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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、魔法習得編
57/179

46時間目 「特別科目~精霊との対話~」

2015年11月16日初投稿。


なんか、パソコンの調子が悪くて何度も落ちるせいで、執筆が思った以上に進まずむきーっとなりました。


前回の話は、完全なる鬱展開でした。

今後も少しシリアス風味な内容が続きます。


46話目です。

タイトルがあんまり関係なくなってしまっているような気がしないでもない今回。

***



 悪いことというのは、何故か当り前のように立て続けに起きるものだ。


 オレの現在の状況は、それに多く当てはまっている。


 現在、ベッドの上で謹慎中。

 何故か?


 昨晩、ボロクソ泣きしたせいだ。


「アンタ、意外と体が弱かったのね。…先に言っておいて欲しかったわ」

「今日一日は安静にしておけよ」

「そうですよ、ギンジ様。無理をしてはいけませんからね」

「(こくこく)」


 特別学校異世界クラスの先生兼護衛ゲイル先生兼生徒シャル女神様オリビア生徒兼弟子マミヤに囲まれながら、揃って安静を言い渡される。

 シャルの場合は愚痴だけど。


 熱を出して倒れるなんて、無様な事だ。


 昨日から続く、てんやわんやの問題続き。

 『闇』の精霊との対話中に呼吸不全で倒れ、夜中に夢見の悪さに這い出して吐き下し、その夢の内容のせいで泣き崩れた挙句、途中でボミット病を再発した上、風邪でも引いたのか熱を出して現在療養中。


 医者は呼べないから、ある程度の簡単な診察だけ自分でやった。

 この時期に『闇』の精霊云々の件を知られるのは不味い。

 ちなみにこの時代、医者=破産とかいう馬鹿みたいな方程式があるので、呼ぶのが躊躇われた事もある。


 どの道、校舎にはオーバーテクノロジーの粋ばかりだから、例え医者だろうと部外者を立ち入らせたくはない。

 理由を知っている国王や、今まで来訪している人間(と言っても、数名だが)は不可抗力だったからな。


 そこへ、ノックの音が響く。

 気配はおそらく榊原だろう。

 間宮が扉を開けると、案の定苦笑を零した榊原の姿があった。


 手には湯気の立つ食器とトレイ。


「…先生、コーンミル作ったけど、食べれそう?」

「ああ、榊原。悪いな」

「いや、良いよ。先生がしおらしいのは、なんか新鮮だし」

「…おいおい」


 そう言って苦笑のままで、間宮にトレイを受け渡した榊原は、そのまま「ごゆっくり」と言い残して一階に下りて行った。

 朝食の前の時間に倒れたせいか、生徒達に目撃されてしまったのはやはり痛かったな。 


「学校の方は、オレ達でなんとかしておく」

「どの道、今は魔法の授業と訓練をメインに行ってるんだから大丈夫でしょう?」

「ああ、悪いけど、頼むよ」


 ゲイルとシャルも、そう言って部屋を出て行った。

 最近、格好悪いところしか見せてないなぁ。

 特にゲイル。


 まぁ、ゲイルだから良いのかもしれないけど。


「オリビアは、ギンジ様に付いていてよろしいですか?」

「…っと、出来れば、魔法の授業とか訓練とか生徒達に付いていて欲しいかな。大丈夫だとは思うが、魔法の暴発とか万が一訓練の最中に怪我でもしたら、ゲイルだけで足りるかどうか分らないから…」

「心配症ですわね」


 苦笑を零して、オリビアが頷く。

 彼女なりに、オレの心情を察してくれているのかもしれないな。


 心配症なだけじゃなく、オレがいないことで起こる問題がありそうなのが嫌なんだ。


「お前は今日の修練は中止な。体調が戻ったら、その分調整していく」

「(わかりました)」


 間宮は相変わらず、オレの傍を離れたがらないようだ。

 忠実な弟子なのは良いが、今日だけはちょっと勘弁してほしい。


 今は、出来れば一人でいたい。


 ゲイルやシャルに続いて、オリビアも間宮も部屋を出て行った。

 オレの膝の上に残されたトレイを、机の上に移動させて、やっと一息。


 息が苦しいのと、頭がぐらぐら揺れているのは熱のせい。

 ただし、胸の痛みと気だるい体、吐き気などはボミット病の、後遺症だろう。


 それ以外にも、オレの精神的な面から来る疲労はピークだった。

 今はもう、何も考えたくない。


 まるで幼子のように、膝を抱えた。

 ベッドの中で、ぐらぐらと揺れる視界を紛らわせようと、キツク目を瞑る。


 未だに、あの夢の残骸が脳裏にこびり付いて、離れてくれなかった。



***




ーーーーー…こえ…か、…あ…じ。


 なんだろう。


 また、あの暗い世界だ。


ーーーーー…わ……えが、…こ…るか。


 息苦しいのは相変わらずか。


 あれ?オレ、前にも一度、こんな感じだったような気がする。

 可笑しいな。


 前は、記憶にも無かった筈なのに。


ーーーーーあ…じ、…が…えが、…こえ…か。


 相変わらず、声は途切れ途切れだ。


 けど、なんだろう。

 以前よりも、少しだけ聞き取れるような気がする。


 それに、どこか込められた感情も、伝わってきている。


ーーーーーわ…ある…。


 悲しげな声だ。


 これがまさか、精霊の声とか言うのか?

 だとしたら、オレの対話は成功していたのだろうか?


 いや、待って。


 これは対話じゃない。

 一方的な呼びかけだ。


ーーーーー…るじ、わが…え…こた…よ。


 ヤバイ。

 また息が苦しい。


 やっぱり、これが同調しているという事なのかもしれない。


 ならば、もう眼を覚まさなければならない。


ーーーーー…のむ、ある…。


 まるで、慟哭のような切なる声。


 罪悪感すら感じる。


 すまない。

 オレはまだ、応えられそうにない。


ーーーーーじか…が、な…のだ。た…む、あるじ!


