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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、生徒達の期末試験編
77/179

66時間目 「期末試験~特別クエスト(生徒達編)~」4

2016年3月2日初投稿。


久しぶりの更新となりまして、申し訳ありません。

やっとこさ、『異世界クラス』の生徒達の密着ドキュメントであった事件は解決いたします。


ただ、もう一話ぐらいは続いてしまいそうですが、もう少しの間お付き合いくださいませ。


66話目です。

***



 時間は少しだけ、遡る。


 行動阻害系の磁力魔法陣(スタンプ)によって、身動きすらも出来なくなった香神とサミー。

 それをあざ笑うかのように罪の告白をし、そして手を叩いた悪魔付きの老人。


 手拍子が途切れた頃、時同じくして彼等の目と鼻の先にあった扉の中からは、自分達が救出に赴いた筈のエマと徳川の悲鳴や絶叫が響き渡った。


 その後も、断続的に続く、悲鳴や怒声。


 扉越しでくぐもってはいたものの、エマの助けを求める声も聞こえた。

 そして、その中に含まれていた、自身達も助けを求めたくなってしまう人物の名前も。


「(………どうする?どうする!?どうする…ッ!?

 こんな時、銀次なら何をする!?どうやって、この状況を脱却する!?)」


 奇しくも、扉一枚を隔てた部屋の中で、徳川が考えていたのと同じこと。

 それを、彼、香神も焦りで脳味噌の中を沸騰させながらも考えていた。


 しかし、悲しいかな、どうすれば良いのか彼には分らなかった。

 焦りに支配された脳内では、思い浮かぶ現状をぶち破るアイデアも碌なものが浮かばない。


 たった一瞬だけでもトランス状態に陥っていた徳川と違い、彼はまだほとんど正気のままだった事もあってか、そして拘束されている現状が違った所為もあってか、まったく何も浮かんではくれなかった。


