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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、魔法習得編
53/179

閑話 「感じ方は人それぞれ~出席番号3番の場合~」

2015年11月7日初投稿。


特別クエストのゴーレム討伐編も終わったので、閑話を挟みながら新章へと突入します。

次回は、アサシン・ティーチャーが名実共にジョブチェンジ。


閑話です。

内容は、出席番号3番の英語の堪能だった少年の話。

***



 オレは、全部覚えている。

 それが、どんなに細かい事だったり、一瞬だけの出来事だったとしても。

 たとえそれが、些細な会話の内容だったとしても、忘れる事は出来ない。


 それも、この脳みそのせい。


 名前は、香神 雪彦。

 年齢は、現在19歳。(誕生日が過ぎて、18歳から19歳になった)


 趣味は特に無いけど、レシピを見ればすぐに覚えられるから割と料理は得意。

 というか、分量を間違えなければ間違いなく作れるから、料理は好きだ。


 そんなオレの、取り得とも呪いとも呼べる脳みその特殊能力。


 『絶対記憶能力』。

 もしくは、瞬間記憶能力とも呼ばれる。


 この脳みそのせいで、子どもの頃は、とにかく病気がちと思われていた。


 脳が、ショートするのは当たり前。

 3日に一度は必ず、熱を出してしまう。


 それが、当たり前だと思っていたオレに、原因が分かるはずも無い。

 親は心配して色々な病院に通ったが、誰もオレの違和感に気付く人間はいなかった。


 オレも気付いていなかったから、当たり前でもあるけど。


 父親は中流建設業者の社長で、意外と金持ち。

 母親はそこに嫁いで来た専業主婦で、後妻。

 母親の連れ子の弟が一人。


 オレの本当の母親は、オレを産んでからすぐに亡くなっている。

 だが、物心が付く頃には、既に後妻の母親がいたから違和感は無かった。


 気付いたのは、7歳の時で、母親に引っ付いて回って区役所でだった。

 保険の更新だかなんだか良く分からない手続きの為に、母親の戸籍謄本やらなにやらを改めて取りに行っていたらしい。

 オレは、そのやり取りを傍で見ていて、ふと気付いた。


 何の書類を見たのかは分からなかった。

 けど、父親と母親の結婚した年月日が、明らかに可笑しかった。

 オレの産まれた年の3年後だったからだ。


 だから、母親に内緒で父親に問い詰めた。

 この時から、オレは人よりも多少は頭が回る厄介な子どもだったようだ。


 父親は有耶無耶にして、誤魔化そうとしていた。

 それを子供心に気付いて、オレは確信した。


 オレを愛していない訳ではないけど、きっと後妻の事も愛しているからこその配慮。

 父親として、オレには母親が必要だろうから、と考えてくれていたのも理解は出来た。

 納得は出来ないけど。


 だが、その時から、オレにとっては母親も弟も赤の他人に思えてしまうようになった。


「兄ちゃん、なんで、ぼくとあそんでくれないの?」

「別に遊んでない訳じゃないだろ?やってることが違うだけで、一緒にいるじゃないか?」


 3つ離れた弟とも、付き合いが上手く出来なくなった。

 餓鬼の癖に、何を言っているのかと思われるかもしれない。

 だが、オレにとっては子供心にもストレスを感じるものだった。


 だって、家に4人住んでいるのに、うち2人が赤の他人。

 血のつながりだって無い。


 だからこそ、オレも家族は父親しかいないと考えられなくなった。

 そのうち、弟も諦めた。

 母親も、悩んではいたようだが、それもそのうち父親の前だけの格好付けの姿だけとなった。


 オレは、義母と不仲になった。


「お前は、母さんが好きじゃないのか?」

「…べつに?」


 結局は父さんにも相談しないまま、小学校も終え、中学に上がった。

 そこから、可笑しくなっていったのは、覚えている。


 テストには、赤い○しか並ばない。

 点数も、100点しか取らない。

 数学だけが、多少前後するが。


「香神くん、いつも満点なんて凄いわねぇ?」

「ありがとうございます、先生」

「後は、病気がちなところが良くなれば満点なのにね」


 オレの記憶力は、更に強くなっていた。

 その頃には、頭がショートする期間は長くなったものの、それでも学校を休みがちなのは変わらない。


 オレは、中学の約3分の1程度を通えなかった。

 だが、成績だけは良かった。


 それと、中学の教科書や英語の教育テレビを見ているだけで、オレは英語を喋れるようになっていた。

 そこまで堪能と言う訳ではない。

