表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
特別学校異世界クラス設立
9/179

7時間目 「休み時間~強制的過ぎるイベントも、唐突に~」

2015年9月2日初投稿。


遅くなりまして申し訳ありません。

またしても仕事が立て込んでおりました。


アクセス数3000突破ありがとうございます。


(改稿しました)

***



 10月某日、昼。


 オレ達の今日のメインイベントであった『聖王教会』本部への社会研修、もとい強制送還は終了した。


 終了しないと、オレの精神ゲージががりがり削られただけだったから、強制終了したとも言える。


『うふふ、私の特等席ですぅ』

『お前、ここにずっといたのかよ…』


 そして、オレの頭に張り付いた少女はご満悦、と。


 どうりで、首にしかオイタが出来ない訳だよ、オリビア。

 オレの肩に乗るようにして、頭に捕まっている彼女。

 頭に引っ付いていたと聞いていたが、こういう方法だったとは。


 どうりで、肩が重かった訳だ。

 いや、冗談だが。


 教会の訪問で、強制的に女神『聖神』のオリビアが、オレに引っ付いてきた。

 彼女曰く、オレが彼女のご主人様で、眷属契約した契約者パートナーだそうで。

 なんか、それも違くねぇ?


 最近、オレの肩書きが異様に増えていく。

 気のせいじゃないだろう、そうだろう。


 元暗殺者で現在は教師。

 んでもって、同僚兼友人からは死にぞこないのアタッシュケースという称号まで貰っている。

 石板の予言の騎士とやらはまだしも、エロ教師やらロリコン騎士やら、今回は、女神様の契約者という称号まで付いた。


 ………あれ?

 称号のうち、三分の一が悪口だ。


『しかし、驚いたものだ。

 まさか、女神様がこのように愛らしいお姿をしていらっしゃるとは』

『これでも、十分大人なんですよ?』

『お前が大人なら、オレは老人か?

 体長で言うなら、一番デカイ永曽根が一番高齢になるわ』

『た、体長の事を言っている訳ではないと思うが?』


 分かってるよ、ジェイコブ。

 テメェも冗談が半分通じねぇな、この野郎。


 そして、女神様よ。

 アンタを大人と見なすには、身長が後50センチは足りない。

 伊野田だって140センチはあるが、アンタは体長が100センチだ。

 せめて彼女に並べ。

 それからなら、いくらでもオレをパートナーと言って良いから。


 ……まぁ、まんざらでは無いのは、本当だけど。

 だって、可愛いもん。


『それにしても、私の眼に狂いはなかったな。

 女神様までご懇意にされていて、よもや契約までしてしまうとは…。

 ギンジ殿は、なるほど誠実なお人柄のようだ』

『最初っから節穴だったお前が言う事か?』

『面目も無い』


 ジェイコブのオレヨイショはともかく、そもそもお前がオレ達を拘束した事は忘れていない。

 おかげで、こっちは色々と心労を抱える事になったんだ。

 まぁ、


『ああ、女神様を携えたギンジ様も素敵!

 もういっそのこと、このまま連れ帰ってしまいたい…ッ!』

『死ねよ、お前』


 痴女騎士こっちの心労よりは、遙かにマシ。

 いつまで、付いて来てんだよ、この痴女。


 まぁ、それもさておき。


「…なぁ、銀次?

 その女神だかなんだか分からない子が付いて来るのは仕方ないから良いけどさぁ、この後、どうすんの?」


 エマさんや?

 ちょっと、この子に対して当たりがキツクねぇ?


「女神様なんだろ?

 だったら、云万年前から存在しているとか言ってたし、十分ババァじゃん。

 だったら、ウチ等の方が十分子どもだから、その子に対して当たりが云々関係ねぇし、」

「……ごもっともな意見をどうもありがとう」


 まぁ、それもそうかもしれんな。

 見た目はこんなんでも、女神様だ。

 見た目と年齢が一致しないパターンの凄いバージョン。

 なるほど、オレが初めて見る美魔女だな。


 オリビアの事をババァと言ったのは別として、エマはしっかり話を聞いていたようで、むしろそちらに感心した。


 さて、閑話休題。

 エマの「どうすんの?」と言う質問に答える。


「王国から貰った仮の住居があるから、ひとまずは先にそこに移動して、今後の事を話し合おうと思っている」


 今後の予定は、それぐらいだ。

 なるべくなら、もうあの城には近づきたくないってのが本音だし、今現在の急務も無い。

 ならば、先に住居に落ち付いた方が、今後の展望の為には無難だろう。


 その住居と言うのが、以前の謁見の際に、王国から謝礼として受け取った仮の住まいだ。


 街の一等地、という訳では無いだろうが、王城と教会のほぼ中間地点にある、それなりにお誂え向きな建物を献上された。


 元は『聖王教会』以外にも存在している、別の信仰教会の支部だったとか言う建物で、前までは孤児院だったらしい。

 この世界の生活基準で孤児院があったのは驚いたが、経営難の為に、その建物よりも比較的税金の安い建物に移転したとの事で、オレ達が献上された建物は今は無人だ。


 何度か改築しているとの事で、広さもそこそこ。

 生徒達がいっぱいいる分、部屋数にこだわったらこの建物がヒットしたらしい。

 やっぱり、最初から誂えてあったとしか考えられないものの、まぁ今はこれ以上言う必要も無さそうである。

 住居がある、というだけでそれなりには生活出来る。

 この際、受け取ったものは、何でもかんでも有効活用してやろう。


 と言う訳で、王城で間借り?していた一室を、今日のうちにとっとと引き払って、そっちの建物に移動する事を決めた。

 朝の段階で、ジェイコブ経由で国王に伝えておいたので、目録にあった他の金品なども、既にそっちに運び込まれている。


「そこで、また学校みたいな感じにするの?」

「こっちでも、授業すんのかよ」


 こらこら、杉坂姉妹はげっそりしない。

 勉強は学生の本分なんだから、怠るとエライ目に合うぞ?


