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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、騎士昇格試験編
62/179

51時間目 「昇格試験~安全第一が一番大事~」

2015年11月30日初投稿。


新章開始します。


我が儘言ってまたしても、閑話をぶっ込みたい衝動はなんとか回避しました。


51話目です。

騎士昇格試験編、これにて開始。


今回は、ズルズルと続かない事を祈ります。

***



「解析は終了したのか?」

「はい、概ねですが、」


 重厚ながら、凛とした女性の声が響く。

 白銀と赤の髪が入り混じった髪を、颯爽と靡かせた声の主。


 それに応えたのは、前者に比べて少々覇気に欠ける女性の声だった。

 灰褐色の髪を上に纏め上げてお団子のようにした、年端も過ぎない少女のようにも見える。


 周りを魔石や魔法陣による壁に囲まれながら、多数の水晶がずらずらりと並んだ一室。

 水晶の上部には、まるでプロジェクターのように、中空に映像が浮かび上がっている。

 水晶映像クリスタルビジョンと呼ばれるこの装置には、地上の情景となる家の屋根が写し出されている。

 少なくとも、この世界で言えば先進的な装置である事には変わりない。


 そんな特異な一室。

 そこに、その女性二人はいた。


 時刻は、既に朝方を指し示している。

 彼女達とて、不寝番では無いのだから、この時間にこの一室にいるのは異例だった。


 それだけの異常事態が、真夜中に起きたせいでもある。


「真夜中に、あのような魔力を放出するなど、人間共は何を考えておるのやら…」

「……ま、まぁ、魔力の探知に適性の無い種族ではありますから、一部が騒いだとしても大した問題では無いのでしょうね」


 その異常事態のせいで叩き起こされた身。

 そんな彼女達としては、少々声音に刺が含まれてしまっても可笑しくはない。


 赤メッシュの髪の女性は、ふんと鼻を鳴らす。

 中空に浮かび上がった映像を睨みつけ、その声を後ろ背に聞いた灰褐色の髪をした少女は、恐々としながらも同意というよりは、見解を述べて。


「確かに、その通りだ」


 赤メッシュの女性は、口唇の端を少しだけあげて微かに微笑んだ。


 彼女自身、自分の出自や種族には絶対の誇りを持っているようだ。

 多少別の種族を見下す言動が多いが、それは実力に裏付けされている。

 それは、彼女の露出された頬や肩に見受けられる数多の傷が物語っていた。


 そんな女性が、微笑みを引っ込めると、不意に話題を変えた。


「…しかし、これだけの魔力を持つ人間が、まだこの世界に残っていた事も驚きだな」

「…え?あ、そうですね。主たる魔術師達は、数百年前の戦役で数を減らしたようでしたし、」


 突然の話題変換に戸惑った灰褐色の少女。

 しかし、一拍を置いた後に、語られた内容は歴史に精通した回答であった。


 彼女自身も、同じ種族としての誇りを持っている。

 それは、武でもあり智でもあると、日夜勤勉に励んでいるのは自他共に認められる事実であった。


「…少々、危惧する事案が増えたな。…人間共に、あまり戦力を保持させるのは過去の戦役から省みても得策とは言えぬだろう」

「どういたします?」

「まずは、総帥へと伝えて指示を仰ごう。万が一の場合には、防衛部隊として我等も地上へ降りるやもしれんな」

「……地上へですか?人間共はあまり好きでは無いのですが、」

「つべこべ言うで無い。勤勉な癖に、それ以外は怠惰な所はお前の悪いところだぞ」

「…承知しました」


 その女性二人は、そのような他愛ない掛け合いをしながらも、その一室を後にしていた。

 水晶に表示されていた映像も、彼女達の退室の数分後には立ち消えている。


 1月某日の、珍しく雪の降った日の事。

 彼女達のいた一室を含む、城塞とも呼べる天空の船。


 その城の名前は『天龍宮』。

 そして、その『天龍宮』は現在、南端に位置するダドルアード王国の真上を飛んでいた。



***



 唖然茫然とはこの事か。

 眼の前には、同じく呆然としている騎士達の姿。


「だ、大丈夫ですか?」

「…集合時間の早めに迎えに来たつもりだったのですが、」


 時刻は、既に午前8時を迎えようとしていた。


 校舎へと迎えに来てくれた送迎組の騎士達。

 朝番の護衛交代組と合わせて大所帯となっている。


 その送迎組の目的とは、言わずもがなオレ。

 本日騎士昇格試験を受ける事になっているオレである。


 もう一度言うが、時間は既に午前8時を迎えようとしている。

 ちなみに、騎士昇格試験の受け付けは、午前8時半からスタート。

 更に言えば、オレは特例としての参加の為、裏口から登城しなければならないので7時半には城に入っていなければならなかった。


 わお、遅刻確定じゃねぇか。

 寝過した。


「しかも、なんだこりゃ…?」


 更に、呆然とするのは、オレの周りの惨状であった。


 オレが眠っていたのは、ダイニングのソファー。

 昨日、魔力を暴走させて大問題を引き起こしたオレが、再三の失態を重ねて気絶したと思われる。


 その後の記憶が全く無いので、おそらくという予想しか出来ないまでも。


 オレが寝ていたダイニングのソファーの周りには、まるで死屍累々と言わんばかりに生徒達は眠っていた。

 ソファーに寄りかかって、オレの胸や腹を枕にして眠っている杉坂姉妹。

 その足もとに、シャルを中心に挟むようにして眠っている伊野田とオリビア。


 更にその女子達の横に、横一列に並ぶようにして眠っていた男子組。

 階段の側から徳川、永曽根、浅沼、河南、紀乃、榊原、香神。


 徳川は何故布団を抱え込んで、階段の真下に転がっているのか教えてほしい。

 お前のその寝相に吃驚だ。


 騎士達の到着と同時に、永曽根と浅沼、榊原と香神が寝ボケた顔でぼーっとしている。


 ところで、間宮はどこ行った?


「(こちらにおります)」

「……っわ…びっくりした。…なんで、ソファーの後ろで寝てんだよ…ッ」

「(狭くて寝心地が良かったです)」


 背後から、うっそりと現れた間宮。

 だから、お前は師匠に対しても気配を消して近付くんじゃない。


 お前は、隙間に率先して挟まりに行く猫か?

 いずれ抜けなくなる可能性もあるから、あんまり狭い所で寝るんじゃないよ。


「す、すまんギンジ!…オレも寝過したようだ…」

「仕方ない…っけど、それもそれでどうなんだ、お前の寝てる格好!」

「むっ?」


 なんで、コイツは壁に膝を抱えて眠っていたのか。

 騎士達の到着によって、ゲイルも起こされたらしい。

 焦って飛び起きていたが、オレはばっちり見ちゃった。


 大男の体育座りとは果たして需要があるのかどうなのか。

 (※何の?)


