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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、森小神族の親子編
68/179

57時間目 「課外授業~少女の嘘~」2

2015年12月13日初投稿。


続編を投稿させていただきます。


57話目です。

***



 時間は少し、遡る。


 彼女が来る、数十分前の事。


 アグラヴェインとの対話の最中。

 怒られると分かっている。

 無理も無茶も承知。

 だけど、どうしても必要な事。


 オレは頷きと共に、自身の考えを伝えた。


「……正気か?」

「生憎と正気だよ。…無理も無茶も承知の上だ」

「………。」


 アグラヴェインの言う通り、正気を疑われても無理はない。


 実際、自分でも半信半疑。

 昼間の時以上に、無茶な賭け。


 それでも、必要な事なのだ。


「シャルが狂言を、嘘を言っている理由。まず、その証拠を押さえたい」

「切り崩すきっかけが欲しいと?」

「その通り」

「…その為に、あのような無茶を平気で行うと?」


 あ、逆鱗だったようだ。

 アグラヴェインの肩口から、闇が吹き出している。

 単純に怒られている。

 そう言う事なのだろう。

 視覚的に分かり易いとは思いつつ、見ている側としては嬉しくない。

 吹き出したりまとわりついた闇が、彼のボルテージとか知りたくかった。

 怖い。


 ……けど、今は怖がっていられない。


「シャルのあれが狂言であり、根本が母親との事。…まずは、家を見てからじゃないと、色々と判断が付かない。

 別に、今現在でも確証はあるし、糾弾は出来るけど…。

 それだけじゃ、彼女を傷付けるだけで、根本的な解決にはならないと思うんだ」

「…小娘に、随分と入れ込むものだ。よもや、惚れたか?」

「惚れた腫れたの感情が無いのは、アンタも知ってんだろう?」


 内心を共有している。

 良い意味でも悪い意味でもだ。

 だからこそ、分かっているだろう。

 オレに、恋愛感情が欠片も無いことを。


 そして、その奥底にある理由が何か。

 彼なら、分かる筈。

 ゲイル同様、オレの記憶を知っているんだから。


「贖罪のつもりなのか?お主の師の嫁と息子の事は、森小神族エルフの民とは何の関係も無いというのに、」

「…それでも、放っておけない」


 要は、オレが勝手に首を突っ込んでいるだけ。

 我が儘でもあり、自分勝手の行動。

 女子どもに、弱いのだ。

 特に、妙齢の女性とその子どもとなると、特に。


 少しだけ、オレの精神世界には沈黙が降りた。

 オレもアグラヴェインも、睨みあっているだけ。

 ……兜のせいでアグラヴェインは分からないけど。


 しばらく、そのまま微動だにしなかった。

 目線を逸らせば、負けだと思った。

 本能的なものだった。


 しかし、ふとそこで、


「……主の魔力は申し分無い。だが、それでも数日の距離を擁する個所を覗く(・・)のは、とてもでは無いが、無茶だと言えるがな?」

「そこを、どうにかして欲しい。今は夜中だ。『闇』に事欠かない」

「………、そこまで考慮しておったか」


 ふう、と溜息を零したアグラヴェイン。

 言葉尻には、ひしひしと諦念が感じられる。


 オレの言葉通り、この時間は夜中。

 二つも昇った豪華な太陽は寝静まり、一つしかない寂しい月の支配する時間。

 『闇』の精霊であるアグラヴェインにとっては、一番都合の良い時間。

 オレにとっても、また然り。


 あと、一息。

 もうひと押しが、必要。


 だからこそ、繰り返す。

 先ほどと同じ言葉は、一字一句違える事無く。


「シャルの母親の安否を知りたい。もう一度、視界を飛ばしてくれ。今度は『クォドラ森林』奥地の森の中まで」


 見たいのだ。

 母親が今現在、どのような状況にあるのか。


 シャル言葉が狂言だと言い張れるだけの理由。

 そして、理由に基いて、説得したい。

 かもしれない、もしかしたら。

 推察はいくらでも出来るが、確証が無いのでは説得力に欠ける。


 彼女を、あの森の奥地まで送り届ける為に。

 母親との再会を、しっかりと果たさせる為に。


 あわよくば、オレの研究に進展を見込めるように。

 打算的ではあるが、一石二鳥。


「頼む、アグラヴェイン。…オレの我が儘を、もう一度だけ聞いてくれ」

「……やれやれ。…本当に、甘えた主をもったものよな」


 結局、謝罪に来たのに、怒られる要因を作る結果となった。

 

