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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、特別クエスト編
49/179

40時間目 「特別依頼~ゴーレム討伐~」2

2015年11月2日初投稿。


投稿強化習慣2日目です。

まだまだ続きます、ゴーレム討伐回。

苦戦必須で、以前はキメラ、今回はゴーレム。

ファンタジー世界のモンスターを網羅でもしたいのか、この先生は。


40話目を投稿させていただきます。

早いもので、もう40話目。

そういえば、連載を開始してから2ヶ月が経過してました。


日頃のご愛顧をありがとうございます。

***



 森へと入ってから早2時間。

 実地訓練の為に連れて来た間宮、香神、徳川、永曽根とも、案内役の冒険者パーティーや騎士団の護衛とも逸れてから既に1時間。


 広がるのは、今までどおりの森の様相と、生い茂った藪。


 その薮の間からは、木漏れ日に反射する金属の煌きが覗いている。

 おそらくは、刃物。

 あるいはやじり


 鬼が出るか、蛇が出るか。 


「もう一度言う。出て来い、ストーカー。そこにいるのは、分かっている」


 殺気がピークに達した。

 鬱蒼とした森の中に、生暖かい空気が通り抜けた。


「……バレてたなら、しょうがないわね」


 そこに響いたのは、凛とした声だった。


 高い。

 おそらく、音域はソプラノ。

 女だったのか。


 がさり、と薮が揺れ、そこから出て来たのは白いフード付きの上着を羽織った、


「…うわ、小さいっ」

「子ども?」


 榊原の言葉通り小さい、物理的に小さい、子どもと呼ぶべき女の子だった。


 背丈はオレの腰に届くかどうか。

 どうりで、薮の中にすっぽりと隠れる訳だ。


 フードに隠れて表情は良く見えないが、オレ達の言葉にむっとした様子ながら、彼女は威風堂々とオレ達と向かい合った。


「…武器を下ろしてよ。あたしも下ろすから」


 そう言って、その少女は手に持っていた弓を下ろした。

 ただし、つがえていた矢羽を指に挟んだままと言う事は、少なくともいつでも迎撃出来る態勢は整えているようだ。


 こっちも、日本刀を仕舞う事はしない。

 鞘に収めはしないで抜き身のまま、その代わりすぐに使えるよう日本刀は地面に突き刺しておく。


 そうして、お互いに向かい合ってから、彼女をもう一度じっくりと見る。

 頭から爪先まで、じっくり。


 まず、小さい。

 背丈は先ほど言った通り、オレの腰ぐらいまで。つまりは、1メートルあるかないか。


 フードから覗いている髪色は、緑掛かっている銀色。

 目の色は光の加減で、淡い色をしていると思われるが色までは判断出来ない。

 頬は子どもらしくふくよかで赤々としている。

 その下の唇は、これでもかと引き結ばれており、まるでオレ達を威嚇しているようだ。

 格好は多少ふわふわとしている素材を使われてはいるが、狩猟スタイルのようにも見える。

 足元も動き易いようにかミドルブーツ。

 フード付きのケープのような上着の下、腰元にはこの少女が扱うには不釣合いの大型のナイフが垣間見えた。

 しかもこの子、よくよく見たらスカートを履いているけど、もしかしてそれも移動重視?


 しかし、これはまた、驚いた。

 殺気まで放ってきていたのが、まさかこんな小さな少女だったとは。


「アンタ達、なんでここまで迷い込んで来たの?」

「依頼で森に入っただけだ。それよりも、こっちが聞きたい。何故、オレ達を尾行していた?」

「別に尾行していた訳じゃないわ。こんな所に、人間がいるのが可笑しいから見張ってただけよ」


 それをストーカーと言うんだが…。

 とはいえ、その彼女の口からは良いことを聞いた。


「………人間ね」


 オレの言葉を聞いてはっとしたのか、少女が口を噤んだ。

 どうやら、彼女もローガンの時同様、人間ではない種族のようだ。


 それに、格好もどこか人間としては違う気がする。

 そもそもまとう雰囲気が、どこと無く森に同化しているというか、森と似ているというか。

 というか、こんな感じの雰囲気の人間を知っているような、知らないような。


「もしかして、森小神族(エルフ)なのか?」

「…っ、なんで、」


 これ、事前情報が無かったら分からなかったかもしれないけど、彼女が肯定してくれたから間違いは無さそうだ。

 勿論、事前情報の元はゲイルである。


「いや、雰囲気。…君、魔法使う事も多いだろうし、武器を扱う割には手が綺麗過ぎる」


 この世界の常識理解の為に、ゲイルから聞いている種族ごとの違い、もしくは見分け方。


 獣人や亜人、炭鉱族ドワーフ森神族ドリアードは、比較的身体的特徴で分かり易いが、ローガンのような魔族である女蛮勇族アマゾネスや、今眼の前にいる森小神族エルフはその雰囲気で見定めるべきなのだそう。

 正確には、女蛮勇族は女しかいないし(……あれ?ローガンさん?)猛々しいし、森小神族は自然と同化したような清廉さがあるんだそうだ。


 それに、手。

 彼女、弓を持っていたり腰にナイフを下げているのに、手入れが行き届き過ぎている。

 すぐ治るなんて体質もあるのかもしれないけど、爪の形まで綺麗に整っているのはちょっと違和感。


 オレだって、色々と武器を扱うから爪はやすりで潰しているし、榊原あたりも水仕事が多いからがさがさであかぎれなんかも起こしている。

 ………校舎に帰ったら、榊原と香神には手のケアを勧めよう。


 それはともかく、


「森小神族が、この森に住んでいるのは以外だったな。だが、何故オレ達を見張っていた?」

「だ、だから、こんな所にいるのが珍しいからよ。…滅多に人間なんて来ないし、そもそも近寄れないように結界が張ってある筈よ?」

「そうか。…確かに、転移型空間干渉魔法は掛かっているが、これも結界の一種だった訳だ。つまり、故意的に近寄らせないようにしているのは、君達森小神族で合ってる訳だ…」

「っ……」


 そして、これまた彼女は自爆、と。

 こうして簡単な雑談をしているだけで、結構情報もらえそうな気がするけどどうしよう。


「そ、それより、アンタ達はどうしてここにいるのよっ!」

「…依頼を受けて、この森に来たんだが、どうやら迷ってしまったみたいでな、」

「依頼?……って、もしかして、ゴーレムの討伐依頼?」

「ああ」

「……呆れたわね。あんな100年以上前に出された未達成の依頼を受ける人間がまだいるなんて」


 ………確定事項。

 この子、多分依頼人『ルルリア・シャルロット』の関係者だ。

 じゃなきゃ、年齢が合わないだろうから本人では無いにしても、ここまで依頼内容を詳しく把握している訳無いからな。


「ちなみに、この結界から出るには、」

「そんなもの適当に歩き回れば、魔物に食われない限り入り口に辿り付くわよ」

「……どれぐらい?」

「ほんの数十分よ。だから、さっきも珍しいって言ったでしょ?ここまで迷い込める人間は、ほとんどいないって」


 ………そして、確定事項。

 オレ達、確実に迷子だ。


「もう、かれこれ1時間は歩き回っているんだが、」

「はぁ!?可笑しいわよ!この森なんて、たかだか数十分で横断出来る…っ!」


 そして、再度はっとした様子を口を噤んだ少女の誤爆。


 おかげで、この森の全容が多少は理解出来た。

 そうかそうか、この森は本来なら数十分も掛からないで横断出来るんだな。


 この森そこまで広くは無いらしく、先ほど言っていた結界でもある転移型空間干渉魔法のせいで、迷路になっているだけのようだ。


 とはいえ、この子、本当に大丈夫?

 悪い人にほいほい騙されそうで、お兄さんはちょっと心配です。


 ただ、そんなある意味分かり易い少女から、とんでも無い言葉が飛び出した。


「……アンタ達、もしかして、どっちか魔力総量が5000を越えてたりしないわよね?」

『………。』


 それ、オレです。


 魔力総量5000どころか、カンストしているのはオレです。

 もしかして、そのせいでこの結界から出られないとか、有り得ますかねぇ?


