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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新参の騎士編
89/179

78時間目 「道徳~知りたかった真実と、知りたくなかった事実~」2

2016年5月27日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

地道に、この世界での各国の事情や情勢も盛り込んでは行きますが、難しい話にまで突っ込み過ぎるとフラグ回収が大変なので自重します。

アサシン・ティーチャー達の暮らしている王国ぐらいなら、まだ許容範囲。

ただの勉強不足ってだけでしょうけどね。


78話目です。


***



 相次いで復活が確認された、それぞれ北西と北東に位置する2つの国。


 北西の国は、『フライヤ独立国』。

 『竜王諸国』の領地に面している、民主主義の議会制国家。

 北東の国は、『新生ダーク・ウォール王国』。

 元『暗黒大陸』への防衛線で、王権制を掲げた新興国。


 少なくとも、『フライヤ独立国』は、一昨年の春に復活し、『新生ダーク・ウォール王国』に関しては去年の秋だったらしい。

 それぞれ、復活してから2年目と約半年だ。


 そして、その片方の国である『新生ダーク・ウォール王国』が擁立したのは、『予言の騎士』と『教えを受けた子等』。

 

 各地へと派遣を行い、魔物の討伐や壊滅した都市の復興支援、『聖王教会』への各支部に巡礼。

 直近では、『竜王諸国』の2つの国『黒竜国』と『青竜国』へも足を運んだそうだが、『聖王教会』の各支部の反発にあって巡礼は出来なかったらしい。

 結果だけを聞くと、少なくとも『白竜国』を始めとする『竜王諸国』は、オレ達が本物だと考えているらしい。

 それが、どこまで続くのかは、分からない。


「(ですが、そんなすぐに戦力を増強できるものですか?

 オレ達ですら、半年掛かってもまだ貴方には敵いませんし、実戦経験も数えるほどしかありませんが、)」

「(………半年で抜かされたら、流石にオレが泣くよ)」


 なに言ってんの、お前。

 オレだって、そろそろ両手の指が足りなくなるだけの年数、訓練は続けてんだぜ?

 まだまだ本格的な訓練初めて半年程度のお前等に抜かされたら、それこそ死にたくなるわ。


「(………とはいえ、多分『新生ダーク・ウォール王国』は、発表する前から、異世界からの召喚者達を囲っていたって事だろうな)」


 だって、そうじゃないと、確実に間に合わない。

 何が?

 育成が、だ。


 やっと半年が経過しようとしているが、それでもウチの生徒達はまだまだひよっこだ。

 冒険者ギルドでのランクを見る限り、一般人以上の進歩はしているのだろうが、あくまで一般人レベル。


 オレが育てたいのは、冒険者では無く、エージェントだ。

 つまり、傭兵ソルジャーであり、後々には騎士ナイトでもある。


 もしも、この異世界からの帰還が叶わない場合、オレも含めて生徒達はこの異世界で就職活動をすることになるだろう。

 勿論、生徒達に進路希望は任せるつもりでいるが、騎士になる者もいれば冒険者か傭兵になる生徒もいるだろう。

 ………女子達は、結婚をするかもしれないが、それでも彼女達だってそれまでは戦闘職を選ぶだろう。


 話は逸れたが、ウチの生徒達ですらまだまだそんな状況だと言うのに、他の国で訓練を受けた程度で、そんなに早く強くなれるか?

 もし、オレのような元裏社会人の筆頭が、たまたま教師をしていたから、というなら分かる。


 だが、その場合の確立はどのぐらいだ?

 答えは、ゼロ。

 オレが特殊なだけだ。

 そんな話、オレ以外には見た事も聞いた事も無い。


 勿論、自分を特別だと思っている訳ではないが、そもそもそんな環境になる事自体が稀なのだ。

 それだけ、裏社会人が一般社会で就職するのは難しいのだから。


「(………ならば、擁立するのは決定事項だった。

 既に教育を終え、彼等を世に送り出す準備は整っていたので、王国としても興国したと言う事でしょうか?)」

「(オレは、そう考えている。

 それに、手紙によると、ゲイルも同じ考えらしい)」


 もしかすると、きっかけになってしまったのかもしれない。

 『新生ダーク・ウォール王国』が、国を復活させる理由みたいなものに、召喚者達の存在が。


 しかも、ゲイルの話によると、彼は一度騎士団長の業務として、この街に足を運んだ事があったらしい。

 おおよそ、2年前だそうだ。

 『予言の騎士』と『教えを受けた子等』を探す名目で、各地を駆け回っていた時。


 しかし、街はあれど、その時は王国の影も形も無かった。

 だが、街の一部の区画だけが、立ち入り禁止及び通行止めになっていた事もあって、もしかしたらその時から準備をしていた可能性は高い、と後述していた。


 そう考えるのが、妥当。

 そして、その情報が入った段階で、国王は他の召喚者達の情報を伏せる事を決めた。


「(オレ達の他に召喚者達がいて、それが『予言の騎士』と『教えを受けた子等』を名乗っている。

 そう聞いた時、オレ達がどう反応するかは、あの時の状況を考えればすぐに分かるんじゃないのか?)」

「(………そう、でしたね)」


 当初、オレはこの話を蹴っていた。

 生徒達を危険に晒したくは無いし、世界の終焉を阻止するなんて言う、莫大な責任の重さにオレが堪え切れるとは思えなかった。


 もし、あの時に、今回のような召喚者達の存在が発覚していたら。

 これ幸いと『予言の騎士』としての職務を蹴って、今頃『白竜国』辺りに移住して、隠遁生活でも送っていたかもしれない。


 あの時の余裕を考えると、それも難しかっただろうが………。

 少なくとも、今のように精力的に生徒達の戦闘能力の増強などはしていなかった可能性が高い。


「(国王もそう考えたから、召喚者達の話は伏せた。

 ゲイルも同じだ)」

「(しかし、今頃になってそれを話したのは、)」

「(おそらく、オレ達の地盤が固まったからだ。

 それに、今からダドルアード王国を出て行くとなると、『自分達が偽物です』と公言しているようなもんだろうな)」


 もう、逃げ場は無くなっていた。

 用意周到に外堀を埋められて、オレ達も身動きは取れなくなっていた。


 それに、ラピスやシャル、ローガンとアンジェさんを受け入れた事もあって、既に医療開発部門の設立と並行した薬の研究も目途を立てている。

 待ったは掛けられない。

 この調子だと、やはり『白竜国』への移住は出来そうもない。


 どの道、オレ達も『本物』だと言い張って、地道に活動していくしか無いだろう。

 その為にも、やはり地盤固めと根回しは必要になるだろうが、王国と『聖王教会』のバックアップもあれば、少しは楽に立ちまわる事は出来るだろう。

 王国に関しては言わずもがな、『聖王教会』に至っては本部だしな。

 

