表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
特別学校異世界クラス設立
6/179

4時間目 「実習~謝罪は誠心誠意、真心を込めて~」

2015年8月28日初投稿。


連続投稿失礼致します。

アクセス数1000を越えました。ありがとうございます。


拙い文章ではありますが、これからも精進いたします。


(改稿しました。)

***



 さて、その翌日である。


 昨日のオレの評価の事はさておいて。

 悲しいことに、オレの威厳も戻ってきてくれなかったし、生徒達のあらぬ方向の誤解も解く事は出来なかった。

 オレの称号は、今も『変態教師』のままだ。


 結局、生徒達はそのまま、オレの部屋で就寝する事となり、例の如く女子組はオレのベッドの半分を占領してくれた。

 まぁ、キングサイズ並みのベッドだったから、狭くは無かったけどね?

 それでも、色々問題があるという事を考えて欲しかった。


 ちゃっかり隣を占領してくれた伊野田とソフィア。

 エマは何故かペナルティという名目で、ソフィアの隣で眠ることになった。

 この状況も、生徒達から『変態教師』と言われる所以になるというのに、女子達は誰も気付いてくれない悲しい現実。


 女子組は、仮にも女顔とは言え、男と同衾したという事実をもっと重く受け止めてほしい。

 危機感が足りないどころか、貞操観念が根本から行方不明だ。

 どこで教育を間違ったんだろうか…。


 寝起きそのままの頭をぼりぼりと掻いて、思考をどこかにやろうとする。

 しかし、それは、生徒達から見ると、思考を紛らわす行為には見えなかったらしい。


「あ、そっか。先生、お風呂入って無いんだよね?」

「お風呂?」

「うん。あたし達、先生が寝てる間に、お城の中の大浴場を使わせて貰えたの」

「なぬっ?」


 それは、羨ましい。

 この世界に来てから、もう6日が経とうとしているが、オレは一度もお風呂に入れていない。

 正直、夢見の悪さや冷や汗やらで、体がべたべただから不快で仕方無かったのだ。


 まぁ、拷問から解放されて、2日間昏倒していたからなぁ。

 風邪もひいてたみたいだから、風呂に入れようとは思ってもくれなかっただろう。

 拷問で受けた傷については、眼が覚めれば傷が治療されていたので大丈夫だったが、衛星面では気をまわしてもらえていなかった。

 謁見の準備の為に、一応体は拭かせて貰ったが、頭がべたべたする。

 ついでに、お忘れのないように言っておくが「カツラ」なので、地味に熱が篭もってしっちゃかめっちゃかだ。


「後、ご飯もおいしかったよ?」

「ムニエルとか、貝の蒸し料理とか出たの」

「へぇ~」


 改めて聞いてみると、生徒達は意外と好待遇を受けていたようだ。

 風呂から始まり、豪勢な食事に、メイドや執事が徹底的に付いて、甲斐甲斐しく世話を焼かれた様子だ。

 まぁ、オレが目覚めた後も、似たようなものだったが、メイドは遠慮させて貰った。

 自分でやれることは、極力自分でやりたいというポリシーがあるのと、毒や暗殺への警戒だった。


 まぁ、ジェイコブやメイソンの話を聞いた後は、杞憂だと分かったので勿体ないことをしたなぁと思ってもいたものだが、


「伊野田なんか、お姫様かってぐらいにちやほやされてたのよ?」

「やっ、ちょっ…!ソフィアちゃん!」

「本当の事じゃーん!」

「そうそう、満更でも無かったでしょう?」

「ちょっと、榊原君までぇ!」


 伊野田をからかう、ソフィアや榊原。

 その様子は、ちょっとした旅行気分のようにも見える。


 一応は、礼節は通してくれたようで、安心する。

 この城に滞在する間の事は、正直不安だったし、オレが寝ている間に生徒達がどんな思いをしていたのか、と冷や冷やしていた一面もあった。

 心無しか、生徒達の気も緩んでいるように思える。

 オレと合流した事も勿論だろうが、この城での接待や待遇が、少しは生徒の心をほぐしてくれたのであれば、文句は無い。


 まぁ、オレ達への行為が、それによって打ち消しになる事は決して無いのだが。


「(こてり?)」

「ああ、何でも無い」


 オレを見ていた間宮から、首を傾げるポーズをいただいた。

 それに対して、苦笑と共に手を振る。


 ちなみに、間宮は、どうもオレに忠誠でも誓ったのか、オレの後ろをぴったりとくっついて離れなくなった。

 左斜め後ろに控え、朝から何かしらの世話を焼いてくれる。

 背中を拭いてくれたり、背広を着せてくれたり、ふらついた体を支えてくれたり。

 ついでに、何故か知らないが、熱烈な視線も受けている。

 この子、本当にオレが何者か知らないんだよね?


 出来れば、このまま教師と生徒としての立ち位置をキープして貰わないと困るし、左側はオレにとって鬼門だからあんまりうろちょろされるのは御免被りたい。

 まぁ、ゆっくり話し合っていくしか無いだろう。

 現役ストーカーだけにはならないでほしいというだけ。

 頼むから、オレの平穏をこれ以上壊してくれるな。


 さて、閑話休題それはともかく


 オレ達は、現在、王城の中を移動中。

 送迎係の騎士達に連れられて、王様とやらの待つ謁見の間へと向かっていた。

 騎士達のメインカラーは、緑系だった事からジェイコブ達よりも、更に上の地位の騎士達のようだ。


 ……そういや、今更だけど、


「(拷問吏として来た女騎士、白系の鎧をまとっていたような気がするのは気のせいだろうか?)」


 脳内を支配する、嫌な予感。

 白系って言ったら、ジェイコブ達の話を信じれば、一番上の位にいる騎士団なんだが…。

 まさか、あんなどSで筋肉フェチの痴女騎士が、騎士団のトップだとは思いたくないんだが?

 ってか、これから会うことになるとか言わないよ、…な?


 ぞわりと、背筋が粟立った。

 しかし、そこで、


『到着いたしました。少々、このままでお待ちくださいませ』


 目の前には、頑強そうな大扉があった。

 全長は8メートルから10メートル程で、横幅も大体同じぐらい。

 前段階も無く見ると、軽く門のようにも見える。

 ここが、謁見の間となるらしい。


『ギンジ・クロガネ様御一行をお連れ致しました!!』


 司令官らしき騎士の声に、その大扉が内側からゆっくりと開かれた。

 蝶番の軋む重たい音と、その扉の厚さに目を見張る。

 思わず背中に汗が張り付いた。


 この大扉から逃げ出すとすれば、少し手間取るかもしれない。

 ………いや。

 逃げ出すことを前提に考えるのはやめた方が良い。

 ただでさえ、オレの嫌な予感は良く当たるしな。


 そうこうしているうちに、大扉は開いた。

 門が開いているのと同じだと感じるのは、やはり規格外の大きさのせいだろう。


 オレ達が、その扉を呆然と眺めていると、その扉の前には見知った顔があった。


『了承いたしました!ここからは、『蒼天アズール騎士団』団長、オリバンダーが務めます!』

『了承しました!お任せいたします!』


 ジェイコブだ。

 彼は、どうやらファミリーネームをオリバンダーと言うらしい。


 そして、彼はオレ達を送迎してくれていた騎士達から、案内役を引き継いだようだ。

 声は、強張っている。


『こちらへどうぞ!』


 昨日とは打って変わった、委縮した姿。

 どうやら、昨日オレに内情を漏洩させてしまった事で、相当大目玉を食らったのだろう。

 ついでに、


『あのふてぶてしい騎士はどうした?

