表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、魔法習得編
60/179

49時間目 「特別科目~その教師、暴走~」2 ※流血表現注意

2015年11月25日初投稿。


続けて暴走教師2を投稿致します。

次の話でなんとか魔法習得編は終了致します。

また次の章が控えているので、ご安心ください。

むしろ安心できないかもしれませんが、まだまだ作者は突っ走ります。


地味にこの精霊として登場したアグラヴェインさんが、作者の好みとしか言いようが無いのはご愛敬。

昔気質な語り口調で、ド天然の上に融通が利かない西洋騎士の格好をした日本男児。

こういう男が現実にもいてくれれば良いという願望は、ここだけの話です。


49時間目です。

ついでに、三か月記念が後三日です。

またしばらく、更新出来ない日が続くかもしれませんが、頑張って三日後にはこの魔法習得編を終了させて、閑話でも書きたいとか思っています。

ただの作者の希望的観測上の願望ですがね。

***



 凶刃とも呼べる大刀が、振り落とされる。


 鼻先2ミリを掠めたそれは、風圧だけでもオレの下唇と顎の肌を裂いた。

 一撃でも食らえば、即死の威力を持っている事など試さなくても分かる。


 赤黒い血が眼の前に飛び散るが、構っている暇など無い。


 バックステップで、後方へと退避。

 しかし、更に追随して来る『闇』の精霊(アグラヴェイン)


