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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、女蛮勇族救出戦線編
83/179

72時間目 「課外授業~一難去ってまた一難~」3 ※流血・グロ表現注意

2016年5月13日初投稿。


夜も遅くなってしまいましたが、続編を投稿させていただきます。

最近、また仕事をはじめまして、少し私生活がばたばたしております。

ご了承くださいませ。


72話目です。

今回も、流血表現、多少のグロ表現がありますのでご注意くださいませ。

***



 サプレッサーによって射出音は掻き消された。

 銃弾を吐き出したライフルが、銃口から煙を上げながらも沈黙。


 そして、その銃口を向けた先には、倒れ伏した青年が物言わぬ屍となっている。


 この異世界に来て、初めて人殺しをした夜となった。


『おい!!何があったんだよ!?おいってばぁ!!』


 そんな、死体となった青年に縋り付く、もう一人の青年。

 見張りの男は、ウチの『異世界クラス』の生徒達同様、年齢は20歳未満であったようだ。


 声も若く、身体付きもそこまで成長し切れていないように見受けられたから。


「(………銀次様、まさか…ッ)」


 隣で、何かに気付いたらしい間宮が、オレの袖を引いた。

 やはり、彼も気付いたようだ。


 オレ達だけが分かった、圧倒的な違和感。


「その、まさかだ。………アイツ等、日本人(・・・)だよ」


 だからこそ、オレは彼等を殺す事を決めたのだ。



***



 まず、第一に違和感を覚えたのは、彼等の話している言語だった。


 日本語だ。


 『闇』魔法の『探索サーチ』で探した時にも聞いた話では、当り前のように聞き流してしまうところであったが、彼等は確かに日本語を話していた。


 次に、彼等の話し方の若さ、砕け方。

 所謂若年層が使う、い抜き言葉や主語の抜け過ぎた会話、語尾に~じゃん、やら、~し等を付ける独特の砕け口調。

 ウチのクラスを見ていればすぐに分かるが、それが当たり前だと感じているのでそもそも彼等は可笑しいとは思っていない。

 斯く言う、オレも同じ。


 続けて気になったのは、彼等の服装。


 双眼鏡で覗いた時には、ただのチョッキかジャケットのようなものだと思っていた。

 だが、いざ近寄って見てみると、その服装は明らかに学ラン等の制服の類である事が見て取れた。

 ついでに、この異世界では滅多にお目に掛かれない、柄もののTシャツを着ている青年もいたからだ。


 冒険者然りともしておらず、武装も少ない。

 なのに、まるで野卑な山賊を思わせる風貌をしていたので、学ランを着ていた事には少なからず驚いた。


 だが、そのおかげで分かったこと。

 オレが先程まで、ひしひしと感じていた嫌な予感は的中した形となってしまった。


 話されている日本語。

 彼等の会話の内容。

 ローガンの言っていたオレ達、異世界人特有の匂いとやら。

 そして、火縄銃という、この世界では最先端とも言える銃火器の存在。


 彼等は、オレ達と同じ、日本人だ。

 それも、異世界から召喚され、この世界に放り出された学生だった。


 そして、そんな彼等が起こしてしまった、今回の事件。

 ローガンに対する殺人未遂もそう。

 彼女の妹を拉致した事実もそうだ。

 しかも、火縄銃というやや古臭い代物とはいえ、オレ達の世界の武器を使って。


 以前、校舎の物品を回収した際にも、懸念していたこと。

 オレ達の世界の技術でこの世界の人間が害された時、オレ達はその責任を取る事は出来ない。


 なのに、今回は秘密裏とはいえ、起こってしまった。

 被害者がローガンや彼女の妹だけでは無い事は、もう既にあばら家の横に積み上げられていた荷台の荷物からして見ても分かる。


 事前情報で、ゲイルやジャッキーから聞いている、このダドルアード王国での法律の事。


 「殺人」、もしくは「殺人未遂」、「誘拐」、「誘拐幇助」、「傷害」、「窃盗」と言った彼等が犯したであろう一通りの罪状を並べて行けば、すぐに分かる。

 ついでに、この世界での刑罰は、現代社会のように一番刑期の重い罪が適用されるのでは無く、犯した罪状の全てが合算される。

 「殺人」で極刑、「殺人未遂」が25年、「誘拐」、「誘拐幇助」が7年から14年、等々と上げて行けば分かる通り。


 しかも、今後彼等は、更に罪を犯そうとしている事が、その話しぶりからして分かった。

 「窃盗」で得た金品の売買は、これまた12年から25年の刑罰が科せられる。

 その中に、もしローガンの妹さんを含んでしまえば「人身売買」となり、刑罰は終身刑が科せられることとなる。


 どのみち、死ぬから。

 だから、先に殺されても文句は言えない。


 それに、悪いがオレは、今回の事を表沙汰にするべきでは無いと思っている。


 ローガンと彼女の妹さんが運んでくれた、『インヒ薬』を今の段階ではまだ隠していたいのもそうだが、今回の件は、オレ達『異世界クラス』にも大きく関係していると分かっているからだ。

 理由は、すぐに分かる事になるだろう。


 というか、既に隣の間宮は、気付いているようだしな。


 だから、秘密裏に終わらせてしまいたい。

 その為には、汚れ仕事だろうと、オレは厭わない。


 いったい、何をしたのか、というのはもうこの際どうでも良い。

 これからどうするのか、と言うのを、オレは今問題視している。


 だって、もう彼等だけの問題では無くなってしまっているから。

 異世界人とはいえ、オレ達とは全く違う道に進んでしまって、そのまま戻れなくなってしまっている彼等。


 だが、この世界の人間達にとっては、同じ異世界人という括りの中、オレ達も同じように見られることとなるだろう。


 殺すしかない。

 オレ達にも、付いて回る問題となる。

 表沙汰にする訳にはいかないから。


「(見たくないのなら、見なくて良い。

 付いて来るかどうかは、お前に任せておく)」


 隣で、呆然とした様子のままの間宮を横目で確認。

 彼にとっては、今回苦い経験となってしまうことだろう。


 そんな彼に、小声でお粗末ながらも今後の指示を出しておく。


 今日、オレは久々に引退した筈の御家芸に、立ち戻ることになる。

 約5年振りの汚れ仕事を、引き受けると言う事。


 だけど、今の立ち位置と、生徒達の今後を守る為なら、オレは躊躇しない。

 