 後はもう、惨めに命乞いをするしか方法は無い。

 自身の命を引き換えに、老人に下げたくも無い頭を下げてどちらか片方を見逃して貰うしか方法が無い。


 と、そこまで最悪な事を考えている自分に、吐き気すらも催して。


「……くしょ、畜生!畜生…ッ!」


 悔し涙で、睨み付けていた前が滲んだ。

 最後の最後で歯を食い縛って、涙を流す事は堪えつつも既に、精神的にも肉体的にも限界が訪れていた。


 そんな時だった。


「ーーーーーーッ!」

「………ッ、この気配は…ッ!」


 背筋に怖気が走る程、ましてや全身が総毛立つ程の殺気をまき散らした何かが、背後から近付いているのが分かった。

 気付いていないのは、老人だけだった事だろう。


 扉の先から感じている、禍々しい気配すらも比較にならない程の威圧感。

 それが、物凄い速度で迫って来ているのが、息を呑んだ香神にもサミーにも分かった。


 そこで、ふぅと溜息を吐いたのは、どちらだったのか。


「コウガミくん、もう安心して良いですよ」

「……へっ…?」


 少しだけ青い顔をしたサミーが、同じく青い顔をしながら身体を震わせている香神へと微笑んだ。

 振り返り様に見た彼の表情に、香神は現状も忘れて安堵してしまいそうになった。


「救援が来ました。おそらく、このダドルアード王国で最強とも言える、救援です」


 そう言ったサミーの言葉が、言い終わるか否か。


 その瞬間、ズドンッ!!と轟音と共に建物が揺れた。

 かと思えば、ガラガラガラガラ!!ズドンッ!!と更に轟音を立て、破片を撒き散らし、床板を半分程ぶち抜いて何かが落下して来た。

 屋根裏には、見事に大穴が開き、いつの間にか日暮れを過ぎていたのか月明かりが差し、薄暗かった屋根裏部屋を照らし出した。


「な、何があった!!一体、何が…!!」


 轟音や建物の揺れに耐えきれず床に倒れ込んだ老人の狼狽の声も遠い中。

 床板をぶち破った何かが、ゆらりと月明かりの中で蠢いた。


 緊張の面持ちで、それを眺めるしか出来ない香神。

 しかし、サミーの言葉を事前に聞いていたおかげで、多少なりともパニックを起こさないまでの冷静さは残っていた。


 備に観察したその姿は、まさしく熊だった。

 黒い体毛隈なく覆われた、巌のような巨体。

 ぶち破った床板を踏み締めて、のっそりと這い上がった姿。


 ただし、頭の上に生えていたピンと尖った耳と、背中を覆い隠すような髪のような鬣、そして腰元で揺れているふさふさとした尻尾は、とても熊とは思えなかった。

 記憶の中にある姿と一致する生き物は、残念ながら香神の中には一つしかない。


 狼男、もしくは戦狼ウォーウルフ

 神話や、物語のようなファンタジーの世界でしか、その存在を見る事は出来ない伝説上の生物。


 それが、眼の前で、のっそりと振り返った。


「よぉ、コウガミ、サミー。良い格好になってんじゃねぇか?」


 そう言って、口端を歪めるようにして笑った狼男。

 その笑い方に、そして口端を歪めて笑うその表情に、香神の脳内ではすぐに誰かが分かった。


「じゃ、ジャッキーさん!?」

「おう!一発で分かるたぁ、大したもんだぁ!」


 そのまま、その場でガハハハハッ!と笑った狼男は、何を隠そうジャッキーだった。

 冒険者ギルド、ギルドマスターにしてディルやレトの父親であり、銀次の酒飲み友達ともなっている、ジャッキーこと、ジャクソン・グレニュー。


 そこで、傍と気付けば、香神は何故ここにジャッキーがいるのか、理解に及ぶ事が出来た。

 救援である。

 間違う事なく。


 先ほど、体調不良を推してでも救援を求めに走ってくれたディルの後ろ姿が瞼の裏に過る。

 彼が駆け込んだギルドで異変を聞き付け、ジャッキーがここまで駆け付けてくれたのだと。


「あ……、」


 その瞬間、彼の腕から力が抜け落ちてしまった。

 気付いた時にはもう遅く、磁力魔法陣(スタンプ)に抗っていた筈の身体は、床に打ち付けられていた。


 そんな姿を見てか、もしくは別の要因が混ざりあってか、


「ウチの倅も然ることながら、ギンジ《アイツ》の生徒にまで手を出してくれるたぁ、嘗めた真似してくれてんじゃねぇか」


 低く野太い唸り声と共に、ジャッキーが一歩を踏み出した。

 彼の乱入によって吹き飛ばされ、床に無様に尻もちを付いた老人へと。


「ま、待て!何の冗談だ、これは!こんな化け物(・・・)を呼んだ覚えは、」

本物の化け物(・・・・・・)を見た事も無ぇとはなぁ、」


 ぎしぎしと軋むような音と共に、歯を剥き出しに笑ったジャッキー。

 その姿を見て、腰が抜けて既に立てなくなっていただろう老人は、今度は失禁まで催したようだ。


 先ほどまでの優勢による余裕はどこへやら。

 この老人には既に、逃げ道も何も残されてはいなかった。


「ジャッキーさん、先に魔法陣を破壊してください!

 これをなんとかして貰えれば、我々は大丈夫です!