「…って、それよりも遅刻する!」


 一瞬、何がなにやら分からなくて頭が停止していたが、遅刻するわ。

 茫然自失を脱して、とっとと準備に取り掛かる。


 だが、


「…うーん、せんせいの、えっちぃ…」

「やだ…、ギンジってば、どこさわってんの~…むにゃむにゃ」

「…いや、お前等なんで似たような夢を見ているのか。そして、オレを夢の中に登場させないでくれ…!」


 そんなところまで、双子の神秘を体現させなくて良い。

 思わず、妄想して股間が反応しちゃうだろうが。


 とはいえ、問題は彼女達の体勢である。

 オレの胸や腹を枕にしているせいで、起き上がれない。

 無理やり起き上がっても良いが、それでは彼女達にとっては最悪の寝起きとなるだろう。


 いや、夢の内容を考慮すると、遠慮はいらない気がするけど。


「(…どうぞ、)」

「あ、え?…ごめん、間宮…」

「(これも、弟子の務めです)」


 と思っていたら、ぱぱっと間宮が助け船を出してくれた。

 あっという間に彼女達の頭を同時に持ち上げて、クッションを挟み込むとかどんな早業。


 そうしてあっという間に解放されたオレは、ソファーの上で後転をして抜け出す事に成功。


 ああ、風呂入りたかったけど、時間無い。

 着替える時間も無いのが痛い。

 この上着は別として、シャツが一昨日から替えてないとか不精にも程がある。


 ちょっとだけ、女子組の特性香水(※作ったよ…。)借りるしか無いかも。


 と、洗面所に慌てて駆け込む。

 同時に駆け込んできたゲイルは、顔や口だけでも濯ぐようだ。


 オレもせめて頭を洗いたいが、贅沢過ぎるか。

 仕方ないので、ゲイルと同じく顔や口だけでも濯ぐことにした。


 汲み上げ式の蛇口から出た水を桶に貯めて、一気に顔にぶつける。

 冷たさに、思わず背筋が震えた。


「冷てぇ…!」

「ああ、昨夜、雪が降っていたからな、」

「……おいおい、もう雪は降らないんじゃなかったのか?」

「この時期には、珍しい気候だな」


 そんな他愛ない会話をしつつ、香水を振りかける。

 うわ、ゲイルにも匂い着いちゃった。


 また変な噂が立ったら、メンゴ。


 そんな阿呆な事もありながら、ほとんど同時に洗面所を出る。


 そこには、


「いや、お前…執事じゃねぇんだから…」

「(これも弟子の務めです)」


 オレのコートとマフラーまで準備して待っている間宮がいた。

 お前、本気で何になりたいの?

 やめてくれよ?

 将来、執事に就職したいとか言い出すの。


 弟子の務めで、何もかも片付けるのも無理があるというのは追記しておく。


「ありがとうな。…後は、頼んだ」

「(いってらっしゃいませ)」


 そうして執事然りとした斜め45度の大変スマートなお辞儀で、オレとゲイルは見送られることとなった。

 おかげで、またしても呆然としてしまったじゃないか。


「……アイツ、本気で何になりたいんだ?」

「弟子と言うより、従者だな。……勧誘は断ってやった方がいいかもしれん」


 ゲイルの言い分には激しく同意。


 嫌だよ?

 またオルフェウスみたいな奴に目をつけられたら。


 あれでも、オレの弟子なんだから。


「しかも、雪が凄い事になってる…だと…ッ!?」

「…ここまで積もるのも珍しいものだ」


 最終的には、雪が積もって道が凄いことになっていた。

 マジで玄関が埋まって、護衛の騎士達が朝から除雪に精を出している。


 今回馬車で迎えに来てくれたのは、本気でありがたいもんだ。


 後で、騎士連中にはお礼をしなきゃ。

 昨日巻き込んだ奴等も含めて、酒場でも貸し切って飲み会させようかしら。

 そういや、新年会してなかったから、生徒達もたまには馬鹿騒ぎをさせてやろうか。


 どう思う?と横に座ったゲイルに問いかけてみるも、


「礼は良いから、自分の事に集中しておけ。これで昇格試験に落ちたなんて事になれば、眼も当てられんぞ?」

「……ごもっとも」


 至極真面目な返答で、釘を刺されてしまった。


 そういや、そうですね。

 落ちたら本気で洒落にならない。


 そして、洒落にならないだろうし、オルフェウスに足元掬われて校舎まるごとお引越しとかになっても困るしね。


 騎士昇格試験が終わったら、また色々考える事にしよう。

 まぁ、


「……まずは、遅刻の言い訳考えなきゃな」

「……その通りだな」


 結局、試験の内容よりもそっちばかりに頭を悩ましていた15分間でした。

 (※馬車なら城まで、15分足らずで到着します)



***



 盛大に遅刻となった8時15分。


 城にやっとのことで到着したオレ達は、多種多様の視線に晒されながら迎えられた。


「何かあったのかと心配しておりましたぞ」

「申し訳ない。…朝方に、少々問題がありまして、」


 まず第一に、心配してくれた国王陛下。

 今回ばかりは、遅れたこっちが悪いし、敬語と敬称は標準装備にすることにした。


「…いやはや、さすがは『予言の騎士』様ですな。…ご多忙なようで、」

「お久しゅう、ジョセフ参謀殿」

「お久しゅうございますな。以前の討伐隊以来でございますが、騎士団長ともどもお変りはないようで、」


 嫌味と共に迎えてくれたのは、本気で久しぶりに会った気がするジョセフ参謀。

 討伐隊に同行した時も、数々の嫌味を連発してくれたもので、随分とぞんざいに扱った記憶がある。


 だが、今回ばかりはオレ達に非があるので大仰に言い返せないのが腹立たしい。


「意外と時間にルーズな方だったのですね。待ちかねてしまいましたわ」

「これは、失礼致しました。初見となりますが、お名前と役職をお伺いしても?」

「リリアン・ハーパーと申しますわ。役職は魔術師部隊総帥ですので、以後お見知り置きを?」

「銀次・黒鋼と申します。ご丁寧にどうも」


 次に言葉を発したのは、声の質から言って初老を迎えるだろうが、若々しい容貌をした女性だった。

 初対面にして遅刻という失態を見せつけた挙句、今回オレの試験監督を務める事が発覚しただろう魔術師部隊総帥の地位の彼女。

 いやはや、出来れば女性と試験管には覚えを目出度くしておきたかったが、非常に遺憾である。


「…問題と言うのが、いささか気になるところだがな。果たして、この状況に納得に足る理由であれば良いのだが、」

「…瑣末事ではありますが、事後の対応を誤りまして…」


 と、最後となった男性は、既に険悪な雰囲気や嫌味も隠そうとしていない初老の男性。

 こちらも初対面となる筈である。


 肩までの黒々とした髪をオイルか何かで撫で付け、これまた口には豪奢な黒鬚を蓄えた男。

 恰幅と言い雰囲気と言い、国王に引けを取らないところを見るとこっちも武芸者なんだろう。


 ただ、オレの背後から入室していたゲイルの雰囲気が、いささか剣呑になったのは気のせいだろうか。

 

「では、アビゲイル。お前の言い分を聞こうか?」

「……は?」


 今、この人ゲイルの事、名前で呼ばなかったか?

 オフレコとはいえ、ここは王城の中だから役職名や爵位で呼ぶのが通例の筈なんだが、


「…此度の失態は、すべて私の不徳の致すところです」

「叱責をしているのではなく、納得に足る理由を聞いているのだ」


 二人のやり取りが、まるで叱咤される子どもと親のようだ。

 口調が違うから、上司と部下にも聞こえるけど。


 ああ、なんかちょっと分かった。

 この初老の男性、まだ名前を聞いてなかったけど、ゲイルの父親なのかもしれない。


「申し訳ありませんが、職務の既定に背きますので、内容の開示は出来ません」

「……ふん。納得させるだけの言い訳も考えられんのか」


 どうりで部屋に入った途端、ゲイルの雰囲気が一変する訳だ。

 親子の会話にしては程遠い、緊張感に満ちた会話は聞いているこっちも、黙り込んでしまう。


 ゲイルの威圧感は、親譲りか。


 しかし、今回ばかりは、彼に非は無い。

 助け船は早ければ早い方が良い。


 後、変に勘繰られても困る。

 主にオレとゲイルの、一時期あった変な噂や風聞に関して。


「内容の開示はこちらから致しましょう。オレが魔力の調整を誤って、校舎内で暴走させてしまったのです。既に収束し、事後の片付けはあらかた終了しておりますが、その際に生徒達やウィンチェスター卿にも負傷させてしまった次第でございます。面目次第もございません」