「汝が我が主たる資格があるのであればな、」


 やや大振りな斜め上方からの袈裟斬り。

 体を反転させるように捻る事でこれまた回避したものの。


「生ぬるい!そうは思わぬか!」

「ぐっ…!!」


 それを避けた瞬間を狙ったのか、柄を使った痛烈な返しが迫る。

 咄嗟に右腕でガードするほか無い。


 めきりと軋んだ腕に、思わず悲鳴が漏れた。

 筋肉を最大限引絞ってみたものの、痛みは右腕を麻痺させた。


 何度もガード出来るもんじゃねぇな。

 下手をすれば骨折する。


「殺す気かよ…!」

「それもまた致し方なし。…我が主よ。もう一度問う」


 再度、腹を狙った突きを受けて、再度腰を捻って回避。

 しかし、更に横一文字に薙ぎ払われ、それを回避する為に地面を転がった。


 立ち止まっている暇など無い。

 追随は未だ、止まっていない。


 不味い。

 このままだと、ジリ貧は確実だ。


 大刀相手じゃリーチが違いすぎるし、懐に踏み込むには力量差があり過ぎる。


 何か獲物を取らないと、マジで殺される。

 しかし、精神世界に身一つで来ている自分に、獲物なり得るものなど持っている訳も無い。


「我が問いへの答えは如何いかん?」


 その中でも、アグラヴェインからも問いかけは続いている。


 突然、吹っ掛けられた精霊からの喧嘩とも言える一騎討ち。

 未だ活路は見いだせないままだった。



***



 精神世界で、銀次が精霊と対峙した丁度その時。


 現実世界では、生徒達もまた終りの見えない戦いの只中にいた。


「銀次ッ…、お願い…早く戻ってきて…ッ!!」


 闇の繭へと両腕を捕らわれたまま、生命力を吸い取られ続けているエマ。

 しかし、苦しげな表情をしながらも、彼女は銀次への呼び掛けを必死に続けていた。


「しっかり、エマ!」

「そうだぞ、頑張れエマ!」

「…ッ!…ッ!!(こくこく)」


 そのエマを励ますソフィア、香神、間宮の三人。

 この三人もまた闇の繭の領域内にいるため、生命力を少しずつ吸い取られている状況だった。


 それでも、三人はエマを支える為、そして励ます為にこの場に残っている。


「クソッ…!『シールド』ですら、長くは……!」

「ゲイルさん頑張ってください!……こっちにも、余波が…!」


 同じ『聖』属性として『聖なる盾(ホーリー・シールド)』で、攻撃や干渉を緩和しているゲイルと伊野田。

 しかし、ゲイルの『シールド』も既に、何度も受けた『闇』属性の攻撃から罅割れている状況だ。

 銀次と同じく魔力総量がカンストしているゲイルの『シールド』すらこの状況。


 ゲイルのすぐ後ろで同じく『シールド』を張り続けている伊野田。

 しかし、ゲイルの『シールド』が瓦解すれば、防ぎ切る事すら不可能だろう。


 時間との勝負としか言えなかった。


「エマ様、頑張ってくださいまし!私達もこれが限界ですわ!」


 ゲイルと伊野田の、すぐ後ろではオリビアも回復魔法と魔力供給で奮起している。

 しかし、魔力で流しこめる生命力はたかが知れており、更には眷族では無いエマへの魔力供給は至難の業だ。


 彼女自身、制御するので精いっぱい。

 エマを励ましながら、自分自身も励ましているような状況だった。


「…アサヌマ!もっと魔力を練って!…トクガワはまた暴走してるわよ!」

「ご、ゴメン、シャルちゃん!!」

「わ、悪い!!」


 オリビアが魔力を介して、エマへと魔力を供給している傍ら。

 その魔力を更に供給し、調節しているシャルの怒声が響く。


 彼女は、彼女の肩に置いた手と生徒達と繋いだ手を回路として、供給と調節を同時に行っていた。

 実は、一番彼女が頑張っているのだという事は、オリビアも回路となっている生徒達も気付いている。


 しかし、それを今止める訳にはいかない。

 それは、エマの命を諦める事と同義であるからだ。


「永曽根、アンタは一旦魔力供給から抜けなさい!魔力枯渇で死ぬわよ!」

「……それでも、少しでも助けになれるなら死んだって良い!」

「それじゃ、戻って来た銀次がどう思うか考えなさい!!ここにいる誰も欠けちゃいけないって分からないの!?」


 しかし、こっちもこっちで瀕死とも呼べる生徒がいる。

 同じ『闇』属性だった永曽根は、ほとんどの魔力を吸収されてしまい、いつ昏倒しても可笑しくない状況。

 だが、彼は魔力の供給を、辞退する事は無い。


「こちらで、変わります!命を大事になさってください!」

「だが、…!!」


 最後尾で魔力供給をしていた騎士達が見兼ねて、永曽根の前に出てその回路を無理やりつなぎ直す。

 まだ食い下がろうとした永曽根も、しかし次の瞬間には床に倒れ伏した。

 先に意識が落ちたようだ。


 しかし、もう一人、魔力枯渇が深刻な生徒がいる。


「ハヤト!アンタもよ!」

「オレは、まだ大丈夫…だから、まだ続けて…!」


 同じ『闇』属性であり、魔力総量が50程しか無い榊原。

 なまじ、彼は回路の一番前にいる為、永曽根のように割り込ませることが出来ないでいた。


「元々50を切ってるアンタは、魔力枯渇のリスクが一番高いのよ!永曽根みたいに気絶したくなかったら今すぐ、回路から離脱しなさい!」

「榊原!こっちは、僕たちに任せて休めよ!」

「そうだぞ、颯人!死んだら先生が悲しむだろ!」


 そこで、すぐ後ろで手を繋いでいた河南が無理やり、榊原の手を握ったままでシャルの手と繋ぎ直す。

 そのまま、あろうことか榊原を蹴り飛ばして回路から押し出した。


「…痛…ッ!…て、あ…」


 床に投げ出された榊原。

 しかし、その次の瞬間には、魔力枯渇の後遺症で床に倒れ込む。

 満足に起き上がる事も出来ないようだ。


「無理するからよ!でも、良く頑張ってくれたわ!後で介抱してあげるから、そこで待ってなさい!」 

「………うわぁい、役得…」


 と、お茶目な一面を覗かせながら、結局彼も意識を失った。


「残りの連中は、これまで以上に集中して魔力を練って頂戴!供給量を変える訳にはいかないわ!」

「はいっ!」


 二人が減ったとしても、魔力の供給は続けなくてはいけない。

 元々永曽根と榊原が担っていた魔力は少ない総量だったとは言え、未だに魔力を供給している生徒達の負担は増大した。

 その分、魔力総量が高く、安定している生徒が残っていることは、シャル達にとっては僥倖であった。


「下の護衛達も呼んで来た!責任はオレが取る!魔力が無くなっても供給しろぉ!!」

『はっ!!』


 更には、応援に駆け付けた護衛の騎士達が、更に回路へと加わる。

 おかげで、魔力総量は増えたが、その分シャルの調整が重要となった。


「(これ以上は、あたしも頭がパンクしちゃいそうだわ!…早く戻って来なさい馬鹿ギンジ!!じゃないと、大切な生徒も失っちゃうわよ!!)」


 限界を感じながらも、彼女は心の奥底から彼への激励を叫ぶ。

 実際、届かないとは分かっていながらも、この状況の解決策はやはり銀次しか持っていないのだ。


 暴走した魔力は、未だ膨大。

 カンストした魔力総量同士であるゲイルですら、既に押され始めている。


 切に祈るのは、銀次の精神世界からの帰還である。


 更には、


「…先生、あの繭の中に閉じこもって何分経つの…!?」

「分からない!けど、もう10分以上は経ってる筈…!!」

「それ、大丈夫なの…!?確か、人間って呼吸しないと5分で脳味噌が死んじゃうんじゃ…!」

「い、今、そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!オレ達は、魔力に集中するんだ!」


 浅沼と華南、そして徳川の焦る声。

 背後でそれを聞きながら、シャルもオリビアもゲイルも、焦る気持ちを抑えられない。


「…お願いだよ、銀次!…焦らなくて良い!魔法だって、使えなくたってあたし達が支えるから!だから、早く戻ってきて!」


 頼みの綱は、未だ闇の繭の中に閉じ込められたままの銀次。

 そして、その闇の繭に両腕をからめ取られたまま、呼び掛けを続けているエマだけだった。


 時刻は既に午前2時を回ろうとしている。

 問題発生時刻から、既に22分が経過しようとしていた。



***



 相変わらず、回避行動のみしか取れないまま、アグラヴェインとの一騎討ちは続いている。


 騎士の格好をしていながら、丸腰の相手に対して切り掛かるとは騎士道精神はどこにいった?


「余裕よなぁ。まだ、余計な事を考える暇があるとは、」

「それも、オレの醍醐味でねぇ!」

「…そんな暇があるならば、我が問いへの答えを考えた方が賢明ではなかろうか?」

「……考える暇を寄越してくれるならな」


 暗に攻撃を止めろと皮肉交じりに呟く言葉。

 兜を被っている為、表情は伺えないながらも、


「笑止!」


 アグラヴェインが少しだけ、笑った気がする。

 いや、笑ってんじゃんとか突っ込みを入れたい衝動に駆られても、大刀の追撃が次々と襲い来るせいで口も開けなくなって来た。


 やや、大振りな大刀の振り下ろしに、何度目かも分からない回避。

 考え事をしながら避ける余裕は、残念ながらそう多くない。


 なにしろ、アグラヴェインの隙が少ない。

 おかげで、回避しかまともに行えないのが現状だ。


 攻撃に転じても良いが、それにカウンターでも被せられては堪らない。

 しかし、それを見越したかのように、アグラヴェインは攻撃の手を一切緩めない。


「(…あれは、わざとか…!なめやがって…!)」

「(ほぉ。この状況でも、根気良く粘るものよ…!)」


 見事に作り出された隙。

 しかし、一歩踏み込むには、カウンターを覚悟しなくてはいけない。


 獲物も無い今の現状では、踏み込むのは悪手だと分かっている。

 何事も無く離脱できる確証が足りない。

 踏み込めない為に、更に回避に専念しなければならず、結局は体力の問題からジリ貧になる。


 なに、この悪循環?

 師匠との修行ももっと酷かったけど、武器をくれただけまだマシだったと分かる。


 だいたい獲物も無しで、大刀とやりあうってなんて無理ゲー?


