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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、森小神族の親子編
72/179

61時間目 「課外授業~夜のパーティーは突然に~」

2015年12月26日初投稿。


続編を投稿致します。


61話目です。



***



 昨夜同様、夜半となりつつある時間帯。

 外は、真っ暗というよりも真っ黒。

 その中で、黒銀の甲冑が放つ光は、月明かりを反射していた。


 ラピスの過去の話を聞き、シャルの復学やら何やらを漕ぎ着けたかと思えば、


「こんな夜中に、こんな辺鄙な森の中で、パーティーかい?…なぁ、ゲイル?」


 小屋の外に現れた不穏な気配。

 感じ取った気配は、多数。

 その中には、お馴染みとなっている人物の気配も混ざっていた。


 それと同様に感じ慣れない気配も複数ある。

 増援か、もしくは別動隊か。

 前方にも多数、左舷(・・)にも多数と言ったところだ。


 間宮は臨戦態勢。

 オレも同じく。

 寝起きの榊原が、まだ少し事態を把握していない程度。


 玄関の扉を開け放った先には、オレ達の校舎ではもはやお馴染みとなったゲイルが立っていた。


 彼は、本日の遠征には同行していなかった。

 急遽、城からの呼び出しを受けていたからである。

 城からと言っても、十中八九親父さんからだった事だろうが。


 そんな彼は現在、どこか悲しげな表情かおだった。

 眉間の皺をいつも以上に深くしている。

 ……こういうところも同僚兼親友のアズマにそっくりだな。

 アイツも気に食わない事があると、すぐに眉間の皺が増えていた。


 それに、ここに来たのはゲイルだけでは無い。

 今現在は隠れているつもりなのだろうが、彼のお抱えの騎士団連中も森の中に隠れている気配がある。 

 

 こんな夜分に現れた彼等の理由。

 思い当たる事もある。


 ゲイルは、ダドルアード王国の騎士団長。

 いまでこそ、オレ達特別学校異世界クラスの護衛を兼任してはいても、元を正せば国防の要。


 そして、以前彼から聞いた家族問題。

 そこから導かれる結論は、そう多くない。


「…まずは、いらっしゃい。…早速だが、要件を聞こうか?」

「……今回は、お前への用向きでは無い」

「へぇ…。オレへの用向きでは無いって言う割には、随分と重装備で来たな?」


 珍しく甲冑と対になっている兜までを被っているゲイル。

 見るからに彼も臨戦態勢だ。


 玄関先で向かい合ったままのオレ達。

 彼を、少しだけ高い位置から見下して、その奥の瞳をまっすぐに射抜く。


 何故、こんな夜中にやって来たのか。

 何故、そんな格好なのか。

 何が目的なのか。


 瞳の奥底から感じられる意識を、極限まで読み取ろうとするも、ゲイルは咄嗟に視線をそらした。


 ははぁ、なるほど。

 後ろめたい理由はあるってことか。

 その後ろめたさがオレに対するものか。


 もしくは、


「…ここに来たって事は、だいたい予想は付くぜ?お前の目的も『太古の魔女(ラピス)』なんだな?」

「察しが早いな」


 シャルやラピスに対するものか。


 ここは彼女ラピス達の暮らす小屋だ。

 小屋の場所を把握出来たのは驚いたものの、ここまで来る理由なんてものはすぐに察しが付く。


 ゲイルは認めた。

 彼もまた『太古の魔女』こと、ラピスを目的としている。

 その目的が、オレとはおそらく別だろう。


 口元を一文字に引き結び、更に眉間が寄せられる。

 その表情が、彼の心情をまざまざと浮き彫りにしていた。


「お前は馬鹿正直すぎるからな」

「………余計な御世話だ」


 ゲイルの眉根が寄せられる。

 眉間の皺が増えた。

 オレの言葉に気分を害したのか。


 その場で佇まいを直した彼は、遂にオレの目の前で仁王立ちとなった。

 更には、覚悟を決めたらしい。

 眼には怒気とも取れない覇気が宿る。


「我が名は、ダドルアード王国が騎士団にして騎士団長、アビゲイル・ウィンチェスターである!

 我が名において通告する。『太古の魔女』ラピスラズリ・リーリーを即刻明け渡せ!」


 腹に力を込め、彼は朗々と目的を言い放った。

 背後で間宮と榊原が息を詰めた。


 オレはある程度予想していたからこそ驚く事は無い。

 ただし、怒りを覚えない訳では無い。


「お前、それ本気で言ってるのか?」

「…済まんが、いくら『予言の騎士』殿と言えども、邪魔立ては許されぬ。

 これは、我等騎士団ひいては王国の決定である」

「………テメェの父親の指示か?」

「………。我が口より、真意は聞き出せぬと心得られよ」


 真意は口では聞けないだろうが、その顔を見ればすぐに分かる。

 彼は父親の名前が出た途端、その眼に憎悪が宿った。

 これもまた、あのクソみてぇに権力や地位的思考に染まった親父さんの指示だと、暗に認めた形となっている。


 ………いい加減にしてくれよ。

 前にも言っただろうが。

 親子喧嘩にこっちを巻き込まないでくれ、と。


「…後でジャッキーにチクッてやる」

「………ッ…、す、好きなようになされよ」


 オレがぼそりと、酒飲み魔人(ジャッキー)の名前を出すと、見るからに狼狽したものの。

 それでも、彼は撤回する気は無いようだ。


「な、なんでここが分かったんですか?」


 ふと、そこでオレの背後から榊原がゲイルを覗きこむ。

 その声は、聞くからに震えている。


「…それを貴殿等へ話す義理は無い」

「どうせまた、なんかの精霊の力とか言うんだろ?何、格好付けてんだ」

「…ッぐ」


 図星だったらしい。

 どうせ、オレの最終的な足取りを知っている騎士団の連中を吐かせたんだろう?