 我々よりも先に、扉の向こうのトクガワくんとエマさんの救出を…!!」


 そこで、サミーがジャッキーへと叫ぶ。

 別に優勢を崩された老人を哀れに思ったわけでもなく、この場での優先順位の取捨選択のようなものだった。


 こちらは無傷。

 そして、ジャッキーと言う頼もしい救援も来たおかげで、香神はともかくサミーには余裕があった。


 しかし、扉を挟んだ一枚向こうからは、未だに生々しい音が響いている。

 最悪の事態を想定してしまうのは、言わずもがな彼等が戦闘が出来る状況では無いと分かっているからこそ。


「こっちは任せるぞ、サミー!」

「了解です!」


 サミーの剣幕にか、扉の向こうから感じられる禍々しい気配と断続的な悲鳴や音を察知してか。

 ジャッキーは、サミー達を拘束していた魔法陣スタンプの盤面を、床板ごと持っていた持ち手の短い手斧で破壊した。

 瞬間、彼等を床に抑え込んでいた重圧は消え、魔法陣も光を失う。


 魔法陣から解放されたサミーや香神は、すぐさま行動を開始。

 サミーはまっすぐに老人へと走り込むと、


「我が声に応えし、精霊達よ!聖神の戒めの力の一端を、今此処に示し給え!!『聖神の縛戒(ホーリー・バインド)』!!」

「おぎゃあああああああ!!!」


 早口の詠唱はもはや香神でも聞き取る間も無く完結し、老人へと鞭のように撓る鎖が伸びた。

 『聖』属性だと一目で分かるそれは、すぐさま老人へと絡みつくように四肢を拘束。

 しかも、その際には老人の体から、あろうことか焼けただれるような音と共にしわがれた絶叫が響き渡った。


 これには、流石に動き出した香神も呆然としてしまった。


「………なん、で」

「彼は既に『悪魔憑き』だからね。魂を半分、悪魔に売り渡しているのだから『聖』属性の魔法は、骨身に沁みる拷問に他ならないのさ」


 瞬く間の状況が理解出来なかった香神に、たった数秒で老人を拘束してみせたサミーがにっこりとほほ笑む。

 アルカイックスマイル、とは名ばかりの絶対零度の微笑みだった、と後に香神は語った。


「おらあああ!!無事か、坊主どもぉおお!!」


 そんなサミーの腹黒い一面を気にもせずに、屋根裏の扉へとジャッキーはまたしても手斧で叩き割った。


「ぎゃあああああ!!危ねぇし!!」

「うわぁあああ!!熊ぁあああああああ!!!」

「誰が熊だぁあああ!!」


 その瞬間、扉から溢れ出した悲鳴は勿論、徳川とエマのもので。

 そして、お約束では無いかとも思える、ジャッキーの怒りの突っ込みも同様である。


 呆然としてしまっていた香神も、その悲鳴を聞いてほっと一安心。

 感動の再会が、死体とのご対面にはならなかった事を、素直に喜ぶ事にした。


 しかし、


「う、わっ…!なんだ、この臭いは…!!」

「あ、悪ぃ…!ちょっと、やり過ぎちゃって…!!」

「やり過ぎたってか、テメェ等だけで悪魔を討伐したのかぁああ!?」

「「あ、うん」」


 ジャッキーが部屋の中に入るのを躊躇する程の惨状だったようだ。

 巌のような彼の体が邪魔をして、扉の先を伺い見る事はサミーにも香神にも出来なかったが、彼のその行動一つでどんな現状であるかは察しが付いた。

 そして、その惨状を生み出したのが、クラスメートである事も察する事は出来る。

 ジャッキーの叫び声に答えた、間の抜けたエマと徳川の返答からも頷ける。


 しかも、叩き割られた扉の先から酸味が強く、それでいて鉄錆の臭いも入り混じった臭気が香ってきた。

 香神は、思わず眉をしかめつつも、好奇心の惹かれるままに一歩を踏み出すが、


「香神くん、見ない方が良い。

 君は、どうやら記憶力が優れている(・・・・・・・・・・)ようだから、悪魔の死骸なんて見た日には、毎晩魘されるよ?」

「………そ、そういうものですか?」

「うん、そういうもの」


 そこで、老人を拘束し終ってなおかつ(物理的)制裁を加えていたサミーに止められ、香神は踏み出した足を、その場で押し留めた。

 本物の悪魔というものが気になるまでも、好奇心は猫をも殺す。

 なまじ、サミーの言うとおり、記憶力が優れているどころか絶対に忘れられない異能を持っている彼からしてみれば、グロテスクなものは極力見たくは無い。

 今後、食事の準備や、食事中にでも思い出そうものなら、精神衛生上良くないだろう。

 渋々ながら、彼はその場で踏みとどまって、扉の向こうの彼等に声を掛けるだけにとどめた。


「お前等、無事なのか!?」

「香神こそ!」

「ウチ等、平気!徳川、大金星じゃん!!」

「え、エマこそ、氷漬けにしてくれたじゃん!」


 と、心配していたエマすらも朗らかな声が返ってきた事で、より一層安堵の溜息が洩れる。


 しかも、どうやら今回は、徳川が頑張ったらしい。

 ついでに、最終的に悪魔はエマの『水』属性によって、氷漬けにされているらしいと言うのも分かった。


 なにそれ、見てみたい。と、またしても知的好奇心が首をもたげたが、今後の精神衛生を思えばと、なんとか怖いもの見たさの欲求は抑え込んだ。


「………救援、実はいらなかったんじゃねぇのか?」


 ぼそり、と扉の前で立ち尽くしていたジャッキーが呟いた一言。

 それは、どうやら心底からの、辟易とした感情がありありと表れていた。


 ………お前等、生徒達すらも既にSランク越えてんじゃねぇのか、とジャッキーが内心で戦々恐々としていたのは、この時誰も気付いていなかった。

 余談である。


「いえいえ、おかげで僕等が魔法陣から解放されましたし、」

「ムカつく爺さんの鼻も明かせたし、なっ」


 そんな余談はともかくとして、少し背中を丸めてしまっていたジャッキーの背後から、苦笑交じりにフォローをしたサミーと香神の二人。

 香神は、ご丁寧に老人の頭を蹴り付けるオプション付きでもあった。


 先ほどまで優勢に立って、散々馬鹿にしてくれたこの老人への制裁は、こんなものでは到底済ませられない。

 最終的には、今まで彼が悪魔に差し出して来た冒険者たちの末路を辿らせてやろうと、殺人のシミュレーションまでしていた香神ではあったが、余裕が出来た今となっては、やるべき事は報復では無いと分かっている。

 多少、サミーと同じように(物理的)制裁を加えはしても、裁くべき機関は決まっていると分かっていたから。

 そして、自身の手を汚すほどの価値も無い男だ、と気付いたからこその行動。


「とっとと、騎士団に連絡してこの爺さん、引き取って貰おうぜ」

「ええ、そうですね」


 なにはともあれ、依頼は完了。

 というよりも、依頼に隠されていた真実を暴きだした事で、一件落着と言うべきだったか。


 サミーが徐に手を顔の横へと差し出した。

 それに気付いた香神は、その合図に応えるかのように同じく手を挙げ、彼が差し出した手に叩き付けた。


 勝利の合図(ハイタッチ)である。

 

「本当に、君達には驚かされるよ。僕らもうかうかしていると抜かされてしまうね、」

「そんな事無いって。オレ達なんて、まだまだ経験が足りないんだからさ、」


 今回香神が、まざまざと思い知らされたのは、経験不足も然ることながら、圧倒的な情報量の少なさだった。

 まだまだ、と言い切った香神の言うとおり、行動阻害系の『魔法陣スタンプ』の存在や、『契約紋』、そして、事前に手に入れるべき情報がほとんど無かったことが、窮地を招いた。

