63時間目 「期末試験~特別クエスト(生徒達編)~」
2016年1月2日初投稿。
あけましておめでとうございます。
今年も、よろしくお願いいたします。
新年早々投稿。
何をしているんでしょうね…。
63話目です。
今回は、銀次達の話から一転して、ほのぼのとした生徒達の期末試験の様子に密着します。
***
銀次の仕返しと、生徒達の奮闘が終わった朝。
その朝から、遡ること約1日。
銀次達送迎組が、ダドルアード王国を出たちょうどその頃の事だった。
昼時の冒険者ギルド。
帰還した冒険者や、昼間は食事処に解放されている奥の酒場で昼食を取る者など。
数多くの冒険者達でごった返したギルド内。
そこに、未だ年若い少年少女がやって来た。
「こんにちわー」
『特別学校の生徒で~す』
「こちらで、依頼を受けるように指示を受けてきました」
「あー!クロエさん、久しぶりー!!」
「きょ、きょにゅー…はすはすはすはすはすっ」
「恥ずかしいから、止めろ」
身長の低い茶髪の少年を先頭に、焦げ茶色の髪でスラリとした青年。
金色の髪の少女が2人と、黒髪の小さな少女。
少し伸びた黒髪の小太りの青年と、長身の白髪の青年の全部で7人。
彼等は最近、冒険者ギルドでも度々話題となっている、特別学校異世界クラスの少年少女達であった。
「お久しぶりですね、皆さん。お話はお伺いしております。
今、ギルドマスターをお呼びいたしますので、そちらにお掛けになってお待ちくださいませ」
「よろしくー!」
以前も受付を担当したクロエが、彼等を招き入れる。
カウンター横にある待合所に案内して、彼女は受付を離れた。
初心者用の革鎧や、籠手、ブーツ姿で比較的軽装の彼等。
いつもは制服姿だった彼等も、これから依頼を受けるとあってか、衣服を冒険者用の簡素なシャツとズボンでまとめていた。
これだけを見れば、駆け出しの冒険者と言われても違和感は無い。
それを、不躾に観察する冒険者達の視線。
言わずもがな険しい視線だった。
中には、永曽根や香神の立ち姿等を観察し、只者では無いと察知した者もいた。
だが、そうとは察知が出来ない、中途半端な者達もいる。
駆け出しのニュービーだと、密かに笑いを堪える者達が大半であった。
そんな者達の中には、その生徒達の中に混ざった女子達に、不埒な視線を向けていたりもする。
それに対し、彼女達は男子達を盾にすることで、涼しい顔をしていた。
男子達もまた、それを見越しているので、彼女達を庇うような立ち位置になっていた。
最初は銀次から言われただけだったものの、いつの間にか出来上がっていたフォーメーションでもある。
生徒達も今日は、騎士団の護衛が冒険者ギルドまでだと知っている。
これからは、冒険者ギルドから貸し出される冒険者パーティーを護衛兼立会人として彼等は行動しなければならない為、どうしても気が張り詰めてしまう。
「ちょっと、男子?あんまりピリピリしなくて良いじゃん」
「そーそー。ウチ等だって初めてじゃないんだから、これぐらい覚悟してたっつうの」
「そう言うな。オレ達の修練だ」
「ああ、悪い。…ちょっと、気負ってたな」
「ピリッピリすんのが、修練なの?」
「香神まで、気負ってんだ」
『変なの』
「まぁまぁ、お二人とも」
息ぴったりの双子の様子に、表題に上げられた長曽根と香神は苦笑。
それを、オリビアが穏やかな笑みでなだめれば、双子から揃ってほのぼのクラッチ(※両側から抱き付かれるだけ)される。
男子達は、それが羨ましいやら何やら。
(※約1名は、完全に嫉妬しているが、)
「おーおー!元気そうじゃねぇの!」
「こんちわっす!」
「ひさし、ぶり」
「相変わらずだな」
「あんまり気負うなよ」
「よろしくお願いします」
そこへ、クロエの呼び出しに応じた、ジャッキーやレト達が現れた。
ジャッキーの娘と息子である、レトとディル。
剣士であるサミーと、戦士のライアン、魔術師のイーリ。
久しぶりの者もいれば、初対面の者もいる。
最初は、自己紹介から始まり、約1名が主に獣人のレトと巨乳のイーリ相手に興奮するなんて言うお約束もあった。
だが、これまた長曽根の鉄拳によるお約束を受けて収束。
騒ぐものもいなくなり、全員がゆったりと自己紹介を終えた。
ただ、再三驚いたのは、ジャッキー達だった。
二度目の生徒達は勿論のこと、初対面の生徒達も種族に関しては全く気にしていない様子だったからである。
レトもディルも多少は身構えていたのだ。
しかし、それも杞憂に終わった事で、彼等は拍子抜けした。
むしろ、レトに対して、女子組は嬉しそうに話し掛けている。
年齢が近しい、更には獣の耳が付いた可愛い女子。
シャルですらお仲間認定が早かったのだから、レトに対してもどうこう思う訳が無い。
むしろ、大歓迎と騒いだあたりでは、レトが涙を浮かべているシーンもあった。
ディルは既に、兜の奥で嬉し泣きをしている様子だ。
それを見て、男子達は苦笑を零すばかり。
同じパーティーであるサミーやライアンも、どこか呆れていた。
浅沼や徳川に至っては、自分も女子に生まれたかったと臍を噛んでいたが。
さて、閑話休題。
続けてジャッキーからの依頼内容の説明が入る。
まずは、依頼のランクや、ノルマ数に関して。
「ギンジにも聞いたと思うが、ノルマクリアの為にEランクからDランクの依頼を3件以上こなしてほしい。
選別はお前達に任せるが、なるべく日付が古いものを片付けてもらえると助かるな」
『はいっ』
生徒達から、素直で景気の良い返事が上がる。
返ってきたその威勢の良い声に、ジャッキーも思わず破顔一笑。
やはり、銀次の生徒は違うなと内心で深く頷いた。
そして、お次に彼が説明したのは、その達成した依頼に対しての報酬について。
「ちなみに、今回の依頼の達成内容に関わらず報酬も出る。
ただし、ウチのAランクのパーティーがお目付け役だ。気張ってやらねぇと減額するから覚悟するように。
それから、Aランクパーティーを貸し出すにあたって諸経費がさっぴかれるが、それだけは注意してくれ」
『はいっ』
