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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、新参の騎士編
87/179

76時間目  「休み時間~取捨選択は、気を付けて~」

2016年5月19日初投稿。


続編を投稿させていただきます。


タイトルはまんま。

多分、アサシン・ティーチャーは仕事の取捨選択を間違え過ぎていると思われます。


76話目です。

***



 やること山積みで嫌になっちゃうよ、もう。


 なんて事を考えながらも、書類を書き続ける手は休めていられなかった。


「浅沼が、Cランクに向上。

 能力はやや筋力寄りだけど、魔法能力に関しては既に発現済み、と」


 書類は、通信簿。

 今回、生徒達の期末試験が終わった事もあって、簡易ながら作ったのだ。


 生徒達の長所や短所、それから今後注意して欲しいことや、伸ばしていくべき課題点などを簡単にまとめてある。

 今は、その最終段階として、彼等の評価を書き込んでいた。

 現代では頭の可笑しい内容だと疑ってしまうものではあるけどね………。


 とりあえず、浅沼はCランク。

 先程の独り言の通り、能力はやや筋力寄りながら、魔法能力に関しては発現済み。

 ついでに、ダブルでもあるので、体力と並行して魔法能力に関しても伸ばしていく事になるだろう。


 伊野田は、Dランク。

 とはいえ、更新をすれば変動の可能性は有りか。

 能力は完全に魔法能力特化だけど、最近体力も能力も追いついては来ているかな、と。


 浅沼と伊野田の2人は、元々運動音痴だった。

 しかし、この『異世界クラス』での訓練を始めてからは、2人とも多少なりとも動きが良くなって来ている。

 まだ、初めての動きに対するイメージが苦手なようだが、それも今後の課題かな?