「(そうなると、やっぱり念には念を入れて、早めに『聖王教会』に出向く必要があるな)」

「(武器商人の件は、どうします?)」

「(………先に、武器商人の方を片付けよう。

 時間が掛かれば掛かる程、こっちの件は後に響いてくるものだ)」


 火縄銃かマスケット銃が、オレ達の感知できない場所で開発された。

 それが既に、市場に出回ってしまったとしたら、もうオレ達に打つ手は無くなる。

 市場に出回る前に、武器商人達の手元で流れを完結させ、回収しなければならないだろう。


 予定は決まった。


 まずは、武器商人に渡りを付けて、火縄銃やマスケット銃を市場に出さない。

 次に『聖王教会』でオレ達なりの活動と根回し、ミアに試薬試験への打診と、『石板』の確認。


 残りは、追々だな

 オレ達とは別の『予言の騎士』と『教えを受けた子等』に関しても、しばらくアクションはしない方が良い。

 王国がそう決めているのだから、バックアップを頼む側として、オレ達も言う事は無い。


「また、忙しくなりそうだな…」

「(お供いたします)」


 色々とやる事が山積みで、今は問題も山積みになっている。

 これからもまた、忙しい毎日になりそうだ。



***



 その翌日の事である。


 朝から精が出る事に、いつぞやの商売人が顔を出していた。


 久々に見た商売人は、相変わらず厳つい顔ながらも、少しばかり身体がふくよかになっている。

 最近、金回りも良いらしい。


 そんな話の最中、世間話でしばし脱線。


「いやぁ、最近はまた主街道も物騒になったようでして、」

「うん?何かあったのか?」

「いえね?ウチの商会では無いのですが、知り合いのところが、この間主街道で盗賊に襲われたそうで、」

「そりゃ、物騒だ。それで、その知り合いの商売人、大丈夫だったのか?」

「荷台を全て丸っと奪われたそうでさぁ。

 まぁ、本人は逃げる途中にぎっくり腰をやった程度で、無傷なものでしたけどね」

「………それは良かったな」


 盗賊と聞いて、ふと焦ってしまった。

 例の召喚者達の件は内密に処理をしたとはいえ、こうして盗賊関連の被害者の話を第三者から聞くと、背筋がひやりとしてしまう。


「アンタも気を付けろよ?逃げ足も遅くなってそうだし、」

「いやぁ、おかげさまで。外回りの仕事をしなくても良いぐらい、ギンジ様のおかげで稼がせて貰っておりますんでね」

「そりゃ悪かったな。体型維持の邪魔をしちまったようで、」

「はははっ!こりゃ一本!」


 相変わらず、厳つい顔の癖に、愛嬌のある商売人だこと。


 でも、上手い事話が逸れてくれたのは、正直助かった。


「あ、そう言えば、なんだけど………」


 そこで、ふと『商業ギルド』で手配するつもりだった、『インヒ薬』の原料が仕入れられるか聞いてみる。

 『ショウケイオール』、『ダンデライオン』、『ジュジュブ』の三つだ。


「いやはや、また不思議なもんを集めますなぁ。

 ………ギンジ様、また新しい事業でも始めるので?お茶飲み屋でも開かれるのでしょ?」

「えっ?………っと、茶飲み屋では無いけど、うん、まぁ。

 細々とやって行くことになるとは思うけどね」


 あ、やっぱり?

 この三つ、普通にハーブティーか何かの原料だと思うよね。

 でも、残念。

 薬だとは表立っては言えないので、お茶を濁しておく。

 茶飲み屋だけに。


「これなら、ウチの傘下の紅茶屋が揃えていますから、すぐにでもお持ち出来ますよ。

 他にご希望の品はありませんか?前のシュピー(※レモン)やら、最近では『ショウケイオール』と蜂蜜を混ぜて飲む茶が売れるとの事でしたが、」

「ああ、そういや蜂蜜って、もう扱いは出来てんのか?」

「ええ、それは勿論。ただ、商会連合よりは、ちょいと割高になってしまいますが、」


 と言って差し出された値段を見て、オレは即決。

 元々、既に金は消費に困るほどあるし、そろそろ生徒達も甘いものが欲しいと思っていた頃だろう。

 蜂蜜とレモンを合わせれば、おやつにもなるしな。


 と言う訳で、『商業ギルド』に行く必要も無く、薬の原料は手配出来た。

 『商業ギルド』で出店登録みたいな事はどうしても必要になるが、これは試薬試験が終わってからでも良いだろう。


 相変わらず、この商売人が来ると、良い買い物が出来るもんだ。

 これからも、贔屓にしていきたいし、贔屓にして欲しいものである。



***



 その後、午後から生徒達の訓練の為に、庭へと出た。


 今日からは、今までとは違って、本格的な訓練を再開する予定だ。

 動きやすい服装(※うちの学校では基本、ジャージだ)で裏庭に集まった生徒達を前に、いつも通りに宣言する。


「途中で死んだ者はペナルティ。

 また、ズルをしたりサボったりしたとしても、ペナルティを加算する!

 これは、お前達を今後死なせない為に施している訓練である事を良く覚えておけ!

 生半可な覚悟じゃ、戦場には出さない!出せない!

