42時間目 「特別依頼~ゴーレム討伐、終息~」
2015年11月5日初投稿。
投稿強化習慣5日目。
強化習慣と言いつつ、結局一日一話の投稿になっている件について。
亀並の更新速度で申し訳ありません。
42話目です。
この作品も閑話を含めると、話数が50を越えそうになっています。
感慨深いような、むしろ進みが遅すぎて予想以上に長くなっているというか…。
ともあれ、頑張ります。
***
一回目は、ただ逃げるだけを考えた。
二回目は、逃げるだけではなく、榊原とシャルの二人の命を背負って囮を引き受け、そして死に掛けた。
さて、今回は三回目。
もう二度と無様な真似はしたくないし、無様な姿も見せたくは無い。
作戦開始、及び反撃開始。
と言う訳で、
「鬼さん、こちらー!」
『ヴォオオオオオオオオオオッ!!』
オレは、またしてもリアル鬼ごっこを敢行している。
三回目の邂逅となったガンレム。
先程よりも更に醜悪な殺気と敵意を剥き出しにした赤光の眼が、まるで「今度こそ殺してやる」と言っているようだ。
全身から怒気のようなものを吹き上げているガンレムを、先ほどと同じく一定の距離を保ちつつ、逃げる。
ふざけているかと言われれば、否。
全力でからかいながら逃げているだけである。
それが、当人以外の彼等にどう映るのかは別として。
「本気でやってるの、ギンジ!?死ぬかもしれないってのに何をふざけてるのよ!!」
「だから言ったっしょ?一回や二回死に掛けた程度じゃ、先生は考えを改めないって…」
「何、達観してんのよ!教師が教師なら生徒も生徒!?」
耳が痛い。
物理的ではなく、精神的に。
しかし、物理的な耳も痛いのは事実。
先ほどから追いかけっこを続けているガンレムの咆哮や森林破壊の大音量は、ヘビメタロックにも勝るとも劣らない騒音被害だ。
通報されたら、ガチな厳重注意を受ける範囲だろう。
まぁ、先程よりは、実は余裕があるのは気のせいじゃない。
理由は、オレの体に掛かっている加護。
シャルが『風の付加魔法』を掛けて、一時的にオレの身体能力値・俊敏を上げてくれているのだ。
まるでゲームのような話だが、実際に受けている感覚としてはありがたい。
先程よりも、体が軽い。
体力的疲労と精神的疲労でピークに達していたせいで鉛のように重かった体が、今では羽のように軽い。
揶揄ではなく、割と本気で。
飛べば十数メートルはイケるだろう。
ガンレムからの突進攻撃もしくはプレス攻撃も、今では余裕を持って回避出来ている。
これが、魔法だと言うなら、是が非でも習得してやるしかないだろう。
今後の生存率アップの為には必要事項だ。
さて、それでは、いつまでも逃げ回ってないで、お待ちかねの反撃開始。
急激な方向転換。
ガンレムの突進を避けたと同時に、奴の頭上に飛び上がるでも無く後ろに回り込む。
まるで、瞬間移動でもしているような気持ち。
それこそ体が軽過ぎて、ガンレムの動きが鈍く見える。
「シャル、頼む!」
「ええ、いつでも来なさい!!」
振り返った奴の視線を受けたと同時に、シャルの声がした方向へと走った。
囮になっていたのは先ほどと変わらないまでも、今回は先ほどと違って榊原やシャルを逃がす為ではない。
十分に引き付けただろうガンレム。
その視界から逃れるように、上空へと限界まで跳躍。
わぁお、十数メートルは下らないと思ってたけど、本当に飛べちゃったよ。
見下ろしたガンレムも半分近い大きさに早変わり。
やっぱり、魔法って凄い。
ガンレムの視線がオレを追うが、奴に跳躍するような能力は無いのは分かっている。
この高さまでならば、追っては来れない。
そして、無駄だと知りつつも手を伸ばすガンレム。
そんな奴の姿を見下ろしつつ、再度状況を確認。
森の中、沼地に近い湿った地面。
わざわざこの為に、何度も転移を繰り返してこの場所を探り当てた。
転移を逃れる為に、シャルにもう一度転移型空間干渉魔法に無理矢理干渉してもらい、わざと弾かれて、先ほどと同じようにこの場所を転移のループから外した。
作戦の途中で転移されるような事態を避ける為だ。
全て、この罠の為だ。
ガンレムは真上を見上げて、棒立ちとなっていた。
そこに、ガンレムの真横辺りの木薮の中に控えていたシャルと、泥だらけの足元を若干気にした榊原が飛び出す。
榊原、膝まで泥だらけになってやんの。
「精霊達よ!『水の弾丸・連弾』!」
高らかに号令したシャルの声。
それに従って、精霊達が『水』魔法の初級を連続で射出する。
オレが囮になっていたのは、全てこの為だ。
逃げる為ではなく、あくまで意識を逸らす為。
そして、この地まで誘き寄せる為。
着弾した『水の弾丸』が地面の土を激しく穿つ。
攻撃に気付いたガンレムの視線が、シャルや榊原を捕らえる。
だが、ガンレムには着弾したとしても、『魔法無力化付加魔法』のせいで、ほとんどノーダメージ。
しかし、それで良い。
連弾と銘打ったそれは、未だに地面に着弾している。
見る見るうちに地面が水浸しとなり、ずぶずぶと沼地を泥沼のようにを拡大していく。
さて問題です。
全長4メートル、主要成分は土、重量はおおよそ1t~4t。
そんなガンレムが、沼地に立てばどうなるか。
『ヴォッ…!?ヴォオオオオオオオッ!?』
「そんな馬鹿な!?」とでも言うかのように、俄かに混乱した様子のガンレムが、自らの自重によって地面に沈み込む。
まるで、落とし穴に嵌ったお笑い芸人のスローモーションみたいだな。
オレも十数メートルの跳躍を終えて地面に着地。
結構飛んでいたのか、着地した瞬間に足裏が若干痺れた。
腰から抜いたベレッタ92.をいつでも撃てるように構えながらその様子を後ろから眺める。
シャルと榊原にはこの罠を仕掛ける為に、戦線を一時的に離脱して貰っていた。
いくら『魔法無力化付加魔法』が掛かっているからと言っても、それは本体だけの話。
周りの環境には、『魔法無力化付加魔法』は作用できない。
これは、キメラ討伐戦の時にも分かっている内容だった。
この罠の本来の目的はガンレムの破壊ではない。
ガンレムの圧倒的なアドバンテージである、厄介な突進攻撃。
その機動力を削ぐ為の罠だ。
「まだまだぁああああ!!」
シャルが力いっぱい魔力を行使して、『水の弾丸・連弾』の着弾は続いている。
それに伴って、沼地と化した地面もまた水を大量に含む。
ガンレムの脚が、半分ほどまで埋まった。
『ヴォオオオオオッ!ヴォオオオオオオオッ!?』
逃げようともがくガンレムだが、周りは広がった沼地しかない。
捕まる場所も無ければ、届く位置には命綱になり得るものすら無かった。
そうなるように、処理もしたのだ。
わざと挑発を繰り返しながら囮として縦横無尽に走り回り、奴の命綱足りえる木々を破壊してもらったのだから。
奴の周りには、粉砕された大木の幹や何やらしか無い。
それは、奴にとっては、命綱足りえない。
もがけばもがくほど深みに嵌っていくガンレム。