「…また余計な事を!」


 とか考えている間に、またしてもアグラヴェインをいら立たせてしまったらしい。


 振り下ろし、薙ぎ払い。

 次いで、逆袈裟で切り払われて、頬に大きく傷が走る。


 大刀は刃が大振りな分、傷口も大きく広がる。

 ぱっくりと裂けただろう傷から、赤い滴がぼたぼたと襟元まで垂れて来た。


「…本気で殺す気かよ!…テメェだって、宿主であるオレが死んだらどうしようもねぇんじゃねぇのか!?」

「その時はその時よ。我が直々に馳せ参じたと言うのに、満足に問いにも答えられぬ主など、」


 やや投げやりとも思えるように、大きく大刀を旋回させたアグラヴェイン。

 苛立ちを紛らわすかのように、それを地面に叩き付けた。


 そして、


「主と呼ぶに値せぬ!」


 再三の、変化。

 大刀がぱっくりと二つに分裂したかのように見えたそれ。


「おいおい…!」

「そろそろ、時間も少なくなってきておるわ。終いとしよう」


 大刀は、刃や柄の形をそのままに、文字通り二本になった。

 彼の手元で、二つに分かれたかのように見えた大刀は、双刀へと生まれ変わる。


「…形状まで変えられるのかよ…っ」


 オレの嘆きの声に、アグラヴェインは無言のまま、行動で答えた。

 両手一本ずつ、感触を確かめるようにして、アグラヴェインはその双刀を手首の力だけでぐるぐると回す。


 双刀に変化させたと言う事は、実質オレの危険度が増した事に他ならない。

 手数が増えただけでなく、大刀の単調な動きから双刀からの複雑な動きへ対応しなくてはならない。


 久しぶりに、こんなに追い詰められたように感じる。

 いや、最近は死にかける事ばかりあったが、対人としての絶望的な状況は久しぶりだ。


「最後にもう一度、問うぞ?」


 デモンストレーションとも言える、慣らしは終わったようだ。

 双刀を構えたアグラヴェインは、オレへとまっすぐに切っ先と殺気を向けていた。


 その言葉通り、これで最後にするつもりなのだろう。


「我への答えは、如何いかん?」


 『闇』の騎士(アグラヴェイン)を通して、見えたのは文字通り絶望だった。

 精神世界の中で、己に巣食った精霊に殺されるかもしれないなど、何の冗談なのだろうか。


 猛然と駆け出したアグラヴェイン。

 相対するオレは咄嗟に、回り込むようにして走る他無い。


 獲物も無い。

 体力もそろそろ心許無い。

 息苦しさに、いっそ吐き気を感じる。


 周りは闇ばかりで、遮蔽物も無い。

 隠れてやり過ごす事すら敵わず、無様に逃げ回るだけしか出来ない。


 不甲斐無い、情けないと感じるのは、この世界に来てから何度目となるだろう。


 この無限の追いかけっこの終わりは、オレの死のみしか有り得ない。


 もしくは、アグラヴェインの言う通り、答えを自力で導き出すか。


「(…答えが分からないものを、考える暇も無いのにどうやって…!!)」


 思考の中で、ふと考えたのはアグラヴェインの問いかけ。


 彼の問いかけは、未だに抽象的過ぎて分らない。

 しかし、内容はなんとなく、気になって覚えているのは僥倖か。


ーーーーー主を守ることこそ、存在意義。


ーーーーー闇は、深い。主の闇が、我が力となる。


ーーーーー主の闇は、我が力。我が力は、主の心次第。


 最後の一つは、ノイズに紛れて聞き取れなかった。

 なのに、眼を覚ました時には、何故かはっきりと頭の中に残っていた。


 最初は可笑しいと思っていた現象も、今となってはありがたい。

 いや、この抽象的過ぎる内容のせいで今の状況があるから、ありがたくないのも事実だけど。


「まだ、余計な事を考えられるか!」

「うおっ…!?」


 回り込んだと思っていた筈が、いつの間にか隣に追随されていたらしい。

 駄目だ。

 考えに没頭し過ぎて、こっちへの意識が疎かになる。


 双刀が横薙ぎに払われ、まっすぐにオレの首を狙って来る。

 今回は本格的に殺しに来ているとまざまざと分かる一撃であった。


 背面に反り返って双刀を避けた。

 だが、一撃で終わらないのが双刀の特性だ。


 その反り返った反動でガラ空きとなった胸と腹。

 そこを狙った突きが視界の端に見えて、片腕を地面に突いて後転。

 その際に、一か八かで伸ばし切った片足。

 双刀へと狙いを付けて、後転の勢いのままに蹴り上げた。


「ふむ、なかなかやりおる」

「ああ、もう!…大刀でも無いのに、なんでこんなに重いかなぁ!」


 蹴り上げただけだったと言うのに、足に感じた痺れは大刀と大して変わらない。

 痺れが痛みに変わる前に、地面にしっかりと両足で着地してから、今度は背中を向けて走り出した。


「ここは、主の精神世界ぞ?一体、どこに行こうと言うのか…」

「オレの精神世界なんだろ!だったら、それなりに逃げられるぐらいには広いだろうよ!」


 ああ、そうだよ。

 逃げ続けて来た人生だからな。


 言ってて悲しくなって来たけど、せめて精神世界だけでもオレの希望通りだったって良いじゃないか。

 現実では、あんまりにもあんまりな人生を送ってるんだから。


 せめて、夢だけでも良いものを見たい。


 そう、考えていた矢先の事。


ーーーーー銀次…!!


 唐突に耳に響いた、何か。


 初めはそれが音だという事も、自分の名前だという事も理解出来なかった。

 朧げ過ぎて、聞き取れなかったのだ。


 言うなれば、水面に落ちた水滴のような音。


 しかし、


ーーーーー早く戻って来て…!銀次…ッ!!


 その音は、耳を傾ければ、傾ける程鮮明に聞こえる程。


 思わず、立ち止まったオレ。

 背後で音も無くオレを追い掛けていただろうアグラヴェインも、何故か立ち止まったように思えた。


 その音は、声だと分かった。

 そして、


ーーーーー銀次ッ…、お願い…早く戻ってきて…ッ!!


「……エマ?」


 その声がオレの生徒の一人である事を認識出来た。


 苦痛に満ちた、それでいて必死の呼び掛け。

 まるで悲鳴にも似た、オレを呼ぶ声。


 声の主を聞き取る事が出来た時、そこでやっと思い至った。


「(待て…。…オレ、現実ではどうなってんだ?…ここに来て、一体どれぐらい経った?現実世界でのオレは、一体どうなっている?)」


 オレの現在の状況。

 前は、精霊との対話をする度に、呼吸不全を繰り返していた。

 おかげで、ここのところげっそりとやつれてしまったのだ。


 更に、ここに来て、アグラヴェインと対峙してからを思い出す。

 既に余裕で5分は越えているだろう。


 とっくの昔に死んでいても可笑しくはない。


「…なぁ、おい。…今、現実世界はどうなってる?…オレは生きてるのか、死んでるのか…?」

「……生きてはおるが、そろそろ時間も無かろうな。…主の大切な生徒達が、何やら小細工をしておるようだが、…まぁ、主がここで死ねばそれも無駄に終わるだろう」


 ……それは、どういう事だろう。

 生徒達が小細工をしているというのは、まさかとは思うが延命治療でもしているのだろうか。


 それとも、オレがこうして精神世界にいる事で、問題が発生している(・・・・・・・・・)のだろうか。

 だとすれば、


「……お前、本気でオレを殺したいのか?…いや、違う。どういうつもりなんだ?…まさか、生徒達にまで手出しをしようとしているんじゃ…!!」

「はははっ!急がねば、それもまこととなろう」


 視界が、一瞬だけぼやけた気がした。


 それが、次の瞬間には沸騰したかのように真っ赤に滲む。


 これは、怒りだ。

 純粋なる怒りと、殺意だ。


 久しぶりに解放した感覚に、眩暈すら感じた。


「テメェ、オレの体を使って、何をした!?」


 精神世界の暗闇の中で、オレの怒声が響く。

 一歩だけではあったが、アグラヴェインが後退したのを見た。


 その間も、エマの呼びかけは続いている。

 先ほどよりも確実に弱まって来ている声が、鼓膜を叩く。


 怒りによってガンガンと鳴り響く鼓動と共に聞こえるそれが耳鳴りを引き起こしているようにも感じた。


 しかし、より鮮明に聞こえるエマの声。

 まるで本当に悲鳴のように思えた。


ーーーーー銀次!!早く戻って来てよ!


ーーーーー…お願いだよ、銀次!…焦らなくて良い!魔法だって、使えなくたってあたし達が支えるから!


ーーーーーだから、早く戻ってきて!


