表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、森小神族の親子編
70/179

59時間目 「特別科目~森小神族の親子~」2

2015年12月21日初投稿。


続編を投稿させていただきます。


59話目です。

***



 時刻は午後8時。

 夕食を終え、食休み。


 その最中、


「…ねぇ、ギンジ」

「…うん?どうした?」

「灰が、落ちる」

「ああ、悪い」


 オレは、まどろんでいた。


 精神的に疲れたのもあるが、寝不足だ。

 シガレットを片手に、リビングのソファーの上。

 頭が傾いだ瞬間に、シャルに窘められた。


 あれ?

 なんで、ここにシャルがいるんだろう。


「母さんが、呼んでるわ」


 眼を瞠る。


 そんなオレを見ながら、眼を真っ赤にしながらも微笑んだシャル。


 そう言えば、そうだった。

 シャルの母親である、ラピス。

 彼女が眼を覚ました。


 一度は心肺停止に陥ったものの、その後はボミット病の緩和、及び体内の魔石の排除によって一命を取り留めた。

 医療技術部門としての、初仕事。

 そして、初の患者である彼女。

 こっちとしても、大成功だった。


 そんな彼女ラピスは、先ほどまでシャルと部屋に籠っていた。

 おそらく、仲直りでもしたのだろう。


 喧嘩別れをして、その後はシャルを追い出そうとしていた。

 それもこれも、病気のせい。

 そして、一部はオレのせいだ。

 遠因となった喧嘩は、オレがシャルと接触したから。

 ラピスは元々、大の人間嫌いだった。

 その喧嘩別れの後、オレのところで預かって1週間弱。

 最後の夜には、わざわざシャルの意識を乗っ取ってラピスがやって来た。

 そして、その時にオレは彼女が病気で長くないことを聞いた。


「様子はどうだ?」

「ご飯もしっかり食べてくれた。…それに、いつも以上に顔色が良いの。

 機嫌も良いわ。こんなの久しぶり」

「そっか、良かったな」


 満足げな表情を浮かべたシャル。

 やはり親子だ。

 どことなく、シャルもラピスも似ている。


「ちょ、ちょっと、何…っ!?何か落ち込んでるの?」

「いや、別に…安心したら、眠気が来た」

「…あ、そうか。アンタ、結構遅くまで起きてたんだっけ」


 眠気と誤魔化したは良いが、正直彼女の顔も見れなくなっているとか困る。


 ………はぁ。

 オレは、見た目10歳の子どもに何をときめいているのか。

 いや、そうじゃない。

 オレがときめいてしまったのは、彼女シャル彼女ラピスに似ているからだ。


「(クソ、あの女のせいだ…これ見よがしに、微笑みやがって…!)」


 内心で悪態を吐く。

 とはいえ、内容は八つ当たりだ。

 分かっている。

 情けないことに。


 別に、眠気も大して問題では無い。

 言うなれば、彼女の母親であるラピスが問題だ。


 思えば、久しぶりである。

 女性を見て、赤面をし、あろうことか性的興奮を覚えるのは。


 エマのサプライズの時は、生理現象。

 ローガンの時も同じく。

 女の下着姿や裸を見て、興奮しない男は終わってると思う。


 しかし、今回は違う。

 別に彼女は裸でも下着姿でも無かった。

 ちゃんと、服も着ていた。

 白いローブのような病院服のようだったが、服を着ていた。

 それを脱いだ訳でも無い。


 ただ、笑っただけだ。


「……で?…何かあった?」

「だから、母さんが呼んでるってば、」


 ……そういや、言ってたね。

 今さっきまでの思考が、色々と拒否反応でも起こしていたのか。

 どうやら、聞き逃していたようだ。


「ちょ、っと…本当に、大丈夫?」

「うん」

「……これは何本?」

「二本」


 目の前に出された指。

 ピースサインにも見えるが、二本。

 大丈夫、朦朧とはしてない。

 ただ、ちょっと…、うん。


「…何の用か聞いてる?」

「え?…特に、何かは聞いてないわ?…でも、ライドとか言うのとアメジスとか言うのが、ちょっと難しい顔をしていたから、もしかしたら種族としての話をしたいのかもしれないけど、」

「…そっか」


 それじゃ、一応は参加しなきゃ不味いな。

 ソファーから立ちあがる。

 伸びをすると、自然と欠伸が漏れた。


「先生、大丈夫?さすがに、電池切れ?」

「…みたいだな」

「うわ、先生が素直…」


 榊原は、どういう意味だ、それ。 


「本当に大丈夫なの?今にも寝ちゃいそうなのに、」

「…眠たいけど、まだ平気」

「本当に素直だね。…やっぱり、電池切れ?」


 伊野田まで、どういう意味なんだ、それは。


「あ、先生。布運んでおく?」

「いや、良いよ」

「そう?結構、寝心地良かったよ、あれ」


 起きたばかりでもまだ眠そうなお前を見れば分かるさ、河南。


「キヒヒッ。…さっきハ寝てなかっタんだネ」

「だから、対話してたんだってば…怒られまくってたの」

「アア、だかラそんナ無表情なんだネ!上下関係ガ分からないネ!キヒヒヒヒヒヒヒっ」


 その通りですから、笑わないでください、紀乃さん。

 ってか、今日は、3割増で怖いね。


 今の自分の表情。

 無表情。

 自分でも分かってる。

 ただ、精霊(アグラヴェイン)のせいでは無い。


 言うなれば、オレが情けないだけ。

 だって、そうじゃないと口元が引き攣りそう。

 ついでに、げんなりとしてしまいそうだからだ。


「…母さんに、何か言われたの?」

「ああ、いや…そうじゃない」


 ああ、ゴメンよ、シャル。

 不安にさせたようだけど、特にラピスには何も言われていない。

 ただ微笑まれただけ。

 なのに、オレが無駄に意識しちゃってるの。

 だから、ラピスもシャルも悪くない。

 悪いのは、情けないぐらい動揺しまくってるオレだ。


 ここにゲイルがいれば、良かった。

 そうすれば、アイツに八つ当たりも出来たのに。

 とことん、からかえば少しは調子も戻るだろうに。


「うん、ちょっと行ってくる」


 という現実逃避は、さておいて。

 そろそろ、覚悟を決めて、とっとと用事を終わらせてしまおう。


 それに、今日もまだアグラヴェインとの対話が残ってる。

 今日こそ忘れたら、タダでは済まされない。

 強制的にご招待されるばかりか、本気で轢死させられかねない。


 ……どの道、同じのような気がするのは気のせいか?


