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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、女蛮勇族救出戦線編
80/179

69時間目 「保健体育~災難は何かと一緒にやってくる~」2 ※流血表現あり

2016年4月30日初投稿。


長らくお待たせしまして申し訳ありません。

続編を投稿させていただきます。

筆の進みが早かったので、改稿作業をそっちのけで結局続編を投稿させていただきます。


なにやってんだ、作者!仕事しろ!

………続編投稿も立派な仕事です(笑)

………あれ?でも、ただの趣味で書いてる作品が、仕事云々関係あったかしら…?とか考えたり考えなかったりしています。


69話目です。

今回は、タイトルにある通り、多少流血表現が含まれていますので、苦手な方はご注意を。

***



「ただいま!何があった!?」

『先生|(銀次)!!』


 2日ぶりに帰還した『特別学校、異世界クラス』の現校舎。

 冒険者ギルドのジャッキーから聞いた非常事態に焦って、現校舎へと飛び込んだと同時。

 ダイニングに集まっていた生徒達からは、盛大に安堵の溜息で歓迎された。


 香神と永曽根はいつも通り、どこか達観したような大人びた様子。

 ソフィアとエマは、脱力したように机に突っ伏した。

 浅沼はあからさまに床に座り込み、徳川は涙目になりながらおかえりぃいい!!と大音響で喚いた。


 おかえりの声が徳川からしか無かったのは残念だが、やはり非常事態は間違いなかったようだ。

 生徒達に怪我は無さそうに見えるものの、飛びこんだ瞬間に感じた血臭はどうあっても尋常では無かった。

 オレとほぼ同時に、校舎へと駆け込んできた間宮でさえも、眉根を寄せてしまっていた。


「ろ、ローガンが、担ぎこまれたと聞いたが…!」

「あ、やっぱり、先生の知り合いだったんだね、あの人………」

「ああ、オレの恩人だ」


 ついで言うなら、今後は『ボミット病』患者の救世主にもなれるだろう女性だ。

 とは、まだ言わないままであったが、生徒達の一部は既に彼女が何者であるのかは、察知していたようだ。

 ………そういや、浅沼教本の間違い探し(※それもそれで違うような気もするが、)の時に、彼女の事をチラッと話した気がするし。


「今、生命維持をなんとかローテーションで繋いでる」

「ただ、『聖』属性がオリビア以外にいなかったから、また魔力不足で体が維持できなくなってるらしい」


 そう言って、立ち上がった永曽根と香神が、状況を知らせてくれた。

 二人とも、流石に根を詰め過ぎたのか眼の下の隈が凄いことになってしまっている。


『すみません、銀次様。ストックの魔石も使わせていただいたのですが、』


 そこで、表題のオリビアの声が脳内に響く。

 姿形が見えなくなっているのはいかんせん、以前のオレの魔力が暴走した時同様に、能力の使い過ぎで実体化を保てなくなっている所為だったのだろう。

 どこか憔悴した声音だったし、彼女も彼女で精神的に来ていたようで、精神感応で流れ込んできた感情はただただ悲しみだけだった。


「そ、そうか。オリビア、おいで」


 そう言って、声をかければオレの右肩には、彼女の気配。

 それと同時に、凄まじい速度で吸収されていく魔力。

 まるで、転移魔法陣で勝手に魔力を吸収された時のようだった、とは言わないでおこう。


「お疲れのところをすみません」

「気にしなくて良い。お前も頑張ってくれたんだろう?」


 オレの魔力をある程度吸収したおかげで、回復したらしいオリビアがオレの右肩付近でしょんぼり。

 労いの言葉と共に、頭を撫でればふんわりと微笑んだ彼女。


 しかし、その次の瞬間には、表情をきりりと引き締めていた。


「ローガン様の容体ですが、ほとんどの傷は完治したと同然までは漕ぎ着けました。

 しかし、眼を覚まされると、途端に暴れ出したり喚いたりと、少し精神的に混乱している様子でしたわ」

「………ローガンが、そこまでなるって、」


 どうやら、身体的な傷以外にも、彼女を苦しめている精神的な傷の方が大きそうだ。

 彼女がそこまでなる理由というのには心当たりは無かったのだが、そもそも会ったのは保護された洞窟でのあの一度きりであるからして、彼女の心因的外傷まで触れたことは無かったことを思い出す。

 地味に、良くもあそこまで打ち解けられたな、と若干驚いてしまう。


 さて、そんなことはさておいて、


「それから、一番大きな脇腹の傷なのですが、」

「………うん?完治させたんじゃなかったのか?」


 そこまで聞いて、ふと小首を傾げてしまう。

 先ほど言っていた、ほとんどの傷は完治しているという言葉の真意。


「それが、」


 わずかに言い淀んだオリビア。

 そんな彼女を引き継ぐような形で声を発したのは、苦い顔をした香神だった。

 見れば、他の生徒達も似たような表情をしていた。


「脇腹の傷だけ、弾が残っちゃってるみたいなんだ」

「………弾だと?」


 香神の補足説明を受けた瞬間、ひやりと背筋を濡らした汗。

 弾、と聞いてオレ達に思い当たるものなんて一つしかない。


「ローガンは、銃で撃たれたって事なのか?」

「どうやら、そのようです」


 これまた苦々しい顔をしたオリビアの言葉で、足下ががくりと落ち込むような感覚を味わった。


 だって、それは有り得ない(・・・・・)から。 

 むしろ、有り得てはいけないこと(・・・・・・)だからだ。


「間宮、物置を見て来い!」

「(了承です!)」


 すぐさま、間宮へと指示を飛ばせば、彼はオレの背後から風のような速度で駆け出した。

 オレの命令通り、現代武器の保管場所ともなっている物置を確認しに行った事だろう。


 銃は、基本的にはこの世界には出回っていない。

 出回らせるのが嫌だったのもあるが、そもそもオーバーテクノロジーの塊であるこの技術を、この世界の人間に認知、もしくは使用させたくなかったのがある程度の理由だ。


 第二次世界大戦中ですら、大型銃器の登場等で戦局が大きく傾いたほどだ。

 いくら遠距離攻撃も可能な魔法的(スーパーナチュラル)な能力があるからと言っても、この世界でも同様、戦局をひっくり返されかねない。


 その責任は、きっとオレ達異世界人に大きく付いて回る。

 そうなっては、この世界で終焉を食い止める為の活動をしながらも、平穏な日常を守っていくことなど無理に等しくなってしまうから。

 今現在でさえも、非日常な世界からの招待でてんやわんやになっているのだ。

 これ以上、オレ達が身動きをし辛くなる面倒事は勘弁して欲しい。


 だが、そこまで考えていたオレの思考は、戻ってきた間宮によって杞憂に終わった。


「(無くなっている武器も、持ち出された形跡もありません)」


 急いで見てきただろう間宮だったが、彼の言葉を信じるのならば、物置にはオレ達以外に立ち行った人間はいないようだ。

 ついでに言うなら、オレ達が持ち出した事のある武器すらも、以前のままだった。

 つまりは、物置の中に詰め込んであったオレの武器は、一切使われていないと言う事だ。


「………だ、だとしたら一体、どういうことなんだ?」

「(新しい開発か、もしくは魔法技術等を使った模倣品ですかね)」


 そう言って、顎に手を当てて考える間宮。

 オレも同じような格好をして考えようとして、ふと思い出す。


「その弾は?」

「はい。傷を塞ぐにも、まずは弾を抜き出した方が宜しいかと思いまして、」

「………待て。何故弾が残っていると分かった?抜き出した訳でもないのに、」

「あ、それは、オレだ」


 永曽根が挙手。

 目線を向けて、続きを促せば、予想に反して根拠に基づいた答えが返ってきた。


「血を拭きとった時の傷口を見て、もしかしたらと思ってな。

 綺麗な円形で、貫通痕は無し。

 昔、一度だけ見たことがあったし、オレ達が遠出した森には、そう言った傷を負わせる魔物はいなかったから、」


 なんともまぁ、自棄に堂に入った解説をしてくれるもんで。

 しかも、一度見たことがあるって、確実に学生としては異色の過去だと思うんだけど。

 ………まぁ、|暴走族兼やくざ一歩手前ナガソネだから、良いか。


 ってか、今聞き捨てならない事を聞いたような気がするけど、言及は後にした方が良い?

