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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、特別クエスト編
48/179

39時間目 「特別依頼~ゴーレム討伐~」

2015年10月31日初投稿。


39話目です。

色々と規格外な先生と生徒達が、更に色々と規格外なことに脚を突っ込んでいく話です。


こちらの話も駆け足投稿になってしまって申し訳ありません。

とにかく、話だけでもアップを目指したら、悪い意味でのシンプルイズベストとなってしまいまして…。


今後、気をつけます。

これから、誤字脱字の精査もします。

……アップしてからじゃ、遅いですわ。

※11/1誤字修正

***



 冒険者ギルドへと登録へ向かった翌日である。

 空模様は若干、不機嫌そうだった。


 時刻は朝8時ジャスト。


 手元の懐中時計を見ながら、昨日と同じ道を歩む。

 行き先は、勿論冒険者ギルドだ。


 突然発生した、浅沼曰くイベントクエスト。

 『Sランク承認試験』の為に、こうして準備を終えて脚を運んでいた。


 メンバーは、オレ、間宮、香神、榊原、徳川、永曽根。

 護衛のゲイルを始めとした騎士達が数十名で、一応は2個小隊の布陣となっている。


 生徒達の防具に関しては、急ごしらえよりもこっちの方がマシと考えて防弾ベストを配布してある。

 予備として、10セットあったからね。

 吸血鬼ヴァンパイアに襲われても役に立たなかったこれも、魔物相手ぐらいなら役に立つ筈。

 そう信じたいだけ。


 ついでに、篭手とブーツもクエスト仕様。

 間宮以外の全員が冒険者御用達の防具屋(という名前の服屋みたいなもんだった)で揃えておいた。

 残りの生徒達の分は、後々補充。


 今回は、武器を持たせない代わりに、徒手空拳での戦闘を想定。

 その為に、ちょっと値段は張ったが徒手空拳専用(確かモンク用だっけ?)の頑丈でフィストカバーが付いた篭手と、頑丈だけが取り得そうなブーツを用意した。

 間宮を除いた生徒達にはまだ武器の扱いは教えていない為、これが最低限の装備。


 慣れ切っている永曽根と馬鹿力の徳川はともかく、香神と榊原が若干足元を気にしている。

 ちょっと重いのかもしれない。


 機動力の阻害を嫌って間宮は防具の装着を拒否したけど、お前はそれで良いな。

 ちなみに、オレもブーツだけ履いている。


 武器は腰に引っ下げたホルスターに拳銃二丁と、今回は日本刀を持って来た。

 魔物の多い森の中だし、拳銃は出来ればあまり使いたくない切り札の為、日本刀にした次第。

 勘を取り戻す為に、前に使っていた長刀では無く、脇差よりは長いが割と短めのものを選んできた。

 というか、右手しか使えないから余り長いと、鞘から刀が抜けない可能性が…しょんぼり。


 おかげで、生徒達の視線が何故か若干輝いている。

 まぁ、本物の日本刀も拳銃も見る機会なんて早々無いものな。

 永曽根と間宮は例外として、残りの3人は一応一般家庭の子どもだった訳だし。


 さて、オレ達の荷物も確認したところで、


「お、来た来た!よっす!!」


 冒険者ギルドの前に到着した。

 そこには数名の冒険者集団が屯していたのだが、その先頭にいた少女(?)らしき人物に、気安く挨拶された。


 可愛らしい顔立ちをした子だな。

 身長に似合わず、胸もちょっと大きめだったりする。


 誰だろう?

 知らない顔なのに、顔立ちだけを見るとどこかで見た事がありそうな気がする。


「おはよう。…初めましてで良いか?」

「そうっす!初めまして、『予言の騎士』御一行!」


 手を差し出されたので、オレも手を差し出す。

 がっちりと握られた手は、力強かった。


 その少女は、防寒具で着膨れしていながらも冒険者の格好をしていた。

 年の頃は、16歳ぐらいで身長は小さめ。

 オレの胸元ぐらいまでしかない。


 首には重厚なホルダーと、豊満そうな胸を隠す胸当て防具。

 生徒達と似たような篭手やブーツで手足を固め、背中には大きなハンドアックス。


 この姿だけを見るとウチの生徒達よりも、強そうに見える。


「ウチはレトナタリィ。皆にはレトって呼ばれてるっす。よろしくっす」

「よろしく、レト。オレは銀次・黒鋼だ」

「変な名前っすね。ギンジで良いっすか?」

「ああ。こっちがウチの生徒達。…左から、奏・間宮、克己・徳川、元治・永曽根、雪彦・香神、颯人・榊原だ」


 とりあえず、握手を終えてから自己紹介。

 見事に日本人の名前だから、ちょっと逆にするのが大変だったりなんだり。


「うへぇ…皆、変な名前だったんすね。こっちは左から、ディルゴートン、サミュエル、ライアン、イルグレイスっす」


 そう言って、レトも同じく後ろにいた数名のメンバーを紹介してくれる。


 ディルゴートンは、重厚そうな鎧で全身を固めた大男。

 愛称はディルとの事。

 身長で言えばオレとそこまで変わらないけど、筋肉による横幅は倍以上ありそうだ。 

 背中にはレトと同じくバトルアックスを背負っている。


 サミュエルは、ディルと違って優男のようだった。

 愛称はサミー。

 装備は某RPGの勇者に酷似した姿で、若干軽装備にも見える。

 腰に吊った長剣がおそらく獲物だろう。


 ライアンと呼ばれた青年は、雰囲気がどこか香神にそっくりだった。

 レトと似たりの格好で、若干彼の方が重装備だろうか。

 背中に槍を背負っているが、腰には短剣も吊るされているので遠近両方の戦闘スタイルなのかもしれない。


 最後のイルグレイスは女性で、身長もオレと並ぶぐらい。

 愛称はイーリ。

 ただ、おっとりとした風貌と胸宛のみの装備とローブ姿。

 手に持ったメイスは不釣合いなほどにごついが、おそらく先頭スタイルは魔術師寄りのようだ。


 と、全員の自己紹介が終わったは良いが、


「…それで、君達はどういう集まりで?」

「ああ、そう言えばまだ言ってなかったっす!今回のアンタのAランクの依頼に、案内人兼サポートとしてウチ等が付く事になったっす!」


 ……えっと?

