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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、魔法習得編
58/179

47時間目 「特別科目~精霊との対話~」2 ※流血表現注意

2015年11月19日初投稿。


遅くなりましたが、更新致します。

未だに魔法使いになるどころか、精霊さんと音信普通のアサシン・ティーチャー。

諦めて物理攻撃特化型人型汎用兵器になれば良いと思う。

(※作者の心が折れかけているだけです(笑))


47話目です。


おかげさまで、アクセス数が10万を突破致しました。

ご愛顧いただいている皆様のおかげです。

これからも、精一杯頑張ります。


サブタイトル/触れてはならない幼女の逆鱗

***



「申し訳ありません、失敗しました」


 頭垂れた少女。

 髪は鈍い青色。

 だが、路地裏の暗がりの中では黒にも見えた。


 その群青とも言える髪をした少女の肩。

 そこには、赤黒い血が未だに滲む包帯が巻かれている。


 その表情には苦悶が浮かんでいる。

 失態と合わせて、負傷した肩が痛むようだ。


「しょうがねぇさ。なにせ、相手が『予言の騎士』様だ」


 その負傷した少女を足元に傅かせた男。


 路地裏に無造作に積み上げられた木箱の上に座っているというのに、その体躯は見るからに長身であった。


 少女とは違う純粋な黒い髪を掻き上げる。

 路地裏の暗がりの中、黒の髪に隠されていた端正な顔立ちが露になる。


 しかし、その端正な顔立ちとは裏腹に、その頬には耳までばっさりと切られた物々しいまでの刀傷があった。


 少女は失態を犯した。


 それは、少しばかり時間を遡る。

 1月も末日と迫った某日、彼女はとある建物へと侵入した。


 目的はとある人物の捕縛。

 しかし、その失敗の言葉通り、彼女はその目的を達成することは出来なかった。


 先客がいたのだ。

 藍色の髪をした女の、おそらくは同業者。

 そればかりか、目標に勘付かれた揚句、手痛い反撃をいただいた。


 肩に巻かれた包帯は、その反撃の名残りである。


「…とはいえ、お前が尻尾巻いて逃げる程とはな」

「申し訳ありません」

「いや、責めてねぇよ。…言うなりゃ、オレの爪が甘かっただけだ」


 失態を犯した少女に、黒髪の男は寛大に応えた。

 任務の失敗がイコールで死に直結する裏社会では、甘い処断だと言わざるを得ない。


 しかし、黒髪の男は、少女の失態を罰する以上に、この少女の生に価値を見出している。


「まだまだ、お前も高みを目指せるってこった」

「はい。精進いたします」


 自らが一から育て上げた少女。

 名も無く、両親の庇護も無く、路地裏の片隅で命の灯を吹き消すかのように泣き喚いていた赤子。

 それが、彼女だった。


 そんな彼女を拾い上げたのは、この男。


 酔狂とも呼べるその行動に、赤ん坊であった少女は生を繋いだ。

 名を貰い、両親とは別の庇護を受け、裏社会の密偵として扱えるまでに育て上げられた。


 そこまで少女を育て上げたのも、一重にこの男であった。


 やがて、男は立ち上がる。

 軋んだ音を立てた木箱には目もくれず、更に路地裏の奥へと進んだ。


「なかなか、楽しめそうじゃねぇか。…なぁ、『琥珀こはく』よぉ」

「はい、先生」


 『琥珀』と呼ばれた少女と、先生と呼ばれた男。

 闇の奥底に染まったかのような路地裏に、揃ってその後ろ姿が消えていく。


 それを見送ったのは、丸い瞳の鼠が一匹のみ。

 薄暗い路地の奥へと消えた二人の姿を、どこまでも透明な瞳が眺めていた。



***



 今日も今日とて相変わらず、強化トレーニングと特別科目の魔法授業にどっぷり浸かった日々。

 朝から頑張る生徒達もいれば、魔力枯渇でバテてしまった生徒がいたりと様々だ。


 オレもいつも通りの朝のトレーニングと、間宮との修練。

 朝食の後に、HRが終わった後は、生徒達の強化トレーニングに喝を入れつつ座禅で瞑想。


 戦争に赴く修行僧の気分になったのは何故だろうか。

 昔のお寺の僧侶って、戦の時には戦ったりしたんだって。


 さて、差し迫った騎士試験も明日。

 魔法発現の為の授業も最終日となった本日。


 正直言って、もう不安しかない。

 一夜漬けなんて事も出来ない内容だから余計に。


 座禅での瞑想は毎日行っていたし、シャルからの助言で少し趣向を変えたり、オリビアからの助言で原理を理解してからは、榊原と永曽根が魔法を発現出来たりと、一応進展はあった。

 しかし、オレは未だに魔法は発現出来ない。


 なので、未だにオレは3階リビングで座禅を組んでいる。

 傍らにはシャル。

 ソファーには同じく、オリビアが待機。


 幼女二人に囲まれる構図。

 なんだこれ?


 榊原も永曽根も座禅は卒業して、生徒達のところに戻っている。 

 ちなみに、魔法の属性である『闇』の精霊の特性上、外で使うのは厳禁と言う縛りがある。

 なので、可哀そうとは思いつつも見学組だ。


 なら個別でやりたいと言われたが、とんでもない。

 下手に一人でやらせて暴発させられても困る。


 まぁ、オレはその『暴発』の『ぼ』の字も見当たらないのだが。

 だって、発現出来ないもん。


「集中、切れてない?」

「ああ、だいぶ。瞑想に入っても、まったく対話が成立しないな」


 やはり、夢の中でしか精霊の声が聞こえないようだ。


 瞑想をしようにも、そう簡単に集中出来る訳がない。

 なにせ、そのトランス状態に入った最初の段階で、呼吸不全を起こしてひっくり返っているのだ。

 そう何度も幼女二人に見せて良い姿では無いだろう。


 それを見張る為、もしくは介護する為にやはりシャルとオリビアがいる。


 しかし、それが念頭にあるせいか、思うように集中出来ない。

 まぁ、集中出来ない言い訳としか聞こえないのかもしれないが。


 これは今後、どうするべきなのだろうか?


 とりあえず、現段階では精霊がオレに呼びかけてくれているのは分かっている。

 ただ、それが聞き取りづらい。


 環境が整っていないだけ、というオリビアの助言もあったので、ボミット病が再発するギリギリの状況まで魔力を貯め込んで見ても、結局自力であの世界には行けていない。


 可笑しいな。

 この方法で、榊原も永曽根も対話を成功させることが出来た筈なのに。

 やっぱり、オレの腹に巣食っている精霊は、別の意味で規格外なのだろうか。


 ボミット病を発症する当初から、魔力が高い高いと言われ続けていたが、こうも上手くいかないとなると足りない可能性が否定できない。

 カンスト魔力を、これ以上どう上げろと言うのだろうか?


