉丈夫は、女神の事を確かにソフィアと呼んだ。
もしかして、彼はソフィアに近しい位置にいた精霊なのだろうか?
「残っているし伝わってもいるんだが、読み取る作業が難航しているらしい。
しかも、『石板』は長い年月の間に風化してしまって、割れたり欠けたりで、」
『………それは可笑しい!』
『石板』の解析が進んでいない事を説明していた矢先、唐突に彼は炎を更に燃え盛らせた。
黒髪に見えていた部位まで轟々と燃え上っている様を見ると、まさに『怒髪天を突く』だ。
………ただ、眼の前にしているオレからして見ると、笑いごとでは無い。
『ソフィアが残した『石板』は、『グノーモス』の外郭を削り出した特別な物だ!
まず風化などする筈も無く、人間どもが軽々しく破壊出来る物でも無い!!』
ええ~………?
そんな凄いものだってのに、あんなバラバラで欠けまくっちゃってる訳~?
しかも『グノーモス』って何よ、誰よ?
いや、それはともかくとして、アンタも実物眼にしてみれば分かるよ。
文字もそうだけど、あれだけバラバラになってたら読み解く事なんて出来っこないじゃんか。
そう言いたいけど言えないまま、胡乱気な表情で彼の怒りが収まるのを待った。
すると、程無くして、
『………お前の顔を見るに、本当なのか?』
「うん。一度お目にかかったら良いと思うよ」
どうやら、彼もオレの顔を見て、真実だと理解したようだ。
ひとつだけ、頷きを返しておいてあげた。
お互い、微妙な表情のまま、固まること数秒。
はぁ、と何故か同じようなタイミングで、溜め息を吐き出した。
まさか、精霊らしき存在と顔と顔で分かり合えるとは思っても見なかったよ。
『だとすれば、肝心の『予言』の一部が欠けてしまっていると考えて良さそうだな』
「そうだね」
『一応、確認したいのだが、『予言』はどこまで伝わっているんだ?』
「………えっと、オレもハッキリ覚えている訳じゃないんだけど、」
『酒呑童子』らしき偉丈夫の要請通り、オレが知っている限りの『石板の予言』について話しておく。
オレも例の『予言』の一部を丸暗記している訳では無いが、似たような言葉を合わせて抽象的になりつつも、かくかくしかじかと説明する事、約1分。
その間に、難しい顔で説明を受けていた『酒呑童子』(※もう良いや、『酒呑童子』で)も、オレの説明を聞き終えたと同時に、腕組みをして唸り声を上げた。
マジで喉奥から唸り声が漏れていたので、ちょっと怖かった。
『それでは、半分も伝わっておらん。
しかも、何故そこまでバラバラになってしまったのか、皆目見当が付かんじゃないか』
「あ、やっぱり?」
そして、オレの思っていた通り、女神の『予言』は、半分も伝わっていなかった。
自棄にさっぱりし過ぎているとは思っていたが、約半分の情報が損失していたらそりゃさっぱりもするわ。
「その内容、アンタは覚えているのか?」
『………アンタでは無い。オレには『サラマンドラ』と言う名がある』
あ、サラマンドラって言うのね。
突然の自己紹介に戸惑ってしまったけど、やっぱり名前があるって事は精霊みたい?
………『酒呑童子』で定着しちゃうかもしれないけど。
「オレは、銀次だ。銀次・黒鋼」
『そうか、ギンジ。お前が『予言の騎士』である事は、分かった。
元々、封を施した『石板』の部屋には、『女神』とその『眷族である我等』、そして『予言の騎士』しか入れぬ結界を、『聖龍』が敷いておいた筈だからな』
えっ、………っと、何がどうなってんだ?
今、滅茶苦茶大事なことを、この『酒呑童子』さんは呟きませんでしたかね?
ま、まず『石板』の部屋ってのは先ほど入った円形の部屋だというのは分かるけど、『女神』と『その眷属』と『予言の騎士』が入室可能だと聞いていた。
しかし、実際には『ソフィア』とその『眷属である我等=精霊(?)』と、『予言の騎士』だけだった?
