68時間目 「保健体育~災難は何かと一緒にやってくる~」
2016年4月11日初投稿。
改稿作業も思った以上に順調に進んでいるので、調子に乗って続編も投稿させていただきます。
視点がしっかりアサシン・ティーチャーに戻ってきたので、以前の話から比べてややコミカル気味に。
68話目です。
ついでに、新章突入です。
***
辺りは真っ暗で、明かり一つ無い。
夢の中というと正確には違う、オレの精神世界は相変わらず真っ暗なままだった。
それが、オレの精神状態を表わしているのか、はたまた加護をしてくれている『闇』の精霊の性質なのかは、判断に迷うところだ。
そんな、精神世界での逢瀬(?)は、ここ最近説教から始まり説教で終わる。
ただ、今回ばかりは、昨夜のパーティーでの無双が功を奏したのか、以前とはまた違う対話となっていた。
「………オレ、そろそろ戻りたいんだけど」
『せめて、もう少し扱いを覚えてからにしておかぬか。
毎度毎度、魔力の調整のために叩き起こされる我を辟易とさせるでないわ』
という彼の言葉通り、オレはお馴染みになりつつある座禅スタイルで、魔力の調整を修行している。
スパルタ鬼教官は、勿論アグラヴェインである。
本当に、彼はスパルタ過ぎるんだが、そろそろ体感では夜を通り越して朝を迎えるのでは無かろうか?
丸一日、眠っていたとか、それはまたそれで生徒達に心配をかけてしまいそうなものなのだが…。
『余計な事を考えるな、と何度言えば分かる?』
「うへぇ…ゴメンなさい」
と、このやり取りも、何回目になるのか分からない。
確かにオレは、元々集中力の面では飛び抜けていた部分もあって、座禅スタイルであればトランス状態を自力で引き起こす事も、勝手に引き起こされる事もあった。
なので、こうして彼のコーチの元、魔力の調整を扱う為に集中し、魔力を体内で練り上げると言った動作も、集中して行えば然して苦行とはならない。
だが、考えても見て欲しい。
先程も言った通り、体感では既に夜を通り越して朝を迎えるかもしれない。
昨日のラピスからの強制睡眠で、眠ってから丸一日が経過しようとしている。
流石のオレも、そろそろ集中力は皆無である。
『ほぅ、では次に魔法を扱う時は、我の助力は必要なかろうな』
「いえ、それは勘弁してください」
たった数時間、魔力の扱い方を習った程度では、ぶっつけ本番は怖すぎる。
またしても暴走しましたって事になって、今度は生徒達に被害が及びましたとなったら洒落にならんし。
なので、大人しく彼からの教授を受け続けること、更に1時間。
『ふむ。付け焼き刃程度ではあるが、少しは魔力の調整も慣れてきたようだな』
「………ふぃ~。やっと、及第点かよ」
やっとこさ、アグラヴェインからのお許しが出た為、張り詰めていた気が一気に霧散。
言葉を体現するかのように、背後に倒れ込んで溜息を吐き出した。
そんなオレの姿を見てか、アグラヴェインは何が楽しいのか、くつくつと喉奥を鳴らして笑っていた。
………その笑い方、オレのNG笑顔と一緒で悪巧みしているように聞こえるから、止めた方がいいと思うけど?
『主は、持て余し過ぎた魔力の行き先を正しく選択出来ぬだけだ。
川の流れが一定であるように、魔力の流れもまた一定に保たなければ、魔法を扱うのは遠い夢のまた夢ぞ』
そう言って、呼吸にも似た動作で闇を操って、オレの周りに浮遊させるアグラヴェイン。
あー、はいはい。
きっと、オレは覚えたてのチート能力を持て余して、出鱈目な調整しか出来てない劣等生ですよ~、と。
『そうやって、すぐに不貞腐れる癖もまた、主が未熟な証拠よな』
「アンタと違って、まだ生まれてから24年だからな。
それに、魔法を扱い始めたのは、生まれたての小鹿も同然な数週間前なんだぞ…?」
『小鹿であれば、教えられずとも歩き方を覚えようぞ』
「………オレは、小鹿以下って事な」
言ってて虚しくなって来たぞ、コノヤロウ。
『さて、そろそろ主も我も、このまま顔を突き合わせているのは飽いて来たところであろう』
「………アンタ、本当に歯に衣着せないよな」
『その言葉はそっくりそのまま返してくれるわ』
「ごもっとも」
なんて、話は逸れたけど、どうやらアグラヴェインは精神世界から、オレを解放してくれるようで、ふと今まで感じていた彼の気配が徐々に遠ざかって行く。
それと同時に、だんだんと霞み掛かって行く視界に、お目覚めの時間だと暗に理解出来た。
その感覚に抗うことなく、眼を瞑ったところで、
『………本来ならば、元々我が主の『精霊』となる予定は、もっと先の未来だったのだがな…』
ふと、呟くようにして木霊した彼の、独白のような台詞。
思わず、眼を瞠ったものの、その時には既に精神世界からは弾き出されてしまっていたのか、真っ暗な世界の中には彼の姿は見受けることすら出来なかった。
***
そこで、ぱちり、と眼が開く。
寝覚めとしては、少し心残りのあるすっきりとしない目覚めである。
思わず、苦々しい顔をしてしまうのはご愛嬌。
「(………最後に意味深なこと呟いてログアウトって、)」
彼にはオレの昔からの悪癖を注意されたものだが、彼だって悪い癖があるじゃないか。
指摘された筈の悪癖こと不貞腐れて、思わず二度寝でもしてやろうか、と思ったものの、おいおい待て待てそれは、喧嘩を売りに行って玉砕しにいくだけだ、となんとか理性が制止を掛けてくれたのは僥倖だった。
………彼に対して、そろそろオレも強気に出られるようになりたいものである。
一生、無理なのかもしれないけど。
なんて、思っていた最中であった。
「(あれ?なんか、右側だけ、妙に温かいんだけど、)」
ふと、気付いたのは違和感。
