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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、騎士昇格試験編
63/179

52時間目 「昇格試験~安全第一が一番大事~」2

2015年12月4日初投稿。


続編を投稿させていただきます。

いつも以上にぐだぐだと続いている感が満載な話となってしまいましたが、ご容赦くださいませ。


52話目です。


***



 時刻は、やっと昼時を指し示そうとしていた。


 騎士採用試験、及び昇格試験は昼食の休憩が1時間だけ取られていた。

 オレ達も例に違わず、朝食に続いて昼食も御馳走になることになり、相変わらずフランス料理のフルコース並の食事をいただくことになった。

 これから、基礎体力測定だって言うのに…。


 現在、参加者は500余名。

 当初800人以上だった事を考えると、約3分の1が脱落したと言う事だ。


 オレもなんとか脱落せずに第二関門を通過出来たのは、なんにせよ僥倖だった。


 内容は、割愛してくれ。

 今でも思い出して、ちょっと涙が出てきそうだから。


「……で?お前は、どうしたんだよ?」

「……別に」


 さて、オレの心情はさておき。


 関係者各位の為に、式典の舞台のすぐ近くに設置された仮設テント。

 面子は国王とリリアンさん、ジョセフ参謀。

 それから、オレに付いてきてしまった間宮と、無礼講という事でゲイルも席についている。


 ゲイルの父親であるウィンチェスター公爵閣下は、所用で城の執務室で昼食を取っているらしい。

 今は、騎士団のご意見番という役どころに付いているらしく、オレ同様多忙のようだ。


 その中で、朝食の時同様に昼食をいただき、今は食休みをしている最中。


 しかしながら、若干、1名の機嫌が悪い。

 誰が?

 ゲイルである。


 休憩所も兼ねているので、シガレット片手に食休み中。

 同じくシガレット片手に、隣で項垂れているようにも見える彼。


 先ほど、オレが第二関門である魔法発現の試験を突破した時とは、明らかに様子が違っていた。


 それと言うのも、昼食の前に所用で席を外した後だったんだが。

 これは、おそらく父親に呼び出されていたと考えて良いかもしれん。


 コイツがここまで剣呑な空気になったのって、覚えている限りは実質父親と顔合わせてからだし。


「……オレの属性の件で、何か言われたのか?」

「っ……別に、お前の事では、」

「じゃあ、何?他に、お前が失態を犯した記憶は、今のところオレには無いんだけど?」

「……別に、」


 相変わらず、憮然とした態度のゲイル。

 ただ、オレの言葉はある意味図星だったんだろうけど。


 あれ?でも、コイツ、隠し事無しって条件、丸無視してる?

 いや、言いたくない事の一つや二つは、人間誰しも持ってるだろうけど、少なくともオレ達の間では強制的な記憶の共有もあって、隠し事しないって事にしてあったのに。


 思わず、イラッとしてしまったのが、空気で分かったのか。

 ゲイルがはっとして、慌てて誤魔化そうとしている。


「…お、お前の試験に同行した事で釘を、刺されたというかなんというか、職務を放り出すなと言われてな……」

「それは悪かった」

「しかし、それは私からの命令であっただろうに、」


 と、ここでオレ達の険悪なムードを感じ取って、援護してくれたのはウィリアムス国王陛下。


 どうやら、オレの試験に同行したのは、国王の命令ありきだったようだ。

 心遣い、本気で色々とありがとうございます。


 でも、国王の命令で待機してたなら、なんで親父さんが口出しすんの?


「…い、いや…その他にも、滞っていた職務があってな…」


 あからさまに泳いだ目線。

 どうやら、嘘のようだ。


 コイツ、地味に自分が嘘が吐けない人間だと気付いていないのだろうか?


 まぁ、さっきからゲイルが親父関連で、機嫌を悪くしているのは分かった。

 それに、ある程度は、コイツの反応で予想できたので、これ以上突っ込まない事にしておく。

 藪を突きまくって、蛇が出てきたら嫌だもん。

 オレ、蛇嫌いだし。


 そういう問題じゃないけど。


「…それにしても、凄い魔力でしたな」

「驚かせたようで、すみません」


 国王が苦笑を零して、オレ達同様シガレットを燻らせた。


 オレの魔力が若干暴走した件で、あの後ちょっとした騒ぎが起こってしまったそうな。

 ここは、城外とは言え城の中なのだから、魔力を感知出来る人間がいたとしても不思議では無い。


 その中で、やはり魔法を発現するからには、城の防衛部隊も動いてしまう。

 今回は騎士採用試験という通達が最初から成されていたというのに、オレの魔力はその想定を遙かに上回っていたとの事。


 おかげで、試験を終えたオレ達のもとに、近衛騎士がすっ飛んできた。

 あわや、御用という顛末が回避出来たのは、隣でまた不機嫌になっているゲイル氏のおかげ。

 騎士団長が友達って、こういう時融通利かせてくれるから良い。


 まぁ、オレは肩書きと友達になったつもりは無いなので、その肩書きに助けられるのは極力少ない方が良いけど。


「本当ですわ。…あのまま暴発していましたら、この辺りが吹っ飛んでいた可能性もありますのよ?」

「ええ、本当に申し訳ありません」

「それはそれは、流石は『予言の騎士』殿ですなぁ」


 その暴発騒ぎに突き合わせてしまったリリアンさんは、申し訳ありません。


 そこに乗っかって来たジョセフ参謀はとりあえず無視しておく。

 下手に突っ込んで、嫌味言われたら隣の間宮が、それこそ何をするか分からないから。


 そんな間宮は、リリアンさんから感じる視線にビビってオレの後方待機となっているが。

 座れと言っても聞かなかったから、相当だと思う。


「おっと、もうこんな時間ですな」

「ええ、そうですね」


 時刻は、試験後半戦開始の13時20分前。

 要人って、結構時間に余裕を持って動かないといけないの。


 とりあえず、オレ達も移動しなきゃ。

 シガレットも消して、ポンチョのフードを被りなおして、準備は完了。


 念の為、先にお手洗いにも行っておこう。


「…では、またな。どうせ、すぐに顔を合わせるとは思うが、」

「……うん?まぁ、そうだな。じゃあ、また後で」


 その途中で、すれ違ったゲイルから、何やら意味深な一言を言われた。

 首を傾げるも、苦笑が返ってくるばかり。


 本気で隠し事無しって協定はどこ行った?


 何かサプライズでも考えてるなら、〆るけど?