 ボディランゲージを交えれば、外国人にもかろうじて通じる程度ではあった。

 そしてヒアリングも、ある程度なら出来るようになっていた。


 オレの記憶能力もこういう時ばかりは、頼もしいなんて有頂天になっていた。

 浮かれてたのは、認める。


 その絶対記憶能力がバレたきっかけは、やはりそういった会話の時だった。


 父さんは建築業者の社長で、そう言った集まりの為に内地に出張する事もあった。

 その時に、便乗して家族揃って出かけた時。


 父さんも休みの日に、家族で内地の観光に行った。

 確か、京都か奈良だったと思う。


 外国人の観光客と鉢合わせたのか、公園みたいな場所はとても混雑していた。


 そして、その観光客一行から逸れたらしい外国人の家族に、父と母が道か何かを訪ねられて四苦八苦してしまったのである。


 その外国人の家族には小さな女の子と、男の子がいた。

 眼が合うと、二人とも真白な顔を赤くして両親の足元に隠れていた。

 可愛らしいと感じると同時に、有頂天になった。


 オレは、こんな可愛い外国人の子どもとも会話が出来るかもしれない。


 母は正直どうでも良かったが、オレは父を助けてあげたい気持ちにせっつかれるままに助け舟を出した。


 生意気にも、全ての言語を英語で話してしまったのだ。


『失礼ですが、道を聞かれているんですよね?』

『ええ、はいっ。そうなんですっ』

『ゴメンなさい!坊や、この神社の前で集合になっているのだけど、』

『ああ、ここでしたら、この通りのすぐ真向かいにある信号を、』


 外国人の家族は、喜んでオレにハグしてくれた。


『とっても、上手な英語ね。ありがとう』

『こ、こちらこそ、ありがとう』

『格好良いし、英語も喋れるなんて凄いね』

『えへへ…』


 しかも、外国人の女の子と男の子も、小さくではあるがお礼を言ってくれたりしたものだから、更にオレは天狗になった。


 道案内を終えて、自分の家族を振り返る。

 母や弟は、まるで誰か別人でも見ているような顔でオレを見ていた。


「そ、その英語はどうしたんだ?…雪彦、そんなに英語が喋れたのかい?と、というかどこで?」


 父ですら呆然とオレを眺めていた。


 当然だ。


 オレは、塾にも通っていない。

 普通に学校で習っただけで、あそこまで英語が喋れるようになるのか。


 テレビで練習したにしても喋れるようになるのか。


 それは、否だ。

 現代の学校の授業のみで、英語が堪能な生徒がどれぐらいいるのか考えてみて欲しい。


「…教科書、頑張って読んだんだ。後は、図書室で」

「え、英語が…好きなのかい?」

「……う、うん」


 その場は、それだけで濁した。

 濁せたとは思えなかったけど、それでもオレはそれで押し通そうとしていた。


 無駄だったけど。


 テストが返って来る度に、憂鬱になった。

 だって、オレの答案用紙はほとんど○しか付いていない。


 家に帰っても、ほとんど勉強しなかったのも悔やまれる。

 だって、読めば勝手に内容が頭の中に入ってきてしまうし、忘れることが出来なくなってしまうからだ。

 おかげで、いくら予習の名目であっても教科書は読めなかったし、読むと頭痛がするから資料だって読まなかった。


 ショートする回数はそれこそ少なくなってはいた。

 けど、やはり奇異な子どもには映った事だろう。


 その時には、父さんに見せて、誇らしくなる答案用紙も見せられなくなってしまっていた。

 100点を取れば、100円が貰えるなんていうお小遣い制も、嬉しくない。

 折角貰える小遣いも、その時から貰うのすら億劫だった。


「…なぁ、雪彦、悩み事は無いのか?」

「……無いよ」

「でも、最近塞ぎこんでいるんだろう?母さんが、様子が可笑しいって」


 父さんは、母さんに騙されている。


 母さんの言っている言葉には、違う意味もある。

 オレの頭が可笑しいとも言っているのだ。


 そして、それはやはり事実だった。


 通信簿には、「とても素晴らしい記憶力です」と先生が花丸をつけていた。

 それを見た父さんの反応もまた、微妙だった。


 それでも、


「父さん記憶力は全くだから、羨ましい。きっと、雪彦はオレと正反対なんだな。…それでも、雪彦は、オレの子どもだからね」

「うん、ありがとう、父さん」


 その一言だけが、救いだった。


 だが、もう隠し切れないところまで来ていた。

 母親はもう、オレの事を奇怪な子どものようにしか見ない。

 弟だって、学校での先生方からのオレの評価を聞いて、首を傾げる始末。


 そんな時だった。


 久しぶりに、脳がショートした。

 弟が参考書と一緒に開いていた漢字辞典を、眼にしてしまったからだった。