そして、いつか感じた事のあるデジャブのような感覚だった。
びきり、と体が固まったと同時に、背中に冷や汗が垂れる。
いつかも、こんな形での寝覚めを経験した覚えがあった所為である。
あの時は、確か、3日間も拘束された揚句に拷問を受け、ぶっ倒れた後の二日ぶりの目覚めの時だったか。
あの時は、高級そうな布団と共に、最高級の女性の肉布団に包まれていたものだ。
………エマがオレの布団にもぐりこんでいた時のことである。
しかし、今、再三のデジャブを感じ、オレの体は引き攣るどころか硬直してしまっている。
それもそのはず。
「すー…すー…」
寝息が、オレの首筋を擽っている。
しかも、何だろうか、この何とも言えない芳しくも良い香りは。
エマの時は、温かいという点と、眼の前に迫った肉厚でボリューミーな巨乳の所為で、匂いまで感じる事は叶わなかった(風邪気味だった所為もあって鼻も効かなかった)。
だけども、今回はダイレクトに触覚と嗅覚、そして視覚に来ている。
触覚と言う点では、右腕が圧迫感や体温を感じている。
首筋に掛かっている寝息も同じく。
そして、嗅覚には先程言った通り、芳しくも良い香りが鼻孔に届いていた。
しかも、生花か何かの混ざりあった石鹸の香りだったものだから、安心感を覚えてしまうのはオレだけだろうか。
………地味に、オレが使っているハーバル系の石鹸と同じような香りだ。
そして、最後に、先ほどからオレの視覚の中で、ちらちらと見えている銀糸。
それは、オレの体の右腕へと抱き付いたままで、あろうことかオレの首筋に寝息を掛け、気持ち良さそうに眠っているだろう人物の髪だと言う事は容易に想像できる。
再三の嫌な予感だ。
おそらく、今回はエマの時よりも、更に状況が悪いと予想出来る。
何故なら、
「(………テメェ、未亡人とはいえ人妻だろうがぁあああ…ッ!!)」
ということである。
もうお分かりだろうか。
目覚めたばかりのオレの右腕を占領して、気持ち良さそうに寝息を立てている人物が、一体誰なのかを。
せめて、その娘であってくれ、と恐る恐る視線を傾ける。
………それはそれで、幼女趣味疑惑が更に高くなるだけだと分かっているが、今回ばかりはむしろそっちの方がダメージは少ない。
オレのメンタル、もとい理性の問題である。
しかし、
「(………だから、テメェは人妻だってのに、何をやっていやがるのか…ッ!!)」
やはり、オレの嫌な予感はどんぴしゃりだった。
恐る恐る、油を差し忘れたブリキのごとき動きで、視線を向けた先。
そこにはオレの右腕を占領したまま寝こけている、芳しい香りをさせた銀色の髪の、ある意味予想通りの人物がいた。
ラピスラズリ・L・ウィズダム。
現在、特別学校『異世界クラス』で預かっていた生徒のシャルクイン、もといシャルアゲート・L・ウィズダムの母親であり、『太古の魔女』という二つ名を持つ凄腕の冒険者。
そして、『吐き出し病』の第一人者であり、同時に患者でもある、森小神族の女性だ。
………オレの肩書きも色々とあれだけど、彼女も彼女で相当だと思う。
しかも、彼女は先述した通り、母親と言う事で、未亡人とは言え人妻である。
なのに、そんな彼女がどうして、オレの右腕を抱きかかえ、あまつさえオレの首筋に懐いて眠りこけているのかを、10文字以内で是非とも説明願いたい。
「………どうなってんだよ、こりゃ」
もう、どうすれば良いのか、オレの脳味噌では許容量が足りな過ぎて分からない。
決して、頭の回転も記憶力も悪くは無い筈だと言うのに、今回ばかりはオーバーヒートどころか、某月に代わっておしおきされる少女アニメよろしく、思考回路がショート寸前である。
ふと、辟易とした表情を隠さないままで、周りを見渡して見る。
一度ならば見た事のある内装であるからして、オレが就寝していたのは、右隣り眠りこけているラピスの寝室だったようだ。
つまりは、オレが彼女のベッドを占領する形となっていた。
ああ、なるほど。
寝る場所が無かったから、オレの隣を占領する事にしたということか。
………などと、どうでも良い事を考えつつ納得できない状況に無理矢理溜飲を下げた。
そんな中、ふと目線を下げた場所に、見慣れた赤色を見つけてびくりと驚いた。
ベッドの傍らで、丁度オレの足下に位置する場所。
そこには、最近見慣れ過ぎたとも言える弟子、間宮の見事な赤い髪。
半ば、頭を埋めるような形でベッドに懐き、眠りこけている姿だったが、最近伸びて来てしまった前髪の所為で表情がうかがえない。
だが、健やかな寝息を立てている辺り、この少年も少しは疲労を感じていたのだろう。
出来れば、そんな場所では無く、他の生徒達と同じく横になって休んで欲しかったと言う願いは別の方面へと投げ捨てておいた。
どんな格好でも眠る事が出来るのは、オレ達裏社会の人間にとっては必要な技術だ。
それを15歳で、既に会得しているというのはどうしたものか、と思ってはしまったものの、オレが目覚めても眠ったままでいる時点で、まだまだその他の技術は15歳然りとしているようで安心した。
話は逸れた。
さて、間宮も寝ていることだし、隣で眠ったままの人妻の眠り姫はどうしたものか。
………人妻って時点で、姫じゃなくてお妃だって事を訂正しておくが。
起こそうかどうか、悩む。
日の差し込み具合からして、おそらくはまだ朝も早いだろう。
こうして間宮まで眠っているところを見ると、おそらくはオレが強制的に就寝させられてから1日近く、予想で言うならば、彼女達は家財の整理に追われていた筈である。
流石にラピスだって病み上がりの女性だし、無理をさせて心苦しいという良心の呵責ぐらいオレにもある。