 毎回言ってる気がするけど、オレサプライズは好きでも、されるのは嫌いだから。


 まぁ、良いけど。

 それよりも、今は試験に集中した方が良さそうだし。


 難関を突破したとは言え、それ以外で蹴躓かないとも限らないから。



***

 


 さて、時刻は13時ジャスト。


 昼休憩を挟んだ次の試験は、『基礎体力試験』である。

 魔法適正やらなにやらの試験で設置されていた仮設テントは取り壊され、殺風景となった訓練場。


「魔法適正、及び魔法能力の発現を終えて、ここまで辿り付いた諸卿等のより一層とした健闘を期待する。次に行うのは、基礎体力の適合だ」


 そこに、集められた500余名の中に混じりながら、舞台へと目を向けている。

 演説をしているのは、我等が騎士団長ゲイルだ。


「本物だ…」

「あれが、王国最強の騎士団長…」

「オレ、あの人に憧れて、ここに来たんだよなぁ…」

「オレもだ…!」


 騎士を目指す若者達の中には、彼を尊敬している者も多いらしく、周りは色めき立っている。


 比較的騎士達寄りの前方にいたせいもあってか、その興奮度合もなにやら段違い。

 はっきり言うが、暑苦しい。


 女日照りになる要因は、アイツのせいでもあるんじゃないのか。

 だって、騎士団ってマッスルカーニバルになりつつあるじゃん。

 半数にも満たない女性陣が、大変な思いをしているのは良く聞くしね。


 それはともかく、


「(アイツ直々にやってるって事は、何か問題があったって事かねぇ?それとも、さっきの意味深に言ってたのって、このこと?)」


 どうしても、勘繰ってしまうのはオレの性。

 突っ込むのは辞めたとしても、気になってしまうのは事実である。


 正直、アイツは確かに見た目が並はずれて良い。

 艶々とした黒髪に、整った眉目秀麗な顔。

 体格にも恵まれ、努力の成果もあってか槍、魔法の腕も王国一と噂される武芸者。


 憧れる一般騎士も多く、彼目当てで騎士団に所属しているなんて酔狂な奴もいる。

 その約8割が男だと言うのには、さすがに色々と突っ込みを入れたいものの…。


 そんな事を考えていれば、


「(なんで、こっち見て笑うかなぁ…)」


 ふと、ゲイルと目線が合った。

 オレの近くにいた騎士達が、色めき立つ。


 いや、男相手にときめいてんじぇねぇよ。

 とか思いつつも、オレも若干照れてしまったのはご愛敬。


 なんで、オレの周りには眉目秀麗で、男共に人気のある男が集まるんだろうか。

 アズマ然り、ルリ然り。

 しかも、生徒である男子達もそこそこのルックスが集まってるから、オレの周りが何やら不穏な噂だらけ。

 やめてよ、もう。


「…であるからして、事故や怪我については、各自十分に気をつけるように願う。では、これより基礎体力試験を開始する」


 あ、やべ。

 話、聞いてなかった。


「(基礎体力試験って、何するんだ?)」


 あんまりにもあんまりかもしれないが、大まかな内容以外はオレは試験内容を知らされていない。

 それやっちゃうと、裏口入団も変わらないって言うのは、ゲイルも分かっていたからオレに言わなかったのだろうし。


「…しかしながら、開始する前に少々、問題を片付けておきたいと思っている」


 だが、ゲイルは開始を宣言したにも関わらず、その場で腕組みをして参加者各位を睨みつけた。


 あ、やっぱり、何か問題があったみたい。


「この中に、『予言の騎士』殿を名乗る、不届き者が少なからず参加していると耳に入れた。私の知る限り、『予言の騎士』殿は一名であり、また友人でもある。…恥を知らぬ不届き者よ、今すぐ名乗りでよ。この私、アビゲイル・ウィンチェスターが直々にお相手を仕ろう」


 ……しかも、オレ絡み?


 開始当初から聞いてはいたが、やはり『予言の騎士』を名乗っていたのは、数名紛れ込んだままだったようだ。

 式典で一度オレの姿をお披露目して釘を刺したものの、第一と第二の関門である魔法適正と魔法の発現の試験もくぐり抜けた奴は、やはりいたらしい。

 まぁ、それもゲイルが直々に相手にすると言い張った時点で、詰んだと思われるが?


 壇上で腕組みをしたままのゲイルから、またしても目線が飛んでくる。


 あれ?

 次はお前だ、みたいな目線をいただいたのはなんで?

 ………気のせいだよな?


 そうこうしているうちに、最前列に押し出された自称『予言の騎士』殿の面々。

 計3名が、今回の試験まで残っていたらしい。

 (※後から聞いたら、本当は5名だったようだ。…良くやるよ)


 しかも、一名を除いて残りは、金髪とか言う不思議仕様。

 がたいもそこそこだし、見た目は若干厳ついのが揃っていた。


 オレが黒髪で女顔だって言うのは、一部にしかまだ流布していなかったんだろう。

 自分で言ってて悲しくなったけど。


「…我が友人の名を語るには、随分と情報も精進も足りなかったようだな」


 そして、その3名の命運は、即座に決した。


 壇上から降りたゲイルが、手合わせ用なのか先端が布で覆われた棍棒を構えて、その3名を睥睨する。

 ここから見ても分かるほど、射すくめられた3名は真っ青な顔をしているようだ。


 ちょい、とゲイルが指で一人を招けば、いつの間にか背後に控えていた騎士達がまずは一番右側にいた男をゲイルの前に押し出した。

 残りの二人は逃走防止とばかりに、他の騎士達に羽交い絞めにされている。


 そして、押し出された男はと言えば、同じように棍棒を投げ渡されたかと言えば、構える暇すら与えられずにゲイルに叩き潰されていた。

 うわぁ、カワイソ。


 その後も、公開処刑とばかりの制裁は続いて、計3名の不届き者は退散した。

 後々、改めて偽証などの刑罰を科せられるらしい。

 うわぁ、カワイソ。


 そんなささやか(なのか?)なイベントも終了して、


「…さて、これでやっと基礎体力試験を開始出来る。…先程も言った通り、貴殿等の相手は騎士達が務めさせてもらう。使用武器は、この棍棒、もしくは木剣だ」


 再度、ゲイルからの説明で、潔く試験内容が判明した。


 あ、そうだったの?

 基礎体力試験って、騎士相手にチャンバラしろって事だったのね。


「尚、特別に最初の相手は、私が引き受ける」


 わお。

 しかも、随分と太っ腹です事。


 参加者達が一斉にどよめいた。

 この王国でも、最強の騎士団長と名高い彼と手合わせなんて事、一生に一度あるか無いかだろうからな。


 とはいえ、あいつの相手をする奴は結局、可哀想な事になるんだがなぁ。


 そんな、のほほんとした心持ちで、見守っている事数秒。


 …………。


 …………………。


 ……あれ?

 なんだろう?