 しかし、結果は実りあるものだった。

 彼女の家の中を覗き、確証を得た。

 母親の言葉の意味も、全てが理解出来た。

 シャルの様子がおかしかったことも、

 彼女が帰宅を拒否した事も分かった。


 後は、種明かしだけ。

 まだ、彼女の最後の夜は、終わらない。


 オレが、終わらせてたまるものか。



***



 シャルでは無い。

 この少女は、違う。


 オレは確信を持って、彼女へと言い放った。

 誰だ、お前は?と。


 それに対し、彼女は絶句。

 そして、息を呑んだ。


 瞳が揺れている。

 青み掛かった緑色の瞳が。


「…な、にを言って、」

「…しらばっくれても無駄だよ?…悪いけど、オレも馬鹿じゃないから、」


 彼女へと、ぶつける視線。

 適度に、冷たい視線。


 彼女が不快感を露にするのは、効果的。

 そして、言い逃れをさせない為の布石でもある。


 知っているぞ。

 全てを分かっているぞ。

 視線だけでの言葉。

 それだけで、相手を怯ませる事が出来る。

 後ろめたい事がある相手ならば、特に。


 オレは、その場で立ち上がる。

 机の上に、散らかった書類に紛れて置いておいた鈴を取る。


 彼女は眼を丸くして、その様子を黙って見ていた。


 チリリン、と軽快に鳴った音。

 レストランなどで、良く使われる呼び鈴だ。

 静まり返った室内には良く響いた。


 その途端、


「(お呼びですか?)」


 間宮が、天井裏から参上。

 寝巻き代わりのジャージ姿で、彼女の背後にぴったりと。


 続けてダイニングから、物音が聞こえた。

 重厚な甲冑の音。


 ドアを開いて現れたのは、ゲイル。


「…ようやくか?」


 少し、眠そうな顔をしながら、眼には剣呑な光。

 まっすぐに、彼女へと向けている。

 彼女はその視線を受けた途端、身じろぎをした。


 そりゃ、怖いだろう。

 なにせ、ここにいるのは騎士団のトップ。


 更に言えば、オレ達にも怯えた視線を向けていた。

 この校舎でトップクラスの戦闘能力を有している間宮も一緒。

 オレは、言わずもがな。


 彼女のトラウマ(・・・・・・・)に触れるのは、十分だった。


「動くなよ?シャルには可哀想とは思っても、アンタには今のところ、何の感情も芽生えていないからな」


 言外に告げる、警告。

 シャルは確かに、オレ達の仲間だ。

 期間限定とはいえ、生徒で先生だった。


 けど、その中身である、彼女は違う。

 ニュアンスを感じ取ったのか、歯噛みした彼女。

 ぎりり、と歯軋りが聞こえた。

 命の危機もあると、自覚したようだ。


 同様に、これ以上は欺けない事も。


 警告も済んだ。

 自覚もさせた。

 無駄だと悟らせた。


 ならば、十分だ。

 さて、本題に入ろう。


「…種明かしは必要かい?」

「………。」


 今のこの現状が、どういう事か。

 彼女には、伝えてあげた方が親切かもしれない。


 何故、間宮とゲイルを呼び寄せたのか。

 何故、こんな時刻になっても二人とも就寝していないのか。

 そもそも、何故、ゲイルは帰宅していないのか。


 理由は、簡単。

 彼女への対策の為だ。

 暴れられても困る。

 オレだけで抑えられる保証が無い。


 だから、眠らないで待っていて貰った。

 帰宅しないで待っていて貰ったのだ。


「…理由は簡単だよ。…一つ目は、アンタがシャルと違って、臆病だったから」

「…臆病?」


 オレの言葉に、彼女はこれまた絶句。

 それはそうだろう。

 オレだって同じ反応をするかもしれない。

 その後、自覚する。

 本当の事だと言う事を。


 彼女は、気付かないようだが。


「シャルは、騎士達に怯えたりしないよ。少なくとも、この校舎で過ごして来た人間なら、大抵はね」


 まず、オレは彼女の視線が気になった。

 生徒達と対応する時には、普通だった。

 普通であるように、振舞っていたと言うべきか。


 しかし、いざ騎士達を前にすると、その態度が顕著に表れた。


「ゲイルにすら、そうだったからね。可笑しいと思ってたんだ。

 彼女の記憶を共有しているなら知っているとは思うけど、彼女はここでは生徒兼教師だった。

 同じ教師仲間であるゲイルを警戒していたのは最初だけで、今はじゃれ合うぐらいには打ち解けていた筈なんだよ」


 それが、まるで魔物でも見るように委縮してしまっていた。

 ゲイルもその視線に気付いていたし、オレも気になった。


 それが、一つ。


「次に、頬に残っていた傷だ」

「…傷?」


 一つ目と言った通り、理由はこれだけでは無い。


 不審にでも思ったのか、彼女は頬へと手を伸ばす。

 しかし、そこに傷は無い。

 昼間、オリビアがどさくさに紛れて治癒していたせいだ。

 この分だと、気付いていなかったらしいが、


「見た事がある傷だと思っていた。…でも、それがなんだか分からなかったんだ。今まではね、」

「…何を言っているのか、」


 思い出したのは、先ほど彼女と話していた時だった。

 喧嘩別れをしてしまった。

 その話を、もう一度思い起こした時に、やっと分かった。


「シャルがここに来た時も、同じような傷が頬にあった。蚯蚓腫れのように赤く筋になった、ひっかき傷だったんだよ」

「………。」


 黙り込んだ彼女。

 おそらく、要因を探ろうとしているのだろうが、


「喧嘩した時、引っ掻いたんだろう。…それが、今回も同じように残っていた。

 口を塞いだか、顔を掴んだか。どちらにしろ、運が悪かったな」


 位置的には、頬。

 口を塞いだ時に、ひっかき傷が付く位置だ。


 右手で、オレも同じように自分の口を塞ぐ。

 シャルの傷があった位置が、ちょうど親指の位置だった。


「……ッ…そんな傷、別に…」

「別に問題では無いだろうね。でも、オレにとっては、そんな些細な事でも気になるんだ」

「……あたしが、自分で引っ掛けたかもしれないじゃない」

「それは無いよ。…だって、シャルはオレの授業を受けている」


 そう言って、オレは自分の手を見せる。

 正確には、爪を。


「この学校では、強化訓練や格闘術も教えている。その時に、生徒達にも言っているし、オレ自身もきっちり守っている約束事があるんだ。『爪を伸ばすな』ってね」

「…!…あ、」


 喘ぐように、彼女は口をあけた。

 そして、自分の手元を見る。

 そこには、シャルの紅葉のような手。

 その爪は、もちろん伸びていない。

 それどころか、鑢で整えられていた。


 オレの言い付け、素直に守っているようだ。


「シャルは、武器を扱う事もあるからね。最初に教えておいたんだよ。

 万が一割れた時に、デメリットがあるのは分かり切っている。いざという時に、前もって準備しておくのも立派な修練だから」


 つまりそう言う事。

 例え、自分で引っ掛けたとしても、蚯蚓腫れにはなるだろうが、傷になったりはしない。


 爪が伸びた相手に、付けられた傷だとすぐに分かった。

 それが、誰からのものかも。


 なのに、本人が気付いていない。

 それはちょっと可笑しい。


「そもそも、爪の事を知らない時点で、アンタがシャルじゃない理由には十分じゃないか?」

「………わ、忘れてただけよ」


 おっと、まだ粘るか?


 白々しいと思いつつ、さくさく進めよう。

 言い逃れできなくなるまでの、我慢比べ。

 どっからでも掛かって来いってんだ。


「次に、眼の色かな」

「…眼?」


 爪に向けられていた視線が、上げられる。

 青み掛かった緑の瞳とかち合う。

 オレは、その瞳へと微笑んだ。

 嫌に恐怖心を煽るという、恐怖の微笑み。


 ………。

 …これは確かに怖いわ。

 彼女の瞳に映った自分の顔を見て、げっそりとしてしまいそうになった。

 自分の顔で、まさか恐怖心を覚えようとは…。


 閑話休題。


 彼女にも、効果は覿面だったようだ。

 びくりと、肩を震わせた彼女。


 そこへ、三つ目の事実を突き付ける。


「彼女の眼、緑掛かった青なんだよ。知らなかっただろう?」 


 オレも、暗がりでは分からなかった。

 だが、明るい場所で見ると、一目瞭然。

 そして、これには証言がある。

 生徒達の一人、香神からのものだ。


「香神には、異能がある。聞き馴染みは無いかもしれないが、『絶対記憶能力』というものだ」


 この学校の人間の半分は気付いているが、シャルも彼女も知らないだろう。

 その異能は、文字通り。

 絶対に記憶を違えることは無いと言う事。


 そんな彼は、昼間に彼女と顔を合わせる事が多い。

 何故か?

 彼女が、オレと同じように、食事の手伝いに行くからさ。

 毎度のことで、お馴染みとも言えるやり取り。

 オレだって追い出されるし、シャルも同じだった。

 それは、明かりがある無しにも関わらず。


 キッチンは、明かり取りの窓がある。

 ついでに、火を扱うから明るい。

 なので、香神はしっかりと彼女の眼も、彼女の眼の色も見ていた。


「彼女の眼は、緑掛かった蒼。暗がりでは、ただの青に見える。だが、残念ながらアンタは、緑だ」

「……ッ!」


 はっきりと告げてやる。

 先ほどノーを突きつけた時と同じように。


 青と緑。

 暗がりでは一緒に見えても、誤魔化しきれない。


 まさか、色が変質しているとは思ってもみなかったのだろう。

 オレも、どういう原理かは分からない。


 今現在、シャルの体は彼女のもの。

 彼女はシャルの意識を乗っ取っていると考えられる。

 根本的な理論は不明。

 それが魔法なのか。

 それとも、別の方法があるのか。

 しかしながら、落とし穴は存在するという事のようだ。


 他人は他人。

 成り済ます事は出来ても成り切る事は出来ない。

 それが、例え家族であっても。


「最後になるが、これはきっと、誰も気付いてなかったと思う。オレも、違和感を感じていただけだしな」

「…何じゃ?」


 もう既に、繕うのも疲れたのか。

 彼女の口調が変わった。

 むしろ、戻ったというべきだろう。

 ……じゃ?

