表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、女蛮勇族救出戦線編
84/179

73時間目 「課外授業~一難去ってまた一難~」4 ※流血・グロ表現注意

2016年5月15日初投稿。


続編を投稿させていただきます。


73話目です。

※相変わらず、流血・グロ表現がありますので、苦手な方はご注意くださいませ。

***



 少なからず、驚いた。

 何が?

 月明かりの下に偶然にも晒された、その男の顔立ちの事だ。


 ケープに隠れてはいるが、端正な顔立ちとは裏腹のその頬の傷。


 かつて、冒険者のほとんどがそのような傷を持っていたが、ここまではっきりと大きく刻まれた傷跡を持った人間は、私としては初めて見る。


 この世界では、割かし人間にも鼻梁の整った者が多い。

 過去に、森子神族エルフ等の目鼻立ちの整った魔族の血を入れた事が要因となっておる。

 たまに、ギンジのように、男か女か分からぬ者もいるぐらいじゃ。

 あ奴の場合は、違う意味で特殊な顔立ちをしておるが、それであっても、一種のステータスと言われることが多い。


 そう言った人間の多くは、顔を大事にする。

 女は勿論のことであるが、男も同じ。

 階級が上がれば上がるほど、そう言った顔への保護は欠かせない。


 需要も高く、供給も楽では無いからじゃ。


 だから、この端正な顔をしているであろう男が、頬の傷をあっさりと晒していることに酷く違和感を覚える。


 だが、私が見えたのはそれだけだった。


 男が、口元に軽薄そうな笑みを張り付けて、こちらへと歩き出したからじゃ。

 帰ると言った筈だったのに、こちらに歩き出した。


 思わず、私はその場で固まってしまった。


「なぁ、物は相談なんだがよ、」

「な、なんじゃ?」

「見学させてくれよ。勿論、お代は払うからよ」

「け、見学じゃと?」


 いきなり、何を言い出すのかと思えば、この男。


 先ほどは、帰ると申した癖に、あっさりと前言を覆しおった。

 ………いや、帰るとは一言も言っておらなんだ。


 しかし、何故いきなり?