 ………聞き間違いじゃなければ、遠出した森(・・・・・)って言ったよな。


「分かった。まずは、弾を摘出してから考えよう」


 そう言って、彼女が寝かされているであろう、ダイニングの保健室もどきの一角へと進む。


 その時、背後で校舎の扉が開く音がした。


「も、もう!先生ったら、荷台の事も考えてよね!」

「本当よ!せめてちゃんと説明してから言って頂戴!?」


 怒り気味な肩もそのままに、扉から雪崩れ込んできた榊原とシャル。

 そんな彼等2人の後ろからも、続々と伊野田とラピスが、車椅子に乗った紀乃とそれを押した河南が、それぞれ雪崩れ込んで来ていた。

 勿論、ライドパーズことライドとアメジスエルことアメジスも一緒のようで、少々不機嫌そうな顔のまま校舎へと入ってくる。


 そう言えば、シャル達を送迎していた途中に走り出しちゃったから、荷台も含めて生徒達を置き去りにしちゃってた。

 そして、ライドもアメジスも冒険者ギルドでジャッキーに直接紹介するとか言っておいて、結局忘れちゃってたとかね。

 ………無責任にも程があるわ。


「みんな、悪かった。ただ、こっちも非常事態だったみたいだから、今回ばかりは勘弁してくれ」

「や、やっぱり、何かあったの?」

「うわ、先生が珍しく素直に謝った…」

「ゲイルさんも、なんか切迫した顔してたもんね…」

「………誰カ、担ぎこまれタとカ聞こえたケド、」

「そ、そう言う事なら、仕方ないわね………ッ」


 一応、先に謝罪をしておいて、ちょっとばかし言い訳しておく。

 不承不承とはいえ、全員が溜飲を下げてくれたようでありがたい。

 ………とはいえ、榊原の一言は無視できんかったので、拳を握っておいたら慌てて黙った。


 って、河南の一言で、ゲイルがいた事も思い出したけど、アイツはどうした?


「………と言う訳でして、」

「そうだったのか。………ありがとう、カルロス」


 と思ったと同時に、校舎の入口から入ってきたゲイル。

 背後には、オレもあまり見た事のない数名の騎士達を引き連れているところから見て、オレ達からでは無く騎士達からの報告を外で受けていたようだ。


 そこでふと、ゲイルが目線をこちらへと向けた。

 先んじて、オレは目線を逸らす。


「………また、何かありましたの?」

「いや、気にしなくて良い」


 ただ、以前の時同様に、オリビアには気付かれてしまったようだ。

 しかも、『また』と言っている辺り、彼女も随分小慣れてきたようで。


 と、そんな事はどうでも良い。


「傷の度合は、どの程度だ?」

「直径5cmから、6cmぐらいだ。出血が凄かったんだが、貫通して無い」

「………待て。直径が、5,6センチだって?」


 おいおい、その分だと口径の計算が合わない事になるんだが?

