表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、騎士昇格試験編
64/179

53時間目 「昇格試験~招かれざる客人~」 ※流血表現注意

2015年12月6日初投稿。


前回に引き続き、筆が進みました。

書いてて楽しくなって来た戦闘回。

文才が無いので、迫力に欠けるとは思いますが、しばらくお付き合いくださいませ。


53話目です。

見栄っ張りが吉と出るか、凶と出るか。

好きなように書き散らしている騎士昇格試験編も、これでなんとか収束します。

***



 時刻は、13時丁度。

 銀次が丁度、第三の試験に臨もうとした頃だった。


 特別学校の異世界クラスは、良くも悪くも日常通りであった。


 昼食も終えた、うららかな昼下がり。

 午前中は、校舎のメンテナンスや、雪かきで終えた。

 なにせ、昨夜には魔力を暴走させた銀次のおかげで、3階のダイニングが大変な有様となっていた。

 その片付けも含めて、各自担当をしている箇所の清掃もメンテナンスの一部である。


 そして、昼食後。

 食休みも程々に、午後からは各自自主的に強化トレーニングを行っている。

 更に強化トレーニングも終えた生徒達の一部は、魔法の修練に精を出していた。


 担任教師である銀次がいなくても、彼等は相変わらず自主的に動く。


 それを、傍で見ているシャルは、内心で驚きを露にする。

 彼女は、同年代の子どもを知らない。

 しかし、この王国でのこの世代の少年少女は、何かしら遊び呆けているものだと思っていた。


 その生徒達の行動をオリビアと共に見守っていて、分かった事。


 皆が皆、真面目で勤勉である事。


 得意不得意、得手不得手。

 それぞれが、色々な個性を持っている。

 だが、その個性が無い生徒達もまた、努力は欠かせていない。

 

 勉強が苦手であっても、懸命に机に齧り付く徳川。

 運動が苦手で、いつもリタイア寸前にまで追い込まれる伊野田、浅沼。

 更には、魔力の枯渇を起こしても構わずに魔法の修練を行う榊原。


 驚きもそうだが、感服する。

 どこか、自分とは違う世界を見ているような気分にも陥った。


 この数日、彼女はずっと不思議な気持ちだった。


 異世界クラスの輪の中に紛れ込んでいるとはいえ、自分は魔族。

 しかし、彼等生徒達は人間。


 警戒すべき相手だと頭では考えている。

 しかし、生徒達の一部はその警戒すらも物ともしていなかった。


 言わずとも分かるだろうが、女子組一同である。


「ええっ?シャルちゃん、58歳なの?」

「ああ、そっか。シャルって、魔族なんだっけ?」

「普通に馴染んでたから、忘れてたし」


 なんて事も、しばしば。

 このような会話が日常茶飯事と言える。


 しかし、その後に続く台詞。

 それは、シャルが身構えていた排斥や差別の言葉では無く、


「どうりで落ち着いてる訳だよねぇ」

「ねぇねぇ。森小神族エルフの人って、シャルちゃんみたく可愛い人多いの?」

「男はどうなんだ?なんか、ゲームとか漫画では良く美形が多いって聞くけど?」


 と言った内容。

 7割弱の会話が、そのまま女子特有のピンク色の会話へとシフトしてしまう。


 これには、流石に呆れてしまった。


「こらこら、シャルちゃんが困ってんだろ?」

「何さ、永曽根。アンタも混ざりたいの?」

「そうじゃなくてっ!…お前等、魔法の調整をシャルに教えてもらうんじゃなかったのか?」

「あはは~。なんか、目的忘れて女子会でも始めるノリだったしね~」


 それが女子達だけならば、まだ分かるかもしれない。

 少し、思慮が足りないと言い切れる。


 しかし、女子達のみならず、男子達もである。

 そうであるからして、シャル自身も反応に困ってしまっている。


 そんなシャルに、助け船を出してくれたのもまた生徒の一部。

 永曽根と榊原であった。


 長曽根と榊原は、銀次と同じく『闇』属性。

 その為、外や一目のある場所では魔法の修練には参加出来ず、理論だけを学んでいる最中であった。

 しかし、両名とも、加護を受けている精霊が中位と言う事もあって、対話を成功させてからは一気に他の生徒達を追い抜かして具現化まで持ち込んだ。


 発現に関しては今のところ、銀次よりも安定しているという状況。

 なので、強化トレーニングの片手間に、精霊と対話を続けるなどという荒事にチャレンジしている。


 その為、現在強化トレーニング中の生徒達とは離れた位置にいた。


 その真向かいに、シャルとオリビアを囲んだ女子達がいたのだ。

 よって、この会話が筒抜けになってしまったのである。


 話は逸れた。

 

 異世界クラスの生徒達は、少なからずシャルを特別視する事は無かった。

 それは、未だ馴染みきれていない生徒達とて同じ事。


 ここまで、長い期間人間と関わった事の無いシャル。

 だが、この校舎の生徒達は、どこか普通とは違うと断言出来た。


 差別も偏見もしない良識人。

 しかし、実際には、螺子が飛んでいるとも言える。


 そのおかげもあってか、シャルは早々に警戒心を解いていた。

 度々、こうして自身の事も話す事も増えて、自然と笑みを浮かべている時間が多くなった。


 それが、明日明後日には終わるとしても。


 ふとした瞬間に頭を過る、別れ。

 その別れを思い出す度に、彼女は何度も葛藤していた。


 ここ数日、この校舎で過ごした日々。

 それが、まるで走馬灯のように呼び起される。


 それが、どれもこれもシャルにとっては、初めての経験だった。


 同世代(と言っても種族違いで)の少女達との会話。

 教鞭を取らせて貰えた魔法の授業。

 初めて経験したお泊り会や、集団生活。


 そして、銀次という人間の男性への淡い、恋心。


 自覚したのは、昨夜のことだった。

 自分は、何故か彼を特別視している。

 その事に気付いた時、シャルは丁度魔力枯渇を起こして、今にも倒れてしまいそうな時だった。


 銀次が精霊との対話で、闇の繭の中に閉じ込められた。

 生死もまるで分からない。

 そして、手も足も出ない状況に、愕然とした。


 戻って来て欲しい。

 そう願って、オリビアへの魔力供給のパイプ役を引き受けた。

 そして、心臓がはち切れるかと思える程の全力を持って、最後までやり遂げた。


 彼が戻って来た時、シャルは歓喜した。

 同時に、その気持ちがどこから来るものなのかを、初めて自覚した。


「(……なんで、あんな奴好きになったのかしら?)」


 彼女は考える。

 ふとした瞬間に思い出す別れと共に。


 この気持ちは、伝えて良いものなのか。

 それが分からないまま、堂々巡り。


 この校舎内での居心地の良さを感じていたのは事実である。

 それが、いざ家に帰るとなれば、やはり物悲しい。


 それは、同時に銀次との別れも同議だったから。


 別れるのが寂しいと、表立っては言えない。

 しかし、内心では、何度も願った。

 家に戻る帰還の延長が出来ないか。

 いざとなったら、このまま教師として校舎で雇って貰えないかなどと言う事まで考えていたりもする。


 しかし、それも無理な話。

 シャルはすぐさま、否定のように頭を振った。


「(駄目よ。…あたしがいなくなったら、母さんが暮らしていけなくなっちゃう)」


 シャルには、病床の母がいる。

 おおよそ、病人とは言えないまでも、間違いなく病気を患っているのだ。


 それも、過去完治した例の無い不治の病(ボミット病)