 その上、コイツは幼少期から精霊の加護を無意識に受けている天才肌。

 今更そう言った相手の足取りを探せる精霊がいると言われても大して驚かん。


 それに、いくらなんでも到着が早すぎる。

 オレ達だって、今日の昼間に出てきたばかりなのだ。

 仮にオレ達と同時刻に出たとして、普通の行程を経てここまで辿り着くには後1日足りない。

 どんなに頑張っても、『迷路メイズ』の掛かった森を中間に挟んでいるので、どうしても2日は掛かるからだ。


 その行程を短縮した方法は、オレ達と同じだろう。

 『転移魔法陣』を使ったのだ。


 昨夜の話し合いの段階で、ゲイルもオレと同じく『転移魔法陣』の詠唱呪文は聞いていた。

 仮に覚えていなくても、そう言った精霊がいると聞いたことがある。

 言葉コトノハの精霊とやらだ。

 多種に渡る言語を翻訳してくれるばかりか、ある程度の呪文であれば覚えていてくれるようだ。

 自動翻訳機能付きで、ついでに記録機能付きだ。

 昔、そんなバイリンガルな道具をオレも使っていたっけな。

 言っておく。

 スマー○フォンだよ。


「もう、お前のトリッキーな行動やらなにやらは予想出来てるから、ぶっちゃけどうでも良いよ。

 オレが聞きたいのは、もっと別の事だし」

「問答は必要ない。迅速く、『太古の魔女』を差し出されよ」


 そう言って、ゲイルはあろうことか、


「抵抗は、反逆罪と見做す」

「………。」


 背中に背負った槍を抜いた。

 切っ先はまっすぐにオレへと向けている。


 構えは中段。

 お得意の突きモーションへと、即時移行出来る型だ。


 良い度胸だ。

 ゲイルの癖に。


「…本気なんだな?」

「……そこを退かれよ。戦闘は推奨しない」

「…本気なんだな?」

「………。」


 オレの言葉。

 大事な事なので、2回言った。


 だが、ゲイルは答えなかった。

 ただし、無言でその槍を持つ手に力を込めた。


 無言は肯定とも取れた。

 ついでに、その戦闘意思の有無も確認が取れた。


 どうやら、本気でオレを敵に回すつもりらしい。

 父親からの命令だけとは、思えない行動だ。


「…何があった?」

「貴殿には関係のない事だ」

「…オレと今、事を構える事態になって、お前はそれで良いのか?」


 言外に含めた、後々の禍根。

 こうして敵対をすると言う事は、すなわち、


「お前の兄貴や家族の件も、もうオレが干渉する事は出来なくなるが、」

「………兄の事は、オレが自分で何とかする」


 いつぞやの、彼からの相談。

 家族の事、そして兄の事。

 彼の兄は、『闇』属性を持っているが為に、実の父であるラングスタより遠方へと左遷されている。

 まるで、流刑のように。

 ゲイルはそれに対し、自身の身の置き所も含めて悩んでいた。

 その悩みを解消する為に、オレはその相談を受けたし、彼の兄の元へ遠征の予定を組む約束も取り付けていたのだ。


 それも無に帰す。


 苦々しげにゲイルは、「自分でなんとかする」と言った。

 何とか出来なかったからこそ、オレに相談したのでは無かったのだろうか。


 いや、待てよ。

 コイツの覚悟を見て思う。


 父親の命令だけでは無いな。

 それだけなら、コイツは反抗しそうだ。


 それに、コイツの表情。

 目もそうだが、その苦々しげな表情は、どこか見たことがある。

 隠し事がある時の、コイツの顔。


 ああ、読めた。


「兄貴の事も引き合いに出されたのか。

 お前の父親は、本当に人間とは思えない糞豚野郎だったって事かよ」

「………。……この仕事さえ達成できれば、兄が遠方より帰還出来るのだ」

「……そうかい。お前は、オレよりも親父に助けを求めた訳だ」

「別に助けを求めた訳では無い。だが、この仕事の達成が、兄の帰還に繋がるのだ」


 コイツがここにいる理由は分かった。

 ゲイルは兄を助けたかったからだ。


 おそらく、どこからかシャル達の情報が漏れた。

 それが、ゲイルの父親の耳に入ったのだろう。

 予想は付いている。

 以前、校舎に入り込んでいた鼠のどちらかだ。


 そして、ゲイルがその任務完遂を任された。

 押し付けられたとも言う。

 この仕事の達成と兄の帰還を引き換えとし、実質彼の兄を人質に取られた形。


 そして、その為にラピス達を犠牲にしようとしている。

 兄の帰還と引き換えに、コイツはここに来たのだ。


 どうりで、泣きそうな顔をしていた訳だ。

 最初に見た時のこと。

 戸口に立っていたコイツは、今にも泣きそうな情けない顔をしていた。

 叱られるのを待つ、子どものようにも見えた。

 コイツは自分を責めていたのだ。

 今もそうなのだろう。

 顔には苦々しげな表情以外は見受けられない。


 それもこれも、全て父親からの命令と交換条件の為。


「それで、本当に兄貴は帰ってくるのかい?お前の親父は、そう言った約束事をちゃんと守るのかい?」

「父は、あの通り狡猾ではあるが、それと同時に厳格だ。約束事を破った事は無い」

「…お前もそれで、納得するのか?お前の兄貴も、その経緯を知っても納得するのか?」

「………他に方法が無いのだ」


 ぎりぎりと、唇を噛み締めたゲイル。

 口元の薄皮を食いやぶる勢いで、彼の口元から血が滲む。


 なんだよ。

 結局、納得して無いんじゃないか。

 まだまだ葛藤してんじゃねぇか。

 他に方法が無い?

 だったら、なんでオレに相談なんかしたんだよ。


「…オレの方で、方法を考えると言わなかったか?

 お前の相談を受けた時、オレは軽はずみに返事をしたつもりは、」

「時間が無いのだ!」

「何の時間だよ?……お前、まだ隠しごとをしてやがんのか?」


 オレはこれっきりだと言わなかっただろうか?

 あの相談を受けた時に、ペナルティまで加えたというのに、まだまだコイツには伝わらなかったのだろうか。


 言っただろう。

 隠し事は無し。

 それが、協定で約束だ。


 その上で、こちらも協力すると言った筈だ。


「…悩んでいるのも嘘だったのか?…オレ達に家族の問題を話したのも、あれも作り話だったのか?」

「違う!すべて事実だ!」

「…それをどうやって信じろって?実際、こうして隠し事をされるのは、何度目かも分からないばかりか、裏切られた回数だってこれで3回目だって気付いているのか?」

「…ッ、…それは、申し訳ないことをしたと思っている!…だが、オレとて家族が大事なのだ!」


 そうか。

 家族が大事か。

 コイツは、友人のオレよりも家族を優先した。

 オレには分からない感情だな。

 オレには家族がいないから。


 いや、


「その為に、別の家族を犠牲にしたとしても、お前は幸せなんだな?」

「……ッ、そんな訳ないだろう!されども仕方がないのだ!」

「何が仕方ないって?平穏を望んでいる親子の生活をぶち壊そうとしている事が、お前の幸せにつながるのかどうかを聞いてるんだぞ?」


 今なら、分かる。


 ラピス達の家族の問題を聞いた後だからか。

 オレにも、なんとなく気持ちは分かる。


 家族というものは、大切なものなんだ。

 オレも、さっき見てきた。

 シャルを大切に想う母親ラピスの姿。

 同じように、母親ラピスを大切に思うシャルの姿。

 更に言うなら、ライドやアメジスのように、過去の過ちを悔いて義姉ラピスを想う姿。

 ラピスが愛したランフェを悼む姿。

 家族だからこその愛情。

 例え、それがどうしようもない屑だとしても、大切なものは大切なのだ。


 それが、ゲイルにもある。

 それだけのことなのだ。


「ッ、それも、重々、理解している。…それでもッ、」

「それでも、守りたい家族ものがあるから、正当化されるって?

 その為にオレを裏切っても許されると思ってるって?家族の為に命を賭けて、なんとか生き延びてきた親子の幸せすらも踏みにじっても良いと思ってるのか!?」


 怒声が響いた。

 夜の森に、殺気が溢れ出した。


 睡眠を取っていただろう野鳥達が眼を覚まし、悲鳴のような鳴き声を上げて飛び立っていく。

 森には一斉に木の葉の囀る騒音が響き渡った。


 怒りを感じる。

 純粋な怒り。


 ここまで、コイツ相手に怒ったのは久しぶりかもしれない。

 身勝手とは責められない。

 しかし、納得が出来るかと言えば、それは別だ。


 コイツは、こんな男じゃなかった。

 オレは、こんな男を友人と選んだつもりは無かった。


「…もう一度聞くぞ、ゲイル。本気なんだな?」

「………ッ、」

「本気なんだな?」


 オレの殺気に、二歩も三歩も後ずさったゲイル。

 小石にすら足を取られ、踏鞴を踏んだ。

 その足は、見るからに震えていた。


 背後でも、間宮と榊原が体を緊張で強張らせていた。


 更には、その背後からばたばたと慌ただしい駆け足も聞こえてきた。


「どうしたのだ…?」

「なにがあったの!?今、変な気配が…!」


 闇子神族ダークエルフのライドとアメジスの二人。

 森の奥から感じる気配が、更に険を帯びる。


 丁度良い。

 前方は良いが、左舷(・・)が少々心許無かったところだ。


「丁度良い所に来たな。……お前達のお仲間だろうから、左側の森は任せたぞ」

「……ッ、まさか…!」

「嘘…ッ、この気配!」


 オレが一歩階段を降りる。

 その後ろを間宮が追従。

 更に、そこからライドとアメジスも降り、オレの言うとおり森の左側へと向き合った。


 それに対し、ゲイルは眼を瞠っていた。

 コイツは気付いていなかったようだな。


 感じ慣れない気配だったが、やはり別動隊。

 しかも、人間(・・)じゃない。


「…さぁ、出て来い。どの道、どこに誰がいるのかはもう分かっている」


 オレが声を張り上げる。

 険を含んでいた気配は、更に緊張を高めているように思えた。


「マシュー、お前はそこだ」

「……ッ!お見事」


 オレが指をさしたのは、小屋の前に放置していた荷台の影。

 そこから、見慣れた騎士達が現れる。


「ついでに、アンドリュー。お前は森に隠れるには、髪の色が派手すぎる」

「………。」


 森の木の影から覗く、金髪を指摘。

 相変わらず見事な金髪ながら、宵闇とは言え月明かりの中では隠せるものでは無い。

 罰の悪そうな顔をして出てきた青年は、しかし緊張の面持ちは変わらない。


「エイデンとダニエルは垣根の奥にいるだろうな。詠唱中のデイヴィッドとジェームズは、蜂の巣にされたくないなら素直に出て来い。

 それから、他にも隠れている部隊の騎士達、及び身を潜めているだろう魔族の団体さんも全員顔を見せろ。

 でなければ、森を焼き払ってでも、オレの目の前に引き摺り出してやる。

 無論、生死は保証しない」


 ここにいる騎士達の顔も名前も、大体は知っている。

 気配だけでも認識は可能だ。


 更にゲイルが眼を瞠り、騎士達もアンドリュー同様に森の中から続々と姿を現した。

 ほとんど全員が完全武装。

 今まで護衛の時にすら見たことが無い重装備を施している者もいる。


 そして、左舷の森からは、


「…尾行けられていたのか…!」

「クソッたれ!『悪戯妖精スプリガンみたいな真似しやがって!』」


 浅黒い肌をした、人間とは明らかに違う人物達が出てきた。

 それも、数十人だ。

 全員が無言であった。

 そして、全員がフードの付いたコートを羽織り、耳であろう場所が少しだけ尖っているように見えた。


 口の悪いアメジスの言葉通り。

 クソったれ。

 人間だけじゃなく、他種族にまで侵攻されていたようだ。

 魔族と言うのは分かっていたが、同じ種族とは恐れ入る。


 ……ローガンの時にも思ったけど、途中から変わったアメジスの言葉って何語なんだろう?