 この場で直接、公開処刑にしてやろうと思ってたのに、』

『今回は外しております』

『そりゃ、残念だ。アンタ達から情報を搾取するのが楽しくて仕方無かったのに、』

『………。』


 あのメイソンと言う騎士はいなかった。

 それに対し、オレでは無くエマがホッとした様子を見せている。


 オレの嫌味には、ジェイコブは黙った。

 黙って目線を逸らし、気不味そうな顔をして先導を始めた。 

 やはり、大目玉を食らったらしいな。

 我ながら、良い仕事が出来たものだ、と自画自賛をしておいた。


 そんな内心を余所に、ジェイコブは謁見の間を進む。


 階段を伴って至る玉座まで、まっすぐに赤いベルベットのカーペットが続いていた。

 玉座は空席となっているが、後々にはそこに国王様が座る事になるだろう。

 両側には、衛士達が立ち並び、一見すると物々しい雰囲気だった。


 ……って、あ゛。


「(やっぱり、いやがった…)」


 オレの視線は、玉座からすぐの位置に貼り付けにされてしまった。

 白い甲冑で、今日は兜を被ってはいるが、背中に垂れた毒々しい程の赤い髪は忘れようがない。

 あの拷問吏の女騎士だ。

 やはり、白い甲冑に、意匠も白。

 しかも、位置的には、序列が一番高い場所にいる。


「あ…あの女騎士…!」

「あの時の、」

「なんで、あんなところに、」


 生徒達も気付いたのか、背後から緊張した気配を感じる。

 斯く言うオレも、背中が疼いた。

 傷は残らず治療されたとはいえ、あの時の鞭打ちの痛みや、傷に塩を塗りたくる水攻めの苦痛は、未だに体が鮮明に覚えている。


 オレだけではなく、あの女騎士も気付いたらしく、オレ達へと視線を向けている。

 ただ、その眼には、ジェイコブ達と同じく、気不味そうな感情が含まれていた。

 おそらくは、こちらもこちらで、大目玉でも食らったのか。

 もしくは、これからオレ達からの叱責を身構えて、内心で恐々としているのかもしれないが、今のオレ達には分かる筈も無い。


『こちらで、お待ちください』


 前を歩いていたジェイコブが、レッドカーペットから退いた。

 オレ達は、まっすぐに玉座を見上げる位置で停止した。


 ちなみにではあるが、生徒達には全員、朝の段階で必要な連絡事項を伝えておいた。

 それは、万が一を見越しての、フォーメーションと合図である。


 菱形の陣形を取り、オレの背後には女子達、外枠には男子達を配置。

 頂点に立つのはオレで、角に立つのは右回りに香神、間宮、永曽根だ。

 伊野田には、オレの真後ろに待機してもらい、オレの背中で出した合図をすぐに汲み取って貰う役目を持っている。

 彼女の身長のおかげで、オレの手元は隠れる。

 ついでに、外側からだと彼女は騎士達にもおいそれとは見る事が出来ない。

 おかげで、合図もそうだが、オレが腰のホルスターに吊った銃器も隠せる為、騎士達に武器を抜いた瞬間を悟らせるのを遅らせられる。

 その間に、楽に国王を射撃も出来る。

 そうなっては欲しくないと思いつつも、万全の状態を取っていた。


『国王陛下、ご到着!』


 そこで、国王が入場した。

 オレ達が入ってきた扉とは正反対の、奥から階段をゆったりと降りて来た国王。

 豪奢な鎧に、派手な赤色のマント。

 頭に王冠をいただき、錫杖のような杖を片手に携えていた。

 物語などでに現れる国王然りの格好をしている。

 だが、顔立ちはどこか違和感が伴っていた。

 なにせ、意外にも端正な顔立ちをしていたからである。

 白髪交じりの口髭を見るに、初老の歳の頃なのだろうが、その顔に刻まれた皺はそこまで多くは無いし、頑健そうな表情に、眼の色はどこか鷹を思わせた。

 武道家気質のようで、鎧の上からでも腹は弛んでいるようには見えないし、足取りはがっしりとしている。


 そして、先ほども言った通り、鷹を思わせる眼は、抑揚に内心を語っているように思えた。


 『お前達は何者だ?』


 険しい表情は、おそらくオレ達を威嚇しているのだろう。

 その反応を見て、見極めようとしている。

 オレ達が信用できるのか、もしくは利用できる価値があるのか。

 ある意味、値踏みをしているという様子。


 玉座に辿り付いた国王は、一通りオレ達を睥睨した後、ゆっくりと玉座に座った。

 その途端、両サイドに控えていた騎士達や、官僚達が揃って頭を下げる。

 どうやら、この国の作法では、国王の着席と同時に頭を下げるようだ。

 

 ただ、オレ達は別に下げる必要はない。

 だって、これから謝罪を受ける立場だし、礼節を返す必要は無い。

 数名の騎士や官僚から鋭い視線をいただいたが、微動だにしなかった。


『異国の者達よ、表を上げよ』


 謁見の間に響いた、渋みのある重厚な声。

 声音の質は、確かに男性が初老を迎えている事を裏付けていた。

 何事も無ければ、この渋めのバスボイスに痺れてもいたかもしれない。


 ただ、滑稽だ。

 もともと、オレ達は頭を下げてはいないから。


 表も何もねぇよ。

 何を勘違いしているんだ?


 そのまま、滑稽な国王様には続けていただく。

 変な間と、嫌な沈黙が謁見の間に降りたが、しれっとしたまま、オレは国王の様子を眺めているだけだった。

 

『此度は、このような機会を設けていただき、真に感謝する。

 当方の手違いとはいえ、貴殿等には悪いことをしてしまったと、心より謝罪をの意を表す、』


 国王は、変な間も嫌な沈黙も無かったことにした。

 そして、オレ達に改めて面会に応じたことへの感謝と、謝罪を行おうとしているようだ。

 まず、最初の出出しは悪かったが、内容は及第点ってところだろうか?