 香神は、BランクからAランクに向上か。

 しかも、筋力体力、共にトップレベル。魔法に関しての適性も高いし、………うーん。

 生まれ持った異能もあってから、コイツは自棄に成長速度が速い。

 うかうかしていると、オレも抜かされる可能性が高いな。


 榊原は、Cランク。

 コイツも、更新させてみて、最終決定だな。

 オレと同じ『闇』属性ながら、しっかり発現は出来ているようだし、運動能力に関しては既に長曽根にも迫っている。

 元々、器用だとは思っていたが、ここまでとは思っても見なかった。


 次に、エマはBランクに向上。

 元々、運動自体は苦手では無かったし、頭脳も少なからず並み程度にはあった所為か、伸び代に期待が持てる。

 ジャッキーからの期末試験の結果報告にあったように、悪魔を退けたとか言う功績が顕著に出た形だな。


 ………ってか、この世界、悪魔もいたのね…。


 閑話休題それはともかく


 彼女は、伊野田と同じく魔法能力特化型ではあるが、体力面に関しては十分だ。

 問題はトラウマの克服であるが、オレも同じようなもんだから、無理に押し進める訳にもいかないだろうね。


 次に、ソフィアだが、彼女もBランクに向上。

 元々のランクが高かったのもあるのだろうが、それにしても上がるスピードが驚異的だ。

 彼女も同じく魔法特化型、と思いたいのだが、最近の訓練を見ていると組み手では切れが増していたようにも思える。


 次に河南は、Bランク。

 だが、彼も更新をしてから、最終決定を下す事になるだろう。

 紀乃と一緒に医療部門に配属する事になったので、体力強化をメインにするのか、それとも魔法能力をメインにするのかは、本人に選ばせようと思う。


 次に紀乃だが、Dランク。

 彼も同じく、更新してからの決定になる。

 河南と同様に医療開発部門に従事する事になるが、下半身不随のハンデを魔法能力で補っている頭脳派としての強みがある。

 医療開発部門ともども、今後の期待が大きいな。


 次に徳川であるが、彼もAランクへと向上。

 エマと同じく、悪魔を退けた功績もあって、今までのランクから一気に駆け足となった。

 オレが討伐隊に出向していた時以降は、問題らしい問題を起こしていないところを見るに、学習能力は少しずつ上がっているようだ。

 ついでに、最近の訓練の結果は、既に長曽根と同列と考えて良い。


 そして、表題に度々上がっている長曽根だが、彼もAランクへと向上。

 元々の武道家としての知識や経験も然ることながら、20歳にしてあの貫禄ならばこのランクも頷ける。

 それに、体格に恵まれている事もあってか、武器に転向したとしても問題は無いだろう。

 オレや榊原と同じ『闇』属性で、『ボミット病』を抱えながらも、魔法発現も可能だしね。


 そして、最後に間宮は、Aランクで据え置き。

 ただし、彼も更新をした際にどうなるかは分からないので、決定は保留。

 体力も筋力も年相応ではあるが、スタミナも付いてきた。

 それに加えて、魔法能力に関しては、シャルどころかラピスのお墨付きまで貰っている当たり、将来が楽しみな人材である。


 ………オレ、そろそろ抜かされても驚かないと思うよ。

 早々、抜かされるつもりも無いけどね。


 と、まぁこんな感じかな。


 『異世界クラス』の面々の通信簿を書き終えて、長時間酷使した腕を休める。

 右手一本で書かなきゃいけないのは慣れたけど、かなり重労働と感じるぐらいには不便なんだよねぇ。


 しかし、そう長くは休んでもいられない。


 やる事は、先ほど言ったように山積みだからだ。



***



 あの事件から、3日が過ぎようとしていた。

 その事件とは勿論、オレ達と同じ異世界からの召喚者達が起こした、ローガン達への殺人未遂等だ。


 幸い、ローガンは生きていたし、彼女の妹であるアンジェローナも救出出来た。

 しかし、その幸いがあったからと言って、召喚者達のしでかした事は表沙汰には出来ない。

 よって、緘口令と共に、この事件の概要は闇に葬った。


 そんな薄暗い事件から、早くも3日だ。

 オレも体調は万全に回復しているし、ローガンもアンジェさんも元気そうだ。


 そんな中で、オレが目下、取り組まなければならない事。

 今までのスケジュールをなんとかかんとか消化しても、まだ両手に余りある仕事内容である。


 まず、医療開発部門の立ち上げ。

 これに関しては、既にラピスが校舎に来た事で半分をクリアしたと思っている。


 それに加えて、新たに仲間入りを果たしたローガンが連れて来てくれた、アンジェさんのおかげで『インヒ薬』の正しい用法・用量、ついでに副作用なんかも判明するだろう。

 実は彼女、女蛮勇族アマゾネスでありながら、武道の類が苦手だと言う。

 しかし、そのおかげで、調合師として修行しているベテランだった。

 なので、ラピスを責任者に置き、アンジェさんには主任として着任して貰った。

 その他のフォローとして、今まで通り医療部門に従事して貰うのは、河南、紀乃、そして新たに抜擢した伊野田。

 今後は、オレや永曽根、ラピスに加え、教会のミアを実験体として、動いていく事になりそうだ。


 そして、この医療開発部門と並行して、後1ヶ月後に控えた『白竜国』国王、オルフェウス陛下との面談に備える。

 口約束とはいえ、彼と設けた盟約の期限は半年。

 現在は、10月から5ヶ月が経過した2月初旬だ。(※この世界での暦は、13ヶ月)

 来月の初旬になれば、彼が意気揚揚とこのダドルアード王国へと、オレ達の身柄引き渡しを求める交渉にやってくるだろう。

 今度もやはり、突っぱねるつもりでいるのだが、前回よりも容易くは無さそうだ。


 その一つの条件として提示されていた、不治の病でもある『吐き出し《ボミット》病』の治療法の確立は、魔法具と薬の両方で取り揃えた。

 ただし、魔法具の治療法に関しては、秘匿するつもり。

 元はと言えば、ラピスが開発した者とはいえ、拷問器具としても使われていた過去の遺品。

 表沙汰にするのは謀られる事もあり、ラピスの反対もあって、オレ達身内の中だけの秘密として行く事を決めた。

 と言う訳で、『インヒ薬』の材料や作成法も含めて、彼に対する切り札とする。


 次に、冒険者ギルドでの情報収集。

 これは、例の召喚者達に要らない知識を吹き込んだ、頬に傷のある冒険者の情報を求めての事。

 ついでに、以前問題となっていた、赤眼の少女の情報も改めて収集したい。


 まずは、ジャッキーに聞いてみるのが一番早いだろうが、オレ達の方でも情報は集めたい。

 その為、次にジャッキーと顔を合せる予定のある1週間後に、冒険者ギルドの主要メンバーとの会議を開催して貰う予定になっている。

 ………手紙送ったら、一発OKの返事をもらって、オレ自身も戸惑っているけど。

 まぁ、冒険者ギルドにいるメンバーに、オレや、新しく参入するであろうラピスとローガンの顔合わせをさせたいようだ。

 少し戸惑いつつも、今回はジャッキーの機転に感謝しておく事にした。


 後、例の冒険者関連では、商業ギルドでも裏の販売ルートでも構わないから、武器屋か武器商人かに渡りを付けたいと思っている。

 勿論、火縄銃の事があった所為だ。

 あれが、もし別のルートでも販売されているとなってしまうと、流石に問題がある。

 何が?って、そりゃ勿論、パワーバランスの問題だ。


 まかり間違って、『白竜国』及び『竜王諸国ドラゴニス』の属国に渡ってしまったら、戦局が一気にひっくり返される可能性がある。

 今現在、戦時下では無いとは言っても、国としての火力を上げさせる行為は極力したくない。

 と言う事で、先んじてルートを抑える、もしくは打ち切る。

 その為に、先ほど言っていた武器屋と武器商人の持っているルートを確認し、必要なら検挙したいのだ。


 まぁ、武器屋や武器商人には、これとはまた別の理由もあって接触したいんだけどね。


 それから、『魔術ギルド』とやらへと、向かうつもりでもある。


 召喚者たちの掃討を行った際の帰り際に、オレ達は奇襲を受けた。

 その時の襲撃者が使っていたナイフが、『防魔』という効果が付与された短剣だったからだ。

 この武器への効果付与に関しては、作成の段階で組み込むか、『魔術ギルド』でやや莫大な金を支払うかのどちらかだ。

 なので、効果付与の大量注文が無かったか、もしくはそう言った依頼の話を聞いた事は無かったかを確認しに行く。


 次に、改めて国王との面談を組みたいと思っている。

 これに関しては、ゲイルとの確執も勿論だが、召喚者の情報が入っていないか、また過去に前例が無かったのかを、聞きたいと思っての事だ。


 どの道、定期的に行っている石鹸やシガレットの工場の視察や、先ほど言っていたオルフェウス陛下の来国の際の話し合いもしなければならない。

 なので、別件としてウィリアムス国王陛下には、予定を空けておいて貰うように騎士団を通して通達した。

 ………ゲイルもそうだったので、隠し事をされない事を祈るしかない。


 ………そういや、『天龍族』からの呼び出しって、まだ来てないよね?