 思わず、生徒達と顔を見合わせて、首を傾げてしまう。

 香神と徳川はなんか納得しているように見えるけど、


「一応、あれだ。…今回の依頼が成功しても失敗しても良いような保険か何かだと思う」

「ああ、なるほど。成功した場合は証人になるし、失敗しても撤退の指示やフォローをしてくれるって事か」


 香神が小声で教えてくれた。

 徳川は大きな声で話そうとしていたようだが、いち早く永曽根に取り押さえられている。

 おお、ナイスアシスト。


 ただし、


「そういう事っす!!」


 レトには聞こえていたらしい。

 よくよく見たら、彼女の耳、形がちょっと違う。

 というか、まんま獣の耳が横向きに生えている。

 可愛いな。


「今回の依頼に同行して、案内をさせてもらう事になってるっす!ウチ等はAランクパーティっすから、アンタ達のお守りぐらいならチョロいもんっす」


 ああ、なるほど。

 彼女的にはオレ達がお守りされる側になってるのか。


 でも、昨日ジャッキーからはこんな話聞いてなかったけど?


「それはそうっす!今日の朝、ウチ等も突然呼び出されて、聞かされたっすから!

 「たった6人と護衛の騎士だけで、Aランク依頼を受けた馬鹿がいるから」って!」

「そんな説明をしたのか、あの熊男…」


 その説明じゃ、確かにお守りと勘違いするだろうな。

 むしろ、お守りになりそうな予感はするけど。


 でも、本当に大丈夫?

 今から行くの、100年以上も達成されていない未達成クエストなんだけど。


「ジャッキーから、依頼の詳細も聞いた?」

「当たり前っす」

「その上で、今回の依頼の案内を同意したのか?」

「そうっすよ!何せウチ等は全員がAランクのパーティっすから!」


 ……ええっと?

 とりあえず、Aランクがどれぐらいのあれだっけ。

 メモ帳を開いて色々と確認すると、ベテラン冒険者となっている。


 ディルやサミーはともかく、レトやイーリは若干心許無い気がするけど。

 本当に大丈夫?


「侮ってるっすね!ウチが小さいからって馬鹿にするなっす!」

「いや、侮ってるというか、実力を知らないから戸惑ってるだけ」

「実力を知らないっ!?ウチ等の事、聞いた事もないっすか!?」

「うん」


 だって、冒険者と触れ合うのは、昨日が初めてだったし。

 ついでに言うなら、会話という会話がジャッキーやクロエとしかしてないし。


 憤慨したのか、レトの顔が真っ赤になっている。

 歯を剥きだしてぐるぐる唸っているけど、もしかしなくても獣人の子だよね。


 と、そこへ冒険者ギルドから出てくる人影を見た。

 レトは怒りで気付いていない。


「聞いて驚けっす!ウチはここのギルドマスターのむ、…ぐへっ!!」

「あからさまにオレの名前をひけらかすなって、何度言えば分かる!?」


 出て来たのは、熊男ことジャッキーで、彼は出て来たと同時にレトに向かってゲンコツを繰り出した。

 地味にオレよりも痛そう。


「いっ…イッターーー!!何するっすか!」

「何してんのかはこっちの台詞だ、馬鹿娘ぇ!

 ギルドの前で騒ぐな!

 オレの娘である事をひけらかそうとするな!

 ついでに言うなら、テメェ等もなりたてのAランクの癖に、デカイ態度を取るんじゃねぇ!!」

「うるせぇっす!

 頭と耳が痛いっすよ、クソ親父ぃ!!」

「あんだとぉ!?」


 どっちも五月蝿い。


 ただ、彼女達のパーティは止める気は無さそうだ。

 ディルとライアンが若干慌てて、サミーとイーリが呆れたような顔をしている。


 ふむ、とりあえず理解は出来た。

 彼女達がオレ達の案内役兼サポートに付いたのは、おそらく実績を踏まえた上でのジャッキーの娘がリーダーのパーティだからだろう。

 親の七光りとは言わないが、ちょっと名前に依存してしまっている困った少女のようで。


「悪かったな、まともな説明していなくて」

「いや、良い。微笑ましい親子喧嘩が見れたしな」

「どうも、オレの名前のせいで頭でっかちになっちまってるようでな。

 …っと、改めて説明するが、コイツ等が今回は案内役兼サポートに付くことになった。

 まだ信用は出来ねぇからな」

「心遣いは感謝する。ただ、大丈夫なのか?

 一応、生徒達のフォローなら慣れているが、」

「自分の身ぐらいは自分で守れる連中は用意した。

 Aランクパーティは、伊達じゃねぇよ」

「なら、良いが」


 遠まわしながら、安全は保障しないと伝えたが、どうやらジャッキーの言うとおり大丈夫なようだ。

 そんな大丈夫だとお墨付きを受けた筈のパーティのリーダー、レトは相変わらず頭を押さえて唸っている。

 痛かっただろうさ、ジャッキーの拳だもん。

 オレの場合は、ゲイルから殴られるのと同じぐらいなもんだろう。

 想像するだけで痛いのか、生徒達も顔を青くし、殴られ慣れている筈の徳川が引き攣った顔をしていた。


「まぁ、とりあえず、馬鹿な娘だがよろしくやってくれ。

 もし、馬鹿な真似したら、ふん縛って放置してくれても構わねぇからよ」


 それ、娘に対する台詞じゃない気がする。

 まぁ、了承するけど。


 了承しないのは、勿論レトだ。


「そ、それが娘に言う台詞っすか!?見損なったっす!」

「テメェが黙って大人しくしてりゃ良い事なんだよ!!」

「うるせぇっすよ、クソ親父!親父の方がよっぽど黙るべきっす!」


 そして、二度目の微笑ましい親子喧嘩。

 再度、ゲンコツがレトの頭を直撃すると、オレまで頭頂部が痛くなった気がした。


 ジャッキーはなるべく怒らせないようにした方が良いかもしれない。


「…にしても、お前等、随分と軽装だな」

「そうだろうか?これでも、一応は万全を期しているんだが、」


 というジャッキーの言葉通り、確かにレト達の格好や騎士達の完全武装を見ると若干軽装備に見えなくも無い。

 近代的な防弾ベストは凄いもんだぞ、一応。

 剥かれたら役に立たないけど…げっそり。


「お前もそっちの餓鬼も、武器ぐらいしか持ってねぇな。後は、ブーツか?」

「上着の下に、帷子みたいなものを着ているから一応は平気だ」

「この武器は?」

「オレ達の世界の武器で、「刀」という」


 あんまり見せびらかす事はしたくないが、鯉口を切って刀身を少しだけ見せる。

 鞘に収められた刀剣というのは見慣れたものだろうが、この形はあまり普及していないらしい。


 ジャッキーとレトが揃って眼を輝かせていた。

 似たもの親子?というか、武器マニアなのか?


