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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、騎士昇格試験編
65/179

54時間目 「昇格試験~収束後、新たな訪問者~」

2015年12月8日初投稿。


一旦、寝てからまたしても執筆。

収束してからのが、筆が進むってどういう事でしょうね?

これで、なんとか昇格試験編は終わります。


54話目です。


***



 お持て成し(・・・・・)は終了しました。

 主に、文明の利器で。

 現代の科学の勝利であった。


 まさか、ブルドックも然ることながら、CNガスも有効だとは。


 一件が収束した今現在。

 場所を移して、仮設テント内で休憩中。


 咳やくしゃみ、涙や鼻水でエライ事になってる天龍族の女性陣三名と一緒だ。

 一応、彼女達から武器やら何やらは、取り上げた。

 抵抗する意思も、それを出来るだけの元気も無さそうなので、拘束したりはしていない。


 その間に、咳で痙攣を起こし始めていた伯垂はくすいの処置。

 ちょっと気管支が弱かったかな?

 喘息か何かの持病でも持っていたのかもしれない。

 間宮の介護もあって、彼女はすやすやと眠っている。


 残りの二名には洗浄治療。

 CNガスは洗い流せば、多少は効果を緩和出来るから。


 後、明淘めいとうには、傷の手当ても行ってやる。

 弾丸はオレの想像で出来た『闇』魔法。

 中に弾丸は残ってはいないだろうが、威力は本物。

 なので、念の為骨が折れていないかまで確認した。


「けほっ…っくちゅん!…教師と聞いていたが、」

「一応、知識だけはあるから医者も兼任だ。ついでに、これでも冒険者ギルドに所属してて、これから騎士にもなる予定だった」

「……はっくちゅん!多彩な才だな…」

「…魔力お化けと言われさえしなけりゃな」

「違いない…ッはくちゅん!!」


 されるがままに手当てを受ける明淘めいとう

 膝の関節を痛めているようだが、傷はほとんど治りかけている。


 もしかして、魔族だから?


「っくちゅん!…ケホッケホッ…!!…そうだ。それがどうした?」

「ああ、いや…。ここまで、治りが早いのも、考えものだなぁと…」

「はくちゅん!!…何故だ?」

「………無理してしゃべらなくても良いからな?」


 まだまだ、くしゃみと鼻水、咳が止まらないようだ。

 おかげで、その度に治療が中断する。


 酒で洗浄して、消毒。

 けど、傷が治りかけているせいで、雑菌が入っていないか心配。

 抗生物質持ってるけど、魔族に使っても大丈夫?


「(やめた方がよろしいかと、)」

「だよな。…副作用で死なれても困る」


 隣で補助をしていた間宮に、釘を刺される。

 破傷風が怖いけど、魔族だから逆に大丈夫そう?


 抗生物質は取りやめて、諦めて根気良く消毒するしか無さそう。


 女の子らしいながらも鍛えられた脚。

 傷痕がいくつも残っているが、やはりこういうところは武芸者らしい。

 傷が治っても、傷痕は残ってしまうのだろうか。


「はっくちゅん!…なな何故、じっと見ている…!」

「ああ、いや。他意は無いよ。…ただ、傷痕残るかもしれないから、」

「………。…ッくちゅん!」


 無言になったつもりが、結局くしゃみをした明淘めいとう

 だから、無理して喋らなくて良いから。

 明淘めいとうはCNガスの一連の作用で赤くなった顔を更に赤らめて、オレの手元を凝視している。


 まぁ、今さっき敵だった人間に手当て受けるのは、落ち着かないだろうね。

 オレも今、若干背中がチクチクして落ち着かないもん。


 背後には朱蒙しゅもう

 めちゃくちゃ、睨まれている。

 それこそ、般若の表情で。

 こちらも涙や鼻水で顔面がエライ事になっているから、迫力には欠けるけど。


 目線だけで人が殺せるなら、それは彼女の十八番になりそうだ。


「…はっくしゅん!!…貴様、今更私たちに施しをして、どういうつもりだ?」

「施しって…。別に、へりくだる訳じゃないよ。さっき使った薬品は、正しく洗浄しないと大惨事に成りかねないし、後々そのせいで後遺症が残ったら可哀想だからってだけで、」

「…それが、施しだと言うのだ!…ッ、ゲホッゴホッ!」

「…だから、無理して喋るなって。…穴と言う穴の粘膜が陥落してんだから、」


 言い方が卑猥になった…。

 隣の間宮が、ちょっとだけ顔を赤らめている。

 やめろ、その反応。


 だけど、言い分は本当の事だ。

 効果は30分~40分。

 正常な状態に戻るには、更に数時間を要する。

 一時的な失明もあり得るし、伯垂はくすいのように痙攣発作さえ起こし得る。


「…まぁ、後々今回の件以外で、問題を持ち出されない為にやってるだけだから安心してよ。治療費は請求しないけど、このまま大人しく天龍宮とやらに帰ってくれれば良い」

「………。…ッ、はっくしゅん!!はくしゅん!!」


 あれ?デジャブ?