「……ぎ、ギンジ…!」


 黙れ、言い訳考えられなかったバカ息子。

 いや、これは言い過ぎかもしれないけど、オレが頭を下げなきゃいけない問題なんだから、ちょっと黙ってろ。


 そもそも、オレを飛び越してゲイルに聞いている時点で、このゲイルの父親には釘を刺す必要がある。

 今回の問題の原因は、ゲイルでは無くオレだしな。


「…不肖の息子の為に、わざわざ頭を下げられるとは、申し訳ございません」

「お気になさらず。ご子息には、いつも大変お世話になっております」


 ただ、いちいち言動が腹立つんだが、この侯爵閣下。


 ちなみに、貴族は親子であっても敬称が違う。

 ゲイルが『ウィンチェスター()』なのは、公爵閣下の息子だから。

 んでもって、公爵閣下の息子はその二番目の爵位となる侯爵を引き継いでいるから、呼び方が親子であっても違うのである。


 侯爵以下の敬称は『卿』で、公爵に上がると『閣下』になる訳だ。

 呼び方一個間違えるだけで大問題になるから、要注意。


 貴族って本当に面倒くさいもんだ。


 そして、更に面倒くさいのは、このゲイルの父親だったりするんだが。


「しかし、魔力の調整を誤られるとは、『予言の騎士』様も少々抜けておいでのようで、」

「お恥ずかし限りでございます。何分、魔法の習得が、多忙により遅れておりまして」


 愛想笑いで嫌味を跳ね返してはいるが、正直顔面の筋肉が崩壊寸前だ。

 ゲイルの父親で、この王国の中枢を支えているとかいう公爵じゃなきゃ、なますに刻んでやろうかと思う。


 しないけどね。

 それしたら、確実にオレもこの国では犯罪者になっちゃうから。


「…ごほんっ。何は、ともあれ、ご無事でなによりでございます」

「恐縮です」


 そこで、やっと国王陛下が止めに入ってくれた。

 事前情報で、国自体で公爵家に借金があるらしくて、おいそれと諌める事が出来ないと聞いていなかったら、先にこっちを膾に刻んでたかもしれない。


 オレも遅れた非があるから、公然と嫌味は返せないし。

 ただ、次に会った時には、覚えておいていただけると助かる。


 ゲイルの親父さんだろうが、嫌味には嫌味で返すぞオレは。


 背後で、安堵の溜息を吐いたゲイル。


 肩越しに苦笑を零してやると、目礼を返された。

 何か呵責を感じているのかもしれないが、問題に巻き込んだ礼は些細なことでも返していきたい。


 今回は本気で生徒達にもゲイルにも頭が上がらないんだから。


「さて、試験開始は9時からとなっております。…失礼ですが、ギンジ様は、お食事は既に取られましたかな?」

「い、いえ、何分忙しかったもので、」

「では、こちらで簡単なものではありますが、準備をさせていただいたので、そちらをお召し上がりください」

「…面目ない」


 いや、本気で申し訳ない。

 ここにいる全員、オレ待ちだった訳だよ。


 朝ご飯、まだだったみたい。

 げしょ。



***



 現在、時刻は午前9時丁度。


「今年も、この王城に集った諸君等の中から優秀かつ忠君の騎士達が登用され、我が王国の盾となり剣となってくれることを祈る」


 時間通りに、国王からの開会の宣言を行った略式の式典が開始された。


「更に、今回は特例として我が王国の希望、『石版の予言の騎士』ギンジ・クロガネ殿にも参加していただく事となり、より一層の諸君等の奮闘を期待しておる」


 しかも、その式典には何故かオレが引っ張り出されてしまった。

 拍手で盛大に迎えられた式典で、オレの顔は少々赤くなってやいないだろうか。


 しかも、参加者よりも正規騎士達からの拍手がデカイってどういう事?

 いや、まぁそれで良いのかもしれないけどさ。


 前準備の段階でいきなり礼服を片手にメイドが殺到して来て吃驚したよ。


 そんなの聞いてないし。

 ゲイルも今回ばかりは、聞いていなかったらしい。


 なので、仕方なく国賓へと扮装する羽目になった。


 なんでも、『予言の騎士』を名乗って、試験に参加している馬鹿が紛れ込んでいるらしいとの事。

 先に式典に引っ張り出して、オレの顔を覚えさせて下手な事を出来ないように釘を刺す算段だったようだ。


 しかも、それが開始20分前に発覚したから、オレが急遽引っ張り出された、と。

 おかげで、前準備が全く出来なかったんだが、どうしてくれよう。


 あ、ちなみにメイドの皆さんには、お引き取りいただいた。

 文字通り、断固として拒否させて貰った。

 しかも、誰がって、間宮が。

 (※何故、彼がここにいるのかは、ちょっと色々割愛させて貰う。別の話って事で)


「(これも弟子の務めですから)」


 だから、それで全部一括りにするなと何度言えば良いのだろうか。

 いや、まぁ。

 確かに、助かったけどね?


 オレの体、ご婦人方には少々刺激が強いだろうし、色々見られたくないものもあるから。

 こっちに来てから、突然体が超高速の治癒能力に目覚めてくれちゃったけど、昔の傷痕は全て残っているインチキ仕様。

 しかも、最近やせ衰えてしまったので、貧相にも見えるから、あんまり見られたくなかったのも本音。

 明日から、筋力トレーニングで筋肉を取り戻さなければ。


 閑話休題それはともかく


 オレも引っ張り出された式典を終えて、改めて試験は開始される。


 8時半から城門入口の簡易テントで受付を開始し、名前と年齢、生年月日などを記載する事となっている。


 今年の騎士採用試験、及び昇格試験への参加者は現存している騎士も含めて約800人弱。

 結構な人数がいるものだ。

 しかし、それでも例年よりは少ないらしい。


 原因はウチの学校への入学を打診している貴族達の子息子女が後を絶たないから。

 これ、申し訳無いと謝ったら良いのか、いい加減にしてくれと怒ったら良いのか分らない。

 微妙なところだな、畜生。

 心情的には、もういい加減にしてくれと声高に叫んでやりたいが。


 参加は自由だし、一般家庭でも良い。

 そもそも参加年齢の規制が、満14歳と少しだけ低い。

 (※現代だと青少年保護法に引っ掛かるが、こっちには満12歳未満を保護する法律しか無いらしい)


 この世界の一般家庭では、12歳を過ぎれば立派な働き手になる。

 それでも12歳から万4歳と2年の猶予を設けているのは、騎士の職務に従事出来るぐらいの体が出来上がるのを待つ為。

 12歳前後ってどうしても筋肉が付きづらいし、そもそも体力が少ないから。

 一応、上手いこと考えられているようだ。


 さて、そんな諸事情はさておき。

 今年の騎士採用試験、及び昇格試験は例年通り、最初に参加者全員の魔法適正を調べる事になっている。


 今回、オレは別に行う事になっているから、魔法適正はパスして扮装に取り掛かっていた。


 これが、先ほど言っていた前準備の事である。

 諸事情によって、オレは存在自体が稀少価値の高い人間になっている。


 なので、一般の参加者に普通に紛れたとなっては、パニックとなるのが眼に見えていた。

 その為の扮装を、ゲイルを通して国王へと打診しておいたのだが、やはり正解だったようだ。


 先ほど、式典に引っ張り出されたせいか、周りの話題が『予言の騎士』一色に染まってしまっている。

 いや、本気で気付いて良かった。


 ちなみに、扮装は街人とさせていただいている。

 麻の長袖シャツと染物のベスト。

 下は現代でも流行っていたガウチョパンツのようなものを履いて、ブーツにインする。


 ついでにフード付きのポンチョみたいなものを被って、防寒対策も欠かさない。

 このポンチョは腰まであるので、ある程度の武装を隠してくれるのもありがたい。


 ただし、マフラーとか手袋は良い所の坊ちゃん嬢ちゃんしか持っていないらしく、こっちはNGとか地味に痛い。

 末端冷え性なんだが、どうしてくれるのか?


