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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、生徒達の期末試験編
78/179

67時間目 「期末試験~特別クエスト(生徒達編)~」5

2016年4月3日初投稿。


長らくお待たせしてしまって申し訳ありませんでした。

やっとこさ、リアルでも落ち着きましたので、なんとか投稿を再開させていただく事となりました。

励ましをくださったひより様、ありがとうございました。


前回の続きを投稿させていただきます。


今回で、生徒達の期末試験密着ドキュメントは終了いたします。


長いことお付き合いいただきましてありがとうございます。

次の話からは、オトメンことアサシン・ティーチャーが頑張る話に戻ります。


67話目です。

***



「えっ!?あの爺、もう既に刑罰が決まったんですか?」

「そのようだね。なんでも、1ヶ月後には、処刑されるらしい」


 彼等がその一報を聞いたのは、予期せず長い一日となってしまった期末試験一日目の、その翌日の事だった。


 期末試験として受けたクエストで、予期せぬ問題が発生した。

 その問題と称された悪魔憑きの老人が起こしていた『異世界クラス』の期末試験組であるA班への殺人未遂や、その他の余罪に関する件の事である。


 既に老人は現行犯逮捕とされ、騎士団に連行されていたのはその眼で見ていた事から知ってはいても、その後の余罪の洗い出しや処遇決定などまで昨夜の内に終わっていたとは思いもよらなかった。


 期末試験2日目となる2月某日の事。

 2日目となり、最後の試験となるであろうクエストの受注に訪れた彼等に、その情報を齎してくれたのは、既にお馴染みとなったAランクパーティーの面々、主にサミーからであった。


「昨夜、冒険者を集めて、ジャッキーさんが家宅捜索を行ったのは知っているよね?」

「ええ、まぁ……」

「その時に、同じく家宅捜索に入った騎士団と一緒になったようで、分担して作業を行ったらしいんだ。

 騎士団は老人の家の中を捜索したし、冒険者ギルドでは庭や倉庫を捜索した」

「その際に、老人の直筆の手記等も見つかっていたようです」


 サミーやイーリの話を聞けば、昨夜ジャッキー達が迅速に対応したおかげで、証拠品が出るわ出るわと大漁だったらしい。

 騎士団は家宅捜索の際に、老人直筆の日記のような手記を見つけ、自白の裏付けとしてこれを押収。

 更に冒険者ギルドの面々で、倉庫やその床下、庭の中の目ぼしい場所を捜索した結果、冒険者達の変わり果てた姿や、その他装備や遺品を見つけたと言う事で、証拠には事欠かなかった。


 ついでに、


「昨夜、君が録音していた自白内容と、手記に書かれていた内容が決定的証拠に繋がったらしいよ」


 昨夜、香神が機転を利かせて、録音機能付きのボールペンで自白の一部始終を録っていたのがこれまた功を奏したらしい。

 思わぬ戦果として、香神は話を聞きながら照れくさそうに笑った。

 それを、背後からにこにこと機嫌良く笑って、彼の頭を撫でるディル。


「ああ、後、親父が言ってたっすけど、召喚された悪魔を氷漬けにしていたおかげで、召喚した悪魔の確認も出来たらしいっす」


 母である酒場のカウンターの華、ハンナの手伝いをしていたらしいレトも一緒になって会話に参加。

 朝から簡単ではあるものの豪勢な食事を用意してくれた。


 そんな彼女の言葉で、今回あの老人の手によって召喚され、徳川にぼっこぼこにされた揚句、氷漬けの彫像にされた悪魔の全容が分かった。


 名前を『エルヴェリデス』と言い、悪魔の中でも比較的上位に近い中位の悪魔だったらしい。

 もっとも、悪魔なので真名(まな)と言う、本名のようなものがあるらしいのだが、今のところは分かっていないようだ。


 見た目同様に爬虫類型の悪魔の親玉のような存在で、どうやら老人と共に子分たちの召喚も企てていた。

 しかし、徳川にぼこぼこにされた揚句、力の源であった角を二本ともへし折られ、エマに氷漬けにされたことから、既に下位にすら及ばない存在となってしまったようだ。


 しかも、本来ならば悪魔関連の事件に関しては、悪魔自体の存在を確認できる事が非常に稀だった。

 だが、エマの機転(怒りやらなにやらから来た欝憤晴らしの為だった事は余談だ)があったおかげで、悪魔の存在を確認できた稀有な事件と相成ったようだ。


 今後は、現王国の魔術師達が、悪魔の研究の為に使用(・・)するらしいと聞いたのは、聞かなくて良い余談だったと女子組が眉を潜めた。


「お食事中に聞く話じゃないわよねぇ。

 お詫びと言っては難だけど、こんなのはどうかしら?」

「うわぁあ!可愛い!」

「ちょっ、美味そう!」


 そんな女子達の前に、今度はハンナから提供されたデザート。

 フルーツケーキと言う様相のその中央には、飴か砂糖細工であろうオリビアを模した人形が乗っかっていた。


 どうやら、昨夜のディルの件や、事件解決に協力した報酬として、ジャッキーが朝から大盤振る舞いしてくれているようだ。

 そんなジャッキーは、昨夜遅くまで冒険者達と騒ぎのあった老人宅の家宅捜索に参加していたので、本日は昼頃まで寝ているとの事だった。


 悪魔を氷漬けという偉業を成し遂げてしまったエマには、全員から賛美の声が上がった。

 それを聞いて、エマもまた照れくさそうに笑いつつ、


「そこまで弱らせてくれたのは徳川だもん。ウチは、良いとこ取りしただけじゃん」

「でも、あれ以上はオレもどうしようもなかったから、やっぱりエマは凄いよ」


 と、照れくさい感情を擦り付けようとした徳川にまで便乗され、頬を赤らめてソフィアの影に隠れるだけとなった。

 その後、ハンナから頂いたケーキは、女子組とイーリ、途中参戦のレトによって美味しく頂かれた。


 ………砂糖菓子で出来たオリビアは勿論、当の本人(オリビア)が食べることとなったので、「………共食い」という単語が、男子組の脳裏に過ったのは言うまでも無い。

 本人は全く気にしていなかったようだが。


 閑話休題。


「凄いっすよ、本当。

 ウチ等でも、悪魔討伐は一度も行ったことが無いっすから」

「そもそも、悪魔を召喚出来るだけの技量のある魔術師が少ないからなんだけどね」

「………あの爺、そんなに強そうには見えなかったけど、」


 レトやハンナから頂いた朝食を消費しながら、ふと香神が思い出す。

 あの老人は、悪魔憑きという以外は、普通の老人のように見えていたというのに、何故悪魔を召喚するだけの能力があったのだろうか。


「………そこなんだけど、どうやら、彼は元王国の魔術師だったようなんだ」

「えっ!?」


 サミーから落された衝撃の事実に、『異世界クラス』の面々は、驚いて食事の手を止めてしまった。


「もちろん、今の王国では無いよ。

 知っているかもしれないけど、このダドルアード王国は過去何度もその名前を変えているからね。

 今の世代の前の王国の魔術師だったらしいんだけど、その代替えの最中に王国から解雇されてあぶれたのがあの老人だった訳だ」

「………そうだったのか、」


 どうりで、普通の老人では有り得ない程、魔法陣や魔術に優れていた訳だ、と納得せざるを得なかった。

 しかも、悪魔を召喚した理由は、決して興味本位だけでは無かったようで、


「手記の内容は、冒険者ギルドでも控えを取らせて貰ったらしいけど、どうやら老人は相当現国王体制に不満を持っていたようでね。

 あの召喚した悪魔を使って、国家転覆が出来ないかと色々と画策していたようだ」

「………本気で、どうしようも無い爺さんだった訳だ」


 辟易とした様子で語ったサミーに、永曽根が同じく辟易とした様子で締めくくる。

 そんな彼の姿に、他の生徒達も驚きで固まっていた手を再開させて、また朝食の攻略に明け暮れて行った。


 そんな中、


「あ、そう言えば、聞いたかい?今日の試験の予定」

「いや、全然。昨日は、食事を終えてからそのままお開きになって、結局ジャッキーさんとは顔を合わせる機会は無かったからさ」

「………だとしたら、楽しみにしておくと良いよ」


 そう言って、意味深に笑ったサミーに、香神と永曽根がきょとりと眼を瞬かせた。

 他の生徒達も気になったようで、小首を傾げつつ食事を続けている。

 例外は、見た目にそぐわぬ大食漢である徳川と、見た目通りの大食漢である浅沼のみであった。


 だが、彼等がこの後、サミー達の言葉を思い出して狂喜乱舞する事は、先述しておこう。



***



「おあ゛~~、良く寝たぁ」

「寝過ぎっすよ、親父」


 時刻は、早昼時になりつつあるが、食事休憩と依頼の物色の為に冒険者ギルドにとどまったままだった生徒達。

 そんな彼等の元に、しっかりと身嗜みは整えたジャッキーが、欠伸混じりに階上から降りてきた。


 昨夜、香神達が見た『獣化』の姿とは違い、偉丈夫然りとした人間の姿。

 ただ、その姿を目の当たりにしたからか、A班の視線は若干畏怖が混じっているようにも感じられた。


「おう、どうした?昨日の今日で、怖気付いたか?」


 それを察知したのか、これ見よがしににっかりと笑ったジャッキー。

 それを受けて、きょとりと眼を瞬かせた後に、苦笑を零したのは誰からだっただろうか。


「そんな軟な鍛え方されてねぇさ」

「そうそう!次は、尻尾触らせて欲しいけど、」

「うんうん!!また今度見せてくれよ!!」

「………おうっ」


 残念ながら、結局この『異世界クラス』の生徒達は規格外だと、もう一度ジャッキーが再確認するだけの結果となった。

 地味に、エマからの要求が、獣人にとっての求愛行動になるというのは、言うべきか言わざるべきか判断に迷ったらしいが、それもまた余談である。

 (※後に、レトからご指摘を受けて、エマが真っ赤になって爆発したのもまた余談としておく)


