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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、生徒達の期末試験編
75/179

64時間目 「期末試験~特別クエスト(生徒達編)~」2

2016年1月4日初投稿。


引き続き、生徒達の期末試験密着ドキュメントをお送りします。


64話目です。

******



 一方、その頃。


 A班とは違って、子どもや動物などのほのぼの系の依頼を受けたB班。

 今度は、表題となっていたペットショップに足を運んでいた。


「おう、アンタ達が依頼を受けてくれた冒険者かい!」

「あ、はい」


 ペットショップ『ダックス』。

 そこには、大小様々の犬や猫、小型の愛玩魔物が鎮座したケースが、所狭しと並んでいた。

 店舗としては、大手経営のコンビニぐらいの大きさはあるだろう。

 その中に、ずらりと並んだケースや動物達はまさに圧巻。

 ついでに、その店内に立ち込めた、何とも言えない獣臭もまた圧巻であった。


 到着した生徒達は、思わずその店舗内の様子に呆然となった。


 永曽根とソフィアは若干顔を顰め、浅沼に至っては鼻を詰まんでいる。

 オリビアはのほほんと平気そうにしているが、熟練のAランクパーティーのメンバーであるライアンやイーリすらどこか辛そうにしていた。

 ただし、獣人であるレトは、同じ獣の臭いという事もあってケロッケロ。

 むしろ、両親や姉弟で嗅ぎ慣れている臭いの為か、どこか安心しているようにも見える。


 そんな面々の様子を見ても、ペットショップの店長、マーシャル・ダックスは気分を害する事も無く、申し訳なさげな様子。


「悪ぃなぁ。最近は、掃除まで手が回らなくて、こんな有様よぉ」

「い、いえ、お気になさらず」


 そんな様子を見て、永曽根は苦笑を零した。

 確かに、これだけの動物を相手にするなら、清掃までやるのは手間だな、と納得する。


 その後は、二回目とあってかスムーズに自己紹介や依頼の説明を終える。

 内容は、依頼書の通り。


「オレがちゃちゃっと掃除している間に、コイツ等をまとめて散歩に連れてってくれや」

「こ、この子達全部ですか?」

「おうよ!じゃないと、ケースの中まで清掃出来ないからなぁ」


 ただし、その依頼の規模が普通よりも凄まじい事を除いて。

 驚きの余り、永曽根は唖然。

 その背後で、ソフィアが眼を輝かせていたのは不思議なものだが、浅沼はげっそりとその場で崩れ落ちた。


「あー…これ、パーティーどころかレイドが必要な依頼だったっすねぇ」

「すまん。ここまでの規模だとは思って無かった」

「仕方ありませんよ。私たちもEランクの依頼からは離れて久しいですから、少し勘が鈍っていたようですし、」


 という、レト達からの言葉に全員が絶句した。

 一緒に依頼を見繕ったライアンからの謝罪の言葉を受けても、永曽根はしばらく呆然としていた。


 しかし、


「いや、やると言ったからにはやらせていただきます!」


 男らしく宣言したかと思えば、その場で頬をパンパンと叩いて気鋭一声。

 申し訳なさそうに眉を下げていた店主に向かい合った。


「リードか鎖なんかは、どこですか?」

「ああ、そこに掛かってるので全部だ。一応、ここにいるペット達の分がある」

「時間はどれぐらい必要でしょうか?」

「多く見積もって、3時間ぐらいだな」


 現在時刻は、15時を回っている。

 つまり、3時間はこのペット達を引き連れて散歩する事になると言う事だ。


 終わるのは、早くても6時過ぎ。

 1日目の依頼内容としてはハード過ぎると言い様がないものの、永曽根は覚悟を決めた。


「(みんなには秘密で行っていた、香神との賭けには負けるだろうが、)」


 それは、リーダー同士の些細な賭け事。

 A班B班と別れて行動するにあたって、どちらが早く依頼を終わらせて帰ってくることが出来るかというものだ。

 賭けたのは、夕食のおかずが一品という、子ども染みた賭け。

 負けたとしても、大した問題では無いと取捨選択は早かった。


「ソフィアとオリビアはリードを持ってきてくれ」

「あ、はい」

「はいです!」

「レトさんは、オレと一緒にペット達をケースから出して、リードを付けましょう」

「うぃっす」

「イーリさんは、リードを取り付けたペット達を外に連れ出してください」

「はい」

「浅沼とライアンさんは、外で待機。オレ達がリードを付けて、イーリさんが外にペット達を連れ出すので受け取りを頼みます」

「えっ、あ、うん」

「分かった」


 決めてからの、永曽根の行動は早かった。


 即座に分担を決めて、3つのグループへと分ける。


 まずは、リードを運ぶ係は、力の無い女子組へと分担。

 ペット達をケースから出して、リードを取り付ける体力や技術も必要な仕事は、自身とレトへ分担。

 リードを取り付け終わったペット達を店舗の外に連れ出してから、待機をさせる力仕事を浅沼とライアンに分担。

 これによって、上手くいけばペット達を一気に連れ出して一気に連れ帰ることが出来る。


 一方、店主であるマーシャルは、面白そうに永曽根達の様子を眺めていた。

 過去、何度か依頼を頼んだ事はあるが、やってきた冒険者達は最初の段階で既に諦めモード。

 先程もレトが言った通り、渋々レイドを組んでから戻って来る。

 更に言えば、根性の無い一部の冒険者など、その場でUターンをしてしまった事もあった。