 思えば、まだ1週間程度しか経ってないとはいえ、いきなりの校舎へのご訪問は勘弁して貰いたい。

 一度、王国を経由して貰うように言っておいたけど、音沙汰無しってのも若干不安になるなぁ。


 閑話休題。


 最後にはなってしまったが、『聖王教会』へと出向きたいとも考えている。


 これに関しては、一度本物の『女神の石板』とやらを、『石板の予言の騎士』であるオレが直接確認した方が良いと考えたからだ。

 考えてみると、オレは一度も実物を見たことが無いからな。

 新たな情報が手に入るかもしれないし、もしかしたらオレ達が別に気付く事もある可能性はある。

 オリビアの姉妹達でもある女神様達にも、詳しい話を聞きたい。

 ………決して、オレが幼女の園で癒されたい訳では無い。

 なので、イーサンに通達をしておいて、改めて『聖王教会』に足を運ぶ事を決めた。


 以上。

 オレのスケジュールは、まだまだ過密過ぎると感じるよ。

 ………げっそり。



***



 まぁ、今のところ急いでやらなきゃいけないのは、この程度だろうか。


「………ふぅ」


 溜息を吐きつつ、今しがた書き出したリストを見比べた。

 更新する前のリストと比較して、書き漏れが無いか確認したが、大丈夫そうだ。


 ただ、その中にふと気になる文字を見つけてしまって、またしても溜息。


「………どうすっかなぁ。アイツの事」


 アイツとは誰ぞや、と思うかもしれないが、押して察しろ。

 ゲイルだ。

 あの秘密主義の過ぎる、馬鹿野郎の事だ。


 そして、彼に関連した問題と言うのは、ゲイルの家族の事


 専ら一番上のお兄さんの件に関してとなるのだが、しばらく後回しだ。

 薄情とか言うなかれ。

 この問題に関しては、ゲイルが動けるようにならないと、どうにもならない。

 親父さんでもある公爵閣下が、騎士団の顧問から降格となり、しばらくは謹慎処分という話になったのはつい先日。

 しかも、要因はオレの仕返しだ。

 その為、今まで親父さんが受け持っていた仕事が、そのままゲイルの元へと降りて来ているらしい。

 ちなみに、この情報は、いつの間にか隠密で情報を取得していたらしい、間宮から聞く事となった。


 まぁ、それはともかく、アイツもしばらくは忙しい筈だ。

 オレも同じく忙しい身の上なので、落ち着くまではお互いに顔を合せる事は無いだろうし、ついでに『天龍族』からのお呼び出しがあるまでは、保留としておくしかない。

 それまで、オレはこのダドルアード王国を離れる訳にはいかないと思っているからだ。


 生徒達に、出掛けるよって言ってしまった手前、ずるずると後回しになってしまっている現状は申し訳ないと思うが、今はまだ時期では無い。


 さて、また話が逸れた。


 残りはなんだろうか。


 シャルの問題も解決して、ラピスが校舎へとやってきた。

 ローガンが到着して、『インヒ薬』も手に入った。

 薬が手に入った事で、医療開発部門の設立の目途も、薬の研究の目途も立った。


 通信簿も書いたし、他に作成すべき書類はあっただろうか。


 ………って、一番書きたくない奴があったじゃんか。


「………貴族からの編入受け入れ試験の結果用紙書かないと…」 


 オレの言葉通り、書かなきゃいけないけど書きたくない書類が残っていた。

 貴族の子息・子女達の編入受け入れ試験の、試験内容及び結果用紙である。


 2月になって、政治的なイベントや催事が解禁された事で、貴族達が躍起になってウチの校舎への編入希望に訪れるようになった。

 今までも多かったのだが、1月末に行われた騎士採用・昇格試験が終わってからは特に顕著になった。

 要は、騎士採用試験に焙れた貴族の子息・子女達が、こぞってウチの校舎に流れて来たって事。


 躍起になっているのは勿論のこと。

 所謂、贈り物なんかの賄賂等を使ってでも、ウチ校舎に編入したいらしい貴族が後を絶たない。

 以前は国王に釘をさして貰ったけど、今回ばかりは貴族もマジだからどうしようもないだろう。


 と言う訳で、編入希望の受け入れだけはした。

 してやった。

 あまりにもしつこいから、とっとと終わらせてやろうと思って。

 ついでに、腹いせとして、ちょっとばかし地獄を見て貰おうとも思って。


 しかし、これに関してはどうしても準備期間がいる。

 その準備の中には、こう言った書類作成も含まれているし、試験内容の通達にしたって結果の通知にしたって、口頭で説明するだけじゃ失礼に当たる。

 貴族って、本当に面倒臭いったらありゃしないわ。


 ってな訳で、試験内容を書類に起こし、更に結果の通達書類も事前に作っておく。

 だって、最初から誰も合格させるつもりはないもん。


 元々、ウチの校舎では、今いる11人の生徒とシャル、それからラピスとローガンとアンジェさんが増えた事で、満員となってしまった。

 要は、部屋数が足りないのだ。

 客間もラピス達やローガン達に使っちゃったから、予備も無いしね。


 ただ、オレの予想に反して、編入希望の受け入れだけだと言ったにも関わらず、殺到した希望人数が既に40名越え。

 オレの予想を上回る現状に、溜め息すらも出てこない。

 しかも、名簿を見たら、有り得ない名前まで載っていた。

 ………おいおい、国王陛下。

 巷で馬鹿息子と噂になっているアンタの息子まで、名簿に載ってんだけどどういう事?


 なんて事もあったので、念には念を入れて試験内容の通達書類と結果の通知書類を2種類作成する事になった。


 ………オレが明日辺り、腱鞘炎とかで涙目になるだけだろうけどね。



***



ーーーーコンコン。


「んあ?」


 ふと、そんな中で、ドアがノックされた。


 あれ、誰だろう?