 ………嫌な予感。


 だって、ゲイルと目があった。


「そこの御仁、」

「えっ…うっ、お、オレ?」


 そして、自然とその視線の先を見ようと、参加者達の視線が集まって行く。

 その視線の先にいるのは、間違いなくオレだ。


「どうぞ?」


 見る人が見れば卒倒するような、爽やかな微笑みを受かべ、ゲイルはオレを指名した。

 何それ、なんてサプライズ?


 ってか、お前、さっきの意味深な言葉は、これのことだったのか!?


「安心してくれ。フードを取って、素顔を見せろなどと言う事も言わない」

「い、いや…でも、分不相応というか、なんというか…」

「さぁ、武器は何が良い?…あまり、体格は大きくないので、木剣の方がよろしいか?好きに選ぶと良い」


 拒否権無しか!?


 しかも、渋っているオレの背中を、騎士団の連中が押してくる。

 いや、押すな押すな!

 これは、フリじゃないからなっ…!!

 だから、押すんじゃない!!


 しかし、一人の人間が多数の人間の力に敵う筈も無く、最前列へと押しやられた揚句、


「どうぞ、お選びください」


 オレの扮装している格好や理由も知っているだろう、関係者の騎士までもがノリノリだった。

 差し出された木剣を、恭しく受け取る道が無い。


 オレの逃げ場が無い…ッ!!


「…では、準備はよろしいか?」


 ゲイルは、棍棒を腕で抱えて支えながら、籠手を直している最中だった。

 おいおい、本気でヤル気満々じゃねぇか。


「……ああ」


 オレの返事は、それ以外どこにも無さそうだった。

 オレの選択肢ライフカード、どこに逃げた?


「では、先ほども言った通り、10分の時間制。途中、棄権や降参も認められる。事故や怪我があった場合に関しては、相手方に一切責任は問わないものとする」

「………あー、はいはい」


 投げやりとも取れる、おざなりな返事を返して、オレはゲイルの対面へと向かい合った。

 参加者の連中からは、若干鋭い視線や嫌味なんかも受け取ったが、この際いちいち拾い上げるのも面倒なので、シャットダウン。


 目の前の相手である、ゲイルへと集中することにする。


「では、これより基礎体力試験、第1試合を始めます!」


 いつの間にか、審判役に現れたのはゲイルの親衛隊でもあるマシューだった。

 そういや、白雷ライトニング騎士団は、護衛を除くほぼ全員が関係者としてこの会場を仕切ってるんだったか。


 さて、久々のゲイルとの手合わせとなる。

 最近、体調が思わしくなくて、筋力やらなにやらがごっそり落ちたオレが、どこまでやれるのかが問題ではあるが、


「始め!!」


 戦いの火蓋は、切って落とされた。

 (大袈裟過ぎる?…これ、バレたらバレたで、オレにとっては火傷も覚悟なんだけど?)


 合図と共に、ゲイルが駆け出した。

 オレは、それをぎりぎりまで見極めて、躱す算段を付けている。


 構えは、中断のままゲイルは変えない。

 振り払いか、突きだろうな。


 しかし、ギリギリまで引き付けた事で、彼の狙いが分かった。


 明らかに目が、笑ってやがる…ッ!


「(このヤロウ、手加減無しかよッ!)」


 しかも、純粋に本気の手合わせを楽しもうともしているらしく、ぎりぎりの駆け引きの中で突き出されたのは渾身の突き。

 咄嗟に、左足を軸に反回転して回避。


 ゲイルの右側に回り込んだ形となるオレ。


 しかし、躱したは良いが、その後に続くゲイルの棍棒。

 回転をさせながらの薙ぎ払いで、思わず木剣を盾に凌いだ。


 高らかに鳴った木がぶつかり合う音。

 正直、木剣を放り出さなかったオレの腕は、まだそこまで腕力が落ちていなかったようだ。


 ただし、盛大に痺れて感覚が薄くなってはいる。


「…どういう事だ、この状況は…!」


 一瞬の鍔迫り合い。

 そこで、吐き捨てるようにして、問い正せば途端にゲイルの眉がへにゃりと八の字になった。


 あれ?

 お前が考えたサプライズじゃなかったの?


 一瞬の交錯の後、拮抗した力を抜いて、後ろへと後退。

 その際に、一応サービス精神からの、空中回転とバック転を繰り返して距離を取った。


 こういうアクロバティックな戦いって、観客の受けは良い。

 別に意識している訳じゃないが、それ相応の力は持ってるって事を証明しておかないと、後で何を言われるか分からない。


「見事!」


 それを追随するゲイルの口元には、不敵な微笑みが浮いている。

 心底楽しそうにしやがって、コノヤロウ!


 打ち込んで来たのは、またしても突き。

 今度は、右足を軸にして左側に回り込めば、利き手の関係上すぐにはゲイルも追撃は出来ない。


 そこを狙って、今度はオレの反撃を開始。

 少しだけではあるが、隙だらけとなった首元へと突きを放つ。


 だが、ゲイルもそこで終わるような男では無い。

 オレと同様に右足を軸に体を倒し、オレの突きを回避。


 しかし、それと同時に、


「足下が留守だぞ!」

「…げっ…!」


 体を倒したことで、下段への攻撃が容易になったゲイル。

 これ見よがしにオレの転倒を狙って、棍棒を薙ぎ払った。


 寸でのところで、なんとか回避。

 しかし、軸足にしていた右足がわずかに反応が遅れた。


「…痛っ…!」

「……少し、鈍っているか?」


 煩いな。


 踵に受けた棍棒の一撃に、少しだけ崩した体勢。

 フードが脱げ掛けてしまったのを、無理やり抑え込んで距離を取った。


 開始早々、随分とご挨拶が過ぎた。


 オレの態度に愚痴を零していたギャラリーが息を呑む。

 まぁ、パッと見で、オレの実力を計れる人間は少ない。


 ………このサプライズも、もしやとは思うが、そのせいだったりするのか?