これまた、生徒達からは素直な景気の良い返事が上がる。
生徒達は、今回のノルマ整理が冒険者ギルドの依頼とは別に期末試験だと分かっている。
その報酬をせびるような真似をする生徒はいない。
ジャッキーは、今度こそ満足そうな顔をして大仰に頷いた。
躾が行き届いているせいか、自分も教師のような気分がして来たのは内緒だ。
そんなジャッキーの心情は、さておき。
彼が最後に説明したのは、パーティーの配分と申請だった。
「受付で、パーティーを申請してくれ。名前は適当にAとかBとかで良い。
リーダーは各自で選出して決めておけ、とギンジからの伝言もあるからな。
ちなみに、A班にはディルとサミーが。B班には、レトとライアンとイーリだ」
ジャッキーの言うとおりに、レト達はそれぞれ、2と3で別れた。
戦士であるディルと剣士であるサミーの攻撃特化型。
戦士のレトとライアン、魔術師のイーリのバランス型。
それぞれに戦力を分担して、生徒達を引率する事になっていた。
生徒達はそれを見て、改めて作戦会議。
ただし、技術面や総合的な成績によって、メンバー分けは終わっている。
後は、A班とB班のどちらに分かれるか。
「なら、永曽根の方が人数多い方が良い?」
「浅沼の制御で、手が足りなくね?」
「ちょっ…!エマ、酷い!」
「頼めるか…」
「永曽根まで…!」
「オッケ。んじゃあ、ウチ等がA班だな」
と、ここで、香神、徳川、エマがA班へ。
永曽根と、浅沼、ソフィアはB班に決まった。
浅沼の抗議は、完全に無視である。
残りは、リーダーであるが、それも割とすんなりまとまるものだ。
「じゃあ、リーダーは香神だなっ!」
「えっ?オレかよ…」
「ウチ等は、レトちゃんとイーリさんと一緒!よろしくねぇ!」
「よ、よろしく!はすはすはすはす!」
「だから、止めろって言ってんだろ」
「ぶひんっ!!」
「ウチ等のリーダーは、永曽根で文句無いっしょ」
「……仕方無ぇからな」
A班のリーダーは、やはり香神。
B班のリーダーも、やはり長曽根。
メンバー達からの不満も無いので、確定事項となっている。
これを見て、これまたジャッキーがうんうんと頷いていた。
割と、こうしたパーティーやレイドを組む時には、どうしても仲間割れが起こりやすいのだ。
それが、この生徒達はすんなりまとまり、それに対して不平不満すらも上がらない。
ここまで躾けたギンジに、内心で拍手を喝采していると、
「私はどうしたら良いでしょう?」
ふと、取り残されていたオリビア。
唇に手をあてて、小首を傾げた女神様である。
男子達は勿論、女子達までもが眼を奪われる自然な動作であった。
ただし、彼女の質問には、すぐにソフィアが答えくれた。
「あ、オリビアは、1日目にB班ね。んで、2日目にきっと徳川がぶーたれ出すと思うからA班に来てちょーだい?」
「ちょっ、ソフィア!ぶーたれ出すってなんだよ!」
そんなソフィアの予想に、噛み付く徳川。
しかし、援護射撃は同じメンバーからだった。
「アンタ、絶対2日目で飽きたとか言い出すっしょ?」
「絶対言い出すな」
「い、言わねぇしっ!」
「いーや、言うね!んでもって、愚痴愚痴騒ぎ出すから、先に保険掛けてんの」
「むきぃいいいっ!!」
と言う訳で、オリビアの分担も決まった。
彼女は1日目にB班へ。
2日目に、問題となってしまっている徳川のいるA班に移動することとなった。
こちらも、徳川の抗議は無視される。
組み分けはこれで、終了。
リーダー登録も滞りなく、そのままクロエの受付の元、パーティー申請。
A班は先程も説明した通り、リーダーが香神で、徳川とエマ。
「んじゃあ、ディルさんとサミーさん。改めてよろしく」
「よろしくなっ!」
「よろしく~」
「うん」
「ああ、よろしく」
続けてパーティー申請を行ったB班は、リーダーが永曽根で、メンバーが浅沼とソフィア。
1日目の担当であるオリビアも同行。
「では、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いしま~す」
「よろしくっす!」
「頑張ろうね」
「よろしくお願いします」
こうして、クエスト受注の為の即席パーティーのメンバーは決まった。
***
次に待っていたのは、依頼の受注からであった。
ただし、依頼ボードを全員で見るとごった返すという事で、リーダーとAランクパーティのメンバーが一人ずつで吟味して決めることになった。
まずは、A班から。
香神とサミーが依頼ボードへ向かう。
その間に、徳川とエマは、ディルから依頼の時に準備するべき、装備や道具などを紹介されている。
「あ、これ良さそうじゃないっすか?」
「うん?どれどれ…確かにこれなら良さそうだ」
香神が見つけたのは、家屋片付けの依頼書だった。
それも、日付は一番古いものを選んでいる。
彼は、ざっと見た中で、瞬間記憶能力の異能を使って、この一つを抜粋した。
その驚くべきスピードに目を瞠ったサミー。
だが、その依頼書の内容は的確だったため、依頼書を読んでからはすぐさまOKを出した。
「それと、EランクDランクは、ほとんど街の中で完結する依頼ばかりだから、二つぐらい見繕って一気に片付けた方が効率が良いよ」
「そうなんっすね。じゃあ、こっちもどうですかね?」
「…早いね…」
そんなやり取りの中、二人は丁度良さそうな依頼書を手に受付へ。
ディルがあまりの早さに驚いていたのは、ご愛嬌だった。
A班が受けた依頼は、以下の通り。
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『倉庫の片付けを求む』
依頼人・エルダー・ダイナム。
達成報酬・70Dm(約1万円相当)
概要・倉庫の中を整理したいので、片付けをお願いいたします。
適正・Eランク
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『廃材の撤去、廃棄処理の依頼』
依頼人・建築連合/ジョン・アンソニア
達成報酬・100Dm(約1万5千円相当)
概要・建築連合倉庫内の整理、及び廃材の撤去や廃棄処理をお願いいたします。