 今しがた、隠密であり機密、そんな表沙汰には出来ない夜盗の討伐だと言った矢先だと言うのに、申し出て来られた見学希望。

 驚いた所為で、ついつい素っ頓狂な声を上げてしまった。


 それすらも、何が可笑しかったのか、軽薄そうな笑みを更に深めた男。


「なぁ、お互いに黙ってりゃ良いだけだ。

 勿論、オレは絶対に他言はしないし、アンタも上司に言わなきゃ良い」

「………そ、それは、」

「悪い話じゃねぇだろ?しかも、ほれ…!」

「のわ…ッ!?」


 男が、先ほどのライトと同じように投げ付けてきたものに、私は更に素っ頓狂な声を発する。

 願わくば、この声があちらに届いていない事を祈るだけじゃ。


 そんな中で、男から受け取ったものは、石のようなものだった。

 いや、皆まで言わなくても分かる。

 これは、魔水晶じゃ。


 形こそ歪で小さいものの、下位の魔族か何かの魔水晶だろう。

 しかし、この手に乗った大きさだけで、あのあばら家よりも頑丈で一回りは大きい家が建つ程の価値があることぐらい、私だって知っておる。


「先払いって、事で。………文句ねぇだろう?」


 その男の言葉に、してやられたと思った。


 今すぐ投げ返してやりたい気分にさせられるが、受け取ってしまったこの魔水晶の価値を考えるとどうしても手を離したくないと考えてしまう。


「(う、ううっ…虎の子の資金にしようと思っていた魔水晶も、既に使ってしまったしのう…)」


 悩む。

 それはもう、悩んだ。


 魔水晶は、先ほど言ったように、商品価値は極めて高い。

 市場で出回っている魔石等、これを前にすれば塵同然の値段となってしまう。


 通常、小石程度の魔石で、5Dm(※約700円)。

 拳大ともなれば、50Dm(※約7000円)と価格は高騰するが、それでも魔水晶には遠く及ばぬ。

 今持っている魔水晶は、10センチ程度の楕円形をしておるが、この大きさだけでも数千Dm。

 おおよそ、百倍以上は価値が違ってくる。


 だからこそ、以前冒険者稼業で手に入れた魔石や魔水晶は、余程の事が無ければ使わなかったし使えなかった。

 最近でも使ったのは、転移の為に用いたカートリッジ型の魔水晶のみ。

 最初から、ある程度の魔力を吸収されてあるもので、魔力を吸収させることによって供給を可能にするものだ。


 だが、


「なんぞ、魔族を狩って手に入れたものではあるまいな」


 基本的に、魔水晶は流通しない。

 何故か。


 それは、魔水晶自体の稀少価値に加え、それを取る為に必要な者が魔族であるから。


 魔族の多くが、身体のどこかに魔水晶を擁しておる。

 常識と言わんばかりの、誰でも知っている事じゃ。


 しかし、この男は事も無げに、苦労して手に入れた筈の魔水晶を差し出した。

 なにかしらの、裏があると勘繰ってしまうのは、然も当然のことじゃ。


「ああ、そりゃ大型の魔獣を狩った時に、たまたま腹に貯め込んでた魔水晶さ。

 別に魔族を狩ったり、無理やり奪って来たものじゃねぇ。盗品でも無ぇから、安心しな」

「………一体、何を狩ったのじゃ?」


 男の何でも無い事のように言う声音。


 しかし、違和感があった。

 ブランクがあるとはいえ、私も冒険者稼業はそれなりに長い。

 だが、腹に魔水晶を溜め込んでいた魔獣等、ついぞ聞いたことは無い。

 伝承に出てくるベヒモスや、ドラゴニスであれば然もありなんとは考えるが、そんなものを容易に狩ることが出来るとは到底思えない。

 それは、この男の格好や人相を見ても、そのような事が出来るとは到底思えなかった。


 ………しかし、なんぞ。

 こ奴から感じる気配は、どこかで………。


 ふと、視線が脱線しかけた丁度、その時だった。


 パン!とまたしても、乾いた音が聞こえた。

 ギンジが扱う、異様な武器の音だというのは、既に分かっている。

 目線を向ければ、またしてもあばら家からで、またしても異常とも言える悲鳴が轟いておった。


「………今の音、何だ?」

「………悪いが、私も知らぬ」


 ややあって、男が疑問だけを口にした。

 私は、残念ながら、その疑問に答える為の答えは知らない。


 男の興味が完全に、あちらに移ってしまったことは分かった。

 それに対し、私の手の中にある魔水晶に関しても、もはや追及する事が出来そうも無い事も分かった。


 悔しいが、背に腹は代えられん。

 ただでさえ、ギンジには、シャルが買い出しの時にこさえてしまった借金があるのじゃ。

 あ奴は何も言って来る事は無かったし、そんな事にこだわる程狭量では無いと分かっているが、なぁなぁにするのも気分が悪い。


 仕方ない。

 この魔水晶は、今回ばかりは受けとっておくしかない。

 いつか、冒険者登録のついでに、換金でもしておこう。


「…け、見学ぐらいならば、許してやろう。しかし、邪魔をするでないぞ」

「おうおう。分かってるから、そのキツイ目を辞めとけよ。

 怒ると折角の美人が台無しだぜ?」

「ほ、放っておきやれ!!」


 軽口を叩きながら、結局男は藪に座り込んで悠々と見学を始めてしまった。

 ご丁寧に、酒まで煽りながら。


 ………やれやれじゃ。


 見知らぬ冒険者か旅人に、今回の事件を知られたのは少し痛い。

 追い払わなかったことで、もしかしたらギンジからも叱責されるやもしれん。


 ………魔水晶の事もあるし、黙っておいた方が賢明じゃろうか?



***



 その後、あるだけの余罪を山中に吐かせた頃には、すっかり彼も憔悴し切った様子でぶつぶつとうわ言を呟いていた。

 床に蹲り、頭を抱えて、まるでこちらが虐めたような有様だ。

 ………そのままだ、とか言うクレームは受け付けない。


 この分ならば、外で寝かせている見張りの尋問は必要ないだろう。


『………ゲイル、ローガン、回り込んで来い』


 そんな中、裏に回り込ませていたゲイルとローガンへと、声をかければ、


『アンジェローナ!大丈夫か!?』

『無茶をするな、お前も…』


 何故か、壁をぶち破って来てしまったローガンと、ゲイル。


 ま、回り込んで来いと言っただろうが………ッ!?

 オレが吃驚しちゃっただろ!?


 ただ、そんなオレの内心など、露知らず。


 ローガンは、既にオレ達の事など眼中に無しで妹さんへとまっしぐら。

 ゲイルは、オレを見て床に蹲った青年達を見て、呆れたような視線を向けてきた。


 樋上は、いつの間にか死んでいた。

 出血死で間違いないだろう。


 山中から余罪を吐かせる事は出来たので、もう用は無かったので問題は無い。


 ついでに、背後を振り返る。

 そこには、所在無さげに火縄銃を抱えた間宮と、何かを言いたそうなライドとアメジスが立っていた。


「………殺す事は、無かったのではないのか?」


 ふと、ライドに聞かれた言葉。

 彼の目線は、先ほどオレがライフルで頭を撃ち抜いた青年へと向けられている。


 以前までは、人間なんぞと考えていた筈の彼でも、若い青年の死はあまり見られたものでは無いらしい。

 見れば、アメジスも目を諌めているように見えた。


 ただ、今は何かを話すよりも先に、一服したい。

 ヤ二切れだ。

 思えば今日一日、シガレットを吸っていた記憶が無いとか、どんだけ忙しかったの?


 シガレットを咥え、火を点ける。

 吸い込んだ煙とニコチンに、ぐらりと視界が揺れたような気がしたが、構わず更に灰へと煙を流し込む。


 苦い上に、苦しかった。

 舌に残る味だけでは無いと、素直にそう思っている自分がいる。


「………悪いが、いつかは捨てて貰う事になるから、そのつもりでいろよ」

「………。」


 目線だけを向けて、間宮へと口頭で説明しておく。


 主語が抜けてはいるが、所謂殺人童貞(チェリー)の事だ。

 今回は、許しただけの事だ。

 どうせ、急いで捨てるべきものでも無いとは分かっているからな。


 だけど、覚悟しておいて欲しい。

 いつかは、死を与えなくてはいけない時が、来るかもしれない事を。


 まぁ、別に殺人じゃなくても、早めに捨てちゃっても良いからね?

 ………下ネタ(チェリー)の事である。


 そんな中であった。


『なんで、僕が…こんな目に…ッ!』


 先ほどまで、ぶつぶつと聞き取れる限界の声量でうわ言を呟くだけだった山中の口調が急変した。


 日本語で話している為、ライドやアメジスには分からないだろう。

 だが、オレと間宮、ゲイルだけが分かった嘆きの言葉。


『僕は、特別だったんだ!なのに…ッこんな奴等の所為で…!』


『なんで、こんな目に合わなくちゃいけないんだ!』


『こんなの、話が違う(・・・・)ぅ…ッ!』


 しかし、ふと山中のうわ言の中に、気になる単語を発見した。

 ………『話が違う』とはどういう事だろうか?