「…まぁ、まずは建物を見てからだな」


 杉坂姉妹の言い分には物申したいが、それはひとまず置いておいて。

 結局は、オレの言葉通り建物を見てからになる。

 大部屋や客室等の部屋数があると言うのは聞いていても、どれぐらいの広さなのかも、実際にどれだけ使える状態なのかも分からない。


 宿舎や寮みたいにして、別の建物を借りる可能性も無きにしもあらず。

 その時は、王国の掌返しの対応でもある、脅迫コネクションを最大限に使わせて貰うが、


「まぁ、これから『特別学校、異世界クラス』の設立は決定事項だからな」

「その『異世界クラス』って、響きがなんか嫌なんだけど、」

「そう言うな。向こうにいつ頃戻れるのかも分からないんだから、せめて勉強ぐらいは普通にさせてやりたいからな、」


 オレは教師で、生徒達は学生。

 ならば、クラスの名前を改名したとしても、やる事は一緒だ。

 ただし、内容が大幅に変わることになるだろうがな。


「教科書もノートも無い世界で、何をするんだ?」

「そうだよネ。僕も筆記用具しか鞄に入ってないヨ?」


 内心でどうしたもんか、と考えていた内容を、常盤兄弟は的確に指摘してくれた。

 ちょっと虚を突かれてしまったが、


「英語を基本とした授業と、数学、歴史ぐらいか。

 後は、こっちの世界のお勉強と、割合としては体育や実技の専攻を増やす事になるだろうな」


 なんとか、持前の頭の回転の速さで乗り切る。


 うん、これに関しては、オレもどうしようかと思ってた。

 オレも、授業道具一式は、校舎に置き去りにして来てしまった。

 それは、ほとんどの生徒達が同じだろうし、置き勉していた奴等に関しては、教室が燃えてしまったので、既に教科書は紛失したと考えられる。

 そもそも緊急事態だったので、勉強道具を持ってくる事自体が無理。


 そもそも、異世界こちらの世界で、現代あちらの世界の勉強をしても意味は無い。

 偏差値どころか、常識がまるで違うからな。

 ここにいる生徒達は、受験を控えている訳でも無いので、多少知能が遅れたとしても問題は無いし、徳川以外であれば、十分取り戻せる頭脳は持っている。

 徳川以外、という部分は特に強調して言ってやる。

 コイツの頭脳は、もうほとんど取り返しが付かないとしか言いようが無い。


 閑話休題それはともかく


 この世界での必須科目は、何と言っても英語。

 共用語が英語なのだから、こちらの世界で生活するなら、最低限身につけなければいけない教養だ。

 英語ならば、スパニッシュもアメリカンも、教科書無しでオレが実地で教えられる唯一の科目だしな。

 言語を多数操れるのは、裏社会人としても最低限のアドバンテージだからだ。


 だが、それ以外では、別に現代の勉強は必要無い。

 それなら、いっそ別の授業に切り替えてしまえば、こっちの世界への対処も比較的楽になるだろう。

 数学や歴史は、こっちの世界を基準として考えれば十分高等教育になるだろうし、生徒達のモチベーションにつながりそうな授業の内容は、この世界にはありふれている。

 体育は、強化訓練を差し込み、実技に関しては、この世界と現代の最も差異のある『魔法科目』をぶち込む。

 その他にも、必要になるであろう、礼儀作法や馬術訓練などの教養を片っ端から漁っていく。

 生徒の中には、それで才能が開花する者も少なくないかもしれない。


「うへぇ、オレ、英語は苦手」

「僕も…」


 榊原と浅沼は、嫌そうな顔をしているが諦めろ。


「…香神は余裕そうだな」

「うーん、片っ端から単語を拾って覚えているだけだから、微妙なところだけどな」


 とは、永曽根と香神のオセロコンビだが、ヒアリングが完成されつつある香神はともかく、ウチのクラスでのトップクラスの成績の永曽根も習得は早そうだ。

 永曽根に継ぐ、伊野田や常盤兄弟も、そこまで問題とは思っていないようだ。


 やっぱり、問題は徳川だけど、


「なぁ、先生!剣は!?魔法は!?」

「そうだよ、先生!それも、先生が教えてくれんの!?」

「英語の習得が終わって、体育の結果も良かったらな」

『えぇ~~~~~っ!?』


 阿呆なのか、貴様等は。

 前にも言ったが、英語を覚えてからじゃないと、強化訓練も魔法の授業もオアズケだ。

 ついでに言うなら、体育でしっかりトレーニングして基礎体力を付けてからじゃないと、武器の扱いやらなにやらも教えられない。

 昨日言ったばかりだったと思うんだがな?


 『魔法』に関しても然り。

 履修は決定事項だとしても、基礎を作ってからじゃないと、怖くて使わせられない。

 オレだって使えるかどうか分らないのに、教えるなんて事も無謀だ。

 まずは、オレも生徒達も、この世界の常識、もとい『魔法』の基礎を学んで知識を満たしてからだ。

 それに、知っているのと知らないのとでは、行使された時の判断基準がぐっとやりやすくなる。

 知識だって、立派な力に変わる。


「あ、そういや、乗馬とかやんのか?

 ってか、先生は乗馬とかやったことあんの?」

「一応、考えてはいる。それから、オレは競馬の騎手ぐらいなら出来る」


 片腕だから、鞭が打てないけどな。

 凄ぇ~…と、オセロコンビからの視線が熱いが、無理やり引き剥がす。

 嘘は言って無いし、潜入調査で本当に騎手になった事もある。


「ドラゴンとか、乗れるのかな?」

「……ドラゴンは倒すものであって、乗り物じゃありません」


 お前は何を言っている?

 永曽根の危険思考は、どういうこっちゃ。

 まさか、乗馬の話から、ドラゴンにぶっ飛ぶとは予想していなかった。


 あれか?

 暴走族としての血が騒いじゃったとか言うそんなノリか?

 お前は盗んだバイクでは無くて、ドラゴンで飛び出してしまうのか?


 突っ込みどころが満載過ぎて、ちょっと疲れた。


「……倒せるもんでもないと思う」

「…うん」


 杉坂姉妹の意見はごもっとも。

 それは、失敬。


 ただ、永曽根の亜音速でぶっ飛んだ危険思考はともかくとして、香神の意見は素直に賛成。

 オレも丁度、必要だろうと考えてた。


 この世界の文明は、見た限りでも中世ヨーロッパが一番近い。

 車やらバイクやらの、オレ達が慣れ親しんだ文明の利器とも言える移動手段が皆無なのだ。

 実際、オレ達が最初に連行された時は、騎士達は馬に乗っていたしな。

 オレ達は徒歩だったので、3時間ぐらいはぶっ通しで歩かされた記憶もある。

 忌々しい記憶だ。


 一旦、ブレイク。


 さて、話の続きだ。

 オレは、可能な限りで、街の様子を見ている。

 しかし、こうして街を歩いてみても、車やバイクのような文明の利器は、陰も形も見当たらない。

 あるのは、人力車、馬車、でっかいトカゲの引く変な形の荷台のような、


『なぁ、オリビア』

『はい、なんでしょうか?』

『あれは、なんだか分かるか?』


 あれ、本当になんだ?


『あれは、ストーンリザードの運搬車です。

 ストーンリザードは、魔物の一種ですが、元々温厚で捕まえ易い事で有名ですよ。

 『奴隷の首輪』をされているので暴れる事はありません』

「岩トカゲって、まんまかよ」


 ついつい、日本語で突っ込んでしまった。

 オレの動揺っぷりは、良く分かってもらえただろう。


 説明の通り、ストーンリザードという魔物の一種は、サイにも似た岩のような体をしている。

 顔はトカゲのような感じなので、あの岩のような体にはなんとも違和感を禁じえない。

 元々温厚で『奴隷の首輪』とかで安心だから、見たいなことを言っているが、そもそもあの大きさの岩のようなトカゲという時点で、十分脅威だと言う事を分かれ。

 荷台と大きさが一緒とか、眼の錯覚どころの騒ぎじゃない。

 やっぱり、この世界は常識が行方不明だ。


 まぁ、常識の失踪とトカゲのデカサは良いとしても、問題はそれ以外の移動方法が見つからないこと。

 運搬用途以外にもあるのだろうが、馬が一番妥当なのだろう。


 遠くに移動する予定は今のところ無いが、後々には有り得ない話では無い。

 この王国は、信頼するにはデメリットも大き過ぎるから。

 要は、逃走手段を持っておきたいと言うのが本音。

 いざとなった時の、移動手段というよりも逃走手段は、例え付け焼き刃であっても確保しておく必要がある。

 必要とあれば、闘争も大事というのは、オレが一番骨身に染みて分かっている。

 基本的に、下半身不随の紀乃がいるから、徒歩は論外でもあるからな。

 ちなみに、紀乃は今、永曽根に背負われている。

 長曽根も紀乃も、河南も揃って白髪トリオ。

 見ていると、何故か親子を彷彿とさせるせいか、大変微笑ましい。


 いかん、また脱線した。


「まぁ、やりたい授業があれば、その都度報告してくれ。

 全員の意見を通す事は出来ないかもしれんが、必要とあらば履修を検討するから、」

「…先生、教えられるの?」

「その分野にはよるだろうが、基本的にはオールマーティーだと自負はしている」


 必要とあらば、弟子入り志願もお手の物だ。

 まぁ、教師の本分に響くようなら、色々と考えるだろうが。


 ふと、そこで、


「…でも、先生は一回、お城に戻った方が良いんじゃない?」

「えっ?オレに、またあそこへ戻れと?」


 ソフィアからの、衝撃の一言。

 オレは思わず、立ち止まってUターンの構えを取ってしまった。

 勿論、ダッシュで逃げ出す為だ。


「え、えっと、そういうつもりじゃなくてね…?」


 突然の言葉だったので、逃げる準備をしてしまったが、ソフィアは別に嫌がらせで言っていた訳では無かったらしい。

 随分と話が飛んだから、一瞬何事かと思ってしまった。

 だが、別にあの城に戻らなければならない、仕事も荷物も残していた覚えは無いんだが?