 そこで、意識が途切れた。



***



 そこに眠っているのは、教師と言い張っている変人だった。


 彼が威張っても、大概の人間であれば文句は言えない。


 石鹸の開発から始まり、シガレットの普及、キメラ討伐においての壮絶な活躍、そして帰還。

 それだけの功績も実績も持っている、云わば雲の上の存在のような男。


 だというにも関わらず、この男はその権力を振りかざすことはしない。

 精々、国王や騎士団長やその部下達を、振り回して良いようにからかっているだけのようだ。


 今では冒険者ギルドの肩書きまで持っているらしい。

 しかも、Sランクだと言うのに、それをひけらかすような行動すら取らない。


 ある意味でも、変人な男だ。


 そんな変人の容貌は、短髪の黒い髪に、透き通るような白い肌。

 熱を出していると聞いたが、心なしか頬に赤みを持っている。

 横顔しか見えないというのに、その眉目秀麗な様が一目で分かる。


 一見すれば、女とも間違われる相貌。

 いかな貴族家の子女達とて脛を噛む程、彼は見た目にも楽しい男だ。


 眉目の整った麗しい尊顔を前に、揺るいではならない私の胸がわずかに軋む。


 これも私の敬愛する主の為。

 そして、我が家の後々なる繁栄の為だ。


 眠っているのか、否か。

 膝を抱えたまま、横たわっている男。


 苦しげに眉が寄せられているが、その体制ならば当たり前だと言ってやりたい。


 しかし、言葉を発することなど必要ない。

 私は私の仕事を遂行する為に、ここにいる。


 なんとしても、期日より先に例の仕事の概要を調べなくてはならない。

 その急務が私の手を急がせる。


 ボミット病の治療薬、もしくは緩和策。

 それをどうにかして、期日までに手に入れなければ。


 書類でも伝聞でも、もちろん原本ならば持ってこい。

 こうして部屋の主が体調に異変を来して眠っている今において、それを探る時間はない。


 ただでさえ、天井裏に潜んでいた私を、たった数秒の物音ひとつで感づいた人間だ。

 下手に近づこうものならば、容易く無力化されるだろう。

 彼の弟子となっている少年すら、私の存在に気付いて天井裏まで捜索の手を伸ばしていた。


 今、その弟子である少年は、強化訓練の為に外にいる。

 護衛として居座っているこの王国の騎士団長とやらも、同じくだ。


 絶好の機会は、今に置いて他に無い。


 まずは、あらかた目星を付けていた部屋の主の引き出し。

 音を立てずに開ける技量は身につけている。

 思いのほか立て付けが悪くなかったせいか、すんなりと開いた引き出しの中にはこの中身だけでも数十万という価値がありそうだった。


 一番上の書類に目を通す。

 しかし、


「(これは、どこの国の文字だ?全く、読めないとは、)」


 その書類には、異国の言語で書かれた文字がずらりと並んでいた。

 何かしらの意味を持つだろう形の文字と、その文字を枠組みにしたもの。


 その下には、また同じく読むことも意味を想像することも出来ない幾つかの文字。

 ずらりと並んだそれに、頭痛を催したが仕方ない。


 次に重ねられていた文書を手にしてみる。

 その紙は羊皮紙だったが、やはりここの主は思った以上に財を持っているようだ。

 そこにもまた先ほどと同じく、異国の文字を枠組みにした何かの文書。


 もしや、暗号か何かなのだろうか。


 次の紙、次の紙、と捲って見てもほとんどが同じような有様。

 しかし、途中からその読む事も出来ない文字が、こちらの言語に切り替わった。


「(…月の日、火の日、水の日、木の日、金の日、土の日……曜日?)」


 この国の周期を書いたものだと、この時やっと理解した。

 しかし、その下には縦書きに1~6までの数字と、これまた縦書きに算術、歴史、言語、…意味が分らない理科という文字と、訓練が二回続いていた。


 なんだろう、この文字の羅列は。

 予定表か何かだろうか、と羊皮紙を元の引き出しに戻しつつ、次の引き出しを探ろうとした。


 その時。


「時間割なんか見て、何をしたんいんだテメェは…」


 こめかみに押し付けられた鈍い金属の感触。

 しかも、その前に被さった声音は、最近では聞き慣れてしまった部屋の主の声であった。


「…さぁ、鼠さん。洗いざらい、話してもらおうか?」


 いつの間にか、眼を覚ましていたらしい部屋の主である男。

 ギンジ・クロガネ。

 この学校での教師にして、『予言の騎士』にして、冒険者ギルドSランクの実力者。


 大凡、普通の人間では有り得ない実力の持ち主が相手。

 こみかみに押し付けられた未知の武器も相まって、逃げるのも不可能とも思えた。


「手を上げろ。両手は顔の横で、見えるように、」


 声は平坦。

 しかしどこか、口調が震えているように感じる。


 引出しに掛けていた手を外し、要求通りに顔の横へと上げる。

 肩に掛かっていた私の藍色の髪が、背中へと流れた。

 ゆっくりと振り返るように見た男は、先ほどまでは赤みを帯びていた顔を真っ青にしながら、筒のような形をした武器を私に向けていた。


 その武器がどんな威力を秘めているのか、私は知っている。

 キメラ討伐の時に、これよりも更に大型の武器を乱射し、キメラを討伐寸前まで追い込んでいたのだ。


 言わずとも分かる。

 もう、私に逃げ場など無い事など。


「…何をしている?」

「…………。」

「だんまりか?まぁ、それでも良いや」


 若干荒い息遣いをしながら、ギンジ・クロガネはそのベッドの上で、体勢を整えた。

 気だるげにしながらも、その姿に隙は無い。


 本格的に、私も覚悟を決める他なさそうだった。


「…言え。どこの鼠だ」

「……主は売れない」

「命と天秤に掛けてもか?」

「主に捧げた命だ。今さら惜しくはない」


 悠然と胸を張る。

 私の敬愛する主の情報は、私の命以上に安いものではない。

 比べるべくもない。


「…なら、質問を変えよう。何を探っていた」

「…………。」

「また、だんまりか?…おおかた、オレの技術開発の記録か、研究結果でも見たかったんだろうけど、お生憎様」


 眉間が少しだけ動いてしまったかもしれない。

 ここまで的確に言い当てられてしまっては、だんまりの意味もあったものではない。


「オレは大事な資料には、保険を掛ける質でな。この学校には、保管していない」

「……別に、目的が当たっているとは、」

「当たっているさ。オレの命を狙わずに、先に机を探ったんだ。オレの命では無く情報が欲しい証拠だ」


 ぐうの音も出ないとはこの事だろうか。

 目的も言い当てられた事はもとより、ここに侵入した時から私という存在に気づいていたらしいこの男。


 やはり、そう簡単な任務では無かったか。


「それに、ウチの学校は表向き、ただの教育機関って事になってる。つまり、お前みたいな鼠が入り込むのは、教育機関として以外の内部情報を求めての事だろう。技術開発の記録はもとより、ボミット病の研究をしているのもウチだ。簡単すぎて、推測すらする気は起きないね」