 今の時間は、生徒達が掃除とかで忙しいから、オレも自由時間になってるんだけど。


 ちなみに、今は昼前の11時ちょっと過ぎである。

 今日は事前に決めていた定休日なので、授業も無いしね。


「入っても良いかや?」

「………えっ?っと、ああ。どうぞ」


 気配を探る前に、ドア越しに掛けられた声は、ラピスのものだった。


 返事をすれば、彼女はおずおずと言った様子で、扉から顔を覗かせる。

 ………そんな顔すんなよ、ジャッキーいわく別嬪さん。

 襲っちまうぞ。


 どうどう。

 書類書き過ぎて、どうやら頭がラリってるようだ。

 落ち着け、オレ。


 さて、それはともかく、何の用だったのだろう。


「………た、体調はどうじゃ?」

「ああ、大分戻って来てる。………つっても、朝も確認しなかったか?」

「う、うむ。………じゃ、じゃが、急に変わる事もあるかもしれんと思ってのう…」

「そう?それなら平気。そこまで柔じゃないさ」


 オレも流石に、鍛えてるんだけどねぇ。

 3日前のあれは、確実にオーバーワークだっただけだから、忘れて欲しいけど。


 まぁ、心配されているのは、分かっているので苦笑と共に受け入れる。

 胸がほっこりした。


「ところで、他に何か用事あった?」

「えっ、あ、いや………。お、お主は何をしておるのじゃ?」


 あれ?

 用件を聞いたのに返されたって事は、もしかして何も無かったのかな?


 とはいえ、彼女がオレの所に来る理由って、あまり思い浮かばないんだけど。

 というか、出来れば来ないでほしい。

 オレも曲がりなりにも男なんだから、人妻とは言え変な風にうろちょろされると勘違いしちゃいそうだから。

 ………恥ずかしいから、本人には言わないけどさ。


「オレは、校舎で必要になる書類を書いてるだけだよ」

「………し、仕事じゃったのか」

「うん。これでも、結構忙しいからね」


 でも、何か話があるのなら、聞くけど?


「そ、そうじゃったのか…ッ、済まぬ!邪魔をした!」


 そう思っていたら、ラピスは何故か手を振ってわたわた、と。

 そのまま、先ほどおずおずと入ってきた扉から、大慌てで飛び出して行ってしまった。


「………はい?」


 取り残されたオレ。

 ぽかーん、である。


 彼女、一体何しに来たんだろう。

 何か、問題があったのか?


 ………いや、それなら先に用件を言うだろうな。

 本当に、一体なんだったのか。



***



 そんなラピスの様子が気になりながらも、書類仕事を終え(全部終わった訳じゃないけどね。昼になったから、休憩しただけ)、ダイニングへと降りたオレが見たのは、ちょっと異様な空気だった。


 一昨日、ジャッキーが来ていた時とは、また別の意味で異様な空気。


「そっち持って!」

「待て待て、ちょっと待て!」

「早くしろよ!」

「ああ!徳川、引っ張り過ぎ!!」


 騒然、というかなんというか、しっちゃかめっちゃかって言ったら早いと思う。


 まず、男子達がしているのは、何故かダイニングの模様替えだった。

 今まで、よくよく見れば、今まで板間だった床を覆い隠さんとする、大型の絨毯を敷き詰めようとしている。

 ………あんなもの、どこから仕入れて来たんだろうか。


「あ、先生。書類仕事、終わった?」


 そんな異様な空気の中で呆然としていたオレに真っ先に気付いたのは、伊野田。

 彼女はオレを見てすぐに、苦笑を零していた。

 