 ついでに、それだけの口径があるなら、貫通していない事は可笑しい。


 普通、銃の口径と言うのは銃の種類によるが、1インチ25.4mmとして計算する。

 例えば、オレが使っている「M1911A1」、通称コルト・ガバメントは45口径。

 つまり、25.4mm×45で11.43mmなので、必然的に傷口の大きさは、約11mmから12mm程度になる訳だ。

 だが、その場合、その威力から貫通しないで体内に残るという事はまず有り得ない。

 口径に比例して、内包されている火薬量も変わってくる為だ。


 ただ、銃の種類によっては、多少前後するのはご愛嬌。

 オレが使っているベレッタの9×19mmパラベラム弾は口径×薬莢長単位だったりするけど、約3mm。

 着弾と同時に弾が炸裂する(十字に溝を掘っておいたりするとそうなる)時には、もっと銃痕は大きくなったりもする。

 しかし、その場合も、先ほど言ったように威力は馬鹿にならないし、むしろ生きているのが奇跡なぐらいだ。


 今回、ローガンの脇腹の銃痕は、5cmから6cm程度。

 対戦車用の貫通弾でも撃たれたのかと思える程の傷が出来ているというのに、貫通していないというのは可笑しな話である。


「………まずは、弾を抜き出して確認するしか無さそうだな…」


 ここで議論していても、始まらない。

 ならば、出来る限りの事をして、弾を摘出した後に考えるべきだろう。


「悪い、間宮。アルコール分の高い酒と、ピンセット、その他諸々」

「(はい)」


 何かと動いて貰ってばかりで悪いが、間宮に必要な器具を準備して貰う。

 以前は階段下のスペースに衝立で仕切って置いてあった医療器具類は、全て1階の使っていなかった客間のような部屋に突っ込んであった所為だ。

 流石に、オレだけだと片手でしか運べないから、器具類は間宮に任せて、オレはローガンの寝ている医療スペースに向かう。

 ダイニングの一角で、布製のカーテンと衝立で仕切っただけの簡易スペース。

 学校からの備品運搬の際に持ち込んだストレッチャーと、長机等を並べただけの病院で見かける診察室のようなもの。

 最近は、もっぱら河南と紀乃の専用スペースのような扱いになっていたので、オレも久しぶりに立ち入ることになる。


「………手を貸した方が良いかや?」

「あー…っと、必要になったら呼ぶから、ちょっと待ってて」


 ラピスに声を掛けられて、少しの間逡巡。

 これから使う器具は、今後使って貰う予定があるとはいえ、どうしたものかと一瞬悩んでしまった。


 まぁ、弾を摘出するだけなら、オレと間宮で十分事足りるだろう。

 ついでに、オリビアも一緒に付いてくれるなら、弾を摘出した後での治療も完璧なので、今回ばかりは見送った。


 しかし、ふと、


「………おい…ッ」


 布製のカーテンに手を掛けて、今まさにくぐろうとしていた最中。

 後ろから掛けられた、焦ったような声。


 その声は、ゲイルのもの。

 思わず反応してしまいそうになり、振り返る前の姿で静止してしまった。

 これには流石に、罰が悪い。


 しかし、オレがそんな彼の声に答える間もなく、


「………ーーーッ!?」


 突如走る、左肩への痛み。

 何事かと眼を向けた先にあったのは、今まさに赤色の血潮を噴き出したオレの左肩だった。



***



 眼が覚める。

 暴れる。

 眠らされる。


 眼が覚める。

 喚き散らす。

 眠らされる。


 日付の感覚が可笑しくなりそうな程、何度も繰り返されたその循環。


 私がその時に、いつも目にするのは黒髪の少女だった。

 名前は、オリビア。

 あの(・・)『予言の騎士』の眷属にして、『聖神』の名を掲げる『聖王教会』の女神の一人。

 そんな彼女と一緒にいる少年少女達は、いつも顔ぶれが違う。

 しかし、どこにでもいそうな平凡な顔をした訳では無く、ほとんどの者が見目整った少年少女達だった。

 そして、その身に秘められているだろう、感知した魔力の総量。

 正直、私などとは雲泥の差とも言って良い。


 言われ無くても分かった。

 彼等が、彼女達がそう(・・)なのだと。


 あの(・・)憎らしい程に見目の整った、女にしか見えない男の話に上がっていた生徒達なのだと。

 一度、見てみたいとも、会って話をしたいとも思っていた。

 再会の時を待ち焦がれ、実際に夢にまで見て、楽しみにしていた邂逅。


 それも、あの時(・・・)までだった。


 目の前に火花が散ったかのような感覚を催し、すぐ後には脇腹が燃えるような熱を訴えた。

 しかし、その直後には、足下から冷えて行くような感覚に襲われ、愛すべき妹(・・・・・・)の悲鳴を聞きながら、冷たく固い地面へと突っ伏した。


 その後、気を失っていたのか、それともただ茫然としていたのかは定かでは無い。

 魔物に襲われたと気付いた時には、既に槍が振るえる限界を超えた距離にまで近づかれていた。


 その後は、脇腹から溢れ出した血臭に誘われた魔物達に四方八方から襲われた。

 正直、その時の記憶も曖昧でしか無かった。

 全てが二重になったような、霞がかったような視界の中で、どれだけの時間魔物の駆逐の為に槍を振っていたのかも分からない。


 腕を噛み付かれ、脚を引き裂かれ、肩や腹に容赦なく魔物の牙が吸い込まれる。

 こんな所で、死ぬのかもしれない。

 そんな光景を、まるで他人事のように感じていた時間があったのは、うろ覚えではあるが覚えていた。


 しかし、それも唐突に終わった。

 森の中から飛び出して来た、冒険者然りの格好をした獣人達。

 更には、その後を追随するようにしてやってきた少年、少女、そしてオリビア。


 私にとって、最後に見た光景は私の名を呼んだ彼女だった。

 憎らしい(・・・・)と、白々しいと感じるような、朗らかな声で私を呼んだのだ。


 そこから、また意識を失った。

 目覚めると、この建物の中にいた。


 助かったのだ、と理解した時、同時に感じたのは怒りだった。

 怒りのままに、眼の前で私の覚醒を喜ぶ彼女を罵倒した。


 何故、助けた、と。

 わざわざ人を窮地に陥れておいて(・・・・・・)、何故今更、この命を助けたのか、と。

 暴れ狂った私は、おそらく人間の領域で使われる言葉では無く、魔族間でのみ使われる言葉を喚き散らしていたのだろう。

 少年達に抑え込まれてからは、眠らされた。


 それからは、起きる度に暴れたり喚いたりの繰り返し。

 延々と続くようなその繰り返しの中で、何度『いっそ殺せ』と叫んだだろうか。


 また、あの男に会うのが、怖かった。

 あの男に会って、全てを肯定され、無かったことにされるのも怖かった。


 そして、あの男に抱いていた私の感情が、露見してしまう事も怖かった。


 だが、


「………まずは、弾を抜き出して確認するしか無さそうだな…」


 ふと、覚醒した瞬間に耳に飛び込んできた、声音。


 銀次・黒鋼(ギンジ・クロガネ)