「さて、昨日の今日でそれでも怖気付かなかったテメェ等に、朗報を伝えておいてやる」


 昼時となり、ギルドカウンターも酒場のカウンターも忙しくなる時間帯。

 その中で、ジャッキーが『異世界クラス』の面々を前に、腕組みをして堂々と声を張り上げた。


「D、及びCランクまでの冒険者には、基本的にはそれ以上のランクの依頼を受注する事は禁じている。それは、分かるな?」

「危険だからですよね」

「その通りだ」


 前振りともなった話の内容だけを聞いて、さっと顔色を改めたのはリーダー気質の香神と永曽根だった。

 察しが良いようだな、と彼等2人を睥睨して頷きがてら、ジャッキーが続けた。


「危険だからだけじゃねぇ。依頼失敗ともなると、最終的にはクエストを斡旋したギルドの信頼にも関わるからだ。それも分かるな?」


 そう言って、今度は全員を睥睨すれば、遅れながらも察したらしい生徒達が唇を噛み締めた。

 既に、昨夜の段階で、生徒達は聞いている。

 今回の依頼が、Eランクを隠れ蓑にしたBランク相当の依頼だった事を。

 いくら、本題が隠されて隠蔽されていた事だとしても、彼等がこのギルドの約束事を予期せず破ってしまったことには変わりなかった。

 昨夜は然して、気にもしていなかったA班も、ジャッキー直々の言葉を受けて、潔くその事実を認めた。


 先ほどまで、昨夜の功績で盛り上がっていた所為もあってか、見る間に落ち込んでしまった3人を見て、ジャッキーはともかく、Aランクパーティーの面々が苦笑い。


 その後に続くであろう、ジャッキーの言葉を、知っているからこそだった。


「……だが、禁止とは言っても、今回のように例外もある。

 ギルドで受注した依頼に、虚偽、または偽証があって、ランクが大幅に改竄されている事実があった場合だ」

「………と言うと、今回の件は、そのまま当て嵌まる、と?」

「そうだ。そして、今回のような例外の場合、受注したクエストの合否によっては、ギルドとしての対応が変わってくる」


 そこまで言った後、ジャッキーが目線を向けたのは、カウンターに控えていたクロエであった。

 彼女は、同じくカウンターに控えていた先輩らしき女性に受付を任せ、カウンターから何かを抱えて出てきた。

 それは、生徒達もいつか見たことのある、魔法陣の描かれた『血液認証』の為の台だった。


「先程言ったように、受注したクエストの合否は、依頼達成か未達成かのどちらかだ。

 それに関しては、テメェ等は文句無しで、依頼を達成したと思って良い」

「え、じゃあ…!」

「………罰金とか取られるんじゃねぇの?」

「規則破ったから怒られるとかじゃなく?」


 三者三様の言葉を受けて、ジャッキーがにやりと笑う。

 しかし、それに対して答えたのは、ジャッキーでは無く、『血液認証』の台を抱えたままのクロエだった。


「受け付けた依頼と、その依頼の合否の内容は、既に皆さまの冒険者カードの中に情報が入っております。

 なので、改めて銅板の情報を更新させていただく事になります」

「………えっと、それって?」

「前にも話したとは思いますが、この『血液認証』の台は、血の情報によって適正ランクを銅板に表示してくれます」


 そこで、ふと気付いたのは永曽根が先だったか、香神が先だったか。

 むしろ、それよりも早く気づき、眼の端を光らせた生徒がいたのは、ジャッキーが見逃さなかった。


「分かったな?」


 そう言って、にやりと笑った瞬間、


「ラ、ランクアップ……!?」


 喜びに打ち震えるように、浅沼が声を発した。

 その言葉を聞いて、生徒達が俄かに喜色ばんだ。


『えっ、嘘!?』

「だぁっはっはっは!!流石、ギンジの生徒だ!!察しが早ぇぜ!!」


 そこまで言われれば、生徒達も得心が言った。

 先ほど、ジャッキーに言われた通り、依頼達成の合否によっては、ギルドの対応が変わると言う一言は、しっかりと生徒達に間違いも無く伝わった。

 要は、達成の際には、そのままランクアップ。

 未達成であれば、ランクは据え置きで、労力のみを支払うというギルドの方針だった訳だ。


「オレから言わせて貰えれば試験は合格だ。

 しかもランクアップまで行ったとなれば、いくらギンジでも文句はねぇだろうよ」

『いよっしゃあぁあああ!!』


 そこで、生徒達は狂喜乱舞した。

 全員でハイタッチを行い、ついでに杉坂姉妹はオリビアに抱き付いて両側からスナッチ。

 (そして、昨日と同じように、それを羨ましそうに眺める男子1(トクガワ)はもはや安定)

 その場で小躍りした浅沼も放ったらかしで、香神と永曽根は更に高速でのハイタッチを繰り広げる。


 大変だった昨夜の労力に見合った戦功。

 銀次が常々言っていた、信賞必罰と言う言葉を生徒達が改めて実感した。


「おら、いつまでもはしゃいでねぇで、銅板を出せ。

 もう一回、『血液認証』をしなけりゃならねぇから、そこら辺は我慢しろよ」


 狂喜乱舞の後に待っていたその『血液認証』で、生徒達は改めて自身達のランクを把握する事になった。


 しかし、


「あ、オレ、二つもランク上がってる!!」

「あ、ウチも……」

「ぶはっ!」


 ここで、またしても落とし穴が待っていた。


 寝起きで乾いた喉を潤す為に、酒をあおっていたジャッキーが思わず噴き出した。

 微笑ましそうに見守っていたレト達が、その瞬間に目をひん剥いて驚いている。


 声を上げたのは、徳川とエマであった。

 彼女達は、実質悪魔を討伐した張本人ともなっている。

 そこを、考慮に入れていなかったのが、災いしてか否か、徳川、エマの両名が揃って、ランクを二つも上げる結果となってしまったのだ。


 これにより、生徒達のランクは、登録の際に決定していたランクから変動する。


 浅沼/Dランク→Cランク。

 香神/Bランク→Aランク。

 エマ/Dランク→Bランク。

 ソフィア/Cランク→Bランク。

 徳川/Cランク→Aランク。

 永曽根/Bランク→Aランク。


 6人のうち、半数がAランクという結果。

 ディルは素直に喜んでいたが、それなりに苦労して来た筈のサミーとライアンは、引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。


 しかも、女子組こと杉坂姉妹は、未だ18歳にして異例とも言えるBランク冒険者へとランクアップしてしまった。

 これには、Aランク冒険者ながら同じく女子であるレトやイーリが、煤けてしまった。


「……ウチだって、ウチだって3年もかかったのに…!ううっ、ううっ!!」

「え~っと、なんか…ゴメン?」

「………ほら、ウチ等のクラスって、色々規格外だしさ」

「前にも言ったけど、それはフォローになって無いっす!!」


 前代未聞の現状を見て、クロエどころかジャッキーすらも涙目になって、


「………お前等、本気でこのまま冒険者に就職しねぇか?」

「………先生の許可をいただければ、」


 適性検査の時の国王同様に、勧誘を行ったのは言うまでも無い。

 それに対しては、永曽根の言った通り、銀次からの許可があれば、冒険者への就職も可能だろう事は分かっている。

 ただ、それも卒業してからの自由裁量と言う事になっているので、何とも言えないとしか言いようが無かった。



***



 ふと、そんな生徒達にとっては嬉しくても、レト達からは若干辟易とされたランクアップの時間を終えてから、先ほどまでは緩んでいた口元を引き締めたジャッキー。


 その様子に気付くや否や、すぐさま意識を切り替えた生徒達がしん、と静まりかえる。


「改めて、ランクアップおめでとう諸君。

 だが、今回はそう喜んでばっかりいて貰っちゃ困る」

「………また、ノルマが発生してるんですか?」

「その通りだ」


 ジャッキーの引き締めた表情と、彼の言葉尻からすぐさま意思を読み取ったのは香神だった。

 その時点で、またしても生徒達の歓喜は霧散し、女子組からは若干辟易とした雰囲気も流れ出て来ていた。

 昨日のような依頼を、またして1両日中に行わなければならないのか、と気後れしてしまった形である。


 しかし、その雰囲気を感じ取ったジャッキーは、ふと苦笑を零す。


「安心しろ。今回のランクアップで、以前のノルマに関しては消滅した。

 次回のノルマの整理はまた1ヶ月後まで猶予があるから、今すぐ急いで受けろなんて鬼みてぇな事は言わねぇさ」

『あ、なんだ。それなら、良いや』


 と、ジャッキーの言葉に、安定の双子のシンクロ率を披露した杉坂姉妹に、男子組も苦笑いを零すしかなかった。


 ただし、


「だとしたら、今日の試験はどうするんでしょう?

 ノルマが消えたからと言って、これからの午後を無碍に過ごすのも、なんとなく勿体ないと思うんですが、」


 今後の予定について問い合わせたのは永曽根だった。

 このまま、試験を終了したとして休みにするのか、はたまた別の依頼を受けて少しでも現在のランクでのノルマを消費するのか、確認をしておこうとしたようだ。

 その言葉に、ジャッキーはまたしても表情を引き締めた。


「その通りだ。今回のランクアップで、Aランクに上がった連中もいるってのに、このままむざむざ返してやるってのは、流石にオレも御免だからな」


 そう言って、全員を睥睨したジャッキー。

 うんうん、と頷いたのはAランクパーティーの面々ではあったが、相当根に持たれているようである。


 それはともかく、


「………あ、もしかして、先生の時みたいに、何か特別クエストをやれって事ですか?」


 一早く意味を察知したのは、再び香神だった。

 彼自身が持っている異能の所為で、忘れることが出来ない以前の特別クエストの一部始終を思い起こしたからに他ならないものの、これにはさすがのジャッキーが少し目を瞬かせた。

 先程もそうだったが、このクラスの少年少女達は察しが早すぎないか、と内心で冷や汗を流したのは余談としておく。


「まぁ、そういうこった。

 運良く、この場にはAランクパーティーも一緒にいることだしな」

「何が、運良くっすか!元々呼び出されてたんっすよ!」

「うるせぇ、バカ娘。もっと精進して、とっととSランクになってから文句を言いやがれ」

「アンタとは性別も身体の作りも違うんっすよ!!」


 その後の、恒例となりつつある親子の言い合いもあってか、和やかなムードとなりつつも、


「今日付けで、お前等をAランクパーティーとの合同依頼を受ける事を正式に許諾する」


 ジャッキーの言葉に、生徒達の表情も引き締められた。


 本来、ギルドではAランクになったとしても、パーティーとして登録の無い者には、特例以外ではソロでの活動を許していない。

 それは、Aランク以上の依頼自体が、ソロでは達成するのが困難である事や、手間の掛かる依頼であったり、またはギルドの機密や国家機密に関わる依頼すらも消化する事になるからである。


 ただし、ジャッキーが先述した通り、Aランクパーティーとして登録しているチームに、同伴と言う形で依頼を受けることは可能なのである。

 とどのつまりは、たとえソロであっても、依頼達成の有無から生死の判別までを、客観的に見る事の出来る監視役さえ付ければ、ソロでも十分Aランク相当の依頼は消化出来るということだ。