「…嘘、エッ…!?…嘘でしょ、アンタ達!人間でなんて滅多に魔力総量5000を越える奴はいないから、入り口に勝手に戻されるシステムになってるのに!魔力総量5000を越えてたら、自力で戻るなんて無理よっ!?そういう決まりで結界を張ってあるんだからっ」

「………先生、」

「……ごめんなさい」


 素直に謝る、というかちょっと反省するしかない。

 これ、確実に迷子だったし、その迷子になった理由がオレのカンスト魔力総量だ。

 榊原は完全に巻き込んだだけの二次災害。

 本気でごめんなさい。


 思わず、頭を抱えて天を仰いだ。

 少女も呆れたのか、その顔はフードで隠れていながら呆気に取られていた。


「…本当に、呆れたわね…普通の修練なんかでは一生掛かっても5000まで(・・)が精々なのに、」


 そして、滅茶苦茶胡乱気な顔で馬鹿にもされている気がする。

 気のせいじゃないと思う。

 わざわざ、「まで」を強調して言われた辺り、特に。


「…魔力枯渇連発してたら、いつの間にかそうなってたんだ」

「良く生きてたわね…」


 そうだよね、オレもそう思うもん。

 オリビアには助かっている部分も多々あるけど、今後は控えて貰うか加減を覚えて貰おう。


 という、今後の展望はともかく、


「出口はどっち?」

「あっちよ。…あ、でももうそろそろ、転移が始まるだろうから、位置は…転移が終わってからにした方が良さそうね…」


 とりあえず、もうこの森を出て、とっとと帰ろう。

 ゴーレムの依頼は今回ばかりは、諦めた方が良さそうだし。


「…それにしても、アンタ魔力総量どれぐらいなの?なんか、森の外にも同じ様な魔力総量の人間がいるみたいだけど、」

「…それも、おそらくオレの仲間だ。大体、9999…」

「アンタ、人間じゃないわよ」


 ごもっとも。

 「人間じゃない」と即答で、森小神族エルフの少女にまで言い切られてしまいました。


 ってか、やっぱり、あの魔力の塊はゲイルだったか!!

 やっぱり、アイツを目指して突っ切れば、どうにかなったかもしれないのかっ…。

 はぁ、虚しい。


 というか、アイツは森を抜けられたのに、オレは抜けられないってどういう事?

 もしかして、何かコツでもあるのかしら?


 後ろで榊原は呆れた溜め息を吐いている。

 オレも溜め息を吐きたいけど、ちょっと違うのかもしれないから自重。


「はぁ…とりあえず、アンタ達だけだとまた迷いそうだから、入り口近くまでは付いて行ってあげるわ。次の転移が始まったら、結界を緩めてあげるし、」

「…悪いな、何から何まで、」

「良いわよ、別に。ただ、この森にあたし達がいるって事を内緒にしてくれる事が条件だけどね」

「お安い御用だ」


 二つ返事で、OKした。

 わざわざ案内してくれるんだから、冒険者パーティーよりもよほど頼りになる。


 しかし、ここでも種族ごとの面倒事が絡んでいるらしい。

 森小神族エルフって魔法の能力も凄いけど、見た目がとっても良いって事で、人間社会でもそれ相応の扱いを受けているらしいからね。

 具体的に言うなら、貴族が嫁さんにしたり、能力値が高いと国で囲い込んだり、もしくは最悪娼婦とか男娼の奴隷、とか。

 だから、滅多な事でお目見えしないので森小神族エルフは、とても貴重な種族なんだとか。


 それをゲイルから聞いた時は、人間側が腐ってるからもげろと思ってたけど、彼女を見ると納得してしまう。

 フードで隠れて表情は見えなくても、頬や唇、手足の質から見て相当美人さん。

 これは、確かにお金を払いたくもなるだろうし、囲い込みたくもなるだろうね。


「…何、まじまじと見てるのよ?」

「いや、事前情報と照らし合わせてただけ。…苦労してるんだなって」

「……同情はいらないわ」


 オレのそんな不躾な視線に、彼女は顔を逸らしただけだった。

 ただ、その口元にはありありと不快感。

 こりゃ、相当苦労しているんだろうね。


 それはともかく、彼女達の存在を他言しないという条件を呑むだけで、森から出る事が出来るんだ。

 彼女の親切心を無碍にしない為にも、これ以上の詮索は控える事にしよう。


「あ、来たわね」

「ああ」

「うげ」


 ここで、また転移型空間干渉魔法によって、周りの景色が一変する。

 どうやら、彼女はコツというか事前に察知できるのか、余裕そうな表情をしていた。


 それに、転移の時にはお互いの一部が繋がっていなくても触れていなくても、一緒に移動できるようだ。

 もしかしたら、彼女が何か魔法を行使しているのかもしれないが、今はオレ達には分からない事だし分からなくても良い。

 いや、今後の為には覚えておいた方が良いのかもしれないけど、もうそんな勤勉な意欲を擡げる気力が無い。


 ……と、そこまでは良かった。


「えっ…?」

「あ?」

「へっ?」


 問題は、転移した場所。

 というよりも、転移した場所にいた何かが問題。


 鬱蒼とした森の中に、うっそりと立ちすくんでいたような姿で、それはいた。


 土くれの身体が、ところどころひび割れているのに、目だけは爛々と輝いて排除すべき敵を探していた。

 全長はオレが2人分ないし3人分。

 おそらく、目算でも3メートルは軽く超えているだろう。


 特筆すべきは、兜のような頭。

 本体と呼ぶべき体も、そこから伸びた手足とて人間と酷似している。


 その姿はまさに、


「が、ガ○ダムーーーーー!?」

「こ、この異世界の人間の趣味はどうなってるんだ!?」  

「嘘でしょ!こんな時に…!!」


 おいおい。

 まさか異世界で本物の動くガ○ダムに遭遇するとか。


 兜の額の辺りにはギアを突き出したような形の突起が大きく聳え立ち、文字通りガ○ダムのような顔立ちとなっている。

 体つきも土で出来ているとは思えない程精密で、パーツを組み合わせて作ったプラモデルのようにも見える。

 前面土色なのは、おそらく着色前の素体だからだろうか。


 閑話休題。


 オレ達の眼の前には、文字通りガ○ダムが、……ごほん。

 ……某人型汎用決戦兵器のようなゴーレムが立っていた。


 今回の依頼内容、ゴーレムの回収、もしくは討伐の対象となっているゴーレムだ。

 あのゴーレムだ。

 そして、眼の前にいるのはガ○ダムのようなゴーレムで、ここは例の依頼があった森の中だから、おそらくこのゴーレムで間違いないだろう。


 これが、討伐対象とか、本当に勘弁して。

 いや、本気、マジで、ガチで。

 ビー○サーベルとか、フェ○ネルとか持ち出しそうだから。


「嘘でしょぉ!?これが、ゴーレムだってぇの!?」

「ガ○ダムにしか見えんが、そうなのだろうな」

「何落ち着いているのよ!とっとと、分散しなさい!!」


 森小神族の少女の叫びに、反応できたのは正直奇跡だった事だろう。


『ヴォオオオオオオオオオオ!!』


 榊原の悲鳴に呼応したのか、否か。

 オレ達の目の前で立ちすくんでいたかのようなゴーレムは、突如無秩序な突進を繰り出してきた。 


 榊原を蹴り飛ばして、端に退ける。

 少女は退避させるまでもなく、ゴーレムの突進する直線状からは外れている。


 オレも、榊原の方向へと同時に、回避行動。

 流石に4メートル近くあるゴーレムの突進は受けたいとは思わんよ。


「アンタ達、間違っても潰されるんじゃないわよ!掃除が大変なんだからねっ」

「そっち!?掃除の事を考えているの!?」

「当たり前でしょう!?人間なんか好んで助けたいとか思わないものっ!!」

「ええっ、酷い!!助けてよ、せめて援護してよっ!!」


 という、意外と元気な榊原と森小神族エルフの少女の会話を聞きつつ、体勢を整える。


 確かゴーレムって、ちゃんとした対処法があった筈だよな。

 確か術式がどこかに埋まってるか彫られているから、そこを破壊するんだったかなんだったか。


 浅沼教本には書いてなかったけど、小さい頃何かのファンタジー小説で呼んだ覚えがあるんだよ。

 題名なんだったか、思い出せない!

