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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、森小神族の親子編
69/179

58時間目 「特別科目~森小神族の親子~」

2015年12月16日初投稿。


続編を投稿させていただきます。


58話目です。

***



 目的地である、『転移魔法陣』。

 それは、『クォドラ森林』とはまた別に、ダドルアード王国東部の森の中にあった。


「ここよ」


 遺跡のような建物。

 その前で、シャルが立ち止まった。


 遺跡としては、規模は小さい。

 霊廟のようだ、と内心で一人ごちる。


 一軒家程度の大きさ。

 海外の墓地で良く見かける造りになっているようだ。

 観音開きの大扉だけが、唯一の入口。


 扉を開けるには、鍵を持っていないといけない。

 それが魔封錠。

 シャルは、その魔封錠の鍵を持っていた。


「…じゃあ、ここでお別れって事で…。くれぐれも、他言無用で頼むぞ」

「かしこまりました。ご武運を、」

「お気を付けて行ってらっしゃいませ」

「団長には伝えておきます」


 ここで、護衛に付いていた騎士達とは別れる。

 メンバーは相変わらず、『白雷ライトニング騎士団』の精鋭部隊。

 マシューやアンドリューと言った、ゲイルにとっても腹心となる面々だった。


 彼等ならば、他言無用は勿論、うっかりでの情報漏洩は無さそうだ。


 そんな彼等に見送られ、霊廟のような建物の中へ。


「わぁ、これが…」

「そうよ。これが『転移魔法陣』」


 中は、ぽっかりと空洞となっていた。

 その中央に、直径2メートル程の丸い石版が設置され、淡い水色の光を明滅している。


 伊野田が上ずった声を上げて、転移魔法陣に魅入っている。

 シャルが苦笑を零しつつ、その姿を見ていた。

 どこかほっとしているようだ。


 大丈夫だよ。

 ウチのクラスのメンバーで、忌避感を抱くような奴はいない。


「いつも、これで移動してたの?」

「ええ。月に一度の買い物だけではあったけど…」


 榊原の質問に、シャルは胸を張って答えた。

 微笑ましい姿に、思わず榊原と一緒に頬を緩めてしまった。

 ………オレよか、お前の方がロリコンっぽいって言ったら、怒るかな?


 まぁ、それはさておき。


 『転移魔法陣』とは、その名の通り任意の場所への転移を目的とした魔法陣の事。

 その技法や製作方法は、大昔の戦役で失われて久しい。

 今でもその技法を引き継いでいるのは、魔族ぐらいなものらしい。

 シャルもラピスも森小神族エルフだからこそ、この技法や製作方法を知っているとの事。


 ただし、シャルはまだ、修行段階。

 その為、魔法陣の起動に関しては、母親が主導で行ってきた。

 今回は、その主導権をこっちに譲って貰った形。

 起動に関しては若干不安が残る。

 榊原やオレ、間宮に至っては、空間干渉型転移魔法『迷路(メイズ)』の悪夢が未だに頭に残っている事もあってか、おっかな吃驚と言った状況。

 しかし、実際には、不安要素は少ないそうだ。

 彼女達自身も使っている。

 忌避感を抱く要素は、どこにもない。


「これなラ、車椅子モ関係ないネ」

「そうだな。問題は森の中だろうが、お前には荷台に乗って移動して貰う事になるから、そこは勘弁してくれ?」

「了承、了承。我が儘ハ言わないヨ。キヒヒッ!」


 紀乃の移動方法は、こういう事。

 車椅子であっても、森の中だけならば実質苦労も少ない。


 最初、メンバーは伊野田、榊原、迷った挙句に杉坂姉妹にしようと思っていた。

 しかし、ラピスとの話し合いで、転移魔法陣が使えるとなった時。

 その時には、紀乃の同行はほぼ決定事項となった。

 馬での移動でも良かったけど、間宮が拒否。

 馬酔いの気持ちが分かったので、密かに苦笑を零したのは言うまでもない。


 紀乃には、ボミット病の研究を始めとした、病原菌の研究。

 治療法や薬の研究なんかも、細々としたものではあるが頼んでいる。

 こっちの世界であれば、オレのあやふやな医療知識も十分通用するからだ。

 それを紀乃へと伝達、ついでに河南が補佐要員として動いているので、それなりに医療技術部門の土台が完成しつつあった。

 後は、ローガンの到着を待って、特効薬となり得る『インヒ薬』の研究に乗り出すだけだ。

 開発、研究が終わったら、これも製造法等をまとめて王国へと献上するつもり。

 まぁ、一部は伏せるけど。


 なので、このメンバーにはどうしても、彼が必要だった。

 ボミット病に理解もあるし、知識も明るい。

 オレ同様、ラピスへの診察は可能だ。


「じゃあ、行くわよ。先に荷物を乗せて?」

「いきなり、飛んだりしないの?」

「詠唱と魔力を供給しない限りはね。…そこら辺は、アンタ達の先生が知ってるみたいだけど?」


 挑むような視線をシャルから向けられた。

 いや、確かにラピスさんから聞き出したのは、オレだけどさ。


 この魔法陣、本当に特殊なのだ。

 塗料は、何度も書き直しが必要となるオリジナル。

 そうしないと、耐えられないらしい。

 次に、詠唱。

 長ったらしい。

 そして、魔力。

 これが、また膨大なのである。

 それこそ、シャルには無理で、オレにしか出来ないとか言う膨大な魔力が必要。

 (※ちなみにシャルは、魔力総量は3000相当だった)

 流石は、オレのカンスト魔力。

 『太古の魔女』にまで、認められたよ………。


 荷車を先に、魔法陣へと乗せる。

 その傍らで、河南が紀乃を抱き抱え、車椅子と一緒に荷台へと乗せた。

 生徒達もそれぞれ、石版に乗って荷台に掴まる。


「じゃ、忘れものは無いか?」

「ええ。…目に見えるものはね」

「なにそれ、怖い」

「…!(ぷるぷるぷるぷる)」


 シャルの言葉で、その場が一瞬静まった。

 間宮なんか、即座に震えてしまっている。


「別に怖い意味なんて無いわよ!…ただ、ちょっと思っただけよ。

 思い出とか、もうちょっと作っておきたかったって、」

「大丈夫だよ、シャルちゃん。これからも友達でしょ?」

「…また遊びに来れば良いさ。オレ様も大歓迎!」

「………ええ」


 ちょっとセンチメンタルになっているのだろうか?

 シャルの表情が翳った。

 そこをフォローするのは伊野田と榊原。

 やっぱり二人を連れて来て正解だった。

 オレが慰めると説教臭くなるから。

 そこら辺は、彼女達で上手くやって欲しい。


「じゃあ、始めるぞ」


 彼等の様子を横目に、オレは詠唱を開始。


「『来なり、来たれ、時の盤石。

 落ちる砂には、時は無し。

 名を穿つは銀次・黒鋼。


 精霊との契約を定めし名をラピスラズリ・L・ウィズダム。

 誓約の供物は、我が魔なる血潮。

 誓約の主の定めし彼方へと帰属せよ』」


 オレの詠唱と共に、勝手に魔力が流れ出す感覚。

 心無しか、足下がひんやりとしていた。

 一緒に魔法陣に乗っていたシャル達が、揃って身震い。

 ……何があった?


