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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、魔法習得編
61/179

50時間目 「特別科目~暴走教師のその後~」

2015年11月28日初投稿。


遅くなりましたが、続編を投稿致します。

ズルズルと続いていた魔法習得編も、これにて終了。


次回は、新章スタートです。

その間に閑話を挟みたいとか我がまま言っている作者を誰か叱ってください。


50話目です。

5が10話で、50話目です。

ご愛顧、ありがとうございます。

***



 時刻は、午前3時12分。

 暴走した魔力による問題発生から、裕に1時間以上が経過していたらしい。


 らしいと言うのは、誰も正確な時刻を覚えていなかったせいだ。

 こんな夜中に問題を起こして、本気で申し訳ない。


 ほとんど全員が、見るからに満身創痍な状況。

 オレはもちろん、魔力枯渇でへろへろの生徒達やゲイル、シャル、体を保つことすら危うくなっているオリビア。


 居た堪れない空気に、オレは後頭部をやや乱暴に掻きつつ頭を下げた。


「本当にご心配をお掛けしました」


 これで、何度目になるだろう。

 彼らに心配や迷惑を掛けてしまって、頭を下げるのは。


 泣き虫教師の次は、謝罪教師にでもなるのだろうか。


「もう良いって言ってんだろ?」

「そうそう、魔力なら休めば回復するし、」

「…先生が無事で良かったよ」


 女子組三人の優しさが心に沁みる。

 エマには小突かれたけど、痛みは無かった事がいっそ苦しい。


「はぁ。…本気で焦ったぜ」

「先生、死にかけたの何回目?」

「ちょっとは自覚してよ?」

「…次からペナルティでも付ける?」


 香神、浅沼、榊原、徳川とぐりぐりと傷口を抉ってくれるが、その顔には苦笑が浮いていた。

 徳川には少し怖い事を言われてしまったが、一体どんなペナルティを科せられるか分からないから出来れば止めて欲しい。


「…オレは役に立ってない」

「そんな事言わないで良いから、永曽根。啖呵、格好良かったからさ」

「キヒヒッ。先生が戻ってクレタだけデ、良しトしようヨ」

「(こくこく。ご無事で何よりです)」


 続いて床に寝転がったままの、永曽根から始まり、河南、紀乃、間宮。

 少しばかりぶすくれた永曽根は、魔力枯渇で死ぬ寸前まで頑張ってくれたらしい。

 そんな彼の格好良かったという啖呵をオレも聞いてみたかったものである。


 そして、やっぱり優しい生徒達の言葉が、心に沁みる。

 いっそ、殴ってくれた方がありがたいと思えたが、いつかのゲイルの気持ちが分かった気がする。


 オレの再三の謝罪の言葉に、それぞれ口々に不満や愚痴をこぼす生徒達。

 しかし、その中に本気で恨み事を呟いている奴がいないのは、本気でありがたい事だ。


 オレって恵まれてるな。

 つくづく、実感した。


「本当よねっ!」

「まったくだ」


 魔力枯渇でへろへろになっていたシャルとゲイルも、生徒達と同じく愚痴ってくれた。

 ゲイルには頭をぐりぐりとやや乱雑に撫でつけられ、シャルには爪先を踏みつけられた。


 しかし、お互い笑顔で愚痴を言い合えているのは、何にせよありがたかった。


「ごめんな、オリビア。今から、魔力たっぷり吸収させてやるから…」

『すみませんが、お願い致しますわ』


 そして、輪郭が朧げになるまで魔力を行使してくれたオリビアには、色んな意味でのご褒美を。

 その中に、性的な意味が含まれていない事は、明記しておく。

 そろそろ、オレのロリコン疑惑が表面化して問題になりそうだ。


「こんな夜中に、しかも巻き込んですまなかった」

「い、いいえっ!お気になさらず!」

「これが、我らの職務です!」

「ギンジ様が戻られて良かった…っ!」

「その通りです!ご無事でなによりです!」


 更に、オリビアを肩にひっ付けたまま、巻き込んでしまった護衛の騎士達にも頭を下げて回る。

 しかし、帰ってくるのはやはり、苦笑とオレの帰還をただただ喜ぶ言葉ばかりで、更に気を使わせてしまった。


 心苦しいながらも、素直に嬉しい。

 歳のせいか、感慨深くなってしまっているのもあるのかもしれない。


 また、少し泣きそうになってしまった。


 ところで、


「そういえば、対話は成立したの?」

「ああ、概ね問題無い。さっきも、エマに生命力を分ける時に助言もしてくれたしな…」


 未だにオレの爪先を踏みつけてくれている、幼女二人目のシャル。(ちなみに、騎士達に頭を下げている間も、わざわざ付いて回ってくれた。……おい?)