 オレがそれを許さない!良いな!?」

『はいっ!!』


 これは、ここ数ヶ月でずっと言い続けている事だ。

 シャルがいた時には、オレも魔法の訓練があった為言っていなかった。


 しかし、本格的にシャルが生徒として復学してからは通常通りになる。

 そして、シャルにはこれから、やっぱり地獄を見て貰うことになる。


「シャル。覚悟は良いな?」

「ええ」

「返事は、はい、だ!」

「は、はい!!」


 これからは、厳しく行く。

 ラピスから許しは得ている事もあるから、遠慮する必要も無い。


 まずは、ストレッチ。

 体を先に解さないと怪我でもしかねないからな。

 だが、それが終わったら、後はもう地獄のトレーニングの開始である。


「では、ランニング始め!5×10セットだ!!」


 校舎から持ち出して来たホイッスルを鳴らせば、生徒達がその場から各々で走り出す。


 まず飛び出すのは、間宮。

 コイツは元々のトップスピードが違う。


 間宮に続くのは榊原と徳川で、この2人はもはや安定の滑り出し。

 自分のペースを守って走るのは、永曽根と香神、それから杉坂姉妹と河南だ。


 やや遅れるのは浅沼と伊野田、そしてシャル。

 シャルに至っては、オレが言った回数に戸惑っているのか、眼が白黒してしまっている。


 5×10セットって、要は50周だもの。

 この校舎にある裏庭って、テニスコート2面分はある敷地面積を持ってはいるが、それでもオレ達が使うにしては手狭。

 なら、回数で稼がないと。


「先生は、今日走らないの?」

「オレは、これから別の鍛錬だ。間宮が戻ってきたら、知らせろ」


 ふと、隣で記録係の傍らで、魔法のトレーニングをしている紀乃に首を傾げられた。

 最近参加してはいたけど、今回ばかりは別。

 走りたくないって訳じゃなくて、オレはオレで、別メニューの鍛練をしたいだけだ。


 生徒達に合わせて鍛練するのも良いが、たまには負荷トレーニングで苛め抜いてやらないと。

 いざと言う時に使えないんじゃ、話にならないしね。


 と言う訳で、オレは生徒達が走っている外周を離れ、庭の隅に設置された鉄棒へと移動。

 鉄棒は随分前に設置したものだ。

 『土』属性が扱える間宮と河南に土台を作らせて、金属の棒を接着するだけ。


 その鉄棒は、現在生徒達の負荷トレーニングにも一役買っている。

 勿論、オレのトレーニングにもね。


 一番端にある、金属の棒が設置されていないただの棒へと、片手で上る。

 その頂点に片手を付き、その場で倒立。

 いつもの逆立ち腕立てを、地面から垂直に伸びた棒の先で行うだけだ。


 片腕はいつものように、腰のベルトに挟んでいる。

 傍から見れば、片腕を拘束して腕立てをしている頭の可笑しい人間になるだろうが、これもハンデだ、仕方ない。


「………なんて奇抜な事をしているんだ」


 それを真下から覗き込む人影があった。

 赤い髪だけを見れば、顔は見なくても分かる。

 ローガンだ。


「オレにとっては、立派な訓練だよ。

 右手だけじゃ、どうしてもパワーファイトで劣るからな」


 言った通り、左手が使えないオレは、力勝負となると弱い。

 流石にまだ負けはしないものの、長曽根や徳川と言った筋力タイプと当たると、受け流す事しか出来ないので、腕力は徹底的に鍛えている。


 しかも、そんなオレを眺めているのは、ローガンだけでは無かった。

 ラピスも目をまん丸にして見ているし、冒険者登録をしたばかりにも関わらず、ノルマの整理を昨日のうちに終わらせたというライドとアメジスもいる。


 ちなみに、彼女達兄妹は一発目で、Aランクだった。

 なので、急遽レト達とパーティーを組ませ、そのままAランククエスト『北の森の魔物の掃討』へと参加してきたようだ。

 ………森子神族エルフの別嬪さんもそうだったけど、闇小神族ダークエルフの別嬪さん達も恐ろしいわ。


 まぁ、それはオレ達も一緒なんだけど、そんな事はさておいて。


「(終わりました)」


 オレも回数がやっと3ケタに上った辺りで、ランニングを終えた間宮が帰ってきた。

 流石に裏庭を50周も走れば汗も掻くだろうが、多少息が乱れてはいてもまだまだ余裕そうだ。


「そのまま、筋力トレーニング開始。10×10だ」

「(了解しました)」


 まぁ、その余裕がどこまで続くのかは、今後のトレーニング次第だとは思うけどね。


 そういや、腕立て何回数えたのか忘れちゃったな。

 良いや、100から始めよう。


「………また、お前は突飛な事をしおって、」

「喧嘩売りに来たなら帰れ」

「………呼び出されたから来たんだ」

「だったら、喧嘩売るんじゃねぇよ。黙ってろ」

「………。」


 そして、ここでやってきたのはゲイル。


 彼を呼び出したのは確かにオレだが、だからと言って喧嘩を売られる筋合いは無い。

 黙らせておいて、そのまま腕立てを続ける。


 その回数が、200になった時。


「先生、終わった!」

「はぁっ、久しぶりだとキツイ!」


 50周を終えて、戻って来たのは榊原と徳川だった。

 相変わらず、コイツ等も早い。


「終わったなら、筋力トレーニング!10×10セット!」