 古風な喋り方をするんだな。


 苦笑。

 次いで、自身を指さした。


「オレの呼び方だよ。気付いてなかったかい?シャルは、オレの事、先生と呼んだことは無いんだ」

「……はぁ」


 それを聞いて、彼女は溜息を吐いた。


 一番最初の時。

 あれは、シャルを路地裏で見つけた時だった。


 彼女は、オレを「せんせい」と呼んだ。

 オレの声で判断していたのに、呼び方が違った。


 思い返してみると、違和感ばかりだ。


 オレの事を呼ぶ時、彼女は決まって『アンタ』だった。

 切羽詰まった時には、『ギンジ』と名前で呼ぶ。

 だが、どちらかと言えば、7対3で『アンタ』としか呼ばなかった。


「彼女、名前を呼ぶ習慣がそもそも薄かったんだと思うよ。…だから、オレの事も『アンタ』呼び。まとめて呼ぶ時も名前で分けたりしないで『アンタ達』とかね」


 これには、ゲイルも間宮も気付いていなかったのか。

 顔を見合せて、きょとんとしていた。

 ははは。

 オレ以外が気付かないのは、無理もない。

 シャルからの『アンタ』呼びも、慣れて来てたからね。

 そこが違和感だった訳。


「他にも上げようと思えば、いくらでもあるよ。

 怒鳴らなかったり、行動が消極的だったり、オレを見て顔を赤くしなかったり、ってね」


 前二つは言わずもがな。


 シャルは結構、ツンツンしている。

 だから、普通の時も怒る時も、怒鳴るのが癖になっている。

 多分、癖にしてしまったのはオレだと思うけど。


 後、行動が積極的。

 自分がしたい事、やるべき事。

 全部、自分から動く。

 だからこそ、何度も追い返されてるのにキッチンに突撃するんだ。

 オレと一緒。


 あと、最後の一つは非常にしょっぱい理由だっただろう。

 だって、感情が含まれている。

 誰の?

 シャルのだよ。

 それも、恋愛感情だ。

 母親であっても真似は出来ない。


 気付かれていないと彼女シャルは思っているだろう。

 けど、悪いけど気付いている。

 気付いていない振りをしているだけ。


 オレの顔を見て、顔を赤らめる。

 オレの体を見て、顔を赤らめる。

 見ているこっちまで、恥ずかしくなる程。

 思わず赤面しそうになる。

 それをぐっと堪えるのは、いつも大変だった。


 気付かない振りをしていたのは、悪いとは思っている。

 だけど、伝える気が無いのも事実。

 オレは彼女の前では、男である前に教師だから。


「根本的に、オレは好意ぐらいは理解してるつもり。…生徒達から向けられるものは特に。

 けど、答える気が無いから、気付かない振りをしているだけ」

「…罪な男じゃのう…」


 それも、自覚している。

 ついでに言うなら、酷い男だと言う事も。

 ……自意識過剰と言われなくて良かった。


 だからこそ、気付く事もあるんだよ。


 それに、視線には意味がある。

 読み解くのは、オレの為。


「それぐらい気付けないと、こんな世界で渡り合っていけないよ。オレより強いだろう化け物が、平気でうろちょろしている世界なんだから、」

「それも、然もありか、…」


 そうそう、然もありなんです。

 天龍族の涼惇りょうとん然り。

 後、吸血鬼ヴァンパイアのアレクサンダーとかね。

 討伐隊の時のキメラも含んで良いかもしれない。

 ローガンも素手でやり合ったら敵わないかも。


 ついでに、ジャッキーも然り。

 オレ、アイツと一対一タイマンとか言われたら、その場で崩れ落ちる。

 師匠と雰囲気が似ているから、根本的に逆らえなさそうだから。

 今では良い友人だけど。


 話は逸れた。

 どこまで話したっけね…。

 オレ、最近忘れる事多いから。


「…微妙に抜けておる男じゃ。じゃが、流石と認めておいてやろう。

 …確かに、私はシャルでは無い」


 しらばっくれるのもやめたようだ。

 彼女は、はっきりと肯定を示した。


 よ、オレの勝ち。


「オレの事も、事実も認めてくれて助かる。

 じゃないと、後ろの間宮に捻り上げて貰う事になったから…」


 何をとは言わないけど。

 女の子であっても、平気だから。

 捻り上げてから、関節を外されたのは誰だったか?

 (※徳川です)


 ただ、認めてからは早かった。

 往生際は悪くないらしい。


 諦めたような顔をして、彼女は顔を上げた。

 おずおずとしていた先ほどとは違い、堂々としていた。


 背筋を張り、顎を引く。

 オレに挑むようにして、眼を向けている。


「我が名は、ラピスラズリ・L・ウィズダム。…お主は、『ルルリア・シャルロット』の名前で、知っておるかもしれんが、シャルの母親じゃ」

「お初お目に掛かる。『太古の魔女』殿」


 まずは、自己紹介。


 ラピスラズリ・L・ウィズダム。

 シャルの母親。

 そして、『太古の魔女』。

 それが、彼女。


 名前に関しては知り得る情報では無かった。

 だが、嘘は言っていないように見える。

 彼女は、偽名では無く本名を語った。

 本気のようだ。


「オレの事もご存じだろうが、」

「こちらこそ、お初お目にかかる。『予言の騎士』殿」


 オレも自己紹介、と思ったら先手を打たれた。

 先ほどのお返しをされたような形。

 まぁ、お相子だろう。


 ただし、


「オレは、『予言の騎士』として、アンタと喋るつもりは無いけどね?銀次・黒鋼だ。よろしく」

「私とて、『太古の魔女』として、お主と喋るつもりは無いのう」

「なるほど、手厳しいこった」


 更に続けて、返された返答。

 皮肉と言うべきか、嫌味と言うべきか。


「よもや、見破られておったとは思っておらなんだ。私も、流石に俗世を離れ過ぎたかのう」

「まだまだいけるさ。オレも最初は、分からなかった」


 悔しげな雰囲気を纏っていたラピスラズリ。

 ………ラピスで良いだろうか?

 だって、語呂が悪いから言いにくい。


 オレの慰めにも似た言葉。

 見破った本人が言うのも難だが。


 それだけで満足だったのか、彼女は口元を綻ばせた。


 存外、子どもっぽい性格だったんだな。

 親子そろって、少しだけ性格が似ている。

 苦笑を零した。


「…それで?シャルの体を借りてまで、オレに何か用?」

「いや、特に用立てがあった訳では無い。

 ただ、シャルの様子が気になってここまで来たが、この子は随分とお主を気にかけておったのでな、」

「興味本位?」

「そうなるか」


 ……ちょっと呆れた。

 まさか、興味本位だけで、子どもの意識を乗っ取るとは。


 ……いや。


「嘘吐きも程々にしないと、閻魔様に舌を引っこ抜かれるぞ?」

「……何の事やら」


 あからさまに逸らされた視線。

 つんと顎を突き出して、明後日の方向を向いたラピスさん。


 これまた分かりやすい。

 親子そろって、やはり似ている。

 彼女も嘘が、というか誤魔化すのが下手くそだった。

 すぐに目を逸らす。


「何しに来た?」

「………」


 先ほどよりも、少し視線を強める。

 帰宅を拒否する話をしに来ただけ、という感じでは無かっただろう。


 じゃあ、なんで泣いてたの?

 あんな悲壮感の漂った顔、早々出来るもんじゃない。


 後ろめたいのか、それとも言いたくないのか。

 こめかみに玉の汗を浮かべた彼女へ詰問する。


「…何をしに来たのかな?こんな夜中に、涙まで流して、男の部屋に来たって事、どういう事か分かってる?」

「……邪推じゃ」

「そうでも無いだろう?…アンタ、娘の体を使って、何をするつもりだったんだよ」


 今度は、疑問形では聞かない。

 意味は分かるもの。

 オレだって分かってる。

 邪推とか言いつつ、眼を合わせないのも証拠。


 全く持って凄い母親だな。

 娘の体で夜這いとか…。


「人間の男はこれだから好かん。男の部屋に来たからと言って、なんじゃと、」

「オレの目を見て言えよ」

「………。」


 途端に黙った、ラピスさん。

 ほら、図星だったじゃんか。

 帰宅拒否の話もそうだったけど、こっちも本題だったんだろう。


「大方、オレの反応を見たかったってところ?ああ、別に答え合わせはいらない。

 オレだって幼女シャルの体を、どうこうする想像もしたくないから」

「…人の娘の体で何を考えておるのか…」

「そっくりそのまま返す」

「………。」


 そして、また沈黙。

 入口に立ったままだったゲイルが、苦笑を零した。


 更に、彼女の背後に立ったままの間宮が、


「(…女子達が騒いでおりましたから。銀次様の下半身の雄々しさについて、)」

「やめて、滅茶苦茶不穏な会話。オレの息子事情とか…!」


 きっちりと白状してくれた。

 就寝せずに天井裏に潜んでいたので、リビングの会話も聞こえたのかもしれない。


 おいこら、女子達。

 何を話しているのか。

 何を話しているのか!