 って、あ。


「やばい、オリビア。眩暈して来た」

「はい。失礼しますね」

「またなの?アンタ、コントロールが下手くそね」


 シャルの言葉はごもっとも。

 苦笑いしか浮かばない。


 これで何度目の中断だろうか。

 正直、この方法は諸刃の剣だ。


 なまじオレの魔力総量が多すぎるせいで、ギリギリのラインの見定めが難しい。

 そして、やっぱり魔力が一定量を超えちゃって、ボミット病が再発しそうになる。


 その度にオリビアに、一定量の魔力を吸収して貰っているから、なかなか進展しない。


 これは、やっぱりやり方を変えるべきだろうか。


「…瞑想の時間は確実に長くなっておりますが、明日までに間に合うかどうかは微妙なところですわね」

「そうねぇ。アンタが、もうちょっとコントロールが上手ければ良いのに」

「一度シャルも魔力総量9999になってみれば良いよ。そうすれば、どんだけ難しいか分かるだろうから」

「嫌よ、そんなの。下手すりゃ魔力貯金箱としか扱われないもの」

「さいですか」


 相変わらずとは言え、酷い言い種だね。

 魔力お化けとかの次は、魔力貯金箱と来ましたか。


 確かにその通りだけども。


「もしかしたら、ギンジ様の場合、精霊との波長が合うのが夢の中なのかもしれませんわね」

「…オレも、そう思う」


 過去三度の邂逅の際も、睡眠中での夢の中だった。


 一度目は、トランス状態に陥った末の睡眠状態。

 二度目は、熱を出していた時に意識が落ちた時。

 三度目は、やはり普通に就寝中。


 通算四度目となる邂逅となった昨夜も、就寝中だった。

 ただ、昨夜はクリアに聞こえた気がしない。


 何か壁のようなものに邪魔されて、ほとんど聞こえないまま離脱。

 その後は、気になって眠れなかった事もあり、結局対話らしいものは一度も出来ていない。


 騎士試験は、明日なんだけど。

 ゲイルにはなんとかするとか言っておいたが、そう簡単な話じゃなかった。


 あの時、簡単に考えていた自分が憎い。


「どうせなら、いっその事寝ちゃえば?」


 と、ここでシャルからの唐突な提案。


「さすがに、それはどうだろう。生徒達に訓練を言い付けた手前、」


 だって、それ、要はサボタージュじゃん。


「でも、夢の中でしか対話出来て無いんでしょ?」

「それは、そうだけど…」

「なら、一度眠って見るべきだと思うわ」

「私も同感です」

「…いや、だからね?」

「もし呼吸が止まってもあたし達がいるから、大事にはならないと思うし…」

「はい。私達がなんとか致しますわ」

「そもそも、呼吸が止まる前提だし、」

「善は急げよ。とっとと、寝ちゃいなさい」

「ダイニングでは休めないでしょうから、こちらでお休みになられてはいかがですか?」

「いや、休むも何もまだ、授業中、」

「その授業の為に寝るんでしょ?」

「そうですよ。それに、昨夜も夜中に起きていらっしゃったじゃありませんか」

「何、また夢見が悪かったの?」

「違うようですが、ギンジ様は気配に敏感のようでして、」

「ああ、見張りの騎士達の気配が気になって眠れないのね。夜中も気を張り詰めちゃってるのか…」

「そ、そうだけど、でも、」

「そうなんです。それに、精霊さんに夢の中に誘われてしまうと、どうしても呼吸が止まってしまうらしく、夜中に跳ね起きてしまうのですよ」

「…目の下にも隈が出来る訳よね」

「ええ、ですから、休んでほしいと何度も申し上げているんです」


 お願い、聞いて?

 オレの話も聞いて?


 オレの意見は、真っ向から無視だ。

 更には、オリビアの口調は、段々愚痴っぽくなっていく。

 しかも、シャルまで一緒になって同調してない?


「あたし、毛布でも取ってくるわ」

「そうですね。クッションもあるといいかもしれませんわ」

「ダイニングにあったわね。それも取ってくるわ」


 そうは思っても、幼女二人はあれよあれよと言う間に、話を進めていく。

 ああ、しかも、今ここで寝ることになってるんだ。

 いや、確かにダイニングは割りかし人の出入りが多いけども。


 口を挟む余地が無さそうだ。

 しかも、拒否権が無い。


 仕方ないので、シガレットで一服する事にする。

 現実逃避ってこういう時の為にあるのかもしれない。


 その間にシャルは、リビングを出て行った。

 振り返ったオリビアは満足そうな顔をしている。


「シャル様が戻って来ましたら、すぐに睡眠魔法をお掛けしますね」

「…さいですか」


 結局、オレの意見はまかり通らなかった。

 代わりに幼女達の意見が全面採用。

 多数決でも2対1だから、最初から負けているのも同じだな。


 しかも、オリビアはオレを強制的に寝かせる気満々のようだ。

 いや、せめて自力で寝かせてよ、と思って見ても意味はない。


 オリビアの言うとおり、気配に敏感過ぎてシャルとオリビア二人の気配が気になって寝付けない気がする。

 どの道、逃げられない。

 詰みだ。


「ほら、毛布もクッションも持ってきてやったわよ!」


 程無くして戻ってきたシャルの腕には、確かに毛布とクッションがあった。

 これは今更、待ったは無しだろうな。


 ウチの幼女二人は、もしかしたら最強かもしれない。



***



 体が、ずぶずぶと沈んでいく感覚がする。


 眼を瞬く。

 その先には、いつものように暗い世界が広がっている。


 あれ?

 しかも、なんか体が思った以上に軽い。


 というよりも、浮いてる?


ーーーーー聞こえるか、我が主。


 声が聞こえた。

 はっとして目の前を見るが、暗い世界が広がるばかり。


 ああ、でも聞こえる。

 いつも以上にクリアに聞こえるよ。


 やっぱり、予想は大当たりだったようだ。

 夢の中に誘う事が出来る精霊なら、夢の中でこうして話が出来るかもしれない。

 

 あー…テステス。

 オレの声は聞こえますか?


ーーーーー聞こえている。いつも、聞こえているのだ、主。


 あれ?そうだったの?


 一方通行の話しかけ方だったから、てっきりこっちの声が届いていないと思っていたんだが。

 いつも以上にクリアな視界や、聴覚、それから体のままで周りを見渡してみる。


 人影らしきものも、永曽根や榊原のような獣の姿も見えない。


ーーーーー主よ、探し物は何か?


 ああ、いや。

 声だけしか聞こえないから、アンタの姿を見たいと思ったんだ。


 そもそも、お前はどういう存在?

 知り合いには加護じゃなくて、巣食っているって言われたけど、それは本当なのか?


