70時間目 「課外授業~一難去ってまた一難~」
2016年5月6日初投稿。
続編を投稿させていただきます。
ローガンさんからの突然の攻撃に、銀次先生が多大なダメージを被りました。
ラピスさんからのカミングアウトに、生徒達も多大なダメージを被った模様です。
70話目です。
※今回も軽い流血表現が含まれます。
***
ふ、と眼を覚ますと、温かいと感じる以前に熱いと感じた。
先ほどまで、気絶をしてしまった所為もあって、またしてもアグラヴェインとマンツーマン。
おかげで、彼からの嫌味や皮肉のオンパレードに背筋が薄ら寒かった気がした。
だと言うのに、目覚めたら目覚めたで、まったくの正反対な状況についつい驚いてしまった。
いや、それは今はどうでも良い。
「おや、目覚めたかや?」
「ル、リ…?い、や、ラピスか…?」
「………お主の求めている人物で無かったのは申し訳ないが、私じゃ」
そんな寝起きのオレの顔を頭上から覗き込んできたのは、顔馴染みとなったラピス。
彼女は、やはりオレの同僚兼友人にそっくりで、思わず二度見してしまって罰が悪い。
人物認識を間違われたことが気に食わないのか、彼女は若干機嫌が悪そうな顔だ。
「率直に聞くが、体の調子はどうなっておるかの?」
それでも、今はそんなことよりも、と意識を切り替えたのかオレの体の調子を聞いてきた。
ぺたり、と額を触られて驚いてしまう。
彼女の手は、思った以上に冷たかった。
「お前こそ、大丈夫か?手が冷たいぞ…ッ」
「それは、お主が熱を出しておるからじゃ。
怪我をして大量に出血した所為もあるじゃろうが、造血剤とやらを飲ませてから割とすんなり発熱しおったわ」
「あ、え…っ?…そういや、どうなった?あれ?オレ、」
………思った以上に、オレは混乱しているようだ。
こうして眠っているのも、何があったのかいまいちよく分かっていない。
先ほど熱いと感じたのはやはり勘違いでは無く、オレは毛布に布団に雁字搦めにされるような形でソファーに埋まっていた。
しかも、温い感覚が首やら腋やらに感じるのは、湯たんぽか何か?
それに、室温まで熱いと感じたのは、そろそろ使わなくても必要無いかな?と考えていた暖炉に火が入ってるじゃねぇか。
あ、でもこの状況を見て、分かった。
オレ、また低体温症か何かの症状で、昏倒してたようだ。
ただ、発熱をしているというのは、嘘でも何でも無いようで、どことなく身体が重い気がする。
毛布や布団で雁字搦めにされている所為も、勿論あると思うのだが。
「女蛮勇族から受けた傷で、出血量が多かった所為か、話の途中で倒れ込みおったわ」
「………そうだ、ローガンは?」
すぐさま思い出した、気絶する前のアクシデント。
オレがキレて痛めつけてしまった彼女の安否が知りたくて、咄嗟に起き上がった瞬間に、
「これ!重病人が起き上がるで無い!」
「……っだ…ッ!」
強かにいただいた言葉と、平手。
額に受けたその平手が思った以上に痛くて、彼女がどれだけ怒っているのかが分かる。
だけど、そもそも重病人と言っている本人を叩く必要は無いんじゃないか?
性格やちょっと手が早いところまでもが、同僚兼友人に似ているとか思ってしまった。
「お主は、他人よりも自分の心配をしなしゃんせ!」
「そうだよ、先生。もう夜中過ぎてるけど、今まで全然起きなかったんだから、」
………え?マジで?
ラピスの言葉尻に乗っかって、オレを窘めたのは榊原。
ご丁寧にも、手にはいつぞやも出してくれたコーンミルの皿。
視線だけで見た校舎の窓にはカーテンが引かれ、ダイニングも光源は数台のランプを使っている状況。
あー……やらかした。
またしても、時間を無駄にしちまったじゃねぇか。
「………多分、時間を無駄にしたとか思ってるんだろうけど、いい加減にしないとオレもラピスさんも怒るよ?」
「………そ、んなことは思っていない」
なんだろう。
………異世界に来てから、何故か榊原までエスパーになり始めていると思うのはオレの気のせいじゃないだろうか。
閑話休題。
「………それで、ローガンは?」
「はぁ。お主は、本当に学ばぬのう。………まぁ、良い。
怪我はすべて塞いで、最初の時と同じように眠らせてある。
意識はまだ戻っておらぬが、お主よりは傷も容体もまだ軽い方じゃ」
そう言って、彼女が指を指した先には、最初と同じく医務室代わりのスペース。
今度はカーテンは全開になっており、暴走防止の為にハルバートも没収され、挙句の果てには毛布の上から拘束されて眠っているローガンの姿が見えた。
こちらから見ると、まるで死体袋のような有様になっているが、彼女は大丈夫なのだろうか?
顔に布掛けたら、完成しちゃうじゃないか。
………って、それは、痛めつけられたし痛めつけたオレが言うべきことじゃないよな。
「………なぁ、オレ、やり過ぎたかな?」
ぼそり、と彼女を見ながら呟いた言葉。
今度はそれに反応したのか、ラピスの顔が一瞬のうちに真っ赤になった。
………あ、これは違う意味でヤバい奴だ。
「いい加減に、お主も学べ!正当な防衛手段じゃろ?
ああでもしなければ、お主だって殺されていたやもしれんのだぞ!」
響き渡った怒声と、またしても強かにいただいた平手。
ぴしゃり、と叩かれた額から良い音が響いたかと思えば、いつの間にやらオレ達に集中している視線。
あ、生徒達もまだ寝ないで、一緒の部屋にいたんだ。
「また怒られてるよ、先生」
「本当に懲りないんだから」
「目が覚めて安心したけど、あれはちょっとね…」
「ギンジ様は、お優しすぎますから」
「アイツ、本当に自覚が足りないんじゃないかしら…!」
「あたしも同感」
胡乱気な表情をした女子組には、こぞってお小言がいただけた。
男子達も同じく同感らしく、揃って女子組の言葉に首肯しつつ、オレへと少々険しい視線を向けてくる。
地味に混ざっている間宮やライドまでもが、同じだった。
ついでに、オレの寝ているソファーの枕元にいた筈の榊原は、
「アンタ、次にこんな無茶したら、学校から出向禁止令出すよ?」
「お前、教師に向かってアンタって、…ひッ?」
オレに脅し文句を落としたばかりか、オレが言い募ろうとした言葉の終わりすらも待たずにコーンミルの皿を頭上で傾けやがった。
「熱いの熱いの3秒前、」
「ああああああああ…ゴメンなさい」
「分かればよろしい」
ああ、再三のデジャヴ。
どっちが教師か生徒なのか、分からなくなった瞬間でもある。
そして、そんなしょっぱい気持ちのまま、改めてラピスへと視線を向ければ、
「………げっ!」
「何が、『げっ!』じゃ!この命知らずの大馬鹿もの!」
先ほどと同じように、怒声と強かな平手が降ってきた。
しかも若干、先ほどよりも威力が上がっているのは、いかんせん恨みが篭もっている所為なのかもしれない。
これはこれで、オレも流石に冷や汗が止まらんよ。
だって、ラピスがまさか真っ赤な顔のままで、涙まで流しているなんて思いもよらなかったんだから。
「お主の所為で、寿命が100年は縮んだわ!