 基本的には、3~4人が一般的な冒険者パーティーではあるが、Aランク相当ともなれば人数は比較にならない程必要となってくる。

 その際に、複数のパーティーを寄せ集めたレイド等を作る冒険者たちもいるとの事だった。

 今回は、『異世界クラス』の面々のA班とB班を、レト率いるAランクパーティーが引率して、レイドを作るといった形をとるようだ。


 総勢で、11人となる即席のパーティーである。


「正直、コイツ等Aランクパーティーをこれ以上、時間的に拘束するのが無理だった所でな」

「………それは、なんかすみません」

「いや、それは良い。

 なによりも、お前等の面子の覚えが良いのは良い事だったし、今回はこうしてレイドを組んでもらうから、逆に言えば時間のロスは十分取り返せる」

「そうっすよ。今回の依頼は、ちょっとウチ等だけでは人数が足りなかったんっすけど、」

「これから、君達とレイドを組ませてもらえれば、すぐにでも出発できる」


 ジャッキーを補足するようにしてにかりと、屈託のない笑顔を見せたレト。

 そして、それを更に引き継ぐような形で、足下に固めて置いておいた荷物を、指指したサミーがこれまた屈託のないアルカイックスマイルを見せる。


 ただし、


「えっ、…えっと?…うん、と?………つまりは、どういうことだ?」


 全容を把握し切れない生徒が少なからず徳川と、


『Aランクの依頼を、いきなり受けるって事?』

「それって、先生に怒られないかな?」

「ジャッキーさんからのお許しはあるようですけど、判断に困りますわね」


 安定のシンクロ率を見せた杉坂姉妹も浅沼もオリビアも、揃って首を傾げてしまう。


 唯一、理解が及んでいるだろう香神と永曽根は、ややあって顔を見合わせた。


「………先生から預かった金額、全額残ってたよな」

「ああ、その筈だ。防具を買いに行くなら、少しはマシだろうが、」


 と、いまいちパッとしない反応を浮かべた生徒達に、逆に慌てたのはジャッキー達だった。

 先ほどはランクアップではしゃいでいたというのに、この変わり様は何だろうか、と。


 静かに見守っていただけのライアンやイーリですら、戸惑ってしまっていた。


「………行かないの?」

「あ、いや、行かないってか、行けないかもしれないんだ」

「………なんで?オレ達との依頼、イヤ?」

「嫌なんじゃなくて、根本的に行けないかもしれないって事だ」


 香神にひっ付くような形で、ディルが食い付いたものの、彼からの返答はあまり色よいものではなかった。


「どういうこった?」

「オレ達、依頼を受けたとしても外に出る為には、騎士の護衛が必要なんです。

 ついでに言うなら、王国にも許可を取って時間や日取りを決めて報告をしなきゃいけないって義務もある」

「………『予言の騎士』と『教えを受けた子等』だからか」

「そういうことっす」


 つまりは、最初の時の確約が、彼等からしてみればネックだった。

 王国から課せられた義務は、外出や遠出の際での許可の申請及び報告と、騎士団の護衛の数名を連れて行くというものだった。


 銀次も現在、東の森へと遠出をしてはいるものの、騎士団長であるゲイルを通じて、既に許可の申請も報告も済ませ、騎士団の護衛を連れて行っている。

 生徒達だけで勝手に判断して、すぐさま行動に移すことが出来るか、と言われると答えは否だった。


 しかし、


「あ、それでしたら、問題は無かった筈です」


 生徒達どころかジャッキー達ですら頭を抱えそうになっていた問題に、答えを返したのは全く別の方面からの声だった。


 全員が眼を向けた先にいたのは、


「ギンジ様が、生徒の皆さまの分も、外出許可は取り付けて行かれたと報告を受けております」


 校舎からの道中での護衛を担当し、未だギルドの正面に待機していた騎士団の面々であった。

 彼等は、銀次やゲイル達と行動している騎士団とは全く別の部隊であり、今回の生徒達の護衛を担当しているライト部隊だ。


「………先手を打ってたって事だな」


 そこで、先ほどまで少しばかり判断に迷っていたジャッキーからのにやり、としたあくどい笑みが浮かぶ。


「なんだ、それならそれで迷う事なんて無かったんじゃん」

「焦って損した」

「本当だよねっ。先生も、言っておいてくれれば良かったのに、」

「じゃあ、オレ達も外に出て良いって事だよな!!」

「………先生、マジで凄ぇとか思ったのオレだけか?」

「………オレもだ」

「流石、ギンジ様ですわ!!」


 おかげで、先ほどまで彼等を包んでいた微妙な雰囲気は霧散した。

 先読みをしていたのか、それとも保険として申請をしていたのかは定かでは無いものの、銀次の機転が思いもよらず自体を好転させたのは言わずもがな。


 ………正直、彼の事を凄いと思うよりも先に、怖いと感じたのはジャッキーだけでは無かった筈だ。


「まぁ、何はともあれ、今回の合同依頼を受けることは可能になったって事だ」


 そう言って、改めて生徒達に向き合ったジャッキーの、再三の睥睨。

 生徒達も緩んでしまった表情も空気も、もう一度引き締め直した。


「今回、レト達Aランクパーティーに受けて貰う依頼は、現在未達成のままになっているAランク依頼『魔物の間引き作業だ。

 適正ランクはBランクからSランク。

 つまり、ここにいる全員が、既に適性はクリアしていることになる。

 残りは、お前等が受けるか否か、合否を判断するだけって事だ」


 そう言って、締めくくったジャッキーが、クロエが差し出したクエストの依頼書を受け取り、彼等の目の前に突きつけた。


「さぁ、どうする?」


 挑む様なジャッキーからの視線。

 それに、生徒達からの返答は、決まっているようなものだった。


『受けます!!』


 『異世界クラス』の全員が、満面の笑顔、もしくは闘志を滾らせた表情を滲ませながら、一も二も無く応答。

 おかげで、レト達どころかジャッキーすらも満面の笑顔となった。

 ………地味にレアショットだった、というのは生徒達の胸に秘めた共通の認識である。


「ついでに、昨日の試験の報酬として、お前等の防具や必要な道具類はすべて冒険者ギルドで提供する事になってる。

 好きな武器でも防具でも持って行け」


 その言葉に、喜色満面の笑みを浮かべたのは、男子組だった。

 今まで、徒手空拳での戦闘訓練は受けていたが、武器を使った経験は、永曽根を除けば全く無かった。


 ただし、ここで再三のジャッキーからの念押し。


「使い慣れていない武器を持つのは、逆に戦闘力を落とす可能性があるから、基本的には今まで使った事のある武器のみとする」

『えええ~~~~ッ!?』

「………まぁ、そうなるよな」

「世の中、上手くいかないもんだよな…」


 結局、男子組の武器は、永曽根以外が拳か足技、と言う事で収まった。

 武道家の家に生まれた永曽根は、何度か刀やナイフ、槍ぐらいであれば扱ったこともある為、今回は特例として武器の携帯を許される。

 男子からの恨めしい視線を感じながらも、彼は得意の長身を活かした槍を選び取った。


 対する女子組ではあるが、


「お二人とも魔法を使われた戦闘の方が無難かと思いましたので、私の方で先に選んでおきました。

 『風』属性の魔石の嵌められた(ワンド)と、『水』属性の魔石の嵌められた槌矛(メイス)です」


 そう言って、イーリが差し出したのは、文字通りの(ワンド)槌矛(メイス)であった。

 ただし、女性が持つことを考慮してあったので、どちらも控え目な装飾と華奢な形状のものだ。


「うわ、何か本当に魔法使いっぽい!」

「なんか、こう言うのを見るとやっぱり世界が違うとか思うよね」


 という感想を口々に呟きつつ、2人はイーリからそれぞれの属性の武器を受け取った。

 勿論、銀次の教育の賜物で、お礼を言うのは忘れない。


 ただし、


「………エマがやっぱり、槌矛(メイス)なんだな…」

「…ぶふっ!似合ってる!」

「言うな、馬鹿」

「………エマに槌矛(メイス)とか、鬼に金棒じゃん」


 男子組からは、忌避感の篭もった視線やその他諸々の視線が注がれる結果となったのはご愛嬌である。


『テメェ等先にぶっ殺すぞ!』


 そして、安定のシンクロ率で繰り出された言葉のパンチも、もはやお約束となっていた。


 そんなこんな、


「まぁ、こんなもんだろうな。

 ただし、武器を持っている連中は、くれぐれも突出しようとはするなよ。

 あくまで、今回はメインのレト達をサポートって形で依頼を受けることになるからな」

『はい!』


 武器はともかく、冒険者ギルドからレンタルの防具を借り受けた生徒達が、改めてジャッキーの前に整列する。

 男子組は、鉄鎧(ハードメイル)一式に身を包み、心無しか顔立ちも精悍に見える。

 中でも、男子の中で唯一武器を持つことが許された永曽根に至っては、風格すらも漂っているように見えていた。


 一方女子組は、イーリと同じくローブに身を包み、どことなく淑やかな装いとなっている。

 一見すると防御力が低そうなローブであっても、メタルシルクワーム(|昆虫型の魔物)の糸が使われているため、下手な防具よりも頑丈だという代物である。


 それぞれの準備も終え、整然と並んだ生徒達の姿。

 それを見て、ふとジャッキーは達観した思いが込み上げた。


 約1ヶ月前までは、右も左も分からずに銀次の後ろに付いて回っていたひよっこだった筈の生徒達。

 ギルドに登録に来た時には、思わず彼等のランクを見て、相当信じられるものでは無かった。


 だというのに、たった1ヶ月の間に、何がそこまで生徒達を変えたのか、と言う程の壮観さを垣間見せられて驚きを隠せない。

 レトやディルがAランクに上がった時にも感じた、感慨深さがじんわりと腹の奥で熱を持った。


「………まぁ、なんだ。しっかり頑張れよ」

『はい!』


 そう言って、送り出す。

 むしろ、それだけしか言えなかったのが、少々腹立たしくも感じる。


「(ギンジの野郎、帰ってきたらギルド(こっち)に面を貸せってんだ。

 こんな粒揃いを、どうやったら1ヶ月で作れるのか、きっちり吐かしてやらねぇと……)」


 今頃は、東の森のどこかで、半強制的にぐっすり眠っているだろう銀次が、焦って飛び起きそうな物騒な事を内心で考えながら、ジャッキーは苦笑と共に溜息を吐いた。


 そんな彼の内心はともかくとして、


「じゃあ、改めてAランクレイドとして合同依頼に出発するっす!」

『はい!』


 レトの号令に、生徒達が応答。


「各自、先ほど渡した荷物は持ったね?