 たとえ、緩和出来たとしても、体は確実に弱っている。


 永曽根や、銀次が元気過ぎて忘れてしまう事もあるが、ボミット病は致死率100%なのだ。


 それに、もう一つの懸念。


「(……アイツが、あたしに優しくするのは、母さんとコンタクトを取りたいからだって、分かってるのに)」 


 それは、彼、銀次の目的。

 その目的が、自分の母へのコンタクトである事。


 彼女の母親は、ボミット病の患者であると同時に、ボミット病の研究者。

 人間の間に流布したボミット病の症状や、その経過、及び致死率など。

 そのほとんどが、彼女の母親の著書によって明らかになったものだ。


 それを、銀次は目敏くと言うべきか、鋭くと言うべきか知っていた。

 だからこそ、彼は薬の研究や開発をするに当たってシャルの母親に意見を仰ぎたいと考えた。


 緩和、もしくは、完治に役立つ薬が手に入る。

 上手い話で、甘美な罠。

 常のシャルであれば、人間の言葉など信じなかっただろう。


 しかし、銀次の言葉は自然と信じる事が出来た。

 それは、シャル自身も驚いている。

 よもや、あの初対面の時に、既にこの恋心が芽生えていたとでも言うのだろうか。


 馬鹿らしい。

 そう言って、無碍にしたい。


 しかし、それが出来ない自分がいる。


 何を隠そう、敵が多いからだ。


「ってか、銀次って何時に帰ってくるとか聞いた?」

「うんにゃ?でも、試験って言ってたからには、結構掛かるんじゃない?」

「というか、それだけで終わるとも思わんが?先生も、王国との付き合いがあるようだしな、」

「そっか。…ま、ウチ等の教師はご多忙な奴って事で、」


 と、興味なさげに話をまとめたエマ。

 しかし、その眼は明らかに、拗ねている。


「先生、忙しいもんねぇ。昨日の今日だから、ゆっくり休んで欲しいけど」

「そうですよね。…体もまだ本調子では無いようですから、心配なんですが」


 ソフィアとオリビアも、心配そうな顔をしている。

 この二人は、エマよりも更に分かりやすい。


「むぅ。…仕方無いとは思ってるけど、最近先生構ってくれないから、ちょっと寂しいね」

「あらまぁ。伊野田ったら、甘えたさん?」

「う、うううううるさいよ、榊原くん!」

「あは~。顔真っ赤にしちゃって~」


 素直に寂しいやらなにやらと愚痴を零す伊野田。

 更に分かりやすいのは、やはり彼女だろうか。


 シャルだって気付いている。

 生徒達も勘の良い者なら気付いているかもしれない。


 この四名は、確実に銀次に恋をしている。

 それは、掛け値なしの事実であった。


 だからこそ、シャルはこの気持ちを捨て切れない。


 自分がここを離れれば、いつか誰かが銀次と結ばれるかもしれない。

 自分の預かり知らないところで。

 その時はその時で、祝福は出来るだろう。

 皆、良い子だと分かっているからこそ。


 しかし、心から祝福出来るかと問われれば?

 それは、また別の感情が邪魔してはっきりとは言い切れない。


 これまた、初体験となる感情。

 それが、我が物顔で胸にとぐろを巻いている。

 嫉妬だ。


 今まで感じた事の無い感情に、シャルは大いに戸惑った。

 それが、更に恋心を自覚させる。


「(…アイツは気付いてんのかしら?気付いているなら気付いているで、性格が悪いというかいっそ趣味が悪いとしか言えないけど、)」


 かと言って、踏み切れるかと言われれば否だ。

 銀次は、どことなく恋愛感情と言うものを、捨て去っている気がする。


 それが、ふとした会話の中で、顕著に現れる。

 日常的な会話の中でも、授業中であっても、更には本当に些細な愚痴や小言にしても。

 それこそ、恋愛をして来たのかすら怪しいと思うのは、シャルだけだろうか。

 (※実は、当たらずとも遠からず…)


 例えばの話ではあるが、この中の女子達が彼に告白したとする。


 彼が、その告白にどう答えるのか。

 いっそ簡潔な程に、予想が出来てしまうのだ。


「(生徒に恋愛感情は持たないとか言いそうよね…。しかも、あたしも生徒と認識してそうだわ。…それを言うと、オリビアに関しても女神様を彼女にするなんて、って言って除外してそう)」


 つまりは、玉砕する未来しか浮かばないのである。

 いざとなって見なければ、分からない。

 淡い希望を抱いてみても、おそらく彼は何かと理由を付けて断ろうとするのは目に見えている。


「…アイツ、これからどうするつもりなのかしら?」


 ぽつり、と呟いた言葉。

 シャルにとっては自覚無く、無意識に呟いた言葉であった。


『何が?』


 それに、息ぴったりに返したのは、もはやお馴染みともなった双子のシンクロ。

 杉坂姉妹である。


「えっ?…あ、いや…べ、別に、」

「…どうするつもりって?」


 無自覚ゆえに、彼女は何を言っていたのか分かっていなかった。

 しっかりと拾い上げたのは、伊野田も同じ。

 そして、オリビアもきょとんとして、シャルを見詰めていた。


 更に男子二人の視線も重なり、合計12対の視線に晒されたシャル。


「べ、別に、あいつのこと気になったとか、今後の事とか、気にしてる訳じゃないけど、どうするつもりなのかって言うか、その、なんというか、…ごにょごにょ」


 縮こまって、ぶつぶつと不明瞭な言葉を零す他無かった。


「(…ほ、本当に、なんであたし、あんな奴の事好きになっちゃったのよ…!帰って来たら、嫌味言ってやる!足だって踏んづけてやるんだから…!!)」


 内心で、噴慨しながらも。

 シャルはその後、顔を真っ赤にして俯いたままだった。


「…もしかしたら、もしかするのかな?」

「そうなんじゃね?ってか、気付かれてるってのも気付いてなさそう…」

「うー…シャルちゃんも、ライバルなのかぁ」

「お互い辛い恋ではありますが、フェアに行く為には打ち明けた方が良さそうですわね…」


 その様子を見た、四名にはとっくの昔に勘付かれている事も知らないまま。 


「魔法の修練って話は、どこ行った?」

「言うな、榊原。付き合うだけ無駄だ」


 男子達の辟易とした声も、彼女達には聞こえない。

 勿論、作戦会議を敢行した女子組一同と、うつむいて未だにごにょごにょと言っているシャルの事である。


 ちなみに、余談ではあるが。

 この校舎には女子達の暗黙のルールが存在する。

 『抜け掛け禁止』と言うお題名目を掲げた、一種の同盟である。

 よもや、銀次も自分の預かり知らぬところで、そんな同盟が組まれているとは思ってもみなかっただろう。

 更に言えば、自分が死にかけている時にである。


 その後、彼女シャルが『抜け掛け禁止同盟』に所属したかどうか。

 それは、女子組と一部の男子のみが知る。


 