 今回こうしてギルドの依頼を受けるのが通算で2度目である彼等にとっては当たり前の事ではあった。


 サミー達からしてみれば、その経験と事前情報の入手経路さえ掴んでしまえば、十分BランクAランクで独立可能だと言えるものだったが、それはさておき。


 なにはともあれ、彼らの期末試験1日目の依頼も、諸々の面倒な手続きなどを残しつつも、この時ようやく終わりを迎えることとなった。

 悪魔と交戦した徳川は、若干額を切っていたり、コブを作っていたりはしていたものの命に別条は無く、エマも多少の擦り傷は負ってはいたものの、ほぼ無傷であった。

 サミーや香神も勿論で、ジャッキー等言わずもがな。

 少し心配なのは、救援要請の為に途中離脱したディルであったが、今は冒険者ギルドで母親に看病を受けているとジャッキーから聞けば、大丈夫だろうと全員が安堵した。


 そのまま、彼等は埃と黴の臭いに紛れた屋根裏を後にした。

 『聖』属性のバインドを受けたまま、ぐったりと項垂れた老人を引き連れ、ついでに、しょげかえってしまったジャッキーという救援も引き連れて。


「………なぁ、オレの来た意味ってよぉ…?」

「っつか、ジャッキーさん、なんでここにいんの?」

「………しかも、なんでそんなにももふもふになってんの?」

「本当にオレの来た意味って!?」


 結局、彼の来た意味は、何だったのか。

 度肝を抜く派手な登場と、ついでに屋根裏や床板の破壊と、それに付随した老人への恫喝、『魔法陣スタンプ』を破壊したことのみが、今回の彼の戦果であった。

 ………救援の戦力がデカすぎたんじゃねぇの?と地味に思ったり思わなかったりしたのは、誰だったのか。

 閑話休題それはともかく

 なにはともあれ、全員が無事に今回の窮地を乗り切れた事が僥倖だった。



***



「おい、お前等、大丈夫か!?」

「皆さん、ご無事ですか!?」

「エマぁ!!大丈夫!?」

「サミー!!無事っすかぁ?」


 今回依頼を受けたA班の全員とサミーやジャッキーが、忌まわしい悪魔憑きの老人の館から、出てきた途端である。

 絶妙なタイミングで現れたのは、永曽根がリーダーを務めるB班のソフィア、浅沼、オリビアの四名。

 それと、彼らの査定の為に同行していたAランク冒険者であるレトやライアン、イーリ達も一緒であった。

 しかも、背後には丁度良いというかなんというか、王国の巡回部隊であるジェイコブ率いる『蒼天アズール騎士団』を引き連れている。


「永曽根!丁度良かった!」

「うぉおお!!オリビアちゃぁ~ん!」

「ソフィア!なんでここに!?」


 気付いた香神がまたしても安堵の表情を浮かべ、徳川はオリビアへと猛ダッシュし、エマはその場で突然の姉達の登場に呆然としていた。


「冒険者ギルドに戻ったら、お前等の依頼で問題発生したって言うし、何があったのかは知らないけど、ディルさんがぐったりしていたからな」

「ああ、そっか。んじゃ、賭けはオレの負けだな」

「今そんな事言っている場合か?」


 駆け付けた永曽根に、即頭部を小突かれつつ、香神は苦笑を零した。

 かくかくしかじかと香神が永曽根や、駆け付けた騎士達に説明を施す間に、怪我をしていた徳川はオリビアによしよしと頭を撫でられつつの幸せな治療を受け、エマは熱烈な抱擁を姉のソフィアから受ける。

 更に、ジャッキーへと駆け寄ったレトや、サミーに駆け寄ったライアンやイーリ。

 彼等も彼等で、何があったのかは一応触りだけであれば、冒険者ギルドで対応してくれたハンナやクロエから聞いてはいたので、詳細を求める代わりにこうして彼等へと詰め寄った次第であった。


