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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、女蛮勇族救出戦線編
82/179

71時間目 「課外授業~一難去ってまた一難~」2 ※流血表現注意

2016年5月10日初投稿。


続編を投稿致します。


71話目です。

※今回もまた、流血表現が多数含まれておりますので、苦手な方はご注意ください。

***



 月が中点を差し掛かった時刻。

 宵闇に包まれた森や月明かりに浮かぶ街道には、動く影も少ない。


 日が落ちると同時に、昼間の陽気は薄れ行く。

 気温も随分と下がったこの時刻、好んで行動を起こそうと言う物好きな者はいないだろう。

 夜行性の魔物達の不気味な唸り声だけが響く、欝蒼とした森と静寂に満たされた風景が広がるだけだった。


 しかし、月明かりの下、朧気に浮かび上がる街道を走る馬の列があった。

 赤毛と栗毛の馬を筆頭に街道を疾走する馬の列は、見る限りでは10頭を超えている。


 騎手は黒や茶等の簡素な外套を翻すのみで、目立った防寒をしているようにも見えない。

 後背には甲冑を纏った騎士と思しき集団も見受けられる。


 しかも、先頭を走る馬の列の横合いには、赤い髪を翻した少年の影が並走していた。

 普通でありながらも、異常な光景。


 そんな事を当たり前としてしまっている様子の馬列の人間達は、宵闇の中を、風を切って進んでいた。



***



「そろそろだ!」


 先頭を走っていた栗毛の馬に乗ったローガンが、鋭い声を上げた。

 外套に隠されながらも漏れ出た髪が、月明かりの下で赤銅色の輝きを見せている。


「オッケー!頼むぞ、間宮!」

「(了承です!)」


 それに応えるようにして、オレが乗っていた赤毛の馬の手綱を引いた。

 馬が抗議の嘶きを上げて、その場でゆっくりとその脚を止める。


 その後、後背に続いていた馬の列も、続々と馬の脚を止めて行く。

 そんな中を、馬と並走するという並外れた脚力を見せていた間宮が先行し、宵闇に沈んだ森の中を何かを探るようにして首を巡らせる。


 何度かその小ぶりながらも高く整った鼻をひくひくと動かしていたかと思えば、彼はある一点を指し示した。

 どうやら、この場に残された匂いは、時間が経っていたとしても残っていたようだ。

 彼が指し示した方向は、今まで進んでいた街道から、やや北西に逸れている。


「………お前の血の臭いは、まだ残っているな」

「ああ。………正直、ここまでの出血だったとは思ってもみなかったが、」


 森の中には、微かに血臭が紛れ込んでいる。

 そんな中を、先ほどまで走らせていた馬を歩かせるようにして移動を続けると、ふと横合いのローガンが小首を傾げた。

 その表情は、どこか胡乱気だ。


「だが、間宮は本当に獣人では無いのか?