『はーい』


 既に、筋力トレーニングを始めている間宮に並び、彼等も腹筋からスタートする。

 ………どうでも良いけど、コイツ等返事の仕方からして、性格が似て来たな。


 そして、オレもまた腕立てを再開するが、


「あっ、シャルちゃん!大丈夫…!?」

「………ぜぇッ、ぜぇッ…!」


 裏庭の片隅から聞こえてきた伊野田の声に、腕立てを停止して目線を向ける。


 予想通り、シャルがバテていた。

 顔色は真っ赤だが、今にも吐きそうなのか口元を押さえている。


 体力は並み程度だったから、案の定ランニングにも付いて来られなかったようだ。


「シャル!吐くなら吐け!諦めるなら、そのまま脇にどけてろ!」

「……ッ、吐くもんか、馬鹿!……こ、この程度、なんともないわよ…!!」

「それが、先生に対する態度か、馬鹿野郎!」

「ご、ごごごゴメンなさい!!」


 ただ、彼女も彼女で負けず嫌いだ。

 煽れば、すぐにその場で立ち上がって、不格好ながらも走り出した。


 もっとも、数歩進んでから、すぐさま裏庭の片隅で吐いたようだが。 


「………容赦が無いのだな」

「ちょ、ちょっと意外です…」


 ローガンもアンジェさんもドン引きしているが、これがいつもの光景だと言ったら顔色を真っ青にしていた。


「ぼえぇえええええ!」

「吐くなら、隅でやれと言ってんだろうが!!」


 とか言っている間にも、安定の浅沼がゲロった。

 勿論、そのままの意味で。


 ペースが遅れている伊野田は吐く事は無いが、いつもいつも這う這うの体になるのが常だ。

 まぁ、体力は付いて来ているので、完走は可能なのだが。


 そこで、また腕立てを再開する。

 シャルがどこまでこの訓練に付いて来られるのかは気になるが、いつまでも見ていたって始まらない。


「………本当に、遠慮が無いのう」


 母親であるラピスからして見れば、あまり良い顔はされない事だったようだがな。


 ………だが、これだけの事をしてからじゃないと、到底武器を扱う訓練なんて出来ないからね。

 最初の段階で、魔力特化にしちゃったから余計に体力が無いんだろうし。


 さて、回数は、そろそろ300に届く頃、


「筋力トレーニングで良いんだよな?」

「………つうか、先公また、そんなところで、」

「10×10セット。終わったら、鉄棒で懸垂やってろ。

 それから、喧嘩を売るなら相手を選べよ、香神」

「ヒィッ……!」


 永曽根達が戻ってきたので、そのまま脅しを加えながらも筋力トレーニングへと進ませる。


 その間に、間宮がセットを終わらせたようなので、全員に含めての指示をまとめて出した。

 ………最近、また消化のスピードが速くなってるけど、サボってる訳じゃないだろうな?


「(ふるふるぶんぶん)」


 真っ青な顔で首を振った間宮は、やはりエスパーなのかもしれない。

 今、オレが考えていたこと分かったんだな。


 と、その後も続々と、杉坂姉妹、河南、数十分遅れて伊野田、浅沼、と帰ってきた。


 残りは、シャル1人だったが、


「………ぁ、」


 小さな掠れ声と共に、彼女は地面に倒れ込んだ。


 やはり、初日から付いて来るのは、無茶があったらしいな。


 傍観していたラピスが思わず動揺したようだった。

 だが、オレが黙って見ている手前、彼女も分別は持っていたのか母親としての顔は引っ込めた。


「間宮、悪いが回収してきて、水分補給だけさせてやれ」


 すぐさま反応した間宮が、校庭を走った。

 シャルを回収し、とっとと紀乃のいる裏庭の芝生に連れて行くと、水分補給の為のレモン水(ちょびっと塩入り)を甲斐甲斐しく飲ませ始める。


 あーあー、と言っているような体で、他の生徒達も心配そうにしている。

 ただ、彼等も久しぶり(約1週間ぶり)に本格的な訓練を行っているので、他人の為に裂いている余力は無いだろう。

 シャルと仲良しである伊野田は、やはり口惜しそうだ。


 しかし、


「シャルに付き合って手を止める暇があるのか~?」

『………ヒィッ!!』


 オレの低い声と共に、生徒達が止めていた筋力トレーニングを再開する。


 別に、やらないならやらないで構わないけど?

 その代わり、二度と訓練に参加させないから、って脅しを掛けているだけで。


 シャルの事が心配なのは分かるが、下手な仲間意識は、現在の訓練段階では捨てろ。


 訓練に付いて来られない人間は、遅かれ早かれ自分達の脚を引っ張る事になるからだ。

 ただ、見捨てろと言っている訳では無く、分別を付けろと言っているだけ。


 そして、1週間の間でこの訓練に慣れさせる為には、彼女にはスパルタでやって行くしかない。

 何故、1週間なのかと言うのは、今は割愛しておこう。


 まぁ、結構無茶苦茶なこと言っている事は分かっているけどね。


 

***



 時刻は、既に夕刻を回った。

 オレも生徒達も訓練を終了し、夕食の準備や各々の自由時間を過ごしている。


 結局、休み休みであっても訓練に付いて来られなかったシャルは、完全にダウンしてしまっている。

 不貞寝なのか疲れ切っているのかは定かでは無いが、時たま伊野田が様子を見に行っているようだ。

 