だというのに、お主は自身の身体の事など省みず、他人の事ばかりを気に掛けおって!
何故、あの時、私たちを押し退けてでも自身の身を守ろうとは思わぬのじゃ!
自己満足で庇うのは勝手やもしれんが、その自己満足の所為で目の前で怪我をされる私たちの気持ちも少しは省みておくれ!!」
続けざまに発せられた彼女の、涙混じりの怒声。
震える声音には、しっかりとあの時の恐怖が滲み出てしまっていた。
そして、そんな彼女の瞳の奥には、やはり触発してしまったであろう、トラウマの影が深い悲しみと共に見え隠れしている。
申し訳ない、と思う反面、自己満足だろうがなんだろうが、彼女達を守る事は当たり前だと思って、彼女からの言葉を素直に受け止められない自分がいる。
正直、不貞腐れている、と揶揄でもなんでもなく思う。
「………怒声が聞こえたようだが、どうかしたのか?」
しかし、そんな彼女の怒声のおかげで、外に待機していたのだろうゲイルが戻って来てしまった。
玄関口から、微妙に気不味そうな表情で顔をのぞかせた奴。
ゲイルを振り返ったラピスの表情や、罰が悪そうなオレの顔。
ついでに、その他の生徒達の反応を見て、おそらくゲイルも何があったのかは簡単に察したのだろう。
言葉が無くても察知されてしまう程には、既にお約束というのは考えたくも無い。
癪ではあるが、なかなかに彼との付き合いも長いもんだから。
「あー…済まないな。ラピス殿。ソイツの無茶はもはや悪癖だ」
「………テメェがオレを語るんじゃ、」
「人に恨み事を言うよりも、自身を省みんか!!」
そんな彼の言い分にカチンと来て、ついつい言い返そうとした瞬間、ゲイルからオレに視線を戻したラピスから、四度目の平手。
しかも、今度はほっぺたに思いっきり振り落とされた。
………うわぁ、地味に痛いわ、これ。
「………なんだろう、このデジャヴ」
「いつぞや、シャルにも同じようなことを言われて怒られていたな」
あー…そういや、そうね。
あの時は、オレが『予言の騎士』と言う事を言って無かった上に、その前のクエストでまた命を投げ出そうとしてしまった事が要因だったか。
………あれ、やっぱ今回も反論できる要素が少ない。
ただ、ゲイルに対して、面と向かって肯定するのはやはり気が引けた。
まだ、こっちだって怒りの矛先を収めた訳では無かったので、フイ、と視線を明後日の方向へと向けて無視を決め込んだ。
しかし、
「まだ終わってはおらぬぞ、この大馬鹿もの!!」
「………おいおい、もう勘弁してくれよ」
更に追随を続けようとしていたラピスの気に障ったようだ。
おかげで、またしても振り上げられた平手がオレの額に直撃した。
「………ッん…う」
『………ッ!?』
だが、その騒がしさの所為もあってか、オレ以外の別のところからも呻き声が聞こえた。
その声のした方向は、医療スペース。
寝台に拘束され、眠っていたままだったローガンが目覚めたようだ。
眼を瞬かせ、次いで顔を左右に振り、視界に映るものを確認している。
更に、身体を動かそうとして、ようやっと拘束されている事に気付いたのか、表情を強張らせた。
それと同時に、オレ達と目が合ったのを確認し、途端に渋い顔を見せる。
あー………分かり易い。
ただ、分かり易いとは言え、彼女からのこの表情はなかなかにダメージがある。
勿論、精神的なダメージだ。
「おはよう、ローガン。お互い、散々な有様だな」
「………ッ、妹をどこにやった!?」
そして、起きてからもまだ喚いている内容は、オレ達への猜疑。
どうやら、彼女とはちゃんと落ち着いて話し合いをしなければ、今後の関係の回復は難しいようだ。
「だから、妹さんはここにはいないって。勿論、お前への襲撃もこっちは関与していない…」
「出鱈目を言うな!信じて欲しければ、今すぐここに妹を連れて来い!」
「無茶を言うな。それに、オレ達はお前がどうしてこうなったかも分かっていないんだぞ?」
「街道を歩いていたら、いきなり襲われたのだ!