***



『おいッ、どうした!?』

『分からない!いきなり、頭から血が…ッ!!』


 既に泣きべそになっている見張りの青年に、中から飛び出して来た青年が大声を張り上げる。

 しかし、状況は変わらない。


 中から出てきたもう一人の青年は、どうやら火縄銃を持ってはいないようだ。

 だとすれば、中にいたもう2人のどちらかが扱いに長けていることとなる。


 一瞬、もう一度『探索サーチ』を掛けようとしたが、止めた。

 油断大敵とは分かっているが、彼等相手にオレが本気を出すのも馬鹿らしい。


 だって、彼等は可哀そうなことに、素人だ。

 多少、喧嘩の心得はあるのかもしれない。

 しかし、戦闘経験において、喧嘩の心得が役に立つかと言えば否。


 藪の間からライトを2度点滅させ、あらかじめラピスに伝えてあった『突入』の合図を下す。

 その後、すぐさまライフルの次弾装填を行い、藪の中から一気に駆け出した。


『……あ゛…ッ』

『へ…?』


 オレが藪から飛び出した瞬間、青年2人は揃って間抜けな顔を晒していた。

 そして、そのまま横薙ぎに払ったライフルの銃底をこめかみに受けて、1人が昏倒。

 もう一人は、蹲ったままだったのを良い事に、そのまま鳩尾を蹴り上げて昏倒。


 あっという間に、地面に倒れ伏した青年2人を見下し、ふぅと溜息。

 彼らは、まだ殺すつもりは無い。

 中にいる人間2人の反応待ちと言うのもあるが、余罪を聞き出すのに必要な人員だから。


 無論、全てが終われば、殺す予定でいるが。


「…さ、て」


 オレは、そのまま腰へと手を回し、ホルスターからナイフを抜いた。

 チタン加工の、割と強度の高いナイフだ。

 これまた、いつも使っているナイフとは別に、物置から引っ張り出して来た。


 それを逆手に構え、あばら家の戸口へと寄りかかる。

 中の気配は、完全に殺気立っている。

 だが、どこをどう感じ取ったとしても、到底達人の域どころか足下にも届かないお粗末な気配。


 結局、中の2人もほぼ素人なのは間違いない。


 そのまま、戸口をこじ開けるようにして、ナイフを隙間へと叩き込んだ。

 木製の引き戸のようなそれが、ばきり、と軋んだと同時、


『う、うあ…ッ!』

『お、落ち着いて、樋上ひがみ…ッ!』


 中から聞こえた悲鳴。


 1人は樋上と言うらしい。

 一応は、脅しの名目でナイフを叩き込んだだけだったのだが、挑発だと分かったのか否か。

 残念ながら、鉛玉は飛んでこなかった。

 おそらく、オレが戸口に立った瞬間を狙うつもりだろう。


 実は、壁の切れ間とか、ドアに立った瞬間とか、一番退避し易いって事は教えるべきじゃないだろうけど。


 でもまぁ、このまま膠着状態になるのも面倒くさい。

 お望みどおり、戸口に立ってやろう。


 思い立ったが吉日で、今にも外れかけている扉を、先ほど叩き込んだナイフをバールのように使って剝ぎ取った。


『……ッと』


 その瞬間、ターン!と発砲音が響いた。

 赤熱しながら飛び去って行く鉛玉を、首を横に傾けるだけで避けた。


 ………ふむ、意外と腕は良い。

 まぐれかもしれないが、確実に頭を狙って来たようだ。


 と、オレが少しだけ感心したところで、


『なんだよ、お前!?見張りの奴等は…ッ!?』

『………スーツ?…』


 日本語で、喚き立てた青年の一人と、オレの格好に小首を傾げた少年。

 一人は、先ほど言ったように学ランと、異世界では滅多にお目に掛かれない柄もののTシャツを着た青年で、やや前かがみになりつつもオレに対して剣を向けている。


 そして、もう一人の青年が、火縄銃を持っていた。

 呆気に取られた顔をして、オレの格好を見ている。


 眼鏡をかけて、大人しそうな顔と髪型をした青年だった。

 しかも、他の4名が髪や鬚を生やし放題にしている傍ら、彼だけは髪も鬚も整えられている。


『やあ、どうもこんばんわ』

『えっ?あ…言葉が通じるって事は、』

『もしかして、アンタも日本人なのか?』

『………ご名答』


 悠長に挨拶をしている場合では無いと分かっていたが、さてどうしようと考えて出た言葉がこれだった。

 ………アドリブが弱い訳じゃないんだけどねぇ。


 ただ、オレの悠長な語り口調は、思いの外功を奏した。

 青年2人は、唐突にナイフを持って現れたオレに対し、それでも出自を問い質して来たからだ。

 一瞬、言うべきか否かは迷ったが、そのまま押し切る。


『ついでに、お前達と同じような境遇だと言って良い。

 ただ、暮らしている場所も暮らし方も、大分違うとは思うがね』

『そ、そうなのか!…い、いや、別にオレ達も、ここに暮らしてるって訳じゃ、』

『その風貌を見れば、このあばら家がお似合いだと言ってやれるが?』


 嫌味をチクリ、と放てば、剣を持った方の青年(おそらく、樋上と呼ばれていた方だ)が、わたわたと弁明をしているが、一度鏡で自分の姿を見て来い。

 一見すると山賊の類にしか見えないから。


『ちょ、ちょっと、樋上!

