37時間目 「課外授業~冒険者ギルド~」
2015年10月29日初投稿。
北海道はもう、雪が降りましたね。
また去年のような豪雪の季節がやって来るのかと思うと、憂鬱です。
でも、筆は止りません。
眠いし眠いし眠いし、でちょっと誤字脱字が気になりつつ半信半疑で投稿。
一応確認はしても、その後誤字が発覚したりするので、結局確認の意味は無かったりなんだり。
37話目です。
前回の魔法授業の次は、タイトルの通り冒険者ギルドへ。
やっとファンタジーらしい学校になってきました。
***
その日は、快晴だった。
以前の豪雪が嘘のような、晴れ渡った空。
しかし、快適とは程遠い気温。
口からの吐息は白く、肌を刺すような冷たさ。
まるで、氷に閉ざされたかのような景色は、彼の目にも驚きを彩った。
南端に位置するダドルアード王国よりも北。
大陸の中でも中央に位置する四大国から成る『四竜諸国』。
北は、『黒竜国』。
東は、『青竜国』。
西は、『赤竜国』。
そして、南が『白竜国』こと、オルフェウス・エリヤ・ドラゴニス・グリードバイレルの収める地。
『四竜諸国』でも、南を守護する白竜国には四季の影響はさほど多く無い。
南端のダドルアード同様、前回の豪雪が珍しいぐらいの比較的温暖な気象。
その気象に慣れ親しんだ者からすると、更に北方に位置する黒竜国は紛れも無く別世界だった。
新年も迎え、早2週間を越そうかというその時期に、黒竜国を訪れたオルフェウスはその別世界とも言える雪景色に感嘆よりも同情の念を覚える。
「(春先までこの世界に閉じ込められるのは、私としても苦痛ですね…)」
己の髪とも同じ、白い一面の銀世界。
侘しさと静寂、そら恐ろしい程の雪が支配した景色。
人を寄せ付けない、冷たく孤独の世界。
まるで、その統治者である現黒竜王の心そのままを反映したような光景だった。
移動手段が限られているこの世界で、更に冬場ともなれば険しい道のりとなる。
現在も専門の調教師によって従属した魔物・アイスカウに馬車を引かせて、常よりも2週間も掛かって黒竜国へと到着した。
アイスカウは北の大地に生息する獰猛で攻撃性の高い魔物ではあるが、こうして雪に閉ざされた世界では重宝する牽引用の魔物だ。調教されている為、滅多に人を襲う事は無い。
そして、そんな苦行を行ってまで、黒竜国に到着した白竜国国王は、『黒鉄の城』とも呼ばれる堂々と聳え立つ城を見上げつつ、溜め息とも付かない吐息をつく。
何故、彼がここに来たのか。
それは、言うまでも無く、この城の主にして黒竜国の王に呼び出されたからだ。
「(…これからの事を考えると、おのずと内容は把握出来そうなものですが、)」
呼び出された理由に関して、彼は心当たりがあった。
彼にとっては残り二ヶ月となったダドルアード王国への打診訪問。
その渦中に存在する、一人の教師と11名の生徒達。
肩書きは教師と、その生徒達。
しかし『予言の騎士』とも呼ばれた教師に至っては、既に実績も聞き及んでいる。
白竜国ですら臍を噛んでいた街道に現れた魔物の討伐。
物流が滞り、下半期の繁忙期にも関わらず貿易すら儘成らなかった。
表立っての功績は騎士団長であるアビゲイル・ウィンチェスターのものとなっているが、その立役者ともなったのが彼である事はもっぱらの噂。
更には、貿易での経済制裁すらも跳ね除け、真新しい商品の開発で白竜国との特別輸入枠を取り付けた。
言わずもがな、石鹸やシガレットである。
これには、さしものオルフェウスとて、度肝を引っこ抜かれた。
石鹸は、既に白竜国でも無くてはならない嗜好品だ。
王宮を始めとした貴族達の間で、嗜好品ないしエチケットとして流通し爆発的に浸透した。
汚れという汚れをまるで漂白でもするかのように落とし、芳しい香りで嗅覚すらも楽しませる。
輸入品の為一般市民は手出しが出来ないとはいえ、特別輸入枠一杯を使っても間に合わない。
最近では香料を含んだ一般市民どころか下流の貴族でもおいそれと手出しの及ばない、高級な石鹸すらも輸入され、王宮とて大枚を叩いて購入している。
オルフェウスも王宮に暮らす身として、この時ばかりは王族である事を心底喜んだ。
間諜の話では、この石鹸の開発にも『予言の騎士』が関係しているとの事。
他にも、嗜好品として流通したシガレットも、発案開発を担当したとも。
これは、兼ねてよりマリファナや阿芙蓉(あふよう※阿片)の横行によって悪化していた治安に、劇的な改善策として効力を発揮してくれた。
度々問題になっていた麻薬の問題は、過去の話ともなりつつある。
現在では『技術開発部門』という名の内々なる組織を立ち上げ、技術開発の名目で流通にその手を伸ばしているとも聞く。
更に驚くべきことは、不治にして死の病であった吐き出し病に、治療法ないし研究の目処を付けている事。
彼の生徒が発症した時、オルフェウスも立ち会っている。
間諜からの定期連絡によると、なんと彼自身も病を発症したとも聞いた。
しかし、既に発症から4ヶ月弱。
成人ですら届くか届かないかの期間が経過した今でも存命である事が、病の治療法を確立したその証左。
それをたった二ヶ月のうちに発見してしまった事からも、既に彼の規格外の頭脳は明白。
「(どこもかしこも、あの『予言の騎士』を抱え込みたいのでしょう。腹積もりはさておき、分かり易い事で助かりますね)」