お前の生徒達か、ならず者でも雇ったのだろう!?」
「だから、オレ達は無関係。そんな事を生徒達に命令した事も無いし、命令出来るならず者にも心当たりは無いよ」
やはり、彼女にとって、未だオレ達は疑いが晴れない誘拐犯扱いのようで。
辟易とした表情も隠せないまま、オレは溜息交じりにソファーから起き上がった。
………地味に、毛布やら布団やらが重くて、起き上がるのに苦労したけど。
そして、更には起きあがった瞬間に向けられた、ラピスやゲイル、榊原の視線が痛くて痛くて思わず身震いをしてしまった。
怖いよ、お前ら。
「とりあえずは、お前の処置が先。
腹に弾が残ったまんまになってるらしいから…」
「そんなものどうでも良い!お前からの施しなど…ッ!」
「馬鹿を言え。まず、怪我をどうにかしないと、妹さんを助け出すにしても探し出すにしても支障が出てくるぞ?」
現在、彼女の中に埋まっている弾がどのような形状のものか不明な状況では、流石に無茶な行動を取られるのは困る。
まかり間違って、爆弾のようなものだった場合、彼女どころかオレ達も危ないから。
まぁ、あんだけ暴れ回って、誤爆していない辺り、杞憂だとは思うけどな。
「………間宮、さっき言ってた処置用の道具は準備出来てる?」
「(はい、一応は)」
「じゃあ、彼女に部分麻酔掛けてから、持ってきて」
そう言って、ソファーから立ち上がろうとすれば、すかさずラピスがオレの腕を掴む。
眼には、まだ涙が溜まったままだ。
「これ、何をしようとしておる!お主は、しばらく安静じゃ!!」
「緊急事態なの」
そう言って、彼女の手を振り払おうとしたが、今度は逆側からゲイルに押し留められた。
「ラピス殿に従え。これ以上は、お前の体が…ッ」
「………疲労に関しては、テメェの所為である事も忘れんな…」
「………ッ」
だが、彼に関しては、呆気なく振り払う事が出来た。
まだ、一昨日のパーティーについて、オレは彼を許した覚えは無いから。
今後の行動や、彼との付き合い方に関してはまだ考え中だからだ。
しかし、
「ここまで言っても、まだ休んでくれませんの?」
「オリビアちゃん泣かせて、まだ無茶するっての、先生?」
流石にオリビアと榊原からの追随は応える。
オリビアは既に泣き出しているし、いつもフォローしてくれている榊原からは絶対零度の視線が突き刺さっている。
しかも、今のオレは完全アウェイと言っても過言では無く、生徒達からも似たような視線をチラホラ貰っている。
まぁ、あんだけ派手に出血してぶっ倒れた人間だから、それ以上言い訳は出来ないけど。
「緊急事態だと、言っているだろう?
それに、ローガンの言っている妹の件で、もしかしたらオレ達の知らないところでオレ達に関係する事件が起こってるかもしれない。
このまま、なぁなぁにして良い事があるとは思えないし、そもそもなぁなぁにしておけないんだよ」
だって、彼女が敵対しているのは、完全にオレ達に対して。
以前の冒険者ギルドやラピス達の時のように、騎士団に対してでもなく、オレ達『異世界クラス』に対しての悪感情。
このまま、放っておいても事態が好転するとは思えない。
「それでも、もう少し休んでからでも、」
ラピスもゲイルも押しのけ、オリビアや榊原の事も回避しようとしたオレに、最終的に言い募ったのは泣き顔のままの伊野田だった。
どうやら、一昨日から随分と心配を掛けてしまっているのが、今回ばかりは爆発してしまったようだ。
「心配してくれて、ありがとう伊野田。
でも、まだ残っている仕事を放り出して、休む訳にはいかないんだ」
「………でも、」
「この件が片付いたら、お前達の言うとおり休む。
だから、まだもうしばらくは、我慢していてくれ」
「………、絶対だからね?」
約束は出来ないけど、彼女の言うとおりこの件が一段落すればオレだって休みを取りたいさ。
昨日、丸一日寝られた分、少しは体力も戻っていると思いたい。
「それじゃ、久々にちょっくらやりますかね」
「(………お供します)」
伊野田の隣を通り過ぎ、夕方の時と同じようにしてローガンの元へと歩く。
何か言いたげな顔をした間宮も、通り過ぎると同時にオレの背後へと突き従った。
オレが近づく度に、ローガンの顔色が悪くなり、表情も険しくなっていく。
「何をされたとしても、私の誇りは奪わせんぞ…!」
「処置だって、言ってるだろ?お前の腹に埋まったままの弾丸を摘出するだけだ、」
今一番有力な情報になるだろう弾を取り出せば、何か分かるかもしれない。
彼女の早とちりやオレ達に対しての猜疑も晴れるかもしれないし、もしかしたら襲撃した人間の何かしらの情報が受け取れる可能性は高い。
医療スペースに入り、カーテンを閉め切る。
「あいや、邪魔するぞ」
「悪いが、オレも失礼する」
カーテンを閉め切ったと同時に、滑り込んできたのはラピスとゲイル。
「………見学か?」
「そのようなものじゃ。ついでに、お主が無茶をせぬように、見張りも兼ねておる」
おやまぁ、随分と明け透けなもので。
ただ、ラピスは分かったけど、ゲイルは何で?
睨むようにして彼の表情を見るが、彼は肩を竦める動作の後、すぐに衝立の近くに腕組みをしたまま待機姿勢を取った。
もしかしたら、護衛目的で入ってきたのかもしれない。
まぁ、コイツの事はどうでも良いや。
それに、オレだって別に後ろめたい事もいかがわしい事もするつもりは無いから、見られて困るものでもない。
そこまで、つらつらと考えつつも、間宮が用意してくれたであろう器具を手に取った。
処置台代わりのストレッチャーの横に、学校の保健室から備品として回収して来た台と器具を並べて、簡単な手術スタイルを取る。
やはり、あの校舎はハイスペックな備品のオンパレードだったようで、普通の保健室にはあってはならない処置用の器具が多数存在していた。
麻酔や注射器、点滴のチューブや、輸血パックなどなど。
今回は、そんなオーバーテクノロジーな物品を、大盤振る舞いで使わせて貰う。
色々な器具の準備を間宮に任せ、オレは手の消毒を終えたと同時に手術用の手袋を嵌める。
彼女を実質的に拘束しているシーツを、遠慮なくナイフで切り、彼女が負っていたであろう傷を探す。