 そう言って、言葉を締めくくったギンジ・クロガネ。

 わが主をその口で丸めこんだ実力は、確かなものだと言わざるを得ない。

 身を持って実感することになるなんて、思いたくも無かったというのに。


「…悪いが、アンタの身元もある程度は予想している」

「…………。」

「だんまりで結構。こっちの欲しい情報は、別の機会に貰う事にするから構わない」


 それは、王国に引き渡すという事だろうか。

 いや、そんなもの聞かなくても分かっている。


 彼がこのダドルアード王国にやって来た時から、この国の国王と懇意なのは知っているのだ。

 そして、護衛は騎士団長。

 どんな賓客だって有り得ない好待遇。


 その実、それだけの価値があるからこその待遇だと分かっている。


 別の機会というのも、可笑しな話ではあるものの、私の最終的な末路は決まったも同議。

 ならば、私の矜持だけは守り通してみせる。


 そう、内心で意気込んだ。


「次の質問だ」


 意気込んだ矢先、彼は思いもよらないことを口にする。


「上のもう一匹の鼠は、お前のお仲間か?」

「………ッ!?」


 その一言だけで、部屋の空気が殺気を孕んだ。

 降りかかる殺気は、私に向けてでは無く、眼の前の彼に向けて。


 それに付随するかのように、眼の前の彼からも殺気が弾けた。


ーーードンッ!!


 その瞬間、彼の手に持った武器が火を噴いた。



***



 やらかしたよ、コノヤロウ。

 女が天井裏から降りてくるまで、気配にも気付けなかった。


 いや、またなんか息苦しい感じがするから、変なスイッチ入っちゃってたんだろうけど。

 精霊との対話の度にこんな調子だと、いくらなんでも命が足りない。


 まぁ、今はそっちの生命の危機だけじゃないけど。


 まさか、鼠が二匹も入り込んでいるなんて。

 しかも、一匹ずつ依頼主が違うってんだから、ダブルブッキングも程々にして欲しい。


 目の前の藍色の髪をした女。

 こっちは、おそらく平均よりもわずかに上だろう実力者。

 顔立ちは平均よりも格段に整っているのだが。

 狙っていたのは情報のようだったが、おそらく以前紛れ込んだ間諜で間違いないだろう。


 だが、上のもう一匹は、そうじゃない。


 目に見える程の濃密な殺気が降り注ぐ。

 オレも触発されて、思わず殺気を垂れ流すぐらいには。


 こっちは、暗殺者アサシンに近い。

 引退したとは言え、オレの同業者ならすぐに分かる。


ーーードンッ!!


 まずは、牽制に一発。

 ついでに、この音で援軍として間宮が来てくれると助かるという願いも込めて。

 まぁ、十中八九来るとは思うけど。


 天井裏に潜んでいただろう気配が遠のいていく。

 目の前の藍色の髪の女はまだしも、あっちは見逃すと後々に厄介なことになる。


「クソッ…すばしっこい奴だな」

「クッ…!」


 続いて二発、三発と発砲する。


 一発だけ、手応えがあった気がする。

 天井裏の足音が、幾分か乱れた。


 だが逃げられた。

 オレも部屋の外まで射撃は出来ない。


 ついでに、


ーーーパリーン!!


 すぐ横で窓ガラスの割れる音。

 翻った藍色の髪は、あっという間に窓ガラスの外へと消えた。


 女の間諜にまで逃げられてしまったようだ。


 ………おいおい。

 どんだけ、オレは弱っているのだろうか。

 呼吸不全を起こした揚句に、熱でふらふらしているのは自覚しているけども、ここまで衰えているなんて餓鬼かオレは。


 この程度の鼠一匹捕まえられないとは、情けない。


 まぁ、こっちの依頼主の身元はある程度予想は付いてるから良いけど。

 窓の修繕費はあっち持ち(・・・・)にするからな?