そして、その結界を敷いていたのは、『聖龍』とか言う精霊(?)だって事?
ま、待って待って!
頭がこんがらがっちゃうから!
し、しかも、結構大事なこと、さらっと言い放つから、どこまで本当なのか判別が付かない!
「え、えっと…まず、人間に伝わっているのが、結構間違った内容なのか?」
『………アンタの顔を見る限り、そのようだな』
「オレの顔で合否判断するのやめて」
『顔以外にどこを見て話せと言うのだ?』
いや、確かに顔を見て話せというのは、基本中の基本だけどもね。
今はそんな事どうでも良いの!
ってか、さっきのオレの質問どこ行った!?
オレの知らない『予言』の内容を、『酒呑童子』が知っているならすぐにでも答えて欲しいんだけど…!?
しかし、ふと見上げた彼の顔は、何故か難しそうであった。
こう、もやもやした時にする顔。
『………オレも、覚えている内容は少ない。
………記憶に靄が掛かったようで、記憶が途切れている部分も多々あるのだ』
「………それって、痴呆とかそういう?」
つまり、覚えていないという事らしい。
イラっとした。
ついつい、八つ当たり気味に悪態を吐いてしまったが、
『馬鹿にするなよ!?これでも、オレは『火』の上位精霊で、お前が生まれる数万年前から存在しているのだからな!!』
「ヒッ…そ、そんなに怒るなよ」
滅茶苦茶、怒られた。
しかも、以前同じようなことで、アグラヴェインにも怒られた気がする。
ってか、アグラヴェインどこ行った?
………あれ?
でも、コイツも上位の精霊で、アグラヴェインも上位の精霊なんだよな。
もしかして、知り合いだったりするの?
「なぁ、アンタ『アンタでは無い!』………」
二度目の名前変換要求で、ついつい黙り込む。
コイツ、アグラヴェインよりも更に気位が高くて面倒臭いかもしれない。
「………えっと、しゅて……サラマンドラ………さんって、アグラヴェインって精霊は知ってる?」
渋々言い直した(※間違えそうになったけど)名前に、更に敬称を付けるか付けないかで迷って、間誤付いてしまったが、一応確認の為に聞いてみる。
しかし、その変化は劇的なものだった。
『何故、その名前を知っている!?』
ゴウッ!!とまたしても、燃え上がった炎。
二度目の怒髪天にすっかり気圧され、からっからに乾いた喉は張り付いてしまった。
温度が上昇した所為ってのも、あるかもしれないけど………。
「お、オレの属性が、『闇』属性なの…ッ!
し、しかも、巣食ってるとかなんとかで、オレの中にそのアグラヴェインって『闇』属性の精霊がいて、」
『しかも、巣食っているだとぉ!?』
ぎにゃあああああ!怖い!!
ジャッキーの時でも、ここまで恐怖は感じなかったよ!!
一体、お前は何をしたんだ、アグラヴェイン!
この『酒呑童子』とは、因縁の仲とか言いますか!?
『有り得ない!オレ達『眷属』を体に内包出来るなど、ソフィア以外には有り得ぬからだ!!』
「ッ…で、でも…そうなっちゃってんだし、」
『大体、アグラヴェインならば『エリゴスの墓』の『封印』をしていた筈だ!
アイツがお前の腹の中にいると言うなら、あの墳墓の『封印』はどうなったというのだ!?』
だぁあああーーーッ!!
またしても、意味不明な話が出てくる―ッ!!
普通に精霊が巣食ってるとか言う話だったけど、駄目なんじゃん!
器がソフィア並みって事!?
しかも、オレはアグラヴェインが何かしらの『封印』に関与していたなんて話、一っつも知らないけど!?
しかも、さっき記憶が薄らしているとか言っておきながら、結構覚えてんじゃん!
嘘吐き!!
「ちょ…っ、どうどう!待ってくれ!」
『オレは、馬じゃない!』
「わ、分かってる分かってる!けど、頼むから落ち着いてくれ…!!」
『落ち着いていられるものか!!お前が『予言の騎士』である事は認めよう!
だが、オレがいくら記憶が飛んでいるからと言って、与太話をするつもりであれば容赦はしないぞ!!』
ひぃいいっ!?