 それが、この状況である。


 女子達がリードを持ってくる、もしくは手が余ればリードを取り付けたペット達を外へと連れ出す。

 その間に、リードを取り付ける役割の永曽根とレト達がせっせとペット達をケースから取り出していた。

 連れ出されたペット達は、力仕事を任されたライアンと浅沼がなんとか制御をしながら、外で待機。


 見事な連携を目の当たりにして、惚れ惚れとしながら。


「報酬の上乗せ、してやっても良いかなぁ」


 なんて呟いていたのは、せっせと動き回っていた彼等には聞こえる筈もない。


 時たま、永曽根やレトが、ペット達に噛まれたり、引っ掻かれたり。

 その度に悲鳴が上がるが、永曽根もレトも逆上してペット達を叱ることは無い。


 リードを運ぶ女子達は、むしろリードを取り付けた後のペット達に悪戦苦闘していた。

 だが、それも微笑ましい光景に見えてくるのだから女子達が得だった。

 オリビアが大型犬に引っ張られる。

 ソフィアが小型の愛玩魔物に飛び掛かられて、悲鳴を上げる。

 しかし、見ている側からすれば、それもなかなか微笑ましい。

 可愛らしい動物と戯れる可愛らしい女子達は、相乗効果で更に可愛く見えるものだ。

 傍から見ていた浅沼とライアンは、始終頬が緩みっぱなしだったそうな。


 ただし、そんな彼等もペット達の数が増えて行くに従って、笑いごとでは無くなっていた。

 なるべく負担が少ないように、と小型犬や小型の愛玩魔物から連れ出していくものの、それこそ数が揃えばそれなりの腕力が必要になってくる。

 それぞれが小さくても、騒いだり飛び跳ねたりと、とにかくやんちゃなペット達が動きまわればその分彼等の負担は増加する。

 そこへ更に大型犬や、見た目とは裏腹に力の強い小型の愛玩魔物が含まれれば、


「あ、やめてっやめてっ!…ぶひぃいいいい…!!」


 情けない悲鳴が上がるのは、ある程度予想出来たことであった。


 小型犬に飛び掛かられてバランスを崩した浅沼。

 彼が体勢を整える前に、チャンスと見るや否やに駆け出した大型犬。

 そんな大型犬の抗いようの無い力に引っ張られ、容赦なく彼は引き摺られた。

 それに続いて、更に小型犬や小型魔物達が走り出す。

 そして、その最悪な連鎖を、引き摺られた彼には止めようがない。

 街人の奇異な視線の中で、浅沼はペット達に引き摺られて大通りを滑走していった。


「浅沼ぁー!!しっかり踏ん張れ、この野郎!」

「…無茶を言うな」


 永曽根の怒声に、ライアンが思わずドン引いた。


 哀れ、浅沼。

 ライアンは、愛嬌のある小太りの青年に心の中で合唱した。


 この依頼での、一番の被害者。

 それは、誰でも無く浅沼だった事だろう。

 ペット達に引き摺られた揚句に、仲間から掛けられた言葉は叱咤激励。

 彼には成す術も無い。

 不条理な状況に、涙を零しつつ街の中へと消えて行った。


「次は、ちゃんと下調べしてから決めた方が良さそうだね」

「……善処する」

「うぐぇっ、ひっぐ。ぶひっ…酷い目にあったよぉ…!」

「おーよしよし。お怪我は大丈夫ですか?」


 辟易とした様子のソフィアと、永曽根。

 対する浅沼は、珍しくオリビアから慰められながら、不細工な泣き顔を晒していた。


 その後、駆け付けた永曽根達に回収されるまで、彼は延々とペット達に引き摺られていた。

 まだ、回収されただけマシだ。

 ついでに言うなら、奇跡的に一本たりとも離さなかったリードの件は素直に褒められたので、多少は心の傷が緩和されたらしい。

 体の傷は、緩和しようが無かったらしいが。


 なんて言うハプニングもありながら、彼等の2つ目の依頼もなんとか終了した。

 ちなみに、結局終わったのは夜の7時過ぎとなっていたのだが、言わずもがな浅沼の捜索に1時間近くもロスした為である。


 今回もまた店主からはお墨付きをいただき、報酬の上乗せもあった。

 勿論、レト達からの評価も高い。

 残り1件となったノルマも含めて、彼等は心地よい疲労感を感じながら帰路に着いた。


 ただし、ここで一つだけ追記しておく。


 永曽根と香神がしていた秘密裏の賭け。

 その日の夕食のおかずの行く末である。


 結果的に、勝ったのは永曽根達であった。

 時刻は、夜7時。

 それ以上の時間を、香神達が消費したことに所以する。



***



 遡ること数時間。

 異世界クラスの、冒険者ギルドを巻き込んだ期末試験の最中。

 A班B班が、揃って滞り無く依頼を終了した丁度その頃。


 その事実が発覚したのは、冒険者ギルドであった。


「あら?」


 と、声を上げた女性。

 その手には、整理中の依頼書の紙が数枚。


 時刻は14時半。

 昼時にはごった返していたギルド内も、人足が少しずつ遠退いて行く時間帯。

 次は、夕食時の17時頃から忙しくなる事だろう。

 その時間経過での混雑をある程度予測していた受付のクロエは、この手の空いた時間帯を狙って、いつも依頼書の整理を行っていた。


 彼女が整理している依頼書は、ボードに貼り出しているのとはまた別のもの。

 未達成、もしくは依頼破棄の依頼書の束である。

 時たま、こうして分不相応な依頼を受けて、未達成だったり破棄をしたりする冒険者はいる。

 その時の依頼書をある程度の期間を保管、もしくは整理をするのも彼女の仕事の一環だった。

 その依頼書も、上記のある程度の期間を終えれば、ランクが低いのであれば再度ボードに貼り出したり、ランクが高めであれば斡旋という形で高ランクの冒険者や騎士団に回すこととなっている。