急がせてしまった以上、文句を言うつもりは無い。
ならば、このまましばらくの間寝かせておいてやるのも、親切心としては最上だろう。
だが、しかし、そうなってしまうと、今度はオレのメンタル面で少々問題がある。
オレは、今年で24歳になった。
あろうことか、冒険者ギルドで登録したカードの情報で発覚した事実だったのだが、それでも年齢的には十分若人なのだ。
いくら裏社会で育ってきたからと言って、何もかも自制を出来るかと言われれば、それは否。
………つまり、理性の面で、少々心許無い事になっていると言う事である。
恥ずかしい話、この世界に来てからは、禁欲生活と言っても他言では無い。
自家発電は勿論、色街に行って解消するなんて事も、ここ半年の間はしてこなかった。
勿論、学校で解消するのは生徒達と生活している手前、難しい。
むしろ、解消してしまったら解消してしまったで、変に広まりそうで怖い、というのが正直な話。
………どうやら、ウチの校舎の一人は、長い耳を持っているようだからな。
と言う訳で、最近はそう言った雰囲気になる事も、暴発寸前になる事も無かった訳で、言うなれば現在進行形で理性が本能に削り落されているという話。
朝から、お盛ん且つお下品な話で申し訳ないが。
「(………色街、そろそろ行った方が良いかなぁ。
むしろ、生徒達の為にも、オレが率先して解消してやった方が良いのだろうか…)」
そういや、生徒達の一部は未だ童貞なんだよなぁ。
名前は割愛するけど、おおよそ半数以上が経験無しって、ある意味珍獣のように思えるのはオレだけだろうか。
………間宮も、だよね?
一瞬、筆卸しが済んでいそうで怖いと思ったのは、本人には内緒にしておきたい。
それに、若い性衝動って、結構危ない問題を孕んでいたりするんだよね。
現代社会でも、よくよく耳にしたかもしれないが、現実的に達成されない性衝動の所為でひん曲がって犯罪に走るなんて事もある。
ストーカー被害とか一歩進んだ殺人や監禁事件とかは、そう言った現実が満たされない衝動から来る非現実思考の所為で起こる。
嫌だよ、オレは。
生徒達から、そんな馬鹿な事を起こす馬鹿が現れたりなんかしたら、本人抹消してからオレも首をくくっちゃいそうだもん。
一番の危険人物だろう約一名を思い浮かべてしまう辺り、しょっぱいというかなんというか。
やっぱり、生徒達は早めに色街に連れて行ってやった方が良さそう。
と、更に昇華して、色街への一種の社会研修のお題名目を掲げようとしてしまっている辺り、オレも随分と大人になったものである。
昔は、そんな事考えることも無かった、青春時代だったのに。
………オレも、成長したと喜ぶべきか、最近怠け過ぎだと叱咤すべきか悩んでしまった。
って、なんて話をまた、つらつらと考えているのか。
おかげで、先ほどまでは半分以上あった理性がごりごり削れてしまって、半分以下になってしまったような気がする。
気力で何とかするしか無いとは分かっているが、抗い難い衝動である。
芳しい香りがする。
それに、先ほどから首筋に掛かる寝息も、どことなく色っぽい。
しかも、オレの右腕を抱え込むようにして彼女が眠っている所為で、オレの右腕は常時控え目な肉の感触に触れていることとなっている。
正直、これが一番きつい。
しかも、彼女、何を思ったのか、オレの手をね、そのね?
………女子のデリケートゾーンに、挟み込んでいるみたいなんだけど、これはいったいどうするべき?
自覚したら、理性が一気に削り落されているのが分かった。
これは、ヤバい奴だ。
そろそろ、オレも草食男子の皮をかなぐり捨てて、肉食男子まっしぐらになってしまう。
どうあっても生まれ持った女顔は変えようも無いのだが、技術面で言えば結構なお手前だというのは自負している。
なので、ちょっとやそっとじゃ尻込みもしないもの。
………って、本気で何を考えているのか。
「………はぁ。…いい加減、起きてくれよ」
溜息混じりに呟けば、
「ん、んぅ…?」
と、自棄に色っぽい呻き声と共に、彼女が身動ぎ。
起きるか、と期待をして視線を向けたものの、
「(………だぁかぁらぁ!!なんで、オレの腕を抱え込んで寝るかなぁ…ッ!!)」
彼女は、呻いただけで、あろうことか更にオレの右腕にしがみ付いて密着してくる始末。
しかも、先ほど自覚してしまったデリケートゾーンでのスナッチもまた、強くなっただけという結果だった。
ああ、もうなんて事してくれてんの、彼女。
おかげで、オレの理性ががりがり削られまくって、既に獣への進化が秒読み段階なんだけど。
………オレが本当に獣だったのなら、そろそろ唸り声でも上げていたかもしれない。
だが、いかんせんそうなってしまっては、生徒達の性衝動を心配した手前、オレが自身を抹消する事になり兼ねないので、最後の一欠けらでもある理性を総動員して、
「起きろ、テメェ!」
「ひゃああああああっ!!」
朝から、突発的な騒がしいイベントを起こしてやるしか出来なかった。
………何をどうした、とかは敢えて言わない。
先述しておくが、オレの右腕は彼女にホールドされたままだったので動かす事は敵わなかった。
その代わり、その手があった場所で何をどうした、という事だけは言っておく。
その結果は、彼女の驚きと恥じらいと、若干の色香の混じった悲鳴が物語っている事も言っておく。
***
朝の目覚めの段階で、とんでもなく精神力(あと、理性ね)を削る出来事があったとしても、今日一日の仕事は待ってくれない。
「おはよう諸君。昨日は、色々とありがとう」
『おはよう、先生』
「丸一日寝てたから、流石に心配したけどね」
「寝過ぎよ、馬鹿!」