 さっきの明淘めいとうと同じように、無言になったと思ったらくしゃみ連発。


 朱蒙しゅもうの表情が、更に羞恥に歪んだ。


 まぁ、今のはオレの本心。

 後々の交渉材料に、今回の後遺症でも持ち出されたら何も言えない。

 オレの魔力を危険分子と判断したとはいえ、撃退したのは自己防衛の為だ。

 そっちは問題にされたとしても、いくらでも言い訳というか弁解は出来るが、後遺症に関しては全く別問題。


 こっちの世界には裁判も裁判所も無い。

 弁護士なんてものもいないんだから、無茶も大概だ。


「見事なものですなぁ。…いやはや、医療の知識まで学ばれているとは、」

「…どうも」


 背後でほくほくと笑っているのは、ジョセフ参謀のみ。

 嫌味なのか、純粋に褒めているのか分らないので放置したままだ。


 戦々恐々としているのは、ウィリアムス国王陛下と、ウィンチェスター公爵閣下、魔術師部隊総帥のリリアンさん。

 そりゃ、眼の前には天龍族。

 このような状況とは言え、彼女達は魔族の中でも上位だ。

 襲いかかられたら、オレ達以外は一溜りも無い。


 ちなみにではあるが、オレはこれにて試験終了。

 基礎体力試験に関しては、ゲイルがお墨付き。

 ついでに、その後のお持て成しで、文句無しの合格が決定した。


 現在、医療知識も披露しているし、元々の王国への貢献度もあって最後の試験もパスする事となった。

 必要無いよ、と国王からの申し出だったので、ありがたく受けておく。

 この後に、筆記試験なんて事になれば、オレは机に突っ伏す事しか出来ないだろうから。


 更についでではあるが、さっきまでドンぱちやってた訓練場。

 そこでは、再度改めて騎士昇格試験や採用試験が行われている。


 最初のオレ達のインパクトが強過ぎた事もあってか。

 参加者の意欲は、若干右肩下がり。

 天龍族の覇気によって倒れた参加者達も、残念ながらリタイア扱いとなるらしい。


 本気でごめんなさい。

 邪魔するつもりは無かった筈なのに、結局大騒ぎになってしまった。


 それもこれも、オレのカンスト魔力が原因。

 魔力の暴走を抑える為にも、やはり魔力の調節が急務となりそうだ。


 しかし、ふとそこで、


「…本当に見事なもので。まさか、彼女達が手も足も出ないとは、」


 聞き慣れない第三者の声。


 オレの背中から降って来たそれに、思わず横へと転がった。

 即座に迎撃の為に、腰から引き抜いた拳銃を声のした方向へと向ける。


 銃口越しに見た、薄緑の髪。


「ああ、すまない。驚かせてしまったようで、」


 そこにいたのは、偉丈夫だった。


 薄緑の髪をハーフアップに纏めた男。

 この世界の人間(魔族?)の髪の遺伝子配列は一体、どうなっているのか。


 頭には冠。

 濃い青と金色の甲冑姿で、腰には歪曲したカトラスのような刀。


 そして、一番に目を引くのは、その美貌。

 外国のモデルだって、裸足で逃げ出すんじゃなかろうか。


 整い過ぎている顔立ちがいっそ人形のようにも思える。

 右目から頬に掛けて走った傷痕が無ければ、武芸者とは思えない程の優男。


 眼の色は金色。

 それはもう、見事な程に。


 ただし、顔に見合わず、身長は裕に2メートルに及ぶだろう。

 咄嗟に迎撃態勢を取ったゲイルの身長すら超えていた。


 なんだよ、コイツ。

 一体、いつからこのテントに入り込んでいたのか。


涼惇りょうとん様!!』


 そこで、飛び跳ねたようにして傅いたのは、朱蒙しゅもう明淘めいとう

 伯垂はくすいは未だ、夢の中である。


 名前らしきものを呼び、彼女達は即座に傅いた。

 それを見ると彼女達からしてみても、この男は上司に当たるのだろう。


 朱蒙しゅもうが、防衛部隊の司令官だとは聞いていた。

 だが、この涼惇りょうとんとやらは、更に階級が上だと言う。


 実際に、オレ達は動けない。

 彼から発せられる覇気に中てられて、体が硬直してしまった。


 オレだけで無く、間宮もゲイルも。

 国王方も固まっているし、ジョセフ参謀に至っては泡を吹いて気絶している。


 しかし、人間側の状況にはお構いなしなのか、


「こら、明淘めいとう。無理をするのではない」

「お、お心遣い、はくちゅん…ッ!!い、痛み入りまする」

「…朱蒙しゅもうもだ。…まさか、お前達の泣き顔がこのような形で見れるとはな」

「…お目汚しを失礼致します!…はくしゅんっ、はくしゅん!!」


 有無を言わさぬ口調。

 部下達を気遣い窘める姿は、まさしく上官の鑑だった。


 まぁ、ぐだぐだのようだけど。

 そんな彼女達の元凶となっている自分が言うのも難だが。


 そこで、改めて向き直った涼惇りょうとん

 眼が合ったのは、オレ。


 途端に、背筋に怖気が走った。


「お初お目に掛かる。貴殿が、今回の強大な魔力の発端で間違いはないか?」

「…悪しからず。…まだまだ、未熟なもので、」


 途切れ途切れながら。

 オレが、言葉を発した瞬間、涼惇は眼を瞠った。


 何か、驚く要素があっただろうか。

 いや、もしかしたら、話が出来る事(・・・・・・)が異常なのかもしれない。


「失礼だが、貴殿の名は?申し遅れたが、私は天龍族が居城、天龍宮防衛部隊の総帥、涼惇りょうとんと申す」

「…ギンジ・クロガネ。現在は教師兼『予言の騎士』だ」

「……ッ!『予言の騎士』?そうか、あなたか、」


 先ほどの反省を踏まえて、先に肩書きを投下。

 また敵対行動を取られても、この男を相手にするのは無茶苦茶だ。


 すぐ近くにいるゲイルが、今にも崩れ落ちそうになっている。

 口を開く余力すら無さそうだ。


 しかし、


「失礼をした。まさか、貴殿が『予言の騎士』とは露知らず、」


 涼惇りょうとんが、見惚れる程の微笑みを浮かべたと同時。


 オレ達に圧し掛かっていた覇気が霧散。


 ぐらりと、前のめりに体が揺らぐ。

 隣で、間宮がへたり込んだ。

 ゲイルも遂に、地面へと崩れ落ちる。


 無意識に呼吸すら止めていたのか。

 全員が、戦闘もしていないのに、満身創痍の状態で息を乱していた。


「済まない。…出来れば、戦闘をしたくなかったので、威嚇程度で垂れ流していたのだが、」

「…威嚇程度…って、…あれで?」


 先ほどまでの、あの覇気を威嚇だと言うなら、本気で来たら卒倒する。

 流石に、オレでも分かる。

 コイツには逆らっちゃいけない。


 ともあれ、オレの肩書き万歳。

 おかげで、命拾いはしたらしい。


「改めて、お初お目に掛かる。『予言の騎士』殿」

「こ、こちらこそ…」


 ぜぇぜぇと息を乱しているオレに、手を差し伸べられる。

 握手だろうか。

 手を取ると、思いのほか強い力で引っ張られてつんのめった。


「おっと。すまない。体は普通なのだな。…というよりも、軽い…」

「…人間ですから」

「謙遜を。その魔力は、どう考えても、上位の魔族と大差無い」


 わぁい、上位の魔族からもお墨付きをもらったよ。

 何が?

 オレのカンスト魔力だよ。


 でも、素直に言おう。

 ぶっちゃけ、嬉しくない。


 ただ、オレの肩書きのおかげなのか、意外と好意的。

 朱蒙しゅもう達の時と違って、有無を言わさぬって雰囲気は無さそうだ。


「…貴様…ッ…、ゲホッゴホッ!何故、言わなかった…!!」

「いや、言おうとしたのを遮ったのはお前達だろう?」

「重ね重ね、部下がすまない。朱蒙しゅもう明淘めいとうも、根は良い子達なのだが、せっかちでな」

「ああ、いや…お気になさらず、」


 確かにせっかちだったな。

 ぐいぐいと食い気味に噛みつかれたし。


 やっぱり、肩書きを先に言っておけば、回避出来た戦闘だったらしい。

 ………見栄っ張りも、これっきりにしておこう。


 まぁ、それはともかく。


 涼惇りょうとんに手を取られたまま、促されるままに椅子へと座らされた。

 そのまま、彼もオレの目の前へと座る。


「此の度の件、先にこちらから通達をしていなかった我等に非がある」

「…い、いや…、こちらこそ、魔力を暴走させたのは変わりなく、」

「それも含めて、一度このダドルアード王国へ確認を取れば良かったのだ。それを省いてしまったからこその失態、誠に申し訳ない」


 そして、謝罪。

 座った体勢で、頭を下げられて、今度はオレが眼を瞠った。


 いやいや、魔族ってこんなもん?

 人間に対して、ここまで簡単に頭を下げるとは。


 あ、いや待て。

 オレが、『予言の騎士』だからだろうか?

 だとしても、ちょっと驚いてしまう。


 事前情報で、天龍族はプライドが高いって聞いてるからさ。


 勘繰ってしまうのは、オレの悪い癖。

 何か裏がありそうで怖い。


「…いえ、お気になさらず。被害もほとんど無いですし、」

「だが、怪我をされているのは、事実だ」


 そう言って、手を伸ばされた先。

 びくりと体が強張ったと同時に、オレの額には涼惇りょうとんの指が触れていた。


 ヤバい。

 この男には、オレでも手も足も出ないかもしれない。


 しかも、


「おや…?傷が…」


 忘れてた。


 額には、先ほど受けた怪我の名残り。

 派手に流れた血糊が、べったりと付着していた。

 

 だが、そこに傷は無い。

 もう、治ってしまって(・・・・・・・)いる。


 背筋に、冷や汗が落ちる。

 間宮とゲイルが息を呑んだ。


 そして、その空気が、涼惇りょうとんに伝わったのか、


「失礼。…やはり、魔族では、」

「……いや、」


 約一ヶ月前に発覚した、オレの体の異常。

 切り傷、熱傷、打撲や骨折まで。

 人間よりも、遙かに早く治癒が行われる。


 実際、ローガンには驚かれた。

 同じ魔族なのでは無いかと、疑いも掛けられたものだ。


 それが、眼の前の偉丈夫には簡単に露見してしまった。

 そして、この場に居合わせた、公爵閣下にも。


 先ほど、派手に血が飛んだ瞬間すら、彼等には見られていただろう。

 返り血だと誤魔化すのは稚拙で、悪手だ。


「オレは、人間です。…確かに、少し異常な治癒速度は持っていますが、飽くまで人間と思っております」

「………。」


 少し、固い口調となった。

 しかし、ここで言い淀んだら、最終的に排斥されるかもしれない。

 魔族にでは無く、人間に。

 それだけは、流石に遠慮したい。


 白状するしか無さそうだ。

 ついでに、理路整然と補足も必要か。


「…約一ヶ月前から、体調が変質しました。…最初は、気付かなかったのですが、」

「約一ヶ月前?」

「はい。丁度、大掛かりな討伐を終えた辺りだったのですが、オレも良く分かりません。突然、治癒速度が急激に上がり、今ではこの程度の掠り傷であれば、数分で、」

「…数分?…それは、魔族の上位が持ち得る治癒速度だが、」


 そこで、涼惇りょうとんの眉間が寄せられた。

 触れられたままの額。

 そこから、爪でかすめるようにして乾き切った血を…って、


「ストップ!!」


 ぎゃあああああああ!!

 待て待て待て!

 その手をどこに持って行く!?

 口元に持って行くな!!


 思わず、大きな声で静止。

 ついでに、手も。


 咄嗟に、彼の腕を掴んでしまった。


「…どうされた?」


 その場に広がる嫌~な空気。

 朱蒙しゅもう達のくしゃみだけが聞こえるテントの中。


 いや、地味に賑やかだったな。

 そういえば。


「オレの血を、どうするつもりです?舐める等と言わないですよね?」

「……舐められて困るものだろうか?」

「困ります。オレは病を、……ボミット病を抱えています。感染しかねません」


 致し方なく、手札を切る。

 あんまり、白状したくなかったけど、この際ボミット病は仕方無い。


 いや、それ以外にも理由はあるけどな。

 毒が含まれてるなんて言ったら、今度こそ人外扱いだし。


 ボミット病は本当の事だ。

 けど、感染するかは、微妙なライン。

 だって、『闇』属性の人間しか発症しないから。


 あ、一応魔族も発症するらしいけど。

 シャルの母親が、実例。


「ご安心を。…天龍族は、大抵の病気も毒も効果は無いので、」

「そ、それでもです」


 止めろって、言ってんだろうが!