 それはともかく。


 少し話が逸れたが、この魔法適正の段階で参加者が絞られる。

 大体、3分の1がここで脱落するというのが例年通りらしい。


 正規騎士達は元々魔法が使えるから別として、一般の参加者達はそもそも魔法適正が無い連中もいる。


 更には、時たまに『闇』属性が出て来たりするのだが、それに関してはオレに連絡が来るようになっている。

 ボミット病対策の一環と、念の為、申し訳無いとは思いつつも治験を打診する為だ。

 出来れば、いない事を願うのだがな。


 ちなみに、『闇』属性であっても、適正で落とされると言う事は無いらしい。


「……中に入ってからの、風聞と戦えって言ってるようなもんだな」

「(……何か?)」

「いや、なんでもない」


 オレのふとした独り言に、当り前のように後ろに付き従っている間宮が首をかしげていたが、こっちの話。

 それ、針の筵なんじゃねぇの?とか思ったけど、言わないでおいた。

 まぁ、適正はあるだけありがたいと思わなきゃ。


 オレがそう思いたいだけだけどね。


「(銀次様、合図です)」

「ああ、見えた」


 式典の舞台となった場所で、この時間になって旗が掲げられる。

 扮装して参加者に紛れ込んでいるオレへの合図である。


 ある程度参加者が絞られてからの二つ目の関門、魔法能力の発現。

 実はここが一番の難関とされており、適正はあっても発現まで至らないケースが多いとか。


 ここで更に、参加者が当初の約半数にまで絞られると言うのだから、やはり魔法発現に関して手こずったオレは異常でも何でもなかったようだ。

 まぁ、規格外だと言うのは、自他共に認めているがな。


「…じゃあ、頑張るとしますか」


 さてさて、オレもこれからが試験本番である。

 今まで、のほほんと眺めていた参加者達の中を進む。


 滅多にしない緊張のせいか、若干手足が震えている気がする。


「(大丈夫ですか?)」


 くいくいと、ポンチョの裾を引かれ、間宮にまで心配されてしまった。

 いやはや、弟子にまで悟られるとは情けないものだ。


 でもまぁ、


「…なんとか、やれるだけやってみるよ」


 大丈夫と言えないのが、本当のところ。

 やれるだけの事はやったつもりだが、昨夜の暴走がどうしてもネックになってしまい、なかなか踏ん切りがつかない。


 それでも、足は着実に進んでしまっている。


 参加者に紛れて、天幕のように仕切られた仮設テントへ入る。

 ここで、一旦間宮とは別れた。


 ただし、オレは個別診断。

 なので、その足で仮設テントを裏から抜けて、更に奥に設置された特設の天幕へと促された。

 ポンチョのフードを下して、顔パス一直線である。


 若干気分が良かったのは、秘密にしておくべきだろうか。


「お待ちしておりましたわ」


 そこに待機していたのは、先程の式典振りとなる魔術師部隊総帥のリリアンさん。

 オレの為だけに、特設天幕で特別に待機してくれているのだ。


 彼女も彼女で忙しいだろうに、本気で申し訳ない。


 見届け人として、ゲイルも天幕の中に控えており、眼が合うと目礼をされた。

 今回は、激励のつもりなんだろう。

 だが、存外心強いものだ。


 特設の天幕の中には、以前お世話になった『測定魔導具』と『加護の水晶プロテクション・クリスタル』。

 ついでに、何の用途があるのか不明ながら、地面には魔法陣が掘り込まれていた。


「今回は、暴走の可能性を考慮して『結界の魔法陣』を張らせていただきましたの。これで、多少ならば暴走しても周りへの被害を最低限に抑えられます」

「…なにからなにまで、申し訳ない」


 オレの目線に気付いて、先んじて補足説明をしてくれたリリアンさん。


 暴走対策もバッチリですってよ。

 おかげで、若干緊張が和らいだ気がするのは気のせいじゃないと思う。


 我ながら現金なものである。


「では、まず適性を見させていただきます。次に、魔力の測定と、発現の順番で行います。お覚悟を?」

「了承した」


 はてさて、どうなる事やら。


 オレの騎士採用試験、及び昇格試験。

 若干、不安の拭えない中途半端の状況ながら、まだ試験は第二関門で始まったばかりである。


「ところで、」

「うん?」


 しかし、そこでふとリリアンさんが話題を変えた。

 何だろう?

 オレ、何かおかしいところがあっただろうか?


「先程の赤髪の少年、いずれ紹介していただけます?」

『ぶはっ!!』


 違った。

 彼女が気になったのは、オレじゃなくて間宮だったようだ。


 おかげで、オレとゲイルが揃って吹き出してしまう。


 おいおい、リリアンさん。

 アンタ、意外とショタっ気があんですかねぇ?


「…一応、節度と人目を気にしていただけるのであれば、」

「も、もももも勿論ですわ。べ、別にや、やややややましい事もありませんから…!」


 やましい事は無いのね。

 でも、やらしい事はあるんじゃないと勘繰ってしまうのは、下世話だろうか。


 真っ赤になったリリアンさんに、一応釘は刺しておく。

 頼むから、ウチのちょっとだけネジのぶっ飛んだ青少年を、良からぬ道に染めてくれるなよ。


 なんにせよ、おかげで緊張が綺麗さっぱり吹っ飛んでくれた。

 僥倖僥倖。


 ただし、その他諸々の集中力やら何やらもぶっ飛んでくれたけど。

 締まらねぇでやんの。



***



「ごほん。では、始めますわ」


 咳払いで、先程の微妙な空気を振り払ったリリアンさん。


 こっちは、緊張感どころか、集中もぶっ飛んだんだが、どうしてくれるのか。


 後で、一応間宮には聞いてみるけどな?

 「熟女なんかどうですか?」って。


 閑話休題。


 今回の騎士採用試験、及び騎士昇格試験。

 試験内容は、以下の4つ。


 1.魔法適正の判断。

 2.魔法能力の発現。

 3.基礎体力の測定。

 4.筆記試験(簡単な算術らしい)。

 

 上の4つのうち、1と2だけの項目は個別に試験を受ける事になっている。

 何故か?

 オレが、この世界じゃ受け入れられない「闇」属性だからに決まってんだろ。


 しかも、オレの肩書きが面倒くさいことに『予言の騎士』だから、それこそ発覚したらパニックになる。

 この世界では、『闇』属性は一部の口さがない連中のせいで、『魔族魔法』とか呼ばれて、禁忌として扱われているからな。


 もう、酒の肴にされるような下世話な噂はご免である。


 さて、そんな個別試験となったのを聞かされたのは、実は朝の段階からである。



***



 遡ること、約1時間前。

 盛大な遅刻をしてしまった挙句に、ウィンチェスター親子の知られざる確執のようなものを目の当たりにしてからの事。

 実は、親子間の仲が良好では無かったとは、友人のオレでも知らなかったよ。


 ちょっとした問題もありつつ、後回しにしていた朝食をいただいた。


 簡単なものとか言いながら、フランス料理のフルコース並の料理が出されて、早数十分。

 食事も終えて、ゆったりとしたいのは山々ではあるが、残念ながらオレにはこれからメインイベントが待っている。


「えっ?つまり、オレは今回の試験に参加しなくて良いって事でしょうか?」


 と思ったら、あら不思議。

 最初は、しばらく王城で待機と言う事になったのである。


 一体どういう事?


 ちんぷんかんぷんとなったオレ。


「それについて、まずは私から説明をさせていただきますわ」


 そこで唐突に立ちあがったのは、リリアンさんだった。

 オレの試験管になる事も確定しているだろう、魔術師部隊の総帥。

 まさか、女性だとは思わなかったけど。


「今回の騎士昇格試験、及び採用試験の内容は、魔法適正と魔法能力の発現、基礎体力試験、筆記試験となっております。

 しかしながら、ギンジ様は、存在自体の特性上、魔法の属性判断と行使は、別に行わせていただくことになっておりますの」

「…お心遣い、感謝いたします」


 という、彼女の説明で、ようやくオレも合点が行った。


 いや、割と本気でありがとうございます。

 国王へと、深々と頭を下げておく。


 リリアンさんからの言葉の意味を噛み砕くと、オレと言う存在自体が騒ぎになるから別にするって言っている。

 あくまで、『予言の騎士』としての特例だ。


 つまり、オレの『闇』属性の件を、国王はリリアンさんにも伝えていないらしい。


 『属性と行使』だけは個別に行う。

 その他の簡単な筆記試験と基礎体力の測定は通常通り、一般の参加者に混ざる事になるんだろう。


 一応、その件は、街の人間に扮装するって事で、了解している。

 騎士団の方で、扮装用の衣装一式も準備されているようなので、然したる問題は出ないと思われる。


 我が儘言った挙句に、遅刻してすんません。

 いや、本気と書いてマジで。


「…特例中の特例ですな。…何か、『属性』や『行使』に問題でも?」

「いえ、大した事では…。最たる理由は、まだ覚え立てで、昨夜も暴走させたばかりという事で、」

「…それにしては、随分と前から決まっていたようですな?」

「実は習得したのも、最近でして、」


 ああ、もううざったい!

