3時間目 「研修~強制的過ぎる押し付けは、何事も唐突に~」
2015年8月28日初投稿。
出来上がり次第、随時アップしていきます。
主人公とエマはその後、どうなったのでしょうか(笑)
※作中に一部加筆修正。
(改稿しました)
***
『はっ?』
と、思わず聞き返してしまったオレは、悪くないと思う。
オレの目の前には、苦々しい顔をしたままの騎士、ジェイコブ。
そして、同じく騎士のメイソン。
こっちも苦々しい顔をしているのは、一体全体どういう状況なのか。
彼等は、オレ達を連行した騎士団の隊長格。
むしろ、団長というべき立場の人間達だったらしい。
騎士団にはそれぞれ、『○○騎士団』という呼び名が付けられていて、その騎士団には必ず団長と副団長がいるらしい。
序列はその騎士団によって違い、下から茶系、青系、緑系、黄系、赤系、白系と言った形で、色分けされているようだ。
茶系は庶民上がり、青系は貴族と庶民の混合、緑系からはほとんどが貴族という、社会階級も実装されている。
色によってその騎士団の階級も見分けられるし、名乗ることで相応の立場である事も証明になる。
ちなみに、魔法の元素だかなんだかがあって、それがそのまま序列に反映しているらしい。
やっぱり、この異世界は魔法が使える吃驚人間ショー。
とはいえ、この2人。
実は、騎士団実働部隊のツートップだった。
ちなみに青系の騎士団のツートップ。
そんな2人も、例に漏れずに貴族の坊ちゃんだという。
どちらかと言うと、庶民派だと言う事で、オレの想像通りの貴族ではなかったものの。
ほら、ワイングラス片手に高飛車そうな猫を撫でつつ、高笑いしている感じ。
それが、オレの想像上での貴族だ。
悪かったな、想像力が乏しくてよ
こほん。
それはともかく、この二人は実はお偉いさんの一部だった。
二人揃って貴族の坊ちゃんで、なおかつ騎士団では団長と副団長という立場。
そんな彼等が、何故ここにいるのか。
それは、数分前に彼等から発された説明。
その説明とは別に、もう一つの用件もあったから。
『謁見?』
もう一度聞き返して、オレは2人の様子を眺めた。
どこか、対照的な2人。
ジェイコブは若干、申し訳無さそうに。
代わりにメイソンは、ふてぶてしい様子で、オレを見ていた。
実に対照的だ。
ついでに、立ち姿もはっきり分かれている。
仲が悪いという最初の段階での予想は、やはり外れてはいなかったようだ。
オレも元々の仕事柄、最初の印象を大事にしているからね。
って、また話が逸れたな。
苦々しげな表情だけは一緒の2人に、
『誰に?』
オレは、至極当然な答えを返した。
『このダドルアード王国が、国王『ウィリアムス・N・インディンガス』様からのお達しだ。
直接、貴殿等に面会したいと申し出られている』
何それ?
冗談だったら面白いのに。
オレ、裏稼業の人間の時から、国王なんて一度もお目にかかった事無いけど?
『…それ、必要?』
と、これまた至極当然な返答を返す。
『貴殿等の今後も掛かっているかもしれん』
それに対し、ジェイコブは真面目な顔で答えてくれた。
ジェイコブに反して、メイソンの表情は、段々と険しいものへと変わっていく。
本当に、お前等正反対だよね。
しかし、あれだわ。
こいつ等が、面会と称して部屋に来た時もそうだけど、面倒事の予感はしていたんだ。
厄介な事に変わりは無かった。
もう、これまで以上に最上級の面倒事。
先程も言ったかもしれないが、オレもさすがに国王様との謁見はした事は無い。
礼節なんて英国でちょっとだけ齧った程度だし、そもそももう覚えてない。
暗殺で謁見した事はあるけど。
国王じゃなくて、とある海外の宰相だったけど。
そんな漫画みたいな依頼が本当にあるんだな、とあの時は思っていた。
あらまぁ、またしても話が逸れた。
ってか、脱線した勢いで、このまま言ってしまおう。
『…とりあえず、飯食って良い?』
『勿論だ。食べながら聞いて良いと言ったのは私だからな…』
オレ、今からご飯なの。
それも、通算4日ぶりとなる、この世界で初めての食事。
と、まったく関係のない話を振って、一度会話を途切れさせる。
面倒なんだもの。
先に、飯食ってから、頭がちゃんと働いてからでも良いだろう?
それにしても、
「(……ジェイコブは、貴族の坊ちゃんにしては気遣いが出来てるな…。
実際、オレの解放を掛けあってくれたのは、コイツだし…)」
食事を取りながら、なんとはなしに目の前の2人を眺める。
ジェイコブは、どこか気遣わしげだ。
オレの食べている物がそもそも問題なのかもしれないけど、それだけじゃない気がするのは気のせいだろうか。
貴族に対して、間違った先入観があるのは認める。
ただ、ジェイコブはそれに当てはまらないようだ。
貴族にしては気遣いも出来るし、気が効くようで食事の手配をしてくれていたのも、実は彼だった。
実際、生徒達の食事や寝る場所なんかも、オレが倒れた後に手配したりしてくれていたらしい。
対照的に、
「(…こっちは、いかにも貴族って感じだなぁ。
言動には品が無いどころの騒ぎじゃないけど、この態度を見ている限りで言うなら、随分と高慢ちきな家で育ってると予想出来るし、)」
メイソンの方は、機嫌が限りなく悪そうだ。
今も、オレの言葉の一つ一つ、行動の細部に至るまで眉を寄せている。
無理も無いか。
大方、オレへの不信感がぬぐえていないだけだろうし、オレ達があの森にいた理由もまだ詳しくは分かっていない。
………まぁ、それだけじゃないような気は、しているけどね。
口に含んだままだったスプーンを、もう一度皿へとダイブさせる。
『……ちなみに、それは何なのだ?』
『リゾット?』
『……何故、疑問形で?…というか、野菜や肉も入っていないようだし、色も無いから、味が付いていないように見えるのだが、』
『具も味も付けて貰って無いし』
『……なんで、そんなものを頼んだのだ?』
と、驚かれてしまったり、呆れられたりしてしまったけども。
オレが今食べているのは、リゾットだ。
それも、具も味付けもされていない、水で煮立たせただけのリゾット。
まぁ、要はお粥だ。
病気の時は、お粥に限る。
いや、別に病気という訳では無かったけど、何も入っていなかった胃の事を考えて、頼んだだけ。
『異世界の客人は、具も味も無いリゾットしか食った事がないのか』
『………』
メイソンには、馬鹿にされたような言われ方をされてしまった。
やっぱ、コイツ嫌い。
『病人食だから、普通の人は食べないさ』
『病人に、味の無いものを食わせて、元気になるものか』
うん、やっぱりこいつ嫌い。
もう良いや。
「銀次、水いる?」
「あ、うん」
と、ここで、オレの前には甲斐甲斐しく差し出された水の入ったコップ。
目線を上げれば、若干顔を赤らめたままのエマが、水差しを持って立っていた。
何故、顔が赤いのかは割愛する。
「何だよ?」
「いや?ありがと」
「…べ、別に、ウチが飲みたかったついでだし、」
そして、彼女は安定のツンデレである。
メイソンとのやり取りでささくれ立った内心が、癒されたのが分かる。
水を飲んで、一息。
残り少ないリゾットをスプーンで一掬い、そのまま御馳走様と。
食事を終ったと見るや、早速姿勢を正したジェイコブ。
メイソンは相変わらず不遜な態度で、肘を付いていたが、もうコイツは放っておこう。
お題名目が、謝罪で来た筈なのにねぇ。
***
さて、食事も終えて、エマからの水も飲んで一息吐いた。
オレは、中断していた会話に戻る為に、椅子に座りなおす。
『さて、改めてだが、先ほど言った通り、我等騎士団の活動は分かっていただいたと思う。
貴殿等を連行するのも、ひとつの我等の仕事だったのだ』