 それで、結局毒入りだったら、アンタ絶対言うだろ!?


 というか、ボミット病も大抵の病気と一括り…?

 天龍族って、文字通り桁が違う。


 と、押し問答している間に、助け船。

 先ほどまでへたり込んでいた間宮だ。


「あ、」

「……サンキュー、間宮」


 濡れた布で、彼の手を拭う。


 武器を扱うからこその短い爪。

 こそぎ落とされた血液は、綺麗に拭われて消えた。


 ………はあ。

 焦った。


 だから、オレの血はNGなんだって。

 こんなもん飲んで平気そうにしていたのは、アレクサンダーぐらいだよ。


 これで、こちらの防衛部隊総帥りょうとんが、オレの血に含まれる毒素でひっくり返ったなんて事になったら、またしても戦争勃発の危機じゃねぇか。


 今度こそ、勝てる見込みも無ぇよ。


「……なにやら、訳ありのようで、」


 胡乱気な視線に晒される。

 しかし、引けないものは引けない。


 再度、濡れた手拭いを間宮から受け取り、額の血糊も拭っておいた。

 忘れてたとはいえ、この体質を知られたのはアウトだな。

 特に公爵閣下。


 こちらに向けられる視線が、剣呑を通り越して殺気立っている。

 国王に、先に釘を刺しておくべきか。


 いや、もう遅いだろうから、


「オレは、こちらの世界に来てからの変異に戸惑っております。

 …体質の変化もそうですが、元々持ち得なかった魔力の増加に伴い、ボミット病の発症。

 色々と厄介事が重なっておりまして、」

「それは、大変だろう。…もし、よろしければであるが、ウチの典医(お医者様)を呼ぼうか?」


 先に、こっち。


 この天龍族の偉丈夫殿を、少しでも引き込む。

 肩書きが使える今なら、もしかしたら交渉の手札になるかもしれない。


「いいえ、それには及びません。…医療の知識はございますので、それぞれ、時間をかけてゆっくりと進めて行こうかと、」

「しかし、ボミット病は、」

「ええ、確かに死病として、名高いものでしょう。…しかし、今こうして私が元気に歩きまわっているなら、」

「…症状を緩和する事の出来る術を見つけた、と?」


 良し、食い付いた。

 涼惇りょうとんは勿論、公爵閣下もだ。

 終いには、リリアンさんまで息を呑んでいる。


「はい。多少ではありますが…」

「それは、素晴らしい事だ。…過去、数百年に及んで、この病には一切の治療法が無かったと言うのに、」

「発症して見て、初めて分かるものもあるかと。…口が悪いとは思いますが、それだけは良かったと思っております」


 掴みは上々。

 涼惇りょうとんの眼に、特段疑念は浮かんでいない。

 油断はしないが、まずまずだ。


 さて、ここからが本題。


「その研究は、今現在も続けています。時に私や、生徒、患者の数名を使って実験をして。

 実験と言えば聞こえは悪いでしょうが、概ね問題も無く、現在では日常生活に支障を来す事は無くなりました」

「流石は、『予言の騎士』殿だ。…この私が驚かされてばかりとは、」


 ありがとうございます。

 貼り付けた笑みとはいえ、素直に讃辞は受け取っておく。


 その代わりと言ってはなんだが、


「出来れば、このまま研究を続けたいと思っています。後々には、薬の開発にも乗り出すつもりでおりますので、」

「なるほど。…して、その話をこちらに話した意図は?」


 よしよし、良い流れだ。

 こっちから踏み込もうと思っていたが、あちらさんから聞いてくれるとは。


「…今回の事、不問に、とは言いません。少しの間だけ、保留にしておいていただきたいのです」

「保留?…それはつまり、」

「ええ。騒ぎを起こした要因は元々、私の未熟な魔法の修練ではありました。

 日を改めて、謝罪をとは思っております。しかしながら、今はこの地を離れる訳には参りませんし、不作法者でございますので、それ相応の準備をさせていただきたく、」


 久しぶりに、交渉人やったな。


 要約すると、『謝罪は後でしますから、連行しないで?』って事。

 ついでに、付け加えるなら、


「それと、万が一に備えて、ボミット病に関しての研究成果をお渡しする事は可能ですが、いかがでしょうか?」


 先ほど、言っていた天龍族の特性。

 大概の病気や毒は効かない。


 しかし、聞いた話によると、天龍宮とやらにいるのは、何も天龍族だけでは無いようで。

 ジャッキーの話だと、一部の種族を除いてとなるが、門戸を開いて優秀な人材は登用しているらしい。

 その中には、当然人間だって混じっているだろう。

 ボミット病は『闇』属性の者が、感情に左右された結果に発症する。

 万が一発症した時、魔族が掛からないと言う保証もない。


 保険を掛けた。

 ただ、それだけ。


「…よろしいのか?貴殿の研究結果は、この世界の人間達にとっては相当の価値あるものと考えられる」

「人間のみならず、魔族にとっても価値があるでしょう。…私もそう、信じております」

「………。」


 オレの言葉に、黙り込んだ涼惇りょうとん

 眼には、疑念。

 ああ、ちょっと内容が甘すぎた?


 この男も、流石は総帥という地位にいるだけある。

 オレの言葉を鵜呑みにはしていないし、その分全部を疑って掛かってはいない。


 まぁ、難しい言い回しを考えるのも疲れた。


 後は、素直に言っちゃえ。

 人間、見栄を張らずに素直が一番。


 ……オレが言えた義理じゃないけど。

 とほほ。


「天龍族の方々とは、今後も末永く交友をしていただきたく思っております。

 国としてももちろんですが、私個人としても。長く生きて来られたあなた方の知恵に、特別期待を持って居りますゆえ、私のような若輩者では、到底及ばぬ知識や経験、そして武芸の程をご教授いただきたいのです」

「…ご謙遜を」


 と、一言だけの返答。

 しかし、涼惇りょうとんの表情は、まさしく唖然。


 明け透け過ぎるのは良くないと思う。

 けど、今は四の五の言ってる場合じゃないの。


 世界の終焉が迫っている。

 『予言の騎士』としての領分は、その終焉の阻止。


 だけど、未だに内容が分からないまま。

 自分達の生活を安定させることに精いっぱいで、一体何をすれば良いのか本気で分かってない。

 石版だって、信じられたものじゃない。

 虫食い、擦り切れ、割れて掠れて読めたものじゃない。


 それでも、一部一部を繋ぎ合せて、予言として伝えている。

 その抜けた穴を埋めるヒント。

 人間の世界以外にも、何かしらあるかもしれない。

 だからこそ、昔の人間の知識が必要なのだ。

 そして、種族が違うとはいえ、交友を深めるのは悪いことじゃない。


 もしかしたら、人間に伝わっていない事も、魔族には伝わっているかもしれない。

 それこそ、ボミット病の治療薬『インヒ』のように。

 ローガンに出会えて、本気で良かったと思っている。


 ただでさえ、こうして魔族が『予言の騎士』の話を信じてくれる。

 ローガン然り、シャル然り、涼惇りょうとん然り。

 ならば、おそらく最初の女神(ソフィア)様とやらも、魔族に対して伝言を残しているのだろう。

 その可能性は、決して無くは無い。


「…了承した。話は、今は私が預かっておこう」

「ありがとうございます」


 断られないだけマシだ。

 結構、やらかしたから。


 ……このまま、謝罪の話も立ち消えてくれないかな?

 いや、それは後々禍根になりそうだから、面倒臭いけど考えておこう。


「ただ、一つ言わせて欲しいのだが、」

「はい、なんなりと、」

「……この地を離れるとは、一体どういう意味で言っているのだろうか?」

「…………。」


 ………。

 ………はい?


「あ、いえ…、お聞き及びの限りですと、私は連行されるのでは?朱蒙しゅもう殿からは、そうお聞きしたように思いますが、」

「…うん?」


 きょとり、と首を傾げた涼惇りょうとん

 オレも釣られて、首を傾げる事になった。


 ……えっと?


「ち、違う!それは、お前…っ、いや、貴殿が危険分子だと判断したからであって、『予言の騎士』だと知っていれば、そもそも戦闘の意思は見せなかった…!はくちゅん!」

 

 と、そこで、朱蒙しゅもうからの補足が入ります。

 ついでに、くしゃみも入りました。


 ……あれ?

 じゃあ、オレが『予言の騎士』なら、大丈夫って事?


 もしかして、早とちりしてた?