正直、自然発生の底なし沼では無いからここまで上手く行くとは思っていなかったんだが、念の為にこうした森の中でも湿地帯になる場所を選んで良かった。
榊原が身を挺して嵌ってくれたおかげでもある。
実は、アイツ、一度ここに転移した瞬間に、膝ぐらいまでなら沈んでいるのである。
膝まで泥んこになっているのは、そのせいだ。
だが、成人男性の体重なら膝までしか沈まない沼地に、約20倍から100倍は自重のあるガンレムが沈めばどこまで行くのか。
『水の弾丸・連弾』は未だに続いていて、辺りはすっかり沼地というよりかは泥沼だ。
シャルや膝まで泥塗れになった榊原も、慌てて退避。
オレの足元まで、泥水が届いているのは想定の範囲内である。
シャルには「この辺一体を、沼地にするぐらい本気でやっちゃって」と言ってあったからな。
本当にやるとは思わなかったけど。
魔法って便利だけど、地形を変えちゃうとか恐ろしいのね。
『ヴォオオオオオオオオオオオッ!!』
抜け出せない焦燥に駆られ、無茶苦茶に暴れ出したガンレム。
しかし、その行動も現状では悪手。
沈み込む頻度が高くなり、人間で言えば太腿の辺りまで沈み込んだ所で、準備完了。
オレは次の作戦に移行する。
これで、ガンレムも自力で抜け出すことは、不可能になった事だろう。
「シャル!次だ!」
「了解っ!」
沼地改め泥沼は、この程度で良いだろう。
機動力は削いだ。
後は煮るなり焼くなり、お好きにどうぞって奴だ。
オレの合図を受けたシャルが、『水の弾丸・連弾』を停止し、更に魔法を行使する。
連発してここまでの魔法を行使出来るという事は、彼女の場合も魔力の上限が飛び抜けているようだ。
「精霊達よ、風を巻き上げて!『風の竜巻』!!」
次に行使されたのは『風』属性。
風が巻きあがり旋風となり、まるで渦を巻くようにして竜巻に変化していく。
天災としてではなく人為的に作られた竜巻の威力はそれなりに強いが、その高さはせいぜい10メートル前後。
そして術者の意のままに方向を変えられる。
それを、ガンレムの頭上で固定。
泥沼と化した水を巻き上げ、徐々に黒茶色に染まり行く竜巻。
若干視界が悪いが、竜巻の中心がガンレムを囲むようにして自然の檻となる。
こちらにも被害は及んでいるが、暴風雨の中に立っているような状況と言うだけだ。
晴れ渡った空に不釣合いで、いかに魔法が自然を常識を超越しているのかが分かる。
巻きこまれた木の葉や泥水を撒き散らしながら、渦を巻く竜巻を見上げた。
次からは、オレの仕事だ。
オレはその場から、後退しつつ距離を見定める。
狙いは、その竜巻の真上。
暴風の影響で多少前後する可能性もあるし、眼が開けていられないのであれば最悪竜巻に巻き込まれることになる。
出来れば、それは遠慮したい。
その竜巻の真上に飛び込むのは、自分なのだから。
「よしっ!!」
気合を込めて、助走を付けて、地面を蹴った。
跳躍。
眼の前の竜巻の最上部目掛けて、猛然と飛び出した。
近付くに連れて凄まじい暴風の猛威に曝される。
気を抜けば、一気に吹き飛ばされそうだ。
巻き上げられた木の葉や泥水が、圧倒的な勢いで肌を叩いてくる。
眼を開けているのも億劫になるほどの暴風雨。
こんなの現代でも、滅多にお眼に掛かった事が無い。
現代の石垣島で台風に巻き込まれて任務帰還が一週間も遅れたのは何年前だったかな?
そんな事を思い出しながらも、手には反撃の狼煙。
ベレッタ92.は既に、ホルスターに仕舞っておいた。
その暴風の中心部の、その真上へと到達した。
途端、先ほどまでの暴風が嘘のように、途切れる。
一瞬、強張っていた体が、変に重く感じてしまう。
台風の目。
それが、この空間。
台風の目には、風がまったく吹いていない無風空間が存在する。
それを竜巻によって、人為的に再現したのだ。
竜巻は、檻。
そして、オレにとっては銃身のように渦を巻いたバレル。
位置はガンレムの丁度真上。
銃弾足りえる奥の手を、ここから投下。
それは既に、オレの手の中に。
「あばよ、土くれ」
台風の目の、その真上から。
投げ付けたのは、マークⅡ手榴弾。
前回のキメラ討伐時の失敗を反省し、ピンもしっかり引っこ抜けているのも確認して、コンマ数秒の滞空時間内にその投下ポイントを見定める。
ポイントは、ジャスト。
ガンレムの頭上に、手榴弾はまっすぐに落下していく。
ガンレムが顔を上げた。
視線が交錯した気がする。
その眼には、ただ一つの感情しか浮かんでいなかった。
最後まで何をされているのか分からない、無垢な光が透けて見えていた。
台風の目を通り過ぎた。
そして、オレの体は、再度暴風雨に曝される。
その暴風の中を身体を丸めて突っ切り、飛び出した場所からほぼ直線状の反対側へ。
目指すは沼地手前にバリケードのように倒れた大木の幹。
その近くは、泥塗れとなったシャルや榊原の姿もあった。
「伏せろッ!!」
走る恫喝の声。
滞空時間はギリギリだな。
着地と同時に、木の幹から転がり落ちるようにして地面に伏せた。
そこで、ゴーレムの頭上に落ちた手榴弾が、炸裂した。
『ドンッ!!』
閃光。
次いで、轟音。
けたたましい爆音を伴って、火薬の強烈な燃焼効果で周囲が鳴動した。
竜巻すらもその爆風によって吹き散らされた。
竜巻に巻き上げられていた泥水が、一拍の後に雨のように降り注ぐ。
こっちの二次被害は考えていなかったな。
でもまぁ、結果オーライ。
相変わらず、便りになる万能な手榴弾である。
素早く体勢を立て直し、バリケードのようになっていた木の幹に背中を預けて、そんな万能な手榴弾の直撃を受けたであろうガンレムを伺い見る。
木の幹には手榴弾の破片が、突き立っている。
辺りには白煙が充満していた。
爆風によって熱せられた空気が泥水を水蒸気化させたのも混ざっているだろうか。
その白煙と水蒸気の中に、黒い影となった巨体は存在している筈。
出来れば、これで粉砕されていて欲しいものだが、いくら便利な手榴弾とはいえ、そこまで期待するのも酷な話だろう。
追撃の為に、更にベレッタ92.と共に同じくもう一つの手榴弾を抜き取った。
「どうなったの?」
「分からない。弾幕で見えない」
「先生、危険物所持でそろそろ逮捕されたら良いと思うよ?」
「こっちには法律も警察もいないだろう?」
同じく、地面に身を屈めていたシャルや榊原も、地面を這いずりながらやってきた。
見事に二人とも泥だらけになってやんの。
って、言って苦笑い。
「アンタも似たようなもんでしょ?」
ごもっとも。
シャルの胡乱気な視線が突き刺さった。
さて、おそらくもっと酷い状況になったであろうガンレムはどうなったかな?っと。
苦笑いの表情を引き締め、木の幹越しにそちらへと視線を向ける。
ベレッタを構えつつ、慎重に様子を伺う。
だが、
「……………あれ?」
「あれ?」
「…あれ?アンタ、今あれ?って言った?あれっ?て言ったわよね?」
?がいっぱい。
白煙と水蒸気が晴れた。
そこにあったであろう、ガンレムの巨体は無かった。
あれ?