 もしかして、魔族が使ってる言葉ってやつ?

 嫌だね、この世界。

 共通語が英語圏だと思ってたのに、まったく分からない言葉まで出てくるんだから。


 さて、それはともかく。


「……ライド、アメジス。…そちらさんは?」

闇子神族ダークエルフの戦士達だ。…勘付かれないように努めては来たが、追手が掛かったらしい」

「…つまり、お前達の客で良いか?」

「ラピスの客でもあるが、そうなるな」


 こっちの団体さんも、どうやら目的はラピスだったようだ。

 彼女もモテるもんだな。


 ついでに、ライド達も含めて。

 同じ種族である団体さんも、敵対行動に出ようとしている。


 千客万来とはこのことか。

 まったく嬉しくないものだ。


「人間どもと鉢合わせるとは思わなんだが、これも運命なり。

 大人しく、我らが種族の大罪人であるラピスラズリ・リーリーを差し出せ」

「彼女は大罪人では無い」

「あたし達の義姉でもあるわ…!渡せるものか!」


 その間にも、敵対行動を続けていた闇子神族ダークエルフの一団は、一様に剣を抜き放っていた。

 レイピアのような細い剣だ。

 両刃となっているようだから、細剣と言ったところか。


 それに対し、ライドやアメジスは、腰から抜き放ったマンゴーシュを構える。

 明らかに武器としてはレイピアに劣るが、その握り方を見る限り、随分と使い慣れているようだ。


「そっちは任せる」

「分かっている」

「了承した!」


 どの道、ラピスを引き渡す前提の話はしていない。

 奴等は大罪人と言っていたものの、オレ達からしてみれば関係のない話だ。


 聞けば、別に大罪を犯したわけでは無い。

 彼女の不幸は、元を辿れば森小神族エルフや人間からの排斥や暴虐が発端だ。


 人間と闇子神族ダークエルフの両者を相手取る事は、流石にオレも難しい。

 どちらにしても、引き渡すつもりは無い。

 各個撃破が望ましい現状。

 同じ種族であるライド達に、団体さんの相手は任せた方が良いだろう。


 オレは改めて、ゲイルへと向き合う。

 ついでに、彼の背後に控えた騎士達も睥睨した。


「テメェは、関係ないんだな?」

「…無論だ。…まさか、闇子神族ダークエルフが関わっているとは思っても、」

「そうだろうな」


 別に疑っている訳では無かったが。

 一応の確認。

 森の中に闇子神族ダークエルフを招き入れたのは、彼等では無い。


 おそらくは、ライドの言うとおりに尾行されていた。

 彼等がラピスと親しい、もしくは親密である事を知っての上で、彼等を泳がせてここまで案内させたのだろう。

 全ては、ラピスを捕まえる為に。


 ……はぁ。

 今日は、本当に忙しい日だ。


 溜息と共に、苛立ちを吐き出す。

 それでも足りない。

 シガレットケースを取り出して、火を付けた。

 まずは、落ち着こう。

 戦闘をするのは、それからでも遅くは無い。


「…この状況で、もう一度確認しなくても良いとは思うが、」

「お前の言いたい事は分かっている」

「だったら、手を引け」

「それは出来ない」


 煙と共に吐き出す言葉。

 白い煙の先で、ゲイルの表情が更に厳しく引き締められた。 


「お前とこのような形で対面することになって心苦しい。

 …だが、これもオレの役目。オレとて、家族が愛しいのだ」


 考えなおしてはくれないらしい。

 騎士団にんげん闇子神族ダークエルフと、そしてそれを守るオレ達と。


 三つ巴のような状況にありながら、意見はそれぞれ同じ。

 ラピスラズリ・L・ウィズダムという森小神族エルフの女性の確保。


 そう言う事なら、仕方ない(・・・・)


「なら、オレも本気で相手にしてやるよ」


 殺気をまき散らす。

 その場の全員が息を呑んだ。


 小屋の中からも、多少緊張した気配を感じ取れる。

 おそらく、ラピスもシャルも、何かが起きている事は察知しただろう。


 榊原以外の生徒も起きているようだが、


「間宮、『風』魔法で防壁を張れ」

「(承知しました)」


 干渉はさせない。

 これからやるのは、魔物の討伐とは違う。


 いくら訓練をしているとはいえ戦闘経験の無い生徒達を巻き込むつもりは無い。

 間宮と榊原は除外。

 更に言うなら、ラピスやシャルも巻き込まない為にも、間宮には壁の役割を頼もう。


 ひゅうと、自然の風とはまた違う音が響く。

 打てば響くと言った動きだ。

 しかも、コイツの魔法の練度は、前の時よりも上がっているらしいな。


「榊原はオレの援護。…必要は無いと思うがな、」

「そりゃないよ、先生。オレだって、少しぐらいは、」

「無駄口はいらない。ただ頷け」

「………はい」


 少し口が達者な榊原は、援護だけを言い付けて黙らせておく。

 援護は頼む。

 だが、邪魔はするな。

 言外に含ませておく。


 そこで、オレは更に一歩、玄関前の階段を降りた。


 横目に見ると、ライドやアメジス、闇子神族ダークエルフの面々まで停止している。

 あれぇ?オレの殺気はそんなに、怖かったかねぇ?