「…す、みません。…つかぬ事お聞きしますが、」

「なんだろう?」

「……涼惇りょうとん殿は、何故こちらにいらっしゃったので?」

朱蒙しゅもう達が、捕縛されたと聞いたので、様子を確認に参ったのだ」

「で、では…、」


 あ、ヤバい。

 オレ、今泣きそう。


 何で?

 恥ずかしくてだよ。


「…『予言の騎士』殿を連行するなど、恐れ多い事。そも、私は一言も言っておらなんだ」

「あ、…そうでした、ね」


 連行云々って話、そういやこの人言って無かったよねぇ。



***



 恥ずかしい。

 この上なく、恥ずかしい。


 思わず、上着を頭からひっ被って、テントの隅で蹲るぐらいには。


 連行されると、どこでどうやって思い込んでいたんだろう。

 多分、この人の覇気か何かの時だ。

 変に勘繰り過ぎたのかもしれない。


 色々手札がバレてしまったのも問題だった。

 せめて、ここに公爵閣下がいなければ問題は無かったのに。


 おかげで、涼惇りょうとんさんを会話に引き込もうとするあまり、初歩的なミスをした。

 相手の意図を把握し損ねていたのだ。

 オレが早とちりしていたのも悪い。


 まぁ、交渉に関しては7割成功。

 だから、傷は浅い。


 ……浅いと思いこみたいだけ。


 背後で、間宮とゲイルが一生懸命をオレをあやしている。

 オレは拗ねた子どもか?

 いや、今はその通りだったな。


 間宮はおやつで釣ろうとするな!

 ゲイルはシガレットで釣ろうとしたところで、オレも持ってるわ!


「いやはや。『予言の騎士』殿が、我が居城に来てくれると言うのであれば、歓迎するが?」

「…も、もももも勿体無いお言葉で、」

「…ふふ、可愛らしいな」


 微笑ましそうに見られて、もうダメ。

 イケメンに微笑まれたからじゃないよ。


 言うなれば、孫を見守るお爺ちゃんみたいな眼をされたからだ。

 流石は、魔族。

 雰囲気が老成し過ぎである。


 もう、恥ずかしいったらない。

 おかげで、口だって満足に呂律が回らないよ。


 うぇええん。

 本日二回目の、マジ泣き3秒前。


 と、そろそろ体育座りに以降しようかと思った矢先。


「…しかし、勿体ない。女子であれば、嫁にと、」

「その先は言わせねぇよ?」


 涼惇りょうとんが言おうとした爆弾発言に、思わず口調が砕けてしまった。


 ジャッキー経由で、嫁探しとは聞いていた。

 噂は、マジだった訳?


「いや、冗談だ。はははっ」


 笑って誤魔化す涼惇りょうとん

 けど、一応言っておく。

 途中、声が本気だった。


「私はまだ、嫁を探す歳では無いさ」

「ちなみに、お幾つで?」

「今年で、220歳さな。人間で言えば、30歳ぐらいか」

「…十分適齢期だと思われるんだが、」


 長生きですねぇ。

 流石は、上位の魔族様。


 しかしながら、嫁探しは否定された。


「まぁ、旦那探しを兼ねているのは否定はせんよ?」

「うぇええ?」


 ただし、逆だった。

 嫁探しでは無く、旦那探し。


 それは、勿論涼惇りょうとんでは無い。

 彼は男だ。


 問題は、天龍宮の女性陣だと言う。


「適齢期だと言うのに、男の一人も作らず、浮いた話も無いのでな。特に朱蒙しゅもうだが、」

「ゲホッゴホッ!!…りょ、涼惇りょうとん様…!!」

「ちなみに、そこの坊や。伯垂はくすいはどうだ?可愛らしい顔をしておろう?」

「∑…ッ!?(ふるふるぶんぶん)」


 矛先が向かったのは間宮。

 そういや、ラブコールというか、熱視線を貰ってたっけか?

 それもピンポイントで、幼女と熟女から。


 何、その両極端。


「そういえば、銀次殿はおいくつなのだろう?」

「ああ、オレは、今年24歳になりました」

「ふむ。若いのだな。…明淘めいとうはどうだ?彼女も、人間で言えば20歳前後なのだが、」

「うあああああああ!!げほっごほっ!!やめ…ッ、やめてください!涼惇りょうとん様…!はくちゅん!!」


 ナチュラルに勧められても困る。

 まぁ、適齢期とか云々で言うなら、確かにぴったりなのかもしれないけど。


 ただ、やめて。

 その女性陣からの視線が痛いから。


 こっちは、CNガス使って、一度は大泣きさせちゃってるしさ。


 閑話休題。

 そんな話は、さておいて。


「後日、使いを送ろう。ボミット病の件もそうだが、是非とも友人として(・・・・・)貴殿を、お招きしたいと思っている」

「こちらこそ、是非」


 差し出された手に、握手で応じる。


 まぁ、なにはともあれ。

 この握手からも感じる通り、手応えは上々だ。


 これで、少しは牽制になるだろう。

 勿論、ウィンチェスター公爵閣下へのだ。

 国王から、後で釘を刺して貰うにしても、こうしてバックに天龍族が付いた状態なら、表立っては糾弾は出来ない。

 そう、信じたい。


 しかし、ふと。


「…それに、少し貴殿の体に関して、心当たりが無い事も無いのだ」

「え…?」


 涼惇りょうとんが、意味深に呟いた言葉。

 少しだけ前屈みとなって、オレの耳元で囁く。


「…それも、話をさせて欲しい。ただ、地上では無用な柵も多かろう?次に会う時は、天龍宮にて待っておる」

「ありがたい、お言葉です」


 うわぁい。

 涼惇りょうとんさんからの好意の振り切れっぷりが半端ない。


 それもこれも、オレが『予言の騎士』様だから。

 肩書きって、やっぱり大事なのかねぇ?


 でも、心当たりって何だろう?

 オレとしては、早めに聞きたいけど、予定が詰まってるせいですぐには行けない。

 後で、使者が送られると聞いたから、その時にでも予定を詰めようか。

 なるべくなら、二度手間にならないように、遠征の予定組んでおくとしよう。


 がっちりと、握った握手。

 それを離すと、涼惇りょうとんは踵を返した。


 そこにすかさず、


「先程は、失礼した。改めて、お詫びを」

「いや、気にしなくて良い。それにお詫びをするのはこちらの方だ」


 朱蒙しゅもう達が、律儀に謝罪をしてくれた。


 伯垂はくすいもいつの間にか、眼を覚ましたらしい。

 オレを見る目が、若干怯えているのは十中八九CNガスのせいだろう。

 なんかゴメンね。


「…悪かった。…それに、手当てをしてくれて、ありがとう」

「わ、私もすみませんでした。お手を煩わせたようで、」


 どちらさんですか?


 ……い、いや。

 態度が手のひら返しだったから、吃驚しただけだけど。


「いや、こちらこそ騒がせてしまって悪かった。…次は、ゆっくりとお話を、」

「ああ」

「…その、煙は使わないでくださいね?」

「………。ごめんね?」


 これは、素直に謝るしか無い。


 トラウマを植え付けたようだ。

 ただ、CNガスを持ち出すような話って、どんな『オハナシ』?


 はてさて、そんなこんなで。


「では、失礼致す」


 試験の最中、突如乱入した天龍族の面々は、帰って行った。


 行きはどうやって来たのか分からなかったが、帰りはまるで光の帯のようなものに乗って帰って行った。

 来た時は、なんであんな派手な登場だったのか。


 なんだろう?

 天龍宮がUFOに思えてきたよ。


「…なんとか終わったな」

「本当にな。…お前、帰ったら特訓だぞ」

「…その前に、テメェが吐くまで飲ませてやらぁ」

「…忘れていなかったか、」


 忘れまいでか。


 いや、借りがある分、手加減はするよ。

 流石に、ジャッキーも予定が合わなければ、呼ばないし。


 話が脱線した。

 もうそろそろ、オレはこの伝言ゲームみたいな脱線癖をどうにかしたら良いと思う。



***



 お持て成しもこれにて終了。

 天龍族の面々を見送って、数秒した頃。


「くっ……ふふっ…ははは」


 突然、苦笑が漏れだした。

 苦笑から、徐々に笑い声へと変わっていく。


 ああ、なんて、


「何でオレばっかり、こんな厄介事背負い込まなきゃならないんだよ、畜生!!」

 

 憎らしい程の晴天なのか。


 地面に向けて吐き出した言葉。

 最後は意図せず怒鳴り声になってしまった。


 背後で、間宮が吃驚している。

 ゲイルも同じく、息を呑んだ。


 すまない。

 ちょっと、負の感情が爆発したらしい。


 ただ、吐き出したおかげか何か。

 自棄に気分はすっきりとしていた。


 一月某日、本日も晴天なり。


 色々と思うところはあるものの。

 こうして、オレの騎士昇格試験は終了した。


 もうそろそろ、舞い込んでくるイベントが平穏に終わって欲しいものだ。



***



 騎士昇格試験終了。


 魔法適正、魔法能力の発現、基礎体力試験。

 共に危ない局面が多くあったものの、すべてパス。

 最後の筆記試験は、基礎体力試験の際の問題発生で、こちらも自動的にパスとなった。


 騎士昇格、おめでとう。

 オレ。


 後々、発行される証明書のようなカードが配布されてから、正式に通達されるらしい。

 それまで、正規騎士(仮)だけど。


 一応、そのうち城に顔を出します。

 就任式典ぐらいは、顔を出さないと不味いだろうからね。


 天龍族の涼惇りょうとんとは、一応後々の訪問を約束。

 1ヶ月ぐらいは先になると思うから、その旨を先に国王へ伝えておいた。

 後で使者が訪れた時に、伝えてくれるそうだ。


 また、予定が詰まって来たもんだ。


 次は、シャルの帰郷の手伝いと、ローガンの到着を待つのと、後なんだっけ?