 そこで、オレはわずかに息を吸い込んだ。

 意識を眼に集中させる。


『真摯な対応を期待する。

 こちらとしても、これ以上は譲歩するつもりは無いのでな、』


 そして、兆発を込めて、玉座に座る国王の瞳へと直接叩き込む殺気。

 加減はしたが、効果は覿面だったようだ。


 びくりと、国王の指が跳ね上がる。

 体も、心無しか強張ったように見えた。


 それだけでは無く、周りにいた近衛騎士や、官僚達すらもたじろいだ。

 ただし、ピンポイントで打ち込んだ筈だったのだが、官僚達が数名、腰を抜かしへたり込んだ。

 ……ちょっと、加減を間違えたようだ。


 だが、これはちょっとした意趣返し。


 向こうは、最初から力でオレ達を、抑え付けた。

 今更言ってもただの言い訳に聞こえるかもしれないが、奇襲では無く話し合いだったなら、生徒達が拘束されなければ、制圧していたのはこっちの筈だった。

 それが可能に出来る武器は持っていたし、騎士達の練度は言っちゃ悪いが、健同道場の門下生に毛が生えた程度だ。

 それが出来なかったのは、先にも言ったが奇襲のせい。

 ついでに、魔法の存在がある種の抑止力になってしまったから、二の足を踏んでしまった。

 オレ達が、状況を把握していなかったのも、問題のうちに含まれる。


『こちらは、害された身。それ相応の対応を求めているのだが、それに対し陛下は、どのように考えておられるので?』


 建前ではあるが、一応は確認を取っておく。

 どう考えているのか、というのは、今後どうするのか?というニュアンスを含んでいる。


 この状況なら、遜るよりもきっちりと意見を述べた方が良い。

 向こうは謝罪の名目を掲げておきながら、謁見という形を取って体裁を守っているが、騎士達の剣呑な様子を見ると、こちら側を下に見ている傾向があるようだ。

 こっちが被害を受けたのだと、知っている者が明らかに少ない。

 それに対して、国王がどう対応するかを喧伝させ、オレ達の身分や処遇を決めて貰わなければいけない。

 これで無礼と言われるのなら、この国は皮肉的に高尚な国家となるし、それがこちらの返礼だと返す事も出来る。

 交渉は嫌いだが、やる事はするさ。


『貴様、国王の御前で何を…!』

『口を慎め!』

『無礼者…!』


 近衛騎士の一部が噛み付いてくるが、それも無表情で受け流した。

 いや、実際には眉根が寄ったかもしれないが、


『静まれ』

『なっ…国王陛下!』

『良いのだ。非は、こちらにある』


 しかし、国王の言葉は、騎士達の言葉を一蹴。

 これによって、少なくとも頭でっかちなプライドばかりの粗暴な王では無いことが分かった。

 だが、オレに対し、厳しい目線を向けているのは何だろうか?

 警戒しているのか、もしくは試しているのか。

 オレがどの程度まで、この国王とやらの威圧と、バックに控えた国家という重厚な敵に耐えられるのか。


 やはり、この王は武道家気質だ。

 その視線は、どこか永曽根や、オレの同僚兼友人を彷彿とさせる。


 やれやれ。

 交渉事は、あまり得意では無かったのだが。

 というか、オレ教師になった筈なのに、なんでこんなところで国王陛下と謁見しているのか、理解に苦しむんだが。

 おれの平穏はどこに逃げた?


 閑話休題それはともかく


 内心で首を竦め、国王からの視線に堂々と応じてみせる。

 ここで、眼を逸らしたり、間違っても怯えるなんて事はあってはならない。

 だから、腹に力を入れたまま、少しだけ威圧を強めた。

 ふと、国王の視線が、瞬き一つ分ではあったが揺れる。


 オレは、別にこの国王を嘲るつもりはないし、見下しているつもりはない。

 この国王が、オレ達の校舎を破壊し、オレ達を連行した訳でも、拷問した訳でもない。

 だが、その部下がした事は、結果的に国王が負わねばならない責任だ。

 やった事はやった事で、謝罪はして貰わなければいけないし、先に譲歩はしないと言ったのだから、後に引く訳にはいかない。

 そもそも、先に謝罪を名目にして、謁見まで申し出たんだ。

 謝罪をするなら、先にしろ。

 言葉だけで済ませずに、真摯な態度と、礼を尽くせ。


 ただし、別に報復とかを考えている訳ではない。

 国家を相手に、オレ一人で奮戦出来るとは思っていないし、今の時点では武装も心許無いのでやる気も無い。

 事を荒げる事はしない代わりに、糾弾は思う存分やってやるけどな。

 

 王権国家とは言え、独裁ではないだろう。

 根も葉もない噂など、どこで広めれば簡単に蔓延するかぐらいは、オレは知っているからな。

 そして、その噂を広めたくない理由が、少なくともこの規格外の待遇である謝罪の中に含まれているのも分かっている。

 だからこそ、オレもこうして強気で臨んでいる。

 お互いに覚悟をしなくてはいけないのが、今の段階だ。


 暴力も受けた。

 侮辱も受けた。

 それ等を甘んじて受けたのは、確かにオレだ。


 だが、謝罪を受けるか受けないかで、今後の関係性は大きく変わって来る。

 オレ達が受けた屈辱に対し、この国が誠意を見せるのであれば、それはそれで良し。

 見せないのであれば、こっちはこっちで気楽に糾弾できる。


『…それ以上の返答は無しか?

 オレ達が受けた恥辱に対する返礼が、無礼者だと言うのなら、オレ達もそれ相応の対応はさせて貰うが、』


 そう言って、先ほどオレへ口を慎めだの、無礼者だのと言った騎士達へと眼を向ける。

 その眼は、怒りに爛々と煮え滾っている。

 やはり、こちらの被害状況を聞かされていない騎士達が大半だな。

 知っているのは、おそらくあの女騎士達の近衛騎士と、立会となっているだろうジェイコブ達の序列下位の騎士達。


『オレ達は、この6日間で何を失ったか分かっているのか?