 同じ女子組であるシャルやオリビア達も気付いて、苦笑を零している。

 杉坂姉妹など、既につまらなそうな顔で、男子達の行動を眺めているだけだった。


 ………少なくとも、女子達もこの異様な状況に、理解は及んでいるようだ。


「ああ、まぁ、一通りはな…。んで、これは何?」

「あっ!先生!良い所に来た!」

「………はい?」


 この状況が何のイベントなのか聞こうとしたところ、女子組と同じくオレに気付いた榊原にへらりと笑いかけられる。

 なんだろう。

 榊原が最近、何故か自棄に機嫌が良さそうなんだが…。


 まぁ、それはともかく。


「なんだ、これ。一体、どういうことだ?」

「ちょっと実験だよ」


 今度は香神からも、にこりと笑い掛けられた。

 コイツもコイツで、何故か機嫌が良いな。


「っつう訳で、一旦外出て?」

「………何が、どういう訳なんだか、さっぱりだ」


 いきなり、教師に表に出ろとは良い度胸だな。


 まぁ、実験と言っている手前、もしかしたら何かしらの罠を設置したのかもしれない。

 罠に関しては、オレも色々と思うところがあるので、掛かってやるのはやぶさかでは無いのだが、


「この絨毯は、どういう…」

「良いから良いから!」

「こらこら、徳川。あんまり押すな。また力加減間違ってるぞ!」

「うわっ、ゴメン!」


 そんなこんな、徳川に押し出されてしまったので、仕方なくダイニングに降りてからすぐに、玄関から外へと締め出された。

 ………一体、何なんだ。


「良いよ、入ってきて!」


 そして、すぐさま呼び出される。

 アイツ等、教師を顎で使いおって………。

 もし、しょうもない罠だったら、男子全員にペナルティ加算して訓練で苛め抜いてやるから、覚悟しておけよ。


 そんな物騒な事を考えつつも、不承不承と玄関の扉を開けた。


 そこで一旦立ち止まり、生徒達の様子を観察する。

 先ほどまで、しっちゃかめっちゃかとなっていた男子達は、固唾を呑んで見守っている。

 あの長曽根や、間宮ですらも。


 対する女子組はどうだろうか。

 伊野田とシャルは元々だったようだが、つまらなそうにしていた杉坂姉妹まで興味津々で見ている気がした。

 オリビアに至っては、ハラハラしているようだ。

 ついでに、ラピス、ローガン、アンジェさんは、いかにも不憫そうな目つきをしていた。


 ………なんか、嫌な予感がするな。


 まぁ、腹を括ってみるか。

 もし、しょうもない罠だったら、さっき行ったように男子全員が連帯責任で地獄のフルコース訓練なだけだ。


 と、ふとそこで、視線を戻した時だった。

 目の前にいたのは、香神だ。

 そして、そんな彼は明らかにオレの真下を注視し、口元が小さくではあるが細かく動いていた。


 ………詠唱か。

 そして、罠はオレの足下にある、と。


 設置と事前察知では40点。

 視線誘導では20点。

 総合しても、平均30点だ。


 でもまぁ、仕方ない。

 掛かってやろう。


「ほい」


 オレが脚を踏み出した瞬間、


「『起動オープン!』」


 香神が、右手をオレに向けて突き出したと同時に、叫ぶ。

 瞬間、オレの足下が光った。


 あ、これ、ゲイルに聞いたことがある。

 確か、行動阻害型の『魔法陣』とかじゃなかった?


「………ッ!!」


 思い至った瞬間、オレは右に飛び退っていた。

 バチン、と静電気のようなものが爆ぜる音がしたと同時に、オレの足が床に向かって引っ張られる感覚があった。

 とてつもない重力が、軸とした右足に掛かった気がする。


 しかし、それだけだ。

 オレは、間一髪『魔法陣』から逃れ、右側の壁際へと退避していた。


「ああ!先公、逃げんな!」

「あーあ、もうちょっとだったのに…!」

「………ってか、今の動き何?」

「………見えなかった…」


 固唾を呑んで、あるいは興味津々で見ていた生徒達から、恨み事が一斉に爆発した。

 ただ、女子達は何が起こったのか、あまり分かっていなかったようだ。

 ………もうちょっと、眼を鍛えたまえ。


 そして、ラピスは何故かふくふくと笑っている。

 お前、人の不幸見て、笑ってんじゃねぇよ。


 ローガンは、呆然とした顔でこれまた何故か、拍手をしていた。

 避けられた事が素晴らしいって?

 半分成功の半分失敗(・・・・・・・・・)だよ。


 オリビアと間宮は、揃ってほっとしたように胸を撫で下ろしている。

 それより、先に止めろ。


 とはいえ、これは、ちょっと危なかったんじゃないのか。

 確かにこの『魔法陣』、オレじゃ無かったら一発でアウトだったろうに。


 壁際に退避した格好で、しゃがみ込んだまま、今回の発端であろう生徒へと視線を向ける。


 勿論、怒りはましましだ。


「………香神?」

「うっ……い、いや!…ま、前のクエストの時に、これ使われた事があってさ…!

 んでもって、これ設置しとくだけで、少しは防犯になるんじゃないかって、」

「………ほぅ?」

「べ、別に、先公の事を嵌めようとしたとかじゃないからなっ!

 言うなれば実験ってだけだし!!万が一倒れた時に、上手い事受け身取れるのは先公ぐらいだし、って、永曽根が…!」

「うっ!お、お前、それを今言うか…!?」

「………ほほぅ?」


 よしよし、ちょっと整理してやろう。


 まず、以前のクエストで使われたというのは、Eランクの依頼を隠れ蓑にしていたBランク相当の事件の事だろうな。

 その時に使われた『魔法陣』が、行動阻害型のものだった、と。

 しかし、それを香神は覚えていたから、防犯の為に校舎に設置しようと考えた訳だ。

 ご丁寧に、絨毯でカモフラージュをしてまで。

 ここまでは良い。

 ここまでならば、オレは良くやった、と褒めてやれたのだ。


 しかし、ここからが問題。

 生徒達でいざ実験をしようとしたが、誰もやりたがらない。

 そりゃ、犬のように這いつくばって身動きが出来なくなるような無様な格好は、誰だって見せたくはないだろう。

 それに、先ほどオレが脚に感じたように、とてつもない磁力が作用するらしいので、下手な奴だとかえって危険だと考えた。

 そこで、永曽根がオレか間宮を指定したが、間宮は拒否。


 丁度良く降りてきたオレが、そのまま指名される事となった。


 ………教師で実験をしようとは良い度胸だな、香神に長曽根よぉ。

 そして、更に師匠を実験に差し出すとは、良い度胸だな、間宮。


 香神、永曽根、間宮の順番で視線を巡らせると、途端に3人とも縮こまった。

 

「………まぁ、失敗しちゃったけどねぇ」

「………そういやテメェ、さっき「もうちょっとだったのに」とか言って、残念がっていやがったなぁ…」

「あ、あれぇ~?な、何のことぉ…?」 


 目線逸らしても、無駄だぞ榊原。

 テメェもテメェで良い度胸してやがんな、おい。


 でもまぁ、防犯意識が高いのは悪い事じゃないし、ひとまずは怒りを収めてやろう。

 その代わり、駄目出しは、辛口で行くぞ。


「まず、香神は、視点誘導で20点だ」

「………視点?」

「お前、『魔法陣』を起動する前から、視点がオレの足下にあったの気付いていたか?