 ああ、そうか。

 オレは現実世界で、やはり何かしら問題を発生させているようだ。


 悪くて呼吸不全からの心停止。

 最悪なのは、魔力を暴走させている可能性もある事。


 オレだけが死ぬならまだ良いものの、これで生徒達が何かしら怪我でもしていればオレは居た堪れない。

 ましてや、それがエマやソフィア、伊野田達のように女子だったとしたら、それこそオレは自分自身を許せなくなるだろう。


 以前、エマの腕を折りそうになってしまった事故を思い出す。

 あの時も、オレは感情を暴走させて、彼女を傷付けてしまった。


「……急がなきゃ、いけねぇって事だな」

「やっと分かったか、主よ」

「……ああ」


 あっちも必死に呼びかけてくれている。

 現状、自分がどういう状況に陥っているのかは分からないまでも、このまま逃げ続けて長引かせる訳にはいかない事は分かった。


「もう一つ、聞いておくぞ?アグラヴェインとやら」

「…何か?」


 最後に一つだけ、聞いておく。

 こいつが斬り掛かってくる動機の一つを聞きたいのだ。


「…テメェ、主であるオレを殺して、何かメリットはあるのか?」

「………何も無い。それは間違う事無き、事実よ」

「……分かった」


 なら、これで質問は終わりだ。


 その場で立ち止まったままで、オレは瞑目する。

 実際、考えている事は大した事では無い。


 『闇』の精霊にして、『断罪』の騎士・アグラヴェイン。


 アイツの望む答え。

 それを、少しの間だけでも、考える。


 オレを守る事が存在意義だと言いながら、斬り掛かってくる矛盾。


 オレの闇は深く、その闇がアイツの力となる。

 抽象的過ぎて、良く分からない内容ながら、今となって考えると少しばかり思うところがある。


 何故、コイツはオレに夢を見せた。

 それも、オレが引きずり続けている過去の夢。


 これがオレの精神を甚振るつもりでの事なら、問答無用で叩き伏せるべき敵だ。


 しかし、オレの精神を甚振る為ならば、別の過去を投影した方がもっともっと簡単だった筈だ。

 オレには、人体実験を受けた過去もあるのだ。

 オレにとっては、そちらの方が精神面へのダメージはデカイ。


 ならば、何故?

 もう一度、思い出す、アグラヴェインの言葉の数々。


ーーーーー主を守ることこそ、存在意義。


ーーーーー闇は、深い。主の闇が、我が力となる。


ーーーーー主の闇は、我が力。我が力は、主の心次第。


 オレの闇は、アイツの力。

 闇とはつまり、オレが何かしら抱いているだろう負の感情の事を言っているのかもしれない。


 不満、怒り、殺意、その他諸々の感情。

 溜め込んでいないと言えば、嘘になる。


 そこへ、組み合わせるピース。

 思えば、一番重要な事は、紛らわさずに教えてくれていたようだ。


「…覚悟は、決まったようだな」

「どこからでも、来やがれ」


 オレの手元に表れた、柄巻が鈍い赤色に染まった刀。

 現代に生れ落ち、師匠の生涯と共にあった隠れた名刀『紅時雨』。


 精神世界ならば、少なからずオレも思い通りに動ける筈だと考えれば、後は脳内に今一番欲しいものを強く思い浮かべただけだった。

 思った通り、オレの手元に現れた『紅時雨』は、記憶の通り寸分違わぬ姿で眼の前に顕現した。


 精神世界ならではの、獲物の調達の方法だ。

 右手親指で鯉口を切り、そのまま柄を逆向きに掴み、切羽、はばき、刃と次々に引き抜いて行く。


 引き抜いた鞘はそのまま地面に落とす。

 命を懸けていると、暗に示しているのだ。


 引き抜かれた刀を手首のスナップだけで、持ち直して切っ先をアグラヴェインに向けた。


 そこには、オレの様々な感情を乗せておく。

 不満や怒り、殺意やその他諸々の悪感情まで。


 心無しか、体が重いと感じる。

 その上に、体中に奴と同じ闇の靄のようなものが立ち上っているようにも思えた。


「…その気概や、良し…!」

「…尋常に勝負」


 最後の一言だけ、オレは笑顔で告げた。

 どのみち、これが最後になる事は自分自身、良く分かっているからだ。


 だからこそ、オレは笑った。


ーーーーーお願い、銀次…!戻って来て…!


 分かっている。

 生きて戻るから、もう少しだけ待っててくれ。


 エマの言葉と共に、心の中でだけ返答を返して。


「おぉああああああああああ!!!」


 気鋭一閃。

 数メートル先のアグラヴェインへと、今度はオレから猛然と駆け出した。


「ぬぅん!!」


 アイツもいつの間にか形態変化させていた大刀を振りかぶって、オレを待ち構えている。

 お互いがお互い、この一撃が最後だと割り切った攻撃。


 防御は何一つ考えず、ただひたすら眼の前のものを斬る事だけを考えて。


 これが答えで、オレの本気。

 そして、オレがコイツに応えられる最高の力。


ーーーーー銀次…ッ!!