 そんな事言っている場合じゃないよ…ッ!』


 そうそう、その通り。


 樋上青年とオレの会話に、これまた慌てて割り込んできた眼鏡くん。

 君の言うとおり、仮にも、撃ち終わった後の火縄銃を向けられたままでする会話では無い。


 そして、現状は間違っても、このまま和気藹々として良い事では無い。


『先程は、鉛玉をありがとうよ。

 お礼にとは言っても難だが、代わりにこっちもプレゼントだ』

『うあ…ッぎゃっ!!』


 そう言って、手に持っていたナイフを樋上青年の足下へと投げる。

 当てるつもりは無かったというのに、慌てた彼は咄嗟に飛び退り、そのまま床に尻もちを付いた。

 実に、哀れな格好となっている。


 対して、火縄銃を持った眼鏡青年は、オレが投げつけたナイフを見て顔を真っ青にする。

 ついでに、目線を上げた途端、怯えた視線がオレの冷めた視線へと交差する。


『言われなくても分かると思うが、オレがここに来たのはお前達の保護じゃない。

 どちらかというと、お前達の後ろに倒れている赤い髪のお嬢さんの救出だからな』

『………ッな、なんで、人間が魔族を…ッ!?』

『その女性が魔族と分かっていながら、手を出したのか?

 ダドルアード王国は、別に魔族を排斥している国では無いし、そもそも彼女はオレ達にとっては客人だった』


 つまり、正式に手順を踏んで入国する筈だった彼女は、王国自体に受け入れられない訳では無い。

 案の定、青年達の顔から血の気が引いて行く。


 確か、浅沼の書いた教本の補足説明で、大体のファンタジー作品では人間と魔族が争う描写があると書かれていたっけ。

 もしかしたら、彼等もそんなファンタジー作品を知っているから、勝手に勘違いしているのかもしれないが。


『しかも、客人である彼女の姉を、お前等はその火縄銃で撃った。

 これは、列記とした殺人未遂と誘拐であり、オレ達に弓引く行為と同議なんだよ』

『そ、そんなの知らない…ッ!いや、た、確かに護衛は撃ったけど、』


 その護衛の人間が、彼女の姉だって言ってんだろ。

 気付けよ、馬鹿。


『記憶に無いか?一昨日の夕方ごろだそうだ。

 ついでに、彼女の腹から取り出した鉛玉は、今さっきオレに向けられた鉛玉と瓜二つだったんだがなぁ』

『………ッ!』


 首を傾げて避けた時、確かに同じものだったと確認した。

 青年達は、まさかと絶句しているような顔をしているものの、証拠品は既にオレの手の中に。


『この世界で、この鉛玉を撃ち出せるのは、今お前が持っているその火縄銃ぐらいなもんだろう?』


 今日、ローガンの腹から取り出した鉛玉。

 若干煩わしかったものの、言い逃れをしようとした時の為に、ポケットの中に忍ばせておいたものだ。


 だが、彼等は言い逃れが出来るような思考すらも怪しかったのか、絶句したままだった。

 まぁ、言葉が出て来ないまま、黙り込んで貰っていた方が今は都合が良い。


『言え。お前達は、そこの魔族の女性を浚って、どうするつもりだった?』

『そ、それは…ッ』

『………お、オレ達も生きるのに必死だったんだ!…ッ、ひぎゃああああ!!』


 そう言って、弁解を始めようとした樋上青年とやらに、もう一本ナイフを追加。

 今度は、彼の脹脛を半分程掠めるようにして投げた。

 避けることすら出来ないまま、彼は脹脛の肉が半分こになった。


『オレの質問に答えろ。弁明は必要ない』

『…ヒィ…ッ!…う、売るつもりだったんだ!

 …に、人間でも、魔族でも女なら、ひゃ、100万ぐらいでか、かか買い取ってくれるって、』

『樋上!黙って!』

『う、うるせぇぞ、山中!!テメェは、黙ってろ…ッ!!』


 どちらかと言うと、樋上青年の方が五月蠅いのだが、まぁそれは別に置いておいて。

 もう一人の眼鏡青年の名前も、山中と判明したところで、


『これまで、別の件で人間を売った事はあるのか?』

『う…ッ、』

『………ッ、い、いいえ!』


 今度の質問には、山中が答えた。

 しかし、樋上の様子と、山中の一瞬でも泳いだ目線を見れば、嘘かどうかは一目瞭然だ。


 正直に言えば、苦痛も少ないと言うのに。


 今度は、ナイフでは無く、腰のホルスターからベレッタ92.を抜いた。

 途端、顔を真っ青にしていた青年達は、痙攣でも起こしたかのように顔中を引き攣らせた。


 今更気付いたとしても、遅い。

 もう、ベレッタ92.のセーフティーは外してしまったからな。


『ヒッ…!!ぎゃあああああ!』


 パン!!と響く、乾いた銃声。

 先ほどの火縄銃よりは軽いが、命中すれば的確にダメージを与えられる銃弾が、樋上青年の太腿を貫通した。

 悲鳴を上げてのた打ち回る樋上に対し、山中は青い顔をして呆然としているだけであった。

 今までのやり取りを見ていても、まだ本気で撃つとは思わなかったのか?


