56時間目 「課外授業~少女の嘘~」
2015年12月12日初投稿。
続編投稿。
56話目です。
***
「シャル!!」
路地裏にオレの声が、反響した。
今日は叫び過ぎたのか、若干喉が痛い。
それもこれもアグラヴェインのおかげ。
デメリットだけでは無く、メリットも多かったけど。
移動速度は限りなく早い。
たとえ、オレが酔っていたとしてもだ。
間宮、お前の気持ちが分かった。
馬酔いは厳しいな。
そして、思った以上に早く見付けられたのは僥倖だろうか。
見知った後ろ姿に、思わず安堵する。
目立った外傷も無さそうだ。
「戻ってくれ、アグラヴェイン!」
『やれやれ、使い捨ての馬車か何かと勘違いしておらぬか?』
「文句は後で聞くから…!」
馬を飛び降りがてら、アグラヴェインの具現化を解く。
彼の嫌味も、そろそろ耳慣れてきた。
後で詫びでもなんでもします。
説教も聞きますから、早く戻ってくださいませ!
じゃないと、また魔力枯渇する!
カンスト魔力が、また更に臨界突破しちゃうから…!
ーーーーー主よ、覚えておけ。…夢の中で、待っておる。
そんな不穏な言葉を残しつつ、アグラヴェインの姿は掻き消えた。
夜ガ来ナケレバ、良イノニネ~。
駆け付けた先に、シャル以外の人影は見受けられない。
しかし、彼女はオレに背を向けたまま。
振り向く素振りすら見えず、項垂れている。
「シャル、大丈夫か?何があった?」
「………。」
返ってくるのは無言ばかり。
思わず、カチンとしてしまうが、ここは冷静に。
彼女にも、彼女の理由がある。
それを聞いてからでも、怒るのは遅くない。
話してくれなくても良い。
ただ、確認したい。
「どうしたんだ?…何を追いかけた?」
本当に逃げたんじゃ無いよな?
オレが何をしたんだろうか。
もしかして、自然と彼女を不快にさせたのか?
もし、そうだったなら、オレは、首を括りたくなってしまう。
それは、嫌だ。
そんな死に方は、出来ればしたくない。
「シャル?」
「…せんせい…」
返答は無いが、その背中に呼びかける。
しかし、何度目かの呼び掛けで、やっと彼女からの返答が返って来た。
「(……先生?)」
ただ、吃驚したのも事実だ。
オレ、シャルに先生なんて呼ばれたことなかったのに。
……まぁ、そんな事は横に置いておこう。
とりあえず、安堵した。
意図的に無視をされていた訳では無さそうだ。
しかし、その声には安心できない。
か細い、震えた声。
何があった?
「…大丈夫か?」
背中から声を呼び掛けるのをやめて、彼女の向かいに回り込む。
背後には警戒を続けながら、彼女の顔を覗き込んだ。
途端、息を呑む。
「シャル、一体何があった…!?どうして、」
ぼろぼろと、眼から零れ落ちる涙。
どうして、彼女は泣いているのか。
彼女の泣き顔を見るのは何度目だろう。
通算でおそらく、三回目。
それでも、シャルは気丈に振舞う強い子だった筈。
こんなにボロボロと泣いているなんて、一体何があったというのか。
「…それに、これはどうした?」
もう一つ、懸念材料。
頬に走った、ひっかき傷。
猫……、では無いだろうな。
そんなに、鋭くは入っていない。
ただ、蚯蚓腫れのようになっている。
「(あれ?でも、この傷…どこかで、)」
見た事があるような気がする。
けど、どこだったか思い出せない。
そこで、ふとシャルが瞬きをした。
その瞬間に、更に零れ落ちる涙。
「(………シャルの眼の色、こんなに青かったっけ?)」
………気のせいか?
路地裏の暗がりのせいかもしれない。
「…先生、」
そこで、またシャルのか細い声。
唇が震えて、言葉にならないまま、吐息だけが洩れる。
「ああ、オレだ。ギンジだ」
なるべく、優しく話し掛ける。
視線は未だに、オレでは無くどこか、空虚を眺めていた。
……やはり、誰かいるのか?
ホラー体験の予感がして、背筋が冷たくなる。
しかし、
「先生…、あ、あたし、…どうしよう…」
「…どうした?」
それもつかの間。
彼女の視線が、まっすぐにオレへと向いた。
同時に、彼女の口から発せられた、助言を求める声。
どうしよう、とは?
小首を傾げた。
全容が把握できない。
その途端、
「…どう、しよう…!このまま、帰りたくない…!…あ、あたし…っ、あたしをここにいさせて欲しいの!」
「うぇええっ!?」
そう言って、オレに抱き付いた。
吃驚して、思わず右手で、押し止めようとしてしまった。
ふんわりと、彼女からは石鹸の香りがした。
あ、オレと同じ奴だ。
って、オレは、何考えてんだ?
「…ちょ、ちょっと待てシャル!一体、どうしたんだ!?」
「…嫌なの!…もう、あの家に帰りたくない…!ここに居させて!!」
…おいおいおいおい。
本当に、どうしたってんだ?
突然、行方不明になったかと思えば、帰りたくないって?
今まで、了承していたじゃないか。
「…何を言っているんだ、シャル。…お前のお母さんが、待ってるんだぞ?」
「だ、だって…もう、耐えられない!…あんな森の奥で、暮らすなんて沢山…!!」
うわぁ、内容が芯に迫っちゃってる。
でも、こんな我が儘、今まで言わなかったのに…。
溜め込んでたのかな?
それが、今回こうして別の世界で生活したことで、爆発しちゃった?
もう、シャルのお母さんには、二重の意味で申し訳無いよ。
だが、
「シャル、良く聞いて?」
無理やりに、彼女を引き剥がして、眼を合わせる。
視線を交わすと、途端に眉根を寄せた彼女。
うん?
………今のは、どんな表情?
ああ、ごめん。
力加減、間違ってたかな?
「…良いかい、シャル?…正直に言って、その解答は間違ってると思う。家にはお前のお母さんが待ってるんだよ?今まで、連絡もしてないんだから、もうそろそろ帰らないと、」
「帰りたくないの…!だって、あそこには、何も無い!!」
「いや、あるよ。…お母さんが待ってる。お前の母さんと一緒に暮らした家と、生活が待ってる。思い出だって一杯あるだろ?」
悲痛な声と同時に、彼女はまたオレに縋りつく。
何、この尋常じゃない剣幕。
一体、どうしちゃったの?
「お願い!先生!…このまま、あたしをここ置いて!なんでもする!これ以外のわがままだって言わないわ!勉強もするし、教師だってやる!」
「…ちょ、ちょっと待て、シャル…!いい加減にしなさい!」
シャルに縋り付かれたまま、怒鳴る。
びくりと震えた、シャルの体。
路地裏に、またしても反響した。
今までの剣幕が嘘だったように、大人しくなったシャル。
オレに縋り付いたまま、項垂れている。
「…一体、どうしたんだ?ちゃんと、説明をしなさい。どうして、勝手にいなくなったりしたんだ?」
「…………。」
おっと、脅かし過ぎただろうか。
とはいえ、落ち着いて貰えないと、話も出来ないからなぁ。
もう、オレもどうしたら良いのか分からないよ。
とりあえず、彼女の涙でぐちゃぐちゃになった顔を袖で拭う。
今日、ハンカチは胸ポケットに入れてあった。
縋り付かれてちゃ取り出せないから袖で我慢して。
「答えられる?」
その流れで、無理やりではあるが上げさせた顔。
縋るような眼を向けられて、内心で盛大に怯んでしまう。
彼女、こんな目も出来たんだ。
「あ、あたし、帰りたくなくなっちゃったの」
そう言って、またころりと零れ落ちる涙。
拭っても拭っても、後から後から溢れて来る。
「どうして?」
「…だ、だって…あたし、もう疲れちゃったんだもの…」
「疲れたって?何に?」
出来れば、主語をしっかりとくれ。
じゃないと、邪推もしちゃうし、変に勘繰っちゃう。
オレの相手に疲れたとかじゃないだろうね?