 そして、ぼっちになった浅沼は、会話から取り残されてしまったが、余談である。


「まさか、『悪魔憑き』とは…、」


 香神から説明を受けたジェイコブが、唸り声を上げつつ老人を眺めていた。


 既に抵抗する気力も失っているのか、下半身を自らの粗相で濡らしたまま力無く地面に座り込んだままの老人。

 先ほどから、彼はぼそぼそと何かをうわ言のように呟き、廃人のような有様となっていた。


 しかし、これがただの演技だと言う事は、ジャッキーが気付いていた。

 彼は、獣人であり、今は既に解いているが『獣化』すらも出来、稀少性の極めて高い『戦狼ウォーウルフ』である。

 ぶつぶつと呟いている言葉の内容はおろか、心拍数の変動からして嘘を吐いて、この場で裁かれる事を逃れようとしていることなど、すぐに分かっていた。


 だが、ジャッキーがそれを分かっていたとしても、それを判断するのは騎士達である。


「『聖』属性の拘束で火傷を負うのが証拠だって聞いてるけど、間違ってるのか?」

「いいえ、その通りでございます。

 ただし、『悪魔憑き』の場合は、精神汚染がどれほどまでだったのか計れ無ければ、実際の刑罰を決める事が出来ませんので、」

「って事は、この爺さん、こんだけの事をやっておきながら、罪に問えないって事か!?」

「なんなんすか、それ!?」

「おいおい、こんだけ状況的に証拠が揃ってるってのに、何嘗めた事抜かしてやがる」


 しかし、ジェイコブから返ってきた返答には、香神達どころか傍で聞いていたレト達も憤慨した。

 話半分しか聞いていなかった筈の、徳川やエマすらも憤慨を通り越して絶句する有様だった。


「…この状況証拠だけでは罪に問う事は出来ても、重い求刑は出来ない、と言う事です。

 物理的な証拠は、この館を探せば出てくるとは思われますが、精神汚染がどこまで進んでいたのかを計れない限りは、」

「………それは、どうやって計るんだ?」

「少なくとも、言動や証言によるものを言質としております。

 申し訳ありませんが、これ以上詳しくは、巡回部隊である我々にはなんとも言えませぬが、」


 ジェイコブの説明は、こう言う事だった。


 曰く、『悪魔憑き』の犯罪者への求刑は、物的証拠や状況証拠も含みつつ、犯罪者自身の言動がどこまで『悪魔』によって扇動され、汚染されていたのかも焦点になる。

 しかし、それは状況証拠や物的証拠だけで測れるものでは無く、犯罪者自身の言動や証言、または近隣住民などへの聞き込みなどで判断するしかないと言う事だった。


 つまり、ここで老人が全てを『悪魔』の所為だ、としてしまったとしても、それが罷り通ってしまうと言う事。

 物的証拠や状況証拠が揃っていたとしても、自白が無ければ、最悪数年もすれば釈放される可能性もあると言う事であった。


 そんな軽い刑罰だけで済まされては、今までこの依頼を受けて『悪魔』に殺された冒険者達は報われる事は無い。

 怒りに震えたのは当事者である香神達だけでは無く、冒険者ギルドとして冒険者達の命も預かってきたジャッキーや、同じ冒険者であるレト達も同じであった。


「そんなふざけた事が罷り通るってか!!この王国の騎士団は、こんな屑野郎の事さえまともに裁けねぇってのかよ!!」

「………しかし、規律は規律ですので、」

「規律がどうだってんだ!!規律通りに依頼を受けてるこっちが、規律を破られて殺されたってのにか!!」


 激しく激昂し、髪すらも逆立たせたジャッキー。

 怯みはしても、その威圧を前に一歩も引けないジェイコブ。

 騎士団と冒険者ギルドの間での、今まであまり見ることの無かった、見えない壁のようなものを目の当たりにした瞬間でもあったのかもしれない。


 しかし、


「じゃあ、自白さえあれば良いって事だよな?」

「えっ?」

「あ゛あん?」


 そんな空気の中、ふと冷静な声が落とされた。

 驚いたジェイコブとジャッキーの声が、訝しげな表情と共にその声の元へと向けられる。


 声を発していたのは、当時者ともなっている香神だった。

 冷静にそして落ち着き払った彼の姿を、エマや永曽根など、周りの生徒達も訝しげに見ている。


 そんな中でも、彼は嫌に落ち着き払ったまま、


「………自白があれば良いんだよな?」


 そう言って、徐に老人へと視線を向ける。

 その視線は、どこか冷たいながらも、理知的な光は失われていないように見えて、見守ったままサミーは思わず唸った。

 この年齢の青年であれば、報復という妄執に取り憑かれて、感情の起伏は勿論暴力へと発展しかねない。

 騎士団との確執があるとはいえ、冒険者ギルドのマスターでもあるジャッキーですら、既に武力行使へのカウントダウン寸前だ。

 それを、彼・香神は理性で抑え込んでいることから、熟練の冒険者を思わせるような冷静さが垣間見えたからこそだった。


 そんな訝しげ、または好奇の視線を受けながらも、香神は素知らぬふりのまま、老人の目の前へと跪いた。


「テメェは、オレ達に何をした…?」

「………。」

「テメェは、オレ達より前にやってきた冒険者に、何をした……?」

「………。」

「答えろよ。………どの道、テメェは死刑は免れないんだぜ?」


 冷静かつ落ち着き払った声は、まるで自白を促そうとする老刑事のようなものだった。

 少なくとも、現代人の感覚を持っている生徒達からしてみれば、さながら刑事ドラマの一幕を見せられているようなものだった。

 しかし、それはこの世界の人間達からしてみても、同じ事であった。

 しかも、それがたった18~19歳程度の青年から発せられている事が、騎士団の面々からは少し信じられないものである。


「答えろ、テメェは今までどれだけの人間を殺して来た?」

「………そ、そんな事を言われても、分からないよ」

「分からない?シラを切るつもりか?」

「だ、だからシラも何も、本当に何も分からないんだ」


 そんな香神の言葉に、結局根負けをしたのかどうなのか、口を開いた老人。

 しかし、その言葉の中には、既にこの局面さえ乗り切ってしまえば良いという、諦念すら溢れていた。

 それを見逃さなかったのは、この場にいる騎士団もジャッキーも、勿論サミー達。


 香神は勿論、既にこの老人が演技をしてこの場を逃れようとしていると言う事はジャッキーから聞いていた為、騙される事も無い。


「………分からないってのは、どこからどこまで?」

「それすらもわからないんだ…!まったく、記憶にないんだよ…!」

「テメェ、ふざけてんじゃねぇぞ!!テメェが、香神達を捕まえていた現場も、ディルに睡眠薬嗅がせたことも証拠は上がってんだぞ!!」