詳しい内容に関しては、建築連合本部でお話しさせていただきます。
適正・Eランク
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この依頼書を片手に、香神が受付へと進む。
依頼書を受け取ったクロエ。
依頼内容や日付を見て最終的な依頼受領の確認をした後に、ハンコのような形をした魔法具で『受領』と印を押す。
これで、彼等は今回の二つの依頼を正式に受けた事になる。
クエスト受領の流れは、だいたいこのような形となっていた。
続けて、B班はリーダーの永曽根とライアンが見に行く。
残された浅沼とソフィアは、A班と同じようにレト達から冒険者の必須アイテムなどの教授を受けている。
「うーん……。全部街の中の依頼で完結するんだな」
「ああ、そうだ。先ほど、サミーも言っていたが、二つぐらい見繕うと効率が良い。
日付には注意しろ。それから、目ぼしいものを見付けて迷った時には、ランクで判断するようにした方が良い」
「…報酬で判断したりすると、ランクでの問題が発生した時に面倒って事か?」
「そういうことだ。適性ランクを見定めて確実にこなせる依頼を選択するのも、冒険者としての大事な心得だ」
「そうか」
ライアンからの講義を聞き、永曽根は素直に従った。
目ぼしいものを幾つか見付けた後に、日付を確認。
それから、適性ランクを見比べて、二つの依頼書を手に取った。
ライアンは、それを見て無言で頷くだけだったが、間違った判断はしていないと言う意思表示。
永曽根がリーダーを務めるB班が受けた依頼は、以下の通り。
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『孤児院の清掃業務を手伝ってください』
依頼人・エルトリット孤児院。
達成報酬・60Dm(約9千円相当)
概要・日頃忙しくて行えない清掃を行っていただきたいのです。
子ども達が多いので、なるべく子どもが苦手では無い方にお願いしたいと思っております。
適正・Eランク
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『散歩に付き合ってくれ』
依頼人・マーシャル・ダックス。
達成報酬・100Dm(約1万5千円相当)
概要・ダックスペットショップの店長をしているマーシャルだ。
店の清掃をしたいんだが、ペット達を散歩に連れてってくれ。
時間は3時間程度で、犬・猫・その他小型の魔物が主になってる。
詳しくは、ダックスペットショップ本店まで。
適正・Eランク
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これも、クロエに提出することで受領が完了。
クロエは内容を見てから、チラリと永曽根を見て微笑んだ。
顔に似合わず、子どもや動物関連の依頼を受けたからである。
永曽根は良く分からないと言う表情をしていたが、その後メンバーから指摘されて地味に赤面したのは言うまでもない。
ただし、レトやソフィアには非常に喜ばれたおかげで、そこまでの傷にはなっていなかった。
からかわれるのも、彼等にとってはある意味ご愛嬌である。
「さて、パーティーも組んだし、依頼も決めた。
さっき説明した通り、それぞれのパーティーのお目付け役からの審査も報酬の基準になるから気をつけろ。
後は、お前さん達の頑張り次第だ」
『はいっ』
「質問はあるか?…なさそうだな。んじゃあ、行って来い!」
『よろしくおねがいしますっ』
声を揃えた生徒達の返答。
冒険者ギルドの中では、奇異な視線を受けたとしてもなんのその。
こうして、彼等の期末試験は始まった。
特別学校異世界クラスの生徒達の、この世界で初めてのクエストである。
それぞれに、わくわくドキドキとしながら、冒険者ギルドを後にする生徒達。
引率となるAランクパーティーのメンバー達もどこか、その様子を見てそわそわしている様子だった。
その生徒達を見送ってから、ジャッキーはふと苦笑を零した。
「凄ぇよなぁ、アイツ等。獣人だろうが亜人だろうが、お構いなしなんだぜ?」
「そうですね。ギンジ様の教育の賜物でしょうね」
「そういや、アイツもそうだったなぁ。噂じゃ、天龍族にまで知り合いが出来たってんだから、こっちはいつどこでスカウトされるかハラハラしっ放しだっつうのによぉ…」
風の噂で聞いた内容は、それこそ色々と話題に事欠かないものばかりだった。
しかし、それをあくまで第三者として聞いていれば、面白い内容ばかりだったのだが、
「(そろそろ、注意ぐらいはしてやったほうが良さそうだな。
アイツは、顔が広すぎる上に、行動範囲まで広すぎる。…種族間の問題もそこまで危機感を感じちゃいねぇだろうからな)」
思うところの多い内容である事も、また確か。
勿論、彼にとっては、種族間の問題を気にしない銀次に対して、好意も覚えるし尊敬もしている。
事実、彼は獣人だけでなく、聞くところによると女蛮勇族や天龍族の知り合いまでいる上に、最近では森小神族の少女にまで関わっている。
それが、悪い訳では無い。
冒険者の中でも比較的高い位置にいれば、各国を通して人間以外の種族との交友がある冒険者も多い。
ジャッキーもその一人である。
だが、それを気に食わない相手もいる訳だ。
その筆頭が、魔族排斥派などの人間達の一部である。
このダドルアード王国は、そこまで酷い排斥運動があった訳では無い。
暗黒大陸に程近い街や村よりは、まだこちらの王国の方が安定して魔族を受け入れている傾向がある。
その風潮も、一度火種が灯ってしまえば、後は燃え広がるだけとなるだろうが。
そうなれば、この街であってもいずれは魔族の排斥運動が始まるかもしれない。
種族間の問題は、このダドルアード王国であっても、微妙なバランスを持って存在している。
ジャッキーも、子どもの頃に一度だけ排斥運動に巻き込まれた経験もある。
その時の事を思い出し、更に眉間の皺が増えた。
願わくば、この王国の微妙なバランスが崩れることのないことを祈るだけ。