『まぁ、それに関しては、仕方なかったとしか言わないけどね…』
説明を受けたのは、三つ。
ひとつは、彼等騎士団の活動内容について。
騎士団とは、現代の警察や自衛隊と一緒で、国家の安全を保証する為のいわば軍隊と考えて良い。
そして、彼等はその騎士団の、序列は下から数えた方が早いとは言え、団長と副団長だった訳で、当然その軍隊の中での仕事を行わなければならない。
その一環が、城壁の外の警邏だった。
二つ目に受けた説明は、この世界の情勢。
浅沼の言っていた通り、この世界には魔物や魔族と言った人間や動物とは別の外敵がいるらしい。
警邏というのは、何も人間相手に行っている訳では無い。
魔物に対する防衛にも、騎士団が携わっている。
だが、滅多なことでは魔物は、城壁内には現れない。
せいぜいが、飼い慣らされたペットか、密輸で入ってきた魔物が逃げ出す程度だという事だ。
魔物や魔族の生息域は、城壁の外。
そして、彼等が団長と副団長を務める騎士団は、その魔物に対する防衛の実働部隊も兼ねているらしい。
城壁の周辺は勿論のこと、北に続く街道や、オレ達の校舎が転移してしまった西の森だって、その警邏の範囲に入っていた。
そこで、発見したのがオレ達の校舎であり、中には人の気配がある。
見た事も無いし、聞いた事も無い城のような校舎の全貌を見て、いぶかしんだ彼等はすぐに部隊を収集し、オレ達の校舎への襲撃を試みた。
三つ目は、オレ達を襲った理由。
そして、拘束をして、連行した理由だ。
国家を形成している領土内に、突然異様な外観をした城を建ててしまった。
ついでに言うなら、最初にコンタクトをしたのは、言葉の分からない生徒達だった。
格好も奇異なものばかりで、顔立ちも異国人だった事から、魔族とやらの一種か何かと勘違いしたそうだ。
随分、あらぬ疑いを掛けてくださったことで。
しかも、このご時世、厄介な問題が多々起きているらしい。
それも、世界滅亡クラスの厄介事。
詳しくは聞いていないので、オレも分からない。
オレ達が突然校舎ごと現れたのも、その前触れか何かだと勘違いしてしまったのが、そもそもの要因となっていたようだ。
それは確かに、一理ある。
オレも、気持ちは分かる。
しかし、それを差し引いても、いきなり襲ってくる事は無いだろう。
一度は、重症者まで出ている。
挙句、オレは冤罪で拷問まで受けた。
はいそうですか、と笑う事は出来ない。
オレの内心が伝わった訳では無いだろうが、ジェイコブは文字通り眉根を寄せて真摯な謝罪を見せていた。
『申し訳ないことをしてしまったとは思っている。
任務の一環であったとはいえ、非力な少年少女を無用に拘束し、あまつさえ貴殿には冤罪で拷問などという、不条理な結果を齎してしまった』
『……まぁ、それも解放して貰ったから、まだ良いけどね?』
終わった事だと言えばそれまでだ。
ちなみに、オレは2日間も昏倒していたらしい。
3日間拷問を受けて、2日で回復したって事は、あまり体は鈍っていなかったようだが、それでも、この世界に来てからの5日感を無為に過ごしてしまった事になる。
2日もあれば、少しは情報収集も出来たかもしれないのに、なんだか勿体ない事をした気分だ。
まぁ、3日分邪魔をされていた睡眠がとれたのは良かったのかもしれないけど。
解放して貰ったから、はい、水に流しましょう?なんて事は出来ないが、少なくともきちんと謝罪をしてくれるなら、まだ溜飲も下がる。
だが、面倒なのは、これからだ
『…それで、その崇高な騎士団を率いている筈の国王様が、オレ達になんで面会したいって?』
言葉の通り。
この国、ダドルアードだか何だかの国王が、オレ達に謁見を申し出ているとかいないとか。
『本来なら、正式に貴殿等には謝罪をしなければならないのだろう。
だが、こう…分かってくれるとありがたいのだが、』
『一言で言うと、面倒くさい体裁があるから、形だけは謁見って事にして謝罪だけをさせろって事か?』
『…歯に衣着せぬ物言いだが、その通りだ』
歯に衣着せぬ、とはよく言ったものだ。
確かにオレも言い方は悪かったが、彼等の言い分はまかり間違っても人間としては間違った対応だ。
謝っていないのと一緒だもの。
体裁を気にしているっていうのは、どこに対してかは知らない。
ただ、謝罪をするなら、そう言った部分をかなぐり捨ててでも真摯にしなくちゃいけないものだと思っているのは、オレが日本人だからだろうか?
まぁ、形だけの謝罪会見なんてのは、日本でも何度も見たけど。
少しは、機嫌を悪くしても罰は当たらないだろう。
こっちは、被害者。
それに、
『……お前等には、似合いの処遇よ』
『これ、メイソン!彼等を愚弄する事はするなと、国王からのお達しを忘れたか!』
メイソンのこの態度も問題だと思っている。
コイツら、一応は謝罪の為に、この部屋に訪れている。
最初の印象がお互いに悪かった事もあって仕方ないとは言え、謝罪する態度では無いだろう。
おかげで、オレの眉間の皺も少し深くなっている。
無表情なので、そこまで変わらないだろうが、実際は結構苛立っている。
『解放された翌日には、娼婦と寝ていた男だぞ!謝罪する気も失せるわ!』
『言葉を慎めメイソン!それに、彼女は娼婦では無い!彼の生徒だ!』
メイソンの、この言葉にである。
彼は、エマを最初から最後まで、娼婦としか呼ばない。
彼女を、人間以下だと蔑んでいる目が、オレにとっては気に食わなかった。
***
きっかけは些細なものだ。
それは、隣に座っている、顔を真っ赤にしているエマに起因する。
顔が赤いのは、仕方ないことだ。
先程まで、オレ達はほぼ裸で抱き合っていたのだから。
そして、その姿をこの2人に見られてしまっているのだから。
エマのサプライズによって、男としては嬉しい目覚めをしたオレ。
まさか、ナマチチに包まれて目覚める事になるとは、二日前の解放時には思ってもみなかった。
エマがオレと同じベッドで寝ていた。
知らない間に、下着姿で潜り込んでいたのである。
これに関しては、ちょっと元裏社会人としては立つ瀬が無い。
エマの布団への侵入すら気付かなかったのだ。
そろそろ、怠けきった生活習慣を正す為にも、鍛え直すしかないだろう。
ただ、彼女のパイ乙、マジでご馳走様でした。
それ口に出したら、また鳩尾に拳をいただくから言わないけど。
今さっき食ったリゾット、出てきちゃう。
別に、メイクラブをした訳では無い。
ただただ布団と肉布団に包まれていただけだ。
おかげで、少し欲求不満気味だが仕方ない。
そして、彼女がそんな行動に出ていた理由。
それは、どうやらオレのせいだったらしい。
オレ自身、記憶は無いが、低体温に加えて風邪を引き、更には夢見の悪さも合わさって、悪寒による震えが酷かったようだ。
見兼ねたエマが、半裸で抱き締めようとしてくれるぐらいには。
「…む、昔…誰かに、聞いたの…!雪山とか、低体温症の時に、するとか…」
と、しどろもどろに説明してくれたのは、そう言った内容で。
うん、理解した。
理解はしたけど、納得が出来るかどうかは別ながら。
彼女が行ったのは、雪山や寒冷地などでのビバークの際、体温の低下を抑える為に行なう措置だ。
ただし、それは寝袋の中で裸で抱き合うというもの。
布団が有る場所で、なおかつ家屋の中で行う必要は無い。
そもそも、誰からそんな方法を聞いたのか、定かでは無いものの、
「…次は、寝袋で頼むよ」
「ば、馬鹿っ!馬鹿銀次!このエロ教師ぃいいいい!!」
出来れば、次は寝袋の中で頼みたい。
ただ布団に入っているだけなら、ただの同衾と一緒だから。
という、オレの一言は余計だったのだろう。
彼女からは、手痛い一発を食らった。
しかも、腹に。
コイツに、平手という概念は無いのか?