「…うん、と…。ちょっと、言いづらいけど、先生お風呂入れてないでしょ?」

「え?あ、そういや…」


 そう言えば、そうだった。

 しかも、通算7日目だから、一週間丸々風呂に入れていない。


「オレ、臭う?」

「うん、ちょっと臭い」


 あ、女子高生から言われたくない台詞、No.1を言われてしまった。

 地味に傷付いた。

 そうかそうか、臭かったか。

 ごめんなさい。


「当然だけどね? 先生、ぶっ倒れて2日も寝込んでたから、」


 うん、そうなの。

 拷問から解放された翌日から2日間、オレは昏倒していたから。

 その間に、生徒達がお風呂に入れたと言うのは聞いている。


 1日目から3日目までは、冷や汗やら脂汗やら掻きまくってたし、5日目まではぶっ倒れてたし、生徒達を再会してからもそのまま就寝してしまった。

 国王との謁見の時も時間が無くて、布で体を拭いただけだった。

 その後も、ジェイコブ達を相手にして嫌な汗を掻きまくったのに、その夜は完全にダウンしてしまって、やっぱりそのまま就寝。

 今日は、その丸一週間の記念すべき日だった訳だ。

 不潔極まり無い記念である。


 元暗殺者の性分もあって、風呂やシャワーが一ヶ月も出来ないなんて事もざらだったから、変に慣れちゃってて気付かなかった。

 けど、別に不精とかじゃないのよ?

 お風呂もシャワーも人並み以上には好き。


 しかしながら、


「ぷくくっ、先生臭いとか…。オレは良く言われるけど…」

「「アンタは本当に臭ぇんだよ」」


 浅沼は、ご愁傷さま。

 杉坂姉妹2人の言葉の猛襲に負けて、彼は地面に蹲った。

 まぁ、たまにオレも思ったりはしていたけど、口に出さなかっただけ。

 ……ただ、そこまで抉ってやるな。


『なぁ、オリビア?オレ、臭くないのか?』

『んー…っと、これもギンジ様の魅力だと思っておりますから、』

『……ゴメンよ』


 ちなみにオリビアにも聞いてみた。

 オレに一番接近しているのは彼女だし、エチケットとしてもオレが幼女に『スメハラ(※スメルハラスメント)』をするは、色々と公序良俗の観点から問題となる。

 ただ、地味に一番傷付いた。

 遠まわしにされたことと、彼女の優しさが一番痛い。


 結局、今日は一度、あの忌々しい城に戻ることになりそうだ。


 ついでに、


『ああッ!わ、私にも、ギンジ様の香りを堪能させてくださいまし…っああ!』


 引っ付いてきた痴女騎士イザベラ

 臭いと言われたオレの臭いを嗅ぎに来るとは、なんつう性癖なんだ、本気で。


 だが、寸でのところで、オリビアに何かの力で押し返された。

 光の玉しか作れない程度でも、これぐらいは出来るんだな。


『イザベラさんは近付いてはいけません!

 ギンジ様に無礼を働いた上に、ギンジ様のお近くに侍ろうだなんて、調子が良すぎると思われませんか!?』

『うぐっ!…め、女神様とはいえ、私の愛の邪魔をなさるとは…ッ!!』


 いや、喧嘩しないで?

 でも、オリビアはグッジョブ。

 永曽根以上に心強い防波堤が出来たもんだ。


 ただ、その痴女騎士は、構われると逆上せるし、発情するから放っておいて?

 後、王国騎士団は、こんなものを放逐しないでよ。


『隅に置けぬな、ギンジ殿も』

『代わってやろうか?ジェイコブ、コノヤロウ。

 今日からテメェに『石板の予言の騎士』の称号と、痴女騎士イザベラを熨斗付けて渡してやっても良いんだぞ?』

『すまなかった。遠慮しよう』


 茶化そうとして、傍観に回ったジェイコブには、勿論オレの最上級の脅しをプレゼント。

 テメェも、この心労を一度でも味わえ。

 そして、オレの気持ちを分かってくれ。

 オリビアは可愛いから良いとしても、この痴女騎士だけは生理的に受け付けないだろうから。


 まぁ、そんなこんなで、オレ達、と言うよりもオレだが、風呂を借りる為に、後一度だけ城に戻ることになった。

 やだなぁ、この戻り方。



***



 教会に行って、戻ってきてと結構な時間を移動に費やした。

 オレの不衛生な状態を改善する為に城に戻ってきた時には、ジェイコブの持つ懐中時計(※一応、あったよ?)は、午後3時を指していた。


 先程出て行ったばかりのような気がしていたが、どうやらそうでもなかったらしい。

 教会でのやり取りが色々と濃厚過ぎる。


 日も照っていて、秋口とは言え暑い。

 しかも、太陽が二つも昇っているせいか、体感温度も二倍だ。

 実際、聞くところによると、この世界でも現代同様に温暖化が深刻となっているらしい。

 最近では、南部での作物の需給率が右肩下がりで、貿易に頼り切りになってしまっているらしいし、大陸北部や東部でも、砂漠化が進行したりなんだり。

 海面の水位の上昇も確認されているらしく、そのうち南方の砦や島が沈む可能性もあるらしい。

 難しい問題だな。

 しかも、こっちは二酸化炭素の大量発生ではなく、太陽が増えたせいでの温暖化だ。 

 どうしようもない。


 と、取り留めも無い話はさておいて。


 そろそろ、生徒達の昼飯が心配だ。

 今も、魔物でも騒いでいるのかってぐらい、腹の虫を鳴らしている生徒がいるし。(※浅沼と徳川である)


 しかし、そうして、オレが昼飯に思いを馳せていると、


『ここにいたのか、異世界の男!!』

「あん?」


 背後から、唐突に鋭い声が掛かった。

 聞き覚えのある声だ。


 思わず、日本語で答えてしまって、更には声の方向へとガン付けてしまった。

 間違いない。

 この声は、


『貴様、メイソン…!』

『なんという、言い種を…!』

『『蒼天アズール騎士団』元副団長が、いかなる用件か!!』


 ジェイコブが驚愕を露にし、ジェイデンはこれでもかと嘆き、痴女騎士イザベラが苦い顔で堂々と対応した。

 彼等の言葉通り、『蒼天騎士団』元副団長のメイソン・メラトリアム。

 ジェイデンの弟であり、オレ達を拘束した騎士の一人。


 そして、オレの怒りの矛先となって、先日物理的な劇的ビファーアフターを遂げていた男だった。

 しかし、駆け付けた彼の顔には、そんな傷はどこにもない。

 歯が割れているのは見えたが、昨日の今日だと言うのにすっかりと顔形は元に戻っていた。


『なんだよ?また、整形したのか?』

『何をふざけたことを!』


 律儀に答えてやりながら、ついでに皮肉も掛ける。

 メイソンは、顔を真っ赤にして激昂を露にしているが、


『貴様、二度と『予言の騎士』様方に近づくなというお達しを忘れたのか!!』


 もっと、激昂している人物が、オレの隣と背後にいる。

 勿論、兄であるジェイデンだ。

 ちなみに、生徒達は、メイソンが来たと同時に、そそくさとオレの背後に隠れていた。

 間宮だけが、腰に隠したポーチから刃物を取り出そうとしながら、前に出てきたけども、オレが頭を抑えて背後へと押しやった。


 ……というか、そんなお達しが出てたんだ。

 案外、王国側も対応は考えていたらしいけど、それでなんで痴女騎士イザベラが接近禁止令を受けて無いの?

 こっちこそ、近づけちゃいけない類だって分からなかったのかな?


 閑話休題それはともかく、問題はこっち。


『そんなお達しは知らぬ。

 それに、その男が『予言の騎士』である証拠など、何一つ無いのだからな』

『き、貴様、まだそんな世迷い事を…!』

『ギンジ様を愚弄するとは、なんと恥知らずな…ッ!』


 と言って、オレの前に堂々と立っているメイソン。

 ジェイデンもイザベラも、既に爆発寸前と言った形で、顔を真っ赤にしていた。


 うん、この状況は、オレじゃなくても駄目だと思う。

 お達しは、おそらく国王からのものだ。

 つまり、彼はそれを違反して、こうしてオレの前に立っている。

 しかも、『異世界の男』と呼んだからには、オレに対しては敬意も糞もありゃしない。


 こっちの世界の騎士達の規律がどうかは知らないが、現代の軍隊でも軍法会議物だ。


 恥知らずと言うか、怖いもの知らず。


『何のご用件です!?

 ギンジ様が『予言の騎士』であることは、この私が証明致します!』


 そこで、果敢にメイソンに噛み付いたのはオリビア。

 いや、彼女は確かに女神様だから、証明は出来ると思うけど、いくら女神様の御威光も、コイツには多分通用しないんじゃないかな?