 むしろ、聞きたい。

 火縄銃を撃って来ておいて、相手が撃たないとどうして言い切れるのか。


『嘘と断定すれば、次は表の見張りと同じように、脳味噌をぶちまけることになるぞ』

『……そ、そんなッ…!』

『大倉達…まで、死んだ…ッ?』


 信じられないという顔のまま、埃まみれの床間で座り込む2人。

 哀れだとは思うが、これも罰だ。


 彼等自身が犯した、罪への罰だ。


『売ったんだろう?何人だ?初犯じゃないことぐらい、分かっているんだぞ』

『う、売った!ふ、2人ぐらいだ!!』

『どこで調達した?』

『か、街道を通った商人の馬車とか、た、旅人をお、お襲った時だ!』


 樋上はペラペラと喋った。

 その分、山中は黙り込んで行った。


 しかし、裏を取るまでも無く、おそらく彼の言っていることは本当だろう。

 商人や旅人を襲った証拠は、このあばら家の横にある大八車の荷台を見れば嫌でも分かる。


 ………っと、そこでふと気付く。

 コイツ等、それ以外も、初犯では無い可能性があるんだが。


『………人を殺したこともあるのか?』


 先ほど、間宮にも聞いた言葉。

 人の生死の間際に、一度でも立ち合ったことがあるのかどうか。


『………ッ、ヒグッ、ウ゛ゥ~~~…ッ』

『………あ、あります』


 痛みに耐えかねたのか、罪の意識に押しつぶされたのか、あるいは両方か。

 感情が爆発したらしい、樋上が汚い床に額を押し付け、呻くようにして泣き出した。


 そんな樋上を余所に、山中は青い顔をしながらもその場で肯定を返した。


 素直なのは、良い事だ。

 やっと、自分達の今の立場を理解したようだ。


 だが、これで彼等の運命はもう決まってしまった。

 強盗殺人という罪状は、この異世界でも、勿論ダドルアード王国でも死刑だ。

 その場に居合わせただけだとしても、連帯として考えられる。


 そして、この会話を聞いているであろうゲイルは、そのダドルアード王国の騎士団長だ。

 もう、言い逃れは出来ない。


『で、でも仕方無かったんです!!僕達だって、こんな事本当はやりたくなかった…ッ!!』

『なんで、こんな事になったんだよぉお!オレ達、普通に生活してただけだったじゃんかよぉ…ッ!!』


 必死な様子で弁明を続ける山中と、嘆く声を上げるだけの樋上。


 もし、あの『異世界クラス』の教師がオレで無ければ、もしくは、オレがただの普通の教師だったのなら、彼等もこうなっていたのかもしれない。

 そう思うと、やるせない思いが込み上げてくる。


 浅沼が、

 伊野田が、

 香神が、

 榊原が、

 エマが、

 ソフィアが、

 河南が、

 紀乃が、

 徳川が、

 永曽根が、

 間宮が、


 もしもこのような状況に陥っていたら、どうしていたのだろう。

 今でこそ、彼等はオレの手元とはいえ、順調に戦闘員エージェントとして育っている。

 紀乃の例外こそあれど、医療技術なども立派な力となり得る。


 だが、もし右も左も分からないまま、言語も分からず、寄る辺も無いままでこの異世界に放り出されてしまっていたら。

 その時、彼等が今のような生活に収まる事が出来るのか、どうか。


 ………まぁ、間宮だけだったとしたら、もしかしたらなんとか出来るのかもしれないが。

 それは、置いておこう。

 彼も、実質的にはまだひよっこだったって事で。


 考えるだに恐ろしい事だが、たった一つ言えること。

 きっと、彼等も相当の苦労をする事になっただろうことだ。


 まぁ、オレがいても相当な負担を掛けてしまったと言う事もあるが、もし彼等だけだった場合は更に酷かった可能性はある。

 最悪、あの西の森の真ん中で、死体になっていてもおかしくは無かった。


 オレ達は、まだ運が良かった。

 あの森に、捕縛目的だったとはいえ、騎士団がいた事。

 生徒達も、まだ運が良かった。

 せめてもの橋渡し役として、言語が分かるオレがいた事。


 だが、おそらく、今目の前にいる2人は違う。

 そう思うと、更に彼等2人が哀れに思えて来てしまった。


『この世界に来た時の事、覚えているか?』


 必要無いと、頭では分かっていると言うのに、このような外道に身を落とした経緯を聞こうとしてしまう。

 きっと、間宮にも呆れられてしまうかもしれない。

 壁の向こう側で聞いているであろうゲイルにも、おそらく同じように呆れられるだろう。


 だが、聞いてみたかった。

 参考までに、とか、勝手に内心で言い訳や御託を並べながら。


『………いきなりだったんです。

 昼間だったのに、突然教室の外が真っ白になって…気付いたら、この世界の森の中に先生とクラスメート数十人が、眠っていました』


 そんなオレの内心には気付かず、話し始めたのは山中だった。

 泣いて呻いて嘆いたままの樋上は、少しの間放っておく。

 そのうち、失血死するだろうから、放っておくっていうのもあるんだけど…。


 山中が言うには、教師が1人とクラスメート32名が、一瞬にしてこの異世界に転移していたということだ。

 それは、2年前の事だったという。

 オレ達の時との違いは、人数と場所、校舎の有無だな。

 ………あれ、オレ達の時は、何で校舎ごとだったのか、本気で不明なんだけど?