***



 1月末の、某日。

 昨夜の雪が嘘のように晴れ渡った空の下。


 今頃、校舎に残してきた生徒達は何をしているだろうか。

 ちゃんと強化トレーニングだけでもしてくれてると嬉しいな。

 現実逃避と分かっていても、日常が恋しくなってしまって思いを馳せる。


 だって、こっちは非日常の真っ只中。


 半年に一度行われている、今回の騎士昇格試験。

 それは、まさかの公開処刑へと切り替えられた。


 それと言うのも、突然天龍族の防衛部隊だかなんだかが乱入して来たからである。


 司令官を朱蒙しゅもう

 その部下を甲冑姿の一人が明淘めいとう

 文官のような格好をした少女が伯垂はくすい


 三名の招かれざる、乱入者。


 そして、何故その天龍族の三名が、この試験会場に乱入したかと言えば。


 ぶっちゃけて言おう。

 オレのせいだ。


「父上!!私の槍を…!!」

「…ッ!!」


 響いたゲイルの怒声。

 まだ、試験用として用意していた先を布に包まれた棍棒しか持っていなかった彼。

 いち早く、武器の確保に動いた所は、やはりコイツも戦場を知っていると言う事か。


 そんなゲイルの声に、明淘めいとうがびくりと肩を震わせた。

 緊張感の中、唐突に響いた怒声に驚いたか。


 目線がゲイルへと向きかけて、


「あのウィンチェスター家の三男坊は、私が相手をしよう」

「…ッ、はっ…!」


 その明淘めいとうの肩を、いつの間にか移動していた朱蒙しゅもうが叩いた。


 その朱蒙しゅもうの目線は、オレに向かっている。

 どうやら、オレの狙いがバレてしまっているらしい。


 彼が目線を逸らした瞬間に、腰に忍ばせた銃を撃ち込んでやろうと内心で息巻いていたが、不発に終わってしまったようだ。


 だが、


「…オレに背中を向けて良いのか?」


 代わりに撃ち込んだ銃弾。

 音速を超えて、ゲイルに向かい合おうとしていた朱蒙しゅもうへと向かう。

 携帯していた「M1911(コルト・ガバメント)」。


 慣れていなければ耳が馬鹿になるような銃声。

 それと共に、45口径の弾丸が撃ち出された。


 しかし、それを今度は明淘めいとうが間一髪で防ぐ。


「…ッ!この卑怯者!」

「何が、卑怯者だ。獲物も手に入れてない丸腰の相手に、斬り掛かろうとしている上司を後押しするのか、テメェは…!」


 明淘めいとうから若干上擦った声が上がった。

 おそらく銃弾の初速に驚いたのだろう。


 初見で弾道を見切って弾いた動体視力は、素直に称賛に値する。


 だけど、こっちにはまだ15発(・・・)残っている。


「一発だけだと思うな?」


 間宮を隠れ蓑に引き抜いた銃は、ベレッタ92.。

 こっちは、コルト・ガバメントと違って、ポンプアクション無しで15発もの弾丸を連射出来る。


 先ほどのコルト・ガバメントよりも少しキーが高くなった銃声。

 火薬と威力の違いで、彼等(・・)はそれぞれ銃声が違う。

 軽快に撃ち放った弾丸は計6発。

 銃声に驚きつつも、多節根を用いて明淘めいとうが弾いたのは5発まで。


 最後の一発が、彼の多節根を擦り抜け朱蒙しゅもうの背後に迫る。


「チッ…!」


 しかし、その弾丸も彼には届かなかった。

 思わず、オレの舌打ちが漏れた。


 朱蒙しゅもう自身も、動体視力は並外れていたようだ。


 彼女は肩越しに銃弾を見ただけ。

 着弾までのコンマ数秒の間に、戦斧を背中へと回して弾丸を弾いた。


 しかし、そのおかげで、朱蒙しゅもうの足が止まった。


 それと同時。


「…時間稼ぎに、感謝する」


 聞き慣れた声。

 台詞にも声音にも、どこか余裕が見えた。


 迎撃の為に背中に回していた戦斧を、手元に引き戻した朱蒙しゅもう

 しかし、その眼の前には既に槍を手に、迎撃の為に身構えたゲイルがいた。


 オレにとっては、それで十分。


「…そっちは、任せた」

「承知!」


 試験用の棍棒から、自身の慣れ親しんだ槍へと持ち替えたゲイル。

 壇上にいた父親に、控え室に置いてあった槍を投げて貰ったのだ。


 その槍を調達する間、どうしても彼の装備が心許無い。

 戦斧と鍛練用の棍棒では、結果は明らか。

 見るも無残に、試験用の棍棒が砕け散るだろう。


 だからこその、牽制。

 別にオレは、これで朱蒙しゅもう明淘めいとうも仕留めようとは思っていない。


 ただの時間稼ぎ。


朱蒙しゅもう殿、今一度、お手合わせ願おう」

「青二才が、良い顔をするようになりおって、」


 槍と戦斧がぶつかり合い、甲高い金属音が響いた。


 これでひとまず、少しは時間が稼げるだろう。

 王国一の武芸者の腕を疑う訳では無いが、朱蒙しゅもうとやらの実力が未知数の間。

 ゲイルには、少しでも有利な土俵に持ち込ませてやりたい。


 まぁ、こっちもこっちで、問題あるんだけど。


「おのれ…!」


 主人か上司か。

 背後からの急襲を阻害したオレに対して、頬を真っ赤にして飛びかかって来た明淘めいとう


 多節根の錘が、オレの眼前を通り抜けた。

 若干軌道がぶれているのは、怒りのせいだろうか。


 易々と避けたオレに対し、更に彼は歯を食いしばった。


 それでも、威圧感は朱蒙しゅもう同様、群を抜いている。

 流石のオレでも、若干腰が引けてしまう。


 まぁ、表には出さないけど。

 自他共に認める見栄っ張りですから。


「卑怯者が卑怯者にならないように、時間を稼いでやったんだろう?感謝しろよ、明淘めいとうちゃん(・・・)?」

「……ッ!?」


 見栄っ張り所以の嫌味。


 挑発も込めて、ちゃん付けをしてやる。


 過去、オレも何度か使われた挑発だ。

 師匠にも使われたし、敵にも使われた。

 前者は叩きのめされ、後者は叩きのめした。


 余談である。


 しかし、


「な、何故…っ!!」


 その反応は劇的なもので。

 ちゃんと呼ばれた途端。

 明淘めいとうはその顔を、怒りとは別に真っ赤に染め上げていた。


 ………あれ?

 もしかしなくても、もしかして?


「……あー…女の子だったんだ、やっぱり(・・・・)

「うっ…ううう煩い!!」 


 いや、自棄に上擦った声が高いとは思ったけど。

 一瞬、テメェは女か、と内心で突っ込みは入れてたけど、まさか本当に女だったとは。


 すかさず、多節根で踏み込んで来た明淘めいとう

 しかし、明らかに初動が乱れている。


 べレッタ92.から刀へと持ち替える。

 相手が激昂しているなら、対処法は決まっている。


 何事も冷静にだ。

 

 それに、多節根であれば、オレにも勝ち目はある。

 縦横無尽に来るように見えて、実はそうでもない多節根の攻撃。

 その対処法は知っている。

 扱ったこともあるし、扱っていた同僚がいるのだ。

 おかげで、見慣れていると言うべきだろうか。


 払い、受け止め、更に払い。

 三回もの攻撃を刀で弾く度、火花が散る。


 更に、四度目の攻撃がオレに届く前。

 そこで、


「…声が高いから、もしやとは思ったけど、まさか本当に女の子だったとは思わなかった」

「……ッきさ、まぁ!!」


 嫌味を一つ。


 たちどころに、効果を発揮。

 明淘めいとうは、更に顔を真っ赤に染め上げていた。


 更に怒りで力んだ拍子に、多節根の軌道が若干ぶれた。


「(これなら、イケる…!!)」


 それを、目線で確認したと同時に、刀で払い上げる。

 更に、払い上げた勢いを殺さずに、反転。


 明淘めいとうに背中を向けた形となった。

 本来なら、これは悪手。

 敵に後ろを見せるべきでは無いのは、どの世界でも一緒。


 しかし、ここで隠し玉を一つ。


 腰に差していた鞘。

 それを後ろ足で蹴り上げれば、


「ぐあっ!!」

「失礼、お嬢さん。顔は流石に狙うべきじゃなかったかな?」


 蹴り上げた反動で腰のベルトに挟んでいただけの鞘が簡単に飛ばされ、明淘の兜へと見事に命中した。

 こちらも金属同士がかち合う、甲高い音が響いた。


 下緒を縛る余裕が無かっただけだったんだが、結果オーライ。


 ちなみに今回持ってきた刀。

 特に名も無いスタンダードな日本刀だ。

 しかし、その鞘は生憎と鉄製である。

 どんな金属で出来ているかも分からないまでも、彼女の被っていた兜もまた金属。

 ぶつかり合った衝撃は少なくとも多少のダメージにはなるだろう。


 案の定よろめいた明淘めいとう

 そんな彼、改め、彼女に、すかさず回し蹴りを放つ。


 多節根で受け止めようとして、案の定吹き飛んだ。

 伊達に鍛えてはいない。

 間宮が血反吐を吐くぐらいの威力はあるのだ。


 いや、適度な加減を忘れたってのはあるけど。

 ただ、体勢崩している時に女子が男子の蹴りを受け止めるって無謀だからね?