 全く関係のない事を考えつつ、ラピスの寝室へと向かう。

 なんで、こんなドキドキしてんだろう。

 馬鹿らしい。

 オレは17歳の、甘酸っぱい青春なんて味わったこと無い。


 何を馬鹿な事を言っているんだか。

 切り替えて行こう。


「シャルちゃんのお母さん、美人さんだね」

「そう?ありがとう」

「シャルちゃんが可愛いの、お母さん似だからなんだね」

「そ、そうかしら?」


 と思ったら、女子達のトークのせいで切り替えられなかった。

 やめてよ、思わず同意しちゃいそうになっただろう。


 そこで、ふと袖が引かれた。

 間宮だった。

 あらまぁ、可愛らしいアポイントメント。


「(…仮眠をお勧めします)」

「どこで寝ろと?」


 だから、やめて。

 これから、彼女の部屋に行くの。

 仮眠なんてしてらんないの。


 久方ぶりの抗い難い誘惑だったけど。



***



 寝室の扉をノックする。

 その手も若干、震えていた。


 ……。

 …思えば、昨夜のラピスも、こんな気持ちだったのかもしれない。

 緊張すると言うか、……そわそわする?


 そう考えている間に、扉が開かれた。


「あ…」


 そこには、アメジスが立っていた。

 オレを見て、彼女は一瞬怯えた。

 多分、初対面からの殺気が原因だろうな。

 まさか、魔族相手にもオレの殺気は有効か。

 思わず、内心で拍手。


 ………。

 そんな事考えてる場合じゃ無かった。


「呼び出し食らったんだが?」

「えっ…あ、ふふ」


 苦笑と共に、来訪を告げる。

 彼女はまた一瞬だけ戸惑って、ふと苦笑を返した。


 警戒はされているが、邪険にはしていないって事だろう。


「どうぞ」

「どうも」


 促されるように、彼女ラピスの部屋に入る。

 室内は、いつの間にか蝋燭の明かりが灯されていた。


 昼間、整理されてからそのままだ。

 残されたのは、年季の入ったベッドとタンス。

 それから、別の部屋から持って来たサイドテーブル。

 そこには、フルーツの盛られた皿が盛られていた。


「おや、やっと来たかや?」


 そして、その部屋の主。

 彼女ラピスは、ベッドに座っていた。


 明かりの下で見ると、また彼女の美貌が並外れていることが良く分かる。

 銀色の髪は、流れるように腰元まで伸びている。

 青みがかった眼の色は、淡いグリーン。

 白い肌が蝋燭の明かりで、淡く色づいていた。


 ついでに言うなれば、既視感。

 見れば見る程、同猟兼友人とそっくりだ。


 肩かけの薄緑色のカーディガンを羽織り、手には紅茶のカップ。

 穏やかな笑みを浮かべ、オレを歓迎する彼女。

 また、心臓が一つ、大きく高鳴った。


「…そんな警戒せずとも、お主に危害は加えぬよ」

「………。」


 切り替えようと言った矢先に、この状況だ。

 もう、どうにかなるんじゃないのか?

 何が?

 オレの頭が。


「大丈夫かや?」

「…ああ、うん…大丈夫」


 思わず頭を抱えて、その場で一旦停止。

 ラピスは言わずもがな、部屋の中にいた闇子神族の二人からも怪訝な視線が突き刺さる。


 改めて受けた紹介で、男の方はライドパーズ。

 少女の方はアメジスエルと名乗った。

 二人とも、宝石の名前がもじられている。

 闇子神族の名前の特徴らしい。

 ちなみに、兄妹だそうだ。


「先程は、失礼した。まさか『予言の騎士』とは知らず、」

「…ゴメンなさい。私たち、確認もしないで、」

「………。」


 その後は、改めて謝罪を受けた。

 いつも通りの流れである。

 掌返し。

 オレの肩書きは、最近知ったばかりではあるが魔族にも有効だ。

 ローガンもそうだったし、シャルは勿論、天龍族にも。


 ……あれ?

 ………思えば、なんでなんだろう?

 理由は知らない。


 まぁ、良いや。

 今度、ゲイルと職員会議と行こう。


「いや、気にしなくて良い。…別に、オレはここに『予言の騎士』として来た訳じゃねぇから」

「…そ、うなのか?」

「本業は教師だから。帰宅拒否の生徒を引率しただけだ」

「「教師なのか?」」

「「………。」」


 二人からいっぺんに職業を疑われて、思わず黙り込む。

 見れば、ラピスまで黙り込んでいた。


 しかも、若干眼を逸らしているあたり、


「アンタもまさか、疑ってんのか?」

「…いや、別に疑っている訳では無い。しかして、主はちょっと、教師らしからぬ……おほん。

 才覚が多岐に亘る故に、その、なんというか、」

「言い訳しなくて良いぞ、コン畜生。教師らしからぬって真顔で言いやがって、」

「ホホホ、言葉のあやじゃ」


 誤魔化すなよ、畜生め。

 はっきり聞こえたからな。

 しかも、言い訳が下手くそ過ぎ。


 などと言い合っていると、唐突に彼女ラピスが笑いだした。

 含み笑いとか、そんなんじゃない。

 至って普通に、口元を綻ばせていた。

 ………だから、笑うなってば、半分凶器みたいな顔なんだから。

 ………良い意味だよ?


