閑話 「感じ方は人それぞれ~『ボミット病』と闘う少女の場合~」
2015年10月19日初投稿。
前回までの3話分は早足投稿にて失礼致しました。
仕事で外出していたのでノートパソコンで投稿したら、使い勝手が違ったので…。
3個もキーボードが別だと、色々不便になる事が分かりました。
閑話です。
今回は、何も関係が無いように見えて、関係のある少女のお話。
生徒達の閑話も一段落していないのに、書き進めてしまいました。
そして、ここから新章突入です。
魔法も組み込んだ異世界クラスの冒険譚が始まります。
***
私の名前は、ミアと言います。
甘いハチミツのような金色の髪で、くりくりと色んな方向に跳ねていました。
凄い頑固な癖っ毛です。
緑にも似た青い眼をしていました。
垂れ目がちで、あんまり大きくないです。
そばかす肌がちょっとコンプレックスでした。
ごくごく一般家庭の、裕福でもなく貧乏でもないそれなりの生活をしていました。
普通の女の子です。
兄が一人。
16歳です。
妹と弟が2人。
7歳と6歳の年子です。
私は、その中間の12歳でした。
父は大工をしています。
母はそれを手伝って、会計の担当をしているそうです。
自営業という訳ではありませんが、同じ仕事をしている街の人たちと集めて作った『連合』という仕事だそうです。
毎日毎日、大変そうでした。
純朴な聖王教会の信徒でもありました。
私は、幼稚な夢を見ていました。
将来は、とってもお金持ちの格好良い貴族の人と結婚するなんて、馬鹿な夢。
出会う機会も無いし、可愛くも無いあたしがそんな貴族のお嫁さんになれるなんてある訳無いのに。
それでも、あたしにとっては夢でした。
なのに、私は病気に掛かってしまいました。
『吐き出し病』です。
体内に入り込んだ魔力を外に出せずに溜め込んでしまう病気。
精霊の加護が受けられずに魔法が使えない人がなる病気。
そして、子どもであれば10日も経たない内に死んでしまう病気。
死病でした。
治療院に運ばれるまでも無く、発覚しました。
私が吐き出した大量の血と魔石。
父さんが嘆き悲しんでいました。
母さんは呆然と私を眺めているだけでした。
姉さんが外に報せに走って、街の人達が治療院に運んでくれました。
私は、泣いていました。
血と魔石を吐き出しながら、泣き続けるしかありませんでした。
兄さんはあたしの病気が治らない死の病だと知って泣いていました。
意味が分かっていなかった妹達が途端に火がついたように泣き始めました。
ごめんなさい。
父さん。
ごめんなさい。
母さん。
ごめんなさい。
兄さん。
ごめんなさい。
妹達。
私は、それを慰めなければいけないと思いました。
ですけど、苦しくて苦しくて喋れません。
痛くて痛くて、気絶をするように眠ってしまいました。
そのまま3日が経ちました。
時間を追うごとに、血と魔石を吐く頻度も上がっています。
魔力不足に陥ったのか、頭もクラクラしています。
苦しくて痛くてご飯も食べられません。
たった3日で、骨が浮き出てきました。
喉から出る血の量が増えて、息を吸うのも苦しくなっていました。
か細い息を吐きながら、あたしは思います。
このまま死んでしまうのか。
たった3日で死んでしまうのか。
しかし、4日目になるとこの苦しみが続く事も怖くなりました。
このまま死ぬと分かってしまったからです。
それならば、もっと苦しくない死に方をしたいと思ってしまいました。
親不孝者と言われても仕方ない事です。
苦しいので殺して欲しい。
最初は兄さんにお願いしました。
部屋を飛び出して行ってしまいました。
次は母さんにお願いしました。
母さんはその場で泣き崩れて、わんわんと泣き叫んでいました。
次は父さんにお願いしました。
馬鹿を言うんじゃないと泣きながら怒られました。
妹や弟達には、お願いできませんでした。
あの子達はここに来る度に泣いてばかりいるからです。