 言い逃れを続けようとする老人へ向けて、香神の代わりに怒鳴ったのはジャッキーだった。

 しかも、獣人特有の唸り声まで上乗せされてしまえば、幾らなんでも老人にとっては恐怖以外感じる事は無いだろう。

 だが、彼は震えあがっただけで、それ以上声を発する事もしなくなった。

 ざまを見ろ、とこの場の全員が鼻を鳴らそうとした瞬間、


「ジャッキーさん、ちょっと黙って」


 そんなジャッキーの行動を諌めたのもまた、冷静な声であった。

 香神は、絶句する面々には見向きすらせずに、俯き頭垂れたまま身体を震わせた老人へと視線を向けたままだった。


「この世界での法律は、まだ履修してないから良く分からない。

 けど、詐称罪は相当の罪になる筈だ。アンタは、余罪だけでも一生牢屋から出て来られない…」


 そう言って、香神が目線を上げる。

 その先にいたのはジャッキー、では無くそんな彼に先程まで詰め寄られていたジェイコブであった。


「……この王国の法律で、偽証はどこまでの罪になる?」

「え?…あ、えー……、偽証罪と言うのは法律により宣誓した証人が虚偽の陳述(供述)をすることを内容とし、3ヶ月から10年以下の懲役となります」

「罰金は?」

「ありません。懲役のみが適用となっております」

「だそうだ。……テメェは、既にギルドで偽証を行っている。それも、頻繁にだ。

 それに関しては、ギルドで定められた規定に違反もしている筈だから、テメェは結局牢屋行きだ」


 そう言って、今度はジャッキーへと視線を向ける。

 彼も、まだ激昂を露にしているのか、息遣いが荒いままではあったが、香神の視線を受けて途端にたじろいだ。


「ぎ、ギルドで違反していた件に関しても、最終的には騎士団の裁量に任せる事になっている。

 ギルドとはいえ、個人の懲罰を勝手に下すのは流石に、王国の法律にも違反する事になるからな………」

「って事は、結局、自白待ちって事になるのか、」


 そう言って、香神がまた老人へと視線を戻す。

 震えてはいても、老人は未だに自白をしようとする気配は無い。


 このまま騎士団に預けたとしても、先ほどジェイコブが言っていた通り、悪魔からの精神汚染を考慮した上での懲罰、懲役を科せられることとなるのだろう。


 だが、


「………早いうちに自白した方が良いぜ?これ以上、嘘を重ねても何の得にもならねぇだろ?」


 そう言って、彼は腰元へと手を伸ばす。

 尻ポケットを漁ったかと思えば、そこから取り出したのは、直径12センチ程の彼の指と同じ太さの金属だった。


 この世界の人間である騎士団やジャッキー達には馴染みの無いものではあったが、常日頃から現代の利器に触れている彼等からしてみれば有り触れたものだった。

 ボールペンである。

 既に芯が出ている状態で、書き物をする際には必ずと言って良いほど使われるそれ。


 しかし、それを彼は、何故今取り出したのか。


「………もう、テメェには言い逃れは出来ない。

 だって、もうオレ達の前で、自白したようなもんだったからな………」


 そう言って、彼がにやりと笑う。

 まだ良く分かっていない騎士団やジャッキー達が首を傾げる中で、ふと何かを思い出したのかハッとした永曽根。

 他の生徒達も首を傾げそうになった時、かちり、と彼がそのボールペンのノックを回し、一度芯を出し入れした瞬間、


ーーー『先に僕が上ります。コウガミくんは、後ろを警戒してゆっくり着いてきて、』

ーーー『はいっ』


 そのボールペンから、発せられたのは音だった。

 ただの音では無い。

 それは、サミーと香神の、ほんの1時間程前の声だった。

 突入の時だったのか、サミーの抑え込むような牽制の声や、香神の返答、息遣いや屋根裏に続く階段の軋む音も混じっていた。


 その声が聞こえたと同時に、眼をひん剥いて驚きを露にしたジェイコブや、ジャッキー達。

 眼をひん剥いたのは、サミーも同じだった。


 まさか、あの時からたった数センチのこのボールペンが、録音をしているなどと誰が思うだろうか。

 

ーーー『ようこそ、勇気ある冒険者達』

ーーー『……テメェ、何を抜け抜けとぉ!!』

ーーー『…そう怒鳴らずとも聞こえているよ』


 その中に、この老人の声が混ざったことで、騎士団の面々の視線が鋭く光る。

 そして、その視線の的となった老人は、顔を上げ、明らかに狼狽した様子で、そのボールペンから発せられる音を聞いている。


ーーー『香神!!香神なの!?』

ーーー『うぉおおおおお!!香神ぃい!!助けてくれぇえ!!』

ーーー『エマ、徳川!!』


 老人の声とは別に、エマや徳川の声まで聞こえれば、あの現場での内容だった事は一目瞭然だった。

 当時者となったサミーや香神やエマや徳川、そして老人だけしか知る由も無かった、内部での一部始終。


 老人が現れた矢先に、扉は閉められ、中からくぐもったエマと徳川の声が響く。

 更には、老人からの挑発の声や、香神の激昂を露にした、地を這うような声などが聞こえた時には、当時者であってもほとんど聞こえていなかったエマ達は、震えあがってしまっていた。


 その後も、老人の悠然とした声は続き、遂には彼等が『磁力魔法陣スタンプ』によって、床に縫い付けられた状況も、克明に記録されていた。


ーーー『…さぁて、君達は何が聞きたかったんだっけねぇ?確か、あの子ども達をどうしたいのか、だったかい?』


 その後も続く、優位に立ったが故に饒舌となった老人の独白。

 その声には、理性や知性がありありと溢れており、とても悪魔から精神汚染を受けているようには聞こえなかった。


ーーー『彼等にはねぇ、生け贄になってもらうんだよ』


ーーー『私は兼ねてより、魔族や悪魔などの生態や魔法技術などを調べていてね…』


ーーー『素晴らしいものだ!古ぼけた魔法陣一つで、まさかここまで素晴らしい研究材料が召喚出来るなんて夢にも思っていなかったよ!!』


ーーー『ある程度は知性が備わっていたのも、嬉しい限りだった!おかげで、契約は問題無く終わらせられたよ!』


 そこまで、老人が語った時だった。


「………知性のある悪魔を相手に、ここまで饒舌に話せる人間はおりません。

 おそらく、中位以上の悪魔に他ならず、老人が精神汚染を受けていた可能性は消えました…」


 ジェイコブがその場で頷き、騎士団の面々がその場で即座に調書をまとめて行く。

 今、香神が垂れ流している記録音声は、老人が自らで語った自白に他ならない。


「で、でたらめだ!…そんな事、言った覚えは無い!」

「………なんで、でたらめだって言えるんだ?