 しかし、忘れていたのは加減だけでは無く、


「こちらをお忘れでは無いでしょうか?」

「……ッ!」


 明淘めいとうを吹き飛ばしたと同時。

 ガラ空きになっただろうオレの背中へと、落ち着いた声が掛かった。


 すっかり忘れていた。

 もう一人いたのだ。


 朱蒙しゅもう明淘めいとうと共に、こちらにやって来た三人目。

 文官のような格好をした、伯垂はくすいと呼ばれた少女。


 灰褐色の髪をお団子に纏め上げた彼女の冷たい目線。

 それと、オレの驚いたような目線が交差した。


 その瞬間、


「成りました。『炎の槍(フレイム・ランス)』!」


 飛んで来たのは、魔法での波状攻撃。

 槍を模った3本もの炎が、撃ち出された。


 この魔法は、いつか教室を爆砕してくれたメイソンが使っていた魔法だ。

 あの時は教室の外からの攻撃だったので、見る事すら出来なかったが、まさか3本もの槍が飛んでくるとは。

 爆弾要らず、極まれり。


 彼女が先ほど臨戦態勢になった時、腰元から広げた帯。

 その中にびっしりと書かれていたのは、やはり魔法陣と見て間違い無かったようだ。


 魔法陣は、特別なインクを使い、術式を刻んだ媒体の事。

 半強制的に精霊に力を行使できるアイテムだった筈。

 詠唱が要らず、直接魔力を叩きこむだけ。

 知識も経験も理論も知識も調節すら必要が無く、それだけで魔法の発動が可能になる為タイムラグが存在しないとの事。

 しかし、その分精霊に無理矢理力を行使させるので、精霊に嫌われ易いと。

 シャルからの豆知識である。


 閑話休題。

 現実逃避をしている暇など無い。


「クソっ…!」


 目前に迫った炎をどう回避するか。

 ふと、そこで気が付いた。


 オレの背後には、何がある?


 さーっと顔から血の気が引いたのが、分かった。


 オレの背後には、今回の試験に参加していた騎士達や一般市民もいる。

 思えば、騎士採用試験の最中だったのだから、当然だ。


 避ければ、彼等に…。


 躊躇をしたのは一瞬だったが、オレの足は止まってしまった。


 致命的な隙。

 棒立ちになったオレは、格好の的に早変わり。


 しかし、直後、


「(下がってください)」


 耳を掠めたのは、声なき声の息使いと、ひゅうと吹き荒れた風鳴りの音だった。


「間宮…!?」

「……無詠唱…ッ!!」


 唐突に吹いた旋風。

 オレの目の前に割り込むようにして滑り込んだ間宮。

 彼が、前方へと向けて撃ち放ったのは『風』魔法。


 詠唱が存在しなかった事に伯垂はくすいが上擦った声を上げた。


 そりゃそうだよ。

 間宮は元々言葉を持たない。

 無詠唱で、なんのタイムラグも発生させずに、この15歳の少年は魔法を発現した。


 地味にオレも吃驚してるけど。


 確か、この魔法はシャルが使っていた筈だ。

 『風の竜巻(ウインド・トルネード)』だっただろうか?


 壁を作るようにして形成した風の竜巻。

 そこに3本の炎の槍がぶつかり合って相殺。

 しかし、完全に打ち消すまでには至らなかったのか、竜巻の中に火の粉が舞う状況となった。


 若干、危ない。


「…咄嗟にとはいえ『風の竜巻(ウィンド・トルネード)』で防いだことは褒めて差し上げましょう。ですが、これで終わりではありません。『水の弾丸(アクア・ボール)』!」

「…ッ!」


 そこへ、更に伯垂はくすいが、魔法陣で魔法を発現。

 炎を使った上で、更に真逆の属性を扱ってくるとは恐れ入った。


 いや、魔法陣を使っている辺り、彼女は属性を気にしている訳では無さそうだ。

 むしろ、精霊に嫌われてもお構いなしとばかりにバンバン使って来ている。


 火の粉が舞い散る竜巻に、水の弾丸が着弾。

 それと同時に、濛々と立ち込めた水煙。


 暖められた蒸気が、頬を舐めて行く。


 ……これが狙いか?