「ふふッ…」

「なんだよ、」

「いや、お主も意外と、可愛らしい顔を出来るのだなぁと、」

「普段が可愛くねぇって?言ってろ」

「ほほほッ。なにも、照れずとも…」

「照れてねぇよ。…あれだ、不貞腐れてんだ」

「認めおったのう」


 そして、更に言い合いを続けると、彼女はとうとう我慢できなくなったのか。

 口元に手を添えて、高笑い。


 あらまぁ、随分と元気になったもんだ。

 昼間は、死にかけだったのに。

 ……考えらんねぇな。

 でもまぁ、良いことだ。


 ついでに、オレにとってもこの掛け合いは良かった。

 先ほどよりは、若干リラックス出来た。


 生娘のように赤面するような無様は、回避出来るだろう。

 ……いや、まだ分からんけど。


「……間宮、悪いけど、」

「(遮音しますか?)」

「ああ。…そのついでに、オレの魔法具を外してくれ」


 背後に当り前のように控えていた間宮に、指示を出す。


 すると、高笑いをしていた彼女から、何やら不穏な視線が漂ってくる。

 ついでに、ライドとアメジスからも。

 間宮への指示は、彼女達には分かっていない。

 読唇術を早々扱えて堪るものか。


 ただ、安心はして欲しい。

 別に、危害を加えるつもりは無い。


 言うなれば、生徒達に聞かれたくない話があるかもしれないからこその保険。

 その上で、オレの意識の切り替えも含める。


「やましい事は無い。…盗み聞きの常習犯がいるから、それの対策だ」

「ほぉ、なるほど。…いや、昨夜も騎士団長が、そのような魔法を使っておったでな…」

「警戒するのはもっともだろうが、仮にも3対2だろ?」

「その数を覆すのが、お主じゃよ」

「お褒めに与り、恐悦至極」

「口だけは上手いものなぁ」

「だけとか言うなし」


 まるで、それ以外が駄目みたいな言い方すんな。


 ………あれ?

 これと言って否定できない。

 まさかの事実?

 自覚して、ちょっとしょんぼりした。


「(…あまり、顔色が優れませんね。付け過ぎましたか?)」

「…いや、別に大丈夫。それに、枯渇にはまだ足りないから、…ちょっと徹夜が響いているだけだ」

「(ご無理はなさらずに、)」


 したっけ今度は、オレの魔法具を外した間宮に心配されてしまった。

 大丈夫。

 体調が悪い訳では無い。

 ただ、気分が優れない…。

 別の意味だ。


 そこで、ふと視界の端で、ライドが眼を瞠った。

 オレとラピスを、交互に見ている。

 ああ、魔法具が同じだって?


「お前も、ボミット病なのか?」

「…ああ。ついで言うなら、ウチの生徒にも一人、発症している」

「手慣れている訳だ」

「…そうでもない。それに、ここまで重度の患者を見たのは、久しぶりだ」


 別に手慣れている訳じゃない。

 知識はあるのは認めるが、手際はあんまり関係ない。

 魔法具付けるだけだもの。


 ここまで重篤の患者は、久しぶり。

 前に一度見たことがあるのは、ミアだったか。

 彼女も、ほとんど魔力を枯渇させて、血反吐を吐いて暴れていた。


 ラピスは、もっと酷い。

 既に、衰弱していたから、暴れる余力も無かった。


 ……。

 ………。


「どうした?」

「…いや、なんでもない」


 ……内臓の中身を思い出して、またしてもブルーになった。

 確認のためとは言え、見るんじゃなかった。


「おほん。そろそろ、よろしいかの?」


 そこで、彼女が口火を切った。

 ああ、そういや、呼ばれたんだったか。


 さて、彼女の用向きはなんだろうな。


「此度の事は、まことに感謝する」


 そう言って、彼女はベッドの上で頭を下げた。


「シャルを保護してくれていただけでなく、私の元まで送り届け、挙句には私の事まで助けて貰った。

 感謝してもしきれぬ大恩が出来たようじゃ、」


 まずは、どうやら感謝のようだ。

 ライドもアメジスも、つられる様にオレに頭を下げた。


 礼儀正しいことだ。


「やりたいことをやったまでだ…」

「それが出来る手腕があってこその謙遜じゃの」


 くすり、と彼女が微笑んだ。

 多分、苦笑でもしているんだと思う。

 これまた綺麗な微笑みにしか見えなかったけどな。

 いやだ、もう。


「お礼は何が良いかと思えども、あまり良いものが浮かばぬでな。

 金に関して主はそれほど苦労しておらぬように見えるし、それ以外となると私の研究成果しか無いのじゃが、」

「それで良い」

「ただ、お主が既に調べ、研究したものと、然したる違いは無き事が悩ましいのう」

「それでもだ。元々、礼が目的だった訳じゃない。

 こうして、アンタとコンタクトを取りたかったんだから、願ったり叶ったりだ」


 まさか、向こうから切り出してくれるとは有り難い。


 オレの最終目的は、彼女とのコンタクト。

 あわよくば、研究成果や魔法具の開発、知識を少し借りたかったのだ。


 これも結果オーライ。


「欲目の無い男じゃ。……ちと、胡散臭いがのう」

「余計なお世話だ」


 ただし、若干の良闇はご愛嬌のようだ。

 ちらちらと視線が向けられているが、苦笑を零して受け流しておく。


 昨夜の事も引っ張ってるのかもしれない。

 ……とはいえ、自爆だった筈なんだが。

 安心してよ。

 研究成果以外の事は、望んで無い。

 いや、ちょっと期待はしてるかもしれないけど、それ以外は…ね?