 まぁ、好都合だけど。

 殺気はそのままに、ゆっくりとゲイルと向き直る。


 彼は、ぎりぎりと乾いた音を鳴らしながら、槍を握る手を震わせている。

 その実、力を込め過ぎているだけ。


「…最終警告だ。ここにいる全員、生きて帰りたければすぐさま投降しろ」

「……む、無茶な相談だ」


 ゲイルは、唇を噛み締めて堪えた。

 その上で、最終警告は無視した。


 騎士団の何人かが、地面にへたり込んだ。

 まぁ、それは然もあり。


「に、人間ごときに、聞く耳など持たぬ…ッ!」

「…なら、人間じゃねぇ同種族の仲間からの言葉なら聞くのか?」

「それも否!…この場で逃げ帰るような軟弱な戦士など、闇子神族ダークエルフにはいない!」

「だったら、人間と括らずに耳が無いと言え」


 その耳は飾りかよ。

 結局、問答なんて必要ねぇんじゃねぇか。


 まぁ、問答無用なのは、こっちも同じだけどな。


 侮蔑の視線をくれて、視線をゲイルに戻す。

 闇子神族ダークエルフの一団からは、血の気の多い反応が返って来たがほとんど言葉が分からんので無視。


 それと同時に、呼び掛ける。

 眼を閉じて、己の胸へと手を当てた。


「(……アグラヴェイン。…暴れようじゃねぇか)」


 呼び掛けた相手は、オレを加護するこの世界での『相棒パートナー』。

 『闇』の精霊にして『断罪』の騎士。


ーーーーーほぅ。主もなかなか、粋な事を言う。


 オレの呼び掛けに対し、間髪入れずに返って来た返答は、自棄に楽しげであった。

 だって、オレは知っている。

 コイツは、どちらかと言うと戦闘中毒バトルジャンキーだ。

 オレが今までお願いしていた細々とした魔力の調整よりも何よりも、闘争を好む生粋の攻撃特化型。


 今まで散々怒られていたのは、何もオレが魔力の調整が出来ないのを押し付けていただけじゃない。

 戦闘へ使う機会があまりにも少な過ぎたせいでの腹いせもあったのだ。


 いつぞやの天龍族の事件の時、コイツはなんだかんだ言いながらもオレに力を貸してくれた。

 それは、少なからず戦闘へ参加できたことへの嬉しさもあったようで、


「(遠慮はいらない。殺さなければ、後はアンタに全てを任せる)」


ーーーーー承知。…今日の対話はひとまず見送ってくれる。


 戦闘許可コンバットオープンの合図と共に、どくどくと。

 オレとは別の胎動が腹の奥底を巡っている。

 機嫌が一気に、向上したらしい。

 ありがたいねぇ。

 この状況からの夜中からの対話と言う名の平謝りは骨が折れた。

 どうやら、免除されたようだ。


 ならば、迷う事も無い。


「来い、アグラヴェイン」

「…なっ…!」

「『闇』属性だと…!?」


 手を地面と平行に伸ばすと同時、オレの背後に現れたのは巨大な闇。

 それを見て、ゲイルは眼を見開き、闇子神族ダークエルフのリーダーらしき人物からは驚嘆の声が上がる。

 構うものか。

 ここにいる人間には、オレの属性はほとんどに知られている。

 問題は闇子神族ダークエルフだが、黙らせる方法(・・・・・・)はいくらでもある。


『ハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!』


 悪どい事を考えている間に、オレの背後にあった闇から彼は顕現した。

 不気味な高笑いと共に、愛馬であるスロットに跨って。

 手に携えた大刀は、刀身から柄の先まで闇色に染まり、月明かりに鈍い光を放っている。


 背後に感じる、圧倒的な威圧感。

 思わず、オレも背筋が粟立った。


 騒然となった森の中。

 次々と野鳥達が飛び去っていき、更には魔物すらも逃げ出したのか。


 森の中は、不気味な囀りの音に支配されつつあった。


「騎士達を任せる」

『…ふむ。…目の前の坊主の方が、ようよう楽しめそうだったのだがなぁ』

「そっちは、オレの獲物だ」

『仕方あるまい。…我は、質より数で我慢するとしよう』


 漆黒の兜と甲冑姿で、アグラヴェインが睥睨。

 ゲイルはもとより、騎士達が一斉に臨戦態勢。

 しかし、いかんせんゲイル以外は、ほとんど身動きも出来なくなっていた。


 こりゃ、楽しめないかもしれない。

 誰が?

 アグラヴェインがだ。

 騎士達が終わったら、ライドやアメジスの加勢も検討しようか。


 まぁ、それはさておき。


「お望み通り、パーティーと行こうじぇねぇか」


 背中から引き抜いた、ナイフ。

 オレの使い慣れたサバイバルナイフは、拳銃にも匹敵する相棒だ。


 くるくると手の中で回したと同時に、逆手で構える。

 切っ先は、ゲイルへと向けた。


「今日は、どっちが勝てると思う?」


 いつも通りの開戦宣言。

 組み手の時のいつものやり取りである。


「………。」


 無言で構えたゲイル。


 しかし、お互いの表情に、いつものような雰囲気など皆無。

 お互いに分かっているからだ。

 これから行うのは、殺し合いだと言う事を。


 まぁ、一方的に私刑リンチするつもりだけどな。


「アグラヴェイン、殺すなよ。後始末が面倒だ」


 念押しと言った形で、傍らで騎士達を睥睨していた彼へと通達。

 視線が一度だけ、こちらに向けられた。


『その言葉、そっくりそのまま返してくれる』

「…言うねぇ」


 酷く不機嫌そうな声音が返って来た。

 ちょっと、ボルテージを下げてしまったようだ。


 まぁ、確かにオレも気が逸っている気はしないでもない。

 つまりは、殺気立っていると言う事で。


「行こうじゃねぇの。オレ達なりの『オハナシ』だ」

『無様を晒すでないぞ』


 了解。とばかりに、アグラヴェインがスロットの鐙を蹴った。

 高らかな嘶きが響く。

 それと共に、スロットはゲイルの真上を飛びあがっていた。

 普通の馬の脚力じゃねぇ。


 まぁ、アグラヴェインの愛馬だからそれも、然もありなん。

 茫然としたゲイルの背後で、騎士達の悲鳴が飛んだ。


 そんな彼へと、オレも向き合って。

 さぁ、


「…意見を通したいなら、オレを殺してからにするんだな」


 殺し合いだ。


 にっこりと、見る人が見れば怖いと叫ばれるだろう笑みを浮かべて、宣言した。



***



 始まりはなんだったか。

 ゲイルとは、なし崩し的に戦闘を開始していた。

 どちらともなく、獲物を突き出していた気がする。


 いや、アイツの方が早かった。

 アイツが突然雄叫びを上げて駆け出して来たので、それを迎撃したのだ。


 いつもなら、コインでも投げていたっけ。

 勝った方が、コインをいただけるなんてローカルルール。

 最近は、オレばっかり貰っていた。

 その分、飲みに行く時は奢っていたんだが。


 その事実を分かっていて、コイツが挑んで来ているならば、


「馬鹿野郎が、」

「うぉおおおおおおお!」


 回避の為に体を反転したと同時に、ゲイルの槍がオレの顔の横を通過していく。

 気鋭は良し。

 その槍捌きも、いつも以上にキレがある。

 しかし、先ほどから大振り過ぎだ。


「おら、右がお留守だぞ」

「ぐぁッ!」


 振りかぶった体勢。

 伸び切った腕の、肩口に脚を叩き込む。

 まるで、吸い込まれるような感覚を覚えながらも、クリーンヒット。


 これで、何度目かも分からない。

 打ち合いすらさせずに、彼を地面へと転がした。

 こっちは、サバイバルナイフ1本。

 あっちは、重量武器の槍だ。

 かつて、騎士の決闘を引き受けた時も、こんな形だったような気がする。

 ただし、あの時よりは遙かに強い人物が相手だ。


 地面に転がったゲイルが、すぐさま体勢を整えて構えようとしている。

 しかし、その体勢を整える時間は与えない。

 追撃を仕掛け、彼が回避をした最中、流しの体勢のままその槍の切っ先を蹴り上げる。

 中途半端な位置だったせいか、彼の手の中で槍が反回転した。

 ゲイルの手首が、異音を発した。


「うぐっ…!ぃ…ッ」

「残念。受け流すのが正解だ」


 慣性の法則を無理に制御しようとすると、肩が外れるだろう。

 なにせ、彼が扱っている槍は身の丈以上。

 しかも、2メートル近い総身鉄。

 弾かれた場合、その槍の総重量は倍以上に膨れ上がる。

 そんなものを無理やりに引き戻そうとしたら、いくらなんでも手首も傷める。

 いくら凄腕とは言っても、人間のゲイルには無茶な話。


 ちなみに蹴り上げたオレの脚も弾かれる。

 地味に痛いが、それもご愛嬌。

 この場合は、ゲイルに言ったように受け流すのが正解。


 更には、


「毎回、言われてもまだ分からないか?軸足は開き過ぎるな。肩幅越えたらそこで、行動が制限される」

「ぐぅ…ッ!」


 しゃがみ込み、地面を這うような体勢になって逆脚を払う。

 彼は軸足では無い脚を払われたせいで、体勢を更に前のめりに崩した。


 そこへ、腕のナイフで追従。

 顔面に突き立てる気持ちで振るえば、彼は咄嗟に籠手で防いだ。

 金属同士が擦れる嫌な音が響く。


 更に追撃。

 ナイフを振るう。

 休ませない。

 息も吐かせない。


 コイツの懐に入り込んだら、オレが勝つ。

 いつもの流れだ。

 それを、今日はほんのちょっと延長するだけ。


「っしゃあ!!」

「……うぐッ!!」


 ガードの最中であった彼の懐へと、回し蹴りを叩き込む。

 体勢を崩され、ついでに防御の為の腕はナイフを受け流すので手一杯。

 実質、懐が綺麗に隙だらけだったから、ぶち込んでおいた。


 そして、更にもう一発。

 槍をカウンターで突き込もうとして来た所を、反り返って避ける。

 ただし、片足に注目。

 オレは軸足だけを残している。

 なら、逆の足は?