 母親であるラピスや、叔母となるアメジスからは、厳しすぎると意見を貰った。

 しかし、今後必要になってくる武器の修練で、中途半端な基礎で臨むことは許さない。

 断固としてオレが譲らなかった為、不承不承ながら彼女達も口を噤んだ。


 ただ、思った以上に反対意見が少ないと感じたのは、ライドとローガンが多少オレの意見を肯定していたからだ。

 彼等も努力の末に、今の実力を手に入れた経緯がある。

 ローガンは既に300年以上、ライドも100年以上、その鍛練を繰り返して来たから。

 そして、この世界では、その力こそが最も必要であると、知っているからだ。


 さて、そんな訓練でのひと悶着はさておき。


「呼び出しの用件は、例の武器商人の事で間違いないか?」

「ああ。先にお前の予定を聞いておかないと、こっちも予定は立てられないんでな」


 昨日の今日ではあるがゲイルを呼び出し、同じように部屋で向かい合う。


 昨日話を聞いたばかりで、紹介状まで既に手配済みである武器商人の元へ出向く件。


 既に持っている裏ルートの商売人に関しては、もう朝の段階で連絡済み。

 返答も訓練が終わった後に来ているので、夜には出向く事は出来る。


 ただし、新規であるシュヴァルツ・ローランの方へは、流石にオレ達だけで行くのは心許無い。

 ゲイルも出来れば出向きたいと言っていたし、こちらとしても戦力は多い方が良いという判断で、同行する事は決定していた。


 ついでに、ローガンも連れて行くか迷っているが、彼女も曲りなりには女だ。

 あまり、危険なことに首を突っ込ませたくない。


 ふと、脳内で話が脱線し始めた頃、


「明日なら大丈夫だ。だが、明後日には無理だ」

「なら、明日だ。明日、出向く事にする」

「………早いな」


 即決したオレの答えに、ややあって驚いたゲイル。


 別に早くもなんともない。

 むしろ、遅いぐらいだと、これでも反省しているのだが。


「分かった。明日の、今と同じ時間で構わないのか?」

「ああ。明日のこの時間に、私服で来てくれ。武器の携帯に関しては、お前の判断に任せる」

「了承した」



***



 これで、お互いの用件は無くなった。

 シガレットを吹かしながら、煙を吐き出すお互いの息遣いだけが聞こえる室内。


 ゲイルは、また難しそうな顔をしている。

 しかし、オレはそれに対して、返すべき顔も言葉も無い。


 ………あ、でも、もう一個、オレの用件があったかも。

 思い出したので、その場ですぐさま話を切り替える。


「そういや、話は変わるんだが、お前達の騎士団の人間で、事務仕事が得意な奴って何人かいないか?」

「えっ?………事務仕事が出来るのは、マシューとカルロスと他に数名がいるが、いきなりどうした?」


 シガレットを片手に、きょとんとした表情のゲイル。


 いきなり話が変わり過ぎて戸惑っているのか、それとも思っていた話の内容が違ったのか。

 ………どうやら、後者のようだな。

 今、あからさまに、安心したように息を吐き出したようだから。


「書類が溜まってんだ。何人か貸してくれ」

「………校舎に関わる仕事を、騎士達にさせても良いなら」

「別に校舎に関わる書類とは言ってないだろ。

 例の貴族の編入希望受け入れの書類、オレだけで書くのは手間なんだよ」


 既に話すのすらも億劫で話題に上ってはいなかったが、貴族の子息・子女の編入希望だけの受け入れは、件数が50件を超えた。

 この辺りで、もうウチでの受け入れは困難と考えたので、騎士達に頼んで受け入れは終了した。


 元々、受け入れの希望は生徒達にやらせたりもしていたのだが、途中で騎士達に交代して貰っていた。


 応対に出た生徒は、榊原と香神と、永曽根の3人だけだ。

 しかし、榊原はへらへらし過ぎで舐められ、香神は無愛想過ぎてケチを付けられ、永曽根に至っては20歳とは思えない貫禄の所為か、委縮され過ぎて必要な情報が書かれて無かったりもしたのだ。

 他の生徒達は、例え貴族の小間使いであっても、応対には出たがらない。

 間宮に至っては、口が利けないので論外だ。


 なので、貴族の件は貴族に任せようと、騎士達に任せた。

 それが功を奏して、今のところは問題らしい問題も出ていない。

 最初からこうしておけば良かったと、ちょっと後悔したり生徒達から詰られたりした。


 まぁ、それはともかくとして、問題はその50件にも上った編入希望の書類が思う以上に進まなかったことが問題だった。

 オレも書ける範囲でやるだけやってみたが、そろそろ限界だ。

 このままだと、訓練に支障が出かねない。


 しかし、まだ3分の1も終わっていない。

 説明文書はほぼ終わりそうだったのだが、結果報告の書類が完全に手付かずとなってしまっている。

 なので、騎士団の中で書類仕事が得意な人間を借り受けて、手伝ってもらおうという魂胆。


 ………まぁ、字が下手くそでは無く、定型文とサインの仕方さえ知っているなら、別に書類仕事が得意な人間で無くても良いんだが。


「そこで、生徒達を使おうとしない辺り、お前も分別は弁えているのだな………」

「………教師の仕事は教師の仕事。

 生徒達には、訓練でも校舎のメンテナンスでも結構無茶をさせているからな」


 まぁ、手伝って貰う分には構わないんだけど、やっぱり生徒達も相当頑張っている。

 それ以上の仕事をさせるのは、ちょっと可哀想な気もして………ね。


「分かった。話はしておく」


 こくり、と頷いたゲイルが、苦笑を零した。

 その手にあったシガレットも、携帯灰皿に押し付けられて、用件も無くなった。


 踵を返したゲイル。

 オレは、その後ろ背を無言で見送った。


 実を言うなら、用件はもう一つあった。

 それは、昨日受け取ったメモの事と、例え今まで秘匿していたとはいえ、それを手紙として話してくれた事への感謝。


 だが、まだオレから、彼へと話す言葉は無い。

 億劫、というよりも、まだわだかまりがあるうちは、言いたくないだけ。


 ただの、ちっぽけなプライドの話だ。



***



 その後、ゲイルが帰ったのを見計らい、出掛ける事にした。

 時刻は既に夕刻を過ぎ、夜に差し掛かろうとしているが、この後にもまだ用事があるオレとしては、あまり関係ない。


 面子は、オレと間宮、オリビアとラピス、ローガンとアンジェさんと護衛の騎士数名。


 『聖王教会』へと、やって来た。


 これまた今日の朝のうちに、『聖王教会』へと連絡をしておいた。

 やる事リストの項目にあった、『女神の予言』である石板の確認と、薬が届いたのでミアに実験体の打診をしたい、と話を通したのである。

 それが、これまた夕方辺りの時間に返事が来て、現在最高権威である司祭のイーサンから、『いつでも構わない。むしろ、今すぐにでも来て欲しい』とか言う話になり、現在に至る。


 と言う訳で、オレは当時者、間宮は弟子兼警護として。

 オリビアは実家帰り、ラピスは薬関連の責任者として。

 ローガンは怖いもの見たさ(?)で、アンジェさんも薬関連の主任として、それぞれ出向く事になった。


 最近は何度かお邪魔している教会は、相変わらず荘厳な空気で出迎えてくる。


 その最深部でもある聖堂はマジの『聖域』であり、本物の女神様方が待機しているってんだから、この息を呑むような圧巻の空気も頷けるもんだ。


 ローガンはダドルアード王国の教会本部は初めて見るらしく、アンジェさんに至っては教会自体を始めて見た様だ。

 二人揃って、教会を見上げて大口を開けていたのには、地味に笑った。


「ようこそ、お越しくださいました」

「ギンジ様、お待ちしておりました!」


 教会へと入れば、すぐさまイーサンが出てきた。

 それと同時に、彼にひっ付いてシスターの修行でもしているのか、純白の法衣を着たミアまでお出迎えだ。

 ミアに至っては、出会い頭に飛びついて来たものだから、オレも少しだけ驚いた。


 最終的に、イーサンに窘められていたものの、久しぶりに見た彼女は後遺症も無さそうで元気そうだ。


「………この子どもが、例の…?」

「そう。魔法具で治療を進めていたミアだ」


 初対面となるラピスとアンジェさんに、彼女を紹介しておく。

 ただ、思った以上に元気な少女が出てきたせいか、ラピスもアンジェさんも目が白黒している。


「あ、は、初めまして!ミアと申し上げます!」


 驚かれたミアは、これまた目を白黒させたどたどしいながら自己紹介。

 どうやら、イーサンには礼儀作法も習っているようで、以前会った時よりも動きがおしとやか。

 ………さっきの出会い頭の飛び付きが無ければ、立派な淑女で通るよ。


「う、うむ。………勝手に使われたのは業腹ではあるが、これはこれで良かったのじゃろうか?」

「結果オーライだろ?おかげで、彼女も助かってるんだから」


 ちなみに、ラピスには小声で魔法具の使用状況の可否を問われたが、オレとしては勿論花丸だ。


 オレも永曽根もお世話になっているし、ラピスも現在進行形で使っている。

 しかも、オレの場合は急な出張なんかで、オリビアがいない時にはどうしても魔法具に頼らざるを得ない。

 それに、ミアの場合は、女神との契約自体も行っていない。

 女神の恩恵は受けられなかった経緯もあって、彼女はこの魔法具での治療一択だった訳だし。


 これからもお世話になる予定があるだろうから、壊すなんて事は言わないでね?