 とはいえ、問題はもう片方の鼠だ。


 既に校舎の外に逃れたようで、殺意を孕んだ気配が物凄いスピードで遠ざかっている。

 あれは、少々厄介な鼠かもしれない。


 オレも直前になるまで、気配に気付けなかったんだ。

 本気で殺しに掛られていたら、無事では済まなかったかもしれない。


「あー…クソ…どっちも逃がしたか」


 呟いた言葉に、辟易とした感情が浮かぶ。


「………ッ!!」


 背後に間宮が到着した。

 思いの外、遅かったのはおそらく正規のルートで来たせいだな。


 あの殺気の元が天井裏にいると判断して、下から来たのだろう。

 良い判断だ。

 鉢合わせになっていたら、いくら間宮でも危なかったかもしれない。


「(何がありましたか?お怪我は、ございませんか?)」

「ああ、平気だ。……鼠が二匹、入り込んでいた」


 それが、二匹だけである事を祈るばかりではあるが。


 案の定、間宮がさっと表情を引き締めた。

 取り逃がしたとは言え、この校舎には簡単に入り込めた実力者達なのだ。

 元々天井裏をテリトリーにしていた間宮からすれば緊張もしよう。


 今後の警戒の方法も、少しばかり変わってくるかもしれない。

 間宮が本格的に忍に就職しそうで怖いけど。


「間宮、後で天井裏を確認してくれ。負傷させただろう確証が欲しい」

「(分りました)」


 勢いで立ち上がって、そのまま立ち尽くしていたオレ。

 ひとまず、ベッドに座りながら、間宮へと指示を出す。


 あ、また外が騒がしくなってきた。

 昨日と同じく、ゲイル達が間宮がいなくなったことに気付いてこっちに向かって来たのだろう。


 扉が蹴破られる勢いで開け放たれる。


 デジャブというやつだな。

 まぁ、昨日も同じ状況だったから当然といえば当然だけど。


「何があった!?」

「大丈夫ですか、ギンジ様!?」


 ゲイルとオリビアが真っ先に飛び込んできて、その後に生徒達が続く。

 オレの部屋はそこまで広くないから、全員は入りきらんぞ。


 血相変えて飛び込んできたゲイルは、少し待て。

 おすわり。


 そして、オレの胸に勢い余って飛び込んできたオリビアは受け止める。

 ああ、癒される。


「鼠が二匹入り込んでいた。一匹は情報、二匹目はオレが目的だったらしい」

「そうか…。怪我は無いか?」

「ああ。…逃げられた精神的ショック以外は」

「大丈夫そうだな」


 うえ…。

 オレのメンタルは案外どうでも良いとか言われちゃった。


 うん、まぁ、その通りだけども。


「アンタ、命まで狙われてるの?」


 生徒達と共に雪崩れ込んでいたシャルに、睨むような眼で見られた。

 うん、と……。


 これは、ちょっと彼女的にも穏やかでは無いだろうな。

 名目上は保護した事になってるのに、その保護された場所が危険地帯だった訳だから。


「……狙われる命では無かった筈なんだが、少し大袈裟に事が動いているらしい」

「それは、大丈夫なの?」

「ああ、今後は警備も強化するし、シャルにも生徒達にも危害は及ばないように処理するから、」

「そうじゃなくて!アンタが大丈夫なのか、聞いているのよ」

「オレ?」


 あれ、そっちじゃなかった?


「確かにアンタは強いわよ。けど、『予言の騎士』とは言え、教師なんでしょ?大丈夫なのか、って聞いているの」

「………元軍人だし、一応はね」

「…まぁ、聞いたのが馬鹿だったかもしれないけど」


 あれまぁ、意外とシャルもオレの事は気にかけてくれているようだ。

 ちょっとだけ嬉しくなった。


 とはいえ、今回はちょっとだけ肝が冷えた。

 未だに胸の中で、しくしく泣いているオリビアに癒されてはいるけど、内心というか外面的にも冷や汗が吹き出している。


 少し、警備を見直そう。

 ついでに、


「ゲイル、悪いが逃げた間諜の捜索は任せるが、」

「分かっている。それと、警備を見直す必要がありそうだ。必要なら増員する」


 ……出来れば、増員は無しの方向で。

 気持ちはありがたいんだけど、体調不良時以外の安眠が妨げられているから。


 まぁ、言っても仕方ないから言わないけど。


 溜息を吐きつつ、寒々しい空気の流れ込む窓を眺めた。

 これで窓の修繕も二回目なんだがな。


 って、あ゛。


「…コーンミル、まだ食べてなかったのに…」


 窓際に面した机に乗っていたトレイ。

 見事にガラスの破片だらけの机の上にあったそれは、これまた見事に破片だらけになっていた。

 心底げっそり。


 その後、また榊原が熱々のを作り直してくれたけど。



***



 『予言の騎士』として『正規騎士』への試験まで、後4日。

 未だ魔法は発現出来ない。


 最悪のコンディションだったので、今回ばかりは仕方ないことだ。

 あんまり進展はしていない。


 挙句、鼠の侵入騒ぎ。

 害悪と邪魔しか出来ないのは、現代でも今世でも変わらないのだろう。


 ただし、少しだけわかったことがある。


 夢の中で、オレは精霊の呼びかけを受けているらしい事。

 色々あり過ぎて話す機会は失したものの、確かにオレはあの時眠っていたようだ。


 その夢の中での内容は、今もまだ覚えている。

 全く記憶に無かった以前と比べれば、少しは進展しているような気がする。


 まぁ、実際には発現出来ていないのだから、結局進展も何も無いのかもしれないが。


 ただ、あの声を聞く度に、呼吸不全に陥るのは勘弁してほしい。


 今回は、自力で目を覚ます事が出来たし、気配に気付いた事もあってそのまま死亡することは免れたから良し。

 ただし、それが無ければ、誰もいなかったあの状況。


 天井裏に潜んでいた鼠に殺される前に、呼吸不全で死んでいた可能性もある。

 嫌だよ、そんな死に方。


 出来れば、夢以外での対話の方法を切実に望む。

 向こうも必死で呼びかけてくれているのかもしれない。

 声のニュアンスで言えば、覚えている限り切羽詰まっているようだったし。


 けど、聞こえないものは聞こえないのだ。

 別の方法を考えた方が良いのかもしれない。


 死にたいとは、もう思っていない。

 ただ、胸に巣食った罪悪感を払拭する為には、まだ少し時間が足りないと感じていた。



***



 問題続きのここ数日。


 精霊の対話の最中に呼吸不全で死にかけたり。

 夢見の悪さに吐いたり泣いたり。

 ボミット病が再発して、風邪のダブルコンボで熱を出したり。

 挙句の果てには、侵入者騒ぎで冷や汗を掻いた。


 何かに憑かれているとしか思えない。


 おかげさまで、すっかり減量してしまったらしい。

 オレの筋肉どこに逃げた?


 たった一日だけだった筈の休日明け。

 風呂場の鏡を見た瞬間に、ちょっと驚いた。

 驚いて二度見するぐらいには、驚いた。


 ちょっと筋肉落ちたよね。

 しかも、頬が少しこけているのは、元々じゃなかったような気がする。


 異世界こっちに来た当初は、もう少しふっくらしてた筈だもの。

 体重計が無いからウェイトの変動は分らないけど、これどうしたもんだろう?



***



 そんな朝からブルーになる出来事は脇に置いておいて。


「おはようございます。突然の体調不良に驚かせただろうけど、回復しました。ご迷惑をお掛けしました」

「うわー…先生が、素直に謝ってる」

「今日は雨か」

「…榊原に永曽根は、後で校舎裏に来るように」

「「ごめんなさい」」


 滅多な事を言わないように。

 じゃないと、あんまり機嫌の良くないオレのサンドバックになるから。


 相変わらずのHRの間に、軽く近況報告。

 久しぶりという訳でも無いのに、生徒達からは安堵の吐息が漏れている。

 オレが体調不良ってのは、最近珍しくないけど。


 本当に、ご心配をお掛けしました。


 なんか、一昨日の夜中に泣いてたのは、一部の生徒も知ってるらしい。

 シャルは森小神族エルフで森育ちだから耳が良いらしく、聞こえていた。

 更にもう一人耳が良い生徒がいるから、どうやら昼ごろには広まっていたらしい。

 まぁ、起きがけから眼が真っ赤だったのもあるから、聞こえなくても気付いた生徒はいたかもしれないけど。

 恥ずかしいなぁ、もう。


 閑話休題。


「さて、今日は授業を全て強化トレーニング以外を魔法科目に切り替えたいと思います」

「ん~っと、それって本格的に急がなきゃ駄目って事?」

「いや、近くオレの騎士の試験もあるから、お前達にも試験を敢行しようかと、」

『横暴だっ!!』


 えっ?大事でしょ?期末試験。

 何もオレが試験するんだから、お前等も受けろよとか言ってないけど?