 そして、詠唱が終わったと同時。

 凄い勢いで吸い取られるように魔法陣に魔力が供給されたかと思えば、



***



「あ?」

「え?」

「ふえ?」

「わっ…」

「おお」

「きひ?」

「?(こてり)」


 ぶわりと、背筋が粟立った。

 そう感じた時には、眼の前の景色が一変していた。


 眼の前には、森。

 乗っている石版のようなものは変わらないものの、霊廟では無かった。


 間の抜けた全員の声。

 (※間宮だけは、首を傾げただけである。)


「(上を飛んで確認して参ります)」

「ああ、頼む」


 間宮が即座に動く。

 偵察、と言う名目で、近くの木の枝へと飛び乗り、そのまま猿のようにあっという間に頂点まで登ってしまった。

 思わず、唖然。

 オレだけでは無く、生徒達も唖然。

 シャルも口をポカンと開けていた。


 間宮のあの移動能力はともかく、


「転移したみたいだな」

「…ええ、そうね」


 これが、転移か。

 初めての感覚のせいで、戸惑っている。

 イメージするなら、高所から落下する時のGだろうか。

 内蔵が一瞬だけ浮かび上がるような、一瞬で落ちると分かるあれだ。

 ジェットコースターが好きな人間なら得意かも。

 少なくとも、オレは平気。

 高所恐怖症の河南が、若干青い顔をしている。

 まぁ、得意不得意はいくらでもあるだろう。


「…アンタ、あんだけの魔力使っておいて、平気なの?」

「…うん、全然」


 そして、お約束。

 魔力の消費に関して、シャルから睨みつけられる。


 平気と言うのが、どの段階を言うのか分らない。

 ただ、体感的にはほとんど魔力を消費していないように感じる。

 アグラヴェインのせいだ。

 ………いや、これ言ったら、また夜の『OHA☆NASHI』で酷い目に合う。


「(確かに移動しています。…『クォドラ森林』奥地のやや南側かと、)」

「そうか。…割りかし、シャルの家に近い方面だな」


 上から方位やら何やらを確認して、戻って来た間宮。

 飛び降りたかと思えば、『風』魔法でしっかりと地面に着地していた。

 頭に木の葉が付いていたので、払ってやる。

 ………お前の将来が、まだ一つ不安になったがな。


 どうやら転移は成功のようだ。

 ちょっと冷や冷やしていたのだが、ひとまず安心。


 シャルの家の位置は、昨夜の時点で割り出している。

 『闇』の魔法での、ローラー作戦。

 ついでに、中の様子も覗けるのだと伝えたら、シャルからは胡乱気な視線が向けられた。


 大丈夫。

 悪用はしない。

 勿論、シャルの部屋を覗いたりもしてない。

 あくまで、目的はラピスさんだったから。


 その視線を振り払い、『転移魔法陣』の石版を降りる。

 とっとと荷車と共に移動を開始しよう。


「さぁ、進もうか」


 当初の予定通り。

 オレと榊原と河南で荷車を引く。

 間宮は警護。

 後衛としてシャルと伊野田。


 転移が始まる前に、シャルの家に辿り着こう。



***



 『クォドラ森林』を進むオレ達の足は順調だった。


 懸念していた『迷路メイズ』も、ランダムの法則性をラピスから聞いている。

 なので、転移したとしても焦る事は無い。

 方位と位置をしっかりと把握しておけば、迷う事も無かった。


 途中、魔物との遭遇もあった。

 しかし、間宮が片っ端から片付けて行く。

 既に魔物への対応は、花丸ってところだろうか。

 最近の間宮は、成長ぶりが凄まじい。


 それを見て、悔しげな顔をしている榊原とシャル。

 榊原は言わずもがな、同じ生徒だから。

 シャルは自分のテリトリーなのに、何もさせて貰えないからだろう。


 今も、間宮のおかげで急襲して来た魔物が地面を転がった。

 簡単に振られた脇差で、首から血飛沫を上げている。

 その後、土の中に土葬。

 その作業を、間宮は魔法で行っていた。

 森の中で血の匂いは、魔物を寄せ付ける。

 それを見越して、間宮はとっとと土葬を済ませてしまうのだ。


 遭遇してから、数秒足らずの出来事。

 何かをしようと行動を起こす前に終わっていた。

 オレも、ちょっと呆然としてしまう。


「魔力は温存しておけよ~?」

「(もちろんです)」

「………間宮がいたら、ガンレムの時も簡単だったのかな?」

「……言うな」


 そんな間宮とのやり取りの間に、榊原の一言。

 オレの胸にぐっさりと来た。

 榊原自身もちょっと考えるところがあったのか、難しい顔をしながら荷車を引いている。


 仕方ないから、ちょっと助言。

 臍を曲げる必要はない。

 間宮が別格なだけ。


「アイツは、オレと同じ施設から来てる。その分、お前達とは土台が違うだけだ」

「……でも、魔法の習練を始めたのは同じ時期でしょ?」

「言葉が無いから、アイツは魔法をほとんど無詠唱で行っている。

 有利ではあるけど、不便なのは変わりない。その分アイツもお前達とは別に、努力をしているからこその結果だ」


 要は、アイツ自身も、面倒な体質だと言う事。

 先天的な声帯不全で喋れない。

 その分、彼は脳内で複雑な詠唱を完結させる。

 詠唱、魔力調節、魔法のイメージ。

 この三つをすべて、脳内で。

 無詠唱とて便利に見えるかもしれない。

 だが、その実、精霊との付き合い方に苦労していると聞いた。


 オリビアから聞いた話だ。

 間宮は魔法の発現に際して、加護を受けている精霊全てと対話したそうだ。

 それも、オレが座禅で閉じ篭っている間に、不眠不休で。

 オレとの修練もあったし、他にもやることがあった。

 だというのに、それをほとんど一人の力で成し遂げたのだ。

 凄いよ、間宮くん。


「…努力次第って事だ。今のうちに、お前はアイツの姿をよく見ておけ。

 見るだけでも、努力の仕方やその姿勢、ついでに言うなら無詠唱のコツなんかも、もしかしたら学べるかもしれん」


 努力は、人によって違う。

 形もそうだが、やり方も、勿論成果も違う。


 今は、見ておくだけでも勉強になる筈だ。

 更に言えば、今後は対人戦闘を組み込んでいく。

 相手を良く観察するという眼を養うには、持って来いだろう。


「良く見ておけ…って、どこを?ほとんど、残像しか見えて無いのに?」


 ………そこは、考えていなかった。


 オレには普通に見えているし、まだまだ遅いと思う。

 けど、コイツ等には、既に常人の域を超えているそうで、


「(…何か、問題でもありましたか?改善できる事なら改善します)」

「……いや、…もうちょっと、…何でも無い」


 魔物の討伐を終えた間宮が、戻ってくる。

 返り血一つ浴びていない。


 そんな彼は、きょとんと眼を瞬かせるばかり。

 オレが苦笑すると、こてりと首を傾げていた。


 動きを制限するのは、あまり良くない。

 この通り、間宮はオレには従順だ。

 もう少し、速度を落とせと言えば、言われた通りに速度を落とすだろう。

 だが、それだと変な癖を付けてしまうかもしれない。

 迅速に対応する彼の長所。

 それを、潰すような事はしちゃいけない。


 榊原にもシャルにも、眼を養えとしか言えないのが難点。

 だが、それもままある。

 オレの修行時代は、そう言う事の方が多かったしな。

 ………比べちゃ、駄目か。



***



 さて、そんな道中。


 予定よりは少し早いが、もうそろそろ家が見えてくる頃では無いだろうか。


 3度目か4度目の転移を終えて、方位と位置を確認する。

 場所が分かった。

 既に『迷路メイズ』は抜けたようだ。

 もう少しで、家が見えてくる。

 それと同時に、シャルがそわそわし始めた。

 どうやら、見覚えもあるようだ。

 道は間違って無かった。


「あっ…!見えたわ!」


 そうして、しばらく進めば、シャルの言葉通り。

 彼女の家である、森の中の小屋が見えた。


 丸太小屋で、屋根の色が緑。

 小屋の前には簡単な広場。

 家の前には、それなりに大きな井戸もある。

 その傍らには、薪割り用の斧。

 加工途中の丸太も置かれていた。

 何も無い状況で見るなら、樵小屋にも見えるかもしれない。

 扉には、大きなレリーフ。

 クリスマスとかで見かけるあれだ。

 しかし、それは魔法陣だという事は既に知っている。

 内側の魔法陣から連動するように仕掛けられた、防犯目的の魔法陣らしい。


 昨夜、オレが『闇』の中で見た、彼女達の住居が眼の前にあった。


「…おい、開いてるぞ…!」

「そんな、嘘…!!」


 しかし、その様子は、昨夜とは一つだけ違った。

 扉が開いている。