「それにしても、お前はまた顔が広いな」

「………まぁ、これでも『予言の騎士』だしね」


 そして、ローガンからの何故か手放しの讃辞を受けて、ふと苦笑いを零してしまう。

 忘れないでね?

 一応、これでも立場的なものはあるの。

 コネクションは、今現在も拡大中だし。


 『予言の騎士』やらなにやらは他の国にもいるらしいけど、それは敢えて今は言わないでおく。

 風の噂が五月蠅くなったとしても、彼女達なら信じ続けてくれそうだけどね。


「さて、早速で悪いんだが、用件を済ませて良いか?」

「はい、かしこまりまして。

 ただ、『聖堂』の奥へと入る事になりますので、ギンジ様とオリビア様以外は遠慮していただきたいのですが、」

「分かった」


 ミアの紹介も終わったところで、イーサンへと切り出した。

 彼は快く引き受けてはくれたが、流石に機密情報を提示するとなると部外者は立ち入り禁止となるようだ。

 まぁ、そうなるわな。

 一応、『石板の予言』自体が、機密文書みたいなもんだし。


 なので、ミアの薬剤療法の件は、ラピスとアンジェさんに任せておく。

 護衛に間宮とローガンもいるし、騎士達もいるので問題は無いだろう。

 今回は、現在の症状や経過などを診察して、ミアの体調が万全であるなら薬の処方を決めるという事になっている。

 オレがいなくても、医療部門の責任者と主任がいるなら大丈夫だ。


 間宮がちょっとだけ渋ってはいたが(どうやら、オレとオリビアだけで行かせるのが心配らしい)、師匠の心配は一人前になってからやれ、と言ったら頬を膨らませていた。

 地味に可愛かったな。


 ………いかん。

 最近、生徒達が我が子のように、思えて来てしまっている。

 これも、年齢の所為なのだろうか。


 閑話休題それはともかく


「じゃあ、また後で。お互い、早めに終わったら目立たないように、客間で待たせて貰うから」

「了承した。では、またな」

「名残惜しいですが、仕方有りません。行ってらっしゃいませ」


 ラピス達と別れ、イーサンと共に聖堂へと向かう。

 ミアの最後の一言は気になったが、スルーしておいた。


 ………あれだ。

 背筋がむず痒くなるような、得体の知れない視線の所為だ。


 ちなみに、イーサンはそんなミアの言葉に、苦笑を零しただけだった。

 しかし、ふとオリビアへと振り返って、柔らかく微笑む。


「オリビア様が帰ってくると聞いて、女神様方も今日の朝からずっと楽しみにしていたようですよ」

「まぁ、嬉しいですわ!………でも、そんなに長い間、顔を見せていない訳では無いと思うのですが……」


 うん、それはオレも思った。


 けどまぁ、兄弟姉妹がいないオレとしては分からないけど、きっとそう言うものなんだと思う。

 家族の事なら、いつだって心配なもんなんだろうね。 


 最近では、『聖王教会』主催の炊き出しの出資の為に、挨拶に来た時だったか。

 それでも、地味に1月の中旬だったから半月なんだね。

 ………こっちの世界に来てから、日付の感覚が短くなっている気がする。

 その分、1年が1ヶ月分長いけど。


「そう言えば、ギンジ様の特別学校で、貴族の子息・子女の受け入れを検討していると小耳に挟みましたが、」

「あー………結構、噂になっちまったみたいでな」


 切り替わった話題は、イーサンの言葉通りの事。

 ただし、その受け入れの前に、編入希望とだけ追記して貰いたいもんだ。


「良くいらっしゃる、貴族家の御子息や御息女も息巻いておりましたよ」

「編入希望を受け入れるってだけで、大袈裟なこった」

「おや。でしたら、編入の合否基準があるので?」

「ああ、あるよ。試験制にして、結果次第で合否を判断するつもり」

「おやまぁ。それは、厳しそうですねぇ」


 ふくふくと笑ったイーサン。

 しかし、彼の思っている試験と、オレが言っている試験の内容が、まったく別物である事も追記しておこう。

 騎士団の採用試験なんて目じゃないぐらい厳しくするつもりだからね。


 そんな話をしていれば、あっという間に聖堂へ。


 扉を開けた瞬間に感じる視線の数々には、未だ慣れる事は出来ない。


 しかし、オレとしてはまさしく極楽浄土とも思える、絵画の一部にありそうな『少女達の楽園』を見るのは地味に癒されるもんだ。

 口元が緩みそうになって、苦笑いで誤魔化した。


「ただ今戻りましたわ」

『おかえり、オリビア』

『久しぶりね、オリビア』


 オリビアが声を掛ければ、鈴の転がるような声音が何層にも重なって木霊する。

 美人ばっかりで、そのうえ声も良いとか五感が幸せだわ。


『騎士様も、お変わりなく』

「ああ。女神様方も、ご機嫌麗しいようで」

『少し逞しくなられたのでは?』

『あら、少し痩せられたように、見えたのだけれど』

「痩せてから、また鍛え始めました」


 意外とオレの変化に機敏な女神様達にどぎまぎしつつも、イーサンの背中を追う。

 ただし、


「わ、私だって、いつか…!いつか…!!」


 口惜しそうに、ハンカチを噛み締めている奴の背中だったが。


『もうちょっと魔力総量を鍛えた方がよろしくてよ』

『資質の問題だと思うけど?』

『でも、イーサンとも話してみたいわ』


 満更でも無さそうな女神様方は、色々と周りで助言をしているのだが、それもイーサンには聞こえないようだ。

 ご愁傷様。

 別に通訳はする必要も無いだろうと、オレは黙ったままでいることにした。

 その方が面白そうだからな。



***



 かつかつ、と湿った空気の中に響く、靴音。

 燭台に立てた蝋燭の灯りを頼りに、薄暗い階段を降りて行く。


 聖堂の真正面に鎮座した台座。

 実は、オレも知らなかったのだが、その真下にはこうして隠し通路が存在していた。

 岩を積み上げただけの、灰色の空間。

 階段ですらも、四角形の岩を積み上げて造られているようだ。

 やや緩やかな螺旋の形状となっており、相当の手間が掛かっている事もうかがえた。


 時は数百万年前に、ダドルアード王国ともども『聖王教会』が襲撃を受けた際、この隠し通路のおかげで多くの人間が助かったという経緯があった。

 その後も、以前起きたと言う『人魔戦争』の時か、数十年前の戦時下にも防空壕のような形で使用されたと言う。


 そんな隠し通路の途中途中で当時の戦時下の名残を感じて薄ら寒くなりつつ、先頭を歩くイーサンの背中を追う。

 オリビアは、既にかちかちと身体を震わせて、オレの頭にひっ付いているだけだ。

 ………実は、怖がりだったりしたの?