『待て。お前、何を言っている?』

『うるさい!人殺し!………なんで、アンタは良い生活して、オレがこんなボロ屋で暮らさなきゃならないんだ!!』


 色々と、突然過ぎて吃驚した。

 そもそも、人殺しは一緒だろうに、と言いそうになりながら、更に気になる単語を発見。


 オレが良い生活をしているのは認めるが、初対面の彼が何故知っているのだろうか?


『本当は、僕がそうなんだ!僕が選ばれた筈なんだ!!』

『待て待て、落ち着け。何を言っているのか、さっぱり、』

『偽物め!お前が僕の居場所を奪ったんだ!』


 やっぱり、何が何やら分から過ぎて吃驚だ。


 まず、お前は何に選ばれたって?

 それから、誰が偽物で、誰の居場所を奪ったって?


『本当の『予言の騎士』は、この僕だ!!あの人(・・・)がそう言ってたんだ!!』


 ………一瞬にして、思考が冷めた。


 それと同時に、彼の言っている言葉の意味が、やっと理解出来た。


 選ばれたというのは、文字通りの意味だ。

 そして、彼は、自分の事を『予言の騎士』だと言っている。


 しかも、オレがそのポジションを奪った『偽物』である、とも言っていた。


 それを言ったのが、『あの人』=『頬に傷のある冒険者』である事も分かった。


『………どういう意味だ?』

『そのままの意味だ!分からない振りでもするつもりなのか!?

 僕の居場所を奪って、僕が与えられる筈だった恩恵を全部お前が盗んで行ったんだ!!

 誰かに何かを教えるでも無い癖に、正義面しやがって!!

 偽物!人殺し!!泥棒野郎!!お前が死ねばいいのに!!』


 毒を吐き散らすように、彼はオレへと怨嗟の声を募らせる。

 オレはといえば、その言葉を聞きながら、シガレットの灰が落ちて行くのを見ているだけだった。


 いや、勿論、内心では色々と、言い返してはいるんだよ。

 ただ、言葉を発して、彼が吐き出す言葉を邪魔したくないだけで。


 分からない振りも何も無いし。

 居場所を盗んだもなにも、オレだって与えられた居場所を素直に受け取っただけだ。

 そして、教師である。

 そうは見えなくても、教師である。

 ちゃんと教員免許も持っている。

 偽物と言われようが、本物だと思っている。

 人殺しは認めるが、それは彼も一緒だ。

 泥棒野郎も以下同文。

 オレが死ねという前に、まず自分の立場を自覚すべきでは無いのだろうか?


 と、つらつらと内心だけの、反論を続けながらも、彼の怨嗟の言葉に耳を傾ける。


 だって、これは、結構有力な情報となり得る。

 オレ以外の『予言の騎士』と言われる人物の存在が、ここにきて明らかになっているからだ。


 いったい、どういう事なのか。

 勿論、オレが偽物だとは微塵も思っていない。

 ………自惚れとは言うなかれ。

 女神様と契約した時点で、オレが本物だと言うお墨付きはいただいているのだから。


 これは、一種のマインドコントロールが働いていると思っている。

 誰に?

 山中に、である。


 頬に傷のある冒険者とやらは、現状だけをかんば見るならば、完全なる異常者だ。

 彼等にどういった意図を持って、火縄銃なんてものを渡したのかはさっぱり分からない。


 ちなみに、彼等もその意味は分かっていなかった。

 大変だろうから、役に立つから、とありふれた言葉で誤魔化して、山中へと火縄銃を手渡し、その使い方を教授したようだ。

 山中自身、律儀なもので練習等もしていたようだ。

 比較的命中精度は高かった。

 それは、ローガンを射撃した時や、オレへと発砲した時に分かっている。


 それと同時に、まるで幼子に言葉を教えるように、例の冒険者は彼に予言を教えたのだろう。

 それを、然も彼のポジションであるように、おためごかしをして。


 そもそも、だ。

 考えたくはないが、オレが偽物で、彼が本物だとする。


 仮にそうだったとしても、それでは『予言』の中に出てくる『教えを受けた子等』は果たして誰になるのか。

 まさか、冒険者から受けた教えを、クラスメートに教えたからと言って『生徒』と言う事にはなるまいし。

 『予言』が根源から覆されてしまうのだが、果たして彼は分かっているのだろうか。

 そもそも、『石板の予言』事態を、彼は知っているのだろうか?