 酷い眩暈と、高熱、吐き下して、病院に緊急搬送された。


 確か、都内でも有数の脳外科がある病院だった筈。

 そこで、


「…雪彦くん?君は、もしかして、一度見たものを忘れられなかったり、聞いた事を忘れられなくなってしまったりしないかい?」


 凄く若いのに白髪で、それでいて赤い眼をした先生。


 その先生に、オレの記憶力は速攻でバレた。

 背後で聞いている父さんと母さんにも聞かせようとするかのように、その先生は続けて話す。


「日本は勿論、世界的に少ない症例ではありますが、彼はおそらく『サヴァン症候群』です。日常生活に異常は来していないでしょうが、今後の対応、もしくは環境には十分注意するべきかと思われます」


 その先生は、色々な事を知っていた。

 曰く、そう言った能力を持っている生徒を何名か診た事があるとの事で。


 口ぶりからすると、子どものような気がした。

 その子の事を話している時だけ、とても悲しそうに見えたからだ。


「ど、どうしたら、良いでしょう?」

「そうですね。言っては難ですが、『サヴァン症候群』は症例が少ない分、希少価値が非常に高いです。合法組織は勿論、非合法組織であっても引く手数多となるでしょう」


 その時の、その先生の赤い眼が忘れられない。

 まるで、冷徹な支配者のような、凍えるような冷たい視線。


 それが、死線を知っている眼だというのは、銀次先生と出会う18歳(このとし)になるまで分からなかった。


 その翌日からは、地獄が待っていた。


「えっ!?NASA!?いえ、そんな…息子は、まだ13歳ですっ!」

「こ、今度はアメリカ合衆国の中央情報局!?…なんで、こんな所から…!!」

「公安警察だって!?…もう、勘弁してくれ!…ウチの息子を、そんな所に連れて行く事なんて出来る訳無いでしょう!!」


 鳴り止まない電話。

 投函される資料や勧誘の手紙は、裕に100通を超えた。


 オレの病気の件は内密に、という誓約書まで病院で書いたというのに、オレの存在はリークされた。


 誰に?なんて、分かっている。

 母さんだ。


 きっとお金に眼が眩んだんだろう。

 その頃から、母さんの金遣いは荒くなっていたようにも思う。


 クレジットカードの決済書類が、いつも以上に多かったから。


「何、言ってるのよっ!あの子は、可笑しいの!なら、逸れ相応の機関に預けるのが妥当でしょ!?」

「そんな事無理に決まっているだろう!!あの子は、オレの息子だ!どんな病気を持っていたとしても、」

「資料をちゃんと読んで頂戴っ!あの子を、特定の機関に連れて行くだけど、保証金だって入るのよっ!?」 

「お金とオレの息子を比べないでくれ!」


 父さんも母さんも、喧嘩が耐えなくなった。


 父さんはオレを守ろうとしてくれて、結局母さんとは毎日のように口喧嘩をしていた。

 そのうち、弟がオレをまるで蛇蝎のように嫌うようになった。

 父さんと母さんの喧嘩の原因が、オレにある事は既に分かっていたのだろう。


 そのうち、電話や手紙だけでは飽き足らず、家にまで勧誘が届く。

 人が派遣されてくるようになったのだ。


『君の能力は、ここだけでは終わらない。将来は、約束されているようなものだよ』

日本こんなところなんかで埋もれさせてはいけない』

『君は今すぐにでも、訓練を始めるべきだ。未来はとても明るいよ』


 父さんと母さんのいる時は父さんが対応する。

 オレだけの時は、なんとかオレ一人で断り続けた。


 けど、限界は近かった。


 だって、母さんが対応した時には、勝手に契約が履行されてしまうだろう。

 弟だけの時だって同様だ。


 そして、遂に無視できない事件が起こった。

 オレが誘拐未遂にあった。


 たまたま近くに交番があって、オレが短距離だけは得意じゃなかったらきっと捕まっていた。

 交番から直接警視庁まで護送されて、父さんが迎えに来た時には本気で安心して号泣した。


 けど、父さんもオレも良く分かっていた。


 このままじゃ、オレはこの家にも日本にもいれなくなってしまう。

 父さんだって今は味方でも、いつ敵になるかも分からない。


 オレはすぐに、先生に連絡した。

 都内の病院の、若白髪に赤眼の先生だ。


「先生、オレの事守ってくれる人、誰か知りませんか?」


 我ながら、こんな言葉だけでどうにか出来ると思っていたのは馬鹿だと思っていた。

 ましてや、病院の先生程度に、相談する内容でも無いだろう。


 しかし、それは馬鹿な行動ではなかったようで、


「今日から、君の護衛になった『白戸 銀次』だ」


 やって来たのは、銀色の髪に青い瞳を持った美人のお兄さん(・・・・)