間諜を使い情報をいち早く手に入れ、それを『四竜諸国』に発信をしているのは、他ならない白竜国であったが、今回ばかりはその諸国との連絡の提携が悔やまれる。
独占したいと考えるのは、どこの国でも同じ事。
現在は白竜国を通して、ダドルアード王国からの輸入品が各諸国へと隆盛している為、今現在輸入貿易で潤っているのは白竜国。
その貿易の門を開いているのは白竜国だけであり、実質的な彼の『予言の騎士』の取り込みが一番優勢となっているのも白竜国だ。
だが、
「(彼はきっと、どんな事があっても、応じては下さらないでしょうね…)」
オルフェウスの顔に、諦念にも似た苦笑が浮かぶ。
彼自身、一度勧誘を行った。
しかし、その勧誘も貿易規制や盟約を盾にしても、いとも簡単に跳ね除けられた。
屁理屈とも取れる口舌の突破口を探しても、今でもオルフェウスには勝てる見込みが無いと思っている。
生徒の為に苦心し、一心に背負い、育み、その環境を守ろうとしているまさに教師の鑑。
彼はきっとこれからも、肩書きに捕らわれず、この世界では有り得なかった技術や柔軟な発想にて、稀代の英雄達を育てていく事になるのだろう。
広い見識、深い知識。
そして、その小さな頭のどこに詰まっているのかと思う程の、至高の才能の数々。
彼は平凡な男では無い。
彼こそが非凡にして天才だと言われても、疑わない。
先日の街道の魔物の討伐においても、その片鱗は垣間見えた。
そも、大陸では音に聞こえた『串刺し卿』の騎士団長に並び立つ武勇を持ち得る事自体が異常なのだ。
切り崩す手段も、その段取りも容易では無い。
知識も劣る、見識にも劣る、武勇すらも劣る、才能にも劣る。
いっそここまで、完璧に人を見下せる超人は、この異世界では化け物も同義だ。
敵対するよりも、繋ぎを作りつつ囲い込むのが現在で出来る最良手段。
いざ敵対しようものなら、何が飛び出して来るかも分からない『混沌の叵』である。
むしろ、考えるだに恐ろしい。
「(…まぁ、どの道、私の老後の為にも、彼の覚えを良くしておくのは必要事項ですからね)」
以前、初見の邂逅の時にも考えた、後々の余生。
音楽に囲まれながら、ダドルアード王国での隠居である。
その展望の為にも、オルフェウスは一層、気を引き締めた。
覚悟は既に出来ている。
今から、自分のそのささやかな楽しみである老後の為の一歩が始まるのだ。
その為には、自分は彼を擁護しつつ、その利権を奪われる事無く立ち回らなければならない。
白竜国国王にして傀儡、オルフェウス・エリヤ・ドラゴニス・グリードバイレル。
齢は、悪くても20代後半というその見た目に反して、45歳。
『黒鉄の城』に踏み入った時から、彼の静かなる戦いは始まった。
***
特別授業、魔法科目の開始。
友人兼下僕のゲイルを講師に迎えて、冬休み明けの授業とともにこの魔法科目を導入した。
その前段階として生徒達の属性を調べた結果、ほとんどがこの異世界でも珍しい異能である事が判明した。
ダブルやらトリプルやらが連発された、一際シュールな内容となっただけだ。
更にはオレと同じ『闇』の属性に適正がある生徒が、一人ないし二人増えた。
永曽根と榊原だ。
榊原に関してはノーマーク過ぎて驚いた。
だが、今回こうして属性を調べた事により、ボミット病の発症がこの『闇』属性によるものである事がある程度確証に変わった。
そして、更には魔力の数値を測る為に行った測定では、約数名を除いて見習い騎士以上の数値を叩き出すという結果になった。
遺憾では無いが、異世界人としての常識からすると、規格外過ぎる。
除かれた数名に関してはビリか、下級騎士、及びカンストというばらけっぷり。
言わずもがな、カンストはオレ。
畜生。
散々弄られたので、生徒達には強化訓練と称して八つ当たりを敢行。
悲鳴と断末魔、更には泣き声の響く地獄絵図ともなったが、今後は魔力数値の件でオレをからかおうなんて馬鹿な事は考えられないぐらいには心を折ることが出来たと思う。
「鬼、悪魔、人でなし」と罵られようが、反省はしていない。
ぶっちゃけ、その通りだと返してやろう。
だが、その後の授業が、ほとんど全員が使いものにならなかった為に、ぶっ潰れたことに関しては反省する。
ゲイルに「お前は加減を知らないのだな」と諦念の浮かんだ顔で言われたからな。
記念すべき最初の授業を、半分潰してしまって申し訳なかった。
それが、昨日の事だ。
今日は、普通のトレーニングメニューだ。
午前中をゲイルの魔法授業として行い、昼からは課外授業として校舎の外へと飛び出した。
遠足の引率のように、目指した行き先。
それは、以前に約束していた徳川のご褒美の名目にも乗っ取った形となっている。
冒険者ギルド。
冒険者という職を持つ、騎士以下ではあるが傭兵以上。
騎士のように規律に縛られた生活よりも、一攫千金を狙って自由奔放な生活を望む人達の集う場所。
このファンタジー要素が雪崩を起こしているような異世界で、更に特筆すべき組合である。
常識がゲシュタルト崩壊しそうな、非常識な組合だがな。
徳川が以前、特別科目に組み込んで欲しい内容を聴取した際に所望したのは『冒険』。
英語の習得を1ヶ月で頑張ったご褒美の名目もあって、特別措置としてその『冒険』とやらを組む込もうと考えた。
しかし、考えてみたとしても、オレはファンタジー要素は皆無の裏社会出身なのでどうしたものか。