「…母さんの介護、もう疲れちゃった」
………おいおいおいおい。
介護疲れかよ。
しかも、見た目10歳程度のシャルが、…である。
現代日本でも、滅茶苦茶問題になってたけど、異世界でまで聞くことになるとは思わなかったよ。
難しい問題になって来たな。
仕方ない。
まずは、最後まで彼女の言い分を聞こう。
「…それで?」
「嫌なの。…このまま、帰っても、あたし…もう頑張れない。だって、ここの生活が楽し過ぎて、帰りたくなくなっちゃって、」
「それは良かった。けど、お前の母さんは、きっと待ってると思うぞ?」
「…待ってないわ。…さっきまで、母さんがここにいたんだもの…!」
「……ッ!?」
うぇえええ!?
ここに、シャルのお母さんが来てただと!?
思わず、周りを見渡してしまう。
滑らせた視線の先には、人と呼べる影も形も見当たらない。
ニアミスした?
いや、それなら気配ぐらいは、感じる筈だと思うんだが…?
あ、忘れてた。
シャルのお母さんも、確かSランク冒険者だったか。
だとすれば、気配ぐらいは消せる?
でも、何の為に?
人間と遭遇したくないとなれば、話は分かる。
ならば、何故こんなところまでやって来たのか。
脳内で、疑問が次々と湧き上がってくる。
いや、ちょっと、待て。
ブレイク。
ふぅ、と溜息にも似た深呼吸。
もうちょっと、シャルの話を詳しく聞いてみよう。
まずは、
「…いつ?さっきまでって事は、オレが来るまで?」
「ええ。本の数秒前よ」
理路整然と聞くには、やはり5Wが一番良い。
いつ、どこで、誰が、何を、どのようにだ。
「なら、お前の母さんはどこにいたんだ?」
「屯所の近くの、路地裏の影。…呼び掛けられて、そのまま追いかけたの…」
随分と危ない場所にいるものだ。
ただ、良かった。
何が?
逃げられた訳じゃなくて。
やっぱり、彼女は追いかけていた。
それも、彼女のお母さんを追いかけていたのだ。
何も言わずに走り出したのも、確信が持てなかったからと考えると納得できる。
もしくは、オレ達と会わせたくなかったのかもしれないが、
「本当にお前の母さんだったのか?似てる人とかじゃなくて?」
「いいえ、母さんだったわ。森小神族に伝わってる外套も羽織っていたから、」
あ、そういうものもあるんだ。
それなら、確かに見間違いって線は消えるな。
「それで、母さんは何て言ってた?どんなことを話した?」
「………お、怒られたわ。…悪い子だって、」
彼女の眼をまっすぐに見詰めて、話を聞く。
悲しげに揺れる視線。
嘘は言っていないようだ。
しかし、
「…だから、いらないって…言われたの…。…もう、帰ってこなくて良いって…!…あたしの事、もう子どもとは思っていない、って…!!」
次に続いた言葉。
言いながら、シャルはずるずると項垂れた。
思わず、絶句する。
突然、母親に突き放された?
聞く限りでは、明らかに絶縁宣言だ。
「あ、あたしが、人間の世界で暮らしてること、うんざりしてるって…!もう、顔も見たくないって…!!…ひっく!!二度と帰ってくるなって…ッ、…ひっく…!!…うぁあああああああ!!」
ああ、なるほど。
その上で、彼女は泣いていたのか。
だからこそ、自棄になっていたのか?
何も無いとか、なんとか言ってたし。
オレが来る数秒前に、彼女の母親は立ち去った。
ふむ。
すれ違った覚えも無いので、奥に消えたと見るべきか。
見事な程に、接触を避けられているな。
それにしても、
「(…想像していた母親と、違いすぎやしないか?…シャルからは、そんな酷い母親だとは聞いていなかったんだが、)」
疲れたと、帰宅を拒絶。
最初に話をした時、支離滅裂だったのは混乱していたのだろう。
そう考えるのは、妥当だ。
だが、どうしても引っ掛かる。
冷静になって考えると、ちょっとだけかみ合わない。
何が?
シャルから最初に聞いた母親とのやり取りだ。
彼女は、冒険者ギルドに駆け込んできた時もこうして泣いていた。
その時に、後々詳しく聞いていくと、当初思っていた母親像は全く違った。
シャルの事は、愛していると思えた。
彼女の言葉の端々から、伝わって来た事だ。
だって、病気で苦しい体を押して、シャルの帰りを外で待っていた母親だ。
それに、『迷路』の転移にシャルが巻き込まれたと聞いて、絶句していたとも聞いた。
喧嘩をする程仲が良いと言うが、愛していない子どもを叱ったりはしないだろう。
愛の反対は、憎しみでは無い。
無関心だ。
「…お前のお母さん、本当にそんな事言ったのか?」
「だ、って…ここで、さっきまで…!ひっく!全部、聞いてたもの…!!」
「………。」
しまった。
もうちょっと早く、到着しておけば現場を抑えられたのに。
いや、抑えたとしても、どうしようもなかったけど。
むしろ、あれ以上の移動速度だった場合、オレが振り落とされて死んでいただろう。
閑話休題。
難しい問題だ。
親子関係でのごたごたは、ゲイル然りそう簡単に解消出来るものじゃないらしいから。
血が繋がってる分、反抗しちゃうんだって。
しかも、他人が簡単に口出して良い問題でも無い。
介護疲れと、絶縁宣言。
心がぽっきりと折れて、こうして頼れる相手に縋り付いているだけなのかもしれない。
……気になる懸念材料が、いくつもあるんだがな。
「…じゃ、一旦戻ろう。買い物は、一時中断。落ち着いて、ゆっくり考えよう。
それで、改めて明日、もう一度帰るかどうかを決めよう?」
「…お、怒らないの?」
「怒る?何故…?」
怒る必要があったのか?