今は、自身が親となった。
巻き込まれた時には、父や祖父に助けて貰った。
今度は、自分が助けなければいけない立場なのだと、鉛を飲み込んだ気分になった。
その鍵が、奇しくも『予言の騎士』と謳われた銀次だ。
友人としても、また出来過ぎた弟分のような相手としても気に入っている彼。
そんな彼の細っこい肩に、こんな難しい問題が乗っかっていることに気付いているからこそ、ジャッキーは難しい顔をして、彼の生徒達が消えた冒険者ギルドの扉を眺めていた。
ただし、彼は知らない。
この考えがその翌日には、杞憂になる事を。
表題に上がっていた、魔族排斥派の筆頭である公爵家の当主が、翌日には失脚しかけていることなど思いもよらなかっただろう。
息子の働きによって当の公爵家のお家取り潰しは免れた。
しかし、当主交代は時間の問題と囁かれつつあった。
ちなみに、その公爵家の息子は、魔族排斥どころか魔族の存在を容認すらしている穏健派である。
これによって魔族排斥派の水面下での働きは、ほとんど牽制されたと言える。
そして、その公爵家の失脚未遂事変が、これまた表題に上がっていた『予言の騎士』本人による盛大な仕返しの結果だという事も知る由もなかった。
こうして、変な所での種族間の問題が、バランス崩壊を起こしつつあった。
ある意味、良い方向にだが。
それに対し、ジャッキーどころか『予言の騎士』本人も気づかないままに。
***
昼時も過ぎたダドルアード王国の街の中を、意気揚々と進む異世界クラスの生徒達。
こちらは、A班。
メンバーはリーダーの香神を筆頭とした、徳川とエマ。
護衛兼目付け役のAランクパーティーのメンバーは、ディルゴートンことディルと、サミュエルことサミーである。
平均年齢はだいたい20歳。
そんな平均年齢の若い5人はまず先に、時間が早めに終わりそうな廃材の撤去・廃棄処分の依頼を片付けるべく、建築連合の本部に向かっていた。
この依頼の順番は、サミーからのアドバイスから成立した。
廃材の撤去や廃棄処分は、倉庫内の廃材を文字通り撤去や廃棄するなどの依頼だ。
サミーの知る限りでは、建築連合の本部の倉庫内の規模は中規模らしい。
冒険者ギルドの倉庫とほとんど変わらないとの事。
もう一つ受けている依頼の倉庫の片付けというものが、どの程度の規模の倉庫なのか分からない時点では、先に情報の固い建築連合を先に終わらせた方が時間の配分を間違わないで済むという判断であった。
「アンタ達が、依頼を受けてくれた冒険者かい。…いや、想像していたのより、若いねぇ」
「まぁ、見た目が子どもかもしれないけど、その分若さがあるって事で、」
「おうおう!元気があるのは良い事だ」
そう言って朗らかに笑ったのは、親方と呼ばれた男だった。
彼等が建築連合の本部に到着した時、丁度建築連合の代表者が昼休憩の為に離れているとの事で対応した親方だった。
だが、冒険者ギルドから派遣されたのが少年少女だったとは思いもよらず。
彼はひとしきり苦笑をしながら、三人を出迎えていた。
「大丈夫大丈夫!これでも、力には自信があるんだからっ!」
「ちょっと、徳川。言葉づかい!」
「いやぁ、良いっって気にしなくて!お嬢ちゃんも可愛いから、特別にオレ様を親方と呼ばせてやっても良いぜぇ!」
「うん、親方!!」
「お前さんじゃなくてなぁ!!」
と、何故か意気投合したらしい徳川と親方の和気藹々とした様子に、すっかり毒気を抜かれてしまった香神とエマ。
しばらく様子を見守っていたディルやサミーも苦笑を零しつつ、取締役の帰りを待った。
「き、君達が依頼を受けてくれたのかい!?」
程無くして現れたのは、筋骨逞しい身長のひょろ長い男性だった。
亜麻色の髪を短く切り揃え、あっちこっちに跳ねさせた彼は、少年少女達に気付くなり素っ頓狂な声を上げた。
それに対し、徳川はどことなく不機嫌そうに眉を吊り上げ、エマも内心では辟易とした。
先ほどの親方からの言葉をもう一度聞かされるかもしれないと、暗に理解したからこその機嫌の降下だったが、
「アンタ、確かミアの親父さんじゃ、」
「そうそう!まさか、君達が受けてくれるなんて思ってもみなかったよ!」
香神だけが、彼のその素っ頓狂な声の意味に、心当たりを持っていた。
何を隠そう、亜麻色の髪をあっちこっちに跳ねさせた男性の名前は、ジョン・アンソニア。
徳川やエマは覚えていなかったが、異世界クラスの教師である銀次がボミット病の治療の為に教会で保護している少女の名前は、ミア・アンソニア。
つまり、このジョン・アンソニアは、彼女の父親である。
一度だけ、香神はこの男性の顔を見たことがあった。
それは、ミアの治療が始まる前に、この父親が銀次の前で文字通り土下座をして治療の懇願をしていたから。
絶対記憶能力の異能もあって、香神は一度見ただけのジョンの顔を覚えていたのである。
「いやぁ、君達の学校で冒険者ギルドに登録した件は風の噂で聞いていたけど、まさかウチの仕事を選んでくれるとは、」
「ノルマの整理と試験の一環なんだ」
「そうなのかい?いやあ、冒険者ギルドの依頼まで試験にしてしまうなんて、本当に素晴らしい先生だね」
「オフコース」
香神も、機嫌の降下していた徳川やエマも、自身の教師が手放しで褒められて悪い気はしない。
すぐさま、ご機嫌となった彼等の様子。
そんな様子を眺めていたディルもサミーも、これまた苦笑を零す他無かった。
「それじゃあ、立ち話はこれぐらいにして、早速依頼をお願いしようかな?」
『はいっ』
こうして、最初の依頼は、朗らかな親方と異世界クラスへの好感度の高いジョンのおかげで、滞り無くスタートした。
この場でとても重宝されたのは、勿論自他共に馬鹿力と称される徳川であった。
子どもの頃からの、大人以上の怪力。
下手をすれば、人間を超越するレベルの腕力を誇っていた彼は、その能力をこの依頼では遺憾なく発揮した。
最近は、銀次からの言い付けをしっかりと守り、ある程度の調節であれば可能になっている。
しかし、今回の依頼は文字通りの力仕事である。