 中途半端に開いたそこから、家の中が見えていた。


「母さん!!」

「おい、待て!シャル!!」


 慌てて駆け出したシャル。

 オレは荷台を引く手のせいで、反応が遅れた。


 間宮がすかさず、彼女を制止する。


 嫌な予感が、脳裏を駆け巡る。


 これが、ラピスが起きていたから、と言うなら納得できる。

 しかし、それは否定。


 昨夜の段階で、ラピスは既に動けなくなっていた。

 枕元には、吐き出しただろう魔石と血液の染み込んだ布。

 何日も前の食材も残ったまま。

 手洗いにも一人で行けなくなっていたようだ。


 そんな人間が、一日そこらで回復するとは思えない。


 扉が開いている。

 何者かが踏み込んだ可能性がある。

 オレ達よりも先。

 それは、どう考えても危険人物と判断した方が良さそうだ。


「済まんが、先に行く。合図を出したら、お前達も来い」

「…りょ、了解!」

「分かっタ」

「オレも行く」

「き、気を付けて…!」


 河南と紀乃、伊野田へは待機を命令。

 家の前に荷台を置き去りに、間宮と合流。


「あ、あたしも行くわ…!」

「分かってる。けど、飛びこむのは無しだ」


 やや、強い語調ではあるが、シャルを落ち着かせる。

 気持ちは分かるが、逸ってもいい結果にはならない。


「…わ、分かったわ」


 オレの声にびくりと反応したシャル。

 しかし、渋々と頷いた。

 怖がらせてしまったようだ。

 苦笑。


 しかし、和んでいる場合では無い。

 オレは即座に、腰のホルスターからベレッタ92.を引き抜いた。

 間宮も、背中から脇差を引き抜いた。


 榊原がオレの背後で、息を整え、シャルを背中に隠した。

 その行動は高評価だ。

 自分では気づかないだろうが、意外と彼も成長している。


 中途半端に開いた扉を挟むように。

 オレと間宮が配置。

 オレの背後に榊原とシャル。

 息を潜めて、中の様子に聞き耳を立てる。


「(息遣いが三つ。…一つは、か細いです)」

「(おそらく、それがラピスだ。…残り二人が誰だって事だな…)」


 読唇術を使って、情報をやり取り。

 声を発さなくても情報が伝わる。


 それにこういう時に、間宮は一番頼りになる。

 オレには、流石に息遣いどころか、中の音だって聞こえない。

 しかし、間宮は鍛えた聴覚を利用して、人数を割り出した。

 微かな息遣いまで聞こえるとか……。

 オレでも無理だ。


「(…一人は女性です。泣いているようですが、)」

「(泣いてる…?)」

「(もう一人は、肺活量がやや多めなので、男性かと……。)」


 オレ達より先に踏み込んでいた人物。

 男女二人組。

 シャルへと目線を向けるが、彼女は良く分かっていないようだ。

 ああ、読唇術だと分からないよな。


 と、その瞬間だった。


「誰だ!!」

「(…ッ!!)」

「……ッ!!」


 中から響いた怒声。

 男の声だ。

 唐突な声に、全員がびくりと体を震わせてしまった。

 って、不味い。

 榊原とシャルの気配が駄々漏れだ。


 途端、床を踏み鳴らして入口に向かって来る足音。

 男だろう。

 ブーツの音が自棄に重い。


「…何者だ!!」


 バタンと大きく開いた扉。

 張りつくように音を拾っていた間宮が飛び退いた。


 それと同時に、オレはベレッタ92.を相手のこめこみへ向ける。


「お前こそ、誰だ」

「……!?」


 その男は、フードを被っていた。

 そこから覗く肌は、浅黒いとも言える。

 マントは茶褐色をしたコート型。

 どこかで見たことがあるような気がするが、


「何故、ここに闇子神族ダークエルフが…!!」


 その人物を見て、シャルが怒声を上げた。

 仁王立ちのように、扉の前に立った男。

 彼はシャルの言葉通り、闇子神族ダークエルフらしい。


 特徴は浅黒い灰褐色の肌。

 そして、扱える魔法は『闇』属性。

 もしくは、一部の攻撃系のみ。

 少なくとも、オレはそう聞いていた。


「………き、さま…森小神族エルフか…!?」


 そこで、男がシャルを見て驚嘆の声を上げる。

 今は、彼女もフードを脱いでいた。

 髪の色や耳を見れば、即座に分かる。


 声の質から言って、若い。

 しかし、油断は出来ない。

 魔族のほとんどが、長命だと聞いているからな。


 オレが向けているベレッタ92.を警戒しているのか。

 動きを止めた闇子神族ダークエルフの彼。


 手には既に魔法を発現させようとしていたらしい。

 魔力が集まっている。

 ここで、使わせるつもりは無い。


「両手を顔の横へ挙げろ。…魔力も解除だ。お前が何かをする前に、こっちはテメェの脳天をぶちぬける」

「…き、貴様は、人間か…?」

「種族なんぞ、どうでも良い。…手を挙げろ」


 オレが更にこめかみに、銃身を突き付ける。


 警戒していた男は、渋々と言った形で手を挙げた。 


 間宮に目線で合図を送る。

 飛び退いていた彼が、戻ってくる。

 闇子神族ダークエルフの彼のフードを下す。


 男は、オレとそう年齢も離れていないように見えた。


 特徴的な灰褐色の肌。

 額には何か文様が掘られている。

 14歳ぐらいの子が、左手で書きそうな…。

 ……こほん。

 それはともかく。

 特筆すべきはその眼と髪の色。

 水色だった。

 ここまで純粋な水色って、見たこと無い。

 眼なんて宝石でも嵌まっているようだ。


 ついでに、森小神族エルフと似たような耳が、彼にもあった。

 闇子神族ダークエルフと言うのは、本当の事らしい。

 ただ、シャルやラピスよりも、やや長いと思うのは気のせいか?


 そして、これまた見事に整った顔。

 げんなりしてしまう。

 この世界は、美形が多すぎる。


「名前は?」

「…ライド…」


 名前を聞けば、割とすんなりと答えた。

 偽名かどうかは分からん。


「…何をしていた?」

「…この家の主に用があっただけだ」


 用向きに関しても同様だった。

 しかし、目線が少し気になる。


 さっきから、誰を見ている?


「主とはラピスラズリで間違いないか?」

「……何故それを…!」


 目線を逸らさず、質問は続ける。

 しかし、三問目で彼は、著しく動揺した。


 何故も何も、こっちも同じ人物に用があったからだ。


 しかし、コイツ。

 分かり易い。

 隠し事は苦手と見たが、もしかして種族柄なのか?


「なんで、闇子神族ダークエルフうちにいるのよ!

 母さんはどうしたの!?何をしたの!?」


 そこで、今度はシャルの怒声が響く。

 ライドと名乗った闇子神族ダークエルフの青年の眉根が寄せられる


「……君が、シャルアゲートか?」

「………ッ!…なんで、アンタがあたしの名前を知ってんのよ!」


 彼が放ったのは、確認。

 シャルの本名だろう、名前を確認しただけのようだった。


 肯定は必要ない。

 シャルが、自分で認めたから。

 ………やっぱり、嘘が吐けないのは種族柄みたいね。


 それはともかく、


「…君は、ラピスの娘なのだろう?何故、この人間どもと一緒にいる?

 何故人間よりも、オレを警戒しているのだ?」

「コイツ等が、あたしのゆ、友人だから!…アンタは、闇子神族ダークエルフだからよ!

 アンタ達は母さんを追い出した!だから、あたしもアンタ達の事は、同じ種族だとは思わない!!」


 彼らのやり取り。

 聞いていると、少し可笑しくなってしまう。


 シャルは、戸惑いつつも友人と思ってくれているようだ。

 伊野田が少し離れた場所で、喜色満面の笑みを浮かべている。


 こちらとしても、照れてしまったが、


「…シャル、落ち着け。…先にラピスさんを、」

「…っ、そ、そうね、」


 そう言って、シャルが青年を押しのけようとする。


「こら、シャル!どうにかしてから…!」

「何よ!アンタが抑えてるんだから良いじゃない!」

「中にもまだ、いるんだってば」

「…それは、間宮が抑えてちょうだい!」


 いやいや、おいおい。

 危ないから、こっちで動きを制限してるのに、触りに行くなよ。


 そして、簡単に言ってくれるな。

 この状況、一応ギリギリでもあるんだけど。


「…肝の据わった子だな」

「………同感」


 呆れた表情のライド。

 それに、図らずしも共感してしまった。


 しかし、その言葉と同時、


「…人間がここで、何をしている?」


 凄い険悪な視線をいただいた。

 誰から?

 ライドからに決まってんだろう。


 殺気まで滲ませた視線。

 同族では無いとは言え、シャルからの拒絶が悔しかったのだろうか?