 こういうのどうでも良いことだけど、もやもやするよな。


「ぼーっとしてないで、とにかく脚を動かして!狙われたら踏み潰されるまで、追いかけてくるわよっ!」

「…それ、なんて暴走トラック…?」

「ごちゃごちゃ言ってないで、言うとおりにしなさいっ!次の転移まで粘るのよっ!」


 ああ、なるほど。

 次の転移の時間まで粘る事が出来れば、このゴーレムの敵対行動範囲から一時的に離脱出来る訳だ。


 いやでも、本当に、なんて暴走トラック。

 現代のトラックでもまだそこまで、轢死をどんどこ量産しようとしないだろうに。


 でもまぁ、それなら、命の限り粘るだけだ。

 ただし、


「榊原、敵対行動範囲はしっかり見極めろ!内側に入って攻撃されないように、細心の注意を払えっ」

「はいっ!」

「お嬢さんは、逃げ回りながらで良いから、転移時間のカウントを頼む!」

「あ、アンタはどうするつもりよ!?」

「オレが囮になるから、2人とも必要以上に動き回るな!作戦開始!」


 オレはオレの戦いをさせてもらう。


 生徒である榊原や案内役をわざわざ買って出てくれたお嬢さんを、危険な目にあわせる道理は無い。


 日本刀を構えて、ゴーレムを迎え撃つ。


 突進を終えて振り返ったゴーレム。

 その頭頂部へと向けて、一足にて跳躍。


 まずは、目を潰す。

 自分より数倍以上の体躯を誇る相手ならば、その機動力を奪うのは定石だ。


 だが、


「あれ?コイツ、目らしき目が無いんだけど…っ!?」

「ゴーレムなんだから当たり前でしょ!?アンタ馬鹿なの!?」


 そういや、無機物の目ってどうやって潰せば良い?

 機械なら目玉代わりの液晶カメラが付いているけど、これには無い。


 というか、爛々と灯った光が、目の役割をしているように見えるのは、おそらくこれが無機物に命を吹き込んだあり得ない生命体だからだろう。


 作戦変更。

 ゴーレムの頭を蹴って、急転回。

 土くれで出来ている癖に、脚に伝わった硬度は随分なものだった。


 奴の視線が着地したばかりのオレを捕え、その脚が動き出すまでに地面を滑るようにして逆方向へと走り出す。

 そうすると、ゴーレムは一旦持ち上げた足をその場で踏み鳴らし、オレを追うようにして方向転換した。

 人間のような滑らかな動きは出来ずとも、愚鈍とは言えコンパスの違いからか移動速度は速い。


「こんな鬼ごっこはしたくない、って奴だな」

「何達観してんの、先生!」

「良いから逃げなさいよ!馬鹿!!あと、10分よっ!」


 激昂しながらも、森小神族のお嬢さんは、先ほどのオレの言葉を守って時間をカウントしてくれるようだ。

 ならば、その600秒。

 なんとしても、逃げ抜いてやらないといけないな。


『ヴォオオオオオオオオオオオッ!!!』

「五月蝿い、鬼だ」


 リアル鬼ごっこのスタートだ。


 頭を足蹴にしたのは、ちょっとやり過ぎたのかもしれない。

 一段と敵意と増したゴーレムの致死を齎す足音。


 それを背後に聞きながら、横目で榊原や森小神族のお嬢さんの場所を確認。

 反対方向だ。

 囮は成功している。


 木の生い茂った森の中。

 オレが逃げ回れる範囲は、この上無いほどに狭い。


 十分な距離を残念ながら取れそうにないのが、森の中での戦闘だ。

 これは、少々骨が折れそうだ。



***

 


 その報告が齎されたのは、昼を30分程大きく回った時刻だった。


「ギンジ達が逸れただと!?」

「おいおい、それ大丈夫なのかよ!?」

「……?(……ちゃき)」

「コラコラ、お前は武器を構えて詰まるんじゃねぇ」


 森の入り口付近に纏まった集団の中から、一際野太い怒声が響く。

 びくりと身体を竦ませるのは、その怒声の矢面に立った少女と青年の姿。

 どちらも、冒険者然りとした軽装備を身に付けている。


「ううっ…ど、怒鳴るなっす…耳に響くっす」

「すみません。こちらの荷物の検査が甘かったようで、縄が劣化しているのに気付かなかったので…」


 申し訳無さそうに萎れた様子で心なしか耳が垂れ下がったレトと、これまた申し訳なさそうな顔をしたサミー。

 彼等は、銀次と榊原とパーティーを組み、森の攻略に入ったAランクの冒険者だ。

 他のメンバー達もそれぞれ、この場に戻って来ているが、事態を知ってからは難しい顔を続けている。

 イーリに至っては、まさか本気だったとは思わなかったが、銀次の不在を知って涙をだくだくと流している。


 そして、そんなメンバー達の眼の前に立つ騎士団団長であり護衛筆頭のアビゲイル(ゲイル)