 ……同僚兼友人と同じ顔の相手に何考えてるんだか。


 って、あ。

 そういや、昨夜の事で思い出した。

 ちょっとした提案があったんだ。


「…あ、ただ少しだけ交換条件が、」

「おお、それを待っておった。やはり、借りを作りっぱなしと言うのは、性に合わん」


 オレが切り出すと、嬉々として身を乗り出したラピス。

 交換条件で、そこまで喜ばれても…。


「シャルを、引き続き校舎に通わせてやりたいと思ってる」

「………」


 しかし、案の定。

 彼女は、シャルの名前が出たところで黙り込んだ。

 分かりやすい。

 口元がひん曲げられた。


 ……それでも、不細工にならないんだから凄い。

 美人って得だよなぁ。


 話が逸れた。


 えっと、どこまで話したっけ。

 ああ、そうだ。


 シャルの通学の事だ。

 ただ、これだけが交換条件じゃない。

 本題はここからだ。


「勿論、学費は取らない。生活費もこっちで融通するから、気にしなくて良い。

 アンタが言っていたように、少しはレベルの高い授業を行えている筈だから、後々の彼女の為にもなる。

 悪い話では無い筈なんだが、」

「…本当に、口だけは達者じゃのう」

「光栄だ」


 少し、突っ込み過ぎた?

 いや、でも事実ではあるらしい。

 ゲイルも納得してた。

 彼女も自分で言ってたしな。


 達者な口は良く回る。

 交渉モード突入である。


「ただ、種族柄、少しだけ窮屈に感じるかもしれない。

 外に出る時は、フードや帽子で耳を隠して貰う事になるし、どうしても外見年齢と中身が一致しないから、公の場に出す事は出来ないけど、」

「…委細、承知した。しかし、私がそれを納得するとは限らぬじゃろう?」

「こっちもそれは承知している」


 挑むように睨まれた。

 流石は一児の母。

 しかも『太古の魔女』の異名を取る森小神族エルフだ。

 眼力が半端ねぇ。

 気を抜いていたら押し負けそう。


 一度、デメリットは伝える。

 後から聞いてないとなっても困るしな。


 まぁ、シャルはそこまで不満そうにはしてなかった。

 記憶を覗いた彼女ラピスも、分かってるかもしれない。


 校舎ではそれこそ、色々と学べるだろう。

 科目は多岐に亘るし、技術開発や医療も学べる。

 強化訓練は言わずもがな、魔法の習練も最近では取り入れた。


 更に言えば、シャルの友人も出来た。

 伊野田とオリビアは親友と言っても差支えないだろう。

 というよりも、姉妹に近い。

 女子組は揃って彼女の味方。

 男子組とて言わずもがな。

 (※若干一名あさぬまは怪しいが…)


 学べる場所と共に、競い合える場所でもある。

 昨夜にも言われたこと。

 PTAに怒られたような気分だったのを思い出す。


 ……PTAに怒られたことは、無いが…。


 まぁ、それはともかく。

 教育課程が充実しているのは、良く分かって貰えただろう。

 そのせいで、二人の関係を拗らせた要因になった訳だが。


「しかし、そうなると今度はアンタの事が心配だ。

 シャルは勿論だろうし、オレもそれに関しては不安が残る。ボミット病を放っておくことは出来ない」

「……何、先に話した通りじゃ。こ奴等と連絡を取ったのは、他でもない」

「…故郷に帰ると?シャルを置いて?」


 ただ、仲直りをしても気持ちが変わっていないようだ。

 連絡を取ったという事実は認める。

 だが、それがそのまま帰郷に直結させるのは早すぎる。


 ってか、行かせられないけど?