ーーーーー質問の多い、主よな。


 ああ、ゴメン。

 時間が余り多くある訳じゃないから、ちょっと急いでるんだ。


 対話出来たのは重畳。

 こうして意思疎通も出来たのは、結果オーライ。


 だけど、いつもの状況で言うなら、もうそろそろ息苦しくなってくる筈。


ーーーーー環境が整っていないと考えたのは、主では無いか。今ならば環境は整っておるよ。


 えっと?


 あ、魔力のことか。


 ギリギリまで貯め込んでいたのは、もしかして大当たりだったのか?

 案外簡単な方法だったのに、今まで気付かなかったとか盲点だったけど。


ーーーーー何にせよ、気付いてくれて助かった。


 ああ、オレも良かったよ。

 こうして、アンタと話が出来て。


ーーーーーアンタでは無い。我が名はーーラーーイン。


 え?なんだって?

 最後のなんとかハンしか聞こえなかったんだけど。


ーーーーーまだ、足りぬか。


 足りないってどういうこと?

 環境の事を言っているなら、魔力がまだ足りないって事なのか?


 そこまで考えて気付いた。

 さっき、ボミット病発症のギリギリまで貯め込んだから、オリビアに吸収して貰った事。


 その分の一定量が、この声の主の名前を聞くのに足りなかった?

 なら、次はボミット病再発覚悟で臨むべきだろうか。


ーーーーー仕方あるまい。今回は、ここまでとなるだろう。


 ふ、と考え事をしていた最中、相手から突然突き付けられた対話の終了。


 そんな馬鹿な。

 早すぎる。


 いや、でも実はいつも通りなのかもしれない。


 息が苦しくなって来た。


ーーーーー我が声が聞こえるならば、主よ。時間がない。崩壊が近い。


 崩壊?何のことだ?


 世界の事なら、どうしようもない。

 どうしたらいいのかすら、未だに分かっていないだ。


 ただ、もしもオレの精神面のことを言ってるなら、確かに限界が近いのかもしれない。

 夢見が悪かったり、色々と問題事が発生したりしてるから、結構追い詰められている気がしないでもない。


 でも、そんな事が精霊にまで、筒抜けって事なのか?

 まぁ、夢の中まで干渉出来るなら、頭の中も見えちゃうのかもしれないけど。


ーーーーー我は、アーラーーイン。主を守ることこそ、存在意義。


 あ、待ってくれ。

 まだ、聞きたい事が聞けてない。


 ふわふわと浮いていた感覚が消え、段々と意識が遠のいていく。


 クソッ。

 こんな時にタイムリミットかよ。


 最後に一つだけ、教えてくれ。

 アンタは、どういう存在なんだ?


 アンタの力を使わせて貰いたいんだ。

 どうすれば良い?


ーーーーー闇は、深い。主の闇が、我が力となる。


 ああ、もうっ。

 抽象的すぎて分らない。


 駄目だ、苦しい。


 意識が遠のく。

 視界も霞み、ノイズが走る。


 壊れたブラウン管のテレビのような砂嵐。


 その中に、


ーーーーー主の闇は、我が力。我が力は、主の心次第。


 黒い、騎士の鎧が浮かび上がっているようにも見えた。



***



 少し、時間は遡る。


 場所は三階リビングの、ソファー。

 二人の少女が、今しがた魔法で強制的に寝入った青年を、見つめている。


 クッションに埋もれ、右手の甲を額に添えて眠る黒髪の青年。

 左手は過去の事件の後遺症で麻痺し、動かないまま毛布からはみ出てソファーから落ちていた。

 その表情は、見るからに疲労を滲ませている。


 薄らと浮かぶ目の下の隈に、肉が足りない頬。

 肌も少々乾燥しているというよりは、がさついてしまっているようだ。

 整った顔立ちの青年だからこそ、分かりやすい変化だった。


「こうして見ると本当に、女にしか見えないのにね」

「ギンジ様は、お綺麗ですからね」


 その青年を見つめていた少女二人。

 シャルとオリビア。


 半強制的に、こうして魔法発現の為と押し切って銀次に睡眠を取らせた二人。


 その実、純粋に休息を取って欲しいという切なる願いも多分に含まれていた。


「最近、ギンジ様が見るからにやせ細っていらっしゃったので、少し気になっていましたの」

「そうね」

「前はもっと、ふくよかでしたの。筋肉もしっかりと付いていらっしゃって、」


 まずは、オリビア。

 彼女は、この特別学校の開校の節目より、銀次と契約した眷族の女神として共に過ごしてきた。


 それが、どうだろうか。

 最初の頃の慌ただしさも落ち着いたかと思った矢先、ふとした瞬間に気付いたのは銀次の体の変調。

 要は、やせ細っていたのである。

 長く共にいるからこそわかった、その変調にオリビアは半ば愕然とした。


 銀次が寝入った時、彼女は大概隣か腹の上で眠る。

 しかし、その時にしがみ付いた腕や腹の感触は、最近は明らかに細くなっていると感じていた。


 まるで、衰弱をしているかのようだ。


 それが、度重なる疲労だと当たりを付ければ、何の事は無い。

 明らかにオーバーワークだと、はっきり言える。


 週に一度や二度ならば、休みがある。

 しかし、その休みであっても、銀次にとっては休みになっていないことがほとんどであった。

 休み明けの授業の準備は勿論の事、必要とあらば生徒達のメンタル面をカバーすべく面談を行う。

 更には最近になって冒険者ギルドへ登録した事もあり、キメラ討伐の際の疲労も回復しないままクエストの遠征が立て込み、更に疲労を蓄積する有様。

 本人は気付いていないのか、もしくは上手く誤魔化しているつもりなのか。

 どちらかと言えば、オリビアの予想では前者だろうと踏んでいた。


 しかし、兆候はここ最近顕著に表れていた。


 精霊の対話中に昏倒した件も然ることながら、夜中に悪い夢を見たのか泣き崩れた夜。

 あの時、本格的にオリビアは悟ってしまった。

 これ以上は、銀次の体が耐えられないのだと言う事を。

 その後、ボミット病を再発させ、あまつさえ高熱を出してベッドに沈んだ。


 オリビアにも分かる、限界。

 銀次は自覚していない上に、認めようとはしないだろう。

 生き急ぐようなその姿に、忌避感を感じていた。


「だいたい、コイツは何で仕事ばっかりしてるのかしら?あたし、まだ数日しかここにいないけど、異常としか思えないんだけど」

「おっしゃる通りです」

「…正直、何か思い詰めてるんじゃないかって、あたしじゃなくても分りそうなものだけど…」


 そして、シャル。

 彼女は、また新参であり、翌週には家に戻る身ではある。

 しかし、たった5日をこの特別学校で過ごしただけで、分かってしまった。


 銀次は明らかに仕事のし過ぎであると。


 彼女の見る限り、彼が休んでいるところを見たことは無い。

 教師という本分の元、昼間は授業や生徒達へと気を配っている。

 しかし、それ以外の時間で何をしているかと言えば、これまた仕事をしているのである。


 名前しか知らないまでも技術開発部門や医療開発部門、またそれとは別に『予言の騎士』としての仕事を兼任。

 その上で、学校を運営していく為の庶務を行い、手が空いたり気が向けば生徒達の仕事である調理や清掃に参加する。

 それ以外にも、生徒達からの話を聞けば、休みの日であっても定期報告等で城へと登城したり、生徒達への面談や授業に関しての予習や復習、更には朝のトレーニングや間宮との修練も欠かさない。