 あれじゃ、どこに罠が設置されているのか、相手に教えているようなもんだろうが」

「………あ」


 と言う訳で、20点。

 勿論、100点満点中の20点で、赤点だ。


「次に詠唱と事前察知に関しても、40点。

 口がもごもご動いてたんじゃ、詠唱してますって相手に教えているようなもんじゃねぇか」

「………読み取れるの、先公ぐらいじゃ、」

「黙れ、馬鹿者。読み取るも何も、詠唱自体は分からなくても、口が動いていたら何かされるってのは丸分かりだ。

 誰かの影に隠れるか、もしくは口元を何かで隠せば良い物を…」

「………う」


 頭の回転もなかなか速いし、まだ18歳にしては良い感性は持っている。

 けど、爪が甘いんだよ。

 それじゃ、まだまだオレの足下にも及びません。


 ああ、それと、次は全員に言っておいてやろう。


「危ないなら最初から、しゃがんでおけばいいだけの事じゃねぇか」

『………あ』


 なにも、立ってやる必要ないだろうに。

 まぁ、しゃがんでいた所で、やっぱり犬のように這い蹲る格好は変わらんから、やりたくはないだろうがな。


 そこで、ふとふくふくと笑っていたラピスがオレを見て、


「………ところで、いつまでその格好でいるつもりじゃ?」

「………。」


 と、きょとり、と眼を瞬かせている。

 気付かなくて良い事に、気付きやがって…。


 そんな彼女の言葉と共に、生徒達の視線が揃ってオレの元へと集まった。

 少しばかり、オレは言い淀んでしまう。


 まぁ、これ(・・)は隠していてもバレるだろうし、そんなに引っ張りたい訳じゃないけどさぁ………。


「さっき、『魔法陣』を避けた時に、『折れた』」

『………はっ?』


 そして、全員の間抜けな声と顔がシンクロした。


 うん、さっきローガンにも思ったけど、半分失敗してるの。


 避ける時に掛かった、あの磁力。

 もの凄いGが一気に掛かったようなもので、オレの脚の骨は残念ながら堪え切れなかったようだ。


「………脛の辺り、ぼっきり折れてる」

『本当に申し訳ありませんでした』

「(申し訳ありません!)」


 そう言ってオレが宣言すると、先ほど表題に上がった4名が揃って土下座した。


 ………オレもお前等も格好悪いねぇ。

 ちょっと、いろんな意味で情けないんだけど、何はともあれ、しばらくは『魔法陣』使うの禁止ね。



***



 さて、そんな事があったりなんだりした昼の事は、もう忘れよう。

 今は、オレがやらなければいけない事を片付けるのが先決だろうからな。


 なに、大丈夫。

 昼飯抜きと地獄のフルコースを言い付けてチャラにしておいてやる。

 間宮もメニューはいつもの倍以上を言い付けておいたから、それで勘弁してやるさ。


 それに、さっきうっかりぼっきり折れてしまった脛辺りの骨は、ラピスの治癒魔法でもうすっかり元通りだ。

 今後の行動に影響も来す予定は無さそう。


 だから、もうオレは怒ってないよ。

 今なら、悟りを開けるぐらい。


 ………嘘です。

 そんな菩薩のような気持ちでいられるなら、地獄のフルコース訓練を申しつけて、鬼とも悪魔とも呼ばれねぇわな。


 とまぁ、そんな事は置いておいて。


「これで、全部?」

「はい、これで全部、揃っております」


 生徒達に訓練を言い付けてダイニングから放り出した後、いつぞやの鼠対策として使ったリビングへと移動。

 そこで、改めてローガンの妹であるアンジェさんから、『インヒ薬』の材料と、用法・用量を教わる事になった。


 メンバーは、オレとラピス、ローガンとアンジェさん、そして紀乃。

 医療開発部門の総監督と責任者、取締役と主任、それと班長みたいなもんだな。


 アンジェさんがローテーブルの上に、何に使うのか分らない箱や、お馴染みのすり鉢やら何やらを荷物から取り出して広げている。


 オレ達は、その一つ一つの説明を受け、ついでに紀乃はメモを取って議事録を残している。

 言うなれば、記念すべき第一回医療開発部門会議だしね。


 話は逸れたが、現在で分かっているのは獅子歯花タンポポぐらいで、後はほとんどこの世界独特の薬草らしいということだった。

 漢方知識があったとしても、流石に無理があった。


 メインとなるのが、『インヒトレント』という根の部分。

 しかも、なんと魔物だった。

 これには、流石のローガンも最初聞いた時に驚いていたらしい。

 ただし、この『インヒトレント』は春になると花を咲かせて種を落とし、それが女蛮勇族アマゾネスの里では、一種の催淫薬として重宝しているようだ。

 まぁ………要は、媚薬としての効能があるって事だな。

 女蛮勇族アマゾネスにとっては、『インヒトレント』は魔物と言うよりも、動きまわっているだけの植物に過ぎないのかもしれない。

 他にも、暗黒大陸特有の薬草が2つに、人間領でもお目に掛かれる薬草が2つ。


 ちなみに、聞けば獅子歯花はどこにでも生えているらしい。

 ………さすが、生命力の強い雑草花だこと。


 とはいえ、薬草に関してはオレ達も流石にお手上げだ。


 かと、思いきや、


「こちらの薬草は『タデレイン』じゃのう。確かお通じを良くする効果があったか。

 それに、こっちは『ショウケイオール』じゃから、嘔吐を抑えてくれるものじゃ」

「まぁ、良くご存知ですね」

「これでも、長らく医者として生きておるのでな」


 なんと、ラピスがほとんどの薬草の種類と効能、用法を覚えていた。

 凄いよ、それ。

 だって、医者としての仕事から離れて、100年以上経ってるんじゃなかった?