 その後お蔵入りを果たせば、Sランク冒険者達(ジャッキーや銀次達)へ強制的に回されたりもする。


 その中の依頼書に、彼女は少しだけ引っ掛かりを覚えた。

 それは、丁度今日の昼頃。

 彼女が、一度見たことがある依頼書だった為だ。


「(これ、確か異世界クラスの皆さんが、受けてくださった…)」


 すぐさま、クロエの脳内には、依頼書を受けた生徒達の姿がヒットした。


「あ、あら?」


 再度、彼女は声を上げて、今度は首を傾げる動作も付随した。

 未達成の依頼書の束と、依頼ボードに貼り出された依頼書。

 それが、同時期に重なって発見されると言う事は、本来あってはならない事実である。


 そして、その依頼書の紙には『未達成及び依頼継続不可』の印が押されていた。


 この印を押したのは、おそらくクロエとは別の受付だろう。

 後輩と先輩のどちらか。

 そう考えたのは、彼女にはこの依頼を受けた覚えも、依頼書に未達成の印を押した覚えも無かったから。


 ただ、この時彼女の背筋には、言い様の無い悪寒が走った。


 言わずもがな、ランクが低いにも関わらず未達成になっている事が一つ。


 それから、もう一つ。

 それは、『未達成及び依頼継続不可』となっている印の下。

 依頼書には、必ず備考欄というものがあるのだが、そこには見慣れた先輩の文字で、


『1週間経過。連絡無し。現在、行方を調査中』

『1ヶ月経過。連絡無し』

『2ヶ月経過。連絡無し』

『3ヶ月経過。連絡無し。行方不明と断定』

『ギルドカードの更新にも来ていない様子。最悪、別の依頼を同時進行で受けていた際に、事件か事故に巻き込まれた可能性有り』


 と、赤いインクで注釈が書かれていた。

 どうやらこの依頼を受けた冒険者かパーティの行方が分からなくなり、その後1年ごとのギルドカードの更新にも来ない。

 異常事態である。


 ぞわり、と彼女は再三の悪寒を感じ、


「ま、マスターーーー!!」


 大慌てで彼女は2階にある、ギルドマスターの執務室へと駆け込んだ。


 その依頼書の裏には、更に先輩の文字らしきものが続いている。


『この依頼は、現在で三回目の失敗、未達成、継続不可。早急に調査、及び事実関係の洗い出しを求む』


 この文字をジャッキーが見付けるまで、後数十分。

 その後、怒号が響き渡るのも、後数十分であった。 



***



 1日目の残り時間も半分を過ぎた頃。


 順調に思われたA班の2つ目の依頼は、倉庫の片付けとなっていた。

 しかし、依頼人の談では、時間の経過と共に、屋根裏の清掃も必要になったと言う事だった。

 あくまでも、表面上だけの納得をしたメンバーは、まず先に当初の依頼内容であった倉庫の清掃へと取り掛かった。


 最初のインパクトがあってか、警戒心は解けないままだ。


 香神は言わずもがな。

 エマは、まだ老人の姿を視界に収める度に、怯えていた。

 まったく気にしていない様子の徳川は論外。彼には警戒も何も、まず危機感が無かった。

 そんな彼等を手伝いながら、ディルもサミーも警戒を怠ってはいなかった。


 そんな彼等の様子を、何をするでも無く眺める老人の姿。

 どこか、伺うような視線なのは、ほとんど全員が気付いていた。


「分担して、やられた方が良いのではないでしょうか?」

「いえ。すみませんが、人数が少ないので集中して行います」

「…そうですか」


 資材の運び出しに出てきた香神へ、老人が提案する。

 それを、素気無く却下。


 香神は、この老人の言葉に、すぐに魂胆が透けて見えた。


「(オレ達を分断したいんだろうが、そうはいかねぇっての…)」


 表面上は、にこやかな老人。

 しかし、どこか胡散臭い様子の彼に対して、不信感ばかりが募る。

 騙されているのは、徳川だけだ。


「そろそろ休憩したらどうだい?お茶でも淹れるよ?」

「ううん大丈夫だ!オレ達、これでも鍛えてっから、全然平気!」

「…そうかいそうかい」


 無意識ではあったとしても、老人からの提案は呆気なく却下。

 倉庫内にいても聞こえたその二人のやり取りに、思わず香神はほっとしたと同時に、ざまぇみろと苦笑した。


 徳川は、元々お爺ちゃん子と言うべきか、例え表向きだけでも構ってくれたのが祖父だけだったという過去のせいか、この老人を警戒する素振りが見られない。

 注意を促そうにも、彼は隠し事が苦手な類だ。

 老人からの問いかけに、香神からの注意を彼がぽろっと漏らしてみようものなら、その後の老人の反応が予想出来ない。

 その為、香神はどうにも二の足を踏んでしまっていた。

 ただし、この調子なら、まだ問題は無いだろうとは思いながらも。


 更に言えば、この老人。

 話し掛けるのは、香神と徳川、エマだけなのだ。

 ディルやサミーに対しては、何を怯えているのか喋りかける素振りは無い。

 しかし、香神や徳川に対しては、積極的に話しかける。


 エマの時は、より顕著だった。