 精神世界の中でも、響いたエマの声に背中を押された気がした。



***



 その数秒後、


 二つの影が重なった。


 どちらも、刃を腹から背中へ突き出して、その地面を真っ赤に染めていた。

 雌雄は決した。


 両者、一歩も譲らずに、その身にお互いの刃を沈めたのである。



***



 きっかけは、一体なんだったのだろう。


 それこそ、些細な事だったような気がする。


 周り以上に、オレは感情と言うものが薄らいでいた。


 子どもの頃、とても大人しいと評判だったオレ。

 孤児院の中では、珍しいタイプの子ども。

 周りには年相応にはしゃぎまわる子ども達がいたのに、オレは一人だけどこか達観していたらしい。


 オレには元々両親がいない。

 産まれてすぐに、へその尾が付いたまま捨てられていたらしい。


 金色の髪と、淡い緑色の目をした、おおよそ日本人とかけ離れた容姿。

 しかし、顔立ちは整ってはいても、日本人そのままだった。

 おかげで、違和感が多かった。


 孤児院の中でも、オレは特殊だったのだ。

 そして、黒髪黒眼の少年少女の集う孤児院の中で、オレは恰好の的だった。


 中傷、誹謗、子どもながらに冷たい言葉。

 中には、オレの髪や眼の色に対し、後ろ指を指して笑う子どももいた。


 だが、それに対するオレの反応は、皆無。

 それが気に食わなかったのだろうが、孤児院の中でも発生するイジメの対象となっていた。

 まぁ、元々意に介していなかったし、やられたらやり返す主義はその時からオレの行動理念となっていた。

 喧嘩を売られれば10倍に返すのは当たり前。


 そして、生意気にも頭が少しばかり回った事もあって、オレは大人の見えないところでやり返していたのだ。

 相手も大人が見えないところでやろうとするのだから、当り前だ。

 そして、騒ぎが大きくなりそうになったら、とっとと離脱して涼しい顔。


 孤児院は問題さえ起こさなければ、10年程でその後の方針を自由に選べるようになる。

 それまで、表立って騒ぎを起こす訳にはいかなかった。


 あくまで、表向きには、だ。


 騒いで怒られるのは、喧嘩を吹っ掛けてきた子ども達だけとなる。

 口添えしても無駄なこと。

 わざと殴られたり蹴られたりして、生傷を作っておいて被害者を装うのだ。


 おかげで、大人達のオレへの評価は、大人しいイジメられっ子となっていた。

 ただの猫被りだったって言うのにな。


 その頃、後輩として孤児院に『ルリ』が入って来たりした時期。

 今では思いっきり抜かされてしまっているが、孤児院でも先輩だし、裏社会でのデビューも先輩なのだ。


 今にして思えば、この頃からオレは根性がねじ曲がっていたように思う。

 普通の5・6歳はそんなこと考えないだろうからな。


 だが、その子どもらしからぬオレの性根。

 それを一発で見抜いて、オレを引き抜いた人。

 その人が師匠であり、当時裏社会『最凶(※最強じゃないよ。最凶だよ)』と謳われていた立花 秀峰ひでみねだった。


「ずいぶんと頭が回る悪餓鬼らしいじゃねぇか。こんなところで燻ってねぇで、テメェの本音をぶちまけてみろよ」


 そう言って、半ば強引に握らされた本物の小太刀。

 それが裏社会での弟子を取る意思表示だと気付いたのは、首根っこを掴まれて山奥の邸宅に連行された後だった。


 その後の修行の日々は、正直地獄としか言えなかった。

 唐突に終わった孤児院生活も然ることながら、あの人は子どもの扱いなんて知らなかった為、毎日毎日戸惑う事ばかりだった。


 拷問のような修行は当たり前。

 小間使いのように扱き使われるのも当たり前。

 死にかけた事なんて数えきれない。


 更には、突然飛行機に乗せられたかと思えば、右も左も分からない戦場へと放り出された。

 あの時は、本気で師匠への殺意が湧いた。


 だが、その代わり手にした力は大きかった。


 師匠が死に、オレが孤児院に戻った時、そこには依然と変わらない子ども達がいた。

 オレに後ろ指を指して、嘲笑う子ども達は成長した分、饒舌になってオレを目の敵にしようとしていた。


 その度に、オレの力は役に立った。

 大人しい子どもという定評のあったオレは、修行を終えた13歳から問題児へと変貌。

 だからこそ、『ルリ』が大人達から謂れの無い暴力を受けていた時も、物怖じせずに殺害まで出来た。


 しかし、裏社会に出てから、オレの心のどこかで何かが狂い始めていた。

 それに気付いたのは、本当に些細な事だったのだ。


 ふとした瞬間に、街中で戦場で、潜伏先で子どもを見た時。

 懐かしいと思った。

 嫌々とは言え、生活していた過去のある孤児院は、子ども達がたくさんいた。

 そして、皆が笑っていた。


 それを思い出して、唐突に泣き叫びたくなる時があったのだ。

 焦燥でも、憔悴でも無い、何か別の感情が、後から後から溢れ出して狂いそうになる。


 殺害対象に女性や子ども、妊婦がいた時には特に顕著に表れた。

 

 心が壊れていくのを、客観的に感じていた。

 それを止める術を持っていないから、余計に。


 それが、修行によって削ぎ落とされた悲しみだと言うのは、後から気付いた時に遅すぎた。

 その時には、すべてが終わった後で、もうどうする事も出来なかったけど。

 オレに恨みを持つ敵に捕まり、拷問を受け、人体実験を受けて、オレの髪や眼は元の色を失い、左腕は二度と動かなくなった。


 命乞いをした戦地の子どもを、撃ち殺した記憶。

 その時の光景は、今でも網膜の裏に焼き付いて離れない。


 今にして思えば、それは罪悪感。

 忘れようとしていた過去や、その過去に対する悲しみ、苦しみ、怒り、戸惑い。


 オレは、24歳にして、やっと感情と呼べるものが戻ってきた。


 その分、感情を溜め込んでしまう事になったのだろう。

 自業自得とは、この事だ。


 それが、今回の発端にして、『闇』の精霊(アグラヴェイン)の言う制限時間タイムリミット

 