 校舎は焼かれ、寄る辺を奪われた。

 騎士達に連行され、拷問を受け、平穏すらも奪われた。

 この中には、少なからず傷を負った者もいるが、それに対する返礼がオレ達を嘲けり、罵倒し、見下す言葉であると?』


 思わず、キツク握りしめた拳。

 わずかに痛みを発したので、爪が食いこんで皮膚が裂けたのかもしれない。


 存外、オレも怒りは溜め込んでいたらしい。

 こうして、御託は並べてはいるものの、どちらかと言えばそっちよりも、生徒達の事に対して怒っている。


 傷を受けた生徒もいる。

 外面的にも内面的にも。

 特に内面的な傷に関しては、時間を掛けない事には癒える事は無いだろう。


 特に女子組は、相当疲弊している筈だ。

 明るく、気丈に振舞ってはいるが、昨夜一緒に寝た時には、全員が涙を零していたのを知っている。

 特にエマは、勘違いの末に、メイソンから娼婦扱いをされていた。

 それに関しては、オレが拷問された事によりも腹を据えかねているし、謝罪をもらったとしても怒りが収まらないだろう。

 だからこそ、せめて真心と、礼節を持って応えて欲しい。


 それが、言葉に出さずとも伝わったのか、


『此度、我等は、貴殿等を冤罪にて拘束し、無用な懲罰を科した。

 貴殿等には怒りを持っている者も多々いるだろうが、臣下の責は、私が代表し、深く謝罪する。

 済まなかった』


 国王は、座ったままではあるが、頭を下げた。

 自棄にあっさりと、オレにとっては驚くぐらいには。


 そして、国王に続いて騎士達、官僚達も頭を下げた。

 状況が飲み込めていない人物も多いようだが、国王が頭を下げているのに、その部下が頭を上げている訳にはいかないのだろう。

 特にジェイコブ達は、深々と頭を下げて真摯な態度を見せている。


 ふぅと、半ば辟易としながら、溜め息を吐いた。

 安堵も含めた、やや長めの吐息。

 少しだけ、肩の力が抜けたように思える。

 背後の生徒達も、オレと同様に驚いている気配が見え隠れしている。


 睨み合いが続く事は覚悟していたのだが、まさかこんなにもあっさりと謝罪を受けるとは思ってもみなかった。

 意外過ぎて拍子抜けをしてしまう。

 生徒達には、内緒にしておこう。


『謝罪だけで済むのか?』

『無論、それだけで済むとは思っていない』


 頭を垂れたままの国王。

 そこに、オレは更に畳み掛けるようにして、声を掛ける。


 謝罪を引っ張り出せたのは重畳。

 だが、次に残っているオレ達の問題は、今後の展望である。

 突然このような異世界に放り出されて、オレ達には帰る場所も先立つものも無いのだが現状である。

 これからの生活をどうするのか。

 生きていく為には、何をしなくてはならないのか。

 この世界の常識だって、まず言葉とて喋れない。


 ならば、それを徴収するのは急務。

 むしろ、当り前。

 出来れば、この王国に、オレ達への贖罪の感情が残っているうちに、叩き出せるものは叩き出しておきたい。

 不躾と言うなかれ、これも立ちまわる為の立派な処世術だ。


『気持ちばかりではあるが、此方で貴殿等に、目録を用意してある。

 目録に関しては、宰相より報告する』

『拝命承りました』


 国王の脇に控えていた男が。不承不承ちと言う様子で進み出る。

 近衛とは違う格好をしていたが、宰相という呼び名の通りだろう。


 彼は、羊皮紙を丸めた品書きを縦に構えてオレ達に寄贈される予定だと言う物品の目録を読み上げている。


 内容は、以下省略。

 簡潔に述べれば、


 一番目に、礼目。

 これは、謝罪を述べたものと、その目録を記したもの。

 要は、謝罪文書と証明書だ。


 二番目に、金品。

 1万Dm(ダム)(※日本円にしておおよそ100万ぐらいと思われる)と共に、その他の希少価値の高い宝石や衣服など。

 中には、オレの知らない単語があった事から、推測ではあるがファンタジー要素の高い物品も含まれている可能性は高い。


 三番目に、一時的な家屋の提供。

 そのままの意味だ。

 住所で説明されても分からんが、国で管理運営している家屋を無償で提供してくれるとの事。


 4番目に、国賓としての扱い。

 これも、そのままの意味だ。

 おかげで、この国の中であれば、多少は融通を利かせられるようになったと言う事だ。


 これが、全て。

 これ等が、ある日突然異世界に放り出されたオレ達が、たった6日で手に入れたアドバンテージだと言う訳だ。

 思わず隠していた右腕を握り締めて、小さくガッツポーズ。

 最初から用意されていた感が満載で不安は拭えないものの、これなら当面の目処は立ちそうだ。


 二番目と三番目は当初から重要視していたものだ。

 オレも、まずその二つについては、どうしても最初に確保しておきたかったので願ったり適ったり。

 家屋については、選べない事に関しては残念ながら、貰えるだけありがたい。

 四番目に関しては棚ぼたとしか考えていない。


 交渉には心許無い心持ちではあったものの、最初の扱いとは雲泥の差である。

 掌返しにも程がある。

 だが、まぁ、


「(……そうまでして、オレ達をこの王国から逃がしたくないのかねぇ)」


 裏を返せば、これだけの事をしてでも、ここに繋ぎとめておく価値が、オレ達にはあると言う事だ。

 やはり厄介事だろうが、受け取るしかないのが現状だ。

 仕方なく、目録を受け取った。

 その目録がオレ達に手に渡ったと同時に、国王は再度口を開いた。


『今回の件は、真に遺憾な事であった。

 我等は、我等の偉大なる国賓を無碍に扱った事を深く受け止め、今後は貴殿等の保護を申し出たいと思っておる』


 内容は、そのまの解釈で間違っていないだろう。

 若干、上から目線は否めないものの、これも体裁と考えた方が良いのだろう。

 騎士達や官僚の一部も、まだ納得をしていない連中がいるらしいからな。


 貰ったものが随分と多いので、まだ溜飲は下がるものの、


『こちらも譲歩はする。だが、期待に沿えるかどうかは今後次第だ』


 あまり、これ以上貰いたくないのも本音。

 贖罪感情が消えた後に、この事で交渉材料を作りたくないから。


 ただ、これについては、国王もある程度は予想が付いていたらしい。


『元より、承知の上。此度の件、特に無用な懲罰を私の姪が科した事に対しては、姪に代わって、深く陳謝を、』

『…姪…?』


 おっと、ここで衝撃の事実。

 聞き逃し掛けたが、どうやらあのドSで筋肉フェチの痴女騎士は、この国王陛下の姪だったらしい。

 オレは怖れ戦いた。

 会話の内容が分かっているだろう香神や間宮も『∑ッ!?』と背後で驚いている気配がする。


 ちらりと目線を向ければ、女騎士はびくりと痙攣。

 しかも、その後は直立から、即座に腰を折って、慇懃に頭を下げた。


『ウィリアムス国王が姪、イザベラ・(アヴァ)・インディンガスであります!

 こ旅は、ギンジ・クロガネ様には、多大な無礼と愚行があった事を、深くお詫び申し上げます!!』


 嘘だろう、おい。


『国王の姪である高尚な身分の肩が、あのような低俗な趣味をお持ちとは、』


 ドン引きだ。

 何がって、あの女騎士が国王の親族である事だ。


 だって、大事な事だから何度も言うが、放逐しちゃいけない部類の人間だぞ?

 通報したら、即座に刑務所に行くぐらいには、危険人物なのに、それが国王の姪で、騎士団の序列1位の近衛騎士にいるだってぇ!?