どこ行った?
まさか、逃げたとか?
「…………いや」
いや、そうじゃない。
いるには、いる。
というか、この場合、あるにはあるで良いのか?
ただし、それが半分程度の体躯しかないというだけで。
「……頭どこ行った?」
「うわぁ…本当、この人危険物しか所持してないよ…」
榊原に呆れられた。
だが、今はそんな事どうでも良い。
そこには、ガンレムの亡骸があった。
吹き飛んだであろう頭部は、沼地の更に向こう側に落ちている。
頭部と同じく胸部も多大なダメージを負ったらしく、腹部までごっそりと無くなっていた。
圧倒的な威力でプレスやらストレートやらを放っていた両腕は落ちて、片方は沼地に沈み、片方は頭部と同じく遠くの地面に砕けて散らばっていた。
そして頭部が無くなったせいなのか、体は崩れ落ちるようにして土へと戻り始めている。
見ている傍から、ボロボロとその様相を崩し続け、やはりその土は沼地に沈んで行った。
「嘘でしょ!?まさか、本当に討伐出来ちゃったの!?」
シャルの悲鳴だか歓声だかが耳に痛い。
今度は物理的に。
だが、オレも嘘だと思いたい。
まさか、マークⅡ手榴弾一個で壊せるなんて、思っても見なかったんだから。
え、ってか、何これ、凄いの?
パイナップルが凄いのか、それともガンレムが意外と脆かったのか、どっち?
「うそーん…?」
「何よ、その声!!100年以上討伐出来なかったゴーレムを一発で倒しておいて拍子抜けしたような声をださないで!!?」
「だって、拍子抜けしちゃったんだもん」
「…可愛いッ…!ッ、じゃ、なくてっ、アンタねぇ!!」
シャルには怒られるし、
「先生、パイナップルの残りは、しばらく学校で厳重保管ね」
「えっ…あれ?駄目?」
「うん、駄目。無理。危ない」
榊原には呆れられた挙句に、パイナップルの没収が言い渡された。
オレの一番の火力が…。
というか、あれはオレだってうそーん?って言いたくもなるよ!
拍子抜けした声だって出したくもなるよ!!
まだ、この後にも、攻撃手段は持ってたんだよ!?
罠は一応これだけじゃなかったし、追撃のために今構えているベレッタ92.だって出番を待ってたのに、構え損!?
「…黒色火薬って偉大だったんだな」
「うん、そうね。でも、没収」
文明の利器、万歳。
まさか、パイナップル一個で戦闘終了とは思ってなかったけど。
げっそり。
それはともかく、榊原さんや。
せめて、オレの戦力は確保しといて良いよね?
なにはともあれ。
げしょっとしていた顔を、苦笑へと切り替える。
ガンレムの体が、全て崩れ落ちる。
元の土くれに戻り、そして沼地にずぶずぶと沈んでいくガンレムに、既に吹き込まれた命は無く。
沼地の向こう側に落ちていた頭からは、特徴的だった赤光の視線も消えていた。
討伐完了だ。
「終わったー…」
「…本当に終わったんだよね?」
「終わっちゃったわよ。まさか、こんな作戦で壊せるなんて思ってなかったけど…!」
ごもっとも。
シャルにもシャルのお母さんにも、ちょっと悪い事はしたかな?とは思うけど、これは簡単にオレの経験による賜物だろう。
だって、オレは知っている。
必殺とも言える魔法の威力を全く物ともしなかった『魔法無力化付加魔法』を使っていた魔物は、以前討伐したキメラも同様だった。
その時に、有効打となったのは一重にオレ達の文明の利器。
キャリバー.50やサブマシンガン、マークⅡ手榴弾と言った、云わば物理攻撃だった。
経験による勝利だ。
ちなみに、余談ではあるがシャルのような森小神族達は、総じて得意としているのは魔法攻撃。
物理攻撃も、弓や剣で出来ない事も無いらしいが、それでは足りない相手がゴーレムだった。
『魔法無力化付加魔法』のせいで、得意の魔法も通用せず、かといって物理でどうにか出来る相手でも無かった。
だからこそ、彼女達は冒険者ギルドに依頼を出す他無かった訳だ。
それは、仕方ない。
得手不得手に、向き不向きの問題だからな。
もはや泥沼となった場所を挟んだ、向こう側へと移動した。
地面に落ちていたガンレムの頭。
怒り以外の表情は無かったものの、視線だけは表情豊かだった気がする赤光は消えている。
ロボットのようなヘルメットも爆発の影響で砕け散り、後頭部だったであろう場所が崩れて魔石と魔法陣がお目見えしていた。
これを回収して、終了って事で良いのかな?