***



 問題発生から、既に30分が経過しようとしていた。

 魔力の暴走により、闇の繭に閉じ込められたままの銀次。


 もし、彼の呼吸が止まっているのであれば、脳死は確定したも同然で命すら危うい。


 リビングに集まった生徒達、騎士達も焦燥を抑えきれない。

 しかし、これ以上はどうする事も出来ない現状。


「…ゼェッ、ぎん、じ…ッ!八ァッ…!…銀次…ッ!」

「ハァ…ッ!…エマ、しっかり…ッ!」

「ハァ、ハァッ!…畜生…!!早く戻って来いよ、銀次ぃ!」

「……ッ!!」


 既に、エマは限界を超えていた。

 生命力も枯渇寸前。

 意識が朦朧として、呼び掛けの声もか細い。


 それを支えるソフィアも香神も同じく、限界はすぐそこまで近づいている。

 生命力を吸われ続けているエマを励ます気力も支える体力もほとんど無い。

 間宮がもどかしそうに闇の繭を睨みつけて、唇を噛んだ。


「ぐっ…!クソッ…!ここまでなのか…ッ!」


 闇の繭からの攻撃を防ぎ続けているゲイル。

 しかし、そんな彼の『聖なる盾(ホーリー・シールド)』は、今にも砕け散ってしまうのではないかと思うほど罅割れている。

 実際、彼自身も魔力枯渇が近づいている。


 今、彼の『シールド』が無くなれば、全てが瓦解するだろう。


「…も、もう…駄目…ッ!」

「…頑張ってくださいまし、イノタ様…!」


 伊野田は既に魔力も体力も気力も限界だった。

 元々、彼女は魔法も習い立ても良いところ。

 常人並の魔力しか持たないのだから、ゲイルと同様に『シールド』を張り続けた事自体が奇跡に近い。


 それを励ますオリビア。

 しかし、これまた彼女も限界は近い。


 最初の段階で、彼女は闇の繭によって拒絶され、攻撃を受けていた。

 その時のダメージが抜け切っていない状態での魔法の行使は、身を切るような痛みを伴っていた。


「…はぁッ!…ハァッ!もう少し、頑張って…!!」

「…ッ…はい!」

「…ウッ…グッ!」

「畜生…!」

「…あと、どれぐらい…ッ!?」

「分から、ゲホッ…ないわよッ!!」


 そして、オリビアへと魔力を供給する生徒達も既に、魔力枯渇を起こし始めていた。

 その調整役のシャルも、魔力は捻り出せるところまで捻り出している。

 騎士達も、最初の時の半分程まで減っていた。


 限界だった。

 この状況を、打破する次の手は無い。


 一縷の望みは、銀次の帰還のみ。

 しかし、その様子は微塵も見受けられない。


 緊迫と焦燥に満ちた空間に、絶望の二文字が舞い降りる。


「…『シールド』が、割れる…!」


 遂に限界まで罅割れた『シールド』に、ゲイルが瞑目した。


「…ご、めんなさい…!」


 魔力枯渇によって、床に倒れ込んだ伊野田。


「……ッいやです!まだ、諦めたくないのに…!!」


 魔力の限界を迎え、体の輪郭すら保てなくなりつつあるオリビア。


「…ギンジ…ッ!戻って…ハァ…ッ!こんなの、もう…!!」


 遂に彼女自身も、魔力を調整する気力も魔力も尽きた。


「…うっ!」

「……悔しいネ…っ!」

「クソぉお…おおお…ッ!!」

「…こんな、終わり方なんて…!!」


 河南も紀乃も徳川も浅沼も、次々と床にへたり込んでいく。

 床に這いつくばったまま、何も出来ない永曽根と榊原も、涙を零し歯を食い縛った。


「…もう、げん、かぃ…」


 ソフィアが、床にへたり込んだ。


「……畜生め…!」


 香神が後ろに向かって倒れる。


「……ッ!!」


 最後の気力を振り絞りつつ、エマの体を最後まで支えようと一人耐え忍ぶ。


 しかし、


「…このまま、じゃ…!」


 遂にエマの涙に濡れた瞳が、閉じられた。


「みんな、死んじゃうよ…ッ!…銀次、は、それで…良いの…?」


 祈るような、縋るようなエマの声。

 それが、精神世界に閉じ込められた銀次に届いたかどうかは、誰にも分からない。


 時刻は、既に2時半。

 問題発生から、30分が経過しようとしていた。



***



 ふわふわとした思考の中、昔の事をぼんやりと思い出していた。


 思えば、あの頃から虚勢を張るのも、意固地になるのも、ましてやなんでもかんでも抱え込むのが得意だったな。

 自分の事ながら少し呆れた。


 一瞬、意識が飛んだのかもしれない。

 何故か、斬り込んだ瞬間が、はっきりと思い出せないから。


 下を見る。

 そこには 互いの腹に、食い込んだ刃。


 見るからに、痛々しい。


 純粋な怒りや殺意、そして今まで背負って来た罪悪。

 負の感情とも言える全てを、オレは顕現させた師匠の愛刀『紅時雨』に乗せて、アグラヴェインへと斬り込んだ。


 対するアグラヴェインも、オレに純然たる殺意を持って答え、オレの腹に大刀の刃を食いこませた。


 これは、致命傷だ。

 お互いに。


 ただし、


「……見事」


 これが、現実の世界であれば。


 痛みは、感じていない。

 先ほどまでの一方的な蹂躙の時のような痛覚が一切感じられない。


 その代わり、鈍い刃物の感触が、内蔵を貫通している冷たい感覚だけがあった。

 しかし、それが当たり前のなのだろう。


 だって、ここはオレの精神世界だ。


「…こんな、抜き打ち試験は、もう二度と勘弁してくれ…!」


 上がった息を整えつつ、体に食い込んだ大刀の刃を引き抜く。

 お互いにゆっくりと一歩ずつ引き下がり、 


 先ほどまでの緊迫感は、いずこへやったのか。

 心底安堵したという声音で、オレを称賛したアグラヴェイン。


 お互いに刃を引き抜けば、そこには傷など一切見受けられない。

 血すらも流れていなかった。


 痛そうに見えたのは、見た目だけだった訳だ。

 さすがは、精神世界。


 なるほど。


「これが、『断罪』って事なんだな?」

「然様。…よう、気が付いた」


 何故か、体がすっきりとしている感じがする。

 それも、この『断罪』の結果。


「…謎掛けがまどろっこしいんだよ」

「はははっ!そう言うな、主よ。これも、試練よ」


 試練。

 そう言って、アグラヴェインは兜越しでも分かるように、朗らかに笑った。


 謎掛けとは、なんぞや?

 それこそ、試練とはどういうことなのか。


 って、最初オレは考えていた。


 コイツの存在意義は、オレを守ること。

 そして、オレの闇は、コイツの力となる。

 更に追加して、その力はオレ次第。


 だが、謎掛けに気を取られるあまり、アグラヴェイン自身の事をおざなりにしてしまっていた。


 最初、コイツは自らを『断罪』の騎士と名乗った。


 思えば、最初から答えを用意しておきながら、わざと謎掛けにしか意識が向かないように誘導していたのだ。


 コイツは『断罪』の騎士であり、オレに巣食っていた『闇』の精霊。

 その本質は、何か。

 勿論『断罪』だ。


 オレの闇は深い。

 それは、そうだ。

 なにせ、過去が過去だからな。


 それを、コイツは『断罪』する為に存在していた。


 『断罪』と言えば、簡単に言えば罪を裁くことだ。

 『罪を断つ』と書く通り。


 オレには、断罪されるべき過去が、それこそ数えきれない程ある。

 それが闇。


 その闇は、何も罪ばかりじゃない。

 溜め込んだ負の感情もまた闇となる。


 思えば、オレが体調不良になるきっかけは、そのほとんどが精神面からだった。

 異世界に来てからは、より顕著にその兆候が表れていた。


 更に、コイツはオレを煽りに煽っていた。

 まるで、怒りに我を忘れさせようとしているかと思える程。


 過去を引っ張り出し、生徒の声で惑わし、挙句には現実世界で生徒達への危険を示唆した。

 怒るな、と言われても無理だろう。


 コイツは、その全てをひっくるめた闇を、己の糧にすることで力を行使する精霊だった訳だ。


「…まずは、褒めてやろう。我が問いに良く答えた」

「…とはいえ、ちょっと無理があったというか、」

「甘えた事を言うな。我は知っての通り『断罪』の騎士。この程度の答えも導き出せぬ主など、主に値せぬ」

「ずっと試してたって事かよ…ッ」


 少し、イラッとしてしまったのは、仕方ないと思う。

 無理がある、と言った通り、謎掛けは抽象的過ぎるし。


 しかも、突然喧嘩を吹っ掛けて来た挙句、考える暇すらも与えてくれなかったのだ。

 文句を言ったって、罰は当たらないだろう。


「……そう言いながら、口元がにやけておるぞ」

「……バレた」


 とはいえ、これで、コイツの試練は終了した。

 手こずっていた精霊との対話が、これにてやっと完了した訳だ。


 これが、喜ばずにいられるだろうか。


「…現金なものよ」

「知ってらぁ…」


 皮肉を言われても、それを素直に肯定出来る程には気分が良い。


 これが、コイツの能力である『断罪』の結果だと言うなら、悪いものではない。

 心無しか体が軽いと感じるのも、そのせいなのかもしれない。


 初回は、水に流しておいてやろう。


「…けど、次は無いからな。オレは、サプライズは好きでも、されるのは嫌いだ」

「くははっ。それを、自己中心的と言うのでは無いのか?」

「言ってろ、コノヤロウ。これから、酷使してやるから覚えておけ…!」


 悔しいけど、それぐらいしか言えない。

 だって、シャルからはあんまり精霊と喧嘩するなって、言われてるし。


 しかし、なにはともあれ。

 これで、なんとか魔法の発現と行使は、目処が立ちそうだ。


「安易よな。我が力は、一朝一夕で行使出来る程易くはないわ」

「……飴と鞭は使い分けようぜ?」


 いや、試練も鬼畜な上に取扱い注意なんて、どんだけ無茶を言ってくれる訳?