彼女の強かなボディーブローに、少し出自を疑った。
地味に鳩尾にロックオンしていたぞ?
まぁ、なんとか回避して鳩尾は外したが、正しい方法を親切心で教えてやっただけなのに、何故拳を食らう破目になるのか。
別に、エロイ事を考えての事ではないと、強く断言してくれる。
エロ教師という不名誉な称号と、ボディブロー潔く返還させてもらいたい。
……ただ、まぁ、なんだ?
オレも満更でもない、というのは否定は出来なかった。
エマは、可愛い。
いつもは仏頂面でも、ここぞという時の笑顔とか、女性としても可愛い。
牢屋での励ましの声とか、名前を呼ばれたりとか、生徒としても可愛いと思っている。
コードネームとはいえ、名前も呼んでもらえて、ご褒美と思っても罰は当たるまい。
更には、オレの体調の変化に、無我夢中で対応し、まさか布団の中で抱き締めてくれるとは夢にも思って無かった。
生の肌を少しでも堪能出来たのは、まだまだ若いオレとしては嫌な気分になる筈もない。
だから、色々な意味で御馳走様、という感じ。
ありがとうございました。
***
しかし、そんな御馳走様、という感じの教師と生徒の心温まる内容。
その内容も、彼等からしてみれば、下種の極みだったらしい。
いや、またしても、冤罪だけどね?
曰く、オレ達は、所謂男女の仲。
エマの事を、メイソンは娼婦と呼んで、オレの事はその娼婦を侍らせた、汚らわしい背教者だと。
おかげで、和やかなムードは即座に瓦解した。
確かに、そう見えたかもしれない。
エマは、オレのベッドに潜り込んでいた挙句下着姿だったので、事後に見えても、まぁ弁解が通るかどうかは受け取り方次第。。
そんなエマは、見事な程の金色の髪に、この時代では滅多にお目に掛かれないだろう豊満なボディ。
容姿も整っていて、いつもの服装さえ無ければ今頃モデルでも、女優でもなんでもなれたかもしれない。
確かに、女日照りの騎士達から見れば、邪推してそう見えても仕方ないかもしれない。
だが、それもやはり冤罪だ。
オレを助けようとしてくれたエマの、その心遣いまでもを『娼婦』と呼んで、この男は踏みにじっている。
エマには、内容はほとんど分かっていないようながら、
『同じ事よ!生徒を娼婦として侍らしているだけだ、この男は!
こんな汚らわしい男に、オレ達が何故謝罪しなければならない!』
『いい加減にしろ!メイソン!』
今も怒鳴りあっている、男2人。
見苦しいったら、ありゃしない。
これが実働部隊のツートップだというのだから、この国の騎士団も随分と高尚なものだ。
勿論、皮肉を大いに含んだ上で言っている。
まぁ、序列が低いと自分達で言ってたから、それでも良いのかもしれないけど。
呆れ交じりに、溜め息を零した。
しかし、ふとそこで、横合いからのアポイントメント。
肩をちょんちょんと突かれて、思わず和んでしまったのは本人には内緒だ。
「なんて言ってるの?」
彼女の視線は、どこか不安げだ。
不満げでは無く、不安げ。
大方、昨日までの牢屋への監禁がまだ、彼女の中では癒えない傷となっているのだろう。
斯く言うオレも、実はまだ少し懸念が消えていない。
だから、今更謝罪も何も無いんだけど、むしろ、早く城から解放して貰って、お暇させて貰いたいのが本音。
こんな騎士団のいる城の中にいたら、いつまた牢屋に連行されるか、分かったもんじゃないから。
まぁ、そんなオレも杞憂はさておき。
エマの髪を撫でて、苦笑を零しておく。
安心しろ。
無理とは思っているが、それでもお前達を守る事を放棄するつもりはない。
また牢屋へ直行となったら、今度は隠し持っているマガジンを暴発させてでも騎士達を足止めしてやるから。
「ねぇ、ちょっと…!」
「あ?ああ、すまん」
って、彼女の眼を見たまま、返答を返すのを忘れていた。
我ながら、自分で考えておいて背筋がひんやりする事を思っていたものだが…。
ええっと、それで何だっけ?
「オレ達に、謝罪をするかしないかで、怒鳴りあってる」
「なにそれ!!」
彼女の質問への答えを言った途端、今度は、エマが怒鳴り声を上げた。
耳が痛い。
声量的な意味でだ。
おかげで、怒鳴り合っていた騎士の2人は黙り、部屋は静かになったものの、
「人間として間違った事したのに、謝罪も出来ないの!?」
荒げた声を、ジェイコブとメイソンへとぶ付けるエマ。
どうどう、落ち着け。
手で制すると、眉を吊り上げたままでエマは黙った。
それに対し、
『フン、娼婦風情が!…誰に声を張り上げたのか分かっているのだろうな?』
『メイソン!』
メイソンは、最初こそ鼻白んでいたものだが、次の瞬間にはオレを吊るし上げた時にも見せた嗜虐性に満ちた表情を見せて、エマを睥睨していた。
それを見て、彼女は怒りに滲んだ、それでいて泣きそうな顔となった。
彼女も彼女で、昔のトラウマから、男からの視線にはまだ慣れていないだろうからな。
それに、もしかしたら、単語から意味を理解したかもしれない。
娼婦って、以外と日本でもスラングとして知られているし。
更に言えば、メイソンの眼の奥には明らかに、侮蔑と、嘲笑、そして色欲を含んでいた。
エマの事を、そんな目で見ないでほしい。
むしろ、こっちを向くなと言ってやりたい。
それを、ぐっと堪え、
『…いつまで怒鳴り合ってるつもりだ?
何をしに来たのは、いい加減はっきりして欲しいんだが?』
努めて、冷静な声で答える。
テーブルに置いた手が、若干震えているのは、案外、オレもまだ冷静には成りきれていない証拠だろうか。
『フン。また、牢屋に繋がれたいなら、素直にそう言えば良いものを、』
メイソンは、オレ達に有効だと思える脅し文句を口から発した。
良いのか、それ?
謝罪に来たのか、脅迫に来たのかどっちなの?