「この程度で、終わりでもあるまい?」


 体勢を整えたゲイルが、観客には見えない位置で楽しげに微笑んだ。

 若干、頬が高揚している。


 このバトルジャンキーめ。


「…言ってろ」


 憎まれ口と共に、木剣を振り払って。

 今度は、こちらから仕掛けに行くとしよう。


 駆け出したオレに、ゲイルは迎撃の構え。

 初撃での立ち位置を真逆にしたようなものだ。


 しかし、あっちは回避は考えていないらしい。

 構えた棍棒は上段に位置している。

 オレが奴の懐に入る前に、打ち下ろしか、薙ぎ払いを仕掛けてくるのだろう。


 視線の交錯が、一秒。

 奴の腕が力を振り絞った瞬間に見えた、予想は薙ぎ払い。


「…せあっ!」

「ふっ!!」


 駆け出した助走を殺さずに上に飛ぶ。

 ゲイルは、そのまま棍棒を渾身の力でフルスイング。


 オレの足元を間一髪通過した風圧に、何の冗談かと背筋がヒヤリ。

 上に飛んだ体勢のままで斬り込めば、ゲイルは振り払った棍棒をいち早く戻して頭の真上に掲げる。


 ぶつかり合った棍棒と木剣。

 二度目の甲高い木の打ち合った音と共に、ギャラリーがどよめいた。


 空中で一旦停止したオレと、それを受け止めたゲイル。

 不適に笑った口元は相変わらずながら、オレも釣られて口端が上がる。


「大方、テメェの親父の差し金だろ?」

「…済まんが、その通りだ。少しだけ、付き合ってくれ」


 二度目の拮抗で、案の定。

 このサプライズの全貌が知れたのは、重畳。


 一瞬の交錯はすぐさま、重力によって崩される。

 地面に着地したオレが木剣を振り払い、ゲイルもまた棍棒を引いて突きの構えに移行する。

 地味にこの作業をコンマ数秒でこなす辺り、オレ達は共に人外染みているようだ。


 次に受け止める側となったのはオレ。

 ゲイルから放たれた突きを木剣の腹で受け止めて、それを左側へといなす。


 突きを流されたゲイルが体勢を崩した。

 しかし、更にそこで攻め手を緩めず、棍棒を軸にして(・・・・・・・)引きの動作を阻害し、その疎かになった足下へと回し蹴り。


 要はオレの足りない左腕の代わりに、ゲイルの棍棒を利用した。

 更に力点を一か所に集め、右腕と連動して棍棒に全体重を掛けたので、ゲイル程の腕力であっても腕だけでは簡単には動かせなくなる。


「…ぐっ、!?」

「足下がお留守だぞ、っと」


 先ほどのゲイルの台詞を、そのままお返しした。

 更に、回し蹴りの回転速度を緩めないままで、足を伸ばし切った状態で体を捻りながら、後方へと一転。

 いつの間にやら、体操選手のような動きになってしまうのはご愛敬。


 転倒したゲイルが、その場で転がって体勢を整える。

 しかし、その頃には、オレも体勢を整えて木剣を構えている。


 まだ、教えてからそこまで経ってないから、受け身もそこまで上手く無いか。

 この世界では騎士の訓練であっても、あんまり受け身は教えられていないらしく、ゲイルは体勢を崩した後の受け身が大層苦手だった。


「…やはり、簡単には終わらせてくれんな」

「簡単に終わっても良いのか?それこそ、後が怖いんじゃねぇの?」

「怖くはないが、厄介だ」


 貴族も大変です事。

 でも、それにオレを巻き込むのは、なんにせよ勘弁して欲しかったものだ。


 浅く踏み込んで、牽制も込めて木剣を振る。

 彼はそれを体勢を整えた間もなく、棍棒で打ち払う。


 その後は、少しずつ少しずつと言った形で、無言の応酬が続く。

 どこまでペースを上げるか、お互いが掴みかけているというのが本音ではある。


 いつもの修練の内容まで持ち込むとなると、オレは若干体力が心許無い。

 最近鈍っているのは自覚しているし、ゲイルもゲイルで久々の手合わせで、若干配分を間違っているらしい。

 見る人から見れば、子どものお遊びの延長に見えるだろう。

 少なくとも、この会場のどこかで見ているだろう間宮から見れば、オレ達が戯れに剣を合わせているだけ。

 ゲイルの親父さんが、どんだけの猛者かも分からない。

 加減が難しいものだ。


 しかし、周りからしてみれば、少なくとも常人の域は遥か昔に超えている。

 声援も野次も飛び交う事なく、固唾を飲んで観戦しているしかないようだ。


 それでも、意識はお互いから逸らしていない。

 剣戟が何号も飛び交う中で、軽口まで飛び交う。


「…そもそも、なんて言われた訳?」

「お前の力量を疑われただけだ。…見た目からして、お前はそうは見えない」

「そりゃそうだ。だけど、親子喧嘩に巻き込むな」

「…済まん。…だが、褒章は用意しておくぞ。それに、お前が勝ったら、」


 鍔迫り合い。

 そこから、ゲイルはオレを力任せに押し切った。


 押し切られたオレは、体勢を崩し掛けて踏鞴を踏んだ。

 そこに、ゲイルがすかさず突きを放ってくるが、バックステップで回避。


 更に追撃での薙ぎ払いを手足三足踏ん張って受け止めれば、再びの鍔迫り合い。

 そこに、ゲイルが苦笑と共に、


「オレが今まで隠していたことはすべて、話そう」


 放った言葉。

 まるで、数十分前のオレの心を読んだような、返答のようにも思えた。


 隠し事無しという協定。

 忘れられているのかと思えば、実はそうでもなかったらしい。


「………いつもの酒場で、全部聞いてやる」

「ふっ…お手柔らかに頼むぞ」


 交渉成立。

 オレは、全力を持ってコイツに勝つ理由が出来た。

 ついでに、


「…今回はペナルティも含めて、ジャッキーも呼ぶから」

「うぐっ…!?」


 追加で、コイツが苦手にしているだろう約一名をご案内。

 酒に関する苦い思い出が頭を過って、ついでに酒に酔ったあの状況まで思い出したのか、顔を真っ青にしたゲイル。


 オレは、その顔を満足そうに眺めつつ、


「さぁて、飛ばしますか…!」


 そこからは、ペース配分を考えずに、打ち合う事にした。

 元々、オレとゲイルの力量はオレが若干有利で、拮抗している。


 筋力も体力も、ここ最近落ち目にあっていたが、元々のスペックではコイツはオレに勝てない。

 リーチとポテンシャルが違うから。


 軽くステップを踏んで、懐に入り込む。

 ゲイルが最も苦手とする距離を維持する為である。


「…か、加減は無しか…!!」

「今まで隠して事も含めて、ペナルティだって言ってんだろ?加減が必要なら、もうちょっと考えて物を良いやがれ…!」

「ぐっ…!」


 ぐぅの音も出ないだろう、ゲイル。

 オレはその彼の懐に入り込んだペースを崩さずに、木剣を逆手に持ちかえた。


 実は、オレは順手よりも逆手の方が、剣の類は扱いやすい。

 職業病と言われればそこまでかもしれないが、ナイフも逆手だし、刀も長さによって逆手と順手で使い分けている。