何をそんなに怒っていらっしゃるの!?
むしろ、嘘吐きはアンタだろぉ!?
オレは嘘なんて言ってないのに、なんでこうなった!?
今にも、オレはこの『酒呑童子』ことサラマンドラに、頭からがっぷりと食われそうになっている。
実際に、彼が食らいつこうと思えば、オレは丸呑みされてしまう事になるだろう。
いやだ、そんな死に方。
焼死も嫌だけど、丸呑みだって嫌だよ。
まるで、蛇の食事みたいじゃん。
オエっ…!
しかし、そんな恐怖体験は、唐突に終わった。
ぞわり、と空気が揺れて、オレの背筋に言い様の無い冷気が這い上った。
燃え盛る炎の赤一色だった目の前が、ふと真っ黒に塗り潰される。
「……ッ」
『これは………!』
覚えがある。
これは、オレも知っている気配だ。
一面が黒の世界で、オレの慣れ親しんだ精神世界だ。
『馬と大して変わらぬ思考をしておるお主には、理解出来ぬ話で結構』
唐突に塗り替えられた世界の中で、腹に響くような声が木霊した。
先程まで聞いていたサラマンドラの声とはまた違う、重低音の耳に残る声。
オレの目の前には、いつの間にか甲冑姿の偉丈夫が立っていた。
逞しい背中、というかオレの身長であっても、腰ぐらいしか見ることが出来ないが、オレを守るような形で立っているアグラヴェイン。
サラマンドラの炎に照らされて、甲冑があやしい光を放っているが、いつも通りの真っ黒の甲冑からは至るところから靄のように、『闇』が立ち上っている。
まるで、対照的な2人ではあるが、先ほどまでオレが見せられていた精神世界のような過去の情景の中を侵食出来たのはアグラヴェインの方だ。
どうやら、普通に考える力関係と、彼等の力関係は逆のようだ。
『お、お前…本当に、アグラヴェインなのか!?』
『長い事『封印』されていると記憶まで怪しくなるようだなぁ、サラマンドラ』
『いや、良く覚えているぞ!
その毒々しい嫌味の吐き方は、間違いなくアグラヴェインだ!!』
………それ、オレも肯定しておいてあげる。
この『闇』の精霊様ったら、嫌味を吐かせたら天下一品だもんね。
『………黙らぬと、また空中に放りだすぞ』
「よくぞ、助けに来てくれました」
安定の筒抜け問題。
オレは素直に、謝っておいた。
触らぬ神に祟り無しだ。
ただ、そんなオレ達のやり取りを聞いてか、
『………本当の話だったのか…?』
サラマンドラは、赤銅色に輝いていた眼をぱちくりと瞬いていた。
………一瞬、犬みたいで可愛かった。
ただ、おかげで、オレの言っている事は嘘じゃないと信じて貰えたようだ。
ありがたいことではあるが、
『主は、嘘は言わぬ。妄言も言わぬ。
まぁ、虚勢を張って、自身の感情は酷く誤魔化しておるようだが、』
「そ、それは言う必要ないだろ…!!」
オレが見栄っ張りで、虚勢ばっかりのチキンって事は放っておいて!
「って、てか本当に知り合いだったのかよ」
『………その話は、今は放っておきやれ』
放っておけるか、馬鹿野郎。
聞きたい事が山ほど増えてんだぞ、畜生め。
「ソフィアの『眷属』ってなんだよ?」
『………』
「何、だんまり?じゃあ、さっきサラマンドラが言ってた、どこどこの墓の『封印』ってのは?」
『………黙りやれ』
オレが聞きたいことには答えないで、呟かれた言葉が黙れだって?