 聞いてみたい、と思い立ったが吉日。

 オレは、シガレットの灰に向けていた視線を引き剥がし、未だに煩く喚き散らかしていた山中へと視線を向けた。


 その瞬間だった。


『死ね死ね死んじまえッ!!お前なんかいなければ…ッ、ぐッ、げば…ッ!!』


 高く高く振り上げられた槍の切っ先を、見た。

 そして、それが振り下ろされるのも。


 断末魔の悲鳴とも付かない、潰された蛙のような声と共に山中の頭が半分になった。

 ごぼり、と溢れ出て来た鮮血と脳漿と組織液。

 槍の尖部に神経が引っ掛かって、ぷちぷちと裁断される音も聞いた。


 そして、その槍の持ち主である人物の、血に塗れた姿を目の前に、オレはその場でシガレットをぽろりと落としてしまった。


 この中の面子で、槍を持っている人物は一人だけだった。

 間宮は脇差だし、ライドとアメジスはマンゴーシュ。

 ローガンの武器も槍とよく似てはいるが、ハルバートだ。


 残りは一人。

 ゲイルだ。


 そして、そのゲイルは、山中の死体を見下して、


「お前は『絶対に(・・・)』違う。

 『石板の予言の騎士』は、このような外道の真似はしない」


 静かに、淡々と。

 怒りを湛えた瞳と、冷え切って震えてさえもいる声で、断言した彼。


 背後で息を呑む間宮達。

 妹を保護した筈のローガンも、青い顔をしている。


 そして、掻く言うオレも、体が強張り固まったままだった。


「………済まん。どうにも我慢が出来なくなってしまった」

「………いや、別に。最初から、殺すつもりだったから別に良いけど、」


 今放ったオレの言葉の方がよっぽど外道だと思うのだが、ゲイルが切り掛かってくることは無かった。

 コイツの基準は、一体何なのだろうか。


 ………口封じか。

 意外とやるな、コイツも。


「聞かれたら、不味い事だった訳だ」

「そんな事は無い」

「どうだか?……また、何か隠し事をしていることは、」

「何でも無い」


 まるで切り捨てるように、吐き捨てられた言葉。

 そんな事は無い、何でも無い、と言いながら、槍を振るって血糊を落としたゲイル。


 その動作が、今は不自然にしか見えなかった。

 まるで、オレからの猜疑すら切り捨てようとしているようにしか思えなかった。


 どうやら、オレに知られたら困るであろう、情報も今の山中の言葉には含まれていたようだ。

 それがどれなのか、というのは案外察しが付く。

 ただ、秘匿する理由と言うのが、少しばかり精査し切れない。

 理由を挙げればキリが無いからだ。


 ………まぁ、良い。

 もう、この件については、コイツの前では触れないでおく。


 だって、もう終わったから。


 山中も樋上も死んだ。

 見張りの一人も死んだし、残る2人の処理も気絶をさせたままであったので、然して労力では無い。


 なにやら、苦い終わり方にもなってしまったし、やや不完全燃焼気味。


 だが、それでも、僥倖な事はあった。


「ローガン、妹さんはどうだ?」

「ね、眠っているだけのようだ。大した怪我もしていない」

「そうか。そりゃ良かった」


 ローガンが先ほどまっしぐらに向かった妹さんの安否を確認する。

 今回の救出作戦の主軸、彼女の妹が無事だったこと。

 今は、それだけで十分だろう。


 ………このような煩い状況でも眼覚め無かった辺り、相当だと思うんだけど?

 本当に彼女、大丈夫?