「下がお留守だってんだ!」

「がっ!!」


 その場で後方に反り返ったまま、軸足の反対の足で蹴り上げる。

 ゲイルの顎に爪先がクリーンヒット。

 後方宙返りぐらい片手間で出来る。

 両脚でしっかりと着地。


 総身鉄の槍を片腕だけで突き出して来た事は素直に認めてやる。

 だが、それで防御を疎かにするのは悪手だ。


 何度注意すれば良いのだろうか。

 お決まりのパターンとも言える現状。

 思わず苦笑がこぼれる。


 地面に背中から転がったゲイル。

 顎を蹴られたことで視界が揺れたのか、起き上がる前の視線が朦朧としていた。

 すぐに頭を振って意識を取り戻したようだが、体がぐらついているのは見るからに分かる。

 食らい過ぎだ。


「そ、そこを、退いてくれ…『予言の騎士』!」

「断る。言った筈だ。意見を通したいなら、オレを殺してからにしろと、」


 先ほども言っただろう。

 オレを殺してみせろ。

 そうすれば、もうお前の邪魔をするものはいない。

 まぁ、未だに後方待機の間宮相手に、どうなるかは知らないまでも。

 地味に間宮も、ゲイルには全戦全勝中だからな。


 それはともかく。


 ふと、背後が気になった。

 自棄に騒がしかったのだ。

 ゲイルが立ちあがるまでの間に、チラリと後方確認。


 すると、


『フハハハハハハハハッ!…この程度か!!』


 そこでは、漆黒の騎士が漆黒の馬に跨り、全力で無双をしていた。

 我らが『断罪』の騎士様(アグラヴェイン)である。


 よくよく見れば、大刀が形状を変えて、鎖のようになっている。

 その鎖には、二人程絡め取られて振り回されていた。

 ロデオだ。

 生で見るのは初めてだ。


「ぐぁあああ!!」

「ひっ…!武器が通用しない!!」

「魔法もだ!…うぐぅあ!!」

「うひぃいいいいッ!!」

「ぐぁあッ!やめッ…!やめてくれぇ!!」

「やめろっ!仲間に当たる!」

「しかし、どうしろと言うのだ!!オグッ!!」


 鎖の先に絡め取られた騎士も、武器として扱っているのか。

 今も、アンドリューが、直撃を受けて吹き飛んだ。

 甲冑も着た成人男性の衝突なんて、それこそ骨が折れ兼ねないだろうな。

 当たり所が悪ければ、最悪死ぬだろう。


 その攻撃を搔い潜る猛者は少なくない。

 しかし、例え搔い潜ったとしても武器が通用せず、呆気なくまた放り出されていた。

 魔法も同様。

 『聖』属性以外は、『闇』属性には通用しない。

 そんな『聖』属性を持っているのは、オレの背後で息を整えているゲイルだけ。

 アグラヴェインは、今現在具現化しているとは言っても、元々は『闇』だ。

 その実、実体はほとんど無い。

 感触はあるものの、その体に傷を付けるとなると至難の業。

 オレでもちょっと考えないとならない。

 騎士達からしてみれば、悪夢のような相手だろうな。

 武器は通用しないし、魔法も通用する属性が限られている上に、馬に跨っているから縦横無尽に動き回れる。

 更には、味方すらも武器に転用されて、下手に手出しが出来ない。

 ははは、オレからして見ても悪夢だな。


『王国騎士団とは他愛も無いなぁ!!騎士を名乗るならば、精進せよ!!』


 そんな悪夢のような本人は現在、無双中の為上機嫌。

 高笑いは、随分と朗らかに轟いている。


「………おいおい、殺すなよ?」


 ぼそりと呟いたオレの言葉は、彼の高笑いと騎士達の悲鳴に搔き消された。

 まぁ、殺さないでいてくれるなら、何をしたとしても良いけど。

 こっちには治癒魔法なんて言う、便利なものまであるからな。

 死ななければ、再起は可能だ。

 ……精神的な再起は知らない。


 さて、もう片方はどうだろうか?

 もう一度ゲイルをちらりと見て、まだまだ咳き込んで立ち上がれていない所を確認。


 今度は、アグラヴェインとは逆の方面へと眼を向ける。


 小屋から見て、左舷の方向。

 闇子神族ダークエルフの一団だ。


 それを相手にしているのは、ライドとアメジス。

 『闇』魔法を操りながら、数人を相手にしつつ、大立ち回りを繰り返している。

 スイッチ制なのか、ライドが前衛の時にはアメジスが援護。

 逆にアメジスが前衛になるとライドが援護と言った形を取っている。

 数十人相手であるにも関わらず、随分と上手いこと回している。

 流石は兄妹。

 息もぴったりだ。

 それでも、漏れはあるようだが、概ね順調。

 案外、あの二人も強かったらしい。

 ついでに、間宮が『風』魔法で、援護射撃をしていた。

 ……障壁を張りながら援護って、存外お前も器用だね。


 ああ、それと、


「『人間なんぞに協力をするとは、恥を知れ!』」

「『その言葉をそっくりそのまま返してくれる!大恩のあるラピスを追い出した父上こそ、恥を知れ!』」

「『そうよ!兄さんの死をこれ以上踏みにじらないで!』」

「『何を言う!!このバカ息子どもが!』」

「『あたしは娘だっつうの!!』」


 ………一体、何て言ってるの?

 言語がまったく分からないから、どうしようもないんだけど。

 あれ、やっぱり魔族語か、闇子神族ダークエルフ間で通じる言語らしいね。

 オレにはさっぱり。

 だけど、なんとなく親子喧嘩に思えるのはオレだけかな?

 お互いに獲物を持ち出している時点で物騒過ぎるけど。


 いつの間にやらフードを剥がされたリーダーらしき男。

 おそらく彼のせいだ。

 その面影はどことなく、ライドやアメジスと通じるものがある。

 父親、もしくはランフェジェットと同様に兄貴、それか近しい親戚だろうか。


 まぁ、どの道、闇子神族ダークエルフの面々も、森小神族エルフ同様顔立ちが整っているみたいで、見分けはあんまり付かない。

 ただ、なんとなく思う。

 あの気性の荒さは、シャルと似通っている気がした。

 ……もしかしてとは思うが、彼女の性格はランフェジェットからの遺伝なのかしら?