 彼等の手に持たれていた縄を受け取り、その切れ目を通常以上の鋭い目で睨みつけるようにして確認した彼。

 しかしそれも、その縄が純粋な劣化の為に千切れた事に理解が及んだのか、溜め息と共に額を抱えた。


 そもそも、彼は今回の依頼に対して元々嫌な予感をじわじわと感じていた部類である。

 今回ばかりは、その虫の知らせとも言える予感が、大当たりしてくれた。

 嬉しくもなんとも無い。


 そうして、額を抱えたゲイルを他所に、その生徒達はしかし、いささか緊張感とは無縁であった。


「…先生だし、大丈夫じゃね?」

「そうは言っても、榊原を連れながらじゃ…」

「何言ってんだよ、颯人も一緒なら問題ないって!」

「お前は、何を基準にそこまで楽観視できるンだよ、オイ」


 「オイ」の部分で、楽観的な言葉ばかりを口にする徳川の頭上に永曽根の強かなゲンコツが落とされる。

 間宮も武器を構えはしないまでも、とても鋭い視線を向けていた。


「だ、だって…アイツは、空手の全国大会で3位だったんだぞっ?」

「…そりゃ、現代あっちでの話だろ?」

「それに、小学生の頃の話だって言ってなかったか?」

「で、でも、それでもアイツは強いじゃんか!」

「それは確かに、オレよか強いけど、(※榊原と香神ならば、成績は榊原が上)」

「生徒だけの成績と考えればそうかもしれないが、今回は実戦なんだぞ?お前の言っている順位は、あまり比較にならないし、いくら先生が一緒でも危険な事には変わらない」

「だからぁ、先生も一緒なんだろ!?じゃあ、大丈夫じゃん!」


 まるで、堂々巡りの押し問答。

 一体何を根拠に言っているのか、徳川はしきりに大丈夫だと主張をしていた。


 ただ、おかげで生徒達には混乱が無い。

 生徒達ばかりではなく、護衛の騎士団でも混乱はそこまで広がっていなかった。


 良いのか悪いのか、彼等のムードメーカーは知らない間に、場を鎮める効果を持っていたらしい。

 それが、「鎮める」か「沈める」かは別として、


「カツキは心配じゃないのか?」


 いつの間にか、例に漏れず怒りや焦りも収まっていたゲイルが、小首を傾げる。

 その姿を見て、徳川も同じく小首を傾げて見せた。


 どこか、微笑ましい光景に、その場の緊張感が霧散した。

 「可愛いいっす!なんか、可愛いっす!」と、レトが顔を赤らめている以外は平穏である。


「えっ?だって…先生なら、魔物なんて平気だろ?」

「それもそうかもしれないが、この森には『迷路』の魔法が掛かっているんだぞ?」

「でも、勝手に入り口に戻されるじゃん」

「……もし、それ以外の魔物や、ましてやゴーレムに遭遇したらどうするんだ?」

「先生なら、きっと討伐出来るよ。それに、颯人も一緒なんだから、きっと2人とも大丈夫だよ」

「………」


 一体どこに、そんな自信があるのだろうか。

 徳川の無駄にある自信のせいか、ゲイルすらも押し黙った。


 そんな折、


「クスクスっ!あの優男は、意外と子どもに懐かれるんすね~」

「まぁ、子どもじゃなくても、あの方の魅力は天井知らずですよ?」

「イーリは、それで良いと思うっすよ」


 微かな笑い声を上げたのは、レト。

 違う意味でべた褒めで天井知らずの自信も持っているイーリは、賛同しているのかいないのか分からないまでも、


「……ウチも、あの教師ギンジの事気に入ったっす」


 レトはにんまりと、今まで以上に微笑んだ。

 そんな彼女を目を丸めて吃驚した様子で見たゲイルが、次の瞬間には、


「…アイツは、天然タラシの鈍感だがな」


 辟易とした様子のまま肩を落として、溜め息。

 その自棄に哀愁漂う姿と、彼の表情に触発されたのかライアンとイーリも微笑んだ。

 無論、彼等は元々騎士団など嫌いだったと言っていた通り、隠れるようにしてだったものだが。


 少なくとも、この状況で人間然り(・・・・)としたゲイルを見て、彼等にとって嫌いな騎士団の筆頭である騎士団長が好感が持てる人物になりつつあるのは、傍から見ても一目瞭然であったかもしれない。


 しかし、


『ヴォオオオオオオオオオオオッ!!』


 何かの雄叫びのような声が響く。


 緊急事態にも関わらず和やかな雰囲気となっていた空気が一転。

 そして、途端にその場の全員が緊張を露に、森を振り返った。


 そして、その後しばらくして、ドスドス、ドンドンと言った明らかな異音が響き始める。

 地鳴り、轟音、そして倒木の奏でる悲鳴のような不協和音。


 見なくても分かるその音は、何か重量のあるモノ(・・)の突進のような足音と、木々の倒される音だった。


「今の何の音だ!?」

「な、なんか叫び声みたいだったけど、」

「…今のが、もしかしてゴーレムとやらか…?」

「!(こくこく)」


 生徒達も緊張を露に、その森の奥を睨みつける。


 しかし、意外と近くに聞こえた(・・・・・・・)にも関わらず、その姿は伺い知ることも出来ない。 だが、その理由は深く考えずともこの森に仕掛けられた転移型干渉魔法『迷路メイズ』のせいであると、誰もが理解していた。


「…近いっす。けど、『迷路メイズ』の影響下っすから、音で距離を計るのはあんまり宛てにならないっすね」

「救援に行くには、十分納得たる理由があると思うがな、」

「…気が早いっすよ。そんなに焦って森に入ってもまた入り口に戻って来ての繰り返しで、体力を消耗するだけっす」


 ゲイルが一歩踏み出そうとした時、その足元ではレトが地面に這い蹲っていた。

 ひれ伏した訳でも傅いた訳でも無く、耳によって地面の振動の位置を割り出そうとしていた結果だったが、それを知らずに方向転換をしたゲイルが一瞬だけ驚嘆し、蹈鞴を踏み鳴らす。


 その音と土埃にしかめっ面を見せつつも、レトは仕方なく立ち上がった。

 そうして、先ほどの台詞を手に付いた土を払いつつ告げる。


 その様子にゲイルはふと違和感を感じた。

 この少女は、出会った当初からここまで落ち着いていただろうか?、と。


 しかし、その違和感の本当の理由が分からない。

 彼は少し目を丸めながら、顎に手を当てて思案を続けようとし、


転移型空間干渉魔法(メイズ)の効果は相変わらずっすけど、森の中から血の臭いはしないっす。ゴーレムの足音も近いようで遠いっすから、おそらくは戦闘している場所にたどり着くのは難しいっすけど、少なくとも転移を繰り返している間は、魔物にでも襲われない限りは大丈夫っすよ」

「……何故、そこまで言いきれる?」

「だって、知ってるっす。ゴーレムは、いくら自力で動くことが出来るとはいえ、土くれの身体を持った命の無い魔物っすよ?」

「それは知っているが、」


 口篭るゲイル。

 レトに対する違和感は更に、強くなっていく。


 今では、当初抱いていたレトへのお転婆というイメージが全く重ならない。

 そんな違和感と、現在の状況への忌避感で板ばさみになったゲイルの口は、いつも以上に頑なに唇を閉ざさせてしまう。


 それを知ってか知らずか、レトは続ける。


「この森の転移魔法の法則は、特定以下の魔法総量(・・・・・・・・・・)と命があるもののみの強制転移っす。時間は最低でも10分っす。そして、命が無いゴーレムは転移には巻き込まれないンすよ」