 水が炎で気化して水蒸気が出る。

 そしてその水蒸気は、温度が高い為火傷の原因にも成り得る。


 小学生の理科の授業でも習うその現象。


 しかし、水蒸気の向こう側で、感じた魔力は何だったのか。

 いや、この場合、魔力では無く属性だろうか。


 思わず身震いをしてしまう。


 この現象を、利用して何をするつもりだと言うのか。

 これは不味い。


「間宮、属性を変えろ!なんでも良いから『盾』!!」

「………ッ!!」


 オレの怒号に、間宮が反応するや否や。


「これで、終幕です。『雷の槍ライントニング・ランス』!」


 伯垂はくすいから放たれた魔法。

 それは、よりもよって『雷』属性だった。


 『雷』属性は、ゲイルの十八番だ。

 だからこそ、オレはその属性に気付けた。

 見慣れているし、彼が魔法を発現する時の気配もなんとなく覚えていたから。


「うあ…ッ!!」

「……ッ!!」


 水は、電気をよく通す。

 その現象を使って、広範囲に渡って感電させる。


 致死の威力を伴った雷光の槍が降り注ぐ。


 閃光、次いで爆音。

 気化した水蒸気が更に濛々と立ち込め、辺りの視界を奪い去った。


 なるほど、彼女は文官のような格好をしている。

 頭を使うのも、彼女自身得意分野だったのだろう。


 しかし、こっちも頭は多少回るのだ。


「なんとか、間に合ったか?」

「(はい。…ギリギリでしたね)」


 間宮が作り上げたのは、『土』属性によって形成された壁。

 それも、ドーム状に作られた壁が雷撃を遮断した。


 ただし、これまた完全では無かった。

 直撃では無いだけまだマシだろうか。


 オレは逃げ遅れた左腕が、ピリピリとしている程度。

 間宮も少し痺れたのか。

 唇が若干痙攣しているものの、なんとか感電死は免れたらしい。


「二属性を操りますか…。しばらく見ないうちに、人間も突出した魔法の才を持つようになったものです」


 伯垂はくすいから、驚いたような声音。

 いっそ素直とも取れる感嘆をもらったのは間宮だ。


 そうそう、コイツ。

 実は『風』、『水』、と続いて『土』のトリプルだったの。

 最近発覚したんだけど、最初オリビアでも分からなかった精霊が、ひょんなことから判明したらしい。


 なんでも、河南と同じだとシャルが気付いたらしいけど。

 そういや、アイツも『土』がメインのトリプルだった。


 ちなみに、この三つの属性を持っているのは、世界広しと言えども『森神族ドリアード』だけだと聞いた。

 だから、やめてよ。

 お前さん、先住民族みたいになっても違和感が無さそうだから。


 閑話休題。


「…そう簡単には行きませんか」


 ぽつりと、伯垂はくすいが呟いた言葉。

 少しだけ悔しそうにしている声音に、機嫌を良くしたのは間宮だった。


 にんまりと、あまり見ない微笑みを浮かべ、土の壁から首を覗かせている。

 いや、その状況、あんまり可愛くないと思われ。

 ってか、生首みたいで怖いから、やめなさい。


 だが、


「まぁ、可愛らしい…ッ!」

「∑…ッ!?(ブルルッ)」

「………。」


 見た目的に少女と思しき伯垂はくすいから、まさかのラブコールをいただいたようだ。

 先ほどまでの笑顔はどこへやら。

 壁に引き篭もった間宮の背中が、小動物のように震えているのを見た。


 天龍族は魔族だから、彼女もどこかの森小神族シャル同様、見た目年齢にそぐわず高齢かもしれないのがネックだろうか。

 なんにせよ、今日は間宮が良くモテる日だ。


 とか、少しだけ和んでいた時だった。


「…ぐぅ…ッ!!」

「ッ…!?…おいおい…!」


 オレ達の背後に、何かが飛んで来た。


 その何かは、地面を滑るようにして転がった。

 飛んで来たのは、ゲイル。


「…大丈夫か?」

「ああ、済まん」


 起き上がったゲイルの肩を支えてやる。


 よくよく見れば、額に大きな切り傷が走っていた。

 額は、太い血管が通っているから、小さな傷でも派手に血が出る。


 若干、目線が揺れている。

 おっと、これは出血で貧血でも起こしたか。

 今日は騎士の甲冑だけで、兜を被っていなかった。

 そのせいか、武装が甘かったようだ。


「…少しは、腕を上げておったようだな。これで、気をやらんとは、」


 そう言って、余裕ぶって歩み寄って来ている朱蒙しゅもう

 甲冑には薄く傷が付いているだけで、あちらさんに目立った外傷は無し。


 どうやら、王国一であっても、お相手が難しい人物だったようだ。


 更に、


「……ッおわ!!」


 ギンッ!!と金属音と共に火花が散る。

 目の前に唐突に飛んで来た錘。

 咄嗟に刀で弾けたのは、奇跡に近い。


 完全には防げずに、額を掠めて行った。

 ぱっくりと切れた傷から、赤い飛沫が飛んだ。


「…次は、そうはいかんぞ」


 吹き飛ばした明淘めいとうが、多節根を片手で弄びながら戻って来た。

 随分と大きく飛んだらしいが、こちらも目立った外傷は無し。


 女性だと発覚したせいで、少しばかり手加減でもしてしまったかもしれない。


「大丈夫か?」

「お前こそ、」


 不味いな。

 これじゃ、オレもゲイルと同じ状況だ。


 お揃いとか、勘弁して。


「…次は仕留めます。ご覚悟を、」


 不味いのはそれだけでは無い。


 伯垂はくすいは、更に帯を広げ始めた。

 その帯に、びっしりと描かれた魔法陣へと魔力を送っているのが分かる。


 先ほどと同じ現象を、更に一段階上げた魔法の威力でやられると、こっちも防ぐ手段が限られてくる。

 間宮もまだ、『土』属性に関しては、発現して間もないので心許無いらしいから。


「さて、三対三とは言え、力量は拮抗してはおらん。悪いことは言わぬ、大人しく降参せよ」


 甘美な誘惑ではある。

 この重苦しい肩書きや重責。

 それ等から、情けなくも逃げ出したいと考えていたオレにとっては、割と本気で。


 だが、


「……降参して、その後どうなる?こっちは、まだ死ぬ訳には行かないんだよ」

「飽くまで抗うか?」


 オレにとっては、これ以上投げ捨てる事が出来ない。

 なんにせよ、関わり過ぎてしまった。


 唇を噛み、立ち上がる。

 まだ、命を諦める訳にはいかない。


 更に言えば、オレが死んだ後、生徒達がどうなるか考えるだけで薄ら寒い。


「まだまだ予定が詰まってんだ。こんな所で死にましたじゃ、どうせ寝覚めが悪くて地獄から戻ってきちまうよ」


 見栄っ張りと言われようとも、虚勢を張って奮い立つ。


 握っていた刀を震え共々振り払う。

 精一杯胸を張るように肩に担いだ。


 隣で立ち上がったゲイル。

 彼もまた、眼光鋭く朱蒙しゅもうを睨み上げた。


 土の壁を解除した間宮。

 同意をするように、小さな頷きと共に脇差を逆手に構える。


「何度も死にかけてんだ。今更、戦うのが怖いなんて、寝言言ってられねぇんだよ」


 言い放つと同時。

 真っ直ぐに睨み付けた朱蒙へと、殺気を叩き込む。 


 朱蒙しゅもうが一瞬だけ、驚いた表情を浮かべた。


 たとえ、勝ち目が無いと分かっていても。

 抗わずに死ぬのは、御免だ。

 馬鹿だと言われようとも、もう逃げるのも疲れたから。


 苦笑と共に、顎を引く。

 肩を張り、胸を張り、颯爽と足を前に出した。 


「…これからが、本番としようじゃねぇの」


 挑発も込めて、にやりと口角を上げる。


 一触即発の緊張感に、肌がピリピリする。

 それが、昔放り出された戦場を思い出して、ふと懐かしく感じた。


 賽は振られ、火蓋も切って落とされた。

 最後まで、戦うしか無い。



***



 しかし、 


「……雄々しい…!」

「…明淘めいとうさん。相手は、排除すべき敵ですよ…」

「…う、っ…す、済まん」


 その後の、明淘めいとうの無意識だろう一言。


 そのおかげで、一瞬でその緊張感が霧散してしまった。

 がくり、と膝から力が抜け掛ける。

 思わず、こっち側の全員で、唖然茫然。


 締まらないでやんの。



***



 おそらく、胡乱気になってしまっているだろう、オレ達の視線。

 更には、朱蒙しゅもうに睨み付けられて、明淘めいとうが体を縮み込ませた。


 先ほどまで感じていた心地よい緊張感はどこへやら。

 オレ達のなけなしの虚勢は、儚く散り散りとなった。


 いやはや、流石は女の子。

 戦闘中でも色恋沙汰で、意識を裂けるところは尊敬するよ。


 現実逃避も良い所だけど。


「おい、ゲイル」

「うん?」


 傍らに立つゲイルへと小声で呼びかける。

 ちょっとした作戦会議ぐらい許して貰いたい。


「…虚勢張っては見たけど、お前はあの朱蒙さんとやらに勝てるのか?」


 少しだけ解れた緊張感の中。


 小声でゲイルへと一番気になる内容を問い質してみる。


 しかし、案の定。

 横目で見た彼の表情は、苦々しい。


「…難しいだろうな。あの方は、オレが一般騎士だった時から、天龍族の居城、天龍宮の防衛部隊総司令官だった。それに天龍族は魔族でも上位だ。そもそも、鍛錬している年月が違う」

「…おっとっと。王国最強の名が泣くぜ」

「泣くだけなら泣かせておく称号だが…。天龍族と比べられても、人間の称号など意味など無さない」

「…つまり、オレの『予言の騎士』って肩書きも役立たずって事か?」

「………。」


 ………あれ?

 なんで、黙ったの?


 ………。

 って、待って待って?


 今更思い出した。

 そう言えば、オレ、名乗ったっけ?


 何を?

 『予言の騎士』って事。


「…そういえば、途中で切られてそのままだった」

「ああ、結構食い気味に話されてたもんな」

「(シャルさんの話だと、魔族にとっても『予言の騎士』は価値ある稀少な存在だと聞きましたけど…?)」


 あ、れ?

 この場合、どうしたら良い?


 名乗り出る?

 それが、一番、手っ取り早い気がするけど、


「…さっき、大見栄切っちゃったけど…?」

「………。」

「………。」


 ………えっと?


 精一杯とは言え、先ほどオレは虚勢を張った。

 それは、それもう見事な程に。


 ただの見栄っ張りとしか言えない程のなけなしの虚勢だった。

 明淘のおかげで、霧散したけど。


 とはいえ、


「戦場を死に場所に選ぶは、人間ながら天晴だな」

「…こ、これも、我が天龍族の使命だ。悪く思うな」

「せめてもの情けです。原型だけは残して、埋葬して差し上げます」


 それを真に受けた、3名。


 既に気を取り直したのだろう。

 先程の締まらない空気はどこへやら。


 臨戦態勢で、こちらを睥睨している。


 思わず振り返ったオレ達は、絶句した。


 朱蒙しゅもうの戦斧から何やら魔力のようなものが沸き出している。

 明淘めいとうも同じく多節根に雷のようなものを纏わせていた。

 伯垂はくすいの背後には中級以上の威力が予想出来る魔法がスタイバイしている。


 彼等の背後には、眼を爛々と光らせた龍の幻影まで見える。

 確か、ス○ンドだっただろうか?


 どうしよう、この状況。


 今更、何を言えば良いのか。


「…だから、見栄っ張りも大概にしろと言ったのだ…!」

「うぇええ!?オレのせい!?ねぇ、これオレのせいなの!?」

「(元々、ギンジ様の魔力を感知された事が要因でしたから…)」


 あ、そういやそうだったね。


 間宮の冷静な見解に、思わずオレも冷静に納得。

 弟子が自棄に冷たい。


 って事は、これ全部オレのせいって事だけど、どうしたら良い!?

 どうせぇと!?


 結局、冷静さは、どこかに逃げ出した。


「…って、焦ってる場合じゃねぇや。ゲイルは、『シールド』張れ!間宮は、『風』で被害がギャラリーに行かないように、空気の壁!」

「分かった!」

「!(こくり)」


 即座に指示を出す。

 こうなったのがオレのせいなら、せめて尻拭いもオレがしなければ。


 『盾』は、文字通りオレ達への盾。

 そして、空気の壁は、飛び火防止の予防策。


 参加者達へ被害を出す訳にはいかない。

 だからこそ、間宮に『風』魔法で、空気の壁を作らせる。

 重傷者は、彼等の覇気に中てられて昏倒した人間だけであって欲しい。


 我ながら、無茶を言っているとは思う。

 誰に?