「そうかそうか。なら、強化訓練と魔法科目のみじゃない、数学、歴史、理科も含めての学科試験の方が、」

『ごめんなさいっ!』

「やりますやります!!」

「強化訓練と魔法科目だけで良いからっ!!」


 現金な奴らだ。

 ただ、こういう姿を見ると、やはり未だ高校生程度だと安心している自分がどこかにいる。


 まぁ、必要とは言え、この時期に座学全般の授業の試験、それに加えて強化訓練と魔法科目の試験を行うのは、ちょっとどころではなくオレの手が足りない。


 ぶっちゃけ試験用紙作るの手書きなもんだから、マジで重労働で面倒くさいだけだ。

 これは言っちゃいけない、秘密の一つとしておこう。


「とりあえず、試験内容は先に公表しておく。簡単な発現とちょっとした応用を考えておいてくれ」


 試験用紙の件はともかく、魔法科目の試験内容は先に公表。


 何も無い状態で、ぶっつけ本番はまだ魔法を習いたてのオレ達ではちょっと怖い。

 暴発という意味も含めて。


 なので、まずは魔法の発現を第一段階、第二段階として何かしらの応用を考えて欲しいと言う事。

 一応、危険な魔法は使わないと前置きもしておくが。


「それだけで良いの?」

「それだけ、と侮るなかれ。応用に関しては、採点制を採用するから、ぶっちゃけその応用内容によって魔法科目の結果が決まる」


 伊野田からの質問は、拍子抜けだというニュアンスが多大に含まれていた。

 だが、残念ながらそれだけに留まらないのが、今回の魔法の応用問題。


 セオリーは必要ない。

 しかし、自分達で考えて行動しなければならず、その中で危険か危険ではないかの判断を行う。 

 道徳の延長番のようなものである。


 ふと、そこで手を挙げたのは、


「先生、オレ達は発現も出来ないけど?」

「…応用も何も無いんだが?」


 息もぴったりだった榊原と永曽根。

 まぁ、彼等からしてみれば、本気で横暴だと取られかねない内容だもんな。

 ちなみに、オレにとっても横暴。


 けど、こっちにはあらかじめ、抜け道を用意している。


「対話を成功させろ。それだけで良い。その上で魔法を発現出来れば成功。発現出来なければ、精霊との対話の流れをレポートとして提出してくれ」

「……無茶、じゃないね」

「無茶では無いが、無茶苦茶だな」


 やっぱり、お前達は校舎裏に集合させようかしら?