 話が逸れた。


『教師はどうした?引率はしてくれなかったのか?』

『さ、最初はしてくれました。で、でも途中で、魔物に襲われて、』


 ああ、そこから先は言わなくても分かった。

 襲われて、死んだか食われたかして、クラスメート達も数名が犠牲になったのだろう。


 おそらく、普通の生徒達ばかりでは、魔物の撃退も儘ならなかった筈だ。


『ぱ、パニックになったクラスメートもいて、逃げ惑っているうちに半数以上がいなくなりました。

 残ったのは、ここにいる僕達と、他に数名程度だったんです。

 ………もしかしたら、一部は逃げ切れて、どこかにいるのかもしれないですけど、』

『………連絡手段は無いだろうな』


 もし万が一、逃げ切れたとしても、生き残れると言う事では無い。

 魔物なんて、この森にはそこらじゅうにいるし、森を抜けたとしても街までの距離が馬で半日だ。

 歩いてなら、1日掛かるだろうし、その間の安全は勿論保障されない。

 しかも、魔物だけでは無く、この街道は夜盗も出るらしいから、生存率で言うなら極めて低いだろう。


 だが、その状態で2年か。

 良く生き延びた、と言ってやれば良いのか迷った。


『……残った数名で、なんとか街まで辿りつく事は出来たんです。

 でも、言葉があまり通じなくて、ぼ、僕も英語はちょっとしか喋れなかったですし、』

『それで、引き返したのか?』

『はい。………その後、森の中で迷ってしまった時に、冒険者に会ったんです』


 おっと、なるほど。

 この2年間を生き延びた経緯が、あやふやではあるが見えてきた。


 森の中で出会った冒険者に、彼等は拙い言葉ではあるが状況を伝え、ついでに助けて貰う事を懇願した。

 しかし、冒険者だって生きるのに必死だろう。

 結局、森の中での食べられる植物や果物、魔物を倒す為の簡単な心得と、罠の作り方や設置の仕方等だけを教えて貰い、その冒険者とは別れた。

 しかも、教えて貰ったのは、数名だけだったようだ。

 言葉が少しだけなら分かる山中と、もう一人帰国子女だとか言う男子生徒。


 そこで、生き残った生徒達の中でも格差が生まれてしまった。


 その帰国子女だと言う男子生徒は、調子に乗ってしまったようで、生き残った生徒達数名を統率するようになった。

 しかし、その中で些細な諍いが頻発するようになり、その帰国子女の男子生徒が孤立を始める。

 だが、増長した男子生徒は、そのまま無理強いしてでも自身の立場を誇示しようとした。

 それが、1年前の事だったのだが、とうとう耐え兼ねた数名がボイコット。

 ついに、人死にまで発展してしまったらしい。


『………彼を殺したのは、僕です。多少なら、僕も教わっていたので、』


 山中は、火縄銃を抱きかかえて、自身の掌を見下していた。

 おそらく、彼には幻影でも見えているのだろう。

 その時、血にまみれたであろう、自身の掌の。


『………それで?』


 だが、哀れとは思っても、これ以上は同情をするつもりは無かった。

 素気なく続きを促せば、ハッとした表情をした彼が縋るような視線を向けながらも、ぽつりぽつりと続きを話し始めた。


『その後も、酷いもので、皆意見がバラバラでした。

 ぼ、僕も、そこまで強くないし、結局言葉も分からないままでしたし、』


 意見が割れた、と。

 おそらく、街に行って保護して貰うべき、とこのまま自力で生活すべき、もしくは三つ目の意見なんかもあったんだろう。


 ………正直、生きていたのが不思議に思えてきたのは、オレだけだろうか?


『で、でも…罠とか、狩りの仕方とか、少しずつだけどみんなで工夫したんです。

 そうしたら、自然と分担が出来るようになって、』


 呆れつつも聞いた続きの話。


 帰国子女の男子生徒が死んだ後は、統率者がいないままでもそのまま少しは形になったようだった。

 狩りの担当が出来、その狩りの後の料理担当が出来、後始末の担当、見張りの担当、ついでに食料管理の担当等など。

 ちなみに、山中は食料管理の担当だったようだ。


 この時、生き残りであろうクラスメートは、8人まで減っていたようだ。


 ………しかし、


『約2ヶ月前です。狩り担当の2人が、帰って来なくなりました』


 狩りの担当が、消えた。

 それも、主力とも言える2人が、唐突に。


『………不慣れではありましたけど、僕等も狩りに出ました。

 けど、結局、成果どころか、もう一人のクラスメートが死ぬことになってしまって、』


 そして、もう一人死んだ、と。

 狩りの担当2人ともう一人が死んだことで、残りは彼等のみ。

 ここにいるのが、ぴったり5人。


 そして、先ほどもう一人のクラスメートもオレに殺された、と。

 ………悪い事をした、とは思わないが、なんとなくまたしてもやるせない気分になってしまった。


『………なるほど。経緯は分かった。

 じゃあ、次の質問をするが、その前に一つだけ答えて欲しい』

『…な、なんですか?』

『その火縄銃、一体どこで手に入れた…?』


 ひくっ、と山中が静かに息を呑んだのが分かる。


 確かに、今までの状況を聞くだけなら、悲惨な末路だった事だろう。

 ここにいる全員がだ。


 しかし、その中に、この火縄銃の存在を匂わせる兆候は一つも無かった。

 彼等も異質ではあるが、この火縄銃も十分異質だ。


『つ、作りました…!』

『どうやって?設計図も無い、道具も無い、材料も無い。

 そんな状態で、一体どうやって500年以上前の重火器を再現したって?』

『………そ、それは…!』


 ほら、言えない。

 ここにある事が可笑しいと言う事を、何故分からない?