 こんな綺麗な男の人もいるんだ、と当時は滅茶苦茶吃驚した。

 身長なんてオレと同じぐらいなのに(その時から既に170センチあった)、凄く落ち着いていて真面目で、顔だって綺麗過ぎて人形みたい。

 それなのに、強かった。

 とにかく、強かった。


 その人が、オレの知っているもう一人の『銀次』さんだった。


「よろしく、お願いします。……お礼は、いつか必ずします」

「…よろしく、雪彦。礼に関しては、両親と共に話をしよう。まずは、君の現在の環境状況を知らせてくれるか?」


 『銀次』さんが護衛に付く事になって、母さんも少しだけ大人しくなった。

 金遣いは相変わらずだったようだけど、それでもオレを表立って勧誘してくる機関や組織に売り払おうとは言わなくなったようだ。

 勧誘の手も一旦は、落ち着いたように思える。


 どうして、病院の先生に連絡しただけで、こんな凄腕のSPのような人がやってくるのか分からなかったけど、それでも、守ってくれるなら誰でも良かった。

 たとえ、それが高校を卒業するまでの間だったとしても。


 その後の進路が決まってしまっていたとしても、遠い異国の地に行くよりはマシ。


「後々には、我々の特務機関に所属して貰う事になる」

「…それって、日本なの?」

「ああ」

「…騙したり、しないよな?」

「無論だ。海外にも支部はあるが、君はまだ若いから出向させる理由は無い」

「…じゃあ、それで良い」


 学校以外の時間は、家でその人の傍で本や雑誌を読んで過ごす。

 家まで押しかけてきた勧誘は、彼が追い払ってくれるから、オレも安心して過ごせるようになった。

 誘拐されかけても、彼がいれば撃退出来た。

 その分、『銀次』さんが強過ぎて怖いと感じる頻度が高くなったのは、間違いなかったけど。


 その間、『銀次』とは数えるぐらいの会話しかしなかった。

 けど、言葉の端々に、苦いものが混ざっているのは気付いている。


 『銀次』という偽名を名乗った彼。

 そんな彼は、何かを焦っているようにも思えた。

 それが、何に対しての焦りかは、今を持って全く分からない。


「…何か怒ってるの?」

「別に」

「…じゃあ、なんでイライラしているの?」

「…別に」

「………この仕事、嫌だった?」

「いや、別に」


 話す内容なんて、この程度。

 しかし、数週間後には一度、『銀次』さんから護衛が交代して、『ユキハル』という人に代わった。

 これまた派手な髪色(赤と金色のメッシュだった)の人で、『銀次』さんはどうしたのか?と聞くと、


「別の任務だ」


 と、簡潔な言葉だけが返って来た。

 3年前の秋の事。

 オレが15歳だった時だった。


 SPの人たちって、皆言葉が少ない過ぎるけど、それが仕事だからなんだろうか。

 その時は、全く疑問は抱いていなかったが、今更になって疑問を抱く。

 比較対象がいないので、この疑問はどうしようもない。


 そのうち、また護衛が交代して『銀次』さんが戻って来た。


「…君は、オレの知り合いに似てる」


 ふと、ある日。

 珍しく、『銀次』さんから話をされた。


「…どこが?」

「抱え込もうとするところ」

「……オレ、そこまで強くないよ」

「アイツもそこまで強くない」

「…『銀次』さんよりも?」

「当たり前だ」


 その知り合いの人の話は、何故か印象に残っている。

 まぁ、忘れようにも忘れられないのは当たり前なんだけど、自棄に『銀次』さんの表情が苦しそうだったから良く覚えている。


「アイツも、オレが守ってやらなきゃいけないからね」

「そうなんだ」


 護衛として戻って来た『銀次』さんに、以前のような焦りは無かった。

 その代わり、酷く疲れているというか、苦しそうな感じがしたのはきっと気のせいじゃなかったんだろう。


 その時には、オレは高校生だった。

 しかし、『銀次』さんが護衛から外れる事になったらしいので、指定されていた高校に転入する事が決まったから。

 夜間学校、特別クラス。

 都内にある、最近出来た進学校らしい。