倉庫内はサミーの情報通り、中規模程度。
その中にあった廃材や木材、或いは木箱等も相当数があったが、彼は片手で軽々と数十本、或いは数十個単位で運んでしまった。
これに対しては、お目付け役のディルもサミーも眼を点にするばかりである。
そんな徳川に対して、あまり捗らなかったのは女子のエマである。
彼女は、いくら銀次監修のもとへ強化訓練を受けているとはいえ、腕力や体力は男子と比べられる訳も無い普通の女子だ。
その為、細々とした物を運び出したり、整理などを行う仕事をメインにして倉庫内をコマネズミのように動き回っていた。
地味に一番忙しかったのは、彼女だったのかもしれない。
香神は、特に目立つ訳でも無く黙々と作業に没頭していた。
廃材や木材を運び出し、それをディルやサミーへと運ぶ。
運ばれた廃材や木材は、彼等が薪割りの容量で一定の大きさに砕いて行く。
これが乾燥した後に、来年の薪として使われると聞いた時には、香神は「この世界のリサイクルってこういう事なんだろうな」と、思わず感心していた。
ただ、そんな彼の熱烈な視線が向けられた先は廃材や木材、薪代わりの木片では無く、その過程で地面にばら撒かれたおがくずだった事はディルもサミーも首を傾げていた。
おがくずで出来るもの。
それは、香神の知識の中にもあった。
最終的には、片付けの際に大量のおがくずを集めて貰って帰る事にしていた事で、親方どころかジョンからも奇妙な視線を向けられることになったのだが。
しかし、その後にこのおがくずが、薪や蠟燭よりも更に使い勝手の良い燃料に生まれ変わり、彼らの度肝を抜く事になるとは彼等は知る由もない。
閑話休題。
彼等の第一の依頼は、徳川の頑張りによって呆気なく終了した。
若干、香神の奇妙な行動で時間はロスしたものの、時刻は15時半。
着手してからたったの2時間程度で、今回の依頼は終了した。
今回のA班の依頼に関しては、ジョンからのお墨付きは勿論、依頼報酬が上乗せされるなんて事もあった。
ディルやサミーからの評価も勿論、文句無しの高評価。
A班の彼等は、こうして順調に期末試験の内容となった依頼を一つ、クリアした。
***
一方、B班。
遡ること2時間弱。
メンバーは永曽根をリーダーに、浅沼とソフィア。
1日目はB班の担当となっているオリビア。
護衛兼目付け役のAランクパーティーのメンバーは、レトナタリィことレト、ライアン、そしてイルグレイスことイーリである。
こちらは、平均年齢が23歳。
そんな平均年齢23歳の7人が向かったのは、まずは孤児院であった。
これは、レトとイーリからの提案である。
孤児院は、依頼が長引いたり遅くなったりすると、その分子ども達の夕食や就寝の準備が滞る為、早めに終わらせてあげる方が無難と言う言葉を聞いたのである。
それを聞いて、子どもにも動物にも優しいと認定された永曽根は、一もニも無く頷いた。
永曽根が元々とんでもないやくざ一歩手前のやんちゃ坊主だった事など知らないレトやイーリは、その姿を見てにこにこと微笑ましそうに見ている。
当の本人は、多少居心地が悪そうにしながら、
「だから、お前は止めろって言ってんだろうが!」
「ぶひんっ!だ、だってつい、」
「そのついで、嫌な思いをする女性の身になってみろ」
浅沼をなんとか制御するので手一杯となっていた。
所謂オタクと呼ばれる人種の浅沼は、それこそ獣人であるレトの耳や尻尾に悶えに悶え、大変気持ち悪い有様となっていた。
今でこそやや太っているという状況の彼ではあるが、以前の100キロを超えた巨漢だった時に同じような行動を起こしていれば、容赦なくレトどころかイーリにも蹴られたことだろう。
それが、今は永曽根の鉄拳一つで済んでいるのだから、彼にとってはまだ幸運だったのかもしれない。
痛みは、2割増だったが…。
それでも、獣耳に反応してしまう性は止めようがなく、こうして一定の時間ごとに同じようなやり取りが繰り返されている。
傍で聞いているソフィアは既に、呆れかえって辟易としている。
それを、オリビアやレトと話をしたりすることで紛らわせているのだが、そろそろ苛立ちが表に出てしまいそうになっているのは確かであった。
ライアンもイーリも若干、呆れ気味であった。
だが、そんな彼等の前に、やっと目的の孤児院が見えたことで不毛なやり取りも終了した。
この時点で、大分エネルギーを消費していた永曽根が、「やっと着いた…!」と、内心で歓喜していたのは言うまでもない。
「あ、あれ?誰、お兄ちゃん達…!」
「…し、知らない人…!でも、騎士じゃないよね?」
「サマンサ先生ー!知らない人が来てるー!」
だが、孤児院に到着してからは、更に疲れる事態が待っていた。
丁度昼時を過ぎて、子ども達は遊ぶ時間だったようだ。
ニ階建てか三階建てらしき孤児院の建物の前庭に、子ども達が集まってなにやら紐のようなものを振り回しては飛び越えるという遊びをしていた。
だが、その中の子ども達が永曽根達に気付き、孤児院の中へと悲鳴混じりに駆け込んでいく。
その悲鳴に触発された子ども達まで、パニックになりながら孤児院の中に駆け込んでいくのだから驚きである。
いつも騒がしい異世界クラスの面々も、これにはさすがに唖然となった。
騒がしいのレベルが違うのだ。
それもその筈。
10歳前後と20歳前後の生徒達のレベルを比較してはならない。
19歳であれだけ煩く出来る徳川が知能が少々足りないだけで、少なくともここまで騒がしい生徒は他にはいない。
ちょっと依頼内容を、簡単に見過ぎていたかな?と永曽根は、冷や汗を掻いた。
「ええっと…どちら様でしょうか?」
そんな唖然とした彼等の前に、玄関先からおずおずと出てきたのは30歳後半ぐらいの茶髪の女性だった。
ふくよかな体型で、これぞ古き良きマダムと言った服装。
更には、眼鏡を掛けた優しげな風貌に、思わず生徒達は安堵した。
『(こういう先生が、やっぱり先生らしいんだよな~…)』
等という感想を、内心で呟きながら。