家族の泣く姿を見て、やはり死にたい気持ちが強くなりました。
それに、ここは治療院です。
何日もここにいては、貧乏ではなくても、決して裕福では無い家に負担が掛かってしまう。
5日目になって、いよいよ身体も心も限界を迎えました。
あたしは泣き叫ぶようにしてお願いしました。
血を吐きながら、魔石を吐き飛ばしながらお願いしました。
やせ細って力の入らない身体を、ばたばたと振り乱して暴れながらお願いしました。
殺してくれ、と。
苦しみたくなかった。
痛い思いもしたくなかった。
家族を泣かせたくなかった。
家族の負担になりたくなかった。
なによりも、死にたかった。
このまま、苦しみの中で死んでいくのは嫌だった。
いままで夢見ていた夢や希望が消えていくのを考えるのが嫌だった。
せめて、お嫁さんになってみたかった。
お金持ちじゃなくても良かった。
格好良くなくても良かった。
貴族の人じゃなくても良かった。
一度で良いから、聖王教会の仕来りに乗っ取った結婚式をしてみたかった。
その夢は儚く消えてしまいましたが。
『こらこら、親に向かって死にたいなんて言うんじゃない』
そんな時でした。
暴れていた私を押さえつけた手。
大きな手でした。
首を押さえられて、不恰好な引き攣った悲鳴と共に私は気絶しました。
視界の端に、とても綺麗な黒髪の男の人を見た気がしました。
次にに目が覚めた時、私は教会にいました。
教会の客間らしき一室。
とても、豪勢な部屋で、私の家では見た事が無いベッドもありました。
私は、そのベッドに寝かされていました。
神官様と黒髪の男の人に囲まれながら目を覚ましました。
黒髪の人は、私が気絶する前に見た黒髪の人でした。
『ああ、目が覚めたか?オレはギンジ・クロガネ。こっちは、知っていると思うけど神官のイーサンだ。…気分はどうだい?』
そう聞かれて、私はしばらく魅入っていました。
誰でもない、ギンジ様にです。
鴉の濡羽色のような黒髪。
私と違ってまっすぐに整えられた艶々とした髪をしていました。
綺麗な顔立ち。
白いすけるような真白な肌。
あたしのそばかす肌なんて比べ物になりません。
鼻筋が通っていて、均整の取れた目と鼻と口の位置。
私とは正反対の釣り目がちに、切れ長の目。
大きさだってとってもバランスが整っていて、瞳の色は群青色。
羨ましいと感じましたし、嫉妬する気分も起きません。
口元は緩く弧を描いた薄い唇。
なのに、まるで紅でも引いたかのように色付いていました。
すらりと伸びた背も、細身の身体も全てが作られたみたいに整っていました。
格好はまったく見慣れないものでしたが、まるで御伽噺の王子様がそのまま目の前に現れた気分です。
見た瞬間は男の人だと思いましたが、よくよく見ると女の人にも見えました。
失礼な事を考えてしまったと恥ずかしくなってしまいました。
けど、後から男だよと訂正されて、もっと恥ずかしい思いをしてしまいました。
こんな綺麗な男の人がいたんだ。
それを鼻に掛けようともしない、優しい口調。
それに、気兼ねなく徳の高い神官様の名前を呼んでいました。
とても偉い人なのだと思いました。
話している会話の内容もとても理知的で、私の病気の事をとても詳しく知っていらっしゃいます。
『どうした?まだ、具合が悪いか?』
私は、一目でこの人に恋をしてしまったんだと思います。
もう一度話しかけられるまで、私は返答すらしていませんでした。
『あ、ご、ごめんなさいっ!…その、私は、ミア・アンソニアと申します!…失礼しましたっ』
『ああ、そんなに畏まらなくても良いさ…調子はどうかと聞いただけだよ?大丈夫そうかい?』
『は、はいっ!…私は平気でしゅっ…!』
慌てすぎて、舌を噛んでしまいました。
くすりと、微かにギンジ様が微笑まれていました。
恥ずかしいと感じましたが、自然とその微笑みから目を逸らす事が出来ませんでした。