 後ろでは生徒も小さな歓声を上げたが、なんか居た堪れなくなってきた。

 とっとと、鞘に戻す。


 ここに来て、ジャッキーもオレの左腕に気付いた。

 異世界こっちの人間てなにかしらで、気付くのが早いね。


「…左腕は?」

「麻痺して動かない。…元軍属なんでね」

「依頼に問題は?」

「不便ではあるが、問題は無さそうだな。もう5年以上付き合ってるんだから慣れてる」


 心配御無用である。

 やろうと思えば、口に咥えてでも使えるから。

 なんか、そんな感じで3本も刀使ってた剣士とかいたけど、どんな漫画だったっけ?

 真似した覚えがあるけど、覚えてない。


「まぁ、何かあったら、ウチの娘を使ってくれや。なんだったら、盾にしても良いからよ」

「それは恨まれそうだから、遠慮する」

「そうっす!!恨むっすよ、アンタも親父も!!」


 いつの間にか復活したのか、レトがまたしても親父さん(ジャッキー)に噛み付いていた。

 メンバー達もやや呆れ顔。

 なんか、これがいつもの風景っぽいな。

 放って置こう。


 とりあえず、出発しましょうか。



***



 例のクエストの為に、移動を開始。

 場所はダドルアード王国東方に位置する森『クォドラ森林』。


 ダドルアード王国の裏門となる、東側の門から移動する事1日。

 更に森の中で依頼をこなす予定日数が、3日。

 帰り道でも1日消費する予定なので、合計5日間の遠征となる。

 結局、遠征になっちゃった。


 残りの生徒達には悪いが、5日間は強化訓練のみとなる。

 ついでに、オリビアと騎士団の護衛があるので、戦力に関しては心配はしていない。

 飯などは騎士団で手配してもらったので、それも問題なし。


 むしろ、問題はオレ達だし。

 

「えっ!?…アンタ等、一度も討伐した事ないっすか!?」

「そうだよ。冒険者登録したのも、昨日が初めてだし」

「えーーーーっ!?」

「それで、いきなりSランクとか…」

「…うむ。世知辛い」


 レトにはこれでもかと驚かれ、サミーとディルに呆れられ、ライアンとイーリには無視される。

 なんか、ライアン達は騎士が大の嫌いみたいで、それとつるんでいるオレ達も一緒に嫌いみたいね。

 はぁ、面倒くさい。

 これで、5日間も過ごさなきゃ行けないみたいだし。


 後、レトは結局五月蝿い。

 間宮や無口そうなディルを見習って?


「えーーっ!?アンタも、Aランクっすか!?ウチより小さいのに!?」

「(こくり)」

「……オレ、10年も苦労したのに、」


 間宮は、純粋に全員から驚かれている。

 そりゃ、見た目だけで言えば、この生徒達の中で一番強いとは思えないだろうしね。


 それと、ディルさんごめんなさい。

 10年も苦労したアンタを抜かして、Sランクとかになっちゃって。


「ねぇ、先生。あっちから、魔物が来てるけど、」

「殴り殺しておけ」

「その指示もどうなの!?」

「実戦訓練だ。この際型は気にしないから、殴りまくれ」

「鬼!!」


 と言う形で、ちょっとした榊原へたれをけしかけて魔物の討伐をさせたり。


「間宮、頼む。武器を扱う時ににやけるな。ニヤニヤするな。瞳孔を開くな」

「(え?どうしてですか?)」


 怖いからだよ、馬鹿弟子まみや

 ちゃっかり初めての討伐を完全にさくさく進めるのも、心が折れるからやめて。


「先生、コイツ飼って良い!!めっちゃ可愛くねぇ!?」

「噛み付かれる前に、元の場所に捨ててきなさい」

「えーーーーーっ?」


 いくら四足歩行とは言え魔物を飼おうとするな、馬鹿者とくがわ

 そして、お前は、その魔物を素手で締め上げて連れてこようとするな。

 嬉々とした無邪気な表情が、自棄に怖かったから。


「手加減が難しいな」

「いや、当てる方が難しいだろうがよ」

「勝手に戦闘に移行するな、元暴走族バトルジャンキー!香神も一緒にならないっ」

「「ごめんなさい」」


 やめて、オレの指示以外の場所で戦おうとするの。

 そして、お前等もやっぱり簡単に魔物をさくさく殴れって討伐出切るだけの能力があるのね。


 まともなのが、榊原だけってどういう事?


 しかし、オレの隣に立ったゲイル(そういえば、存在を忘れてたよ)から一言。


「大丈夫だ。全員まともじゃないから」

「それ、褒めてねぇし慰めてもいねぇよ?むしろ貶してるって分かってるか、この犬畜生」


 とりあえず、最終的にゲイルにゲンコツを落としておいた。


 その姿を見ていたレト達には、更に呆れられた。

 というか、


「…これで、初めてとか嘘っす」

「…オレ、10年も苦労したのに…」

「多分、種族が違うんだと思うよ?」

「…なんか、あれ見ていると馬鹿らしくなってきたな」

「そうですねぇ。それにしても、ギンジさん素敵」


 ………泣かれてるわ、人間疑われているわ、呆れられているわ。

 しかも、最後のイーリさんの台詞には、ちょっと男として思わず反応しちゃったりなんだり。


 後、この後からちょっとずつ、ライアンとイーリが多少心を開いてくれたよ。

 なんでも、ゲイルが殴られている姿を見て、騎士を嫌っている理由が分からなくなったらしい。

 それも、それでどうなの?


 こんなんで、本当に大丈夫?