『もう良い、メイソン!少し黙れ!この件は、兄君にも報告するからな!』
『チッ…』
だが、オレが対応する前に、嘲るような顔をしていたメイソンを、ジェイコブが一際大きな声で制止。
盛大な舌打ちを落とし、メイソンはやっと黙った。
どうやらこの男は、兄が怖いらしい。
そんな兄君とやらを引き合いに出したジェイコブは、改めてオレ達へと向き直り、
『…同僚が、すまなかった。そこのお嬢さんにも、謝っておいてくれ』
そう言って、再度頭を下げた。
その姿勢は、真摯に見える。
そう見えるだけなのかもしれないが、少なくとも彼が背負っている哀愁のようなものは、社会の荒波に揉まれて疲れ切ったサラリーマンを思わせるものがある。
……ご愁傷様。
彼のこの姿を見ているだけなら、まだ許してやろうとは思えるんだけどなぁ。
………いや。
やっぱり、許さない。
『生徒を侮辱されて黙っていられると思うな。
即刻、謝罪と取り下げを要求する。
金輪際、その汚らわしい言葉を使わないと約束させないと、オレはこの場で貴様等を殺す事も厭わない』
正直、聞き流す気は無い。
謝っておいてくれ?
オレが彼女に暴言を吐いたわけでも無いのに、何故オレが謝罪をしなければならないのか。
本人に謝罪させろ。
そして、二度と使わせるな。
言外に、全ての意味を込めて言い放った。
『お前等は自分の立場を理解しているのか!?』
それに、反応したのは、もう予想通り。
メイソンが、机に手を叩きつけて立ち上がった。
ただ、オレには安い脅しにしか見えない。
『理解しているぞ?これから、王様に謁見も可能だ。
貴様等の無能っぷりはしっかりと伝えてやるから安心しろ』
これから控えているのは、間違いなく国王からの謝罪だ。
謁見という形を取ったとしても、中身が変わる訳ではないだろう。
多少、大きく出ても罰は当たらないだろう。
むしろ、謝罪を受けているのに、立場を弁えろとはどの口が言っているのか。
そもそも、オレ達は確かに怪しい格好はしていたが色々な意味で被害者だ。
訳も分からずに異世界に飛ばされて、唯一の城である校舎は燃やされた。
冤罪で牢屋に入った挙句に拷問まで受けたのだ。
謝罪は、当たり前。
それに対する弁解も当たり前。
当たり前のことをしていないのに、こっちが妥協する必要はないだろう。
殺されるのが当たり前だと返してくるつもりなら、こちらからも殺しは厭わないと返すまで。
今は、あくまで交渉の段階だが。
『お前が、オレの生徒に何を言ったか、忘れるなよ?
テメェは、豚のケツだと言われたようなものだ。
今ならまだ、真摯に謝罪をしてエマが許してくれさえすれば、引っ込みはつくかもしれんぞ?』
『き、貴様、オレを脅しているつもりか!?』
顔を真っ赤にして、ぶるぶると震えたメイソン。
滑稽な姿である。
それを見て、エマが隣で「もっと言ってやって!」と、オレへ声援を送っているのがまた滑稽だな。
『メイソン!素直に謝れ!これ以上、彼等を怒らせるな!
国王のお達しだと何度言えば…!!』
そんな滑稽な様子のメイソンを、更にジェイコブが叱りつける。
なんか、怒鳴り方が手慣れているのは、もうこの2人の関係が修繕不可能な域であることが伺える。
結局、またしても怒鳴り合いになった2人。
まだまだメイソンに対して、高圧的且つ不遜な態度を取ってやろうと思っていたんだが、ジェイコブが出て来たのだから仕方ない。
多少手ぬるいとは思いながらも、俺は少しばかり黙る事にした。
実際、この2人の存在はありがたい。
こうして磁石のS極N極のように反発しあっているのも良い。
彼等に見えないように、うっそりとほくそ笑んだ。
今回、オレが火に油を注いだ形となった。
でも、それは、実はわざと。
メイソンを激昂させつつ、オレ達への侮辱をその口から引き出させる。
そうすれば、対極であろうジェイコブが、十中八九窘めようとしてくれるだろうから。
今回の王様からの謁見は、オレの思った以上に面倒事を孕んでいるようだ。
どうやら、謝罪や体裁だけの問題だけでは無いのだろう。
まずは、彼等が命ありきだと言う事。
ジェイコブは、国王と言っていたが、おそらく、彼等を送り込んだ大元も国王とやら。
更には、体裁の件を説明するのを渋ったのは、何か相当な裏がある筈。
知られてはいけない理由があると、ほのめかしているようなものだ。
それが、一概に何かとは言えないが、こうして反発しあっている2人の会話を聞く事が出来れば、おのずと理解は及ぶ筈。
情報収集は基本中の基本。
それを、どのような形であっても、拾い上げる技量が試されてくる。
『だいたい、こんな男が『石板の予言の騎士』とは思えんわ!
堕落した背教者だ!『聖王教会』の女神がこんな男を召喚するなど考えも付かんだろうが!!』
『馬鹿を言うなメイソン!これ以上、彼等を侮辱するな!
仮にも、『聖王』の予言なのだ!そ、それに、少女と同衾していた事は、私達の勘違いとも言えるかもしれんだろう!』
お、ジェイコブ正解。
偉いね、お前。
と、そんな事はさておいて。
ほらね?
意外と、大事な情報がぽろっと出て来てくれただろう?
なるほど、どうりで、謝罪にこだわっている訳だ。
オレは『石板の予言の騎士』で、その石板の予言とやらは、『聖王教会』とやらの女神の予言と言う事。
脳内に、インプット。
おかげで、ちょっと体裁に関して分かった気がする。
オレが、その『石板の予言の騎士』だった場合、内容によってはこの王国にとっては大打撃となるのだ。
だって、『予言の騎士』の『騎士』という名が付く時点で、オレ達は何かしらの『戦力』に数えられる。
なのに、その協力が得られなければ、予言そのものにケチが付いてしまう。
ただでさえ、今の時点でのオレ達の心象は、プラスなんてありえない。
いっそ、マイナス方向だ。
そりゃ、校舎を破壊されたり、連行されたり、拷問を受ければ当たり前だろう。
今後の心象の回復は、国の対応そのものに掛かっている。
しかし、それが、回復するよりも前に『聖王教会』の耳に、もしくは国民の耳に入ったら?
実際問題で『聖王教会』やら、国民達がどの程度国家に影響があるかは分からないが、最悪な場合は総スカンを食らう。
宗教には、必ず聖戦が付き纏う。
古代ギリシア然り、キリスト教然りの難しい問題だ。
この時代にも、そんな面倒くさい宗教団体やら信仰宗教があるのだと、予想する。
そして、この国はその『聖王』様を守護神か何かにしていると。
一気に、きな臭くなって来たもんだ。
万が一、宗教同士の諍いに巻き込まれでもしたら、オレでも流石に無傷で乗り切ることは不可能だろう。
いや、既に十分重症なんだけどね。
と、ここでまたしても隣のエマから、可愛いらしいアポイントメント。
「今度は、何を争ってるのよ?」
「オレの堕落っぷりに…曰く、オレは予言の騎士らしいよ?」
「…エロ教師の間違いでしょ?」
今のは、少しグサッと来た。
どうやら、エマはまだ、先ほどのオレの一言を忘れていないようだ。
そんなエマも含めて、可愛いとは思うんだがな。
いかん。
生徒に手を出したら、それこそエロ教師になってしまう。
閑話休題。
『オレはこの男が『石版の予言の騎士』だとは認めぬ!』
『勝手にしろ!これは、私達の一存では無く『聖王教会』、ひいては国王陛下からのお達しだ!