確かギルドの規約で依頼完了の証拠として、何かしら魔物の一部を持ち帰らなきゃ承認されないって話だったし。
「ちょっとだけ、見せてもらっても良い?」
「うん、良いよ?」
100年以上前に製作された魔法陣。
興味を示したのはシャルだった。
オレは、その魔法陣に組み込まれていた魔石を引っこ抜く。
大体拳大のそれは、なるほどあのガンレムの巨体を動かすには十分な大きさという事か。
「…うん、やっぱり母さんの言う通りだわ。半永久的に稼動するような術式が組み込まれてるし、排除行動も組み込まれてる。術者の命令に絶対服従の術式も混ざっているわね」
どうやら、シャルは魔法陣への見識が深いらしい。
ウチの学校にいるのは、魔力特化の魔法教師だけだから、ちょっと羨ましい。
ただ、ちょっと魔法陣の内容は、聞き捨てなら無いような…。
「有無を言わさず敵対行動を取って来たのは、まさか術者の命令が有ったからなのか?」
「そうだと思うけど、戦時中の話だもの」
……それも、そうか。
100年前だとすれば、もう術者自身も死んでいるだろうし、魔法陣に組み込まれた半永久的に稼動する術式のせいで、敵を倒すって命令だけが残っていた、と。
それなら、納得。
「これを、魔族が作ったって事は有り得るのか?」
「ああ、それはありえないわ。もし、私達のような魔族が作ったなら、もっと巨大化している筈だから」
「……人間が作れる最大の大きさが、これだった訳か」
「そういうことよ。アンタみたいな魔力オバケを除いて、人間って魔力総量が少ないから」
ガンレムがこのサイズで本気で、良かったねー。とついつい、のほほんと考えてしまう。
ただ単に、これ以上の巨体と術者の命令ありきの状態のガンレムを想像したくなかっただけの現実逃避だけど。
ってか、シャルにまで魔力オバケって言われちゃった。
そろそろ心が折れそうです。
それは、沼地を泥沼に作り変えた挙句に竜巻まで作り上げたシャルだって大概だと思うけど?
「魔力総量9999と一緒にするんじゃないわよ」
「ごめんなさい」
結局、怒られてしまった。
げっそり。
ただ、美少女に怒られるのは、そこまで忌避感が無いです。
これ、変態への道を突き進んでいるわけじゃないよね。
「先生、頭抱えてどうしたの?」
「……オレの肩書きについて、色々本気で悩んでる」
「あらそう?御愁傷様」
榊原にとっては他人事の話だったのか、からからと笑って会話終了。
腹立たしいので、やっぱり一発フックをお見舞いしておいた。
今更だけど、こうして触れ合えるのは奇跡だよな。
生きてて良かったと、心底思う。
一頻り、魔法陣を解析?し終えて、満足したのか。
シャルはそそくさと、移動開始を告げた。
「森の入り口まで案内する予定だったからね」
「ああ、ありがとう」
「良いわよ、別に。ただし、条件と報酬は忘れないでよね」
お安い御用で。
オレ達からシャルへの依頼内容は、森からの生還。
報酬は、試作品のシガレットケース。
条件は、森小神族の情報を口外しない事だな。
オレ達の依頼も完了したし、これでやっとこの森の迷路を抜けられる。
そう考えると、気が抜けそうなもんだ。
「…その前に、休憩しようか」
「賛成~」
「し、仕方ないから、水ぐらいは出してあげるわよ」
その前に、休憩させて欲しいけど。
締まらないでやんの。
その後、ほいほいと簡単に魔法を行使して水を出してくれたシャルだったが、魔法陣が底に彫られた水筒を持っていると言ったら、「先にそれを言いなさいよ、馬鹿!!」と怒られた。
解せん。
***
ガンレムこと、今回の討伐目標だったゴーレム。
奴は、100年以上も前に刻まれた魔法陣の命令を忠実にこなしていただけの、土で出来た人型兵器だった。
一つ、術者の命令を遂行する。
ただし、この場合の術者は既に故人であり生存していないので、暴走傾向にあったのはそのせいだ。
一つ、敵を排除する。
これも、既に故人である術者の命令が無かった為に、敵という認識が森に入り込んだ全ての人間に該当してしまっていた。
過剰防衛に走っていたと考えられる。
一つ、半永久稼動の術式。
拳大の魔石を組み合わせた魔法陣との併用。
これによって、奴が術者がいなくなったにも関わらず、100年以上もの間、稼動し続ける事が可能になっていた。
魔石は既に回収。
魔法陣も、シャルの機転で、二度と起動しないように魔法陣を無理矢理サバイバルナイフで削って、回収した。
これにて、今回のSランク承認特別クエスト『ゴーレムの回収、もしくは破壊』を終了した事になる。
命がいくらあっても足りない。
今回の依頼は、それをまざまざと思い知らせてくれるには、十分なものだった。
***
「…改めて、聞いて良いか?」
「何よ?」
怒涛のガンレム討伐も終えて、転移型空間干渉魔法の掛かった森の中を歩くこと、数十分。
若干ぷんすかとしながら先頭を歩くシャルのおかげで、迷うこと無く入り口に近付いている。
彼女がぷんすかしているのは、おそらくオレのせいだろう。
ガンレムをマークⅡ手榴弾一個で討伐してしまった事や、折角魔法を行使して水を出してくれたのに魔法陣の彫り込まれた水筒を持っていたが為にその好意を無駄にしてしまったからだろう。
申し訳無いとは思うが、こっちも予想はしていなかった事態なので、解せん。
それでも、彼女は森の入り口まで厭う事無く案内してくれていた。
ゲイルだと思われる魔力の塊も、大分近付いて来ているようだ。
そんな中で、問い掛ける。
未だに解消仕切れていない、オレの疑問について。
この依頼の背景が、ちょっとばかし気になっていたのだ。
「シャルは依頼人の関係者って事で間違いないか?」
「……ええ。ちょっと考えれば、分かることだから教えてあげるわ」
そう言って、シャルは白状してくれた。
依頼人は、シャルの母親。
名前は『ルルリア・シャルロット』となっていたが、シャルの名前と比較すると語呂が悪い。
元々偽名と断定もしていた。
そして、依頼が出された100年前。
その時から、彼女の母親は生きているという事になるが、これはやはりファンタジー世界の代名詞でもある森小神族という種族柄、長命なのだと考えて良いだろう。
さて、それを踏まえて、この異世界での種族のお話。
ここ数百年の間に、魔族と人間の間に戦争が起こること数回。
その度に、被害は膨大な数へと膨れ上がっている。
最近の戦争は数百年前だと言う事だが、総称はほとんど統一されて『人魔戦争』と呼ばれていた。
その人魔戦争の中で、森小神族達は、総じて人間側に付いているらしい。
らしいというのは、文献に詳しく載っていないからだ。
本当に詳細が分からないのか、もしくは故意に隠蔽されているのかは定かでは無い。