 その眼には、怒りとは別の憔悴が見て取れる。


「先程紹介に与りました、シャルの友人でございますれば、」

「…信用ならん。人間など特に、」

「シャルに言えよ」

「…アンタなんか信用しないわよ」


 良いタイミングで、シャルの援護射撃。

 おかげで、彼の眉間の皺が一本増えた。


「…との仰せだけど?…彼女は、アンタ達の事を信用していない」

「…ッ…おのれ、ラピスの子と知って、誑かしおったか!」

「そんなの無くても、コイツは助けてくれたわ!」

「………ッ」


 怒鳴り合う声。

 青年はオレに、シャルは青年に。

 何、この構図。

 三角関係のように思えてきたけど、努めて表情は引き締める。


「…アンタ達が、何故ここにいるのかは知らない。だが、こっちはラピスさんから直々に招かれてる」

「ラピスが人間等招くものか!それに、我等とて、ラピスに呼ばれたのだぞ!」


 ………え?

 と、若干、思考が停止。


 こいつ、今何を言った?

 ラピスに呼ばれたって、言ってたよね。


 そこで、ふと過るのは、昨夜の会話。


ーーーーー「…私はそろそろ、仲間のいる大森林にでも帰ろうと思っておったところじゃ。

 仲間に連絡をしてあるから、………。


 ………。

 まさか、本当の話だったのか?


「…アイツが言ってた仲間って、アンタの事か?」

「なっ…!そこまで、アイツが話したのか!?」

「…どうしても、オレに納得させたかったらしくてね…」


 納得をさせる内容は、さておいて。

 昨夜の種明かしでの段階での話だ。

 半分は本当だったらしい。

 仲間は、どうにかして呼び寄せていたようだ。

 彼女は、嘘ばかりを言っていた訳では無かった。


「…彼女は、」

「…今は、オレの妹が付いている、」

「……シャルに危害を加える危険性は、」

「ある訳が無いだろう!貴様等人間と一緒にするな!!」


 怒鳴り声をあげたライドへ、更に銃身を押し付ける。

 駄目だって、今の状況で怒鳴るのは。


 ちらりとシャルへと目を向ける。

 大粒の涙を眼に溜めつつ、彼女は気丈に睨みつけていた。


 相手は、ライド。

 彼も目線をずらし、


「…お前は、我等仲間よりも人間どもを信じると言うのか、」


 悔しげに、眉を寄せた。


「あたしは、あたしが信じるものを自分で決めただけよ!種族なんか関係ないわ!」


 シャルは、その視線に挑むようにして答える。

 受け答えは、間違ってない。


 だけど、怒鳴るな。

 考えて信用してくれたのは嬉しい。

 しかし、それが逆の種族への敵対とはならない。

 種族間の問題って、オレ達の思っている以上にデリケートだから。

 こっちもなるべく、穏便に済ませたいの。 


「…シャルとラピスの顔を立てて欲しい。オレ達は、彼女達を再会させる為に、ここに来た」

「再会?……しかし、ラピスは、」

「そこを退けてくれ。中にいる妹さんにも、手出しをさせないで欲しい」


 好き好んで争いたい訳じゃない。

 言外に、眼で訴える。

 ライドは迷っていた。


「退きなさい!…母さんが呼んだなら仕方ないにしても、あたしを通せんぼする理由は無い筈よ」


 と、シャルからの駄目押し。

 ライドは、瞑目した。

 そして、


「…彼女は、もう…長くは無いぞ」

「知ってる。だから、来たんだ」


 ライドは、扉に寄りかかった。

 道を開けた。

 それを見て、オレも拳銃を下す。

 間宮も、脇差を背中に戻した。


 シャルへと眼を向ける。

 彼女は、オレに対しても気丈に、睨みつけていた。


「…ありがとう。…ちょっと、待ってて」


 ただ、それも瘦せ我慢。

 ぽろぽろと眼から落ちる涙は、止められない。

 口を引き結んで耐えるシャル。


 またもや目の当たりにした見栄っ張りなところ。

 ついつい苦笑を零してしまう。


 だが、そんな彼女の言葉でも、従えない。


「悪いが、オレ達も行かせて貰うぞ。自棄を起こされても困る」

「…分かったわ」


 一緒に行く。

 それは、最初に話しておいた通りだ。


 シャルはオレの裾を掴んだ。

 そして、ゆっくりと家の中に入って行く。


 ライドは、それを静かに見守っているだけだった。

 痛ましいものをみるかのように、眉根を寄せていた。


「間宮、伊野田を呼んで来い。榊原はここで待機。…気をつけろよ」

「了解。何かあったら、大声で叫ぶよ」

「こっちも同じく。…行くぞ」


 間宮が伊野田を連れてくる。

 というか、持ってきた。

 お前、その体のどこに、そんな筋肉…。

 いや、聞かないでおこう。

 たぶん、魔法か何かだと思いこむ。

 ……最近、筋肉が逃げ始めたオレが惨めになりそうだから。


 シャルを先導に、小屋の中を進む。

 キッチンを経由した時、その惨状は見るからに酷いものだった。

 これは、一件が終わったら大掃除だな。

 次にリビングを経由したが、そこもまた似たような惨状だった。


 最後に彼女が立ち止まる。

 ラピスの部屋。

 その眼の前で。


「…母さん、」


 かすれた声で、彼女は呟いた。

 ドアノブに伸ばした手が、震えていた。


「さぁ、」


 背中を押してやる。

 彼女は、ぐっと体を強張らせた。


 しまった、急かしてしまっただろうか。


「シャルちゃん、大丈夫だよ」

「……ええ」


 すかさず、伊野田がフォロー。

 彼女の震える肩を優しく、伊野田が叩いた。


 彼女の言葉に、励まされたのか。

 意を決したシャル。


 彼女は、扉を押し開いた。


「き、きみは…!」


 そこには、ベッドがあった。

 荒れ果てた部屋があった。

 そして、ベッドの傍らには、ライドと同じ格好をした少女が、蹲っていた。


 ベッドの上の、女性をいたわるように。


「…あなたが、ライドとか言う奴の妹?」

「…え、ええ。…あの、あたし、アメジス、」

「退いて頂戴」


 彼女へ、シャルは冷たい声で答えた。

 自己紹介もさせなかった。


 その後ろ姿を見て、ついつい眉をしかめてしまう。


 悲しげに俯いた彼女。

 確か、アメジスとかなんとか聞こえた。


 シャルに言われた通り、彼女は退いた。

 しかし、その次の瞬間には、オレ達を視界に収め、


「何故、人間がここに!?」

「…オレ達は、付き添いだ」

「信じられるものか!!」


 途端に歯をむき出しにして、噛み付いてくる。

 怒鳴るなってば。

 怒られるよ。


「うるさい!!アンタ達こそ、ヒトの家で何してんのよ!!」


 思ってる傍から、シャルに怒鳴られた彼女。

 アメジスとやらは、絶句してしまった。


 オレ達は、無言で苦い顔。


 終わったら、シャルに謝らせた方が良いかもしれない。

 オレが謝っても、逆効果になりそうだしね。


「…シャル…かや?」

「……ええ」


 そこで、か細い声が聞こえた。

 シャルが、ベッドへと飛び付いた。


 どうやら、まだ意識があったようだ。

 この状況だと、時間の問題かもしれないが、


「…おかえり」

「…た、ただいま…ッ!」


 再会は果たされた。


 部屋の隅で、縮こまったアメジスが、また啜り泣き始めた。

 それは、伊野田も同じ。


 ベッド脇には、血塗れの布切れ。

 部屋の中には、なんとも言えない腐臭とも付かない刺激臭。


 彼女の様子や、声を聞けば分かる。

 手遅れだ。

 もう、長くない。


「が、っこうは、たのしかった…かや?」

「…うんっ!…たくさん、おもいでが出来たわ!聞いてほしいの…っ!」

「そうか、そうか。…わたしにも、きかせておくれ」

「…ッええ、いっぱい!…いっぱい、きかせてあげるわ…!」


 シャルの声が震える。


 ラピスは、手すらも動かせないのか。

 シャルの手に握られたまま、されるがまま。


「っ…だから、生きてよ…!母さん!!」


 シャルの悲痛な声が、部屋に反響した。


「ああ、シャル。…私の、愛しい子…ランフェジェットの…忘れ形見…」

「…母さん…っ!!」


 ラピスの口元が、若干緩んだ。


「間に合って、良かった…最後に、お主の顔を見れて、」

「お願い、母さんっ…!行かないで…!置いていかないで!」

「…だいじょうぶじゃ、シャル。…後の事は、ライドとアメジスに頼んである」

「嫌…ッ!!…あたしは、母さんが良いの!…おねがいだから…ッ」


 嫌だと、泣いて縋りつくシャル。

 見ていて、心が抉られる。


 もうちょっと、早く行動するべきだった。

 後、一日でも早ければ良かったのに。


 後悔の念が、胸に飛来する。

 ドア枠に寄りかかり、瞑目した。


 その間にも、シャルは呼びかけ続けていた。


 もっと、話したいと。

 もっと教えてほしいことがあると。

 もっと、一緒にいたいと。


 必死な声音と、悲痛な叫び。


 オレは、そんなシャルの願いを聞き届ける事は出来ない。

 こちらまで、涙が溢れて来た。


 しかし、その瞬間には、


「…シャル、さらばじゃ。…愛して、おったよ…我が、むすめ…」


 唇から、空気が抜ける。

 長く、永く。


 魂を吐き出すようにして。


「母さんっ……か、かあさん…!?」

 