 そんな彼女からの質問に、オレは苦笑いで答えた。


 若干癖が強いらしい事と、少しばかり意地が悪いところは言うべきか言わざるべきか。

 少しだけ迷っている間に、下から向けられたシャルの剣呑な視線が強くなる。


「…なによ、概ねって?…ここまで大事にしておいて、収穫が無かったなんて言ったら殺すわよ!」

「容赦ねぇな」


 何だろう。

 ウチのクラスの女の子達は、気に食わないと簡単に殺人鬼になっちゃう訳?

 脅し文句の第一声が、殺すぞってどういう事?

 どこで、教育を間違ったんだろう。


 閑話休題。


「対話も出来たし、改めて魔法を使う為に協力して貰う言質は取ったよ」

「あら?…なら、問題無いんじゃ、」

「ただし、ちょっとどころじゃなく、癖が強い」


 なんでも、自然界に存在しない『断罪』の騎士様らしいからな。


「……アンタを加護しているのは、見るからに上位の精霊だったもの。当然と言えば当然よね」


 あれ?

 意外と、表面的な能力で察知されてたっぽい。


 榊原と永曽根の精霊が近づくのすら拒否ってた?

 それは、確かに相当だよな。

 あいつ等も地味に中位とか言う精霊を付けてた筈だし。


「ちなみに、名前は?」

「アグラヴェインって、名乗ってた」

「………ちょっと、待って。…それ、本当?」


 オレの返答に、シャルの眦が吊り上がった。


 ああ、これはちょっとヤバいパターンだ。 

 しかも、ゲイルまで眼を見開いて、固まってしまっている。


 オリビアまでびっくりしたような顔をしているのは、なんでかなぁ?

 (※会話中も魔力を吸収して貰っていたから、やっと輪郭が分かるようになったよ)


 本気で、アイツ何者?


「アンタ、どんだけ規格外なの!?アグラヴェインって言ったら『断罪』の騎士じゃない!精霊の中でも、騎士は上位も上位よ!!力だけで言えば『帝位』と変わらないわよ!!」

「し、しかも、アグラヴェインとは、契約をしなくてはならない筈なんだが…」

「ゲイル様のおっしゃる通りです。…そ、その…非常に申し上げにくいのですが、名前を聞き間違えたりはしていらっしゃいませんか?」


 シャルには怒鳴り散らされ、ゲイルには半ば呆然とされ、オリビアには難聴を疑われた。

 そこまで怒られることじゃないと思うし、そこまで呆然とされるとイラっとするし、そこまでお年は召していないと言い返してやりたい。


 しかし、勢いに押されて、黙り込むしか出来ないオレ。

 ついでに言うなら、満身創痍なのは体だけじゃなく、脳味噌も一緒なので頭が回ってくれない。


 まぁ、良いか。

 満身創痍ではあるけど、魔力はそれこそオリビアに吸収して貰う程には有り余ってるから、


「来い、アグラヴェイン」


 百聞は一見に如かず。

 契約をした覚えは無いものの、何故かオレの腹に巣食っていた精霊を呼び出した。


ーーーーー本に、精霊遣いの荒い事よ。


 と、文句を言いつつも、


「…げっ!しかも、一発で具現化してるとか…!」

「……まさか、」

「…本物ですわ…」 


 オレの背後に現れた黒衣の甲冑姿。

 約数分振りのご対面である。

 若干、お互いに気まずい空気。


 そして、精神世界では影も形も見えなかった筈の、馬に乗ってのご登場であった。

 何?その馬。

 馬まで兜やら甲冑やらで、ごてごてになってるけど。


「もう一度、お前の名前を教えて貰えるか?コイツ等が信じてくれなくて、」

『これ、主よ。そのような用件で、軽率に呼び出すでない』

「安心しろ。これっきりだ」

『…はぁ。それが本当ならば良いのだがなぁ…』


 兜の上からでも分かるほど、大仰な動作で溜息を吐いたアグラヴェイン。

 オレが首を90度にして見上げなければいけない程の高さではあるが、どこかその視線は愚痴愚痴と言っていながらも穏やかそうに思えた。


『改めて、我が名を名乗ろう。『断罪』の騎士にして『闇』の精霊、アグラヴェインなり。…契約は、当の昔、それこそ主が、この世界に召喚された時に既に終わっておる』


 えっ?そうなの?