とても、綺麗な微笑みでした。
失礼な事をしてばかりなのに、ギンジ様は怒りません。
返答すら無視してしまったのに、この人は全く怒りませんでした。
その優しさに、涙が出そうになってしまいました。
このまま死んでしまっても良いかもしれない。
もしかしたらギンジ様は天が使わせた天使様かもしれない。
だって、こんな綺麗な人は生まれてから一度も見た事がない。
きっと私を天上からわざわざ迎えに来てくださったのだ、とそう思いました。
そこで、ふと思い出しました。
私の病気はどうなったのか。
『あ、あの…っ私、…『ボミット病』で…』
思い出して、気が付きました。
体がまるで別のもののように軽く感じます。
今まで血液の代わりに石でも詰まっていたような重苦しかった体が、何故か軽いと感じました。
それだけではありません。
息をする度に苦しかった胸が楽になっています。
吐き出す度にずたずたに引き裂かれていた喉の痛みもありません。
破裂してしまいそうな程に痛かったお腹の痛みも収まっています。
魔力不足の体はクラクラと重い感じがしますが、死にたいと思っていた時なんかと比べれば何十倍もマシでした。
まるで、夢のようです。
『うん、知ってる。…気分はどうだい?口を少し開けてくれるかな?』
私の頬に手を添えたギンジ様。
優しい手です。
ふんわりと香った上品な香りに、ついつい蕩けてしまいそう。
私が言われるがままに口を開けると、私の口の中を覗きこみます。
『うーん、ちょっと口の中が切れてたのかな?…ごめんな。暴れてたから、思わず首を掴んで押さえ込んじゃったから…』
『ひ、ひえ…へっひょうほはひへふ…』
『滅相も無いですなんて、難しい言葉も使えるんだね。ミアちゃんは頭が良さそうだ』
ギンジ様に褒められて、私は天にも登る気分を味わいました。
情けなく大口を開けたままで、思わず口がにやけてしまいます。
ギンジ様はそんな私の様子を見て、また綺麗な微笑みを見せてくれます。
そのまま片手で何かの棒を捻ると、先が点灯しました。
きっと『聖』魔法です。(※ただの携帯ライトです)
片手でそんなものを使えるのだから、とっても凄い魔術師の方なのでしょう。(※銀次本人も『ボミット病』なので魔法は使えません)
それを口にくわえ、ギンジ様は先が丸くなった棒を私の口の中に入れて舌を押さえました。
きっと、私の口の中は完全にギンジ様の目の前に曝されてしまっているでしょう。
思わず、体が熱くなるような恥ずかしさに身もだえしてしまいます。
『ギンジ様、仮にも淑女の口の中を覗くとは診察とは言え、いかがわしい行為と取られてしまいますよ?』
『え?この時代、そんな面倒な仕来りがあんの?』
神官様に咎められて、途端に慌てた様子のギンジ様。
目を丸められた瞬間は、とても可愛らしい表情をされていました。
知らなかったのですね、ギンジ様。
それもまた素敵です。
『ごめんな、ミアちゃん。知らなかったんだ。ただ、診察の一部だから、ちょっとの間だけ我慢して欲しい』
『ひゃい。ひゃいひょふへふ』
『大丈夫ですって言ったのかな?ありがとう』
そう言って、一頻り私の口内を観察された後、ギンジ様は若干頬を染めながら私の口元を拭ってくれました。
知らない間に涎が垂れてしまっていたようです。
はしたなくて恥ずかしい。
なのに、ギンジ様は何もいう事はありません。
それを厭わずに拭ってくれたギンジ様。
再三の尊敬の念が湧き上がります。
『喉がやっぱり傷付いているから、一応話しておいたロカート(ビワ)のお茶を飲ませてやってくれるか?』
『割れてすぐに腐ってしまうだけの果物では無かったのですね?ですが、本当にあんな甘いだけの果物に菌に抗う作用があるので?』
私を診察していた手を休ませず首だけで振り返ったギンジ様が、神官様に何かをお願いしていました。
ただ、ロカートと聞いて、私はオレンジのとても腐り易い実しか思い浮かびません。
そのお茶とは?