いや、だって、泣いてる女の子叱りつけるって、鬼畜過ぎる。
ってか、オレは女の子叱るの、苦手でもあるし、
「オレは今現在はシャルにも、シャルのお母さんにも中立でいるつもりだ。…もちろん、シャルにも言い分はあるだろうし、お母さんにもそれは同様だと思っている。
今回の喧嘩の原因を作ってしまったオレが言うのも難だけど、お互い距離を置いて落ち着いて話し合いをした方が無難だと思っていた。
だからこそ、君を預かったんだ。…今でもその考えは変わっていないし、ついでに言うなら、その考えを変えるつもりは無いよ」
苦笑を零して、改めてシャルの目を見た。
青み掛かった緑色の目。
そこには、既に知性が戻って来ている。
もう、混乱はしてないね。
大丈夫だと思いたい。
縋り付いていた彼女の体を少し引き離して、胸ポケットを漁る。
とり出したのは、ハンカチ。
シャルにハンカチをあげるのは、これで何度目だろう。
涙で濡れた目尻や、頬を拭ってやる。
ほんのり色付いた口元が、きゅっと引き結ばれていた。
「(…頑固なところは、あんまり治らないね…本当、)」
意固地を張って、決して曲げようとしない意思。
そこは、現代社会で生きてきた人間としては、尊敬に値する。
しかし、それを今の段階で、正解かと言うとそうでもない。
頑固で良い。
意見は曲げない。
そんな事が言えるのは、子どものうちだけだ。
大人になると、ほとんどが無視される。
意思なんて、関係ない。
そして、家族間では、それが時として大きな溝を作ってしまう。
生きてるうちなら、いくらでも修復出来る。
でも、逆に言えば、生きてるうちだけという事。
手遅れになってからでは、遅すぎる。
「シャル、さっき、聞いたよね?…オレが、一人っ子かどうか…」
「……え、ええ」
忘れちゃった?
まぁ、仕方ないのかもしれないね。
たった数時間なのに、色々あり過ぎたから。
「オレ、そういうの分かんないの。だって、捨て子だから」
「…ッ…!」
「…親も兄弟も、何もかも知らない。知ってるのは、産まれて数週間の時に、施設に収容されたってだけだから、」
初めて、話したかもしれない。
ゲイルには、アクシデントのせいで筒抜けにはなっているけど、
「これ、皆には内緒だよ?オレの出自、実は誰も知らないの。記録にも、一切残ってない…」
「…そ、そんな事が、」
絶句したシャル。
驚いただろうね。
オレも、ちょっとだけ驚いた。
一度、調べた事もある。
けど、分かったのは、結局オレが何者でも無い事だけだった。
親の顔は、知らない。
本当の名前も、分からない。
そもそも無いのかもしれない。
唯一貰ったのは、元の髪と眼の色だけ。
しかし、それも失った。
だからこそ、
「オレは、シャルが羨ましい。…だって、片親とはいえ、ちゃんと家族がいるじゃない?」
今、君が捨てようとしているものを、オレは止めてやりたい。
「生徒達もそうだよ?普通の生活を送って来た子ども達ばかりでは無いけど、それでも両親や兄弟がいる。なのに、今では離れ離れになって、いつ会えるのかも分からない」
「……そ、れは…悪かった、わ。…あたし、そんな」
少し、青い顔をしているシャル。
う~ん、また微妙な雰囲気になってしまった。
でも、必要な事だから、良く聞いて?
「文句が言えるのは、今だけなんだよ?…死んだり、離れ離れになったら、それこそ言いたいことも言えなくなる。…そんなの、シャルだって嫌だろ?」
「………そう、だ…ね」
「今のうちに、言いたいことぶちまけるのも有りだと思う。…だから、一回でも良いから、お家には帰ろうよ。それでもし、さっきと同じ言葉をお母さんから貰ったり、追い出されちゃったその時は、またこの校舎においで?」
それまで、シャルの願いは、保留にしておく。
オレが勝手に決めて良いことでも無い。
そもそもの発端は、オレ達だ。
その分、何かあれば遠慮なく頼って良い。
オレに気兼ねも必要なんて無いからな。
「さぁ、戻ろう。皆、探してる」
そのまま、シャルの手を引いて路地裏を後にする。
とにもかくにも、まずはシャルの確保が最優先。
今は、これだけで良しとしておこう。
***
シャルを見つける事は出来た。
ただ、移動距離が随分とあったせいか、早々に見付けられたにも関わらず、結局一番最後に集合することとなった。
裕に1時間以上は、探していたと言う事になる。
オレの指示通り、1時間で集合したのか、屯所の前には間宮、オリビア、ゲイルが揃い踏み。
「良かった、見つかったのですね!」
「ああ、遅くなって悪かった」
オレ達を見付けて、すぐさま駆け付けてくれたオリビア。
満面の笑顔だが、頬には何故か返り血が付いている。
……通行人Aの冥福を祈る。
イエス、ロリータ、ノー、タッチ。
そんな事よりも、
「…大丈夫ですか?シャルさん、顔色が優れませんが、」
「ちょっと、色々あったらしい…」
表題は、もう一人の幼女様だ。
オレに手を引かれて、ハンカチで口元を隠したシャル。
時間が経っているので、泣いた痕跡は残っていないが、顔色はまだ青白いままだ。
「大丈夫よ、オリビア」
「……は、はい。…なら、良いのですけど、」
心配してくれたオリビアに、少しぶっきら棒に返したシャル。
オリビアが首を傾げてはいるが、概ねいつも通り。
声音も、震えてはいない。
シャルについては、色々と濁しておく。
後で、説明だけはするから、今はちょっと置いておけ。
「(流石、ギンジ様です)」
「うん?どうした?」
「間宮が、お前の魔力を察知していたらしい。…何か、やったんだろう?」
ええー…っと?
もしかして、間宮、オレが『闇』魔法のアレンジを使ってたの、気付いたのか?
「(…半径4キロ内で、凄い魔力を感じておりました)」
「あらまぁ…ちょっと、やり過ぎた?」
「……何をしたんだ?」
「それも、割愛させて。…アグラヴェインが夜中に、手薬煉引いて待ってるとだけ言っておく…」
「……精霊を怒らせるなよ」
若干、呆れ交じりのゲイル。
間宮は、何故かご満悦の様子だった。
お前、魔法習得したばっかりなのに、もう魔力感じられるんだね…。
成長が早過ぎて、嬉しいやら、恐ろしいやら…。
ってか、ちょっと早まったかもしれない。
何が?
また、外で魔法を使ったことだよ。
今回、暴走はしていない。
だが、結構、大掛かりな魔法を使った。
また、天龍族が空から降ってくるとか、無いよね?
「…大丈夫だとは思うが、警戒はしておくか?」
「いや、もう警戒とか無いから。…常時、臨戦態勢になるから、」
もう、やめてー。
次こそ、命の保証が無くなっちゃうから。
閑話休題。
「シャルも疲れてるみたいだから、飯食ってそのまま帰ろう」
「買い物は良いのか?」
「うん、概ね買い終わったらしいし、食料品は腐るものも多いから明日にした方が良いだろう?」
「お前がそう言うなら、良いのかもしれんが、」
今日は、もうこれで、買い物もおしまい。
ゲイルが、何やら納得の行っていない様子だが、
「良いのよ、別に…」
「…そうか」
ゲイルが向けた視線の先で、シャルが居心地悪そうに身じろいた。
ちょっと、気まずくなってるのかな?