 いつの間にかそんな事をされていたとは、オレも驚いたわ。


『さて、これで真偽のほどは、明らかに出来ただろうか?』

「ああ、うん。コイツ等も信じたと思うよ」

『では、』

「ああ…、……って、あ!ちょっと待て!」


 ふと、そこで思い出した事が一つ。


「……ちなみに、ボミット病を発症したのは、お前が原因だろうか?」

『…むやみやたらと、感情を溜め込むからだ』

「…つまり、全面的にオレが悪い?」


 え~~…っと?

 それだと、永曽根も榊原も感情を溜め込んでるって理論になるけど?


 ついでに、ボミット病のせいで魔法が使えないのは、どうしてだ?


 もしかして、ボミット病発症のキーを『闇』の精霊だと断定したのは、早合点だったか?


『質問が多い』


 あら、ごめんなさい。

 見るからに、辟易とした様子のアグラヴェイン。


 兜の上からでも分かるって、相当だよな。


『我ら『闇』の精霊は、文字通り『闇』を司っておる。女神が『聖』を司る通り、我ら精霊も属性としての原理は同じよ。魔法の発現を邪魔した覚えは無いが、感情に引き摺られて感覚が狂うというのは有り得るであろうな』

「それって、つまりはボミット病を発症するのは『闇』属性が多いけど、本人次第って事か?」

『そうなるか。ただし、『闇』属性にのみ発症するのは間違いでは無い。…精霊達が嫉妬深くてな』


 おおう、なるほど。

 なんだか、頭がこんがらがりそうになったけど、あながち早合点では無かったようだ。


 ただし、発病に関しては、本人の感情や精神力次第。

 つまり、ウチの『闇』属性三人は見事に、精神面で難有りだった訳だ。


 ………分からないでも無いけど。


「じゃあ、嫉妬をさせなければ、『闇』の精霊は悪さはしないって事だよな?」

『…それは、真逆の答えよ』


 再三の質問を重ねたオレに、やはりやや辟易とした様子で答えるアグラヴェイン。

 しかし、


「真逆ってどういう事だ?」


 今、ちょっと聞き捨てならない事を聞いた気がする。

 精霊が嫉妬するって事は聞いていたけど、逆ってどういう事?


『『闇』の精霊が嫉妬深いのでは無い。我らの能力に、他の精霊達が嫉妬をするのだ』

「………はい?」


 えっと、それは自意識過剰とかじゃなくて?

 なんか、ゴシップで騒ぎたてられた勘違い女の負け犬の遠吠えみたいな事聞いちゃったけど。


 首を傾げて、ゲイルを見る。

 しかし、彼はその事実を知らないとばかりに首を振った。


 次にシャルを見てみるが、


「…あたしも知らなかったわ。逆だと思ってたもの」


 驚いた表情と、否定の言葉が返ってきた。


 更に今度は、オレの肩の上に座って頭にひっ付いているオリビアへと目線を上げるが、彼女もふるふると首を振った。


 3対1なんだが、オレはどっちを信じるべき?