信仰を忘れた貴様が、今後どうなるかは私とて知らぬからな!』
2人の言い争いは、そろそろ佳境に入っている。
メイソンは、今にも腰に佩いた帯剣を抜きかけているし、ジェイコブはジェイコブで既に、彼を擁護する腹積もりは無いらしい。
叩き出せる埃は、あらかた叩けたかもしれない。
これ以上は、いくら叩いても埃と唾だけが舞い散るだけだ。
『もう良い。出て行け。五月蝿い』
と、ここでオレが、ナイフを投げた。
テーブルの上にあった、食器用のナイフだ。
それを、未だに怒鳴り合っていた2人の中間に突き立たせた。
それによって、2人は一斉に黙った。
メイソンは柄を握る手を一層強く握る乾いた音を鳴らしたが、
『これ以上、お前等から聞く話は無ぇよ。…もう、消えてくれ』
その剣が抜かれる事は無かった。
先程も言った通りだ。
これも、あくまで交渉の段階だ、と。
こいつ等を反発させて、情報だけを吸い上げる。
彼等も冷静であれば、まだ少しは周りの状況に気を向ける事が出来たかもしれないが、お生憎様。
それを煽ったのは、オレだ。
今頃、気付いたのだろう。
オレに意識を誘導され、怒りに身を任せて口ばかりを走らせたばかりに、自分達で、秘匿すべき情報を漏洩させた事を。
案の定、絶句した2人の騎士達。
背もたれにふんぞり返って彼等を見下すオレ。
そのオレの尊大な態度を見てか、それともオレの言葉のニュアンスに気付いたのか。
男2人はそれぞれ、態度は正反対ながらもようやく事の重大さを認識したようだ。
片方は、噴慨で真っ赤に。
片方は、絶念に真っ青になっている。
色も対照的ながら、感情も対照的だものだ。
つくづく、正反対の2人に、見ていて飽きないと思うのはオレだけだろうか?
まぁ、それも良し。
『明日は、覚悟しておけよ?…特にメイソン。
テメェには、豚のケツと顔に書いて、この王国の街を一周して、晒し物にでもなってもらうからな』
ただし、楽しませて貰ったとしても、罰は罰。
エマを侮辱した罪は贖って貰おう。
そして、最終的には王国側からの叱責もある種、予想出来るだろう。
彼等の不仲や態度が原因で、情報が漏れてしまった挙句に交渉が決裂するかもしれないのだから。
ジェイコブは頭を抱え、メイソンは閉口した。
様を見ろ、だ。
オレは、そんな2人を見て、久しぶりにすかっとした気分となれた。
***
目の前には、この歳では珍しいだろう若白髪に、真っ赤な眼をした男性。
眼鏡を掛けたその瞳の奥が、猛禽類のように鋭く、剣呑な光を宿しているのはいつものこと。
そして、その男性を挟むようにして置かれているテーブルの上には、数枚の書類。
オレの雇用に関する受領用紙であり、項目にはオレの契約内容が書かれている。
「わざわざ説明する意味は無いかもしれませんが、一応確認の為に読み上げます。よろしいですね」
「会長…オレ、今更になって不安になって来たんですけど…」
「ええ、本当に今更ですね。…ただし、もう異議も取り止めも認められません」
「こんなに書類があるとは思わなかったんです。
それに、いまいち、オレも教師としてやっていけるか不安ですし…、」
内容を聞けば分かる。
オレの仕事に関しての最終説明やらなにやらだ。
最後の書類にまで、サインを書き終えてしまっている現状、既に逃げ場は無いに等しいものの、流石に危険手当やら、死亡手当までを書かされてしまったら、嫌が応でも不安になるものだ。
畜生、上手い話だと思っていたが、結局オレは騙されていたようだ。
ちなみに、この若白髪の男性。
オレが卒業している施設の元締めにして、統括をしている大元の組織の長だ。
つまりは、オレにとっての一番上の上司で、組織にとっては会長というべき立場の人だ。
そんな会長自らが、このような形で面と向かって仕事の概要を説明している。
ちょっとした面接のようなものだ。
こんな人の前に引っ張り出されるなんて事は、間違っても平社員どまりのオレには有り得ない待遇だと思うんだが。
まぁ、これもある種のけじめの一つなのかもしれない。
会長なりの、だ。
オレは、3年前に半死半生で見つかった。
死んだことにされて、家財も資産も、住む家も失って、今では施設の一室を陣取って暮らしていた。
環境の変化は勿論、オレにとってはストレスに他ならない。
体調や負傷した箇所の回復は見込めない。
特に、左腕の麻痺は絶望的で、他にも身体的特徴の変化や色の変異が見られている。
そのうち、気付いたら死んでいたなんて事になる事もあり得るのかもしれない。
命があった事に関しては、素直に喜んでいいと思っている。
ただ、失ったものが多すぎて、何を悲しめば良いのか分かったものでは無い。
家財や仕事も、数少ない友人も。
中でも友人の件は、特に痛手だった。
同僚兼友人のアズマは、海外へ逃亡し、あろうことかオレ達の天敵のようなものであるCIAの引き抜きに応じてしまった。
立派な裏切り行為であり、彼の今後には既に暗雲が立ち込めている。
そのうち、ウチの組織の『最強の狩人』が引導を渡しに行くのだろうが…。
仕事だって、元々褒められたものでは無かったが、裏社会人の一員だった事もあって、今後は身の振り方を気を付けないと消されかねない。
まぁ、どのみち生還出来るとは思ってもいなかったので、処分されても仕方無いと割り切れるし、それに対して漠然とした恐怖はあろうが、絶望する事は無い。
もともと死んでいた命を、今更守る気にはなれそうにない。
それに、いっそ死んだ方がマシだったと、今では思っている。
左腕の麻痺のせいで、日常生活には多少の支障があるのは勿論の事、負わされた外傷だけではなく、心因的外傷も問題だった。
まず、間違いなくオレには、普通の人間らしい振舞いは出来ないだろう。
蛇は苦手になったし、男の癖に男が苦手になったし、そもそも体中に後遺症の爆弾が残ったまま。
病院で血液検査をしようものなら、オレはすぐさま別の研究機関に護送されるだろう。
だって、オレ個人の血液だけで、既にバイオハザードと変わりないから。
閑話休題。
そのうちの遠因。
オレが、この職場以外の組織に狙われた挙句に使い回されそうになった遠因が、少なくともこの会長自身にあったのは確かだったからだ。
まぁ、裏社会人としてなら、恨まれるのも当たり前と言えるけどさぁ。
「私だって、医者をしているんです。
あなたなら、教師でも理事でも、上手い事回せますよ。『ルリ』もあなたの事を一目置いているんですから…」
そんな会長の、聞くだけなら朗らかな声で思考が中断される。
その声音よりも、眼の奥の剣呑な光の方が、如実に今後の展開を示唆しているようなものだ。
「いや、それは『ルリ』の贔屓目なんじゃないですかねぇ?