 ボミット病は、緩和しただけだ。

 またいつか、再発する可能性は残っている。

 魔法具だって万能じゃない。

 壊れた時、不具合があった時、彼女の体が安全と言う保証は無い。


 彼女は意外と頑固のようだ。

 そういや、シャルも結構意固地になるんだよな。

 本当に似たもの親子なんだから。


「その方が、あの子も伸び伸びと暮せるじゃろう。…なに、手紙でも書いて近況を伝えてくれれば、」

「…その時にアンタが生きてる保証があるならな」

「………。」


 オレは敢えて、冷たい声で呟いた。

 飾っても紛らわしても意味は無い。

 事実を言っているだけだ。


 そして、ラピスは案の定、黙り込んだ。

 自覚してるんじゃないな。

 多分、咄嗟に言い訳が出てこないだけだ。


「…この通り、ピンピンして、」

「ピンピンしてんの、オレのおかげでしょ?オレ達がいなかったら死んでだろ」

「ッ…!…故郷には、名医もおるし、」

「旅の道中の事は考えてる?途中で再発したら、そこに名医とやらはいるのか?」

「ぐっ…!…この二人が、なんとかし」

「てくれない。最初から人任せか?暗にその時の責任を押し付けてるって気付いてないのか?」


 とりあえず、封殺。

 ぐぅの音も出ないとは、この事だろうか。


 ぶるぶると震えて、黙り込んだラピス。

 なんだろう。

 小動物に見える。

 250歳近い筈の彼女が、とても可愛らしく見えた瞬間である。


 いや、そうじゃなくて。


「ここから通わせるって手もあるよ。転移魔法陣を利用すれば、そこまで苦にはならないだろうし、」

「…そ、れは……うむ。しかし、流石に魔力が持たんのう」

「じゃあ、除外だな」


 遠回りしたけど、外堀は埋める。

 転移魔法陣が毎日起動できるなら、それでも良かった。

 けど、彼女の口ぶりからすると無理だろう。


 ………オレなら、毎日でも起動させられるだろうけど。

 それでも、無茶苦茶だ。

 面倒な訳じゃないが、維持費もただじゃない。

 確か、オリジナルの塗料を使っているらしいから、結構コストが掛かっているだろうな。


 この方法は、却下。


 その上で、何を言いたいのか。


「何も、ご招待したいのはシャルだけじゃないよ」

「……うん?」

「アンタも一緒に来い。そうすりゃ治療も出来るし、研究だって同じく行える」


 ラピスが眼を瞠った。


 闇子神族ダークエルフの二人も、どこか安堵したような顔をしていた。

 ……だから、掌返しが凄いって…。


 閑話休題それはともかく


「シャルから話は聞いてるだろう?」

「……おおまかには、」


 ああ、なるほど。

 大まかな話、ね。


 いや、話は聞いてないんだろうな、きっと。

 さっき、変な間があったし。

 多分ではあるけど、シャルの意識を乗っ取っていた時の記憶を照合したと見て良いのかもしれない。

 シャルのプライベートが崩壊したな。

 可哀想に。


 って、また話が逸れたが、実はこれが本題。


 折角再会出来た娘と、また離れ離れにするつもりはない。

 どのみち、病気だと分かっていた時点で、治療は決定事項だった。


「そろそろ、薬が届く頃なんだ。

 その研究も進めたいと思っているが、正直オレと生徒達だけだと手が足りない」

「……ッ、研究の手伝いをせよと、言うのか?」

「悪い話では無いだろう?」


 だって、これがお互いにWin-Winの状態だ。

 更に言えば、シャルにとっても。


 まず第一に。


 オレは、薬の研究に関しての顧問を得られる。

 第一人者である、彼女ラピスならば、まさに適任だろう。

 正直、教師の傍らに『予言の騎士』としての公務、技術開発と医療開発と言う、二足どころか四足の草鞋は厳しかった。

 出来れば、そのうちの一つである医療開発部門を、全面的に彼女に任せたい。

 医療開発に関しては、オレ達だけではどうしても無茶があったしな。


 第二に。

 彼女は、薬の研究をしながら、治療にも専念出来、なおかつ娘と引き離されることも無い。

 治療は決定事項だったが、こっちに来て貰う事で経過観察も療養もしっかりと出来る。

 今まで通り、娘と一緒に生活出来るし、研究だって好きなように行ってくれていい。


 最後にシャルだ。

 彼女は、学校に通い続ける事が出来るし、母親とも引き離されることも無い。

 不安も無くなるだろう。

 ついでに、医療技術だってなんだって良い。

 彼女が望む限り、中途半端ではあるけども授けてやれる。


「メリットはオレ達にも、アンタ達にもあるよ。

 勿論、身辺の保証も出来る。護衛に騎士が付いているのは知ってるだろ?」

「……話が上手すぎる。何ぞ、企んでおらぬか、」


 ラピスは少しだけ、胡乱気な視線を向けてきた。

 まぁ、確かに上手すぎるわな。


 ただ、別に彼女達に害がある訳じゃない。

 労力が掛かるだけだ。

 オレとしても、ちょっとは疑って貰えた方がありがたい。


「企みが無い訳じゃないけど、別に隠す程のものじゃない。

 医療開発部門を正式に立ち上げる時に、アンタが責任者として動いてほしい。それだけだ」


 返答は彼女に任せる。

 断られたとしても、別にデメリットは無い。

 また少し、オレが睡眠時間を削れば良い話だ。

 今までもやって来た事だから、出来ない事は無い。


 ただ、彼女の英知を手元に置ける。

 そのメリットはデカイ。

 彼女の著書は、ボミット病を主だった主軸としたものだけでは無い。

 医療関連の書籍(冊子のようなものだが)は、ほとんどが彼女の著書だ。

 医療開発部門を立ち上げるに当たって、これほどの適任者はいない。


 欲張りだと思われても良い。

 彼女そのものに価値がある。

 その娘であるシャルにも、当然の如く。

 だからこそ、


「…正直、アンタが別口でスカウトされる方が怖い。

 目を離していたせいで攫われたり利用されたり、最悪死亡したとなったら、それこそ損失がデカイ」

「利権も考えておると?」

「その通り。何も、善意だけじゃない」

「お主は、本に歯に衣着せぬのう」

「その方が良いんだろう?」


 彼女も言っていたじゃないか。

 話が上手すぎるって。

 なら、思惑ぐらいは話してやって良い。

 隠し事をしていて、その後の関係がぎすぎすするなんて事はしたくない。

 ゲイルとの協定の件も、その為のものだ。


「後は、任せる。シャルと話してあげて欲しい」

「…断るとなれば?」

「お友達が約束してるから、月に1度は会えるだろ?」

「…私たち親子がまとめて故郷に帰るとは思わぬのか?」

「それも、仕方ないとしか考えてない」


 そう言えば、彼女は少しだけ驚いた顔を見せる。

 それと同時に、少しだけ悔しそうに眉をしかめる。


 その反応も親子なんだな。

 シャルも良く、似たような顔をしていた。

 悔しいんじゃない。

 不満なんだな。


 でも、なんで?

 何が不満?


 帰りたいなら、帰りたいで仕方ない。

 故郷が恋しくなるなんて事は、人間の感情としては当たり前だ。

 ホームシックとも言う。


「引き留める理由も無い。それこそ、生徒達は悲しがると思うが、」

「…お主は、なんとも思わぬのか?」

「……オレだって寂しいけど、どのみち決めるのはアンタ達親子だろう?」


 親子での問題だし、言うなれば種族の問題でもある。

 オレや生徒達の感情で決めて良い問題じゃない。


 ただし、


「…今すぐにって訳にはいかないよ。薬の処方もまだだし、その後の経過観察も含めて、1年ぐらいは様子を見て貰わないと、」

「………。」


 オレの言葉に、固まったラピス。

 ライドもアメジスも同様だった。


 オレはにっこりと笑ってやる。

 怖いとか言われる、渾身の笑み。


 言ったよね。

 治療は決定事項だって。


「そ、それは、拒否権が無いでは無いのか?」

「そうだよ?」


 だから、言ったじゃない?