 女子の園での会話は想像したくない。

 しかし、オレの息子事情まで話しているとは思わなかった。

 むしろ、知りたくなかったよ。


 ………まさか、さっきの興味本位って?


「…邪推じゃ」

「目を見て言ってみよう。さん、はい」

「………うむ」


 再三の沈黙。

 そして、こっちも白状してくれた。


 娘の体で夜這いとか考える辺り凄いけど、そっちもそっちで凄いよ。

 オレの体を興味本位で覗きに来る度胸があるなら、もっと堂々としていれば良かったのに。


「まぁ、良いや。…これ以上、そんな下ネタを見た目10歳の子どもと話したくないし」

「…そうさのう。私も、男に囲まれる中で話したくはない」


 ああ、そういやそうね。

 この部屋の中には、彼女以外に女子はいない。

 悲鳴を上げたとしても、意味無いだろうしね。

 だって、最初の段階でゲイルが『風』魔法で結界張ってるから。

 『防音』をしてくれるんだって。

 音が外に漏れない為の措置。

 生徒達を起こしちゃっても悪いし、耳が良い生徒が間宮以外にもいるからこその措置。

 まぁ、悲鳴を上げさせるつもりは無い。

 ただの予防策ってだけだから。


 ここまでは、オレの思い通り。

 彼女が来た理由の半分が、不純だったとしてもだ。

 そっちに関しては、横に置いておこう。


 本題は、また別にあるから。


「改めて、聞かせて貰います。何故、シャルの体を乗っ取ってまで、帰宅を阻止させたかったんですか?」


 改めてと前置きした通り。

 オレは、口調すらも改めて、彼女に向き合った。


 すかさず、口を閉ざした彼女。


「今までのは、言わば前座です。オレが聞きたい事は別にある」


 メインだと思っていたかもしれない。

 けど、残念ながら、オレの本題はこっちだけじゃない。


 前置きは成った。

 なにせ、彼女が自分から来てくれたから。


 彼女が来てくれなければ、こっちから行くつもりだった。

 夜中にとは言わないけど、明日の朝にでも。

 道中だって良かった。

 生徒達を連れ出さなければ良いだけの話。


 来てくれて助かったよ。

 手間が省けたから。

 そして、最初に帰宅拒否の話をしてくれたのもね。


「何故、帰らせたくないのです?

 その理由が、オレの納得できるものだと言うなら、シャルをこのまま置いておくことは可能ですが、」


 そう、理由。

 全部の理由を聞かせてほしい。


 何故、シャル体を乗っ取った?

 何故、狂言をした?

 何故、帰宅を拒否させようとしている?


 そもそも、この質問。

 何故、アンタがここにいるのか。


「…先にも言ったであろう?…私が、あの子を追い出したのじゃ」

「……それは、貴方の狂言ですよね。シャルが、思っていたことを少し大袈裟に言っただけなのでは無いですか?」

「何を知った口を聞くのか」

「知ってるからです。彼女が、帰宅を渋っていたのは分かっていましたから、」


 日にちを伸ばそうとしたりね。

 窘めたら黙るけど、表情は納得して無かった。

 分かってる。

 彼女が、ここの生活を気に入ってくれていたのは。

 分かっている。

 帰宅を渋る理由も。


「貴女との二人きりの生活は、少しシャルにとっては寂しかったのでしょう。

 それを与えてしまったオレが言うのも難ですが、彼女は人との触れ合いや勉学に飢えているように思えました」

「…そうさな。だから、なんだと言うのじゃ?」

「オレは、シャルを帰宅させるまで、彼女を預かっていただけです。

 別に何をどうしようとは考えていません」


 最初に、シャルにも言ってある。

 期間限定だと。

 帰宅をさせるのは決定事項。

 今もそれは変わっていない。


 たとえそれを、母親から拒否されてもね。


「どうして、貴女は拒否するんです?家に帰らせたくない理由は何ですか?」

「………はぁ」


 強い口調になったオレに対し、彼女は言葉を失った。

 何かを言おうとして諦めた感じ。

 先ほどの時の事を思い出したのだろう。

 何言っても、駄目押しだからね。

 まぁ、オレに対して誤魔化しは通用しない。

 先ほどの事もあるから、言い負かせる。


 そんなオレの意気込みが伝わってしまったのか。

 彼女は溜息と共に、項垂れた。


「………何故、それを聞く?」

「聞きたいからです。というか、聞かないと納得出来ないからです」


 そう、納得。

 このまま帰らせるのは、決定事項。

 戻ってくるとしても、その理由に納得しないと彼女を受け入れられない。


 オレのケジメではある。

 でも、それは彼女にとっても、ケジメだろう。


「…この子は、お主等に受け入れられておる。…引き離しとうは無いという親心も分かって貰えぬか?」

「親心があるなら、手元に戻したいと考える筈ですが?」


 そう言った瞬間だった。


 彼女は、きっとオレを睨み付けた。

 おお、怖い。

 シャルの姿じゃ無ければ、オレは思わず謝っていたかもしれない。

 これが、母親というものだろうか。

 オレは知らないから、新鮮なものだ。


「ここまで、シャルが伸び伸びとしている姿、私はこれまであまり見た事が無い。

 ここまで悔しいと感じたのは初めてじゃ。悔しくて堪らぬよ!