『ああ、ロカートは傷を受けるとすぐに変色しやすいけど、それは酸化酵素とタンニンという成分が多く含まれているからなんだ。葉は毒になりやすい成分が入っているから有害だけど、果実は咳、嘔吐、喉の渇きなどに対して効能を発揮するからな。
ロカートの実に含まれている酸化酵素は炎症を抑えて毒素を分解してくれるし、体に溜まった老廃物を排出する働きもしてくれるから腸を健康にして体を正常に整えてくれる』
凄い知識です。
ただただ、すぐに腐ってしまうだけの甘い果物を、そんな風に薬と考える事事態が凄い事です。
私達一般家庭では薬なんて、滅多に買えません。
なのに、この人は果物を薬の代わりにしてしまっています。
それも、果実を乾燥させてお茶にしてしまうなんてことも私では一生掛かっても考え付かないことだったでしょう。
『ただ、それだけでは病気は治らない。今も、首についている魔法具で症状を緩和しているだけ』
と、ギンジ様が指し示してくれた首元。
そこには、無骨な土色とした大きな首輪が嵌っています。
私にとっては、産まれてから初めて見る魔法具でした。
中央に魔石が埋め込まれたものです。
魔石も初めて見ました。
『ボミット病』を緩和してしまう魔法具。
どれだけ高価な代物なのか、想像もつきません。
そんな高価なものを使っていただいた事に、嬉しさよりも先に驚きが勝りました。
更には、私は頭が真白になってしまって、とても失礼な事を言ってしまいました。
『こんな、高価なものを使われて…っ!?…治療費が払えません!私の家は裕福ではないんです…!兄も妹達もいますっ…!それに、私が病気になって、しまって…ひぅ…お金なんて無いんです…!』
一般家庭です。
こんな高価なものまで使われて、徳の高い魔術師様に診て貰ったなんて事になれば、一生払い切れない治療費が掛かってしまいます。
お父さんとお母さんだけではなく、兄妹達が大変な思いをしてしまう。
病気の時にも思った事でした。
家族の負担にはなりたくなかった。
だから、私は泣きながら懇願しました。
とても失礼な事だと知りながら、お願いしました。
外してください。
『ボミット病』も治さなくて良いです。
殺してください。
そう願いました。
『なぁ、ミアちゃん?君のお父さんとお母さんが言った事教えてあげようか?』
ギンジ様の静かな声に、我に返りました。
静かで更には冷たい声でした。
怒らせてしまった。
私はとんでもない事をしてしまった。
真っ青な顔を跳ね上げてしまいました。
私の汚い泣き顔を見せてしまいました。
しかし、ギンジ様の顔は全く怒っていませんでした。
『良く聞きなよ?泣きながら、君のお父さんとお母さんはオレにお願いしてくれたよ?『幾ら掛かっても構いませんから、どうかミアの命を助けてください。命だけでも構わないからたすけてください』って』
悲しみに、泣きそうな顔をしていました。
私は息を呑みました。
それ以上、声を出す事も出来ませんでした。
なによりも、その言葉一つ一つに驚きました。
父さんと母さんがそんな事を言っていた?
いつも大変そうに働いてお金を稼いでいたのに、お金の事なんかなにも考えずに私の命を救ってくれとギンジ様にお願いしたのですか?
私の涙に濡れた頬を包み込むようにして、ギンジ様は続けます。
『君のお兄さんはこうも言っていた。『オレが一生奴隷になっても構いませんから妹を助けてください』ってね。君の妹さんと弟さんが言ってた事も教えようか?『私達の宝物もあげます。だからおねえちゃんを治してください』だって』
兄さんが一生を奴隷に費やす事になっても良いとまで言っていた?
妹と弟が、あんなに大事に隠して私に見せてもくれなかった宝物を上げてもいいと?