 中には非常用の食糧と、救援に必要な狼煙やロープも入っているから、絶対に失くさないように」

「それから、武器を持っている奴等。

 外壁の外に出てから一旦武器の持ち方と扱い方、簡単にではあるが教えるからな」


 更にサミーの言葉が続き、ライアンが武器を持っている3人に注意喚起。


「コウガミとアサヌマ、トクガワは、オレと一緒。

 徒手空拳での動き方、オレのサポート、よろしく」

「分かった!!」


 ディルは、今回は槍を持たずに籠手(ガントレット)で依頼を受けるようで、同じ徒手空拳組の香神達を引率する事になるようだ。


「ソフィアさんとエマさんは、ライアンの後で私と一緒に魔法でのサポートの仕方を覚えましょうね。

 ソロでの行動とパーティーでの行動は、少し変わってくるので」

『了解っ』


 最後に、イーリが女子組を呼ばわった。

 少しだけ取り残されたオリビアが寂しそうにしていたのだが、


「オリビアちゃんは、オレの傍を離れるなよ!後、皆が怪我した時はよろしくな!」

「……ッ…!はいっ!!」


 そんなオリビアの様子に気付いたのか否か、すぐさま徳川が駆け寄った。

 彼の頬は心無しか紅潮しているが、内容を聞けばいかにも頼もしい台詞だった事で、他の面々が吹き出しそうになりながらも微笑ましそうに見えていた。

 (※若干一名(アサヌマ)の視線が、恨めしそうな事を除く) 


 さて、そんなやりとりも一段落したところで、


「じゃあ、Aランクレイド、出発っす!」


 レトの元気の良い掛け声の元、『異世界クラス』の面々とAランクパーティーの即席レイドは冒険者ギルドを出発した。

 冒険者ギルドに残された、どこか清々しい空気を残したまま。



***



「………本当に驚かされちゃいますね」

「ああ、そうだな」


 血液認証の台を片付けつつ、彼等を見送ったクロエが苦笑を零す。

 それに対して、ジャッキーも同じく苦笑を零さざるを得なかった。


「それに、アイツ等以外の生徒達も、ランクアップは確実だろうな。

 ………あの中から、既にAランクどころかSランクが出たとしても可笑しくはねぇ」

「………末恐ろしいですね」

「ああ」


 苦々しい微妙な空気も残ったものの、冒険者ギルドの入口から彼等を見送っていたジャッキーが、ふと視線を逆へと向けた。


 そこには、先ほど外出許可云々の発言をした年嵩の騎士が、苦笑を零しつつ立っていた。


「………さっきの話、あれは本当か?」

「さぁ、何の事でしょうか?」

「外出許可の云々だよ。

 今回は、E~Dランク相当だとしかギンジには伝えてねぇ筈だが?」

「勿論、本当の事でございます」


 そう言って騎士はにっこりと笑った。

 思わず、ジャッキーが呆気に取られる程の、笑顔だった。


 そのおかげで、それ以上の言及を出来なくなったのは、ジャッキーにとって僥倖だったのか否か。


 実は、ギンジが先読みをしていた訳では無いというのは、騎士団の面々しか知らない。

 念の為、あくまで保険と言う形で、外出許可を申請しただけであって、こうして本当に外壁の外に出る依頼を受けるとは思っていなかった、というのは先述しておく。


 ただ、騎士団としては、その保険を使うか否かの判断は任せると、聞かされていた。

 それを、この年嵩の騎士、カルロスが合否を判断した理由。


「外壁の外に出るなら、護衛が必要という事は変わりませんので、」

「………ッ!?」


 と言う訳で、外出許可云々の以前に、冒険者パーティーと行動をしている面々の護衛は、結局のところ変わらないという事。

 ならば、合否は最初から判断する必要も無く、


「外壁の外への許可に関しては黙認致しますので、騎士団(こちら)の護衛が付く事も黙認してくださいませ」

「………最初っからそのつもりだったんじゃねぇか」


 これには、流石のジャッキーも乾いた笑いしか出てこなかった。

 カルロスに、今回ばかりは一本取られたと言う形である。


 今回のAランクレイドの特例の他に、騎士団の護衛まで付くと言う特例中の特例となった。

 それが、今回の依頼で吉と出るか、凶と出るかは言われ無くても分かる。


「………万が一の時は、頼む」

「お任せくださいませ。冒険者ギルドのマスターに、恩を売っておくのも悪くない」


 そう言ったカルロスの台詞に、ジャッキーはもはや苦々しく頷くしかなかった。

 ジャッキーの言った万が一、というのは、勿論、魔物や魔族の襲撃があった場合、生徒達は勿論のこと、Aランクパーティーの面々も助けて欲しいという事だ。

 いくら、レト達がAランクパーティーだとは言っても、自身の娘と息子であり、その仲間達。


 大切なものを守りたいという親心は、ジャッキーは勿論、年嵩であるカルロスにも分かるからこそ。


「それに、私も今回ばかりは彼等に甘くならざるを得ませんから」

「……あん?」


 そう言って、懐からカルロスが取り出したのは、拳大もあるロケットだった。

 どこか無骨で荒削りながらも、丹念な細工を施されたそれを見て、ジャッキーが眼を瞠る。


 それは、ジャッキーも一度は見た事のある物だった。


 昨夜の、悪魔憑きの老人の家宅捜索の最中、遺品の中で埋もれていたアックスの柄頭。

 そして、その柄頭に記されていた家紋と、ついでにイニシャルのおかげで、その持ち主が誰なのかがすぐに分かったものだった。


 そして、その持ち主が分かった瞬間に、泣き叫んでいた男性の事も思い出した。


「テメェ、昨夜の……」

「………お見苦しいところを見せたでしょう。

 ですが、彼等のおかげで、今まで行方知れずだった放蕩息子の遺品が一つでも返ってきた……」


 奇しくも、彼カルロスが、昨夜の泣き叫び崩れ落ちた男性だった。

 それに驚いたジャッキーは、表情を陰らせたが、


「………恨むべきは、悪魔憑きの翁であって、貴方ではありませんよ」


 そう言って、またにっこりと笑ったカルロス。


「なので、出来るだけ彼等の我が儘ぐらいなら、振り回されても構いますまい」


 つまりは、そう言う事だった。

 そこまで分かった時点で、ジャッキーは「………ああ」と、静かに頷いた。


 そして、それ以上の言葉を続ける事は無かった。

 お互いに、失ったものが返ってくる事は無いと分かっているからこそ、下手な慰みも励ましも要らなかった。

 ただ、一言、


「まぁ、なんだ……。酒ぐらいなら付き合うぜ」

「ええ、ありがとうございます。………職務を終えましたら、是非ご一緒させてください」


 ジャッキーは、そう呟いて視線を彼方へと押しやった。

 それに対し、カルロスは苦笑を零しつつ、同じように目線を逸らした。


 そのまま、カルロスは部隊を率いて、生徒達の後を護衛として歩み出す。

 淀みない足取りは、過去を背負いながらも新たに歩き出す勇ましさがあった。


「………彼も、今回の事件の被害者だったんですね」

「………ああ。だが、アイツ等のおかげで、また歩き出せたんだろうさ」


 今回の事件は、やはり生徒達にも、冒険者ギルドにも、騎士団にも、強い影響を齎していたようだ。

 だが、悪い結果が伴ったとしても、それが必ずしもマイナスに働く事が無いという一例が、カルロスのような男性の姿を見れば、一目で分かった。


「アイツ等の将来、オレから見ても楽しみで仕方ねぇや」

「ふふっ、本当ですね」


 そのまま、彼等は冒険者ギルドの入口で、『異世界クラス』の生徒達とAランクパーティーと、その護衛の為に付き従った騎士団の背中を見送った。



***



 2月某日のこの日は、晴れ時々曇りという微妙な天気であった。


 しかし、その空模様の下を歩く数名の冒険者然りとした格好の面々。

 そんな彼等の雰囲気には、そんな淀んだ天気すら物ともしない活力が溢れている。


「そっち行ったっす!」

「迎撃、体勢!」

『おう!』


 鋭くも朗らかな声と共に、示唆された危険。

 それに向かい合った少年達が、筆頭に立っている青年の掛け声と共に身構える。


「ナガソネ、出過ぎだ!」

「すんません!」

「背後にも注意をしてね!後衛のサポートだって、バランスが悪いと効果が薄くなる!」


 注意を促された白髪の青年が、今しがた握っていた槍で切り払った魔物からいち早く飛び退き、そこを追随するようにして高速で現れた魔物が、後続の風の魔法で細切れにされる。


「もう少し威力は低くて結構です。魔力を温存するのも魔術師の務めですからね」

「了解しました」

「後、エマさんは、武器を持っているからと言って前に出過ぎてはいけませんよ」

「うう、すんません」


 後続で魔法を放った金色の髪をした少女と、その更に前に出ていた金髪の少女を、もう一人の魔術師が窘める。


 現在は、午後の3時を回ろうかという時間帯。

 先ほどから、森の中の開けた場所を中心に活発に動き回っていた冒険者の面々が、魔物の迎撃終了を皮切りに、忙しなく動かしていた脚を止めた。


「うんうん。確かに、これならAランクも頷けるっす」

「同感。特に、コウガミとトクガワ、動き、良い」

「ありがとうな、レトにディル」

「よっしゃあ!サンキュー、レト!ディル!」

「………ぶひ。…オレ何も出来なかった…」


 思った以上の戦果に、鼻高々と言った形で何度も頷くレトナタリィことレト。

 冒険者然りとした大仰な鋼鎧フルメタルメイルに全身を包み、一見すれば少年にも見えるが、列記とした少女であり、現在、こうして動き回っているレイドのリーダーでもある。


 そして、彼女の感想に共感し、目元だけが見えるフルフェイスの兜の奥で満面の笑みを浮かべていたディルゴートンことディル。

 レトと色違いではあるが鉄鎧フルメタルメイルを纏い、手には豪奢な籠手ガントレットを嵌めた、屈強な体格をした青年だ。


 そんな彼女達の賛美に応えて、少しばかり照れくさそうに笑ったのは香神。

 レト達とは重量面でまた違う鉄鎧ハードメイルに身を包み、手にはディルと同じく籠手ガントレットと、脚には重厚な具足ブーツで仰々しいが、見た目は好青年然りとしたギャップがあった。