って、塞がれちゃってるから、あんまり分からないじゃん。
「済まぬ。死なれても困るでな」
「いや、良いよ。スキャンしよう」
「………すきゃん?」
ラピスは聞き慣れない単語だったのか、小首を傾げている。
ローガンは戦々恐々とした様子のまま、オレの挙動を逐一眼で追っていたが、どうやら何をされるのかは分かっていない様子なので、先に麻酔だけでも掛けてしまおうか。
「間宮、消毒液。それから、注射器のキャップ外して」
間宮に指示を出し、消毒液の染み込んだ脱脂綿を受け取る。
それで、露出した腹部の一部を消毒した後に、麻酔用の注射器を受け取って適当に差し込んだ。
「ぐ…ッ…?」
「ちくっとするけど、平気だからな。
ついでに、痺れてくる感覚はあるだろうが、無害だから安心しろ?」
「な、何をするつもりだ…!拷問するつもりなのか…!?」
「そんな血生臭い事しないし、面倒臭いよ。これでも噛んでて」
「うぐ…ッ、うーッ!?」
なんで、オレが君を拷問する必要があるのか、考えてよ。
煩く喚かれても困るので、彼女の口に先程切り取ったシーツの切れ端を詰め込んでおく。
「お主、意外と容赦が無いのう」
「これでも、まだまだ優しい方。これが、男だったり腐れ縁の同僚なら、ぶん殴って気絶させてから処置するだろうしね、」
実際、オレもそうやって処置されて来てるってのもあるけどね。
いやぁ、………同僚兼女医の彼女からの処置に関しては、もっと怖かったってのは追記しておくけどね。
そんなこんな、
「(オレも、少しは使えるようになって来たからな、と)」
麻酔用の注射器を置いた後、彼女の腹部へと手を触れながら『透視』を開始する。
いつぞや、ラピスに対しても行った、『闇』魔法の応用である。
そうして見た、彼女の内臓の様子は健康そのもの。
ただ、今回見たいのは彼女の健康状態では無いので、すぐさま視点を脇腹に集中させる。
「何をやっておるのじゃ?」
「………黙ってて」
集中しているので、ラピスからの問いかけにもおざなりに返答。
その間にも、続けていた『透視』で、潔く見つけた彼女の身体の中に、残されたままだった弾丸を見て、
「(………おいおい。なんでこんなものが埋まってんだ?)」
思わず、オレは眼を見開いた。
そのまま、片目だけは『透視』を続けたまま、片目だけを解除して彼女の脇腹を探る。
我ながら、器用にも無茶な事をしているとは思うがね。
潔く弾丸であろう影を見つけた場所は、肋骨のやや下辺り。
やはり偉丈夫(婦?)然りとした彼女の立派な筋肉の奥に、埋まるようにして残っている弾を探し当てる。
「間宮、メス」
「(はい)」
「ハサミとクラッチも準備して。開いてから、傷口押える」
「(了承しました)」
間宮からメスを受け取り、そろそろ麻酔が効き始めているであろう彼女の脇腹をまんべんなく消毒し、メスで切れ目を入れた。
ぎょっとした顔をしたラピスと、少々驚いた様子のゲイル。
ついでに、カーテンの近くから小さな悲鳴が聞こえたので、おそらく覗き見していた生徒でもいたのだろうが、好奇心は猫をも殺すって諺、教えてやるべきか否か。
「ハサミ」
外科手術さながらとなった状況で、着々と処置を進める。
うーうーと唸っているローガンは、痛みを感じている訳では無いだろうが、表情から見るに違和感でもあるのだろう。
出来れば、そのまま大人しくしておいて欲しい。
「………開口部、クラッチ」
ハサミで切り開いた肌と筋膜を開き、クラッチで仮留め。
間宮にも手伝って貰い、開いた傷口から手をぬるり、と滑り込ませたと同時、
「ひっ…!」
「………怖いなら出てけ。吐くなよ」
「………な、なんのこれしき、」
乾いた悲鳴を上げたラピスが、顔を真っ青にして口元を押さえている。
ただ、この手法は今後使っていく予定の一部でもある為、出来ることなら彼女にも知っておいて欲しい。
流石に、彼女の想像の埒外の方法だったのか、驚いたようだ。
吐かれても困るが、なんとか彼女は恐怖心を抑え込んでくれたらしい。
「取れた。バット」
「(はい)」
間宮が差し出してくれた医療用の取り皿のような形のバットの中に、今しがた取り出した血まみれの弾を落とす。
その瞬間、間宮すらも驚いて手を震わせ、ラピスもゲイルも息を呑んだ。
弾が残っていると知っていたローガンですらも、その大きさに目を見開いている。
「思っていた以上の大物だな。規格外過ぎて、笑うしかねぇわ」
斯く言うオレも、『透視』した時から分かってはいたが、実物を見るとなるとまた別の意味で驚いた。
彼女の腹から取り出された弾は、直径が5センチほどもある鉛玉だったからだ。
ただ、驚いて呆然としている彼等を尻目に、オレは手早く処置の最終段階に入る。
消毒をしながら、クラッチを外し、先に準備させておいた針と縫合糸で傷口を縫い合わせた。
ここで、すぐに治癒魔法を使わないのは万が一、筋膜を戻せなかったり、肌が変に癒着されても困るからだ。
まぁ、杞憂だろうが、一応の処置だけはしておくってだけ。
その後も、縫合は進み、4針を縫った辺りで、大まかな傷口の癒着は終えた。
「治癒魔法、頼めるか?指示を出すまで持続。指示を出したら、一旦中止して」
「………あ、ああ」
傷口を拭った後、そのままラピスに治癒魔法を唱えて貰い、抜糸の頃合いを見定める。
そうして、糸を抜き終えれば、後は片付けが残るだけとなった。
………はぁ、疲れた。
久々にやったけど、結構神経使うから嫌いなんだよね。
ついでに、片手だけで処置をしなきゃいけないから、右腕が酷使されて長時間は厳しいし。
「………私の知っておる、指折りの医者でもこんな事は出来なかったのう」
「生きている世界が違うからね。中身かっ開いて、内臓まで取り換えちゃう時代だったんだし、」
「………それは、拷問か何かでは無いのだよな?」
「むしろ、延命措置とか治療の為ね」
そんな手の込んだ拷問は、早々しないと思うけどね。
………そんな手の込んだ拷問をされた、オレが言うのも難だろうケド。
まぁ、それはともかくとして、ラピスのおかげで術後の処置も、通常より遙かに早い数分で終わったので、そのまま片付けを終えた。