人の話を根掘り葉掘り聞いてきた癖して、オレには話せないことがあるって事かよ。
「しかも、サラマンドラと知り合いって事は、アンタ『予言』の事も知ってんじゃねぇの?」
『………黙れと、言っている』
「黙れ黙れって、答えも教えて貰って無いのに、黙れるわけねぇだろうが!!」
『黙れと言えば黙らぬか!子どものように、聞けば答えてくれると思うで無いわ!!』
「………ッ…!!」
腹の奥底どころか、体の内側から弾けるような怒声を張り上げられて意識が薄らいだ。
ぐらり、と倒れ込みそうになった時、ハッとした様子のアグラヴェインが腕を掴んでくれたは良いが、
「………お前まで、ゲイルと一緒なのかよ…!」
口を吐いて出た悪態に、青褪める。
何を言っているのだろう、オレは。
これじゃ、癇癪を起こした子どもの我儘だ。
けど、もう口を吐いて出た言葉は、取り消しなんて出来ない。
そして、オレの口からポロリと出てしまった言葉は、少なくともオレの今感じていた本心である。
『………あのような裏切り者と、我を一緒にするというのか』
「………。」
アグラヴェインからの言葉に、オレは黙り込む。
まるで、叱責を受けた子どものようだ。
アグラヴェインの背後では、サラマンドラすらも固まってしまっている。
………というか、アイツはどういう原理で、この精神世界にいるのだろうか。
それとも、まだここはアイツが見せた過去の世界のままなのか。
それすらも、分からなくなって来て、キツク眼を瞑った。
そう言えば、どれだけ時間が経過しているんだろう。
オレ、あの円形の部屋で今頃黒焦げになっているとか無いよね。
『………そんなに心配なら、とっとと行け』
「………ああ、そうするよ」
ただ、余計な事を考えていた。
そうしないと、今しがた考えていた本心が、口からでは無く筒抜けになってしまいそうで怖かった。
それを、珍しくアグラヴェインは咎めようとはしない。
咎めることすら、億劫であると言わんばかりだ。
ならば、オレもそのまま背を向ければ良い。
今は、何も考えたくない。
すぅ、と深呼吸をするようにして、意識を外部へと向ける。
精神世界からのお暇の仕方は、最近なんとなく理解できるようになって来た。
先ほど、アグラヴェインの怒声の所為で薄らぎかけた意識を、意図的に薄くしていく。
程無くして、眠りから覚めるような感覚を覚えて、逆らわずに眼を閉じた。
しかし、
『こ、こら待て!オレの事を忘れるな!』
『………お主は、まだまだお預けだ』
去り際に聞こえた精神世界の彼等のやり取りに、ちょっとだけ後ろ髪が引かれてしまった。
………あの2人(?)のやり取り、傍で聞いてたら絶対楽しいと思ったのに。
***
ぱちり、と眼を見開くと、眼の前には『石板』が浮遊していた。
相も変わらず、バラバラで欠けまくっている。
その場で、呆然と佇むこと3秒。
先ほどの、円形の部屋だ。
『女神の石板』が安置されている、隠し部屋の中。
それだけは、なんとか判断出来た。
しかし、これは一体どういうことだろう。
今まで、立ったまま眠っていたとでも言うのだろうか。
「頭痛ぇし、………なんだよ、さっきの、」
今まで見ていた光景や、『火』の精霊であるサラマンドラとアグラヴェインまで出て来たのは、全てが夢か幻だった。
そんな訳は無い。
確かに、オレは過去の情景をはっきりと見たし、サラマンドラとも会話した。
アグラヴェインに至っては、オレをあの精神干渉か何かの異次元から、連れ出してくれた訳だし。
「………アイツも、何か隠し事してんのかよ…。笑えねぇ……」
そして、最終的に感じた疑念。
アグラヴェインが、一体どこから来たのか、というもの。
ついでに言うなら、以前彼が言っていた言葉の意味も気になっていた。
彼は一度、『本来ならば、元々我が主の『精霊』となる予定は、もっと先の未来だった』と、小声で漏らしていた。
いつぞやの、マンツーマンを終えた日の朝の事だ。
その時、彼が言っていたことがもし本当で、更に『酒呑童子』の言っていたことも本当なら、彼は今もまだどこかの墓だかの『封印』をしていて、オレの中に巣食ってはいなかったことになる。
しかも、サラマンドラの言葉尻を拾ってみると、どうにも気になるのが彼等の主。
女神・ソフィアの事を、自棄に親しげに呼んでいた気がする。
そして、アグラヴェインとサラマンドラは、どうやら旧知のようでもあった。
じゃなきゃ、彼の十八番である『毒々しい嫌味の吐き方』だって知らない筈だろうしね。
『予言』に関しても、まだオレ達が知らない何かがあったらしい。
やはり、このバラバラになって欠けてしまっている部分が、何らかの形で関係しているのか。
しかし、ただでさえ情報量が多過ぎた。
これが、『石板』に触れただけで起きた事だなんて、もう理解の範疇を超えているよ。
頭が痛いわ、耳鳴りがするわ、吐き気も少しある。
なんで、こんな『石板』を一つ確認しに来ただけなのに、精神的にも満身創痍になってんだろう。
しかも、シャツがべったべたに濡れてんだけど、一体………。
………あれ?