 名前は、アンジェローナ・ハルバート。

 アンジェが愛称らしい。


 ローガンと同じ赤い髪に、翡翠の髪飾り。

 額の角や、口元の上向きに生えた牙は小さめで、全体的にこじんまりとした印象がある少女だった。


「本当にお前の姉妹なのか、疑わしいが、」

「どういう意味だ、貴様…ッ!」


 どうもこうも、そう言う意味ですが。

 ………っと、これ以上、つっ付くとオレも頭を半分にされかねないので、黙ることにしよう。


 念の為、アンジェローナの脈拍と呼吸音だけど確認し、再度終了を告げようとした。


「あ…ッ」

「おいッ、こら、待て!!」


 しかし、ふと和んでいたムードの中、外にいた筈のライドとアメジスが揃って荒げた声。


 何事か、と眼を向けた先では、オレが壊した戸の向こう側で、慌てた様子で駆け出した2人の後ろ姿。


 その更に、先には駆け出した一人の青年の姿があった。

 先ほど、気絶させた方のどちらかだろう。


「まさか、こんな早く動けるとは、」


 驚きを隠せないままで、オレは拳銃を引き抜いた。

 しかし、駄目だ。

 このまま撃つと、追いかけているライドかアメジスに当たる可能性がある。


 躊躇した引き金。

 オレも、同じようにして戸口から外に飛び出そうとした。


 だが、


『た、助け…ッがぼっ!?』


 逃げようとしていた青年は、助けを呼ぼうとした言葉を途中で途切れさせ、そして唐突に倒れた。


 思わず、オレも目を瞠る。


 倒れた青年は、ぴくりとも動かない。

 遠目とはいえ、その体から生気を感じられなかった。


 死んだのだ。

 首の後ろから、ナイフを生やして。


 何が起こったのか、分からないままにその場の面子が停止した。 


 遠目でしか確認は出来ないものの、ナイフは恐ろしいほど的確に、人体急所の延髄に突き立っている。 

 そして、そのナイフは、オレが持っているものでは無かった。


 走り出そうとしていた脚を止め、ナイフの直線状を見る。

 オレの、やや斜め左側後方。


 そこには、火縄銃を抱えたまま、静かに佇んだ間宮がいた。


 腕は、丁度ダーツを投げた後のように、綺麗に伸び切ったままだった。


「………お前、」

「………。」


 茫然と、彼を見たオレ。

 しかし、間宮は不意にオレを振り返ると、事も無げに笑って見せた。


「(別に初めてのことではありません。

 ただ、久しぶりだったので、少し躊躇してしまったのは認めております)」


 ………そうだったのか。

 とっくの昔に、殺人童貞チェリーを捨てていたとは知らなかった。


 恐ろしいと感じる暇さえ無かった。

 どちらかと言うと、少しだけ安心したという最悪なオレの心情。


 ライドやアメジス、ゲイルが何か言いたげではあった。

 だが、オレは彼のそんな微笑みに対し、


「………流石は、オレの弟子だよ」

「(こくり)」


 そう一言、言っただけだった。


 だとすれば、先ほどのオレの言葉は、彼にとって煩わしい一言だったかもしれないな。

 反省しよう。

 あまり、弟子の事を過小評価するのもいけないことだ。


 おかげで、こんな捻くれた弟子が出来上がってしまったと、自分自身でも思っているのだから。

 勿論、オレの事だが。


「じゃあ、最後の一人、どうする?」

「(失礼致します)」


 一応聞いてみれば、間宮はまたしても無造作にライフルを構えた。

 まだ気絶をしたまま、目覚めていないもう一人の青年へと。


 サプレッサー付きのライフルから、空気を叩くような射出音が響く。

 引き金を引く指も、その顔にも躊躇は無かった。

 それを見届けて、オレは眼を瞑った。


 その音を最後に、今回の一件は終わりを告げた。


 いつの間にか、東の空が白み始めているのが見えた。



***



 後方待機となっているラピスへ、カチカチ、とライトを使った合図を送る。

 返事はすぐに返ってきた。


 後は、片付けを残しているのみだったが、


「ローガンは、妹さん任せたぞ。

 ライドとアメジスは、荷車を運んでくれ」

「お前はどうする?」

「ちょっとした後片付けだ」


 そう言って、後ろ背にしたあばら家を親指で指し示す。


 中には、先ほど殺した5名の死体が、無造作に積み上げられている。

 途端に、ローガンの表情が曇った。


 大方、自身の妹を助ける為に、人殺しをさせてしまったと気に病んでいるのだろうが、


「オレは、元軍人で、言うなれば殺しのプロだ。

 今更、躊躇も無いし、感傷だって無いから、お前は気にしなくて良い」

「………だが、」


 彼女が、そこまで気にするべきことでは無い。

 その気持ちは、多少嬉しいとは感じる。


 だけど、言って貰いたい言葉は、また別だ。


「それよりも、一言ぐらいお礼を言って欲しいもんだな。

 今回の事件、多少はオレ達にも非があるとはいえ、妹さんも無事に救出できたんだしな」

「あ…ッ、と済まない。すっかり、忘れていた」


 どうやら、言おうとは思っていたが、忘れていたようだ。

 まぁ、催促するつもりも無いから、気にせんで良いよ。


「ありがとう。お前のおかげで、妹も無事だった」

「そりゃ良かった。お前も生きてて良かったな」

「………ああ」


 ちょっとお互いに、ぎこちない。

 まぁ、何事も無かった訳では無いので、変に意識してしまっているところがあるのは認めよう。


 ただ、そんなわだかまりのようなものはあるが、これでなんとかローガンの怒りも収まっただろう。

 死んでるんだから、これ以上の罰も何も無いだろうしね。


 ………不謹慎だとは思うが、オレもこれで良かったと思っている。


 全てが終わったと思うのは、まだ早いと思っている。

 だが、少なくともローガンと彼女の妹さんの事に関しては、これで終わった。


 色々と調べなければいけないことが増えたのが少しだけ気掛かりではある。


 頬に傷のある冒険者の事。

 おそらく、この冒険者はオレの事を知っている。

 でなければ、オレ達がどんな生活をしているのかなんて、山中達へと吹き込める筈がないからだ。

 危険人物だと断言しても良いだろう。


 彼がこの異世界からの召喚者達に受け渡した火縄銃。

 火縄銃自体は、見た限りではやはりオレ達の世界での500年以上前の代物程度の価値しかない。

 だが、これがこの世界の人間に渡ってしまった時、オレ達への心証が分かれるだろう。

 今回のように、人殺しにまで使われてしまった場合、最悪オレ達が追及されかねない。


 それから、『予言の騎士』のポジションについて。

 これに対しては、あまり疑っているという訳では無いが、もしかしたら召喚された人間の多くがそう言ったポジションに付く事が可能なのでは無いか、と思ってしまっている。

 そして、山中達の前例がある以上、召喚者が別にいないとは限らない。


 これに関しては、一度国王と教会に話を付けた方が良いだろう。

 ついでに、教会に保管されているとか言う『女神の石板』についても、見せて貰えるように交渉してみよう。

 他人の口からでは無く、自分の眼で見れば何か分かったりするかもしれない。


 まだまだ仕事が山積みだって言うのに、更に仕事が増えて行く。

 生徒達に休むと約束してしまっていた手前、今日は休むしかないだろうけど…。


 ………あと、何をしなきゃいけないんだっけ?

 ………何か、大切な事を忘れている気がするのに、頭が回ってくれない。

 これ、帰ったらその所為で、大変な目に合うとかないよね?