ローガンの拘束はそのままに、手を洗ったり器具を消毒したり、ついでに鉛玉も洗ったりしてカーテンを開ける。
そこには、胡乱気な視線でこちらを見ている生徒達に、ライドやアメジス、騎士団の連中。
「終わったよ。摘出も終わったし、傷ももう塞いだ」
「………それなんて、ブラッ○ジャック?」
「闇医者じゃないから。これも、オレの経験から来る知識だから」
生徒を代表した浅沼の一言に、ついつい真顔で返してしまう。
別に、金次第でどんな困難な手術でも請け負っている訳でも、小さな幼女を助手にはしていない。
………まぁ、今回の処置は、明らかにオーバーなカミングアウトだとは思ったがな。
普通の教師が、弾丸の摘出手術なんて出来ませんっての。
「とりあえず、香神と永曽根は良くやった。
傷口の異常性に気付いてくれていたおかげで、大事にならなくて済んだからな」
「良かった」
「ああ」
先に気付いていたおかげで、処置もすぐに進めることが出来たしな。
本当に、彼等の成長具合には驚かされるよ。
まぁ、そんな成長過程を尻目に、オレがこれから言う言葉というのは決まっているけどな。
「じゃあ、解散。もう、夜も遅いから、休みなさい」
「………先生、休むって約束は?」
「弾の摘出が終わったとしても、まだこの一件が終わったという訳では無いから、まだ保留」
「…そんなの屁理屈だよ。顔色悪いんだから、」
「オレの性格は知っての通り、一度言ったことは曲げられない。
ついでに、お前達を教授している手前、仕事を放り出すなんて事もしたくないの」
安定の伊野田と榊原のペアに、言い募られた言葉は強制的にシャットダウン。
悪いが、この一件、これだけで終わるとは思えないし、このまま終わらせていい問題では無い。
「目途が立てば、オレだって休むさ。
だから、お前達は先に休んでいなさいって事だ。
ただ、オレの仕事を手伝いたいって事なら、3階と2階の客室を掃除して、人が泊まれるようにしておいて欲しい」
「………分かった」
一応、ラピスとシャル、ライドとアメジスの宿泊場所ぐらいは準備しておかないとな。
そう言って苦笑を零せば、2人もなんとか溜飲は下げたようで、渋々ではあるが上に上がって行く生徒達に続いた。
ちなみに、未だに気絶したままのシャルはエマが、まだオレを心配そうに見て泣きべそのオリビアはソフィアがそれぞれ、2階へと連れて行ってくれた。
明日、ちゃんと休むから、それまでもう少し待っていて欲しい。
「明日の朝まで、アンタが休んでないって事が発覚したら、容赦なく強制休養するからな」
「………ご自由に」
ただし、香神からの剣呑な視線と言及は、ごもっとも。
生徒達を代表したであろう彼の物言いに、仕方ないと思いつつも肩をすくめておいた。
さて、そんな生徒達を見送ってから、ふと背後を振り返る。
残ったのは、生徒達以外の大人組と、唯一例外の間宮一人。
「………検証をしたい。悪いが、間宮は何でも良いから飲み物と、ゲイルはローガンの拘束を解いて、連れて来て」
「(はい)」
「分かった」
先ほど言ったように、まだ残っている仕事をこのメンバーで片付けさせて貰おう。
手早く、間宮とゲイルに指示を出し、取り残されたラピス、ライド、アメジスは、ソファーの周りを片付けて貰う。
毛布や布団、更にその中に埋まっていた湯たんぽなんかを撤去して、オレはシャツや背広だけを着替えに寝室へと一度戻った。
着替えを終えて、ダイニングへと戻れば、不機嫌そうな顔をしたローガンとその背後で睨みを利かせるゲイルの図。
ついでに、ソファーに思い思いの格好で寛ぐ、ライドとアメジス。
既に、間宮が紅茶を淹れてくれていたようで、芳しい香りがダイニングに充満していた。
………微かどころではなく残っている血臭も、少しは緩和してくれれば良いのに。
閑話休題。
「改めて、検証したいと思う。間宮も、席に着いてくれ」
「(はい)」
一人掛けのソファーに、オレ。
対面した一人掛けのソファーには、ローガン。
多人数掛けのソファーには、それぞれラピスと間宮、ライドとアメジスと言った形で収まっている。
しかし、
「何が検証だ!早く、妹を返せ!」
「いい加減にしなしゃんせ!ここにお主の妹など、姿形もありゃせんわ!」
オレが席に着いたと同時に、剣呑な雰囲気を纏ったままのローガンが凄い剣幕で怒鳴り始めた。
それを宥めようとしたラピスの怒声もまた、剣呑で。
思わず、肩を竦めてしまったのは、ご愛嬌。
とか言っている間に、ラピスが『風』魔法を使ったらしく、ローガンから聞こえる声も音も一切がシャットダウンされた。
正直、話が進まなかったから、助かったよ。
「とりあえず、先ほど摘出した弾が、これだ」
そう言って、先ほどローガンの腹から摘出し、洗っておいた鉛玉をテーブルの上に無造作に放る。
ごとり、と硬い音が静まり返ったダイニングに響き、その重量がどの程度のものなのかを知らしめた。
直径は5センチ程で、中身が空洞では無い本物の玉鋼。
こんなもの、オレも博物館ぐらいでしか、お目にかかったことは無い。
「………これは?」
「弾丸だな。ただ、弾丸と言うにはお粗末な造りではあるが、」
「………どういう事だ?」
その鉛玉を見たことのある人間は、少なからずオレと間宮だけだろう。
おそらく、ゲイルもラピスもローガンも、勿論闇小神族の2人も、初見の筈だ。
「鉄、鉛、鉱物を、高熱で溶かして癒着させただけの球体だから。
火薬の残痕が少な過ぎることから、おそらく焙烙(爆弾の事)のようなものの中に、この弾を詰めて発砲しただけの紛い物だよ」
「………火薬、というのはあれか?爆発をするものか?」
「主成分は、主に硝石、硫黄、その他炭など。
混ぜ合わせる事によって、燃焼や爆発が起こり易いと、過去の偉人達が発明したのが始まりだな」
実は、火薬と言うのはヨーロッパでは無く、割とアジア圏でも早い段階で発明されている。
唐代(618年~907年)の中国で、当時書かれていた「真元妙道要路」には、既に硝石、硫黄、炭を混ぜることによって、燃焼や爆発が起こり易い事が記述されていたそうだ。