『なんぞ、その顔は?疑っておるな?』

「うん。だって、なんか…聞いた話と違うし」

『…我らの特性を知っておろう?確かに、『聖』は弱点となるが、他の属性に対して一切の干渉を受け付けないのが『闇』。更には命や魔力を吸収する事も与える事も出来る。嫉妬されるのも当然よ』


 ああ、そうなんだ。

 意外な事実が判明。


 この理路整然とした感じは、嘘を言っているようにも思えない。

 それが真逆に伝わってしまっているのは、命や魔力を吸収するって辺りが悪し様に伝聞されたのかもしれない。

 利便性への嫉妬だな、要は。


 ちなみに、この結果から導き出されるのが、『闇』の精霊に加護を受けた人間が、他の魔法の属性から極端に疎遠にされること。

 まさか、別の属性の精霊達からの嫉妬が原因とは思わなかったけど。


 強力な分使いどころの見極めが難しく、魔力の消費も激減するので魔力を溜め込みやすい。

 そして、その溜め込んだ魔力は負の感情と結合して、よりボミット病への発症へと拍車を掛ける。


 分感情に引き摺られやすいみたいだし、ボミット病を発症するリスクがあるのはデメリット。

 良し悪しが極端な属性って事だな。


『なんぞ、その括られ方には異議を唱えたいが、』

「…オレなりの解釈だと思って?」


 最終的に呆れたような声で、オレの頭を小突いてくれたアグラヴェイン。

 相変わらず、主に対してぞんざいな扱いである。


『……もう、聞きたいことは無いな?』

「あ~…うん。無いと思う」

『先程も言ったが、軽々と呼び出してくれるな』

「…うっ」


 そして、今度こそ彼はオレの精神世界へとご帰還するらしい。

 最後に一言、念押しのように凄まれてしまって、ちょっとだけ口が引き攣った。


 そ、そんなに、威圧感ばりばりで見下さなくても良いじゃないか。


「えっと…まぁ、また何かあったら、聞きに行くよ」

『我の本領は騎士よ。教師ではない』

「すみませんでした」


 その通りでした、すみません。

 教師そっちはオレの本領です。


 オレの謝罪を聞くか、聞かないかのうちに、アグラヴェインはとっとと闇に紛れて消えて行った。

 やっぱり、オレへの対応が若干ぞんざいだと思うのは、気のせいだろうか?


 まぁ、呼び出したタイミングが悪かったのかもしれないけど。

 だって、さっきの今だもの。


 帰還したアグラヴェインを見送って、さて1、2、3。


 さて、それでは再度、お話に戻りましょう。

 振り返った先には、オレとアグラヴェインの話を、固唾を呑んで見守っていた友人達。


 いつの間にか、生徒達もこっちに集中していたようだ。


 そして、その友人達、および女神様がたは、


「…アンタが規格外だって事が、よりはっきりとわかったわ」

「お前は、やはり騎士の素質があったからこそ召喚されたのだな」

「おそらく、アグラヴェイン様は私よりも強いですわ。どうりで、魔力が高い筈です」


 このように、三者三様の言葉で返された。


 シャルの言葉は、地味に突き刺さった。

 したり顔で頷いているゲイルは放っておいて、若干意気消沈しているオリビアには頭を撫でてやる。

 カンスト魔力のことに触れられるとあんまり嬉しくないけど、今はとりあえず癒しを貰っておこう。


 オレの魔力吸収して、大分オリビアも回復したみたいだしね。

 くすりと、苦笑を零す。


 今日は、色々と疲れる一日だった。

 しかも、生徒達まで巻き込んで、こんな大事になってしまって居た堪れない。


 ただ、やはり精神世界でのアグラヴェインからの『断罪』とやらが聞いたのか、感情がそこまで落ち込むような強い刺激を受けている訳じゃない。

 やっぱり、ストレスは人間にとって、害にしかならないんだよ。


 しかし、


「…あれ?」


 その瞬間だった。


「…ギンジ…?」

「えっ…!?」

「…ギンジ様、…………っ!?」


 眼の前が歪んで、ひしゃげ、ぐるりと回った。

 自然と瞼が落ちる。


 あれ?

 オレ、こんなに疲労してた訳?


 目の前に歪んだ床が広がって、急激に近づいてくる。

 左腕を誰かに支えられた気がしないでもないが、トラウマを触発されて覚醒なんて事もしなかった。


 ありゃ?