 彼女は、老人に怯えているというのに、矢継ぎ早に言葉を掛けるものだから彼女は固まったまま動けなくなる。

 その度に、香神が救出に出向いたものの、そろそろ彼女自身の精神面がもたないだろう。

 なので、倉庫内で完結する仕事を割り振って、なるべく老人との接触を減らす。

 その分、香神と徳川の接触が増えるものの、分かっている人間と無警戒の人間だ。

 徳川は勝手な判断をしても、必ず香神に了承を得るようにしていた。

 それもまた、銀次の言い付けであったから。


 おかげで、倉庫内の清掃を始めてから、早1時間。

 目立った問題が発生している訳では無い。


 ただし、


「なぁ、ディルさん。アンタ、さっきからどうしたんだ?」

「……頭、痛い。…ここ、凄い臭い」


 倉庫内の、どこからともなく感じる腐臭。

 運び出しの段階で、肉だか何か分からない腐った食材なども出て来ていた。

 その臭いが、倉庫内にも充満。

 更に言えば、木造の倉庫なので土台か床板でも腐っているのかもしれない。

 似たような腐臭が漂っていた。


「あ、そうか。獣人だから、鼻が効くんだな…」

「うん。ごめん。…ここ、凄い。腐った臭い…頭、痛い」

「悪い、気が付かなくて。ちょっと、外で休んでて良い」

「うん、ごめん、そうする」


 と、ここで一旦、ディルが離脱。

 サミーから小声で、「出来ればで良いから老人を見張っておけ」と言われて、彼はそのまま倉庫内を出た。

 それを後ろ背に聞いていた香神が、サミーへと目くばせ。

 視線を受けたサミーは、苦笑と共にこれまた小声で、


「思った以上に警戒されて、老人も焦れて来ているようです」

「…焦れて?」


 肩越しに、香神はふと目線だけを老人へと移す。

 サミーの言うとおり、老人は自棄に苛立った様子を見せて、爪を噛んでいた。


 しかし、ふと。


「あの、模様…なんだろう?」

「えっ?」


 サミーが、そんな彼の声に振り替える。

 しかし、老人はいち早く爪を噛む動作を止め、しれっとした様子で倉庫内で作業する彼等を眺めていた。


 だが、香神にはしっかりと見えた。


 老人の腕。

 爪を噛む為に上げたことで、裾から覗いていた腕には、何か黒い模様があった。

 それは、まるで刺青のような何か。

 だが、その模様が何かという知識は、残念ながら香神には無い。

 しかし、しっかりと記憶した。


「…後で、詳しく話します」

「分かりました」


 そう言って、それぞれの仕事に戻っていく二人。

 不信感は、この1時間足らずで、収まるどころか募っていくばかりだった。 


 嫌な予感がする。

 香神は、ふと視線を上げる。

 そこには、倉庫内の臭いやら何やらで眉間に皺を寄せたエマの姿。

 やはり、彼女もまだ警戒をしているのか、怯えた視線をちらちらと老人に向けていた。


 無理も無い、と溜息を吐く。

 しかし、ふと彼女がそんな香神の視線に気付いた。


「何だよ?」

「…ああ、いや。お前も無理すんなよ?具合悪くなったら、ディルさんみたいに休んできて良いからな」

「べ、別に具合なんか悪くないし…!た、ただちょっと、視線が気持ち悪いだけで、」

「……それでも、無理すんな」

「分かった…」


 香神の有無を言わさぬ言葉。

 それに、エマは戸惑いつつも、頷いた。


 だが、


「あれ?…徳川は?」

「あ?…えっ…?」


 ふと最初に違和感に気が付いたのは、彼女だった。

 自棄に、倉庫内が静か過ぎる。


 多少手を動かしている彼等からしてみても、騒がしい騒音の元は決まっている。

 徳川だ。


 しかし、その徳川の姿は、倉庫内には見当たらなかった。


「サミーさん!」

「気付かなかった…!」


 咄嗟にサミーへと振り返る。

 しかし、彼も気付いてはいなかった。

 いつの間にか、徳川が消えている。


 香神の背筋に冷や汗が滑り落ちた。

 それと同時に、先ほどから感じていた嫌な予感が、濃厚になって襲いかかって来た。


「おい、徳川!どこ行った!!」

「徳川ぁ!!アンタ、何サボってる訳!!」

「トクガワくん!!」


 声を張り上げた、三人。

 倉庫内から香神が飛び出し、次にサミーが続く。

 高所に登っていたエマが多少手こずりながら、土台を降りている。


 外へと飛び出すも、そこに徳川の姿は無い。

 それどころか、老人の姿も無かった。


 あるのは、運び出された資材。

 取り残されたかのように、中途半端な位置に落ちている資材もあった。


 ますます持って、異常事態。

 香神とサミーの脳裏に最悪な末路が過る。

 違和感ばかりであったものの、順調なように思えた依頼に暗雲が立ち込め始めていた。


 更には、


「お、おい、ディル!?」

「ディルさん!?」


 獣人の為、嗅覚が優れているせいで倉庫内の腐った臭いにやられ、休みに出て行った筈のディル。

 そんな彼が、休憩に使っていただろう庭の石のすぐ傍に、まるで死んだように倒れていたのだ。


 サミーが駆け寄る。