 だって、今現在で、既に国王様にまで逆らってんだから。


『フン!今日も女を引き連れているとは良い身分だな!』


 ………ほらね?


『メイソン、貴様!性懲りも無く!』

『はっ!…オレは、お前と違って、得体の知れない異世界の男など信用しない!』


 駄目だこりゃ。

 ジェイコブの叱責も、逆効果だ。


 メイソンは、元同僚でもあるジェイコブすら下卑し、


『性懲りも無いのは、この男の方ではないか!

 娼婦や奴隷と変わらぬ餓鬼どもを連れているかと思えば、今度はこんな幼女の娼婦にまで手を出しているのだからなっ』


 よりにもよって、オリビアまで娼婦扱いをしたぞ、コイツ。

 『聖王教会』どころか、信徒も敵に回したいらしい。


 案の定、この場の騎士達は、顔を真っ赤にして、怒りを溜め込んでいる様子。

 オレも怒りたいのは山々だが、これ以上はコイツを逆上させるだけだ。


 とはいえ、黙っているのも癪だな。

 ………黙らせる方法、何か無い?


 と思ったら、徐に痴女騎士イザベラが前に出た。

 溜め込んだ怒りを、なんとか大きく息を吐き出して堪えたようだ。

 あ、なんか、この感じだけを見るなら、コイツも少しは見直せる。

 オレの精神面で有害とは言っても、有能ではあるらしい。


『メラトリアム卿、貴殿には失望した』

『これは、アヴァ・インディンガス卿。ご機嫌麗しゅう』

『貴殿のせいで、麗しくは無い』


 皮肉も交えたのだろう。

 メイソンの御口上をばっさりと切り捨てたイザベラが、オレの矢面に立った。

 腰から、鞘ごとサーベルらしきものを抜くと、地面へと突き立てる。

 武力行使も辞さない、というポージングだ。


『何用か。つまらない内容であれば、この私が直々に斬って捨てる』

『では、恐れ多くも申し上げますが、』


 ……何が、恐れ多いんだ?


『この男、延いては異世界からの来訪者達は、『石板の予言』に記された『騎士』や『導かれし子等』ではありませぬ。

 アヴァ・インディンガス卿もゆめゆめ、騙されてはなりませぬ』


 何か確証があってのことなのか、メイソンは言い切った。

 まさかとは思うが、コイツ、何か知っているのか?

 だとすれば、詳しく詰問したい。


 と、思ったものの、


『その戯言を、信じる証拠は!?』

『上げればキリがありませぬ。

 まず、この男は、女どもを娼婦として侍らせ、男どもを奴隷として引き連れているだけでしょう。

 今もまた、年端もいかぬ幼女が増えておりますが、またしても生徒と偽った遊女を連れ込んだ事に他なりますまい?』


 ……あーあ。

 オレは、もう知らない。

 コイツ、オリビアの事まで遊女って言いやがったもん。


 この間のエマの件でも懲りなかったらしいな。

 しかも、エマだけでは無くソフィア達の事まで娼婦と言い、男子達を奴隷と言った。

 今度は、確実に命が終わったな、この男。


 詰問しようと思ったけど、詰問しても意味も無い。

 殺した方が早い。

 コイツは、オレの表面だけで自己判断して罵倒し、更に自己陶酔しているだけだろう。


『まぁ!最低です!

 私の事はまだしも、ギンジ様の人格を貶すつもりですか!?』


 いや、オリビア。

 怒るのはオレじゃなくて、自分の事だ。

 ただ、彼女も涙目になっている。

 猛抗議をしてみても、やっぱり悲しいんじゃないか。


『オリビア、大丈夫だ』

『で、でもギンジ様が、貶されて、黙ってなんて、』


 とりあえず、彼女を落ち着かせる。

 頭を撫でてやれば、彼女は大粒の涙をこぼして、オレの髪に顔を埋めた。

 ……出来れば、風呂に入ってからにして欲しかったが、仕方ない。


 それに対し、メイソンはほら見たことか、と言わんばかり。

 鼻を鳴らして、口端を捲り上げている。


 ただ、そろそろ気付こうか。

 ジェイコブもイザベラも、真っ青だ。

 ついでに、イザベラの瞳孔が、危ないぐらいに開いてしまっている。


『監房での説得とて、ここにいるジェイコブめが、騙されただけにございます。

 潔白の証明などと言うのも、間違う事無き虚言にして、全てはこの男の策謀。

 ジェイコブも、なにかしらの恩赦を受けているに違いありませぬ』


 そして、コイツは、ジェイコブすらも売った。


『メイソン!き、貴様は、今、自分が何を言っているのか、分かっているのかっ!!?』


 ジェイデンが怒鳴り声を上げる。

 前に進み出て、メイソンを真っ向から叱責する。

 それだけには留まらず、胸倉を掴んで詰め寄った。


『ふざけるな!兄上まで、こんな男から恩赦でも受けたのか!?』

『ふざけているのは、貴様だ!!あちらにおわすお方をどなたと心得ておるのか!!』


 いや、別にオレは印籠片手に各国を渡り歩いている訳では無い。

 ちなみに元祖が好きだ。

 ただの現実逃避。


 ああ、でも、オレじゃなくてオリビアに向けて言ったのか。

 ただし、オリビアも印籠を持ち歩いている訳では無いのだが、この際どうでも良い。

 角さん金さんポジションは誰になるんだろう。


『兄上こそ、メラトリアム家の誇りはどうした!?

 こんな幼女趣味を持った詐欺師の男に付き従うなんて、馬鹿げているとも思わんのか!』

『馬鹿は貴様だ!口を閉じろ!

 金輪際、ギンジ様の前にも、オリビア様の前にも出る事は禁ずる!!』


 その間にも、兄弟喧嘩は続いていた。

 その姿を、ジェイコブやイザベラが唇を噛み締め、瞳孔の開き切った様子で睨み付けていた。

 体はぶるぶると震えて、今にも爆発しそうだ。


 これ、黙っていても、終わらないよな。


『先日の一件は、ただのポーズだったようだな』

『そ、それは、決して違います!決して、そのような事は、』


 ジェイコブがすかさず、弁明した。

 イザベラが、慌てふためいて振り返る。


『現にこうして、謝罪をした当人が決起しているだろう。

 ……生徒を娼婦呼ばわりした次は、女神様を遊女呼ばわりだ。

 しかも、彼女は『聖王教会』からお預かりしている女神様なんだがなぁ、』

『も、申し訳もありませぬ!

 この男、延いてはメラトリアム家には、相応の報いを…!』


 いや、そういう事じゃねぇんだよなぁ。

 別に、報いがどうとか云々じゃなくてさ、


『…この王国には、まともな思考を持つ騎士はいないと公言しているのか?』


 ああ、どうしてくれよう。

 このメイソンという男は、とんでもない馬鹿だ。

 教育をした騎士団どころか、国王の品位も失墜させている。

 そんなのが、この国の騎士達なのか?


 オレは別に、『石板の予言の騎士』と言う肩書きが欲しかった訳では無い。

 有効活用は出来ると思っているが、それ以上では無い。

 しかし、引き受けてしまったからには、責任というものが発生する。

 やり遂げなければならない。


 しかし、それに対して異議を唱えるのは、この国の騎士。

 この分ならば、メイソンだけでは無いだろう。


 しかも、言うに書いて、女神様を貶したのだ。

 実際に、彼女はその言葉も相まって、こうしてオレの頭の上でぼろぼろと泣いている。

 震える小さな体と、堪えた泣き声がいっそ痛々しい。


 ……さぁ、本当にこれを、どうしてくれるんだ?


『貴殿等を信用するのは、もう少し熟考した方が良さそうだな』


 そう言えば、イザベラが泣きそうな顔をした。

 こっちが泣きたいよ。

 現にオリビアは泣いちゃってるし。


 だが、そんな事もお構いなしの男は、まだまだ喚く。


『先にも言った通り、国王を始め、アヴァ・インディンガス卿もジェイコブも兄上も、皆この男に騙されているだけです!!