 どんな仕事人間なのだ、と半ば呆然とした。

 森での生活しか知らないシャルからしてみれば、その仕事をメインとしたサイクルは異常とも感じられた。


 ここ数日見ているだけで、彼は体に変調を来している。

 それが、外面的のみならず、内面的な面でも表れ始めた事はシャルもすぐに気付いた。


 銀次の泣き声を聞いた一昨日の夜半過ぎ。

 あの時の声を思い出して、今でも彼女は背筋が粟立つのが止めらない。


 脆いのではない。

 体が弱いだけでもない。

 しかし、圧倒的に精神が幼いのだ。


 だからこそ、許容量が分かっていない。

 自分の領分を、どこまでも広げようとしてしまっている。

 なまじ、その領分を広げた先で、成し遂げてしまう器用さが更に悪循環を生んでいる。


 簡単に言えば仕事のし過ぎで、ただの過労。

 それだけならばまだしも、その仕事のし過ぎによって蓄積した疲労に気付いていない。

 自覚していないのだ、要は。


 そして、こうしてオリビアと打ち合わせも無いままに、半強制的に休ませた。

 ソファーに力無く横たわる様は、まさに病人と言える。


 それぞれ、またしても打ち合わせも無いまま、小さなため息を漏らした。


「コイツ、ずっと前からこうなの?」

「ええ。私も、まだ5ヶ月程しかご一緒しておりませんが、」

「…5ヶ月のアンタが言うんだから、相当よね」

「3ヶ月前には落ち着いたかと思ったのですが、最近は立て続けに討伐隊へ参加したり、冒険者ギルドでクエストを受注して遠征したり、明日には騎士認定の試験ですから、」

「コイツ、これ以上仕事して何をしたいの?っていうか、コイツどんだけ仕事を掛け持ちしてる訳?」


 何をしたいのか。と聞かれると、オリビアもあまり分らない。

 ただ、シャルの素朴な質問にオリビアが指折り数えてみる。


 特別学校異世界クラスの教師としての事務。

 間宮や生徒達の訓練指南役としての訓練。

 校舎を維持する為の整理整頓、その他補修などの環境整備。

 目下問題ばかりとなっている『予言の騎士』としての業務。

 今は手を付けていないながらも技術開発部門の管理。

 現在進行形の医療開発部門の研究。

 オリビアの生家でもある『聖王教会』への寄付や行事などの協力要請。

 Sランク冒険者としての肩書きの維持。

 更には情報収集も兼ねて、商業ギルドの顔役達とも面談している。

 その他諸々、国王からの要請や今後の正規騎士の肩書きを受けた後の手続き等。


 数えるだけで両手の指でも足りなくなった。

 その時点で、オリビアの顔が悲痛に歪む。

 シャルもそのオリビアの顔を見るなり、同じような表情となって舌打ちを零した。


「コイツ、頼るって言葉を知らないのかしら?生徒達だって子どもじゃないんだから、任せられる所は任せればいいのに」

「それは、ゲイル様も常々おっしゃっているんですけど、」


 オリビアの言う通り、この件はゲイルも認知している。

 ただし、それを認知しているだけだ。


「そもそも、友人だって言う騎士団長アビゲイルに手伝って貰える事だってあるんじゃないの?」 

「おそらくは…。ですが、ギンジ様が要請されない限りは、ゲイル様も軽々しく動けないようなのです。何か、お二人だけの取り決めがあるようでして、」

「…何よ、それ?」

「『極力、王国や騎士達の威光は借りない』という事らしいです」

「あ、きれた…」


 シャルが今度こそ唖然として、ソファーにふらりと寄りかかる。

 オリビアもシャルの言葉には同感なのか、力無く頷いた。


 ちなみに余談ではあるが、まだゲイルに隠し事がある事に気付いている銀次が、それ以上信頼出来ない要因もある。

 どの道、彼女達二人の怒りは買ってしまう事になるが。


 ふと、そこで、


「ーーーーひゅ…ッ!」


 か細い息。

 詰まったように聞こえたそれは、やがて止まった。


 それを合図に、会話を止めた二人。


 ソファーに横たわった銀次の体が、不格好に痙攣する。


 その様子を見て思わず身を乗り出したシャル。

 オリビアは、すぐに精神感応の体勢に入る。


「…始まったわね」

「ええ、おそらく対話しているでしょう…」


 呼吸が止まって、僅か数秒。

 銀次の眉根が寄る。

 こめかみに滲んだ汗が、見る見る内に玉の粒となって零れ落ちた。


 シャルも銀次同様、眉根を寄せた。


「手が掛かる男ね」

「その通りです」


 苦々しさが滲むように吐き出された言葉。

 これまた揃って、二人は苦笑と共に溜息を吐き出した。


「起きたらたっぷり文句を言ってやる」

「今回ばかりは私も同感ですわ」

「後、今日はこのまま仕事は休ませましょう」

「ええ。魔法発現の為と、押し切ってしまいましょうか」


 どちらともなく、にんまりと微笑んだ。

 今ここに、この学校内で魔法に関しても最強の幼女二人による同盟が結成されたようだ。


 それを、そっとリビングの扉から覗いていた間宮が背筋を震わせていた。

 (※昼休憩だと伝えに来た筈が、幼女二人の結託を目撃してしまった模様)