買い物が中断して、大捜索になっちゃったしね。
まぁ、なにはともあれ。
無事で良かった。
***
一月最後の日となった今日。
シャルにとっても、この校舎で過ごす最後の日。
お預かりしてからの一週間。
怒涛の如く、過ぎた毎日であった。
昼間のごたごたがあったからか。
シャルは少し落ち込んでいるのか、帰ってきてから大人しくしていた。
ダイニングで、生徒達と話をして、まったりしていたり、ついでに、女子組の魔法の自主習練に付き合っていたり。
口では、色々と言うけれど、本当は寂しいのかもしれない。
昼間、取り乱した様子の彼女の言葉で、それは良く伝わって来た。
それでも、明日から一度、帰宅させる。
また三日程の遠征になるので、一応面子はオレと間宮、ゲイル。
生徒達からも選出しようと思う。
一応、ぬか喜びになるかもしれないので、生徒達にはまだ戻ってくるかもしれない事は伝えていなかった。
それから、ささやかながら、昨日とは別にシャルのお別れ会を敢行。
調理担当は、相変わらず榊原と香神。
帰ってから、すぐに通達しておいたので、料理は滅茶苦茶手が込んでいた。
まぁ、その為に榊原の掃除当番、オレが代わったけどね。
その後、あれよあれよと、生徒達に取られてしまったけど…。
オレが出来たの、結局風呂掃除だけだったとか。
……しょんぼり。
そんなに、お前等掃除するの好きだったっけ?
それはともかく、
「シャルがいなくなって寂しくなるかもしれないが、また遊びに来てくれることを祈って。…乾杯!」
『かんぱーい!!』
「か、かんぱい」
眼をまん丸にして驚いているシャルを尻目に、今日もまたお祭り騒ぎ。
しかし、シャルはフードを被ったまま。
今日は、一目は無いので、シャルにもリラックスして良いと言ってあるのにね。
ああ、ちょっと恥ずかしいのかな?
仕方ないのかもしれない。
「これ、あたし達からね!」
「え、ええっと?…これは、何?」
そんなこんな。
良い感じに腹が膨れてきたところ。
そこで、生徒達からのサプライズがあった。
自分達の愛用している香水。
ミニサイズのボトルに入れ替えたものを、器用にもお手製のリボンでラッピングしてあった。
驚いて、成すがままに受け取ったシャル。
微笑ましい姿に、昼間同様ほっこりする。
「これは、オレ達からな!」
そして、驚くべきことに男子達からもサプライズ。
考える事一緒とか、お前等意外と仲が良いね。
綺麗な額縁に入った、寄せ書きのようなもの。
この世界に、色紙なんて洒落たものは無い。
だが、男子組は知恵を絞って、それを作り上げた。
型紙を取って、そこに羊皮紙を張り合わせ、額縁に収める。
これで、劣化は少ない筈だ。
寄せ書きも、少ない時間の中で皆で書いていたらしい。
オレも、食事の前に存在を知って、ちょっとだけ焦ったのは内緒にしておく。
ゲイルと一緒に、四苦八苦しながら書いた。
「次は一ヶ月後だって聞いたけど、いつでも遊びに来てね?」
「そうそう!ウチ等、大歓迎だし!」
「にししっ。…また、語ろうじゃん?」
そう言って、三者三様に抱き締められるシャル。
ああ、女子達のあの空気に、オレも知らず知らず癒される。
頬を真っ赤にして、抱擁を受け入れていたシャル。
「あ、ありがと…!」
あ~あ、女子組が泣かせた。
シャルが、口元をきゅっと引き結ぶ。
それと同時に、フードを被ってうつむいてしまった。
苦笑と共に、オレも席を立つ。
実は、オレもちょっとしたサプライズを用意しておいた。
「オレからは、これ。ちょっと、お前にとっては、嬉しくないものかもしれないけど、」
そう言って、簡易な木箱を取り出す。
中には、魔法具。
「…ッ、…これ…っ!!」
「お前の母さんの魔法具だ。…裏ルートを使って、流通していたものを買い占めておいた」
そうだ。
何を隠そう、ボミット病のオレ達も世話になっている、魔力放出型の魔法具。
一時期、買い占めた後、裏ルートにちょっとしたコネを作っておいた。
ギリギリグレーゾーンと言ったところだったが、魔法具の情報が入ったらこっちに回せと言ってあったのだ。
それから、4ヶ月。
情報が出てくる度に買い占めて溜め込んでいた分。
壊れてしまった分を含めても、校舎には12個の魔法具が存在していた。
一応、オレ達の分と治療実験の為に、4個を残し、シャルを通してシャルのお母さんに返還する。
「それに、気付いていた。…お前が、骨董品店を覗いた時、あからさまに落胆していたからな。もしかしてと思ってはいたんだが、これを探していたんじゃないのか?」
「……そんな、先生、……気付いて、」
驚きで、硬直してしまったらしいシャル。
ゴメンね、あんまり嬉しいものでは無くて。
それでも、
「壊れてしまったものを含めて、王国の記録に残っている個数と照合した。これで全部だ。もう、探さなくても大丈夫だと思うよ?」
もう、骨董品店を覗いて、落胆しなくても良いから。
お母さんの言い付けもあったんだろうけど、あんな悲しそうな顔だってしなくて良いから。
オレは、オレに出来る事を。
生徒達のサプライズの準備を眺めている傍らで、考えていたこと。
「…こんな事では、傷は癒えないと思う。…人間の社会は、それだけの事をお前達家族にしてしまった。心を壊してしまったという母親の事を聞いて、出来る事を考えていた」
「……でも、こんな簡単に、集められるなんて、」
「シャルでは見付けられないだろう、ルートもあったからね。…でも、オレは『予言の騎士』だもの。…使えるものは、猫の手でも猿の尻尾でも使うよ。狸爺どものコネだって、その為に持っているんだから」
猫も猿も、狸だって、この世界の人間と比べればマシだと言うのにね。
その中でも、それなりの地位を持っている人間。
それがオレだっただけ。
押し付けられてしまったとしても、要は使い様。
だから、許して?なんて事。
口が裂けても、言えないけども、
「少しだけで良いから、覚えておいてほしい。
権力で虐げるだけが、人間じゃないって事。…一部だけでも違うって事だけ、覚えておいて欲しい」
オレ達だけは違うと、分かって欲しい。
皮算用もあったけど、今では心の底から思っている。
「…魔族だとか、種族が違うとか、考えるの面倒くさいからさ…」
にっこり笑って、彼女の頭を撫でる。
フード越しの体温。
いつも以上に、熱いと感じる。
フードの下の唇が、わなわなと震えていた。
そして、そこから、ぽたりぽたりと落ちる滴。
我慢しなくても、良いんだよ。
頭を撫でながら、傍らにしゃがみ込む。
振り払われなかった。
今は、それだけで十分。
惜しむらくは、オレが彼女を両の手で抱き締めてやれない事だろうか。
いや、無いもの強請りは辞めよう。
抱き締めて、今度こそ幼女趣味と言われるのも嫌だしね。
「いつでも、待ってる。だから、遊びにおいで?就職だって、ここで考えてくれても良いからさ」
首を傾げつつ告げる。
そこで、限界を迎えたのか、
「…ば、馬鹿…ぁ…!!」
誰が?