 オルフェウスとの二度目の会談か?


 あー、もう。

 前者はともかく、後者はやってらんないよ。

 この件、貸しだった筈なんだけど。


 まぁ、なにはともあれ。


「とっとと、校舎に帰ろう。一回、風呂入って、リビング片付けて、それから飲みに行ってやらぁ」

「…やけくそだな」

「当り前だろうが、この野郎」


 この状況で、自棄にならない方が異常だと思う。


 なんで、魔力の件でこんなに大騒ぎされなきゃいけない訳?

 ついでに言うなら、オレ別に騎士の資格を欲しくて受けた訳じゃないのよ、この試験。


 ついつい、ゲイルに対しても愚痴っぽくなってしまった。


「…やってらんないよ、もう」

「(お疲れ様です、ギンジ様)」

「ああ、お前もな。…後、モテ期到来おめでとう」

「∑…ッ!?(ふるふるぶんぶん)」


 間宮には、付け足して皮肉を一つ。

 地味に、コイツは今日だけで幅広い年代からラブコールを受けていたからな。


 オレもそろそろ、可愛い嫁さん貰いたい。


 いや、忙し過ぎて無理だろうけど。

 ……げっそり。



***



 その後、


『おかえり、先生!!』

「どうだった!?」

「その顔だと、あんまり良くなかったの?」

「大丈夫?なんか、煤けてるけど、」


 生徒達に迎えられ、午後4時帰宅。

 騒がしくも迎えてくれた生徒達に、地味に泣きそうになったのは言うまでもない。


 だって、オレ、地味にまた死にかけたの。

 いや、そこまで危ない訳じゃなかった。

 文明の利器、万歳だった。


 けど、死にかけたと同義だったの。

 涼惇りょうとんさんが現れた辺りは、本気で覚悟したからね。


 生きて帰れて、本当に良かった。

 心の底からそう思ってる。


 これも、アグラヴェインからの『断罪』の効果?

 おかげで、ネガティブ思考がぶっ飛んでます。


「ありがとう、お前達。おかげさまで、騎士昇格試験にはなんとか合格したよ」

『おめでとう~~~!!』


 女子からは悲鳴が上がり、男子達はここぞとばかりに拍手喝采。

 まさか、この年になって、ここまで祝福が嬉しいとは。


「あ、先生お風呂沸いてるよ。多分、疲れて帰ってくるだろうからって、女子達が沸かしてくれたの」

「おお、ありがとう」

「後、ついでに、リビングの掃除はしといたからね」

「……ごめんなさい。本気でありがとう」

「あはは~。先生、何で泣いてんの~…?」


 嬉し泣きです、コン畜生。


 二度目のマジ泣きは回避した筈だったのに、ここに来て落とし穴があった。

 生徒の優しさが、心に染みました。


「ちょっとアンタ、そんなに大変だった訳?」

「…うん」


 …もう、なんか…いろいろとね。


 シャルの若干、食い気味な口調にオレはうん、としか返せない。

 また魔力が暴走するし、終いにはそのせいで危険分子とか言われちゃって、心もズタボロです。


 流石のシャルも、オレの様子を見て黙り込んでしまった。

 ゴメンね、情けない姿を見せて。


「まぁ、血が付いてますわ?…お怪我をされたので?」

「…うん。額が切れた。もう治ってるけど、」


 おーよしよし、なんてオリビアに頭を抱え込まれる。

 流石は女神様。

 包容力が半端無い。


 マジで、涙が止まらないんだけど、どうしたら良いんだろう。


「しかも、なんかゲイルさんも怪我してる?」

「いや、オレも治ってる。…試験は大した問題は無かったんだが、途中で別の問題が発生してな」


 後ろで、ゲイルが色々と濁しながら、生徒達に受け答えをしている。

 オレがもうほとんど喋れないからだろうけど。


「…先生、しばらく休んだら?次はマジで過労で倒れるよ?」

「ありがとう、ソフィア。…でも、予定が詰まってるからもうちょっと頑張る。それも全部終わったら、皆でどこか出掛けようか」

「え、嘘ッ!本当!?」


 うん、そうしよう。

 生徒達にお礼をしてやりたいし。


 それに、息抜きは大事。

 今回は、それが良く分かった。 


 なので、


「ご飯、食べに行こう。今日は、無礼講だ。年長組は酒も解禁して良いぞ」

『やったぁあああああ!!』


 今日ぐらいは、もう何もしたくない。

 強化トレーニングも魔法の習練も、生徒達はお休みで良い。


 ついでに、榊原や香神も食事当番は無し。

 後、20歳になっている、浅沼、榊原、永曽根はお酒を飲んで良し。


「ちぇっ!オレは駄目?」

「お前はまだ19歳だから駄目。けど、オレが見てない時に、永曽根が榊原に分けてもらえ」

「えっ!?良いの!?うっしゃあ!」

「それ、当人が言っちゃダメなやつ」


 徳川にも今日ぐらいは甘くて良いだろう。

 ついでに、


「間宮も飲みたかったら飲んで良いぞ?それも修行だ」

「(ふるふる。結構です。…酒は好きじゃありませんから)」


 間宮にもと思ったら、オレと正反対で酒は駄目だったらしい。

 良いなぁ。

 オレも、そんな修行時代を送りたかったよ。


 まぁ、なにはともあれ。


「1時間後に、準備して集合。ちょっと風が冷たいから、防寒はしっかりするように、」

『は~い!!』 


 オレも風呂に入ってから、準備しようか。


「おら、ゲイル。お前も、ついでに風呂入れ」

「はぁ!?い、一緒に入るつもりか…!?」

「んな訳ねぇだろうが。馬鹿じゃねぇのか、お前」


 なんで、連れションならぬ、連れ風呂?

 するか馬鹿。

 しても、間宮がギリギリだ。


 入ってけって言っただけだ、阿呆。


 酒で潰す予定だし、結局泊まる事になるだろうしな。

 覚悟しておけ。


 閑話休題。


 持つべきものは、やはり可愛い生徒達。

 まさかリビングのあの惨状を片付けておいてくれたばかりか、お風呂まで沸かしておいてくれたなんて。


 おかげで、温かいお風呂で、三度目の涙を流してしまった。

 滅茶苦茶間宮に慰められた。


 ……とほほ。



***



 さて、1時間後の午後5時。


「オレはお疲れ様でした。手伝ってくれたゲイルも間宮もお疲れ様。生徒達は、リビングの片付けと温かいお風呂をありがとう。

 オリビアはオレを慰めてくれてありがとう。

 シャルは、オレの足を踏んづけてくれてありがとう。でも何で?」

「うるっさい!!」


 手頃なお値段の食事処へ、騎士団も含めて数十名で雪崩れ込む。

 急遽入れた予約だったのに、応じてくれた女将さんありがとうございます。


 それぞれに回った飲み物と、目の前には大皿に盛り付けられた料理。


 そして、オレは乾杯の音頭。


 若干、一名からめちゃくちゃ怒鳴られたけどね。

 これもご愛敬です。


 さぁ、お手を拝借。


「とりあえず、乾杯」

『乾杯~~!!』


 ぶつかり合う、木製のジョッキ。

 今か今かと待ち侘びた一部の生徒(とくがわ)が料理にがっついた。 


 隣を女子達に陣取られ、オレも食事をスタート。

 シャルに足を踏まれたのも意味不明だったんだけど、これも何故?


 右にはソフィアとエマ。

 左にはシャルと伊野田。

 ついでにオリビアは、オレの膝でご満悦。

 (女神様だから、食事はいらないんだって。でも、飲み物はミルク飲んでるから可愛いったらないの)


「はい、先生。これ食べなよ」

「あ、こっちも食べる?」

「うん、頂戴」

「………ッ!(なんか、口調が幼くなってない…!?)」

「………ッ!(でも、何!?超可愛いんだけど!!)」


 そして、あれこれと世話を焼かれている。 

 素直にうんと言ったら、何故か絶句された。

 顔を赤くしてるのは、何で?