 シャルが見守る中、オリビアが銀次の精神感応を開始。


 その数分後。


「……えっと?…なんでそんなにお冠なのかな、二人とも…」


 精神世界とも言える精霊との対話の世界から戻って来た銀次。

 これと言って魔法発現の兆候は見られていないが、対話は成功したよ、と若干鼻高々だったようだ。


 しかし、それを出迎えた二人の目線は、チベットスナギツネよりも冷たかったと言う。

 あのふてぶてしい顔をしたキツネよりも寒々しい視線は、彼のメンタルゲージを著しく削ったらしい。


「アンタ、今日はもう魔法発現するまでここで寝てなさい!」

「えっ!?なんで?」

「なんでも何も無いわよ!この仕事人間」

「ええっ!?何それ、横暴!」

「横暴なんかじゃありませんわ。今回ばかりはオリビアも泣きますからっ!」

「うええっ!?意味が分らないよ!」

「「問答無用(です)!!」」 

「へ?は…?え、え~~~…っ!?」


 結局、間宮の救助要請を受けて駆け付けたゲイルまで便乗したおかげで、彼は三階リビングへと半ば軟禁されることとなる。


 銀次曰く、


「やっぱり、幼女二人は強かったよ」


 勝てなかったよ。

 と、真っ白に燃え尽きたような状態でソファーに沈む、24歳。


「…彼女達の気が済むまで大人しくしていることだな」


 それを慰める34歳。

 言うまでも無くゲイルである。 

 同じ男としては擁護したくなる気持ちはあれど、彼もまた幼女二人に逆らおうとは思わなかった。

 シャルとオリビアには、彼も共感できるから。


 結論として、特別学校の幼女二人は結託すると更に強力だったと明記しておく。


 対話の内容より、翌日に差し迫っている正規騎士の試験よりも、むしろそちらの方が銀次にとっては頭を悩ませる種となったのはまた別の話。



***



ーーーーー主よ、これが最後だ。


 突然だな、コノヤロウ。


 最近聞き慣れるようになった、精霊の声が響く。


 また夢の中で話しかけられているってのは分かるぞ。

 昼間は微妙なところで話がぶっちぎられてしまったので、地味にフラストレーションが溜まっていた。


 更には、いつのまにか機嫌が直角90度で下降してしまった幼女二人のおかげで、休め休めと押し切られ、リビングに半ば監禁されてしまった。

 トイレと食事以外で部屋を出ること禁止とかどんだけ?


 おかげで、まったくと言って良いほど仕事が出来なかったのだ。

 それが余計にフラストレーションを貯め込む要因となった。


 ゲイルは慰めてくれただけで、結局助けてくれなかったしな。


 いや、まだ慰めてくれただけまだマシなのかも。

 蹴り飛ばしてすまんかった。


 まぁ、シャルとオリビアの気持ちも分からないでもない。

 最近は確かに根を詰め過ぎてたのは、自覚していたし。

 彼女達なりの思いやりなのかもしれないけどさ。


 なんだよ、唯一出来た仕事が、授業終了の為のHRとかさ。

 いないのと同じじゃねぇかよ。

 もし生徒達に職務怠慢って言われたら、言い返せない。


 って、あ。


ーーーーーやっと対話出来た二度目で、愚痴を聞かされるとはな。


 あらまぁ、ご立腹ですかね?

 正直、ごめんなさい。

 今回はちょっと暴走していたオレが悪いから素直に謝っておく。


ーーーーーまぁ、良い。主は、それでこそ主だろうて。


 ………えっと?


 それはどういう意味?

 もしかして、愚痴っぽいってバレてる?

 というか、本質はただの面倒くさがりって事も知られてないかな?


ーーーーー良くも悪くも、不器用だとは思うが?


 それは、自他共に認めてるよ。


 分かってるから、今さら言わないでよ。

 面と向かって改めて言われると、ちょっと傷つくから。


 いや、面も何も向かってないけど。

 声だけ聞こえて、姿かたちは全く見えないけど。


 とか思ってる間に、視界が霞み始める。

 ああ、無駄な話しちゃって、時間をロスした。


ーーーーー愚痴の次は、恨み事か?まぁ、それも主らしいと言えば、主らしいが。


 ………精霊にまで、無礼者扱いされてやんの。


 ああ、でもそろそろ本題に入ろう。

 オレも魔法を使えるようになりたいし、使えるようにならないとぶっちゃけ不味い。


 今は夢の中だからまだ時間はあるかもしれないが、実質試験は今日だ。


 なぁ、まずは名前をもう一度教えてくれ。

 その為に、ボミット病再発ギリギリまで粘ったんだから。


ーーーーーそれは最後のお楽しみだ。


 ………。


 ……………。


 ……いやいや、おいおい。


 それは無いだろう。


 えっ?コイツ、今の状況分かってる?

 オレ、時間無いの知ってるよね?

 知らないの?

 じゃあ、教えてあげようか?

 人間は呼吸が止まると5分で脳死に陥るんだぞ?


 今呼吸止まってるかもしれないの!

 2分以上経過すると、臓器にも異常が出てきちゃうかもしれないのッ!


 だから、急いでんだろうが!

 アンタ、今までの対話の内容、オールリセットとかしているのか!?


ーーーーーそこまで怒鳴らずとも聞こえておるよ。


 だったら、さっきの質問もう一度だけするぞ?


 アンタの名前は?

 出来れば、聞き取りやすいように大きな声で頼む。


ーーーーーそんなもの後で良かろう。それよりも、我が問いの答えは分かったのか?


 ………。


 ……………。


 …なんだろう、この敗北感。

 丸っと無視された挙句に、話を逸らされた。


 コイツ、思った以上にオレ様だよ。


ーーーーー主には負けるがな。


 しかも、嫌味が返ってきた。


 どうしよう。

 本格的に思ったのは、コイツが苦手かもしれない事だった。


 さぁて、急がないと脳死確定だ。

 多分、この『闇』の精霊様は、先に問いの答えとやらを答えなければ、こっちの質問には答えてくれそうにない。


 あれ?

 主って呼ばれてるのはオレの筈なのに、なんで立場が逆転してるんだろう?


 解せん。


ーーーーー答えが分らぬか?


 いや、違うし。

 そっちの回答に窮している訳じゃないから。


 ああ、いや、でも考えて無かったのは事実か。


 ……えっと?

 多分、コイツの質疑ってのは、昼間の対話の時に最後に言ってた事だよな。

 抽象的過ぎて分らなかった奴。


 まずは一つ目で、『闇は深い』。

 いまいち、分かってないんだよな、結局。


 次に、『主の闇が、我が力となる』だったか?


 主ってのは、オレの事だと考えられるけど。

 それがコイツの力になるってのは、どういう意味だろうか。


 純粋に受け取った意味で良いなら、『オレの闇がコイツの力になる』って事。

 って事は、オレが何かしらの闇を持てば良いって事だけど…、


ーーーーー及第点にも及ばぬな。


 ………ですよね?


 なんだろう。

 マジで心が折れそうな5秒前。


 そんな簡単な謎掛けじゃないか。

 ぶっちゃけ闇なら、とっくの昔に抱えてると思うんだけどな。


 オレ、元々の性格が荒んでるから。


 ちょっと脇に置いておこう。

 次に行こう。

 よし、そうしよう。


 最後の最後で言われたのは、『主の闇は、我が力』。

 んでもって、『我が力は、主の心次第』だったよな?


 ………さっぱりなんだけど?