シャルが。
オレの手を振り払って、伊野田へと抱き付いた。
シャルを受け止めた伊野田もまた、涙を零して抱き締めていた。
背後で聞こえる、すすり泣きの声。
男子達まで眼を潤ませてやんの。
ちょっと、オレも鼻がツンとしてしまった。
ってか、ゲイルを含めた騎士達。
お前等、号泣はちょっと…。
しんみりさせちゃったけど、少しでもシャルの心が晴れてくれたらそれで良い。
今だけで良いから、お母さんとの間で起こってしまったいざこざも忘れてしまえば良い。
原因を作ったのは、オレ達だから、少しは償っておかないと。
これは、本の些細な贖罪。
一月末日となった最後の日。
涙声が響くダイニングで、お別れ会は無事に終了した。
そのまま彼女が帰るのか。
それとも、戻ってくるのか。
今はまだ分からない。
でも、シャルも素直になれば、根は良い子。
お母さんの教育の賜物だろう。
ならば、そのお母さんだって、きっと話せば分かってくれる筈。
その為に、オレ達も協力する。
その考えは、変えようとは思わなかった。
***
更に、その夜の事だった。
オレが出かけている間に、業者が来たのか。
部屋の窓の修繕も終わっていた。
騎士団が手配してくれたらしい。
ついでに、オレがいつか蹴り空けたドアの穴も、ドアごと取り換えられていた。
何から何まで、申し訳無い。
おかげで、今日からまた、自分の部屋で眠ることが出来そうだ。
***
蝋燭の明かり一つ。
ベッドの上で、座禅を組む。
今日は、オリビアは一緒には寝ていない。
シャル達と共に、リビングで仲良くお泊り会らしい。
今頃、リビングは女子の園となっているだろう。
布団やら何やらを持ち込んで、わいわいと騒いでいた。
羨ましい、と言いたい。
だが、生徒相手なので自重。
伊野田とオリビアとシャル。
年齢はともかく、三人纏めて幼女だ。
そこにオレが突入したら、今度こそ変態のレッテルが貼られる。
杉坂姉妹に誘われたとしても辞退しておいた。
やめてくれ、女子の園に男を誘うのは。
と言う訳で、今日は寂しく一人で就寝。
とは、まだ至っていない。
オレには、まだ最後に残した、徳大イベントが待っている。
「(改めて、ごめんなさい)」
ーーーーー本当にな。
アグラヴェインへの謝罪である。
本気で、もうゴメンなさい。
昨日は昨日で散々扱き使っておいて、泥酔していたので謝罪を忘れてしまった。
そして、本日。
滅茶苦茶とも言える無理を言って、シャルの捜索の際に大変お世話になりました。
「(おかげで、シャルも無事だったよ。本当にありがとう。使いっぱしりにしてゴメン)」
「まぁ、今回は仕方あるまい」
唐突にクリアになったアグラヴェインの声。
瞑っていた眼を瞬くと、そこは真っ暗闇。
いつの間にか、オレは闇の中。
部屋の中、ベッドの上で座禅を組んでいた筈が、眼の前にはアグラヴェインがどっかりと胡坐を掻いている。
また精神世界にご案内って事ですかね?
息苦しくならない程度に、お願いします。
って、思ってたら、
「もう、お主が呼吸をしなくなると言う状況は起こらぬよ。…やっとではあるが、既に主と我の精神世界が繋がっておる。無理に夢に誘う必要も無くなった」
との事で。
ほっと、一息。
しかし、その後の台詞には安心出来ない。
「このような扱いを受けたのは初めてだ。礼を言うぞ、主。おかげで、お主には貸しがたんまりと出来たようだからな」
表情が見えるのであれば、彼はうっそりと笑っているだろう。
しかも、眼が笑っていないとかいう芸当で。
プレッシャーで吐血でもしてしまいそうだ。
ボミット病が再発するかもしれない。
……その貸しが、返せるものである事を祈る。
……切実に。
でも、まぁ。
これも、ケジメだ。
助けて貰ったのは事実。
眼を背けては、失礼に当たる。
神様、仏様、アグラヴェイン様。
本当に、ありがとうございます。
そして、本当に申し訳ありませんでした。
土下座よろしく、精神世界の地面に三つ指突いて、お辞儀をする。
謝罪は誠心誠意、真心込めて行うものです。
ビバ☆日本人。
「…それが、誠心誠意の心中であればな」
「ごめんなさい」
ごほん。
若干思考がズレたので、軌道修正。
しかし、素直に謝ると満足してくれたのか。
バリトンの渋い笑い声が響く。
この声は、割と好き。
落ち付く感じがするから。
そのうち、バラードでも歌ってもらおうか。
良い子守歌になりそうだ。
……やめておこう。
借りが増えると、オレが怖い。
「しかし、主も面白い使い方をしおったな」
内心は、ともかく。
アグラヴェインは、どこか興味深そうに、改めて口火を切った。
「ああ、『探索』の事ね。…出来るかどうかは、アンタの返答次第だったけど、」
「過去、数百万年。…このような使い方をしたのは、初めてであったわ」
そうだろうね。
オレだって、出来るかどうか半信半疑だった。
何が?って、現代知識と魔法を融合した、簡易な『監視カメラ』だ。
オーバーテクノロジーの粋でもある。
そこに、魔法の力を加えて、可能にした隠し玉。
隠し玉と言っても、思い付いたのはあの時だけどね。
だが、今回はそれがどうしても必要だった。
ダドルアード王国は、とにかく広い。
東京都23区とは言わないが、その7割ぐらいなら収まるだろう。
その中から、手探りで一人の少女を探す。
丸一日掛かっても可笑しくない。
それこそ、無茶苦茶大変である。
そこで、ふと思い付いたのは、現代での人探し。
監視カメラ等に残った足跡を追って、もしくは探索用の発信機を使って。
オレも任務で何度か経験している。
失敗もしたし、成功もした。
殺したりもしたし、保護したりもした。
物騒になった。
閑話休題。
無いなら作れば良い、という精神はこの世界に来てから培われた。
ついでに、今もめきめきと逞しく育まれている。
だからこそ、即席で出来る方法を精査した。
その結果、知識に基づいて、魔法を応用したと言える。
録画機能は無し。
場所は任意。
しかも、リアルタイム。
生の映像を、その場で脳に叩き入れるだけだ。
ただ、今回のは反省点が多すぎる。
明らかに脳がオーバーヒートを起こし掛けていた。
次があるとは思いたくないが、出来ればもっと効率を良くしたいものだ。
「…次にやる時は、主も魔力の調節を少し学べ」
「……肝に銘じマス」
はい、それも反省点です。
猛省します。
それはともかく。
『闇』というのは、案外身近に存在している。
光があれば、必然的に闇も生まれる。
それが、物理的なものであれば、自然の摂理と同義。
街の中には、眼に見えないところで、あらゆる闇が存在する。
精神的なものでは無く。
建物の影、人混みの雑踏、路地裏。
光を遮るものさえあれば、そこに影が出来る。
それを、『闇』魔法で半径4キロに渡って把握。
アグラヴェインに調節を任せ、可視域に設定。
後は、オレの中に流れ込んでくる映像を、逐一取捨選択。
原理としては、GPSに近い。
人工衛星は闇。
そのネットワークはアグラヴェイン。
端末はオレ。
ちょっとした、実験でもあった。
半信半疑ながら、良く成功したものだ。
「オレの世界では、あれが普通なの。今回みたいに、範囲を設定して、今現在の情報を端末ですぐさま取得できる」
「主は、本に面白い。…これで、我を使い走りのようにしなければ、愛嬌とも言えるのになぁ」
「その節は、本当に申し訳ありませんでした」
そして、結局謝罪を繰り返す、と。
いや、別に仕方無いけどね。
さっき漏らしてたけど、過去数百年前から存在する精霊様だ。
オレと彼では、逆立ちしたって同等には程遠い。
オリビアと同年代の可能性もある訳だ。
いや、オリビアはオリビアで、また別みたいだけど。
眷属になってるのに、主体がオレだから。
何かがおかしい。
「能天気な女神と一緒にするな。あれでも、我等よりも遙かに若いのだ」
「………はい?」
前言撤回。
アグラヴェインの方が、更に老けてた。
しかも、オリビアの事、能天気って…。
確かに、いつもにこにこしてるけど、そこまで言わんでも。
……天然なのは、認めるが。
しかし、オレの内心など知らず、
「老けたとは、随分な言い回しをする。我等は老い等あり得ぬ」
食い付いたのは、そっち?