いわゆる、黒色火薬の前身である。
「そして、今回発砲された弾丸は、おそらくオレ達が知っている限りでは500年以上も前の代物になるだろう」
そう言って、オレが背中から取り出したのは、コルト・ガバメント。
間宮に渡して、ポンプを引いて貰い、排出された弾を掴み取る。
弾丸とは、主に銃や砲に使用され、発射された後に目標に物理的損傷を与えるものだ。
材質や形状は用途によって多岐に渉るが、基本的には鉛合金の弾芯に銅合金の装甲を被せた構造である。
ちなみに、オレが今取り出して貰ったコルトガバメントの弾は、大型自動拳銃用の実包で、名前が.45ACP。
口径が0.45インチであり、ACPとはAutomatic Colt Pistolを表しているので、ほぼコルト・ガバメント専用のカートリッジとなっている。
先ほどの鉛玉と並べて置いてみれば、見た目の違いも一目瞭然。
泥団子と実弾を並べているようなものである。
「オレ達が馴染み深いのは、こちらのタイプ。
そもそも、この鉛玉自体を撃ち出せる銃や砲は火縄銃やマスケット銃程度に限られるだろうな」
「………どちらにしても、何が何やら分からぬ」
「それって、アンタが持っている武器の中には無いの?」
「ああ、無い。ライフルも猟銃も揃えてはいるが、そもそも火縄銃もマスケット銃も古過ぎて、現在オレが使っている銃火器に加えるメリットも無いんだよ」
だって、撃ち出したとしても、この鉛玉の場合は弾道が安定しないだろうしね。
鉄砲や砲が生まれた時代、弾丸は「丸」の漢字が入っていることからも分かるように、金属製の球形をしているものが主流だった。
しかし、球形の弾丸は銃口から発射された後、空気抵抗の影響が大きく、弾道が安定しない原因となっていたのである。
後に装填速度を上げる為に、火薬と一体化した実包が発明され、形状は空気抵抗の影響を減らす為に、先が尖った形に進化した。
現在、使用されている弾丸の多くが、この形状を継承しているのが現状。
先ほど紹介した、.45ACP弾も同じだ。
ただ、先ほど言ったように、用途によっては弾丸の形も異なる。
発射と同時に球状の小さな弾丸をばらまく散弾銃などでは、未だに円形の実包が使われていたりする。
「ローガン、改めて言わせて貰うと、お前を狙撃したのはオレの銃じゃない」
以上の事を踏まえて、と言った形で目線をローガンへと向ける。
彼女は、喚く事も無く静かなまま、オレの手元に視線を集中していた。
「この世界であれば、この鉛玉に関しては作成が可能だ。
鍛冶製鉄の際に、余った鋼や胴を混ぜ合わせ、型にでも入れれば良いだけの簡単な造りだからな」
「だが、簡単に作成できる弾と違って、撃ち出す為の銃身は簡単には作れない。
火縄銃やマスケット銃などの、あらかたの専門知識が必要になる銃身が必要不可欠になるからだ」
そう言って、オレが改めて、テーブルの上にコルト・ガバメントを置く。
銃身も口径も、明らかに鉛玉よりも小さい。
更に言えば、オレが持っているのはカーボン素材の、比較的軽量化された重火器がほとんどである。
どうあっても、火薬に包みこまれた鉛玉を吐き出すなんて事、反動がキツくて暴発の可能性もあって出来る訳が無い。
例外は、対物狙撃銃などとなるだろうが、あれだって弾丸は全てフルメタルジャケットを使用しているから、こうした鉛玉を撃ち出すなんて芸当は出来ない。
「ついでに言うなら、威力がお粗末過ぎて鼻で笑うしかない。
もし、オレの所有している武器でこの鉛玉を撃ち込んだなら、まず貫通するだろうからな。
撃ち出すにしたって、対物狙撃銃を使えば可能だろうが、そもそもオレは片手しか扱えないから、そんなものをわざわざ一人で持ち出して扱うなんて事も出来ない」
彼女の目線が、オレの左腕へと向けられる。
既に5年以上もの間、仕事を放棄し続けている腕は、こちらに来てからも動く事は無い。
まぁ、弾丸に関しては、他にも色々と違いを指摘する事は可能だが、理解できるとは思わないので保留にしておく。
「………そうか」
ふと、ローガンが呟いた一言に、彼女が納得してくれたニュアンスが汲みとれた。
おかげで、ほっと一息。
いつの間にか、ラピスも『風』魔法を解いてくれていたようで、彼女の声や動作に合わせた音もクリアになっていた。
溜息が、落とされる。
「………済まない。私は、とんでもない勘違いをしていたようで、」
「いや、良い。予備知識が無い状態では、こちらが疑われても仕方無いとは思えるしな、」
ようやっとではあるが、彼女も落ち着いてくれたようだ。
ただ、意気消沈した姿から、明らかに憔悴しているのは見るからに分かる。
「そもそも、こ奴の身の潔白は明らかであったろうに」
そんな中、口を開いたのはラピスだった。
足組みをして、見るからに不機嫌そうな雰囲気を露にしているところは、またしても同僚兼友人にそっくりだと思ってしまう。
「こ奴は、今まで我等と共に『クォドラ森林』で行動を共にしておった。
この校舎の生徒達どころか、冒険者やならず者にも接触したところなど、」
「………信じられなかったのだ」
「ならば、こう言えば良いか?我等、森子神族は嘘を吐かない種族である、と」
突然、何を言い出したのかと思えば、ラピスはそう言ってローガンをにらみ付ける。
ローガンは、彼女の森子神族然りとした耳や、その雰囲気を目の当たりにしてか、やはり消沈した様子で、「………その通りだったな、」と目線を床に縫い付けた。
どうやら、やはり嘘が吐けないのは、種族柄と言う事らしい。
しかも、それは森子神族や闇小神族のみならず、他の魔族に対しても認知されている、と。
信用性が高いという一点では、随分と好感度は高いな。
まぁ、おかげでオレ達への誤解も、疑心も解けたようだ。
オレは、そのままローガンから、視線をゲイルへと向ける。
顎をしゃくり、彼女への牽制を含めて背後に付いていた体勢を解除させた。
ただ、またしても険しい顔をしていることから、また何かしらの隠し事があるらしいと言う事は分かった。
誰が?
ゲイルが、だ。
いい加減、コイツの評価がガリガリ削られて行くんだけど、そろそろ気付いたら?