 香神と同じく彼女達の賛美に応え、嬉しそうにはしゃぎ回っているのは徳川である。

 これまた鉄鎧ハードメイル籠手ガントレット具足ブーツと仰々しい格好だが、背丈がディルの半分にも及ばない所為か子どもにしか見えない。

 ただし、このような姿でも年齢は彼等よりも1つ2つは上というのは先に言っておくべきだろう。


 香神や徳川とは対照的に、少しばかり落ち込んでしまっているのは浅沼。

 格好は彼等と同じく鉄鎧ハードメイル籠手ガントレット具足ブーツとなっているが、華奢に見える2人からしてみれば、やや恰幅の良さが目立つ。

 ただし、これでも当初あった120キロよりも、40キロ近くも落ちているというのだから驚きである。


「ソロなら、確かに十分な動きだが、チームワークに関しては落第だぞ」

「でも、経験不足ってだけのことだから、動きが悪いと言う事じゃないよ?」

「ライアンさん、サミーさん、すんません。

 でも、フォローしてくれてありがとうございます」


 突出してしまった白髪の青年に対し、厳しいながらも的確なアドバイスを落としたライアン。

 彼はディルと似た形の鋼鎧フルメタルメイルなど、重厚な装備で身を固め、永曽根と並んだとしても遜色のない体格をしているが、兜の奥から覗く顔立ちは端正な青年だった。

 背中にはこれまた重厚な槍と、腰に短剣を吊っている。


 そんなライアンの言葉を引き継いで、経験不足へのフォローをしたのはサミュエルことサミー。

 レト達とはまた違った軽装備で、さながら旅装のようにも見える格好をしながらも、剣と魔法を併用したバランス重視の戦闘を得意としているAランクパーティーのアタッカーでもあった。

 柔らかいアルカイックスマイルは、見る人を安心させる。


 そして、先ほど突出してしまった白髪の青年こと永曽根。

 香神達と同じ『異世界クラス』の一人であり、男子では唯一武器の扱いを覚えているため、例外として槍の携帯を許された彼は、鉄鎧ハードメイルなどの重装備も相まって、既にベテラン冒険者の貫禄を備えていた。

 ただし、先ほどライアン達に諸注意を受けた通り、まだ少しパーティーでの乱戦を想定した動きが少し苦手としているらしい。


「お二人とも、初めての実戦にしては素晴らしいですよ」

「ありがとうございます」

「まだまだ頑張れるし」

「ふふっ、エマ様は元気でいらっしゃいますね」


 更に、その後方で待機し、魔法での援護等の方法を女子達へと教授していたイルグレイスことイーリ。

 彼女は、魔術師然りとしたローブに身を包み、不釣り合いとも思える程の重厚な槌矛メイスを携えているが、聖母か女神かと思う程に柔らかい表情で、『異世界クラス』の女子達を褒め称えていた。

 この中の誰が、彼女が既に10歳の子持ちである事が予想出来ただろうか。


 そんなマリアのようなイーリに対し、殊更嬉しそうな表情で微笑んだのはソフィア。

 イーリと同様に魔術師風のローブに身を包み、手にはワンドを持ち、足元は男子組と同じく重厚な具足ブーツを履いて、今しがたまで行っていた戦闘の余韻からか頬を紅潮させている。


 ソフィアと同じように微笑みつつも、元気な返事を返したのは双子の妹であるエマ。

 彼女もまたイーリやソフィアと同様に魔術師風のローブを纏っているが、手には不釣り合いな槌矛メイスを構えている為、どうしてもソフィアよりも厳つく見えてしまっていた。


 彼女達を見守りながらも苦笑を零したのは、同行している『聖王教会』の女神にして序列4番目のオリビアだった。

 彼女は生徒達とは違って全く装備をしていないため、本日は双子のコーディネートであるラベンダー色のワンピースとクリーム色のポンチョに、青を基調としたマフラーという森を歩くには自棄に不釣り合いな軽装である。

 ただし、彼女の移動方法は浮遊である為、森だろうがどこだろうが格好は関係ない。


 そんな総勢12名のAランクレイドがいるのは、ダドルアード王国から徒歩で数時間程、北西に移動した森林地帯であった。

 欝蒼としている西の森とは違い、多少は明るい森の中。


 現在、彼等がここにいる理由は至ってシンプルで、冒険者ギルドでAランクパーティーであるレト達が受注したAランク特別依頼『魔物の生態調査』という名目であった。

 ただし、『生態調査』とは名ばかりで、毎年この時期に異常繁殖を始める魔物達の間引き作業である、というのは冒険者ギルドでも共通の認識である。


 しかし、ここ数年はその依頼に関して、大分認識が変わりつつあるようだ。


「ここ数年になって、どんどん数が増えてきちまってな…」

「元々は、Aランクパーティーであれば、多少無理をすれば解消出来る依頼だったんすけど、」


 そう言って、苦々しい顔をしたライアンと、しょんぼりと耳を垂れたレト。

 そんな彼女レトの姿に大興奮している約一名(あさぬま)はともかく、その言葉には多少生徒達も心苦しくならざるを得ない。


 本来なら、その魔物の異常繁殖等の元凶である、『世界の終焉』や『暗黒の災厄』に対し、立ち向かうべき立場にあるのが、今ここにはいない教師である銀次と、現在ここに集められた『異世界クラス』の生徒達かれらだからだ。


「ここ数年になって、魔物の数どころかレベルも格段に上がっているからね」

「異常繁殖の結果、森の生態系が狂っているらしい。

 他の魔物達も同様に、進化もしくは適応をしているらしく、ランクが下級から中級以上に上がっちまった」

「今では、私たちパーティーか、ベテラン冒険者がパーティーで引き受けることになってますね」


 そう言って、サミーやイーリ達も続き、レイドを組んだ面々の中にも沈黙が落ちる。


「親父も、たまに受ける。オレ達、まだ数回。

 でも、そろそろ限界も近いって、親父言ってた」

「………それって、冒険者ギルドだけじゃ対応出来なくなるかもしれないって事か?」

「分かんない。親父、詳しく教えてくれなかった」


 レトと同じく耳を垂れさせながら、しょんぼりとした様相となってしまったディル。

 そんな彼に問いかける香神は、ふとこんな雰囲気の中でも彼の頭を撫でくり回してやりたいという欲求が首をもたげてしまったが、敢え無く自重した。


「親父が言っているのは、ウチ等以降のベテランが育ってくれないって事っすよ」


 ディルの言葉を引き継いだのは、姉であるレトだった。


「今いるベテランの冒険者の半分は、親父と同じぐらいのとうの立ったオッサンばっかりっす。

 しかも、何名かは既に引退を目前にしているって話っすから、今後は更に厳しくなると考えられるっす」


 槍に付いた血糊を払ったライアンも、同じく会話へと加わった。


「オレ達以降の冒険者に、Aランクを超える人間がいない。

 現在、最高でもなり立てのBランクがせいぜいで、到底こう言った特別クエストに参加できる力量は無いだろうしな」

「無理をさせて壊してしまっても損失になるし、結局人数が少ないから育成も儘ならないってところでね」


 そう言って、サミーも同じく処理をしていた魔物の死骸を土に埋め終え、顔を上げたと同時に苦笑を零した。


 その表情には、どこか自分達に対する負い目を感じられた事に、永曽根は少しだけ引っ掛かった。

 香神も、心無しか表情を強張らせているのが、横目に見える。


「だから、オレ達をこうして特別クエストに参加させたんですか?」

「その通りだよ。本当は、危険な事をさせない方が良いって考えてはいるんだけど、流石にたった数ヶ月でAランクに上がった人材を、僕らも見過ごせなかったものだから、」

「………今後、オレ達も参加する可能性はあるって事っすね」

「どうだろうね。ただ、ギンジさんが許してくれるのであれば、定期的に人手を借りたいって皮算用はあるよ」


 そう言って、やや明け透け気味なサミーの言葉を聞いて、永曽根も香神も表情を緩めた。


 腹に一物を持って近付いてくる人間というのを、彼等自身も良く知っている。

 それを明け透け過ぎたとしても語る手法は、彼等の担任教師でもある銀次と似通っている部分があった為、十分信頼に値すると判断出来た。


 ついでに言うならば、ここにいるAランクパーティーの人間ならば、既に仲間としても友人としても信頼関係の出来上がったメンバーとなりつつあった。

 ならば、彼等からのお願いとも言えるその内容を、無碍にしようと思うメンバーはいない。


「まぁ、今の段階での君達の総合評価は、まだまだレイドとしては及第点だから、すぐにお願いするようなことはしないけどね。

 でも、もしも今後、更に魔物の異常繁殖やレベルの高騰があった時、覚悟はしておいて欲しいってだけだよ」

『了解っす』


 香神と永曽根が答え、それに追随するようにして他のメンバー達が首肯を返す。

 今回ばかりは珍しく内容を理解出来たらしい徳川(※大変だって事しか分かっていないとはいえ、)も同じだ。


「ただ、ギンジさんも随分忙しいようだし、君達も大変だろう。

 しばらくは、ジャッキーさんも様子を見るって事で落ち着いたみたいだから、そう身構えなくても良いからね」


 苦笑ともつかない微笑みで、締め括ったサミーのおかげでこの話題は落ち着いた。

 そこで、少々張り詰めていた空気が柔らかくなったところで、


「さて、全員まだまだ余裕はあるっすか?」

「敵襲、近い」


 獣人然りとした耳と鼻を駆使し、接近してくる魔物の存在を既に察知しているレトとディルがその場で武器を構えて、迎撃態勢を取った。

 それと同時に、生徒達も先程までの表情を引き締め、各自のフォーメーションへと散ろうとしている。


 この切り替えの早さと、行動速度に関しては既にベテラン冒険者だ、とライアンとサミーが顔を見合せて苦笑い。

 自分達の若かりし頃を思い出したのか、少々悔しく思ってしまうのはご愛嬌かもしれない。


「目標は3体っす!うち1体は、おそらく昆虫型!

 四足の魔物が2体っすから、ファーストアタックは昆虫型をメインっすよ!」


 レトが前に出て、森からの襲撃へのタイミングを推し量る。

 その間に、ライアンとサミーが彼女を中点にした三角形を作るようにして配置し、サミーの後ろには永曽根も付いた。


「四足の魔物に関しては、オレ等が引き受けんぞ!