 シャルが、その頬に手を伸ばす。

 しかし、途中で気付いたのだろう。

 その手は、不格好に止まった。


「いや、よ、…!母さん!…こんな、の…嫌…っ!!」


 息をしていない。


「置いていかないで!!まだ、あたし、何も学んでない!!」


「良い子にするから!もう口答えだってしないわ!」


「もう飛び出したりしない!ずっと、一緒にいるからぁ…っ!!」


「逝かないでよ…!!母さんッ!!」


 シャルの悲鳴は、もう彼女には届かない。


 ラピスが死んだ。

 『太古の魔女』という肩書きを持つ、森小神族エルフの女性が死んだ。


 たった、数秒の間に、呆気なく。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 悲鳴が響いた。

 娘に看取られて、亡くなった。



***



「……シャル」


 ふらりと、勝手に体が動いた。

 オレは、いつの間にか、彼女の背後にいた。


 泣き喚いて、ベッドに突っ伏した彼女。

 そんな彼女を、


「シャル、退け!」


 オレは、無理やり引き剥がしていた。


「…ぎ、ギンジ…!?」

「先生…!?」

「………ッ!?」


 シャルも伊野田も、間宮ですら絶句する。

 部屋の隅にいたアメジスとやらは、剣を引き抜いたのを横目で見た。


 何を考えていたのか、今でもオレは分かっていない。

 分かっていたのは、ひとつ。


 ラピスをこのまま見殺しには出来ない。

 このまま死なせるわけにはいかない事だった。


 頭にあったのは、昨夜の約束。

 死にたくないか?と聞いた時、彼女はボロボロと涙を流して頷いたのだ。


 それを、違えたくないと思っただけだった。


 自然と、口から出ていたのは叫び声。


「榊原!!河南!!紀乃!!来い!!」


 叫び声。

 何かあれば、大声を上げると言っていた。


 途端に、入口付近で騒がしい声や物音が響き出す。


「間宮!心肺蘇生!!胸を頼む!」

「……ッ!!(はいっ!!)」


 指示を飛ばす。

 間宮は、すぐさま動いた。


「伊野田は、荷台から魔法具を持って来い!魔石もありったけだ!」

「えっ!?あ…ッ!!は、はいッ!!」


 やや、タイムロスをしながらも、伊野田が駆け出した。

 シャルは、床に座り込んで、呆然としているが、


「お前は母さんの体を拭く為の布を用意してくれ!お湯も水もありったけ欲しい!!」

「……か、母さん、助かるの…っ!?助けてくれるの!?」

「助ける!!だから、急いでくれ!!」


 彼女へも、悪いが仕事を頼みたい。

 この際、可哀想とは思っても、人手が欲しい。

 猫の手でも借りたいとは、この事だ。


「…テメェの兄さんも呼んで来い!部屋を変える!リビングにあったソファーを使うから、リビングを掃除して来い!!」

「…な、何故…人間風情が…!!」

「早く行け!!」


 殺気を込めて怒鳴りつける。

 すると、瘧でも起こしたかのように震えだし、彼女はそそくさと部屋を飛び出して行った。


 俄かに騒がしくなる小屋の中。

 今まで、二人しかいなかった小屋。

 今では、総勢10名が慌ただしく動いている。


 そのうち、この騒がしさに慣れてくれる。

 だって、


「このまま死なせる訳にはいかねぇからな!…こっちの迷惑料、しっかり払ってもらうぞ!」


 ご招待は決定事項。

 お持ち帰りしてやる。


 だから、絶対、死なせてやらない。


「…ッ、…ッ、…ッ、…ッ」


 間宮が、彼女の胸を押す。

 心臓の上。

 肺を圧迫して呼吸を取り戻させる。

 これで駄目なら、『風』魔法で直接、肺に空気を送り込む。


「済まない」


 オレは、一言謝罪を零す。

 彼女には、少し悪いことをする。


 人工呼吸とは言え、寝たきりの女性にやることでは無い。

 けど、ここでは器具が無い。

 もう、それは仕方無い。


 適量を胸に吸い込んで、オレは彼女の顎をとらえる。

 気道の確保。

 やりにくいとは言え、鼻を摘まんで、


「済まない…」


 もう一言、謝罪をして。

 彼女の唇へと、己の唇を合わせた。



***



 このまま、終わらせてはいけない。

 なんとなく、そう思っただけ。


 しかし、決して酷いことをしたとは思ってはいない。

 ただ、可哀想な事はしたと思っている。


 だけど、それも彼女ラピスを生かす事で、チャラにして欲しい。


「河南!カテーテル!」

「はいっ」

「紀乃…!ポンプ頼む!」

「アイ、アイ」

「榊原、移動するぞ!」

「はいっ!」

「伊野田、リビングはどうだ!?」

「大丈夫!」


 慌ただしく、オレとオレの生徒達が動きまわる。

 急遽、清掃されたリビングの一角。

 そこにあるソファーにラピスを移動させる。


 呼吸は、戻っている。

 心拍も弱いが、ちゃんと動いている。


 何をしたのか。

 簡単な事だ。

 心肺蘇生を行った。

 心臓マッサージと人工呼吸。

 息を引き取ったばかりだったのが、良かった。

 数分もしないうちに、彼女は息を吹き返した。


 そこから、オレ達の戦場はスタートした。


 河南と紀乃には、処置の為に必要な道具の設置。

 ちなみに、道具はすべて、メイドインオレ。

 何を?と思うかもしれないが、勿論魔法の力だ。


 神様、仏様、アグラヴェイン様。

 もはや、ここ数日でお馴染みになったやり取り。


 オレは対話で、彼に頭を下げた。

 大して価値の無い頭ではあるが、とことん下げた。

 そして、彼から今日だけだというお許しの元、蘇生と現状維持に必要であろう器具をすべて、魔法の力で顕現したのである。


 カテーテルから始まり、点滴のチューブ、点滴の針に至るまで。

 賄えるものは、何から何まで賄った。

 もう既に、アグラヴェインは諦めモード。

 本当に申し訳ない。


 そのうち、精神世界で私刑リンチとかされそうだけど、甘んじて受ける。

 受けるしかない。

 だから、ゴメンなさい。

 せめて優しく殺してください。


「リビングに寝かせて、それからどうするの!?」


 ああ、思考が逸れた。


 目の前には榊原。

 今しがた、彼女を移動させて、床に跪いてオレを見上げている。


 彼には、片腕のハンデを背負うオレが出来ない肉体労働を言い付けている。

 ラピスの移動もその一環。

 それ以外にも、荷台から必要な道具の搬入も頼んでいた。


「シャル。…お前の母さんを清めてやれ。衛生面が、ちょっと悪い」

「分かったわ!」


 そして、シャル。

 彼女には、悲しみに暮れる暇を与えず、申し訳無かったと思っている。

 しかし、結果オーライ。

 母親は既に、息を吹き返している。


「…ここで、やるの?」


 思い切りの良いシャルは、その場で母親の衣服を脱がせ始める。

 思わず、オレ達は目線を逸らした。

 眼福ではあるけど、駄目でしょ普通。


 せめて、母さんの乙女としての尊厳を守ってやれよ。


 一方、思い切りの悪い伊野田。

 困惑した顔でオレを見上げたものの、


「男子どもは、彼女の寝室に集合だ。あっちの部屋の片づけを終わらせる。例外として、紀乃だけは残れ」

「…ああ、なるほど!ベッドとか酷かったもんね」

「あい、任されタ」


 次のオレ達の仕事は、部屋の片づけ。

 紀乃を残したのは、ラピスの容体が悪化した時の保険だ。