そうして頭を悩ませていた時に、異世界ファンタジー教本ともなった浅沼教本(一部加筆修正あり)からヒントを得たのが、こうしたギルドの存在だった。
現在騎士の肩書きを持っていないオレならば、冒険者登録だけなら出来る。
それは、生徒達も言わずもがな。
騎士であるゲイルはあまり良い顔をしていなかったが、実地訓練にいずれは魔物の討伐も組み込むのだ。
実地訓練として冒険者ギルドに寄せられる依頼を消化すれば、金銭も手に入るし一石二鳥。
と言う訳で、今回は全員でギルド登録を行う事にした。
先触れを出しておき、ギルドの案内人から案内を受けた建物は三階建て。
オレ達の校舎にも劣らない、この異世界では割とがっちりとした建物が冒険者ギルドだった。
この土地では珍しくないのだろうが、黄色レンガで組み上げられた外壁。
無骨な木目の浮いた観音開きの扉は重工で、今現在は開け放たれてその中の様子を伺い見る事は出来る。
その伺い見えた建物の中は、まるで非日常の入り口のように剣呑な気配に満ち溢れていた。
ジャイコブに教会に案内された時にも、この建物は見た事があった筈。
しかし、いざ入ってみるとなると別だ。
嫌が応でも、以前の勘が働いて背筋が粟立った。
オレだけでは無く間宮までもが同じなのか、少々表情にも緊張が見て取れる。
天井裏に忍び込んだ鼠は追い払えるくせにな。
「さ、こちらでございます」
「ああ、案内ご苦労」
やはり、先触れを出しておいたのが良かったのか、ギルド内に入っても余計な混乱は無かったようだ。
ただし、非歓迎的な剣呑な空気は、変わらない。
最初の騎士団の時と同じで、諸手を上げて歓迎されている訳ではないようだ。
その空気の中を、無表情で進む。
オレの後ろには緊張気味の生徒達が続く。
そして、護衛として騎士団の数名が入ってきた時には、剣呑な視線は更に強まった。
ゲイルは素知らぬ顔をしているが、部下達は若干警戒している。
事前情報として騎士団と冒険者ギルドの仲があまり良くないと聞いていなかったら、大いに戸惑ってしまうところだったな。
表立って敵対してくる荒くれ者はいないと若干楽観的に信じておいて、カウンターへと向かう。
そこに立っているのは、桃色にも似た髪色を持った少女ないし、女性。
あどけない顔をしているが、その首から下は男好きのするむっちりとした身体をしていたので、若干驚いた。
こっちの人間って結構、若作りが多かったり?
そして、やっぱりイケメンと美人が溢れかえっている世界なのだろうか。
受付嬢らしき彼女の笑顔は、プライスレスかつ輝いていた。
「登録に来た異世界クラスの者だ」
「お待ちしておりました。『予言の騎士』様一行でお間違いないですね?」
いや、先触れは異世界クラスとして出していた筈なんだが、結局『予言の騎士』にすり代わっている。
諦めて、素直に頷いておく。
「私は今回、皆様の対応をさせていただきます、受付のクロエと申します。初めまして、『予言の騎士』様」
「よろしく。ただ、『予言の騎士』って呼び方はやめてくれるか?」
オレ、名前はあるから。
というか、先触れにも『異世界クラス担当教諭・黒鋼 銀次』ってちゃんと名前も書いたよね。
異世界言語の文字もしっかり履修して書いた筈だけど。
苦笑を零すと、受付嬢ことクロエはきょとりと目を瞬かせた。
チークなのか赤みなのか、健康的な頬の色が更に赤くなっていた。
「で、でしたら、どのようにお呼びしましょう?お名前を、」
「銀次・黒鋼だ」
「あ、はい。ではギンジ・クロガネ様ですね。く、クロガネ様…い、いえ!ぎ、ギンジ様でよろしいですか?」
再度こくりと頷く。
苗字からなんで、名前に呼び変えたの?
まぁ、呼び方なんてどうでも良いけど。
ちょっと、彼女の対応の節々に感じるフリーズが気になるけど、早速本題に入ろうか。
「はい、連絡。これからギルドに登録を行います。いつも通り出席番号順に、慌てないで並ぶ事。邪魔になるから、入り口は少し避けろ」
『はい』
「はーい!!」
「(こくこく)」
さて、今日も生徒達は良い子のお返事です、と。
登録の順番はいつも通り出席番号で。
徳川は楽しみなのは分かったから、声のボリュームを抑えろ。
って、注意しようとしたら、その前にまたしても永曽根に小突かれていたけど。
流石は、お前も分かっている。
後、気後れしているのは分かったから、女子組は入り口に屯してないで?
騎士達も入ってこれないから、入り口が渋滞を起こしてるし。
ギルド内からは若干不躾な視線やさざめくような声と共に笑い声は届く。
ギルドの奥が、どうやら酒場のようなスペースになっているらしく、昼間から酒を飲みシガレットを燻らせている人間が数名見受けられた。
治安はあまり良くなさそうだ。
今のところは無視をしておいて良いだろう。
というか、多分、オレどころか間宮の方が強いだろうし。
「先生は、最初にしないの?」
「オレは、後でゆっくりやる。ちょっと、気になってることもあるからな…」
「ああ、カンスト魔力数値ね」
「まだ心を折り足りなかったか?浅沼」
「ぶヒィッ!!」
からかおうとした浅沼には、オレの最高の笑顔をプレゼント。
見る人が見ると恐怖心しか感じないらしいオレの笑顔に、彼は乾いた悲鳴(?)を上げている。
さて、登録には何が必要だったか。
改めてクロエに向き直ると、彼女は更に顔を赤らめていた。
若干涙目になっているのは、オレの笑顔を見て怖がらせてしまったからだろうか?