しかし、眼の前のシャルや、彼女の母親の様子を見ると、後者だと考えても良いのかもしれない。
森に掛けられていた『迷路』の魔法。
それは、彼女の母親が意図的に、この森の奥地に人間を近寄らせない為の結界だと言う。
その事実に基いて考えれば、彼女達森小神族は、随分と人間に忌避感を覚えていると感じる。
こんな森の奥にひっそりと隠れるように暮らしている事からも、分かる事だ。
何故、そんな風に暮らす必要があるのか。
「アンタ、本当に何も知らないの?」
「ああ。種族間の見分け方とか特徴とかは聞いているが、人間との関係性はそこまで詳しく履修していないんだ」
友人兼下僕からの、この異世界での情報は大きく二つ。
情勢と、ついでに生活しているであろう種族の種類。
その中でも、森小神族は元々人間と接触する事が少ない種族だと聞いているし、色々な用途(※ここは割愛する。胸糞悪いから)が有るが故に、貴重な存在でもあると聞いた。
だが、それだけだ。
どこに住んでいるのか。
また、どのように生活し、どのような環境環境及び生活水準なのかは一切分からない。
だからこそ、気になる事がある。
いくら、この森に人間を近寄らせないようにしていたとしても、彼女の口ぶりからすると珍しくはあるが割と頻繁に人間社会と接触しているようである。
シガレットの件から考えても「街で見かけた」と言っていたし、母親はそのシガレットを嗜んでいるようにも聞いた。
生活拠点はこの森の中で間違いないだろう。
しかし、その生活に必要となる食料や消耗品はどうしているのか。
食料の答えは既に、彼女の格好から分かるとおり。
狩猟だ。
だが、次の消耗品はどうだろうか。
彼女の髪から仄かに石鹸の香りが漂っている。
髪同様に手や肌の手入れも行き届いているから、森の中だけで生活しているにしては違和感しかない。
街で仕入れているというのは、確実だろうな。
「街には良く行くの?」
「ええ」
「君のお母さんも?」
「母さんは人間が嫌いだから、滅多に出ないわ」
「だから、偽名を使っていたと?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、君も偽名?」
「ええ」
ここまで、素直に肯定されるといっそ清清しいな。
だが、ここまで分かったのは、彼女の母親は人間嫌いで、なおかつ彼女も彼女の母親も本名は名乗っていない事だ。
依頼の名前はすぐに偽名と判断出来たが、やはり背景には壮絶な理由がありそうな予感がする。
首を突っ込んで良いのか、どうなのか少し迷ってしまった。
急がば、回れだな。
話を少しだけ、シフトしよう。
「ところで、君は何歳?」
「女の子に名前を聞くなんて最低ね」
「ああ、それはゴメン。小さくて可愛いから、そこまで気にしてなかった」
「か、可愛くなんか、無いわよっ…!で、でも良いわ、教えてあげる」
ゴメンネ、シャルちゃん。
チョロ過ぎるよ。
背後で榊原が苦笑いをしていた。
オレも心苦しいと感じているから、堪えるように。
「今年で、58歳よ」
「………はい?」
………あれ?
なんか、とんでもない数字が飛び出した気がするのは、気のせい?
後ろで榊原が噴出した。
冷たいし、汚い。
歩きながら水を飲むなんてことをしないように。
とりあえず混乱を収める為とお仕置きの為に、レバーにブローを仕掛けておいた。
更に飲み込み損ねただろう水を噴出していた。
だから、汚いって。
「驚くのも無理は無いわね。人間の寿命がだいたい、これぐらいでしょ?」
「ま、まぁ、そうなるか…」
「知っているかもしれないけど、森小神族は長命よ。だから、あたしは人間で言えば10歳ぐらいに見えるかもしれないけど、今年で58歳。…アンタ達は、若そうね」
半ば辟易としながら、シャルにねめつけられる。
この小さな体躯で、オレの25歳も年上なのか。
可愛いけど、ちょっと恐ろしい。
「オレは23歳で、榊原は19歳だ」
「あ、違うよ、先生。オレ、もう誕生日過ぎてたから20歳」
「なるほど。……酒の解禁は、まだもうちょっと待つように」
「シガレットなら良い?」
「授業と強化訓練に支障が無ければな」
そして、驚愕の事実。
榊原がいつの間にか、誕生日を過ぎて20歳になっていました。
ああ、そういや生徒達の生年月日を把握しておくの忘れていた。
こっちには家族もいないんだから、せめてオレが祝ってあげないとと思っていたのに。
って、話が逸れた。
シャルがまたしても、オレを睨みつけている。
「……人間って、成長が早いから良いわよね」
「その分、寿命が短いよ。異世界じゃ、60歳に届くか届かないか、なんだろ?」
ちなみに現代じゃ、平均寿命が80歳なんて事になってるけど、一重に医療技術の発展によるものだよね。
まだ、本格的に医療技術の改革に乗り出すつもりは無いけど。
「…ちなみに、君のお母さんも結構御長寿?」
「ごちょうじゅ?…でも、母さんも森小神族としては若い筈だわ。確か、200歳だか、250歳だか…」
いや、それは十分御長寿だから。
ギ○スの御長寿番付に本気で喧嘩売ってるから。
「それで?さっきから、母さんの事が気になってるみたいだけど、何?」
「ああ、ゴメン。ちょっと明け透けだったね」
ただ、結局、バレたようだ。
一応遠まわしにしていたつもりだったんだけどな。
チョロいけど、頭はそこまで悪くないらしい。
「…別に良いわよ。気になるんでしょ?」
「元はと言えばこの依頼を受けたのも、依頼人の『ルルリア・シャルロット』の名前が気になっただけだったからね」
「え?偽名とはいえ、母さんの事知ってるの?」
「ううん、あんまり。…ただ、どこかで見たような気が、」
気になっていたのは、この依頼の背景だけではなく、名前も一緒。
だって、明らかに偽名なのに、聞き覚えがあるなんてちょっと変でしょ?
「…多分、著書だと思うわ。母さんは医療関係の著書を、いくつか書いているもの」
「あ、それだ」
ここで、やっと偽名の聞き覚えがあった理由が判明。
そうだよ。
どこかで見た事にある名前だと思っていたら、教会の医療記録を見た時だよ。
一緒にまとめてあった、医療関係の書籍(と言っても、簡易な冊子のようなもの)の中に、彼女の母親が書いたであろうものがあったんだ。
ボミット病の症状とか、それに付随する魔力枯渇や、その後の経過なんかも書かれてたんで、少しばかり参考にさせてもらっていた。
ボミット病が人間の社会に浸透しているのも、この書籍があったからこそだった筈だ。
なんで、忘れてたんだろう。
やっぱり、ボミット病の症状閑話と、治療薬の目処が立っていたからだろうか?