 テメェはさっきまで、オレ達に何をしたのかも覚えてないって言っていた癖に、」

「そ、それは…!!」


 老人が言い募ろうとして、呆気なく香神から論破される。

 化けの皮は剥がされた。

 結局のところ、拙い演技でこの局面を乗り切ろうとしていた事自体、この老人には無理な話だった。


「……これ、録音機能が付いてんだよ。

 なにせ、オレの恩師(せんせい)からのこの世界での唯一の贈り物だからな」


 御愁傷様、と香神は更ににやりと口角を上げて、老人を見下した。

 そのボールペンは、かつてこの世界に来た当初の頃、香神が銀次から褒賞として受け取っていた、ソーラー電池で動く録音機能付きのボールペンであった。

 そして、彼からしてみれば、銀次から受け取った初めての贈り物でもあった。

 表向きには見せていなかったとはいえ、今まで肌身離さず持っていたこのボールペンの存在が、こんなところで役に立つとは思ってもみなかったことだろう。


ーーー『妻や子どもを差し出したりもしたが、結局足りなくなってしまったよ』 


ーーー『スラムに行って子どもを攫ったりもしたんだ』


ーーー『冒険者ギルドの依頼を利用させて貰うことにしたのさ』


 更に続く、罪の告白。

 それに比例して、騎士達の書く調書は、『殺人』や『殺人幇助(ほうじょ)』、『誘拐』、『詐欺』、『偽証』などの文字が躍り、厚みを増して行った。


「や、止めろ!!もう止めてくれ…ッ!!」

「止めない。………オレ達を嵌めたばかりか、ディルに致死量ギリギリの睡眠薬嗅がせた事も、エマや徳川を生贄にしようとした事も、絶対に許してやらない」


ーーー『…彼等の後は、君達だ。…生きたまま、血肉を啜られると良い』


 そして、香神やサミー、エマや徳川への『殺人未遂』も、決定的な瞬間と言葉が残されていた。


「し、知らない!私は、こんな事は言っていないぃ……ッ!!」

「証拠があっても、まだ言い逃れをするってのか?それも、『偽証罪』に当て嵌まるって知ってんのか?」

「知らないんだ!分からない!!こんな事はしていない!!」


 追随する香神の言葉に、老人は取り乱したまま口角に泡を溜め、唾を撒き散らして叫ぶ。

 しかし、既にこの場の騎士達からしてみれば、自白は取れた。

 後は、結果を任せるのみでしかない。


 香神がジェイコブを振り返ると、こくりと力強い頷きが返ってきた。

 勿論、それは十分な自白となり得るという、裏付けから来る頷き。


 確定したのは、この老人の罪状だけでは無く、末路。


「これまで何度も何の関係も無い子どもや冒険者を巻き添えしておいて、言い逃れをしようとは呆れた根性だ。

 報いは受けて貰う。この世界の法律で裁かれろ」

「そ、そんなのあんまりだ!…わ、私は、悪魔に操られていただけ、」

「その悪魔を召喚したのは、テメェだろうが!恨むなら、好奇心に負けたあの時のテメェを恨みやがれ!」


 最後の最後に怒鳴り声を上げた香神。

 その怒鳴り声に震えあがった老人が、その場で今度こそがっくりと項垂れた。


「『異世界クラス』の生徒たちへの暴行、監禁、及び殺人未遂の疑いで現行犯逮捕します」


 そう言って、ジェイコブがその場でサミーが掛けていた『聖』属性の拘束の上から、手錠のような枷を老人に嵌め、そのまま連行していく。

 現行犯ともなれば、残念ながら黙秘は認められない。

 それに、先ほどの音声は、完全に自白と取られることから、あの老人の末路は既に『断頭台ギロチン』で確定したも同義だろう。


「ご協力、感謝いたします」


 そこで、ふと振り返ったジェイコブが、騎士団の敬礼をして見せた。

 香神達『異世界クラス』の生徒達だけでは無く、冒険者であるジャッキーやレト達にまで、丁寧に頭を下げて行く。

 その行動に面食らったのは、冒険者ギルドの面々である。


 この世界の常識に疎かったあの頃と比較すれば最近はマシになった程度の『異世界クラス』の彼等からしてみても、ジェイコブのこの行動は騎士団としては異例だと言う事が分かる。

 ジェイコブに習い、騎士の礼をしているのは庶民出身の騎士達なのだろう。

 だが、ジェイコブからは庶民出身の出の者達とは違う、貴族としての洗練された所作が各所に見受けられる。

 貴族としての地位を持っていながら、冒険者に、ましてや獣人に頭を下げる騎士は少ない。

 そこが、やはり冒険者ギルドの面々を驚かせる結果となったのは当然のことながら、『予言の騎士』である銀次の下で、この世界に順応を続けている彼等からしてみれば、苦笑を零す他無かった。


 こんなところでも、『予言の騎士』こと銀次は、影響を与えていることが分かった事で、呆れたりもしながら、どこか誇らしい気持ちのままその様子を眺めていた。


「んーーーーーっ!!終わったぁあ!!」


 そこで、徳川の間延びした声が響き、がちごちにかたまっていた彼等の時間は動き出した。

 怪我をオリビアに治して貰った事も、一件が落着した事もあってか、徳川の腹からは盛大な鳴き声が響き渡る。

 それには思わず、騎士達の行動に面食らっていたジャッキー達ですらも噴き出した。


「だぁっはっはっは!!流石は、ギンジの生徒達だぁ!!