 『予言の騎士』。

 今現在、自身が最も憎らしい(・・・・)と感じている男の声だった。


 こつこつ、と板間の床を歩いてくる足音。

 そして、見知った気配。

 眠ったふりを続けたまま、得体の知れない細い寝台の枕元にあった槍を、音を立てぬように引き寄せる。


 いつでも、彼目掛けて、この槍を放てるように。

 殺すつもりは無い。

 殺してしまえば、いなくなってしまった最愛の少女の居場所が特定出来なくなってしまうから。


 だから、機動力を削げば良い。

 狙うは、彼の右腕。

 左腕は麻痺して動かないという話だったから、その腕さえ潰してしまえば彼は動けないだろう。


 息を潜めて、待ちかまえる。

 足音が止まり、布で仕切られた箇所に男にしては病的に白い指が見えた。


 その瞬間、


「………おい…ッ」


 焦りが混じった、男の声。

 思わず私も、身を竦ませてしまった。


 それは、彼も同じだったのか掛けられた声に、振り返るような素振りを見せ、布製のカーテン越しに影が動いたのが分かった。


 勘付かれた。  

 そう思った時には、私の腕は既に行動を起こしていた。


 先ほど狙った右腕は、おそらく狙えない。

 対角線上に首があって、間違って殺してしまう可能性が高いから。


 ならば、麻痺しているとは言っていた。

 しかし、肩口には痛覚が通っているという事も言っていた筈。


 迷いなく引き絞った腕の筋肉を、解き放つ。

 槍は、布製のカーテンを越えて、まっすぐに銀次・黒鋼の体へと吸い込まれて行った。



***



 ぱっ、と花弁のように舞い散った赤。

 少なからず驚いた、というのもあるし、無論有り得ないと考えていたからこそ油断していた事もある。


 そう、油断だ。


 肩口に突き刺さった十字を模したハルバートの切っ先に気付いたと同時、オレはその場で3秒ほども硬直していた。


「………え?」


 間抜けな、声と顔を晒したままで。


『きゃああああ!!』

『先生ッ!!』

「ギンジ…ッ!?」

「嘘…だろ…ッ!」


 生徒達の悲鳴が耳を売打つ。

 そして、オレの事を呼ぶ声も聞こえたというのに、オレは呆けたまま。


 左肩に突き立ったままのその刃を見て、立ち竦んだ。

 どろどろとした血潮が、腕を伝っていく。

 左腕には感覚が無い為にどれだけの出血量があるのかは見なければ分らない。


 だが、これだけは分かる。

 オレが攻撃されたこと。


 しかも、オレ自身が再会を待ちわびて、今先まで入ろうとしていた医務スペースの中にいる人物から。


「下がれ、ギンジ!!」


 硬直していたのは、生徒達も同じ。

 中には、何が起こったのか分かっていなかった生徒もいただろう。


 そんな中で、真っ先に動き出したのはゲイル。

 次いで、いつの間にか物置部屋から戻って来ていた間宮。


 ゲイルがオレの右肩を掴んで身体を引っ張り、強制的にハルバートの切っ先を引き抜いた。

 傷口から血が溢れ出す音さえも聞こえるかと思うほどに、生々しい音が耳朶を打つ。

 それと同時に、遅れてやってきた激痛がオレの二の句を上げさせなかった。


「呆けるな!」

「………ッ」


 先ほどの傷口からの生々しい音とは別に、ゲイルの怒鳴り声が耳へと届く。

 まるで、わんわんと響き渡るような声に、反射的に身体が竦み上がってしまった。


 そんな中、ゲイルよりも後に動いていたであろう間宮が魔法を使ったのか、今まで閉め切られていたカーテンが舞い上がり、その先にいた人物の姿を露にした。


 燃えるような赤い髪に、爛々とした怒気を籠めた赤い瞳。

 額に突き出たやや小さいながらも逞しい角と、口端から零れた上向きの牙。

 薄手のシャツを羽織ってはいるが、仰々しいまでの筋肉質な身体と、その身体を覆い隠すように巻かれた晒。

 そして、


「………よくも、私の前に、のこのこと顔を出せたものだな…ッ!!」


 殺意にも滾る、般若のような形相。

 そして、彼女の言葉の意味。


 訳が分からない。


 何故、オレに対して彼女がここまで、怒りを覚えているのか。

 何故、オレは彼女に、このような表情をされなければならないのか。

 何故、オレが彼女に、こうして攻撃を受けなければならないのか。


 はくはくと、酸欠の魚の口のように空気を吐き出すだけの唇が、久々に受けた殺気を前にして戦慄き、乾いていく。

 結局、オレの唇は空気以外を吐き出す事は出来そうになかった。


「何があったというのだ、ローガン!」


 そんなオレを見兼ねてか否か、ゲイルがオレの感じていた疑問を代弁するかのように声を荒げた。

 その間に、オリビアがオレの肩へと舞い降りて治療を開始しようとしていたが、


「馴れ馴れしく私の名を呼ぶな、人間・・めぇ!!」


 ゲイルの声にも、耳を貸さないローガン。

 更には、魔物の咆哮か何かと間違えるような怒声を放つ。


「えっ…?きゃあ!!」


 一瞬の判断で、オレはオリビアを放り投げ、更には反射的に後方へと跳んでいた。


「………っう…!!」

「どわっ…!」


 ゲイルも似たようなもので、咄嗟の判断でしゃがんでいたようだ。

 ついでに、そんな彼の頭上には、一瞬のうちにローガンが薙ぎ払ったであろうハルバートが通過していた。


 太刀筋が、オレにも見えなかった。

 しかも、そんな彼女が齎したであろう風圧が、危なっかしくダイニングのテーブルの上に着地したオレの所まで届いた。


「………な、何がどうなって…!?」

「(銀次様!…下がってください!)」


 下がれ、と言われても一体どこに下がれば良いのか。

 ダイニングのテーブルの上で、行儀悪くしゃがみ込んだままの格好で、逡巡をした途端、


「貴様の所為で、()が…ッ!!」


 目の前には、先ほどと同じく般若かと見間違う程の形相でハルバートを振るったローガンがいた。


 ひくりと引き攣った喉。

 身体も無様に硬直したままだった。


 当たる。 

 軌道はまっすぐに、オレの腹へと向けられていた。

 躱すのも間に合わない。

 おそらく、たとえ躱せたとしても、掠り傷程度では済まない傷が腹に一文字に刻まれるだろう。


 そこまで考えても、オレはその場でしゃがみ込んだままだった。

 間抜けな顔を晒して、訳も分からないままで。


「………チッ!!」


 しかし、次の瞬間には、その刃はオレのこめかみを通過していっただけだった。

 その前に聞こえた甲高い音。

 おそらくは、金属音だろうそれに、今まで呆けていたオレもやっとのことで我に帰る事が出来た。


 咄嗟に飛び退いて、更にダイニングテーブルの上を滑る。

 テーブルのギリギリまで後退したと同時に、腰から抜き取ったホルスターを右手で構え、ここに来て始めて、銃口を彼女へと向けた。


 その先では、間宮がダイニングテーブルを飛び越えるようにして着地した瞬間だった。

 手には既に、脇差が抜かれていたところを見れば、彼が先程のローガンの一撃を、オレから逸らしてくれたと言う事なのだろう。


 そう理解したと同時に、どっと背中に溢れ出した嫌な汗。


 彼女は、ハルバートを逸らされたことに舌打ちした。

 そして、あの刃の軌道は、どう考えてもオレへの攻撃に間違いなかった。


 1ヶ月の間待ち遠しく思っていた相手であるローガンから、刃を向けられた。

 本気で攻撃を受け、これからそれを本気で迎撃しなくてはいけない。


 そんなの、あんまりじゃないか。


 肩口の傷の痛みは、とうとう燃えるような痛みへと変化し、更には圧倒的な眩暈を感じて視界が揺れる。

 ぐらりと、傾むきそうになった身体を、なんとか踏ん張った。


 しかし、


「妹はどこにいる!!吐け!さもなくば、殺す!!」

「………ーーーッ」


 彼女から発せられた怒気や殺気も、言葉すらも全ては本気だった。

 踏ん張った足下が、崩れ落ちそうになってしまう。

 足の感覚が麻痺し、思考までもが冷えて、麻痺していくのが自分でも分かる。


 これは、二度目だ。

 一度目は、まだ日が経って間もないというのに、またしてもオレは掌返しを受けた。


 友人と思っていた、その人本人から。


「………な、何の事を言っているんだ、」 

「しらばっくれるな!!」


 麻痺した思考の中で、結局オレが口から発せた言葉は、その程度。

 しかも、追随するかのように振るわれたハルバートが、まるで音速の弾丸のようにこめかみを掠めて行き、


「ぐ、……ーーーッ」


 またしても、舞い散る赤。

 痛みは、すぐにやってきた。


 こめかみを掠っただけだというのに、噴き出すかのように飛び散る鮮血。

 そして、またしても受けた傷の痛みに、胸が圧迫されるかのような痛みが重なった。


 もう、どこが痛いのか、分からなかった。


「待て、ローガン!まずは、話してくれ!何があった!?」

「しらばっくれるなと言っている!!」


 なけなしのオレの言葉も、彼女にとっては焼け石に水。