 どうして、こうも簡単にバレるような嘘を吐こうとするのだろう。

 いつもいつも、ゲイルに思っていることではあるが、結局言い淀んだ後に発した適当な誤魔化しの所為で、嘘が露見すると分かり切っていることだろうに。


 更に今回は、またしてもアイツは隠し事があるようだしな。

 始末に負えないよ、本気で。


 ………アイツの事を考えるとイライラして来るな。

 妹さんを救出するまでは忘れる約束だったし、また一度忘れておこう。

 虚しくなるだけだ。


『………考えられる可能性は、二つ。

 お前が言うように、本当に作った人間がこの中にいる。

 もう一つは、この世界にその技術がもう既に生まれていて、それを受け渡された可能性だが、』


 そこで、一旦言葉を区切って、彼へと視線を合せるようにしてしゃがみ込む。

 懐に手を突っ込み、オレが見せたのはシガレットケース。


 最初、怪訝そうな表情をしていた山中が、その中身に思い至ったのかハッと顔を強張らせた。


『煙草も無い世界では、火縄銃の方が簡単に制作出来るのかい?』


 可笑しいのだ、根本的に。

 この火縄銃と言う存在自体が。


 歴史を語っても良いが、オレもうろ覚えなので割愛させて貰おう。

 その代わりと言っては難だが、種明かしを一つ。


『オレ達が扱っているナイフや銃は、基本的にオレの校舎内での扱いになる。

 商業ギルドや武器商人、果ては裏ルートにも多少のコネがあるオレでも、火縄銃の存在は知る由も無かった。

 なのに、今まで生活すらも切迫していたお前が、なんでそんなものを持っているんだ?』


 出自があやふやな、この異世界では最先端になるであろう重火器。

 それを、どうやって手に入れたのか。


 ………答えはあるようで、無い。


 先程言ったように、この中に作った人間がいるなら天才だ。

 香神のように一度見ただけで設計図を丸暗記し、更には何もないところから材料を作り出して、組み立てたと言う事になる。

 だが、そんな事が出来るなら、とっくの昔に街の中で安定した仕事を探していられたはずだ。

 よって、この可能性は却下。


 次の可能性が濃厚ではあるが、それがいつどこで誰によって作られ、彼等にどのようにして受け渡されたのか。

 そして、受け渡した人間の意図は、果たしてどういったものだったのか。


 性能が試したいなら、自分で使えば良い。

 わざわざ、ならず者で死にぞこない同然の彼等に受け渡す必要はない。


 結果の間の過程が抜け過ぎている。

 だから、可笑しいと言わざるを得ないのだ。


『………もう一度聞くぞ?その火縄銃を、どうやって手に入れた?』


 わざわざ丁寧に、山中へともう一度問い質す。

 一度目はわざと見逃したが、次は無い。

 耳でも、指でも、足でも、銃弾を撃ち込んでやる。


『………あ、貴方の言う通り、貰いました』

『誰に?』

『最初に、いろいろと教えて貰った、冒険者にです…』


 ほぉ、そりゃ凄い。

 つまり、その冒険者とやらは、彼等に教授が出来るばかりか、こんな最先端の技術を作り出す事も扱う事も出来ている訳だ。


『なら、ますます可笑しいな。

 そんな腕利きの冒険者がいるってんなら、オレ達の耳にも入っていると思うんだが?』

『そ、そうかもしれませんが、でも…ッ!!本当です!これは、本当の事です!』


 今まで、この界隈で、そんな素晴らしい冒険者の話なんて、聞いたこと無いがね。

 いたら、ジャッキーが放っておかないだろう。

 まず、オレの耳にも入っている筈だ。


 嘘と断定したので、そのままベレッタ92.の引き金を引いた。

 山中の耳が半分になった。


『いぎゃあああああああッ!!本と、本当なのに…ぃいッ!!』


 ………あれ?

 まさか、マジで本当の事話してたのか?


 今しがた吹っ飛んだ耳を押さえながら、樋上と同じく床を転げ回った山中を見下してみる。

 痛みにのた打ちまわり、大事そうに抱えたままだった火縄銃も投げ出している。


 そのまま、火縄銃は回収し、背後へと放る。

 地面に落ちる音がする前に、誰かが受け取った音を聞いたが、背後に近寄った気配が見知ったライドとアメジスのものだったので、放っておいた。

 ………合図してから来いって言わなかっただろうか?


 まぁ、良いや。


 もしかしたら、根性ある口が固い部類なのかと思い、もう一度引き金を引く。

 今度は、耳を抑えている指が吹っ飛んだ。


『ぎゃあああああああああ!!指が!!ゆびがぁあああああ!!』


 そのまま、ごろごろと転げ回る様子をしばらく観察してみた。

 だが、弁明も無く、一向に言動を覆そうとはしていない。


 どうやら、俄かには信じがたいものの、本当の事を言っていたようだ。

 ふぅー、と溜息一つ、ベレッタ92.を構えたまま、転げ回っている山中を踏み付けた。


 グゲッ、と異様な声を発して、足蹴にされた彼が、涙と鼻水と血塗れ、ついでに怯えて憔悴し切った顔でオレを見上げる。


『………仕方ないから、信じてやろう。

 ついでに、もう一つだけ聞いておいてやる。

 お前達に火縄銃を渡した冒険者の名前は覚えているのか?

 顔や、背丈、特徴だけでも構わない』


 出来る限り、その冒険者に関して知っておきたい。

 今現在の情報だけを精査するのであれば、その冒険者は危険人物となり得てしまう。


 考えても見て欲しい。

 この異世界で、火縄銃を作り出す技術が、どれ程特別で且つ危険であるのかを。


 オレですら、材料の段階から拳銃を作り出せと言われても、頓挫するだろう。

 校舎にある専門書があれば可能なのかもしれないが、それさえ無しにと言われてしまえば、いままで使い込んできた相棒達ですら、オレは作り上げることは出来ないのだ。


 それを、やって見せた事も凄いことだし、十分な脅威だ。

 更には、そんな御大層な代物を、明日をも知れぬ身の浮浪者の類に明け渡すなんて、どんな神経をしているのかすら想像できない。


 彼等がこんな犯罪に手を染めることを分かっていながら渡したのであれば、その冒険者自身も危険とみなすべきだ。


 しかし、


『………し、知らないんだ…っ。いっつも、ケープみたいなもの、被ってたし、』

『いっつも?何度も、会っているのか?』

『あ…ッ!……う…ッ、ぎゃあああああ!!』


 その冒険者と、山中は少なくとも一度、二度の関係では無いらしい。

 そして、それを今の今まで、結局秘匿しようとしていた。

 失言に気付いて、咄嗟に訂正をしようとしたらしいが、嘘だと断定されたからにはもう遅い。


 またしても、ベレッタ92.の引き金を絞り、三発目の銃弾が彼の脚に風穴を開ける。

 悲鳴だけが響くあばら家の中、もう何度目になるのかもわからない溜息を吐いた。


『もう一度聞くぞ。

 お前に火縄銃を渡した冒険者の人相は?』

『…ほ、ほんとに…ッヒグッ、分からないんだ!