 拷問吏でも無かったのに、オレの拷問に付き合ったという事は、つまりそれが趣味だ。

 その趣味の為に、押し通せるだけの権力がある。

 だったら、なおさら放逐しちゃいけない類の女だろうに、


『謝罪は受け取るが、許すかどうかは別だ』

『ははっ』


 もう、金輪際、オレ達に関わらないでほしい。

 生徒達の教育にも悪いし、なによりもオレがもう生理的に無理ってレベルで嫌悪感を感じているから。

 背中に冷や汗を掻きつつ、この話は打ち切りだ。


 オレは、再度国王へと視線を向ける。

 国王の視線は、どこか疲れ切っているように見えた。

 ああ、分かるよ。

 こんな姪を持てば、そりゃ心労が半端無いだろうからな。

 同情はするけど、慰めはしない。


『ご寛大なる御心に、感謝いたします』

『いや、別に許してねぇ』


 勘違いしないでほしい。

 オレは、許すかどうかは別だと言ったし、今後次第だと考えている。


 というか、なんかもう良いや。

 興が削がれたというか、なんか面倒臭くなって来た。


『これ以上催促するのも無粋だろうし、これ以上の要件が無いならお暇させてもらおう』


 我ながら慇懃無礼だとは思うが、そろそろ撤退しよう。

 当初の目的であった、謝罪と金品の確保は成ったしな。

 これ以上は、交渉して手に入れたところで、何の利益も無いと思っている。


 本音としては、これから続くであろう厄介事を回避したいだけだけどね。


 ああ、もう疲れた。

 しばらくは、こんな堅苦しい交渉なんかはご免である。


『ま、待たれよ!』


 まぁ、これで終わるとは思って無かったけど。


 踵を返そうとしていた、革靴の底が赤いカーペット上で毛を踏みにじる。

 辟易とした表情を隠しはしない。


 疲れたとは思っていても、案の定、まだ終わってはいなかった。


 改めて、国王へと視線を向ければ、どこか憔悴している。

 ああ、やっぱり、本題が隠れていたな。

 内容については予想が出来てはいるが、クソ面倒だ。


『この期に及んで、再三の申し出で申し訳ないとは存じ上げるが、』


 そう言って、国王が手をかざした先。

 そこは、オレ達から向かって左側。

 官僚達の側だった。


 国王からの合図に進み出たのは、神官らしき格好をした年若い青年だった。


『お初お目にかかります。

 『聖王教会』神官のイーサン・メイディエラでございます』


 年の頃は、20代中盤と言ったところだろうか。

 青みが掛かった黒髪に、黒と銀糸の意匠が施されたカミラフカを被った彼は、格好の通りに神官であり、聞き間違いで無ければ『聖王教会』と言っていた。

 やはり、オレの予想は大当たりだったらしい。


 オレ達の前まで進み出たイーサン。

 腕には、石板を模した羊皮紙の束を携えている彼は、改めて一礼をし、


『以後、お見知りおきを、』

『銀次・黒鋼だ。生徒達の名前は割愛する』


 柔らかな、本当に屈託のない笑顔を見せて笑う。

 それに対し、オレは少なからず驚いた。

 この青年の眼には、疑念や猜疑心と言った感情が一つも見られなかったのである。

 ああ、こりゃ厄介だ、と臍を噛みそうになる。

 宗教団体で一番厄介なのは、熱心な教徒と、まったく裏表の無い純朴な司教やら司祭である。

 だってこいつ等、自分達が何をやっても、神様の導きだとしか思って無いんだもん。

 マジで他力本願なところとかもそうだけど、何かがあると必ず神様が怒ってるだの見守っているだの、怖気が走ることばかりしか言わない。


 早くも敗走濃厚となりつつある、お互いの距離の取り合い。

 イーサンには、そんな腹積もりが無さそうなので、なおさら質が悪い。


『『聖王教会』はご存知ですか?』

『いや…知らない』

『失礼致しました。では、まず先に、『聖王教会』の簡単な説明の為、少々お時間をいただきたく、』


 と、の事。

 一瞬、結構です!と叫びそうになってしまったが、それは仕方無い。

 オレは、元々無宗教だし、神様も信じて無い。

 神も仏も無いとはこのことだ、と実感する体験談が多すぎるからな。


 まぁ、今は大人しく聞くしかない。

 おそらく、この話の方が、王国としては本題として扱いたいんだろう。

 拒否反応が出ているとしても、生徒達の今後の為に、話だけは聞いておいた方が良い。

 もしかしたら、何かの役に立つかもしれない。


 と言う訳で、聞いた内容。

 思った以上に簡単に、『聖王教会』とやらの、宗教概念を話してくれた。


 いわく、この『聖王教会』というのは、このダドルアード王国の国教にも指定されている宗教であるという事。

 『聖王』とは、教会の歴史に残る100人の女神を指し、その教えを古来から伝承し、国民に広く布教している。

 イーサンが語った宗教概念は、だいたいこんな感じ。

 案外短かったのでほっとした。


 後々、紙に書き出すとしよう。

 生徒達には、謁見や謝罪も含めて後で纏めて説明するつもりでいる。

 この『聖王教会』という宗教に関しても、生徒達に歴史として教える事にもなるだろう。

 ただ授業とするには、少々複雑怪奇な内容だが。


 ちなみにイーサンを含む神官達は、神託を受ける仕事の他に、信徒を教えに従い導く役割も担っている。

 彼もその一人だという話で、現在の地位は女神から直接『神託』を受ける司祭だという。


『その司祭様が、オレ達に何の用が?』

『ああ、身構えなくても結構です。

 私は、『神託』を受けて、その予言を伝播する役割を任されただけの、一介の教徒でございますれば、』

『『予言』、ね…』


 そんなイーサンの言葉に、チラリと流し見たのはジェイコブだ。

 居心地が悪そうな顔をして、目線を逸らした彼。


『既に、お聞き及びのようではございますが、』


 と、しっかりイーサンに前置きをされた。

 ジェイコブがますます、分が悪いと頭を抱えている。


『石板の予言とは、文字通り、石板に記された女神様からの予言の事にございます。

 太古の昔、魔族や魔物との戦争を繰り返し疲弊した我が国を哀れんだ女神様が、その手ずから指し示して下さった指針。それが、石板の予言です』


 なるほど。

 ジェイコブ達にこの世界の情勢を聞いた時に、一度だけ聞いている魔族や魔物など。

 オレ達も間違われていたという苦い経緯があるが、その魔族や魔物との間で、いつなのかは分からないまでも、戦争をしていた時があった訳だ。

 人間側である騎士のオレ達へのリアクションが、大袈裟だったのは頷ける。


 頷ける、が。


 ………言っていることは分かるが、ただ、それをどう受け止めるのかは、正直オレ達の勝手だろう。

 やめてくれよ、生徒達に変な宗教を布教するのは。

 オレには、宗教団体の押し売りにしか、今は見えていないから。


 先にも言ったが、元々が無宗教。

 神様も女神様も根本的に信じては、


『…痛…っ』


 ふと、その時。

 首筋にバチリと、走った何か。


『…おや?』


 イーサンが、目を丸くしてオレを見ていた。

 広間の中でも、多少ざわついた気配が、そこかしこから流れてくる。

 何だ、今の?


 オレはといえば、首筋を押さえて振り返る。

 オレの背後には、きょとんとした顔をした生徒達しかいなかった。


「どうしたの?」

「今、誰かオレの首筋を叩かなかったか?」

「は?こんな時に、ふざける訳無いじゃん」

「先生、静電気でも起きたんじゃないの?」


 それもそうだ。

 こんな真面目な話をしていて、なおかつ会話が分かっていない時にふざける馬鹿は、ウチの生徒にはいない。

 あの徳川ですら、真面目に……って、半分寝てやがる。


 だとしたら、今のは何だろう?

 静電気に酷似した何かだった事は頷けるのだが、何も無いのに静電気は起きないだろう。

 生徒達で無いなら、この広間の中にいる騎士達だろうが、背後に誰かが忍び寄った気配も感じていないし、攻撃意思も敵意も今のところは薄い。


 ふと、視線を戻す。

 すると、眼の前で目を丸くしていたイーサンは、今度はにこやかに微笑んだ。


『やはり貴方が、『石板の予言の騎士』様で間違いないようです』


 ………どういうこっちゃ?


 オレが訳も分からないまま呆然としていると、イーサンは『いけませんよ、怖がらせては、』と、独り言を中空に向かって放った。


 ……なんだろう、この男。

 電波なのだろうか?


 と、思っていたら、今度は苦笑を返された。


『今のは、女神様の叱咤でしょうね』

『叱咤?』

『おそらくは、ギンジ様が何か、女神様に対して失礼な事を考えられたのでは無いでしょうか?』

『………信仰心は無いからな』

『なるほど。…女神様も、少々やんちゃでございますれば、』


 それ、やんちゃで済ませて良いのか?

 つまり、今の静電気攻撃は、女神様が神様やら何やらを信用していないオレに対して、叱咤オイタをしたという事なのか?

 何、そのファンタジー。

 むしろ、オレの頭の末期を疑うんだが。

 しかも、信仰心が無いだけで女神様の罰があたるとか…。


『ごほん。では、続けてもよろしいでしょうか?』


 そんな信仰心皆無でオイタをされたオレの事はさておいて。


 イーサンは、咳払いを一つ。

 彼は、腕に抱えていた石板を模しただろう羊皮紙を、めくり上げた。


『石板の予言には、こうあります』


 そして、冒頭を唄うように読み上げる。


『二つの日が昇る時、世界に暗黒を齎す災厄が現れん』


『災厄は、世界を呑み込む黒煙となるだろう。

 二つの日は落ち、水は枯れ、野には屍が積み上がる』


『終焉に向かいし世界。しかし、案ずる事なかれ。

 『騎士』が必ず舞い降りる。聖職の『騎士』は、自らの育てた子等を従え、必ずや暗黒を齎す災厄を払うであろう』


 ……なにこれ?

 また、突飛な内容が出てきたものだ。


 予言とやらを読み終えたイーサンが、羊皮紙をもう一度捲る。


『今現在解読出来ている石板には、この程度の事しか書かれておりません。

 しかし、実際に今現在では、二つの日が昇り、世界は暗雲に包まれようとしています』

『え?…二つの日って、まんまその意味?』


 まさか、本当に二つの太陽が昇っていると言うことなのだろうか?