 『石板の予言の騎士』などと祀り上げられて、居丈高になった俗物の男なんぞ、信ずるに値しませぬ!!』

『貴様、メイソン!!これ以上、メラトリアム家の価格を辱める事は許さぬ!!』


 あ、ジェイデンがメイソンを殴った。

 だが、地面に打ち倒されても、なおもメイソンは何事かを喚いている。


 ………もう、良いや。


『黙れ』


 一言、呟く。

 途端、周囲がシン、と静まりかえった。


 ジェイコブが、膝から崩れ落ちる。

 イザベラが、地面に突き立てていたサーベルに、なんとか寄りかかる。

 ジェイデンが、ビクリと体を強張らせた。

 メイソンは、地面で倒れ伏したまま、固まった。


 オレは、一言呟いただけだ。

 いや、それだけでは無く、殺気を前方へとばら撒いた。


 オリビアが顔を上げた。

 背後で、間宮と永曽根が息を呑んでいる。

 流石にこの2人は気付いたか。


 だが、生徒達には、決して殺気は向けていない。

 現に、どの生徒達も、自力で立っている。


 ただし、空気は重い。

 その中には、鼻を啜った、微かな涙混じりの吐息がある。


 何度目だ?

 この王国の騎士達が、ウチの生徒達を泣かせるのは?


『テメェは、王命に背いてまで、何がしたいんだ?』


 見下した先には、メイソンがいた。

 わざと、コイツには殺気を抑えている。

 謁見の間で、国王に殺気を向けたような方法で、逆に人物を特定した。


 だから、コイツなら、他の三人よりはまともに受け答えができるだろう。

 突如、崩れ落ちたり、棒立ちになった騎士達を見て、驚愕はしているものの、口はまだまだ喋りたいと疼いていたようだ。


『どのみち、テメェはぼこぼこにされたぐらいじゃ、悔い改めるとは思って無かったよ』

『誰が悔い改めるものか!悔い改めるのは、貴様だ!!』


 そう言って、メイソンは立ち上がる。

 オレの威圧をものともしていないとドヤ顔をしているが、手加減を気付かれていない時点でコイツは格下だ。

 話にもならない。


『聞いてやるよ。テメェの言い分とやらを。

 どのみち、そんな屑の集まりである騎士団には、背中を預けるつもりは毛頭なかった』


 オレの行動は一つ。

 生徒の為にも、オリビアの為にも、ここで禍根を断ち切る。


 この国の対応を待つのも、もう辞めよう。

 どうせ、こういう輩の一人や二人、出てくると分かっていたんだ。


 表立って言わないだけで、メイソン以外にもこの城の内部には五万といるだろうよ。

 そんなのを、いちいち叩き出すのは面倒だ。

 だから、黙らせる。


 まずは、見せしめとして、今後の交渉材料としても、この男を食らう。

 一度ならず二度までも、生徒達を傷付けた挙句、オリビアまでもを泣かせた男だ。

 手加減は一切必要ない。


 オレ達に手を出せばどうなるのか、結果だけでも、教えておいてやらなければならない。

 そうしないと、この王国も学習しないだろう。


 オレが内心で、そんな事を考えているとは露も知らず。


 オレの言葉に、メイソンは口端を更にまくりあげ、八重歯をむき出しにして笑った。

 相当な悪人面になっているのに、気付こうか?


『貴様に決闘を申し込む!

 その化けの皮を、今日この場で剝してくれるわ!!』


 その声は、蒼天の空に、かき消されること無く響いた。



***



 溜め込んでいた欝憤として、メイソンが吐き出した言葉。

 それは、実に簡潔で分かりやすかった。


 『決闘』。


 元々、この為に彼は来たのだろう。

 吐きだした言葉に、淀みは無かった。


 最初から、決闘を申し込んで、オレを屈服させるか殺すかするつもりだったのだろう。


 その中で、ジェイコブ達は、揃って顔を真っ青にした。

 オリビアも目を見開いて、驚いているようだ。

 ……うん、と?

 その反応は、分かってるから驚いたのか、分かっていないのかどっち?


 とはいえ、


『おい、痴女騎士イザベラ

 コイツの言っている決闘とは、どういう事だ?』

『えっ!?あ、はいっ!そこはかとなく名前だけで侮辱された気がして心地良いです!!』

『聞いてんのは、テメェの感想じゃねぇ』


 テメェは、オレの話を聞いていたのか?

 咄嗟に足蹴にしようとしてしまったオレは悪くないと思う。

 ただし、蹴ろうとして止めた。

 蹴ったところで、コイツには、ご褒美になっちまう。 


『えー、あ、ごほん。

 騎士の決闘と言うのは、基本的には、正当性や名誉挽回の為に行われる果たし合いの事と相成ります』


 ……どうやら、オレの考えは間違っていないようだ。


 決闘とは、通常は一方が、自らの正当性や名誉挽回を求めて申し込む。

 同じ社会階級の者同士で行われることが多く、特に貴族や騎士などの上流階級の者同士で行われる決闘がメインとなっている。

 それ以下の階級の者達での決闘は、『代理決闘』もあると言う。

 一方が決闘を申し込み、それを受諾すれば決闘が行われる。

 用法としては、白手袋を投げたり、それで叩いたりなどの方法で申し込めるが、騎士の決闘ならば口頭で宣言するだけでも良いとの事。

 準備があるなら、その場でスタートもあり得るし、後日日を改めて、という事もあるらしい。

 ただし、騎士の決闘は、多人数では無く、一対一が主流との事。

 介添人(セコンドのような者)も証人(責任者らしい?)も、必要とされていないとはこれいかに?


 ちなみにではあるが、現代の歴史で言うなら決闘は一対一では無く、介添人と証人も含めた3名が必要になる。

 その為、戦闘する2名、それぞれが立てた介添人が2名、証人が1名の計5名で行われることになる。

 ちなみに、介添人も戦うらしい。

 後日、改めてと言う格式に則って行うことが基本なので、大勢の見物人が決闘を見守る事も多かったとか。


 まぁ、この世界での決闘は、現代の歴史で習う決闘制度とは違うらしいので、話を元に戻そう。


 決闘はしばしば、美化されて表現されるが実際には、殺し合いを前提とした戦闘である。

 この世界においても、認識はそう変わらない。

 どちらか一方が降参を叫ぶまで、あるいは死ぬまで、戦闘は続けられる。

 敗者を殺す事は基本的に禁止とされているが、その途中で死ぬことを考えると禁止事項では無いと言っているようなものだ。

 ちなみに、


『受けないとどうなる?』

『…そ、その…申し上げにくいのですが、『騎士の決闘』は、そもそも断る事を前提としていない確定事項でございます。

 断ること自体が大変不名誉なものとなっておりまして、騎士の名折れと呼ばれる事も、』

『…名折れねぇ』

『も、勿論、私は、ギンジ様が騎士の名折れなどとは、これっぽっちも思いませぬ!

 腰抜けなどとは、滅相もございませぬ!』

『……思ってないのに、なんで腰抜けって言葉が出てくるんだ?』


 オレが腰抜けかどうかはともかく。

 つまりはそう言うこと。


 『騎士の決闘』とは、断る事を想定していない確定事項。

 現代の歴史と同じく、申し込まれた決闘を受諾しないことは死に値する不名誉と、この世界でも考えられているようだ。

 現代っ子としては、時代劇などで見た果たし合いが脳裏を過る。

 しかも、こっちでは、武士の名折れでは無く、騎士の名折れである。

 ………まぁ、オレが直訳している言葉なので、彼女達からしてみればもっと違う言い方になるのかもしれないけど。


 ちなみに、王国側としては禁止しているのは、飽くまで決闘後の生殺与奪まで。

 決闘中の不慮の事故に関しては、過失が認められなければ罪には問われない。

 しかも、やるのが騎士か貴族だから、ほとんどが上流階級だもの。

 禁止したとしてもやるだろうし、そもそも罰したとしても、支援者を失う事と同議なので、比較的強くは言えないのだろう。


『はぁ…つまり、コイツはオレの事を、殺してやると公言した訳だな…』

『そ、その通りです。…し、しかし、この男は別として、我が王国は決してギンジ様に仇なそうなどとは、』

『下々がやらかしてんだから、上も同罪に決まってんだろうが』


 責任問題は、そんな簡単じゃなかろうよ。

 こうなったら、メイソンを殺すのはメインとしても、王国に物申しておかないと気が済まない。


 しかも。

 しかもだ。


『…言い分はねぇのかよ』


 オレのぼそりとした呟きに、簡易ウィ○ペディアになっていたイザベラが黙り込む。


 忘れないで?