 時間が経ち過ぎていて、私でも血臭以外を感じ取る事が出来ないのだが、」

「安心しろ。間宮は間違いなく人間だから。ついでに、お前もオレもお互いに風邪気味だってだけだ」


 間宮の種族勘違い問題に関しては、この際別の話。

 苦笑を零して、お互いの体調の不備を指摘する。

 オレも今回ばかりは、鼻が利いてくれないので、この後の道のりに関しては間宮を頼るほか無い。

 ただ、風邪気味と言うのは本当の事だし、不備のある体調の中でこのような無茶な行動をしていると言うのは自覚している。

 そんなオレ達には、いかんせん背後から鋭い視線も突き刺さっているが。


「自覚をしておるなら、もう少し行動を自重せぬか」


 馬首を巡らせ、オレの隣へと並ぶ、小柄な外套姿。

 彼女は、既に200年以上を生きる長命な森子神族エルフであり、『太古の魔女』と言う冒険者の中では有名な異名を持つ、ラピスラズリ《ラピス》。

 外套の中から銀色の髪の光が漏れ、更にはフードの影から覗く顔立ちは美麗の一言に尽きる。


 ただ、既に出発当時から胡乱気な表情が変わる事は無い。


「えっ?いや、そう言う意味で言った訳じゃなかったんだけど。

 言うなれば、お互い鼻が利かないよねぇ、って世間話程度だっただけで、」

「………本に、賢しら口だけは回る」


 そんな彼女の皮肉とも嫌味とも言えない言葉を聞き流したオレは、苦笑を零しつつも素知らぬ顔で彼方を眺めておいた。


「無理はしていないんだな?」


 ラピスに続いて、更に背後から掛けられた重厚な響きを持った声に、若干ぴくりと反応した手指。

 確認するまでも無く、その聞き慣れた声は、ゲイルのものだと分かっている。


「………無理はな」

「………なら良い」

「………テメェに心配される筋合いはねぇ」


 彼は、外套は着こんでいるもののフード自体は被っておらず、腰ほどまで垂れる黒髪と端正な顔立ちを夜風に晒していた。

 ちなみに、今回この馬列の後方に続いている騎士達も、彼の部下達であった。


 そんな彼の問いかけに対して、オレは相変わらず硬質な声音で答える。

 まるで、彼からの質疑も気遣いも不要だと拒絶しているかのようだった。


 ゲイルの表情にも、苦々しいものが混じる。


「(………随分と、根に持っているようだな)」

「(そりゃそうでしょ。裏切り者なんだから)」


 そんなオレ達のやり取りを、更に後方で眺めていた2人の青年と少女が顔を寄せ合ってひそひそと小声を洩らす。

 闇小神族ダークエルフライドパーズ(ライド)とアメジスエル《アメジス》。

 お互いに、闇小神族ダークエルフ然りとした浅黒い色の肌と、色の薄い唇、そして発色の綺麗な水色の髪をした兄妹であった。


 ただ、その小言が、オレ達どころかゲイルにも聞こえているのは、ちょっと問題があるからやめてね。

 確かに、掌返しは受けたけど、別に裏切り者だとかは思って無いから。


 ………まぁ、似たようなものなんだろうけど。


 校舎の時同様に、またしても微妙な雰囲気となってしまった。


 そんな微妙な雰囲気の中を、10頭を超える馬の列が、間宮先導の下、街道を道なりに進む。


 周りを森に囲まれた街道は、月明かりの下で合っても薄暗い。

 しかし、そんな薄暗い中を、更に暗がりが続く森の奥を指し示した間宮の後に続けば、枝木にフードが引っ掛かり、馬も途端に進むのを嫌がり始めた。

 そろそろ、馬で進むことも支障が出始めたようだ。


「仕方ない。想定の範囲内だったし、ここからはオレ達だけで行動しよう」


 溜息混じりに、馬から降り立ったオレは、間宮に手伝って貰いながら馬の鞍に掛けていた荷物を解き、背中へと担ぎ直す。

 後を続くようにして、ローガンも馬から降り、腰に佩いていたハルバートを背中に吊るし直した。


「………無理をしないという約束は、」

「………無理はしていない」


 そんなオレの行動を見て、更に眼を細めて諌めようとするゲイルの言葉は、先ほどと同じく硬質な声で跳ね返しておく。


「………銀次、馬はどうしやる?」

「騎士団の連中に預けるよ。これ以上は、進めないだろうから、」


 そう言って、馬から降りようとする彼女へと手を差し出した。


「………?」


 一瞬、きょとりと眼を瞬かせた彼女が、ややあってオレの手を取ると、そのまま軽やかに馬から降り立った。

 ………軽やかって言うか、随分と小慣れてたな。

 多分、必要無かったんだろうけど、一度差し出しちゃったものだし、まぁ良いか。

 ちょっと恥ずかしいけど。


「意外と、お主は紳士たる者を心得ておるようだの」

「………意外と、ってのは余計だ」


 そんな軽口を叩きつつ、


「馬はこの場に置いて行く。

 この先は徒歩での移動になるから、各自周囲への注意を怠らないように、」


 これから、行動する事になるだろう間宮、ローガン、ラピス、ライド、アメジスの5人に対し、目線だけを巡らせて、そのまま脚を進めようとした時だった。


「お前、オレ達騎士団を何の為の護衛だと思っているのだ?」


 ぐい、と掴まれたのは右肩で、掴んだのはゲイル。

 今回ばかりは流石に耐えかねたようで、勝手に行動を開始しようとしたオレを、彼が無理矢理制止した。


 改めて見た彼の表情には、苦々しさと同時に怒りが見受けられる。


「………外壁の外に出た時、万が一逃げ出さないようにする為の監視だろ?」

「………ッ、そういう意味では無い!お前に何かあっては、こちらとしても困るから…ッ」

「困るだろうな。技術開発も受けられなくなるし、今後二度とお前達に協力体制なんて取れないんだから、」


 そうじゃないと、こんな王国最大の戦力を貸し出されたりしないだろう。

 監視、牽制、ついでに技術提供を引き換えにした、オレ達への押し付けの恩賞も兼ねていると分かっている。


 でも、


「先に掌を返したのは、お前だ」

「……ッ!」


 もう二度と、裏切られない事を祈っていたが、その祈りは虚しく覆された。


「そして、お前の部下達も連帯責任だ。

 監視だろうがなんだろうが、勝手にすれば良い。

 だけど、オレ達の行動を制限する権限は、もう既にお前達には無い」

「………あ、」


 そのまま、彼の手を振り解くようにして払えば、呆然とした顔のゲイルがオレを見下しているだけだった。

 その瞳には、縋るような思いが滲み出ている気がしたものの、オレはそれを無視して踵を返す。


「………い、良いのか?ギンジ。

 前の時は、兄弟のように仲睦まじかったと言うのに、」

「………もう、あの時とは違うからな、」


 戸惑った様子のローガンが、すれ違いざまに落として来た小声での言葉。

 それに対して、オレも小声で返した。


 またしても、微妙な雰囲気がオレ達の間に流れている。