 久しぶりに、こうした食事処でご飯を食べるな。

 流石に榊原や香神の料理には及ばないけど、十分美味しい。


「お前、凄いことになってないか?」

「うん、なってるけど、ご愛敬?」

「いや、ご愛敬って量じゃねぇだろ?」


 いつの間にやら、眼の前には山盛りとなった取り皿が三つ。

 食いきれるかどうかは分からない。

 それを見た向かいの席から、胡乱気な視線を向けられた。


 向かいの席に座ったのは、ゲイル。

 そして、ジャッキー。


 ジャッキーは駄目元で誘いに行ったら、まさかのOKだったの。

 だから、若干ゲイルがビクビクしてる。


 まぁ、まだ前哨戦だから潰すなと前置きはしてあるけど。

 誰に?

 ジャッキーにだよ。


 そんなこんなで食事を続けながら、他愛ない会話を続けて行く。

 残すのも悪いし、勿体無いから。


「まさか本当に騎士になっちまうとはねぇ」

「ん。…肩書きだけではあるけどな」


 もぐもぐ、ごっくん。

 口に含んでいたものを飲み込んでから喋る。

 これも、マナーです。 


「…その肩書きだけって、本当に何なの?…アンタ、いっつも誤魔化すから、」

「うーん。強いて言うなら大人の密約みたいなもんかな。…ちょっと難しい話になるよ」

「アンタ、あたしが小さいからって馬鹿にしてんの!?」

「まぁまぁ、シャルちゃん。先生、王国とも仲良くしてるから、色々あるんだよ」


 怒り出したシャルを宥める伊野田。

 すっかり、姉御肌が板についてしまっている。


 ちなみに、シャルはポンチョのフードを被っている。

 流石に外だから、森小神族エルフとバレるのは不味いからね。


 はてさて、伊野田の言葉も、なかなか鋭い。

 まぁ、一度説明しているから、伊野田も理解はしているだろうしな。


「他国との交渉の為に、オレの『予言の騎士』の肩書きと騎士としての肩書きが被ってない時期がどうしても必要だったの。んで、今は被らせたい時期になったって事」

「えっ?えー…っと、つまりは?…ええっと?」


 あ、やっぱり分からなかった?

 頭を悩ませてしまったシャルは意地になっているのだろう。

 顔を真っ赤にしながら、考え込んでいる。


 知恵熱出されても困るから、あんまり考え込むのやめた方が良いよ?


「要は最初の時は、必要無かったけど、後から必要になったって事」

「それなら、そういう風に言いなさいよ!」

「大人として扱ったからこそだったんだけどなぁ」

「…ッ、……わ、分かってるわよ!そんな事!!」 


 結局、怒鳴られてしまいました。

 挙句に足を蹴られてしまった。


 けど、あんまり痛くないなぁ。

 どうしたんだろう?


「はははっ。あれから、どうしてるかと思えば、ずいぶん元気になってるじゃねぇか」


 ああ、そう言えばそうだった。

 シャルが、最初にオレにコンタクトを取ろうとした時、駆け込んだのは冒険者ギルドだった。

 大変だったろうに。


 おかげで、ジャッキーと飲み友になったりしたんだよな。

 そういや、その時のお礼、まだしてなかったっけ。


「その節は、ありがとう。お礼は、コイツがしてくれるわ?」

「うん。だから、ご飯をどうぞたんまり召し上がれ」

「だぁっはっはっは!!仲が良いこった!」


 そして、ジャッキーに二人揃って笑われる。


 うん、まぁ。

 それで良いけど。


 お腹もふくらませて帰ってくれるなら万万歳だしね。

 オレ達同様、舌が肥えてるから満足できないかもしれないけど。


 うん、ジャッキーの奥さん、ハンナさんの料理絶品だったから。


 それはともかく。

 なにはともあれ、今日は無礼講です、と。


 その隣で、余り食が進んでいないゲイルにも言っておく。


「先に食っとけよ。後、乳製品腹に入れておくと、酒に酔いにくいらしいぞ」

「いや、あんまり食うと吐くだろう。…後、その話はやめてくれ」


 たはは。

 滅茶苦茶警戒してますね。


 思いのほか、冒険者ギルドのマスターが暇だった件。

 ……諦めて?


「先生~。徳川が、つぶれたんだけど~」

「報告いらんぞ~。そのまま転がしておけ~」


 オレの見ていないところでOKしたんだ。

 その後の責任は知らんぞ。


「んふふ~。きょうのぎんじ、なんかかわいーじゃん?」

「ちょ、ちょっとエマ、どうしたの?」

「誰だ、エマにまで酒を飲ました奴は」

「あ~!オレの酒ちょっと減ってる~!」

「んふふ~、ぎんじ~。もっかい、うんっていって~?」

「え?あ、うん」


 ソフィアを押しのけて、オレにしな垂れかかってくるエマ。

 そうか、元凶はお前か榊原。

 いや、それでもちょっとの酒で、この状態とか凄いよエマ。

 ってか、うんって言うだけで、なんで悲鳴上げたの?


「にぎやかですねぇ」

「楽しいねぇ」

「…アンタ達まで酒飲んでる訳じゃないわよね?」


 のんびりとした様子のちびっ子三人組み。

 おかげで、オレも癒されてます。


「あ~!ちょっと、ソフィアまでオレの酒飲むんじゃありません!」

「ちょっとぐらい良いじゃ~ん♪」


 酒を取り合って攻防戦をしているソフィアと榊原。


「ねぇねぇ、ぎんじ~。もっかい~」


 相変わらず、凄い酔っ払いのエマ。


「あ、シャルちゃん、これ美味しいよ!」

「あら、本当。どうやって作るのかしら?」


 マイペースに食事を楽しんでいる伊野田とシャル。


「むにゃむにゃ。ギンジ様の膝の上は眠くなっちゃいます」


 これまたマイペースに寝息を立て始めたオリビア。


「手料理なんて、久々だなぁ」

「香神は料理担当だからねぇ」

「きひひっ、いつも美味しいよ」


 和やかに食事を堪能する、常盤兄弟と香神。


「でゅふふ~。お酒って、気持ち良くなる魔法の水なんだね~。本当だったんだね~」

「…気持ち悪いぞ、お前」


 相変わらずな浅沼と、酒が似合い過ぎている長曽根。


「…うーん…もう、たべられにゃい」


 酒に潰れて転がされたままの徳川。


 いやはや、宴もたけなわ

 なんだろう、このぐだぐだ感。


「なんか、昼間の緊迫感どこ行ったって感じ…」

「…そうだな」

「(こくこく)」


 試験参加組のオレ達三人で、ため息交じり。

 ナチュラルに間宮は、オレ達大人組に混じっている。


 死にかけたのが数時間前だなんて、この状況を見てるともう信じられないよ。


 今回ばかりは、巻き込んじゃってゴメンね。

 オレのせいだから、素直に謝っておく。


「だっはっは!また、死にかけたのかお前!」

「うん。かくかくしかじかで、まるかいてちょんって感じ」

「やだぁ~。ぎんじってば、ちょうかわい~じゃ~ん」


 ぶはっ。

 エマってば、大胆ね。

 君の魅惑のGカップが腕に当たってふにふにとしてますけど?


 まぁ、なにはともあれ。

 お疲れ様って事で。


 存外、心地が良いと感じるのは、オレの気のせいだろうか?