 首を狙った突き、払い。

 棍棒で必死に迎撃するゲイルの顎が上がり始めた。


 更に、防ぐのが難しい籠手や胴へも、順次攻勢を仕掛けて、ゲイルは振り回され続けている。


 何度か足場を取り換えた時、後方の壇上で国王がハラハラして観戦しているのが見えた。

 そして、その隣で、呆然と立ち上がっているゲイルの親父さんの姿も見えて、気分が段々と高揚して来たのはご愛敬。

 見た目に惑わされると、後が厄介だって学んでおけ。


「…っく…!」

「ほら、右が甘くなってる。次は、左。ああ、もうなんで足を止めちゃうかなぁ…!」

「…だっ…、踏むな!…しかも、何故、間宮と同じような、」

「間宮もお前も、オレからしてみればまだまだなんだって、事だろ!」


 オレの言葉通り、左が疎かになったゲイルの腕に木剣を叩き付ける。

 痛みに顔を顰めた瞬間を狙って、腕全体を使ってゲイルの棍棒を抱え込んだ。


「げっ!」

「ほれ見た事か…!」


 抱え込まれた棍棒に、ゲイルは攻め手も守り手も失った。

 そこにすかさず全体重を掛け、強制的に体勢を崩してやる。


 更に先程と同じようにして、地面に突き立った棍棒を軸に反転。

 後は、棍棒を抱え込んでいた腕を解いて、木剣の腹で叩き上げるだけだ。


「そこまで!」


 パァンと鳴った音と共に、ゲイルの棍棒が宙を舞う。

 そこで、審判役のマシューがすぐさま、勝敗を決した。


 引き倒された格好で、ゲイルがオレを見上げていた。

 オレは既に、ゲイルの喉元へと木剣を突き付けている。


 ゲイルの背後で棍棒が落ちた音が、高らかに響いた。


「参った」

「参られた」


 視線が交差すると同時に、二人で苦笑を零し合う。

 ちょっと体がな鈍っていたのは反省点だが、そうそう簡単に追い抜かされることは無かったようで、安心した。


 とはいえ、こんなサプライズ、出来ればもう勘弁してほしい。

 勝ったは良いけど、流石にオレも背中に冷や汗を掻いているから。


 なにはともあれ、第三関門は突破。

 後は算術試験だけって事で、良いですかね?



***



 急遽決定した、オレとゲイルの一騎討ち。


 勝敗は、オレの勝ち。

 鈍ってはいても、オレもまだまだ現役って事だ。


 しかしながら、


「(オレ、今更だけど、この格好で勝っちゃったのは、不味かったんじゃね?)」


 これはこれで、後々面倒なことになりそうなもので。


 なにせ、オレは今街人に扮している。

 それは、オレが『予言の騎士』だと、周りに勘付かれないようにとした配慮である。


 しかし、一介の市居の人間に騎士団長が負かされたなんて事になれば、この国の騎士団の権威が地に落ちる。


 おいおい。

 やっぱり今更だけど、オレ勝ったの不味いんじゃないのか?


 そこまで考えて無かった訳じゃないよな、ゲイル。

 ノープランだったとしても、せめて騎士団とか国のメンツぐらいは守って…、


「おい、嘘だろ…!」

「騎士団長が負けた…!?」

「アイツ、何者だよ…っ」

「それよりも、騎士団ってこんなもんとか言わないよな…!」

「馬鹿っ!さっきの打ち合い見てただろ…っ!」


 そうこう考えているうちに、背後のギャラリーがざわざわとどよめき始めた。

 ゲイルも、はたと気付いて、途端に見えないところで、顔をしかめてしまっているが、


「まさかの、ノープランかよ、お前…」

「その、済まん。…父上に気を取られるあまり、…その、すっかり…」

「…忘れてやがったな」


 嘘だろ、この野郎。

 立場とか面子とか丸っと忘れてたって、どんだけ親子の確執根深いの?


 とはいえ、この状況はあまりよろしくない。

 謎は謎のまま、として良い内容でも無いのは、背後のどよめきが強くなるにつれてひしひしと感じている。

 大人げ無いオレが、いけなかったのか?

 いや、でも、今回の賭けを持ち出してきたのは、元々コイツだったってのに…。


 あれ?

 やっぱり、どの道、オレは普通に騎士昇格試験は受けられないって事かな?


「…大丈夫ですか?」

「…ああ、うん。ちょっと、色々頭が痛いだけ、」

「ぶつけました?」

「…いや、別に…むしろ、ぶつけたい」

「…は?」


 盛大に壁に打ち付けたい気分にはなってるけどね。


 心配してくれたマシューには悪いが、今はちょっとそっとしておいて欲しい。


 居た堪れないって言うんだよ、この状況。

 しかも、ゲイルも頭を掻いて、同じような表情をしているのはいかんせん、馬鹿かお前。


「…ふぅ。……お前には借りがあるから、今日だけ許してやるよ」

「借り?……何の事を、」


 溜息交じりに、苦笑。

 何がなにやら分かっていない様子のゲイルの言葉を遮るようにして、オレは後ろを振り返って参加者達へと向き合う。

 そこで、徐にフードへと手を掛けた。


 背後で、ゲイルが息を呑む。

 どよめいていた参加者達も、オレの行動を見てか、すぐさま水を打ったように静かになった。


 被っていたフードを下せば、


「…騒がせて悪かったな。同じく試験を受ける身として、諸君等の邪魔をする訳にはいかないと思って紛れ込んでいたのだが、どうしても力量を確かめたいとゲストからの仰せでな…」


 静寂が一転、大歓声に変わった。


 それはそうだ。

 今のオレの肩書きは、ここでは『予言の騎士』様だから。

 勿論、この肩書きをひけらかす事はしたくないが、今回は別問題って事で。


 うわぁ、自分でやってて吃驚。

 まさか、ここまで大反響になるとは思って無くて、驚きを通り越していっそ呆れてしまった。


 今、オレは確実に、胡乱気な顔をしている事は自分でも予想できる。

 それでも、騎士団長が負けた相手が、市居の人間では無く『予言の騎士』様。


 それなら、参加者達も納得はするだろう。

 ゲイルの沽券もある程度は守れるし、それこそ失墜しかけた騎士団の面子もなんとか保てる。


 と、信じたい。


 なにはともあれ、今回ばかりは、式典に無理やり引っ張り出されて助かった。

 顔が知られていなければ、この方法は使えなかっただろうからな。


「…済まん」

「…これで、借りは無しだ」

「だから、その借りというのは、一体何の事を言って、」

「分からなきゃいいよ」


 改めて言うのも恥ずかしいから、言わないけど。

 昨夜の件で、コイツに借りがあるのは本当の話だから、今回ばかりはサービスだ。


 呆れ交じりながらも、苦笑を零して参加者へと手を振る。

 連動して、野郎の野太い歓声が上がるのはいかんせん、気色悪いというかなんというか。


 やっぱり、こういう暑苦しい雰囲気は嫌い。


 しかし、騎士団の連中も一緒になって歓声を上げているのはどうなんだ?