 もしくは、火に油を注いだようなものだったのか。


 流れるような引きの動作から、横薙ぎに振るわれたハルバート。

 それを、今度こそ避けることが出来たオレは、行儀悪く居座っていたダイニングのテーブルから飛び退り、床へと着地。

 そのまま、転がるようにして彼女から距離を取る。


 そのコンマ数秒の間に、何故こうなったのか、血液も酸素も足りない頭でなんとか考えようと思考を巡らせた。


 まず、何故彼女が傷だらけで、この校舎に運び込まれたのか。

 生徒達からは未だ聞き取り調査は出来ていないが、先ほど永曽根が言っていた言葉がヒントだ。


 遠出した森、と言っていたからには、生徒達は期末試験の傍ら、ダドルアード王国の外壁の外に出たと言う事になる。

 それが、依頼によるものだったのか、それとも彼等自身が興味本位で出た結果なのかは定かでは無い。

 ただ、十中八九、北か西にあるどちらかの森の中で、彼女は発見され、保護されたと仮定できる。


 次に、何故、彼女がこうしてオレに切り掛かってきているのか。

 これに対してのヒントは、先ほどからローガンから言っている、()という単語だと考えられた。

 考えなくても分かるとは思うものの、そのままの意味で考えれば彼女の実妹と言う事になる。

 つまり、彼女は女蛮勇族アマゾネスの集落に戻った時、一緒に妹を連れ立って戻ってきてくれた事になる。

 おそらく、その妹とやらは、以前『インヒ薬』の話を持ち掛けた時に、習得をしている可能性があるとしてローガンの話に上っていた。

 つまり、『インヒ薬』の第一人者。

 そんな彼女が、今はローガンと一緒では無く、オレに対してローガンが切り掛かってくる理由となっている。


 大分、思考が纏まってきたようだ。

 今まで、訳が分からないまま、彼女からの怒声を浴びていた経緯が、なんとなくではあるが筋が通ってきた。


「オレが、お前の妹がいない事に関係していると、お前はそう言いたいんだな?」

「何を今さら!かどわかしたのは、貴様だろうが!!」


 着地と同時に、拳銃をホルスターへと仕舞い、隣に提げていたナイフを引き抜いた。

 以前あった暴走騎士メイソンの時にも見せた決闘スタイルだ。

 直近では、ゲイル相手にこの決闘スタイルを取っている。


 槍やハルバート等の大型の武器をいなすには、ナイフの方がオレには効率が良い。


 そこへ、凄まじい勢いで突進してきたローガンが槍を突き出して来た。

 思った以上の速度に、ナイフで受け止めて切っ先を逸らそうとする動作が、一拍半は遅れてしまった。


 掠めて行った切っ先が、黒髪の一房を散らし、オレの背後にあった壁へと突き立った。

 切っ先を逸らしたと同時に前屈し、そのままの勢いを殺さぬままに床へと転がり、彼女の懐から抜け出した。


 肩越しに彼女が忌々しそうな目線をくれたのを、横目に見た。


 しかし、これは流石に失敗した。


「アぐ…ッ…!!」


 ハルバートの切っ先をいなす為に、ナイフは上段に残したままだったのが災いし、転がった際に基点にしてしまったのは負傷した左肩だった。

 傷口を自身の体重で容赦なく圧迫され、くぐもった悲鳴と共に床に無様に転がった。


「ば、馬鹿もの…!無茶をするやつがあるか…!」

「きゃ、ーーーッ!」

「おい、大丈夫なのか!?」

「ちょ、酷い出血じゃない…!!」


 更に失敗したのは、転がった先だっただろう。


「下がれ!!」


 転がった先にいたのは、ラピスやシャル、ライドやアメジス。

 横並びに立っていた事も災いして、これ以上の退路はオレには無くなった。


 ライドやアメジスは別としても、長らく戦役を離れていたラピスと未だに子どもの域を出ないシャルが、咄嗟の判断で動けるとは思っていなかった。


 そんなオレが体勢を整えたと同時に、彼女も壁に突き立っていたハルバートの切っ先を抜き終えていた。

 そして、そのまままっすぐにこちらへと突進してくる寸前だった。


 彼女達の退避は不可能。

 オレが躱す事も不可能。

 たとえ先程のように、ハルバートの切っ先をいなす事が出来たとしても、一歩間違えば彼女達が危険にさらされる。


「妹を返せぇええ!!」

「ッ………!!」


 気鋭一閃。

 彼女が踏み込んだ床板が、ミシリと嫌な音を立て、踏み込みの威力に負けてひしゃげたのを見た。


 その瞬間、眼の前にはオレに一瞬のうちに肉薄した彼女。


 ナイフでいなす事は出来ず、更には躱す事も出来ない距離。

 オレの腹へと一直線に刃が吸い込まれる瞬間、せめてもの抵抗にオレはナイフをその十字の刃の継ぎ目へと滑り込ませていた。


『いやあああああああああ!!!』

『銀次!!』

『先生!!』


 生徒達の悲鳴が響き渡る中、


『ギンジ…ッ!!』


 背後から掛けられたラピスや、ゲイルの声も遠い。


 ぞぶり、と刃が腹へと埋まる。

 生々しい音が、脳内を駆け巡るかのようにして聞こえたと同時に、


「………信じていたのに…ッ!!」


 ローガンの怒りとも悲しみとも付かない表情を目の前にしていた。

 そんな彼女の目尻には、うっすらと涙すらも浮いているのが見える。


 だが、次の瞬間には、オレの腹から噴き出した血液。

 圧倒的な痛みに、更には競り上がってきた腹の異様な圧迫感のせいで、吐き気を催した。



***



 腹に沈み込んだ切っ先。

 オレは、真っ向からローガンのハルバートでの突進を受け止め、そして負傷した。


『いやあああああああああ!!!』

『銀次!!』

『先生!!』

『………ギンジ…ッ!!』


 背後から響く、生徒達の声もどこか遠いもののように感じる。


 彼女のハルバートの切っ先を腹に埋めたまま、膝をがくがくと震わせながらその場で俯く。

 以前、魔力を暴走させてアグラヴェインと一騎討ちをした時とは違う、本当の意味での串刺しの状態。


 ばたばたと、足下へと落ちる血がなによりの証拠。

 だが、先ほどのなけなしの抵抗が功を奏してか、十字の部分が間一髪ナイフに阻まれて止まり、それ以上を傷付けられる事は無かった。

 あのまま、十字の刃まで埋まっていたら、下半身を切断されてしまっていただろう。


 そうなれば、オレも流石に死ぬ。

 そして、背後にいたラピスだって、怪我をしていた可能性は高い。


 背中から刃が突き出ているショッキングな映像を見せた事は申し訳ないが、怪我をしなかっただけマシだったと思ってくれるとありがたかった。


 ズキズキと痛む腹は脂肪や筋肉だけではなく、内臓も傷付けているかもしれない。

 先ほどから感じている眩暈は、出血の所為だけでは無い筈だ。


 寒気もして来た。

 おそらく、出血が多すぎる所為で、低体温症に陥っているのだろう。


 だが、


「忘れて…ないか?…オレの体、の事、」

「………ッ!!」


 これで、彼女の脚は止まった。


 表情を、さっと青ざめさせた彼女は、やはり忘れていたのだろう。

 オレの体の事、というのは、揶揄でも何でも無く、最近になって発覚してしまったオレの人外染みた体質の事だ。


 治癒再生能力の、圧倒的なまでの速度。

 痛みも苦しみも、勿論それに伴う体への影響もあるとは分かっていても、それが一定以上に達しない限り、死ぬことは無い。

 即死で無い限り、どうやらオレは死ねない身体になっていたらしい。

 つまり、こうして傷を付けられたとしても、時間が掛かったとしても治癒出来る。


 肉を切らせて、骨を断つ。

 これで、先ほどまで圧倒的な機動力を持っていた彼女を捕まえられたのも、同議だ。


「………ちょっと、面貸せや(・・・・)


 彼女が槍すらも残して退こうとした寸前に、オレは彼女の髪を掴んでいた。

 そして、そのまま顔面に向かってヘッドバット。

 オレの額に、鼻の骨が折れたであろう小気味良い音が伝わった。


 女に対しては外道だと思うかもしれないが、たとえ元命の恩人で、友人認定していたとしても、ここまで傷めつけてくれた相手に情け容赦等出来やしない。

 おまけに彼女、あらぬ疑いを掛けて、散々滅茶苦茶に暴れてくれたのだ。

 まずは、頭を冷やして貰わないと、こっちだって溜飲を下げられる訳が無い。


 生徒達に散々言われていただろうNGな微笑みと、ついでに口すらも汚く。


「このアマァ、黙ってればさっきから訳の分からねぇ事ほざきやがって、嘗め腐ってんじゃねぇぞ」


 背後で、息を呑む声が聞こえた。

 生徒達の数名が、「あ、本気でヤバい奴だ…」とか、言っているのも聞こえた。


 ああ、そうだよ。

 本気でヤバい奴だと、オレ自身も認めてやる。

 本気でキレてんだから。


 鼻血を噴き出しながら折れた鼻を押さえ、前屈みとなったローガンの足下へと踵を落とす。


「ぐぅ…っ!」


 おそらく靴を履いている余裕は無かったのだろう。

 今まで裸足で動き回っていたようで、先ほど床板をひしゃげさせる程踏み込んだ時に見て、とりあえず脚を狙おうと決めていた(・・・・・)