 普通のなぞなぞとかだったら割りかし、得意だったんだけどなぁ。

 今回ばかりは、お手上げかもしれない。


 これまた純粋に受け取って良いなら、『オレの力がコイツの力になる。ついでに、その力はオレの心次第』


 ………なんのこっちゃ?


ーーーーーふざけておるのも、大概にしてくれ。時間が無いと喚いたのは主では無いか?


 はいはい、そうです。

 時間が無いと嘆いているのは、オレです。


 でも、最初に時間が無いとか、急げとか嘆いてたのはアンタも一緒だろうが。

 そこら辺、留意してくれない?


 というか、一緒になって考えてくれても良いけど?

 ぶっちゃけ、お願いします。


ーーーーー甘えたな主よな。…我は、心底嘆かわしい。


 ………別の意味で嘆かれた。


 ああ、もう。

 駄目だ。

 限界。


 何がって、息が苦しい。

 視界も霞んでいる。


 またしても、こんな時にタイムアップだ。


 結局、何一つ聞きたいことは聞けなかった。

 しかも、聞いたら聞いたで、変な風に打ち返されて強烈なピッチャー返しを食らった。


 さすがに足でトラップが出来るような本物の野球じゃねぇし、そもそも直撃したようなもんだ。

 

 コイツの質問に満足に答えられるまで、魔法はお預けって事かよ。

 畜生。


 時間が、もう無ぇ。

 詰んだ。


ーーーーー諦めるのも早いのだな。虚勢を張るのは容易い癖をして、いざとなれば逃げ出すのか?


 ………うるさい。

 もう、時間切れだ。


 これ以上、とやかく言わないでくれ。

 悪態を吐きそうになって思い出すシャルの言葉。


 精霊と喧嘩すると、後々面倒くさいだったかな?

 もう、十分面倒くさい状況なんだけどね、今のこの状態。


 でも、もう諦めるしかねぇか。


ーーーーー…難儀よな。主は、意固地になるだけが取り柄のようだ。


 知ってるよ、畜生め。


 そこで、意識が遠のいて行く。


ーーーーー我が力は、主の心の奥底に沈んでおる。く気付かれよ、主。


 最後の最後で呟かれた言葉は、残念ながら砂嵐の向こう側。

 オレには、聞き取る事が出来なかった。


 ただ、なんだろう。

 その時に一瞬だけ、その姿が見えた気がした。


 真っ黒な騎士のような甲冑が、虚ろに此方を見ていた。


ーーーーーやれやれ。…手の掛かる。少し、灸を据えてやるとしよう。



***



「……ーーーッ…はぁッ…ゲホッゴホッ!!」


 まるで、どこか高所から落下する夢を見た後のように、体が強張って目が覚めた。

 こういう時の寝起きって最悪だよな。


 若干、酔った感じがするのは、ありもしない重力を無意識に想像して悪酔いするだけだと、どっかで聞いたような気がするけど定かじゃない。


 案の定息が止まっていたのか、息を吸い込み過ぎて盛大に咽た。

 最近、安定して起きている寝起きの現象(動機、息切れ、眩暈の三拍子)に、頭を搔き毟りたくなる。


 ああ、もう。

 おかげで、寝不足になってるし。


 今日の試験、落ちたらどうしてくれようか。

 いや、そもそも魔法を発現出来ていない時点でアウトだけど。


「はぁ…」


 重い溜息が洩れる。

 なんだろう、空しい上に情けない気分になってる。


 ああ、これが負け犬の気分なのか。

 5年前の事件でこの気分を嫌になる程味わってから、もう二度と味わいたくないと思ってたのに。


「もう、諦めるか」

「何をだ?」


 独り言を呟いた。


 そのつもりだった。

 しかし、その独り言に返ってきた返事。


 思わず、びくっとして固まった。

 えっ?何、しばらく無かったのに、ホラー展開?


「そ、そこまで驚かなくても、」

「い、いや…だって、いると思って無かったし…っ」


 目の前には、同じく驚いた表情をしたゲイル。

 顔と見合っているのか何なのか自棄に声が野太いから余計に驚いてしまった。


 オレを驚かせておきながら、ゲイルはシガレット片手に紅茶を飲んでいた。

 そんな彼の手元や部屋の中を仄かに照らすのは、ランプのような形をした『灯りの魔法具(ライトカンテラ)』。(それはもうランプで良いと思うのはオレだけだろうか?蠟燭使えよ)


 手に持っているのがティーカップだと言うのに、自棄に渋く見えるのはゲイルマジックなのか、そうなのか。


 あれ?

 そういや、なんで、コイツここにいるの?


「夜勤だ。以前、言った筈だろう?警備を見直すと…」

「ああ、そういやそうだったな。けど、騎士団長自らが夜勤しなくても、」

「念には念をだ」


 本人は自覚してないだろうけど、ドヤ顔されても困るんだけど。


 確かにゲイルが護衛なら心強いし、戦力としてなら申し分無い。

 というか、やり過ぎな気がしないでも無い。


 ぶっちゃけ、コイツが夜勤とか過剰戦力過ぎる。


 しかも、明日が正規騎士試験なんだけど、コイツ分かっているのだろうか?

 いや間違えた。

 もう夜中は過ぎているだろうから、今日だ。


 コイツ、完全徹夜(カンテツ)で騎士業務に戻るつもりでいるとか言わないよね?

 それはそれで、今度はオレの良心と言うか、色々な何かが痛むんだが。


 オレの微妙な表情の変化に気付いたゲイルの顔が、怪訝そうなものへと変わる。


「…心配しなくても、大丈夫だ。不寝番なら騎士としての職務に含まれている。慣れているさ」

「正確に組み取らなくて良いだろうが、なんだよそのスキル」


 何なの、この異世界。

 やっぱり、皆エスパーなの?


 そう考えていた矢先の事だった。


「ふざけた事を言うな」

「あ、え?…はい…ゴメンなさい」


 ゲイルから、滅茶苦茶鋭い視線と言葉をいただいた。

 あら、なんか冷たいのね。


 昼間は慰めてくれたのに。

 ああ、その後溜まりまくったフラストレーションの捌け口にして蹴り飛ばしたから怒ってるのか。

 それは、正直すまんかった。


 しかし、ふとそこで、


「…あれ?…オレ、喋ったっけ(・・・・・)?」


 思い至る。


 オレは先ほど、エスパーか?と考えていただけ(・・・・・・・)の筈だ。

 なのに、どうしてゲイルに『ふざけた事を言うな(・・・)』と叱られたのか。


 というか、何この状況?


 ここは、どこだろうか?

 ふとした違和感をそのままに、周りを見渡してみる。


 一見すると、校舎のリビングのようだ。

 木目作りの壁に、板張りの床に、本棚。

 旧校舎から持ち出して来た長机やパイプ椅子が窓際に設置されている。


 でも、なんだろう?