 オレは、メイソンの言い分を問い質しただけ。

 なのに、何で殺しを前提とした果たし合いを申し込まれるの?

 馬鹿げているとしか思えない。

 コイツの首から上の物体は、何なの?


『(中身が詰まっていないだけかと、)』

『その通りだけど、なんでお前が前に出ようとすんだよ、ハウス!』

『(ぎ、銀次様の介添人はオレですっ)』

『生徒にやらせるか、バカたれ』


 苛立っているのは分かるが、間宮は前に出るな。

 お前は、ハウス。

 ここから先は、オレの役目だから、お前達は大人しくしてなさい。


「…どうなってんの?」

「先生が、決闘を申し込まれてる…?」

「えっ、あのメイソンだかなんだか?」

「どうやら、そうらしい…」


 と、後ろで生徒達が、香神の通訳を頼りに状況を理解しだしたようだ。

 ……ヒアリングが出来るのも考えものかもしれない。


「う、受けるの、先生?」

「この状況は、受けるしかないらしい。

 なんでも、『騎士の決闘』を唾棄するのは、死に値する不名誉だそうだ」

「……勝てるの?」

「………やれば分かる」


 背後のソフィアが、オレの背広を突いた。

 振り返れば、質問をしたソフィアを始めとした生徒達が、自棄に不安げな視線を向けているが、


「…お前達が被害を被る事は無いと断言するよ。

 それに、ここで殺されるとすれば、王国が大切なカードでもある『予言の騎士』を失う事になるから、」

「そう言う事じゃないよ!」

「馬鹿じゃん、銀次!それでアンタが怪我でもしてたら意味ねぇって話だろ!」


 安心させようと思ったら、逆に怒られてしまった。

 あれぇ?

 今後の事を心配してた訳じゃなくて?


『馬鹿な事を!

 貴様如きが、彼の『石板の予言の騎士』様に太刀打ちできると思うてか!!』

『何を言う!この男は、そもそも石板の預言の騎士でも無い!

 兄上の眼もこのオレが覚ましてやるぞ!』


 言ってる事とやってる事が支離滅裂だな、この男。

 オレの事を騎士じゃないとか言いながら、『騎士の決闘』を申し込んできたのかよ。


 メイソンの言葉通り、オレが『石板の予言の騎士』じゃないなら、受ける道理は無くなるんだぞ?

 まぁ、断るという選択肢は、オレも生憎持ち合わせていない。


 やるからには、徹底的に潰してやらないとならない。

 大きな溜息が洩れた。


『も、申し訳もありませぬ。この男には、我が王国の最善の力を持ってして罰を与えますので、』


 その溜息に、過剰にも反応するイザベラ。

 いや、別に、罰も何も無いんだけど。

 頃合いを計りかねているというだけで。


『叩き潰して良いのか?』

『勿論にございます!』

『お前、意外と分かり易い性格してんだな…』


 イザベラには諸手を上げて賛成された。

 コイツ、ちゃっかり罰を与える機会を貰って歓喜してねぇか?


 まぁ、ドSの痴女騎士は、さておいて、


『ジェイデンとやら。

 お前の弟、叩き潰しても問題はねぇんだな?』

『勿論でございます!

 この愚弟の性根をギンジ様に叩き直していただけるのであれば…!』

『……突っ込むのが疲れて来たが、お前も分かり易いわ』


 今度は、メイソンの兄であるジェイデンにも確認を取った。


 一応、このメイソンとやらの決闘を引き受けて、後々の禍根が残らないか聞いたつもりだが、こっちもこっちで諸手を上げて賛成された。

 こっちもやっぱり、罰を与える機会を貰って喜んでいるようにしか見えない。


 馬鹿な弟を持ったジェイデンには、心の奥ではご愁傷様と同情をしておいた。

 ああ、後、一応、


『どうか、ご寛大なる処置を!

 我等『蒼天アズール騎士団』一同、決してギンジ殿に弓引くつもりはございません!』


 ジェイコブにも視線を投げかけてみるが、こっちはもう聞かなくても分かる。

 元副団長のせいで、今現在は『蒼天騎士団』も微妙な立場にある。

 ジェイコブは団長として処罰対象になっているし、団員達も数名は更迭や謹慎処分を食らっているらしい。

 そして、更にはオレが『予言の騎士』としての要請を断った時の事が後を引いているのか、懇願の礼どころか土下座体勢に移行していた。

 トラウマともなっているらしい。

 怯えた表情で平謝りをされているが、別にアンタを責めるつもりでは無かったんだが…。


 話の通じる人間がいない?

 せめて、この場にもうちょっと立場が上で思考がまともな人間が欲しかった。


 ……まぁ、良いや。


『その決闘とやら、今からで良いんだな?』

『はっ!怖気付かなかった事は褒めてやろう!』


 やっぱり、話の通じる人間がいない。

 確認したのに、何故か尊大な態度で馬鹿にされた。

 コイツ、やっぱり首から上の物体に脳味噌詰まって無いらしい。


 だが、オレがげっそりしたと同時に、代わりに応えたのはイザベラだった。


『い、いえ、ここでは少し問題が。

 城内とはいえ前庭ですので、国民の目にも映ってしまうので、』


 …ああ、ここでも面倒臭い体裁か。


『そもそも、このような事があった事が知られた時点で、インディンガス王家の品位や権威を辱めて、』

『…だったら、なんとかならねぇのか?』

『も、申し訳ありませぬ!』


 もう品位も権威も、失墜しまくってると思うぞ?

 だって、こんな『予言の騎士』を目の敵にする騎士がいる王国なんて、オレだってもういたくないもん。

 生徒達も言わずもがな、オリビアだって面白い訳はない。

 今後は、それに関しても民衆に触れまわってやったら、あの武道家気質の国王様はどんな顔をするんだろうな。

 ………そもそも、ドSで痴女で拷問が趣味のお前が言っても説得力が無いと思うぞ?


 でもまぁ、今はそんな事どうでも良いや。


痴女騎士イザベラ、この件は国王にしっかりと報告しておけ?

 それから、今後こういう事が続くなら、オレも容赦なくこの国は見捨てるからな?』

『ははっ。この不肖イザベラが、責任を持って!』


 念押しをして、今後の処置は王国へと任せる。

 オレ、ここには風呂に入りに戻っただけだった筈なのになぁ。

 更に変な汗を掻く事になるとは思いもよらなかった。

 生徒達の後押しがあったとはいえ、判断を誤ったのかもしれない。

 若干、気持ちが落ち込みそうになる。


 だが、切り替えは早い。

 時には、こうした武力行使も必要だ。


 この場でオレが負けたとしても、殺される事は無いだろう。

 だが、オレだけならまだしも、このまま生徒達やオリビアを貶されたままで、黙って引き下がれよう筈も無い。

 一対一の戦闘は、オレのもっとも得意とする分野だ。

 乾き始めた唇をぺろりと舐める。

 思わず、背筋を這い上ってきた感覚に身震いした。


 オレも、まだ若かったらしい。


『受けて立ってやるよ、整形野郎』


 唇を歪めつつも笑う。


 久しぶりに、本気で楽しませて貰おう。

 なにせ、対人戦闘は約5年ぶりだ。



***



 城の中とは言え、前庭では体裁が悪いというイザベラの言葉通り、場所を城の中庭にある、修練場へと移動した。

 地面は天然の土張りで、その露出した地面を芝生がぐるりと囲むようにして中庭全体を覆っている。

 奥には、古ぼけた甲冑を着た修練用の案山子や、的が並んでいる。

 『魔法』とやらの修練も行われるのか、地面には漫画やゲームで見たことのありそうな魔法陣らしき跡も残っていた。


 そして、そこには、騎士達が揃い踏みしていた。

 これには、ジェイコブどころか、イザベラも動揺していた。


 見たところ、メイソンに従っている騎士団の連中らしい。

 どいつもこいつも、表情にはありありとオレ達を卑下しており、良心や礼儀という言葉も知らなさそうだ。


 決闘を申し込んで来たのは、メイソンにとっては決定事項だった。

 それは、このお仲間達のギャラリーも含めてのことだったのだろう。


 まぁ、『騎士の決闘』は一対一タイマンらしいから、コイツ等が参加する事は無いだろうが、


『なんだ、こ奴等は…!』

『ぜ、全員謹慎処分となった筈の騎士達ものたちでは無いか…!