「さっきまでの火も温度も、無くなったな…」
そういや、思い出した。
『石板』に触る前、この部屋はかなり高温だった上に、炎がぐるりと燃え盛っていた筈だった。
しかし、今は静かなもので、温度も心なしか涼しくなっている気がする。
………まぁ、過去の情景を見た時に、『火』の精霊に会ったから、十中八九彼の能力が影響していたとは思うんだけどね。
と言う事は、
「ここも何かしらの『封印』があったのか?」
『その通りだ』
「うおぅ!?」
ふとした呟きに返事が返ってくると、かなり心臓に悪い。
しかも、オレは今まで滅茶苦茶無防備に、考え事をしていたもんだから余計に。
『驚いたのは、こちらの方だ。いつの間にやら、我の『封印』まで解かれておったのだからな』
誰も人がいないと思っていた円形の部屋には、いつの間にやら『火』の精霊ことサラマンドラがいた。
しかも、またしても滅茶苦茶大事なこと言ってな~い?
今、また『封印』がどうとか聞こえたよ。
『まで』とか言っているって事は、アグラヴェインの事も言っているのかいな?
『………アンタがそんな顔をしていると餓鬼みたいだな』
「誰が、童顔の女顔か…!」
『………き、気を悪くしたなら謝る、済まなかった』
話が逸れた。
オレのNGの顔(※なんか、最近また怖くなったらしい)はさておいて、
「また、突然現れたな」
『うむ。『封印』があったから、表には出る事が叶わなかったのだが、今はこうして好きな時に出ることが出来る』
そう言って、『石板』を背にしたオレの前に、どっかりと座り込んだサラマンドラ。
先ほど涼しいと感じていた熱気が、またしても目の前で上昇している。
閑話休題。
「その『封印』って何の事?」
『女神がこの『墓』を守る為に封じたのが、オレ達のような『眷族』だ』
「………その『眷属』ってのは、つまりソフィアの所有物って事か?」
『オレは物じゃない』
「そんな事は分かってる。言葉の綾だ」
なんだよ、コイツ。
やっぱり面倒臭いな。
『でも、アンタの言っている事は分かる。
つまり、オレ達は『女神』と『契約』した精霊という事だ』
分かっているなら、最初からそう言え。
やっぱり、さっきの親密な呼び方は気の所為じゃなかった。
彼等の主は、やはり女神・ソフィアで間違いなかったようだ。
しかも、今彼は、オレ達と言った。
同じように『契約』をした精霊が、他にも複数いるという事になる。
ただ、悲しい事に、オレはそれ以上の可能性、もしくは思考を紡ぐ事は出来ない。
新しい問題が発生したからだ。
問題は、眼の前に鎮座した、サラマンドラからの一言。
『………ここは、『セーレの墓』。オレが数万年前から『封印』されて来た。
しかし、アグラヴェインが『封印』されていた『エリゴスの墓』は、『封印』を解かれ暴かれた』
***
「………ッ、ギンジ様…!」
「ギンジ様、良くお戻りになられました…!」
先ほどの円形の部屋、通称『セーレの墓』を抜け、出て来たオレを迎えてくれたのはオリビアとイーサン。
オリビアは、マジで半べそ。
イーサンに至っては、何故か感極まって大号泣していた。
………また、女神様への狂信者スイッチが入っているようだ。
「と、突然消えてしまわれて、お、オリビアはどうしようかと…ッ」
ああ、ゴメン。
あの状態なら、確かに消えたように見えたよね。
ぼろぼろと涙を零すオリビアに手を差し伸べると、勢いよく胸に飛び込んできた。
よほど、心配していたのか寂しかったのか、オレの首筋にぎゅうぎゅうと縋り付いて離れなくなった彼女に、苦笑を零しつつも頭を撫でてやる。
「そ、それで、『石板』を調べることは出来たのですか!?」
「ああ。なんとか………。それと、予期せぬ情報も『恩恵』も手に入ったよ」
「ま、真で…!!それで、『石板』の解析は…ッ!?」
感極まった狂信者に詰め寄られながらも、オレは『石板』の安置されていた部屋を後にした。
もう、あそこには、『石板』以外には無くなった。
オレにも、もうあまり用がある場所では無い。
『人払い』の結界とやらは未だに顕在だが、しばらくは立ち入りたくないというのが本音である。