 眼が開けてられないや。


 再三面倒掛けて申し訳ない。

 ちょっとだけ、休ませて…。



***



 ぐらり、と傾いた銀次の体。

 それをいち早く支えたのは、すぐ隣にいたゲイル。


「うわ…ッ!?」


 左腕を掴んで、咄嗟に倒れ込むのを阻止。

 左腕のみを基点にぶら下がるような形となった銀次の体は見事に弛緩していた。


 それを反対側から支えたのは、間宮。

 彼も少しばかり疲弊しているだろうに、健気に銀次の体を支えようと四苦八苦していた。


「ちょ…っ、いきなりどうしたの!?」

「気を、失っているだけのようだが…」


 慌てふためくシャル。


 ゲイルが跪いて、体勢を整えさせる。

 少し青みを帯びた白い顔の銀次。

 その眼は閉じられて、いつもよりかは幾分穏やかそうに見える寝顔がそこにあった。


「寝ているようだな…」

「はぁ…?」

「…ご、ごめんなさい!…私が、加減を間違えてしまったようです…!」


 原因は、なんとなく分かる。

 シャルと同じく慌てふためいたオリビア。


 彼女の言葉で、ゲイルもシャルも合点がいった。


 魔力枯渇。

 しかも、重度のものだろう。


 魔力枯渇の症状は、表面化するものであれば頭痛や眩暈、動悸や息切れだ。

 しかし、極度の魔力枯渇に陥った場合、突然のように意識を失う事もある。


 今回の銀次は、まさにその状況。

 目覚めてからここまで、エマへと魔力を介して生命力を送り込み、更にその足でオリビアへと魔力の供給。

 更には、一度対話したのみの精霊を具現化で呼び出して発現させた。

 最後の一つは、一番応えた事だろう。


 シャル曰く、精霊の具現化は、本人と精霊との相性も然ることながら、その位によっては魔力の消費が著しい。

 榊原や永曽根は、まだ中位の精霊だったから、3分の1にも満たない魔力の消費で良かった。

 しかし、銀次の場合は、ひとつ上がって上位の精霊。

 それこそ、自然界には存在せず、契約を持って加護をしてくれる精霊が、今回のアグラヴェインを含めた上位の精霊達だ。

 その上位の精霊達を具現化する魔力消費量は、それこそ馬鹿にならない。

 いかにカンスト魔力の持ち主だとしても、一気に魔力が3分の2程度は消費しても可笑しくはないらしい。


「…次からは、自分の魔力総量を把握させなきゃいけないかもね…」

「ああ、そうだな」


 再三驚かせてくれている銀次の行動は、もはや驚きを通り越して呆れるばかり。

 ゲイルが大仰な溜息を吐けば、シャルも肩をすくめて見せた。


「…先生、大丈夫?」

「ええ、気にしなくても大丈夫よ。あなた達と同じ、魔力枯渇を起こしているだけらしいから、」

「あ、なんだ…良かった」


 そこで、やっと固唾を呑んで見守っていた生徒達が、会話に混ざり始めた。

 床にへたり込んで休んでいたので、多少は魔力が回復して、少しずつ動けるようになっていたらしい。


 心配をして、そろそろとやって来たエマとソフィア。

 傍らにはやはり伊野田をくっつけて。


「…本当に、寝てるだけ?ってか、相変わらず寝顔幼いよね…」

「ふふっ。本当だね」


 ゲイルと間宮に両腕を支えられて、くったりとしながらも寝顔を晒している銀次。

 ソフィアの言葉通り、寝顔だけを見ると、その整った容姿も合わせて幼い少年のようにも見えた。


「あっ、」


 そこで、ふと声を上げたのは、エマだった。


「うん?」

「どうしたの、エマ?」

「??(こてり)」


 どうやら、何かを思いついたらしい。

 口を「あ」の形にしていたエマは、一転してにんまりと笑った。


 その表情を見たゲイルと間宮は、そろってきょとんと眼を瞬かせる。

 彼女を見ていたソフィア達も、シャルも同じく首をかしげてエマを見ていた。


「…じゃあ、ウチ等も寝ちまうか」

「えっ?あ、うん。…じゃあ、先生ダイニングに運んでから、」

「何言ってんの?当たり前でしょう?」


 それは、さも当然のことであった。

 現在時刻は既に朝方となった3時過ぎ。


 魔力枯渇もあって疲弊している生徒達には、既に瞼が接着されそうな時間帯。

 しかし、


「そのダイニングで、皆で寝ちゃうんだよ。久しぶりに、銀次囲んで寝てやろうって事!」

「……は?」

「んなっ!?」


 エマの言葉は、そういう意味では、当り前では無かった。


 この世界の人間である、ゲイルやシャルからしてみれば、貞操概念が欠落しているとしか思えない言葉である。

 この世界では年頃の女子というのは、14歳か18歳となかなかに若年層。

 エマやソフィア、伊野田はそこに当て嵌まっている。

 伊野田など、本来の年齢を知らなければ保護法に引っ掛かる可能性もある。(この世界にも、一応13歳以下の子どもを保護する法律がある)