 それに香神が続く。


 駆け寄って見ると、ディルに目立った外傷は無かった。

息もしている。

 ただ、顔色が悪い。

 そして、微かに香った臭いに、ふとサミーも香神も眉根を寄せた。


「何かの薬品か…?」

「これは、おそらく睡眠薬だよ!香袋でも焚かれたんだろう。獣人は、嗅覚が良いから効果が高いんだ…!」 

「なんだって…!」


 臭いに覚えのあるサミーはすぐに分かった。

 香神はその臭いの元を探るように、辺りを見渡す。


 それは、確かにあった。

 ディルの座っていた石が風下になるように、草陰に巧妙に隠された香袋。

 香神は、火の焚かれたそれを踏みつけるようにして鎮火した。


 だが、寝入ってしまったディルが眼を覚ます兆しは無い。

 獣人は、サミーの言う通りに嗅覚に優れている分、人間以上に毒や薬の臭いで簡単に意識を手放してしまう。

 更には、中毒まで起し易い為、獣人相手に毒や薬の類はご法度。

 冒険者の間では、基本的に禁忌タブーだ。

 だが、そんな禁忌を、例え違和感ばかりとはいえ、一般人である老人が知る由も無い。


 サミーが急いで、腰のポーチから気付け薬を取り出す。

 この場合は、医者に見せるのがセオリーだが、この状況ではそんなのんびりとした事は出来ない為の緊急手段。


「おい、コラ!徳川ぁ!!」


 その間にも、ディルとサミーの様子を心配そうに見ながら、香神は声を張り上げ、現在進行形で行方不明の徳川を探す。

 だが、そんな張り上げた声も虚しく、庭先には彼の影も形も見当たらない。

 いつもは騒がしい声も、まったく聞こえない。


 ますます、嫌な予感が背筋を凍らせていく。

 香神の喉が、からからに干上がった。


 しかし、悪循環はそれだけに留まらず、


「もうっ!置いて行くなし…!!」


 と、倉庫内でエマの抗議の声が上がる。


 それと同時に、


「エマぁああ!!急いで走れぇええ!!」

「えっ?」


 香神は再三の嫌な予感を感じ、彼女の姿を視認するよりも早く、倉庫内からの退避を叫んだ。

 云わば、本能から来る第六感だった。

 その感覚に、考える暇も無いまま従った香神。

 早く早くと、心臓ががなりたてる。

 彼もその場から、慌てて駆け出す。

 まるで、スローモーションのような映像の中。


 倉庫内でエマの表情が、はっきりと驚きに変わったのを見た。


 しかし、今しがた高所から降りてきたばかりの彼女。

 そんな彼女に、咄嗟に反応が出来る訳も無く、


ーーー『バタンッ!!』


 香神が眼を向けた先で、一瞬のうちに倉庫内の扉が閉まった。


 誰も触れていない。

 それどころか、近くには誰もいない。

 だというのに、独りでに倉庫の扉は閉じられてしまった。


 その倉庫の中に、エマを一人残したまま。


「きゃああ!!何だよ、これぇ!!ふざけんじゃねぇしッ!!」

「エマッ!!」

「エマさん!!」


 彼の嫌な予感は的中した。


 不信感ばかりが募る老人。

 いつの間にか消えた徳川。

 強制的に眠らされていたディル。

 倉庫内に閉じ込められたエマ。


 一度に色んなことが起きて、香神の脳内がパニック寸前になる。


 やっぱり、あの老人は何かを隠していた。

 それも、自分達にとって、害にしかならないことをだ。


「おい、エマ!落ち着いて魔法を使え!扉をぶち破れ!」

「そ、そんな事分かってるし!」


 何が起こっているのか、分からない。

 そんな状況の中でも、香神はまず先にエマの救出を最優先にした。

 まだ、多少は冷静な部分が残っていたのは、幸いである。


 彼が魔法を使っても良かったが、それでは逃げ場の少ない彼女が怪我をする可能性がある。

 その為、香神は彼女に魔法を使わせ、半ば強引であっても脱出させようとした。


 だが、ここまで来ると、後はドミノのように悪循環が連鎖するものだ。


「なんで、発動しねぇんだよ!!出ろってば!!『水の弾丸(アクア・ボール)』!!『氷の柱(アイス・ピラー)』!!出ろっつってんだろッ!!」

「だから、落ち着けエマ!!落ち着いて魔力の流れに集中して、」

「やってるんだっつうの!!でも、出せないんだよぉ!!」


 自棄っぱちとも言える声が、段々と涙声になる。

 その間にも、香神は倉庫の扉を力任せに叩き、或いは蹴り、体当たりを敢行する。

 だが、開く気配は見られない。


 背後で、ディルが眼を覚ました声も聞いた。

 サミーが、急いでと彼を囃し立てる声も。

 だが、扉は一向に開く事もぶち破るこも出来なかった。


「なんで、開かないんだよぉ!!ふざけんなぁ…!!なんで魔法も使えねぇんだよぉ…ッ!!」

「エマ、しっかりしろ!焦るな!!大丈夫だから!!」

「大丈夫じゃねぇよぉ!!だって、全然、魔力が感じられない(・・・・・・・・・)んだもん!!」

「えっ!?」


 そこで、ふと香神は違和感に気付いた。

 言わずもがな、エマの言葉に含まれた違和感に。


「(魔力が感じられない…!?