 寝室へと駆け込む。

 とっとと換気をしないと、黴でも生えているかもしれない。


「お前、何者なのだ!…死者を呼び戻したのか!?」


 オレ達に続いて、部屋に入って来た男子どもと括られたライド。


 彼もアメジスと同じく、最初は訝しがった。

 しかし、オレの殺気にやられて、即座に猫の手に加わった形。

 ラピスはともかく、オレはまだまだ現役だ。


 お湯や水の確保、掃除に整頓。

 この小屋の中には、一年分以上の仕事がまとめて放り込まれている。

 オレ達だけでやるのは、不可能だ。


「いや?言うなれば、死んだとしても正しい手順を踏めば、少しの間なら蘇生が可能ってだけ。

 今回は病死だったから、直接心臓をもみ込まなくても、上から刺激を与えれば良かったし、」

「…そ、そんな術が…!」


 いや、術でも無いし、魔法でも無い。

 何か勘違いしているようだけど、オレはネクロマンサーじゃないから。


 そういや、また説明して無いな。

 オレが、『予言の騎士』って事。

 まぁ、良いや。

 次に聞かれたら答えよう。


 換気を行いながら、ベッドシーツを引っ剥がさせる。

 血や尿のせいで変色した、マットレス。

 そこに、


「それ、やっちまえ!」

「楽しそうだね、先生」

「え?なんか、こういうのわくわくしない?」


 河南に若干、窘められながら。


 マットレスにぶっかけたのは、熱湯である。

 染み込んでいくと同時に、凄まじい湯気が立つ。

 更に、床に染み込んで、じわじわと広がっていった。


 何をしているかと言われれば、簡単。

 殺菌です。


「次は、洗剤を混ぜたものをぶっかけて、染みが薄くなったら乾かしてくれ」

「了解しました」


 と、動いているのは、河南だけ。

 なんたって、この子『土』、『水』、『風』のトリプル。

 あ、間宮も一緒だった。

 揃って先住民になるのはやめてね?


 今現在、魔法の練度が高いのは、実はコイツ。

 間宮も無詠唱だけど、河南もそう。

 紀乃も最近使えるようになっては、そうらしい。

 生徒の成長が……以下省略。


「ま、まさかこんな魔法の使い方をしているとは…。

 『水』魔法の沸点を上げて、湯にした挙句…『風』魔法と湯気を使って、乾燥をさせるのか?」 


 驚いているライド。

 勝手に解説をしてくれて、ありがとうございます。


 彼の言うとおり、殺菌消毒の後の乾燥である。

 それをすべて、魔法で行っているだけ。

 しかも、ほとんどが基礎魔法で出来てしまう。


 さて、そんな河南の魔法鑑賞はここまでだ。


「その間に、オレ達はこの部屋を片付ける。

 使えそうなものや、魔法具やらは運び出しておいてくれ。後は、全部廃棄する」

「廃棄しちゃうの?ちょっと勿体なく無い?」

「…病原菌が付いたままのものを放置しておけるか?」


 敵がボミット病だけとは限らない。

 老衰もあるだろうが、彼女が病気なのは確実だ。

 ボミット病だけじゃないという保証もない。


 可能性をあらかじめ、最初から廃棄する。

 その為には、この部屋の大掃除は必要不可欠だ。


 ちなみに、最初にお湯をぶっかけたのもその一環。

 清掃途中の埃を、少しでも舞い上がらせないためである。 

 舞い上がったとしても、『風』魔法で一掃できるとは思うけどな。


「先生、これは何の魔法具だと思う?」

「分からん。積み上げておけ」

「(こっちはなんでしょう?なにかの動物の剥製のようですが、)」

「分からん。積み上げておけ」

「…ラピスの下着なんかも廃棄するのか?」

「廃棄しないでどうするんだ?…持って帰ろうとかすんなよ…」

「するかっ!!」


 気の抜けた会話を繰り返しつつ、部屋の中の物品を運び出す。

 こういう時には、手が一本だと足りない。

 クソぅ。

 アグラヴェインに頼んで、義手でも……。

 その前に、斬り落とさないと駄目だから、却下だな…。


 と、内心でどうでも良いことを考えつつ、部屋の中にはベッドだけの状態にする。

 その間に、河南が魔力枯渇になりかけながらも、マットレスの乾燥まで終えた。


 そこへ、もう一度ラピスを移動させる。

 丁度、体を清める作業を終わっていたらしい。

 勿体なかったかな、とか思わないでおく。


 これは、あくまで診療だ。

 下心は出すべきじゃない。


「…キヒヒッ…眼福でした」

「………。」


 なんて言う紀乃の台詞にも、羨ましいとは思わないでおく。

 反応すべきじゃない。

 彼方を向いて、無関心を装っておく。


 若干、顔を引き締めつつ、次の段階へ。


 既に、彼女の首には、オレ達が使っていた魔法具が嵌まっている。

 ボミット病緩和の為の魔法具だ。


 彼女が元々使っていた魔法具は、随分と年季が入っていた。

 試作品だったのか。

 オレ達が使っていた魔法具とも形が違った。

 留め金は後ろには無く、前。

 魔石を嵌める場所も、前では無く後ろ。

 しかも、穴が歪んでいたせいか、きっちり嵌まっていない。

 そのせいもあってか、魔力を放出する出力が無かったようだ。


 悪いが、これも廃棄。

 これにも病原菌が付いている可能性はあるからな。


「女子達は、リビングとキッチンを掃除しておいてくれるか?

 伊野田は、もしかしたらまた後で呼ぶかもしれないけど、呼ぶまで手伝ってやってくれ」

「分かった」

「はい」

「私も含まれているの?」

「不満か?」


 続いて、手持無沙汰になりかけていた少女達へと仕事をお願いする。

 迷わず頷いたシャルと伊野田。

 渋々と言った様子のアメジス。


 ライドの妹で、彼女もやっぱり闇子神族ダークエルフだった。

 シャルはあまり良い感情は抱いていないらしい。


 その毛嫌いの仕方が、少し気になったけど、


「終わったら、全部話を聞こう。それまで、仲良くな?」

「分かってるわ。…ほら、とっとと行くわよ!」

「…あ、ああ」


 そう言ってやれば、シャルは伊野田とアメジスを引っ張ってリビングへと消えた。

 先にキッチンをやってくれるとありがたいんだが。

 まぁ、良いか。


「榊原は、暖炉の薪を手配しておいてくれないか?」

「あ、肉体労働?」

「うん。…換気したままでは、流石に寒いだろうからな」

「はいよ」


 こちらも手持ち無沙汰気味の榊原へは、肉体労働を頼む。

 ついでに、ライドとやらにも動いてもらうか。


「アンタにも、頼めるか?」

「ああ、任された。…ラピスを救ってくれた恩人の頼みだ」

「助かる」


 こちらは、アメジスと違って素直に頷いてくれた。

 どうやら、正体不明の術師という認識は変わらなくても、ラピスを助けたという認識はあったようだ。

 全面的に信用はしない。

 間宮には、時折様子を見に行ってもらおう。


「河南は、ちょっと休んでろ。紀乃のサポートだけで良いから、」

「…はい、すみません」

「紀乃は、引き続き、彼女の容体をチェック。呼吸や魔力の変動にも注意しろ?魔力枯渇でも死ぬ可能性は十分あるからな?」

「アイ、任された」


 そう言って、車椅子でぎこぎこと移動する紀乃。

 ラピスの部屋と廊下は、ほとんど物が無くなっているので、移動に関しては大丈夫だろう。


 さて、オレも仕事をしますか。

 ちょっと、憂鬱だけど。


「(…申し訳ありませんが、)」


ーーーーー今度は、何を頼むと言うのか?