 そんな彼女をぼけーっと見ていたら、何故か睨まれた。

 ………余計な事を考えるなって事かもしれない。


 とまぁ、彼女の年齢に関わってしまうだろう事はさておいて。


 先程、表題に上がった『インヒトレント』は、『暗黒大陸』にのみ生息している植物系の魔物。

 地面に根を張り、周囲の魔力を吸収する事である程度育つ。

 近寄ってきた者を蔓や、花の部分にある口で威嚇して来ることはあっても、それほど強さは無い。

 ローガン曰く、せいぜいDランク程度との事だったが、これについては信用しない。

 彼女の感性が、いろんな意味で破綻しているからだ。


 話を戻そう。


 そんなDランク程度の『インヒトレント』の、魔力を吸収する特性を活かして、なおかつ炭にすることで、魔力の暴走を抑える為の薬として女蛮勇族アマゾネスには伝わっているとのことだ。

 最初、ローガンに聞いた時の、炭を使った解毒の方法と大差は無かったようだ。


「残りは、『ドラゴボーン』と『ジュジュブ(※ナツメ等の果実)』か。

 こうして見てみると、鎮静作用を多く含む薬草が多いようじゃのう」

「あ、そうなんだ」


 どうやら、鬱病等への抗剤みたいなもんらしい。


「うむ。それに、この『ジュジュブ』は鎮静作用が強い代わりに副作用も強いのじゃが、『ショウケイオール』と組み合わせることで副作用を抑える事が出来る」


 薬理作用もあって、副作用を抑える効能まであるんだね。

 ………ただ、ショウケイオールが、オレとしては見た目が生姜に見えて来たの、気のせいだろうか?


「世界はやはり、広いな。流石に『インヒの根』というのは、知らんかった」

「仕方有りませんよ。人間領には、流通はさせられませんもの。

 『ドラゴボーン』は、文字通り『ドラゴニル』という魔物の骨を使っていますし、『インヒトレント』も結局のところは魔物ですから…」


 とは、アンジェさんの談だ。

 まぁ、その通りだと思う。

 助けられた前科がある手前、あまり大それたことを言いたくはない。

 だが、用法だけを聞くと、流石に自分で飲むのは躊躇ってしまいそうだ。


 しかも、『ドラゴボーン』でまんま、小さな竜型の魔物の骨だったから、余計に。


 ちなみに、獅子歯花は『ダンデライオン』と呼ばれており、オレ達の知っているものと効果もほとんど同じ。

 こっちでもたまにあるらしいが、『暗黒大陸』ではハーブティーのようにして飲まれているようだ。

 滋養強壮と利尿作用かな。


 その製法に関しては、割と簡単だった。

 オレも道具さえあれば、おそらく作ることだけは可能だ。


 ただし、材料が手に入らない可能性が高い。

 先程表題に上がっていた『インヒトレント』と『ドラゴボーン』、『タデレイン』はどれも暗黒大陸原産だ。

 残りの『ショウケイオール』と『ダンデライオン』、『ジュジュブ』は人間領でも手に入るが、メインである『インヒトレント』が手に入らなければ話にならない。


 だが、これに関しては、アンジェさんが吃驚するような提案をして来た。


「魔力総量が高い場所であればどこでも育ちますので、種だけ持ってきてありますよ?」

「………飼え、と?」


 なんて事言い出したの、この子………。

 可愛い顔して、やること過激過ぎやしない?


「ええ。私たちの里でも、『インヒトレント』の種と根はそうして手に入れておりますので、」


 つまり、魔物を育成しろ、と言っているのである。

 ………それ、本当に大丈夫?


「ああ、ご安心ください。どこまで育ったとしても、総じて腰元程度までしか育ちませんから。

 それに、討伐するのは簡単ですし、種も勝手に落としてくれるので、年がら年中取り放題ですよ」


 い、いや…そんなセールスされても………。

 まぁ、討伐が簡単ならそれで良いんだけど。

 彼女、女蛮勇族アマゾネスとしての物差しで考えてそうで怖いけどね。


「まぁ、良いではないか。魔力総量が強い場所で育つなら、裏を返せば魔力さえ与えなければ勝手に死ぬと言う事であろう?」

「ええ。ある程度は、魔力を求めて移動しますけど、そのまま死ねば根も種も取り放題ですね」


 それで、『インヒ薬』の原料が手に入るなら、良いのかもしれない。

 少なくとも、彼女達の会話だけを聞いていると、そう思ってきてしまうのだから不思議なものだ。


 ただし、


「………何か、この会話、怖い」

「………キヒヒッ。僕モだヨ」


 この2人の会話の内容に関しては、オレも目を白黒させるしかなかった。

 ………魔物の種とか根を使うって聞いて、忌避感を覚えるオレ達とは雲泥の差だよ。


 あと、ちなみにではあるが、ローガンは全く何も理解していなかった。

 彼女も彼女で、里の外にいる時間の方が長かったらしく、詳しい薬の製法どころか材料すらも知らなかったので、当然と言えば当然だろう。


 アンジェさんの持ち出した材料を片手に、すんすんと鼻を鳴らしていたローガン。

 そんな彼女が持っているのは『ショウケイオール』だが、やっぱりオレには生姜にしか見えないんだよねぇ。


 ふと、そこで目が合った。

 だが、そのまま気不味そうに生姜(もう、これで良いような気がしてきた)を置くと、目線を逸らされてしまう。

 ………あれぇ…?


「まぁ、まずは試薬をしてから、研究へと乗り出す事にしようかのう。

 この薬を飲むことで、どの程度の効果があるのかも気になる上、完治するのか、もしくは長期的な摂取が必要なのか確認せねば」

「あ、そうだな。完治まで至れば良いけど、長期的な摂取が必要となると、一般への流通が難しいもん」

「………研究しテ、薬の作用ヲ上げることハ可能だと思うケド」

「まぁ、まずは基本的な試薬期間を設けて、実際にやってみてからになるだろうね」


 そんなオレ達のやり取りには気付かなかったラピス。

 彼女の言葉を皮切りにして、今後しばらくの医療開発部門の方針は決まった。


 半月を目途に、試薬試験。

 残りの半月は、薬の作用に関する調査と、効果を高める研究にしよう。

 ちょっと駆け足にはなってしまうが、ここにいるメンバーならやってやれない事は無いと思っている。


「とりあえず、まずは発症してみるか」


 なんにせよ、患者が必要になったと言う事だ。

 今現在の段階で、一番発症しやすいのはオレだろう。


 という、浅慮な考えで口走ったら、ラピスから平手が飛んで来た。

 額に。

 痛い。


「こ、これ!滅多な事を言うでない!