 初クエストにして特別依頼なんてものが、今後益々不安となっていく。



***



 ダドルアードを出立して、早一日が経過。

 東の森に差し掛かった広場で野営をして、その翌日に本格的な依頼達成に向けて移動する。


 事前情報としては、人が立ち入る事すらも拒絶する森、その名も『クォドラ森林』。

 ダドルアード王国東に位置するこの『クォドラ森林』に、人は住んでいないというのは当たり前。

 滅多に人が寄り付かなければ、立ち入る事すら稀だと言う。

 一応、この森を迂回して回る街道のルートがあるらしいが、そこも滅多な事では使われないらしい。


 ただし、そんな森に踏み入るその間にも生徒達の実戦訓練の指導は忘れない。


 眼の前に迫る、猛威。

 鋭く尖った牙を剥き出しにして、人間目掛けて迫り来る獣。


 ヘルハウンド。


 割とメジャーなこの魔物は、現代育ちのオレ達からして見ればまるでドーベルマンだ。

 ただし、危険度数がかなり違うけど。


「良く引きつけろ!空振りだと、隙を見せる事になる」

「よしっ」


 オレの声と共に、先走りそうになっていた香神が踏みとどまった。

 相手を引きつけ、丁度良い位置を見極めて右のフックをお見舞いし、見事にヘルハウンドの頬を打ち砕いた。


 香神は、なんとか合格。


「榊原は力を抜け。力み過ぎだ」

「はいっ」


 震えているのか、ただ単に気張り過ぎていたのか。

 肩の力を抜いた彼は、すんなりと敵の動きを見切って華麗に突進を避け、がら空きになった胴へと追撃する。


 榊原もなんとか合格だな。


「動きを良く見ろ!敵の動きを予測するんだ!」

「おうっ」


 これと言って、先走りもせず力みもしない永曽根はさすがに慣れている。

 オレの言葉を良く聞き、敵の動きを正確に読み切った永曽根が上段蹴りでヘルハウンドの首を圧し折った。


 永曽根は文句なしで合格。


「眼の前の敵だけに集中、意識は拡散するな」

「うんっ」


 落ち着き無く、集中力を欠いていた徳川は、とにかく落ち着け。

 だが、いざ相手を前にするとその散漫な注意力はしっかりと相手を叩き落す事に向いたようで、ご自慢の怪力で頭から殴って背骨までを圧し折ったようだ。


 徳川も及第点だが合格と。


「……お前は、トドメ」

「……(しょんぼり)」


 間宮は、別に合格云々関係ないだろう。

 だって、オレの弟子なんだからこれぐらいは出来て当然。


 全員がヘルハウンドを殴り伏せ、まだ息のあるヘルハウンドには間宮が素早く動き回ってトドメを刺して行く。

 脇差を延髄に突き立て、一発で殺して回る姿はまるで必殺の仕事人だ。 

 そのうち、テグスやらかんざしでも使い始めるかもしれない。


 さて、結果をメモメモ。


 それを後ろから眺めているのは、オレ達の護衛の騎士団と、Aランク冒険者パーティーの面々。

 今回のAランクの初任務の案内役兼サポートとして、同行してくれている。


「これが実戦訓練とか嘘っす」

「……十分、実戦」

「やっぱり、種族が違うよ」

「…小さいのが一番怖いと思ったのはオレだけか?」

「ギンジ様、指示を出す姿も凛々しい…」


 ジャッキーの娘のレトナタリィ・グレニューこと、レト。

 同じパーティーのディルゴートンこと、ディル。

 同じくパーティーのサミュエルこと、サミー。

 ちょっと香神に雰囲気が似てる同じくパーティーのライアン。

 やっぱりパーティーでオレに薄ら寒い熱視線を向けているイルグレイスこと、イーリ。


 そして、やっぱり泣かれるわ、人間を疑われるわ、呆れられるわ。

 イーリさん、オレもそろそろ背中がむず痒くなってきたからやめて。


 急遽同行する事になった案内役としての仕事は良いとして、兼任サポートは今のところ必要無い。

 魔物に対しては、初めての割には生徒達も対応できているからな。

 色々物申したいところは多々あったとしても、現状で言えばギリギリ及第点という所だが。


 そんなギリギリな結果でもメモを取っていると、背後に見知った気配。


 ゲイルだ。


 後方待機と警戒に当たってくれている騎士団の報告にやってきたらしい。

 今回の任務は騎士団絡みでは無く冒険者ギルドの依頼なので、護衛以外での手助けは不要と通達してあったからな。


「問題は無さそうだな」

「うん、概ね」

「…概ねというと、何か不備でも…?」

「ちょっと生徒達が力不足かな?」

「……あれで?」


 真顔で聞かれた。

 まぁ、コイツの考えもある意味では分かるし、ある意味では分からない。


 けど、これは結構問題よ。

 三ヶ月も続けている強化訓練の中には、こうした肉弾戦用の型も取り入れていたのに、この数時間でオレが生徒達に何度も指示を出さないといけないぐらい瓦解しているし緊張している。


 初めての実戦だから仕方ないのかもしれないけど、このトップ5の生徒達でこれなんだからその下の生徒達だと実戦訓練自体が難しいかも。


 間宮を見てご覧よ。

 そりゃ、年季が違うから比べちゃ可哀想とはいえ、あれがお手本。


 勿論オレと比べちゃいけないのは分かっているが、せめてあれぐらい淡々と魔物を倒せるぐらいにはなって欲しいし、なって貰わないと後々困る。


 オレ達は今後、もっとデカイ魔物やら、強力な魔族やらと御対面しなくちゃいけない立場らしいからな。

 『予言の騎士』とその『教え子達』なんだから、体裁だけでも戦闘出来るように整えておかなきゃいけない。

 とりあえず、これから要調整。


 お前も、後方警備に戻って良いよ。

 こっちは、間宮もいるし、サポートなら冒険者パーティーがいるからそこまで問題無いし。


 と、そう言ってぞんざいにゲイルを追い払った直後、


「先生、後ろッ!!」


 オレが立っていた真後ろの茂み。

 そこから飛び出て来たのは、相も変わらずこの辺一帯を生息地をしているであろうヘルハウンド。


 奇襲成功とでも言うかのように、すでに大口を開いて飛び掛って来ている。

 まるで、オレを仲間の仇と認識しているかのようだ。


 だが、しかし。


「うん、知ってる」


 それは元々気付いていたから大丈夫。


 とりあえず、メモをしている手は休めずに、回し蹴りで仕留める。

 ああ、畜生、文字がずれた。


 首の骨をかっちり折ってやって、地面を滑っていく死骸には眼を向けない。


 地面を臨死スライディングして行ったヘルハウンド。

 それは、そのままゲイルの足を直撃して彼をよろめかせて終了していた。

 ホームベースは踏めなかったようなので、アウトー!……らしい。

 (だって、オレ見てないもん)