ギンジ様の言葉に、胸が熱くなるほどの思いが溢れます。
ころりと涙が落ちました。
今はどこも苦しくない筈なのに、胸がとても痛かった。
『それでも、ミアちゃんは死にたいと思う?そんな風に思っている両親や兄妹の思いを裏切る事になっても良いと、本気で思うのかい?』
『…そんな…そんな事…裏切るつもりなんて…ッ』
『家族は、何よりもミアちゃんに生きていて欲しいんだよ?なのに、君は死にたいと言う。それは、家族を悲しませる結果になるけど、それでも良いのかい?』
良いわけがありません。
私は咄嗟に言葉も出ませんでした。
後ろで、神官様が泣いていました。
鼻を啜る音が、部屋に響きます。
ギンジ様の悲しげな瞳と交差する私の目。
両親の思い。
兄妹の思い。
私は、この時初めて思い違いをしていたと思い知りました。
そして、とても家族を不幸にする結果を望んでいたと思い知りました。
『そんな事、したくありませんっ…私、…私、まだ死にたくないです…!』
『それは、本心かい?』
『はいっ…!ごめんなさい、ギンジ様…!まだ生きたいです!死にたくないです!!』
途端に、私は水がめが溢れかえったように泣き始めてしまいました。
わんわんと、五月蝿く泣き叫びました。
それを、ギンジ様は抱き締めてくれました。
とても高そうな服が汚れるのすら構わずに私を抱き締めてくださいます。
とても、暖かかった。
柔らかい香りがした。
なにより、安心できた。
私は何もかもをギンジ様にぶちまけるようにして泣き喚きました。
怖かった事。
苦しかった事。
悲しかった事。
両親を悲しませてしまった事。
兄妹達を泣かせてしまった事。
本当は死にたく無かった事。
『大丈夫だよ。もう、大丈夫。この病気の治療法は必ず確立する。…だから、もう安心して良い』
『ゴメンなさいっ!ごめんなさい!!』
何に謝っているのかも分かっていません。
ですが、これだけは分かりました。
この方が大丈夫だと言ったなら、きっと大丈夫。
治療法はきっと、この方が見つけてくださる。
安心しろと言われたのであれば、私はその通りに安心すれば良いのだと。
更には、ギンジ様は泣き止んだ私に優しく微笑んでくださいます。
優しい手付きで私の涙を拭ってくれます。
この時、私は初めて気付きました。
ギンジ様は一度も左腕を使っていなかった事に。
ぶらりと下がった腕には、まるで生気を感じられませんでした。
苦笑を零したギンジ様。
御自分だって痛みを感じていらっしゃるでしょうに、ただただ私だけを案じてくれている。
『家族の為にも、生きてくれるな?治療にも専念してくれるな?』
『…はい、誓います』
『よろしい…』
私の返答に、優しげに微笑んでくださるギンジ様。
この方を信じていれば、私はもう大丈夫。
そして、私はもう一つお誓いを立てます。
私は、一生をかけてこの方に恩返しをしようと。
兄が言っていたように奴隷に身を落としても構わない。
この方に、全てを捧げよう。
しかし、次に続いたギンジ様の告白には胸が潰れてしまうかと思いました。
『あと、一応気に病まないように聞いて欲しいんだ…オレも『ボミット病』なんだけど…』
『ええっ!?ま、まさか、この魔法具はギンジ様の…!』
驚きました。
まさか、ギンジ様も『ボミット病』だったなんて。
『ああ、違う違う。オレは魔法具を使わない方法で緩和をしているんだ。内緒だけどな?それで、一応今回の魔法具を使った緩和策は、言うなれば実験なんだ』
『実験、ですか?』
『そう。本当にこの魔法具が『ボミット病』を緩和できるかどうか。…申し訳ないとは思っても、ミアちゃんの体で試させて貰ったんだ』
『そう、なのです?』
先程よりは驚きは少ないですが、試したと聞いて納得しました。
私のような街娘を使って、この魔法具の効果を試す。
それはさも当然の事です。
怒りは感じません。
むしろ、試す名目であっても使っていただいた事に喜びを覚えます。
私ごときが、ギンジ様の役に立てる。
使っていただく事が出来る。
命すらも差し出せるこの方に、私の体が貢献できることがこの上ない幸せのように思えました。
『構いません。どうぞ、御存分にお試しくださいませ』
『…ありがとうミアちゃん。じゃあ、実験の名目だから治療費は要らないって事で…』
『ええっ!?それは困ります!』
『えぇ~?それで困られても…』
治療費が要らないなんていわれても素直に頷けません。
それに、治療費を払う名目が無ければ、私はギンジ様のお傍に置かせてももらえないかもしれません。