 …私の知らないところで、シャルは随分と大人になっておった。私が教えるよりも、勉学は進む。

 魔法とて、ここにいる生徒達と競い合える。

 何よりも、お主が教える授業はどれもこれも、一流の貴族の子息子女が受けている授業と大差が無いではないか」


 途中、感情が激しく波打ったのか。

 彼女は、唇を戦慄かせた。


 確かに、ここなら色々学べるからね。

 数学から歴史から、特別科目なんてものもある。

 一回だけなら、技術開発部門の話し合いもした。

 それに、シャルは強化訓練にも参加していた。

 狩猟に出るよりも大変だと愚痴を零しながら、それでも活き活きとしていた。

 魔法だって、そうだ。

 一人では分からないが、他人と比較することで成長が分かる。

 そして、それを競う事も出来る。


 背後で間宮が頷く。

 ゲイルも戸口で「確かに、」と呟いた。


 でも、それは知らなかった。

 ウチの学校、結構レベル高かったのね。

 教師としては嬉しいけど、今はちょっと嬉しくない。


 閑話休題。

 ラピスさんの言葉を待とう。


「森には何も無いのじゃ。あの子があそこまで活き活きとしていられる場所など、私の傍には無い。

 父もおらず、私だけしか家族を知らないあの子は、同年代の知り合いすらいなかった。

 それなのに、ここにいれば、同年代の知り合いどころか、姉妹のような友達まで出来た。

 知っておるかや?あの子が兄弟や姉妹をどれほど欲しがっておるのか…」

「……なんとなく、察してはいました」


 シャルが、杉坂姉妹や常盤兄弟をどう見ていたか。

 羨ましそうな目だった。

 かつて、オレも同じような眼をしていたことがある。

 渇望しても、届かないものを見る目。


 それを、実の母親が見て、どう思うのか。

 ましてや、病床である母親が。


「…どれもこれも、私には与えられぬものじゃ。しかし、ここでなら、この子は手に入れる事が出来る。

 知識も経験も、学友も姉妹も。ここでしか手に入らないものばかりじゃ」


 嬉しいやら悔しいやら。

 微妙な顔をして笑った彼女。


 気持ちは分かる。

 オレも嬉しいやら、申し訳ないやら。

 やっぱり、喧嘩した原因もオレなら、この状況を作ったのもオレだったようだ。


 充実した内容のせいでPTAに怒られた。

 解せん。

 けど、ゴメンなさい。


「お気持ちは分かりました。とはいえ、どうするんです?」

「どう、とは?」

「貴女の事ですよ。シャルをこのまま学校で受け入れるのは良いとしても、それだと貴女の生活が立ち行かなくなりませんか?」


 確かに、言っている事は分かる。

 しかし、忘れるなかれ。


 彼女はボミット病。

 そして、シャルから聞く限りでは、相当弱っているようだった。

 森で一人暮らしなんてさせられない。

 都会で働く子どもが、田舎の両親を心配する気持ちと一緒。

 何故か、オレにも良く分かった。


「…私はそろそろ、仲間のいる大森林にでも帰ろうと思っておったところじゃ。

 仲間に連絡をしてあるから、シャルはここに置いていければ、私も余生を安心して送れる。

 あの子を一人立ちさせるならば、丁度良い頃合いだと思った。だから、……追い出したのじゃ」


 最後の言葉と共に彼女は口を閉ざした。

 涙を零していた。

 確かに見た。

 唇を噛み締めているのを。


 本気で悔しそうにしている。

 悲しそうでもある。

 でも、それ以上にシャルの事を愛しているのだろう。

 気持ちが良く伝わって来た。


 けど、


「…嘘吐きは閻魔に舌を引っこ抜かれるって、言わなかったです?」

「…なんじゃと?」


 嘘も、混じっている。

 それを、見過ごすつもりは無い。


「……何を言っておるのか。私は、本心を、」

「確かに本心でしょうね。…シャルの事を思っている事だけは、」


 それ以外は、嘘っぱちだ。


 何度目かの、確信をもった否定。

 だって、知ってる(・・・・)


 さて、これで彼女を追い詰めるのが最後になってくれると良いが。

 もう、遠慮するつもりも無い。


 何故なら、


「…もう体だって起こせないのに、どうやって旅をしようと言うんだ?

 仲間への連絡だって、どうやって取ったって?

 死にかけの母親から娘だけを預かって、はいそうですか?分かりました。なんて言えると思ってんのか?」


 見てきたからだ。



***



 眼を瞠った彼女。


 それと同時に、間宮やゲイルも眼を瞬く。


 これは、今のところ、彼女とオレしか知らない事。


 彼女が、今現在どうなっているのか。

 何故、シャルの意識を乗っ取ったのか。

 何故、シャルに成り済まして、帰宅を拒否するのか。


 シャルを、実家に帰らせたくない理由。

 それを、オレは知っている。


 だって、見てきたから。

 アグラヴェインに怒られてまで。


「森の奥の丸太小屋。屋根が緑色。家の前には井戸。扉には、内側から書かれた魔法陣。…暴れたのか?中は、ここよりも更に酷い具合に散らかり放題だったぞ?」

「…な、何故…!」


 何故?

 そんなもの、簡単だ。

 見てきたと言うのは、揶揄じゃない。


「…言わなかったか?オレの属性は『闇』なんだ。『闇』で覆った範囲を可視域にする事も出来る」

「…『闇』属性じゃと…ッ!

 し、しかし、『闇』属性だとしても、そんな事が出来るなど…っ!」

「聞いたこと無いだろうね。…だって、オレが考え付いただけだ」


 ちなみに言っておくと、出来るのはオレじゃなくて『闇』の精霊(アグラヴェイン)だけど。

 まだ、範囲の調節どころか、魔力の調節も上手く出来ないの。

 だから、今回も任せっきりになっちゃった。


「シャルの意識だけを乗っ取ってた事には驚いた。

 けど、一度シャルの前に現れたにも関わらず、それだけしかしてないことがちょっと可笑しいなって思ったんだよね」


 無言で、オレを見た彼女。

 その眼の奥には、恐れ。


 ああ、オレが怖い?

 だって、こんな簡単に全部言い当てちゃう。

 むしろ、全てを知ってるから?


「…シャルがアンタだろう事は察しが付いていた。けど、その種を明かすにしても、確固たる証拠が欲しかった。

 だから、悪いけど、アンタの家を丸ごと覗かせて貰ったんだよ。

 今は、夜中で、『闇』だって事欠かないし、最悪地面の下の地下水脈でも辿るつもりでもあった」


 昼間にシャルを探した時に使った簡易『監視カメラ』と一緒。

 リアルタイムの映像を、脳みそに直接お届けって奴。


 間宮とゲイルがこれまた驚いている。

 確かに、魔力を感じはしても、何をしたかは分からなかっただろう。

 オレも、詳しくは話して無かったし。


 まぁ、一度やって反省点や改善点も分かってる。

 二度目は、オーバーヒートする前に、ちゃんと止めた。

 頭が痛かったのは、そのせいだよ。


 ……思った以上に時間がかかっちゃったけど。


 オレ、気付いたけど、シャルの家どこにあるか知らない。

 森の中とは分かってたけど、どこら辺か見当も付かなくて…。

 アグラヴェインには、再三怒られた。

 怒るアグラヴェインを宥めるのに苦労した。


 わざわざ森一帯の『闇』を使って、森小神族エルフの気配を探して貰っちゃった。

 そりゃ、怒るだろう。

 申し訳ない。


 そして、そのおかげで見つける事が出来た小屋。


 全貌が分かった。


 このラピスさんが、来る数分前。

 運良く、覗きは終わった。

 だが、小屋の中を覗けば、あら不思議。


 ベッドの上には、やせ細った女性がひっそりと横たわっていた。


 すぐに分かった。

 この人が、シャルの母親だって。


 本当のラピスラズリ・L・ウィズダム。


 手入れの行き届いていない銀色の髪。

 真っ白な顔。

 硬く閉じられた瞳。

 傷だらけでかさかさの唇。


 シャル同様に、どこか同僚兼友人ルリに似た女性だった。


 首には、古ぼけた魔法具があった。

 オレ達が使っている魔法具と形状はそっくり。

 でも、ほとんど機能していないようだった。


 森小神族エルフは、美しいとは聞いていた。

 確かに、綺麗な顔立ちはしている。

 しかし、それが健康ならばだ。

 今の姿に、美しさは無い。


「…もう満足に動けないんじゃないのか?」

「…何を言う。この魔法を使っている時は、意識だけを移動させているので、本体が動けなくなるだけじゃ。魔法を解けば、すぐに、」


 動けると?


 オレの問いに、答えたラピス。

 しかし、残念ながら、真偽は分かり切っている。

 真っ青な顔をしながら、口元を笑みで模った彼女。

 その表情がいっそ、哀れに思える。


 言っただろうが。

 全部、見て来たんだって。


「枕もとの血塗れの布切れはいつのもの?」

「……ッ」


 ひくり、と彼女の喉が引き攣った。


 血塗れの布切れ。

 それは、既に酸化して黒くなっていた。

 その中には、魔石も見受けられた。


「…更に言うなら、いつから食事を取って無い?

 キッチンの惨状を見る限り、アンタ、シャルが出てった後、すぐにベッドに寝たきりだったんじゃないのか?」

「そ、そんな事は無い…ッ。き、キッチンは、今日の昼に、あの状態にしてしまった。この魔法を使う時も、魔法の扱いをちょっと間違っただけじゃ…!」

「フライパンやら鍋の中の、生ゴミの事言ってんだけど、」

「………。」


 確かに、食器も散乱してた。

 けど、見る限り、それだけじゃない。


 フライパンやら鍋の中身。

 食事の用意はしてあったのだろう。

 しかし、それが見事に腐っている。

 鍋の中身なんて、黴が繁殖していた。

 こんな真冬に、たった一日常温にしておいた所であそこまでならない。

 はい、嘘。


「…ついでに、アンタ、下着濡れてるんじゃない?」

「…なっ…!ど、どこを見ておるか…!!」

「全部見て来たって言っただろうが。布団の中身も覗いて、アンタがどんな状態なのかも、確かめたっての…」


 悪しからず。

 性的な興味では無い。

 決して、エロ目的でも無い。


 確かめたのは、彼女の体の状態。

 まぁ、見なくても分かったけど。

 マジで、瀕死。

 本気で死にかけ。


「そ、それも魔法のせいじゃ…水を零して…!」

「…水差しもコップも無かったのに?しかも、ピンポイントで下半身に?」

「…ーーーー-ーーッ!?」


 どこが濡れてるかは言ったじゃん。

 真っ赤になって殴りかかって来ようとするなら、さっさと認めて楽になれば良かったじゃん。

 本当に、見栄っ張りと言うか、何と言うか。


 さっきは、諦めが早かったのに、今度は往生際が悪い。

 先程も思ったが、白々しい嘘ばかり。


 ……思ったけど、シャルも彼女も嘘が苦手?