と、ここで、また一つ気になる事が出来た。
「…君のお母さん、自棄にボミット病について詳しかったみたいだけど、」
「……そこまで、気付いたのね」
「悪いね。多少は頭が回る方だから。…もしかしてとは思うけど、君のお母さんもボミット病を患っていたりするの?」
「…………。」
沈黙。
この場合は、肯定と取って良いだろう。
どうりで、随分とボミット病関連の項目が、詳しく載っている訳だよ。
シャルの母親も、ボミット病の患者なんだから。
それで、200歳250歳って、凄いと思うけど。
というか、待って。
生きているのが可笑しいと思うのは、オレだけ?
「良く、生きてるな。…というか、まさかルルリエさんは、ボミット病の症状を緩和、もしくは完治させられたりする?」
「そ、そんな事、聞いてどうするのよ?」
と、ここでシャルが、警戒を露にしてしまった。
明け透け過ぎたのは自覚しているが、この調子だとボミット病関連でも、人間と揉めたか問題があったかだろう。
じゃあ、こっちも建前は投げ捨てて、本心で話そうか。
「オレも、ボミット病を患ってる」
「エッ!?う、嘘よ…!だって、あんなに元気に動きまわって…!」
「元気ではないけど、多少は動き回れるね。…理由は、これ」
腰に添え付けてあったポーチの中に手を突っ込む。
更に警戒されたけど、マークⅡ手榴弾を出す訳じゃないから、勘違いしないでね?
取り出したのは、魔石の嵌っていない首輪のような魔法具。
正式名称は分からないまでも、『魔力放出型魔法具』だ。
これによって、ボミット病を発症したオレと永曽根、もう一人の患者であるミアは命を繋いでいる。
そして、今後治療薬がローガンに届けて貰う事が出来れば、本格的に治療に乗りだす事が出来る。
さすがに、そこまで話すのはちょっとデメリットが高いので、見せるのはこれだけ。
そして、この魔法具を見せたことによって、シャルの反応を伺って今後の質問を決める事にする。
まぁ、聞かなくても、分かるかもしれない。
驚嘆を露に、顔を真っ青にしたシャル。
彼女は、十中八九この魔法具の意味が分かっているようだから。
「……人間でも、気付く奴がいるなんて、」
「やっぱりか。…これを考案、開発したのも君のお母さんなんだね?」
「ええ」
こくりと、頷いたシャル。
おかげで、この魔法具の開発者も分かったな。
ボミット病関連の書籍もそうだが、こうして助けられてばかりだ。
今度お礼がしたい。
だが、若干諦めの滲んだシャルの表情を見ると、心苦しく感じてしまう。
意地悪な大人の見本のようなことをしているからだろうね。
ゴメンネ、誤爆ばっかり誘発させて。
もうそろそろ、騙し打ちも誘導尋問も止めるから。
「オレや、オレの生徒はこの魔法具のおかげで、こうして生きているし、動き回ることが出来る。まぁ、ボミット病に関して、魔力を外から消費させれば良いと気付いたのは、別の理由だったんだが、」
「……だから、魔法が使えないの?」
「うん、そうなるね。…今は、その原因を調べつつ、治療薬の開発に乗り出そうとしている所」
「…それで?」
「出来れば、一度会って話をしてみたい。森小神族なら魔法にも詳しいだろうし、この魔法具の件でもお礼がしたい」
既に涙目になり始めたシャル。
それでも、オレを睨み付けるようにしながら、言葉の真意を探ろうとしているようだ。
大丈夫。
今回ばかりは、素直にそう思っているから。
ただ、駆け引きはするけどね。
「治療薬の目処が付きそうなんだ」
「えっ、嘘よッ!?母さんだって、治療薬が見つけられなかったのに!」
「嘘じゃないよ、本当の事。まだ治療薬では無くて、その緩和に努める為の薬になるのかもしれないけど、それでも一応手配をしている。本格的な試薬実験も考えている」
「……嘘じゃないの、よね?」
彼女の疑いの眼差しに、オレはこくりと頷く。
食い付いて来たシャルには、ちょっと可哀想だとは思うけど。
「お母さんもその薬、必要なんじゃないのかな?」
「……ッ!な、何が目的?」
「簡単な事だよ。会って、話がしたい。それだけだ」
ぶら下げるのは、ボミット病の治療薬になるかもしれない薬という餌。
嘘は言っていない。
その代わり、シャルに『ルルリア・シャルロット』さんへの繋ぎを付けて欲しいというだけ。
それに、この魔法具の開発に携わっているなら尚の事。
無理な話かもしれないが、製造方法や設計図でもあれば開示して貰いたい。
もしそれが可能であれば、教会でのみという括りはあるが、今後の治療にも役立てる事が出来る。
薬が開発できたとしても、治療の為の数が揃うかどうかは分からない。
だから、まだこの魔法具を手放すのは怖いし、元々の数が裏に出回っていた数点のみ。
この魔法具の数も限られているからこその、無理なお願い。
「…君の話を聞く限り、君のお母さんは確かに人間嫌いなのかもしれない。100年以上もこの森に引きこもっているという事から考えてもね。
でも、その為に助かるかもしれない命を捨てられない。君がオレを助けようと感情論だけで動いてくれた事と同じ様に、助かる可能性があるなら少しでもその手助けをしたいと思っている。
その中には、オレやオレの生徒だけじゃなく、君のお母さんの命も含まれているんだ」
出来れば、彼女には素直に信じて欲しい言葉。
もしかしたら、先ほどからの誘導尋問とかで素直に受け取ってもらえないかもしれないけど。
「その為に、母さんと会わないと駄目?」
「うん、そういう事」
オレの言葉を聞いて、そのまま涙をころりと零したシャル。
辛かったのかもしれない。
先ほどから聞いている限り、彼女の口から父親の存在は確認されていない。
唯一の親族が、母親。
そして、その母親もボミット病を患っている。
いくら魔法具があるからと言って、それが万能であるかと言えば実はそうじゃない。
彼女の口ぶりからすると意外と元気そうではあるが、いくら長命とは言っても病気には敵わないだろう。
迷っているんだろう。
母の命を優先して、母の教えを破るか。
母の教えを守って、母の命を諦めるのか。
どちらにしても、危険が無いとは言い切れない。
オレ達は人間。
彼女達は森小神族。
そして、少しばかり打ち解けたからと言っても、今日が初対面だ。
信頼には足りえないだろう。
だから、彼女もオレの仲間達との遭遇を避ける為に、入り口までの案内と割り切っているのだから。
「…母さんに、どうしても会わなきゃ駄目?」
「どうしてもという訳じゃないけど、一応会いたいというだけ。だって、もし治療薬を開発出来たとして、処方したとするけど、それが君のお母さんにとって毒にならない可能性は無いよね」
「ど、毒を盛るつもり…!?」
「例えだよ、例え。薬の成分によっては、人によって拒絶反応が出たりするんだ」
「…あ、それは、母さんも言ってた気がする」
「そういう事。だからこそ、直接会って、症状を見て、それから処方。ついでに、その後の経過もちゃんと観察したい。薬渡して投げっぱなしなんて、この国にいる無責任な医者みたいなやり方は出来ればしたくないんだよ」
これ、実際、本当の話ね。
こっちの医者、ミアを迎えに行った時に見たけど、本当に投げやりだった訳。
ついでに言うなら、有る程度の治療費が払える目処が無いと、診てくれないなんてところもあるらしい。
一般常識で医者=破産なんていう、図式もあるらしいからね。
ここは、なんて戦国時代?