 気のせいじゃないんだろうね。

 だって、オレも意外とこの状況、楽しんでるもん。



***



 なんて事も、ありまして。

 楽しい時間はあっという間です。


 その約3時間後。


 騎士達に生徒達の護衛を任せて、食事処で別れた。

 間宮は渋ったので、今回だけ職員会議に参加させる。


 これから先は大人の時間。

 約一名15歳が混ざっているが、まぁ許容範囲だろう。

 間宮も地味に、酒の耐性は付けているみたいだし。


 案内されたのは、ゲイルの昔の行き付けらしい店だった。

 しかも、ドレスコードっぽいところ。


 小洒落たところに来てたんだな、お前。

 流石は、公爵家の三男坊。


「その言い方は好ましくないんだがな、」

「ああ、悪かった。ついつい、口から嫌味が、」


 お前の親父さんに、いろいろと世話になった事も含めてるからね。

 でも、ごめん。

 本気で嫌だったみたいだから、謝っておく。


 通された個室。

 うわぁ、完全にVIPルームって感じ。

 こういう感じも久々で、変に背筋が伸びてしまった。


「ボトルで、三本ほど頼めるか?」

「かしこまりました」


 ゲイルの言葉に丁寧な言葉で返すウェイター。


 ボトル三本って、飲む気満々だな。

 って言ったら、睨まれた。

 半分はオレとジャッキーだもんね、いつもの流れ。


 一応、間宮の為に軽めの果実酒のボトルも頼んでおく。

 これまた丁寧にお辞儀をされた。


 更に驚いた事が一つ。

 個室一つ一つに執事みたいなウェイターが付いてやんの。

 ブルジョワ…。


「…お前だって大概だろうが」

「あ、そういやそうだった」

「はっはっはっは!自覚ねぇもんなぁ」

「(こくこくこく)」


 そういや、そうだった。

 ジャッキーには大爆笑されてるけど、本当に自覚が無いのも困りもの。


 騎士団長の給金ぐらいは、毎月稼いでますから。

 主に、王国に売り払った石鹸とシガレットの利権の1%でね。

 そんな他愛無い会話をして、ボトルの到着を待つ。


 程無くして、ウェイターがヴィールの瓶を三本と果実酒を持って戻って来た。

 氷のたっぷりと入ったアイスペールも一緒なんて、やっぱり良い店は違うわ。


 とりあえず、乾杯。

 最初の一杯は、ぐいっと行ってみよう。


 とか言って一気飲みしたのは、オレとジャッキーだけだった。

 ゲイルも間宮もノリが悪いことで。


「さて、どこから話そうか」


 そんなノリの悪いゲイルが、口火を切る。

 気まずそうに、酒のグラスを弄っていた。


 この様子は、久々に見るかもしれない。

 戸惑っているという表現がしっくり来る。


 その様子に、ふと苦笑を零す。

 何を気負ってるんだか?


「焦らなくて良い。言いたい事を、どんどん言ってしまえ」

「……ああ」 


 きっと、彼も貯め込んだものはいっぱいあるだろう。

 友人とは言え、オレにも言えない事だってある筈だ。


 言えば良いのに、と思ってはいても、言えない事の方が多い。

 それが友人ならば、尚更の事。

 それもまた、人間のさがだ。


「オレは、知っての通り、ウィンチェスター家の息子だ」


 そうして、ゲイルが語り出したの自身の生い立ちだった。


 家族構成は以下の通り。


 父は前騎士団長のラングスタ・ウィンチェスター。

 本日初対面となった、現騎士団指南役の公爵閣下だ。


 母はヴィオラ・ウィンチェスター。

 それと、故人ではあるがフォルニア・ウィンチェスター。

 兄が二人と姉が一人、妹と弟が一人ずつ。


 流石は貴族。

 子どもが6人とは、また子沢山だな。

 ついでに、一夫多妻制が当たり前のようで。


 っていうか、なんか報告みたいになってるけど気付いている?

 お前、通訳の時にも、そんな感じだったよな。


 話が逸れた。


 兄と姉が故フォルニア夫人の子ども。

 ゲイルと妹達がヴィオラ夫人の子ども。

 故フォルニア夫人は、長女のお産の時に、産後の肥立ちが悪くて亡くなった。

 その時から、ヴィオラ夫人は既にウィンチェスター家に嫁いでいたから、そのまま正妻に収まっている。


 ちょっと面倒くさい家族系図。

 これまた、面倒くさい予感がする。


「オレは、子どもの頃から精霊とは、そう苦労せずに対話が出来た。

それが当たり前だと思っていたと言う方が正しいかもしれない」

「自慢か、このヤロウ」

「い、いや、そうじゃなかったんだが…!」


 良いよ、別に。

 どうせ、オレは苦労しまくりましたよ。


 さぁ、続けて?

 話をぶっちぎっておきながら、続きを促す。


「まぁ、済まない…。とりあえず、オレは昔から過度の期待を受けてきた。

それは、姉上も同じだったが、父上が特に期待していたのは、やはり男児であるオレだった」

「…お兄さんは?」


 さっき、お兄さんが二人いるって聞いたばっかりなのに、親父さんの期待はゲイルに向かってる。

 なんで?


「…兄二人には、魔法の才が無かった。と、父上からは聞かされていた」

「ふぅん」


 これまた、意味深な言い方をするものだ。

 グラスの中の氷をからころと転がしつつ、ゲイルの眼を盗み見る。


 どうやら、嘘は言っていない。

 ぶちまけるつもりなのは、本当の事なんだろう。


「…知っての通り、オレは騎士団長。父もそうだった。

ウィンチェスター家は、代々ダドルアード王国の騎士団長の職を拝命して来た騎士の家。

武芸も魔法も、両方が秀でていなければならないと、常日頃から耳に胼胝たこでも出来るかと思うほど聞かされていた」


 お偉いさんの役職というのは、世襲制がおよそ8割を占めている。

 ゲイルの家も例に漏れず、騎士団長になるのはレールの上だった訳だ。


「ちなみに、お前が騎士団長に付いたのっていくつの時なんだ?」

「確か、22歳の時だった筈だ。

…戦役があったのは、知ってるだろうが、その時の功績が元で…」

 

 ああ、ゲイルが『串刺し卿』と呼ばれるようになった戦争な。

 確か、今は滅亡したけど西国にあった国との戦争だったか?


 何故、『串刺し卿』かと言えば、読んで字の如し。

 彼のご自慢の槍で、迫り来る敵兵を串刺しにして屠って来たからこその、この異名。


 元々、彼は青年期から兄二人の影響で騎士団に所属していた。

 だが、今では考えられないほど、好き勝手やっていた時期が多かったらしい。


 しかし、たまたま視察に訪れた街が魔物に急襲を受け、そこで頭角を現した。

 その時の功績で、既に18歳の頃には、騎士団の実働部隊の団長ぐらいは務めていたようだ。


 そして、既に12年前となる戦争。

 そこで、22歳のゲイルは、初陣を果たし、数々の首級と功績をあげた。

 そこから、各国に轟いた二つ名は『串刺し卿』。

 たまに、『美丈夫』とか『黒獅子』とかあるらしいけど、一番多いのがこれらしい。


 本人は、至って気にしていない。 

 だが、相当物騒な二つ名だ。


「…そのまま、騎士団長に上がった時、オレはそれが当たり前だと思っていた。

しかし、兄達からしてみれば、面白くは無かっただろう」


グラスを傾けて、苦々しい顔を隠したゲイル。

その表情は、心底から悲しそうだった。


「今にして思えば、オレは父上が前任として扱いやすい駒だった。

オレを騎士団長に任命したのは、十中八九、自身が退いた後でも、騎士団の指南役として口出しをしやすいようにだと思っている」


 ………いやいや。

それはいくらなんでも、考え過ぎじゃ?


「お前には、功績があるんだから、もっと胸を張っても良いと思うぞ?」

「…それを差し引いてもだ。

…実際、その後兄達は、相次いで左遷をされている」


 うわぁ、それは確かにそう勘繰っても仕方無いわ。

 だって、あからさま過ぎる。


 一番上の兄は、南端の海岸の防衛部隊として配属。

 二番目の兄は東の森の関所に配属。

 その後、二番目の兄は騎士団を辞めて、今は商業ギルドに属しているそうだ。


 どちらにしろ、僻地への左遷には間違いない。

 僻地に飛ばしたって事は、功績を取らせるつもりは無いのと同義だ。


 自分の息子にそこまでするのも凄いなぁ。


「一番上の兄とは、何度か会っているのだが、二番目の兄は家も出て行った。

………もう8年程、会ってはいない」

「…お前も苦労してたんだな」

「それを言うなら、兄達の方が相当苦労している。

オレは、今まで父の傀儡でいただけだ…」


 いや、それも言い過ぎ。

 家の事になると、途端にネガティブになるんだから。


 まぁ、コイツにとっては、ちょっとどころじゃない罪悪感を感じてるんだろう。


 家族は、バラバラ。

 それが、当り前と思ってる父親。


 しかし、父親はともかく、他の家族は何も言わないのだろうか?


「姉も同じく、家を出て行った」


 あらまぁ…。

 だとしたら、相当ね。


 実質、今家にいる兄弟では、ゲイルが一番の年長って事になる。


 長女は、公爵家の女として政略結婚をさせられるのが嫌で出て行ったらしい。

 親子の縁を切ってまで。


 凄まじいまでの行動力だな。

 そこら辺は、似たもの姉弟。

 コイツも踏ん切りが付いた後の行動力は凄まじい。


「今は、これまた商業ギルドに所属しているんだ。…今は、自分の商会も持っているらしい」

「…そりゃ凄い」

「ああ、もし何か商品を流通させる予定があるなら、是非声をかけてやって欲しい。

ウィンチェスター姓は変えているが、セフィロト商会と名乗っている」

「あ、聞いたことあるわ。一度、石鹸の流通の時に…」


 あらまぁ。

 知らなかったとはいえ、断っちゃった。


 もし今度があるなら、一応交渉だけでもしておこう。


 って、話が逸れたな。

 ごめん、オレがレールクラッシャーだ。


「そう言う訳だ。妹と弟は、年が離れているから、そもそもそれすら分からないだろう」

「ちなみに、どれぐらい?」

「オレの20下と、25下だ」


 えっ?そんなに小さいの?