申し訳無い。
「オレと生徒達の登録をしたい。人数は12名」
「登録をされるのは、ギンジ様と生徒様方ですね。念の為お聞きしますが、年齢が13歳を下回る方はいらっしゃいますか?」
というクロエの言葉と共に、視線が向いたのは伊野田、徳川、間宮。
確かに小柄だから、現代でも異世界でも少々歳は下に見えるだろうが。
しかし、そうか。
13歳以上という年齢制限があったのだな。
「問題ない。全員15歳を越えている」
「はい、でしたら大丈夫です。ただ、年齢の偽証は御遠慮ください。ギルドカードは偽証が出来ませんのですぐに発覚します」
「ああ、大丈夫」
クロエが話題にした3人のうち2人は18・19歳だからな。
そこまで心配しなくても、ウチのクラスにそこまで小さい餓鬼はいない。(オリビアに至っては太古の昔から存在するとかいう規格外の年齢不詳だ。そして、登録はしない。だって、女神様)
「まず、登録の前に、当ギルドの御説明をさせていただきます」
ああ、まぁ、登録前の事前確認だな。
クロエが、淡々と説明をしてくれる。
まずは、規約や注意事項。
「当ギルドは、独自の組合として機能しております。冒険者ギルドに登録をされる方には、当ギルドで定めた規約を守って、安全かつ健全な行動を厳守していただきますので御了承くださいませ。
ギルド内では、各個人の適正に応じたランクでの依頼受領をお願いしております。ランクは、登録時の各個人の力量やポテンシャルに作用され、受領した依頼の回数、遂行した依頼の回数に応じてランクアップしていきます」
あ、ランクアップ制度は割と簡単な感じ?
そこら辺のシステムは、浅沼教本には詳しく載ってなかったんだけど。
次に依頼を受ける際の諸注意。
「依頼内容の不備等の理由以外での依頼破棄や依頼遂行不能に関しては一切責任負えません。依頼破棄や依頼遂行不能となった場合、原則として罰金が発生します。5回以上の依頼破棄、もしくは10回以上の依頼遂行不能が判明した時点でギルド登録を停止、または取り消しとさせていただきますので、適正にあった依頼受領を再度、重ねてお願いいたします」
そうそう、自分の技量に見合った仕事を引き受けないと痛い目にあるからね。
オレもそれは、痛い程分かってる。
というか、ここまでそらで覚えているとか凄いよね。
まぁ、何年もここで働いているから、毎日説明しているのかもしれないけど。
さて、お次は反則行為への注意喚起。
「また、依頼に関しての違法行為を禁止しております。依頼人への暴行や恐喝、依頼内容及び依頼品目の偽証などの不正、他冒険者が受領した依頼への干渉もしくは依頼遂行妨害があった場合には、即時ギルド登録の取り消しをさせていただきます。
以前、違反歴、犯罪歴がある方、または過激行動等の前歴を持つ方には、原則として当ギルドに登録する事が出来ません。
また、当ギルド内での窃盗盗難、または私闘などの問題が発生した場合は、自己責任とさせていただいております。ギルドでは、一切の責任を負えませんので、あらかじめ御了承くださいませ」
うん、あるある。
裏の業界でも、こういう問題ってしょっちゅうだから分かってる。
依頼人が気に食わなくてもこっちからの手出しは厳禁だし、不正行為なんてもってのほか。
犯罪歴に関しても、オレはともかく生徒達は大丈夫。
それに、現代で起こした問題や不祥事だってこっちでは知りようが無いだろうしな。
とりあえず、これで連絡事項は終了かな?
じゃあ、全部了承しました。
ふうと溜め息を吐いたクロエは、ちょっと緊張気味だったのかな?
とりあえず、クソ可愛いから良いけど。
「では、ギルドへの登録に当たりまして、お一人様200Dmとなりますがよろしいですか?」
「ああ。まとめて、こっちに入れてあるので確認してくれ」
説明が終わったら今度は登録料。
まぁ、こういうのは当たり前だよな。
事前にゲイルから聞いてなかったら危なかったかもしれないけど。
全員で2400Dmの出費。
日本円にして3万強だが、今のところ痛くも痒くも無い。
クロエの後ろに控えていたらしい会計が、取り出した袋に魔法か何かを翳して調べている。
ああ、悪銭とか偽造硬貨対策か。
というか、こんなところで魔法を使ってたりもするんだな。
「はい、確認いたしました。次に、登録の為にこちらにお一人ずつ記入をお願いいたします」
「ああ、じゃあ、浅沼から」
次に、登録証の発行。
すぐ近くにいた彼をカウンターに呼び、登録を開始する。
不安なのは文字なのだが、代筆を頼んだので大丈夫そうだ。
と、言う感じで、登録を行う。
こういう時って意外と問題が発生したりするけど、今回は穏やかに終了してくれる事を願うばかりだ。
オレの魔力カンストの時みたいな。
「あ゛…っ」
っていうか、適正ランクってこの場合、どうなるんだろう?