 死にかけてたった数十分で、もう腹の虫が元通りとはなぁ!!がぁっはっはっは!!」


 そして、響いたのはジャッキーの高笑い。

 触発されたレトやサミー達、そして香神達も揃って笑い声を上げ出した。

 笑いの中心となってしまった徳川も、顔を真っ赤にして照れながらも一緒に笑っていた。


 時刻は、既に夜8時を回ろうとしている。

 しかし、なにはともあれ、これにてA班の依頼も、突発的に発生した事件も一件落着となった次第であった。


 勿論、


「査定は言うまでもありませんが、文句無しで合格ですよ」

「へへっ!そういや、そんな事もあったっけ…」

「すっかり忘れてたけど、コンプリートって事で良いのかな?」

「倉庫の片付けとか途中だったりしたけどね?」

「その表向きの依頼を隠れ蓑にした、Aランク相当の事件を解決したんです。

 君達は、僕達Aランクのパーティーにだって十分通用するだけの能力をもっていますよ」


 そう言って、サミーからのお墨付きを貰ったA班の3名が、照れながらも顔を綻ばせた。


「んじゃ、一旦冒険者ギルドに戻るぞ。

 後始末は、特別にオレ達でやっておいてやるから、テメェ等は冒険者ギルドで飯でも食ってけ!」


 そのジャッキーの号令に、喜び勇みながらも生徒達が帰還した。

 今までEランク相当という依頼を隠れ蓑にして、とんでもない巨悪により被害をもたらしていた依頼を片付けたと言う、箔の付く結果を引っさげて。



***



 冒険者ギルドに戻れば、香神達はディルやクロエから熱烈な歓迎を受けた。

 睡眠薬を嗅がされ、気付け薬で無理矢理に動き回ったディルも既に薬が抜けて、ほぼ全快となっている。

 特に香神は、190を超えるディルの巨体に抱き付かれ、圧死寸前となってしまった。


「よ、よがった…!コウガミ、仲間!エマも、トクガワも、友達!死ななくて、よがっだぁ…!!」

「ありがとな、ディル。お前のおかげで、ジャッキーさんも間に合ったよ」

「………行った意味は無かったけどな」


 そんなジャッキーの恨みがましい声を聞きながらも、おいおいと泣くディルを慰める香神。

 獣人や人間などというこだわりの一切無い彼等の姿を見て、レトや母親のハンナですら、涙を浮かべてその様子を眺めていた。


 その後、ハンナからご招待のままに、冒険者ギルドで食事を受けた彼等。

 多少は味に煩い銀次すら認めたハンナの手料理に舌鼓を打ち、大騒ぎともなった年相応な彼等。

 羽目を外した徳川が酒を飲んで轟沈したり、更に羽目を外した浅沼が勢い余ってレトに飛びかかって、そのままディルに撃沈させられたり、それを女子達が冷たい眼で見届けていたり。

 ついでにリーダー同士である永曽根と香神の賭けが、他の生徒達にバレて白い眼で見られたりなんて事もありながら。


 こうして、彼等『異世界クラス』の生徒達の、期末試験1日目となった長い1日が終わった。



***



 余談ではあるが、冒険者ギルドに戻り、すぐさまジャッキーが冒険者をかき集めた。

 今回の事件を受けて、騎士団が犯人である老人を現行犯で捕まえた事もあって、その罪状については確定しているも同議だ。

 しかし、その依頼の最中に犠牲になった、冒険者達の遺品は未だに発見されていない。

 実質、この機を逃せば、見つかった遺品はすべて騎士団に一度証拠品と持って行かれ、返還されるまで時間が掛かってしまうだろう。

 だからこそ、先に遺品や遺骨だけでも掘り起こし、個人が特定出来る目ぼしいものだけでも回収する為に、既に宵闇の深くなる時刻に冒険者達は出立した。


 ちなみに、その遺品や遺骨の場所は既に香神達が、老人からの自白で判明させていた。

 彼等が掃除の依頼を受けた倉庫の下、床板を剥がした真下である。

 そして、その自白の通り、魔法陣の描かれた地面の下には、掘り返された跡が残されていたそうだ。

 掘り返した時、中には未だに肉の張り付いたままの、死んでから数ヶ月以内であろう頭蓋骨や骨も見つかっていたらしく、更には、遺品の数が遺骨の数が膨大なことから長期的な犯行だった事も分かっている。


 後日、香神達もジャッキー達や、報告に来たジェイコブ達から、詳しい説明を受けることになった。


 この世界がいかに危険であるか。

 死がどんなところに、ましてやすぐ隣に転がっているのか。


 『異世界クラス』の面々が、今一度痛感する事になった事件となったのは確かであった。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。


現在、更新の他にも、以前までのお話の各書を書きなおしや編集したりしておりますので、また更新に関しては時間が掛かってしまうかもしれませんが、ご了承くださいませ。

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