 ナガソネは、サミーに張り付いてフォローに回れ!」

「はいっ!」


 更に、その後方でディルが迎撃態勢のまま、香神、徳川、浅沼へと指示。


「昆虫型の弱点、腹の下、頭!しっかり狙う!」

『はいっ!』


 最後に残された女子達は、距離を取りつつ後方待機となった。

 勿論、いつでも魔法を撃てるように、迎撃態勢を取っているのは変わらない。


「今回は、数が少ないので、我々は後方で待機をしつつ、別の方面からの急襲に備えます」

『はいっ!』


 そう言って、イーリを中心に、ソフィアが左側、エマが右側と言う形で後方警戒を開始した。


「怪我をなさらないように気をつけてくださいまし」

「うん、分かってる!!」


 オリビアは、ディル達とイーリ達の丁度中間あたりで、待機をしている形となる。

 これは、先ほどの戦闘の時と同じ陣形となっており、誰かが怪我をすればすぐに彼女が治療へと飛べる距離だからである。


 安定となりつつある、陣形が完成したと、ほぼ同時。


「来たっす!初撃に備えぇ!!」


 レトの掛け声と共に、森の中を駆け抜けて藪から飛び出して来たのは、彼女が先ほど言っていた通り昆虫型の魔物であり、大型の鎌を持った土蟷螂アースマンティスと、四足の魔物ことヘルハウンド。


 一番に飛び出して来た土蟷螂が振り上げた大鎌を、レトご自慢の戦斧バトルアックスが弾き返す。

 その両側から飛び出して来たヘルハウンドが2体、無防備になったレトへと飛びかかろうとしたものの、それを遮るような形で飛び出していたライアンとサミーに、同時に弾き飛ばされて悲鳴を上げている。


 足止めをした土蟷螂の懐から、いち早くレトが離脱。

 そこを、追随するようにしてディルが飛び込めば、彼女が作り上げた隙、ガラ空きの胴体へと拳を叩き付ける。


『ギシャアア!!』


 耳障りな奇声を上げた土蟷螂だったが、今度はサイドから叩き込まれた攻撃に翻弄される。

 右側からは、香神が鋭い上段蹴り。

 左側からは、えっちらおっちらとなんとか飛び込んだ浅沼が、やや大振りのストレートを叩き込んだ。


 思わず体を蹲らせた土蟷螂だったが、


「どりゃあああああ!!」


 そこにすかさず飛び込んだのは、徳川だった。

 彼は、助走を込めて飛び上がったと同時に、悪魔の角すらも圧し折った膂力を備えた脚を繰り出し、


『キュパッ…ッ!!』


 最後の断末魔としてはお粗末過ぎる奇声と共に、土蟷螂の頭部を粉砕させてしまった。

 しかも、その脚の膂力は頭だけには留まらず、土蟷螂の胸部の中ほどまで破壊してしまったのはいただけない。


「うげっ、汚ぇ!」

「ぶっひゃああ!!」

「うわっ、ゴメン!!でも、オレも気持ち悪いぃいい!!」


 おかげで、彼の具足ブーツだけでなく、周りで退避に遅れた香神や浅沼も被害を被った。

 ちなみに、しれっと後退して被害を免れたディルとレトは、あーあ、と言った形で彼等の大惨事を眺めているだけである。


「なんだ、土蟷螂はもう終わったのかよ」

「流石に、人数が多いと早いですねぇ」

「………徳川の奴、また力加減を間違ったな…」


 そんな土蟷螂の大惨事を横目に、ヘルハウンドを相手にしていたライアンとサミーも戦闘を潔く終了していた。

 勿論、永曽根も少しだけ参加はしたものの、途中から聞こえた彼等の間抜けな悲鳴の所為か、素直に戦闘への勝利が喜べないでいた。


 そんな彼等も、今しがた討伐を終えた魔物の素材をはぎ取る作業を開始する。

 冒険者として魔物を狩る事も然ることながら、こうして必要な素材を集める為に魔物を解体する技量も必要となってくる。


 ちなみに、解体して得た素材に関しては、魔物を討伐したと言う証拠としての意味合いと、その魔物自体から得ることの出来る稀少な素材としての意味合いもあった。

 今回は、売買出来る素材を持った魔物の討伐は、今のところ行っていない為、前者での意味合いが強い。


 そんな解体作業も滞りなく終了。

 先ほど、『異世界クラス』名物ともなっている怪力・徳川によって、大惨事を引き起こされてしまった土蟷螂に関しても、素材は大鎌の一部を切り落とせば完了する。

 なので、頭どころか胸部までもを潰してしまった彼等にとっては、僥倖だったというのは追記しておこう。


 そんなこんな、


「さぁ、この調子でどんどん狩るっすよ!!」


 相変わらず元気なレトの掛け声と共に、解体を終えた魔物の残骸を片付けつつAランクレイドは、順調に森の中へと踏み入って行った。

 この後、意外と慣れてくると指示を受けずとも生徒達が動きを覚え始め、細かい武器の扱いや魔物への事前知識以外の場面でのAランクパーティーからの教授が必要となくなってしまった事に、彼等の心がへし折れるというのは、もはやお約束と言うべき事になるのかもしれない。


 しかも、女子組に至っては、


「あくまで、魔法の補助の為の武器だったのですが、」

「あ、ゴメンなさい」

「いや、つい体が動いちゃった、ってか、ね…」


 イーリが呆れを通り越し、もはや涙目で見ている先で、魔物の撲殺死体を量産する有様となった。

 急襲を受けた為に、構える時間も魔法を唱える時間も無かったからこその女子組の行動ではあったのだが、イーリの言葉通り『補助の為の武器』だった筈のワンド槌矛メイスが見事に血塗れとなった。


「………やっぱり、鬼に金棒だったな」

「しかも、ソフィアまで…」

『………(今後は、あの二人だけは怒らせないようにしよう…)』


 呆れ交じりに呟いた香神は目撃してしまった撲殺死体に頭を抱える。

 永曽根は過激な言動の多いエマと一緒になってしまった多少は温厚の筈のソフィアに嘆いた。

 浅沼と徳川は内心を合致させつつも、揃って震えあがった。


「お二人とも、少しお転婆さんですものね」

『………(それだけの問題じゃないと思うんだが、)』


 唯一、けろっとしているオリビアの少しだけ方向の捩れ曲がった感想には、男子組一同が心の中で突っ込んだ。


「………オレ達、いつか女子にまで抜かされんのか…?」

「……有り得ない未来では無いような気がして、気が滅入っちゃうね」

「………ウチ等と同い年の筈なのに、」

「………エマも、ソフィアも、怖い」

「流石ギンジ様の教え子様と喜べば良いのか、今回ばかりは判断に困ります」


 と、Aランクパーティーは、死んだ魚のような眼をしながら彼女達の勇姿を目に焼き付けたと言う。


 それを密かに、森の中を追随していた騎士団の面々も目撃してしまい、


「………末恐ろしいというか、なんというか…」

「………オレ等の護衛って、必要あります?」

『………。』


 という、お約束のような会話の元、絶句していた事も追記しておこう。



***



 さて、お約束の事はひとまず脇に置いておいて。


 時刻も、そろそろ夕暮れ時に近づこうかと言う時間帯だった。

 Aランクレイドの面々は、北西に続く森の中を進み、先ほどと同じく順調に魔物を狩り進めていたのだが、


「………あれ?」

「………血の臭い。結構、近い…!」


 ふと、レトとディルが同時に感じ取った香り。

 それは、今まで散々魔物達で嗅いで来た血臭だったというのに、今回ばかりは彼等の眉間の皺が深くなる。


「………魔物の血の臭いじゃないっすね…!言うなれば、人間の血臭に近いっす」

「そ、それって、誰かが森の中で襲われたって事?」

「そう言う事っすね。しかも、姿かたちは見えないのに、これだけの血臭がするって事は、相当の出血量っす…!」


 これまで順調に進んでいた彼等の雰囲気が張り詰められた。


「こっちっす!」


 そう言って、レトが指を差した方向は、先ほど進んできた獣道からは大幅に逸れる方角であった。

 それを聞いたライアンとサミーはすぐさま、荷物から取り出した色付きの紐を近くの木の幹へと結び付ける。

 色付きの紐は、目印の為に結んだものである。

 森の中は、似たような景色も多く、こうして足取りを確認出来る物を残しておかなければ、いくら慣れ親しんだ狩り場でであっても、あっという間に遭難してしまう危険を伴っている。