 …こ、腰に、か、カトラスみたいな剣を下げてたのは覚えてる…!』

『他には!?』

『…身長も、体型も大きかった…!るろ○に剣心の○古○十郎みたいな…ッ』


 ………誰だよ、それ。

 生憎と、漫画やアニメのキャラクターなんて知らんぞオレは。


『顔に特徴は無かったか!?肌の色でも傷跡でも何でも良い!!』


 ついイライラとしてしまって、大きな声を張り上げてしまった。

 その瞬間、背後と前方の味方から、またしても怯えられる結果になってしまったが、


『き、傷があった!ほっぺたに、…ッ!!』

『頬に傷?』

『目の下から垂直に耳まで伸びた傷だよ…ッ!!それ以外は、本当に分からないんだ!!』


 ………眼の下から耳までの、垂直の傷。

 これは、結構有力な情報になるだろう。


 帰ったら、ジャッキーに確認してみよう。

 ………あれ?

 でも、そんな話を前に、誰かに聞いた覚えがあるんだが、気の所為だろうか? 


 ………ってか、なんか忘れている気がする。

 やり残した仕事でも、校舎に残して来たんだっけか。


 まぁ、今は置いておいた方が良いだろう。


『じゃあ、今までして来た悪事、全部聞かせてくれよ』


 先に、コイツ等を尋問するのが先だろうからな。



***



 先ほど、突入の合図があったのを最後に、彼からの発信は無い。


 夜の帳の訪れた、静まり返った森の中で、聞き慣れない不可思議な音や、小さな悲鳴が聞こえるのみだった。

 失敗した、と今では思っている。

 アメジスに心配された時、素直にどちらかにつき添ってもらえば良かった。


 流石に、このような森の中に、一人で取り残されると言うのは怖い。

 魔物が近くにいないと分かっていても、風で揺れる木の葉の音を聞く度に背筋が粟立った。


 今は、一人でいる事が心許無い。

 こんな事、かつての冒険者の仲間達から見られれば、鼻で笑われてしまうじゃろうに。


 先ほどの突入の合図の後、ギンジがあばら家に侵入したのは分かった。


 だが、それを皮切りに、ライドとアメジスも行動を始めてしまったのだ。


 ………はて?

 合図を待つのでは無かったのだろうか?


 と、疑問にも似た不安が鎌首をもたげたが、なにせ我らにとって光の合図で作戦の主旨を遠目に行うなど初めての試みだった故、詳細が分からないままじゃ。

 まぁ、ライドとアメジスも、あれでなかなかの手練に育っているようだし、大丈夫だろうと安易に考える。

 それに、突入を敢行したのは、あのギンジじゃ。

 あの男であれば、きっと何が合ってもあ奴等の事だって、的確に指示してくれる。


 半ば、おざなりな信頼ではあった。


 そのまま、数分、あるいは数十分をそのまま、藪に身を潜めながら過ごした。

 冷たい夜風が、容赦なく肌を刺す。


 相変わらず、何の音か分からない乾いた音と、小さな悲鳴だけが響いている。


 そんな中で、帰りを待ち続けることは少し苦痛だった。

 不安でもあった。

 何故か。

 それは、そのあばら家で起こっている事が、危険だと分かっているからだ。


 あのあばら家を見付けてから、そして向かう時。

 ギンジが、酷く難しい顔をしていたのは良く覚えておる。


 ………まるで、死にに行く戦士のような顔をしていた。

 冒険者時代に、何度も見た事のある覚悟を決めた男の顔だった。


 そして、いつぞやに見た最後の、ランフェの横顔が過った。


 ………いかんな。

 最近、どうもこうして過去の事を考えることが増えてしまって困る。


 普段は、女にしか見えぬ様相をしておるというのに、こう言う時ばかりは凛々しく雄々しくて、流石の私でも戸惑ってしまう。

 そんな彼の横顔に、ランフェの面影を探してしまっている、私自身にも。


 しかし、そこまで考えたところで、


「………おっと。

 こんなところで、アンタは何してんだ?」

「………ーーーッ!?」


 唐突に掛けられた、軽薄そうな声音。

 しかし、それに見合わぬ重量を持った声に驚き、手に持っていたギンジからの借り物のライトを落としてしまった。


 急いで、声音のした方向へと振り返る。

 少し距離は空いているが、後ろ。


 宵闇の中で、うっすらと影にしか見えない人影を見た。


「………何者じゃ…っ!?」

「悪い悪い。そこまで驚かせるつもりは無かったんだ」


 しかし、その人影はそのまま森の中から、出てきた。

 丁度、木々の隙間からの月明かりに、男の姿が浮かび上がる。


 黒いケープに、黒い外套。

 隙間から覗く、衣服や籠手、ブーツに至るまでが真っ黒な男だった。


 鼻まですっぽりと覆ったケープの所為で、人相は良く分からない。


「アンタ、女か?こんな森の中、一人じゃ危ないんじゃねぇのか?」

「余計な世話じゃのう。これでも、名うての冒険者じゃ」


 そうこう言っている間に、男はさらに歩いて距離を詰めて来ていた。

 その距離が、丁度数歩辺りになったところで、


「そんなに警戒すんなよ。オレも冒険者だ」


 そう言って、男が差し出した銅板プレート

 見憶えがあるどころか、あり過ぎるものだ。


 冒険者ギルドで登録した者は、必ず持っているものだろう。


「………ヘルブスト・シュピッツェ?」

「おう。良く、ヘルとは呼ばれているな」


 地獄ヘルとは、やや物騒な愛称ではあると思ったが、冒険者の証であるあの銅板プレートは誤魔化す事は出来ない。

 血の情報を魔法陣によって刻み込む為、偽名も偽証も使えぬ。

 他人が持つと、詳細を秘匿するようにして文字が消える。


 文字が浮かび上がっているならば、本物であろう。

 年齢は良く見えなかったが、男で人族である事は分かった。


「それで、ヘルとやら。お主は、何の用が合って、」

「先に質問したのは、こっちだぜ?アンタこそ、なんでこんな森の中にいるんだ?」

「ちょっとした野暮用じゃ。

 道に迷ったのであれば、帰り道はここをまっすぐに北西に向かえば、街道が見えるぞ」

「………いや、別に道に迷った訳でもねぇよ?」


 今は、少々立て込んでおる。

 そう思って、さっさと追い払おうとしたのだが、男は何故かその場でどっかりと腰を降ろしてしまった。


 ………なんぞ、私に用でもあったのか?