 違和感しか感じない。

 だいたい、窓際に『白い菊』なんて飾ってあったか?


 いや、待て。


 この異世界に、そもそも菊の花の品種は無かった(・・・・)


 更に違和感が続く。


 オレが今しがた寝転がっていた場所はどこだ?

 ここがリビングならば、ソファーの筈だ。

 昼間、オリビアとシャルに押し切られて寝かされたんだから。


 しかし、そこには少し草臥れたシーツの敷き詰められた寝台があった。


 可笑しい。

 校舎にここまで汚れたシーツを保管してはいなかった筈だ。


 確か、入寮した時に全部まとめて新品を買い揃えた。

 残っていたものも、埃を被ったり虫食いがあったりと酷い有様だったから、すべて廃棄した記憶がある。


 廃棄したのはオレだ。

 間違いない。


 なら、このシーツは一体、どこから持ってきたものだろうか。

 記憶が確かなら、見覚えは無い。

 元々この色だなんて、馬鹿な冗談は辞めてほしい。


 なら、なんで斑な赤い血痕が付いているのか。


「…何をしている?」

「っ……いや、だって…ここ、」


 冷たい声が降ってきた。

 ドクリと心臓が嫌な音を発する。


 気が付いた。

 気が付いてしまった。


 このシーツは、見覚えが無い訳じゃない。

 遠い過去に、オレが使っていたもの(・・・・・・・)だ。


 この血痕も、オレの血だ。

 そして、草臥れて薄汚れているのは、オレが毎日のように泥だらけのままで倒れ込んでいたからだ。


 枕もとにはざっくりと破れた跡がある。

 そこは、オレが朝寝坊をした時に、師匠が付けた刀傷(ふるきず)だ。


 瞳孔が収縮する。

 呼吸が、荒れていく。

 冷や汗が滝のように流れる。

 耳元でバクバクと鼓動が聞こえる。

 心臓は、今にも破裂しそうだ。


 可笑しいだろ。

 なんで、13歳の頃のオレが寝ていたベッドに、24歳のオレが寝ているんだ?