あんな心臓に悪い体験は、そう何度もしてみたいものでは無い。
サラマンドラから、改めて詳しく聞いた話。
『石板』は、元々割れたり欠けたりする筈のない素材で出来たものだった。
今現在、この世界には、破壊出来る術は限られた物質で構築されていたそうだ。
しかし、どういう訳か、今の『石板』は、割れたり欠けたりしてしまっている。
原因の一つは、女神ソフィアと敵対関係にあった、『暗黒大陸』の向こうに『封印』されたという『災厄』だ。
これまたサラマンドラの記憶が定かでは無い事から、どのような姿形をしてどのように人間領を侵略したのかは分からない。
しかし、最終的な『世界の終焉』を齎すのは、この『災厄』である事が判明した。
オレ達の、今後の目標はこの『災厄』をいかにして倒すのか。
『封印』をされてから、既に数万年が過ぎている。
そして、その『災厄』復活の兆候である『二つの日』が昇り、更には、大陸の一部が不毛の土地へと次々と変貌して行ってしまっている。
西は荒野が広がり、東は既に砂漠化も確認出来ているらしい。
女神の予言は、つまりこう言う事だった。
ただの予言では無く、『災厄』復活を阻止する為の、次世代への道しるべだった。
ただ、『災厄』復活の兆候を、『石板の予言』として残し、後世へとつなげたは良い。
しかし、その『石板の予言』自体も、色々な経緯があって破壊され、今はそれぞれの『墓』と呼ばれる遺跡や教会に『安置』されている。
破壊された『石板』の修復はかなわないものの、少なくとも『石板』はこの一つだけでは無い事が分かった。
今後は、『石板』を探して、発見するところから始める事になる。
そこで、『予言の騎士』であるオレが『石板』に触れれば、彼等精霊の『封印』は解かれる。
そして、彼等精霊の『封印』を解く事が、この世界の終焉を阻止する鍵となるようだ。
他に精霊が『封印』されているのは、『マルファス』、『アスタロト』。
『マルファス』はどこかの教会で、『アスタロト』は山脈地帯にあるという神殿との事だった。
しかし、分かっている場所がサラマンドラにも無いという事で、正確な数も不明。
ただ、彼の記憶によれば、少なくとも7属性の一通りの精霊はいた筈との言質もある。
名前も覚えていない精霊もいるとの事で、真偽は不明。
………というか、信頼できるのかどうかも不明だ。
しかし、他に信頼できる情報が無い為、『石板』も7つ、もしくはそれ以上あると考えるのが妥当だろう。
その複数の『石板』を見つけ出し、『封印』を解く。
『封印』を解いた先で何が起こるのか、というのは分からないまでも、それが悪い方向に行くとは思えない。
その精霊達の『封印』を解く事は、オレにもメリットがある。
そして、それは女神・ソフィアが力を取り戻し、目覚める可能性をも秘めていた。
今後の予定は決まったも同然だ。
「他の『石板』について、どこか心当たりは無いか?」
「ほ、他の『石板』ですって!?他にも、何枚もあるというのですか!?」
「そういうことだ。『石板』は、少なくとも7つはあると考えて良い。
墓や古墳、神殿なんかに安置されているらしくて、それを守る『守護者』も存在するらしい」
「………そ、そんな…ッ!なんと素晴らしい…!!」
一応、確認の為にイーサンへと問いかけてみるも、結局コイツは何も知らない事は分かった。
勝手に感極まって大号泣してはいるものの、他の『石板』も教会に安置されている『石板』同様、破損している可能性がある事は忘れないでほしい。
………しかも、一つは山脈地帯って言われていたから、必然的に『暗黒大陸』に足を踏み入れる事になる可能性も高いという事。
難易度は最高ランク。
Sランクどころか、軽くSSSは超えているように思える。
案外、あっさりとサラマンドラも情報をくれたので、軽く考えてしまっている節は否めない。
だが、今後は各地に呼びかけを送って『石板』の位置を確認しよう。
「(………偽物達の動きも、もしかしたら理に適っているのか?)」
そういや、この情報。