同じ施設の出身ってよしみと、助け出してくれた手前での、相当オーバーな贔屓目でしょうし、」
「まず、『彼』の会話にのぼることが異常なんです」
「今、異常って言いませんでしたか?」
声音は相変わらず朗らかで、会長は淑やかな所作で珈琲のカップを傾けた。
実はとんでもない甘党だというのは、オレとオレの師匠が秘密裏に入手している事実だが、「S7」と命令していたのはバッチリ聞いてたからな。
「砂糖」が「7杯」って事だよ。
そんな事して、無理して珈琲を飲まなくても良いと思うんだが…。
「無駄な事を考えていませんか?」
「…えっ、いや、うっ、…んと、雇用の件で、不安なものは不安ですから、」
「…君は、相変わらず誤魔化しと、虚勢だけは上手いですねぇ…」
アカン。
これは、彼なりの嫌味と皮肉のブレンドだ。
誤魔化しきれてないから、正直に申告しろと言う事だろうが、言ったらある意味殺されかねない話なので、迂闊に口を開けない。
「まぁ、良いです。さて、書類を読んだなら、もう最終確認もよろしいでしょう?」
「え、ええ…まぁ、」
話を戻そう。
そんな激甘党の会長から下された、直々の司令。
それは、『教職員』と言う、今までの暗殺稼業とは全く別の雇用形態である再就職だった。
てっきり、『医者』か『研究所』送りだと思っていたんだが、
「でも、やっぱり無茶じゃありませんか?」
「君なら、その無茶も可能に出来そうですから。
実際、『ルリ』も言っていましたが、君はここぞという時のアンラック、グッドラックの偏りがとても面白いそうですから、」
「それ、褒められて無いですよね!ってか、それが普通ですよねっ!……アイツは、オレの事をなんだと思って、」
「『彼』が言うには、『死にぞこないのアタッシュケース』だそうですが、」
「人間でも無かった!」
いや、それはおかしいです、会長。
朗らかに言って良いことじゃないです!
事実ですけど!
事実ですけども!
ってか、あの『女男野郎(※自分も人の事は言えないけど)』、そんな事を言っていやがったのか…!
「そろそろ、『ルリ』の話は良いでしょう?
時間が勿体ないので、最終確認は口頭でさせていただきますよ」
ぱんぱん、とソファーの肘掛を叩いた会長が、手早くオレの意識転換を図った。
いや、でも、先に同僚である2個下の青年の話を持ち出したのは会長でしょうが!
口に出しては不満が言える訳も無いが、人を振り回す話題変換に大いに戸惑ってしまう。
もう、昔からこの人はこんな感じだったから、仕方ないとは思うけどね?
ただ、これだけは言わせて欲しい。
おい、同僚様よ。
『死にぞこないのアタッシュケース』って、なんて不名誉なあだ名を付けてくれてんの!?
細菌を詰め込まれた半バイオハザード状態の体で救出された事を言っているなら、いくらなんでも酷過ぎる!
泣きそうになった。
さて、そんな話も更にさておき。
「…無茶ですよね?」
「無茶では無いでしょう?実際に、貴方は既に教師免許を取得していますし、」
話はぐるっと一周して、元の場所に戻る。
オレの再就職の話である。
その契約確認と最終履行の段階だと、頭では分かっている。
分かっているのだが、書類は多種多様に渡り、雇用契約書や保険契約、偽名や偽証箇所満載の、いっそ白々しいまでの偽の履歴書まで書かされた。
そこまでは、まだ分かる。
だが、先ほども言ったかもしれないが、危険手当と死亡手当とは何だろうか?
オレだって、馬鹿では無いんだから、こんなものまで書かされて疑わない訳も無いだろう。
まぁ、会長から発せられている有無を言わさぬ圧迫感のせいで、口を開くのは重苦しいのだが。
あなたは、オレの事を、便利な終身雇用奴隷だと思ってはいませんかねぇ?
と、思わず胡乱気な視線を向けそうになった。
しかし、ふとそこで、
「この仕事は、本来なら『ルリ』が受ける筈の任務だったんです」
オレの内心を読まれたわけでは無いだろうが、ぼそりと会長が呟いた言葉。
思わず、眼を見開いた。
「…彼も教員免許は勿論、医師免許は取得していますから。
けれど、最近になって突然、この話を蹴った。……その実、彼は貴方に仕事を斡旋したつもりなんでしょう」
洩らされた事実。
それは、オレを驚かせるのにも、迷いを吹き飛ばすにも十分だった。
「年齢的には、彼よりも君の方がこの任務にはお誂え向きでしたし、そもそも彼の戦力をこのような長期任務に裂く余力は、残念ながら現在の組織にはありません。
…今回の任務の結果次第では、貴方にも別枠の仕事を斡旋できるかもしれません。
その可能性を示唆した上で、彼は貴方を指名したようです」
そう言って、会長は珍しく微笑んだ。
眼が笑っていないなんていう芸当を見せる会長が珍しく、眼すらも含めて微笑んだのである。
すとん、と肩の力が抜けた。
脳裏に、生まれ付きの銀色の髪を靡かせた青年の姿が浮かぶ。
まるでフランス人形のような顔立ちの癖に、男としての矜持は一人前な暴力人間。
そんな彼には、オレが化学薬品や細菌の中和の影響で、髪や眼の色が変質してしまった事を、何故か我が事のように心配していた。
オレも鏡を見る度に違和感だらけの自分の姿に、心がすり減らされたものだったが、彼のその絶妙に隠せていない心配そうな視線を受ける度に奮起出来た。
「どうだ、お揃いだぞ!」と開き直ってやった時の事は忘れない。
目の前でふんぞり返ってやった。
そして、渾身の力で殴られた。
病人を、しかも渾身の力で殴るとはなんて奴だ。
あの時は、一瞬であっても殺意が湧いた。
だが、それも、彼にとっては照れ隠しの一環だった。
彼が顔を背けた瞬間に、酷く泣きそうな、それでいて嬉しそうな顔をしていたのは今でも覚えている。
思った以上に、不器用な少年だった。
良くも悪くも、素直になれない、オレと似たような性格をした、彼なりの気遣い。
思わず、苦笑を洩らしてしまった。
あの少年らしい、不器用ながらも分かりやすい、気回しの仕方だった。
「お人好し過ぎるでしょう…」
「ええ、その通りですね」
「それを、受領した会長も会長だと思いますけど、」
そう言えば、彼も同じように苦笑を零した。
昔から、この人はこういう人だったから、オレもまだこの組織から本当の意味で逃げ出したいとは思えないんだ。
だが、しかし。
「…ふっ、それを言うのは、貴方と『秀峰』だけでしょうけどね、」
と、彼がにやりと、いやらしい笑みを浮かべた瞬間だった。
『秀峰』。
オレは、その名前に強制的にシャットダウンをせざるを得なかった。
強制シャットダウンついでに、マナーモードも発動する。
どういう意味なのか。
それは、オレの体がぶるぶるがくがくと震えて、無様に頭を抱えるしか無くなっているからだ。
『秀峰』とは、オレの師匠の名前だ。
この組織においても、『最凶』と言う称号を不動のものにしている、最強であり最凶の暗殺者だった。
脳裏に過るのは、処理し切れなかった情報達。
辛く苦しかった修行の日々と、その他諸々の諸事情を思い出してしまう。
その中身は割愛させてほしい。
更に、今の自分の有様を見て、彼に何を言われるかと考えるだけで怖い。
左腕の麻痺やら何やら、その他をひっくるめて『気合いで直せ!!|(どどーん!!)』と、言われてしまいそうだ。
もう未来永劫会う事は無いと分かっているのに、恐怖心はまったく取り除かれてはくれなかった。
恐怖に打ち震えるしかないオレの体が、元に戻るまでは数時間を要した。
「あの男は、死んでまでもトラウマの対象になるんですから、面白いものです…」
という、会長からの言葉もオレには聞こえていなかった。
残念なことに、
「……『ルリ』と同じで、私も君には期待しているんですからね、」
という一言も、オレには聞こえていなかった。
そして、結局、気付けば、最終履行は終わっていた。
おい、会長。
正常な判断が出来ない人間相手に、最終的な契約を結ばせるってどうなんですか?