 分かり易過ぎて、怒りを通り越していっそ呆れてる。

 いや、ゲイルも苦手だけど…。


「…もう、虚勢張らなくて良い。…本当の事を言ってくれ、」


 次々と暴露していく彼女の現状。

 彼女は、真っ青な顔で、怯えた眼をしていた。


 ふと、思い出す。

 彼女の視線が、過去に一度見たような気がした。


 その時、オレは何歳だったか。


 手を伸ばす。

 その手を見た瞬間、ラピスは無意識のうちに反応したようだ。


 バチン!!

 乾いた音が響く。


「…ッ」

「…おい…ッ」

「(……っ)」


 彼女は振り払った。

 オレが伸ばした手を、彼女は振り払った。


 それを、オレは無言で見ていた。


 彼女の息を呑む音。

 ゲイルが咎める声。

 間宮の細まる目線。


 それでも、オレは黙って彼女を見下していた。


 思えば、懐かしい格好だ。

 あの時も、オレは()をこうして見下していた。


 そして、彼女は似ている。

 ラピスは、オレの同僚兼友人(ルリ)とそっくりだ。


 もう一度、手を伸ばす。

 その細い肩を掴む。

 今度は振り払われない。

 あの時と違って、両手では無い。

 けど、体勢は一緒。

 肩を掴み、その目線までゆっくりとしゃがみ込む。

 畏怖を与えないように、上目遣い。


 そして、確信を持って呟く。


「……もう動けないんだよな」

「……ッ!」


 怯えた視線を向ける彼女。

 アイツも、オレに怯えていたな。


 彼女はぶるぶると首を振った。

 あの時のアイツの反応と一緒だ。


 何?

 ここまでそっくりなの?


「…じゃあ、大丈夫なのか?」


 記憶を辿るように、彼女へと問いかける。


 あの時とは、内容はちょっと違う。

 でも、


「………。」


 彼女からの反応は無かった。

 眼を逸らそうとして、しかしおずおずと。

 オレに視線を合わせたまま。


 じんわりと眼尻に涙が溜まっていた。


「最後の質問ね?…死にたいのか?」


 無理やりに合わせた視線。

 彼女の瞳から、ころりと零れ落ちる涙。


 ゲイルが一歩を踏み出した。

 オレが、殺気を放つ。

 彼はその場で踏鞴を踏んだ。


 彼女ラピスの肩が揺れた。

 掴んでいるからこそ分かる、顕著な震え。

 小さな体で必死に、震える体を叱咤した彼女。

 酷く怯えた様子の彼女。


 青み掛かった緑色の瞳の奥。

 そこに映ったオレの顔。

 ああ、これはルリが怯えるのも、分からなくはない。

 ラピスも言わずもがな。


 あの時(・・・)、オレがどんな顔をしていたのか。

 ちょっとだけ分かった気がした。


「死にたくないんだな?」


 彼女はこくりと頷いた。



***



 翌日の事だった。


「メンバーを発表します」


 という、オレの一言で、HRを開始した。


 何の?

 シャルの帰宅に関して。


 シャルは、眼の前できょとんとした顔をしている。

 まぁ、何があったのか、未だに分かっていないようだ。


 その話は後でする。

 今は、メンバー発表が先だ。


「あれ?間宮だけじゃなかったの?」


 と、手を挙げたのは、エマ。

 昨日の女子会パーティーが効いたのか、顔が若干ツヤツヤしている。

 他の女子組も言わずもがな。

 シャルだけが例外。

 だって、彼女にはその記憶もないんだから。


 それはともかく、


「今回は、病気の治療、もしくは緩和も前提となる。

 そうなると、オレと間宮だけでは手が足りない可能性がある」

「あ、そうか。介護も含まれるのね」


 間宮以外の生徒を連れていく理由。

 それは、一重に介護が前提だからだ。


 オレは片腕しか使えない。

 医療知識はある。

 しかし、その為の手が足りない。

 ついでに言うなら、そこまで詳しい訳では無い。

 それは、間宮も同様。

 医療知識はあっても、そこまで詳しい訳じゃない。


 だからこそ、その穴を補う生徒がいる。


「もうこれで、お分かりだとは思うが、メンバーは河南と紀乃。

 この二人は、医療開発部門の土台作りをして貰っている事は、知っているだろう?」


 この世界に来て、半年。

 それなりに、手広く進めて来た。


 強化訓練。

 魔法の修練。

 技術開発。

 そして、医療技術。


 その中で、紀乃と河南は常にトップ。

 下半身不随とその介護というデメリットを抱えていても、出来る仕事を割り振ってきた。

 紀乃には強化訓練が出来ない代わりに、簡単な医療技術を習得させている。

 それを、河南が手伝っている。

 おかげで、この二人だけで、この世界で病院が設立できるぐらいの知識は持っている。

 ボミット病の治療もまた然り。


 勿論、彼等が研究しているのは、ボミット病だけでは無い。

 オレでも簡単に分かるような、病気の研究。

 風邪や流感インフルエンザ等々の治療法や、薬の研究だ。

 この世界ではそれも無い。

 そして、この世界ではその程度で死ぬ人間も多い。

 しかし、オレ達は知っている。

 案外簡単な方法で治せてしまう事も。


「今回は、それを活かして貰う事になる。

 それに河南は、介護に関しても手慣れているだろう?頼むぞ」

「うん、分かった」


 力強く頷いたのは、河南。

 紀乃は、どこか不安げにしていた。

 理由は分かる。


「でも、先生。僕ハ車椅子なんだけド、」

「安心しろ。対策は、取ってある」


 そんな事は知っている。

 忘れてたら、阿呆だ。

 しかし、その問題は解決済みと言っていい。


 移動手段は、徒歩だけでは無い(・・・・・・・・)

 まぁ、それも後々話してやる。


 さて、次だ。

 メンバーはこれだけでは無い。


「次に、伊野田」

「えっ!?」


 オレの言葉に、驚いた顔をした伊野田。

 ついでに、隣の席のシャルと一緒に、顔を見合わせている。 


 可愛い………。

 じゃなくて、


「伊野田は今回、治癒担当として一緒に同行して貰う。病気の事もあるが、治癒も必要だった場合の予備要員だ」

「あ、はい。…どこまで出来るかは分からないけど、頑張ります」


 いやいや、謙遜しなくて良い。

 オレの魔力が暴走した時、お前がゲイルと並んで『シールド』を張ってたと言うのは聞いてる。


 知ってるか?