ウチの生徒達、属性に関しても魔力に関しても異能だったりハイスペックだし。
嫌な予感。
今回ももしかしたら、平穏無事とは終わらないかもしれない。
閑話休題。
説明も受けたので、早速出席番号順に登録開始。
代筆を頼みつつ、まずは登録証の発行をお願いしている。
登録だけでも先に行う事にして、後々実地訓練としてギルドの依頼を組み込んでいく予定。
訓練にもなって、お金も貰えて一石二鳥。
ちなみに、今回護衛兼教師としても同行しているゲイルは騎士なので冒険者には登録出来ない。
騎士でも冒険者ギルドでも仕事の掛け持ちは不可らしい。
ただし、オレの場合は、未だに騎士として働いている訳では無いので可能という屁理屈。
ちなみに言ってしまうと、オリビアも登録出来ない。
だって、女神様。
人間かそれに準じた種族(亜人とか獣人とか中位以下の魔族とか)しか、登録出来ないらしいから神様は流石に論外だろう。
これまた、話がそれた。
今回発行してもらう、ギルドカードの手順に関しては簡単だ。
魔法陣の描かれた台の上に銅板を乗せ羊皮紙で挟んで、魔法陣の描かれた台とセットになった魔法具のペン(羽ペンらしきもの)で文字を記入していく。
記入する情報は、名前、年齢、性別、出生日のみ。
すると、その銅板に文字が浮かび上がる。
後は、これまた魔法陣が描かれた専用の台の上に銅板をセットし、本人確認と認証の為に血の情報を登録するだけでその場で発行出来る。
血の情報のおかげで、適正ランクも任意で表示されるようになっているらしい。
素晴らしいファンタジー。
ICチップやデータと違って、遺伝子情報はおいそれと改竄出来ないだろうからな。
ちなみに、以前ローガンに頼まれた入国証に関しても、同じ登録方法なんだとか。
偽造や詐称の横行している現代社会は、少しこの方法を見習えば良いと思う。
あ、登録確認の度に、指を切ることになるから却下なのか。
むしろ魔法が無いから、無茶ぶりもいい所。
また、話は逸れた。
そんな現在では、オレは若干不安を感じている。
登録をするにしても、問題がいっぱい。
ウチの生徒達、体力ないし魔力を含めて異能もしくはハイスペックが判明している。
強化訓練もしているから過去は運動音痴だった浅沼や伊野田でさえ、体力でも技術でもそこそこのレベルになって来ている。
既に強化訓練には簡単な武術(とは言っても合気道などの護身術程度)も組み込んでいるし、一番能力値が高いであろう間宮は考えるのも恐ろしい。
そして、一番の問題は属性や魔力値。
ダブルやらトリプルやら、珍しい複合やらでもうてんやわんや。
それにオレや榊原、永曽根には『闇』属性というマイナスもあるが、魔力値に関しては下は50程度から、上はなんと900まで。
先ほども言ったかもしれないが血の情報に含まれる魔力の数値やポテンシャルで、任意でギルドの適正ランクが決まる。
序列は、とりあえずこんな感じ。
SS~もはや伝説。
S~超級冒険者。
A~一流冒険者。
B~ベテラン冒険者。
C~常連冒険者。
D~駆け出し冒険者。
E~ビギナー。
魔力数値だけでも、約一名を除いて生徒達にビギナーはいない。
ただ、その約一名である榊原は、身体能力のポテンシャルが高いので補正が掛かる可能性が高いとの事。
はてさて、どうなることやら。
ちなみに、銅板に登録した際に血の情報で登録されるのは、種族とギルドの適正ランクのみ。
属性が漏洩したり表示されない事に関しては安心したけど、ランクに関しては安心出来る要素が無いや。
まずは出席番号1番・浅沼 大輔。
「す、凄い…ッ。突然Dランクなんて…!」
クロエさんには、驚かれてしまった。
異能もしくはハイスペックで申し訳無い。
では、次に出席番号2番・伊野田 みずほ。
「また、Dランク…!って、ええ!?18歳!?」
あ、伊野田がむっとした。
ランクでも驚くのに、年齢でも驚かれるんだもんな。
次、出席番号3番・香神 雪彦。
「…ッ…び、B!?う、嘘でしょう!?私でもまだ、Cランクなのに…!」
それは、申し訳無い。
というか、受付嬢のクロエでも冒険者ギルドに登録してるんだ。
どうりで、肉付きの割には引き締まっているというか、むっちりしている。
ただ、あんまり騒ぐのやめて欲しい。
先ほどからギルドの空気が剣呑を通り越して、殺気立って来てる。
気を取り直して、出席番号4番・榊原 颯人。
コイツ、魔力数値に関してはランク外だけど、どこまで補正が掛かるんだろうか。
「また、突然Cランク…!?爽やかなイケメンなのに…ッ」
「あは~。お褒めいただき、光栄ですってね」
どうやら、予想以上に補正が掛かったらしい。
そしてやっぱり、ビギナーのEをすっ飛ばしてCランクだ。
地味にクロエは心の声がだだ漏れだし、榊原も乗っからないように。
受付嬢に色目を使っても、あんまり成就しないんだぞ。
さて、お次は出席番号5番・杉坂・エマ・カルロシュア。
「あ、良かった…まだDランク。十分凄い事ですけど、ここまで続くと吃驚するより呆れてしまいますね…」
あ、今度はエマがむっとした?
驚くよりも呆れられたからか。
というか、前2人のインパクトが高いだけだと思うから、そんな些細な事を気にするんじゃない。
次は出席番号6番・杉坂・ソフィア・カルロシュア。
「またCランク!…女の子まで、あたしと同じなんて…!」
ほら、エマご覧?