 間宮にだ。


 まだまだ発現したばかりで、調節が難しいだろう彼には悪いと思っている。

 だが、魔法に対抗出来るのは魔法だ。


 ゲイルに関しては、オレよりも10年分長生きしてんだから頑張れとしか言わない。


「し、しかし、『シールド』だけだと、物理攻撃は防げんぞ!」

「知ってるけど、早く張れ!!」


 こっちは、こっちでやれるだけの事をやるしか無い。

 おそらく、『シールド』を張った事で、朱蒙しゅもう達も勘付いただろう。


伯垂はくすい。『盾』ごと、吹き飛ばしておやり」

「はい!」


 などと、不穏な声も聞こえたが、集中する為に目を閉じる。


 間宮が風で壁のようなものを張る。

 ひゅうひゅうと言う風鳴りの音が耳を掠めて行く。


 ゲイルの詠唱の低い声音も、どこか遠くに聞いていた。


 その中で、オレもやるべきことを。


「(頼む。力を貸してくれ…!)」


 内心の奥深くへと問いかけた声。

 オレを加護、もとい腹に巣食っている精霊であるアグラヴェインへと。


ーーーーー…本に、甘えた主を持ったものよ。


 不承不承と返された返答に、苦笑いも浮かんで来ない。

 今は、その嫌味とも取れる言葉に、返答を返している余裕はない。


 背中側へと右手を隠す。

 羽織ったままだったポンチョで僅かでもカモフラージュ。


 オレは『闇』属性。

 間違っても発現の瞬間を、参加者達にも騎士達にも見られる訳にはいかない。


 必要なのは、この状況を打破出来るだろう武器。

 それも、生半可なものでは押し負ける。


 ならば、使ってやろうじゃないか。

 生半可なものでは形が保てない未熟な魔力調節。


 それでも成形出来る武器を。


「(調節だけでも手伝ってくれ。時間が無い!)」


ーーーーー甘えるのも、これっきりにして欲しいものよ。


「分かってる!」


 返って来た返答は、呆れ交じり。

 だが、主の危機は理解しているようで、文句も嫌味も少ない。


 オレが叫んだと同時、ゲイルの『シールド』が完成。

 更に、伯垂はくすいからの魔法の一斉射が始まり、『シールド』へと激しくぶつかり合った。


 眼の前は朦々とした土煙や水蒸気。

 真っ白に覆われた世界の中が、実は一番好都合


 『断罪』を冠する騎士にも少しだけ助力を願いつつ、背中に回した右手へと魔力を集中させる。


 思い浮かべたのは、黒の鉄製のフォルム。


 環状に並べられた複数の砲身。


 連結したボルト、ハンガーやクランクまで。

 精密に想像したと同時、集中していた手の中にはずしりと見知った重さが顕現した。


ーーーーー結局、魔力の調節は我の仕事か。やれやれだ。


 想像に集中するあまり、魔力はほとんどアグラヴェイン任せになってしまった。

 だが、この際、生き延びる為なら、精霊だって顎で使ってみせる。


 後で、詫びでもなんでも入れてやるさ。


「…間宮、もう少し頑張ってくれ!…煙を吹き散らせ!」

「(了解です…!)」


 オレの手元に現れたそれを、すぐさま地面へと設置。


 間宮へと即座に指示を出す。

 魔力が枯渇気味で息を乱した状態でも健気に指示を実行した。


 悪いな、間宮。

 後でお前にも、詫びを入れてやる。


「…『シールド』が限界だぞ、ギンジ!」

「ああ。もう、良いぞ」


 伯垂はくすいの放った魔法が、想像以上の威力だったのか。

 ゲイルが苦しげな声を上げた。


 思った以上に、早かった。

 それは、こちらも同じこと。


 良く頑張ってくれた。

 後で、お前には感謝を述べよう。


 間宮が、煙を晴らし、伯垂はくすいも魔法の一斉射を止めた。


 おっと、伯垂あっちも魔力枯渇だろうか。

 自棄に苦しそうな顔をした彼女と眼が合った。


 しかし、その次の瞬間。


 彼女の目が見開かれる。

 更に言えば、今まさに踏み込もうとしていただろう朱蒙しゅもう明淘めいとうすらも目を瞠って、


御馳走様ギブアップの声が聞こえれば良いなぁ」


 にやりと笑った、オレの目とがっちり交差した。


 そこで、オレが右手を引く。

 手には既にクランクを握っている。


 オレの足元に設置されたそれ。

 小型の殺戮兵器(オーバーテクノロジー)が、爆音と共に銃弾を吐き散らした。


「ッ…なに!?」

「なんだ、あれは!!」

「きゃ…ッ!!」


 三名からの悲鳴。

 それも、爆音でかき消される。


 更には、ギャラリーからも悲鳴やどよめきが起きた。

 まぁ、立て続けに響く爆音で聞こえないが。


 この爆音に、覚えがある騎士達もいるかもしれない。

 以前は、キメラ討伐の際に、オレは実戦投入した代物だし。


 この世界の人間からしてみれば、悪夢そのもの。

 その銃口を向けられた事のある(・・・・・・・・・)人間からしてみても同様ではあるが。


 反動で吹き飛びそうになる。

 足で砲身を踏みつける事によって無理矢理にでも耐える。


 クランクを握る手には滑り止めの皮手袋。

 飛び跳ねるようにして暴れる砲身を全体重を使って押し殺しつつ、着弾位置を着々と調整して行く。


 狙いは、朱蒙しゅもう達の足下。


 殺すつもりは無いからだ。


 機動力を削ぐなら、まずは足下から。

 クランクを回し続け、弾をありったけ吐き出させた。


 オレが想像し魔法によって顕現したもの。


 それは、ガトリング砲。


 しかも、手回し式のレトロなミニチュアである。

 ちなみに、銃身を短縮させた『ブルドッグ』と呼ばれたタイプ。


 1861年にアメリカ合衆国の発明家、なんとか・ガトリング氏によって製品化された最初期の機関銃。

 日本では蜂巣砲とも呼ばれ、多砲身を備えた環状のバレルを、外力を用いてクランクで回転させ、連続して給弾・装填・発射・排莢までのサイクルが進行する構造をしている。

 今回持ち込んだのは、先にも言った通りそのミニチュア版となる。


 何故かと言われれば、ギリギリ持ち運びができるサイズがこれだったから。


 以前使ったブローニングM2重機関銃《キャリバー50》。

 あれを使いたいのも山々だった。


 だが、それをどうやってこの場に持ち込んだのか。

 それを問い質されてしまうと、言い訳が出来ない。


 その点、こちらのブルドックのミニチュア版であれば、ギリギリではあるが持ち運びが可能。

 尚且つ、手回し式の比較的単純な構造をしている。


 パーツだけを持ち込んでいて、あの短時間で組み立てた。

 そんなギリギリセーフな言い訳も通用する。

 と、目論んでいるだけである。


 実際にやって見せろと言われれば、やってやれない事もないし。


 可愛いらしい名前をしていると侮るなかれ。

 名前とは裏腹に、このブルドックの威力は可愛くない。


 普通のガトリング砲よりも砲身が少し短いだけで、本家と遜色の無い威力で弾丸を吐き散らしている。


 弾は勿論、この場に無い。

 全て仮想のもので、魔法の力で補っている状態。


 そして、その魔法の力で補った仮想の弾丸の威力は、それこそオレの想像通り。


「…ぐっ…っああああ!!」

明淘めいとう…ッ!!おのれ…ッ!!」

「なんて、武器ですか…!!」


 まず最初にブルドックの餌食になったのは、明淘めいとう


 脹脛ふくらはぎや膝に着弾。

 苦痛の声と共に地面に倒れた。


 何の金属で出来ているかは分からない甲冑も、音速を超える弾丸の一斉射には耐え切れなかったようだ。


 彼女の悲鳴を聞きながら、更にクランクを回す。


 地面に無防備に倒れた明淘めいとう

 そんな彼女を庇うように、朱蒙しゅもう戦斧せんぷを盾に目前へと躍り出る。

 その行動には、一切の迷いも無かった。

 出来た上司だと、拍手をしてやりたくなってくる。


 なんだか、オレが悪者みたいな気分になってくるな。

 あ、危険分子なんだったか。


「小賢しい真似を…ッ!!」


 朱蒙しゅもうが盾にしていた戦斧を振り払う。

 戦斧から噴き出してた魔力のようなものが、衝撃波となって弾丸を吹き散らす。


 これには驚いた。

 物理法則を色々無視しているように思える。


 この世界の人間(魔族?)には、やっぱり常識が通用しない?