 失敬な奴等だ。


「…アンタにとっても、無茶な内容じゃないの?」


 と、生徒達をいびっているのを見兼ねたかどうかは知らないが、シャルからの質問。

 確かに、榊原と永曽根と同じく、オレも魔法に関しては落第生。


 未だ発現どころか対話も儘ならず、危うく死にかけた経歴もある。


「…無茶を承知の上だ、と言いたいが、ぶっちゃけオレは無茶だとはまだ思っていない」

「死にかけたのよ?」

「でもまだ生きてる。チャンスはまだある。…それに関しては、また後で話をしよう」

「……わかったわ」


 ちょっと納得していない様子のシャル。

 目線を少しだけずらせば、同じく納得していないだろうゲイルの厳しい目線とかち合った。


 しかし、今回ばかりは諦める訳にはいかない。

 正規騎士への昇格試験が後3日後に迫っているからな。


 ギリギリになって焦る試験日直前の学生の気分だよ、畜生。


「無茶はしないし、無理もしない。それだけは先に誓うさ」

「……あんまり宛てにならないけど、」


 これまた手厳しい言葉と視線をくれたシャル。


 ただ、彼女の気持ちも分らない訳では無い。

 強化トレーニングの後で、少しだけゆっくり面談する時間でも儲けよう。


 では、今日も一日よろしくお願いします。

 怪我も病気も無く、健やかに一日を終えましょう。


 オレが言えた義理じゃねぇけど。

 げっそり。



***



 かくかくしかじか、色々ありまして。

 生徒達の強化トレーニングも、オレと間宮の耐久修練(主に間宮への)も終えて、やっと一息。


「…という訳だ」

「アンタ、まったく懲りてないわよね」


 朝のHRと同じく、シャルからの手厳しい一言。

 ついでに、視線は完全に怒気を孕んでいる。

 これは、宥めるのがまた大変そうな…。


 助けを求めて、左右へと視線を滑らせるも、シガレットを燻らせた二人は知らん顔。


 場所はいつも通り、三階のリビング。 

 3人掛けのソファーに対面しているオレとシャル。

 1人掛けのソファーを独占している榊原と永曽根。


 先日20歳になった事が判明した榊原が、いつの間にかシガレットデビュー。

 ついでに、元々シガレットデビューはしていた永曽根と一緒になって、大人の階段をまた一歩上っていた。


 ぶっちゃけ、オレも吸ってるから煙たい。


「周りに誰もいない時になんで対話をしちゃうのよ。今度こそ死ぬかもしれなかったのよ?」

「…いや、それは不可抗力…」


 だって、あの時はオレ対話しようと思って、落ちた訳じゃないもん。

 気が付いたら、あの変な暗くて一方的な聞き取りづらい声が聞こえる場所にいたんだもん。


「…ただ、話しかけてくれてるってのは分かっただけでも進展はあるだろう?」

「なによ、それ。まるで、命懸けでも結果が出せれば良いみたいな言い方ね」

「…ぶっちゃけ、そういう生活して来たからね」

「本当に、呆れるわね。…普通じゃないとは思ってたけど、」


 シャルは言葉通り。

 心底から、オレに対して呆れているのだろう。


 さっきも思ったけど、気持ちは分らないでもない。

 けど、今回ばかりは諦める訳にはいかないのも事実だ。


「だいたい、なんでそんなに急ぐのよ。騎士になる試験は、半年に一回なんでしょ?なら、次の試験でも、」

「それじゃ、今度は別の案件が引っ掛かる。次の試験で、オレは正規騎士の肩書きがどうしても必要なんだ」


 要は大人と大人の取引みたいなもんだ。

 それを部外者のシャルに分かれと言っても、そう簡単に分かって貰えるとは思っていない。


「…本当に、コイツ懲りないわね」

「そりゃ、先生だからね。けほっ…言った通りでしょ?」


 同意を求められた榊原は、シガレットで咽ながらも同じく同意。

 多分、以前のガンレム討伐の件で、釘を刺そうとしているんだろうけど。


「元々時間が無いのは承知の上。簡単にいかないと思ってたのも事実だ。後は、オレの問題だから、もしもがあったとしても、誰も責めないさ」

「責任の話をしてるんじゃないわよ。純粋にアンタの事を心配して…っ」


 そこで、ぐっと口を噤んだシャル。

 見る見る内に、シャルの頬に赤みが刺していく。


 ああ、勢いのままで喋っちゃったんだね。

 心配してくれているのは分かっていたけど、面と向かって言われるのはまた違う。


 意外と懐かれているものだ。


「それは、ありがとう」

「だ、誰もアンタの事なんか…ッ!!」

「心配してくれてるんだろう?」

「こ、言葉のあやよ!…っ、そう、そうよッ!だって、アンタがいなくなったら、家に帰れなくなっちゃうじゃないッ!」


 ああ、そういえば、そうだった。

 期限付きのお預かりだと、今の今まで忘れていたのはいかんせん、シャルがここ数日で学校に馴染んできているせいだからだろうか。


 まぁ、兎にも角にも。


「じゃあ、そろそろ座禅を開始しようか。始める時間が遅くなれば、その分時間も勿体ない」

「ちょ…っ、まだ話は終わってない…ッ!」

「はいはい、シャルはオレの事を心配してくれてるんだよね。ありがとう。お兄さん嬉しいです」

「きーーーーーッ!!むかつくっ!!」


 ああ、楽しい。

 まぁ、そろそろシャルをからかうのも程々にしないと、後々面倒くさい事になりそうなのは分かっているので、座禅開始と参りますか。


 ら、罰が当たったのか、今日は全く対話どころじゃなかったけど。

 そもそも、あの空間への行き方も分からんから。


 残り3日。

 精霊との対話は結局、全く進んでいない。



***



ーーーーー聞け、我…主。


 あ、またこの感じ。

 あの暗い、声だけが聞こえる世界。


 今日の昼間は、いくら座禅で集中しても来ることが出来なかったのに。


 これ、やっぱり夢の中なのだろうか。

 だとしたら、オレが眠っている時だけ、半強制的に干渉して来ている?


 なにそれ、ちょっと怖い。


ーーーーー我が…えが、…こえるか。


 あれ?


 意外と、クリアに聞こえる。

 聞き取りづらいから、耳を傾け続けているだけだったんだけど。


 もしかして、回数をこなせば聞こえるかも?


ーーーーー主、我が……を、聞いて…れ。


 ちょ、ちょっと待て。

 今、主って呼んでたよな?


 それは、オレの事で合ってる?

 お前がオレの腹の中に巣食ってる『闇』の精霊で間違いないのか?


ーーーーー主よ、た…む。…そいで…れ。


 いや、十分急いでいるよ。

 頼まれなくても、こうして会話を聞こうとしているんだ。


 ここはどこだ?

 アンタは何者だ?

 せめて、アンタの言葉だけじゃなく、対話をしたいんだ。


 あっちも必死なのは分かる。

 だからこそ、こっちも必死に呼びかけてみた。


ーーーーー我が声が、聞こえるか?…主。


 ああ、聞こえている。


 やっと、クリアに聞こえた。


 ただ、これは対話と呼べるのか?

 せめて、アンタの名前だけでも聞きたいんだけど。 


ーーーーー頼む、主。時間が、…いのだ。


 ああ、クソッ。

 これは、やっぱりまだこっちの声が聞こえてねぇ。


 しかも、息が苦しくなっている。

 潮時だ。


 けど、ここまで来たのに。

 このままあっさり、引き下がって良いのだろうか。


ーーーーー我が…は、ーーラーーーン。


 駄目だ。

 息が苦しい。


 意識が遠のく。


 クリアに聞こえた声も、ノイズに搔き消されて聞こえなくなって行く。


ーーーーー急げ、主。


 言われなくても、急いでいるさ。


 畜生。

 オレの貧弱な体と精神が憎い。


 悪態を吐いたと同時、


ーーーーー我は、…つでも、主のかた…らに。


 ふと、切羽詰まっていた筈のニュアンスが薄れた。


 そこで、オレの意識も途切れる。



***



「ーーーーーッは…ぁッ!」


 やはり呼吸が止まっていたのか、息を吸い込んだと同時に跳ね起きた。

 脳も手足もじんじんと痺れている。


 うわぁ、また危篤状態だったじゃねぇか。


「ん…ぅ?…ギンジさま?」

「ああ、悪い…オリビア。…起こしたか?」


 オレの腹の上で眠っていたオリビアが、眼をこすりつつ起き上がる。

 危ない危ない。

 彼女をソファーから転げ落とすところだった。


 部屋の窓が先日の侵入者のせいで破壊されて、今はダイニングで眠っていたのだった。

 意外とダイニングのソファーは寝心地が良いからな。


 とはいえ、いつも通りと言えばいつも通りだが、10歳前後の少女と寝起きしている状況って結構危ないと思うのは今更だろうか?