間違っても地味に高スペックで、アクロバティックな戦闘ばかりか、各所技術方面の知識が豊富で、その上重火器や拳銃や刃物を易々と扱える謎のイケメンは、教師よりもむしろ裏社会の人間だ。
それこそ、漫画が映画の世界の住人だ。
銀次が教師らしくないと改めて実感した三人である。
惚れた弱みからかそれでも良いと思っているソフィアはまだしも。
彼等の教師像が、ある意味崩壊気味なのは確かだった。
なので、これこそ先生だと思える女性の登場に、うっかり毒気を抜かれた永曽根や浅沼。
彼等は、銀次に知られればド突きまわされるだろうことも忘れて、心の底から安堵の溜息を零していた。
それに対し、事情が分からないレト達をはじめ、教師然りとした女性がきょとんとしているのには気付いてはいなかったものの、
「あ、改めまして、こんにちわ。冒険者ギルドで、清掃依頼を受けてきた冒険者です」
「あらまぁ。時間が経っているから、もう誰も来ないと思っていたのですけど、受けてくださったようでありがとうございます」
いち早く、現実逃避から抜け出して来た長曽根が、改めて女性へと頭を下げた。
ちなみに、浅沼はまだ帰ってきていない。
やはりとしか言えないものの、顔に似合わず、礼儀正しい永曽根。
そんなに、その女性は驚きつつも警戒を解いて微笑んだ。
「リーダーの永曽根と言います。こちらが、浅沼。彼女がソフィアで、そちらの少女はオリビアです」
「ご丁寧にありがとうございます」
「ウチ等は、護衛兼目付け役のレトとライアンとイーリっす。ある程度は手伝うっすけど、基本的に手出しはしないので、了承願うっす」
「はい、かしこまりました。私は、この孤児院の院長であるサマンサです」
「では、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
こうして、最初の子ども達の盛大なパニックとインパクト以外は滞りなくクエストの受領は進み、
「では、子ども達を庭で遊ばせている間に、ホールとそれぞれの部屋の片付けをお願いします。
子ども達のお昼寝の時間になりましたら、今度はキッチンや水回りなどの細かいところの作業で、」
ある程度の施設内の案内と並行して、掃除する箇所等の説明を受ける。
最初のファーストコンタクトの際にパニックを起こした子ども達の、不躾な視線をあちこちから感じながら。
またしても居心地が悪そうにしていた永曽根だったものの、説明を聞く表情は真剣だった。
それがまた子ども達の恐怖心を煽るが、
「あ、あの子可愛い!何歳ぐらいかなっ…アイテッ!」
「だから、お前は、いい加減にしないか」
「だ、だだだだだって、可愛いは正義だよ!ロリータって言うのは、…ふぎゃんっ!」
「やめろって言ってんだろうが!」
若干、危ない思考を持つ浅沼を小突きまわす彼の、そんな姿を見ていた子ども達が何故かほっこりとし始めていたのは彼も気付いていない。
それは、内容的に永曽根よりも浅沼が危険だと、子ども達ながらに判断したからに他ならない。
そんな事は、当の本人は勿論、危険人物認定を受けた浅沼とて気付いていなかったが。
「では、このようにお願いします」
「了解しました」
「子ども達がちょっとうるさかったり、邪魔をしてしまうかもしれませんが、」
「ああ、それはお気になさらず。怪我さえしなければ、元気な証拠ですから」
「そう言っていただけるとありがたいです」
説明も終え、そのまま清掃を始めた永曽根達。
彼等は普段から、こういった清掃業務を異世界クラス校舎で行っている為、清掃事態に戸惑う事など無かった。
高所や、力仕事に関しては、永曽根が。
掃き掃除や、ある程度の台や棚などに関してはソフィアが担当。
床の水拭き掃除や、ゴミ捨てに関しては浅沼が。
こうして、完全に決まっている担当やルーチン通りに進めれば、レト達が驚くほどのスピードで清掃が完了していく。
おまけに、最後のチェックまで徹底しているのだから、彼女達からしてみれば手伝いの仕様も無く手持無沙汰となってしまう。
レトに至っては、耳と尻尾を垂れ下げて、見るからに落ち込んでしまっていた。
時たま、浅沼がそんなレトの様子を見て、ハッスルするお約束。
そして、どこからともなく察知した永曽根から、掃除用具であるはずのハタキでしばかれるという安定の循環によって、始終和やかムードであった。
更には、
「魔族の親玉めぇ!」
「オレ達Sランク冒険者が退治してやるぅ!」
「突撃ーッ!」
時たま、サマンサの目を盗んで中に戻ってきてしまう子ども達。
言葉通りに、魔族の親玉に見立てた永曽根に向かって突撃を敢行。
「ふっふっふっ!お前達ごときに、このオレ様が倒されるものかぁ!」
それに対し、永曽根はやはりと言うべきか、顔に似合わず付き合ってやる。
自棄に芝居がかった声を出しながら、子ども達の突撃を簡単に回避し、武器に見立てた棒きれやモップをハタキで迎撃するなどという離れ業をやってのける。
最終的には、子ども達を体にまとわりつかせたまま、庭へと突き進んでいく姿は、面倒見の良い近所のお兄ちゃん状態である。
これには、1年近くも寝食を共にしているソフィアや浅沼が唖然としてしまう。
意外な特技だなぁ、とソフィアが苦笑していた。
中には、浅沼に突撃する子ども達もいたが、
「うふふふ、うふふふふふふふふ!遊ぶの?どうやって遊ぶ?なにして遊ぼうかぁ!」
『なんか、このお兄ちゃん、気持ち悪いーーーーッ!!』
と、突撃に失敗したりする。
浅沼は落ち込み、ソフィアやオリビアは呆れ交じりに笑うしかない。
その後、その子ども達も永曽根にまとわりついていたりしたのだが、見事に子ども達にまで振られた浅沼がそんな子ども達にモテモテの永曽根の様子を見て、
「良いんだもん。掃除してれば、寂しくないもん!」
と、悔し涙を流しながら不貞腐れていたのは、また別の話。
昼寝の時間になれば、そんなやり取りも無くなり清掃部隊は、黙々と作業に没頭した。
規模で言えば異世界クラスの校舎とそれほど変わらない。
いつものルーチン通りに進めれば、約2時間後にはほとんどの部屋の清掃が終わっていた。
結局、レト達の仕事は無かった。
これに関しては、落ち込んだレトを、