 間宮はオレへと視線を向けたまま静かに佇んでいるだけ。

 ラピスはどこか気不味そうに、オレとゲイルをちらちらと見ているだけ。

 ライドもアメジスも事情は察知しているので、干渉はしないスタンスのままだった。 


 だが、


「………お主は、このままで良いのか?」


 そんな微妙な雰囲気の中、口火を切ったのはラピスだった。

 思わず、オレも脚を止めてしまう。


 しかし、ラピスの発した声は、脚を止めたオレに対してではなく、どうやらゲイルに対してだったようで、


「このままで、良いのかと聞いておる。

 なんぞ、口を無くした訳ではあるまいし、この際はっきり言ってはどうじゃ?」


 どうやら、彼女もこの微妙な雰囲気の中、耐え兼ねたらしい。

 おそらくは、オレ達の不和を齎した原因が、自身にあると勘違いでもしているのかもしれないが。


「………ラピス。今回の事は、オレ達の問題だ。アンタは、関係ない」

「関係ないとは、良く言ったものじゃ。

 元々、お主が私やシャルを庇護下に置いた事で、この男の父親への足掛かりにされたのでは無かったかや?」

「………それだけじゃない」

「だが、それも含まれておるのは、事実じゃろ?」


 そう言って、ラピスはオレへと真っ直ぐに、視線を向けてきた。

 緑がかった青色の瞳に射抜かれて、不意に心苦しくなってしまったのは、果たしてオレも後ろめたさでも感じているのか否か。


「これ、いい加減黙りこくっておらんと、言いたい事を言ってしまやれ!」


 そして、再三の叱責の声と共に、ゲイルへと今度は鋭い視線を向ける。

 声音からして、いつまでも愚痴愚痴と鬱陶しい、というニュアンスが伝わって来てしまった。


 そんなラピスからの叱責を受けたからか、


「………済まない、ギンジ」


 ややあって、ゲイルが口にしたのは謝罪の言葉だった。


 そう言えば、彼からの謝罪は、あのメタメタに叩きのめした時以外、聞いていなかったな。

 ただ、謝罪を受けたからと言っても、今回の事が無かった事になる訳では無い。


 オレは、彼に背を向けたまま、次の言葉でもあるのかと黙っておいた。


「………。」

「………。」


 しかし、それ以上、彼からの言葉は続かない。

 イラっとしたのもご愛嬌で、オレは苛立ち混じりのままに胸元へと手を伸ばす。


 シガレットの箱を探そうとして、しかし、その手は遮られた。


「………お主の気持ちは分からんでもない。

 私とて、そこな女蛮勇族アマゾネスに対して、まだ怒りを収めた訳では無いからじゃ」

「………。」

「………ッ」


 オレの行動を遮った手はラピスのもので、そんな彼女がふと漏らしたのはローガンへの恨み事。

 一瞬、なんで?と思ってしまった。

 そして、突然話の表題に上がってしまったローガンは、息を呑んでいる。


 しかし、今までの彼女の行動を思い返せば少しだけ合点が行った。


 オレがハルバートで貫かれた時、彼女は丁度背後にいた。

 背中から突き出た切っ先も、見てしまったことだろう。


 その時に触発されてしまったトラウマの影は、今も彼女の瞳に色濃く残ってしまっている。


 つまり、


「………お主が私達を害されそうになって怒りを感じたように、私とてお前を害した女蛮勇族アマゾネスへの怒りを感じておる」


 まだ、彼女も振り上げた拳を、握り締めたままだと言う事。


「………でも、今はそれは、」

「そうじゃ、関係ない。お主と青二才との間の不和に関しては、じゃ」


 彼女も認めたように、今、この時のオレとゲイルとのわだかまりに関しては、関係が無い。

 しかし、彼女の言い分は分かった。


 ローガンの妹さんを救出する為に、彼女はその怒りの矛先を抑えてまで、同行していると言う事。

 そうしなければ、今回の救出作戦に支障が出ると、彼女自身が自制しているからだ。


 ………ああ、もう分かったよ。

 ラピスの言いたいことは、そう言う事だ。


「………分かった。アンタの言うとおりだ。今回だけは、その件には触れない事にする」

「そうじゃ。だから、今だけは青二才の言い分だけでなく、その謝罪の言葉も少しは真摯に聞いてやれ」


 見ていて、イライラとするのじゃ。

 そう言って、オレの手を離したラピス。


 オレも、その手が離れるのと同時に、もう一度踵を返し、ゲイルへと向かい合う。


 今にも、泣きそうな表情をしていたゲイルへと。


「………水に流す事は出来ない」

「………分かっている」

「………でも、今は緊急事態だ」

「………それも、分かっている」

「………謝罪に関して、受領した訳じゃない。

 あくまで、一時的にではあるが、テメェの一件に関して忘れておくだけだ」

「………ああ、それで良い」


 交渉成立、という訳では無いものの、オレは先ほど胸元に入れていた手を、彼の前へと差し出した。


「救出作戦の為に、お前の力を借りる。お前の部下達の力もだ」

「………喜んで」


 がっちりと、握られた掌。

 久しぶりに彼とした握手は、いつの間にか対等とはほど遠くなっていた。


 ただ、ローガンの為にも、その妹さんの為にも、今一時だけはこの悪感情を拭い去っておく。

 背後で、間宮とラピスが満足気に頷いていた。

 ローガンは、難しい表情をしたままで、オレ達の様子を見ていた。


 まぁ、なにはともあれ、今だけはオレも怒りは忘れよう。

 握り締めた手が離れたと同時、オレ達もお互いに意識を切り替えた。


「さっきも言ったように、騎士団の連中は馬を預かって貰い、ここで待機だ」

「ああ、了承した」

「テメェは、自由にして良い。今回、作戦に関しては隠密となるだろうから、人数は絞っておきたい」

「分かった。オレも、ここで待機する。だが、何かあればすぐに知らせてくれ」


 先ほどとは違う、一方的では無い指示を終え、改めて踵を返す。

 その先には、にんまりと笑った間宮と、満足そうにしているラピス。


 そんな2人の様子を見ると、ついつい可笑しくなってしまった。

 間宮に対しては、どっちが師匠なのか分かりはしないし、ラピスに対しては、こんな風に諭されてしまうとは思ってもみなかったから。


 まぁ、良いのか悪いのか、と言えばどちらかと言えば今の方がまだ気分は良い。


「じゃあ、出発するぞ。間宮は、このまま先行してくれ」

「(こくり)」

「間宮の後ろは、オレ。ラピスはオレの後ろで、絶対に離れないように」

「あい、分かった。戦闘に関しては、私もまだ心許無いでな、」


 間宮は先行ついでの、斥候だ。

 ついで、オレはそんな彼の背後からのアシストに努めると同時に、ラピスの護りも並行して行う。


「ローガンは、ラピスの後ろだが、オレの背後や死角を補って欲しい」