「………思った以上に、お主には効きが良すぎたようじゃのう」
「(………お疲れでしたようですので、)」
と、伊野田、河南、紀乃からは素直な朝のお返事が返ってきたが、榊原やシャル、ラピスからは少々胡乱気な視線を向けられてしまった。
ラピスと間宮に至っては困惑した顔をしてしまっているのだが、それはそれ。
確かに、アンタの睡眠魔法の効きは良すぎたよ。
おかげで、アグラヴェインと一晩どころか、丸一日語り合う事になったじゃないか。
そして、間宮は泣きそうな顔になってまで心配せんで良い。
思いのほか、魔法による強制睡眠が強過ぎたのと、対話の為にずるずると精神世界に居座っていただけだから。
おかげで、多少ならば魔力の調整が出来るようになったし、これに関してはこれ以上文句を言うまい。
ただし、
「………アンタ、義姉さんに何したんだよ?」
じろり、と胡乱気を通り越して剣呑な視線を向けてくる、闇子神族の兄妹の片割れ、アメジスエルことアメジスからの一言には、文句も意義も唱えさせて貰いたい。
それもその筈、朝の目覚めのイベントのおかげで、オレの頬には真っ赤な紅葉が散っている。
これ、マジで漫画とかアニメの中だけじゃなくても浮かび上がるんだな。
平手で殴られたのが地味に初めて(だって、皆拳しかつかわないんだもの)だったから、驚愕だったよ。
と言う訳で、オレが何かをしてラピスに平手をかまされた、というのは、既に朝の段階から周知の事実となってしまった。
確かに、起こす為にアクションを起こしたのはオレだが、大前提として最初にやらかしてくれたのはラピスだ。
「ごっほん。それに関しては、私も悪かったところがあるでな」
「………珍しく、ラピス姉が非を認めたな」
そう言って、オレの味方をしてくれたラピスもまた、少々通り越して真っ赤になった顔のままで、締まらない咳払いを一つ。
ついでに、朝食を運んでいるこれまた闇小神族の兄妹の片割れ、ライドパーズことライドが茶化しながら苦笑を零した。
………榊原とライドがキッチンに立っている時点で、女子達は負けたと考えないのだろうか?
という、朝の団欒(?)男女逆転問題まで、話をトリプルアクセルさせた時だった。
「家財の整理は、ほとんど終わっておる。運び出しも、午前中には終わるだろうよ」
「あ、そう?じゃあ、夕方には帰れるかもな」
榊原とライドの、料理自慢男子の朝食の攻略へと乗り出した最中、ラピスが報告してくれたのはオレが眠っている間の仕事の進捗具合。
なんと、既に家財の整理は終わって、昨日の段階で掃除まで済ませてしまったようだ。
丸一日眠っていたとはいえ、これにはさすがのオレも驚いた。
そして、運び出す物と運び出さない物、と仕分けも終了しているので、既に運び出しを残すのみとなっている。
彼女達の小屋に到着したのは、一昨日の昼頃だったので、2日で引っ越し作業が完了した訳だ。
………流石に、早すぎないか?と訝しげな顔をしていると、
「要らない物も多かったでな。必要なものだけを選定して片っ端から捨てて行ったら、割とすんなり片付きおった」
「………そりゃよかったね」
そんな会話の中で、彼女が指し示した先は外だ。
そこには、表玄関の近い場所にある窓から見える程のゴミが積み上がっている。
日用品などの生活ゴミや食糧から来る生ゴミ、ついでに不用品としての粗大ゴミまで積み上がっているので、少々家の前がゴミ屋敷一歩手前状態だった。
朝の段階で一度、間宮との修練の為に外に出て知ったその惨状に、思わず二度見した。
話は逸れたが、
「途中で騎士団の連中も合流したのでな。
外でのゴミの仕分けに参加してもらえば、早いものじゃった」
「ああ、物理的なローリング作戦敢行したのね」
と言うラピスの一言で、外に待機している騎士団がいることも分かった。
オレが眠っている間に、主要メンバーというか主軸となっている騎士団の連中は、こっちに合流していたようだ。
ちなみに、クソ馬鹿下僕の友人は、未だに王城で拘束されているらしい。
物理的な拘束じゃなくて、時間と立場的な拘束ね。
詳しくは聞いて無い。
………正直、今はアイツの事まで気に掛けている精神的余裕は無いから、どうでも良い。
「それから、一昨日襲撃して来た闇小神族についてじゃが、」
「………ああ、そうだった。拘束して、そのままだっけか」
次に、ラピスが口を開いた報告は、例の闇小神族の戦士達についてだった。
リーダーはライドとアメジスの父親である族長で、戦士達のほとんどが高齢のギネスチャレンジをしているような状況らしい。
………一番若い奴でも、119歳って言うんだから半端ねぇよ。
そんな彼等の処遇というか、今後の処置は正直オレも決めかねていた。
出来れば、『予言の騎士』としての職務に使う事は出来ないか、と考えているのだ。
つまりは、『暗黒大陸』で活動可能な手足が欲しいという皮算用である。
ローガンの持っていた『インヒ薬』は、『暗黒大陸』で自生している薬草が主原料となっているようだが、流石に『暗黒大陸』のどこに自生しているのか、オレ達は知らない。
女蛮勇族には伝わっているようだから、他の種族達に伝わっている可能性があるだろう。
だが、その薬草に関しての知識を、今度はどの種族が分かっているのかはまったく分からない。
出来る事なら、『予言の騎士』としての職務で、『暗黒大陸』にも出張する可能性を踏まえて、少しでも魔族達との礫圧は控えておきたいと考えていた。
と言う訳で、一番手っ取り早い末梢という方法を取らなかったのだが、
「済まぬが、居座られても困るでな。
とっとと、転移魔法陣で『暗黒大陸』の遺跡に転送しておいた」
「……………はい?」
………ラピスさんや?