 という、まるでこの森の結界を熟知している言葉。


 その言葉には、確かな裏づけがある。

 これまた徳川と同じく、どこにそんな自信があったのか。


 彼女はそう言って、にんまりと頭が一個ないし五個は違うだろうゲイルを見上げて笑っていた。

 そして、徳川の時同様黙り込みそうになったゲイルだったが、


「…特定以上の魔力総量って?」


 ふと、ここで気が付いたのは、香神だった。


 彼はこの生徒達の中でも、特に思慮深い上に頭脳も明晰だった。

 間宮も気が付いてはいたのだろう、首を縦に何度も振っているが、言葉が喋れないハンデのせいで香神に出遅れてしまったようだ。


 そして、その気が付いた内容に関しては、ゲイルが思わず絶句する程のインパクトを持っていた。


「ああ、特定って言うのは、大体5000以下って事っす。人間でも亜人でも滅多に魔力総量5000を越える魔力の猛者はいないっすからねぇ」


 けらけらと、さも当たり前のように笑ったレト。


 しかし、反対に生徒達とゲイルが、絶句したままで黙り込む。

 レトも流石に笑い続ける訳にも行かず、段々と乾いた笑いへとフェードアウトして行った。


 その場に痛い沈黙が落ちた。


「…まさか、…っす?」

「その、まさか、だ…」


 この森の中で今まさに銀次達が出会った森小神族エルフの少女から齎された事実。

 それは、現場におらず詳細を知り得ないゲイルにとっても、向き合わなければいけない事実であり、現実であった。


 ただし、ここにはレト達も知らない別の事実も存在する。

 たとえ、魔力総量が5000を越えたとしても、命があるのであれば転移は実行される。

 そこに入り口へと戻されるシステムが、反応しなくなるだけだ。


 だが、それを知らない一同からして見れば、 


「…先生、大丈夫かなぁ?」

「お前、さっきの自信はどこ行った!!」

「テメェ、本気で何も考えてなかったなぁ!?」

「!!(ぷんすか)」


 またしても、恐慌を起こすには十分な一言であった。

 そして、無駄な自信を語っていた徳川も、それとは正反対に経験に基く自信で語っていたレトも、冷や汗を零して前言を撤回、というよりも翻した。


 徳川はしょんぼりと、地面に視線を縫い付けて反省。


「…ディル!ディル~~~~!頼むっす!!魔力を追って、ギンジを探して欲しいっす!じゃないと、ウチもあのクソ親父にどやされるっす!!」

「……もう、どやされるのは、確実…」

「そ、それでも良いから~~~!!せめて、せめて死体は回収するっす!!」

「……縁起、悪い」


 レトも同じような状況ながらも、この状況を打開する為の行動を示そうとしていた。

 その様子を眺めていたゲイルは、やはり辟易とした溜め息とともに、頭を抱えるしかない。


「(…帰ったら、ギンジにも腰帯を拵えてやったほうが良さそうだ…)」


 などと言う、現実逃避にも等しい思考を明後日の方向へと飛ばしながら。


 何を隠そう、魔力総量が同じく5000を越えている自分だけが銀次と違って、森の入り口に戻って来れた理由が分かっているからこそ。

 実は、帯として腰に巻かれている魔法具『伏せる梟の爪(※他者に関知される魔力総量を50%近くカット)』によるものの効果だ。


 しかし、それを知る由も無い銀次は、この森のいずこか。


 更にはまたしてもゴーレムの『ヴォオオオオオオオオ!』というけたたましい雄叫びや、木々が薙ぎ倒される音を聞いて口元を引き攣らせるほかなかった。


「…ぜ、全体、中退編成にて森への探索を実行」


 兎にも角にも、彼等の選択肢には、このまま撤退する逃亡と言う二文字は無い。

 森へ進むしかないという一択とはいえ、それに否を唱える臆病者はゲイル直属の騎士団員にはいなかった。


 目的は銀次と榊原の捜索。

 そして、あわよくば、ゴーレムの討伐、破壊。


「草の根分けてでも探し出せ」


 結局、ゲイルが当初から感じていた嫌な予感は払拭されず、こうして大掛かりな捜索作戦へと移行する事になった。

 その間もゴーレムの雄叫びや、森の木々が倒れる音は響いている。


 これが、戦闘中だと言うなら、その音が収まるのはおそらくその戦闘が終わった時だろう。

 その結果を、ゲイルは考えたくも無かった。



***



 この異世界には、常識というものは存在しないのかもしれない。

 なんでもありと考えた方が、今後の精神衛生上一番無難なんだろうな。


 さて、ここで一般的なゴーレムの知識をば、ひとつ。


 ゴーレムとは、ユダヤ人の民教宗教の一つであるユダヤ教の伝承に登場する自力稼動および自力歩行が可能な泥人形。

 ちなみに、『ゴーレム』とは、イスラエル国公用語のヘブライ語で『胎児』の意味を持つ。

 でっかい胎児もいたものだ。


 本来であれば、作った主人の命令だけを忠実に実行する、召使やロボットのような存在。

 運用上には厳格な規約やらなにやらが、多数存在していてそれを守らないと凶暴化するらしい。


 今、凶暴化して襲ってきているのは、その規約とやらを守っていないからとかじゃなく、ただ単に暴れているだけなのだろう。敵対もしくは排除行動に他ならない。

 伝承では、律法学者であるラビとやらが、断食や祈祷などの神聖な儀式を行った後、土をこねて人形を作るという事らしいのだが、こっちでは魔術師が魔力を込めて土人形を捏ね合わせ、魔法陣か何かで制御しているとの事。


 詳しくは、ググれとしか言えない。


 漫画やゲームでもチラホラ題材に取り上げられる、割とポピュラーな魔物なんじゃないだろうか。

 そんなゲームや漫画で取り上げられるゴーレムは、一概に大きな体躯や怪力を保持し、感情や意思を持たないもしくは欠しいという存在。

 邪悪な存在と言うよりは、財宝やアイテムなどを守る云わば障害物のような扱いを受ける強力な人型兵器。


 作られた素材によっても、弱点や強さが異なる場合がある、とは全て浅沼教本から。

 「遭遇したら、真っ先に額の文字を消したら良いと思うよ、でゅふ♪」なんて書いてあったのも芋づる式に思い出したが、このガ○ダムとしか形容出来ないゴーレムの額の文字とやらは一体どこに存在するのか、と小一時間ほど問い詰めてやりたい。

 このヘルメットのような頭頂部の下にでも隠れているのか?

 引き剥がして見てみたい気もするが、そこまでやるのには結構な労力が掛かると思われる。


 相変わらず、アイツの教本は当てになるのかならないのか、不明である。


 何分ぐらい経ったのだろうか。

 懐中時計を確認したいが、そんな余裕は残念なことに無い。


 もう、かれこれ1時間は走り回ってる気がする。


 だが、実際にはこの空間で転移までに掛かるのはおおよそ10分。

 その600秒の間、オレは致死の足音を響かせるゴーレムの追随を避け続けなければならないという苦行も、未だ転移していない事からも10分も経っていない事が分かる。


「後、1分よっ!もうちょっとだから、頑張って!」

「先生、ファイト!って、そっち危ない!!」


 お嬢さんからのカウントダウンの声を聞きながら、更には榊原の声援を聞きながら。


 真正面から蹴り上げられた暴力の塊のような脚を日本刀で受け止める。

 ただ、受け止めただけで受け流す。

 受け止めようと思ったら日本刀が確実に折れるだろう。


 その力の流れを全て地面へと逸らす。

 上空へと飛び上がり距離を取る。


 そして、柱のようなゴーレムの脚をすり抜けるようにして、反対側へと走り抜けて再度延々と走る。


 この繰り返しを、おおよそ9分。

 後1分もあれば終わるとは言え、生死が関わっているこの状況では随分と心臓に悪い反復作業だな。


 ゴーレムもこのやり取りに焦れて来ているのか、背後を確認せずに追いかけて来るようになった。

 もう、脚の間をすり抜けては逃げるオレのパターンを、学習しているのかもしれない。


「そろそろ、攻撃手法が変わりそうなもんだな」


 先ほどから受けている攻撃は、三通り。


 一つは、今こうして背後からずんずんと腹に響く足音を響かせながら迫る突進攻撃。

 二つ目は、踏み潰す為に踏み鳴らす、柱のような脚。

 三つ目は、叩き潰そうとするような、これまた柱のような腕。


 正直、このガタイじゃなければ屁でも無い攻撃なのに、たった9分ちょっとのやり取りで相当体力を消耗させられている。

 傍から見れば、まるで大人と子どもの喧嘩のようなものだ。


「あと30秒!粘りなさい、人間!」

「うわぁ、ハラハラするっ!」

「ちょっとは黙りなさいよっ。こっちが集中できないでしょ!」


 お嬢さん、ごもっとも。

 ただ、そのやり取りは、今度はオレにとって集中出来ない。


「っと、やっぱりかっ!」


 オレの予測どおり、攻撃手法が変わった。


 踏み鳴らし、もしくは叩き潰しから、両手を使った拘束へと移行したようだ。

 左右から同時に迫った腕に、逃げ場は正面か頭上しか無い。


「ちょっと…、きゃああっ!!」

「先生…ッ逃げて!!」


 お嬢さんと榊原からの悲鳴が聞こえる。

 意外と近くにいたようで、その悲鳴がゴーレムに知覚されないか冷や冷やする。


「流石にプレスはゴメンだ!」


 その両手から繰り出される強烈なプレスから逃れるように、コイツの狙い通りに正面へと回避。

 更に、三角飛びの要領で、奴の頭頂部へと一足で逃れると、そのまま頭のアンテナのような突起を掴んでしばしブレイク。

 