 後はよろしく、ゲイルに騎士達。

 こっちは本気で野球をやってた訳ではないし、首の骨も圧し折っているからトドメもいらんだろう。

 (ゲイルが何故か睨んでいたらしいが、何を不服に思ったのかは理解不能)


 そして、オレはメモを終えて、生徒達に向き直る。


『………。』

「(ギンジ様ですから、当たり前です)」


 生徒達が絶句。

 間宮だけは良く分かっているが、なんだその無駄な自信。


『…初めてとか絶対嘘だ…』

「ああ、ギンジ様、凛々しい…っ!」


 Aランク冒険者パーティーの面々も絶句。

 イーリさんだけ何かが違うけど、そのピンク色の気持ちに応えられないのでノーコメント。


 ゲイルや騎士団に関しては、すでに表情に諦念を浮かべて溜め息混じりだった。

 あれ?



***



 さて、東の森に入って早数時間。


 戦闘を冒険者パーティーと、中堅にオレ達、後背には騎士団の護衛という布陣で森の中を進む。

 流石にAランクの冒険者パーティーというだけあって、レト達もなかなか素早い魔物の討伐を行っている。

 やはり、武器で切る突く魔法で叩く、そんな動作も堂に入っているし、なによりも戦闘に華があるのは良いものだ。

 この場合の華は、女性じゃなくて派手さだから、勘違いしないように。


 そんな華のある戦闘を見て生徒達もやや目を輝かせていたが、そこで比較対象にオレや間宮を出すのは可哀相だからやめる様に。

 オレの裏社会での年季はそれこそ違うし、間宮に至っては育ちが既にチートだから。


 閑話休題それはともかく

 早くも懐中時計の時間が11時を差そうとしている時に、


「うし、ここで止まるっす!」


 声を張ったのはレト。

 怪訝な顔をしてしまったが、素直に進軍を停止したオレ達。


 彼女は徐に振り返ると、メンバー達も各々道具を確認したり、武器を確認したり。

 ディルがロープを取り出したのは、一体なんだろうか。

 そして、イーリが道具袋から出した煙玉のようなものは、一体何の用途があるのか。


「ここから先の森の中は、転移型空間干渉の魔法が掛かっているっす!」

「初めて見る方も多いでしょうから、実演しますね」


 レトとイーリが説明してくれたのは、この森の転移型空間干渉魔法。

 通称、『迷路メイズ』。


 東の森の更に奥深くはほとんどが、その『迷路』の魔法によって完全に亜空間となっているらしい。

 入り口から入ったつもりでも、いつの間にか森の中を歩き回ると入り口に戻される。

 逸れても入り口に戻る事さえ出来ればなんとかなるが、その分戦力が分散するので気を付けなければならないとの事だ。


 さすがは、なんでもありの異世界だな。


 そして、その亜空間を破る方法は現時点では存在していないとの事。

 だから、この依頼もAランクに該当して、達成不可能になっているのだとか。


 ………それ、今更じゃない?

 初めに言ってちょうだいよ。


 それ知ってたら、こんな依頼受けないで、幽霊屋敷の取り壊しの方をやったから。

 やっぱり、間違ったというか早まった。


 ついつい表情にも、不満が表れてしまう。


「…そ、そんな顔しても、仕方ありませんよっ。で、でも可愛い…!」

「い、いや…イーリさん、ストップ。カムバック」


 不満気な顔が可愛いとか言われても嬉しくない。

 妄想の世界へか異界へかは別として暴走しかけたイーリさんは、即座に現実に帰還するように。


「ゴホン。ただし、事前にこうした準備をしておけば、大丈夫です」


 と、咳払いも空々しくイーリの説明が続く中、ディルがロープを持って憮然と立っている。

 少し彼の性癖を疑ってしまう光景だ。

 フルフェイスの兜を被っているから、表情も見えないけど、なんとなく嬉しそうにしているのは気のせいだよね?

 

 ちなみにそんな性癖とは関係なく、ロープを持っていたのにはそれなりの理由があった。


「まずは、このロープで、分散を防ぎます」


 森に入る前にそれぞれのメンバーの一部分だけでも良いのでロープで繋ぐ。

 誰かが少し道を逸れたとしてもロープがあれば繋がっているから、分散される事もなく一緒に転移も出来るし、遭難の危険も少ない、と。


「…問題は、動きがかなり制限される事ですが、それだけは御了承を」

「ああ、分かった」


 まぁ、そういうデメリットもあるわな。


 郷に入れば郷に従え、とよく言うが専門家の意見には素直に従っておいた方が良い。

 生存確率が少しでも増えるなら、それに越した事は無いしな。


 ただし、全員を一つのロープで繋ぐ事は不可能に近い(縦一列に並んだら横合いからの襲撃で全滅の可能性も有り得るから)ので、一応メンバーをばらけて今回限りの暫定パーティーを構成。


 まずレトとサミーのベテランパーティーに、オレと榊原。

 能力値の配分の問題である。


 次にライアンのみの戦闘特化パーティーに、間宮と香神。

 これも能力値の配分に乗っ取った形。


 最後にディルとイーリのこれまたバランス型パーティーに、永曽根と徳川。

 これは徳川の暴走を抑える緩衝材としてだ。


 ゲイル達騎士団はそのまま騎士団のみ。

 彼等はもうチート級の最凶(・・)騎士団長がいるので、問題なかろうよ。


「さて、最後にもうひとつ、お渡ししたいものがあります」


 と、イーリから渡された(何故か手を握りこまれたけど)のは、先ほど彼女が取り出した筈の煙玉。

 形状は焙烙玉(爆弾)のようにも見えるが、この時代には爆弾が無いのは把握している。


 とすれば、やっぱり煙玉だろうか。


「この森は常に入り口に戻されてしまいます。なので、一定時間ごとに、この煙玉を焚いて今まで進んだであろう場所を把握したいと思っています」

「森の外からなら、煙も見えるって事か?」

「そうです。…ただし、どのパーティーも入り口に戻された時点で、再度やり直しにはなりますけどね」

「……うん」


 面倒くさい。

 というか、今更だけどこのクエストが未達成の理由が分かったかもしれない。


 「地獄だった」っていうのは、文字通りの意味ではなく揶揄だ。

 だって、こんな虱潰し(ローリング)作戦は、騎士団の規模であっても大変だろうからな。


 やっぱり、色々(※冒険者ギルドへの登録云々)間違ったというか、早まったかもしれない。

 