オレの皮算用がたった今、何もかも瓦解したって事は分かってるかな?
「………不味かったかや?」
「うん。主に『予言の騎士』としての活動的に、」
オレも、正直に答えてしまうぐらいには、動揺してしまったようだ。
それを聞いて、ラピスも慌てたようで、さっと表情から血の気を引かせてしまったのだが、
「ああ、いや…、実は魔族への当たりを軽くしておきたかったってだけなんだ。
人間と魔族の関係って、昔からあんまり良い感情は含まれてないって言うのは分かっていたけど、もしかしたらオレ達は『予言の騎士』と『導かれた子等』って事で、『暗黒大陸』に出張する可能性は十分あると思うから、」
半分本心、半分建前、といった形で彼女へと軽く説明。
すると、彼女は自棄に安心したような表情で、にっこりと微笑んだ。
………だから、笑うなと言うに…。
「安心せよ。元々『ボミット病』の対処も知らぬ蛮族もどき共じゃ。
その例の治療薬になる薬草など、私が知る限りでも採取しておった事など皆無じゃのう」
「………お前、言うに事欠いて………」
自分の旦那の種族を、蛮族もどきて…。
一瞬、ライドとアメジスの表情が、納得しているのかなんなのか引き攣ったのは確かに見たぞ。
とまぁ、オレの皮算用は、結局のところ意味は無かったと言う事が分かった。
なので、今回ばかりは彼女が、転移魔法陣で転送したって行為は問題無かった訳だ。
………って、うん?
「………アンタ、よく魔力が足りたな…」
「うぐっ……気付かぬで良いところに気付きおって…!」
オレがぼそりと呟いた一言に、ラピスが今さっきまで至福の表情で啜っていたスープに噎せそうになった。
しかも、気付かなくて良い所に気付いたら、どうやら彼女にとって不都合になるようで、
「アンタ、何をしたんだ?
いつぞやの時もそうだったが、転移魔法陣は魔力を食うから、大陸縦断なんて事は出来ないって自分で言ってなかったか?」
「…………白状するとしよう」
問い詰めると、彼女は観念したかのように、罰の悪そうな表情をした。
………あ、なんか、嫌な予感。
「『闇』属性の魔法に『魔力吸収』というものがあるのは、一度話したな?」
「あ~…分かった。オレが寝てる間に、オレの魔力を使ったって事だな」
「う、うむ………」
ああ、聞いたよ、確かに。
彼女が一昨日の夜、昔語りの一部で、旦那であるランフェの『ボミット病』の症状を緩和する為に使っていた魔法だ。
ちなみに、補足説明をすると、彼女自身にオレの膨大な魔力を吸収するだけの器は無い。
下手すれば、『ボミット病』が再発するリスクもあった訳だ。
だが、彼女は魔力を吸収するだけの性質しか持たない魔水晶を使って、オレの魔力を吸収し、先ほど言っていた転移魔法陣への魔力供給に使ったのだと言う。
………その方法、オレのカンスト魔力にも応用出来んもんか?
「有り余っているようだったので、ちょっとぐらいなら良いじゃろう、なんて…」
「………オレの睡眠時間が伸びたのは、」
「………その所為もあるかもしれん」
………なんて事してくれやがった、この女ァ。
おかげで、オレは丸一日を無駄にした挙句、アグラヴェインとマンツーマンで魔力調整とか言うフルコースを味わった訳なんだが?
べ、別にアグラヴェインの教授が無駄だと思っている訳じゃないけど?
もっと早く目覚めたらなぁとか思ってただけだし。
なんて、言い訳してみるけど、結局腹の奥底から響いたアグラヴェインからの『今日も教授してくれようぞ』なんて一言が返ってきた。
脳内筒抜け問題、いい加減どうにかして…。
「………テメェ、オレが精神世界でアグラヴェイン様に轢死させられたら覚えておけよ…」
「………お主、強いのか弱いのか、はっきりせい」
人間や対人型の魔族に対しては強いけど、精霊には弱いんです。
………言ってて虚しくなったよ、とっても。
閑話休題。
色々話があっちこっちに飛びまくっているが、そろそろ軌道修正しよう。
と言う訳で、引き続き美味しい朝食をいただきながら、ラピスからの報告を聞く。
ただ、先ほどまで話していた内容がほとんどだったようで、後は諸々の引っ越し部隊(※騎士団の後続連中の事である)が到着してからという事になった。
「それと、既にライドから聞いておるとは思うが、冒険者ギルドへと登録したいと言っておる。
重ね重ねで悪いとは思うのじゃが、」
「ああ、良いよ。どの道、一旦冒険者ギルドに顔を見せる予定もあるし、ジャッキーに紹介してやる」
そうそう、そう言えば、昨日の王国からの帰り道でライドも言ってた事。
あの後、こちらに戻ってきてから兄妹で話し合った結果、アメジスも冒険者ギルドへ登録する事を正式に決めたらしい。
オレ達の行動を見て、人間も捨てたもんじゃないと分かってくれたり、ついでに言うなら属性的な面で闇小神族が発症し易いらしい『ボミット病』も、こっちでなら治療できるからって事で。
………発症したら即排除って、今まで存続してたのが凄いと思ったのはオレだけ?