 父さんは渋々ながら了承してくれていたし、高校の転入資金から必需品の買い替えまで何から何まで面倒を見てくれるという破格の待遇。

 更に寮制であり、勧誘対策兼誘拐対策の護衛も付くとなれば同意せざるを得ない。


 少し寂しかったが、仕方ない。

 彼にも仕事がある。


 『銀次』さんが護衛を外れることになる時、ふと訪ねて見た。


 前に聞いた時同様、「この仕事、嫌だった?」と。

 真っ向から肯定されて、ちょっと泣きそうになった。


 けど、


「…今は、そこまで嫌だとは思っていない」

「……それって、」


 少しばかり、嬉しかった。

 本心からとは思えない無表情だけど、ほんの少しでも笑ってくれたから。


「…次は、オレではなく、先生を便りにしてみろ」

「?……それって、高校の先生が、『銀次』さんの知り合いって事?」

「ちょっとした、な?…ただ、オレの事は秘密にしておけ。その方が面白い」

「…『銀次』さんでも、面白いとか思うんだ?」

「お前、意外と慇懃無礼だな」


 何かあれば、学校の先生を頼れと言われた。

 オレはそれに、余り疑念を抱くこと無く頷いた。


 そして、その高校への入学の前日、父さんが母さんと離婚した。


 元々、破綻していたから。

 母さんはお金を使い過ぎた。

 オレが合法、非合法を問わず機関に所属すれば保障が入るからと宛てにしていたのだ。

 けど、結局その目論見は外れて、家計は火の車。

 父さんは離婚を切り出し、慰謝料を取らない代わりに借金の一切を母親に押し付けた。


 最後に見た母の姿は、化け物みたいだった。

 とにかく、凄い形相で怒鳴られ、罵られて、挙句に爪で引っ掛かれた。


 右眼の目頭から、鼻に掛けて深く残っている傷。

 一歩間違えば失明していたかもしれない、その怪我。


 右目を前髪で隠しているのは、その怪我のせいだ。

 警察沙汰にはしなかったが、父さんが母を見捨てるには十分な理由にもなった。


 その後、母と弟が無理心中をしたのは知っている。

 それが本当に無理心中なのか、それとも別の事故だったのかは知らない。


 ただ、消されたのかもしれない、と暗に理解していた。


 『銀次』さんに連絡しようか、迷った。

 けど、きっと答えは貰えないと思ったし、結局この夜間学校を卒業すれば同じ部署で働く事になると分かっているからやめた。


 そして、入学の日。

 式も父母の参列も無い、高校入学にしては何かが違う一日だった。


 入寮してからすぐに、先生からの面談があった。

 その先生が、『銀次』さんのちょっとした知り合いだと、すぐに理解出来た。


 そして、すぐに偽名だとも分かった。


「初めまして、香神 雪彦くん。オレが担当の『黒鋼 銀次』だ」

「………よろしくお願い、します」


 名前が一緒だったから。

 安易過ぎるというか、なんというか。


 むしろ、大丈夫なのか?と困惑してしまった。


 それに、『白戸』とか『黒鋼』とか、揃い過ぎていて違和感しか感じないから。

 あんまりネーミングセンスは良くないみたいだな。


 見た目も若い。

 それに、『銀次』さん程じゃないにしても、先生も美人だった。


 左腕が動いていない事が、『ちょっとした知り合い』の意味を理解させるのは十分。

 それに、この人は『銀次』さんと、眼がそっくりだった。


 どこか冷たく、冴え渡った双眸。


 だから、勧誘対策兼誘拐対策の護衛もこの人なんだと、理解出来た。


「はい、よろしく。早速だけど、君が『サヴァン症候群』なのは、」

「…ああ、知ってるならそれだけで良い。特別扱いも必要ない」

「それは元より考えていないから、安心するように」

 

 『銀次』さんに、『銀次』先生を頼れと言われた理由は、その時はまだ分からなかった。

 分かったのは、意外と信用出来そうな先生という事と、やっぱり強いだろうな、という事。


 それは、異世界に召還されてからはより顕著に、発覚する事になった。


 拳銃をさも当然のように持っていたり、大の大人だって泣き叫ぶような拷問をされてもオレ達生徒を守ったり、それこそ騎士と決闘してぶちのめしたりなんて、普通の教員が出来る事じゃねぇ。