 ゲイルは事も無げにやっているが、あれは地味に中級魔法なんだとさ。


 それだけの素質はある。

 自信を持って欲しい。


 ……ってのは、半分本気で半分は建前。

 実質、このクラスでシャルと一番仲が良かったのが伊野田だったから。


 最後まで寂しくないように。

 担保でもある。

 もし、シャルの心が折れた時に、励ましてやれる人物が一人でも多くいた方が良い。


 顔を見合わせていた二人は、そのままにっこりと笑い合っていた。


 ……だから、可愛いってば。

 おほん。

 シャルも年相応(?)に笑うようになったもんだ。

 これも、嬉しい誤算。


 さて、最後にもう一人。


「それと、どうしてもオレと間宮だけだと、戦闘力が乏しくなる。

 なので、戦力増強の為に強化訓練トップ組からも選出する事にした」

「おっしゃああ!!」

「誰もお前とは言っていないぞ、徳川」


 ぬか喜びさせるような言い方をしたのは、オレかもしれんが。

 まぁ、飴と鞭は使い様。

 大丈夫、頑張れ。


「今回は、榊原に一緒に来て貰う」

「えっ?オレ?」


 オレの指定は榊原。

 きょとんとした顔が返って来た。


 そして、露骨に凹んだ徳川。

 永曽根は、仕方ないな、と苦笑を零しているだけ。

 あの落差が凄い。

 あと、身長差と…。


 それはともかく。

 何故、強化訓練のトップ組でも、榊原なのか。

 単純に戦力増強なら、永曽根だろう。

 腕力増強であれば、徳川でも良かった。

 だけど、二人では無い理由は、実はもっともシンプル。


「榊原は一度、オレと一緒にあの森を彷徨った事もあるから、何かと経験は役に立つだろう。

 空間干渉型転移魔法が掛かっている森で、遭難しても入口までなら無難に帰って来れるだけの技量はあると思ってるしな」


 知識と経験である。


「…うわぁー…なんか、過大評価してない?」

「不満か?」

「うんにゃ。頑張りますよ、っと」 


 と、言う訳で。

 榊原は、ゴーレムの依頼の時に、オレと一緒にあの森で彷徨っている。

 もしも、万が一、と前置きは必要だが、迷った時、逸れた時に、一番生存率が高いのはコイツ。

 定期的に切り替わるランダム転移も分かっているし、いざとなった時の攻撃力は永曽根にも並んでいる。


 見た目はそうは見えないけどな。

 今も、家事当番の件で、香神へと謝罪をしている彼。

 その姿は、まるでバイトのシフトを代わって貰う学生のようなものだ。

 ああ、学生なのは間違いなかったな。

 年齢が高校生か大学生かの違いだけだ。


 閑話休題。

 今回のシャルの帰宅に合わせて選出したメンバーは以下の通り。


 シャルはメインとして外さない。

 オレと間宮。

 伊野田と榊原。

 河南と紀乃。


 そして、フォーメーションは次の通り。


 オレと河南と紀乃の3人。

 オレが前衛、河南が中堅、紀乃が後衛。

 シャルと間宮と伊野田と榊原の4人。

 間宮と榊原が前衛、シャルと伊野田が後衛。


 護衛も付くけど、一応事前通達でのフォーメーション。


「あら?…騎士団長アイツは来ない訳?」


 ふと、そこで首を傾げたのはシャルだった。


 安定のアイツ呼び。

 こっちの方が、安心するのは何でだろう?

 先生って呼ばれるのは新鮮だった。

 けど、正直背筋がうすら寒かった。


 色々なものに対し、オレは苦笑を零すだけ。


 お忘れだったかもしれないが、本日はゲイルがいない。

 そう、アイツが今日はいないのだ。

 朝から既に、出向している。

 珍しいことに。

 付いて来るなと言っても付いてきそうなあの男が。


 ごほん。

 流石に酷いか。


「大人の事情って奴でね。…今日は、城に呼び出されて、そのまま実家に帰宅する事になるそうだ」

「……ふぅん」


 シャルには大人の事情と濁したが、要はちょっとしたお呼出。

 父親かららしいよ。

 なんでも、ここ最近のお泊りが原因みたい。

 城どころか家にも寄り付かなくなっちゃったから、直々に呼び出し食らったようだ。

 なにはともあれ、すみません。

 半分がオレのせいです。

 昨日も3時近くまで起きてたと言うのに…。


 だから、渋々今回は不参加となった。

 本当に滅茶苦茶渋々だったけど。


 納得したのか納得していないのか、シャルは半目でオレを睨んでいた。

 ああ、この視線もなんだか安心するなぁ。

 調子に乗って、ばちりとウィンクをしてみる。

 したっけ、真っ赤な顔で明後日の方向を向かれてしまった。

 ………相変わらずの反応だわ。


 ぐすん。


「っと、ふざけてる場合でも無かった」

「……アンタねぇ」


 あはは。

 ごめんよ、シャル。

 ちょっと楽しかったの。


 と、いうじゃれ合いはさておき。

 そろそろ、出立しなきゃ、野宿場所を探さなきゃならなくなる。


 生徒たちへの通達は、これで最後。


「校舎に残る生徒達には、今回別のお仕事を用意しました」

「えっ!マジで!?」


 先程までは落ち込んでいた徳川が、今度は露骨に喜ぶ。

 現金な奴だ。

 飴と鞭と言った筈だろうが。

 あ、内心だったか。

 それは横に置いておいて、


「お前等、期末試験を忘れているだろう」

『げぇえッ!!』


 かく言うオレも、すっかり忘れてたけど。

 騎士昇格試験への準備に忙しい間に、生徒達には伝えていた。

 しかし、色々な問題発生で、すっかり忘れていたこと。


 成績は付けとかないとね。


「何の準備もしてねぇよ!」

「ってか、留守番組だけ!?」

「…先生、いくらなんでも横暴だよ…!」


 と、一部からはブーイングが上がる。

 話を最後まで聞け。 


「ああ、何も、今ここでやろうと思ってる訳じゃない。

 というか、そんな時間は無いから、特別科目として色々と手配しておいた」

『手配?』


 オレの言葉に、首を傾げた生徒達。

 ………可愛いとか思わなくもない。

 女子組だけなら、文句無しで可愛いと言っておく。


 また話が逸れたが、


「忘れてはいないだろうが、冒険者ギルドに登録してから既に1ヶ月が経過している。

 冒険者ギルドの規約でノルマが発生しているのだが、それが消化出来ていないとギルドから督促状が届いてな」


 にやり、と笑う。

 オレの手に揺れるのは、手紙。

 良く見えるように、ひらひらと振った。


 督促状と言っても、堅苦しい文面は無い。

 ジャッキーの手書きだろう達筆な字で、『ノルマ消化せんかい、ごらぁ!』と書いてあるだけだ。

 見た瞬間に、ちびりそうになったのは内緒。

 ちなみに、今日の朝、速達で届いていた。


「と言う訳で、それを期末試験とする」

「うぉおおおお!!なにそれ、なにそれ!!」

「面白そうじゃん!」


 オレの言葉を聞いて、留守番組の面々が顔を輝かせた。

 徳川は勿論、永曽根も若干頬が高揚している。

 エマもソフィアも、浅沼もだ。

 ……ただ、香神が浮かない顔をしているのは、どうしたもんだ?


「いや、飯の支度が…」

「…お前は、主婦か」


 まさか、お前は期末試験より飯の支度の心配なのか!?

 1週間分ぐらいある食費を置いて行くから、好きなだけ外食して来なさい!

 たまには、食事担当もお休みして良いよっ。

 ……領収書は貰って来いよ?