普段は、闇小神族然りとした肌の色や耳、額に浮かび上がった模様等も含めて幻影魔法で隠して活動する事にしているようだ。
ライドの幻影魔法は、オレも威力を知っているからまず人間じゃ看破出来ないだろう。
ジャッキー辺りの獣人の連中はちょっと分からないけど、先に説明をしておくので、一応は大丈夫だと思いたい。
それに、期末試験と称して、冒険者ギルドに生徒達を預けているから、進捗情報を聞く為には一度脚を運ばなければならない場所だ。
ジャッキーとは、なかなか気安い仲となっているので、ついでに紹介するぐらいならお安い御用だ。
………生徒達が、問題を起こしてさえいなければだけどね。
「お前は、本当に顔が広いのだな」
「アンタ、冒険者ギルドにまで登録してるって聞いたけど、必要なのかそれ?」
「生徒達が登録してるからね。
生徒達がクエスト受けてんのに、教師であるオレだけ受けられないとかなっても困るし、」
冒険者ギルドのマスターとも交友があると聞いてか、ライドとアメジスの目は若干畏敬に輝いていた。
やめて、居た堪れなくなるから。
生徒達の褒賞の為に登録したなんて事言ったら、どうなるんだろうか……。
また胡乱気な眼を向けられるだけだと分かっているので、言わないけど。
「そういえば、私も更新しないで100年以上が経過してしまったのう」
「………年の単位が、」
「ほほほ。森小神族に年の話は、栓無い事よ」
10年20年でも驚きなのに、100年とかスケールが違い過ぎると思うよ。
ついでに、オレの辟易とした表情に対して、笑って誤魔化すのもちょっと明け透け過ぎると思うけど?
まぁ、良いか。
彼女もなんだかんだで、人間嫌いを多少は払拭してくれたようだから。
「そういや、アンタもSランクだったんだよな?」
『………も?』
ふと、気になった内容を聞いただけだと言うのに、ライドとアメジスが固まった。
そして、オレの言葉の一部を反復。
「………ま、まさか、お前もSランクか」
「はぁあああ!?アンタ、本気で人間かよ!!」
「『予言の騎士』だし、」
また魔族相手に人間を疑われてしまったが、正真正銘の人間ですってね。
『予言の騎士』だって、実は人間の種族しか選ばれないって事もあって、そう言えば簡単に事が済むってことを最近自覚したよ。
「………あ、あたしも登録したいんだけど」
「まだ、駄目」
「うむ、まだ駄目じゃのう」
「な、何で!?と、というか何でアンタまで駄目って言うのよ!!」
そこで、ふと呟いたのは、シャルだった。
オレ達が冒険者ギルドの登録やランクの件で盛り上がっていたので、シャルも登録したくなったようだ。
まぁ、彼女は、森小神族特有の長命なところを引き継いでいる為、見た目に反して58歳と驚きの年齢をしているので、年齢制限はパスしているんだが、
「お主は、まず彼等の学校で、それ相応の身を守る術を習うべきじゃ。
魔法だけでは切り抜けられぬ依頼も多いし、Dランク以上の依頼であれば、確実に魔物との戦闘が含まれているでな」
「そんなの、いつもやってるじゃない!弓だってナイフだって扱えるわ!」
「年相応にはね。だけど、オレ達からしてみれば、魔法は飛び抜けていても、動きに関してはまだまだ考えものだよ。
榊原か河南、間宮と一回でも手合わせしてみて、それから決めた方が良いよ?」
と、ラピスとオレが一緒になって牽制した言葉に、シャルの顔が真っ赤になった。
ああ、これはちょっと言い過ぎた、ってか、今まで生徒達の訓練をシャルに合わせたメニューにしていた所為で、ちょっと天狗になっちゃっていたんだろうね。
………そういや、種明かしはまだしてなかったから、先に言っておこう。
「正直、今のシャルなら、伊野田にも勝てないよ?
オレが、教えているのは対人戦闘だし、魔物相手の遠距離からの攻撃とは全く別物だから」
「………あ、えっ、嘘…!」
「ついでに言うなら、いつもの訓練のメニューが全部だと思わないでね?
あれ、シャルが通っている間だけの特別措置であって、かなり控え目にしていただけだから」
「………。」
黙り込んだシャルが、顔を蒼白にしている。
多少なりとも無理をすれば食らいつく事の出来た訓練が、文字通り自分のポテンシャルに合わされたものだと分かって絶句しているようだ。
いつものメニューを知っているだろう伊野田と榊原、河南や紀乃は苦笑とも言えない苦い顔をしていた。
特に伊野田なんて、申し訳なさそうにしている。
それに、間宮なんて、その倍以上の訓練メニューこなしてるから、正直手合わせさせたら逆に怪我をさせそうで怖い。
「最初から1週間って目途だったから、少し手を抜いてたんだよ。
生徒達は、そのメニューが終わった後に、早朝か深夜に自主練するように言い付けてあったから、多分気付いて無かっただろうけどね」
つまりは、そういうこと。
と言う訳で、母親でもあるラピスを含む、オレ達の見解はまだ早いってだけ。
「今後の訓練の結果次第では、考えない事も無いから頑張って追いついてね?
魔法に関しては心配して無いけど、今のシャルだと圧倒的に体力も技術面も足りてないから、」
「………分かったわ」
しょんぼりしてしまったシャルには悪いけど、これからは彼女もオレの生徒となる。
ならば、生半可な覚悟でも、中途半端な師事でも戦場(それとはまた違うけど、)に送り出す事は出来ないから。
「………今、初めてコイツが教師に見えた」
「………あたしも、」
「お前等兄妹揃って失礼だな、コノヤロウ」
と、最終的に、何気に兄妹シンクロを見せたライドとアメジスにはご愛嬌。
オレは、そろそろ普段の生活態度から教師に見えるようにならんものか、と色々模索した方が良さそうだ。
***
朝食も終え、細々とした片付けや清掃も終え、ついでに家の前に積み上がっていたゴミも焼却処分。
魔法ってつくづく便利だよね、と思ったりもしたけど、発生したとてつもない量の煙やらなにやらが、ただでさえ太陽が二つも昇っている所為でクソ暑い地球温暖化にまたしても協力してしまうんじゃないか、と心配してしまったのはご愛嬌。
………燃やしても、害のある化合物質が無いだけマシって事で。
ともあれ、ラピス達家族の引っ越し作業の前段階である、家財の整理はなんとか終わった。
騎士団の連中が気を利かせて持ってきてくれていた荷車も合わせて、三つ分ともなった荷物ではあるが、生活用品以外は、ほとんどがラピス本人の研究資料やら何やらだ。
有り余っている財産を使って、そろそろ物置を改装してしまおうと思っていたので、扱いに困る訳でも無し。
しばらくは、医務室代わりのダイニングの一室か、使わないままだった3階の客室に放り込んでおこう。
………って、そういや、彼女達の部屋ってやっぱり一緒の方が良いのだろうか?