「………ああ」

「ライドとアメジスは、後方警戒とその支援。頼めるな」

「任せろ」

「あいよ」


 フォーメーションを決め、改めて欝蒼とした森の中へと眼を向ける。

 魔物の唸り声は、遠からず少なからず、聞こえている。


 森の中で行動するのは、これで何度目になるのだろうか。

 今回は、『クォドラ森林』のような、迷路と化してはいても比較的魔物が少ない森とは違う。

 事前情報で、北の森は西の森程では無いが、凶暴性・レベルの双方が高い魔物が分布していることは知っている。


 そんな森の中を、今からこの少人数で動き回ると言う事に、若干の不安を感じない訳では無い。

 しかも、相手は長距離射撃を可能にしている相手であり、そんな相手の目的も構成人数も、ましてや何者であるかという事すらも分かっていない。


「こんな、無茶苦茶な手探り状態の突入作戦は、久しぶりだな」

「(………オレも、初めてです)」


 かつては、師匠に連れ回されて戦場に放り出されたりしたものだったが、ここまで無茶苦茶な作戦の指揮を執る事になったのはいつ以来だろう。

 少なくとも、5年以上前だと言うのは分かっている。


 少しだけ、手が震えていた。


「行くぞ。まずは、匂いを辿って、奴等の行き先を確かめる。

 お前の妹さんの救出に関しては、ねぐらを特定してから、慎重に行うからそのつもりで、」

「………分かった」


 不承不承とした様子のローガンには悪いが、先に釘を刺しておく。

 本当は、無茶苦茶に大暴れしてでも妹を助けたいと考えているのだろうが、こっちの生存確率を上げてからの事となる。

 気持ちが分からんでも無いので、心苦しくはあるが。


「武運を祈る」

「ああ」


 フォーメーションも組み終えて、作戦方針も決まった。

 そんなオレ達の背後に掛けられたゲイルからの声に、今度はおざなりでは無く返答を返しておいた。


 ………そう言えば、こうしてゲイルが待機をして、オレが作戦遂行ってのは割と初めての事かもしれない。

 なんだかんだで、いつも行動を共にしていたし、ついでに結構な頻度で振り回されたし振り回したりもしていたから。


 彼の視線を背後に受けながら進み出した時、どこか侘しい気持ちにさせられてしまった。


「………。」

「なんだ、間宮。前を見ないと、すっ転ぶぞ」


 そんなオレのふとした感情に目敏く気付いたのかは定かでは無いが、間宮がふと後ろを振り返りながら器用にも森の中を進んでいる。

 すっ転ぶと言ったというのに、その足下に淀みは無い。


「(………少し、素直になった方がいいと思います)」


 突然、そんな事を言われてしまった。

 口には出していない声無き声だったとしても、間宮の言葉は的を射ていた。


 勿論、オレ自身が素直じゃない事は、自他共に認めているからな。


「素直じゃないから、なんだってんだ。

 もう24年もこの性格と付き合ってんだから、今更変えようが無ぇっつうの」

「(………じゃあ、少しは素直になれるようにしましょうか?)」


 そう言って、にっこりと笑った間宮。

 思わず、鼻白んでしまったオレは、悪くなかったと思う。


 仮にも生徒とはいえ、弟子が師匠に向かってよくもまぁ『素直になれるようにしましょうか?』なんて言えたものだな、と。


 しかし、


「………おい、お前何をして、」


 ふと立ち止まった間宮が、腰元のポーチから取り出したのは縄だった。


 一瞬、本気で緊縛されてしまうのかと焦ってしまい、脳内に弟子マミヤにリードを引かれる師匠オレという非常にシュールな図が再生された。


 だが、


「………ッ、うおッ!?」

「うわあ!!」

「なんぞ!?」

「………何をしているのだ?」

「ちょ、ちょっと何してんの!?」


 彼が取り出した縄が、オレに向けられることは無かった。

 その場で、縄の先端を輪っこにしたかと思えば、カウボーイのように間宮が縄を投げた。


 それは、オレやラピス、ローガン、ライド、アメジスの頭上を飛び越え、木の隙間すらも縫うようにして、後方へと放られる。

 そして、ジャストなのかなんなのか、ぱさり、と輪っこが掛けられた。


「………え、あ?はっ?」


 先ほどオレ達が背中を向けた筈の、ゲイルの首に。


 オレ達が驚いて振り向いた先では、呆然とした様子で自身の首に掛けられた縄を見ているだけのゲイル。


 ………おいおい、お前は何をするつもりだ?


 そして、オレも同じく呆然としたまま目線を間宮へと戻せば、


「(………盾ぐらいには、なってくれるでしょうから)」


 やはり、にんまりとしたままの間宮が、先ほど放り投げた縄の先端を、あろうことか引っ張った。


「ご…ッ、は…ッ!?」

『き、騎士団長ーーーーッ!?』


 背後からの悲鳴で、オレは何があったのかはすぐに分かった。

 縄の先端を引っ張れば、その逆側の先端にある輪っこも当然引っ張られる訳で、その輪っこが掛かっていたゲイルは当然、その縄に引っ張られて首を絞められーの引っ張られーの。


 つまり、


「………確かに、盾としては申し分無いだろうけど、」

「………災難じゃのう」

「(これで、鉛玉が飛んできても、少しは安心です)」

「………それ以前に、死ぬ!死ぬから…ッ!!」


 待機の筈が、結局オレ達のパーティーへとゲイルが仲間入りした。

 一本釣りされた魚のような有様で。



***



 どうでも良いアクシデントもありつつ、捜索パーティーを7人に増やしたオレ達。

 フォーメーションは少しだけ変わって、斥候兼先導に間宮、前方警戒にオレとラピス、左右への警戒にゲイルとローガンで、後方警戒にライドとアメジスとなった。


 欝蒼とした森の中、目印にされても困るので、灯りは一切使わずに進む。

 足下は若干おぼつかないとはいえ、間宮とオレ、ライドとアメジスは元々夜目を鍛えていると言う事もあって支障は少なく、ラピスが『聖』属性魔法の『暗視ナクトビジョン』を使えた。

 オレ達以外は、その魔法の恩恵に預かっている為、ゲイル達も今現在は比較的順調に森の中を進むことが出来ている。


「しかし、間宮は何の匂いを頼りに動いているのじゃ?」

「どうやら、オレ達と似たような匂いってのがあるらしいんだけど、オレも正直言って分からないんだ」


 ふと、疑問を投げかけられたのだが、オレも今現在は鼻が利かないこともあって不明。

 正直に分からないと、苦笑交じりに彼女へと告げれば、


「(ローガン様に残っていた、金木犀の香りを辿っています)」

「金木犀?」


 間宮が補足をしてくれたようで、振り返りながらの唇の動きでなんとか『金木犀』という単語だけを拾う事は出来た。

 ただ、金木犀の香りを辿っているというのは?