 そんな女子達が同じ屋根の下で男達と共同生活をしているこの学校は、はっきり言ってしまえばシャルからしてみれば異常だった。

 この世界では、男性と同棲するのは、結婚してからの事だと言う考え方が主流である。


 慣れ切っているゲイルとしても、いかがなものかと首を傾げた事はあったものだ。

 今回の二人の反応は、さも当然の反応と言える。


 だが、


「見張ってないと、銀次は何するか分かんないし。それに、一人でダイニングに寝かせるのも寂しそうじゃん?」

「良いじゃん、それ!そうしよう!先生、寂しがらせちゃ可哀そうだしね!」

「久しぶりだね!半年振りかな?…じゃあ、シャルちゃんとオリビアちゃんはあたしと一緒に寝ようか!」


 それに賛同してしまうのが、少しばかり常識外れの異世界から来た女子達である。

 伊野田に至っては、半ば呆然としているシャルまで、巻き込む前提であった。

 異常とも思われたこの生活すら、彼女達にとっては寮生活と大して変わらない。


 決して、貞操概念が無いわけでは無い。

 既に彼女達にとっては、この異世界クラスの面々が異性として認識されていないというだけだ。


 唯一の異性として認識されているのが、教師兼保護者の銀次であるが、いかんせん彼は夢の中。

 更には、彼女達の熱愛を受けている為、拒否権は無いに等しい。


 それに対する男子達も、


「どうせなら、ダイニング丸々片付けてやろうぜ!」


 と、香神。


「賛成~。寒かったし、丁度良いよね。ダイニングには暖炉があるから、」


 とは、榊原。


「半年振りかぁ。なんだか、懐かしいねぇ…でゅふふ」


 相変わらずの浅沼。


「やっほーい!!お泊り、お泊り!」

「別に校舎の中なんだから、お泊りとは言わないけどね、」

「徳川ラシイ感想だと思うケドネ。キヒヒッ。僕モ楽しみ」


 どこかずれた感想ではしゃぐ徳川に、河南が呆れつつ、紀乃も賛同。


「これから、一人で寝るにも、眼が冴えて眠れなさそうだしな、」


 と言うのは、永曽根。


「………。(警護が一か所で済むので、よろしいのでは?)」 


 これまたずれた見解を述べた間宮。

 オリビアを介して、ゲイルとシャルに伝えられたその内容には、思わず二人とも眼が点になっていた。


 そんな間宮の通訳を担ったオリビアだけは、その状況を少しだけ知っている。

 彼女がまだ、姿を表す事すら出来なかった頃、この異世界クラスの面々は銀次を囲むようにして城の一室で眠っていた。

 その光景はどこか微笑ましく、オリビアも今回ばかりは賛同している形であった。


 それに反対したのは、真っ青な顔をしたシャルだ。

 同じ意見であったゲイルも、心無しか口元が引き攣っていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ!アンタ達、女の子なんだからもうちょっと忌避感を抱きなさい!」

「えっ?なんで?」

「だって、ウチ等を襲った時点で、ここの男子全員詰むよ?」


 ソフィアの台詞の意味は、それこそ人生の詰みである。

 主に銀次からの制裁と、その後放逐される事を考えれば当然の帰着である。

 (※共同生活を始める当初に銀次から、全員に向けてそう言った諸注意はされている)