 しかし、異世界あっちの常識をぶち破っているのは現代こっちも同じ。


 オレは慌てず騒がずクランクを回すだけ。

 打ち払われた分、追加です。


 撃ち込んだ銃弾が、朱蒙しゅもうの足下の土を跳ね上げる。


 吹き散らした反動で、戦斧を引き戻すタイムラグが発生。

 そこに、次々と殺到する銃弾。

 さすがに、朱蒙しゅもうが苦々しく眉根を寄せた。


 兜で見えないが、焦っているのだろう。

 部下が負傷。

 自分自身も危ない。

 しかし、おいそれと、逃げ出す訳にもいかない。


 やっぱり、オレは悪者ポジション?


 若干、中腰でブルドックの跳ねる本体を抑え込むのがしんどくなって来た。

 反動がキツイ。

 固定する三脚銃架も無いから、キャリバー50の時よりも重労働かも。


 更にそこで、


「『土の盾(アース・シールド)』!!」


 軌道上からは真っ先に逃れていた伯垂はくすい

 彼女が、今度は『土』属性の魔法陣を使ったようだ。


 見る間に地面が盛り上がり、壁が出来上がってしまった。


 お手上げだな、こりゃ。

 さすがに、土の壁は貫通出来るか分からん。


 手回し式のクランクを回していた手を一旦、停止。

 その場で、土の壁を睨みつけるようにして数秒、


「…お前は、また規格外なものを…!」

「……前のキャリバー50よりマシ。あれは一人で駆動出来ないから」

「(…そういう意味では無いかと思われます)」


 ゲイルと間宮から非難の声。

 ついでに、両側から揃って恨みがましい視線をもらった。


 おそらく、二人とも耳が今使い物にならなくなっているのだろう。


 安心しろ。

 オレもだ。


 とはいえ、キャリバー50よりもマシなのは、機動力だけだ。

 次は是非とも三脚銃架も持ち込んでおこう。


 ああ、腰が痛い。


ーーーーー馬鹿なものを持ち込んだものよな。…時たま、お主の記憶はそら恐ろしいと感じるぞ。


「(…結果オーライだろ?だって、こっちの火力が足りないんだから、補う為には頭を使わなきゃ)」


 挙句の果てには、アグラヴェインからも小言をチクリ。

 声音が嫌味ったらしい。


 曰く、細部まで覚えているオレの記憶と、現代の重火器の記憶がそら恐ろしいとの事。

 ……だろうね。


 だって、過去の侵略戦争の時代では、この銃火器一つで大陸の地図が塗り替わるぐらいだもの。

 なんにせよ、文明の利器、万歳。

 結果オーライって事で。


 これで約一名めいとうは、確実に使い物にならなくなった事だろう。

 問題なのは、更に強い上司であろう朱蒙しゅもう

 そして、生粋の魔法使いであろう伯垂はくすいが残っている事なのだが、


「…ゲイル、あの土壁が破壊できるだけの魔法、使えるか?」

「使えない事も無いが、魔力が心許無いぞ…」


 問題はあの土の壁である。


 さっき『シールド』張ってた時に、ばかばか魔法を撃たれてたから魔力消費が激しいの? 

 捻り出してでも、使ってくれ。

 じゃないと、明日の日の目も拝めないかもしれないからね。


 オレが、だけど。


 土の壁でバリケードをされては、手出しが出来ない。

 回り込むにしてもなんにしても、それだと各個撃破とされる可能性は高い。

 主に朱蒙しゅもう


 だが、明淘めいとうがあの状況。

 そして、先ほどの朱蒙しゅもうの行動からして、捨て置くことはしないと思う。


 なら、突進はして来ないと考えられる。

 壁の向こうから攻撃を仕掛けてくると考えた方が無難か。


 ……自棄になられたら分からんけど。


 だからこそ、さっさと壁を取り壊してしまいたい。

 もしくは、壁の外に誘き出す。

 しかし、それは無理だろう。


 壁の破壊が急務になるだろう。

 冷戦でも無いのに、壁を壊す事になるとは…。


 …………。


 ……いや、


「…待てよ?」


 ちょっと、ブレイク。

 頭を冷やそう。


 どうやら、久しぶりにテンションの上がる武器を扱って頭に血が上ってたようだ。


 別に、殺す必要は無いじゃないか。

 戦線離脱をさせられれば良いだけなんだもの。


 オレは排除されるかもしれない。


 けど、あっちも排除って事にすると、政治的に不味いことになる。

 だって、向こうは天龍族であり、魔族。

 何回目になるのか分らないまでも『人魔戦争』が起こってしまう。


 そうなっては、先ほどの朱蒙しゅもうの言葉通り。

 意思は関係なく、戦争は起きる。

 ほんの些細なきっかけと、力があれば。


 だったら、


「…良いこと思い付いた♪」


 やはり、頭を使おう。


 柄にも無く、語尾が上がってしまった。

 ふと、傍らの二人がびくりと体を強張らせる。


 そんなに怯えなくても。

 え?また、顔がNGになってた?


 それは……、許せ。


 閑話休題。


 何も、壁を壊さなくても良い。

 蜂の巣脅し(だって一応は牽制だもん)だってしなくて良いのだ。


 もっと有効な方法があるからな。


 若干、二名が女性だという事で、心苦しいまでも。


「…間宮、オレの左側のポーチに、『CNシーエヌ』入ってない?」

「∑…ッ!?(……使うのですか?)」


 間宮が絶句したもの。

 一般人にはあまり馴染みが無いだろう、それ。


 ついでに、この世界にはまず発見すらされていないかもしれない物質名。


 それを、更に投下する事にする。


 間宮に取り出して貰ったそれ。

 大型にしたライターのような形をした、取扱い注意の危険物。


 その容器のスイッチを押し込めば、後は簡単。

 容器から少しだけ漏れ出した白煙を合図に、土壁の向こう側に向かって投げ付けるだけ。


「…おい、流石にあれは…!」

「ああ、大丈夫。…あれは、爆発するようなもんじゃないから」


 形状からして手榴弾と勘違いしたゲイル。

 咎められたけど、ご安心あれ。


 マークⅡ手榴弾(パイナップル)とは違うから。

 それに、殺したりしないから安心してよ。


 一時期的に、地獄の苦しみを味わうだけだ。

 

 煙が尾を引いて、土壁の向こう側へと消えていく。

 ころん、と乾いた落下音。

 自棄に静かに響いた。


「今度は、一体何事だ…!」

「煙…!?」

「…ゲホッ…!毒の類では無さそうですが、」


 若干、冷静さを欠いた三名の悲鳴にも似た声が上がる。


 懐中時計を取り出して、きっかり30秒ほど秒針を睨み付けた。

 効果が現れる時間を待つ。


「間宮、魔力を供給するから、風の壁をもうちょっと継続できるか?」

「(はい)」


 間宮に張り続けて貰っている参加者側の風の壁。

 これまた役に立ってくれる。

 参加者側は現在、風下。

 『CN』の煙による二次災害はご免被りたい。

 これで、被害はこっち側一帯のみだ。


 彼の肩に手を当て、オレのカンスト魔力を補充してやる。

 ぶるるっと身震いをした辺り、やはり榊原の時同様にオレの魔力が冷たいと感じるらしい。

 オリビアとかに魔力を吸収される時は、対して反応されないのに、なんでだろ?