 ちらり、と謁見の間を見渡すが、窓らしきものは遮光カーテンが引かれていて、確認する事は無理そうだ。


 太陽が二つなんて事、実際に有り得るのだろうか?

 ………女神様に、天体の知識がないだけとかじゃないよな?


 って思ったら、またしても首筋に静電気が走った。

 いや、首筋は弱いから、やめてくれないだろうか。


『二つの日が昇ったのが確認されたのは、ちょうど15年前です。

 暗黒を齎す災厄や暗雲と言うのは、おそらく魔族や魔物の活性化を差しているのではないか、と推測されます』


 へぇ~…。

 としか、言えない。


 現状、この予言の内容を整理するなら、以下の通り。


 二つの太陽が昇る時に、この世界には災いが起こるのだと言う。

 具体的には、暗雲やらなにやらで魔族や魔物が活性化したり、水が枯れ始めたり、野に死体が積み上がったり。

 ……一気に血生臭くなる内容だな。


 そんでもって、その終焉に向かう世界にも、一応の救難策として『騎士』が舞い降りる事になっていて、その『騎士』がオレ。

 その騎士が育てた子等と言うのは、現状で言えば生徒達の事を指すと思われる。

 そして、オレ達が力を合わせて、暗黒を齎す災厄だか、暗雲やらを払わなければいけない、と。

 要は、そう言うことなのだろう。


 もう一度言うが、なにこれ?

 ノストラダムスの大予言も吃驚な内容だし、信憑性は高いらしい。

 なにせ、もう既に太陽が二つ昇ると言う、兆候が15年も前から表れているようだから。


『…そういえば、』

『心当たりが、ございますか?』


 考えてみれば、確かに心当たりが無い事は無い。

 思い出すのは、校舎から見た外の風景だ。


 樹海と見間違う程の鬱蒼とした森。

 その向こうには、まるで砂漠地帯かと思える程の荒野が広がっていた。

 木々は枯れ、岩肌が露出した寂しい荒野。

 更に向こうに見えた山脈も黒く霞んでいたが、木々が茂っていた様子は見受けられなかったものだ。


『オレ達が発見された森の向こう側も確かに荒野だったな。

 …随分と土地が痩せているとは思っていたが…』

『その通りでございます。

 …以前は、あの一帯も木々や草花に溢れた草原だったのですが、ここ10年足らずで、見る影も無くなってしまいました…』


 言葉と共に、イーサンが表情に影を落とした。

 何か、思い入れがあったのだろう。

 なんか、あの荒野しか見ていないオレ達には想像も出来ないけど、あそこら辺一帯も、10年前には草原か何かだったのだろう。


 だが、疑問がある。

 疑問と言うか、通過儀礼と言うべきか。


『なんで、それがオレ達だと思っているんだ?』

『6日前の夜中、女神様の『神託』が降りました。

 私の夢枕に女神様が立たれ、『『石板の予言の騎士』様が舞い降りたと、お伝えくださったのです』


 うわぁい!

 そう言う事は早く言って~っ!?


『だったら、なんでオレ達は拘束された揚句に、拷問まで受けたんだ!』

『それは、申し訳もございません。

 何分、真夜中に降りた『神託』だったものですから、王国の騎士団へと通達をする前に、皆様が拘束されてしまったようで、』


 おいおい、ニアミスなのかよ。

 いや、6日前の夜中って言ったら、確かにオレ達が校舎ごと、この異世界に放り出された日だ。

 けど、先に騎士団がオレ達を見つけて、魔族かなにかだと勘違いしてしまったので、その情報が伝わる前にオレ達が捕縛された、と。


『…私共でも、皆さま方を捜索していたのですが、その折に騎士団へと協力を要請したところ、捕縛されたと聞かされ背筋が凍りました。

 いち早くジェイコブ様が冤罪を認めて釈放された時に、やっと私共も詳細を把握した次第でございまして、』


 ………ジェイコブ、マジありがとう。

 いじめてすまんかった。


 ジェイコブがオレ達の冤罪を上に報告して、釈放された時かその後に、このイーサンからの報告があり、オレが『石板の予言の騎士』という事実が発覚したらしい。

 やっと納得がいったよ。

 国王やらジェイコブ達が気にしていた体裁とやらが、まさにこれだ。

 こんな大仰に、女神様からの予言に記された『騎士』本人を、捕縛したまでも拷問までしちゃったんだから。

 そりゃ、掌返しも凄いわな。

 そんでもって、『聖王教会』はオレの聞き間違いでなければ、国教に指定されているらしい。

 つまりは、この予言だって国民にとっても周知の事実。


 うわぁ、この王国、大丈夫か?