「オレはアンタを助ける見返りとして、研究成果を貰うって」

「…う、うむ」

「でも、その研究成果は、一朝一夕で理解できるものだと思ってる?」

「…うぐっ…」


 何を当り前の事を言っているのか。

 オレも説明をしながら、ちょっと呆れた。


 医療とは、普通の授業やらなにやらとは圧倒的に情報量が異なる。

 一度目にしたものを記憶する絶対記憶能力が無い限り、理解をするには時間が必要だ。

 その能力を持った香神はいるが、それでも覚えきれる量が足りない。


 それこそ、最低でも2年は掛かる。

 オレは足がかりが既にあるとしても、短縮できたとしても1年。

 それ以上は、オレが無理。

 まぁ、それを含めていない前提で話をしていた。

 オレが、わざと。

 だから、彼女も勘違いをしたのだろう。


 これとは別に、非常にしょっぱい理由もあるけどね。

 今は横に置いておく。


「悪いけど、こっちも相当な労力は支払ってるんだ。

 アンタを助ける為に使った器具だって、この世界では公に出来ないオーバーテクノロジーだ」

「お、おーばー、てく…?」 

「この世界には、本来あるべき技術じゃないって事。

 今後使っていく予定はあるけど、まだ公表するべきじゃない」

「……ま、さか、そんな…ッ」

「そんな器具まで使ったのに、ちょっと回復したらはいさようなら。なんて、虫が良すぎると思わないか?」

「ぐっ…、お、おお脅しておるのか?」


 彼女の顔が、引き攣った。

 オレはそれを見て、満足だ。


 言っておいてやろう。


「別に脅して無いよ?アンタの『良心』に、甘えてるだけ」


 最低でも1年。

 それまでは、『逃がさない』。


「ぶはっ!ハハハハッ!!どうやら、観念するしか無いようだな、ラピス姉」

「ふふっ!義姉ねえさんが、言い負かされるなんて、」

「………ぐ、ぬぬぬ」


 そこで、ライドとアメジスの両名が噴き出した。

 どうやら、ラピスも口喧嘩には定評があったらしい。

 しかし、オレの前ではその威力も半減。

 助けられた手前、言い逃れぐらいしか出来ないのが痛手だったのだろう。


 というか、大して言い募ったつもりは無い。

 喧嘩していた覚えもないしな。

 ただ、嘘を吐くのが下手過ぎるから、勝手に自滅したとしか言いようがない。

 いやはや、オレに嘘を吐くのは、後100年足りないと思うよ。


「契約は最低でも1年ね。その後、故郷に帰るかどうかをシャルと相談して決めておいてよ」

「お、おお、おのれ、だましたな…ッ」

「あれ?お礼は研究成果でって言ったの、アンタじゃなかった?」

「……べ、ベベ別に、私が教えぬでも、お主なら十分に、」

「じゃあ、翻訳してからにしてくれるか?」

「はっ?」


 続いて、ラピスはきょとんとした。

 闇子神族ダークエルフの両名も同じく。

 オレは今回ばかりは苦笑を零す。


 翻訳というのは、揶揄では無い。


「アンタの研究成果、片付けの時にちょっとだけ見せて貰ったけど、森小神族エルフか魔族特有の文字で書かれてるみたいだから、全然読めなかったんだよね」

「………。」

「だから、一人じゃ無理」


 さっき言ってた、非常にしょっぱい理由は、これである。

 言語が違う。

 彼女の研究成果は、人間の領域で使われている文字では無い文字で書かれていた。

 言うなれば、韓国語やアラビア語のようなものだった。


 こういう時、種族間での協力って苦労するよね、と改めて実感した。


「……これから、1年、娘ともどもよろしく頼む」

「頼まれました」


 渋々と頷いたラピス。

 その表情からは、諦念がありありと溢れていた。


 とにもかくにも、これで彼女のご招待は完了。

 シャルも最低でも後1年ぐらいは、ウチ校舎で学ぶことが出来る。

 一件落着のようなものだろうか。


 ただ、ひとつ問題があるとするなら、オレの良心だろうか。

 別にだまして無いんだけど、なんとなく悪い事をした気分になるのは何故だろう?



***



 簡潔に言う。

 契約成立だ。


「…なんぞ、だまされた気がするのは、気のせいか?」

「オレもだましたような気がする」

「即刻解除せよ」

「だが断る」

「むきぃッ!意地汚いと思わぬか…!」

「えっ?だってお礼だったよね?」

「う、ぐぐぐぐぐ…」


 そんなこんな。


 ラピスとの契約は完了。

 期限は1年。

 オレは、彼女の緩和策や薬を使って治療を行う。

 その傍らでも治療が一段落した後でも良いから、彼女からボミット病を含めた医療関係の知識を授かる。

 薬の到着を待つ上で。

更にオレの中途半端な医療知識のせいで。

医療開発部門の立ち上げに二の足を踏んでいた現状がやっと解消されると言う事だ。

 

 逆に彼女は、オレから治療を受ける。

 その傍らで、医療技術の伝授や、医療関係の研究を進めてくれる。

 彼女は好きなだけ研究をしてくれていいし、オレがスポンサーになる為、金に糸目を付ける必要も無い。

 元気になれるだろうし、私生活も充足する。

 願ったり叶ったりだろう。


 シャルは変わらず、生徒兼先生として校舎に復学・復職だ。

 母親の看病(と言っても、現状を見る限り必要とは思わないものの、)と校舎での生活と言う、二足の草鞋が成立。

 友達と引き離す事もしなくて良いし、本格的な強化訓練なども受けさせられる。

 (※期間限定だから、かなり手加減してたの)


 誰も損をしない良好な相互関係が出来上がった。

 一時は、オレのせいで親子関係が破綻するかと冷や冷やしたが、これにて一件落着。

 おかげで、オレも肩の荷が下りた気がする。

 そのせいで、睡魔が舞い降りているが、


「……まだ、時間はあるかや?」

「えっ?まだ、話があったりする?」

「ああ。お主には、これから世話になるじゃろう。

 その上で私達家族の問題は、あらかた伝えておいた方がよかろう」


 ………。


 何だろう。

 自棄に信用され過ぎている気がしないでもない。

 また掌返しなのだろうか。


 親子の問題では無く、家族の問題と来た。

 この場合は、意味合いが大きく変わってくる。


 ライドとアメジスの二人が、少しだけ剣呑な雰囲気を纏った気がする。

 彼等も関係すると言う事か。

 種族間の問題でもあるかもしれない。

 オレが首を突っ込んで良いのか、ちらりと不安が過る。


 つまりは、まぁ。

 あれだ。


「間宮、シャルを呼んで来い」

「(大丈夫ですか?)」

「大丈夫じゃなければ、オレがどうにかする」

「(……かしこまりました)」


 シャルがいないと始まらない。

 そう考えたのは間違いでは無いだろう。


 未だ、闇子神族ダークエルフの二人への警戒を解いていない間宮は若干渋ったものの、大人しく踵を返した。

 そして、徐に背中の脇差を抜いた。


 ………。


 えっ…?脇差を抜いた?