なんて、話が逸れたけど。
ゲイルの事は、もうしばらく放っておこう。
コイツが何を隠していたからと言って、オレ達に実害が無ければもうどうでも良い。
紅茶を飲んで、オレも一旦口を休める。
そこから、改めて彼女から、今回の事件の顛末を聞かせて貰う事にした。
「紅茶でも飲んで、少し落ち着けよ。それから出構わないから、とりあえず最初からゆっくり説明してくれるか?」
「………ああ」
再度、ローガンへと視線を戻し、彼女に紅茶と話を促す。
言われた通りに、彼女が紅茶のカップを持って、口を付けるのをゆっくりと待つ。
しかし、その間に、何故かラピスからは剣呑な視線を向けられた。
いや、何故だし。マジで。
「………何か?」
「………お前は、必要以上に寛大に過ぎる」
「………駄目?」
「………いや、」
どうやら、オレが先程怪我をさせられたローガンに対して、あまり怒っていないことに対してご立腹のようだ。
いや、だから何故だし。
オレ自身、先ほどキレて、彼女を痛めつけたと言う事もあって、溜飲は下げている。
ついでに言うなら、怪我をさせられたのもお互いさまなので、これ以上何かを言っても意味は無いし、益が無いと思っているから、こうしているだけ。
それが、ラピスに気に食わないって言われたとしても、オレ自身がそれ以上アクションしようとしない限り、彼女には関係の無いこととなるだけだ。
「………寛大なだけじゃないの。一応、これでも考えていることだから」
「………ならば、お主はただの馬鹿じゃと思っておく」
「それでも、良いよ。オレは、これ以上彼女に対して、怒る事もしないし、怒れる立場じゃないんだから、」
そう言って、苦笑を零すと、ラピスは不承不承のままでそっぽを向いてしまった。
ローガンが落ち着いたと思ったら、今度はラピスが怒り心頭のようである。
………オレ、何か間違ったこと言ってるのかなぁ。
「………お前の自己犠牲の精神が、筋金入りなだけだろう」
「………。」
と思ったら、頭上から聞こえたゲイルの声。
しかも、嫌味がたっぷりと配合された、苦々しいブレンドの一言だった。
思わず、黙り込む。
口喧嘩に発展しても良いが、ローガンに落ち着けと言った手前どう行動するべきか判断に迷ってしまった。
………まぁ、良いや。
「テメェのその秘密主義も、筋金入りだろうよ」
「………ッ」
黙り込むのも癪なので、先ほどと同じく嫌味を嫌味で返しておいて、そのまま無視しておいた。
恨みがましいような視線が頭上から突き刺さっているが、無視してそのままローガンへと視線を向ける。
彼女は、何事かと眼を見開いたまま、オレ達のやり取りを見ていた。
ついでに、ライドやアメジスもなかなか、話に付いて来られていないようで、呆然とした表情している。
………微妙な雰囲気になってしまったが、まぁ良いだろう。
「少しは、落ち着いたか?」
「………ああ」
「じゃあ、何があったか話せる?」
「………ああ」
紅茶のカップを置いたと同時に、ローガンが微妙な雰囲気を切り裂くようにして口火を切った。
眼には、理性もしっかりと宿っている。
「お前達と別れたあの後、すぐに女蛮勇族の里に戻った。
そこで、婆様や集落の皆に説得をして、なんとか薬の原料や製法を教えて貰う事は出来たよ」
彼女が語り始めたのは、あの合成魔獣討伐作戦の終了と共に、オレ達と別れた後の事だった。
『暗黒大陸』のどこかにあるという、彼女の故郷である女蛮勇族の集落に戻った後、なんとか例の『インヒ薬』の原料や製法を教えて貰う事は出来たらしい。
更には、その原料や製法に通じているという、妹さんにも同行を認められたらしい。
「お前が、散々言っていた妹さんって、」
「そうだ。私の実妹にあたり、里の中でも一番の調合師である妹が同行してくれたのだ」
つまり、今回はローガンを通じて、女蛮勇族が全面的に協力してくれたと言う事になる。
だというのに、彼女の妹は何者かの手によって連れ去られた。
………どこかで、『ボミット病』の情報が漏れたのか。
あるいは、何かしら別の事件に巻き込まれてしまったのかは、現状では不明だ。
その妹さんが連れ去られた時の様子に関しても聞いてみるが、ローガンには首を振られただけだった。
「分からないのだ。森の中を歩いている時に、その鉛玉でいきなり撃たれたから」
どうやら、襲撃に関しては、彼女もうろ覚えらしい。
ただ、場所についてははっきりと覚えていたようで、例の合成魔獣の際に使用した、北の森に続く主街道で銃弾を受けたようだ。
その後、彼女が攫われたのか、もしくは殺されたのかは定かでは無い、と。
銃の音だと気付いたのはローガンだけで、その後気絶したか呆然としていたのか記憶がおぼろげで、他に痕跡は無い。
ただ、残されていた匂いが、オレ達異世界人特有なものだったと言うのは覚えているそうだ。
オレの香り(つまり硝煙の匂いだろうが)も残っていたので、犯人をオレだと特定した。
彼女自身も気付いた時には魔物に襲われており、場所を移動してしまったので、それ以上は分からなかった。
そして、魔物を撃退しながら、移動し続けた結果、運良く北の森に試験か何かで出張していた生徒達とレト達に保護され、この校舎へと担ぎ込まれるまで。
そして、担ぎ込まれてからは、オレ達も知っての通り、暴れたり喚いたりと言う状態で今に至る、と。
この話を聞く限り、よくもまぁ生きていたものだ、と感心してしまった。
笑い事では無いとは分かっているのだが、先ほどオレと対峙した際の槍の捌き方や動きからして、彼女も相当強いと言う事が改めて分かった。
その所為か、乾いた笑いしか出てこない。
「………どうしたんだ、突然」
「………いや。ただ、生きてるって素晴らしい、と実感しただけ」
不謹慎だと思われたのだろうが、若干剣呑な視線をしているローガン。
そんな彼女に、乾いた笑いのままに思ったままを伝えた。
「そ、それは、悪かったと、」
しかし、途端に顔をさっと、青ざめさせた彼女。
ああ、ゴメンゴメン。
そう言う意味で言った訳じゃなかったの。
殺され掛けた事を恨みがましく言っている訳でも無くて、ただただ地味にお互い生きてて良かったね、って思ってただけだから。
「アンタ、本当に『予言の騎士』なの?」
「………と、言うと?」
「無茶ばっかりしているから、てっきり死にたがりかと思って、」
「………それは、オレも同感だな」
果ては、アメジスとライドからも手痛いお小言を貰ってしまって、地味に凹む。
無茶をしている事は確かに認めるけども、否定が出来ないお小言にちょっとだけ心が折れそうになった。
「首に縄でもつけておかんと、どこで死体になりおるかも分からぬな」
「やめて、それは。また、ウチの学校のイメージがあらぬ方向で迷子になるわ…」
ただの羞恥プレイの一環とかになっちゃったりしても困るし、これ以上変な噂が立つのも勘弁して。
まぁ、なにはともあれ。
「ローガン、場所は覚えているな?」
「えっ?……あ、ああ。はっきりとでは無いが、途中までの道までなら、」
「案内してくれ」
「………今から、行くつもりなのか?」
何故か呆然とした表情で、当り前の事を問いかけて来た彼女。
こくり、と頷けばローガン以外の面々から、またしても何故か溜息が洩れた。
………えっ?オレ、何かおかしなこと言った?