「ほら、ウチの校舎って規格外らしいから」
「それはフォローとは言わないっす!」
と、何やら間違った見解でソフィアが慰めていたらしい。
閑話休題。
なにはともあれ、B班も問題無く依頼を完了した。
これまた、サマンサからのお墨付きを貰い、依頼報酬の上乗せは無かったものの、「またいつでも遊びに来てください」と孤児院での出入り自由となったのはご愛嬌。
永曽根に至っては、むしろ保父として来ないかと誘われていたという笑い話も付く。
その後、昼寝の後にいつの間にかいなくなっていた永曽根という遊び相手を求めて、子ども達が泣き出してしまったというのも、また別の話である。
そして、レトやライアン、イーリからの評価も勿論、高評価をいただいた。
こちらも順調に、期末試験の課題を一つクリアである。
***
はてさて、試験開始から数時間。
試験1日目の残り時間もそろそろ半分を切った頃。
現在は、15時丁度。
A班は、顔見知りのジョン・アンソニアが代表を務める建築連合の依頼を早急に終え、ノルマである1件を終了。
ディル達からの評価も高く、生徒達のモチベーションも高い。
更に香神は、建築連合から受け取ったおがくずを両手で抱えてほくほく顔だったりもする。
ただ、このままだと依頼をこなすにも荷物になる為、少々の迂回をして校舎におがくずを置いてきた。
今後、彼が銀次並の知識を駆使して、おがくずで何を作ろうとしているかはさておいて。
その後、彼等は、1日目の2件目の依頼である、倉庫の片付けへと向かっていた。
依頼人の家は、北側の居住区の端も端。
居住区特有の入り組んだ路地を地図を頼りに抜け、住民達の生活要路を更に北に進んだ場所。
閑静な居住区に建っていた。
「意外とデカイ家だな」
「…本当だね」
「お金持ちなのかもしれないなっ」
「…それなら、貴族街に住む」
「別に貴族じゃなければ、居住区暮らしだとは思うけど?」
という、感想が漏れるぐらいには、彼等の目の前に現れた住宅は大きかった。
一見すると3階建ての一軒家。
庭付きの豪勢な佇まいだ。
ただ、洋風の造りになっているので、日本である程度の邸宅を見慣れている彼等からすると、洋館のような佇まいに思えてしまう。
青色の瓦のような屋根と、煉瓦造り。
ご丁寧にも門があり、弦や雑草が巻き付いていたりといかにもな雰囲気が漂っている。
ディルやサミーにとっては、このような家屋の方が馴染み深いのだが、日本生まれの彼等からしてみれば十分な邸宅だった。
「あ、人がいるぞ」
「あっ、本当だ!草刈りでもしてんのか」
「すいませ~んっ!!」
ふとその門の奥に人影を見つけ、生徒達が声を掛けた。
雑草を刈り取っていたようで、中腰だった男性が顔を上げる。
その瞬間、
「……ッ…」
「あ、あれ?」
「……な、なんだよ!睨むなよッ!」
「………。」
「………。」
立ち上がった男性から、随分と辛辣な視線をいただいた。
香神は思わずその場で、迎撃の構えを取る。
エマはびくりと体を強張らせ、同じような有様だった徳川は咄嗟に反論をして。
ディルやサミーは、無言でその男性を見ていた。
その間に、男性は先程までの剣呑な視線をどこへやら。
途端に、様相を崩し、ふんわりと柔らかい笑みを浮かべていた。
「その格好を見ると、冒険者の方々でしたかな?」
「あ、…ああ」
「それは失礼致しました。最近、門の中にゴミを投げ入れる近隣の住民がいたので、気が立っておりまして、」
「そうか…そりゃ、災難だったな」
歳の頃は50~70代前後と言った様子。
笑うと好々爺然りとした老人だった。
ただし、最初の睨み付けのインパクトが強過ぎたせいもあってか、生徒達の顔色は優れないまま。
それは、ディルやサミーも言わずもがな。
「…ところで、冒険者の方がいらしたと言う事は、依頼を出していた倉庫の片付けの件ですかな?」
「あ、ええ。そうです。…冒険者ギルドで依頼を受けました、香神と徳川と杉坂です」
「よろしく!」
「…よろしく」
にこにこと、草刈り鎌を携えて歩み寄って来た男性。
それに対し、警戒を解かないままの香神とエマ。
香神が矢表に立って対応するが、徳川はまだしもエマに至っては、ほとんど顔も見ない有様であった。
「そうでしたか。…いや、少し驚かせてしまったようですが、」
「…早速で申し訳ないですが、依頼内容の説明をお願いできますか?」
「え?あ、そうですね」
香神は、言い様のない不信感を覚えていた。
なので、とっとと依頼を終わらせて、面倒事から抜け出そうと考えた。
これは、ある種、この世界に来てからの彼の甦生術であった。
実を言えば、エマがこの老人の最初の視線にやられ、人見知りとも言える極度の緊張感を覚えているのに気付いていたからである。
彼女は、度々こうして男性相手に怯える兆候があった。
それに関しては、香神も気付いているし、銀次から気を付けるようにとお達しを受けている。
彼女を守る盾役は自分だと言いきかせ、彼はすぐさま行動を取った。
「では、立ち話も難でしょうから、どうぞ中へ、」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす!」
『………。』
一人能天気な徳川を余所に、無言を貫いたエマ。
ディルもサミーも同じように、無言のまま家の中へと招き入れられた。
玄関から先は、やはり洋館と形容出来る邸宅内。
香神やエマのテンションが下がる一方で、それに気付かぬ徳川がはしゃいでいた。
「(…なんか、可笑しい。あの爺さん、獣みたいな目をしてた)」
「(要注意でしょうね。生徒達の事もありますので、少し様子を見てからにしましょう)」
そんな徳川の騒がしい声に紛れ、ディルとサミーが小声で呟く。
二人も、この老人の最初の視線には、思うところがあったようだ。
そんな二人の様子に気付いていながら、香神は努めて冷静に老人の背中を見つめていた。
彼もやはり、気付いていた。
この老人の最初の視線。
それが、まるで何かおぞましい邪念か、獣のような剣呑な色を含んでいたことに。