「おいおいおい、間宮、」

「(…鼠が四匹です)」


 と言って、扉を勢いよく開いた間宮。


「うわっ!」

「ふわ…ッ?」

「きゃあっ」

「キャッ!!」


 そこから雪崩れ込んできたのは、確かに四匹の鼠。

 否、オレの生徒達。


 上から榊原、河南、伊野田、シャル。

 耳をそばだてていた扉が開いた事でバランスを崩したらしく、見事に四人は積み上がった。

 榊原と河南は咄嗟に腕を付いているが、伊野田とシャルは完全に潰れていた。

修行が足りん。

 奥には、車椅子に座ったままの紀乃の姿も見える。


 何をしているのか。

いや、聞かなくてもわかるけど…。


 ……盗み聞き対策をしておいて良かった。

 しかも、間宮が抜いた脇差も牽制のためだったのね。

 ああ、良かった。


「…何をやっている?」

「ぎゃあああ!!先生、怖い怖い!」

「ぜ、全然聞こえなかったけど…!」

「ごめんなさい!」

「仕方ないでしょ!気になっちゃったんだから!」

「……キヒヒッ!僕ハ止めタけどネ?」


 にっこりと笑っておいた。


 榊原は、怖れ戦いている。

 テメェ、コノヤロウ。

 河南は、ちょっと言い訳。

 そもそも行動が問題だと気付け。

 伊野田は、素直に謝った。

 仕方ないから許してやろう。

 シャルは、何故か開き直った。

 今から聞かせてやるから安心しろ。

 紀乃は、嘘と断定。

 地味に発起人と思われる。


「ほほほっ、元気で良いのう」

「…元気過ぎて困ってんだよ。何か、お灸を据える方法は無いか?」

「そうさのう。尻を叩いてやれば良いかのう」

「えっ!…いやよ、この年になってまで!」


 おお、お仕置きの定番だな。

 ケツドラムだ。

 間違った。

 尻叩きだ。


 ただ、シャルは受けた事があるのか、お尻を抑えて真っ赤な顔になっている。

 伊野田とお前には出来ないから安心しろ。

 下手にやって、セクハラだのなんだのと言われたくは無い。

 男子は鉄拳制裁で勘弁してやろう。


「シャルだけ残って、後は戻れ。説教は後だ」

「な、なんであたしだけ!?」

「…しゃ、シャルちゃんがお仕置きされるなら、あたしも…!」

「いや、お仕置きじゃないから」


 なんて麗しい友情なのだろうか。

 でも、やめて。

 その方向で行くと、オレがロリコン認定まっしぐら。


「シャルも含めた家族の話があるだけだよ。変な意味は無いし、やましい事でも無い」

「先生が言うと、いまいち胡散臭いけど、」


 そう言った榊原。

 次の瞬間には、ハッとして「しまった」という表情を顔面に貼り付ける。

 気付くのが遅い。


「歯を食いしばれ」

「んぎゃあああ!!暴力反対~!!」

「そう言うなら、暴力を使わせるんじゃないっ」


 オレだって、無闇矢鱈と暴力をふるっている訳じゃない。

 馬鹿な真似をした馬鹿への教育的指導だけだ。

 喧嘩両成敗とかな。


 と言う訳で、榊原と河南は一発ずつ食らわせてから部屋の外に放り出す。

 紀乃にも一発食らわせてから、厳重注意。


「…イヤ、僕モ聞コエマセンデシタヨ?」

「全部ひっくり返った裏声をなんとかしてから物を言え?」

「キヒッ!?」


 とりあえず、嘘を言う子にもお仕置きだ。

 ほっぺたを掴んでびろーんと伸ばしておいた。


 はぁ、ちょっとしたイベントのせいで、何故か自棄に疲れた。

 おかげで、更に睡魔が強まっている。

 そういや、今何時?