 呆れを通り越した、辟易とした声。

 内心へと問いかけると、間髪入れずに返って来たその声には、もう苦笑すら浮かばない。

 オレは、半分涙目である。


「(…『探索サーチ』をしたいのです。…彼女の体の中に、)」


ーーーーーまだ、贖罪を終えぬと言うのか?もの好きなものよなぁ。


 贖罪と言う言葉に、含まれた多大な皮肉。

 これには、素直に苦笑を零した。


 贖罪なんて、高尚なものでは無い。

 ただの自己満足だ。

 そして、今後必要になるラピスの知識や見識を得たいが為の、皮算用である。


ーーーーーそれで、何を得たいのだ?お主は、この森小神族エルフの女に、自棄に入れ込んでいるように見えるが?


「(別に、…ただ、幼馴染に似てるだけ。だから、見捨てられないだけ)」


 我がままだとは、思っている。

 自己満足で、自分のエゴイズムだとも分かっている。

 見捨てられないだけ。

 見捨てたら、きっと後悔する。


 オレは、アイツに助けられた。

 ルリの手によって地獄から生還したのだ。

 更には、オレに仕事を斡旋してくれた。

 たとえ、押し付けられた事が多いとは言えども、オレの居場所を作ってくれたのは彼だ。

 けど、そのお礼も出来ないまま。

 何の謝礼も出来ないままで、この異世界に来てしまった。


 いつ戻れるか分からない。

 戻れるのかどうかすら、分からない。


 だからこそ。

 その代わりに、彼女を助けたい。

 こっちの世界での、ルリを助けたい。

 そうすれば、少しは、オレが感じ続けている罪悪感も薄らぐだろうから。


ーーーーー物好きめ。…もう、怒るのも飽いたわ。好きにせよ。


「(ありがとう)」


 そして、ゴメンなさい。

 夜には、また謝罪に向かう事になるだろう。

 甚振られなければ、良いなぁ…。


 アグラヴェインの説得も終わり、オレも寝室へと歩き出す。


 オレが何をやりたいかと言うと簡単だ。

 最近思い付いた『探索サーチ』の能力。

 それを使って、彼女の体の内部を覗くことだ。


 彼女の臓器を直接見る。

 つまりは、レントゲンのような機能。

 今求めているのは、そんな最先端の医療技術。

 無いものは作るという精神だ。


 それによって何が出来るか。

 ボミット病以外の病気があるなら、その対策も取れる。

 逆にボミット病だけだと言うなら、その分治療に専念出来る。


 一石二鳥。

 この能力は、本当に使える。

 考え付いたオレは、天才だ。


ーーーーーならば、とっとと魔力の調節を覚えよ。


「(はい、すみません。調子乗りました、ゴメンなさい)」


 アグラヴェインから、冷たい一言が返って来た。

 だから、内心が筒抜けってどうなの?

 ああ、もう。

 これも、聞こえているだろうから、もう何も考えないでおこう。


「先生、何デ百面相してるノ?」

「…精霊と対話してた、ってか怒られてた」

「キヒヒッ!先生、精霊ノ尻に敷かれてるンだネ。ご愁傷サマ!」

「………尻と言うか、足蹴にされてる?」


 主に、轢死である。


 あれ?

 今さらだけど、オレ達ってどういう関係?

 なんか、生徒達の言う精霊との対話となんか違うんだけど。

 まぁ、良いや。

 オレが全面的に悪いことばかりしているだけだと思うから。

 反省はしないと。


 閑話休題。


「じゃあ、間宮。警護を頼む」

「(任されました)」


 『探索サーチ』をしている間、どうしても自分の体が疎かになる。

 気配や危険察知も、ほとんど使えないと考えて良い。


 間宮は保険。

 オレや生徒達の警護を一時だけ、任せる。


「(頼む)」


 ラピスの腹へ、手を添える。

 その掌から、一度ぶわりと広がる黒。

 『闇』属性の魔力。


 それを、今までの容量で、アグラヴェインに調節して貰いながら、脳裏に叩きこまれる情報に意識を集中する。


 皮膚を通り越し、筋肉を抜け、血管を超え、臓器へと辿り着く。


「………ッ!!」


 その中は、酷い有様となっていた。

 まるで、魔石の炭鉱だ。

 臓器一帯に魔石が突き出している。

 心臓からも、肺からも。

 胃や腸壁、主要となる臓器はほとんどが、毒されていると見て良い。

 これが、ボミット病の、成れの果て。

 ぞっとしない。


『これで、良くぞ生き延びたものよなぁ』

「(それも、母親だからこそ、成せる技って事だろうな…)」

『はは。主も母は恋しいか』

「(オレに母親がいないのは知ってんだろう?)」


 他愛無いやり取りを進めながら、『探索サーチ』を進める。

 中には、真新しい血管が切れた痕があった。

 アグラヴェインには見つけ次第、『闇』で覆って貰い、後で伊野田に託すことにする。

 彼女なら、臓器まで治す事も不可能では無いだろうから。


 ついでに、色々な病気の可能性を考慮して、


「(心臓は、良好。…脈は少し弱いが、十分だろう)」

『何も中まで調べずとも、』

「(念の為だ)」


 辟易とした答えが返ってくるが、何のその。

 見慣れた内臓だ。

 医療知識を覚えるときに、実地でも学ばされた。

 それを引きずりだした事もあるし、見たことがあるので慣れている。


 そうして、丹念に臓器の一つ一つを調べ上げる。

 しかし、魔石以外には、まったく異常は見られない。


 やはり、ボミット病だけが問題だったようだ。

 なら、魔力を放出して、少しでも緩和出来れば、


「(…一応、女性器も見ておいて良い?)」

『………好きものめ、』

「(いやいやいやいや。一応、診察です!)」


 失敬な!

 下心なんて無いからねっ!


 これで、子宮頸がんとか内膜腫とかだと笑えないから調べるだけだし!

 怖いんだよ?

 女性特有の疾患って。


 と思って、調べてみたけど、やっぱり何事も無かった。

 見て損したとかでは無い。

 勿論、ヴァ○ナまで見たけど、大丈夫だった。

 一応、これで一安心。


「(よし、ありがとう。…後は、この魔石が取り除かれるのを待つだけで、)」

『だったら、今取り除いてしまえ。『闇』魔法なら、消滅ぐらいはさせられる。

 ついでに、その魔石から主が魔力を補給すれば良い話であろう?』

「(………そんな事出来るのか?)」

『教えてやるから、その何が詰まっているか分からぬ耳の穴の通りを良くして聞け』


 はい、ごめんなさい。

 何度も同じ事を言わせているのは、オレです。


 そして、教えて貰った『闇』属性の特性。

 オレの場合、アグラヴェインの能力として『闇』を操って武器を形成し、それを自在に扱える。

 しかし、あくまでそれはアグラヴェインの能力。

 『闇』属性の特性は、失われていないので、


『イメージは吸収と飲み込み。…お主の腹の中でも、どこでも良い。…魔石を包み込み、』


 そう言って、『探索サーチ』の可視域内で、アグラヴェインが『闇』を操る。

 先ほど出血を覆った時と同じく、魔石を覆い、


『ここで、魔力を吸収するようにして、飲み込む』


 ぶわりと、鳥肌が立った。

 腹の奥底に、冷たい何かが滑り落ちる感覚。

 普通に空気中から魔力を吸収するのは、なんて事ないのに、『闇』を介するだけでこうも変わるのか。


 オレが魔法を使った時、シャルや生徒達が身震いしていた気持ちが分かった。

 あれは、オレの魔力が石版に流れ込んでいたせいだ。 


『分かったか?』

「(うん。なんとなく…)」

『……しばらくは、調節の修練以外では魔法を使わせぬからな?』

「(…ゴメンなさい)」


 なんとなく、でしか分からなかった。

 それは、申し訳無い。

 イメージは掴めたけど、実際にはオレが魔力の調節を覚えてからじゃないと無理。

 本当に申し訳ない。

 その後も、アグラヴェインは、落ち込むオレを尻目にさくさくと魔石を吸収、消滅させていた。

 なんか、癌細胞を切除するレーザー治療みたい。

 あれの、凄い精密版。

 中身を直接見ながら治療が出来るんだから、そりゃそうだよね。


 やっぱり、魔力の調節は必須だ。

 今回は、それが良く分かった。



***



「ふぅ…」


 溜息とともに、アグラヴェインとの対話を終える。

 最終的にまた怒られていた。

 夜にまた『OHA☆NASHI』も確約させられた。

 勿論、誠心誠意土下座をさせていただきます。


 そこでふと、目線を上げる。


 いつの間に、日が落ちている。

 あれ?