ただし、彼にはそれが何から来るものなのかは、まだ判断出来そうにない。
出来ることはやる。
それは、意気消沈とも言える様子のエマの傍に着いてやる程度。
その程度の事とはいえ、彼は老人への注意をしながら、エマの隣を離れないようにしていた。
「お茶でもいかがです?」
「結構です。今は、依頼を受けている最中ですので、」
「…お若いのに、しっかりとしていらっしゃいますねぇ」
「ありがとうございます」
お茶を勧められたが、香神はきっぱりと断った。
これは、現代でも危ない目に合って来た香神が、護衛に付いていた青年から受けた教授の一つであった。
『一度不信感を覚えた相手からの施しは受けるな』
その教えは今も香神の中で息衝いている。
エマを隣に携えたまま、彼は椅子に座るでもなく、その老人の一挙一投足を観察していた。
その様子を、背後から眺めるディルとサミーは、意外そうな表情で見守っていた。
香神が警戒心を解いていないと言う事は、分かっている。
聞けば19歳だという香神は、言い方は悪いが一見すると頼りなさそうに見える。
しかし、それを補ってなお余る、落ち着いた雰囲気。
それに、少しばかり驚いた二人は、感嘆の溜め息と共に、
「同行しているAランクパーティーのサミュエルと言います」
「オレ、ディル」
「えっ?…あ、…え、Aランクの方も、この依頼を受けてくださったので?」
「彼等の護衛です。手伝い程度は行っておりますが、今回の依頼の査定を担当している程度ですので、ご了承ください」
そう言って、香神の前に進み出る。
老人が座った椅子の対面である、来客用のソファーに座る。
香神の悪い意味での緊張を少しでも和らげる為。
香神にもエマの為にも、矢表に立った形だ。
そして、Aランクパーティーという称号を話したのも、不信感の募る老人への牽制だった。
冒険者のAランクと言うのは、王国騎士団の親衛隊と同列だ。
それだけでも随分な抑止力となる。
そのパーティーが二人も護衛に付いているのだ、と喧伝したことで、彼等異世界クラスの生徒にはおいそれと手を出せなくなるのを目論んでのこと。
案の定、慌てた様子を見せている老人。
ただ、この慌て様が、Aランクパーティーが来た事に驚いているのか、それとも焦っているのかは判別が付かなかった。
その為、サミーはこのまま話を聞く事にした。
その二人の様子を見て、ほっとしたのは言わずもがな香神。
まだ、体を強張らせているエマの隣で、小さく「大丈夫だ」と呟くぐらいの余裕は出来た。
それに対し、エマは眼を瞠った。
強張っていた体から、少しだけではあるが力が抜けた。
まさか、同年代の生徒からの言葉に、こんなにも安堵するとは思いもよらなかっただろう。
声音が、どこか銀次に似ていた事もあったかもしれない。
だが、彼女はここでようやく詰めていた息を吐き出すことが出来た。
そんな彼等の様子に気付かないまま、家の中をきょろきょろとしているのは徳川だけだ。
「それで、依頼内容の説明をお願いしたいのですが、」
「あ、ああ、そうですね」
老人は、挙動不審気味になりながら、チラリと香神を見た。
その眼は、どこか探るような目線であり、香神は気付いていながらも気付かないふりで家の中を見渡していた。
「…お、お願いしたいのは、家の裏手にある倉庫の清掃と屋根裏です」
そこで、ふと香神は眉を上げた。
依頼内容と、一部が違っている。
「倉庫の清掃とだけしか書いてありませんでしたが、」
「すみません。ですが、何分依頼は随分と前に行っていたのですが、誰も受けてくださる方がいらっしゃらず、」
「なるほど。…ですが、申し訳ありませんが、清掃箇所が増えるということは依頼の追加となります。その点はよろしいでしょうか?」
老人の言い訳じみた言葉をサミーはばっさりと切った。
そりゃそうだよな、と香神も内心で頷く。
「あ、はい。報酬も追加しましょう。なんでしたら、目ぼしいものがあれば、持ち帰っていただいても構いません」
「それは結構です。追加報酬の件は、後日改めて冒険者ギルドから通達されるかと思われますので、その際に金額についてもご相談を、」
その間にも、説明はサミーの主導で行われた。
香神は、老人の一挙一投足を確認しつつ、会話の内容を頭の中のほぼ無限とも言える容量内に記憶していく。
こういう時、彼の記憶違いの無い異能は、色々な面で役立っていた。
その後も、滞り無く清掃箇所の指示や、道具の保管場所などを聞き、
「では、このように行わせていただきます。もし長引くようでしたら、明日また延長して行いますので、ご了承ください」
「ええ、構いませんよ。では、倉庫に案内させていただきますね」
老人が立ち上がり、ディルやサミーもそれに合わせて立ち上がる。
二人揃って高身長である彼等。
老人を真上から威嚇するようにして、彼の背中を追った。
その姿に、香神はふと老人への虐待をしているような気分になってしまったが、
「(…あの爺さん、やっぱり何か隠してやがんな…)」
感じた不信感のままに、警戒を解こうとは思わなかった。
『心にやましい事がある人間は、必ず笑顔で近寄って来る。
最初に見た印象を大事にしろ。 見た目にも言葉にも騙されるな』
それは、やはりかつて護衛についてくれた青年からの教え。
そして、現在進行形で教授を受けている教師からも同じような言葉を受けていた。
それを、香神は忠実に守るだけ。
傍らにいるひ弱な女子生徒と、年上なのに弟分となりつつある男子生徒を守るだけだ。
こうして、不信感を抱きながらも、彼等A班の2件目の依頼はスタートした。
***
異世界クラスの生徒達の依頼に異変発生。
銀次がいない状態で、彼等がどこまでやれるのかご注目ください。
……1話で完結するとは思ってもいなかったけど、
まだ一つ目のクエストしか終了していないとかなんで…?
またしばらく、生徒達の期末試験の密着ドキュメントにお付き合い下さいませ。
誤字脱字乱文等失礼致します。
ええ、もう本当に…。
作者の眼が節穴ですみません。誤字脱字を見つけたら、鼻で笑ってくださいませ。
教えていただければ、助かりまする。