 閑話休題。

 香神の杞憂はさておき、


「3人ずつでパーティーを組んで、各自、EランクからDランクまでの依頼を、三つ以上こなして来てくれ。

 組み分けは任せるが、戦力が偏らないように注意しておくように」

『はーい!』

「おーらい…」


 留守番組には、ギルドでのちょっとしたイベントを楽しんでもらう。

 期末試験とは言っても、別に優劣を付ける必要は無いから。


 ちなみに、


「今回は、騎士の護衛は付かない。

 その代わり、Aランク冒険者パーティが、各パーティーで分担して護衛を引き受けてくれた。

 くれぐれも、失礼の無いようにするんだぞ。…特に、浅沼」

「うぇっ!?なんで、僕だけ!?」


 今回は、騎士では無く、冒険者パーティの護衛付き。

 勿論、以前ゴーレム討伐の依頼を引き受けてくれたレト達のパーティーだ。

 ジャッキーからの配慮でもある。


 そして、問題がこの男(あさぬま)

 彼だけに諸注意をしたのは、言わずもがな理由がある。


「獣の耳を付けた爆乳の少女がいるが、」

「…はすはすはすはすはすはす!」

「それを止めろ。長曽根、目付役を頼む」

「……嫌だけど、任されたぜ」


 ………これである。

 現代でもオタクと呼ばれる、この男の職業ジョブ

 それが問題。


 コイツの『異世界教本(笑)』のおかげで、オレも必要な知識は付いた。(※いらん知識も付いたが…)

 その中に、『獣耳は正義!』とか『獣族は発情期もあるぉwwwはすはすwww』とか、挙句には『キツネは貧乳!わんこは巨乳!オオカミは爆乳!(※いつか見たぞ、このフレーズ…!)』とか書いていた、コイツの事だ。

 レトやディルに対して、馬鹿をしでかす可能性がある。

 激しく不安だ。

 この上なく…。

 ………ジャッキーが怖いから、頼むから自重してくれ。


「……不安だけど、まぁ上手くやって欲しい。

 今日の昼頃に冒険者ギルドに行って、受付で対応して貰え。

 くれぐれも、無理や無茶はしないように。勿論、怪我も病気もご法度だからな」

『はーい!』

「同行組は、既に依頼を受けていると思ってくれ。

 依頼人はシャル。依頼内容は、彼女を実家まで送り届ける事。報酬は、まぁ…プライスレス」


 美少女と旅が出来るんだから、良いでしょ?

 別に報酬が出ても出なくてもやることは変わらないし。


『はい!』


 元気な返事を聞いて、HRは終了。

 生徒達はそれぞれ、部屋に戻って支度を開始した。


 オレも支度しよう。

 風呂には入ったけど、着替えがまだだったから。

 後、籠手とブーツ。

 街道には魔物も出るから、今回も必要になりそう。

 ………壊れない事を祈る。



***



 自覚しなくちゃ、いけない。

 それは、オレも、シャルも、ラピスも一緒。


「聞きたい事は、これで全部か?」

「…ぐすっ、…ひっく…!」


 シャルが、涙ながらに頷く。

 出立準備も、彼女シャルの帰り支度、ついでに、先日途中になっていた買出しも終えた。


 以前のゴーレム討伐の時と同じように、ダドルアードの東門から街道を道なりに進む。

 その道中。

 オレは、シャルに昨日の昼から夜までの一件を、すべて話した。


 ラピスがシャルに、憑依していた事。

 ちょっと違うが、憑依には違いない。

 そして、昼間から夜にかけて、彼女に成り済ましていた事。

 夜にオレの元へ訪れた事。

 その時に話した内容も、一部を除いて話した。

 ……夜這いの件は、娘に聞かせる話では無い。


 そして、最後に、彼女ラピスの言葉の意味を。

 母親の状態。

 そして母親の本心を、洗いざらい話した。


 シャルは、途中から泣いた。

 わんわんと泣いた。

 昨夜はラピスも泣いていたが、似たもの親子め。


 自覚しなくちゃいけない。

 それは、オレも、シャルも、ラピスも一緒。


 全員が、見栄っ張りだ。


「…大丈夫だよ、シャルちゃん。先生もいるし、河南くんも紀乃くんもいるから、きっと大丈夫だからね」

「うぁあああん…!イノタぁああ!!」


 シャルを慰める伊野田。

 彼女も、涙をぼろぼろと零しつつ。

 気丈に振舞って、シャルを慰めていた。


「…そっか。あの時のシャルちゃん、やっぱり違ったんだ」

「ああ」


 驚いた事に、榊原は気付いていたらしい。

 まぁ、確かに分かりやすかったと言えば、否定は出来ない。

 ちなみに、間宮も気付いていたらしい。

 後は、永曽根と、香神な。

 間宮と永曽根は雰囲気で。

 香神は眼の色で、一発で見破った。


 生徒達の成長が、嬉しいやら恐ろしいやら。

 昨日も感じたような気がする。


「先生、最初から気付いてた?」

「キヒヒッ!…気付いテ無かったラ、あノ魔法具ハ出さナかっタんじゃないノ?」

「…いや、」


 河南と紀乃は、違和感は感じていたが気付いていなかった側。

 もしかしたら、そういう生徒が多かった可能性は高い。


 ラピスさん、ごめん。

 やっぱり、アンタの演技はもう通用しないかも。


 それはさておき、


「そのラピスさんからのありがたいお達しがあるぞ。

 『特別に転移魔法陣の使用方法を教えてやるから、とっとと帰って来い』だとさ」


 まだ、話は終わりじゃない。

 オレは彼女からの伝言を伝えた。


 これに驚いているのは、シャル。

 そして、紀乃だった。

 無理もないけど。


 それに、言っただろう?

 お前の車椅子での移動の件で、対策は取ってあると。

 徒歩が駄目なら、転移。

 再三の帰宅を打診した結果、彼女から特別に許可を得た。


「…母さんが、教えるとは思わなかった」

「勿論、条件は付いているけどな」


 シャルの驚きも、当り前。


 ラピスさんの転移魔法陣。

 実は、ちょっと特殊な造りらしいのだ。

 シャルの言うとおり、製作方法は秘密。

 使用以外での詮索はしない。

 それも条件の一つ。


 あと、もう一つの条件。


「騎士達は、転移魔法陣でお別れになる」

「えっ!…そ、それは、大丈夫なのですか!?」

「…大丈夫だと思いたい。まぁ、何か危ないことがあれば、その都度対処するさ」


 騎士達には悪いが、転移魔法陣でお別れだ。


 ラピスさんは、騎士嫌い。

 もう、なんというか、筋金入りだった。

 騎士の護衛が付くと話した途端に、眼が殺気立っていた。

 過去の確執があるから、仕方ないとは思う。

 なので、こっちも条件を呑んだ。

 破格の待遇をしてくれているのだ。

 こっちも妥協はしないといけない。

 唯一、同行を許されたのはゲイルだったが、残念ながら今回アイツは不参加。

 なので、実質、このメンバーだけで帰宅をする事になる。

 一応、2日後に戻ってくる予定。

 ラピスさんの容体次第だから、前後する可能性はあるけど。

 一応、その事を伝えておく。


 荷物に関しては、オレと榊原がいる。

 その間の護衛として、間宮。

 シャルも戦力として加算すれば、そこまで無茶な事にはならない。


 一応、フォーメーションは伝えてある。

 いざと言う時、万が一という時には、森の入口で集合とした。

 空間干渉型転移魔法のおかげで、魔力総量5000以下は勝手に入口に戻されるから。


 ちなみに、オレはゲイルから腰帯を借りた。

 付けているだけで『魔力を半分にしてくれる』というデバフ系の魔法具だが、その代わり『魔法使用時の魔力消費も半分にしてくれる』と言う代物。

 プラマイゼロ。

 特注らしい。

 ゲイルの気持ちは、オレにしか分からないのかもしれない。

 げふんごふん。


「じゃあ、シャル。道案内は任せたぞ」

「ええ。…そ、その、今さらだけど、よろしく」


 こちらこそ。


 かくして。

 2月1日の、午前11時。

 ダドルアードでの暦では初春に当たる月。


 二つも昇った太陽が照りつける中、オレ達は、『クォドラ森林』の奥地へ向かった。

 途中、『転移魔法陣』のあるダドルアード王国近くの森を経由。

 そこから、本格的にオレ達の仕事は開始した。


 シャルを送り届ける為。

 そして、ラピスさんの治療を行う為。


 見栄っ張りの親子を、再会させる為。



***

前書き、後書きをしばらくシンプルに致します。

ご容赦を。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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