なんて事を考えつつも、作業の手は休めず続けていれば、時刻は昼を大きく回っていた。
朝食代わりの簡単な軽食を、またしても榊原やライドが作っておいてくれたのでありがたく頂戴する。
………朝と同様、女子組が全く関与していないのは、指摘するべきか否か判断に迷った。
その頃には、朝食の時に話していた引っ越し部隊、もとい騎士団の後続部隊も到着。
その中には、当然のようにゲイルもいた。
だが、彼に対して、今後しばらくは甘やかす事はしないことを決めていたオレは、彼率いる部隊が到着してもほぼスルー状態で、さっさと荷物の積み込みに始終していた。
だから、彼がどんな顔をしていたのかは、結局見ていない。
そんな中、
「先生、良いの?ゲイルさん、滅茶苦茶落ち込んでるみたいだけど、」
「落ち込みたいのはむしろこっちだし」
「………あ~~…、先生でも今回ばかりは応えたって事か」
榊原に、オレ達2人の様子を心配されたが、それでもオレはスルーを決め込んでいた。
伊野田も何か物言いたげな表情をしていたものの、シャルと共に女性が必要とする荷物(推して察しろ)の積み込みで手一杯になったようで、何も言ってこなかった。
まぁ、生徒達に何を言われたとしても、オレは首肯する事は無いだろうけどね。
ともあれ、
「ふむ、思った以上に早く終わったのう」
「………ねぇ、母さん。そういえば、家はどうするの?」
全ての積み込みも終えて、王国へと向かう道中。
以前とは違って帰る家が変わる事に少しだけ不安を感じたのか、それとも寂しくなったのか。
しょんぼりとした様子のシャルがラピスの袖を引く。
その姿は、見た目通りの幼子然りとしていて、可愛いと思った。
「『迷路』の魔法や、防犯目的の迎撃魔法は掛けたままにしておくでな。
この奥地まで辿り付けるのは、ここにいる魔力の塊のような男どもか、迷い込んだ馬鹿な旅人ぐらいしかおらんじゃろうて、」
「………勝手に役立てておいて、何て言い種しやがる」
「ほほほっ。言葉の綾でな」
魔力の塊のような男ども、って確実にオレとゲイルの事言ってるんだろ。
表題に上がったオレは思わず鼻白み、居心地が悪そうにしていたゲイルはちょっとグッサリ来たようだ。
まぁ、横目で見ただけなので、表情は見えないけど。
なにはともあれ、この丸太小屋は放棄はするけど廃棄はせず、時たま手入れをする為に戻ってくるような形にするようだ。
ライドとアメジスがここに暮らすと言う手もあったが、歩きだけでも2日も掛かる場所は冒険者として活動する彼等にとっては難しいだろうから。
転移魔法陣を使えば、と言う提案も、兄妹揃って魔力はオレ達の半分以下って事で無理と言う事も既に判明している。
………森子神族や闇小神族にも勝っちゃうオレ達のカンスト魔力って、本当にどうなってる訳?
「さて、うだうだしていても時間の無駄じゃろう。
もう二度と帰って来れない訳でもない事じゃし、そう心配するで無い」
「うん」
そう言って、ラピスがシャルの頭を撫でると、気持ちが沈んでいた様子のシャルもふんわりと微笑んだ。
その様子がとても可愛らしくて、オレもついつい彼女の頭に手を伸ばしてしまう。
「予定よりも滞在日数が増えちまったから、生徒達も待ってるよ。
それに、帰ったらお前の制服も発注しないとならないし、これから忙しくなるな」
「えっ!?みんなと同じ服、作ってくれるの!?」
「これからはお前もオレの生徒なんだから、当然だろ?」
「………ッ、うん!!」
彼女がオレ達『異世界クラス』で生徒達の制服を見て、少し羨ましそうに見ていたのは知っている。
強化訓練の時に、お揃いのジャージを着ていた時間、自棄に機嫌が良かったと言うのも見ていて分かっていたし、今後生徒としてオレ達の学校に仲間入りするとなれば、一人だけ仲間外れにはしない。
それに、この世界に来た当初に着ていた制服が、汚れや破れ、解れたりとしている生徒も多い。
怪我をした事のある生徒の一部は、未だに血糊が付いたままだったりもする。
しかも、こちらに来てから大幅に痩せた浅沼(なんと、以前の3分の2程度まで減量に成功したらしい)や、逆に筋肉量が増えた香神や榊原、永曽根なんかはシャツが緩く、あるいはキツクなったとぼやいている有様だ。
なので、春からはこっちの世界での新しいデザインの制服を作ってやろうと思っていたところだから。
それに、秋口に着ていた制服だったもんだから、これから夏に向けての時期はどうしても厳しくなってしまう事は分かり切っているので、とっとと一新してしまおうと思っていたの。
ついでに、シャルの制服を作るなんて、造作も無いさ。
そんなオレの言葉に嬉しそうに頷いたシャル。
その様子を見ていた伊野田も一緒になって微笑んではしゃいでいるのを見ると、何故かほっこりとしてしまう。
「………眼福だねぇ」
「幼女趣味は否定するが、それにはオレも同意する」
「(………どちらも、幼女趣味に該当する年齢では無いと思われますが……?)」
………間宮、お前の見解は、絶対に2人に聞かせない方が良いぞ。
まぁ、なんて事もありながら、騎士団に荷車を任せ、ラピスを先頭にオレ達は森の奥の丸太小屋を後にした。
行きよりも断然増えた大所帯となった今回。
以前の校舎からの荷物の運び出しを思い出して、ついつい苦笑いをしてしまう。