「………妹が使っている香袋だ」


 難しい顔をしたローガンが、背後で唸るような声で呟いた。

 どうやら、妹さんが攫われる前に持っていた香袋の匂いが、ローガンに移っていたようだ。


「確か、襲われる前に近くの川で水浴びをしていた筈だったから、香りも強く残っていたのだと思う」

「それは、僥倖だ」


 今は、それを頼りに間宮が匂いを辿っている。

 血臭で搔き消されていなくて良かった。


 ちなみに、ローガンの妹さんの特徴等も、情報として受け取っている。

 赤い髪はローガンと同じく伸ばしているとの事で、こめかみ辺りの髪を後ろで括り、所謂ハーフアップの髪型をしているらしい。

 ハーフアップにした髪留めとして、翡翠を加工した髪飾りを使っているとも聞いた。


 しかし、匂いに関して、順調だと思っていたのは少々、早合点であったようで、


「(ただ、金木犀とは別に、可笑しな匂いも混じっておりまして、)」

「………異世界人の匂いか?」

「(それもあるのですが、おそらく草木か何かが燃えているような匂いがしております。

 自棄に甘ったるいというか、麝香じゃこうか何かに似たような匂いです)」

麝香じゃこう?」


 麝香じゃこうというのは、香料や生薬の一種であり独特の香りがある。

 ちなみに、雄のジャコウジカの腹部にある香嚢(ジャコウ腺)から得られる分泌物を乾燥したものだ。


 そんなものの匂いがすると言う事は、この近くに似たような匂いを産生する生物、もしくは植物があるということになる。


「でも、燃えている匂いって、言わなかったか?」

「(はい。焚き火か何かの匂いもしておりますね)」


 おっと、それは結構有力な情報のような気がする。


「間宮、一旦止まれ」


 指示を出し、その場で行動を一旦停止する。

 藪の中にしゃがみ込むような形を全員に取らせ、オレは腰元のポーチから、暗視機能付きの双眼鏡を取り出した。


 出立の前に、物置からライフルやその他諸々を持ち出した際に、一緒に持ってきたものだ。

 森の中を捜索する事は分かっていたので、念の為に持ち出しておいたがやはり正解だった。


 双眼鏡を覗き込み、辺りをくまなく確認する。

 間宮の言っていた焚き火の匂いが本当なら、今もどこかで煙が上がっている筈だ。


「ビンゴ。南西2時の方角に、それらしい煙が上ってる」

「………見つけたのか?」

「こんな場所で焚き火をしているただの冒険者でなければな、」


 間宮に位置を知らせ、双眼鏡を腰元へと戻す。


「………気を付けろ、ギンジ。もし冒険者だったとしても、この森の中で焚き火を出来るのは相当の腕前だ」

「だろうな」


 小声でぼそりと落とされたゲイルの声に、オレも表情を引き締める。

 この森の危険度は、事前情報でも分かっている通り、レト達のようなAランクのパーティーの冒険者や、Aランクを含む下位ランクの複合パーティーなどで形成された冒険者で無ければ、立ち入る事は出来ない。

 冒険者ギルドで詳しい誓約がある訳では無いが、何かがあったとしても死亡せず、また自力で戻ってこられるレベルが要求されるからだ。

 つまり、この森にいる時点で、オレや間宮、ゲイルと同じレベルと言っている事と同義。


 とりあえず、背中に背負っていたライフルを手元へと引き寄せ、暗視スコープとサプレッサーを追加。

 ついでに、セーフティも躊躇なく外した。


 今後、もしかしたら戦闘も有り得るというのは、覚悟している。


 間宮やゲイルは心配せずとも良いが、ローガンは本調子では無い為、戦闘面では少々不安がある。


 ラピスに関しても、今更ではあるが病み上がりの為、過度な期待をするのも酷だと分かっているし、ライドとアメジスもそれなりの強さは持っているが、どこまでやれるのかは正直分かっていない。