 どいつもこいつも、国王のお達しをなんと心得ておるのか…ッ!』


 あちゃー、ここでも命令違反者続出な訳だ。

 どうせ、メイソンに感化されて、勝手に出て来ちゃっただけだろうけど。

 ただ、少なくとも出てきてもらったのは、別の意味で僥倖だったかもしれない。

 数名、見覚えがある。

 おそらく、メイソンと一緒になって、オレ達を牢屋に放り込んだ実行犯だ。

 その際には、女子組に対して、不躾な程の色目を使っていたとしっかり記憶している。

 ……その頭の中身、いますぐ初期化デリートしても良いだろうか?

 オレだって、牢屋での彼女達の格好は知らんのだから。

 いや、知りたい訳では無いけども。


 中庭に集まっていた騎士達は、揃ってオレ達を睥睨していた。

 中には、純粋な殺気を振りまいている馬鹿までいるのだが、それをイザベラやジェイデンが気付いて、オレ達の矢面に立ってくれている。

 背後でジェイコブが、『申し訳ありません。面目次第もございません。滅相もありません。どうかご寛大な処置を』とぶつぶつ呟いている。

 正直、そっちの方が怖い。


『いや、何。この方が、『予言の騎士』様も、決闘を行ない易いか(・・・・・・)と思いましてな』

『卑劣な…!』

『これも、正当な見物人達でございます。

 介添人も証人も、これなら困りはしないでしょう?』


 そう言って、メイソンが彼等をバックににやりと笑った。

 気分はまるで、悪役のつもりだろうか。

 コイツの残念な脳内を参照すれば、正義の味方気取りなのかもしれない。


 これによって、少しだけ『蒼天騎士団』の実情が垣間見えた。

 この騎士団は、ジェイコブとメイソンの両名で、派閥がぱっくりと二分されて、軽い親衛隊のような集まりになっているようだ。

 勿論、オレ達の護衛に回っているのは、ジェイコブ側。

 あっちで、あらかじめ計画されていた決闘の、見物人ギャラリーがメイソン派だ。

 ……処罰するのが、楽で済みそうだけどな。


 生徒達が、一層不安そうな顔をしている。

 移動の最中に、決闘の詳しい歴史や、それに付随した内容を伝えてはおいたが、こうして騎士達が待ち構えているとはオレも思わなかった。

 女子組に至っては、トラウマを触発されるのか、不躾な騎士達の視線に俯いている。

 守る為にも、オレがその前に立っているが、いかんせん彼女達の表情は暗い。

 また、男子も同じように彼女達を守るような立ち位置になっていたのは、少なくとも彼等がそれだけ頼もしくなっている証拠だ。

 中でも身長が小さな間宮が、一番頼もしく見えるのはオレの気のせいだろうか?

 いや、コイツもは既に規格外だから、放っておこう。


 それは、さておき。


『証人は、この不肖ジェイデン・メラトリアムが行わせていただく』


 そう言って、彼はオレ達の中間に立った。


 中庭の修練場のど真ん中まで進み、お互いにギャラリーを抱えながら対峙する。

 数が違い過ぎるのは難点だが、別にそれを競っている訳では無いので考えない事にする。


 オレに対して、ジェイデンは目線で謝ってきた。

 むしろ、出来の悪い弟を持った事を、同情するほか無いのだが。


 だが、対してメイソンに対しては、それころ殺さんばかりの目線を送っていた。

 一瞬だけ、メイソンがたじろいだのが分かった。


『これ以上、メラトリアム家の家名を汚す真似はしてくれるなよ!』

『フン!それは兄上にそっくりそのまま返してくれる!

 この男の化けの皮を剥がして、ただの俗物である事を知らしめてくれる!』


 本当に出来の悪いと言うか、救いようのない馬鹿だ。

 ジェイデンの最後の忠告も、彼にとっては馬の耳に念仏だったようで。


 一瞬、ジェイデンの眼が、とても悲しげに見えた。

 ああ、今後を考えると、二度と会えなくなるかもしれないからな。

 まぁ、命まで取ろうと考えている訳では無いけど、王国の処罰がどうなるかは分からない。

 口出しをする義理も無いしな。


『やっちまってください、大将!!』

『メイソン様のご武勇を見せる時です!!』

『そんなひょろ長女、敵ではありませんよ!!』


 メイソンの恫喝の声に、見物人ギャラリーから声援が飛ぶ。

 ただ、半分近くが野次だ。

 しかも、ひょろ長女とはよくも言ってくれる!

 顔は覚えたからなっ!


「な、なんて言ってるか分からないけど、こっちも負けないよ!!」

「銀次ぃ!!ウチ等が応援してやるんだから、きっちり勝てやぁ!!」

「先生、頑張って―!!怪我しないでね~!」

『言葉は分かりませんが、応援しているのは分かりました!

 私もギンジ様を応援しております!頑張ってくださいまし~!!』

『その男の命、今ここで終わらせてしまって構いませぬ!!』


 対するオレの背後から響いたのは、文字通り黄色い声援だった。

 うわぁ、これもこれで、なんというか…逆効果?

 見事な程に前面に出てきてしまっている女子組に、女神様オリビア痴女騎士イザベラも加わっている。

 しかも、ソフィアとエマの声援はそこはかとなく怖い。

 伊野田とオリビアの応援は可愛いのだが、その後の痴女騎士の言葉は応援とは言わない。

 死刑宣告と言う。


 触発されたのか、野郎どもが集まったメイソン側から更に野次が強くなる。

 いや、別に華がある事をひけらかしている訳じゃないのに。


 溜息交じりに、ふとここで切り出した。


『決闘は受けてやったんだ。ルールはこっちに準じて貰うからな』


 それは対抗策。

 一応念の為、予防線は張っておきたい。


『はっ!良いだろう!

 お前のそのふざけた格好で、どこまでやれるのかは見ものだがなぁ!』


 内容も聞かずに了承したメイソン。

 よし、言質は取った。


 ちなみに、彼の言うとおり、オレは今背広姿だ。

 腕にぶら下がっているのも、大型のコンバットナイフ一本。

 まぁ、痴女騎士イザベラ達には止められたんだが、『オレのスタイルには口出し無用』と黙らせておいた。


 実際には、ぶっちゃけこのスタイル以外に選択肢が無い。

 後天的に左腕が麻痺しているハンデのせいで、重い装備の取り回しには少し難がある。

 拳銃を使うという手もあるが、実戦投入はまだ出来れば遠慮したい。

 ただでさえ、火薬を詰め込んだ小指の先ほどの弾を吐き出す拳銃は、オーバーテクノロジーの塊だ。

 隠し玉としても切り札としても有用なこれを、今この場で投入するのは、まだ安全面での疑問が残っている分下策だろう。


 と言う訳で、オレの慣れ親しんだスタイルに準じている。

 近接戦闘は、基礎の基礎で、オレもナイフの扱いには自他共に定評がある程特化している。

 未だ、現役だと信じていたい。


 そんなオレの装備に対して、メイソンは完全なる重装備だ。

 兜と甲冑、籠手も具足も付けている。

 やたらと気合が入っているらしく、磨いたか新調したのか新品同様に輝いているようにも見えた。

 持っている武器も、ハルバートにも似た尖部を持った槍。

 こちらも、勿論重量武器。


 物量が違い過ぎるが、まぁ、技量でなんとかなるだろう。

 そもそも、別にコイツ相手に一対一タイマンなら、オレは負けるとは思っていない。


 さて、そんな装備で大丈夫か?と言う状況はさておいて。

 先ほど述べたルールについて、口早に告げる。

 じゃないと、なぁなぁにされて、ルールがルールじゃなくなる可能性もあるからな。


『クリーンに行こう。

 どちらが勝っても恨みっこ無しで、ペナルティは勝者の言う事は絶対ってだけ』


 簡単なオレルール。

 というか、組み手とか対人戦闘訓練なら、当り前の内容だ。


 ジェイデンへと視線を向ければ、彼は頷いた。

 証人の了承は受けた。


『OK?』

『良かろう!ならばお前が負ければ、今ここで切腹して貰うからなぁ!』

『……オレの話聞いてた?』


 何コイツ?