ソフィアの方は苦笑を零しているだけの大人の対応だ。
いや、もしかしたら、クロエに同情しているだけなのかもしれないけどさ。
さくさく続いて、出席番号7番・常盤 河南。
「またBランク!?…あわわ、ま、マスタ~…この人達、ちょっと異常ですぅ~」
ああ、とうとう彼女の心が折れ始めてしまったようだ。
大変可愛らしいながら、若干涙目になりながら情けない涙声をあげている。
なんだろう。
彼女の百面相を見ているだけで、ちょっと楽しい。
女子組には何故か、揃ってむっとされたけど。
何故だ?
さて、続けて出席番号8番・常盤 紀乃。
「…あ、Dランク。…普通ではありえない筈なのに、このランクに安心感を覚えるようになってしまいました…」
それは、ゴメン。
ただ、この子多分香神と同じで珍しいダブルだけど。
それを教えたら心をバキバキに折りかねないので、教えないでおこう。
紀乃は身体能力に関してはどうする事も出来ないから、魔力のみの適正ランクなんだろうな。
はてさて、続きまして出席番号9番・徳川 克己。
待たされた反動か、元気が良過ぎて若干クロエがドン引いている。
「あわわっ、またしてもCランク!し、しかもこの子も19歳!?」
うん、これぞダブルパンチって奴なんだろうね。
伊野田と一緒でランクで驚き、年齢でも驚くパターン。
ただ、こいつは身体能力高いからもうちょっと補正が掛かるのかと思ったらそうでもなかったな。
続けて、徳川とは逆に身長が大きすぎて驚かれている出席番号10番・永曽根 元治。
出席番号順に並んだりすると、見事に凸凹だもんな。
コイツも魔力数値も然る事ながら、ポテンシャルに関しても気になっている。
「あ、えっ…!?、またBランク!あ、でも納得…」
「そ、それもそれで、納得できねぇけど…」
凄いな、永曽根。
お前、身長と貫禄だけで納得されたぞ。
クロエも驚くのには慣れて来たのか、それとも諦めたのか胡乱気な目で登録を済ませていた。
さて、生徒としては最後の出席番号11番・間宮 奏。
とりあえず、コイツに関してはぶっちゃけ、何が出てきても驚く事は無いようにしよう。
「えっ…え、えっ!?…Aランク!?…こんなに可愛いくて15歳なのにAランク!?まさか、故障してるの!?」
ほらな?
地味に何が飛び出しても、コイツのポテンシャルなら納得出来るもん。
そして、間宮からは渾身のドヤ顔ピースサイン。
可愛さ余って憎さ100倍だ。
しかし、クロエには眼の前の状況が理解も納得もしがたいものらしい。
目を白黒させながら魔法陣の台や間宮を見比べているし、慌てている姿も可愛らしい。
だが、そもそも魔法陣の描かれた台って故障するのか?
ここで、少しランクの補正。
昨日の魔力数値である程度のランクは分かっていたが、若干変動した。
浅沼/Dランク
伊野田/Dランク
香神/Bランク
エマ/Dランク
ソフィア/Cランク
榊原/Cランク
華南/Bランク
紀乃/Dランク
徳川/Cランク
永曽根/Bランク
間宮/Aランク
ビギナーが一人もいねぇ。
結局、結果は異能かつハイスペックのゲテモノ集団って事になったな。
お前達にはまとめて、『異世界常識クラッシャー』の称号を与えておいてやろう。
しかも、おい、間宮。
お前は、この異世界でどこに向かっているのか、オレに教えて欲しいんだが。
「うっ…うう…ッ!…故障じゃない…夢じゃない…!」
クロエがとうとう泣き出した。
いや、オレも登録控えているから、泣かれても困るんだけど。
と、そういや結局最後に残ったな。
狙った訳ではない、断じて。
喫煙スペースがあったから、ぼーっと登録の様子を眺めていたら最後になっただけだ。
逃げてただけとか言わない。
「さて、お前は、どこまでランクが上がるのか…」
「昨日の扱きじゃ足りなかったようだなぁ、下僕」
「ぶっ!…やめろっ!お前、その顔をやめろ!!」
またしてもからかうゲイルを、下から睨みあげるようにして笑ってやった。
ら、やっぱりコイツも野太い悲鳴を上げて後ずさる。
なぁ、そんなに怖い?
オレの隣に腰掛けていたオリビアと顔を見合わせると、彼女も苦笑を零した。
「…ギンジ様は、いつも通りがよろしいのだと思います」
「地味に沁みたわぁ…今の言葉」
やっぱり、一番心に刺さるのがオリビアの言葉なんだけど。
オレも泣きそう。
本格的に泣いているクロエほどじゃないけど。
気を取り直して、カウンターの前へ。
ああ、登録したくない。
「…とりあえず、泣き止んで?」
「あ、」
とりあえず、ハンカチを差し出して涙を拭わせてやる。
泣き顔も可愛いとか、やっぱり美人さんは徳だよね。
ただ、驚いたのか涙が引っ込んだみたいで良かった。
「す、すみませんッ、こんなところで年甲斐も無く泣いてしまって…ッ!!」
「いや、良いよ。元はと言えば、ウチの生徒達が度肝抜いちゃったからだろうし、」
泣くとは思わなかったけど、何はともあれ先に驚かせたのはこっちだからしょうがない。
あ、ハンカチ?良いよ、持って行きな?
ハンカチの一つや二つ、困ってないし。
そもそも持って帰ったら、また変態扱いされるだろうから、…さ。
げっそり。
「(先生、また天然タラシしてる…!)」
「(そもそもあのクロエって人も最初っから先生の事色目で見てたしっ)」
「(女タラシの先生も良いけど、なんかあの人はちょっと許せない!)」
「(ギンジ様は、お優しいですから…)」
けど、何でか後ろで女子達が固まってごにょごにょ言っている気がする。
えっと、オレ結局変態扱いされているとかじゃないよな?