 異例とか特例とはいえ、国王の方針だってのに、いちいち噛み付いてくるな!


 誰がって?

 ゲイルの親父さんだよ。


 一応、敬語は敬称は使ってくれるみたいだけど、オレに対しても当たりが強い。

 これは何か、相当な理由が隠されていると疑って掛かってるんだろう。


 こういう場合は、眼の前で見せて立証した方が手っ取り早いけど、立証出来ない状況がまた歯痒い。

 だってオレの属性が『闇』属性だから、おいそれと人前で見せられるものじゃないし。


 唯一、今後知らせる予定になっているのが、眼の前で無言で立ち尽くしているリリアンさん。

 彼女は、魔術に関しては偏見も差別もしない、良識人らしい。

 今回のオレの騎士昇格試験の為だけに、抜擢されたと言う話だ。


 ああ、そういやゴメンなさい、リリアンさん。

 ゲイルの親父さんから不毛な舌戦を吹っ掛けられたせいで、話をぶっちぎってしまって。


 所在無さげに立ち尽くしていたリリアンさんは、オレの視線と目礼を受けて大仰に咳払いを一つ。


 おかげで、隣に座っていた公爵閣下もお黙りいただけたようだ。

 やっと、自分も彼女の説明を邪魔していることに気付いたのか。

 最初から静かにしてろ。


「属性に関しては、一つからでも可能ですし、騎士採用には属性をこだわらないというのが、国王陛下の方針ですのでご安心を。

 ただし、魔法の行使に関しては採点制となっております。魔力総量も合わせて計測させていただきますので、あらかじめご了承くださいまし?」

「……はい」


 なんか、口調が嫌に棘々しくなった。


 ああ、これはちょっとリリアンさんにも伝わってる可能性が高いな。

 何が?

 オレのカンスト魔力の件だよ。


 ただ、救いになっているのは、オレが今回寝過した要因だろうか。

 魔力枯渇起こして、気絶したらしいから。


 馬車の中で言い訳考えている合間に、ゲイルにオレがいつの間にか気絶してた理由を聞いたらそう返って来た。

 嘘は吐いている様子も無かったから、おそらくその通りだろう。


 曰く、精霊の対話も然ることながら、具現化も相当魔力を消費していたらしい。

 知らないままに、百聞は一見に如かずとやらで精霊の具現化まで行っていたのは、実は相当阿呆な量の魔力を消費するようで。

 オリビアにも吸収させていたし、その前にはエマに生命力を分ける為に使っていた。


 そりゃ、ぶっ倒れるわな。

 そして、そのおかげで、まだ少々頭が重い。

 まだ、魔力は回復し切っていないようなので、間違ってもカンスト魔力は出ないだろう。


 苦笑を零しつつ、食後の紅茶を一口。

 うん、残念。

 蒸らしが足りなかったのか、深みが無いよ。


 間宮の方が、紅茶の淹れ方がうまいと改めて分かった。

 本気で、アイツ何になりたいんだろう?


 っと、うん?


「………。」


 ふと、真上を視線だけで、見てみる。


 ………おやまぁ。


「(どうした、ギンジ?)」

「(………うん。ちょっと気になった事があっただけ、)」


 背後に控えていたゲイルだけが、オレの様子に気付いて小声で問いかけてきた。

 ……背中しか見えない筈なのに、良く気が付いたもんだな。


 あ、気配が若干、上に向いてた?

 おっと、これは失敬。

 まだちょっと本調子じゃないみたい。


「…何か、気になることでも?」

「いえ、大した事では、」


 それを、またまたうざったい事に拾ってくれちゃった公爵閣下。

 もういい加減にしてくれないだろうか。


 仕方ないから先に、種明かしをしておいた方が良いだろう。


「こら、間宮。付いてきて良いとは言って無いぞ?」

「(しゅぱっ)」


 上に呼び掛ける。

 その瞬間、オレの背後に降り立ったのは、校舎に残して来た筈の間宮だった。


 ゲイルも驚いている様子で、周りは言わずもがな。

 会話を無遠慮に拾ってしまったウィンチェスター公爵閣下は、さぞ驚いた事だろう。


 更に言えば、オレも驚いた。

 このダイニングらしき一室の天井、結構高かったんだけど?


「また、お前はそんなところから…。…何か問題でもあったのか?」

「(大した事ではありません。銀次様を見守っていただけです)」


 飛び降りたせいで乱れた赤髪を少しだけ整えながら、間宮はにっこりと笑っている。

 その場で国王陛下へと一礼をした後、当り前のようにゲイルの横に並んだ。


 別に見守って貰うような、身分でも無かった筈だが?


「(これも弟子の務めです)」


 だから、なんでもかんでも弟子の務めで括るんじゃない。

 オレだって、修行時代にそんな事言った試しが無いわ。


「…失礼。話を続けてくださいますか?」

「えっ?あ、いえ…」


 またしても話を途中でぶっちぎってしまって申し訳無い。

 間宮の登場で、呆然としてしまっているリリアンさんに、続きを促しておく。


 あ、一応、説明しておくと、ウチの特別学校の生徒兼、オレの弟子ですので不審者ではありません。

 悪しからず。


「…可愛らしい、生徒様ですのね」


 なんか、別の意味で気になってはいるようだけど。


 それはともかく、


「概ね、説明は以上ですわ。先ほど申し上げた通り、魔法の属性と行使を別に行う以外は、試験内容に変わりはありません。ウィンチェスター卿から伝達されているでしょうから、それ以上の説明はいりませんわね?」


 咳払いを一つ落として、説明を締め括ってくださったリリアンさん。

 改めて、説明をいただきまして、ありがとうございます。


 さて、まったりし過ぎて、試験開始時刻まで後20分足らずとなった。


 オレもとっとと扮装して、試験に臨ませていただきましょうか。

 もう、当り前のようにくっついて来ちゃった間宮は放置しておくしかない。


 ついでに、後ろ背に感じている、若干剣呑なウィンチェスター公爵閣下からの視線も無視しておく。

 何事も無い事を祈るばかりである。


 しかし、その後扮装の為に借りた一室にメイドが乱入して来たのは、オレの中で事件だと思っている。


 なぁ、国王様よ。

 その流れで、礼服着せられて、式典にまで引っ張り出されたのは地味に恨むよ。



***



 これが、オレが試験を個別に受ける事を知った状況と、間宮が何故か付き従っていた理由である。

 こういう顛末だった訳。


 勝手に付いてきてくれちゃった間宮は、後で説教。

 と、言いたいが、今回は心配になって様子を確認しに来てくれただけらしいので、そこんところはありがたいと思っておく。

 なんにせよ、アイツにも何かお礼をしてやらないと。


「さて、では始めましょうか。時間は、有限ですわ」

「ごもっとも」


 そんな回想をしている間にも、準備は整った。

 まずは、魔法適正。


 以前も使わせて貰った、眼の前に鎮座している『加護の水晶プロテクション・クリスタル』に触れるだけ。


 これは、相変わらず、光を発した後には、中身が真っ黒に染まる。

 まるで、球体の水の中に墨をぶちまけたような有様となったのを見て、リリアンさんが息を呑む。


「これは……ッ!…どうりで、個別に診断するとお達しがあった訳ですわね」

「…驚かせたようで、」


 リリアンさんも、この状況を見て大体の予想は付いたらしい。

 オレが『闇』属性で、更に上位の精霊持ちともなれば、この世界では立派な異端。

 魔族認定されても可笑しくはない。


「で、では次に、魔力測定を…」

「はいはい、どーん」

「お前、軽すぎやしないか?」


 えっ?場を和ませようと思って。

 リリアンさんも予期せぬ事態に、色々とパニクっちゃってるみたいだからさ。


 そして、オレが次に触れたのは、これまた以前にも大変(・・)お世話になった『測定魔導具』。

 大変を強調したのは、カンスト叩き出してくれた腹いせである。


 今回は魔力枯渇を起こしてからの参加になってるので、間違っても魔力総量がカンストする事はないだろう。


 しかし、


「ぶはっ!」

「……まさか、こんな…!……故障かしら?」


 ………おいおい。

 オレの願いは虚しく、数値は『9999』を表示した。


「なんでだよぉ…!」

「ご愁傷さまだな…。もしかしたら、お前は元々の魔力総量が多くて、魔力への適性が強過ぎるのかもしれん。その分、魔力の回復も早いのだろう」

「そんなのアリ?」

「……過去に例は無いが、アリだ」

「話には聞いておりましたけど、まさか…本当だったとは、」


 成す術も無く崩れ落ちるオレ。

 頭を抱えてしゃがみ込んだオレに、ゲイルが腹立たしい程の笑顔で見解を述べる。

 お前のそれは皮肉か?皮肉なのか…!?