 ………少々、人数が少な過ぎたかもしれない、と今更ながらに不安が過る。


「………分担を決めよう。オレと間宮は、斥候。中堅にローガンとゲイル。ラピス、ライド、アメジスは後方支援と同時に、退路の確保に努めて欲しい」

「(了承しました)」

『了解』

「分かった」

『受領した』


 フォーメーションとは別に、役割分担を決め、各々の返事を聞いて頷きを返す。

 飽く迄、保険だと考えてはいながらも、そのままのフォーメーションでの警戒を続けながら、欝蒼とした森の中を更に進んだ。


 先程見えていた焚き火らしき煙は、どうやら間宮が嗅ぎ取っていた匂いと混じってしまっているらしい。

 ただ、森の中に残っている金木犀の香りとやらも、同じ方向に続いていると言う事で、煙を目指して進むことにしている。


 北の森は、以前の合成魔獣キメラ討伐作戦の帰り道で、オレも歩いたことがあったのだが、夜になると一層暗さと不気味さが際立っていた。


 しかし、ふと気にかかる。


「………魔物が、いないな」

「それ、オレも思った」


 オレの疑問と同じ事をゲイルも思っていたらしく、オレが口を開くよりも先に彼が懸念を露にした。


「………ふむ。もしかすると、この地域一帯、魔物が離れておる可能性は高いのう」

「どういうことだ?」


 そんなオレ達の疑問に、ラピスがフードに隠れながらも難しい顔をして唸ったのが分かった。

 振り向きざまに彼女へと、視線を向ければ、答えは何故かローガンから返ってきた。


「どこかで嗅いだ事のある匂いだと思ったが、もしかすると魔物避けが焚かれていないか?」

「何それ?」


 久しぶりに聞き慣れない単語を聞いて、思わずローガンへと胡乱気な表情をしてしまう。

 ただ、彼女はそんな顔をされるとは思っていなかったようで、言い淀むようにして「うっ」と口を噤んでしまう。


 ………怖い顔をした覚えは無かったのだが、NGだった?


「文字通り、魔物が寄せ付けない為の薬の一種じゃ。

 魔物が嫌がるいくつかの香草や薬草を混ぜて、焚き火や篝火で焚くだけで半径1里は魔物が近寄って来なくなる」

「………そんなものがあったのか」

「形状は、冒険者によって様々じゃったが、玉型か香袋が一般的じゃな」


 と、最終的なラピスの説明のおかげで、理解が出来た。

 可能性としては、先ほどからオレも感知し始めた麝香じゃこうの匂いが、その魔物避けの一種に当たるのでは無いか、と。


 そうなると、少し問題が出て来る。

 間宮やオレもそうだが、ローガンもだ。


「………鼻は大丈夫か?」

「(そろそろ、キツクなって来ました)」

「いまのところ、私は大丈夫だ」 


 間宮は、そろそろ限界が近いのだろう。

 そのうち、鼻が利かなくなってしまう可能性も高いので、ハンカチを渡しておいた。

 一方のローガンは、オレと一緒で風邪気味の為、今のところは表面上では問題は無いようだ。


 ラピスとライドとアメジスは、最初の段階で嗅覚がそこまで優れていないことは分かっていた。

 なので、問題無しと判断し、そのまま森の中を進む。


 会話をしながらも、移動は続けていたので、森の切れ間から煙や火の明かりも見え始めている。

 オレ達が進んでいる森側が、崖のような傾斜を持っており、しばらく上り坂が続いていた。


 だが、そのおかげで、森の切れ間に到達した時、藪に隠れながら見た焚き火の様子を一望する事は出来た。


「………あばら家が一軒。見張りが、2人」


 オレが藪の中に隠れつつ、双眼鏡で見た先には、周囲を崖のような斜面に囲まれたテニスコート程度の盆地の奥に、今にも崩れ落ちそうな程損壊したあばら家。


 可笑しなことに、そのあばら家の前ではご丁寧に、篝火を焚いた上で見張りをしている男が2人も見受けられた。


 あれは、明らかに不自然だ。

 あんな今にも倒壊しそうなあばら家だと言うのに見張りを付けていたんじゃ、中にも人がいるなんて事が丸分かりじゃないか。


「まさか、こんな所に人が住んでいるとは、」

「どちらかと言うと、住んでいると言うよりはねぐらにしているだけのように見えるがな…」


 危険度の高い森の中、その篝火の焚かれたあばら家の一角だけが、不自然に見える。

 住んでいると言うよりも、間借りをしているだけのようだ。


 ただ、見張りの男2人の服装や立ち姿を見ると、どう見ても冒険者とは思えない。

 2人とも、黒色の長袖のチョッキかジャケットのようなものを着ているし、防具らしい防具は身に付けていない。

 武器も、剣帯を腰に吊っているだけで、他に目ぼしい物は持ってはいない。

 ローガンを狙撃したであろう火縄銃の影も形も見えないが、一応は警戒を続けた方が良さそうだ。

 しかも、髪も口周りも生え放題で、野卑で草臥れた共通の格好をしていると言う事は確かである。


「あの篝火から、赤っぽい煙が上がっているのは分かるか?」

「えっ?ああ、そういえば、」


 ふと、同じく藪の中に隠れながら、ローガンが篝火を指し示した。

 彼女の言うとおり、確かに篝火の煙には、白い煙とは別の赤っぽい煙が上っていた。


「あれが、魔物避けだ。香草の等の影響で、煙に色が付く」

「………なるほど。あれで、魔物を寄せ付けないようにしている訳か…」


 先ほどまで感じていた麝香じゃこうにも似た匂いも強くなっている。

 どうやら、煙を目指して進んできたのは、正解だったようだ。


「………間宮、まだ匂いは分かるか?」

「(確証はありませんが、あのあばら家に続いているようです)」


 念の為、もう一度間宮に匂いを確認して貰ったが、ローガンの妹さんが残していた金木犀の香りも、あのあばら家に続いているようだ。

 ただ、彼は既に鼻が限界のようで、先ほど渡したハンカチに顔を埋めつつ眉間に皺を寄せている。


 頑張ってくれて、ありがとう。

 もう目的地は判明したから、そのまま口元を覆っておいて構わないよ。


「………つまり、アイツ等も誘拐犯の仲間か?」

「分からん。ただの冒険者と言い張るには格好がラフ過ぎるし、そもそもそこまで強そうにも見えない」


 後ろから覗き込んできたゲイルに、率直な意見を返す。

 見た目と立ち姿、ついでに気配の在り方を感じ取ると、どう見ても素人にしか思えない。

 念の為、双眼鏡をゲイルやローガン、ラピス達にも回して確認して貰ったが、全員の見解が一致した。


 ただ、ローガン達は覗き込んだ先では無く双眼鏡を、物珍しそうに興味津々で見ていた。

 ………欲しいとか言わないでよ?