 閑話休題それはともかく

 まぁ、オレの忙しいスケジュールに関しては、放っておいて。


 ローガンの事も、妹さんの事もなんとか無事に終わった。

 彼女達の到着と同時に、オレ達には『ボミット病』の治療薬でもある『インヒ薬』が手に入ったも同然。

 その嬉しい報告だけでも、良しとしておこうか。


 そう思っていたのもつかの間、


 きゅん、と耳を刺す空気の叩く音。


 耳鳴りか、と思った矢先、


「あぐっ!?」

「ライド!!」

「…ッ!?」


 上がったのは、ライドの悲鳴。

 慌てて視線を彼へと向ければ、その腕には先ほど逃げ出した青年と同じくナイフが突き立っていた。


 背後の間宮へと視線を向けても、彼はこの状況に呆けているだけだった。

 それに、ライドに突き立っているナイフの向きは、明らかに間宮の位置からは狙えない。

 十中八九、森からのものだ。


 オレ達から見れば、現在は左手側となっている森の中から、何者かがナイフを投擲したのだ。


 有無を言わせずに、駆け出した。


「………まだ、いたのか!?」

「(いいえ!気配は感じません!!)」


 そうと分かれば、これは完全に第三者からの奇襲。

 先ほどはオレ達が奇襲をかける側だったと言うのに、逆に仕掛けられる立場へと陥った。


 しかも、運の悪いことに場所がかなり悪い。

 あちらは、森の中であって隠れる場所などそこらじゅうにあるだろうが、こちらは南北を崖に囲まれた盆地の中央付近。

 隠れられる障害物は、一切無い。


 ………いや、


「荷台に隠れろ!!」

「………ッ!」

「わ、わ、分かった!!」

「クソ!!」


 先ほど、ライドが引き、アメジスが押していた荷台。

 指示を出せば、三人は慌てながらも大八車の背後に隠れた。


 しかし、その間にもナイフが投擲されている。

 ローガンの髪を掠め、荷台に積載された荷物へと突き刺さり、彼女達の足下にも容易く投擲されている。


「間宮、『風』!!」

「(はいっ)」


 駆け出してから数秒で、彼等の隠れる荷台に到着したオレは、間宮の前に立ちながらナイフを弾いた。

 ナイフにはナイフで応戦というのは、ワンパターンではあるものの、見えるのであれば一番効率が良い。


 指示を受けたと同時に、間宮は『風』魔法で防壁のようなものを張った。

 以前、何度か彼にお願いした事のある、バリケードのようなものである。


 ふぅ、と溜息を吐いた。

 だが、状況が状況である為、気を抜く事は出来ない。


「間宮、ライドの傷の手当て。ゲイルは、『聖』魔法!」

「(はいっ!)」

「りょ、了承した!」


 丁度良いのか悪いのか、今回は治癒魔法を使える人材であるゲイルがいた。

 ローガンの妹の救出作戦は終わったが、協力態勢は未だ有効。


 オレ達と共に、こちらへと駆け出して来ていた彼に、ライドの治癒を任せ、オレは『風』の防壁越しに森の中へと対峙した。


 しかし、


「………ーーーッ!?」


 またしても、きゅん!と空気を裂く音。

 それとほぼ同時に飛来したナイフは、先ほど間宮が張った筈の『風』の防壁を容易く貫通して来た。


 殺気は無かった。

 しかし、飛んで来たナイフは、本物だ。


 油断していた、とは言え、急激に切り替えられた意識。

 少し背中を反った無様な格好のまま、ナイフをナイフで弾く。


 そのナイフが、視界の端で地面に突き立ったのを見た。

 しかし、その瞬間、


 ドッ…!


「ぐぅ…ぁ!!」

「ギンジ…!!」

「(銀次様!?)」


 太腿に突き立ったナイフ。


 体を逸らしていた事で、足下の注意が完全に削がれてしまっていたようだ。

 ごぶり、と傷口から溢れる異様な感覚と、灼熱のような熱が脳を占める。


 今日は、厄日だ。

 素直にそう思えた。


 もう既に記憶が薄らいではいるが、オレが大量出血をしたのは今日の夕方だ。

 貧血気味で、ついでに風邪気味の体を押して、ここまで来た。


 そこで、またしてもこうして怪我を負ったというのは、今のオレからしてみれば結構な痛手である。


 しかし、ナイフの猛追は止まらなかった。

 当たり前だ。

 獲物が負傷したから、可哀想と手を休める狩人はいない。


 最悪な日だ。

 畜生め。



***



 あばら家の方面からライトの明かりが見えた時には、東の空も白み始めていた。

 ライトの合図は、『完了』と『帰還』を示唆する合図で、ふと詰めていた息を吐き出した。


 先ほどと同じように、『了承』という合図を送れば、私の任も終わり。

 後は、彼等の帰還を待つだけじゃ。


 ようやっと、終わったようだ。


 あの女蛮勇族アマゾネスの妹を救出できた事も、彼女が誰かを背負ってあばら家から出てきたことで確認出来ておる。


 ほぅ、と息を吐き、肩の力を抜く。


「終わったのか?

 さっきチカチカ光ったのが、合図だったのか?」


 そこで、隣から掛けられた声。

 びくり、と肩が揺れたのが自分でも分かったが、何事も無かったかのようにあしらう。


 