「………そういや、アンタは名前なんて言うんだ?

 こっちは名乗ったのに、教えて貰えないってのは無しだぜ?」


 ………違ったようじゃ。

 私の顔やフードから覗く髪の色を見ても、何も反応していない辺り、知らない可能性が高いのう。

 まぁ、もう既に100年は、冒険者登録の更新なんぞしておらなんだ。

 私の名前も、とっくの昔に二つ名だけを残して廃れておるじゃろうよ。


 ただ、油断はしない。

 念の為、偽名で良く使っていた名前を名乗った。


「ルルリエ・シャルロットじゃ」

「おう、じゃあルルだな」

「………まぁ、それで良いが、」


 なんじゃろう。

 この男と話しておると、調子が狂う。


 まるで、ギンジと話している時と似たような状況に、大いに戸惑ってしまった。


「それで、何してんだ?」

「………野暮用じゃと、言うておろうに、」


 だが、これはいただけない。

 作戦の最中であるというのに、この男の警戒を続けたままでは合図を見逃してしまう可能性もある。

 しかし、この男に背を向けると言うのは、なかなかに気の抜けない状況となるじゃろう。


 どうしたものか、とやや眉根を寄せた時だった。 


「あの、あばら家で何かあったのか?」


 事も無げにヘルと名乗った男は言った。

 そして、あろうことか私越しに藪から覗き込むような動きを見せた。


 近寄ってきた男の顔に驚いて、私はその場にライトを落としたまま後退。

 自身でも驚くような動きで、飛び退ってしまった。


 それに対し、男は口をあんぐりと開けて驚いている様子が見て取れた。


「そんなに、驚かなくても…ッ」

「勝手に近寄って来たお主が悪いのじゃ!あ、あまり男は好かんでな!」


 通りすがりのただの冒険者であれば、悪いとは思った。

 だが、その男は、大して力量が無いように見えながらも、何故か警戒しなければいけないという一種の警告が頭を過っていた。

 私は、それに大人しく従ったまでじゃ。


 男は、しばらくそのままの格好でいたが、ややあって肩をすくめるとまたしてもその場でどっかりと座り込む。

 そして、あろうことか、私が先ほど落としてしまったギンジのライトを拾い上げる。


「そ、それは…ッ」

「分かってる、分かってる」


 何が分かっているのだろうか。

 そう思うなら、即座に返してくれ、と言いたかった。


 しかし、私はそれ以上、口が渇いてしまって言えなかった。


「不思議なもんだな。形も見たことねぇ。

 これ、アンタが発明したものか?」

「い、いや…。それは、借り物で、」

「そうか。じゃあ、貰うのも無理か」

「……そ、そうじゃ。分かったら、返しやれ」


 やや、つっけんどんながら、男に向かって手を差し出した。

 渋るかと思ったが、男はケープから唯一見えている口元を、弛めただけであっさりと私の手元へとライトを放った。


 しかし、その瞬間だった。


『いぎゃあああああああ!!』

「………ッ!!」


 先ほどまで、遠かった筈の悲鳴が、自棄に森の中に響いた気がした。

 思わず、視線を向けた先には、例のあばら家。


 男も同じく、その悲鳴に思い至ったようで、藪から覗き込んだ先でふと口元を引き締めた。


「ああ、そういうことか。最近、夜盗が住み付いていたみてぇだしな」

「…そ、そういうことじゃ」


 勘違いをしているのは分かったが、敢えて訂正はしなかった。

 どの道、その方が都合が良い。

 そもそも、街道を行く人を襲った時点で、どんな理由があろうとも夜盗や山賊の類と然して変わらぬだろう。


「じゃあ、アンタはこうして実働部隊を待ってる連絡係ってことか」

「…へ?…あ、うむ」

「その割には、随分と良い女ぶりしてんなぁ」

「き、気の所為であろ。

 ほ、ほほほ本来、これは機密じゃぞ!け、決して他言するで無いぞ!」


 若干、慌てはしたものの、そのまま男にそう言ったならず者の討伐だと信じ込ませることには成功した。

 ………成功したと思いたい。


「んじゃあ、良いや。見ちゃいけないもの見て、追いかけ回されるのもご免だしな」

「ああ、そうした方が良かろう。早う、行きやれ」


 と、猫の子でも追い払うようにして、手を払う。

 男は、そんな私の仕草に対して、困ったように肩を竦めただけだ。


 踵を返した。

 その時、ふと横目で見た男の横顔が、丁度月明かりに晒されていた。


「(なんじゃ、あの傷…?)」


 月明かりの下、ケープを被っていながらも尚、その整った鼻梁が浮き彫りになる。

 高く整った鼻に、男らしく形の薄い唇。

 目元は完全に影となって隠れてしまっているが、鼻や口元の造形を見るに悪い顔では無いのだろう。


 ただ、ひとつ気になったものがあった。


 その頬には、耳までばっさりと切られたような傷があったのだ。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。


今更になって、本編をワード文書で作成し始めました。

ワードのスペシャリストの資格を持っているのにも関わらず、今までサイトで投稿していた作者は阿呆でしょうか?

ワードの機能は、なかなか優秀ですね。

検閲や文章校正、置換等を使うと誤字脱字乱文も修正がらくらくでした。


ですが、やっぱり誤字脱字が発生する作者の節穴具合。

………目の病気でしょうかね。

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