 初っ端から悪手を打っちまったんだから。


 やっぱり、オレ達完全なる被害者だった訳だ。

 ついでに、この掌返しの意図もなんとなくだが、理解出来た。

 きっと、彼等はオレ達の反感を、謝礼や国賓待遇などで黙殺して、このまま王国に迎え入れたいんだろう。

 『石板の予言の騎士』として。


 それを踏まえての、今までの茶番だった。

 謝罪という名目を掲げた謁見も、わざわざ謝罪の後に本題を持ち込んだのも。


『不躾な申し出とは思う』


 今まで黙っていた国王が、この時ようやっと口を開いた。

 だが、その後の言葉も行動も、ある程度予想出来た。


『どうか、この王国に力を貸してもらいたい。

 貴殿を『石板の予言の騎士』と見込んで、この通りだ』


 そう言って、頭を下げた国王。

 ここに来て、ようやくこの謁見がどういう意味を持っていたのか遅ればせながらも理解したのか、近衛騎士や官僚達も頭を下げている。

 その姿は、表向きには真摯に見える。


 だが、


『謹んで、お断りさせていただきます』


 オレも、それに対する答えは用意してある。

 一蹴してやった。



***



 国王との謁見を終えて、オレ達は元の客室へと戻ってきていた。


 後になって、浅沼から、


「国王からの謁見とか、ロープレのターニングポイントだよねぇ、ぶひっ」

「それを先に言わんか、馬鹿もの!」


 と聞かされて、思わず怒鳴ったのは、致しか無いことだろう。

 既に謁見は終わった後だったので、意味は無かったのだが、出来れば先に聞かせておいて欲しかった。


 ………そうすれば、もう少しボったくってやったものを。


「先生、結構お腹が黒いよね」

「毛も生えて無いし、刺青も入れて無い筈だが?」

「そう言う意味じゃなくて!」


 と言っていると、逆に生徒達に怒られた。

 まぁ、怒られた内容が、いろいろ違うようなのだが、そこはそれ。


 早速だが、生徒達に引き継ぎを開始する。

 内容は、勿論、先ほどまで行っていた国王との謁見の中身。

 生徒達は、まだ言語の習得をしていない為、オレの翻訳した内容を口頭で簡潔に説明する。


 謝罪は成された。

 その謝礼品としての金品や、家屋、国賓待遇も受け取った。

 目礼としてオレの懐に入っているから、受領拒否という事は出来ない。

 それと同時に、その謝罪を名目とした謁見に隠されていた、本題のこと。


 いわく、オレ達は女神の『石板』に記された『予言の騎士』と、その生徒達らしいと言う事。

 鵜呑みにはしていないが、一応は伝えておくべき内容だ。


 ジェイコブやメイソンが、口喧嘩の合間に漏らしていた例の予言やら。

 それが、今回の謁見の真相。


 石板に記された内容は、突飛でファンタジーで血生臭く、要領を得ない上に奇抜な内容だった。

 しかも、イーサンの言葉を借りるなら、まだ解読出来ていない部分もあるとか無いとか。


 はぁ……、頭痛が痛い。


「突飛って…」

「ファンタジーって…」

「血生臭いって…」

「確かに要領は得ないけどさぁ…」

「奇抜でもあるけどさ…」

「先生に夢は無いのか!」

「そうだそうだ!」

「そもそも、なんで無心なんだ…」

「先生って、本当に淡白だよね」

「そうだネ」

「(こくこく)」


 生徒達から、順番にコメントが返ってくる。

 夢が無いのは認めるが、オレはファンタジーの世界の住人に憧れたことも無いから、分からんだけだ。

 それと、淡泊なんじゃなくて、冷静なだけ。


 閑話休題。

 引き継ぎ連絡を続けよう。


 本題となっていた、夢物語としか言えない『石板の予言の騎士』という内容。

 その予言の中身も然ることながら、問題は、オレ達が置かれている現状。


 当初からの疑問であった、オレ達をこの世界にトリップさせたという現象。

 それは、文字通り、『石板の予言』という夢物語の中にある『騎士』が舞い降りる、という事象を指していた。

 まさに、女神様からの思し召しとやらだ。

 オレ達は、運悪くその『騎士』と『育てた子等』として、この世界に召喚されてしまった。

 正直、不運というよりも、不幸だと思う。

 なんで、オレ達が全く知らない無関係のこの世界に、大それた肩書きを背負って降臨しなければならないのか。

 未だに、夢だと思いたい。

 夢であるなら覚めてくれと願うばかりである。


 異世界という存在を知ったのは、確か子供の頃。

 その時は、子どもながらにこんな世界もあるのだと信じたものだが、実際には存在しないと冷めた思考を持つようになったのも丁度その時期。


 世界の終焉を待つ世界。

 そこに召還された『騎士』とその教えを担う子ども達。

 『騎士』を先導に、見事に災厄を打ち払う、なんていうハッピーエンド。


 まるで出来過ぎたヒロイックファンタジー。

 モデルは一体なんだろうか。

 出来れば、そのヒロイックファンタジーを遠くから眺める傍観者でありたかった。

 矢面に立たされるのは、正直キツイ。


「しかも、それを断って来ちゃったんだから、先生も凄いよね」

「当り前だろうが」


 そして、これも引き継ぎとして話しておく。

 オレは『石板の予言の騎士』とやらを、引き受けてくれと言う国王やイーサンからの要請を、文字通り一蹴した。


 あの時は、見物だったものだ。

 生徒達も、言葉が分からずにどこか混乱していたが、意趣返しが出来たと思ったのか、得意満面の笑みを各々で浮かべていた。

 目の前でイーサンが真後ろにひっくり返り、国王が玉座に崩れ落ちて頭を抱え、ジェイコブはその場で崩れ落ちて『OrZ』になっていた。

 身から出た錆だ、ざまを見ろ。としか思わない。


 むしろ、オレは何で驚く必要があるのかと思っていた。

 オレの方が、むしろなんで?と聞きたい。

 受けて貰えると、思っていたの?


 だって、この世界の問題は、正直オレ達には関係ない。

 受ける必要制がどこにも無いのだ。

 この世界の問題は、この世界の住人が解決すべきだとも言っておく。


 そして、仮にもオレは教職者。

 子ども達をそんな危険な事に巻き込む訳が無い。

 文字通り、これが本心。

 仮にも教師であり、生徒を守り導くのが仕事だ。

 『騎士』に転向した覚えも無いし、今後転向する予定も無い。

 ランクアップ?

 そんなもの、切り刻んで便所に流してやる。

 オレは、別にランクアップしたいとは思っていないのだから。


 今回、オレ達を捕縛したり拷問した事に関しては、水に流してやろうと思っている。

 金品の要求も受け入れられたし、家屋の目処も立った。

 だとすれば、十分だ。

 十分、子ども達を、この馬鹿げた世界で養っていける。

 この世界にどれだけの期間、拘束されるのかは分からないまでも、自ら危険な橋を渡りに行くなんて馬鹿なことはしない。

 『騎士』様なんぞと呼ばれるだけで虫唾が走るし、たとえ、掌返しをされて国賓扱いされようが、この国には恩赦も何も無い。

 更に言えば、奴等の場合は、先述した通り、身から出た錆だ。


 生徒を侮辱された事に関しては、まったくもって謝罪を受けていない。

 オレにだけじゃなく、生徒達にも謝って貰いたかった。

 生徒達、徳にエマを侮辱した事に対して、身内である国が謝罪をしないのだから当然だ。

 おかげで、オレの怒りはまだ納まっていない。

 そう言って、切り捨てて、鼻を鳴らした。


 だが、


「でもそれを蹴っても、良い事無いんじゃないの?」

「僕達、今事実上の監禁中だよネ」


 その通りだ、常盤兄弟。

 頭が痛い問題を、良くぞ述べてくれた。


 今は言わないで欲しかったけど、敢えて言ってくれて感謝する。


 先程言ったように、城から出るまではこの部屋で一旦休憩中だ。

 しかしながら、オレは協力要請を文字通り一蹴した。

 今頃、城ではオレ達を迎撃、もしくは捕縛する準備が進められているかもしれない。


 あと、問題がもう一つ。


「痛いっつってんだろ…!」


 先ほどから、首筋でバチバチ言っているオイタだ。

 イーサン曰く、やんちゃな女神様とやらの。


「先生、さっきから、結構バチバチ言ってるね」

「それも、女神様とやらなんだっけ?」

「地味な攻撃だな」


 と、伊野田や杉坂姉妹の言葉通り、オレの首筋では何度目かも分からないオイタの静電気が走っている。

 だから、首筋は弱いんだからやめろって。


「オレ達、その予言とやらでは、どういう役割になるの?」

「中身がすっぽ抜けてるから詳細が不明。

 最後の末文だけを見るなら、なんとかして災厄を払ってくれって他力本願なんだろ?」


 榊原の質問には、簡潔に答える。

 つまりは、オレも分からないという事だ。


 中身がすっぽ抜け過ぎているから、ヒントも何も無い。

 しかも、『聖王教会』とやらで保管か管理をしている石板とやらが、既に最初から風化で虫食い状態だったんで、解読自体も途中なんだとさ。


 どうせぇと?