 もう、日にち変わりそうになってんじゃん。

 結構、長いこと話していたらしい。

 そりゃ、生徒達も気になるか。

 先に寝とけと伝えておけば良かった。


「これで何日目になるんだろうな、徹夜」

「……それは、ゴメンなさい」


 堪らずボヤいた。

 そしたら、シャルに謝られた。

 いや、別にシャルだけが悪い訳じゃないよ。


 ただ、ちょっと立て続け過ぎるだけで。

 タイミングが悪いのは、オレのせいだし。


 まぁ、なにはともあれ。


「これで良いか?」

「ああ、問題無い」


 生徒達を追い返して、シャルを部屋に招き入れる。


 そこで、間宮には再度『風』魔法で防音対策。

 念入りに二重に仕掛けて貰った。

 対策をしていたとはいえ、盗み聞きをしているなんて。

 案外生徒達もやるものだ。

 ……感心するところでは無いかもしれないものの。


 それはともかく。


「まずは、改めてシャルにも紹介しておかねばなるまいな」


 ラピスはシャルを手招きし、膝の上に座らせた。

 シャルは若干居心地が悪そうに、身動ぎをしている。

 その姿は微笑ましい。


 ただ、いかんせん目に毒だ。

 この二人が揃うと、どうしてこうも神々しく見えるのか。


「何よ?」

「いや、別に?」

「…口がゆるんでるわよ」

「マジで?」


 いかんいかん。

 表情にはくれぐれも注意しないとな。


 シャル曰くゆるんでいる口元を戻そうとして、頬をぺチンと叩いた。

 加減を間違って少し痛かった。


 話を戻そう。

 ラピスの言葉の続きを待つ。


「多分、お主は気付いておろうが、この二人も私にとっては家族となる」

「…さっき、ラピス姉とか、義姉さんとか言ってたしな」

「えっ!?ど、どういう事!?」


 分かって無いのは、シャルだけか。

 可哀想とは思うが、決定的な答えをくれたのは表題に上がった闇子神族ダークエルフの二人だ。

 罰の悪そうな顔をして、頭を掻いたライド。

 舌を出して苦笑を零しているアメジス。


 どうやら、この二人。

 種族は違うが、ラピスとは義理の兄妹となるらしい。


「私にとっては、義理の弟と妹となるのう。元夫の兄妹じゃ」

「改めて紹介に与った、ラピスの義弟だ。ライドパーズ・ウィズダムと言う」

「改めて紹介に与った、ラピスの義妹よ。アメジスエル・ウィズダム」


 元夫の、兄妹。

 なるほど、つまりは異種族間での婚姻だった訳だ。


 つまり、シャルはハーフとなる。

 森小神族エルフ闇子神族ダークエルフのハーフだ。


「…そ、んな嘘…!だって、母さん、あたし…ッ!」

「お主は闇子神族ダークエルフの特徴は引き継がなかった」


 戸惑うシャル。

 それをラピスが、頭を撫でて落ち着かせていた。


 それでも、事実が信じられないのか。

 シャルの眼は揺れていた。


「おそらく、男女の違いがあるのやもしれぬが、お主は女の子で森小神族エルフ然りとしておるが、闇子神族ダークエルフの能力は遺伝はしておるだろう」

「そんな事…無いわ。…だって、あたしは『闇』魔法は使えないもの…。それに、適正があるのは『風』と『水』だけよッ?」

「私からの遺伝が強いからの。だが、確実にお主は、闇子神族ダークエルフである父親・ランフェの子どもじゃ」


 そう言って、彼女が懐から何かを取り出す。

 結晶のような、四角い水晶だった。


「ランフェジェット・ウィズダム。それが、お主の父親の名前じゃ」


 そう言って、彼女は水晶に魔力を込めた。

 魔力を受けた水晶が発光。

 そこには、透明な液晶画面のようなものが浮かび上がり、


「……この人が、」


 シャルの父親である男性の姿を映していた。

 ライドやアメジスと同じように、灰褐色の肌。

 髪の色は薄い水色をしている。

 首筋のあたりで、一本にまとめられていた。

 尖った耳は、ラピスよりも長い。

 そして、端正な顔立ち。

 ライドやアメジスも容姿が整っていたからもしやとは思っていたが、闇子神族ダークエルフも例外無く美形揃いなのかもしれない。


 家族写真のようにも見える。

 傍らには、今とほとんど変わらないラピスの姿もあった。

 幸せそうに微笑んで、腕の中に子どもを抱いている。

 この子どもがおそらくシャルだろう。


 微笑ましく、どこか温かい家庭の姿。

 胸に、ツキリと痛みが走る。


 これは知っている。

 嫉妬だ。

 お手上げだな。

 どうやら、本格的にオレは病気らしい。


 と、呆然とその水晶の写真(地味に欲しい)を見ていると、


「…なんで?だって、母さんは…故郷を追われたって、」

「然様。私は確かに故郷を追われた。……森小神族エルフ闇子神族ダークエルフの双方の故郷からな」


 ああ、なんとなく聞いていた内容だ。

 ライドと初対面の時に、シャルがそんな事を漏らしていたのを思い出す。


 彼女・ラピスは森小神族エルフ闇子神族ダークエルフ双方の故郷から、追い出されたらしい。


 その顔は、どことなく苦々しげに歪められていた。

 ただ、悲しんでいると言うよりも、悔やんでいるという印象を受ける。


「…お前には、詳しく話しておらなんだ。ライドやアメジスに対して噛み付いたのも、一重にそのせいもあろう」

「だって、追い出したのは事実でしょう。今更…ッ」

「…仕方無かったのじゃ。彼等も好き好んで私達親子を排斥した訳では無い」

「なら、なんでこの60年近く一度も来てくれなかったのよ!?…手紙の一通も無かったじゃない!

 それなのに、こんな時にやって来たって信じられる訳無いじゃない!」


 シャルはどうやら、少し感情的になっているらしい。

 ラピスは痛ましいものでも見るかのように、眉を寄せただけだ。

 ライドもアメジスも、シャルの物言いに黙り込んでしまっている。

 視線は、足下に注がれていた。


「…シャル、」

「なっ、何よ…ッ」

「落ち着いて話を聞くんだ。ラピスさんに噛みついてばかりでは、話は進まないだろう?」

「……ッ」


 少し迷いつつも、窘める。 


 彼女は元々の気性が荒い。

 少しばかり、落ち着いて話を聞く姿勢を取らせた方が良い。

 オレが口出ししても良いものでは無いが、


「文句は終わってから言え」

「……分かったわ」


 オレの言葉に、素直に頷いたシャル。

 ラピスを始めとした彼等は、驚いた眼をしていた。


 ……やっぱり、口を挟むべきじゃなかったか。


「……はぁ。…私よりも、懐いておるようじゃのう」

「べ、べべべべ別に懐いてなんか…!」

「シャルは落ち着け。ラピスさんも茶化さない」

「「はい」」


 そして、二人揃って黙り込む。

 似たもの親子め。

 可愛いとか思って無いぞ。


 ってか、それだと話が進まないんだけど?


「ごほんっ、…さてどこまで話したか」


 これ見よがしに、ラピスが咳払い。


 それと同時に、シャルも居住まいを正した。


「最初から、すべてを話すぞ。まずは、私が生まれた時の話をしよう」


 そう言って、彼女は語り出す。

 先ほどの故郷を追われたという経緯。

 元夫であるランフェジェット氏との出会い。

 そして、別れ。

 彼女が森小神族エルフでありながら、闇子神族ダークエルフの家族を持つ理由。


 それは、約250年前に遡る。



***

誤字脱字乱文等失礼致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング よろしければポチっと、お願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