 そう、決めていたのだ。


「痛ぇか!?こっちは、もっと痛ぇんだよ、ふざけんな!!」


 そして、更に前屈した彼女の腹をめがけて、容赦なく脚を振り上げた。

 彼女の鳩尾へと爪先が食い込む感触が、いっそ心地よく思えたのも一瞬の事。


 呻いて、嘔吐いて、その場で蹲ろうとしていた彼女。

 そんな彼女の髪を掴んだまま、更に横薙ぎに脚を振り払う。

 オレの脚は、吸い込まれるようにして彼女の右肩を強打した。

 痛みと反動で手元が緩んだのか、オレの腹に突き刺さったままのハルバートから彼女が手を放した。


 その瞬間を見計らい、そのまま蹴り倒す。

 掴んだままの髪がぶちぶちと引きぬけて行く音を最後に、彼女は床へと倒れ込んだ。


 床に蹲って咳を繰り返しているローガン。

 そんな彼女の脇腹から、真新しい鮮血が滲み出した。

 おそらく、彼女が負っていた傷の中でも、一番の重傷であった銃痕だろう。

 次から次へと溢れ出して、包帯やその下のシャツに染み込んで行くのを、どこか早回しの映像を見るような気分で見下していた。


 それと同時に、大仰な溜息を一つ。やっとオレ自身の溜飲も下がった気がする。

 溜息一つ、腹に刺さったままだったハルバートを抑えながら、オレも彼女と同じようにしてしゃがみ込む。


 流石に、ここまで立て続けに傷を受けたのは久々で、気が緩んだこともあってか油断すればすぐさま気を失ってしまいそうになっている。

 だが、今回ばかりは流石に、この体質に感謝しなければならないだろう。

 一体、いつからこの体質に変化しているのか定かでは無いが、今はこの傷一つで致命傷になる事態をなんとか避ける事が出来ているのだから。


 ただ、放置は出来ないので、とっとと手当てはさせて貰う。


「悪い、間宮、オリビア。

 消毒液とタオル、ついでにオリビアはオレの魔力持てるだけ持って行って、そのまま治癒してくれるか?」

「(………はい)」

「ぎ、ギンジ様…ッ」


 先ほど、ローガンの為に準備して貰ったものを、先にオレが使う事になってしまった。

 こんな短時間で、ここまで怪我したのも珍しいもんだ。


 そうして振り返った時、ふとラピスやシャルが愕然とした表情をしていたのが横目に見えた。

 ラピスに至っては、真っ青な顔をしたまま、口元を手で覆い隠していた。

 目尻には、今にも零れ落ちそうな程の、涙を溢れさせて。


 ………彼女のトラウマを触発してしまったのかもしれない。

 状況は違えど、彼女の夫である闇小神族ダークエルフのランフェジェットもまた、彼女を庇って死んでいったと聞いていたから。


 まぁ、それは今は置いておくしかないだろう。

 先に傷の手当てをしなければ、死人が2人ばかり増えてしまうかもしれない。


 間宮から消毒液を受け取り、肩、こめかみ、腹の順番に傷口へと適当に振りかけた。

 鋭く刺すような痛みが断続的に続くが、消毒を怠ると後々に変な病気に感染しましたなんて事になったら洒落にもならんので、瘦せ我慢をしながらも続ける。

 ただ、こめかみの傷はほとんど塞がり、肩口の傷も出血は止まっていた。

 異常体質万歳と喜んで良いのか悪いのか、はしゃぐ元気も無いままそちらの傷は放っておいた。


「先生、大丈夫…!?」

「あー、悪いけど、伊野田…手を貸してくれ」


 駆け寄ってきた伊野田に、今しがた消毒した腹の傷口をタオルで押さえて貰う。

 更に、反対側の背中から間宮にも傷口を押さえて貰って、オレはハルバートの柄を掴んだ。


「ちょ…ッ、なんて無茶すんのよッ…!!」


 伊野田の後ろから顔をのぞかせていたシャルが抗議の悲鳴を上げたが、無視してそのままハルバートを引き抜いた。

 更に真新しい鮮血がタオルに染み込み、いよいよオレの貧血も凄まじい事になってきたがなんとか堪える。


 うげぇ、またしても礼服が血みどろになってしまった。


「オリビア、頼む」

「は、はいです…ッ」


 そこで、最後にオリビアの出番だ。 

 彼女の『聖』属性の治癒魔法を受けて、傷口がみるみる内に治癒していくのが分かる。

 ついでに、オレから彼女へと渡した魔力を使っているので、オレが『ボミット病』を発症するリスクは、ギリギリまで抑えることが出来た。

 肩も塞がり、腹の傷も塞がった。

 内臓に関しても、彼女のおかげでほとんど完治したと思われるが、


「(悪いが、もし何か不備があったら困るから、)」


 内心へと呼びかける、秘密裏の声。


 ーーーーーやれやれ、仕方ない。我も、主に死なれては困るでな。


 アグラヴェインにお願いして、万が一漏れ出しているかもしれない、内臓の組織液やその他諸々を、『闇』属性の性質を使って消して貰った。

 これで、なんとか感染症や内臓器系の疾患で死ぬことはなさそうだ。

 ………まぁ、失った血や体力が戻らないので、しばらくは安静にしておくべきなのだろうけど。


 さて、オレの手当ても終わったところで、


「少しは落ち着いたか?このウスラトンカチ」


 オレが次に声を掛けたのは、床に蹲ったままのローガンだった。

 傷口から溢れる血は、少しは収まってきているようだが、振り乱した髪をそのままに嗚咽を漏らしている辺り、相当痛かったのか、もしくは不甲斐無いと感じているのか。

 その姿を見る限り、哀れには見える。

 だが、このままなぁなぁにしておくことは出来ない。


「………大丈夫か?」

「………ああ」


 そんな中、ふとオレの肩を押さえた手があった。

 目線を向ければ、そこには心配そうな顔をしたゲイルがいた。


 だが、オレはそんな彼の手を振り払う。

 その瞬間、彼の目が驚いたように見開かれたと同時、くしゃりと表情が歪んだ。


 視線を外し、そのまま無視を決め込んでおく。


 やめてくれよ、今は。

 仲良しごっこも、誰かを気遣うのも、ましてや取り繕うのだってしたくないんだから。


 今回で二度目の掌返し。

 一度目は、テメェだったって事を、忘れんじゃねぇ。


 閑話休題。

 今は、こっちが先決だろう。


「………おい、答えろ。テメェ、このままだと出血多量で死ぬぞ」


 先ほどと変わらず、気遣いも遠慮すらも無いままで問いかける声。

 嗚咽は止み、その顔が上げられた。


 オレを、憎むかのような憤怒の篭もった視線を向けて睨み付けてきた彼女。


 鼻で笑ってやった。

 ………最初の時の表情と、雲泥の差だな。

 なんだってんだよ、畜生。

 その顔をしたいのは、こっちも同じだって言うのに。


「ここには、テメェの妹はいねぇよ!

 だいたい、オレは今まで東にある『クォドラ森林』にいたんだから、」

「う、嘘を吐け!…ならば、何故…ッ、お前の持っていた武器で、私が攻撃を受けたのだ…!?」


 息切れを齎しているのか、荒い息遣いのまま言葉で噛み付いて来たローガン。

 この世界の人間は、どうしてこうも人の話を食い気味に否定する輩が多いのだろうか。


「知るかよ。こっちの武器は、先ほど見てきたがどれも持ち出されたり、運び出された形跡は無かった」

「まだ、シラを切るのか…!?」

「シラも何も、こっちは無実だ。冤罪、勘違い、テメェの早とちり。

 オレは、この3日間、ずっと『クォドラ森林』にいたし、テメェが運び込まれたと聞いたのも今日が初めてだっての…」


 理路整然と、彼女からの疑いを晴らす為に、オレは淡々と言葉を重ねる。

 何がそこまで、彼女を固執させているのかは、確証は無いが分かっている。


 彼女がその身に受けた、傷がネック。

 おそらく、彼女の言い分からして、銃火器で付けられた傷であると言う事はほぼ間違いないだろう。


 だが、少なくとも、こちらの武器を使われた形跡は無い。

 よって、こちらとしても、ローガンを傷付けた武器が何だったのか、現状では一切分かっていない。

 そもそも、彼女は早とちりが多すぎるんだよ、畜生。


「証人なら、ここにわんさかいるけど?

 ラピスとシャルは元々『クォドラ森林』に住んでたし、ライドやアメジスとは知り合ったばかりでも、3日間ずっと一緒にいた。

 ついでに騎士団の連中に話を聞けば一発で分かる」


 一度、このダドルアード王国に戻ってきた時でも、オレは間宮とライドとゲイルの3人と行動を共にしていた。

 そんな彼等の眼を盗んで、西か北の森に行ける訳が無いし、数分で行ける距離でも無い。


「それに、お前を襲う動機が、オレには無いぞ?

 むしろ、待ちわびていたぐらいだって言うのに、何で襲う必要がある?

 理由は?目的は?メリットは?なぁ、おい」


 更に続けざまに投げかける言葉に、彼女が鼻白んだ。

 しかし、顔を真っ赤にしながらも、まだ言葉を連ねる元気だけはあったようで、


「そこにいる生徒達でも使えば、事済むことではないか!

 それか、ならず者でも雇ったのであろう!?

 でなくば、なんじょう!?

 何故、私と妹を襲った者達にお前達と似たような匂いをした者がいたのか…!」


 ………うん?

 なんか、ちょっとこれは引っ掛かった。


 発せられた言葉の中に、紛れていたニュアンス。

 似たような匂い、とは具体的には分からないまでも、もしかしたらもしかするかもしれない。


 と、ふと生徒達を振り返れば、


「馬鹿言うなよ先公?オレ達、期末試験以外では、外壁の外には一歩も出てないぜ?」


 香神から、やや呆れ交じりの台詞を頂いた。

 しかし、彼のその言葉の通りである。

 期末試験の為に外壁の外に出たというのは本当らしいが、それ以外で彼等が外に出ることは難しい。


 ついでに言うならば、この中にオレの持ち込んでいた武器を扱える人間はおろか、武器の在り処を知っている者もいない。


「………悪いが、生徒たちにも心当たりは無いそうだ。

 それに、彼等は今まで、学校の行事の関係で、冒険者ギルドに入り浸っていた」

「………ッ、そんな訳あるかッ…!私や妹が襲われた時、確かにお前達の臭いがその場に残っていたのだぞ!」


 ………だから、臭いというのが具体的に定かでは無いから、分からんと言っているのに。


 しかし、


「(ローガンさんの言っていることも、一理あるのです)」

「………何?」


 ここで、彼女を擁護したのは、まさかの間宮だった。

 耳元で囁くようにして、唇を動かす彼を横目でしっかりととらえる。


「(異世界の人と、オレ達とで、生活習慣が違う所為か染み込んでいる匂いが違うのです。

 前者は、垢っぽく汗の混じった臭いが多いですが、オレ達の場合は科学配合の洗剤などの匂いやフレグランス系の香りがありますので、)」


 あー………、それは納得するわ。


 異世界の人間とオレ達では、そもそも触れ合って来た文化が違うから。

 洗濯の際にはかならず化学合成の洗剤や石鹸が使われていたし、オレ達が使っている衣服に関しても同様に科学繊維が使われている。

 果ては、香水、シャンプー、リンス、整髪料に清汗スプレーなんかもあるからね。

 ここ数ヶ月で、石鹸が流通するまで、衛生概念が破綻していてフレグランス系皆無だった世界だもの。


 具体的な匂いまでは分からなくても、違うと言い張る彼女の言い分は分かった。

 ただし、彼女の言い分に他に納得できる部分は、残念ながら無い。


「たとえ仮に、似たような匂いがしたとしても、ここにいる生徒達もオレも無実なのは変わり無い。

 さっきも言ったけど、テメェを襲う動機も理由も目的もメリットも、何一つ無いんだから」

「もう、貴様の事など信用できん…ッ!私の妹を返してくれ!」


 ………おいおい、聞く耳も持たないのかよ。


 先ほど下げた筈の溜飲は、またしても怒りとして鎌首をもたげ始めている。


 傷が治ったとはいえ、こっちが支払った労力も失った血液も戻ってこない。

 なまじ、出血量の関係でそろそろ貧血の諸症状が現れ始めて、大変グロッキーな状況にある訳で、


「テメェの妹はここにいないと何度言えば分かる!!」


 つい、カッとなって、怒鳴り声を上げてしまった。

 途端、


「ひぅ…ッ」

「こ、これ、ギンジ…!」


 背後で、息を呑んだ気配。

 かと思えば、背後でシャルがふらりと後ろへと倒れ込んだ。

 咄嗟にラピスが抱えたようだが、今ので気絶してしまったというのは間違いないだろう。


 見れば、泣き顔を上げていたローガンまで、がちがちと歯を鳴らして固まってしまっていた。


 ………あれ?殺気漏れた?