「オレの登録もしたいんだけど、良い?」
「あ、そ、そうですねっ!すみません、失礼しました!!」
持ち直したクロエがまた一式を用意してくれたので、今度は代筆を頼まずに自分で記入。
ちょっと驚いているのは、生徒達が全員代筆だったからだろうけど、これも嗜みです。
さて、最後に血の情報の登録。
オレだけ種族が別だったりしないか心配だなぁ。
最近、生まれる種族を間違えていると言われたし。
問題は種族もじゃなくて、ランクもだけど。
激しく不安。
自前のナイフを取り出して指を傷付け、銅板に垂らすだけ。
「あっ…!…ーーーッ!?」
「あ?…えっ?」
と、ここでクロエが間抜けな声を上げたかと思ったら、絶句。
オレも一瞬彼女の声に目線を逸らしかけて、銅板に浮いてきた文字に、思わず間抜けな声が出た。
ーーーーーーーーーーーーー
Name・ギンジ・クロガネ
Age・24
Sex・男
Birth・10/2
Tribe・人間
Rank・S
ーーーーーーーーーーーーー
銅板に表示された内容は、こうだった。
ちなみに全部異世界言語で書かれてたけど、オレの脳内で翻訳した内容。
あんれぇ?
「ま、マスタぁあああああああああああああーーーーーーー!!」
おれが首を傾げる前に、クロエが叫びながら駆け出してしまった。
カウンターが空っぽになる。
カウンターの奥にあった暖簾を潜り、その先は階段だったのかドタドタと駆け上がっていく騒がしい音。
あ、彼女、こっちの世界には珍しいミニスカだったんだ。
これまたむっちりした太ももが眼福でした。
クロエのそんな様子を見て、後ろに控えていた会計らしき青年が恐る恐る寄ってきた。
そして、オレの銅板を見た瞬間に、何故か泡を噴いて後ろにひっくり返った。
え?それ、どんな反応?
えっと、オレそんなに、怖がられているの?
『キターーーーーーーーーーーー!!』
いつの間にかオレの背後から銅板を覗き込んでいた生徒達から歓声が上がる。
なんだ、このデジャブ。
昨日も体験した気がする。
そして、驚きの事実が判明。
オレ、実はもう24歳になってました。
しかも、誕生日まで分かったよ。
今まで知る由も無かったのに。
あと、ちゃんと人間だったよ、オレ、良かった。
でも、このランクのSって、何だろう?
スルメ?
ただの現実逃避だけどな。
しかも、クロエの叫んでいた言葉を思い出すなら、マスターって言ってなかったっけ?
それって、もしかして浅沼教本に書いてあったギルドの元締めみたいな人って事じゃなかったか?
確かギルドマスター。
というか、この状況ってもしかしなくても、マズイ?
先ほどまで殺気立っていたギルド内の空気が、いよいよ持って危険な空気を含む。
依頼を吟味していただろう冒険者達もこっちに注目しているし、酒場の奥からも何名かが立ち上がった。
オレも思わず、腰のホルスターに手を触れる。
間宮も臨戦体勢を取ろうとしているし、永曽根や榊原まで敵対姿勢を取った。
ゲイルを始めとした騎士団が警戒マックス。
ギルド内に緊張が満ちた。
えっと、この状況、本気でどうしたら良い?
クロエ、カムバック。
ギルドマスターでもなんでも呼んで良いから、この状況をなんとかして?
そんな願いが通じたのか、
「オイ、コラ!何殺気立ってやがる!」
ギルド内に満ちた緊張感を引き裂くように、響いた怒声。
クロエが駆け出したカウンターの奥。
暖簾を押し開けて、泣いている彼女の肩を抱きながら出て来たのは、まるで熊のような大男。
やっぱり、呼んで欲しく無かったかも。
「どっちも静まりやがれぇ!!」
まるで、獣の咆哮のような恫喝の声。
腹の奥底に響くその声に、思わずオレもベレッタ92.を引き抜きそうになった。
緊張感が加速する。
ただし、オレ達だけ。
ギルド内にいた冒険者は、彼が出来てた途端に立ちすくむかのように大人しくなった。
何名かは真っ青な顔になっている。
ただ、言わせて?
誰も騒いでない。
どうやら、この男が冒険者ギルドの長で間違い無いらしい。
ギルドマスター。
なるほど、マスターという称号も似合えば、荒くれ者が集まるらしい冒険者ギルドの長にはうってつけだな。
熊とも見間違う巨体に、濃過ぎる程に濃い体毛。
撫で付けられた黒髪は揉み上げどころか顎鬚と繋がっていて境界線が見当たらない。
年の頃は壮年で、どう見積もっても30代後半から40代。
この異世界らしい民族衣装のような服から溢れんばかりの胸板に、クロエを抱き抱えている腕は丸太のようだ。
オレのちょっと下程度の目線だったクロエがこの男と並ぶと、まるで大人と子どもだな。
男なら誰でも憧れるような、筋肉の塊のような男だ。
そして、顔はこの異世界人特有で格好良いな。
まるで○ュー・○ャックマンみたいだ。
そして、爛々とした殺気立った、あるいは生気の有余った瞳は、大の大人であっても睨みつけられてしまえば途端に逃げ出してしまうかもしれない。
黒髪の体毛も相俟って熊にしか見えないが。
それに、実際には熊なのかもしれない。
だって、獣のような、耳が生えている。
あれ、本物?