お爺ちゃんって呼ばれるとか思った?
いや、呼ばないよ?
まだ、そこまで慣れてないから。
また『断罪』とか言って、ぐっさりやられても困る。
次は、ショック死の可能性がある。
「年齢も関係ないって事?」
「そう言う事になるな」
あらまぁ、それは凄いわ。
人間基準に考えちゃいけないって事が、しみじみと分かった。
「そも、人間は寿命が短すぎるのだ。お主、不老不死の研究でもしてみてはどうか?」
「…出来る事と出来ない事は弁えてる。…それに、これ以上人間に増長させたら、世界がもっと大変な事になりそうだろ?」
「違いない…」
くくくっと、喉奥を鳴らして笑ったアグラヴェイン。
割と、良い関係は築けているのかもしれない。
「ありがとう、アグラヴェイン」
改めて、礼をする。
今後ともよろしくお願いします。
オレがまだまだ未熟なうちは、頭が上がらなさそう。
小言も皮肉も恨み事も、これから沢山受ける事になるだろう。
それでも、オレは努力する。
だから、力を貸してくれ。
甘えているのは、否定できないけど。
さて、謝罪も済んだ。
一応、赦免もしてもらえただろう。
そろそろ、お暇しようか。
時刻は、おそらく夜半に差し掛かる。
今日ぐらいは早めに体を休めないと、また生徒達にブーイングを受ける。
嫌味を言われるのは慣れているが、まさか頑張った分だけ言われるとは…。
純粋な生徒達の心配。
嫌悪されているよりはマシ。
だが、背中がむず痒くなるのは、未だに慣れない。
しかし、ふとそこで、思い出す。
また忘れていた。
謝罪と同じく、大事なことが一つあったのだ。
「また、謝らなきゃいけないかもしれない事かもしれないんだけど、聞いてくれるか?」
「…言ってみよ」
謝罪が効いたのか。
アグラヴェインは、嫌味も言わずに先を促した。
まぁ、露骨に警戒はしているけど、
「シャルの母親の事だ。…あの時、探索領域の中にいた、フード姿の人影…森小神族だったか?」
まずは、聞きたかった事。
まだ、しっくり来ないのだ。
シャルが言っていた、母親との再会。
その内容は聞いたものの、引っ掛かる部分が多すぎる。
「…さてなぁ。…主が探していたのは、森小神族の小娘のみ。それ以外は、我も探ってはおらなんだ」
そうだね。
オレの意識も、シャルに完全に向いていた。
だから、アグラヴェインも詳しく、人影の事は観察も探査もしなかった。
周りの環境を見るので精一杯だった事もある。
もう少し、相手の事を気にかけるべきだった。
今回の反省点でもある。
今更言っても、もう遅いけど。
「母親も森小神族の筈なのに、お前も分からなかったのか?」
「…そういえば、そうさな。偶然か、それとも、」
意図的に探られないようにしたか。
オレは分からない。
雰囲気などで察知は出来る。
けど、あの闇を使った『探索』の主体は、アグラヴェインだった。
だから、オレには気配は分からない。
しかし、その『探索』の主体であったアグラヴェインも分からなかったと言う。
数百万年の時を生きた、叡智も経験も持った精霊が、だ。
そんな事が有り得るのか。
不思議に思ってしまう事は、多々ある。
ならば、先にシャルの母親のポテンシャルを考えてみよう。
シャルの母親の二つ名は『太古の魔女』。
現在でも風化しない異名と共に、冒険者ギルドでは過去数百年で一度でSランクへ上った人物と語り継がれている。
有り得ると考えて良いのかもしれない。
ただ、そこで更に疑問。
気配は探れなくても、オレは魔力は察知出来た。
メインのシャル。
間宮、オリビア、ゲイル。
それぞれを察知した時も、視界と共に魔力を『探索』していた。
しかし、そこにシャルの母親は含まれない。
森小神族であり、魔法の天才とも呼ばれた『太古の魔女』。
それほどの人物の魔力を、オレは探知出来なかった。
同様に、アグラヴェインも探知していない。
「…誤魔化す方法はいくらでもある。そう言う事にしておくのは、簡単ではあるが、」
「誤魔化すならば、な。しかし、あの時、我は確かに森小神族の魔力と気配を探した。
我が『闇』の領域から探知を逃れるとは、よほどの事が無い限りは不可能に近いだろうな」
よほどの事があったのか。
何かの魔法具や、魔導具の存在か。
今は、保留にしておくしか無いだろう。
推論の域を出ないから。
「じゃあ、次…」
「…まだあるのか?」
ああ、ゴメンなさい。
むしろ、まだまだあると言った方が良い。
聞くだけ聞いて?
それなら、タダなんだから。
「…間宮は、オレ達を捕捉していたらしい」
アイツ、オレとシャルが再会した時、実は近くにいたのだ。
いつの間にか、と言うべきか。
もしくは、偶然だったのかもしれない。
路地裏の影から、そっと見守っていたらしい。
なにそれ、ちょっと怖い…。
とは、思わなくもない。
しかし、問題なのは、次。
彼は、あの狭い路地裏の中で、誰ともすれ違わなかったと言っている。
「オレが入ったのは、東側の入口から。間宮が入ったのは西側の入り口からだった。到達点は同じ。
路地裏は、入り組んでいるから絶対では無いだろうけど、すれ違わないどころか影も形も見ていないとなると、少し可笑しい」
「…何が言いたい?」
顎に手を当てて、考え込んでいたアグラヴェイン。
ふと、視線がこちらへ向けられた。
オレは、その視線に挑む。
「シャルの狂言の可能性がある」
「…ふむ。一理あるか…」
シャルが会ったと言う母親。
その物証が無い現段階では、彼女の言葉を丸っと鵜呑みには出来ない。
「…して?…主は、それをどうやって証明したいのだ?」
流石は、数百万年の時を過ごす精霊。
オレの考えは、伝わっているようだ。
促された言葉の続き。
こくりと頷いて、オレは本当の目的を口にした。
***
上手くいった。
素直に、そう思っている。
しかし、それ以外では上手くいかない。
何故か、思う通りにはいかないのだ。
時刻は、夜半過ぎ。
先ほどまで、騒いでいたこの校舎の女子達も、すやすやと眠りについたようだ。
痛む頭を抑えつつ、起き上がる。
どうやら、シャルの体であっても私の魔力の馴染みが悪いようだ。
体が重く、息苦しいと感じる。
隣に眠っている少女達に、ふと眼を向ける。
記憶から顔を一致させれば、イノタ、ソフィア、エマ、オリビア。
イノタとは変な名前をしおると考えつつも、特に世話を焼いてくれた少女に苦笑を零す。
しかも、四人のうち三人は、『聖王教会』の女神の名前。
序列が四本の指に入る筈の名前である。
全く持って、驚かされる。
あれよあれよと言う間に、同衾を許してしまった。
お泊り会などと称し、結局は色恋沙汰を話したかっただけでは無いか。
女子特有の姦しい声。
それが、リビングの中で響いていた。
こんな時、シャルならどうしていたのか。
記憶を探って、どうにかこうにか乗り切った。
その記憶のおかげで、シャルがどうしてここに来たのか理解もした。
納得もした。
森での人間共との邂逅から始まり、
転移魔法内でのゴーレムとの遭遇、
彼と共に共闘した呆気ない程のゴーレムの破壊、
そして、その後の約束。
どうやら、あの青二才は私と同じく、ボミット病。
そして、そのボミット病の治療研究を行っているようだ。