 結構早く魔法の発現が出来た奴が、何を言っているんだ…?)」


 エマの魔法の習練の様子。

 それは、香神も一緒に授業を行なっていた為に知っていた。

 そして、彼女が伊野田と同時の3番目に魔法の発現に成功したことも記憶していた。

 順番で言えば、自分よりも早かったのだ。


 彼女は、どちらかというと感覚派だった。

 理論がどうの、魔力の調整がどのくらい、詠唱がこう、という決まったルーチンよりも、感覚に任せて使っていたのも覚えている。

 その中でも、魔力の流れを感じることに関しては、姉のソフィアよりも上手かった。


 なのに、そんな彼女が魔力を感じられない?

 違和感は、加速する。


「な、なんか、邪魔されているみたいなの!!焦ってるとか、間違ってるとかじゃなくて!!全然使えないんだもん!!」


 という、エマの涙の混じった言葉。

 そのエマの言葉には、香神も心当たりがあった。

 それは、確かに彼の記憶検索の中に、ヒットしていた。


「(…それって、前にゲイルさんが、言ってった…魔術師の行動阻害用の魔法陣の効果みたいじゃねぇか…!)」


 まさか、と彼は、足元を見てみる。

 彼にとっては、無意識の行動とも言えた。


 しかし、そこには、


「ーーーーーーッ!!」


 地面に描かれたインク。

 それが、草や襤褸布に巧妙に隠された状態で淡い光を放っていた。


 襤褸布の切れ目からは、魔法陣の端が見えている。

 倉庫の下の地面のほとんどを覆うように、その魔法陣は描かれていた。

 奇しくも、香神の考えは的中した。

 嫌な予感も、全てが的中してしまった。


「エマ、下れぇ!!中からは魔法が使えねぇんだ!地面に魔術師用の行動阻害の魔法陣が書かれてる!!」

「なんでだよ!!なんで、こんな普通の家の倉庫にそんなもんあるわけぇ!?」

「知らねぇよ!!けど、外からなら扉を魔法で壊せるかもしれねぇ!!だから、下れ!扉から少しでも離れろ!!」


 魔法陣によって、エマは魔法が使えない。

 それなら、外側からの破壊しか方法は無いと考えた香神。


「あんのジジイ、全部終わったらド突きまわしてやる!!」

「同感です!」

「ぶっ殺す!」

「どうでも良いから、とっとと壊せよぉ…っ!!」


 悪態を吐きながら、香神は魔法陣から逃れるようにして倉庫から離れる。

 そこに、到着したサミーとディル。

 彼等が、武器を振り上げて走るよりも早く、


「『雷の矢ライトニング・アロー』!!」

「………ッ!!」

「……え、詠唱は…!?」


 彼は、ほぼ無意識のうちに、無詠唱で魔法を放っていた。

 『雷』属性下級魔法とはいえ、無詠唱。

 そもそも、無詠唱という行動自体が、この世界では稀有だ。

 以前、紀乃が同じように無意識のうちに使ってシャルの度肝を抜いた時同様、普通には有り得ない。

 しかし、彼もまた感覚派。

 そして、ギルドカードに記載された、Bランクも伊達では無い。

 無意識下で詠唱を脳内で完結させて、無詠唱による魔法の行使を可能にしてしまった。


「きゃあああああああああああ!!」


 エマの悲鳴が響く。

 そして、何かが壊されるような音も同時に、響いた。


 しかし、何故か、着弾するよりも先に・・・・・・・・・


 香神の手から放たれた『雷の矢(ライトニング・アロー)』が、倉庫の扉へとぶち当たる。

 その瞬間、派手な爆砕音と共に、倉庫の扉は砕け散った。

 木っ端をまき散らしながら、倉庫の中に雪崩れ込んだ扉の破片。


 それ等を蹴っ飛ばし、或いは踏み越えながら、香神やサミー達は、倉庫内へと飛び込んだ。


「エマぁあ!!どこだ!!」

「エマさん!?」

「大丈夫か!?」


 破片や瓦礫に巻き込まれた、倉庫内。

 埃まみれになった資材や木箱も被害を受けて、散らばっている。


 だが、そこにエマの姿は無かった。


 扉の下敷きにしたのかと、焦って破片を投げ飛ばすものの、彼女の姿はどこにも無い。

 先ほどの徳川同様に、影も形も無いのである。


「おい、エマ!!エマぁああ!!こんな時にふざけてる場合かよ!!」

「エマさん!!もう大丈夫です!!」

「かくれんぼ、駄目!!出てきて!!」


 声の限りに三人が叫び、壊すのもいとわずに倉庫内を探す。

 だが、それに答える声は無い。


 そこで、ふと、香神は何かを踏み付けた。

 かしゃりと、小さな金属音が響く。

 咄嗟に体重移動をして、破壊は免れたものの、


「…これは、エマの眼鏡…っ!」


 赤いフレームの眼鏡が、彼の足元に落ちていた。

 拾い上げ、細部を見ていく。

 レンズもフレームも埃を被って汚れているが、間違いない。

 香神が記憶を違える事は無い。


 そして、それはまるで落とされたような形で、フレームが開いた状態。


「…エマ…?」


 彼女の眼鏡を手に持ったまま、香神は呆然と立ち尽くした。

 この数分の間に、異世界クラスの生徒が相次いで、二人も消えてしまった。


 しかも、いつの間にか。

 まるで、掻き消えたような状況で。


 どくどくと、香神の心拍数が上がっていく。

 鉛を飲み込んだかのように、腹の底に落ちていく重い感覚。

 気を抜いてしまえば、足下から崩れ落ちそうになる。

 無性に泣き叫んでしまいそうになる衝動に胸が圧迫された。


 だが、


「コウガミくん!しっかり!!」

「大丈夫!エマの声、上から聞こえる!!」

「……ッ!!」


 我を忘れて叫びだしそうになった彼を、現実に引き戻した声。

 それは、護衛を引き受けていたサミーとディルの声。

 そして、その言葉の内容に、香神はすぐさまハッと上を振り仰ぐ。


 そこには、ぽっかりと大穴が開いていた。

 倉庫内の清掃をしていた時には、無かった筈の大きな穴。

 それは、まるで人が一人分、通り抜けられるかどうかの穴だった。


 これだ!