逃げられるとは思って無かったけど!
でも、せめて最終確認ぐらいは、させてくれたって良かったじゃないですかぁ!!
***
「ちょ…んせい、ちょっと、先生!?聞いてる!?」
「ん、あ?」
ふと、眼が覚めた。
というか、どこか意識がぼーっとしていたようだ。
おかげで、懐かしい情景を思い出していた気がする。
「…ほら、皆集まったよ!!」
そう言って、オレを揺さぶっていたのは、エマだった。
金色の髪が、どこか視界の中では眩しく映る。
天然の金髪って、やっぱり良いよなぁ。
って、現実逃避をしている場合では無かった。
『先生!!』
元気そうな声や、心配そうな声、涙混じりな声が合わさって、結構なボリュームだった。
起きがけの頭でふらふらしていたので、耳にキンキンと響く。
「あ、おう、お前等…元気だったようで、」
「先生こそ!」
「ってか、大丈夫?」
「まだ、ふらふらしてない?」
大して身分は高く無かった筈なのに、随分と広い客間を休養の為に貸し与えられてから数時間。
その部屋で、やっと生徒達全員が集合する事が出来た。
全員が、オレにとっては約2日ぶりだ。
オレはまたしても、生徒達を差し置いて一番最後まで寝ていたらしいから。
激しく不本意である。
そんなオレの不本意な内心はさておき、誰一人欠ける事無く集まることが出来たのは、なんにせよ僥倖である。
まだ、眼の下の隈が取れていなかったり、若干顔色が悪い生徒も多々いるが、元気そうではある。
精神面がどうかは分からないが、少なくとも体調を崩している生徒はいないようだ。
結局、オレが一番の重症者となった訳だ。
これも不本意ながら、致し方あるまい。
「先生大丈夫?どこも痛くない?」
「もう起き上がっても良いの?」
女子組の伊野田とソフィアからは、早速心配する声が上がる。
エマもそうだったが、ここ数日で自棄に愛されたものだ。
「…先生が、無事で良かった、…」
「ううっ、先生」
「よがっだ…よがっだよぉ…!」
榊原、徳川、浅沼はまだ大号泣しているのか、ベッドの傍で立ち尽くしていた。
いつも飄々としていた榊原までとは珍しい。
「…どうなるかと思ったけどな」
「終わった事だし、無事なのは良いことダヨ」
「死んだと思ったがな…」
「…オレもだ…」
苦笑を零した、常盤兄弟。
それに続いて、永曽根と香神が苦い顔をしている。
だが、
「何してんの、お前…」
「(…お気になさらず)」
残る一人であった間宮は、何故かオレに傅いていた。
いや、何してんの?気になっちゃうに決まってるじゃん。
ってか、お前、まさかその格好は、忠誠を誓ったとかじゃないだろうな…。
切実にやめてくれ。
じゃないと、変な噂が立つから。
ただでさえ、オレの称号は今、エロ教師だし、メイソンには種馬扱いされてるんだから。
閑話休題。
「…なにはともあれ、皆無事で良かった」
「一番の重症者が良く言うよ!」
『冷や冷やさせてくれちゃってねぇ~』
「そりゃ悪かったな」
オレが口を開いた途端に、榊原の的確な突っ込みと双子姉妹の嫌味なシンクロが返された。
それに対して、返す言葉もございません。
オレ以外はピンピンとしていることに再三の情けなさを感じる。
けど、オレだけが重症だったおかげで、生徒達が無事だったんだから恨み事は言うまい。
名誉の負傷だ。
まずは、再会を喜ぼう。
命があっただけでも、嬉しいことだというのは身をもって知っているから。
そこで、オレは生徒達を改めて見まわして、
「じゃあ、早速だけど、連絡事項だけを伝えたいんだが、」
『ここでも授業すんのかよ!!』
「先生、馬鹿なの?」
「平然とし過ぎて、いっそ可笑しいんじゃないのか?」
「(……こくこく)」
連絡事項を伝えようとしたら、何故か怒られた。
あんれぇ?
「先生、生死の境を彷徨った後だって分かってる!?」
「落ち着き過ぎ!」
「オレ達がどれだけ心配したと思ってんだ!?」
「ほ~う、それはすまなかった」
『心が篭もってない!!』
生徒達には口々に怒りの声をいただき、最終的には怒声の大合唱をいただいた。
いや、でも見ての通りだし。
起き上がれるぐらいには回復してるし、さっきはご飯も食べた。
ついでに、面会に来た騎士2人の会話を、話術で誘導して情報を聞き出すなんて心理戦も出来たから、もうほとんど回復しているようなもんなんだけどなぁ。
まぁ、心配する気持ちが分からないでもない。
生徒達は、オレのように特殊な職歴を持っている訳では無いしな。
苦笑を零して、大人しく生徒達の怒声を聞く。
彼等の怒り狂う様相を見ていると、特になんともない筈なのに胸がざわざわしてくるのは何故だろう。
きっと、あの牢屋の中での、生徒達から叱責や、初めて自覚できた信頼感を思い出すからだと思う。
あの時まで、オレも生徒達もどこか、一線を引いていたような気がする。
学校で知り合っただけの、クラスメート。
もしくは、その学校の教師。
打ち解けていた生徒も勿論、打ち解けていなかった生徒もいたのに、それがこの異世界に来てからは、ほとんど垣根が見つけられなくなっている。
……まだ、涙線が緩んでいる気がする。
おかげで、眼の前が少し歪んできたが、
「じゃあ、先に出席取ってからにしようか」
『だから、そう言う意味じゃない!!』
誤魔化す為に、空気を和ませる。
まぁ、オレの和ませ方ってだけで、生徒達が和んだかどうかは分からないけど。
***
連絡事項とは、主にこの世界の情勢や、常識だ。
ついでに、国王への謁見の申し出についても、話しておかねばならないだろう。
あ?出席?
勿論取ったけど?
それぞれ、皮肉やら文句やら、拳やら、労いやら感謝やらを伝えられたから、返事は一つも返ってこなかったけどな。
……拳は、女子の一人であると明記しておこう。
平手の概念がない、彼女である。
こほん。
そんなことより、
「まず一つ目の連絡は、今いるこの世界の事だ」
そう言って、オレはジェイコブからの説明を搔い摘んで、生徒達にも伝えた。
今いる国は『ダドルアード王国』であり、大陸の地図上では南に位置する王権国家である事。
オレの予想通り、城のすぐ後ろが海となっている、所謂南国のリゾート地だ。
やや大きめの商業都市であり、名産は海産物と、特殊な染料を用いた布工芸など。
ちなみに、オレ達が見つかった森は、『ダドルアード王国』の西方にある森だそうだ。
「次に、この世界の常識や、現代との差異についてだが、」
ここら辺は、完結に説明しておいた方がいいだろう。
詳しくは後々に回した方が良い。
まず、この世界の通貨は、Dmというらしく、例題を交えて聞いたところによれば、だいたい$《ドル》と同様の貨幣価値。
日本円にして、1Dmがだいたい100円前後らしい。
それから、国家情勢としては、貿易国家なところを持ってきて、あまり芳しくない状況らしい。
苦々しい顔でジェイコブが言っていたのは、それよりも別の意味もあるだろうが、やはりここも詳しくは聞いていないので、まだ分からない。
そして、言語の問題もある。
オレ達がこうして話しているのは、日本語だが、この世界での共用語は英語だ。
それも、随分と格式ばった丁寧な英語なので、オレも少しはやり直さないとならないだろう。
現状で喋れるのは香神だけだし、これは急務だろうな。
「………。」
と、ここで改めて生徒達を見渡すと、全員が自棄に真剣な顔で話を聞いていた。
ああ、なるほど。
生徒達も、気付いたのだろう。
この世界で生き残る為には、この世界の事を知る必要がある事を。
賢明な判断だ。
じゃあ、最後のとっておきを、投下する事にしよう。
「最後に、この王国の国王様との謁見が、急遽明日に決まった」
内心ではウキウキしながら、そう言い放った。
直後、
『はぁあああああああああああああ!!?』
ほぼ、全員から絶叫が上がった。
唯一の例外は間宮だが、彼も彼で驚いているようだ。
「なんで!?」
「国王と謁見とか、それ何!?」
「オレ達が冤罪であった事は、既に判明している。
それに対し、この王国の国王である『ウィリアムス・N・インディンガス』陛下より、謝罪をしたいという申し出があった」
「…嘘でしょ!?」
「生憎と、嘘吐きでは無いな」
そう言って、舌をのべーと出したら、エマとソフィアからダブルパンチをもらった。
文字通りのダブルパンチだ。
というか、エマはさっき一緒に聞いてなかったか?