「やはり、紐で繋いだ方が良いかもしれぬのう」
「いっそ、鎖で繋いでおいた方が良い。コイツは、変に抜け出しそうだ」
「(………申し訳ないですが、同感です)」
えっ?間宮にまで、言われたんだけど、オレ。
っていうか、結局オレは繋がれるのが決定してんのかよ、可笑しいだろ。
いや、それは別に良いとして、なんでそんな「コイツは………」って雰囲気になってんの?
「ローガンの妹さん、攫われてからもう2日経とうとしてんだぞ?
急がないと、売られたり暴行されたり、最悪命だって危ないかもしれない」
言うなれば、ローガンの妹さんは現在行方不明で、その身柄の安否も消息も不明だ。
遭難と言う訳では無いものの、救出は早ければ早いほど生存確率も早くなる。
オレが昨日、今日とほぼ丸2日寝こけていた所為もあって、大幅な時間のロスをしている。
今からでも動き出さなければ、彼女の捜索はそれ以上に難航する事になるだろう。
つらつら淡々と、整然と説明を施せば、ローガンやライドアメジス達は簡単に論破出来た。
残るは、ラピスとゲイルのみ。
間宮は、別にオレが説得せんでも、命令一つで事済むからね。
「………それは、そうじゃが、」
「お前が行く必要は無い。騎士団に任せて、お前はゆっくり休め」
「鉛玉飛んで来た時に、お前達騎士団だけで対処できるのかよ」
「………そ、それは、」
とは言っても、彼等の論破だってお手のものだったりする。
伊達に、他国国王陛下相手に、舌戦を繰り広げて勝った事のある実績がある訳じゃない。
これも、オレにとっては貴重なステータスの一つだから。
口も頭もよく回るの。
「森の中は、一日でもあればその都度状況も変わる。
妹さんを救出する手前、これ以上は待てないし、命が懸っている以上は待っていられない」
以上、と締めくくって、オレは紅茶を飲み干した。
ラピスもゲイルも頭を抱えて、オレの見解を論破しようと頭を捻っているだろうが、無駄な事だ。
必要なら、屁理屈捏ねまくってでも、オレはローガンの妹さん救出作戦に乗り出すからな。
茫然としたローガン達は、ほぼ会話に置き去りになっているが、まぁ、オレとは口喧嘩しない方が良いって事を分かってくれたらそれで良いや。
「ゲイルは、馬を6頭準備してくれ。
ラピスは、『ボミット病』対策の魔法具だけ持ってくれれば良いや」
「………仕方無い」
「あい、分かった。本に大人しくしておらぬ奴じゃの」
はいはい、言ってろ。
オレは、どうせ、落ち着きが無くて、せっかちな男ですからね。
「間宮は、オレと一緒に物置。相手は、長距離武器を扱うから、こっちも対抗するぞ」
「(了解です)」
そう言って、間宮と共に物置へと向かって歩き出す。
その背後に掛けられた声は、また会話に取り残されたままだったライドとアメジスから。
そういや、勝手に頭数に含めちゃってたけど、ゴメンね。
ライドは、またしても徹夜が決定してしまったようだけど。
「私達も行って良いのか?」
「でも、馬が1頭足りないわよ?」
「ああ、大丈夫。間宮が乗らないから」
「(こくこく)」
馬酔いするから、馬に乗るのが嫌いな子なもんで。
それに、コイツは地味に馬に乗るよりも、走った方が早いとか言う超ユニークなスペック持ちだから。
そんな中、
「………私は、お前にあんな事をしたのに、」
ふと、オレ達が動き出そうとする姿を、どこか呆然と見ていたローガンが立ち上がった。
その表情は、どこか微妙な寂寥感が滲んでいる。
おおかた、オレ達への行動や、これからするであろうオレ達の行動に対して、負い目を感じているのだろうが、
「何をしたとかもう、そんなんどうでも良いよ。お前も反省して、謝ってくれたしね」
正直、あんまりこの話を蒸し返すのはお互いに良くないと思ってるから、もう言わないだけ。
オレもお前も、傷つけ合って、痛い思いしたんだから、その分お相子って事で。
「………だが、」
「これ以上は、何も聞かないよ。妹さんを助けたいと思うなら、ウジウジしてねぇでシャキッとしろ」
へらり、と笑って、背中越しに掌を振っておいた。
お姉ちゃんはお姉ちゃんらしく、妹の心配をしていれば良いのだ。
そうして彼女が突っ走る分を、オレ達が周りからフォローしてやれば良いだけなのだから。
そのまま、キッチンの奥にある裏口から抜けて、物置へと足を速める。
「しかもオレ、女相手に本気でキレたのこれが初めてなんだよねぇ…」
「(………どうすれば良いのか、分からないのです?)」
「ぶっちゃけて言えば、うん、そう」
正直、どんな顔して接すれば良いのか分らない。
しかも、以前ゲイルと飲み会の時に考えていたこととは全く違う意味で、合わせる顔が無いってのが本音。
だから、ちゃきちゃき動いて、あまり顔を合わせないようにしたいの。
ついでに、今後あるだろう生徒達の追及も怖いから、早めに終わらせたいって気持ちも強いけどね。
後、もう一つは、間宮にも内緒。
「(こうやって動いて無いと、今にも泣きそうだなんて言えるかよ…)」
だって、こんな立て続けに掌返し受けちゃったら、流石にオレも人間不信にはなるよ。
しかも、オレゲイルに対してもローガンに対しても、友人認定していた手前、地味にダメージが手痛かったの。
………アグラヴェインとのマンツーマンで、盛大にイジケていたのもオレです。
嫌味と皮肉をばしばし受けつつも、捻くれたまま無反応を貫いたら、鬱陶しいと最終的に追い出されたなんて事、やっぱり言いたくないので言わないけど。
物置のカモフラージュの中から取り出した武器各種。
その積もった埃に噎せた振りをしながら、目尻に溜まった涙をなんとか誤魔化した。
***
色々と立て続けに起こるイベントやパーティーにてんてこ舞いになってしまっている銀次先生は、そろそろ精神的にまたしてもヤバそうですね。
アグラヴェインさんに、またしても断罪して貰う必要があるのかもしれません。
そんな24歳の忙しい銀次先生は、まだまだ虐めてやろうと思っています。
緊縛まではしませんが、そろそろ繋がれた方がいいと思われるそんな24歳。
盛大に誤字脱字乱文等を失礼致します。