 仮にもお前達の上司が負けた訳ですけど?


「…これで、少しはお前の親父さんも認めてくれっかね?」

「どうだろうな」


 ゲイルが見た先には、呆然としたままのウィンチェスター公爵閣下。

 オレ達の視線に気付いてか、その呆然とした表情が一転してしかめっ面となったのは、ばっちり見えた。


 それもそれでどうなの?

 後で、国王陛下からでも、釘を刺して貰った方が無難かもしれない。


 まぁ、力は見せた。

 生憎と、これ以下という事も無いし、まだまだ隠し玉は持ってる。


 そんなこんなで、力量についての言及はこれっきりにして貰いたいものだ。

 ついでに、親子喧嘩に巻き込まれるのも御免である。


「…ああ、後、約束は忘れんなよ?」

「…分かっている。ただ、いつもの酒場では無く、少し別の場所に変えられるか?出来れば、聞かれたくない話もあるんだ」

「それでも良いさ」


 どの道、ジャッキーを迎えに行かなきゃいけない。

 突然のアポ無し訪問になりそうだけど、まぁジャッキーなら酒が絡んでれば、一も二も無く来るだろう。

 そんな気がする。



***



 と、参加者達の興奮も冷めやらない、たった数分の事であった。


 キン、と耳に響いた音はなんだったのか?

 オレが、眼を瞠ったと同時、ゲイルも耳を抑えて視線を上に上げた。


 追って視線を上げれば、まるで柱のような光。


 地点は、ここだろう。

 まっすぐと、空から落ちて来ていた。


「…なん…!」

「伏せろッ!!」


 なんだ、あれは?

 言葉になる前に途切れた言葉。


 ゲイルの怒号と共に、引き倒された。


 参加者の一部も、その声を聞いていたのか、咄嗟に地面へと倒れ込む。


 横目で見た壇上で、ウィンチェスター公爵閣下が同じく国王へと覆いかぶさっていたのを見た。

 似た者親子。

 今だけは、少しだけゲイルの親父さんに好感が持てた気がした。


 しかし、


ーーーーードォオオオオオオオン!!!


 続いて響いた爆音。

 思わず、オレの体が不格好に引き攣った。


 空から落ちてきた光。


 それは、オレ達が地面に伏せた、すぐ真後ろに落下。


 爆音が、耳から音を奪う。

 風圧でゲイルともども転がされ、右も左も分からなくなった。


「…なんなんだよ、一体…!」

「ぐっ…大丈夫か?」

「お前こそ、」


 気づけば、参加者達の近くまで転がっていた。

 お互いに泥まみれになりつつ、迎撃の為の体勢を整える。


 おいおい。

 友人からの予期せぬサプライズの次は何だよ、コノヤロウ。


 目線を向けた爆心地。

 そこには、クレーターが出来上がっていた。


 火薬の臭いはしないので、爆弾を投下された訳では無さそうだが、それ以外でここまでの威力を持っているとなると、魔法の可能性が高いな。


「(お怪我は…)」

「大丈夫だ。お前こそ、大丈夫だったか?」

「(参加者達に紛れておりましたので、飛ばされずに済みました)」


 いつの間にか背後にいた間宮が、オレに武器一式を差し出してくる。

 念の為に持ち込んでおいた、刀と予備の銃器。

 ポンチョで隠して、一応の武装はしておいたが、こっちの予備まで正解だったとは恐れ入る。


 そんな中、


「やぁやぁ、人間諸君。…この度は、一体何の催しだろうか」


 爆心地から、くぐもった声が響く。


 濛々と立ち込めた煙の中から現れたのは、赤と金色の甲冑。


 兜で口元まで覆われたその姿。

 どうりで、自棄に声がくぐもっている訳だ。


 兜から覗いた眼には、剣呑な視線が宿っていた。


 それに、いち早く反応したのはゲイル。


「天龍族…!何故、こんな時に…!?」

「天龍族…?あれが、」


 種族の名前だけ知ってはいても、オレは実物を知らなかった。 


 赤と金色の豪奢な甲冑姿。

 兜からは、見事な白のたてがみと、捩じ曲がった角のようなものが二本覗いている。

 それが、兜の装飾なのか、自前のものかは判断に迷うところだ。


 改めて見た、その偉丈夫。

 威圧感や覇気で、無意識のうちに体が後退ろうとしてしまう。


 これが、逃走の本能か。


 彼等からの溢れ出る覇気によってか、背後で参加者達次々と倒れて行く。

 騎士団連中も、昏倒まで行かないまでも、その場で蹲って動けなくなっていた。


 まるで、蛇に睨まれた蛙のような状況。

 だから、オレは蛇が嫌いなんだってば。


 オレも正直、逃げ出したいし、間宮も若干体を震わせている。

 ゲイルも隣で息を荒げていた。


 そんな威圧感満載の偉丈夫が、ややあってゲイルを見定める。


「…これはこれは、随分と育ったなぁ。確か、ウィンチェスター家の三男坊だったか?」

「御拝顔、お久しゅう。…しかし、天龍族の防衛部隊のあなたが、いかような理由があって地上に降りられましたか?」


 どうやら、知り合いのようだ。


 肩書きだけを言うなら、ゲイルもこの国ではそこそこの階級だから、色々と顔は広いのだろう。

 まさか、天龍族のお偉いさんらしき人物と知り合いとは驚いたものだが。


 というか、ゲイル。

 お前、長男だと思ってたら、まさかの三男坊だったのね。


 それはともかく。


 ゲイルが、ここにいる全員の内心を代弁したかのような台詞を放つ。

 しかし、その瞬間、赤と金の甲冑の人物の眉が跳ね上がった。


「いかような理由があって?…貴様等、まさか覚えが無いと抜かすのではあるまいな?」

「覚え…?…申し訳ありませんが、」

「はっ!…片腹痛いわ!まさか、斯様なぞんざいな嘘で我等を誑かそうとは、」


 なんだか、会話が不穏な方向に向かっている。


 ゲイルは、若干顔色を悪くしながら、天龍族と相対している。

 援護してやりたいのは山々なんだが、この会話の中に踏み込んでいける情報が少な過ぎて二の足を踏んでいる状況だ。


 そのまま、事態は好転する訳も無く、


伯垂はくすい明淘めいとう

『はっ』


 続けて、その偉丈夫の背後から現れたのは、片方は文官のような格好をした少女。

 もう片方は、これまた豪奢な赤い甲冑を着込んだ人物。


 どちらも、赤と金の甲冑を着込んだ偉丈夫の部下らしい。

 合計3名となった、天龍族の招かれざる客人達。


「…解析は、如何?」

「発信源は、ここです。昨夜は街中でしたが、移動距離は然程離れておりませんので、同一人物と考えて良いでしょう」

「似たような気配は、確認出来ております」

「…ふむ。これで、言い逃れは出来んぞ、ウィンチェスターの三男坊」


 ちょっと待って?