 何度も言ってるけど、オレは今日が騎士昇格試験なんだけど。


 うげろ。

 そういや、現実では今何時になってるんだ?


 って、


「忘れてた!!」

「なんぞ?何をのんびりしているかと思えば、忘れておったとは、薄情な師よなぁ」


 ヤバい。

 アグラヴェインからの皮肉も、今はとりあえず無視しておく。


 何を忘れてたって、現実世界のことだよ。


 今、現実世界は何時になってるんだよ。

 さっき、エマの切羽詰まった声を聞いてからどれぐらい経ってる?

 更に言えば、オレの体が、今現在どうなっているのかも気になるし、そもそも魔力を暴走させていないとも限らないというのに。


 コイツに皮肉を言われて当然である。

 何を、のんびり答え合わせと談笑をしているのか。


「悪いが、もう行く!」

「行け行け。…次は、現実世界で会おうぞ」

「……分かった!」


 アグラヴェインへと背を向けて、オレは一も二も無く駆け出した。

 そんな事をしなくても、オレの精神世界なのだから自由に出入り出来た筈なんだろうが、気分は既に焦りに焦ってそんなところまで気が回らなかった。


 頼むから、生徒達に被害が及んでいませんように。

 心の奥底で叫んだ声。


 それが、ちゃっかりアグラヴェインに聞こえていたらしいけど。

 その時は、オレは微塵も考えていなかった。



***



「慌ただしい、主よ。……予想以上の器だった事は褒めてやろう。少しばかり、心遣いもしてやろうとするか…」


 暗闇の中、また闇の中に溶けたアグラヴェイン。


 主のいなくなった、ただ一人の空間に独り言を呟いた。

 それも、また闇の中に消えていく。


「…存外、この闇は心地よい。だが、く気付かれよ、主。…闇とは冷たく、また寂しいものだ」


 それ以降、彼はまるで眠るかのように瞑目した。

 次に彼が眼を開く時は、おそらく銀次が魔法を発現した時に他ならないだろう。


 ただし、


「……精霊遣いの荒い事よ」


 それが存外、早く訪れる事に、彼もまた予想だにしていなかった。



***



 それは、唐突に起こった。


 今にも瓦解しようとしていた、『シールド』とエマの生命力供給。


 実際、全員が全員、限界を迎えようとしていた。


 意識が朦朧としたエマ。

 へたり込んだソフィア。

 体を動かす事も出来ない香神。

 小さな体でエマを一人で支える間宮。


 『シールド』が弾け飛ぶ瞬間を眼に焼き付けたゲイル。

 魔力枯渇で倒れ伏した伊野田。


 体の輪郭がほぼ見えなくなってしまったオリビア。

 その背後で、遂に力尽きたシャル。


 シャルに引きずられるようにして、倒れ込む河南。

 河南に寄りかかっていた紀乃も同じ。

 後ろにひっくり返った徳川。

 それに引き摺られて倒れ込んだ浅沼。


 見ているだけだった自分に苛立ち頭を抱えた永曽根。

 同じようにして、悔し涙で顔を歪ませた榊原。


 騎士達も、既にほとんどの者が限界を訴え、その場で蹲っていた。


 しかし、


「………っ?」


 最初に異変に気付いたのは、誰だったか。


 襲い来るだろう、衝撃は訪れなかった。


 ゲイルの張っていた『シールド』が砕け散った、澄んだ音を聞いた時、誰もがこの状況の最悪の終わりを悟った。


 だが、その後に続く筈の破壊の音はいつまで経っても訪れない。

 けたたましい音を立てて『シールド』に殺到していた『闇の矢』は、それこそ一本も飛来していなかった。


「……な、にが?」


 来る衝撃に構えていたゲイルが、眼の前を確認する。


 今しがた、エマの命を吸い尽くそうとしていた闇の繭。

 そして、その中に浮かぶ、友人・銀次の姿。


 脳裏に焼きついた光景は、


「消えた…?」


 しかし、その場所には無かった。


 あるのは、霧散した闇。

 繭の形を作っていただろう、それは空気に溶けるようにして消え去っていく。


 更に、


「……う…っぐ…ゲホッゴホッ!」


 その闇の繭があった筈の床の上。

 四肢を投げ出した、銀次がそこにはいた。


 荒い呼吸と、完全に脱力した体。

 唇は真っ青で、顔も随分と真っ白に見えた。

 未だ体から闇が立ち上っているのは、先ほどの繭の残骸か、それとも別の影響なのか。


 思わずゲイルは、二の足を踏んで硬直してしまった。


「……銀次、なの?」


 ぽそり、と呟かれたか細い声。


 しかし、静寂に満ちた空間には、息使いすらも響いた。


 今にも死にそうな程に憔悴したエマ。

 実際に、彼女は確かに死にかけている。


 その実、今生きているのすら奇跡に近かった。


「…ゲホッゴホッ…!!…エマか…?」


 咳き込んでいた銀次。

 だが、彼は確かに、そんな彼女の声に答えた。


 そして、


「ご、めんな…エマ。…ちょっと、遅くなっちまったけど、戻って来た…よ」


 荒い呼吸と、途切れ途切れの言葉。

 それでも、彼は伝えた。


 精神世界の中で、聞いていた彼女の必死の呼びかけへの返答を。


「…うんっ…」


 その場で、涙を零したエマ。


 体を支える事すら困難な状態で、間宮に支えられているだけの彼女。

 だが、その顔には満足そうな笑顔が浮かんでいた。


「…大変、だったろ?」

「…うん…っ」

「…ごめんな…」

「…うん…っ」


 ずるりと、床を這いずるようにして、銀次が上体だけを起こした。

 そのままの恰好で、緩慢な動作で移動する。


 移動した先は、自力では体を支える事も出来ないエマの元だ。


「ごめんな…」


 再三の謝罪の言葉。


 エマの姿を改めて見て、銀次は瞑目した。

 治癒魔法によって回復し、腕に傷は無い。

 しかし、その名残としてジャージの袖やその下に来ていたであろう衣服は無残にも切り裂かれていた。

 切り裂かれた布地には、血も滲んでいた。


「これで、二度目だ…傷つけて、ごめん」

「……うっ…ひっく…ぎん、じぃ…ッ!」


 お互いに満身創痍のような状況。

 それでも、銀次は精一杯の気力を振り絞って、彼女の体を自らの腕に抱き締めた。


 支えていた間宮が、少しだけ力を抜く。

 それだけで、エマの体は簡単に銀次の体に預けられた。


「…ちょっと、待ってな?…今、少しだけでも回復してくれるって、アグラヴェインが……」

「…ぐすっ…ひっ、ん…っ…うん…!」


 それは、ちょっとした『闇』の精霊からの、お詫びだったのかもしれない。

 試練とはいえ、このような状況に陥るまで、宿主を精神世界に監禁していたのだ。


 彼の言葉を借りるのであれば、少しばかりの心遣い。