「………ギンジ、落ち着け…ッ!今は、彼女を怒鳴り散らしても変わらん…!」

「テメェは、黙ってろ!!」

「………ッ、ギンジ…!いい加減にしろ!先程から、お前から凄まじい覇気が出てる…!」


 背後から、無理矢理にゲイルに押しとどめられ、更には怒鳴られて初めて気付いた違和感。


 彼の顔を見れば、必要以上に青くなっているし、そんな彼の肩越しに見えた生徒達すらも身体を小刻みに震わせながら必死な顔で喘いでいた。 

 しかも、オレの傍らにいた間宮までもが、その状況。


 ………しかも、怒気じゃなくて覇気だって?

 オレはそんなつもり、一切合切無かった筈だと言うのに。


「………分かったよ、悪かった」


 彼がオレを押し留める為に掴んでいた左肩(・・)の手を、やや乱暴に振り払う。

 ………って、左肩?


「………。」

「ど、どうしたんだ、今度は…ッ」


 オレが、きょとりと眼を瞬かせた先にいたのは、やはり青い顔をしたままのゲイルだった。

 先ほど、オレが手を乱暴に振り払った所為もあってか、苦い顔もしている。


 だが、今度はこっちが驚く番だった。

 トラウマのある左肩に触られていたのに、オレは今全く拒否反応が出なかった。


「………あ、これ、ヤバい奴だ」

「………は、はぁ!?」


 呟いたと同時に、ブラックアウト。


 ゲイルの素っ頓狂な声を聞きながら、ぐらりと傾いた体に揺れる視界。


 本格的に、オレの体は限界を迎え、ショック症状を齎していたようだ。

 だって、先ほど触れられていた筈の左肩だって、今気が付くまで感覚が無くなってたんだから。


 ばったり、と倒れ込んだ床。

 触れた頬が温かいと感じる程には、オレの体は熱を失っていたようだ。


 そのすぐ後に、ゲイルや間宮に抱え起こされたようだが、呼びかける声すら聞こえなまま意識が途切れた。



***



 彼が怒鳴り声をあげた瞬間、本能的に体が震え上がった。

 肌を刺すような殺気でも、禍々しい怨嗟の気配も無く、ただただ圧倒的に圧し掛かる圧迫感。


 これは、覇気だ。


 気付いたのは、騎士団長こと青二才ゲイルの言葉を聞いてからだったので、私がいかに鈍っているのかが良く分かる。


 覇気は、圧倒的な力を持った格上の相手から齎される威圧感に他ならない。

 常ならば、覇気を発する事が出来る人間は少なく、多くとも上位種の魔族、それも『天龍族』や『吸血鬼ヴァンパイア』、『不死身族アンデッド』などの種族が持ち得るものだ。

 それに気付けるだけの力量を持っていなければ感じられず、そもそも次元の違う相手を見定める為の唯一の気配だった筈だというのに。


 倒れ込んだシャルからも見て分かるように、覇気は常人が感じれば昏倒すら有り得る。

 立ち竦んでいる校舎の面々や、ライドやアメジスを見る限りでも、それは同様のこと。


 一切の動きを、封じられるのと同じ。

 それを、この男は、たった一言の怒声と共にやってのけた。


 私自身も、怖いと感じる。

 この男の背中しか見えない現状であるというのに、その体から発せられた覇気は、以前遭遇した事のある上位種の魔族達にも引けを取らない程だったから。


 しかし、


「どわ…ッ、ギンジ!?」

「(銀次様!!)」

「ギンジ様!?」

「ギンジ…ッ!!」


 何かを呟いたかと思えば、そのまま横倒れに床に転がったギンジ。

 青二才に抱え起こされ、改めて見た顔の色は、既に死人と変わりない程に蒼白であった。


『ま、待ちと待て!』


 思わず、魔族語で放ってしまった言葉に、唇を噛む。

 私は、私が思っていた以上に、この状況に混乱をきたしていたようだ。


「済まぬが、シャルを…ッ!」

「あ、ああ」

「義姉さん…?」


 抱えていたシャルをライドへと預け、私は即座にギンジの傍らへと移動する。


 首筋に指を添え、脈を確認しようとするが、触れた瞬間の肌の冷たさにぞっと背筋が凍り付いた。

 更には、脈拍はか細く、遅い。


「出血の所為で、体の各機能が追い付いておらぬのだッ。このままでは、永眠してしまうぞえ!」

「………なッ…!?」

「とにかく、体を温める物を!失った血液は元に戻るまでどうしようも出来んが、」

「(今、お持ちします…!)」


 私が張り上げた声と同時に、傍らにいた赤髪の坊主が消えた。

 一体、この男は、あのような年端もいかぬ子どもを、どうやってここまでの力量に育て上げたのか不思議でならぬ。


 だが、今はそんな事よりも、ギンジの容体の方が急務。


「湯を沸かせ!なるべく、常温よりも熱い程度!湯たんぽを準備!!」

『えっ?あ、はいっ!』


 またしても私が張り上げた声に走り出したのは、サカキバラと呼ばれた青年と、カナンと呼ばれていた青年。

 彼等も流石はギンジの生徒。

 行動への遅延が少なく、我先にとキッチンへと駆け込んで行った。


「青二才は、この馬鹿者を移動させておくれ!

 クッションなどで、足下を高くして寝かせよ!それと、あまり無茶に動かすでは無いぞ…!」

「わ、分かった!」


 青二才には、ギンジを運ばせ、ダイニングであろう一階のソファーに彼を移動させる。


「この中で、火を扱える者は、急いで暖炉に火を!早くおし!」

「は、ハイっ!!」


 次に張り上げた声に反応したのは、シャルと同様かそれ以下の、トクガワと呼ばれていた身長の低い少年だった。

 だが、感じ取れる魔力は見た目に沿ぐわぬ力量で、今更ながらこの校舎の面々が普通では無い事を自覚させられる。


 次々と指示を出す傍ら、私も魔法を使って彼の体に、『風』魔法で膜を張る。

 これ以上、体温を下げない為の措置である。


「ああ、それから、そこな女蛮勇族アマゾネスも、とっとと寝台へと戻して、気絶でもさせておけ!

 暴れて邪魔をされても困るでな!女神は、とっとと傷を治しておしまい!」

『お、おう…!』

「あ、は、はいですの…ッ!」


 と、最後にはなったが、先ほどギンジに叩きのめされたであろう女蛮勇族アマゾネスの女の処遇も彼等に任せておく。

 ここにいる生徒達ならば、ここまで傷めつけられた女蛮勇族アマゾネス程度、制圧や拘束ぐらいは出来るであろう。

 先ほど、弾がどうとか言っておったようだが、この際は無視をして先に傷口を塞がせてしまった方が良い。

 この馬鹿者以外に、処置を施すとなると身体が二つあっても足りぬからだ。


 だが、


「施しなど、受けぬ!いっそ、今此処で殺せ!」


 生徒達が彼女を拘束したが、その最中にも煩わしく暴れる女蛮勇族アマゾネス

 拘束は比較的簡単に出来たようだが、寝台へと移動させるまでが苦労するようだ。


「お黙り、愚か者!ここまで、ギンジを痛めつけておきながら、楽になれるとは思うで無いわ!!」

「………ッ、その卑怯者に与している貴様に、愚か者と言われる筋合いは…ッ!!」

「愚か者に愚か者と言って、何が悪い!こ奴は無実!!