 それも、一応は校舎の備品扱いになるから、あんまり流出させたくないんだし。


「あばら家の近くに、荷台がある。あそこの一番上に載っているのが私たちの荷物だ」

「おっと、これまたビンゴだな」


 今更だったが、ローガンは双眼鏡無しでも、この距離で見えているらしい。

 ライドやアメジスも同様だったが、山育ち森育ちだから目が良いってレベルじゃないと思うんだけど。


 そんな彼女の言葉通り、双眼鏡を覗き込むと、あばら家の横合いに大八車があった。

 荷台には、今日オレ達がラピスの家から搬入して来た量と同じぐらいの荷物が積載されており、見るからに盗品だと分かる袋も見受けられた。

 何度か見た事のある、『異世界クラス』の校舎でも取引をしている商会の袋があったからだ。


 まぁ、閑話休題それはともかくとして、 


「『探索サーチ』をして、中を確認する。

 しばらく、オレが使い物にならなくなるから、周囲の警戒は任せた」

「(こくり)」


 間宮へと警戒を任せながら、眼を閉じる。

 昨日からのアグラヴェインとのマンツーマンのおかげで、簡単な魔力の調整だけは出来るようになっていた。

 なので、今回は彼にお願いをすること無く、『探索サーチ』を開始した。


 多少の月明かりはあったとしても、辺りは真っ暗で闇には事欠かない。

 割とすんなり、闇の中で視点を移動させ続けると、簡易な箱か何かの影から、あばら家の中を覗き込む事が出来た。

 これ、考えたオレが言うのも難だけど、めちゃくちゃ便利。


『………明日にでも、街に行きゃあ良いじゃん』

『でも、どうやって、持ち込むんだよ』

『そんなの、今まで通りで良いだろ?』


 『探索サーチ』で覗き見たあばら家の中には、男が3人。

 見張り達と同様に、髪を伸ばし放題だったり鬚も生やし放題だったりな2人の男が、なにやら言い合いを続けている。


 ただ、一人だけ小綺麗にしている少年らしき姿があり、そんな彼は三角座りの格好で言い合っている男2人を傍観しているような状況だ。


 そんな彼等の奥には、明らかに男とは違うシルエットが床に転がっているのが見えた。


『(やっぱり、ビンゴ。

 赤い髪に、翡翠の髪飾り。妹さんで間違いなさそうだ)』 


 伸ばされた髪と翡翠の髪飾りもそのままで、見るからに衣服や身包みを剥ぎ取られた様子は見られない。

 念の為、彼女の傍の影へと視点を移せば、多少埃にまみれ口元が切れてはいるものの、目立った怪我も無く眠っている少女が見えた。


 ………って、おいおい。


「彼女、本当にお前の妹さん?」

「見えたのか!?…って、それはどういう意味だ!?」

「これ、騒ぐでない!」


 オレが影を使って見えたのは、ローガンとは似ても似つかない可憐な少女であった。

 ただし、額にあった角と控え目ではあるが口元から上向きに覗く歯を見る限り、彼女が女蛮勇族アマゾネスである事は分かった。


 思わず、信じられない気持ちでローガンを見てしまう。

 大事なことだから、二度見までした。


 しかし、そんなオレの反応が気に食わなかったのか、彼女が怒鳴り声を上げた。

 瞬間、間宮が『風』魔法で防音の障壁を張ってくれたのだが、どこまで彼女の怒鳴り声が聞こえたものか。


 見れば、見張りの2人が顔色は見えずとも、首をひねっている様子は確認できた。

 ………少し、急いだ方が良いのかもしれない。

 主にオレの背後から感じる剣呑な視線から逃れる為にも。


 それに、あばら家の中で彼等が話していた内容も気になる。


 キーワードは、『明日』、『街』、『持ち込む』、『今まで通り』。


 これを額面通りに受け取るのであれば、あのあばら家を間借りしている様子の彼等は、『明日』、近郊のダドルアード王国の『街』へと入る算段を付けていて、何かしらの物品を『いつも通り』、『持ち込む』つもりでいる事だ。

 しかも、『いつも通り』と言っていた辺り、初犯では無い可能性が高い。

 そして、『持ち込む』であろう物品に関しては、ローガンの妹も含む、荷物等の中に紛れた金目の品のようだ。


 それに、先ほどローガンの妹さんの可憐さ(他意は無かったんだが)に気を取られ、火縄銃の存在を確認するのを忘れてしまっていた。

 もう一度、中を覗き見る事も出来るだろうが、緊急性を第一に考えることにした。


「………よし。二手に分かれるぞ。

 オレと間宮、ローガンとゲイルは、隠れながらあばら家に回り込む」

「私等はどうする?」

「ラピスは、この場に残って、オレ達の合図を待っていて欲しい。突入か、もしくは撤退の合はこれでする」


 そう言って、ラピスにオレが持って来ていた予備のペンライトを渡し、一通りのサインを教えた。

 魔物避けが焚かれているので、森の中での危険度は少ない。


「ライドとアメジスは、オレと間宮が突入してからあばら家に来てくれ。

 荷物や人質の解放をしたら、すぐにラピスのところまで撤退して欲しいからだ」

「分かった」

「………分かった。けど、義姉さんを一人にするのは、ちょっと心配なんだけど」

「少しの間だけじゃ。この辺の魔物程度ならば、今の私でも事足りよう」


 アメジスは、少し分担に不安を感じているようだが、ラピスの苦笑と頼もしげな言葉に折り合いを付けたようだ。


 オレは目視で、あばら家へと気付かれずに回り込めるであろう、迂回路を探す。

 丁度、オレ達の側の崖から向こう側の崖までの間、北側に森が続いていたので、このまま森の中を進んで回り込む事にした。


「じゃあ、作戦開始。所定位置に付いたら、一度合図をする」

「あい、分かった。気を付けてな」

「お前らも、気を付けろよ。鉛玉が飛んできそうなら、一度撤退しても構わないから、」


 見張りには、先ほどのローガンの声が聞こえた筈だ。

 魔物の唸り声と考えるか、もしくは空耳と考えるかは俄かに判断は出来ないが、もしあのあばら家の中の一人が扱いに長けているなら、オレ達の行動に気付いて先んじて動く可能性もある。