 なんて関係の無い事を考えつつ、少し飽き始めた階段への気分を紛らわせていると、


「ここから先は、避難の時にも開かれた事はありません」


 ふと、イーサンが立ち止まった。

 階段の終着点は、ただだだっ広い空間のような形になっていた。


 だが、その更に奥。

 階段から真正面となった壁だった。

 一見すると、何も無い様に見える。

 しかし、その壁には、その岩壁に同化するかのような扉が巧妙に隠されていた。


 燭台を置いたイーサンが、改めてオレへと向き直る。


「この先に踏み入る事は、私にも出来ません」

「………それは、」

「ここには、『人払い』の結界が張られているようなのです」

「………大仰なこった」


 イーサンが言うには、この『人払い』の結界は、『聖王教会』が出来た当初から存在していたようだ。

 『聖王教会』の歴史を記した文献にも、そう残されていたらしい。


 そして、踏み入る事が出来るのは、『女神』か『それに連なる眷族』、もしくは『予言の騎士』。


「………つまり、オレが偽物だった場合は、入れない、と」

「そう言う事になりますが、もっとも貴方が偽物だなんて事はあり得ませぬよ。

 女神様方がお認めになった存在であり、今はオリビア様が眷族として契約しているのですから」

「………まぁ、そうだろうね」


 どうやら、例の召喚者達の一件は、オレにとって相当応えていたのか。

 少しながら首をもたげた不安の所為か、そんな事を口走ってしまう。


 だが、少なくともイーサンの言葉のおかげで、多少は緩和された。

 例の件について、知っているのか知らないのかは定かでは無いが、信じて貰えている事をまずは喜ぶとしよう。


 それよりも、まずは第一関門である、この扉を抜けなければならない。

 冷たい印象を受ける岩壁を少しだけなぞり、扉の取っ手部分に当たるだろう窪みを探す。


 しかし、


「う…ん?………熱い…?………どわ!?」


 岩の扉は、仄かに熱を帯びているような気がした。

 だが、それと同時に壁が突然、消え失せた。


 まるで最初から、そんな扉が無かったかのように、四角く切り取られた扉の先。

 その扉の先には、円形の部屋があった。


 だが、突然消え去った壁のおかげで、つんのめりながらも入る事になってしまった。

 ………地味に恥ずかしい。

 そう思って、罰が悪そうな顔で振り返った。


「えッ……?」


 そこには、壁があった。

 先ほど見た岩壁とは違う、まるで黒曜石を磨き上げたような光沢を持った壁。


 扉なんて、見当たらない。

 そして、先ほどまでオレの頭にひっ付いていた筈のオリビアも、壁の横で待機していたであろうイーサンもいなくなっていた。

 この部屋の中に、オレ1人が入る事が出来てしまった。


「『人払い』の結界、って………『女神』も入れるんじゃなかったのかよ…」


 さっき、イーサンが言っていた事と話が違う。

 出来れば、オリビアの目線でも『予言の石板』を確認しておいて欲しかったのに。


 とはいえ、どうやら扉の先に入る事には、成功したようだ。

 最近悩みの種となっていた『予言の騎士』の真偽は、間違いないと判断しても良いのかもしれない。


「………なんだよ、この部屋…」


 円形の部屋は、出入り口が無いように見えた。 

 いや、見えるのでは無い。

 実際に無いのだ。


 黒曜石にも似た壁に四方八方をぐるりと円形に囲まれた部屋。


 しかも、


「自棄に、熱くないか…?」


 尋常では無い温度の高さに、既に汗が滲み出している。


「最悪だ」


 思わず呟いて、やや辟易としてしまう。

 先ほど扉の先から感じた仄かな熱は、どうやら錯覚では無かったらしい。


 体感温度は、おそらく70~90℃前後。

 軽く、サウナ並の熱さとなっているが、風呂や銭湯でも無いのに何故ここまで温度が上昇しているのか。


 ただ、そのまま呆然としていても始まらない。

 熱いのは熱いが、仕方ないと割り切って、自分自身の本題を片付けて行こう。


「えっと………『石板』は?」


 先ほど入ってきたであろう壁を背に、ぐるりと円形の部屋を見渡した。

 しかし、見渡すまでも無く、先ほどと同じように真正面の壁に台座が鎮座している。


 そして、その台座の上に、目的の『女神の石板』を見つけた。

 何があってこうなったのか、自棄にバラバラではある。

 だが、どういった原理が働いているのか、空を浮遊するようにして『石板』は形を保っていた。


 ただ、『石板』を見る前に、先に台座へと眼を向ける。


 ディテールが凝っているが、自棄に古めかしい台座だ。

 少女らしき3体の像が、台座の下で『石板』を支えるようにして手を伸ばしている。

 少女を模したであろう像は、ウェーブの掛かった髪や、ストレート、そして癖っ毛の強いショートヘア、と髪型も違う。

 その少女達に巻き付いているのは、何かの植物の蔓なのだろうか。

 だが、オレには絡み付くように伸ばされた手のようにも見えた。

 神聖な雰囲気と、どこか不気味さを混同したディテールだった。


 ここら辺に、ヒントらしきものは無いか。

 少しの間、その台座を眺めつつも思考を深めるが、いかんせん部屋の熱さの所為でまとまらない。


 この調子なら、何度でも入る事は可能だろうし、ヒント探しは止めにしよう。

 まずは、『石板の予言』を見てからだ。

 そう思い、目線を『石板の予言』に移した。


「………と言っても、読める訳ねぇんだよなぁ…」


 書かれているであろう文字は、まるで象形文字だった。

 しかも、かなりカクカクした小難しい方の文字である。


 こちらの文字もまた、アルファベットを崩したのかそれとも元々原型も無かったのか。