 言い逃れって、そもそも何?


 そして、どうやら部下である一人の目線は、隣のゲイルでは無く、オレに固定されている気がする。


 こちらは兜を目深に被って目元が見えないまでも、ひん曲げられた口元には好意的な部分はいかほども見いだせない。


 これ、敵対されてるって事だよな?

 何で?


 オレは少なくとも、敵対行動を取ってないんだけど。

 ってか、天龍族の知り合いなんていないから、粗相とかなんとか言われても困るし。


 だが、それと同時。

 オレの背筋に這い上がって来た悪寒。


 ふと気付いた。

 聞き逃し掛けたけど、さっき文官らしき格好をした少女が、『昨夜』とか言って無かった?


「…そ、その…ちょっと、よろしいか?」

「ふむ。貴殿、名は?」

「あ、えっと…教師をやってる、銀次・黒鋼と言いますが、」

「教師?」


 一応、確認のためと、勇気を振り絞って発言。


 背後で、騎士団がどよめいた。

 こんな空気の中で、喋れるなんて…!……って、それ、どういう意味?


 教師という言葉に、何故か疑問形で返された。

 いや、今の格好からしても、普段からしても教師とは見えないかもしれないけどさ。


 あ、でも貴殿って言ってるって事は、男だと分かってもらえてるらしい。

 初見で男だと分かって貰えたのは、珍しいものだ。


 ああ、また話が脱線した。

 ごほん、と咳払い。

 出来るだけ早く、話題をこちら側に引き込もう。


「何があったのか、分かりませんが、」

「何があったのか分らないだと?」


 なけなしではあったものの、勇気を振り絞ったオレの台詞。


 しかし、それも結局、赤と金色の甲冑の人物の隣に立っていた部下らしき人物のせいで、無造作に断ち切られた。

 若干、食い付かれるような形だった。


「騒ぎの原因である貴殿が、それを言うか!?」


 あ、…火に油注いだ?

 というか、やっぱりロックオンされてるの気のせいじゃなかった?


「えっ…と?…騒ぎの原因が、オレにあると?」

「…ッ!白々しい!!もう良い!朱蒙しゅもう様、戦闘許可を!」

「えっ?はっ?…いやいや、ちょっと待て…!」

「問答無用!」


 オレ関連で、何か問題が発生しているとか言われても、未だ理解が及ばない。

 とぼけたつもりも無いのに、相手は勝手にヒートアップ。


 しかも、理由を説明する気も無いのか、


「戦闘を許可する。存分に可愛がってやれ」

『はっ』


 無慈悲な声。

 戦闘を許可すると、それは完全に敵対行動だ。


 思わずオレの体が強張った。


 隣のゲイルが、唇を噛み締めた。


 後ろに控えていた間宮が、息を呑む音がする。


 可愛がってやれ?

 それは、一体、どういう意味を持って言われたのか。


 瞬間、


「おわっ…!?」

「…ギンジ!!」


 オレに猛然と踊り掛かって来た、一人。

 赤色の甲冑を着込んだその人物は、いつの間にか手に持っていた獲物を、一も二も無く丸腰状態のオレに向かって振り上げた。


 多節根。

 確か、そんな名称の、ヌンチャクを何本も繋ぎ合せたような武器。

 中国辺りで伝わっている武器だったと記憶している。


 なんとか、回避して見せたそれは、先端に付いたすいという金属部分で地面を大きく抉り取った。


 先ほどまでゲイルと手合わせをしていたおかげで、準備運動は完了していたようだ。

 一瞬、強張った体も、自棄にすんなりと動いてくれた。


 体勢を立て直し、更に続くだろう追撃に身構える。


「…ほぉ、避けたか。魔力に見合うだけの身体能力は有しているようだな、」


 そんなオレの様子を見て、朱蒙しゅもうと呼ばれた赤と金色の甲冑の人物が、さも面白げに声を上げた。


 その言葉の奥に潜んだ、真意。


 いくら、馬鹿でもそろそろ分かってくる。

 いや、オレが自分の事を馬鹿だとは思いたくないけど、実際ここまで言われて分からなかったら馬鹿だ。


 キーワードは、昨夜。

 ついでに、オレ関連で、魔力。


 『闇』の精霊との対話で、暴走した件しか思い当たらない。

 昨夜は勿論、初めての対話。

 今日の事を言っているなら、昼前に大騒ぎになった試験の時だろう。


 嘘だろ、おい。

 まさか、この状況が、オレのカンスト魔力が原因だってのかよ。


「待ってくれ、朱蒙しゅもう殿!…こちらに、貴殿等と戦う意思は、」

「そうは言っても、もう遅い。…我が防衛部隊が感知した魔力の解析の結果、ここにいるギンジ・クロガネと名乗る御仁の魔力は、危険分子と判断された」

「…なっ……!?」


 ………おいおい。

 オレの魔力、危険分子と判断される程のものだったのかよ。


「…これが、もし、昨夜の一件だけであれば、我等も見過ごす事は出来た。しかし、それがこのような城の間近で、なおかつ二度目とあらば問題であろう?」

「…そ、それは、まだ魔力の調節が出来ていなかっただけだ…!本人に、そのような意思は…!」

「斯様な意思は、関係ない。危険か危険で無いか。それだけだ」


 問答無用というのは、本当のことだったようだ。

 ゲイルが云い募ろうとするも、焼け石に水の状態。


 ゲイルと同じく、オレも唇を噛み締める。

 しかし、


「どわっ…!?」

「…ギンジ…!…間宮?」


 唐突に、引き倒されたオレ。

 横目に映ったのは、赤い髪。


 ぎん!!と甲高い金属音が鳴り響く。


「邪魔をするか、小僧…!」

「間宮!」


 オレに再度、攻撃を仕掛けてきた赤い甲冑の人物。

 その多節根を払ったのは、背中に常備していた脇差を抜いた間宮だった。


 払った勢いのままで逆手に持ち直した彼の動きは、どことなくオレに似て来ていた。

 現実逃避とも思える、一拍程の思考の停滞。


 オレを引き倒して、矢面に立った彼。


「まだ前に出て良いとは、教えていない筈だが?…師匠を引き倒すとはどういう了見だ?」

「(すみません。ですが、有事ですので、)」


 律儀にオレに頭を下げる間宮。

 だが、意識はしっかりと赤い甲冑の人物へと向けている辺り、コイツも場慣れして来ているようだ。


 この際、勝手に前に出た事も、引き倒された事も横に置いておこう。

 説教は、後でも出来る。


 逆に言うならば、ここを乗り切らないと説教も出来ないが。


「抵抗するならば、処刑の許可も出ている。大人しく、縛に付かれた方が賢明だとは思うが?」

「捕まった後に弁明の機会が与えて貰えるならな。…口ぶりからすると、排除を目的としているように聞こえるが?」

「……頭も悪くはないように見える」


 先ほどから、随分とオレを分析しているようだ。

 危険分子と締め括ったからには、それこそ力付くの排除も考えての事だろう。


 いや、もうどうしてこうなった?