***



 さて、問題です。

 小学生でも解けそうな簡単な問題です。


 この森には、移転型空間干渉魔法『迷路メイズ』が掛かっています。

 パーティーを分断させられる上に、一定時間の後に強制的に移転させられ、勝手に入り口に戻されてしまうというシステム。

 おかげで、単独での攻略は難しいAランクの任務場所ともなっている。


 その為、パーティーの分断を避ける為に縄で体の一部を繋いで動く必要があったので、とても動きづらい状況が続いていた。


 縄は大体2メートルの距離を置けるぐらいには、長く取ってあった。

 オレは役立たずとなりつつある麻痺した左腕に繋いで、榊原も同じく利き腕では無い左腕。

 レトもサミーも確か腰か腕で繋いでいた筈。


 しかし、ここで質問。

 というよりは、問題発生。


 分断を防ぐ為に繋いでいた縄が切れてしまった場合はどうしたら良いでしょうか?


「これ、確実に逸れたよね」

「うん」

「先生、現実逃避してない?」

「うん」

「認めるの早い!現実逃避辞めていますぐ現実を見て!!」


 オレの答え・現実逃避するしかない。


 オレ達の眼の前にあるのは、見事に切れた縄の切れ端。

 見た限り解れて切れてしまっているからナイフとかで切られてとかじゃなくて、経年劣化だわ。

 それはもうどうしようも無い。


 森の中、進退窮まって取り残されたのは、オレと榊原。

 煙玉は一応二つ渡されているので、作戦の通りに煙玉を使った場所の特定は出来るかもしれないけど、まず戦力を分断されてしまった、むしろ逸れてしまったおかげで、確実に死亡確率が高まった事に他ならない。

 ………やっぱり、平穏無事に終われる依頼は、オレ達の前には無さそうだ。

 これって、オレがトラブルメーカーなのかな?


 それはさておき、現在の状況を再度確認。


 転移型空間干渉魔法とやらは、確かにこの森全体を覆っているようだ。

 最近分かり始めた魔力の膨大な気配が、この森には途切れる事無く続いている。


 ただ、この先をまっすぐ行った所に、魔力の塊のようなものが鎮座している気がするのは気のせいだろうか?

 いきなり森の主との御対面とか言わないよね、これ。


 まぁ、今回は森の中にいるゴーレムを回収、もしくは破壊をする依頼だった筈なのでわざわざ近付く道理は無い。

 出来れば、早々に森の入り口を目指したいので、逆方向に進む事にしよう。


「えっ、ちょっ…移動するの?」

「ああ。勝手に入り口に戻されるシステムなら、いくらか歩き回れば森の外には出られるだろう」

「…そりゃそうだけど、迷子の時はあんまり動き回らない方が良いんじゃないの?」

「じっと固まっていても、魔物の獲物になるだけだけど、それでも良いなら、」

「動きます」

「………よろしい」


 これが現代の森ならその方法で良いけどね。


 ただ、魔物が繁殖してわんさか襲ってくるようなこの異世界の森には、そんなルールは適応出来ない。


 戦力が乏しいのは仕方ないとして、問題は榊原がどれだけこの状況でどれだけ動けるかにもよるな。

 オレだけならまだマシだったかもしれないけど、コイツは武器が肉弾戦特化の手甲だけだ。

 刀やナイフの使い方もまだ教えていないし、銃なんて論外。

 うん、やっぱり今更だけど、生徒を牽引しながら依頼の続行は無謀だったかも。


「巻き込んでしまって悪かったな」

「いや、良いよ。…というよりも、逆に先生と一緒だったから良かったかも」

「うん?」

「だって、マンツーマンで指導して貰える、滅多に無いチャンスだからね」


 それもそうか?


 というか、結構楽観的な考えだな、と怒りたい。

 ただ、怒ったとしても今の現状では、その楽観的な考えでいたほうが精神衛生上には良いのかもしれない。

 まぁ、榊原はどうにも、オレへの依存が他の生徒達よりも大きいと思われることが多々あったから、こうして改めて2人で行動するのは、彼にとっては安心感の方が強いのかもしれない。

 あのクラスの中で、早々とオレと打ち解けたのも実はコイツだったからな。


 楽観的なところは後々修正していくとして、今回ばかりはオレも榊原の考え方には共感しておこう。

 マンツーマンで実戦経験の指導が出来ると思えば、確かに儲けものかもしれないし。


 さて、ではさくさくと移動…、


「あ…」

「えっ?」


 移動しようとした瞬間、ぐわん、と頭が揺れるような浮遊感。

 眩暈と共に襲い来る身体に掛かる強烈な負荷。

 オレはともかく、榊原は蹈鞴を踏んでオレの背中に激突した。


 これ、間違いなく移転したな。


「…今の分かったか?」

「う、うん…なんか、勝手に体が引っ張られた感じ…」


 榊原の言う事ももっともだが、一番分かり易いのはジェットコースターのような高所からの落下だ。

 強烈なGが掛かってその後はスピードに任せて、上に下に乱高下するような感覚。


 それが、強制的か任意的なものかは別として。


「とりあえず、また変な所に転移させられる前に移動しよう」

「うん、そうだね。早めに入り口に戻れる事を祈りますか」


 とりあえず、一応念の為。

 魔物の襲撃に備えて、オレも腰に下げていた日本刀を抜く。

 鞘に収めた状態であっても即時対応が出来ない事も無いけど、榊原を守りながらの移動ではちょっと心許無いからな。


 はてさて、どうなることやら。


 いつの間にか、森の奥にあった筈の魔力の塊は遠くに移動していた。

 これも入り口に向かっているサインと考えられるなら、実質ありがたいものなんだがな。


 ただし、


「……先生、ここ、さっきも通った気がする」

「奇遇だな。オレもだ」


 同じ箇所をぐるぐる回っている現状が、1時間以上も続かなければの話だが。


 ああ、もう面倒くさい!!