 中心に体重が寄って、ソファーがぎしりと軋んだ。


「…怖い夢でも、見られました?」

「いや…今日は、ちょっと違うかな…」


 オレの少し冷たいだろう頬を撫でる小さな手。

 子どもは見ている分には好きだったが、こうして触れ合うと癒されるものだ。

 存外、悪くない。


 まぁ、性的な感情が浮かぶ事は無いけども。


 閑話休題それはともかく


 問題は夢の内容。

 今日も、昨日同様、夢の中身は覚えている。


 『闇』の精霊と思われる相手は、確かにオレを主と呼んでいた。

 そして、急いでくれと切羽詰まった口調で急かしている。

 途中、名前のようなものを名乗ってくれたが、残念ながら聞き取れなかった。


 回数を踏めば、もしかしたら聞こえるのかもしれない。


 やはり、途中で呼吸が止まってしまう為に離脱せざるを得ないのが難点か。

 自分の体とはいえ、もう少し耐え症を持って貰いたいものだ。


 ああ、そっか。

 ここしばらく呼吸器関連の修練をしていなかったせいか。

 水練(※水中での活動、及び戦闘行為に関する修練)も、何年ぐらいやっていないだろうか。

 後、シガレットをパカパカ吸ってるせいで、呼吸器系は確実に弱っているだろうな。


 荒い呼吸が少しずつ収まって来たところで、目の前のオリビアに苦笑を零す。

 彼女がまたしても、泣きそうな顔でオレを見ていた。

 ゴメンね。

 オレがまた泣き出してしまわないか心配なんだろうけど。


 心臓がまだ痛みを発しているが、今日は夢見が悪い訳じゃない。

 ボミット病の緩和も彼女が一緒に寝てくれているから、大丈夫だろう。


 少しだけ迷って、オレは彼女へと夢の内容を伝えた。

 最近は精神感応も切ってくれているらしいので、共有はしていないから説明をした方が良いだろう。


「…精霊に、呼び掛けられてる…けど、対話まで行かないんだ」

「夢の中で、です?」

「ああ」


 ちなみに、あっちの声は届いているけど、途切れ途切れで会話が成立しない。

 こっちの声は届いているのか届いていないのか、未だに不明という状況。


 これは対話というよりも、一方的な電波を受信していると考えた方が良いかもしれない。


 正規騎士試験まであと2日を切った。

 これは、いよいよ持って怪しくなって来た。


 だが、


「夢の中に誘えるなんて精霊、聞いた事ありませんわね」

「えっ?」


 小首を傾げたオリビア。

 彼女の発した言葉の内容に、思わず耳を疑った。


「いえ…有り得ない訳では無いでしょうけど、夢の中で干渉出来る精霊というのは、私も存じ上げませんわ」

「……えっと?」

「ただ一つ言える事は、その精霊自体が強力な力を有している事ですわ。ギンジ様の魔力なら然程驚く事では無いかもしれませんが、」


 ふむ。

 つまり、オレの魔力の元はこの精霊のせいかもしれないという事か?

 カンスト魔力も可笑しいとは思っていたが、以前も言われていたからそっちの方が意外としっくり来る。


 知りたいのは、それだけじゃないんだけど。


「対話をするにはどうしたら良いと思う?」

「…それは、私もなんとも。ただ、私は精霊の力を行使する時だけは、魔力を一定量合わせるようにしてますの。精霊達の負担が軽減出来るように、」

「魔力を合わせる?…それに、負担って?」

「魔法の行使をするのと一緒ですわ。詠唱から威力を選定し、その威力に見合った魔力を供給、イメージで明確化する。それを、精霊を通じてやっているのですが、ある程度なら精霊も魔力を調整してくれるのです。その分、発動に時間が掛かったり、イメージ通りにならなかったりしますけど」


 なんだ、それ?

 ゲイルにもシャルにも、そんな事は聞いていないんだが。


 いや、待てよ?

 もしかして、これってあんまり知られてないのか?


 そもそもだ。

 ゲイルは魔法に関しては、天才肌だったらしい。

 物心付く頃には、息を吸うかの如く精霊と対話していたと言っていた。


 シャルも同様に、母親が『太古の魔女』であり幼い頃から魔法に触れ合ってきた。

 そして、彼女はほとんど感覚で魔法を習得しているような部分があり、こちらも天才肌。


 基本的なところがすっぽ抜けていると言っても過言では無い。


 そうだそれだ。


 ボミット病を発症していないにも関わらず、未だ魔法を発現出来ていない榊原の例がある。

 榊原は魔力が少ないとはいえ、ボミット病のように魔法の発現を邪魔する何かは無かった筈だ。

 なのに、彼は魔法の発現どころか、精霊との対話もまだ出来ていない。


 土台が出来ていないからだ。


 つまり、オレは基礎ではなく応用をしようとしていたのではないだろうか。


「…それって、同調とはまた違うのか?」

「いえ、それが同調という事です。…それに、声が聞こえているなら、環境が整っていないだけと考えられますわ」


 そうか、そうか。

 環境が整っていないだけだ。


 耕していない畑に作物を植えた所で、よっぽど生命力旺盛な植物じゃなければ育たないのは当たり前。

 先に開墾から始めなければ、その場所が発展しないのと同義。


 なまじ、習得に関して蹴躓いた事が無かったせいで、すっかり見落としていた。


 初心に返れ。

 今なら、その言葉の意味がよく分かる。


「…ありがとう、オリビア。おかげで、ちょっと掴めたかもしれない」

「まぁ、流石はギンジ様ですっ」


 相変わらずありがたい存在のオリビアには、頭を撫でておく。


 また贈り物でもしてあげよう。

 今度は、パジャマでも良いかもしれない。

 いつまでもワンピース姿にガウンを引っ掛けたままじゃ可哀そうだったしな。


 正規騎士試験まで、残り2日。

 少しだけ進展したかもしれない。



***



 翌日には、早速オレ達落第生の特別科目の内容を変更してみた。


 座禅の内容は今まで通りだが、魔力を内包している状態で対話を開始したのだ。


 勿論、榊原と永曽根のボミット病対策と、魔力枯渇で魔力を増強する荒業として使っていた魔法具を外しての状況で。

 一応、オリビアにも待機して貰っているので、何かあれば彼女が対処してくれる。


 これが、大当たり。


 まず最初に異変が現れたのは、永曽根だった。

 座禅の最中、少し苦しげな表情になったかと思えば、


「おわっ…!」

「うわぁ、これが『闇』属性って奴?」

「おう、来たな」


 肩や背中から、ぞわりと浮かぶ黒い靄。

 影とも呼べるそれは、正真正銘『闇』属性の魔法の発現だった。


 シャルも驚きを織り交ぜつつ、確かに認めてくれていた。


 これで、オレの理論は正解だったと証明された。

 環境作りの為に、体内に魔力をぎりぎりまで充満させるのだ。


 ボミット病発症を恐れて、魔法具によって魔力を放出していたのが今まで仇になっていた。

 今まで放出していた魔力を、内面の精霊達との対話の為、土台として内包させる。


 体が土地だとすれば、魔力が畑。

 芽吹かせるべき作物は精霊と言ったところだろうか。


 良く良く考えてみれば、案外簡単な解決策だったのかもしれない。


「これが、『闇』の精霊か…」

「ちなみに、呼び掛けに応えた精霊の声や姿は見えたか?」

「ああ。なんか、犬みたいな…どっちかというと、狼みたいだったけど、」


 あれ?そうなの?