 リリアンさんには、再三驚かせたようで申し訳無い。


 しかも、魔力枯渇起こしてるから、また魔力総量がまた上がったんじゃねぇ?

 しばらく、気を付けてたのにぃ…。

 おのれ、アグラヴェイン。


ーーーーー我のせいに、するでない。


 あ、ごめんなさい。


 恨み事呟いたら、精神世界からまさかの返答が返ってきてしまった。

 まさかとは思うけど、内心が筒抜けとか…?


 やめてよ、プライバシーの侵害は。


「……色々と言いたいことはありますが、気を取り直して、最後の試験に参りましょうか」


 あ、すっかり忘れてた。

 これから、魔法の発現しなきゃいけないんだった。


「…何を呆けていらっしゃるのです?」

「忘れてました」

「…時間にルーズという事と、集中力に欠けている事が分かりました」


 緊張感が無くて、すみません。

 どうやら、第一印象からして良くなかったようで、彼女の皮肉交じりの刺々しい言葉が胸に刺さる。


 うう、良いもん。

 校舎に戻ったら、癒しの女神達(生徒達と幼女)が待ってるもん。


 閑話休題。


「…んじゃ、頑張りますか…」


 気を取り直して、集中開始。

 習得したのが、昨夜とか数時間前とか考えないで、とりあえず魔法を発現する為の魔力を練る。


 対話は無条件で出来るようになったらしいので、ちょいちょいとアグラヴェインへと問いかけた。


「(発現したいんだけど、ちょっと手を貸してくれるか?)」


 しかし、返答はすげなく、


ーーーーー……少しは、己で発現する意思を見せぬか。


 ごめんなさい。

 頼り過ぎ?

 いや、でもオレ、まだ暴走以外で発現したこと無い筈なんだけど。


「(ヒントだけでも頼むよ)」


ーーーーー本に甘えたな主よな。


 呆れ交じりの声に、思わず苦笑。


「……対話をしているのですか?」

「おそらくは。…どうやら、ギンジを加護している精霊は、少し特殊で癖が強いらしい」

「…そんな話、聞いたことありませんわ」


 対話している間は、突っ立ってるだけ。

 どうやら、魔力を練っているのは分かっても、何をしているのかはリリアンさんも分かっていなかったらしい。


 ただ、もうちょっと声を抑えてくれる?

 集中力が切れそうだから。


ーーーーー散漫なのは、今に始まったことではあるまいに。


「(…嫌味を言う前に、ヒントを頼む)」


ーーーーー……はぁ。仕方あるまい。


 めちゃくちゃ、呆れたような溜息が聞こえた。

 こっちも溜息吐きたいもんだが、臍を曲げられても困る。


 大人しく無言で、彼からのヒントを待つ。


ーーーーー我は、何の騎士だ?


「(…えっ?…何って、『断罪』の騎士なんだろ?)」


ーーーーーその通りよ。…では、その『断罪』とは何か?


「(うーんと?……額面通りに捉えるなら、罪を裁くことだよな?罪を裁いて、悔い改めさせるだったか?)」


ーーーーーそれも正解。そして、我は、主の闇を糧とする。


「(ああ、うん。昨夜もそうだったもんな。…じゃあ、オレも悔い改めたって事になる?)」


ーーーーー然様。


 なかなか、スムーズな対話になっている。

 一昨日までなら、考えられなかったものだな。


 話が逸れた。


「(そこまでは、分かった。でも、それが魔法の発現に、どう影響すんの?)」


 そうして、次の段階に移行して貰おうとした、そんな時。


ーーーーーそこまで、分かれば十分であろう?


「(うえっ!?ま、まさか、それだけ!?)」


ーーーーーあまり、甘えるで無いわ。そんな甘えたな主を、主と選んだ覚えは我には無い。


 そこで、ぶっつりと対話が途切れた。

 一方的に切られた電話の受話器を見つめる気分。


 音がするなら、通話終了音が鳴り響いてるだろう。


 なんだろう。

 何故か、空しい気分になった。


 協力してくれる筈が、まさかの放置プレイ!?

 ここまで来たのは、一体何の為だったのか。


「………『断罪』って何?」


 結局、そこでオレの思考はストップしてしまっている。


「はっ?」

「え?」


 呟いてしまった言葉に、反応したらしいゲイルとリリアンさんは眼を点にしていた。


 それもそのはず。

 魔法の発現を待っていた筈なのに、突っ立っていた相手から魔法の発現でなく、言葉の発言が出たのだから。

 上手い事言えたとか、思わなくもない。


 とはいえ、問題は意味がさっぱりな事。


「…『例の』精霊から、振られたのか?」

「人聞きの悪い。…ヒントくれただけで、沈黙されただけだ…」

「……くくくっ。つくづく、手こずっているようだな」


 オレの言い分に、笑いを堪えたゲイル。

 隣にいるリリアンさんが、若干驚いた顔をしながらオレとゲイルを交互に見ている。


 ああ、そういや、コイツ仕事中は仏頂面だもんな。

 リラックスしている今の状況が、珍しすぎるのだろう。


 それはともかく。


 オレが精霊に振られたと言うのも、ある意味事実である。


 そこまで、甘えている覚えがないのだが、『断罪』の騎士様はスパルタのようです。

 さて、現実逃避はこれぐらいにしておこう。


「…謎掛けされたよ。…『断罪』とは何かってね?」

「額面通りに捉えれば良いのでは無いのか?」

「……だとしても、それを魔法で表すとなると?」

「………。」


 あ、ゲイルもだんまりである。

 言わずもがな、当初の段階からリリアンさんも黙り込んでいる。


 うへぇ。

 魔法の発現って、頭を悩ます類のものなのかしら?

 詠唱を行って無理やりって手も無いかもしれないけど、オレの場合は『闇』魔法。


 そもそも、現状で使われている魔法じゃない分、ほとんど文献が残っていない。

 そのせいで、詠唱もほとんど載って無い。

 どうせぇと?


「…オレは、正直処刑道具しか浮かばないんだが、」

「それもそれでどうかと思うが、…それで良いんじゃないのか?」

「…そうなのかなぁ?…とすると、オレの場合は、魔法がほとんどすべて攻撃特化になるんだが、」


 処刑道具をいちいち呼び出して、攻撃するの?

 なんで?