その流れで、私の偽名を知った。
だからこそ、私にシャルを通してコンタクトを取りたがっていた。
全容は知れた。
だからこそ、シャルはここにいる。
私と喧嘩別れ、そして家出。
その上で、この校舎の青二才を頼った理由。
しかしながら、
「(青二才に惚れたのは、分からぬでも無いがな…)」
自嘲気味に、微笑んだ。
先程までの女子達との会話が、思い起こされる。
会話の大半が、青二才ことギンジの事であった。
やれ、あの男が何をした。
やれ、あの男の体がどうだった。
聞いてて恥ずかしくなるような、赤裸々な話も出てきた。
どこがとは言わぬが、雄々しいらしい。
確かめてみるか?と、苦笑が漏れる。
確かに、と思う部分はある。
シャルの記憶に、賛同もした。
昼間の時は私も危うく、一時はあの男に身を任せてしまいそうになった。
絆され無かったと言えば、嘘になる。
自然と、あの男の言葉には力があった。
声にも、立ち居振舞いにも、覇気があった。
怒鳴られれば、自然と黙ってしまう。
言葉を聞いていると、耳を傾けてしまう。
男どもを力で侍らせていたこともあるこの私がだ。
その生い立ちを聞けば納得した。
親兄弟がいない。
ましてや、それを知る術もない。
何者でも無いと聞かされた時には、絶句してしまった。
そして、胸が締め付けられた。
悪さをした後のばつの悪さ。
それに、心に刺さる事ばかりしてくれる。
良くも悪くも。
シャルには、特段甘い顔をしていた。
声も、同様に甘かった。
ハンカチで顔を拭われ、慰められた時。
私は、どんな顔をしていただろうか。
正直言って、記憶が曖昧になる程には、あの男に見惚れてしまっていた。
遺憾な事だ。
更に、数々の心配り。
気の回る男だとは思っていたが、予想以上だった。
あの魔法具を見せられた時は、特に。
「(もう二度と、戻ってくるとは思っておらなんだ…)」
驚かされたと同時、柄にも無く噎び泣きそうになってしまった。
わざわざ、集めていた?
あの魔法具を?
種族も違う小娘一人の為に?
それも魔族である、森小神族の為に?
そんな人間がいるとは思ってもみなかった。
「(しかも、あの男、まさかあの魔法具の本来の使用用途に気付いておったとは、)」
治療用のものを残させてくれ。
そう言って、打診された。
驚いた。
再三の驚き。
そのせいで、上手く返答が出来たかどうか。
これまた曖昧であった。
本来であれば、ボミット病の緩和を目的とした魔法具。
戦争の折に、王国に奪われて、殺戮の道具や拷問の用途としても使われた。
泣いても喚いても、暴れたとしても。
反故にされ、王国から返還される事の無かったそれ。
それが、意図も簡単に。
いっそ呆気ないと思える程。
私の手元に戻って来た。
それも、たった一人の男の手で。
嬉しい。
なのに、悔しい。
私では絶対に出来なかったこと。
それを、この男は片手間で出来てしまった。
ボミット病の治療薬を、既に見付けているとも言う。
私ですら、緩和するだけで精一杯だと言うのに、この男は治療まで行う事を前提に研究している。
シャルの体とは言え、中身は私。
年甲斐も無く泣いてしまった。
嬉しさもあったが、同時に悔しさがあった。
今まで、こんな人間はいなかった。
こんな人間がいると、思ってもみなかった。
上手くいった。
この校舎に、シャルの体を使って、紛れ込んだこと。
しかし、上手くいかない。
この校舎で、シャルの体を使って、人間共を陥れる事。
むしろ、出来そうにない。
「(…ここまでシャルが懐いているとは、予想外であったわ…)」
ここの人間達は、普通とは違う。
生徒達と呼ばれていた年頃の子ども達はおろか、騎士達ですら違うのだ。
我等、森小神族を見て、平然としているとは思ってもみなかった。
誰もが血眼になって、獣のように我らの種族を求めてきた時代は何だったのか?
不敬どころか、不快な視線一つ寄越さない。
調子が狂う。
今では、ここにいる事すら心苦しい。
ここは、居心地が良すぎる。
知らなければ良かった。
あの男へ縋り付いた時、シャルの記憶を反映しながら少しばかり大袈裟にしてみたが、まさしくその通りだとしか言いようがない。
あの森にあるのは、病床の私と何も無い世界。
この校舎にあるのは、暖か過ぎる陽だまりのような世界。
勉学に、修練。
未熟な魔族の子どもだと言うのに、教鞭を取らせてくれる教師。
それを、時に支え、励まし、笑い合う生徒達。
心苦しいだけでは無く、いっそ背に氷塊を落とされたかのように冷えた。
申し訳無くなってしまう。
私はシャルでは無い。
その母親だ。
この娘では無い自分に、彼等は気付いていない。
ぶちまける事が出来れば、いっそどれだけ良いのか。
無意識のうちに、謝りたくなってしまう。
そんな経験、ここ数十年では感じた事すら無かったのに。
しかし、もう事は起こしてしまった。
シャルの体を乗っ取った。
潜入もした。
そして、全てを偽って、あの男に伝えてしまった。
「(……だが、最期とシャルに言った手前、ここで止めるのは癪じゃのう)」
もう、後戻りは出来ない。
虚勢を張るしか、もう残されていない。
昔から、指摘されて来た悪い癖。
見えを張るばかりで、謝罪も出来ない自分。
馬鹿な自分には、それしか残されていなかったから。
だとすれば、
「(…華々しく散ってくれよう。…あの男が、どんな反応を見せてくれるのか楽しみじゃ)」
行動を起こせば、後は早い。
よろめきつつも、立ち上がり、リビングの部屋を出て行った。
すやすやと眠る少女たちの寝息を後ろ背に。
「…すまぬのう…。最後の夜を、台無しにしてしまって…」
振り返りつつ、小声で告げる。
自然と、眼の前が歪んでしまった。
「んぅ…しゃる、ちゃん…」
寝言が一つ。
静まり返ったリビングに、響いた。
零したのは、おそらくイノタという少女だろう。
とても優しく、シャルの姉妹のように振舞ってくれた少女。
生きていたら、もう一度会いたい。
会って、礼が言いたい。
「(無理な話ではあるがな、)」
自嘲とも言える笑みを、口元に貼り付けて。
階段を降りた。
ふらつく足で、一歩一歩慎重に。
目指すのは、未だ蝋燭の明かりが洩れるドア。
まさか、この時間まで起きているとは思ってもみなかった。
だが、好都合でもある。
もうしばらく起きていて貰わなければ困る。
震える手を、無理やりに抑え込む。
戦慄く唇を引き結び、奥歯を噛み締めた。
ノック。
ノック。
ノック。
どうか、願わくば。
この行動が、最悪の結果とならぬことを祈ろうか。
私を怨んでおくれ、愛しい娘。
堪えた筈の涙が、頬を伝って落ちた。
憎しみを抱いても構わない。
シャルの悲しみが、少なく済むならば、それで良い。
***
ーーーーーコン、コン、コン。
自棄に、一定の間隔の空いた、ノックの音。
アグラヴェインとの対話も終えて、オレが確認したかった事もなんとか了承を得た。
散々嫌味も皮肉も言われ、また平謝りをする結果ともなった。
だが、オレは満足している。
まぁ、自己満足ってだけで、誰にも得なんかないのかもしれないけど。
対話の名残りか、他の要因か。
十中八九、後者のような気がする。
また、怒られるな。
誰に?