 少々、気を抜き過ぎてしまっておった。


「ああ、終わったようじゃ。

 だから、お主ももう用は無いであろう?」

「………あっちにはな」


 こ奴の見学希望は、あのあばら家での一件が終わるまでじゃった筈。

 だから、気は済んだだろうというニュアンスを含め、言い放つ。 


 しかし、男が立ちあがる気配は一向に無かった。

 それどころか、私の突き放すような言葉に対して、意味深な返答。


「………なに?」

「こっちの用事が終わってねぇだろ?」


 ケープに隠れた男の顔に、口元だけの笑みが浮かんだ。


 ぞわり、と背筋に怖気が走った気がした。

 それと同時に、どうしようも無い既視感を覚えてしまった。


 その表情や雰囲気までもが、どこかの無茶ばっかりをする女顔の男にそっくりだったからじゃ。


「な、何を言っておる?」


 だが、あ奴とは似ても似つかないだろう、端正な男の顔を見て我に帰る。

 この表情は、危ないものだ。


 これ以上、私はこの男の傍にいてはいけない、と本能が警告を発していた。


「だから、オレの用事が終わってねぇっつってんだよ。

 ………ルル、お前、オレと一緒に来ないか?」


 男は、俄かに狼狽え出した私に、ひとつの提案を出して来た。


「オレもこの通り、一端の冒険者だ。

 ついでに言うなら、さっきみたいな魔水晶なら、オレはいくらでも入手できる」

「………何を言って、」

「オレと来い、ルル。絶対に、苦労なんてさせねぇからよ」


 それは、まるで求愛プロポーズのように聞こえた。

 いや、実際にはそうじゃったのだろう。


 森の中で、ばったり出会ってしまっただけの、自称冒険者の2人。

 偶然にしては随分と出来過ぎておるし、ついでに言うなら酷く不自然な出会いとなっておる。


「オレぁ、お前に惚れた。冒険者なんてしなくても、オレが一生、養ってやる」


 しかし、頭が真っ白になって混乱の極地にあった私の耳には、終ぞ男の言っている言葉が入ってくることは無かった。

 響かない。

 むしろ、おぞましいとまで感じてしまった。


 それは、何故か、考えるまでも無い。

 この男の言葉の裏側に潜む、嫌な気配を感じ取ってしまったからだ。


 言うなれば、甘い言葉の裏に毒のナイフを忍ばせておるような………、


「………ッ、」


 そこまで考えて、ふと我に返った。


 そうじゃ。

 思い出した。

 この男の言い回しや、潜ませた嫌な気配に、覚えがあった。


「………生憎、そのような甘言は聞き飽きておる」

「甘言?馬鹿言え。オレは、本気だ」

「ならば、花の一つでも用意して、もう少しまともな格好で来る事じゃな」

「おっと、そりゃ手厳しいな。

 一目惚れだったんだ。準備が無ぇのは、仕方ねぇだろう?」


 そう言って、更に口元の笑みを深めた男。


 だが、この男への返答はもう決まったも同然じゃ。


「一目惚れ等、信用に値せぬわ。

 いつぞや、私を利用とした貴族どもが、同じような事を言っておったものでな、」


 先ほど、覚えがあった嫌な気配。

 それは、私が、かつて遭遇した事のある、利権に走り私を囲おうとした医者や、私の美貌だけに惑わされて奴隷として買い付けようとした貴族の豚ども。

 思い出すだに腹立たしく、おぞましい記憶の中の彼等の気配と、瓜二つだったのだ。


 だから、この男の言葉は信用できない。

 しかも、そのような求愛をしているのにも関わらず、ケープを脱ごうともしていない時点で、信頼には値せぬ。


 ………そもそも、何故いきなりそんな事を言い出したのか、私には皆目見当が付かぬ。

 私を知っているような口ぶりは、一切無かった筈じゃが?