それは絶対に嫌でした。
苦笑を零されてしまっては、諦めるしか無さそうでしたが。
そこへ、神官様が同じく苦笑をされながら歩んで参りました。
まだ、目と鼻が赤いですが、とても素敵な神官様です。
『…申し訳ありませんが、ミアさんには、治療の為に教会に留まっていただく事になります。勿論、監禁するわけではありませんが、この方法はまだ試験段階なので外に出す訳にはいかない秘事です。お分かりいただけますか?』
『はい。…その、ですが、何をすれば良いのでしょう?』
ギンジ様のお側にいられないのは、とても残念でした。
しかし、それがこの先実験と言う名目でお役に立てるなら、どんな仕事であっても何でもこなしてみようと考えました。
『教会には色々と仕事がありまして、掃除や洗濯もそのうちです。勿論、家族の方たちとの面会も出来ますので住み込みでお仕事をしていただけませんか?』
『は、はいっ』
こうして、私は教会で働く事になりました。
そして、嬉しい事にギンジ様は良く教会に脚をお運びになるそうで。
近くとは行きませんでしたが、私はギンジ様といつでも会うことが出来ます。
治療という名目や、もしくは治療法が確立された際の実験体として。
『…では、ギンジ様に改めて御礼をされてはいかがです?ミアさんは、泣いて謝るばかりで、お礼を言われてはいないのではありませんか?』
苦笑を零した神官様。
そう言われて、はっと気付きました。
私がまたしても失礼な事をしてしまった事に。
『ご、ごめんなさいギンジ様!…ありがとうございます!…このご恩は、一生忘れません!』
『いや、ご恩なんて大袈裟に考えなくて良いよ?なるべく早く治療法は見つけるつもりでいるけど、まだ緩和策が見付かっただけに過ぎないし、どれだけの頻度で魔力が蓄積していくのかも調べなきゃいけないしね…まだまだ、お礼を言われるべき段階じゃないんだ』
『そ、それでもです…!ミアは、一生を掛けてギンジ様に報います!』
そんな私の言葉にまたしても、苦笑を零されたギンジ様。
その目には、優しい色がありました。
とても、優しくて素晴らしいギンジ様。
彼と、私との出会いです。
後から聞いた話では、『石板の預言の騎士』様だった事を知りました。
わたしは、そんな徳の高い方に、なんて失礼な事ばかりしてしまったのでしょう。
あんなに素晴らしい知識や手腕を持たれた方に手ずから治療していただいているなんて事が、未だに信じられません。
しかし、それが同時に私にとっては誇りです。
今生きている事こそが、私がギンジ様に助けられた証左。
そして、生かされたこの命は、全てギンジ様に捧げるもの。
私の名前は、ミア・アンソニアです。
前は、ごくごく一般家庭の、裕福でもなく貧乏でもないそれなりの生活をしていました。
今は教会で小間使いとして働かせていただいています。
前は普通の女の子でした。
今は、ギンジ様の治療の実験体として暮らしています。
兄が一人。
16歳です。
妹と弟が2人。
7歳と6歳の年子です。
私は、その中間の12歳です。
もうすぐ、13歳です。
父は大工をしています。
母はそれを手伝って、会計の担当をしているそうです。
自営業という訳ではありませんが、同じ仕事をしている街の人たちと集めて作った『連合』という仕事だそうです。
毎日毎日、大変そうですが、今は毎日楽しそうに働いています。
私が生きている事を、父さんも母さんも心から喜んでくださっています。
兄さんも妹や弟達も私が生きている事を、涙を零して喜んでくれています。
これだけで、私の心は満ち足りています。
生涯、私はこのご恩を忘れる事はありません。
二度と自らで死を選ぶ事はいたしません。
そして、一生を掛けてギンジ様にこの恩を返していく事を決めました。
純朴な彼の僕として、命続く限り。
***
そして、またアサシン・ティーチャーの信者が増えると。
以前、ゲイルとの職員会議にもチラっと出て来た少女です。
ミア・アンソニア。
12歳。
蜂蜜色の髪をショートボブにしてるけど、癖毛なのでくりくり状態。
緑に近い碧眼。
一般市民の子どもなので、少々痩せっぽっち。
そばかすがコンプレックス。
ちょっと夢見がちな少女ではありますが、現実を知ったと同時に銀次に会った事が転機で今後は、教会のアイドルとして頑張って生きていくようです。
ピックアップデータ18回目。
データというほど、作りこんではいないキャラクターですが、随所で活躍してくれる予定です。
誤字脱字乱文等失礼致します。