 あからさまな言葉に、動揺したシャル。

 今度は真っ赤な顔になって、


「お、襲…ッ!?つつつつつ、詰むとかそういうのじゃないでしょ!外聞が悪いとか思わないの!?」

「思わないけど?」


 しかし、そんな真っ赤なシャルに対して、極めてドライな回答をしたのはエマ。


「周りがどうだろうが、ウチ等はウチ等だし、そんな事気にする奴等、相手にするだけ無駄じゃね?」

「そうだよね。それに、間宮くんの言う通り、騎士さん達も疲れているだろうから、警護が一か所で済むのは良いことじゃない?」


 更には、伊野田が援護射撃。

 異世界クラスの面々が賛同した時点で、既に彼女自身が詰んでいるのだが、この世界の住人としてはおいそれと感化されてはいけない内容だった。

 しかし、


「ふふ。そんなに心配をされなくても大丈夫ですわ。いざとなったら、私が人間を辞めさせちゃいますから」


 まさかの女神オリビアからの賛同。

 ここで、シャルの心がぽっきりと折れたらしい。


 しかも、オリビアの言葉には、多大な毒と不穏な脅し文句が混在している。

 その為、その『天罰』の対象とされた男子達が一斉に背筋を伸ばしてしまった


 哀れ。

 彼等は、その言葉の意味を、眼の前で体現していたからである。


「………っ、アンタの言葉が一番安心できないわよ!」


 苦し紛れに、シャルは叫んだ。

 しかし、事態は好転する訳も無く、そのまま異世界クラスの面々との雑魚寝に相成った。



***



 外はいつの間にか、雪が降っていた。

 時刻は、既に4時を過ぎた。


 南国のダドルアードでは、1月の末には雪が溶けて、新緑が芽生える季節へと早変わりする。

 今年の気候はいささか、例年通りでは無かったらしい。


 その雪の中で、ふわりと揺れる紫煙。

 口元にはシガレット。

 外の冷たい空気の中で吸うそれも、乙なものだ。


 ダイニングは現在、禁煙だった。(※それは常だったのだが)

 言わずもがな、ダイニングに寝ている生徒達がいるからである。


「貴殿等もご苦労だったな」


 シガレットを吸いながら、同じく眼の前でシガレットを吹かしている部下達へと労いを向ける。


「水臭いですよ、団長」

「そうですよ。少しでもお役に立てたなら、何よりです」

「凄かったっすねぇ、ギンジ様のあの魔力」

「団長だって凄かっただろう?あの魔力を抑えていたのだ、」

「今回ばかりは、冷や冷やしましたけどね、」


 そう言って、部下達はそれぞれ高揚した表情を隠しもせずに、それぞれ讃辞を口にする。

 その中に、ギンジの魔法の属性に対する悪感情が含まれていない事には安心した。


 オレ自身も、今回ばかりは駄目だと諦めかけた。

 『シールド』が破られた瞬間には、思わず走馬灯まで流れたものだ。


 収束はしたものの、一時はどうなるかと思っていた。

 このまま騎士達の中にも、ギンジの能力を異端視する者も現れるかもしれない。


 今は、まだそのような状況にはなって欲しくない。

 それは、オレ自身がまだギンジへ打ち明けられていない秘密にも関わってくるからだ。


 我ながら、打算深いものだ。

 自嘲を零しつつ、シガレットの煙を吐き出した。


 背にした扉の向こう。


 ソファーを囲むようにして、それぞれ毛布や布団にくるまった生徒達。


 この状況は、説明を受けなければ理解は困難だろう。

 しかし、どこか微笑ましい光景に、自然と笑みが浮かんでしまうのは、オレもまた感化されている証拠なのかもしれない。

 