「このまま、また捕まるとか無いよね?」

「安心しろ。次は、オレが絶対にお前達を守る」

「……病み上がりなのに?」

「方法は、色々あるもんさ」


 不安げな伊野田の言葉には、なるべく素直に答えた。

 正直、オレももううんざりしているのが事実。

 国賓扱いであると目録に書かれているから無いとは思うが、捕縛されると言うのなら、今度は全力で抵抗してみせる。

 向こうは、既にオレ達を殺す事は出来ない筈だから。

 『石板の予言の騎士』という肩書きは、絶対に背負いたくはない。

 だが、それを利用して、奴等を防戦一方にさせる事なら可能だ。

 いくらでも方法はある。


「それに、お前達をこれ以上、危険な目に合わせる訳にはいかない。

 命を危険にさらしてまで、そんな高尚な予言に付き合う必要なんかないからな…」

「(こくこく)」


 手近にあったので、間宮の頭を撫でる。

 意外と彼の髪は、さらさらだった。


 生徒達からは、不思議と微笑みが返ってきた。


 本心は本心だ。

 この予言の通りに動くと言う事は、捕縛や拷問よりも更に危険だと思っている。

 こればかりは、オレの一存では決められない。

 生徒達には、なるべく安全と平穏な状況で、暮らして欲しい。


 だからこそ、


「女神様がどんなにオイタとしたところで、オレは首を縦には振らんぞ」


「…うぁああ、痛そうな音してる」

「それでも、首を振らないとか頑固だね」

「頑固も頑固だわ。先生も良い根性してんね」 


 こっちの問題があったとしても、オレは首肯はしない。

 締まらない。

 さっきから、首筋が凄い勢いでバチバチ言ってる。

 首は急所だし、オレも弱いからやめてほしい。

 でも、頷く訳にはいかないから、地味に不快なオイタにも屈さない。


 しかし、それを是としない生徒もいる。


「なんで、蹴っちゃったんだよ!折角選ばれた存在だったんだろ!?」

「それは、本気で言ってるのか、徳川?」

「そうだよ!なんか、こう、憧れるじゃん!ロマンもあってさ!」


 と、内容自体をあまり理解していなかったらしい徳川。

 純粋過ぎて、素直に物事を信じてしまう、夢見がちの性格は、ここでも空気を読んでくれないらしい。


「お前は、何を甘い事を言っているのか分かっているのか? お前だけで何ができる?」


 言外に、冷やかに告げる。

 さっと、徳川の顔色が変わったが、今更気付いても遅いぞ?


「冗談でも言って良いことと悪いことがある。

 今のは冗談でもなんでもなく、本気で分かっていないようだから、敢えて言ってやるが、この世界は遊戯の世界ではなく現実なんだぞ?」


 むしろ、本気で分かっていないようだから、尚悪い。

 拘束されただけならまだしも、永曽根は騎士に抵抗して斬られ、一度は死にかけている。

 香神や間宮もだが、当たり所が悪ければ2人も死んでいたかもしれない。

 そして、オレは拷問を受けた。

 痛みもあるし、血も出る。

 下手をすれば、死ぬ。

 現実は覆せない。

 死人は蘇らないから、死人なのだ。


 物語やゲームの中のファンタジーの世界では無い。

 これは、全てが現実だ。


 それに、向こうだって同じ。

 騎士達は人間だし、もしかしたら相手にする事になるかもしれない魔族や魔物だって、生き物に間違いない。

 斬れば血が出るだろうし、殴れば手も痛む。

 命を奪う事になれば、そもそも剣も銃も、ナイフだって持ったことが無いだろう彼等に、傷付ける事が出来るとは思わないし、殺せるとも思っていない。

 心を痛めて、壊れないとは言えない。


 だからこそ、知っていて欲しい。

 死に急ぐ真似はするな、と。


「この世界で生き抜くには、全員の力が必要になる。

 それを、むざむざ捨てるなんて馬鹿のすることだ。死に急ぐ真似なんぞ、絶対にするんじゃない」

「わ、分かった」


 そう言って、締め括れば、徳川は意気消沈して閉口した。

 そんな顔をするぐらいなら、最初から馬鹿な事を言わなければ良いのに、と毎度毎度思っても見るのだが、まだまだ彼には言葉の取捨選択は難しいらしい。

 

「お前達も肝に銘じて置いてほしい。

 ここにいる全員が、今のオレ達の全戦力と言う事になる。

 この世界には、現代では有り得ない魔法や、魔族、魔物の存在が、当り前のように存在する。

 いつどこで誰が遭遇するかも分からない。

 だからこそ、絶対に命をドブに捨てるような真似はしないで欲しい」

『はい』

「(こくこく)」


 生徒達には、再三の注意喚起。

 今回は、無事だったが、次が無事とは限らない。

 徳川のような考えの奴が他にいるとは思いたくないが、一応念の為に、生徒達全員を見渡して告げた。


 いつの間にか、首筋のオイタは消えていた。


 だが、


『失礼する!

 ギンジ・クロガネ殿はおられるか!』


 ドンドン!!


 響いたのは、けたたましいノックだった。


 全員が、一斉に反応した。

 榊原と伊野田が乾いた悲鳴とともに、固まった。

 杉坂姉妹がオレの後ろに隠れる。

 徳川と浅沼はテーブルの下に隠れた。

 香神と永曽根が揃って立ち上がり身構えた。

 河南が紀乃を庇うようにしてベッドに伏せた。

 間宮が、腰から徐にナイフを抜いた。

 ………おい?


「なんで、お前ナイフなんて持ってんの?」

「(嗜みです)」

「それって、どんな嗜みだろうか…?」


 手話で返された間宮の返答に、思わずドン引いた。

 どこから出したし、そのナイフはいつから持っていた?

 突っ込みどころが満載過ぎて、どこから突っ込めば良いか分からないよ! 


 ドンドン!!


 更に響く、けたたましいノックの音。

 間宮の事はさておいて、オレも迎撃態勢に入る。


『頼む!もう一度、もう一度だけで良い! 弁解の機会を与えてくれ!!』


 声の主は、おそらくジェイコブだろう。

 ノックにしては大分けたたましいが、おそらくは国王からの大目玉も相まって、オレ達の説得に来たのだろう。


 再三の溜息とともに、辟易としながら立ちあがる。

 オレの背中に隠れていた杉坂姉妹に、ジャケットを引っ張られたが、そのまま応対の為に進んだ。

 すると、間宮も同じようにして背中くっついてきた。

 こらこら、お前は何をするつもりなのか。


 ………ってか、お前、なんで気配まで消してんの?

 ちらりと、見下せば、何を勘違いしたのか、間宮は扉の真横にスタンバイ。

 いや、手慣れた動作だったから、思わず呆気に取られた。


 ……コイツ、要注意だとは思っていたが、やはり思った通りだった。

 オレのある意味の後輩なんじゃなかろうか。


『ギンジ・クロガネ殿!頼む!ここを開けてくれ!』


 だが、今はそれを追求する時ではなさそうだ。

 もう一度、間宮に目配せ。

 扉の真横を陣取ったまま頷きを返した辺り、やっぱり勘違いしているようだが、そのままで良いか。

 

 また魔法とやらで扉を壊されても困るし、これ以上生徒達に警戒させ続けるのも酷だろう。

 立て籠もるにしても何しても、部屋の一室だけではバリケードが心許無いだけだ。


 ドンドン!とまたけたたましく叩かれた扉を開ける。

 そこには、今まさにドアを叩こうとしていただろうジェイコブの姿。


『ギンジ殿…ッ!』

『…弁解の機会も、何も、言い訳を聞くつもりは…、わッ!!』


 さっきまで開けろと言っておいて、本当に開けられた事に驚いたのか。

 体の動きごと停止をしたジェイコブ。

 そして、オレも言葉を区切って、停止せざるを得なかった。


 目の前には、必死こいた様子のジェイコブ。

 しかし、その彼の更に後ろ。


 幽鬼のように、立ち尽くした人影に驚いた。


『メイソン、か?』


 全体的に腫れ上がった顔面に、切れた額や唇。

 未だに血が流れている口や鼻。

 その鼻は、見るも無残にへし曲げられていた。


 そこにいたのは、変わり果てた姿となっていたメイソン。

 まるで、化け物のような有様となった彼の顔は、死相が見えていた。


 こんな半死人を連れて、一体お前は何をしに来たの?



***

テンプレどおりにいかない男。それが、黒鋼銀次先生らしいです。



誤字脱字乱文等失礼致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング よろしければポチっと、お願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