「……余所見か」

「ああ、お前がのろのろしてるから、暇だったんだ」

「……馬鹿にして、…ッ」


 おっとっと。

 忘れていた。

 背後で、ゲイルが立ちあがった。


 なんとか意識は残っているが、見るからに満身創痍でふらついている。

 しかし、眼はまだ死んで無い。

 まだ、殺し合いを続行したいようだ。

 オレの言葉に、怒りを露にした彼。

 中腰に構えた槍。

 脇を絞めているところを見ると、防御へと専念する為の型。

 オレ相手に攻勢に出てもカウンター食らうだけだってやっと気付いたようだ。


「馬鹿が相手だからな」

「ーーーッ!……その余裕ぶった口調を今すぐ正せ!お前は、いつもそうだ!」

「本当の事を言って何が悪い?」


 馬鹿は馬鹿だ。

 目の前のコイツのように。


 組み手ですら勝てない相手に、本気の殺し合いを挑む。

 それは、馬鹿のやる事だ。

 死にたがりの馬鹿にしか見えない。

 たとえ、挑まなくてはならない理由があったとしても。

 その理由を相手が汲んでくれるなんて、思わない方が良い。

 勝ちを拾える相手ばかりをしろとは言わない。

 時には、強大な敵とて目の前に現れる。

 この世界には、割とそんな相手がごろごろといるのだ。

 だからこそ、身の丈にあった力量の相手を見極める能力は、最低限持つべきだ。

 それが出来ない奴は馬鹿だ。

 コイツは馬鹿だ。

 断言出来る。


 馬鹿は死ぬ。

 馬鹿は間違える。

 かつてのオレを見ているようで、イライラするのだ。


 オレも、こうして力量を見極められず、地獄を見た。

 そんなオレが言うのだ。

 何も、経験があるから偉ぶっているつもりは無い。

 そんな馬鹿な男じゃないと思っていたのに、裏切られたからこそ諭している。


「オレに勝てると思ってるのか?」

「その余裕を、今に崩してくれる…!」

「いや、だからさぁ、」


 聞く耳を持とうとしていないのだろうか。

 いや、今はもう、聞きたくないのかもしれない。

 むしろ、コイツは本気で殺されたいのかもしれない。


 真意は分からない。

 ただ、なんとなく思うのは、


「…幻滅したよ、ゲイル。お前はまだ、賢い奴だと思ってたのに…」

「……ッ、その態度を改めろと言っている!!」


 激昂を露に駆け込んできた彼。

 やはり、脇を締めた防御型のまま、刺突を繰り出して来た。


 しかし、それは間違った防御である。

 オレの戦闘スタイルへの防御は、成り立たない。


「下の次は背中がお留守なのかよ!」

「ぐあっ!!」


 簡単に避けて、すれ違い様に背中へと回し蹴り。

 それだけで、彼は数メートル近くを吹っ飛んだ。


 同じ槍などの重量武器相手なら、今の型で通用する。

 しかし、オレは逆に軽量武器と格闘スタイルを兼用している相手だ。

 機動力も違う。

 防御を固めても、的が増えるだけだ。

 むしろ、固まっている分、狙いを付けやすくなる。


「…ッああ…!」


 苛立ちのような声を上げて、立ち上がったゲイル。

 その場で、何故か手を前に突き出した。


 って、ああ、魔法か。

 つくづく、馬鹿なのだろうか。


「我が声に応えし、精霊達よ。雷帝の力の一端を今此処に、」

「詠唱を待つと思ってんのか?」


 眼を見開いたゲイル。

 跳躍、次いで飛び蹴り。

 技名があるなら是非とも「ライ○ーキック」と叫んでやろう。

 実際にやるのと見るのは違うがな。


 彼の詠唱を待つ必要も無く、蹴りを放つ。

 ゲイルは後退し、なんとか二の句を告げようとしたものの、


「だから、下がお留守だっての」

「……ッ、…がふ…ッ!!」


 簡単に懐へと侵入出来た。

 胸に掌底を叩き込む。

 右胸のすぐ下、つまりは肺の上だ。


 それによって、強制的に空気を吐き出させる。

 これで、しばらくは詠唱が使えないだろう。

 激痛で息を吸うのすら苦しくなる筈だ。

 ちなみに、この一撃を左胸に撃ち込んだなら、心臓すらも止める事が出来る。

 人間の臓器は外からの刺激には弱い。

 事故やらなにやらで胸を強く打って呼吸不全や心肺停止になるのは、それが原因である。

 交通事故の際には、要注意。

 間違っても、この世界では交通事故なんて起きないけどな。

 馬車の事故は時たまあるようだが。


 閑話休題。


「ヒュ…ッ、ヒュー…ッ、カハッ…!」

「…今まで組み手で魔法なんて使ってこなかったもんな。分かって無かったか?」


 魔法と言うのは、どの道詠唱が必要になる。

 間宮や紀乃辺りでは無い限り、無詠唱と言う方法も一般には出回っていない。

 ついでに、オレのように精霊を具現化する方法も。

 ゲイルも無詠唱に関しては、ノータッチだった筈だ。


 このような戦闘中に、詠唱する暇など無い。

 特に、近接戦闘のトリッキーな相手に対しては。


 まぁ、良く考えたもんだよ。

 距離を開けて、魔法で一撃なんて。

 でも、爪が甘い。

 詠唱と言うのは、言葉が無ければ完結しない。


「次は喉を潰す」

「ゲホッゴホッ…ーーッ…」


 すれ違い様に、ゲイルの兜を掴んでもう一度背中を蹴り付けた。

 これ以上後退されると、アグラヴェインに巻き込まれるからだ。

 彼は、今もロデオスタイルで鎖と騎士達を振り回している。

 イングランドの民話か伝承で、あんな感じの騎士が生首を振り回して現れるとかって無かったっけ。

 (※デュ○ハンの事。振り回してはいないらしい)


 また話が逸れた。


 ゲイルが地面に蹲って、嘔吐いている。

 息も出来ないのは、さぞ苦しいだろうな。

 その様子を見て、溜め息が込み上げる。

 まるで、こっちが悪役だ。

 甚振っている自覚はあるが、ここまでゲイルが足掻けないとは思ってもみなかった。


 オレの強さのランクって、今どのあたりなのか。

 若干、判断に迷うものだ。


「立てよ、ゲイル。オレを殺したいんだろ?」

「……ッ、く…ッ!ヒューッ…ヒューッ!」


 彼の息使いはまだまだ戻らない。

 ちょっと加減を間違えたようだが、致し方あるまい。

 ダメージを内部に凝縮するように打ったしな。

 加減が難しいのだ。

 下手すると内蔵が破裂する。

 過去、師匠にもこうやって内臓を潰されたことがある。


 いや、オレの話は良いや。

 とりあえず、今は馬鹿を矯正しないとな。


「その様子じゃ、もうそろそろ限界だろう?諦めたらどうだ?」

「…ま、まだだ…!」


 一応、念の為にと再度意思確認。

 出来れば、この辺で諦めてくれれば、後はお仕置きだけで良いのだが。


 だが、思いは虚しく、砕かれた。


 顔色を真っ赤を通り越して白くしたゲイルが、なんとか槍を支えに立ちあがった。

 胸を抑えて、今にもぶっ倒れそうだ。

 アイツに肺や気管支関連の持病が無いことを祈る。

 死なれても困るし、ぶっちゃけ、寝覚めが悪い。


 そして、彼はまた同じように、刺突体勢へと構えを取る。

 何度目だろう。

 コイツの槍捌きは、確かに突きが一番威力が高い。

 『串刺し卿』の異名は、疑いようが無かった。


 なのに、


「固執してんなぁ。…ってか、やっぱりお前本当はヤル気なんか無いんじゃないのか?」


 自棄に、そればかりを使ってくる。

 まぁ、大ぶりになる払いや引きは、オレ相手には使い勝手が悪いのかもしれないが。


 少しだけ、期待した。

 コイツは、わざと死に急ぐ真似をしているんじゃないかと。


「…馬鹿を、言うな…!オレは、兄の為に、…ヒューッ…、お前すらも犠牲にする事を、」

「あっそ。じゃあ、さっさと犠牲とやらにしてくれよ」

「……馬鹿にするのも、大概にしろッ!」


 しかし、やはりというか。

 先ほどと同じく、期待は砕かれた。

 眼は真剣そのものだった。

 真剣に家族の事を思っているからこそ、彼の脳裏に退却という文字は無い。


 嫉妬はしない。

 家族と友人。

 34年以上を共にする相手と、たった数か月のオレだ。

 時間からして違うし、立場も違う。


 嫉妬するなんて、意味も無い。

 柄でも無い。


 だったら、分からせてやるだけだ。

 オレを敵に回すとどうなるのか。

 肉体的にも体面的にも、どれだけ間違ったことをしたのか。

 それを、後悔させてやるまでだ。


「じゃあ、宣言通り、」

「おおおおおっ!!」


 もう息をするのも諦めたのか。

 捨て身のような、ただの突進を繰り出して来たゲイル。

 彼の槍の軌道は確かに、オレの頭にあった。


 本気だな。

 なら、オレも本気で受けよう。


「その喉、潰すぜ?」


 そして、本気で潰す。


 槍の切っ先が眼の前に来たと同時。

 切っ先へとナイフを滑らせて、下方へと受け流す。

 更にオレは地面を蹴った。

 跳躍の為に不安定な体勢を右腕を伸ばして槍の上で固定。

 そのせいで、完全に槍の軌道が下へと無理やりに変更される。

 槍の柄が少しだけ爪先を掠ったが問題は無い。

 そこへ、すかさず脚を下ろすと、ゲイルの槍の上に、オレが両足で着地した形となった。

 体重を掛けられて槍の切っ先が地面を抉る。


 それと共に、ゲイルの顔がオレの目の前に。

 彼の眼が見開かれた。


 それを、オレは殺気を込めた瞳で、見下すだけ。


「…チェックメイト」


 オレの手にはナイフ。

 それを、ゲイルの喉目掛けて、突き出した。

 喉を潰すというのは、そのままの意味である。


「がひゅッ…!」

 