 魔力が暴走するのが、いけないと言うなら練習するから放っておいてくれよ。


「人間にこれほどの魔力を有した危険分子が産まれる事は、過去例を違わず。…その危険分子は、いずれ戦禍を齎す事等、戦役を経験したことのある貴様ならば理解は出来よう?」

「…ッ…それは、…しかし、彼は、」


 ゲイルに向けて、朱蒙しゅもうが放った言葉。

 オレもゲイルも、皆まで言われずとも意味を理解出来た。


 力を持った人間が、過去どのようにして歴史に名を残したか。

 それは、オレも良く分かっている。

 絶句したところを見れば、ゲイルも分かってはいるのだろう。


 現代ではヒトラー然り、戦禍による独裁的な政治を布いた。

 こちらの世界の歴史でも、過去力を持った人間が少なからず戦役に加担している。

 それは、数百年前の『人魔戦争』でも周知であり、人間が争った歴史の中でも明らか。

 歴史を学んでいなければ分からないまでも、現代の知識がある人間であれば想像には容易い。


 だが、


「オレに、その意思は無い。それでも、アンタ達はオレを排除したいのか?」


 オレに戦争を起こす意思があるかどうか。

 問題はそこじゃないのか?


「先にも言ったが、意思等は関係ない。…お主の魔力は危険だ。それを排除するのみ」


 問答無用も当たり前。

 聞く耳すら持たないとはこの事だろうか。


 持ちたくもない魔力で、オレは排除される?


 冗談じゃない。


「ふざけるな。…これ以上、オレにこの世界の常識を押し付けないでくれ!!」


 思わず、オレはその場で叫んでいた。


 感情が爆発したかのように、オレの口から怒声が飛び出す。

 びりびりと大気が震える。


 思わず、殺気まで飛ばしてしまっただろうか。


 飛びかかろうとしていた赤い甲冑の人物が、踏鞴を踏んだ。


 眼の前にあった間宮の肩が震える。


 立ち尽くしていたゲイルが、驚いた顔で視線を投げかけて来た。


「…こっちだって、こんな魔力持ちたくなかった!!欲しいと言われれば、熨斗でも付けて押しつけてやるところだ…!!」


 何故、望まない力で、存在を否定されなければいけないのか。

 オレだって、この力を持ちえたのは最近で、それを四苦八苦して制御している状態だと言うのに。


 思えば、この世界に召喚されてからは、押しつけられてばかりだった。

 嫌では無いとはいえ、生徒達の安否や命の保証を押し付けられた。

 更には無駄に大仰な肩書きを押し付けられ、挙句に義務だなんだと、自分の許容量以上の功績を求められる。


 なのに、投げ出す事が出来ない。

 逃げ出して、細々と人目を憚るように暮らして行くことも出来るのに、それすらも出来ないまま。


「…こっちだって、うんざりしてんだよ!!危険だなんだと抜かされても、オレにとってはこの魔力は、宝の持ち腐れも良い所だ!…なのに、どうして勝手に、存在を抹消されなきゃいけない!?」  


 怒りは、オレの脳内に乱雑に指令を送る。


 邪魔者を排除。

 殺される前に殺せ。


 不穏なメッセージが、眼の前に明滅するような感覚。


 いつ振りだろうか。

 ここまで、感情に引き摺られて、過去の御家業へと立ち戻りそうになっっているのは。


 オレの豹変した気配。


 それに、絶句していたのは何もゲイル達だけでは無い。


 オレの怒声を静かに聞いていた朱蒙しゅもう

 そして、部下らしき少女と甲冑姿のもう一人。


 後退りをしたのは、文官らしき少女のみではあったが、


「……どうやら、問答は最早必要は無さそうだ」

朱蒙しゅもう様、」

「案ずるな、伯垂はくすい明淘めいとう、怖気付くでは無いぞ?」

「……このような優男一人に、恐怖等ありません」


 賽は振られたらしい。


 朱蒙しゅもうが、背中に背負っていた戦斧せんぷを徐に引き抜いた。

 身の丈に届かんとしている戦斧は、歴戦の雄姿とも言える古傷がところどころに刻まれている。


 伯垂はくすいと呼ばれた少女が、腰に巻き付けていた帯のようなものを広げた。

 その帯には、びっしりと魔法陣のようなものが書き込まれているように見える。


 明淘めいとうと呼ばれた赤い甲冑の人物は、変わらずに多節根を構えたまま、まるで牽制のようにじりじりとこちらへと間合いを詰めてくる。


 怒りで一瞬我を忘れたとはいえ、吐き出してしまったもの。

 しかし、一度口に出してしまったものはどうしようもない。


 おそらく、この状況を打開するのは、この3名を叩きのめすしか方法は無いだろう。


 出来るかどうか。

 残念ながら、試してみなければ分からないという悲しい状況でもある。


 いやはや、どうしてこうなった。


 純粋に、騎士という肩書きが必要だったから参加しただけの騎士昇格試験だった筈が、いつの間にか参加者に囲まれたまま、文字通り公開処刑となろうとしている。


 青天の空に嘆いても、答えは誰も返してくれない。



***

無理やり発生する、横槍イベント。

ついでに、またしてもアサシン・ティーチャーに巻き込まれるのはゲイル氏と間宮くん。

討伐隊の一件以来の共闘ですね。

悪夢が再びとなるのでしょうか。


ついでに、今まで書きたくても書けなかったゲイル氏との一騎討ち。

リーチの違いで、ゲイル氏が有利かと思いきや、機動力で翻弄されてゲイル氏は受け身に回るという、何と言うかご都合主義。


一応、銀次>間宮>ゲイルの方程式なんです。

プラスとか×とかしちゃダメですよ。


ちなみに、ゲイル氏は間宮以外の生徒達には負けた事はありません。

長曽根にだって勝てますし、徳川との力比べもどんと来い。


アサシン・ティーチャーと間宮だけが、異次元なだけ。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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