例の偽物らしき『予言の騎士』達の行動にも、当て嵌まるのでは無いだろうか。
オレが今現在、怪しいと睨んでいるのは各地の教会だ。
勿論、『聖王教会』の支部。
確認したところ、『聖王教会』はダドルアード王国に本部を置き、各地に点在している。
一番近いところであれば、『白竜国』。
そして、『白竜国』を含む『竜王諸国』も1つないし2つは、支部を置いているという話だ。
今まで一番遠いと考えていたのは、東の国『メルン・ボルン』と『シャーベリン』、西の国『マグタ』、『ランス・ディーンドゥ』。
ただ、現在では最近復活した『新生ダーク・ウォール王国』が一番遠い東の国で、同じく『フライヤ独立国』が一番遠い西の国だ。
どちらの国も、支部を置いているのかは定かでは無い。
だが、このダドルアード王国と同じ様に、地下に安置している可能性は高い。
そして、『新生ダーク・ウォール王国』が擁立して間もない『予言の騎士』達を各地に派遣している動き。
おそらく、売名の意味もあるのだろう。
けど、オレが考えているのと同じく、『石板』を探しての事なのかもしれない。
………あちらにも、オレと同じように精霊達が味方に付いたのだろうか。
こりゃ、早めに遠征の予定でも組んで、一度見て回らなきゃならないかもしれない。
結構な長旅になるし、生徒達の実戦経験をもうちょっと上げてからにしたいけど、武者修行と称して強制的に出奔しようかな………?
あ、いや、無理か。
しばらく、予定が目白押しだから。
しかも、今出てったら、オレ達が偽物だって言っているように思われる可能性も高い。
「まぁ、なんにせよ、確認はすべきだな。
各地の『聖王教会』の支部に連絡を取って、もし『石板』があるようなら知らせてくれないか?」
「分かりました。早速、承らせていただきます」
向こうの『予言の騎士』達の動きが、思った以上に派手だ。
なので、あまり表立って動くと、却って誤認されかねないが、ささやかながら地道に活動しておこう。
ああ、それとついでに、
「ミアの件もなんとか目途も付いたし、そろそろお前の言っていたアレ。
オレ達も行動に移せるかもしれんぞ」
「………ッ!!真ですか!?」
とりあえず、手近にある『聖王教会』は、これからも贔屓にしておかないとね。
(※ちなみに、ウチの消費に困った金で、『聖王教会』には出資もしているし、お布施も払っているから、意外と良い関係は保っているのよ、実は)
***
その後、先にミアの診察も、薬剤療法の打診も終わっていたラピス達と合流。
ただ、あの怒涛の時間は、意外にも相当な時間が掛かっていたらしく、気が付けば時計の針が11時に近かった。
「………いつまで待たされるのか、心配したぞ」
「まったくだ。こんなに時間が掛かるなら、最初からそう言ってくれ」
「お疲れのようですね。大丈夫ですか?」
女性陣3名からは、ちょっとした小言×2と、優しい労いの言葉を頂いた。
………オレもここまで掛かるとは思って無かったんだ。
勘弁してくれ。
診察と治験の打診が終わったミアは、どうやらソファーで眠ってしまっていたようだ。
こんな遅い時間まで待たせてゴメンね。
「(お怪我は無いようですが、何故少し焦げくさいので…?)」
「かくかくしかじかだ。それ以上は聞いてくれるな」
そして、間宮にはすぐに分かってしまったようだ。
オレが焦げくさく、ついでに汗臭くなってしまっているのは、勿論サラマンドラと心臓に悪い体験の所為だ。
後、若干今更になって、眩暈がしている。
………ってか、これ違う奴の方だ。
「悪い、オリビア。ちょっと、魔力吸収してくれる?」
多分、今、魔力の蓄積量がかなり高くなっちゃってる。
眩暈に吐き気に倦怠感、って体調不良が重なっていたから、ちょっと気付くのが遅くなっちゃった。
しかし、
「………オリビア?」
いつもなら、すぐに返事がある筈の彼女からの答えは無かった。
「お、オリビア…寝ちゃったのか?」
先ほど縋り付かれたままの格好のオリビアを、揺らしてみる。
「………えっ…!…あ、はいっ!?」
あれ、どうしたんだろう。
なんで、こんなに蒼い顔をしているんだ?