生徒達にだ。
ついつい、無茶をしてしまう。
それが出来てしまうのも、要因かもしれない。
彼等から言われるだろう、皮肉や嫌味。
簡単に想像出来て、自嘲を零した。
鐘の中に頭を突っ込んだかと思える程の耳鳴り。
ガンガンと痛む頭は、二日酔いよりも厳しいかもしれない。
痛む頭を抑えつつ、ベッドを降りた。
時刻は、午前1時を過ぎている。
ドアまでの距離。
そこで、こんな夜分にやってきた訪問者の気配を探る。
すぐに分かった。
森小神族の気配は、特殊だからな。
脳裏には、先ほどまでアグラヴェインと議題にしていた張本人。
随分と、リアルタイムにやってくるものだ。
苦笑と共に、ドアを開いた。
「…どうした?」
確認などしない。
だって、もう分かってる。
緑掛かった銀色の髪。
青み掛かった淡い緑色の瞳。
吊り眼がちの切れ長の目。
引き結んだ唇。
ウチに期間限定で居候している森小神族の少女だ。
だが、ちょっとだけ驚いた。
「…なんで、泣いてる?」
「………。」
その頬に流れた一筋の涙。
予想に反して、彼女は泣きながらオレの部屋を訪れた。
……いやいや。
なんでそんな悲壮感漂った顔で、やってくるんだい?
「…ちょっと、話がしたかったの」
「内容によるけど、明日じゃ駄目なのか?明日も早いんだし、もう寝た方が良いんじゃないのか?」
「明日以降、二人っきりで話せるの?」
「……それは、ちょっと厳しいかも」
彼女の言葉に、苦笑すら出来ない。
うん、厳しい。
明日からは、間宮を含む生徒達もゲイルも、護衛の騎士も同行する。
どう頑張っても、二人っきりってのは無理。
「…分かったよ。おいで」
「邪魔するわ」
仕方ない。
最悪、明日からの称号がロリコンになる事を覚悟で、招き入れるしかなさそうだ。
いやはや、オレはノーマルだった筈なのに。
こっちに来てから変態まっしぐら。
部屋に入ったシャル。
机が汚かったからか、眼を丸くしている。
散らかってって失礼?
最近、片付ける暇も無かったし、そもそも部屋にもいなかったからね。
「…さぁ、どうぞ」
そう言って、その机の椅子を引く。
淑女へのマナーだ。
「あ、ありがと」
礼を言って、座った彼女。
自棄にしおらしいものだ。
それを、見届けてから、オレは対面になるようにベッドへと座る。
「それで、どうしたの?急ぎの話?」
改めて向かい合ったシャルに、話を促す。
こういう時は、先に口火を切ってあげた方が良い。
「…あ、明日の事なんだけど、」
「うん」
おずおずと話し出した彼女。
少し、考えがまとまっていないのか、視線があちらこちらへと泳いでいる。
良いよ。
別に、まとまってからでも。
ゆっくり考えてから、喋って。
じゃないと、間違いも指摘出来ない。
「…やっぱり、あれから考えたんだけど、」
「あれからってのは?」
「昼間の、…帰るか帰らないか、で…」
ふむ。
一応は、考えていたのか。
帰るか帰らないか。
落ち着いてから、もう一度考えようと言っておいたが、考えてはいたようだ。
別に、馬鹿にしてるわけじゃない。
そして、オレも忘れていた訳では無い。
ちょっとやることがいっぱいだったのと、ついでに女子達に搔っ攫われたとか。
相鎚は程々に。
先を促す。
いや、彼女が言いたいことは、分かっているけどね。
ちゃんと最後まで、聞いてあげよう。
「…やっぱり、明日は行かない。…あたし、このままここにいたい」
「駄目だ」
「……ッ…!」
そして、最後まで聞き届け、返答する。
否定ははっきりと。
オレは、彼女の言葉に、しっかりとノーを突きつけた。
「どうして…!?」
「駄目なものは駄目。一度話し合いをさせないとならない」
「…でも、あたしは行きたくない…!」
「どうして?…お母さんに言われた事を気にしてるとしても、一度は顔を合わせて話すまでは、鵜呑みにしちゃいけないんじゃないの?」
理路整然と、必要な事だと言い張る。
鵜呑みに出来ないって事。
意味、ちゃんと分かってる?
それに、オレは話した筈だよ?
家族としての確執やらなにやらが許されるのは、生きているうちだけだって。
死んだら、もう二度と言う事も出来ない。
「お母さんが死にかけてるのは、本当の事だったんだろう?弱っているから、助けたいって泣いたのはお前だっただろう?」
「で、でも…あたし、追い出されたのよ?…それに、もう二度と顔も見たくないなんて言われて…!…もう、あんな言葉聞きたくない!」
駄々を捏ねる彼女。
いや、拒絶をしている、と言うべきか。
帰る事が嫌なんじゃない。
母親と対面するのが、怖いだけ。
吐かれた言葉の数々。
それを、彼女はどう受け取ったのか。
そりゃ、確かに事実上の絶縁宣言だとは思うけど、
「このままだと、お母さんとはもう一生会えなくなるよ?絶縁宣言されたんだから当然だけど、本当にこの終わり方で良いの?」
「…そ、れは…!」
「昼間言っただろう?同じことを何度も言わせないでくれ」
同じことを言わせるな。
彼女も見た目こそ少女だが、中身はそこそこの年齢には達している。
たとえ、人間で換算して12・3歳程度だと言っても。
理解力は大人並だろうからな。
それに、
「帰りたくない理由は、別にあるんじゃないのか?」
「…ッ!」
前置きは、これだけで良い。
これ以上は、オレがキレたくなって来る。
オレの言葉に、息を呑んだ彼女。
ここまで駄々と捏ね、帰宅を拒否する。
その理由は、何も母親からの叱責が怖いだけでは無いだろう。
何かを隠している。
その何かは、彼女の家の事。
知られると、不味いものがある。
見られてはいけないものがある。
オレは、そう睨んでいた。
確信も、そこそこある。
だからこそ、もう問答を必要としていない。
言葉を失って絶句している彼女。
膝で握り込まれた掌が、白くなっていた。
顔色も少し悪いだろうか。
あまり、虐めるつもりはない。
そんな趣味も持ってない。
だから、とっとと要件を言おう。
要件を聞くのでは無く、言うのだ。
「お前、誰だよ?…シャルじゃないだろう」
部屋の中が、静まり返る。
蝋燭の灯りが、燻るようにして揺れた。
***
すみませんが、今日はちょっと駆け足。
誤字脱字乱文等失礼致します。