 オレ達、まだ昼間のうちに、ここに来た筈なのに。


 まぁ、良いか。

 結局、泊まりは覚悟してたし。


 再三の溜息とともに、ふと隣を見た。

 紀乃が呆然として、オレを見ていた。


「先生、寝てタ?全然、動かなかったケド、」

「いや、今までずっと、対話してた…」

「…あ、ソウ?…ラピスさんノ容体ガ回復して来タヨ。…もしかしテ先生ガ何かしたノ?」

「…あ?…ああ」


 紀乃の質問。

 回答に、少々困ってしまった。


 何かしたのか、主にアグラヴェインではある。

 だが、確かにオレが行動を起こしたのは事実。

 曖昧に頷きつつ、眼の前を見る。


 ベッドの上の、ラピス。

 口元にポンプにつながれたチューブを肺に直接飲み込ませた彼女の姿。

 点滴も順調に落ちている。


「あれ?」


 しかし、その首元に魔法具が無い。


「アア、魔法具?魔力ガ大分減っタみたいだカラ、外したヨ?」

「なんだ。…良かった」

「そノ代わリ、先生ガ凄い魔力溜め込んデルみたいだカラ、嵌めル事ヲオススメするヨ。キヒヒッ」

「ああ、そうする」


 そういや、なんかダルいや。

 多分、これもボミット病の症状だ。

 ………オレも、今あんな風になってるのかな。

 ラピスの内臓を見た後だからか。

 思った以上の惨状に、背筋がうすら寒い。

 やっぱり、今後もボミット病の対策はしっかりしておこう。


 首に魔法具を掛けると、背後から間宮が留め金を嵌めてくれた。

 オレは、その間に魔石を嵌めこむだけだ。

 途端に、霧散する脱力感と、腹の奥底から感じる不快感。


 オレもちょっと、休もうかな。

 どうやら、ラピスの容体も安定したようだし。


「…今、女子達ガご飯作っテくれてるヨ」

「ああ」


 ふと、紀乃が言葉を発した。

 オレは、それに頷くだけ。


「後、榊原ガ、ライドと仲良くなってルみたイ?」

「……ほう」


 おいおい、早くないか?

 肉体労働組で、何か親近感でも芽生えたのか?


 ってか、どうやって知ったの?


「それかラ、女子達ガまた先生ノ事デ騒いでたヨ」

「……いつもの事だ」


 またしても、オレは肴にされるのだ。

 もう、良い。

 諦めてる。


 そして、それも、どうやって知ったのか。


「…後、僕トイレに行きたいヨ」

「行ってらっしゃい」


 なんだ、この会話。

 本題がもしかして、最後の一言だったんじゃないのか?


 思えば、紀乃と二人きりというのは、入学した時の面談以来だったかもしれない。

 いつも河南と一緒だからな。

 そして、その河南はどうしたのか?


「………ああ、なるほど、」


 背後を振り返ると、河南は寝ていた。

 おそらく、魔力枯渇と精神的に疲れたのだろう。

 どこから持ち込んだのかクッション代わりの布に埋もれ、すやすやと寝息を立てている。

 こうして見ると、河南も幼いな。

 まだ、18歳だったか。


 対する紀乃は16歳。

 出来た弟だ。

 兄を起こさないように、尿意を我慢していたとは。

 オレが魔力を使ってる最中、及び対話中だったせいもあって、言い出せなかったのか。

 間宮にでも言えば良かったのに。


「間宮、連れてってやれ。場所は分かるか?」

「(こくり)」

「アイ、申し訳ない」


 とりあえず、間宮に任せる。

 仕方ないんだから、紀乃は遠慮しなくてよろしい。

 間宮は伊野田ぐらいなら小脇に抱えられるから大丈夫だ。


 彼等がトイレに向かうのを見送って、ふと溜息。

 案外、疲れたのかもしれない。

 溜息というか、息切れしている感じがする。


 そういや、昨夜もその前も、あんまり眠って無かったな。

 オレの電池切れだ。

 少し仮眠でも、


「(……お疲れのようじゃな、『騎士』殿)」


 そう思った時だった。


 唐突にかけられた言葉。

 オレは、思わず目を瞠り、


「(なんじゃ、その顔は…。まるで、幽霊を見たような、)」


 振り返る。

 そこには、ベッドに横たわったラピス。

 口元にはチューブを咥えたままだ。

 ……でも、今確かに、


「(おや、そんなに意外かや?乱暴に、地獄へ行くのを邪魔した癖に、)」


 いや、待て。

 この声、オレはどこで聞いてるんだ?


 ……耳じゃない。

 ちょっと感覚が、精霊との対話に似ている。

 胸でも無い。

 脳だ。


「…起きたのか?」

「(そうさな…眼は覚めておる。…ただ、苦しくての…)」

「ああ、悪い。今、チューブを取るよ」


 そりゃ、気管に直接チューブが入ってたら、声は出せないよな。

 むしろ噎せる。

 どうやら、ラピスは喋れない状況だったから、オレの脳に直接話し掛けたようだ。


 もしかしたら、昨日の昼間にシャルに入れ替わった時。

 あの時も、この方法でシャルに話し掛けたのかもしれない。

 後から聞き取りをしたら、騎士達は一言も呼びかけを聞いてなかったらしいから。

 任意の相手だけに、直接声を掛けられるのか。

 便利なものだ。

 内緒話には最適だろうな。


「他に痛むところは無いか?」

「…ああ、平気じゃ」


 そんな事をつらつら、考えている間にも、手を動かす。

 彼女の気管からチューブを引き抜いた。

 片腕だけのせいで、少し乱暴になってしまったが、


「…いやはや、このように気分が軽いのは、久しぶりじゃのう」


 満足げに微笑んだラピス。


 うわぁ……。


「どうしたのかや?」

「……いや、何でも無い」


 不意打ちだ。

 何が?


 この女の、微笑みがだよ。


 さっきまでは、患者だった。

 だからこそ、顔やら何やらを見ても、機械的に対応した。

 けど、眼が覚めてからの彼女は、患者であって患者じゃない。


 綺麗に清められた姿。

 髪もシャルの手によって整えられた。

 顔色も良くなっている。

 青かった唇の血色も戻って来ているようだ。


 その上で、再度言う。

 森小神族エルフは美しいと聞いていた。

 真偽は定かじゃなかった。

 けど、本当だった。

 そして、この世界の人間は、人並み外れた美形が多い。


 不意打ちだよ、もう。

 女の顔見て、赤くなるなんて、何年振りだろう。

 あ、っと…ローガンの事は、ノーカンで。

 彼女は、その前にあった強制的な裸の付き合いのせいだ。

 言い訳がましいな。

 ……我ながら、ちょっと男として情けない。


「……どうしたのじゃ?何を、黙り込んでおる」

「ああ、いや…」


 オレの気も知らず、彼女は口元を微笑みで彩ったまま。

 綺麗過ぎて直視できないとか、いや、本当…。

 ルリは男だと分かってるから見れただけだ。

 女だと、こんな感じだったんだな。


 表情って、こんなに大事なんだな。

 寝ていると分からないけど、無表情よりも来る。

 彼女は、笑うと凶器だ。

 色んな意味で。

 これなら、もうちょっと寝ててくれても、


 ……。


 …………。


「起きた?」

「ああ、起きたぞ」

「…体は?」

「平気じゃ」


 ………。


 シャルを呼んで来よう。


「シャルーーーッ!!」

「い、いきなり怒鳴るで無い!」


 窘められた。

 何を?

 怒鳴った事。


 いや、怒鳴ったんじゃないの。

 これ、叫んだの。


 ってか、何してんだよ、オレ。

 何を見惚れている暇があったのか。

 まず教えなきゃいけない相手がいるじゃないかよ、オレ。


 意外と、混乱してる。

 よっぽど疲れていたのかもしれない。


 時刻は、午後7時を回っていた。


 ラピスが起きた。

 生死の境を彷徨った筈の彼女が、何事も無かったかのように起きた。

 某アルプスの少女風に言うよ。


「ラピスが起きた!」


 二度目の喧騒が、森の奥の丸太小屋に響いた。



***

鬱展開では無いものの、モチベーションがいまいち上がりませんね。

気を引き締めて行こうと思います。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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