 人が進んだことのある主街道や、多少は人の手が入っている副街道ならばまだしも、獣道を外れるとなれば必須の行動だった。


 それを掛け声も無いままに行った彼等の行動を見て、『異世界クラス』の面々も表情を引き締めた。

 誰からともなく荷袋を漁り、冒険者ギルドから配給されたロープなどで各々の体を結びつけた辺りで、Aランクパーティーの面々も、苦笑いと共に良い判断だ、と頷いた。


 準備を終えた彼等は、そのままレトを先頭に立て、森の中の道無き道へと進んで行く。


「………こんな森の中、冒険者以外でも通るんだな」

「いや、それは有り得ないよ。多少遠回りにはなるけれど、主街道があるからね」

「冒険者以外では、魔物に遭遇する可能性のある森の中を進むなんて事はしない」

「………って事は、レト達が気付いた血の臭いも、冒険者のものかもしれないって事?」

「そうなりますね」


 香神の疑問に、すかさずサミーが答える。

 補足をしたライアンの言葉に、ソフィアが首を傾げたが、それに対して答えたのは少々苦々しい顔をしたイーリであった。


 心無しか、レト達の表情も厳しい。

 その理由に思い至ったのは、誰が早かったのか。


 冒険者しか入らないだろう森の中で嗅ぎ取られた血臭ともなれば、予想通り冒険者の物だろう。

 それは、怪我をした事に他ならず、更に言えば依頼に失敗した末路である可能性も十分に考えられる。


 そして、先ほどレトが言っていた言葉は、「相当の出血量」だという事。

 森の中での、この血臭は、魔物を誘き寄せる格好の餌とも言える。


 最悪の場面を想定しているだろう事が暗に理解出来て、生徒達も段々と表情が強張って行った。


 そんな中、当初の準備の段階と同じく、色付きの紐を目印として結びつける事、数回。


「近いっす!」


 そう言って、武器を構えて藪の中を走り出したレト。

 彼女に続き、Aランクパーティーの面々や、生徒達も一斉に走り出す。


 その時には、既に森の出口だろう光が彼等の目前には見えていた。

 そして、彼等の駆ける足音に紛れるようにして、魔物の唸り声や奇声もまた響いている。


「戦闘準備!魔物に襲われているのは、間違いないっす!」


 藪を飛び出したレト。

 その後ろを追随していたディルも、藪を飛び越えるようにして森の外へと飛び出した。

 ライアンも同じく藪を飛び越えたが、その後ろにいたサミーが木の幹へと剣を叩きつけ最後の目印を付けた。


 そして、同じように生徒達も、藪を飛び越えたと同時。


「せいやぁあああああああ!!」


 威勢良く、それでいてどこか苦しげな声が響く。

 彼等の前には、燃えるような赤い色をした髪が舞い散ったようにも見えた事だろう。


 それと同時に、唸り声を上げて突進したであろう魔物が、無残にも真っ二つとなって彼等の目の前に落ちた。

 それを切り払ったであろう槍は、十字にも似た形のハルバート。


 そこにいたのは、赤を纏った偉丈夫だった。

 赤い髪に、体中に傷を負っているのか、衣服や手足すらも真っ赤だった。


 しかし、その手には未だに、先述した十字型のハルバートが握られており、更にはそのハルバートは未だに魔物を狩る事を辞めてはいない。


「良かった、まだ生きてた!」


 その気鋭の声とレトの一言で、彼等を包んでいた悲壮染みた雰囲気はすぐさま霧散した。

 それと同時に、既に彼等は臨戦態勢へと移行している。


「右の魔物はライアン達に任せるっす!」

「こっち、任せる!」


 今まで走ってきた陣形のまま、今しがた魔物を切り捨てた人物の左側の魔物達へと切り込んだレト。

 それに追随する形で、ディルも続き、今までの流れと同じように香神達も続いた。


「了承!」

「ナガソネくんは、フォローに回って!」

「はいっ!」


 一方、こちらも先程までの流れと同じく、襲われていた人物の右側の魔物達へと切り込んだライアンとサミー。

 一歩遅れる形とはなったが、永曽根もフォローに回るべく彼等の後を追随する。


「今回は、私達も踏み込みます!襲われていた方の救援です!」

『はいっ!』

「まずは、あの方の元へと駆け付けましょう!!」


 後方支援のイーリ達は、そのまままっすぐに進む。

 イーリが唱えた簡単な一文節の『水』魔法で、赤い髪をした人物への道が開ける。


聖なる盾(ホーリー・シールド)!!』


 そこへ、すかさずオリビアの唱えた『聖』属性の魔法で、魔物から赤い髪の人物を隔離する盾が出来上がる。

 即座に盾の中へと滑り込んだ杉坂姉妹は、背中合わせの形を取ってすぐさま支援行動へと移った。


「お、お前達は…ッ!」


 驚いたのか、赤い髪をした人物が振り乱した髪もそのままに、その場で彼等を呆然と眺めている。


「ダドルアード王国の冒険者ギルドの者です!」

「大丈夫ですか!?」


 そう言って、イーリがすぐさまその人物へと駆け寄った。

 同じく、オリビアも駆け寄ろうとしたのだが、


「………あ、貴方…ッ!!」

「………ッ!!」

「………ッど、うしましたの!?」


 イーリがふと、駆け寄ろうとした筈の脚を止め、同じくオリビアも制止した。

 それによって、様子がおかしい事に気付いた杉坂姉妹も振り返ったのだが、


「………えっ、嘘…!」

「ま、魔族ってやつ…!?」

『………なッ…!?』


 その赤い髪の人物は、人間では有り得ない部位を持っていた。


 先ほどまで戦闘を行っていた余韻の所為か、振り乱された髪に隠されていた角が露になる。

 更には、赤で濡れた口元には、上向きに生えた牙。

 近寄ってみれば、身の丈も成人男性並み以上の体躯をしており、一見すればおとぎ話の世界から飛び出して来た赤鬼然りとした様相だった。


 騒然となった女子達の声とその様子に、戦闘をしながらも気付いたレト達、生徒達も絶句する。


 冒険者ギルドには、確かに魔族は少数ながら存在している。

 しかし、これほどまで魔族然りとした様相の人物は、今の今まで所属していたことが無いというのは、冒険者ギルドに長いこと所属しているレト達ならば一目で分かる。

 亜人と呼ばれる、人型の魔族しかほとんど存在しないのである。


 しかし、今目の前にいる赤い髪をした人物は、体格は人間然りとしているが角や牙の在り方は異端過ぎた。

 思わず制止をしてしまったイーリは言わずもがな、震えあがってしまっていた。

 彼女自身、獣人であるレト達への忌避感は既に無いとはいえ、魔族に対しての恐怖心や畏怖の念が無いとは言えないからだ。


 だが、


「………あ、あら?」

「お、お前、まさかあの時の女神か…?」


 イーリに制止されていたオリビアが、ふと首を傾げつつもこの場に不釣り合いな声を発する。

 赤髪の偉丈夫に、何かしら覚えがあった事に他ならない。


 それに合わせ、赤い髪の偉丈夫も同じく、彼女の姿を認めたと同時に目を見開いた。

 そして、発した言葉の中には、オリビアを既知とするニュアンスも多大に含まれている。


「ろ、ローガン様です!?」

「お、オリビアだな…!」


 そこで、彼女達は潔く、お互いの名前を合致させた。

 オリビアは、赤髪の偉丈夫の名前をローガンと呼び、ローガンと呼ばれた人物は彼女をオリビアと呼んだ。


 この時点で、既に彼女が警戒対象では無いことが分かったのは、絶句をしたままの生徒達だった。

 レト達Aランクパーティーの面々は、未だに騒然としたまま魔物へと対峙しているままではあるが、


「何故、こんなところに…!?それに、そのお怪我はどうしたので…ッ!?」

「………ッ、それは…!!」


 改めて見た赤髪の偉丈夫こと、ローガンの姿は酷い有様だった。


 民族衣装染みたチョッキの一部はどす黒い赤に染まり、その下に着ていたシャツなど半分が酸化し始めている。

 下履きであるズボンも同じような有様となっているが、脚には魔物に噛まれでもしたのか真新しい傷痕。

 剥き出しの腕や手首などにも、噛み付かれたような痕や、ぱっくりと切り裂かれた傷がいくつも見受けられ、それを見たオリビアどこから杉坂姉妹の表情すらも曇ってしまった。

 出血量が酷い、と先程言っていたレトの言葉通りの有様に、先ほど魔族だと判明した時とは別の意味で絶句してしまう。


 しかし、


「あ………ッ、」

「ろ、ローガン様!!」


 そこで、ローガンの赤色の目が揺れた。

 混濁するかのように眼の色が滲み、すぐさまその瞼は閉じられた。

 そして、その場で支えにしていたであろう十字型の槍ごと、地面に倒れ伏す。


 どうやら、気が抜けた事で今まで酷使してきたであろう身体の限界が来てしまったようだ。


 咄嗟に駆け寄ったオリビアと、一緒になって駆け寄った杉坂姉妹。

 魔族であるローガンに驚いたままのイーリは、その場でただ茫然とローガンを見下しているだけとなった。


「エマ、水!とりあえず、消毒しなきゃ!」

「わ、分かった!」


 すぐさま、ソフィアが傷口の止血へと手を伸ばし、ローガンの衣服へと手を掛けた。

 ソフィアから指示を受けたエマは、彼女自身の属性である『水』魔法を駆使して、水を大量に空中へと生成する。


 オリビアは、倒れ伏したローガンの止血や消毒が終わり次第、即座に治療魔法を使えるように傍らに待機した。


「………そいつ、知り合いなのか?」

「た、多分。オリビアが名前を知ってたみたいだし、」

「………冒険者では無いように見えるっすけど、」


 ここで、ローガンを襲っていた魔物達の討伐を終えたばかりのレトやディル達も集まってきた。

 ライアンの問いかけに、徳川が半信半疑ながらも答えたが、レトはローガンの装備も何もない軽装を見て、いぶかしげな表情をしたままである。


「ローガンっていえば、確か先生が言ってた女蛮勇族アマゾネスじゃなかったか…?」


 そこで、いち早く記憶に合致したであろう香神が呟いた一言。

 おかげで、生徒達もローガンというこの偉丈夫が一方的ではあるものの、既知である事に思い至った。

 (※記憶力の壊滅的な徳川は除く)


「あ、先生が僕の異世界教本で間違いを指摘してた種族の人だ!」

「先生を助けてくれたって話だったよな…?」

「はい。私たちが到着した時に、銀次様を保護してくださっていた方ですわ」


 続々と他の生徒達も思い出したローガンの素性。

 中でも、浅沼としては、直接銀次から指摘された内容として、ダイレクトに記憶に残っていたようだ。


 エマが消毒をする傍らで、ソフィアが止血を施す。

 周りに集まっていた男子達も、応急処置に使えるだろう荷物を取り出して、ソフィアへと手渡したり、ソフィアと同じく消毒や止血へと参加する。


 その動作が自棄に手慣れていたというのは、周りで観察をしていたレト達の談だ。

 だが、それもまた銀次からの指導の賜物である。


 しかし、ふと消毒の手が衣服に隠れていた一番大きな傷口に差し掛かった時だった。


「………待ってくれ。この傷だけ、ちょっと変じゃないか?」

「えっ、何?あ、あんまり、傷口は見たくないんだけど、」

「…う、ウチ等も、結構ギリギリなんだからね…!」

「どうした、香神?」


 ローガンが負っている傷の中で、一番大きいだろう傷は脇腹にあった。

 一早く気付いた香神が、エマと同じ『水』属性の魔法で消毒をしている傍ら、その傷口を見て眉間の皺を深める。

 女子達は、なるべく傷口を直視しないようにしていたが、香神の様子に気付いた永曽根が止血の手を止めて、彼の言う『変』だと言う傷を見下した。


「………銃痕じゃないか?」

『ええっ!?』


 永曽根も、確かにその傷の異常性に気付いた。

 それと同時に、その傷口の形に思い当たるであろう予想を呟いた。


 他の傷は、大きく引き裂かれていたり、噛み付かれた歯型が残っていたりと、土蟷螂やヘルハウンドのものだろうと分かり易かった。

 実際に、ローガンやレト達が屠っただろう魔物の中には、土蟷螂もヘルハウンドも含まれていた。

 だというのに、この傷だけが一番大きく、そして丸くぽっかりと口を開けているだけで、どのような魔物に負わされた傷なのか判断が付かなかった。


「ちょっと待て。悪いが、()の体を少し浮かせてくれ」

「おう」


 永曽根の指示のもと、香神がローガンの背中や腰へと手を回し、少しだけ身体を浮かせる事に成功する。

 そこにすかさず手を差し入れた永曽根が、ややあって探りを入れると深くなっていた眉間の皺を更に深めた。


「おそらくは銃痕だし、結構大型の銃器だと予想出来るのに、貫通してない」

「チッ。………弾が中に残っているかもしれないって事か」

「………どういう事っすか?魔物に突き刺された訳じゃないって事っすか?」

「突き刺されていたら、これだけ大きな痕だと貫通するだろう?