 貴様の勘違いが原因であることは、火を見るよりも明らかである事を何故分からぬ!?」


 ああ、煩わしい。

 久方ぶりにここまで怒鳴り声をあげた事もあるが、沸々と腹の中に湧いた怒りが留まるところを知らぬ。


 ………なんぞ、私もまだまだ若かったようじゃ。


「とっとと眠らせて、運んでおき!」

「こ、この……ッ、放せ!」

「失礼致しますの…!」

「クソ…ッ、う…ッ……!」


 すかさず、オリビアとか言った女神が、女蛮勇族アマゾネスを眠らせ、その隙にナガソネとアサヌマと言う名前の生徒達が、そのぐったりとした巨体を運んで行く。

 これだから、蛮族系魔族は好かぬ。

 体と力ばかりが発達し、考えが足りぬからだ。

 かつて冒険者であった時にも、獣人の仲間を持っていたことがあったが、彼等もそこまで知識は深くなかった。

 だが、ここまで苛立ちを露にさせられたのは、久方ぶりの事じゃのう。


「ね、寝かせたが、次は何をすれば良い?」


 青二才に声を掛けられた事で、やっと意識を切り替えることが出来た。

 そのまま、怒りは腹の奥底へと押しやり、改めてギンジの処置へと戻る。


「青二才は、そのまま待機しておけ。お主の巨体は、処置には邪魔じゃ」

「(毛布や布団をお持ちしました!)」

「さっさっと、掛けておやり。湯たんぽはまだかや!?」

「今沸かしてる!」

「準備が出来たら、首の後ろと脇の下、太ももに挟むのじゃぞ!」

「火付いたぞ!」

「そのまま、持続!熱いやもしれんが、今一時は我慢おし!」


 そうして、次々とこなしていき、ギンジの容体を改めて確認する。

 血の染み込んだシャツや、頬に流れ、あるいは散った血液を見て、またしても先程寝台に追いやった女蛮勇族への怒りが沸いてきてしまう。


 顔色は白く、縁取りのような隈まで出来てしまっている。

 明らかに、出血が多すぎるサイン。


「薬などがあればいいのじゃが、荷台のどこに積んだか分からぬのう」

「(薬って、造血剤とかで良いのですか?)」

「あ、うん?待ちと待て?お主が何を言っているか、私には分らぬでな」


 ここで、赤髪の坊主が袖を引いてきたのだが、いかんせんこの者は口が利けぬと聞く。

 唇を動かして、何かを伝えようとしているのは分かるのだが、流石にギンジのようにその技量を持っていない私には、この坊主が言おとしている言葉が分からぬ。 


「あ、オリビアちゃんなら、通訳できます!」

「なれば、お主がオリビアと変わってきておくれ。お主も『聖』属性だったであろ?」

「はい!」


 だが、どうやらここにいる女神が、精神感応テレパスを使って考えを読み解く事で、意思疎通が出来るらしい。

 ………というか、そのような方法で考えを読み取るだけなら、私も出来るかもしれぬ。


「ほれ、坊主。試してみるから、言ってみよ」

「(造血剤でよろしければ、銀次様の腰のポーチに薬が入っております)」

「おお、精神感応テレパスでならば、お主の言っていることも分かる。腰のポーチじゃな」


 どうやら、成功したようじゃ。

 彼から聞いた通り、ギンジの腰元を探ると、確かにポーチが下げられてあった。


 毛布や布団の中から引き抜きその中を除くと、何に使うかも分からぬ道具がわんさと出てきた。

 ごろり、と転がり落ちた歪な球体は、以前シャルの記憶から読み取ったゴーレム退治の際に使っておった焙烙(※爆弾)じゃろうが、このような雑の扱いをして良いものか?


「あッ!!また、こんなの持ち出してる!!」

「あー……、確か没収してたんだっけ?」


 そこで、湯たんぽを持ってきたであろう2人の青年が戻ってきて、その球体を見てサカキバラは怒声を上げ、カナンは呆れ混じりな溜息を吐いた。

 ………扱いはともかく、見つかってはいけなかったもののようじゃの。


 それはともかく、湯たんぽが届いたので先程の指示通りに、ギンジの体へと挟み込ませる。

 先ほど、体温の低下を防ぐ目的で掛けた『風』魔法もここで解除しておく。


 その間に、マミヤがポーチの中から探り当てた薬の入った奇妙な形をしたケース。

 薬の形も、私が見た事も無い円形をしており、どのような製法であるかも全く分からぬ。


「(こちらが造血剤です。栄養剤であれば、部屋にあった筈ですが、)」

「………こ奴、医者でも目指しておったのかや?」

「(知識が豊富なのは、間違ったことでは無いでしょう?)」


 私の呆れ交じりの感想に、マミヤが苦笑を零して、だがどこか誇らしげにやんわりと笑った。

 無表情の時ばかりしか見ておらなんだが、このような表情も出来るのでは無いか。


 閑話休題それはともかく


「これは、飲ませるだけで良いものか?」

「(はい。今、水をお持ちします)」

「いや、いらぬ。手を洗うから、床を拭いておいておくれ」


 先に『水』魔法で発言した水で手を洗い、その後に手の中に溜めた水を口に含む。

 小さな薬をその水を含んだ口の中へと放り、勢いのままにギンジの顔を上向かせた。


 恥ずかしいと感じる気持ちもあらばこそ。

 私が生死の境を彷徨った時にも、この男は私の唇を塞いでおったのは知っておる。


 躊躇なく、ギンジの唇へと、私の唇を重ねた。


「お、おい…ッ!」

「(あ、)」

『あああっ!?』


 背後で煩わしくうろたえた子等の声を聞きながら、口に含んだ水と共に錠剤を流し込む。

 噎せないようにゆっくりと流し込み、上向かせた喉が、動くのを待つ。

 ややあって、こくり、と嚥下したであろう喉の動きを見て、口の中に錠剤が残っていないかを確かめる為に舌を潜り込ませた。


 ………流石にこれは恥ずかしいが、ギンジが言うところの緊急事態サプライズである。

 そう考えつつも、探った口の中は空っぽで、口の中に残っていた少量の水を流しこむのを最後に唇を離す。


 口元から垂れた水があったが、それ以外はどうやら飲み込んだようだ。

 無意識のうちに止めていた息を吐き出せば、うっすらと赤みを帯びてしまっただろう頬が熱を持っているのが分かった。


 眼が覚める兆候は無いが、眠っている様子は問題ないように思える。

 もう一度、脈を確認し、少しばかり遅かったそれが段々と戻って来ていると感じたのを皮切りに安堵の溜息を吐いた。


 血の気の失せた唇は真っ青ではあるが、薬の効果さえ現れてくれれば、後は彼の目覚めを待てば良いだけになるだろう。


「とにあえずは、これで様子を見よう。目覚めたとしても、体を動かそうとさせるでは無いぞ?」

「(分かりました)」

「………そろそろ、繋いでおいた方が良いかもしれんな」

「それは、私も同感じゃ」


 ギンジが聞いていれば、今の顔を更に真っ青にしそうな事を青二才と言いつつ、彼の寝顔を眺める。


 眠っていれば、幼い寝顔をしていると思ったのは、これで3度目だった。

 1度目は、あの森の中の家で、強制的に眠らせた朝の事。

 2度目は、片付けが一段落した後に、悪戯半分の気持ちで彼の眠る寝台へと潜り込んだ夜の事である。


 年相応とは見えないあどけなさの残る顔立ちは、寝ると更に際立っている。

 これが、彼等の来た世界の種族柄であると聞いたのは、一体いつぞやの事だったかは定かでは無い。


 改めて、生徒達を横目で見てみれば、言われると確かに幼さの目立つ顔立ちをしている者が多い。

 マミヤやイノタ、トクガワなど子どものようにしか思えない。


 それでも、彼等が彼等で既に人間で言えば、シャルよりも年上であることは分かっておる。

 年齢どころか、力量すらも上であると分かっているのは、いかんせん母としても教育者としてもやや業腹ではあるものの。


「目覚めたら、文句を言ってやらねばなるまい?」

「(ほどほどに、お願いします)」

「ほほほっ。こ奴の態度次第ではあるがのう」


 とりあえずは、このまま彼の容体を確認しながら、目覚めを待つしか無さそうだ。


 ああ、しかし、


「さて、ひとまず御苦労じゃったな、坊や達。

 改めて名乗る程のものでもなかろうが、私はシャルの母親でラピスラズリ・L・ウィズダムと言う者じゃ」


 そう言えば、怒涛の展開の所為ですっかり忘れておった。

 私は、彼等に自己紹介すらも出来ぬまま、指示を出しては雑に扱ってしまっていたからの。


 生徒達へと振り向きがてら、口元だけで笑顔を取り繕って名乗りを上げる。


 その瞬間、


『嘘だろぉおお!!!』

『ええええええええっ!?こんな美人な母親ママって有りぃい!?』

「………おいおい、若すぎんだろ」

「………森子神族エルフって、怖いな」


 生徒達からは、私が思っていた反応とは全く別の反応が返って来てしまった。

 ………森子神族エルフという事で驚かれると思っておったのにのう。



***

今回は、手の空いた時間を縫って急いで仕上げた為、誤字脱字が多いかもしれませんが、ご了承くださいませ。

そのうち、時間が出来た時に直します。

生暖かい眼で見てくださって結構です。


以前の話でも多かったですが、今回もまた誤字脱字を量産した結果になっております。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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