 迷路のようなアトラクションの話は楽しいだとかなんとか色々と聞いていたが、何が楽しいのか本気で理解出来ない。


 絶賛迷子中のオレ達に喧嘩を売っているとしか思えない。

 心底げっそりした。



***



 それから、試行錯誤を続けながらまた、1時間。

 未だにオレ達は森の中を彷徨っている。


「これ、本格的に戻れなくなったとかじゃないよね…?」

「当たらずとも遠からずって所か…」


 懐中時計を開いて時刻を確認。

 早いもので1時間以上は経過し、昼時を大きくまわっていた。

 転移させられる度に木の幹に日本刀で傷を付けて、更に転移などを繰り返しているが、一向に入り口に抜ける気配が見られない。


 先ほど感じていた魔力の塊のようなものも遠くなっていく一方ではあるが、その代わりにやはり入り口に辿り付く気配も無い。


 というか、むしろこの遠くなってる魔力の塊を目指した方が良いとか言わないよな?

 それがもしかして、ゲイルとか言わないよな?

 あの魔力の塊がゲイルだって言われたら納得は出来るけど、もしそうだとしたらどんどん遠くなっている挙句、位置を離されている事になるのでとっても不安です。


 不安なのは、榊原も一緒なのか、先ほどよりも口数が減ってきている。

 単純に疲労も蓄積されているとも言える。


 先ほどから二度の転移と二桁に迫る魔物との戦闘、そして強制的な2時間程の徒歩移動。

 幾らスタミナがあって鍛えているとは言っても、流石に一般市民の現役高校生を酷使させる訳にもいかないか。


「…ちょっと、休憩しよう。オレも少し疲れてきた」

「ああ、うん。…良かった。先生が、疲れ知らずのサイボーグとかじゃなくて」

「お前がオレをどう思っているのか、今分かった」


 オレの事サイボーグとか思ってたの、お前。

 休憩取り消して、後1時間ぐらいぶっ通しで歩かせてやろうか?


 というのは、大人気ないし労力の無駄なのでやらない。


 近くの木の根元と、切り株?みたいなものに腰掛けて、一旦ブレイク。

 シガレット片手に一服した。

 (自棄に煙が目に沁みたよ)


「…魔物は多いけど、ゴーレムみたいなのは見当たらないね」

「そうだな。まぁ、この広い森の中で、何体もゴーレムに遭遇するような事態は避けたいから助かっていると言えば、助かっているが」

「同感」


 榊原が苦笑と共に水筒の水を煽る。

 ちなみにこれ、魔法陣が水筒の底に掘り込まれているので、魔力に反応して自動的に水を供給してくれるものだ。

 ただし、榊原は魔力がとんでも無く少ないので、補充はオレの仕事。

 ほら、オレ、魔力オバケらしいし。


 なんて、悲しい現実を思い出しつつも、オレも同じように水筒の水を煽る。

 喉を乾かして脱水症状という現状は避けられているのは良いが、このままだと体力の問題でジリ貧確定だな。

 さすがに、野営をする為の準備も無いから、このまま夕暮れ、もしくは森で一夜を明かすのは自殺行為だし。

 気になる事も多いし。


 知らず知らずのうちに、溜め息が漏れた。


「…先生も不安?」

「………お前ほどでは無いがな」

「強がっちゃって」


 ぐ、とオレも押し黙る。

 虚勢、と言うか痛いところを突かれたものだ。


 今までも榊原はどこか達観した様子で、このクラスの全体を見ている生徒だった。

 問題を起こしたのは実際永曽根とガチで喧嘩した時ぐらいで、特に目立って問題児だった訳では無い。


 オレの事も、何かと気に掛けているようだ。

 生徒に心配されている先生であるオレって、本当にどうなの?


 耐え切れず、またしても溜め息を吐いた。

 ただ、榊原はその溜め息に何を思ったのか、苦笑を零していた。


「…先生さぁ…最近はそうでもないけど、こっちに来た当初凄く息詰まってたじゃん」

「まぁな…」


 最初の時。

 と、言えばおそらく異世界クラス発足の丁度その時の事だろう。


 色々と面倒事が連発していたので、確かに余裕が無かったのは自他共に認めている。

 思い返すと、そこはかとなく恥ずかしいけど。


「でも、先生だって人間でしょ?」

「…ああ。少なくともサイボーグではない」

「それは揶揄でしょ~」


 くすくすと歳相応の笑顔を見せた榊原。

 生意気そうに見えて、根は素直な性格をしている。


 ただし、


「だから、今回もオレの事まで背負う事無いよ?」

「………」


 その次に続いた榊原の言葉は無視できない。


 「背負うな」というのは、一体どういう意味なのか。

 そのままの意味で捕らえるのは、危険な気がする。


 押し黙ったオレに気付いて、慌てて榊原が補足する。


「別に見捨てろって言ってる訳じゃないよ?それは、流石にオレもまだ怖いし、出来ればして欲しくない」

「…なら、どういう…?」

「自分の身は自分で守るよ。だから、先生もあんまり思いつめないで欲しいし、考えを煮詰めないで欲しい」

「…落ち着けと言っているのか?」

「まぁ、そんな感じ」

「……善処しよう」


 驚いた。


 榊原にはまたしても諭されてしまった気がする。

 以前も旧校舎の地下室発見の折に、こうして諭された事を思い出す。


 知らず知らずのうちに、オレが焦っていたのは見抜かれていたのかもしれない。


 いや、確かにちょっと自覚はあった。

 魔物との戦闘も、指導をする前に終わらせたり若干ハイペースに進んでいたりと、後ろから付いて来るだけだった榊原にとってはそれが余裕を失っているように見えた。

 他にも要因が無い事は無いが、良く見ているものだ。


 情けないことに、オレよりもコイツの方が、幾分冷静だったらしい。


「…悪い」

「ううん。別に謝罪はいらない。愛されてるな~なんて自覚もあるし、安心感もあるから。その分、先生が思い詰めて怪我したりしないか冷や冷やしているのが、ちょっと気になっただけだし、」