 香神は、この穴を見て確信した。

 エマは消えた訳では無い。

 この大穴から、何者かに運び出されたのだ。

 しかも、眼鏡が振り落とされる程に、強引に。


 そして、徳川もおそらく同様だ。

 彼が力で負ける事は、まずあり得ない。

 それは、彼の力を直接受けた人間である香神には、身に染みて分かっていた。


 だが、そんな徳川だとしても、上からの膂力に関してはどうだろうか。

 咄嗟の判断。

 上から引っ張り上げられた反無重力の状態。

 そんな状況で、徳川が自慢の怪力の威力を発揮できるかどうか。


 それは、おそらく可能であっても不可能。

 徳川は突発的なアクシデントには滅法弱い。

 それも、致命的なレベルで弱いからこそ、自己判断はせずに他人を頼れと銀次から言伝される程には。


 そこで、香神はやっとこの状況の、大まかな流れが予測できた。

 徳川もエマも消えたのでは無く、連れ去られた。

 そして、その犯人として一番怪しいのは勿論、依頼人であるあの違和感だらけの老人だけだ。


「ディルさん!場所は!?」

「…上!とにかく、上!!」


 香神は、すぐさま倉庫から飛び出すと、ディルを先導に走り出す。

 ディルの言葉に頭上を振り仰げば、依頼人の邸宅の最上階に不自然な小窓が付いていた。

 そこが、開いている。

 そして、倉庫内から外に出た事で、香神にもはっきりと聞こえた声。


 どうやら徳川もエマも、あの小窓の中に集められているようだ。

 そして、その場所が何なのか。

 彼等は即座に、分かった。


「屋根裏だ!!」


 それは、倉庫の依頼とは別に追加された清掃場所。

 ここで、更に合点が行った。

 あの老人が、言葉巧みに彼等を倉庫の清掃と屋根裏の清掃に、分断しようとした理由。


 あの屋根裏が本命。

 そして、その屋根裏に、あの老人が隠していた何かがあるのだ。


 勢いのまま、三人は駆け出した。


 問題ばかりの異世界クラス。

 それは、この世界に来てからも、問題ばかりが引き起こされることに起因していた。


 奇しくも、その中で一番のトラブルメーカー体質である銀次がいないにも関わらず。

 巻き込まれたディルやサミーも然ることながら、被害者は誰か。

 それはおそらく、ここにいる全員だった事だろう。


 冒険者ギルドを巻き込んだ期末試験1日目。

 後半戦ともなった2件目の依頼は、坂道を転がり落ちる石のように事態を悪化させていた。



***



 ふと、眼を覚ました。

 先ほど、突然受けた、何かの急襲。

 それによって、彼は頭を強く打ったようで、今の今まで気絶していたのである。


 そんな彼、徳川が眉をしかめつつ周りを見渡すと、そこは小窓が一つあるだけの薄暗い倉庫のような場所だった。

 埃臭い。

 そして、天井が少し低い。

 すぐに、彼はそこが屋根裏だと判断出来た。


 彼の実家にも、似たような空間があった。

 埃臭く、黴の臭いが強く、若干熱が籠ったような空間。

 彼は、かくれんぼと称して逃げ込んだり、一人で泣きたくなった時によく屋根裏に入り込んでいた。


 それも、遠い過去の話。

 もうそろそろ20歳になるという徳川には、懐かしくもあり苦い記憶であった。


「…あれ…でも、なんでオレ、」

「徳川…!」

「…えっ?……そ、ソフィア!?」


 しかし、彼の逡巡は、すぐさま別の声に遮られた。

 丁度良い塩梅の、鈴の転がるような声。

 それは、彼の記憶の中では、クラスメートである双子の一人の声だった。

 ただ、本人と一致したかどうかは、別として。


「違う!エマだし!眼鏡無くしちゃっただけだし!」

「あ、そ、そっか!双子だもんな!」

「なんか、その納得の仕方おかしいし!銀次ならすぐに気付くって言うのに!!」

「な、なんかゴメン!」


 眼の前にいたのは、思っていた人物では無い少女。

 彼が咄嗟に思い浮かべた少女の名前はソフィアだった。

 しかし、間違っていた。

 ソフィアの、双子の妹のエマだった。


 輝くような金色の髪を、後ろで一つ括りにしたクラスメート。

 いつもは、双子の様相を眼鏡と髪型で判別していたので、眼鏡が無い少女を見て姉の方だと徳川は思いこんでしまったらしい。


 それに対して、徳川はエマからキンキンと響く怒鳴り声をいただいた。

 無意識のうちに謝ってしまう。


 それは、さておき。


「な、なぁ、何でオレ達、こんなところに…?」

「分からねぇし!…いきなり、倉庫の中に閉じ込められたかと思ったら、上から変な黒い化け物が降ってきて…!」

「あ、そうだ!オレも、なんか上から襲われて、」