「………どうした?寝てたか?具合悪いか?」
そう言って、彼女を覗きこむと、彼女は少し赤くした眼を丸くしながら、オレを目上げているだけだった。
………しかも、何故か震えていないか?
「……大丈夫か?」
「あ…ッ、はい!…なんでもありませんの…!」
どうしたんだろう。
さっきまでの事が怖かったというのは、なんとなく分かる。
オレもかなり怖かった。
けど、戻って来てから結構時間が経っているのに、まだ震えているなんて。
そういや、さっき聖堂を通った時も、彼女顔を上げてなかったな。
女神様達が寝静まっていたから(※意外と彼女達も寝るらしい)、あまりなんとも思っていなかったけども。
「ゴメンな、怖かったな。………もう、いきなり消えたりはしないだろうから、安心してくれ」
「…い、いいえ。だ、大丈夫です」
少し歯切れは悪いが、オリビアは困ったように微笑んだだけだった。
………やっぱり、どことなく可笑しい気がする。
そういや、あの螺旋状の階段を降りていた時から、彼女は何故か震えてオレの頭に縋り付いていた。
………怯えていたのか?
何に?
「何か、あったのか?」
「なんでもありませんの!あ、そういえば、何か御用がありまして…?」
「………『ボミット病』起こしそうになってるから、魔力吸収して欲しいな?って、」
「ッ…!!ご、ゴメンなさい!気付きませんでした!」
慌てた様子の彼女は、すぐさま魔力の吸収を開始してくれた。
眩暈や吐き気は消えたが、倦怠感だけはどうあっても消えてくれなかったがな。
………やっぱり、可笑しいな。
彼女はもう随分と長いこと一緒にいるから、最近は言わなくても気付いてくれていた筈なのに………。
いったい、何があったんだろう。
先ほどの、青い顔は尋常では無かった気がする。
しかし、
「……いきなり消えた、とは一体どういう事かのう?」
「女神を泣かせたのか、貴様…!」
「(じーっ……)」
「にぎゃっ…!?」
藪蛇の横槍の所為で、それ以上考える事は出来なくなってしまった。
ラピスからは冷たい凍えるような声音が聞こえ。
ローガンからは熱くて火傷しそうな怒気が吹き出し。
間宮からはじっとりとした責めるような視線が向けられ。
と、三者三様の態度を目の当たりにして、思わず総毛立った。
しまった、やらかした。
オレ、さっき自分で墓穴掘った……ッ!
何、この状況。
またしても、オレは嫌な汗を掻く事になっちゃう訳…?
***
難しい問題が浮上していても、女性陣には優しい銀さん。
結局、この後女性陣×2からお説教をされつつも、ただただ労ってくれるアンジェさんに癒されつつ、間宮くんからの無言の圧力に耐え兼ねて黙ります。
………そして、まだ仕事が残っていた事を思い出して、心底げっそり。
安定の過密スケジュールなので、このあとオリビアが更にわんわんと泣きだして強制終了。
みたいな感じです。
(※以上、管理人の脳内を垂れ流した結果)
誤字脱字乱文等失礼致します。