 そもそも、規則性も定かでは無い、文字ばかりで覚えるのに苦労した。

 今も、時たま間違えて書いてしまう文字は、多々存在している。


 しかし、この『石板の予言』の文字は、完全に別のものだと考えて良いだろう。

 日本の漢字と韓国のハングルが違うのと、同じだ。


 更には、バラバラの状態で、浮遊している。

 文字が途中で途切れ、欠けてしまっている部分も多い。


 近くで見て確認したいが、触って良いものかどうかすらも判断が付かない。


 ………あ、でも、今1人だもん。


「証拠さえ残さなけりゃ良いんだろ?」


 あくどく笑ったつもりで、腰のポーチから取り出すのは薄手の手袋。

 手術などで使われるビニールのものだ。

 念の為ということで、いつも3ストック程度は持ち歩いている。


 それを右手に嵌めて、慎重に『石板の予言』へと手を伸ばした。

 間違っても壊したりはしないように。

 どういった原理で浮いているのかは分からないが、落ちたとしても反応できるように。


 その瞬間、


「………ッ!?」


 周りが、真っ赤に染まった。


 オレが今目の前にしていた台座を中心に、円形の部屋の外壁を沿うかのように炎が噴き出したのである。

 室内の温度も、並行して圧倒的な勢いで増した気もする。


 轟々と耳を掠めて行く炎の息吹。

 肌を焦がすかのように、ちりちりと舐めて行く熱気。


 本物の炎である事は、間違いない。

 それが、オレの今いる部屋の中を完全に覆い尽くしてしまっている。


「お、おいおい…ッ、こんなところで、焼死なんて…ッ!」


 冗談では無い。

 本気でだ。


 台座に身体を押しつけ、最低限炎から逃れる。

 しかし噴き上がった炎は、円形の部屋をぐるりと囲むようにして燃え盛っていた。


 いきなり、何故このような事になってしまったのか。

 やはり、『石板』を触ろうとしてしまったのが、良くなかったのだろうか。


 いや、でも確認したい事があったんだし、少しぐらい許してくれたって………。


 なんて思っている間にも、炎は確実に燃え広がっていた。

 円形の部屋の外周が、徐々に狭くなって来ている。


 本格的に、これは駄目かもしれない。

 『石板』を確認しに来ただけの筈が、まさかの焼死とは笑えない。


 じりじりと、肌が焼けて行く。

 その反面、オレの背筋は冷たいままであった。


 助けを呼ぶ事も敵わないだろう。

 ここは、『人払い』の結界の中であり、女神や眷族、『予言の騎士』ぐらいしか入れない場所だと、先ほど聞いたばかりだ。

 しかも、女神であるオリビアも、入る事は出来なかった。


 救援は見込めない。

 万事窮す。

 最近、脳裏にチラつく頻度の高くなった言葉が掠め去っていく。


 だが、


『阿呆な主もいたものよ。諦めるのは、まだ早すぎる』


 まるで、こめかみの横から囁かれたかのような声が、諦念を浮かべていた脳内に駆け巡る。


 アグラヴェイン………?


 腹の奥底で、胎動するかのような感覚がした。

 炎に焦がされて痛みを感じる身体の、その内側からの熱に思わず腹部を抑える。


 しかし、そこから先は、何が起こる訳でもない。


 彼の属性である『闇』が炎を鎮火してくれるでもなく。

 かと言って、オレをこの円形の封鎖された空間から移動させてくれるでもない。


 本格的に、精霊にまで見捨てられたのだろうか、と小首を傾げそうになったが、


『………『石板』に触れてみよ。素手で、直にだ』


 …………そ、それだけ?


 呆れ交じりの憮然とした声が、脳裏に響く。


 ただ、この状況を芳しく思っていないのは、アグラヴェインだって一緒の筈だ。

 折角の主様が、焼死しましたなんて、彼にとっても不名誉この上無いだろうから。


『無駄口も余計な考えもいらん!とっとと、触れぬか!!』

「ぎゃあっ!!ゴメンなさい!!」


 しかし、もだもだしている間に、突然クリアになった彼の声。


 オレの意思を完全に無視して、具現化でもしたのだろう。

 背後に『闇』属性特有のうっすらと冷たい空気と共に、彼独特の威圧感が圧し掛かる。


 彼の機嫌も、この状況のリミットも短いらしい。


 急いで、右手に嵌めていた手袋を口で引き抜く。

 そのまま、先ほどまでの慎重さはどこへ行ったのかと思う程、やや乱雑に『石板』へと手を伸ばした。


「ーーぐっ…ッーーーーーーーぁッ!?」


 ………だが、オレの体の自由が効いたのは、そこまでだった。


 『石板』に触れた瞬間。


 オレの目の前は、360度ぐるりと、回転するかのような錐揉み状態に陥った。


 圧倒的な頭痛と、身体をバラバラに千切られそうな感覚。

 更には、乱気流に飲み込まれたかのような視界の回転に、吐き気すらも催してしまった。

 しかも、あれほど肌を焦がさんと燃え盛っていた炎も、視界の端にすら映る事は無くなった。


 足場は無い。

 真下に広がるのは、真っ黒な大地。


 揶揄でも何でも無く、オレは中空にいた。

 黒曜石の壁に囲まれた円形の部屋にいた筈の身体は、何故か中空に投げ出されていた。



***

ちょっと難しい問題も出てきたりなんだりしても、結局のところ主人公はアサシン・ティーチャーなのは変わりません。

召喚者の件は、この話にとって無くてはならない存在と言っても過言ではありません。

倦厭してしまう話になってしまうかもしれませんが、どうぞご了承くださいませ。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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