だからこそ、教会が色々補填をしつつ、慈善事業を行っている訳だしね。
まぁ、それはともかく。
一応は、下心が無い訳でも無いけど(だって、シャルがこんなに美人ならお母さんもどんだけ美人か気になる)、もし治療薬を渡すことになるなら、どの道直接診断した方が良いだろう。
「…勿論、無理にとは言わない。それに今すぐという訳じゃないから、ね?」
前置きは大切に。
あくまで、今は打診だ。
ボミット病の原因でもあるだろう『闇の精霊』の件はまだシャルには話していない。
その研究も、オレや永曽根、榊原が中心となって進めて行く。
治療薬の件もローガンともども届くのは1ヶ月後となるし、そこからの研究となると更に時間が掛かる事が予想される。
だから、今すぐではない。
いつか、という前置きを付けさせて貰いたいだけ。
「母さんが、治るかも、しれないのよね?」
「……時間は掛かるだろうけどね」
「アンタも、その研究に関わっているの?」
「勿論。むしろ、オレがその研究の筆頭だからね」
まぁ、名ばかりになりつつあるけど。
オレの場合は、実験台とも言えるし。
それに、あくまで研究の開発結果ではなく、ローガンとの出会いで偶然の産物によって見つけた治療薬の目処だ。
オレの手柄では無いと分かっている。
けど、その分きっちりかっちり今後の研究には十分関わらせて貰うつもり。
「薬、くれる?」
「条件が呑めるならね?」
「……母さん、無理よ。弱ってるし、人間の顔なんて見たら、」
ふるふると、首を振ったシャル。
その度に、涙がぼろぼろと頬から滑り落ちる。
これは、もしかしたら予想以上に、酷いのかもしれない。
心苦しいな。
まるで、脅迫している気分になってしまう。
膝を屈めて、彼女の目線に。
内ポケットから取り出したハンカチで、彼女の目尻を拭ってやる。
「………そこまで、酷い?」
「い、いえ…そういう訳じゃないの。……心が弱ってるみたいなの、」
ああ、それはある意味、予想していなかった。
現世では、「癌です」って診断されたのと、同じ様なものだからな。
いくら、緩和できるからと言って、気丈に振舞えるかと言えば違うだろう。
「…それに、母さんが人間を嫌いになったのは、ボミット病やこの魔法具のせいでもあるのよ。だって、母さんがこの魔法具を開発したのは、このボミット病の緩和の為だったんだものっ!なのに…っ、なのに、王国が無理矢理、奪って行って、殺戮兵器として使われたって、ひっく…ッ、母さんッ、自分のせいだって…ッ!!」
「そう、だったのか…」
それは、確かに人間嫌いにもなるさ。
また一つ、この国に怒りを覚えた。
医療機器を戦争に転用なんて事は、現世でも無かった訳じゃない。
無かった訳じゃないけど、やはり資料として読むのと実際に聞くのとでは違う。
オレ達が知った経緯は全て逆だった。
戦時中に開発されて、今ではボミット病の治療用魔法具としてオレ達にとっては役立ってくれているが、本来なら逆だったのだ。
元々その為だけに造られた魔法具の価値が、人間によって捻じ曲げられてしまった。
それを捻じ曲げたのは、奪ってでもその魔法具を欲した王国だったのだろう。
それが今のダドルアード王国では無い事は分かっている。
だが、それでも遣る瀬無い気持ちになるのは、きっとその現状を少しでも知っているから。
だからこそ、彼女の母親は心を病んでいる。
その捻じ曲げられてしまった価値を信じていたオレ達が、なんて矮小な世界の住人だった事か。
本格的に泣き始めてしまった彼女。
泥水塗れで湿ったコートで申し訳無いが、少しでも彼女が落ち着くように抱き締める。
柔らかい猫っ毛の髪を撫でて、そのまま苦しそうにしゃくりあげている背中を叩いてやる。
子どもの扱いはあんまり心得ていないけど、これで少しは落ち着いてくれれば良い。
「ゴメンな、辛いこと話させたな」
「…あたしだけ、ひっく…辛い訳じゃないわ…っ」
「…うん」
「…ひっく、ぐすっ!…でも、アンタはちゃんと気付いてくれたわ…ッ」
「……うん」
「…信じたい、信じてみたい…ッ」
「…うん、ありがとう。シャル」
オレの肩に額を埋めて、押し殺すような泣き声を上げたシャル。
「うーーーっ」と唸り声にも似た声が、泥水塗れのコートに吸い込まれた。
いくら中身が58歳でも、見かけどおりの子どもだったんだなぁ。
そんな、彼女の心に傷を負わせたのも、オレ達人間か。
ゲイルには後で、回し蹴りでも食らわしておこう。
「無理しなくて良い。…一度、お前の母さんと話して来い。勝手に決めるんじゃ無く、お前の母さんとちゃんと話をして、説得して、それから答えを聞かせてくれ」
「……ひっく…っ、良いの?」
「ああ、それで良い。…次に街に行くのは、いつだ?その時にでも、知らせてくれれば、」
これ以上、彼女に詰問するのは無しだ。
泣かせてしまって申し訳無いし、元々はオレ達人間(一括りにされるのも嫌だが)のせいで泣かせてしまっているのだから。
落ち着いたのか、ぐすぐすと鼻を鳴らし、真っ赤な眼をさせながら顔を上げたシャル。
またしても顔を泥水塗れにしてしまったので、とりあえずハンカチで色々と拭ってやる。(美少女は鼻水は出ないもんだ)
「…次は、…10日後よ」
彼女の町への訪問は、10日後だそうだ。
結構、近かったな。
薬はまだ到着していないだろうが、彼女の母親の為に、少しだけ情報の開示ぐらいはしてあげられるだろう。
こちらも、有意義な話を聞く事が出来たし、魔法具の開発者も分かったし、御礼をしたいと思っていた相手も分かった。
ついでに、もし直接話をさせて貰えるのだとすれば、一歩進んだ意見交換も出来るかもしれない。
さすがに、生徒と薬の研究成果の為にモルモット実験したいとか言えないしね。
いや、シャルのお母さんがそれに応じてくれるかどうかは知らんけど。
「…うん。じゃあ、その時に返事を頂戴?薬はまだ、主要成分が届いてないから無理かもしれないけど、一応現在分かっている情報の開示はするからさ」
「…ひっく、ぐすっ。…うん」
よし、交渉成立。
シャルも泣き止んだし、
「…ちょっとだけ、アンタの事は信じてみるわ。…人間は信用できないけど、アンタなら、信用出来る」
「それは、ありがとう」
と、そんな嬉しいことまで言われてしまった。
ただ、なんでだろう?