って、ああそういや、言葉が通じないんだったなぁ。
改めて、あの時の会話の内容を取り留めのない程度に話しておくとしよう。
「まぁ、国にとっては、一般人を連行し、拷問を行ったという不始末は隠蔽しておきたいことだ。
そこで、オレ達の口を封じる為にも、謝罪が必須だと考えた」
「…それって、本当に大丈夫なの?」
かなり簡潔に説明した内容に、不信感を露にした生徒達。
伊野田が代表して口を開いたが、その疑念や不安はある種、オレも分かっている。
口封じと言うのは、具体的に言えば手打ちという意味だ。
禍根を引き摺らせない為に、それで終わりとしましょうという意味を多いに含んでいる。
ありとあらゆる口封じの方法を、オレは知っている。
その中で、謝罪と言うのは、比較的穏健な考えであると言える。
裏を返せば、そうしなければならない理由が、この王国にはあると言う事だ。
勿論、それを全面的に信用できるかと言えばそうでは無いものの、
「…今回ばかりは、本当の事だとオレは思っている。だから、お前達が心配する事は無い」
そう言って、未だに不安そうな表情を向ける伊野田の頭を撫でておく。
生徒達に言った内容は、取り留めの無いことばかり。
この謝罪という行動の表層に隠れた裏の体裁や情勢に関する話は、今はまだ生徒達には話すべきでは無い。
そもそも、オレもあんまり理解してないから。
まぁ、なにはともあれ、
「連絡事項は以上。明日に備えて就寝としよう」
これ以上は、生徒達の頭がパンクするだろうから、これぐらいにしておこう。
改めて、明日には国王様から直々に、色々と説明をされるだろうから、その時にでも頭にまとめて詰め込んでしまいたい。
だが、
「…どこで?」
ここで、新たな問題が発生。
なんと、生徒達の寝る場所が無い。
今までどうしていたんだ?と聞いたら、医務室を急遽貸し出して貰っていたらしい。
それも、オレと合流する為に引き払って来たから、生徒達は寝る場所がないとの事だったが、いくらなんでもそりゃないだろう。
多分、護衛か監視目的の騎士が外にいるから、聞けば答えてくれるとは思うけど?
と言ったら、
「良いじゃん、良いじゃん!ここで、雑魚寝しちゃおう!」
「雑魚寝?」
「先生のベッド広いから、ここで良いし!」
「そうそう!あたし、こっちもーらい!」
「あ、エマずるい!」
あろうことか杉坂姉妹は、この部屋で就寝すると言い出した。
何の抵抗も無く、オレのベッドに飛び込んで来た彼女達。
右にエマ、左にはソフィア。
しかも、伊野田までもが、
「あ、あたしもここで寝たい!」
「んじゃあ、じゃんけんだ!」
いや、じゃんけんで寝る場所を決める前に、もっと大事な事を気付こうよ。
恥じらいを持ちなさい。
お前達は、女の子なんだから、男と同衾するという事実に危機感を覚えた方が良い。
ちょっと冷静に考えれば、異常な行動だと分かるだろうに。
「こら、お前達!ちゃんと寝る場所は用意されてる筈だから、面倒臭がらない!
エマもまたしても、騎士の連中に見られたいのか?」
「あ、馬鹿…ッ!!」
しかし、冷静では無かったのは、オレも一緒だったようだ。
気付いた時には、既に遅い。
オレも案外動揺していたらしい。
大変な失言をしてしまった。
「またしても?」
それを、拾ってしまったのは、誰だったか。
ソフィアだよ。
ああ、彼女だよ。
最悪だ。
全員の眼が、一斉にオレ達2人に注がれる。
「エマと寝たの!?」
「先生と寝たの!?」
オレの注意が、裏目に出てしまったようだ。
見事に揚げ足を取られて、大転倒したようなものだろうか。
エマは真っ赤になり、オレは口を抑える暇もあらばこそ、
「先生、元気ね」
「エマってば、ずるい!」
「先生、性欲あったんだね」
「この状況ではちょっと引くけどな…」
「変態!先生の変態ぃいっ!」
「リア充爆発しろっ!」
「…先生、男としてどうかと思うが…」
「まぁ、先生も男だし?」
「そうそウ、男だもんナ」
「(こくこく…こく?)」
冷え冷えとした視線が、オレに注がれる。
またしても冤罪である。
手を出した訳でもなし、ついでに、オレからのアクションでも無かった筈なのに、気付けばオレは生徒に手を出した変態教師の扱いになっている。
伊野田、涙目はやめろ。
お前のその顔は、地味に応える。
そして、ソフィアの台詞はどうなんだ?
榊原と香神、永曽根の台詞には、本当の意味で傷ついた。
徳川と浅沼は五月蝿いから。
時間を考えろ。
常盤兄弟は味方だな、安心した。
そして、間宮は分かっていないなら、分かっていないで反応しないで良い。
だが、
「ち、違うし!!せ、先生が震えてたから暖めただけだしッ!
だ、だいたい榊原でしょ!?雪山の遭難した時の対処法教えたのっ!!」
「ちょっ…そこで、オレを引き合いに出すの!?
言っておくけど、布団の中でする必要なんて無いからね!?
布団がある場所じゃ遭難なんてしないんだから!!」
「う、うぅうう五月蝿ぁああい!!べ、別に変なことした訳じゃないもん!下着も付けてたもん!」
「しかも、半裸で入ったのぉおおおお!?」
エマの自爆で、更に事態は悪化。
どうして、お前はわざわざ地雷を踏みに行くような真似をしたのか、説明して欲しい。
お願いだから、黙って?
オレの評価がガリガリ削られて、精神的にもガリガリ来てるから。
逃げ道も無くなってるからぁ!
「違う!手も出していないし、オレは何もしていない!確かに、眼福ではあったが、」
「眼福って、」
「黙れ、馬鹿銀次ぃ!!」
冷静を心がけようとした結果、結局不時着した。
言葉のチョイスを間違ったようだ。
おかげで、エマからの称号が、生徒達全員からの称号になってしまった。
遺憾である。
激しく遺憾である。
オレの2日前の威厳は、もはやどこにもない。
頼む、カムバック。
オレの威厳、カムバック。
***
誤字脱字乱文等失礼致します。