 今更ながら、ふと思い出すのは、気絶する前の光景だった。


 全く警戒していなかった頭上から来た衝撃。

 その衝撃に、資材を運んでいた徳川は受け身すら出来ずに、地面に叩き付けられた。

 その際に、資材に頭を打ち付けてしまったらしく、敢え無く意識をそのままフェードアウト。


 そして、冒頭に至るという状況であった。


 エマは、先ほども言った通り、徳川と似たり寄ったりな経緯であった。

 倉庫内に閉じ込められ、魔法が使えない。

 その状況で、香神が外から魔法を行使しようとした瞬間、頭上から何の前触れも無く見た事も無い黒い影が、屋根を突き破って現れた。

 それに、半ば無理やりに抱え込まれたかと思えば、気付けば彼女はその倉庫を上から見下ろす場所にいた。

 その黒い影が跳躍したと分かった時には、時既に遅く。

 彼女は、小さな小窓に押し込まれるようにして、屋根裏の床に放り投げられた。


 その時点で、こうして徳川と合流した。

 嫌な合流の仕方だ、というのはお互いに思っても、口には出さなかったが。


 目線を落とせば、彼等の体には万遍なく黒い縄のようなものが巻き付いていた。

 そのせいで、身動きが取れず、まさに芋虫のような状態。

 徳川はタンスか何かに寄り掛かった形だが、エマに至っては床に直接投げ出されている形だった。


 どちらも、身動ぎをしてみるが、外れる気配は無い。


「クソ、なんだよ、これぇ!!」

「…嘘、徳川でも外せないのこれ!!」

「マジで外れねぇ!!ふんがぁあああ!!」


 徳川の怪力事情を知っているエマからしても、驚きの光景だった。

 彼は、パイプ椅子程度ならば片手で振り回し、フレームを手形のようにひん曲げて、窓の外に投げ捨てるぐらいの事は片手間でやってみせる。

 異世界クラスの面々からしてみれば、彼の手によって壊せないものは無いと豪語させるぐらいには、徳川の怪力は常識と化していた。


 しかし、そんな彼を持ってしても、外れない黒い縄のようなもの。

 エマは、小窓からのささやかな明かりを頼りに目を凝らす。

 黒い縄は縄と言うよりもゴムのような弾力をもった素材のように思えた。


 そこで、ふとエマは、


「これ、まさかさっきの化け物の皮とか言わないよね…」

「え゛…ッ!!」


 背筋を這い上って来た嫌な予感に、冷や汗を零す。

 言わずがな、徳川もその言葉を聞いて固まった。


『………。』


 二人して無言となり、その縄のようなものを見下せば、


「うげぇえええええ!!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いぃぃいい!!」

「畜生離せぇええ!!こんな気持ち悪いもんで縛るなんて、趣味が可笑しいんじゃねぇのかぁああああ!!?」


 同時に暴れ出した。

 そして、叫び出す。


 奇しくもその声が、ディルの耳に届いているというのは、気付く訳も無く。


 嫌悪感に悶えに悶え、ひとしきり暴れた。

 芋虫のような二人。

 軽く人間モップのような有様になりながらも、もがいてもがいて、結局ぐったりと肩を落とした。


 徳川の怪力であっても、この黒い縄のようなものは外せないようだ。

 二人の表情に、諦念のようなものが混じる。


 だが、そんな時だった。


「気持ち悪いとは失敬な。好き勝手言ってくれるな…」

『………ッ!?』


 ふと、彼等の横合いにあった扉が開かれる。

 表情とは裏腹に、お互いの体は自然と強張った。


 掛けられた言葉と冷たい声音。

 怒りを含んだ、それでいて侮蔑を含んだような声音だった。


 そして、拘束された彼等にとっては、聞き間違いようも無い声。


「ッこの、クソジジイ!!離しやがれ!!」

「離せよ!!変態!!こんな事して、アイツ等が黙ってると思ってんの!?」

「元気な事だねぇ…」


 手には、蝋燭を入れたカンテラ。

 そして、その灯りの下にあった顔は、彼等の想像通り。


 依頼人の奇妙な老人。

 思わば、最初からどこか不気味な老人だった。


 その老人が、もはや胡散臭い笑顔すらも無表情の裏に覆い隠し、扉を開けて立っていた。


 

***

ただ、ここ最近過去の話の内容に納得がいかなくなって来たので、そのうち書き直しやらなにやらしたいです。

というか、書きなおそう。

うん、そうしよう。

しばらく、消えますがご達者で。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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