 まるで、機械だな。

 それも、学習機能がある厄介な、ディフェンスロボット。


 護衛として校舎に置いたら役に立ちそうなものだが、大きすぎて場所が取れないだろう。

 やめておこう。


 そして、ゴーレムはオレが頭上にいると分かっているようで、プレスを敢行した腕を解き、今度はその手をハエ叩きでもするようにオレの元へと伸ばしてくる。

 このまま動かなければ、叩き潰されたハエのようになってしまうだろう。


「それは嫌だよ~、っと」


 捕まる訳には行かないので、その場で背面飛び。

 そのまま一回転を加えて空中で体勢を整え、その視線の先に見たゴーレム。


 見事に自分の頭を叩いて後ろに倒れる瞬間だった。

 狙ったとは言え、滑稽な姿に少しだけ口を緩めてしまう。


 さて、これでやっと30秒だろうか。


 まだ少し履き慣れないブーツの底が着地と共に、地面を噛んだ。

 ゴーレムが地面を揺るがしながら倒れる音を後背に聞きながら、榊原とお嬢さんへと合流する。


「…ひ、冷や冷やさせんじゃないわよっ!!」

「せ、先生の馬鹿!…もうっ」

「いや、別に悪気は無かったんだが…」


 そして、オレは彼女達2人から怒られる、と。

 彼女達の視線の角度からだと見ようによっては、オレが完全にプレスされたようにも見えたのだろう。


 お騒がせいたしました、と。


「ああ、もう良いわ!時間よ!」

「うん、良かった。オレも、そろそろ一休みしたいし…」


 額から顎まで流れ落ちる汗。

 雪は少ないものの真冬にも関わらず、体が火照って熱い。


 それを袖で拭いつつ、ゴーレムへと視線を向ける。

 やはり、愚鈍な動きは人間とは比べ物にならず、立ち上がるのにも相当苦労している様子だった。


 旧校舎にて遭遇した人体模型や肉人形のような動きをしていないだけ、まだゴーレムの方が可愛げがあるかもしれない、と明後日の方向へと思考を飛ばす。

 ただし、その質量物量、外見や体躯に及ぶまで、可愛くはないけど。

 だって某人型汎用決戦兵器《ガ○ダム》。


 これなら、転移をしても追いかけられましたなんて事はなさそうだ。


「来たわ」

「よし」

「ふあー…助かった」


 きっかり、10分。

 転移の時間がやって来たようだ。

 どうやら、転移の兆候として森を覆った魔力になにかしらの波のようなものが出るらしく、オレ達には感じ取れないそんな些細な波を森小神族エルフの少女が感じ取ってくれる。


 なんとか上体だけを起き上がらせたゴーレムが、こちらへと視線を向けた。


 そして、オレと目が合った。

 その目の奥の光は、完全に殺意に煮え滾っていた気がする。


「ばいばい」


 手を振って、さようなら。

 その次の瞬間には、身体の芯を引っ張られるような、あるいは眩暈と浮遊感を齎すような高速転移。


 オレ達の眼の前からはゴーレムが消え、別の森の様相へと変わっていた。

 戦闘から離脱したと見ても、良いだろう。


 抜き放ったままだった日本刀を鞘に戻し、一息吐いた。


 オレの足元には座り込んだ榊原と、はぁと安堵の溜め息を吐いたお嬢さん。

 今更だけど、この子の名前、オレ知らないんだよな。


「…改めまして、ありがとう。オレは銀次・黒鋼。君の名前は?」

「ほ、本当に今更よね…シャルよ。シャルクイン」


 森小神族のお嬢さん改め、シャルは憤慨した様子ながらも、オレに手を差し出してくれた。

 先ほどまでの凄い戦闘で手汗を掻いていたので、コートで十分に拭いてから握手を交わす。


 その様子を見て、シャルには笑われてしまった。

 あ、笑うとこれまた可愛らしい。


「こっちは、オレの生徒の颯人・榊原」

「颯人です。改めてよろしく、シャルちゃん」

「ギンジにハヤト…変な名前ね。まぁ、良いわ。とりあえず、森を出るまではよろしく」


 暫定パーティ確定だな。

 今更遅いかもしれない自己紹介と握手を交わす。

 ああ、やっぱり手が綺麗ですべすべだわ。


 というか、


「…フード脱げちゃってるけど、良いの?」

「ええ、良いの。あんたには森小神族エルフだってバレちゃったし、戦闘中は視界が悪いからフードなんて被ってられないわ」

「そりゃそうだ」


 フードが脱げて、少女もといシャルの素顔が曝されている。


 雰囲気が似ている人間を知っている、と初対面で感じた違和感は分かった。

 この子、どことなく同僚兼友人の子どもの頃にそっくりなんだよ。


 緑がかった銀色の髪は、セミロング。

 揉み上げを少し残して横の髪を後ろにまとめてポニーテールのようにしたハーフアップ。

 

 顔立ちは、それこそ美少女。

 我が学校のオリビアは東洋系の美人さんだけど、彼女は西洋系の美人さんだ。

 目の色も緑がかった淡い青で、年齢もあいまってフランス人形みたい。

 フリフリのゴスロリコーディネートでもしたら、完全にフランス人形にしか見えないだろう。


 ちなみに、同僚兼友人とは、ルリの事である。

 彼はオレと同じく男の癖に、女に見られる確率がオレよりも高い女顔だったから。


「…な、なによ?」

「いや、知り合いの子どもの頃(・・・・・)にそっくりだったもんだから、」


 子どもの頃ってのは、強調ね。

 今じゃ、先輩のオレすらをも絶対零度で見下すような、高身長の人型汎用決戦兵器兼ソフトマッチョで裏社会No.1の最凶だから。


「先生、それ口説き文句?」

「黙らっしゃい、榊原くん。オレは、本心を包み隠さず述べただけだ」


 自分で言ってて後輩の急成長に涙目になりそうになってたけど、榊原の一言で見事に虚しくなった。


 口説こうとは一欠けらも思ってないので、勘違いしないようにシャルに言い含めておく。


「………まぁ、良いけど」


 と、彼女は若干憮然とした表情ながらも唇を尖らせただけで、その会話を終了してくれた。

 良かった。

 この会話を続けると、オレの心が居た堪れないというか、そろそろ心が折れてしまいそうなもんだったから。


 話をシフトしよう。

 そろそろ、本格的にこの森からお暇させてもらったほうが良いだろうし。


「じゃあ、とりあえず森の入り口まで案内を頼める?」

「ええ、頼まれてあげるわ。じゃないと、アンタ等人間がいつもでも、迷惑を省みずに森の外にいそうなものだしね」

「…手厳しい事だ」


 さっきは顔だけが同僚兼友人に似ていると思ったけど、前言撤回。

 性格ももしかしたらそっくりだったかもしれない。


 閑話休題それはともかく


「でも、アンタ達本当にあの依頼を受けたのね。アンタがゴーレムの囮になるとか言った時は頭の病気を疑ったけど、身のこなしは確かにそれ相応だったもの」

「ああ、一応はね。あのゴーレム、意外と早くて硬くて、ついでに学習能力も高かったから冷や冷やしたけど、」


 彼女はとにかく、明け透けな物言いだった。

 今も不機嫌な様子を隠そうともせず、しかし会話をしないという選択肢は無いのか睨みつけるような顔でオレを見上げて移動をしている。


 ぶっちゃけて言うと、上目遣いになっているせいで可愛いという感想しか浮かばないのはやや難点か。


 なので、オレも多少は明け透けに、本心を話す。


「正直、倒せそうにも無いね」

「そりゃ、そうよ。あたしの母さんでも討伐が出来なかったから、ああして依頼を出してたんだし」

「って、事は依頼人の『ルルリア・シャルロット』って、君のお母さん?」

「………ッ!!ち、違うわよっ!」


 そして、誤爆を誘う。

 ゴメンねぇ、悪い大人の見本みたいなことして。


 けど、あのゴーレムの依頼を受けたからには、背景とか諸々情報は仕入れておきたいのよ。

 『ヴォオオオオオオオオオオッ!!』って、まだ雄叫びみたいなのが聞こえてるし、ね?