 今さっき、高らかと『良かろう!』って宣言したよね?

 なのに、クリーンにしようって話が、いつの間にか切腹賭けたデッドオアアライブに強制移行してんの?

 馬鹿なの?


『貴様は、言うに事欠いて、ギンジ様に切腹を申しつけるとは…ッ!!』


 ジェイデンを見ると、彼は白眼を剥いていた。

 ああ、もう弟の処遇を心配する事も出来なくなっただろうな。


 思えば、この男も随分と可哀想な立ち位置だよなぁ。

 弟は怖いもの知らずの馬鹿で、上司がドSにして痴女の拷問趣味。

 上からも下からもせっつかれる中間管理職だ。

 ……あれ?

 今更気付いたけど、オレも同じ?


『ご愁傷様としか言えないなぁ。…嘆願は、国王にしてね?』

『…も、もう…申し訳も、ございませぬ…!』


 同情したのと同時に、ちょっと共感したから後で、少しだけなら慰めてやろう。

 後、弟の処遇に関しては、国王に一任するからよろしく。

 家ごと取り潰されたとしても、オレはもう助けられないけどね。


 はてさて。

 閑話休題それはともかくである。


 目の前に立ったメイソンを、改めて見る。

 下卑た表情を浮かべたまま、余裕綽々とばかりにオレを見ている。


 その表情は良い。

 視線を滑らせた先には、先ほども表題にしたハルバートを模した槍。

 斧部と鉤部をヘッドの左右に、頂端に槍部を備えている一見すると三又の槍だ。

 しかし、鉤部がハルバートと比べれば小さい。

 刺突を重視した形状の槍に、服属的に取り付けられた鉤部で引っ掛けるタイプのもの。

 突きと薙ぎ払い、ついでに牽制も出来るとは随分万能な槍だが、その分取り扱いが難しいと聞いている。

 例に違わず、中世の武器はほとんどが総身鉄なので、重量武器としてもランクは高い。


 斯く言うオレの格好は、背広姿にナイフ一本。

 自分のスタイルを恥じる訳では無いものの、油断もするわな。


『我等に無様に捕まった貴様が、騎士を名乗るなど笑止!

 …貴様の化けの皮と共に、その作り物めいた頭も暴いてくれるわ…!』


 そう言って、オレを指さしたメイソン。

 彼の言葉通り、これも余裕の中に含まれているのだろう。


 オレにも生徒達にも、この騎士団の連中に、成す術も無く捕まっている過去がある。

 忌々しい過去である。

 永曽根は斬られ、香神と間宮も昏倒させられ、残りの生徒達も呆気なく拘束された。

 後から聞けば、永曽根を斬ったのも、香神や間宮を昏倒したのもジェイコブだったらしい。

 地味に、アイツの実力は測り兼ねている。


 ジェイコブの力量はともかくとして、一番最後にシュートから降りた(※落ちたとも言うが)オレも、生徒達に気を取られて、簡単に拘束された。

 言い訳をするつもりはない。

 油断もしていたし、オレも前戦を離れて久しかった。

 危機察知能力も、その後の判断能力も鈍っていた。

 その手前、コイツの自信を打ち崩す為の切り札は、今のところ持ち合わせてはいない。


 だが、しかし、


『…作り物めいた…なんだって?』


 ……あ、れ?

 一瞬、頭が真っ白になる。


 今、メイソンが放った言葉を、危うく聞き逃し掛けてしまった。

 マジで、お前、何言った?


『フン!!貴様がその中に何を隠しているかは知らんが、その頭はまがい物であろう!

 ちょっと掴んだだけで分かったわ!

 今日この場で、それも晒してくれる!せいぜい羞恥に苛まれるが良い!!』


 バレてたーーーーッ!!


『お、お前、どうして、それを今言うかな…!』

『ハッ!知れたこと!貴様を辱める為よ!

 これでようやっと表立って腹を抱えて笑えるというもの!』


 ヤバいヤバいヤバい!

 オレのウィッグがバレてる!

 よりにもよって、一番バレちゃいけない類の人間にバレてる!


 どうりで、最初の拘束の時、オレの髪を掴んだ後の引き上げ方とか、話し方が雑だった訳だよ!!

 引き剥がそうとしやがったな、コノヤロウ!!

 ハゲのカツラは、暴いちゃいけないって、暗黙のルールを知らないのか!!?


 ……って、いやいやいいや。

 オレは、別に禿げている訳じゃないよ?

 ちょっと色素配合が可笑しくなってて色が変なだけだし、決して禿げている訳じゃない。

 大事なことだから何度も言うけど、禿げている訳じゃないし、恥ずかしいから隠していたとかじゃない。

 だって、教師が若白髪どころか、銀色のパンク野郎とか論外じゃん!

 長曽根や常盤兄弟、他の生徒達の多彩な髪の色のおかげで、そんなオレの常識も脆くも崩れ去ったが…。


 しかも、そのカツラの件を、よりにもよって、生徒の前でバラしてくれるとはどういう了見だ!?


 コイツにとっては、オレを辱める公開私刑オープンリンチも含まれているのだろう。

 だが、オレにとっては色々と死活問題なんだぞ!?


 嫌な予感がしたので、背後をちらりと振り返る。

 先程までの黄色い声援が、一時だけ静まり返っていた。


「ねぇ、なんて言ってんの?先生が見るからに動揺してるみたいだけど…」

「……あの男、先生がカツラだって言ってるっぽい」

「えっ、マジで!?銀次、カツラ!?」

「嘘ぉ!?先生、ハゲだったの!?」


 杉坂姉妹の言葉が、オレの心を容赦なく抉る。

 でも、大事な事だから何度も言うけど、禿げてねぇよ!!

 色素配合が、トチ狂っただけだ!


 後、香神は後で私刑リンチな。

 いらん事まで通訳すんじゃねぇよ。

 折角今まで誰にもバレてなかったのに。

 やっぱり、ヒアリングが出来過ぎるのも問題だったよっ!!


『ああ、どうりで髪の質感が違うと思っていました』

『ぎ、ギンジ様が、カツラ!?

 …い、いえ!そんなギンジ様も私は愛してみせましょう!!』

『(…むっ、負けません!オレは元々知ってました!)』


 オリビアはさすがに気付いたか。

 頭に引っ付いていれば、そりゃ気付くよな。


 痴女騎士イザベラの見解はもう放っておこう。

 アイツは相手にするだけ、労力の無駄。


 そして、間宮は対抗せんで良い。

 ってか、お前も知ってたの!?

 必死に隠してたオレが、馬鹿らしくなるじゃねぇか!!


『…ご、ごほん。始めても良いだろうか?』


 ………うん、どうぞ。


 なんだろうか。

 ジェイデンの哀れみの視線が痛い。


 スルーしようとしている心遣いはありがたいものの、なんか居た堪れない。

 思わず涙目になった。


 先ほどは、彼に同情をしていたのも前言撤回だ。

 彼を慰めるのは、取りやめにしてくれる。


『…先に言っておくが、お前の馬鹿な弟は、今後二度と日の目が拝めないと思え』

『申し訳もございませぬ…』


 遠まわしではあるが、殺人宣告。

 よくもやってくれたな、コノヤロウ。


 始まる前から、オレのメンタルのダメージが半端じゃねぇよ。

 クリーンに行こうというルールもどっかに吹っ飛んだ。

 自分で言っといて難だが、もうコイツは生かしておかない。


 しかも、何このグダグダ感。

 決闘が始まる前から、色々勝敗が決しているような気がして、心が折れそうになってしまった。

 もう、最初から破綻してしまっているようなものだ。


 オレの辟易とした溜息を、かき消すかのように、


『始め!!』


 決闘の始まりを告げる声が、高らかに響いた。



***

決闘を申し込まれたアサシンティーチャーですが、彼は一体いつになったらお風呂に入れるのでしょうか。



誤字脱字乱文等失礼致します。


感想・レビュー等お待ちしております。

作者が小躍りします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング よろしければポチっと、お願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