 お主が発症しては、この校舎の諸々の仕事すらも滞ってしまうのであろ!?」

「い、いや、でも…、発症して、薬の効果の確認をするんだろう?」

「それをお主がやる必要は無い!」

「………で、でも…」

「姦しい!必要無いと言ったからには、素直に聞きさらせ!」


 怒られた。

 それも、滅茶苦茶怒鳴られて。


 仕方ないので、黙っておく事にする。

 多分、医療開発部門のメンバーの中で、一番の有力者は彼女だろうしね。

 責任者だもん。


「とりあえず、話を戻すぞ。

 『聖王教会』に1人、経過観察中の実験体がいると言っておったな」

「え?ああ、うん」


 実験体って言い方はなんか嫌だけど、多分ミアの事?


「勿論、私も発症する。

 子どもと大人で、薬の効果が分かれる可能性があるからな。

 それを踏まえても、一度『聖王教会』に話を通して、」


 ………って、お前まで何を言ってるの?


「………駄目だ」


 やや強引に話を進めようとしているラピスに、待ったを掛ける。

 途端、彼女の柳眉な眉根が寄せられた。


 そして、オレ達の間にも、嫌な空気が流れている。


「お黙り、ギンジ。今は、その問答をするつもりは無い」

「問答じゃない。駄目だ。それは許さない」

「………お主、私がここに来た理由を忘れてはおらんかや?」

「忘れてない。病気の治療の為にここに来てる。発症をさせる訳にはいかない」

「薬の効能を試す為じゃと言っておろう。

 先程言っていた実験体も子どもと聞いたし、大人とは効果が分かれる可能性がある、今しがた説明したでは無いか」


 そうだね。

 そうだけど。


 でも、それに納得出来ないから、止めてるの。


「なら、オレでも良い筈だ」

「馬鹿を言うで無いわ。それこそ、お主の執務に差し支えては、何の意味も無い!」


 確かに、オレのスケジュールは過密過ぎる。

 けど、それを理由に、他の誰かに任せる訳には、


「キヒッ、先生?これかラ、やらなキャいけなイ事、数えテみたラ?」


 そこまで考えて、ふとオレが言い募ろうとした言葉を遮ったのは、紀乃だった。

 彼は、オレ達の会話に気圧されるでもなく、のんびりと車椅子の上で骨を弄んでいた。


 ふと、そんな彼の言葉に渋々ながら従って、片手の指で数えてみる。

 医療開発部門は今やってる。

 次に、冒険者ギルドで情報収集。

 冒険者ギルドでの主要会議。

 武器屋・武器商人との連絡。

 『魔術ギルド』への出向。

 国王陛下と話し合い。

 『聖王教会』との連絡。

 直近では、例の貴族家からの編入希望受け入れの結果報告用紙の作成。

 試験内容の検討・準備。

 おそらく、護衛として必要になるだろう騎士達との話し合い。


 と、この辺りで指が足りなくなってしまった。

 不味い。

 これは、流石に弁解が出来ん。


「ほラ。先生ハ人気者だからネ。

 色々仕事ガあり過ぎるシ、その仕事ハ先生じゃないト出来ない事デショ?」

「………け、けどね」

「半月モ拘束期間がある試薬試験をやっテ、更ニ、今指ヲ折った用事モ片付けられるのかイ?」


 そんなこと出来ないと思う反面、やってやれない事は無いと考える。

 ううっ。

 でも、やっぱり無理があるのかなぁ。

 でも、ラピスに発症させる訳にもいかないし………。


「………やろうトしてるんだったラ、容赦なくオリビアニ言い付けるからネ」

「………うげろ」


 そうだった、そうだった。

 我が校舎のオリビアは、オレに対して過保護過ぎるぐらい過保護だった。

 ただでさえ、つい先日無理も無茶もしたばかりだ。

 ………今度こそオレは、事実上の監禁を言い付けられてしまうかもしれない。


 肩を落としたオレに、ラピスがほれ見たことかと言わんばかりの視線を向けて来た。


「ほれ見た事か」


 違った。

 目線だけでは無く、言葉もくれた。


「こっちは私に任せておけ。

 大体、そのつもりで私を連れて来たのでは無かったのだったか?」

「治療の為に連れて来たんだ。実験体にするつもりなんて、」

「それも治療の一環じゃ。だからこそ、私に任せておけ」


 そして、結局押し切られた。

 ラピスは病み上がりなんだから、出来れば休んでいて欲しいんだよ。

 発症するのだって、体に負担掛かるんだし。


「お主はお主の仕事を全うせよ。私は私が出来る仕事をやるだけなのじゃから」

「………分かった」

 

 そう言われてしまうと、弱い。

 確かに、オレがやるべきことは山積みで、オレにはオレの、彼女には彼女の仕事がある。


 それは、彼女がこの校舎に来る前から、あらかじめ決めてあったことだ。


 ………仕方無い。

 別に、やりたいって訳じゃないけど、譲るしかない。


 彼女の言うとおり、オレが出来る事をやるべきだ。

 渋々ながら、彼女の言葉に頷いた。



***

と言う訳で、仕事が山盛りのアサシン・ティーチャー。

そのうち、貴族の編入受付なんてしなきゃ良かった!とか騒ぎ出すかもしれませんが、ご愛嬌。

まだまだやることいっぱいです。

ちなみに、今回の「休み時間」はこれにて終了しますが、ラピス達を交えた会話はまだ続いています。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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