 というか、途中の会話事態も意味不明なんだが。


 『断罪』が額面通りなら、オレは一度裁かれている。

 悔い改める為に、一度アグラヴェインの武器を体に受けた。


 生憎と、まだ良く分かっていないながらも、一応は必要な儀式と言うか作業のようなものだったらしいのだが、それを今度はオレがどうやって、魔法に還元すると言うのだろうか。

 そこまでのプロセスがさっぱりだ。


「…手こずっているというのは、本当だったのですね」

「…なんか、すみません。一応、発現はしたんだが、暴走した結果だっただけであって、」


 そこで、静かにオレ達のやり取りを見守っていたリリアンさんも参加してくれた。

 この時点で一発アウトになっても可笑しくない状況ながら、意外と寛大ではあるようだ。


「魔法を発現するには、何が必要かはご存じ?」

「ああ。詠唱、魔力、イメージだったよな。…でも、オレは最初から二つも破綻しているんだが、」


 簡潔に言ったは良いが、『闇』属性であるオレは、詠唱とイメージの二つが最初から無い状態。


 詠唱の件は、先に言った通り、他の属性のように文献に残っていないから。

 イメージについても、同じく文献に残っていないばかりか、本来イメージが難しい『闇』魔法だ。


 思う通りに、何かをイメージしてもそれを解き放つにはどうしたら良いものか。


「…『断罪』と言うのは、何を成して『断罪』でしょうか?」

「多分ではあるが、負の感情を消して、それを魔力に還元するという仕組みを持っているらしい。…オレも、昨日初めて対話が成功したばかりだから、ちょっと自信が無いんだが、」

「……負の感情。…しかも、それを『断罪』としてですか…。すみません。私も、少し意味を理解しかねます…」


 ですよねぇ。


 おいコラ、アグラヴェイン。

 一応は、この国で一番の魔法の理解者も、首を傾げる事態になっているのだが、一体どうしてくれるのか。


 ああ、もう魔力枯渇覚悟で、呼び出しちゃった方が早いんじゃないだろうか。

 精霊の具現化は魔力を食うって、事前に教えられてはいても、現状魔力は有り余っている訳だし。


 カンスト魔力、なめんな。


 しかし、ふとそこで、同じように頭を悩ませていたゲイルが、唐突に口を開いた。


「……その『断罪』とやらは、何をしたんだ?」

「うん?」

「…いや、精神世界で対話をしていたのだろう?その時、精霊と何をしていたんだ?」


 何を?って、言われると、喧嘩してたとしか言いようがない。

 いきなり、丸腰の状態で切り掛かられて、最終的には精神世界なりの武器調達方法で相討ちとなったのだが。


「…意味よりも、方法がヒントなのかもしれん。『断罪』という名を掲げるとしても、オレ達が考える意味と精霊の考える意味が、違うかもしれないと思ってな、」


 ああ、そういう発想は無かった。

 普通に対話も意思疎通も出来てるけど、相手は精霊。

 だから、人間と感性が違う。


 『断罪』と一つの意味を取っても、それが一致しない可能性はある訳か。


 なまじ、人間と酷似した騎士の姿をしているから、余計に違和感を感じなかった。

 先入観って、怖い。


「…うーん、と何をしたかと言われれば、一騎討ちをしたとしか良いようが無いんだが?」

「一騎討ち?」

「丸腰でな。…向こうが、斬り掛かってくるから、常に逃げ回ってた感じ。最後の方で、精神世界にいる事を思い出して、武器を調達したんだが、」


 ふと、そこで、ゲイルともども一時停止。

 顔を見合せて、ほぼ同時に首を傾げ合うという構図。


 何故か、リリアンさんが噴き出した。

 (※後から聞いたら、オレ達がデカイ癖に小動物に見えたとか何とか…。そんな彼女は、無類の小動物好きだとか言う…)


「………それじゃないのか?」

「……それかもね」


 処刑道具で、ある意味間違ってはいなかった訳だ。


 武器は元々、攻撃手法の一つ。

 身を守る自衛手段としても持たれるが、それもほんの一部である。


 本質は、相手を傷付ける事、殺す事をメインに作られる。


 それが、処刑道具にも反映されているのは、言わずもがな。

 殺す為の道具ならば、ある意味なんでも良い。


 例えば、刀。

 これは、大昔の日本で使われていたメインの武器ではあるが、それこそ処刑や自決、所謂切腹という時に使われていた。

 更に言えば、介錯かいしゃくと言って、首を落とす為にも使われたのが刀だ。


 他にも、処刑道具になった色々なものも、元は原型が全く違うとは言え武器を規範にしている。

 『鋼鉄の処女アイアンメイデン』は、針を無数に備えているし、首切り台(ギロチン)は首切り斧の代わりに考案されたもの。


 そんな前置きは、ともかく。


「…とりあえず、武器をずらっと並べりゃ良いか?」

「程々にしておけよ?お前の持つ武器の一部は、この世界では異端でもある…」


 恨み事を言われてしまった。

 おそらく、ゲイルの言っている異端な武器は間違いなく『マークⅡ手榴弾(パイナップル)』だろうけど。

 安心しろ。

 あれは、生徒達に没収されたままだから。


「さて、始めますか…」


 魔力も十分だし、イメージもそれなりに持った。


 後は、その魔力が暴走しないことを祈るばかり。

 対内で魔力を竜巻のようなイメージで、練り込む。


 天幕の中の温度が、少しだけ下がった気がする。

 これも、『闇』魔法の特性の一つらしい。


「今回ばかりは、採点制は少し見送りますわ。発現だけでも成功させてくださいまし」

「了解」


 『闇』の魔法を見るのは、これが初めてというリリアンさん。

 採点のしようが無いとの事で、彼女は結界の魔法陣を起動して待機に回ってくれた。


 ゲイルは、少しだけ考え込んでいるらしい。

 あ、これはまた何か隠し事がありそうな予感がする。


 今に始まった事じゃねぇから、今は放置だ。


「まずは、……やっぱオレは、コイツかねぇ」


 イメージは、ナイフ。


 物体を切除する為に用いられる武器の一種。

 基本的には刃と握りで構成された、比較的小型なものが多い。


 オレがイメージしたのは、サバイバルナイフ。

 相棒の一つでもある。


 ナイフは人間の使う最も基本的な道具の一つ。

 人類は、道具を使い始めた頃から石器のナイフを使用していた。


 現代でも野外で活動する際に重要な道具であり、動植物を解体したり、藪を切り開いたり、自然物を加工して道具を作ったりと用途に事欠かない。

 そして護身具として外敵との戦闘にも使われる戦闘用に特化したナイフも作られ、古代から現代まで使用され続けている。


 その中で、サバイバルナイフは、最先端とも言える。

 ファイティングナイフやコンバットナイフも然ることながら、サバイバルナイフはこれ一つで生存を計る目的で設計された大型のシースナイフ。

 サバイバルで生存に必要と考えられる様々な工夫が凝らされて、状況によって装備は異なるものの、釣り針や釣り糸と言った食糧調達の為の装備だったり、最近では方位磁石が組み込まれていたり、万能性を追求したナイフと言っても過言では無い。


 ちなみに、オレの相棒は柄の部分(コンテナと呼ぶ)が空洞になっていて、そこにワイヤーソウが仕込まれている。

 ナイフの切れ味が落ちても、ワイヤーソウで敵の首を落とした事も出来る。

 (※ちなみに、ワイヤーソウの本来の使用目的は、避難場所シェルターを作る為に、木や枝を切る為のもの。オレの場合は、もう本気でイレギュラーとしか言えない)


 刃背に鋸刃セレーションを持つのも大きな特徴で、これでナイフの種類を判断している人間も多いかもしれない。

 ナイフ一つで何役もこなすのが、サバイバルナイフだった。


 長々と前置きをしたが、魔法の発現の為に必要なイメージをより正確にする為の説明である。

 

 手に集中して集める魔力。

 しかし、やはり暴走気味なのか、相変わらずイメージの前に魔力がまとまってくれない。

 体から立ち上っている闇。


 手の周りに集めようとしても、ちょっとやそっとじゃ動いてくれない。


 だが、魔力をまとめる為に集中すると、今度はイメージが疎かになるから、どっちも集中して行わないといけない。

 いつか、紀乃に言って実践させていた同時進行がここまで厄介とは思ってもみなかった。

 帰ったら紀乃には、少し優しくしてあげよう、そうしよう。


 そうこう言っているうちに、天幕の骨組みがぎしぎしと鳴り始めている。

 ああ、これはちょっと魔力が暴走し過ぎている。


 リビングの惨状を思い出し、背筋に冷や汗が流れる。

 ここでまた、暴走させでもしたら、折角隠している属性がバレる。


「……ッ!こ、コラ、ギンジ…!どれだけ大型の武器を具現化するつもりだ!」

「…そ、そうは言っても、魔力がまとまってくれなくて…!」

「集中して、抑え込め!魔力もイメージも崩さずにだぞ…!」

「無茶を言ってくれる…!」


 本気で、無茶を言ってくれるね、お前。

 いや、一回魔法を使うだけで、ここまで暴走させているオレが悪いのかもしれないけど。


「なんでも良いですから、早く魔力を纏めてくださいまし!私の結界の魔法陣がもたないなんて…!」


 リリアンさんからのやや投げやりな言葉も聞こえるが、オレにとってはこの魔力を抑え込むので精いっぱいである。

 これ以上、どうせぇと?