「………悪いが、他所を当たれ。

 私は既に婚姻し、子どももいるのじゃからな」

「………そうは見えなかったんだが、」

「今知ったであろう。それ、さっさと諦めて、とっとと消えやれ」

「そうは言っても、もうオレにはお前しか、」

「黙りやれ。直に仲間も帰ってくる。警邏に突き出されたくなければ、消えよ!」


 なんぞ、胡散臭いだけの男が、更に胡散臭い言葉を吐こうとしておるようにしか見えなんだ。

 おそらく、私以外が見えておらぬ、等、甘い戯言でも言おうとしたのであろうが、これ以上は私も聞くに堪えぬ。


「こんな森の中に、警邏なんて来るわけねぇだろ?」


 私の言葉に、鼻を鳴らしながらも笑った男。

 しかし、口元に笑みを浮かべるのは私の番だった。


「仲間の一人は、騎士団に所属しておるぞ。

 街道には既にその部下達が待機しておる。盗賊どもと一緒に突き出されたいのであれば、素直にそう言え」

「………。」


 脅しでも何でも無い私の言葉に、男は気付いたのか否か、黙りこくった。


 嘘は勿論、言っておらぬ。

 青二才ゲイルはあれで、王国騎士団の騎士団長であるし、街道を逸れた森の中に騎士団の部下達が待機しているのも本当の事。

 今この場で、この男を捕縛さえすれば、警邏に差し出すのは容易なことじゃ。


 だが、それはしない。

 あまり事を荒立てて、先ほどの魔水晶の事や、作戦の一部を見られてしまった事を言い触らされても困る。


「消えよ。そして、今夜の事はすべて忘れよ。

 でなくば、お主を冒険者ギルドでの違反者として追い立ててくれる」


 睨み合う、私と男。


 私は嘘は言っておらぬし、先ほど冒険者の証である銅板プレートは見せて貰っているのだ。

 銅板プレートは偽証が出来ないので、どの国かは分からずともギルドに問い合わせれば、すぐに足が付くのは分かっておるだろう。

 だから、堂々と男のケープで隠れた眼を睨み付ける。


「………。」

「………。」


 そのまま、しばらくの間、無言の睨み合いが続いた。

 男は、唇を少しだけ歪めていた。

 もはや、軽薄そうな口だけの笑みは、浮かんでいなかった。


「………分かったよ」


 このまま膠着状態が続くかと思ったが、先に動いたのは男だった。


 男は、それ以上は何も言わずに、森の中へと消えて行った。

 私が先ほど言った筈の帰り道も無視して、北へと進んで行くのだけは分かったが、それ以上何かを言うのも気が引けたので、そのまま気配だけを見送った。


「………おかしな、男じゃ」


 本に、おかしな男だった。


 いきなり何を言い出すのかと思えば、惚れた腫れたとはよく言ったものじゃ。

 一体、何をしたかったのか、さっぱり分からない。


 最初の印象だけを見るのであれば、悪いやつでは無いのだろう。

 だが、全身の毛が逆立つ程には、長年培ってきた勘が、良くないものだと知らせていた。


 だから、これ以上は考えない事にする。


 この作戦の件を見られた、というのは、少し気にかかった。

 しかし、何故かギンジに言ってはいけない、というか言いたくないと思っている自分がいた。


 特に、男から求愛されたことだけは、知られたくないと思っていた。


 なので、忘れることにした。

 私は、冒険者然りの男など会ってもいないし、喋ってもいないのだ、と。


 そう、思い込む事にしたのだ。


 しかし、男の消えた森の中から眼を背け、改めて藪の中から眼下を覗き込んだ時、


「………な、なんぞあった…ッ!?」


 私は、驚きのあまり、またしても素っ頓狂な声を発してしまった。

 眼下では、荷台に隠れたライド達と、その荷台を守るようにしてナイフを振るっているギンジがいた。


 そして、そんな彼の肌に赤が走るのも、確かに見た。


 森からは、金属のようなものがひっきりなしに飛来しておる。

 更には、怪我でもしておるのか、ギンジの動きが自棄に鈍い事も分かった。


 ライドも怪我をしておるのか、間宮に手当てを受け、青二才から治癒魔法を受けておった。

 女蛮勇族アマゾネスは妹を抱えており、アメジスは力量不足であの中に入る事は出来んじゃろう。


 あのままでは、ギンジが危ない。


 その後は、私もよく覚えていない。

 気付けば、その体は宙を舞っていた。

 藪の中から、一もニも無く駆け出していた。



***



 ギン!と甲高い音を発しながらもナイフでナイフを弾き、あるいはいなす。

 先ほど張って貰った間宮の風の防壁は、何の障害にもなっちゃいない。


「…ど、ういう、こった…!?」

「ギンジ、ナイフに魔力が付与されている!!おそらく、『防魔』だ!!」

「んなもん、知るか!なんとかしやがれ!!」


 太腿を負傷した事で、機動力が削がれた。

 おかげで、オレは現在、先ほどから森の中から縦横無尽に飛んでくるナイフの格好の的。


 そして、そのナイフを弾き、いなし続けるしかないと言う防戦一方の状態だった。


 その間にも、頬を、肩を、脹脛を掠めて行くナイフ。

 一体、どれだけの本数を持ち歩いているんだ、と思うと同時に、うんざりとしてしまう。


 しかも、先ほどから弾き返す度に、視界がブレる。

 貧血だ。

 太腿の出血が酷い。


 銃で反撃をしようにも、オレの手はナイフを弾く事で文字通り手一杯。

 こんな時ばかりは、仕事を放棄し続けている左腕が恨めしい。


 このままだと、オレはナイフを剣山のように突き立てた死体に早変わりするだろう。


 今現在、ナイフを弾きいなす、なんて事が出来るのは間宮ぐらいだ。

 ゲイルがどうだかは分からんものの、少なくとも急所を外すので精一杯になる可能性が高い。

 飛んでくるナイフの数から言って、一人とは限らない。

 そんな苛烈なナイフの弾幕の中に、間宮やゲイルが入ったとしても、焼け石に水だと分かっている。


 アグラヴェインを呼び出そうかと一瞬考えたが、集中する時間は無さそうだ。

 ついでに言うなら、彼を呼び出している間はどうしてもオレ自身が無防備になるから、この状況だと完全に悪手。

 身動きすらも、息をつく暇さえも無い、ナイフの猛追。

 これ以上は、無茶だ。


 歯痒さに、思わず奥歯を噛み締める。

 諦めが、脳裏を過り始めた。


 だが、


『『火』の精霊達よ!彼の者を焼き払え!!『大蛇の火炎(フレイム・スネーク)!』』


 ふと、頭上から唐突に聞こえた鋭い声。


 少なからず驚いた。

 そして、眼の前を舐めて行くようにして森へと吸い込まれた赤に、更に驚いた。


 それは、炎。

 意思を持ち、身体をくねらせた蛇のように森へと殺到した炎だった。


 そして、その様子を唖然とした様子で見ていたオレの前に、ふんわりと降り立った人物。

 降り立ったと同時に、風が舞い上がり、オレの前髪を揺らした。


「大丈夫か!?無理はしておらぬか?」


 フードが脱げて、銀色の髪が露になってしまっていた。

 外套の裾がふんわりと風を受けて波立ち、中のスカートまでもがめくれ、細い膝頭が見えてしまっている。

 その肌の滑らかで白い事。


 一瞬、その美脚とも言える彼女の足に見惚れ、ついつい呆けた顔をしてしまったオレ。


「こ、これ!どうした!?何か、答えぬか!」

「あ、ああ……、…えっと、今はなんとか無事」

「すぐに出血を止めよ!森の事は、私に任せておけ!!」


 そう言って、彼女はオレの前に立ちはだかった。


 ラピスだ。

 先ほどの森へと発射された炎も、おそらくは彼女の魔法だったのだろう。


 ………全属性が操れるって話、マジだったんだな。


 ふと、オレの前に立ちふさがった彼女が、やはり同僚兼友人の姿と重なってしまう。

 その背中は、小さいというのに、頼もしいと感じた。


 何の根拠も無いと言うのに、何故か安心してしまった気がする。

 そして、またしても彼女ルリに助けられるのだと、一瞬でも自覚した瞬間、胸元にチクリと何かが刺さった気がした。


 ………彼女ラピスが、ルリとは別人だと分かっているのに。

 情けない。



***

アサシン・ティーチャーの死亡予告(笑)

彼は、そろそろ出血多量か過労のどちらかで、死亡する可能性があります。


いや、そう簡単に死なないのも、この人種なんでしょうけどね(笑)


そして、ヒロインに守られるヒーローの図。

もう、彼は守られ系ヒーローって事で良いのでは無いだろうか。


誤字脱字乱文等失礼致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング よろしければポチっと、お願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