 つまり、14歳と、10歳じゃねぇか。

 随分、年が離れているというか、離れ過ぎている気がする。


「うわぁあ…お母さん、頑張ったな」

「ぶはぁ!相当なもんだな!」

「(ぶるぶる)」

「下世話な話に、母を持ち出さないでくれ…」


 何故か間宮が震えているが、うん。


 凄いわ、お前の家。

 今まで黙っていたジャッキーも驚いて、酒を吹き出しそうになった。


 あ、そういや全然酒飲んで無かった。

 ここぞとばかりに、グラスを開けておかわり。


 ゲイルはいる?

 あ、まだ良い?分かった。


「…んで?…お前にとっての隠し事、それだけなのか?」

「察しが良いお前なら分かるかもしれないが、一番上の兄の事で少し相談があってな…」

「OK。話してみろ」


 相談、と来たか。

 だから、コイツ話すのを渋ってたのかもしれないな。


 しかもオレが推して察するって事は、


「…『闇』属性って事か?」

「………早いな」


 どうやら、驚かせたようだ。

 ああ、ごめん。


 お前から、先に言わせればよかったな。


「…お前の勘付いた通り、一番上の兄は『闇』属性だった」


 曰く、幼少の頃のゲイルには、教えられていなかった事実だったらしい。

 ゲイルは魔法の才に恵まれ、武芸にも秀でていた。

 だからこそ、兄からの悪影響を考慮して、一番上の兄を隔離していたようだ。


 ゲイルや、姉達には魔法の才能が無い。

 そう言い聞かせて、接触すら禁止していたらしい。


 騎士団に所属させてからも、ほとんど事務仕事しか行わせず。

 今回、オレが受けたような昇格試験も受けさせなかった。


「…徹底してんな」

「ああ。まるで、人間扱いしてねぇ」


 オレとジャッキーで顔を見合わせる。

 同意見だ。


 たった一つの、間違い。

 『闇』属性だったというだけで、この扱い。

 おそらく、『魔族魔法』との認識の結果。


「父上は魔族を嫌悪している。

…『闇』属性の事も、『魔族魔法』の認識を、色濃く反映しているようだ」


 あらまぁ。

 だとすれば、オレもその対象になる訳だ。


 これで、合点がいった。

 オレが、魔族の疑いを掛けられた瞬間に感じた公爵閣下からの視線。

 凄まじいまでの殺気交じりの視線だった。


 背景は、これか。


 まぁ、今はゲイルの兄上殿の事だ。

 オレの事は脇に置いておく。


「先程も言ったが、兄の任地は南端だ。

この間言った『クォドラ森林』を、さらに迂回した街道に沿って進むと、灯台を目印とした防衛拠点がある」

「ふむ」


 南端で海に面しているダドルアード王国。

 その更に南端となると、地図上では南東に位置する『クォドラ森林』の向こう側。

 『クォドラ森林』をぐるっと回り込むような街道の行き止まりだ。


 ついでに言うと、海を挟んだ向かい側は、魔族の領域でもある『暗黒大陸』の北端ともなっている。


 その為、南端の防衛拠点は、南側からの魔族達からの侵攻に対する防波堤。

 任地としては、騎士団の中でも、『終着点はかば』と呼ばれているらしい。


「場所は分かった。…それで?」

「無理を承知で、お前に頼みたい」


 無理を承知とは、随分と大袈裟な前置きをしてくれる。

 まぁ、それだけ切羽詰まっているのだろうけど。


 さて、困った。

 この話の流れで行くと、おそらく彼の次の言葉は決まっている。 


「一度で良い。オレの兄に会ってくれ」


 ……だろうね。


 オレが、『闇』属性。

 ついでに、生徒のうち、二人が同じ。


 そして、オレは既に魔法を顕現。

 それは、生徒達も同様。


 そしてなによりも、オレは理解が出来る。

 この『闇』の精霊への知識と経験から、推して察する事が出来る心境。


 相談役には持って来いだろう。


 どうりで、コイツが話したがらなかった訳だ。

 オレの予定を知っているからこそ、コイツは言い出せなかった。


 あの時と、似たような状況。

 キメラ討伐の時も、コイツは散々悩んでいた。


 馬鹿だなぁ。


 オレの返事は、決まってるのに。


「分かった」


 一も二も無く、返答。


 ゲイルは、眼を瞠る。

 またしても、驚かせたようだ。


 ジャッキーは、苦笑を零した。

 なんとなく、分かってたって感じ。


 ……間宮は、どうなんだろう?

 なんか、真っ赤になって固まってるだけなんだけど。


 もしかして、酔った?


「…ギンジ、オレは、無理には、」

「無理なんて言ってない」


 シャルの事と、ローガンの事。

 後、オルフェウスの訪問が終わってからになるけど、


「…そろそろ、生徒達を連れてどこかに出かけようと思ってたところだ。

…行先は海って事で、合宿の予定を組み込んでやれば、生徒達も喜ぶ」

「……ギンジ」


 都合が良いと言えば、都合が良い。

 生徒達には、そろそろ強化訓練だけではなく、実戦を学ばせてやりたかった。


 香神、榊原、永曽根、徳川、間宮は一度体験している。

 後は、残りの生徒達がどこまで動けるか。


 それまでに、武器の扱いを教えておくのも必要か。


 だからこその、強化合宿。

 防衛拠点に行くのは、そのついでと思えば良い。


「生徒達の指導をしながら、遠足をする簡単な任務ですってな

。…これで、貸し借り全部清算で文句無いだろ?」

「ぎ、ギンジィ…ーーーッ!」


 そうして、いつかのデジャブ。

 コイツは、テーブルを挟んだオレの手を握って、大号泣した。


 本当に、あの時と同じような状況だな。


 断られるのが怖くて言い出せなかった?

 迷惑が掛かると思って言えなかった?

 阿呆かお前。


 何度も言うが、隠し事無しって協定はどこ行った?

 約束破るぐらいなら、とっととぶちまけろってんだ。


「なんとなく、この騎士の兄ちゃんが逆らえねぇ理由が分かったぜ」

「(こくこく。…銀次様は、必要以上に寛大ですから)」


 などと、それぞれの感想を聞きつつ、


「…テメェも遠征の予定、騎士団で組んでおけよ」


 こうして、オレの予定は埋まっていく。

 おそらくは、2月の末日になるとは予想出来るが、強化合宿が決定した。

 場所は南端の防衛拠点。


 さぁ、まだまだしばらくは忙しいぞ。

 なにせ、イベントが盛りだくさん。



****



 さて、なにはともあれ、話は終わった。


「良し、ジャッキー。…潰してやろう」

「おおっ!やっと、許可が下りたか!」

「「∑…ッ!?(ビクビクッ)」」


 そして、最後のメインイベントが残っている。


 今日は、コイツを潰してやるのだ。

 それは決定事項で、忘れてちゃいけない外しちゃいけない、楽しい楽しいイベントです。


「ま、待て!!オレは、明日も仕事…!」

「それを言うなら、オレもそうだよ。明日は、シャルとお買い物三昧だからな」

「…ならば、なおさらだ!!…お開きッ!お開きにしよう!!」

「そうカテェ事言うんじゃねぇよ!」


 今まで黙ってた分も含めた、ゲイルのペナルティ。

 騎士昇格試験の時の、サプライズも含めた意趣返しである。


 あ、間宮は免除ね?

 お前は、オレの言う事聞かないで勝手に付いてきたけど、その分天龍族の女性陣のお持て成しで、大変良く出来ましたってな事で花丸だから。

 習得したばかりの魔法で、良くあれだけのアシストが出来たもんだ。


 生徒兼弟子の成長が、嬉しくなって来た今日この頃。


「(あ、なら僕は、先に校舎に帰っています)」

「おう、そうしろ。帰り道に気を付けるんだぞ?」

「(無論です)」


 そう言って、間宮が離脱。

 まぁ、おそらくは逃げたんだろう。


 それも、懸命な判断だ。

 ジャッキーが無茶を言いかねない。


「おら、お前も飲め!今日は、この騎士の兄ちゃんの奢りだろう!?」

「ははは。…お手柔らかに」


 かくいうオレも、今日は泥酔決定となっているけどな。

 既にグラスの中身を、滝のように流し込まれたゲイルが噎せ返って机に突っ伏している。


 流石、ジャッキー。

 手加減無しだ。



***

若干駆け足投稿とさせていただきます。


以前のジャッキーとの話のフラグ回収。

嫁探しでは無く、実は旦那探し。

フラグはへし折りました。

これできっと大丈夫。

そして、逆に旦那探しだったと笑っておく。


今回はゲイル氏の暴露話も含めております。


※地味に間違えてたゲイルの兄弟の人数を修正しました。

失礼致しました。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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