 そもそも、この森にいる魔物でここまで綺麗に円形の傷を付けられる種類はいないんじゃないのか?」


 確かに、と唸ってしまったのは、Aランクパーティーの面々であった。

 この森に生息している魔物の多くは、物理系の魔物であり、先ほどまで相手にしていたヘルハウンドや土蟷螂、猫型の魔物であるダークキャットやその他昆虫型の比較的小型の魔物である。

 魔物の腕力や膂力は、人間からしてみれば脅威としか言え無い。

 彼の言うとおり、仮にも突き刺されたとなれば、貫通して然り。

 それに、そのどれもが、突き刺すような攻撃をする魔物では無い。


 だとすれば、Aランクパーティーの中では、この怪我の要因は不明のままである。

 しかし、現代で育ってきて、多少(というよりも、結構な)知識のある永曽根からしてみれば、この痕は一番分かり易い傷だった。


「う、嘘でしょ…!?銀次がこの人を撃ったって事!?」

「何言ってんの、エマ!先生は今、シャルの事送る為に西の森に行ってんだから無理に決まってんじゃん!」

「そもそも、先生が命の恩人って言ってた人、撃とうとするかなぁ?」


 銃痕だと分かった途端、生徒達が俄かに動揺した。

 エマは最初に浮かんだのが銀次だったようだが、いかんせん彼は、ソフィアの言うとおり、シャルを実家へと送迎する為に西の森に出張している最中である。


「………先生以外に、銃器を扱う人間がいるって事か?」

「考えられない、とは思うが、実際にこうして傷跡がある事だしな…」


 彼等の中に、沈黙が降りる。


「と、とりあえず、手当てをして、治療をしないと、」

「で、でも、どうするの!?

 弾が残ってるなら、塞いじゃったら取り出せなくなっちゃうんじゃ…!」


 気付いた事実に、顔を真っ青にしたソフィア。

 香神も永曽根も、この状況には困り果ててしまったのか、しきりに顔を見合わせたり、ローガンの傷口を見て眉をしかめたり、と忙しない。


 現実的には、素人である自分達では銃弾の摘出など出来ない、というのは分かっている。

 しかし、銃弾を残したままで治療してしまった場合のデメリットがどういったものになるのか、分からないという恐怖心もある。

 こればかりは、流石に香神の有り余る記憶の中には存在しない知識だった。


「で、でしたら、この傷だけは治癒魔法を避けますわ。

 消毒と止血をして、手当てを最小限に抑えておきましょう」


 そこで、すかさずオリビアが、助け船を出した。

 彼女は、脇腹の銃傷に関しては、後々に弾を抜く処置を銀次に任せ、応急手当てに留めようというものだ。

 彼等が応急処置の方法を教わったのも銀次である。

 こうした銃の扱いにも秀でている上に、そう言った医療技術も一般人以上に高い彼ならば、おそらく対処が出来るだろう、と考えた。


「………で、でも、死んじゃったりしないよね…ッ」

「私が、精一杯頑張りますわ!

 本日、もしくは明日までには、銀次様も帰ってくると仰っていましたので、」

「………分かった!オリビアの言う通り、他の傷の手当てだけをして、この傷は一旦様子を見よう!」

「う、うん、分かった!」


 現状は、半信半疑ながらも、それしか方法が無い。

 歯痒い現状を理解した生徒達は、そのままオリビアの意見を採用し、他の傷への処置を優先して行った。


 中には、女子組どころか多少の傷ぐらいならば見慣れているであろう永曽根すらも呻いてしまうような傷もあった。

 しかし、それも全て消毒、止血、手当てと終え、すかさずオリビアが治療魔法で塞いでいく。

 改めて、魔法の力の偉大さを実感した生徒達であった。


 数十分も彼等が応急処置に格闘する頃には、衣服に血の跡を残す程度にはローガンの治療は終了した。

 先程も言った通り、脇腹の一番の銃創には、最低限の応急処置のみと言う形とはなったが、処置が終了した頃には、ローガンの顔色は若干青いものの、比較的落ち着いたようにも見えた。


「………とりあえず、一度王国に帰還しよう」

「う、うん。………でも、依頼まだ終わって無いよな…」


 永曽根がローガンを背負い、生徒達へと振り返る。

 徳川が不安そうな顔のまま、レト達やローガンを交互に見て呟いた。


 だが、レト達は苦笑を零し、


「依頼に関しては気にしなくて良いっす。

 あらかた、魔物の素材は集めたし、1日2日で終わるような依頼じゃなかったっすから」

「それよりも、人命救助の方が優先だからね」

「手伝ってくれて、ありがとう。後は、オレ達が頑張る」

「………なんか、ゴメンな。あんまり役に立てなくて、」


 香神が代表してレト達へと頭を下げる。

 そんな彼の真摯な行動にも、今までの功績からも溜飲は簡単に下げられる。

 だが、彼の言葉の内容に対してはライアンとレトが「嫌味だろうか?」と勘繰ってしまったというのは、言わなくても良い余談かもしれない。


 しかし、それも束の間の事。


「お話は伺いました。

 依頼に関しては、騎士団で討伐した魔物の素材も合わせれば、依頼達成となるのではないでしょうか?」


 先ほど同様に、彼等とは全く別の方向から掛けられた声。

 それは、『異世界クラス』の生徒達の護衛として、王国から付いてきていた騎士団のもので、今までは遠方での護衛となっていた彼等が、この時初めて姿を見せた。


 勿論、レト達は気付いていたものの、生徒達は未だそこまで気配を察知する能力は高くない。

 驚きに眼を見開いたままの生徒達に、ライト部隊の隊長であるカルロスが苦笑を零しつつ、改めてレト達へと敬礼を施した。


「先程までの段階で、36体の魔物を討伐しております。

 うち、21体がヘルハウンド、6体が土蟷螂、4体がダークキャット、5体が殺人蜂キラービーとなっております。

 素材はすべて、こちらで確保しておりますので、どうぞお使いください」


 そう言って、今まで背負っていたであろう素材を、快くレト達へと渡した騎士団。

 これには、流石の彼女達も呆気に取られたようだ。


「………確かに、素材としては合っていますが、」

「………なんで、ウチ等に?何を企んでいるっすか?」


 確認をしたイーリとレトが、思わず胡乱気な表情を彼等に向けるが、カルロスはこれまた苦笑を零しているだけである。


「万が一を想定しておりましたので、先に素材の確保に勤しんでいただけの事でございます。

 それに、今回の依頼の内容は、生態調査と聞き及んでおりましたし、元々この界隈の魔物の分布図を提供しているのは騎士団でございますので、これも巡回の一環でございますれば、」


 理路整然と並べられた弁解には、残念ながらカルロスの本心しか伺えない。

 レト達ですらそうだったのだから、生徒達もその荒を見つけることなど困難なもので、結局肩を竦めて苦笑いをするだけとなった。

 意外と、今回の護衛であるカルロス率いるライト部隊は、曲者揃いなのかもしれない、と。


「はぁ…。まぁ、好意であれば、素直に受け取っておきましょう」

「感謝。素材、受け取った」

「騎士団からってのが、気に食わないけどな…」

「………。」

「まぁまぁ。騎士とはいえ、香神達の護衛なんだし、そこはそれって事で…」


 面々の表情は優れないものの、今回ばかりは緊急事態。

 素直に素材を受け取る事を決めたレト達も、そのまま荷物を纏めた。


「では、戻りましょう。日が落ちる前に、王国へと戻った方がよろしいでしょうから」


 と言うカルロスの一言で、今度は騎士団を先頭に、生徒達、レト達と言った形で、今しがた来たばかりの道を戻る。

 銀次の命の恩人であるローガンという一人の魔族を加え、こうして、突発的に発生した生徒達の特別クエストは終了した。



***



 ただし、ここで一つ、お約束とも言えるであろう事が一つ。


「でも、こんなイケメンに助けて貰ったとか、先生も約得じゃん」

「うんうん、同感!

 最初は魔族だって事で吃驚しちゃったけど、滅茶苦茶イケメンだよねぇ!」

森小神族エルフが美形揃いってのは、親父から聞いてたっすけど、他の種族にもいるんすねぇ」

「………美醜に関しては、否定しません」


 ダドルアード王国へと戻る傍ら、道中で盛り上がったのは女子組だった。

 内容に関しては、今回こうして予期せず救助する事となったローガンのイケメン造形についてだった。


 彼女達の『異世界クラス』の教師である銀次も、相当の美形というか女性かと間違う程の美人だが、彼とはまた違ったローガンの美形然りの端正な顔に、女子達が若干興奮している様子である。


 しかし、ここで落とし穴が一つ。


「………女蛮勇族アマゾネスって言って無かったか?」

「………そう言えば、」

「そうだよ!僕、それで怒られたんだよ!!爆乳じゃ無くて巨乳だったって!!」

「そもそも、女蛮勇族アマゾネスって?」


 そもそも種族自体が分かっていない徳川はともかく、浅沼がふと叫んだ言葉にこの場の全員が絶句した。

 内容も然ることながら、その言葉の中に含まれた意味には、もはや驚愕しか感じられない。


 生徒達はその場で棒立ちとなったばかりか、先頭を歩いていた騎士団もびしり、と固まった。


 そこで、今まで静かにその話の内容を聞いていたオリビアが、苦笑。


「ローガン様は、女性の方ですの」

『えぇえええええ!?』


 二度目のローガンマジック。

 彼女は、生徒達どころか騎士団、ベテラン冒険者ですらも、一目では性別を看破して貰う事は難しい程のイケメンである事が発覚した。



***

大変長らくお待たせしてしまいましたが、期末試験未着ドキュメントの続編を投稿させていただきました。


女に見える男の人も、男に見える女の人も大好物の作者です。

この銀次先生とローガンさんの2人は、そんな作者の妄想を詰め込んだキャラとなっておりますので、揃って再登場となってくれる次章が楽しみで楽しみで仕方無いのですが、またしばらく改稿作業に戻りたいのでお預けです。


………しょんぼり。

今後、随時更新作業や改稿作業に没頭したいと思います。


来週からまた仕事を始め忙しくなりますので、お休み中に出来る限り作者も奮闘したいと思っております。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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