 ここから、オレ達も行動を慎重にした方が良いだろう。

 間宮が念の為に、と防音の障壁を張ったままだったので、ラピスにも同じように魔法を使って貰って、行動で発生する音に関しては最小限に抑えた。


 森の中を移動する傍ら、藪の隙間から見た見張り達の様子は、やはり素人然りとしていた。


 それに、ここに来るまでにも気になっていた疑問が、形になろうとしている。


 何故、彼等にオレ達と同じ、異世界人の匂いがあったのか。


 ローガンにも言われたことでもあり、間宮も気付いていたこと。

 そして、先ほど、その異世界人の匂いとやらか?と間宮に聞いた時、彼は否定をしなかった。


 考えないようにはしていたが、ふと気付けば漠然と感じた不安を考えてしまって、思った以上に集中力が削がれている事が自分でも分かった。

 やはり、オレが忌避感を感じていた通り、オレ達の知らないところで、オレ達に関係する事件があったのは確かだった。



***



 行動は迅速、かつ慎重に。

 当初の予定通りに、森を使って崖を横断し、あばら家の近くの藪に潜む。


 藪の間から、ラピス達が待機しているであろう場所へと、カチカチとスイッチを弄り、ライトを点灯させて合図を送る。

 今回は、配置に付いた旨を知らせただけだ。


「ゲイル、ローガン。

 2人は、このままあばら家の後ろに回り込んで待機して欲しい」

「………一緒に、突入では無かったのか?」

「まずは、火縄銃の相手が誰なのか確認しないと、」


 ローガンは少々残念そうな顔をしている。

 おそらく、妹さんの救出を最優先にしたいからなのだろうけど、鉛玉がいつ飛んでくるかも分からない。


 まずは、オレ達が突入して、鉛玉を一発撃たせてからだ。

 避けるか弾くか、受けるとしても、この中で生存率が高いのはオレと間宮。

 理由は、慣れているからだ。


 至近距離であっても、オレは3歩前から、間宮は7歩前からであれば銃弾を避けることが出来る。


 実は、結構なハイスペックな子弟だったの。

 ………なんて、自画自賛は置いておいて、


「行け。すっ転ぶなよ」

『一言余計だ』


 彼等を藪の中から送り出そうとしたら、揃って同じ文句を言われた。

 まぁ、息ぴったりですこと。


 なんて事もありながら、彼等も流石は手慣れているのか足音も行動音も静かに、あばら家の後ろへと回り込んだ。

 甲冑の音が若干オレ達の耳には煩かったが、見張り達は気付いていない様子だったので結果オーライ。


 ………最初、考えていた腕利きって話、もう警戒しなくて良さそうだな。

 ここまで近寄れば、見張り達どころか中にいる男達の気配まで丸分かりだし。


「さて、間宮。一つ聞きたいことがあるんだが、」

「(何でしょう?)」

「お前、殺人童貞(チェリー)は捨てているか?」


 オレ達の業界、結構シビア。

 隠語も数多く扱われているけど、つまりは殺しを一度でも体験したかどうかを聞いている。


 その問いに、間宮は一時停止。


 しかし、その行動だけで既に答えは分かった。


 同時に、オレはライフルを右腕だけで構える。

 この距離ではいくらなんでも外す事も無く、伏射体勢を取るまでも無いので、このまま雑な動作のまま照準を合わせるだけで良い。


 ちなみに、今回持ってきたライフルはアメリカ陸軍採用モデル、「M16A4」。

 銃身にプラスチックを多用していることから、「ブラックライフル」とも呼ばれる。


 「M16」、「M16A1」、「M16A2」、「M16A3」等、多数の改良の経緯のあるアサルト・ライフルだ。

 「M16A4」は、「M16A2/A3」のキャリング・ハンドルを脱着式にし、アッパー・レシーバー上部にピカティニー・レールを持つ、フラットトップ・レシーバーを装備した新制式小銃。

 ピカティニー・レールには、サプレッサーや光学照準器や暗視装置の装着も可能で、状況に応じてそれらの光学機器を付け替えられる。

 口径は、5.56mm。

 使用弾薬は、5.56×45mm NATO弾。


 そんな「M16A4(ブラックライフル)」の引き金を、オレは躊躇無く引き絞った。


 空気を叩くような音が響き、その次の瞬間には見張りの男の一人が、頭に真っ赤な血の花を咲かせた。

 頭蓋骨を容赦なく粉砕して進んだ弾丸が、見張りの男の頭から脳髄を引きずるようにして貫通する。


 どちゃ、と湿った音と共に、見張りの男はただの死体へと変わった。


 瞬間、気配が強張った気がするのは、気のせいでは無いだろう。


 隣にいた間宮も、あばら家に回り込んでいたゲイルとローガンも、オレ達の様子を見ている筈の崖の上で待機しているラピス達も。


『お、おい…ッ!?な、なんだよ!!どうしたんだよ!?』


 もう一人の見張りの男が、慌てふためいているがもう遅い。

 見張りの男は、死んだ。


 オレが、今、この指一本で、殺したからだ。


 殺されて当たり前のような事を、彼等はしてしまったのだ。


 思えば、この異世界に来てからの初めての殺し。

 オレにとっては、5年振りともなる殺人となった。


 記念すべき日だと、思った。

 それも、最悪な方向で。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

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