 ごり、と嫌な音を響かせて、ゲイルは首を支点に九の字に折れた。

 前髪に隠れて見えないが、瞼の裏に眼球も逃げただろう。


 槍から手を離し、背中から地面に倒れ込んだ。

 ごとり、と重い音と共に、彼の手が地面に落ちた。

 それと同時に、槍が地面に落ちる乾いた金属音も響く。

 口元から、だらりと血が一筋零れ落ちた。


 その体は、既に弛緩していた。

 オレの勝ちだ。


 無言で地面に倒れた彼を見下ろして、再三の溜息。

 どうやら、彼の戦闘能力に関して、下方修正が必要かもしれない。

 初対面の時には、武器が無ければ勝てないと思っていた相手だった。

 それが、いざ本気でやり合って見ると、存外呆気無く終わってしまった。

 今は絶対に負ける自信が無い。


 ……鍛え直し、やり過ぎたとは思わなくもない。

 最近は筋肉に逃げられていたが、現役の時よりも強くなっている気がする。

 それが、鍛錬の成果か、もしくは別の要素なのか。

 あまり、考えたくないとは思う。


 まぁ、良いか。

 なにはともあれ、勝ちは勝ちだ。

 勝者は、善。

 敗者は、悪。

 だから、これで良いのだ。


「……死にたがりも程々にしろ」


 既に意識は無いだろうが、彼に向けて無駄だと分かっていながら小言を零す。 


 殺してはいない。

 だって突き出したのは、ナイフの柄だもの。

 オレだって、彼を殺したい訳じゃない。

 今まで、何千と殺して来たとしても、やっぱり友人は特別だ。

 殺せる覚悟は、まだ無かった。


 甘っちょろい。

 師匠がいたなら、そう言って吐き捨てただろう。

 覚悟が無いなら、武器を握るな。

 あの人の教えは、今もなお覚えている。

 それでも、まだオレには覚悟が足りないようだ。


 ただ、ちょっと失敗した。

 この技は、十手や棒手裏剣などの刃の無い武器で使う技だ。

 体に染み込んだ動きで行ってしまった為、ナイフを使ってにも関わらず柄を思い切り掴み込んでしまった。

 おかげで、掌が二か所、ぱっくりと切れている。

 やっぱり、切り傷は地味に痛い。


 ……まぁ、良いか。

 最近は何故か勝手に治るし、治癒魔法でも使えば一発だし。

 その前に、使わないといけないのはゲイルだしな。


 伊野田を呼ぼう。

 このまま、呼吸不全で死なれても困るし。


「…伊野田、こっち来い」

「あ、…は、はい!」


 小屋の前には、既に全員が揃っていた。

 榊原は勿論、伊野田や河南、紀乃もいるばかりか、


「こらこら、動きまわって良いとは言って無いぞ」

「馬鹿を言うで無いわ。こうなったのは私のせいなのじゃ」


 病床の筈のラピスまで。

 傍らには、その体を支えているシャルも一緒。


 ドクターストップだ。

 いや、医者じゃねぇけど、それでもストップだ。


 はぁ、と溜息混じりに、玄関先へと戻る。

 ラピスへもう一度注意する為と、伊野田を迎えに行く。

 間宮の張った風の障壁があるとは言え、流れ弾(魔法か?)が飛んで来ないとも限らないしな。


「別にアンタのせいじゃない。悪いのは、アイツの父親であって、」

「元々の原因が私のせいには変わりあるまい。ならば、最後まで見届けるのも私の務め」

「…見栄っ張り。震えているのは分かってんぞ」

「どっちがじゃ!…お主とて、友人を手に掛けて心を痛めておるくせに、」

「別に痛んでねぇけど?」


 だって殺して無いし。

 だからこそ、伊野田を呼びに来たんだし。


 ラピスの早とちりだ。

 そして、少し恥ずかしかったのか、罰の悪い顔をして顔を赤らめた彼女。

 赤面しやすいのも親子揃ってなの?


 まぁ、それは良いとして。


「アグラヴェイン、終わったか~?」

『うむ。概ねではあるが、終わったぞ』


 間延びした声が出た。

 しかし、その声に対して、アグラヴェインは自棄に素直に答える。

 やっぱり、バトルジャンキーだった。

 鬱憤も晴らし終わったようで、朗らかな声が返って来た。


不殺ころさずというのは、少々骨が折れたがな』

「…本当に死んでねぇだろうな」


 彼がスロットをゆっくりと歩ませてくる背後には、まさに死屍累々と言った形で騎士達が積み上がっていた。

 鎖に掴まっていた二人なんて、まるで襤褸雑巾のようになっている。

 あれだ。

 次は、手加減と言うものも覚えてもらおう。


「余力があるなら、あちらもどうぞ」

『ふむ。…騎士達よりは楽しめるか』


 そして、その次は、すぐに出来る。

 オレ達は終わったが、闇子神族ダークエルフ側はまだ終わっていない。

 生贄ともいう。


 というか、今見て気付いたけど、ライドがちょっと負傷しているようだ。

 アメジスがなんとか持ち堪えているが、援護が無いせいで防戦一方。

 間宮もそろそろ魔力切れなのか、顔が辛そうになっているか。

 じゃあ、こっちから援護してやろう。

 主にアグラヴェインであるが。


「不殺は確定だけど、手加減もしてくれよ」

『注文が多い』


 お願いしたけど、文句を返された。

 まぁ、援護はやってくれるらしい。

 またしても、スロットの嘶きの音と共に、嬉々として駆け出して行く。


 その後ろ背をのべーっと見送っておいた。

 ああ、そういや伊野田の送迎を続けよう。


「……先生、流石にやり過ぎなんじゃ?」

「良いんだよ。馬鹿は死ぬぐらいで、丁度良く矯正出来る」


 そして、ゲイルのもとに辿り着いた伊野田から、今度は窘めるような言葉をもらった。

 だが、悪いが、やり過ぎとは思っていない。

 矯正なのだから、もう少しやっても良かったぐらいだ。

 だが、先にゲイルの意識が落ちたので、溜飲を下げただけ。

 お仕置きは、また別の機会に行うつもりでもある。


 ……まぁ、矯正出来るかどうかは不明だけどね。

 オレも、バカばっかりやって死ぬ目に合って来たのに、未だに矯正出来て無いって分かってるから。


「ちょっと、これは下位だけじゃ無理かも…」


 下から、伊野田に睨まれた。

 可愛い威嚇だな。

 ゲイルに見習わせてやりたいよ。


「我が声に応えし、精霊達よ。聖神が加護せし癒しの力の一端を今此処に示したまえ。『癒しの御業(ヒーリング)』」


 いつの間にか、彼女も魔法の練度を上げていたようだ。

 『二文節』だから、おそらく中位の治癒魔法だ。


 そんな成長目覚ましい伊野田が治癒魔法を使う傍ら、シガレットを取り出して一服。

 さっきのは、とっとと捨てちゃったから、ちょっとニコチンが足りなかったの。

 おかげで、いつも以上にイライラしちゃった。

 いつもだけどな。


 ふと、横目に見たアグラヴェインは、またしても無双していた。

 闇子神族ダークエルフ達も騎士達同様、ロデオのような形になったアグラヴェインに振り回されている。

 そして、引き摺り回されている。

 あれ、本当に手加減してんのかなぁ?

 まぁ、良いけどね。

 あの調子なら、数分もしないで終わるだろう。


 思わずげっそりしたのは内緒。

 これからも、アグラヴェインはあまり怒らせないようにしよう。

 ついでに、戦闘の際には、鬱憤を貯めさせないように小まめに顕現させてやろう。

 じゃないと、オレもいつかああなるかもしれない。


「がふっ…!」

「きゃっ!」


 そうこう考えているうちに、ゲイルが血反吐を吐き出した。

 どうやら、本当に息が止まっていたらしい。

 息を吹き返した拍子に、伊野田の頬にまで血反吐を飛ばした。


「元気だな、おい」

「ぐふっ!!」

「ちょっ…先生、それ以上は本当に死んじゃうよッ」


 蹴っておく。

 うちの生徒の顔を、何汚してくれてんの?


 ただ、その本人である伊野田が気にしていないようだ。

 お仕置きに対して、少し咎められてしまった。


「…お、オレは、まだ…!」

「殺してないけど、死にたいなら止めないけど?」

「先生ってば!」


 そして、まだ動こうとするゲイル。

 伊野田からの治癒魔法を受けて意識を戻して、それでもまだ敵意や戦意を衰えさせていない。


 オレを見上げる瞳は、やはり真剣そのものだった。

 「死にたいのか?」と聞きたい。

 でも、聞きたくなかった。


 死にたいと返されて、本当に殺せる自信は、オレには無かった。


「騎士団は全滅。闇子神族ダークエルフ側ももう少しで終わる。お前に勝ち目は無い」

「そ、れでも、だ…ッ!…オ、レは…兄の為にも…!」

「オレが何とかするって話、聞いてなかったのかよ?」

「…そんな時間は無いのだ!」

「だから、その話は、なんだってんだ?」


 そういや、さっきも言ってたな。

 時間が無いとかなんとか。


 それがコイツを焦らせた原因なのだろうか。

 だとしても、父親と交換条件を取り付けるだけの条件なのか、どうなのか。


 もう一度、ゲイルの体を蹴っておく。

 彼は呻きこそしたものの、眼の色は変えなかった。


 切羽詰まってるわ。


「…あ、兄の砦で、ボミット病の発症者が出たのだ…!兄と同じく『闇』属性の者だろう!…このままでは、兄とて時間の問題だ…!」

「……なるほど」


 そりゃ、切羽詰るか。

 いつ、家族が病気になるか分からないんだもんな、コイツからしてみれば。


 でも、


「それは、矛盾して無いか?…もし、兄貴が発症したとして、どうやってボミット病の症状を抑えるつもりだったんだ?」

「そ、それは…ッ!」


 そこで、ゲイルはハッとした表情になった。

 今更気付いたの?

 今のところ、緩和策と治療法を知ってるの、オレ達だけなんだけど?


「ここで敵対してたら、結局お前は兄貴を救えないだろうな。

 オレは、いくらよしみがあるとはいえ敵方の将を治療する事はしない。

 それに、ラピスを強引に連れて行ったとしても彼女が協力するとは思えないし、道具が無いと彼女自身が病気と闘えないから意味が無い。

 しかも、その道具を握っているのは、今現在はオレだぞ?」


 契約条件と一緒に、ラピスを校舎に招待するのは決定事項。

 だから、彼女のコンタクトの為に買い戻しておいた魔法具だって、今現在はまたオレの手元に戻って来ている。


「ついでに、オレ達が本気で敵対したら、これ幸いと白竜国に飛べるんだぜ?