 精霊と聞いていたから、てっきり妖精みたいな人型を思い浮かべていたんだが。


 と、ここで意見を求めてシャルを見てみる。

 だが、彼女はその眼を零れ落ちんばかりに見開いていた。


 どうしたの?


「い、犬とか…狼だったですって…ッ!?」

「あ、ああ。…こう、黒い靄みたいな炎みたいな体で、形は獣だった」


 次の瞬間には、凄い剣幕で永曽根に迫っていたシャル。

 そのシャルの剣幕に押し負けて、永曽根がしどろもどろながらも答えた。


 そういうのも、有り得るんじゃないのか?


「馬鹿ね!どんな色をしていようと、精霊は獣の姿を取ったりは出来ないわっ!」

「じゃあ、なんで永曽根の精霊は獣の形なんだ?」

「それが分らないから驚いているんでしょ!?」


 驚くべきところは、そこなんだな。

 いや、別に茶化している訳じゃなかったんだが、どこに驚いたら良いのかオレ達も分かってないから。


 シャルはなんだかんだ、まだ子どもだな。

 自分が知っている知識は、オレ達も知っていて当たり前という節がある。


 まぁ、そういう生活環境だったのかもしれないけど。

 ほら、お母さんとかの教育がね。


 リビング内が微妙な雰囲気に包まれる。


 そんな中、言葉を発した猛者。


「それなら、私に心当たりがあります」


 ふわりと、定位置になりつつあったソファーの背もたれから飛んできたのはオリビアだ。

 昨夜に引き続き、便りになる女神様。


 シャルがちょっとだけ、唇を噛み締めた。

 何を対抗意識を燃やしているんだろう?


「犬か狼の形を取った精霊と言われると、『ライラプス』では無いでしょうか?」


 オリビアはそんなシャルの視線はものともせずに、永曽根の肩へと手を触れる。

 永曽根の肩からは未だに影のような靄が立ち上っている。


 眼を閉じ、その肩に触れたまま数秒。

 眼を開いたオリビアは、やはりと言った形で頷いてやわらかく微笑んだ。


「確認が取れましたわ。やはり、『ライラプス』のようです」


 ………確認ってお前。

 外側から干渉して、お前も対話が出来るのかい?


 ちょっとだけ、オレ達の努力が馬鹿らしくなった瞬間だった。


 ちなみに補足説明。

 『ライラプス』とは、この世界では狩猟神の愛犬であり、どんな獲物でも決して逃がさないという猟犬の精霊だと言う。

 ギリシア神話にそんな名前の犬がいた気がするのはオレの気のせいだろうか。


 つまり、永曽根が加護を受けていた『闇』の精霊は、このライラプスという猟犬の精霊。

 ぴったりだと笑えば良いのか、ぶっ飛び過ぎだとドン引けば良いのか分らなくなった。


 全員で苦笑を零す。


 いや、まぁ。

 別に良いんだけどね。

 結果オーライだし。


 永曽根が魔法を発現出来たんだから、ひとまずはそれで良しとしよう。


 今回もオリビアに助けて貰ってしまったな。

 シャルには申し訳無いが、幼女の姿は一緒でも生きている年月の差だ。


 だって、彼女は女神様だもの。

 だから、その悔しそうな顔をやめような。

 美少女が台無し。


「じゃあ、永曽根は引き続き対話を続けて。残りはオレとお前だけだぞ、榊原」


 とりあえず、一方的に話を逸らす。


 残りの落第生は、オレと榊原のみ。

 負けず嫌いの所以か、出来れば最後に残りたくはないから、精進するとしましょう。


「あ、先生ゴメン」

「ん?」


 と、思った矢先。


 ふわりと、榊原の周りに舞い散る黒。

 その黒が形作っているのは、火の粉のように舞う羽だった。


 勿論、『闇』属性の魔法だと一目で分かる。


「オレも対話出来ちゃった」

「………うそーん」


 前言撤回。

 落第生は、オレだけだったようだ。


 こんなところまで、最後まで残らなくて良いのに。


 しかも、榊原まで獣型なんだな。

 見たところ、鴉の羽のようにも見えるがどうなんだろう?


「だ、だから…っアンタ達は、常識ってものを…っ!」

「…諦めた方が良いよ、シャル?元々、ウチの学校の生徒達は規格外ばっかりだから」

「一番の規格外は黙ってなさいよ!!」


 非常識を普通だと言ったら怒られた。

 一番の規格外って、意外と傷つくことを言ってくれる。


 ちなみに榊原の加護をしている精霊もまた獣型の『闇』の精霊で、名前は無いものの鴉のような姿をしているらしい。

 榊原が勝手に『大鴉レイブン』と名付けていた。

 それはそれで良いのだろうか?


 そして、結局落第生はオレだけとなった事実は変わらない。

 心底げっそり。


 この日はやっぱり、対話は出来ないままだった。

 騎士試験まで残り2日を切って、明日が実質的なタイムリミット。


 どうしたもんか。



***

また新しいキャラクターを投入。

そろそろ、魔法を発現させたいのに全く筆が進みません。

ぐだぐだと続いているように見えて、結構伏線を張ってたり張ってなかったりもしているのですが、どうにもうまくいかないです。

依頼主に関しては、まだまだ秘密。

伏線を回収しきる事が出来るかどうかは、今後のパソコンの調子によります。


一度バラして組み直したら、設定がリセットされていたとか言う…。

なので、誤字脱字乱文が今回は、とても多い気がしないでも無いです。


一応確認はしましたが、作者の目は節穴ですので、何かありましたらご報告いただけると幸いです。

とりあえず眠いです。

おやすみなさいませ。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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