「それで、そのお母さんも退治出来ない、ゴーレムって、」

「違うって言ってるでしょっ!」

「そういう事にしておいて、続き話しても良い?」

「…何よ?」


 とはいえ、相手は子ども。

 オレがあからさまに話の基点を逸らそうとしなければ、彼女は不承不承ながらも言葉を聞く体勢は取ってくれる。


「先生、やっぱり女の子の扱い、手馴れてるよねぇ…」

「ちょっと黙ろうか、榊原くん。それは、まるでオレがロリコン趣味の変態に聞こえるから」

「違ったの?ぶふっ!!」


 違うし、笑うなし。

 噴出して腹を抱えだした榊原には、更に苦しくなるようにボディフックを一発。


 その様子を見ていたシャルは、自棄に可哀想なものを見る目をしていた。

 やめて、そんな目を生徒に向けないであげて。

 実際に向けられているのはオレだと分かっているけど、敢えて現実逃避に乗り出して見る。


 話は逸れた。

 戻した話は、彼女の母親の話では無く、あのゴーレムについてである。


 見た感じ、ゴーレムの全長はおおよそ4メートル。

 ガ○ダムのような形はしていたが、それよりも6メートル近くは小さい事になる。

 良かった、人型汎用決戦兵器よりも小さくて。

 それでも人間の約2倍だけど。


 土色の体と作り物めいた骨格構造は誤魔化し様が無い。

 そして、オレの持っているゴーレムの知識は、残念ながらいい加減具合に調べただけのウィ○ペディア情報と浅沼教本だけだ。


 ちょっと、情報が少なすぎる。

 次の追いかけっこは無いと考えたいが、討伐の目的の為に来たのだから弱点ぐらいは探っておきたい。


「あのゴーレムって、結局生きてるの死んでるの?」

「何言ってるの?ゴーレムは元々命の無い無機物の魔物の総称よ?」

「じゃあ、人間じゃないよな」

「当たり前じゃない」


 あれが、人間だと言われたらこの世界の常識を疑ったが、シャルの口ぶりからするとそうではないようなのでほっとしつつ、次の質問へ。


「じゃあ、なんであんなのが、この森に住み着いているんだ?」

「…アンタ、依頼書読んでないの?」

「いや、読んだけど?…戦時下に残されたとは聞いてるけど、」

「その通りよ。それ以上は、あたしの産まれる前でもあるから知らないわ」


 ちょっと不機嫌になってしまったシャルに、苦笑を零す。

 さて、次の質問は、ゴーレムの学習機能について。


「アイツは、元々あの程度の知識や動作で動いていたのか?」

「そうね。少なくとも、あたしが知っている限りでは、ずっとあんな調子よ?遭遇したら、すぐに敵対行動を取って来るのが当たり前だし、元々命が無いから魔石の効力が切れない限りは、ずっと動き続けるでしょうね」

「魔石?あのゴーレムの動力って、魔石なのか?」

「ええ、そうよ。母さんが言うには、魔石と魔法陣を組み込んであるみたいだから、半永久的には活動可能なんじゃないか、って」

「…それって、かなり面倒くさいな」

「そうよ、面倒くさい。だから、依頼を出してるのよ」

「…100年も達成されてないけどな」

「嫌味を言っているつもりなら、受け付けないわよ?この森の結界だって、あたし達にとっては大事なんだから」


 ああ、人を近寄らせない為には必要なんだったか。

 更にシャルの機嫌が降下してしまったようなので、ちょっとだけオレもブレイク。


 子どもの前だが、一旦煙草でも吸って、高ぶった神経を落ち着けたい。

 じゃないと、嫌味がましい言い方を続けてしまいそうだしな。


 シガレットケースを取り出し、ちゃっちゃと煙草に火を付ける。

 しかし、思いの他、シャルからの視線は強い。


 シガレット嫌いだった?


「いいえ、別に…。アンタ、意外と良い所の坊ちゃんなのね」

「え?」

「だって、そのシガレット、高い奴じゃない。…街で見かけても、到底買えない奴だった筈よ?」

「子どもが吸うものじゃないから、見かけても買うんじゃない」

「…そ、そんなの知ってるわよ!母さんが、吸うの!」

「…ああ、なるほど」


 御遣いか何かで、街に行くのが彼女の仕事なのかもしれない。

 しかも意外と良く見てるもんだ。


 一見しても、シガレットはほとんど同じだから、どれが高いか安いかなんて分からないだろうし。

 ちなみに、今オレが吸ってるのは、試験品で作っただけのメンソール。

 薄荷が無かったから、ハーブでそれなりに香りだけを整えたものだ。


「…良い香り。シガレットの香りは、嫌いじゃないわ」

「そうか。じゃあ、森の入り口まで案内して貰ったあかつきには、これを贈呈してあげよう」

「本当ッ!?」


 吸いかけだが、試験品でもあるシガレットケースをチラつかせると、彼女はまるで先ほどまでの表情が幻か何かのように顔を輝かせていた。

 こういう所は歳相応なのな。

 正直、可愛い過ぎて、お兄さんは色々心配です。


 この子と子どもの頃だけはそっくりな、同僚兼友人は爪の垢でも煎じて飲めば良いと思う。

 そんなオレの辟易とした内心は放っておいて。


「お礼だよ。オレ達だけじゃ、森の入り口には辿りつけなかっただろうしな、」


 まぁ、そういう事。

 シガレットを貰って喜ぶ10歳相当の少女って、あんまり見たくなかったけど。


 しかし、揚げ足を取るのが、一人。

 勿論榊原だ。


「…先生のカンスト魔力数値のおかげでね」

「言うな、榊原。次は、扱くだけじゃなく、潰すぞ」

「ちょっ…暴力反対!」


 オレの事をからかうのは構わないけど、その話題は無しだ。

 いつもは可愛い生徒でも、こうして大人をからかう生徒は可愛くないからお仕置きです。


 とりあえず、手が空いてないので今度は脛を蹴っておいた。(勿論、加減はしたよ?じゃないと折れる)


「ぷ…っ!くすくす…」


 そんなやり取りを見てか、シャルは笑った。

 少しばかり緊張が解けて気安くなってきたのだろう。


 その美貌が輝かんばかりで、やっぱりお兄さんは心配になってしまったけど。


「人間って、そこまで悪い奴ばかりじゃないのね」

「そりゃ、悪い奴もいるけど、オレ達は別ってことで」


 元悪い奴の筆頭だったオレが言うのも難だけどね。

 苦笑を零して、彼女の頭を撫でてやる。


 見た目同様、手入れの行き届いた綺麗で滑らかな髪質だった。

 あ、微かに石鹸の香りがするから、もしかしたらオレ達の学校発祥の石鹸使ってるみたいね。

 さすが、女子。

 どうりで、手入れが行き届いている訳だよ。


 シャルはそのまま頭を撫でられるがまま、しばらく呆然としていた。

 うん?

 ちょっと、頬が赤い気がするのは、気のせいかな?


「……さすが、先生。天然タラシ」

「待て待て、榊原。その感想は何かが可笑しい」


 口説いているつもりも無いし、誑かしているつもりも無い。

 だって、言外に彼女の髪の手触りが良過ぎるのが悪いんだ。


 ただ、このまま撫で続けるのも、そろそろ悪い気がする。

 手を退かせると、そこには先程よりも更に顔を赤らめたシャルがいた。


 うぇええ?

 これじゃ、説得力が無い、…だと?


「……アンタ、いつか背中から刺されるわよ」

「うわぁ、怖い未来予想図をやめて」


 たっぷり、間を置かれてシャルに言われた一言は、棘が多大に含まれていた。


 というより、よく俗世プレイボーイ相手の脅し文句を知っているもんだね。

 言われる側としては、自覚が無い分背中がむず痒いというか薄ら寒いというか。

 そう簡単に刺されるつもりは無いけど。


「(母さんだって、あたしの頭撫でたこと、あんまり無いのに…)」


 そんな怖い未来予想を想像だけしていた、オレの耳にシャルのか細い声。

 内容は残念ながら、先ほどから聞こえ続けているゴーレムの雄叫びで掻き消されてしまって、聞こえなかった。


「…ん?何か、言った?」

「べ、べべべ別に、なんでも無いわよ!と、とっとと行くわよ!」


 駄目元で聞き返してみても、やっぱりシャルは応じてくれなかった。

 彼女はドモリながら突っかかりながらも、ギクシャクと脚と手を同時に動かし始め、移動を開始させてしまう。

 運動会とかの更新で緊張して手と足が同時に出ている小学生みたいな感じ。


 微笑ましい姿に、またしても苦笑を零してしまった。

 後ろで榊原もくすくすと笑っている。


 眺めている分には楽しいんだよな、子どもって。

 それが趣味と言う暴論をかます奴は、今すぐ眼の前で正座。


 逸れても困るので、それ以上追求もせずに彼女の後に続く。


 今は、オレ達にとってこの子だけが、命綱だ。

 切れたロープは役に立たないが、彼女はオレ達がこのゴーレムの雄叫びやら木々の倒れる音が響く森から出る手段を持っている事には違いない。


 ロープ<シャルの構図を頭の中に思い浮かべつつ、心なしかガチガチになっている小さな背中を追いかける。


 って、待てよ?