「テメェ等かぁ?ウチの受付嬢を泣かせてくれたのぁ」
「…いや、泣かせたというかなんというか、」
「騎士まで護衛に付いてるって事ぁ、テメェ等が『予言の騎士』様一行で間違いねぇんだろうなぁ?」
「ああ、間違いない。だが、彼女を泣かしたというのは、誤解だ」
あ、いや、実際には誤解じゃないかも。
驚き過ぎてというか、心が折れてというか。
一触即発の空気にピリピリとしたギルド内。
冒険者の次は、ギルドマスターなんて問答無用過ぎて可笑しいと思うんだが。
「ま、マスター…違うんです。…な、泣いちゃったのは、私なんですけど…っ別に嫌な事をされたとかじゃなくて…っ」
あ、嗚咽を漏らしていたクロエが復活した。
オレがあげたハンカチもちゃっかり使って、なんとか誤解を解いてくれるようだ。
「…ら、ランクが凄い事になっちゃってるんです!平均で、Cです!しかも、Sランクが出たんですぅ…!」
「あぁん!?」
あ、良かった。
要領は得ている説明だったので、なんとかギルドマスターの意識がこっちの銅板に向いてくれた。
というか、目が向いた。
「テメェがSランクって事かい?」
「えっ…と、はい?」
永曽根に。
「いや、こっち」
いや、違うよ。
そっちじゃなくて、こっち。
それ、生徒。
オレ、こっち。
「そっちじゃなくて、こっち。オレがそう」
「ああ!?テメェがぁ?」
酷い。
滅茶苦茶驚かれた挙句に、ちょっと胡乱気な目で見られて、オレも心が折れそうになった。
「特別学校異世界クラスの担任教諭、銀次・黒鋼だ」
「テメェが『予言の騎士』様だぁ!?しかも、Sランクって…!」
ひったくるようにしてギルドマスターに奪われた銅板。
しかし、この銅板はいくらなんでも偽証のしようが無い潔白の証明書でもある。
そんなにオレは、なよっちく見えるのだろうか。
まぁ、女顔は自他共に認めるけど、何もそこまで疑わなくても。
悲しくなる。
銅板を睨みつけていた彼の目が、瞬かれる。
あ、目が丸くなると意外と愛嬌のある顔をしているな。
だが、次の瞬間には難しく歪められた表情に戻り、愛嬌どころか凶器染みた強面降臨。
残念だ。
「…本当だな。…しかも、故障でもなさそうだ」
鼻を近づけて、何かしらのニオイを確認していたギルドマスター。
あ、やっぱり、獣の種族?
亜人とか獣人って奴だっけ?
「悪かったなぁ、『予言の騎士』様。クロエが泣きながら駆け込んで来たかと思えば、訳分からん事を捲くし立てたもんで…」
「ううっ、失礼しました、マスター。ぎ、ギンジ様も申し訳ありません」
「こちらこそ。驚かせて悪かったよ」
ともあれ、誤解が解けたようで何よりである。
ギルド内に充満していた緊張感も、息苦しさも霧散した。
ほっと溜め息を吐く。
生徒達の肩の力も抜け、騎士団も警戒を解いた。
さすがはギルドマスターとやら。
威圧感や圧倒的な畏怖を与える覇気は本物のようだ。
「オレが、ギルドマスターのジャクソン・グレニューだ」
「改めて、銀次・黒鋼だ」
差し出されたこれまた厳つい手を握って握手。
握手は右手で出来るから良いよな。
「小せぇ手だな。それにたっぱはそこそこでも、細過ぎやしねぇか?ギルドカードを見なかったら、男とは思えねぇぞ?ちゃんと食ってるかぁ?」
「正真正銘、男だ」
「はははっ、悪い悪い。どう見ても、アンタがそこの『串刺し卿』と同列とは思えなくてな!」
「…これでも、な…」
悪気は無いんだろうが、馬鹿にされている気がするのは気のせいか。
いや、おそらくゲイルに向かって二つ名の『串刺し卿』を使ったあたり、アイツの事は馬鹿にしているんだろうけど。
「だが、歓迎するぜぇ?『予言の騎士』様ことギンジよぉ。なにせ、10年ぶりのSランクだ」
にやりと笑ったギルドマスター・ジャクソンの口元に、鋭く尖った八重歯が覗く。
獰猛な獣が笑ったらこういう顔をするのかもしれない。
オレの背後で生徒達が声無き悲鳴を上げた気がする。
握手したままだった手に、ギシリと骨の軋む音と共に圧力が掛かる。
痛い痛い。
あれぇ?
もしかして、オレ、早まったかもしれない。
「…お手柔らかに」
かろうじて、絞り出せた一言はそれだけだった。
そんなオレの一言にも、ジャクソンは肉食獣を思わせる笑みを深めただけだった。
冒険者ギルドに登録するの、………間違った?
***
出したかった人物登場。
熊のような大男ことジャクソンさん。
愛称はジャッキーさんだ。
この人書いている時、常に森の○さんが流れていたせいで、全体的にギャグに流れたという…。
ガチムチマッスルに毛もくじゃらって、憧れませんか?
ウル○ァリンの時のヒ○ー・ジャッ○マンさんみたいな感じも、大好きです。
勿論、モデルもこの人。
ちなみに、ゲイル氏のモデルはリー・○イス。
ホ○ットシリーズのエルフ王役の俳優さんで、あの銀髪の感じを黒髪に変換したら彼になる予定。
一目惚れだったので……///。
誤字脱字乱文等失礼致します。