 それでも、まだまだ魔力枯渇の兆候が見えないのだが。

 流石は危険分子。

 オレの魔力本当にどうなってんの?


 存在自体がアウトと言われるのが、なんとなく分かる。

 理解はしても納得はしないけど。


 それはともかく。


 その間も、朦々と煙が上がり続けていた。


 先ほどの台詞よろしく、毒の類じゃないと推理したのか。


 伯垂はくすいも『風』の魔法で吹き散らそうとはしないようだ。

 無害な煙なら、魔力の無駄だと考えたのかもしれない。

 そういえば、彼女もさっき魔力枯渇に陥ってたっけか。


 すると、


「な、なんだ…眼が…!」

「はっくしゅん!!はっくしゅん!!…な、何故くしゃみが…!?」

「…けほっ…ごほっ!咳も、止まりません…!!」


 続々と聞こえてきた、違和を訴える声。

 そこで、やっと伯垂はくすいが魔法を使ったのか。

 人工の風が煙を吹き散らす。


 しかし、


「もう、遅いっての…」


 若干、呆れ交じりながら。

 作戦の成功を確信して、思わず口角が上がってしまう。


 確かに伯垂はくすいの言うとおり。

 『CN』は毒の類では無い。


 ただし、行動阻害が出来る意味では、一番の有効打となる薬品の一種である。


 一度摂取してしまうと、おしまいだ。

 煙を排除したところで一定時間は効果が持続。

 最初の段階で、毒では無いと判断して吹き散らさなかった伯垂はくすいの油断。


「…な、何が起きたんだ?」

「…煙に含まれてる薬品で、一時的に生理現象が引き起こされてるんだよ」


 胡乱気なゲイルに、補足説明。


 主に眼の痛みや涙、ついでに鼻水やくしゃみと言った症状である。

 女性陣に使うのは、若干気が引けたのは、このせいだ。


 通称『CNガス』。

 塩化フェナシルとも呼ばれる、要は催涙剤の一種。


 当初、この異世界に来た時の荷物検査で、ソフィアが何故か痴漢撃退用の防犯スプレーを持ち込んでいた事があった。

 その主要成分が『CN』である。


 世界各国の警察でも、暴徒鎮圧用に使われている。

 ニュース画面越しなら、見た事がある生徒達もいるかもしれない。


 眼に入ると激しい痛みを感じ、生理的に涙が止まらなくなる。

 大量に入った場合は、一時的に失明する場合もある。

 涙や鼻水はもとより、激しいくしゃみが出る事もあり、一時的に行動阻害するには持って来い。


 オレも、修行中、何度か食らったことがあるけど、地獄の苦しみとはあの事だ。

 しかも、オレの時は今回使った『CN』の更に、強力な『CR』だったからね。

 精神状態が悪ければ、パニックすらも引き起こす奴だよ、『CR(あれ)』。


 さて、『CR(あれ)』よりは、多少マシな『CN』ではあるが、それを食らった彼等はどうなったもんだろうか。


 一応武装は解除せず、更に口布を追加。

 こっちもこっちで、二次被害はご免だ。


 咳やくしゃみ、涙声の悲鳴を聞きつつ、土壁の向こう側へと回り込む。


 オレが拳銃を突き付け。

 間宮が脇差を構えて。

 逆側から回り込んだゲイルが、槍を引きの状態で突き付ける。


 ただし、


「…ひっく…なんで、涙が…!なんなんだ、これはぁ…!!」

「…はくしゅん!はっくちゅん!!…くしゃみも、止まらない…っ!?」

「けほっ、こほっ!…も、もうやめてください~!」


 そこにいたのは、哀れな三人だった。

 オレ達が構えていても、まったく抵抗の意思を示せない状態だ。


 涙やなにやらに耐えかねたのか。

 既に兜を脱ぎ去って顔を覆い隠した二人。

 咳き込んだまま、息も絶え絶えとなって地面に蹲った一人。


 言わずもがな、前者が朱蒙しゅもう明淘めいとう

 後者は、伯垂はくすいである。


 その阿鼻叫喚の状況に、びしりと固まったゲイル。

 オレ達二人は効果を知っている。

 だから、然も当然として武器を突きつけたまま。


 まぁ、ここまで絶大な効果を発揮するとは思って無かったけど。

 天龍族や魔族とは言っても、体の構造は似たようなものらしい。

 マジで、文明の利器、万歳。


「降参するなら、これ以上虐めないけど?…ついでに、その症状への対処法も教えてあげる」


 若干、気分が良い。

 そのままの状態で、にこりと笑って見せれば、


「ぐぅううう…ッ!…この、卑怯者~~~…ッ!!」


 顔を覆っていた朱蒙が、涙目と鼻水交じりの顔を上げて叫ぶ。


 その顔を見た瞬間、


「げっ…!」

「「∑…ッ!!」」


 オレの間抜けな声。

 今度は、ゲイルともどもオレ達も一緒になって固まった。


 あ、えっ?

 …おいおい、嘘だろ?


 思わず唖然。

 ぽかんとした表情を晒してしまう。


 口まで覆い隠す兜を被っていた朱蒙しゅもう

 オレが投下した催涙ガスの影響で、兜を脱ぎ去っていたから分かった事実。


「…お前も女だったのかよ…ッ!」

「ま、まさか…!!」

「(……女性の神秘ですね)」


 間違った。

 若干、二名では無く全員が女だった。


 オレ達、男子対女子の構図だったのね。

 今更だったけど。


 やっちまったよ、オレ。

 ローガンの時にも思ったけど、せめて体格で気付こうぜ。


 あ、いや。

 ………こっちもこっちで、甲冑のせいで体格も何も分からなかったけど…。


 ってか、間宮。

 お前のそれは、地味に酷い。

 女性は確かに神秘だが、それはちょっと違うし。


「……ッ貴様等、はくしゅん!!覚えて…ゲホッ、ゴホッ!!…ッ…おけ…!!」

「いや、苦しいなら無理してしゃべらなくて良いし、叫ぶなよ…」


 その不屈の精神には完敗です。


 まあ、彼等もとい、彼女達は、完全に涙線と鼻の粘膜と呼吸器が完敗したようだけど。


「頭を使うのも戦術だよ。卑怯者と呼びたきゃ、勝ってから言え」

「く、くそぉ…ッ!!…はくちゅん!!はくちゅん!!」


 視線で射殺さんばかりに睥睨されるが、いかんせん涙と鼻水で酷い有様となっている。

 地面に倒れたままの明淘めいとうも同じような有様。

 伯垂はくすいに至っては、地面に蹲って痙攣を始めている。


 間宮が何故か紳士的に介抱していた。

 相変わらず、良い子。


 まぁ、何はともあれ。


 そろそろ、意地悪を辞めて、せめて手当てだけでもしてあげよう。

 本格的に、伯垂はくすいが死んじゃいそうになってるから。


 結局、締まらないでやんの。


 御馳走様ギブアップで良いかな?

 声が聞こえなかったけど、攻撃は辞めただろう?

 良いよね?


 むしろ、して貰わないと困るから、そう言う事で。



***

前書きの答えは、凶と出ました。

見栄っ張りも意地を張るのも程々にね、アサシン・ティーチャー?


張らせている作者が言うのもなんですが。


手回し式のガトリング砲は、明治の時代にはあったのかな?

某幕末剣客浪漫譚では既にお目見えしていたような気がするけど、流石にブルドックのチョイスをしたのは失敗だっただろうか?


後、結局アサシン・ティーチャーが使ったのは、催涙弾。

手榴弾じゃないだけマシですよ、と言い切って見る。


昔、痴漢撃退スプレーを誤射した友人が、エライ目にあってたのを見ていたので一応症状は知っているつもりです。

見ただけですけど。


あれは、女の子にとったら地獄です。

そんな作者も女ですが、痴漢撃退スプレーは使ったことありません。

というよりも、足踏みつけてからの頭突きで、お巡りさーんで事済む件について。


誤字脱字乱文等失礼致します。

今回は、勢いで書き進めてしまったので凄いことになっていると思われますので、ご容赦くださいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング よろしければポチっと、お願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