あんまり懐いてくれないシャムネコに懐かれたような気分。
じーんと来るよね、地味に。
少しだけ、また口元が緩んでしまう。
オレのハンカチを受け取って、目尻をぬぐっていたシャルも微笑んでくれた。
後ろにいた榊原が、またしても噴出した。
今度は水を含んでいた訳ではないようだが、色々台無しなんだが?
「…だって、また一人…先生の信者が増えたでしょっ?」
「………お前がオレをどう見ているのか、よく分かった」
コノヤロウ、茶化すんじゃねぇよ。
せっかく、気まぐれなお猫様に懐かれて和んでいる気分だったのに。
しかし、
『ギンジィイイイーーーーーーーーーーーーーーッ!!』
『先生ぇえええーーーーーッ!!』
『榊原ぁああああーーーーッ!!』
『ハヤトォオオオオオオオオ!!生きてるかぁああああああ!!?』
榊原の次に響いた声には、オレも一緒に噴出した。
今の声、ゲイルだよな。
割と近かったし、後から木霊している声は生徒達か?
ってか、ゲイルと徳川の声の音量が、ほとんど変わらない件について。
探しに来てくれた、と考えて良いのだろうか。
オレも驚いたし、榊原も驚いている。
勿論、ハンカチを口元に当てたままのシャルも、吃驚し過ぎて固まってしまっている。
「今の、アンタの仲間とか言う人たち?」
「ああ、うん…多分、そう」
「………。」
いや、凄い嬉しいんだけど、更に、台無しな気分。
折角、シャルが心を開いてくれたと思ったのに。
これじゃまた彼女に警戒されちゃうだろうな。
仕方ないので、彼女のフードを掴んで被せてやる。
耳ぐらいは隠させてあげないと。
森小神族だとバレたりしない事が、今回の森の入り口までの案内の条件だったからね。
後、バタバタするだろうから、先にシガレットケースも渡しておこう。
シガレットケースと、ちゃっかりハンカチも受け取った彼女。
まぁ、良いけど。
きょとり、と眼を瞬かせながら、小首を傾げていた。
ああ、可愛い。
「まだ、入り口に着いてないけど、良いの?」
「迎えに来てくれたみたいだしね」
「…でも、あっちも魔力の塊みたいな人よね?入り口に、戻れるのかしら?」
「………。」
前言撤回。
まだ、ちょっと早いかもしれない。
「ふ、ふふっ…!良いわよ、先払いって事にしてあげる」
「すまんな、頼むよ」
本当に、このカンスト魔力はどうにかならないものだろうか。
ゲイルもオレもここまで、欲しいとは思ってないのに。(※後々、ゲイルに腰帯(※魔力を50%カットとかいう代物)を渡されて、静かに泣いたのは別の話。)
「あっ、見つけた!あそこッ!!」
「やっと見つけたーッ!!」
「うわぁああああんッ!!ハヤトーーッ!!先生ーーーッ!!」
「無事だったか!!」
「……ッ!!」
そして、ゲイル達はオレ達を見つけた。
オレ達も彼等の声だけで無く、姿を見る事が出来てほっと一安心。
「愛されてるわね」
「…そうなのかね?」
一目散に走り寄ってくる彼等を見て、シャルが呟いたのはそんな感想だった。
まぁ、確かにそうなのかもしれない。
ちなみに、一番最初にオレ達のところにたどり着いたのは、間宮だった。
だって、コイツは、オレよか忍者だもん。
間宮には思いっきり抱き締められた。
おかげで、コイツまで泥水塗れになってしまった。
たった数時間ながらも、随分と長い間顔を見ていなかった気がする。
香神はもう半べそだったし、永曽根は今にも感極まってしまいそうだったし、徳川は完全に泣きべそ掻いているし、間宮はひっついたまま離れてくれない。
ゲイルは男泣きまで始めてしまった。
いや、お前等。
ちょっと色々、感情が先走り過ぎているから。
でも、うん……まぁ、仕方ないか。
逸れたのはオレ達が悪い訳じゃないけど、迷ったのはオレのカンスト魔力のせいだし。
オレも、ここまで大変な依頼だと思ってなかったもん。
ガンレムことガ○ダムみたいなゴーレムと無制限リアル鬼ごっこだって聞いてたら、こんな依頼受けなかったよ。
まぁ、そのおかげで、シャルにも会えたけどね。
後から聞いたら、戦闘音がずっと続いていたから心配で心配で仕方なかったそうだ。
申し訳無い。
しかも、レト達と騎士団総出で一斉突入までして探してくれていたとか聞いたら、もう本当に申し訳ない。
オレ、ジャッキーにも謝るべきかも知れない。
これで、ガンレム討伐出来てなかったら、目も当てられなかったね。
「…は?討伐したのか?」
「えっ?…あ、うん。意外と脆かった」
「………は?」
って、伝えたら、ゲイルに呆然とされちゃった。
それだけじゃなくて、そのまま崩れ落ちちゃった。
あ、れ?
「アンタ、ちょっと常識を学びなおして来たら?」
「……あ、そうだったね。ゴメンよ」
そういえば、そうだったね。
さっきも、そうやってシャルに怒られたばっかりだったけど、パイナップルの衝撃で立ち直ってなかったからあんまり聞いてなかったよ。
あれだな?
しばらく、パイナップル禁止令は解除されないな。
別にパイナップルの件は大してオレが悪い訳じゃないのに、なんでか申し訳なくなってしまった。
とりあえず、ゴメンなさい。
***
シャルちゃんはツンデレ街道をひた走ってくれるのかな?
なんか、キレキャラとして定着してしまいそうな怖い予感がひしひしと…。
でも、キレキャラじゃないんですよ?
ツンデレとして書いたつもりだったのですが、作者が書いてしまった結果、ツンツンツン…デレ的なキャラになってますけど…。
文才、降ってこないかな?
むしろ、どこかに落ちてないかな?
そして、ゲイル氏はこの後思い出したように、銀次先生からの回し蹴りを食らいます。
先生はやると言ったら、やる男ですから(笑)
誤字脱字乱文等失礼致します。