あの時とは、大きく変わったオレ達の環境があった。
オレも、受け身だけでは無く、自発的な行動で動きまわることが多くなった。
今回のシャルの送迎もそうだったが、他にも冒険者ギルドでの活動なども含む。
まだまだ便り無いと感じていた生徒達ばかりだったというのに、いつの間にか大きく成長していた。
今では、冒険者ギルドに預けたまま、3日も放置してもあまり心配していない程、彼等は頼もしく、強くなっている。
そして、もう一つ変わったと感じるのは、やはり森子神族のラピスやシャル、闇小神族のライドやアメジスと言った魔族との関わりが強くなったことだろうか。
他にも、女蛮勇族のローガンディア、天龍族の涼惇なども然り。
「………最近、以前の世界の常識が、オレも分からなくなって来たよ」
「(………そういえば、そうでしたね)」
何と事を呟きつつ、森の中を大所帯のまま歩き続ける事数時間。
以前迷い込んだ時のように、オレが生徒を巻き添えにして迷子になる事も無く、一昨日使った転移魔法陣のある森の広場へと辿り着いた。
一昨日と同じく荷車を先に乗せ、生徒達やラピスやシャル、ライドやアメジス、ゲイル率いる騎士達も乗って、オレが魔法陣を起動する。
以前使った時と同じく、魔力は勝手に適量を抜き取ってくれるし、術式の呪文は既に覚えているから問題ない。
転移が完了すれば、あっと言う間に森の中から、転移した先の霊廟の中。
「あ~、やっぱりこの方法、滅茶苦茶便利だな」
「お主の魔力があれば、一日に何度でも使えるだろうしな」
「………それ、貶してる?」
「ほほほっ。私とて、魔水晶が必要だと言うに、片手間でやられた腹いせじゃ」
「………素直でよろしいこって」
素直すぎるのもどうかと思うけど?
「………やっぱり、お前は人間じゃない」
「………アンタ、生まれる種族間違ったんじぇねぇの?」
「安定の貶し文句をありがとうよ!」
そして、安定のお前等の台詞もどうかと思う!
どいつもこいつも人の事、人外扱いしやがってこん畜生!
閑話休題。
もう、オレのカンスト魔力の件は、触れないでいて欲しいとしみじみ思った、今日この頃。
そんなこんなで、王国へと到着した。
時刻は、夕刻に差し掛かろうかと言う時間帯で、ラピスの言っていた通り、思った以上に早い到着となった。
だが、
「おう、帰ってきたのか!!」
「ああ。今さっきだけどな。生徒達を預かって貰って、ありがとう」
「馬鹿野郎!オレに礼を言いに来るより先に、さっさと校舎に行ってやれ!!」
思った以上に早かったと、思っていたのはここまでだったようだ。
ジャッキーへの挨拶がてらライドやアメジスの紹介の為に、校舎の帰り道の途中にある冒険者ギルドへ立ち寄ったと同時に、ジャッキーからはすごい剣幕で怒鳴られてしまった。
「な、なにかあったのか!?」
「生徒達には、何もねぇ!
だが、テメェの知り合いだか客だかが、瀕死の重傷で担ぎこまれたって話だ!」
寝耳に水、急転直下と言うのは、この事か。
オレが安心し切っていた生徒達は、やっぱり大丈夫だった。
とはいえ、その生徒達が特別クエストとして、城壁の外での依頼を受けた最中、瀕死の重傷を負って担ぎ込まれたという人物。
その人物を、生徒達が奮闘し、なんとかかんとか生命維持を続けていると聞いて、血の気が引いた。
「ぎ、ギンジ、まさか…!」
「ローガンだ…!」
同じようにジャッキーからの怒声を聞いていたゲイルが、狼狽を滲ませた声を上げる。
この時期、オレの知り合いか客として、王国へと向かっていた人物には、一人だけ心当たりがあった。
現在は、2月の初旬であり、オレ達がこの異世界に来てから、6ヶ月が経過しようとしている。
そして、オレは去年の暮れから1月の下旬まで参加していた討伐隊の最中、道中で助けて貰った女蛮勇族のローガンと約束をしていた。
オレ達『ボミット病』の特効薬となり得るだろう『インヒ薬』と、ダドルアード王国への入国許可証を引き換えにした約束。
そんな彼女が、瀕死の重傷で校舎に担ぎ込まれただって?
「わ、悪いが、先に校舎に行く!」
「落ち着いたら、経過報告をしに来てくれ!生徒達の期末試験とやらの結果も、その時に話す!!」
「ああ、サンキュ!」
慌ただしくもその場でUターンをして駆け出したオレ達。
何事か、と驚いていたラピスやシャル達、果てにはライド達も、オレ達に続いて駆け出した。
「………ッ、なんで怪我なんか…!!」
最後に会った時の、彼女の苦笑が脳裏を過った。
気を付けろと言えば、お前が気を付けろと返して来た彼女は、そんじょそこらの男やたとえ魔物相手であっても、負けそうにないなんて思っていたのに。
この際、彼女が運んでくれる筈だった『インヒ薬』だって、どうでも良かった。
それよりも、彼女自身の安否が気がかりで、情けなくも足がもつれそうになる程焦った脚を叱咤して、街道をひたすら走った。
なんで、オレは気力でもなんでも振り絞って、眼覚めなかったのかと怒りすら募る。
2月某日の、夕方。
彼女が担ぎ込まれてから、既に1日が経過しようとしている時刻だった。
***
新章に突入したとしても、進みの悪さは相変わらずで申し訳ないです。
続編は、鋭意制作中ですので、気長に待っていただけると幸いです。
誤字脱字乱文等失礼致します。