 研究成果も道具もまとめて、あっちに持っていてまたそこで研究でもなんでも始めれば良い」

「…ッ…あ、…そんな、…オレは、なんて馬鹿な、」


 やっと気付いたのか、ゲイルは頭を抱えた。

 まだ片腕が上がらないのか、片手で額ごと目元を覆い隠す。


 あーあ、泣いちゃってんの。

 だから言ったじゃん。


「馬ぁ~鹿。先に相談しないから、焦って空回るんじゃねぇか?」


 前にも言っただろうに、コイツは何を聞いていたのか。

 相談しろ。

 暴発する前に、暴走する前に。

 そうすれば、いくらでも方法は考えられる。


「それに、兄貴の事だって、今のところ兄貴が発症したって報告じゃねぇんだろ?」

「……ああ、ッ…ひっく、オレは、何を…良い様に、振り回されて、ゲホッ…!」

「…お前の親父さん、どうやら随分とオレがお気に召さないらしいな。

 シャルやラピスの事だって、もしかしたらオレへの見せしめの為に、手引きした可能性もあるぞ…」


 そうじゃなきゃ、今さら彼女を求めないだろう。

 いや、医療関連では確かに欲しいのかもしれない。

 けど、今は戦時中では無い。

 行方が分かったからと言って、すぐに手元に置きたい理由は無い筈だ。


 ついでに、国王の事が気になる。

 あの国王は、表面上ならオレに対して、こんな反逆紛いなことはしなかった筈。

 自分で言うのも難だが、金の卵を生む鶏だからだ。

 間違っても国外には逃がしたくないだろうし、逃がすような真似を早々起こす理由が無い。


 おそらく、公爵閣下の独断だと思われる。

 これを餌に、少し黙らせてみようか。

 いや、ラピスとシャルの事があるから、逆に糾弾されそうだ。


 どうしたものか。


 ふと、そこで、


『こちらは終わったぞ』


 眼の前には馬の顔をしたアグラヴェイン。

 間違った。

 スロットだ。

 オレを見下している彼は、馬上にいる。

 一瞬、スロットが喋ったのかと思って、吃驚しちゃった。 


「ああ、終わった?ご苦労様。ちゃんと、生かしてあるか?」

『無論だ。手加減もしてやったぞ』


 そう言って、スロットの首を巡らせた彼。

 オレの視界が開けて、その先にあった筈の光景が見えてが、


「………あれで?」


 先ほどとほとんど変わらなかった。

 地獄絵図には血糊が足りないものの、騎士達同様に無造作に積み上げられた闇子神族ダークエルフの戦士達。

 そしてやはり、鎖に捕まって振り回された不運な奴は、文字どおりに襤褸雑巾。 

 これ、手加減って言葉を根本から教えた方がいいのかもしれない。


 まぁ、良いや。

 これなら逆らう気力だって、へし折れただろうから。

 これがオレ達なりの『オハナシ』だしね。

 口止めも含めて、もう二度とここに立ち寄れなくしてやろう。


「……アンタ、化け物なの!?上級精霊を具現化させておいて、平然としてんじゃねぇっての!」

「………口が悪いぞ、アメジス」


 うん、ライドの言うとおり。

 アメジスは若干口が悪いけど、本当の事だから言い返せない。


 二度と立ち寄れなくなったのは、彼女達も一緒かもしれない。

 だって、顔色が青い。

 ああ、元々だっけ?

 とはいえ、浅黒い肌が更に真っ青なんだから、どのみち顔色は悪いよね。

 それもこれも、アグラヴェインのせいです。

 いや、間違った。

 オレのせいです。

 内心筒抜けになってるから、あんまり機嫌を損ねるような事は言いたくない。


 そういや、魔力枯渇も起こらないな。

 前回よりも、長いこと具現化している気はするけど、全然魔力の底が見えない。

 ゲイルの相手も何のその。

 なんだったら、このままもう一戦ぐらいは出来る。


 いや、また魔力総量が増えても困るからやらないけど。


「んじゃ、戻ってくださいませ」

『うむ。我の気分が良いことを感謝せよ。説教も今日の所は、勘弁してくれる』

「ははぁ」


 主従関係が逆転してる気がしないでもない。

 けどまぁ、とやかく言うつもりは無い。

 だって、オレよりもアグラヴェインの方が遙かに年上だし、能力も上。

 今のオレには逆立ちしたって、真似出来ないし。


 その間にも、闇の中へとご機嫌で消えて行ったアグラヴェイン。

 それと同時に、どこか心地よい倦怠感を感じた。


 溜息を吐きそうになるのを、シガレットの煙で紛らわせ、


「…テメェのお仕置きも、また今度にしてやるよ。…今日はまだまだ、忙しそうだからな」

「…済まない…ッ、…本当に、済まない…ッ!」


 泣きじゃくって、地面で震えているゲイル。

 伊野田がその頭を撫でているのが、どこか印象的だった。


 ハンカチで、彼女の頬を拭いておく。

 血は病原菌の温床だ。

 そのままには、しておくべきでは無い。

 しかし、伊野田には少し睨まれた。


 どうやら、オレが理由もなく、コイツを私刑リンチにしたと思われているようだ。

 いや、むしろ理由があったにしろここまでやるべきじゃないと諌められているのかもしれないが。


 まぁ、過ぎた事だ。

 もう、オレも考えない。


 ああ、ついでに、


「…アンタ、やっぱりうちにご招待だからな。逃げられると思うなよ?」

「ほほほっ。…もう、逃げるのは御免じゃ」


 立ち上がりがてら、彼女へと向かって宣言する。

 誰でも無い。

 当事者である、ラピスへである。


 オレの予想通り、彼女は未だに狙われていた。

 遠因は確かに俺だが、根本には種族の問題と、彼女自身の名声の高さが関わって来ている。

 それを知っていながら、この小屋に放置は出来ない。


「…だが、しばし猶予が欲しいと思っておる。家財を整理したいでな」

「一日だけだ。明後日には街へ戻る」

「…せっかちな男じゃのう」


 せっかちは結構。

 自覚もしている。

 ジャッキーにも言われたことがあったな。

 アイツこそせっかちだろうに。

 いや、アイツはそれを踏まえても余裕のある紳士だからだろう。

 話が逸れた。


「ぐだぐだ言ってねぇで、大人しく身支度整えろ」


 図星が痛い。

 これまた否定できないから、咄嗟に憎まれ口が飛び出してくる。


 それに対し、ラピスは怒るでもなく、ただ微笑んだ。

 これが大人の余裕という奴なのだろうか。

 ……だから、笑うなと言うに。


「…せっかちなうえに、強引な男じゃ」

「嫌いか?」

「いいや」


 そう言って、彼女は苦笑を零した。

 嫌われないようでなにより。


 シャルが何故か焦った顔で、彼女を振り仰ぐ。

 何かあっただろうか?

 それを見ながらも、ラピスは笑う。

 綺麗な微笑みだった。


 ……やっぱり、彼女の微笑みは凶器だ。良い意味で。

 直視できそうにない。

 ルリに似ているせいだろうか?

 いや、アイツは男だ。

 そういや、英語表記にしただけで、名前が一緒だよな。


 ああ、もう。

 そんな事はどうでも良い。

 ただの現実逃避。


「文句は言わせない。アンタ等親子は、まとめて連れて帰る」

「ほほほ。迷惑をかけるとは思うが、よろしく頼む」

「頼まれた」


 改めて、契約成立。

 勿論、オレの言葉通り文句は言わせない。

 それこそ、アンタ達にも、例の公爵閣下にもな。


 男に二言は無い。

 彼女達の事は、オレが守る。


「ああ、アンタ等には、少し協力して貰うからそのつもりでな」

「うむ、心得た」

「…良いわよ。…どのみち、このまま帰るってのも、無理だろうからね」


 それに対し、少しだけ手助けが欲しい。

 オレは、ライドやアメジスへと向き直る。


 ライドは苦笑して。

 アメジスは肩を竦めて。


 若干、アメジスの頬が赤いのは気になるも、まぁ、今はどうでも良い。


 反逆だった。

 今回の事は、オレに対して吹っ掛けられた喧嘩でもある。


 ゲイルを使われた。

 友達を。

 ラピスやシャルを狙われた。

 庇護下の森小神族エルフの親子を。


 理由はそれだけで十分だ。


 だから、敢えて乗ってやろう。

 その喧嘩に。


 ただし、十倍に熨斗付けて、返してやるつもりでな。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

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