「…なんか、音が近くなってないか?」

「えっ?」


 オレの言葉に反応したシャルが、目を丸くして振り返る。


「あ、本当だ…なんか、段々…近付いてない?」


 榊原も気付いたようだ。


 先ほどから、定期的に響いていた騒音。

 ゴーレムの雄叫びは勿論だが、木々が倒れる音や歩いているのか走っているのか不明ながらも、ドスドスと響く地響きの音は間違い無くゴーレムの齎している足音だろう。


 そして、あの特徴的な雄叫びが、


『ヴォオオオオオオオオオオッ!!』


 割と近くで、大音響で響いた。

 オレの耳が耳鳴りを起こすぐらいには、近くで。


 その声を聞いて、シャルが震え上がる。

 顔も先ほどの赤みは引き去って、蒼白となっていた。


「う、嘘ッ!!まさか、こんな早く追いついてくるなんて…ッ!!」

「どういう事だ?もしかして、転移した場所をあのゴーレムが探知して、追って来てるのか?」

「そ、そうよ…!普通は、あり得ないかもしれないけど、ゴーレムは転移に巻き込まれない代わりに、森の中を自由に動き回れるわ!」


 ああ、こんな所で『迷路メイズ』の弊害が。


 オレ達は転移して、全く違う場所に移動する訳だが、ゴーレムは命の無い無機物が動いているだけの魔物だから転移させられない分、移動速度は違う。

 だが、オレ達はランダム転移、あっちは任意で自由に動き回れる。

 地の利があれば、容易くオレ達に追いつく事も出来るアドバンテージがデカイ。


 更に言うなら、確かシャルは先ほど言っていた。

 結界さえ無ければ(・・・・)、この森は数十分(・・・)で横断出来るほどの範囲しかない、と。


 そして、オレは吸っていたシガレットを消火しつつケースに仕舞う。

 懐から取り出したのは、懐中時計。


 時刻は、先ほど見た時から数えて、だいたい10分程度。

 横断するには、十分な時間があった訳だ。

 しかも、たかだか2メートルの人間と4メートルちょっとの体躯を誇るゴーレムとでは、まずその脚のコンパスが2倍から4倍は違う。


 背筋に、冷や汗が流れた。


『ヴォオオオオオオオオオオオッ!!』

「うわ、さっきよりも近い!」

「下がって!!構えて!!突進で木でも倒れて来たら、それこそ死んじゃうわよ!」


 雄叫びも近ければ、木々が薙ぎ倒される振動も近くなっていた。

 良く良く森の奥を見れば、木々の密集した薮を掻き分けて走り込んでくる黒い巨影すらも見えた。


 ああ、再三の嫌な予感。


「………これも、オレのせいだったり、しないよな」

「…ッ、そ、それよ!ゴーレムは視力が無い分魔力を感知して敵対するのよ!アンタの魔力目指して、ここまで来たんだわっ!!」

「うわぁ、やっぱり…」

「………先生、反省してよ」

「だからって、どうしろと?むしろ、反省できる理由なら反省したい」


 もう嫌だ、このカンスト魔力。

 からかわれたり呆れられたり、極めつけは問題を呼び込むなんて良いところなんて一つも無ぇじゃねぇか。


 そして、それは現れた。


 木々を薙ぎ倒し、あるいは押し退けて。


 転移魔法自体を無視して移動したゴーレムは、完全にオレ達を見つけ、そのがらんどうな目の奥に灯った赤光を更に憎悪とも呼べる色に燃え上がらせている。

 先程よりも毒々しい色にも見えた。


 その理由が、オレのトンデモ魔力総量だってんだから、やってられない。


「アンタのせいよ、馬鹿!」

「否定できないっ!もういや…!」

「先生が自暴自棄やけっぱちになってるのって、珍しいよねぇ」


 今ばかりは否定出来ない。

 シャルの言葉も、榊原の冷静過ぎる嫌味も。


「こ、こうなったら、また行動不能になるまで粘るわよ!その間に、転移魔法陣を緩めるから、それまでなんとかアンタ達でゴーレムのヘイトを取ってちょうだい!」

「………了解しました」

「アンタ達って、もしかしてオレも混ざってる?」

「当たり前でしょ!アンタも男なら働きなさいよ!」

「横暴だよシャルちゃん!オレ、まだ生徒!闘えないの!」


 と言う訳で、なし崩し的に移行した戦闘。

 榊原の若干情けない悲鳴はさておいて、どうにかオレは先ほどと同じ様に粘らなければならないようだ。


「…目標は10分だけど、あたしも完璧に出来るかどうかは分からないわ!とにかく、15分は確実に粘ってよね!死んだら怒るから!」

「無茶を言ってくれる」


 おいおい、さっき以上の時間を粘れって?

 それなら、なんとか頑張って討伐した方が楽な気がして来たのは、オレだけだろうか。

 いや、オレだけなんだろうな。


 眼の前には、ゴーレムの4メートル近い巨体。

 背後は木々と薮に囲まれた完全な袋小路。


 横には分散しているが、榊原とシャル。

 戦闘力が乏しい上に、誰がとは言わないがお荷物が多い。


「クソッ…やっぱり、こんな依頼受けるんじゃなかった…ッ!」


 悪態を吐いても、現実は変わらない。

 殴り殺されて飛び起きて、ああ、夢か、冒険者ギルドになんか二度と行くものか、なんて夢オチだって無い。


 進むしかない生きるか死ぬかの、一択制のデッドオアアライブ。


「榊原は、左方向へ散開!ゴーレムはオレが引き付けるから、シャルを連れて逃げろ!」

「言われなくとも、やりますよ!」

「…ちょっ、ちょっと、どこ触ってんの!?」

「き、緊急事態でしょぉ!?」


 日本刀を抜き放って、指示を飛ばした。

 その指示に従った榊原がシャルを抱き上げて逃げ、何故かストレートを食らってる姿を横目に、


「鬼さん、こちら!」

『ヴォオオオオオオオオオオッ!!』


 先程よりも敵意も増し増し、殺気まで滲んでいるだろうゴーレム。


 突進+プレス攻撃を仕掛けて来ただろう、奴の頭上に向かって跳躍した。

 袋小路に追い詰められたなら、その上へと逃げるしかない。


 迫って来ている腕すらも足場に、人飛びでゴーレムの眼前へ。

 虚ろな眼窩の奥に灯った殺気混じりの赤の光と、オレの目が交差する。


 先にヘイトを取らないと、オレが右に回避したと同時に、榊原達あっちに向かわれても困る。

 ならば、先ほどと同じく、最初は挑発も込めて、


「せぃっ!」


 上段からの回し蹴りを繰り出した。


 今なら脚には、生徒達と揃えて買ったスキーブーツのようなブーツがある為、少しはダメージも軽減されるだろう。

 無論、この程度でゴーレムが壊れるとは思っていない。


 だが、その効果は、若干目測を誤っていた。

 当たり前とはいえ、向こうは壊れないだろうが、こっちの防具が壊れる可能性は考えていなかった。


 脚にじんわりとした痛みを齎しつつ、拉げて凹んだブーツに顔を引き攣らせる。


「やっぱりくそ硬ぇな」


 悪態とも言えない恨み言を呟きつつ、やつの肩辺りを蹴りつけつつ頭上で捻り回転。

 先ほどと同じ様に、奴の背後へと着地したは良いが、突進したゴーレムのせいで今さっきまでオレがいた場所の薙ぎ倒された木々の様子を見て更に顔が引き攣った。


 さっきまで、あんなに力強かったっけ?


 薙ぎ倒した木々の間に、オレがいない事を悟ったのか、ゴーレムはそのまま方向転換。

 そしてオレを見つけたと同時に、その目の奥に灯った赤光が、細められたような気がした。


 意外と、表情豊かなゴーレムだ。

 だたし、怒り以外の表情は持っていないようだが。



***

ぶっ飛んでいる事も、たまには悪手になりますよという教訓を交えた回。

アサシン・ティーチャーはこうして、どんどん魔力の扱いというか魔法の扱いが嫌になっていきます。

ファンタジー世界で魔法を使わないとか、勿体無いにも程がある。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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