 ちょっと、ちょっと助けてよアグラヴェイン!

 流石にこれは、オレも予想外すぎるわ!


ーーーーー本に、精霊使いの荒い主よな。


 若干、涙目でヘルプを送れば、呆れ交じりに返ってきた返答。

 精霊使いでも人使いでも荒いのは分かってるから、とにかくこの魔力を抑え込む補助だけでもしてください。

 マジで、本気でお願いします。


ーーーーーそのままの出力に見合った大きさの武器として具現化せよ。調節が出来ないのであれば、次からはナイフなどと言う小物では無く、大型の武器を具現化した方が無難と言えよう。


「(ご忠告、どうも!)」


 最初は小さなものからコツコツと、とか考えてたのが、駄目だったらしい。

 なんて規格外。

 オレだって最初は、ナイフの使い方からコツコツ習い始めたってのに、魔力の調整が出来ない内は大型の武器しか作れないとか。


 それはともかく、そろそろ本気で魔力を抑え込まないと不味い。


 天幕の中が、まるで嵐のような惨状となりつつある。

 天幕も一部の骨組みが折れたのか、片側が崩れ落ちそうになってしまっていた。


 アグラヴェインの助言通り、魔力はそのままにアグラヴェインが使っていたような大刀へとイメージをチェンジ。

 先ほどまで長々と前置きで、イメージしていたナイフは一体何だったのか。


 無駄か?無駄だったのか?

 オレの脳内ウィ○ペディアは、無駄だったのか。

 畜生め。


 代わりに大刀をイメージした途端、手元に集まっていた闇が段々と形が整っていく。

 柄が形成され、次々と鍔、刃、切っ先まで。

 緩やかに、しかし確実に武器が形成されて行き、何かの合図かのように闇が払拭された。


 それと同時、


「っらあ…!!」


 気鋭一声。

 その場で、刃を振り払った。


 残り滓のような魔力の塊であった闇が、一瞬で消え去っていく。

 どうやら、アグラヴェインの助言は、大正解だったようだ。


 しかし、気鋭とは裏腹に、ずしりと右腕に掛かる強大な負荷。


 取り落とすまではいかないものの、右腕一本で支えるには重量を伴った大刀。

 何も無かった筈の空間から顕現したそれ。


 一応、右腕だけは鍛えていたから、腕力には自信があったというのに、明らかに重量オーバーのようだ。

 持ちあげているのも億劫になって、若干投げやりな気分で地面へと乱暴に叩きつけた。


「本当に、お前という奴は…」

「…普通という言葉を、ご存じないのでしょうか?」


 ゲイルからもリリアンさんからも、多大な呆れた目線をいただいてグサリと来る。


 いや、待って?

 ここまでのものを具現化するつもりじゃなかったの。

 ナイフみたいな小型のものを出したかったのに、コントロール出来なくてこの大きさになっちゃったの。


ーーーーー修行不足よな、主。精進せよ。


「(テメェがスパルタなのも悪い。こんな具現化が難しいなら、最初から言っておけよ!)」


ーーーーー魔力の調節も出来ない主が、甘えるで無いわ。


「…うぐっ…!」


 ………ごもっとも。

 本当のこと言われて、言い返せない。


 ううっ。

 なんで、オレこんな規格外の魔力馬鹿になっちゃってる訳?

 オレ、本当に人間なんだよねぇ?

 これで、いつの間にか色々な意味で人間を辞めてましたとかになったら、泣いちゃうんだけど。


 いや、今も若干涙目になってるけどね。


「……はぁ。冷や冷やしたぞ」

「オレだって、背中が冷たいもん…!」


 主に、冷や汗である。


 ゲイルの大仰な溜息を聞いて、オレの涙線が崩壊寸前となった。

 しかも、ゲイルはいつの間にか、いつか見た『聖』属性の『シールド』を張ってくれていやがって、もう心が折れそう。


 友人って何?


「……発現は確認しましたので、合格でよろしいでしょう。ただし、次からはもう少し魔力の調整を学んでからにしてくださいませ」

「…了解しました」


 最終的に、リリアンさんからの多大な刺が含まれた一言によって、オレの涙線は完全に崩壊した。


 手で目頭を覆ったとはいえ、泣き出したことでぎょっとしたゲイルと、更に呆れた様子のリリアンさん。


 うええぇええええええん。

 オレだって、ここまで魔法の発現が難しいなんて思って無かったもん。


 久しぶりに、ガチ泣きした気分である。

 しかも、人前でとかマジで情けないです。

 ぐすん。


「(ハンカチをどうぞ…)」

「ううっ…ごめん、間宮………って、何でお前、ここにいるの?」


 そして、いつの間にか間宮が背後に控えていた。

 再三の驚きである。


 この子、今日はオレをどれだけ驚かせるつもりだろうか。


「(…これも弟子の務めです)」

「テメェ、師匠を驚かせて楽しんでんじゃねぇぞ。破門にすっぞ」

「∑ッ!?(ガビン)」


 若干、笑うのを堪えて言われた事もあって、カチンと来ちゃったオレは悪くないと思う。


「…本当に可愛らしい」


 そして、先ほどまでオレ相手に刺々しい応対をしていたリリアンさん。

 間宮の登場と共に、その表情は蕩け切っていた。


 それもそれでどうなん?


 間宮は、その視線をどう受け止めたのか分からないが、何故かオレの背中に隠れてしまった。

 いや、師匠を盾にするとか、お前本気で破門にされたいの?


 しかし、まぁ。

 何はともあれ。


「…はぁ。なんとか終わったな」

「ここまで、手こずるとも思っていなかったがな、」


 ゲイルの言うとおり、改めて見渡した天幕の状況はあまりよろしくない。

 椅子や机は軒並み倒され、『加護の水晶』は地面に落ちてしまっているし、『測定魔導具』も倒れてしまっている。


 壊れてないよね、それ。

 弁償は出来るけど、魔水晶って結構なお値段らしいから一括か分割かで考えちゃうけど?


 ついでに、どこか一目が無くて、安心して魔法の練習が出来る場所をどこか紹介して欲しい。

 魔法の発現の度に弁償を考えなくてはならないとは、勘弁してほしいものである。


 再三の溜息。

 一回、魔法を発現するだけで、このような大惨事になるとは眼も当てられない。

 しばらく、魔法の出力の調整をメインに修行するしか無さそうだ。


 しかし、何はともあれ、合格である。

 もう疲れてしまって、これ以上は何をする気にもなれないとはいえ、未だ第二関門。


 今日は、まだまだ長そうだ。



***

前回の話が、鬱展開まっしぐらだったので、今回はコミカルタッチでお送り致します。

アサシン・ティーチャーは朝シャン派とか、地味に無駄な情報も開示してみる。


目覚め一発目の、現状把握の段階でニヤニヤしながら書いていた作者は、色々と頭のネジがゆるんでいるのかもしれません。

しかも、何を間違ったのか、執筆時間が朝6時とかそろそろ夜型生活の改編が急務のような気もします。


なにはともあれ、新章スタートです。

途中のメインイベントばかり考えていたので、着地地点を考えていなかったとか典型的なミス。

ちょっと、ぐだぐだと書き過ぎてしまいました。


相変わらず、規格外のアサシン・ティーチャー。

書いている途中で、作者も涙目になりました。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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