 ごもっとも。

 確かにオレもちょっと冷や冷やしていた。


 魔物の討伐が、二桁に迫りつつある。

 現在、正確に言えば8回の襲撃を受けて、合計13匹の討伐を終えた。

 配分はヘルハウンドが10体とハイファルコン1体、名前が分からない植物系の魔物が2体だ。


 ほとんどオレにとっては雑魚も同じだったが、これがこのまま続くとなると話が別だ。

 慎重に行きたいのに、魔物に遭遇する度にペースが乱される。

 そして入り口に戻れない事で、更に焦ってペースが速くなる。


 落ち着けと諭される訳だよ、情けない。


「…無理しないでよ、先生。まだ、オレ達先生無しじゃ、この世界では生き残れないからさ」


 最初に、同じように言われた事を思い出す。

 あの時も、榊原はこうして悲しげな顔をしていた。


「…分かってる」


 座りが悪くなって、立ち上がる。

 榊原も釣られるようにして立ち上がり、悲しげな顔は一転。

 彼は、いつもの飄々とした笑顔に戻っていた。


 その飄々とした笑顔は、それでも1年前と比べて逞しく感じるのはオレだけではないだろう。

 いつの間にか成長していた生徒の一人。


 頼もしいものだ。


 はてさて、休憩もこれで終了。

 出来れば体力はもう少し温存したいが、榊原のおかげで気が変わった。


 焦らず、急がず、マイペース。

 ついでに、問題は先に解決しておこう。


「じゃあ、移動する前に、少し良いか?」

「うん、何?」


 さて、それでは、ちょっとしたイベントをお付き合いいただく。


「さて、問題です」

「えっ?いきなり?」


 そう、いきなりですが。

 コイツなら、もしかしたら気付いているのかもしれないけど。


「ここ、さっきも移動した場所なのは、気付いているか?」

「うーん、なんとなく?…でも、先生の付けた木の幹の跡は、無いよね?」


 そうそう、木の幹の跡は無い。

 1時間前に使い切った煙玉もその煙も近くには見当たらない。


 ただし、この森には一見すると当たり前のようで、当たり前ではないものがあるんです。


「さて、それはなんでしょう?」

「………えっと?もしかして、それ?」


 それ?と榊原が指を指したのは、オレの後方、更に足元。


「正解」


 オレが先ほどまで座っていた切り株である。

 断面は綺麗なもので、断面の幹がささくれ立ってもいない。


「えっ?でも、森なら当たり前じゃないの?」

「……事前情報を思い出せ」


 ゴメン、ちょっと買いかぶり過ぎてた?

 榊原なら、説明も無しですぐに気付くとは思っていたんだけど。


「あっ…そっか。…滅多に人が立ち寄らないって言ってたし、そもそも人が住んでる森じゃないんだっけ。なら、切り株があるのは可笑しいよね」

「そう、正解」


 ただ、ヒントがあれば、榊原も答えを自力で見つけ出した。

 よしよし、頭の回転もそれほど悪くない。

 今後そう言った注意力を伸ばしていくのも課題として、次の質疑に移る。


「では、今度はこの切り株の可笑しいところを、」

「それは分かった。断面が綺麗過ぎるっ」


 あ、今度は早かった。

 それで、正解。


「その通り。斧やその他の刃物で傷付けたなら、この断面は有り得ない。絶対に、どこかにささくれが出来るし切り倒した時に、その部分が鈍角になっていないとならないからな」


 通常木を切り倒すなら、丁度(こんな)形と(こんな)形で幹の中間を挟むようにして切り倒さなきゃ行けない。

 こっちの世界にチェーンソーのような道具があるなら別だが、少なくともそんな文明レベルでは無い。


「おそらく、この断面は魔法によるものだ」

「…でも、この森の中で魔法を使って木を切り倒すなんて事して意味は無いよね?そもそも切り倒した後に、持って帰るのが無茶じゃないの?人間が住んでないのに、わざわざこんな遠くまで木を取りに来る理由が分からないし、」


 その通り。

 だから、矛盾しているんだ。


「人が住んでいない筈の森に、人の手が入っている。答えはある意味簡単だ」


 ここまで、説明すれば、榊原も簡単に気付いたようだ。

 はっとした顔で、「信じられない」と呟いた。


「本当は人が住んでいる。それも、魔法を使って木を伐採したり、この森全体に転移空間干渉魔法を掛けて人を寄り付かせないようにも出来る、魔法に関してのエキスパートがな」


 つまりは、そういう事。

 そして、その人物は十中八九、この森の中にオレ達が入った事は気付いている事だろう。


 だからこそ、


「そろそろ隠れていないで、出て来い」


 オレ達を監視していたんだろうからな。


 視線をオレの背後へと向ける。

 広がるのは、今までどおりの森の様相と、生い茂った藪だけだ。


 榊原が顔を強張らせ、一歩退こうとして蹈鞴を踏んだ。

 その反応は正解だが、体勢を崩すのはマイナス5点。


 オレは向き合うようにして、その薮へと日本刀を構えた。


「…さっきから、視線ばかり感じていて億劫だったんだ。殺気を覗かせたなら、姿を見せてやりあっても良いんじゃないか?」

「先生、まさか、さっきから疲れてたり焦ってたのって、」


 そう、その通り。

 それも正解。


 さっきから、こっちの気配に触発されて、自然と体に力が入ってしまっていた。


 それが、気になっていた事の一つ。

 もしかして、この視線の主はオレ達を故意的に入り口に戻さないようにしていたのではないか、と。


 更に言わせてもらえれば、さっきの問答の最中には殺気が混じっていた。

 榊原の「人間が住んでいない筈なのに、」という下りあたりから、徐々に険を増している。


 だからこそ、今この場で撃退を決めた。

 このまま移動していたちごっこをするよりも、理由を問いただした方が早い。


「もう一度言う。出て来い、ストーカー。

 そこにいるのは、分かっている」


 鬼が出るか、蛇が出るか。


 殺気がピークに達する。

 鬱蒼とした森の中に、生暖かい空気が通り抜けた。



***

今回は誤字も脱字も大丈夫だと胸を張りたいのに、張れる胸が無い件。

誤字脱字乱文は、とにかく作者の得意分野ですから。


とりあえず、ここらで榊原くんの成長した姿も少しばかり挟んでみようかと。

先生的な心情にスポットを当てすぎて、生徒達が空気化、冒険者パーティーも雑魚化なんかしてますけど、一応はちょいちょい挟み込んでいるつもりです。


誤字脱字乱文等失礼致します。

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