 内心で一人ごちて、ゲイルは苦笑を零す。


 ソファーには、もちろん銀次が眠っている。

 最近では滅多にお目に掛からなかった穏やかな表情で、安らかな寝息を立てている。


 そして、そのソファーを中心にして、雑魚寝を敢行した生徒達。


 ソファーに寄りかかるようにして眠ったエマとソフィア。

 双子の少女は毛布や布団、更には懸想しているであろう教師までも共同にして眠っている。


 その足元に三人で並んで眠る、イノタ、シャル、オリビア。

 中央にシャルを置いて、逃がさないとばかりに腕を組んで眠る姿に思わず笑った。


 その女子達と、少しだけ距離を置いて、規則正しく並べた布団に就寝している男子達。

 徳川カツキを階段側に置き、そんな彼の寝相の防波堤となったナガソネ。

 次にアサヌマ、カナン、キノ、榊原ハヤト、コウガミの順。

 おそらく、榊原ハヤトとコウガミが一番キッチンに近いのは、朝食の準備の際に彼等を起こさない配慮だろう。

 つくづく、出来た生徒達である。


 マミヤは勿論、ギンジの近くに眠っている。

 ソファーの後ろ側の少しばかり狭い空間に、折りたたまれるように眠っていたのを見た時は、猫のようにしか見えなかった。

 赤い毛並みの猫は珍しいが、それはそれでどうかと思えたが。


 総勢、13名となった校舎の住人達。

 あと数日もすれば12名に戻るとはいえ、その数日のうちに帰宅をすることになっているシャルにとっては、最後にうってつけの思い出となったことだろう。


 最初、ギンジが彼女を連れて来た時には、どうしたものかと思った。

 彼女が森小神族エルフだと、最初から気付いていた。

 その森小神族エルフを抱え込むことが、どれほど危険な事かも気付いていた。


 しかし、意外な事にこの校舎の生徒達は早々に、彼女を受け入れ、彼女もまた馴染んでいた。

 オレも少し、驚いた。

 日に日に、彼女は校舎に馴染んでいき、今ではいっそ違和感が無い。


 伊野田とオリビアに挟まれて、こうしてダイニングで一緒に寝ているのが、その良い証拠であった。

 傍から見ていれば、毛色は違えどその見た目も相俟って姉妹のようにしか見えなかった。


 その姿を扉の嵌めガラスから後ろ背に眺めて、数秒。


ーーーーーどうして、兄様とは一緒に寝てはいけないのです?


ーーーーー聞き分けなさい、アビィ。兄の事は忘れなさい。お前が、この家を継ぐのだ。


 思い起こされたのは、遥か昔の情景。

 言い聞かされたとしても、叱責され、叩かれたとしても聞き入れられなかった言葉の数々。


 父親の言葉には、今でもはっきりと口答えが出来る訳では無い。

 しかし、行動のすべてで反発しているのは、事実だ。


 今も結婚をせず、家庭を持とうとしていないのもそのせいで、騎士職を続けて忙しい振りをして家に帰るのを遅くしているのもそのせい。

 実際、遅くなることに不満も無ければ、むしろ当直ならば喜んでという心情ではある。

 この校舎への護衛や、生徒達とのやり取りは、それだけの価値があるものだ。


 だからこそ、


「(そろそろ、オレも全てを明かすべきだ…)」


 決心は、潔く着いた。

 後は、タイミングを推し量るだけ。


 きっと、彼にはまた呆れたような顔で、「馬鹿だなぁ」と罵られるだろう。

 しかし、それが決して悪い感情を含んでいない事は、オレでも想像に容易い。


 結局は、甘え。

 しかし、その甘えが、オレにとっての救いとなっていた。


 申し訳ないとは思いつつも、34歳にして手に入れた友人にもう少し甘えてみたいと思った。


「(騎士昇格試験が無事に終わったなら、オレも素直になるとしよう……)」


 すっかり短くなったシガレットのフィルターを簡易灰皿に押し付け、ふと上を見上げた。

 吐息が白く濁る。


 空から降る白雪は、いつの間にか無くなっていた。


 清々しい気持ちになった。

 そして、ふと少しだけ微笑んだ。


「(願わくば、何事も無く…無事に終えて欲しいものだ)」


 数時間後に迫った騎士昇格試験。

 柄にも無く、空に願って、オレも生徒達が眠るダイニングの雑魚寝に混じるべく校舎の中に戻った。



***

最後は、ゲイル氏の独白で終わると言う作者の適当具合。

結局、好きなキャラに傾倒してしまうのが作者の悪い癖。


好きなものは好きなんだから、仕方ないですよね。


今回の章は、反省すべき点が多すぎて、どこから懺悔すればよろしいやら。

アサシン・ティーチャーの過去を盛り過ぎた気がしないでもなく、そのせいで他の生徒達の過去のインパクトが薄れてしまいました。


それでも、師匠がどういう人だったのか、もしくはその師匠がどういった最期を迎えたのかという伏線を回収出来たのはなによりでした。

一応、この話は早い段階からぶっ込んでおきたかったので、ひとまず安心しています。

しかし、更に伏線を張る作者は自爆願望でもあるのだろうか。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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