「……オレの、魔力を介して…生命力を送り込む。…オレのカンスト魔力も、こういう時には役立つもんだな…」

「…っ…ふ、ふふ…っ!…そうだな」


 茶目っ気を織り交ぜながら、銀次は今一度眼を閉じた。

 脳内に響くのは、精神世界に行かずとも対話がこなせるようになったアグラヴェインの声。


 そして、その心遣い故の助言。


『…なるべくゆっくりと注ぎ込め。体が耐えられる状況では無いだろうからな』


 こんな事になったのは、誰のせいだ。と思わず毒づくものの、それ以外は助言に素直に従った銀次。

 言われた通りにゆっくりと慎重に、エマへ魔力を送り込む。


「…あ…ん…っ冷たい…」

「…ッ…ちょっと、我慢してくれ…?」


 抱き合った事で、お互いの吐息が耳元を掠める。

 その二人の姿を、半ば放心状態となっていながらも、どこか羨ましそうに見ているソフィアや伊野田、シャル。

 シャルにいたっては、若干悔しそうにしていた。


 彼女達以外にも、ゲイルやオリビア、生徒達は茫然とその様子を見ていた。

 固唾を飲んで見守っているとも言える。


 そうしている間にも、魔力を介して生命力を送り込み続けていた銀次。

 若干、眩暈でも感じるのか、眉を顰めていた。


 対するエマは、流れ込んでくる魔力と生命力にの冷たさに翻弄され、身悶えながらも彼の胸に体を預けていた。

 まるで、心臓が一体となっているような錯覚を抱いてしまうほど、鼓動や息遣いを感じ取れる距離感。


 段々と生命力が満たされていき、体の不調が消えたエマ。

 次に襲い来るのは、その距離感による歓喜と羞恥であった。


「(…銀次に抱き締めてもらうの…こで、二回目…ッ!)」 


 嬉しいやら恥ずかしいやら、と身悶えしているのか、彼から送り込まれる魔力と生命力に身悶えしているのか。

 何が何やら分からない状況に、涙も引っ込んだ。

 内心ではパニックとなりつつも、彼女はその体勢を堪能すべく彼の背中へと手をまわした。


「………ッ…!」


 それに、少しだけびくりと反応したのは、銀次。

 エマは一瞬、眼を瞬いた。


 集中していたところを邪魔してしまったか、と内心焦ってしまったが、


「……エマ、もうちょっと強く抱きしめてくれるか?」

「…えっ?」


 徐に口を開いた銀次。

 彼の言葉は、叱咤でも恨み事でも無く、催促であった。


 どうやら邪魔をした訳では無かったらしい。

 彼女は安堵すると同時に、恥ずかしさに戸惑う。


「……温かい…な」

「…う、うん…っ」

「……オレも、お前も…生きてるよな?」

「………うん」


 何かを確かめるように、銀次が呟いた。

 エマは、言葉の意味に少しばかり理解が及ばなかった。


 しかし、合点はいった。


 今は、このような格好になってしまっているが、先ほどまで本当に死を覚悟していたのだ。

 それは、こうして抱きしめ合っているお互いに。


 だからこそ、


「……もうちょっと…」

「…うん」


 お互いの生を確かめるように、抱き締めあった二人。

 既に魔力を介しての生命力の供給は終えて、惰性に身を任せているような現状。


 それに気付いていないのは、エマだけだった事だろう。

 実際、ソフィアと伊野田とシャルと言った女子組一同は、頬を膨らませ始めている。

 ちなみに、オリビアはほとんど輪郭を持っていない中、その様子を微笑ましそうに眺めているだけだ。


「…ごめんな、エマ。…また、オレは繰り返した…」

「…も、もう良いって。…ほ、ほら…怪我だってしてないし…」

「……無理しなくて良い。怒って良いんだ」

「そ、そりゃ、確かに、そうだけど……っ」


 しばらく、そうして抱きしめ合っていた二人。

 そのままの格好で、銀次もエマも、奇しくも依然と同じ状況に内心で苦笑いをしていた。


「…前にも言ったけど、あんまり謝んなよ。あたしが悪いみたいじゃんか」

「……それは、ゴメン」

「そ、それに、ちゃんと、戻ってきてくれたじゃん…。あたしだって生きてるし、銀次だって生きてる」

「…うん」


 あの時は、こうして抱き合っても、それ以上の余裕は無かった。

 しかし、あれから半年が過ぎた現在、銀次にももちろんエマにも若干の余裕は生まれていた。


「だから、あんまり気張んなよ。抱え込まなくて良いし、一人でなんでも解決しようとすんな」

「…ああ」


 若干、説教染みた口調のエマ。

 少しばかり、今まで溜め込んでいた愚痴や不満が、抑え切れなかったようだ。


「後、もうちょっと、自分の事大切にしてよ。…こんな事で死にかけてたら、命が幾つあっても足りないよ?」

「……ああ、…善処する」


 再三言われ続けていながらも、認識出来ていなかったその虚勢。

 慣れ過ぎているからこそ、疎かにしてしまった命。

 何度言われれば気が済むのか、とエマは苦笑い。

 そして、銀次は自嘲に、唇を歪めていた。


「…ありがとう、エマ」

「…うん」

「…それから、やっぱりゴメン」

「……うん。でも、次謝ったら殺す」

「…容赦ねぇな」


 改めて、抱き締め合っていた体を離して、二人は見つめあった。


 目元を真っ赤にしながらも、穏やかに笑ったエマ。

 そのエマの様子に、少しばかり眼を見開きつつも、同じく微笑んだ銀次。


 その眦には、少しだけ涙の跡が残っていた。


 そろそろ、午前3時を回ろうとした時刻。

 特別学校異世界クラスで突如起こった、教師自らの魔力の暴走。


 それは、問題発生から約1時間の間に、なんとか収束した。 



***

一騎討ちからの相討ちというのは、ロマンしか生まれないと考えているのは作者だけでしょうか?


精神世界で奮闘するアサシン・ティーチャーと、現実世界で奮闘する生徒達、女神、教師達。

やっと収束しました、暴走教師。

頭を捻って考えた謎掛けの答えや説明書きには、作者自身も納得がいっていません。

なので、後々改稿するかもしれません。


ずるずるとまた長くなってしまって、更には最後エマオンリーで終わるとか言うオチ。

後一話と、踏ん張ってみましたが、やっぱり後日談も含めてもう一話続きます。


今回ばかりは、本気で申し訳ないですが、誤字脱字多いと思われます。

眼がしょぼしょぼして見えなくて…。

ご指摘ありましたら、感想まで。


誤字脱字乱文等失礼致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング よろしければポチっと、お願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