「…もう一度、聞くぞ?『ーーー』」


 その時、オレの耳に届いたのは、ゲイルの声では無かった。


 体が勝手に、硬直する。


 シーツに視線を釘づけにしたまま、オレは微動だにも出来なくなった。


 目の前には、確かにゲイルがいた筈だ。

 しかし、その方向から帰って来た声は、


「これは、一体、どういうことだ?」


 オレが殺してしまった、師匠の声だった。



***



 妙な胸騒ぎがする。


 そう感じたアビゲイル(ゲイル)は、次の日が正規騎士の雇用試験日だと分かっていながらも、特別学校異世界クラスの校舎に留まっていた。


 ダイニングに、暖炉を付けただけの状態。

 一人掛けのソファーに腰掛けていた。

 傍らには愛槍を立てかけて、いつ何時であっても対処出来る状態を保ちつつ。


 手にはシガレット。


 傍らのローテーブルには、紅茶の満たされたティーカップと、未だに熱を持っているティーポット。


 ティーカップに注いだ紅茶は、すっかり冷めてしまっているものの、わざわざ淹れなおそうとは考えなかった。


 意識は、ティーカップでは無く、眼の前の暖炉の火に向けられている。

 むしろ、その奥に透けた情景に向けられていた。


 彼の表情はどこか険しかった。

 眼にはうっすらと眠気が張り付いているように見えて、その実はっきりと覚醒している。


「(嫌な感じがするな…。妙に静かだ…)」


 なんとなく違和を感じる。


 先述した通り、彼の胸にはざわざわと予感のようなものが巣食っていた。

 それが虫の知らせと言うのは、既に分かっている。


 だからこそ、彼は護衛の交代の時間に実家の邸宅に直帰する事無く、校舎に残ることを決めたのだ。


 ざわざわと全身の産毛が総毛立つ。

 どこかそわそわとしてしまって、落ち着かない。


 シガレットを吸っても、その違和感は遠のかない。

 彼には珍しい貧乏ゆすりをしてしまい、カタカタと揺れる膝は止まらない。


 思い当たるのは、銀次の事だ。

 それは、間違いないと考えている。


 日に日に悪くなっていく彼の顔色には、ゲイルとて気付いていた。

 そして、いつの間にかやせ細っていた腕や足。

 熱を出してダイニングで倒れた時、その部屋まで運んだのは誰でも無くゲイルであった。


 その時に触れた体は、ぞっとする程に細く、軽くなっていた。

 何度か抱え上げた事があった。

 その体を支えた事もあったというのに、その時とは比べ物にならない程、明らかに軽くなっていた。


 実際、今日の昼間、オリビアとシャルが結託して銀次に休養を要請しなければ、自分がするつもりだった。

 殴られ蹴られと暴力を受ける事は分かっていたが、それを覚悟で昏倒ぐらいはさせてやろうと考えていた。

 結果としては、実行に移す事は無かったので安堵したのは余談としておく。

 その後、結局蹴られたという事も、今は余所に置いておいた。


 発端は、いつ頃だったか。


 思えば、冒険者ギルドで特別クエストを受けた辺りから、彼は目に見えて衰弱しているように見えた。


 討伐の内容などは触り程度で聞いたものの、それにしては少し憔悴しているように見えて気になってはいた。

 それが、後々シャルの口から詳細を聞いた際に、その違和に納得がいった。


 死にかけた。

 たったそれだけの事。


 しかし、それが普通の人間にとって、どれだけの心労になるか騎士である自分でも良く分かっている。

 それが原因で騎士を辞めていく人間もいた。

 今まで、その光景を何度も見てきて、知っている。


 心が弱ってしまう。

 一度、死にかけた人間は、とにかく精神が脆くなってしまう。


 時には悪夢に魘され、最悪の場合は日常生活のふとした瞬間にフラッシュバックを起こして、唐突に発狂する。

 『人魔戦争』を経験した先々代の祖父がそうだったと、父から聞いている。


 特に銀次は、その兆候が強いようにも思えた。


 それは、彼の過去が普通の人間とはかけ離れているせいだ。


 悪夢。

 フラッシュバック。

 突然の発狂。


 全て、銀次は当て嵌まっている。


 既に3日前となった夜の事は今でも鮮明に覚えている。


 あの日はただ単純に銀次の体調が心配で、残業をしていただけだった。


 しかし、青い顔で階段を危なっかしく降りてきた彼を見て、すぐに分かった。

 その懸念は的中していたと思わざるを得ない。


 案の定、トイレに駆け込めば、胃ごと吐き出すような勢いで餌付く。

 背中を擦ってもそれは収まらない。


 そうして、一通り吐き出したかと思えば、その場で蹲って泣きじゃくる。

 まるで、幼子のような姿に、半ば呆然としてしまう。


 ゲイルは、思わず瞑目した。

 眉根を寄せ、何かに耐えるように。


 予期せず銀次の記憶を共有してしまったゲイルには、まざまざと彼の過去を見ることが出来る。


 だからこそ、分かった。

 彼があそこまで泣きじゃくる要因を。


 居候していた師の邸宅を少し離れた間に、その師の妻子は見るも無残な姿で殺されていた。

 腹から引きずり出した赤子を鍋で煮込むなどとは、正気の沙汰とは思えない。

 更にはその発見した状況を、最悪のタイミングで戻ってきた師に見られた挙句、その罪状を押し付けられた。

 師が憤怒を露にした瞬間など、ゲイルですら怖気が立った。


 そこから先は、ぷっつりと記憶は途切れている。


 しかし、ゲイルからしてみれば、それで良かったのかもしれない。

 憎まれ口を叩きながらも敬愛していただろう師を殺した。

 その罪悪感に苛まれ続けている彼とて、きっと師との殺し合いの場面など見たくないだろう。


 ゲイルとしても、その場面を見ることが無くて安堵しているのが事実だった。


 気が付けば、眼の前には師の屍。

 血塗れのまま、絶叫。

 その後、声がひび割れても泣き叫んでいた。


 凄惨としか言いようがない。

 せめて、その死に際を見なかっただけ、良かったと思う他無い。


 師の家族の死に際に立ち会った記憶といい、その後の人体実験を受けた記憶といい、彼には濃厚でなおかつ凄惨な過去が多い。


 その記憶に押しつぶされそうになったのは、何も本人だけではない。

 ゲイルも同じく、何度も悪夢に魘されている。

 こうして正気を保っているのが、奇跡のように思えていた。

 むしろ、自分でも驚いている。

 良く、正気を保っていられるものだと。


 それは、その記憶の元の持ち主である銀次にも言えること。

 だからこそ、ゲイルには彼の精神的な部分での弱みが分かってしまう。


 分かるようになってしまったからこそ、もどかしいと感じる。


 銀次は甘えない。

 他人ひとを頼ろうとしない。


 友人である、自分すらも。


 距離を置いている。

 今までもそうだったと分かっているが、未だにその壁を取っ払う事が出来ていない。


 だからこそ、悔しいと思えども、踏み込めない。


「(…自業自得だと、…分かってはいるのだがな…)」


 その壁を作らせているのは、自分だと言う事。

 踏み込めないのは、その負い目があるから。


 銀次は強制的に、すべてを晒す事となった。

 しかし、ゲイルはまだ全てを晒しているわけではない。


 気が付いた時にちょくちょく答えたり弁解したりしてはいても、それが全てではない。


 隠し事は一切しないという口約束。

 口約束ながらも、その効果は計り知れない。


 なのに、未だに曝け出せない部分がある。

 ゲイルには、まだまだ隠している事実がある。


 それが少なからず、銀次からの信頼に値していない。

 だからこそ、一線を引かれているのだと分かっている。


「…分かっているのに、なぁ…」


 ぼそりと呟いた言葉。

 そこには、ただただ憔悴が浮かんでいた。


 その瞬間だった。


『あ゛ぁあああああああああ゛あぁああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!』

「……ギンジ…ッ!?」


 階下にまで響いた悲鳴。

 絶叫としか言いようの無い、悲鳴。


 その声は、しゃがれひび割れていながらも、友人ギンジのものだとゲイルにはすぐに分かった。

 場所は三階リビング。


「きゃああっ!!」


 その合間に聞こえた悲鳴。

 銀次と共にリビングで就寝していたオリビアのもの。


 何かが階上で起きた。

 悲鳴を聞いたそれだけで分かり、なおかつそれ以上しか分からない状況。


 しかし、彼が感じていた胸騒ぎが、的中したことも同時に理解できた。


「ギンジッ!!」


 ゲイルはすぐさま、椅子に躓きながらも駈け出した。

 目指すは三階のリビング。


 バタンバタンと、生徒達の部屋の扉が開け放たれる音。

 生徒達も悲鳴によって、その眠りを妨げられたのだろう。


「先生!!」

「銀次!!」


 階段を駆け上ったゲイルの前を、エマとソフィアが駆け上がって行った。

 その眼の前を間宮が疾走していく。

 いち早くリビングの扉を押し開き、中に飛び込んだのも間宮だった。


 その後に、エマ、ソフィアと続き、ゲイルもすかさず飛び込んだ。


 そこで見たもの。

 それは、


「なっ…!?」

「おい、銀次!!」

「先生!?」

「オリビアッ!!」


 部屋の中央付近で倒れ伏したオリビア。

 それを間宮が助け起こす。

 更にそこへゲイル達の足元を縫って、シャルが駆け込んだ。


 間宮が助け起こしたオリビアの状態をすかさず確認していた。


 しかし、全員の視線は、オリビアよりもその先の異質な空間に向けられていた。


「ギンジ、なのか!?」

「嘘だろ、銀次!!」


 部屋の奥に禍々しく浮かぶ、黒い球体。


 それはまるで、繭だ。

 良く良く見れば、その繭からは黒々とした靄のようなものが立ち上っている。


「…『闇』属性ッ!!暴発したのか!!」


 その繭の中、薄らと透けて見える中には、白い手。

 力無く弛緩したその手の先には、背広と呼ばれる異世界の衣服に包まれた腕が続き、胴体にもつながっている。


 その繭の中には、紛れもなく銀次がいた。

 体をぐったりとさせながら、繭の中、揺り籠に揺られる赤子のような体勢で中空に浮かび上がっている。


 最悪だ。


 ゲイルは、心の奥底でつい嘆いてしまった。


 『闇』属性の魔法の暴発など、ゲイルは知らない。

 見た事もないからだ。


 『闇』属性を扱う人間は見た事がある(・・・・・・)

 しかし、それだけだ。


 それを抑える方法と言うのは、知る由も無かった。


「しっかりしてよ、銀次!!」


 エマの悲痛な声が響く。

 しかし、黒い繭の中に力無く眠る銀次には、聞こえているかどうかも分からない。


 最悪なことは、まだある。


 あの繭の中にいる銀次が果たして無事なのかどうかである。

 見るだけでは、その生死は確認できない。


 一月某日。

 騎士試験をつい数時間後に控えた文字通り、運命の日。


 銀次や生徒達、オリビアやシャル、ゲイルにとっての長い夜が始まった。



***

幼女には勝てなかったよ。

と書きたかったのですが、これだと性的な何かに引っ掛かりそうだったので自重。

作者の辞書の中に、一応自重という言葉があって良かったです。

中身的には全く自重してませんけどね。

ビバ☆厨二病!バンザイ!ww\(^p^)/ww


暴発パターンは回収が難しいのですが、敢えてぶち込みます。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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