 さすがと言って良いのか、色々悩む。

 まぁ、先生に感じる違和感が少ないのは、きっとオレが『銀次』さんのおかげで慣れているからなんだろうけど。


 自然と怖いと感じるよりも先に、何故か納得出来た。


 それは、オレが『銀次』さんを知っている事もあっただろうし、そんな彼を知っていたからこそ、あの言葉の意味がやっと理解出来たからだった。


ーーー「…次は、オレではなく、先生を便りにしてみろ」


 オレが『銀次』先生に預けられたのは、きっと『銀次』さんが一枚噛んでいるんだろう。

 じゃないと、こんな偶然なんて有り得ない。


 ちょっとした知り合いだという事は聞いたが、それが同僚なら尚更だ。

 まぁ、しばらくは内緒にしておく。


 言ったら面白くないから。


 『銀次』さんの言葉通り、オレも大概慇懃無礼だから。



***



「何、ニヤニヤしてんだ、香神?」


 思い出して、にやりと笑ってしまっていたらしい。

 銀次先生に見咎められて、頭をわし掴まれた。


 今は、この異世界の歴史の勉強中。

 なんでも数百年前の魔族と人間の戦争である『人魔戦争』が、どうやって始まってどのように終わったのか、だっただろうか。


 右から左に受け流していたのに、結局覚えているこの頭はどうにかして欲しいけど、聞き逃しは無いからありがたい。


「いや、別に…ちょっと、思い出し笑い」

「お前は、真面目なのか不真面目なのか、相変わらず分からんな」


 そう言いつつ、小言は言わない先生。

 いつもの背広とはまた違う、こっちの世界の礼服を着た背中が遠ざかっていく。


「先生だって、そうじゃねぇか?」

「…それに関しては、ノーコメントで」


 くすりともしないで、肩を竦めた先生。

 その仕草がやはり、『銀次』さんに似ている。


 もう一つの『銀次』さんの言葉も、最近なんとなく分かって来た。


「似てるんだって、オレと先生」

「……そのようだな」


 珍しく『銀次』さんから、話してくれた知り合いの話。

 言葉は少なかったけど、印象に残っている話だし、忘れる脳みそもしていないから。


 もう、オレも気付いている。


 オレとそっくりなのは、きっと銀次先生で間違いない。

 顔立ちとかじゃなく、中身の問題。


 抱え込むところ、強いのか強くないのか分からないところとか、それこそ見栄っ張りなところも。

 割と料理とか、ハーバル系等々の細々とした事が趣味なのも、似ているのかもしれない。


 だからこそ、


「…(守ってくれたんだろうな…)」


 オレの事。


 きっと、『銀次』さんにとっては有り得ない任務だったんだと思う。


 ちょっと秀でた能力を持っているぐらいの一般市民、更に言えば中学生。

 そんなオレを、『銀次』さん(あの人)のような凄腕の人間が、自ら護衛をするような重要人物だったとは思わない。


 オレはきっと、銀次先生に似ていたから、渋々とは言え守ってもらえた。

 そして、そのおかげで、この学校に転校する事が出来たのだろう。


 柄にも無くセンチメンタルになって、鼻の奥がツンとした。

 笑うしかない。


「今度は、何だ?」

「……別に、なんでもない」


 もうしばらく、言わないでおこう。


 『銀次』さんのおかげで、銀次先生に会えたこと。

 銀次先生のおかげで、オレがオレでいられることも。


 それに、言ってしまったら、なにより面白くない。


 ちょっとだけ嫉妬したのも、言わないでおく。

 先生、意外と信頼されてたし、愛されてたからな、『銀次』さんにも。


 やっぱり、悔しいし面白くないから、言わないけど。



***

アサシン・ティーチャーの身バレが多すぎる件。


身元というか、正体が分かっているのは、香神、榊原、永曽根、間宮、ゲイル。

髪の件を知っているのは、間宮、伊野田、エマ、ゲイル。


秘密は時にして、公然になっていたりもするんです。


同僚兼友人の話で、ちょくちょくキャスティングされていたルリが、今回の香神の言う『銀次』さんです。

ちょっと分かりづらかったかもしれません。


ただ、アサシン・ティーチャーに間宮と、一緒に香神の護衛も押し付けたのは勿論ルリさんです。

先輩を掌の上でころころ転がしている後輩さん。


いつか、本編にも出せたら良い…………のか?

現代と異世界が繋がるなんていう御都合主義が起こらない限りは無理な話ですね、分かります。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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