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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、討伐参戦編
39/179

34時間目 「討伐隊~討伐作戦終結~」

2015年10月17日初投稿。


34話目です。

駆け足投稿失礼致しますm(_ _)m

***



 ローガンディアに説教された。


 久しぶりに正座をして、真面目に懇々と諭されたかもしれない。

 いつ以来だろう。

 師匠が生きてた頃だから、10年前だ。

 オレも大きくなったもんだなぁ。


「また、余計な事を考えておるな?」

「いだだだだだ…耳は辞めろ。ローガンディア」


 耳を引っ張って、思考を停止させられた。

 オレは考え事をしている時は、ぼーっとしているらしいから分かり易いらしい。


 説教されていた内容は、言わずもがな。

 オレに『預言の騎士』としての自覚が足りない、との事。


 そりゃ、あんまり自覚してないしな。


 ただ、この世界で『騎士』と言うのは、厳格な階級として民衆にも捕えられている。

 魔法が使える事はもはや絶対条件。

 実技や経歴、試験などで厳粛に精査され、王国に認められた者しかなれない。


 貴族も多く所属しており、その職務は当然王国の防御。

 まぁ、それだけではないのも事実だけど、要は国防の要だ。


 その中で、更に階級や序列が決まる。

 そんな中、オレは既に最上位にも位置する『預言の騎士』として召還されている。


 白竜国の国王(オルフェウス)相手には、屁理屈を捏ねて捏ねて捏ねまくって未だに騎士では無いと言ってはみても、その理屈が民衆に通じるかと言われれば答えは否。

 オレは既に、彼等にとっても『預言の騎士』だ。


 なのに、オレは魔法が使えない。

 魔法の属性どころか、精霊の加護を受けている事が発覚したのは僥倖。

 ただし、使えなくても良い。


 そう言ったら、怒られた。

 勿論、ゲイルには呆れられたし、オリビアには若干落胆されてしまった。

 地味にオリビアのが一番応えたのは、オレがロリコンだからか。

 断じて違うと言い切ってやるが。


 洞窟の中。

 時刻は、朝7時半。

 オレの懐中時計は壊れてしまっていたが、ゲイルのは無事だ。

 アクロバティック運搬はされていなかったのだから、当然である。


 簡単な干し肉とスープの朝食を終え、今は食休みというかなんというか。

 これから討伐隊本軍と合流する筈なのに、のんびりとした時間を過ごしていた。


 説教は除く。


 そういや、彼女はどうするのだろうか。

 今も、額の角と口の牙を誤魔化すようにして鉢金と口布で、顔の半分を隠してしまっているローガンディアへと視線を送る。


 目だけしか見えていないと、本気で女には見えない。

 肉体的に言うなら、オレよりも彼女の方が筋骨逞しいし。


 世知辛い。


「なんだ、その目は?」

「いや、羨ましいなと…」

「何がだ」

「オレより男らしいから」

「褒められているのだろうが、貶されているようにしか聞こえんぞ」


 心底どうでも良い、オレの本音の吐露である。

 彼女は大仰な溜め息を吐きつつ、口布を取った。


 ああ、間違った。

 本題は別だったのに。


「…これから、お前はどうするんだ?」

「ああ、そうだな…お前の事は、送り届けなくてももう大丈夫だろう」


 そう言って、彼女が目線を送った先。

 焚き火の火を、今しがた水の魔法で鎮火したゲイルの姿。


 当初、オレは彼女に送迎と護衛を依頼した。

 しかし、今の現状は、言い方は悪いが必要ない。


 討伐隊から抜粋された短期決戦型の少人数とはいえ、騎士達がいる。

 魔術師の部隊も一緒だ。

 この森を抜けるぐらいならば、戦力は足りている。


 ぶっちゃけて言うなら、ゲイルさえいれば事足りる。

 なにせ、実はダドルアード王国では1・2位を争う、魔法の使い手でもあったからな。

 コイツ、槍の腕だけでも人外なのに。


 と、話は逸れた。


 問題は、オレが彼女に助けられた事実だ。


「アンタさえ良ければ、討伐隊の本陣まで付いて来て欲しい」

「…うん?護衛は事足りるのではないか?」

「いや、オレの身の安全じゃなくて、礼がしたいんだ」

「礼?」


 そう、礼だ。

 お礼をしたい。


 オレは、彼女に助けられた。

 その事実は変わらない。


 森の中で半死半生で倒れていたところを拾われた。

 手厚い治療を受け、『ボミット病』が発症した時には稀少な薬まで使わせてしまった。

 発端は彼女の魔法具破壊とはいえ、お礼もしないのは道理に反する。

 そして、二体目の合成獣キメラ討伐の際には、巻き込んで危険な目にあわせてしまったのだ。


 今は手持ちが無いので、一緒に付いて来て欲しい。

 討伐隊の本陣には、念の為に持ってきていたオレの手持ち金(ポケットマネー)もあるし。

 流石に武器を譲与する事は不可能だが、物資を裂く事ぐらいは出来る権限を持っている。

 あわよくば、『ボミット病』の特効薬になり得る薬の成分を聞き出す、もしくは判明させたいので『暗黒大陸』の彼女達魔族の村か集落に繋ぎを付けたい皮算用もありながら。


「ローガンディアさえ、良ければなんだが…」

「………」


 ふと、ここでローガンディアの顔が不機嫌そうに歪んだ。

 なんだろう。

 また、説教食らうのか?


 そういや、つい先日も同じ事で彼女を不機嫌にしてしまった事を思い出す。

 あの時は、先に礼の話をしてしまったからだったか。


 今度は、目的がそのまま礼だ。

 ちょっと、彼女としても考える事はあるのかもしれないが。


「…もう、ローガンとは呼んでくれんのだな…」

「………あれ、今更?」


 身構えていたオレの耳に、ぼそりと呟いた彼女の声が届く。


 え、名前で不機嫌になったの?

 ってか今更だね。


 と言ったら、殴られた。

 お前の鉄拳は、地味に応えるんだが。


 ちなみに、名前の事はわざと。

 女に対して男名を呼ぶというのは、ちょっと忌避感があるんだ。

 日本人だからな。

 いや、日本人じゃなくても、そうかもしれないけど。


 彼女、ローガンディア・ハルバート。

 彼女は、女だ。


 最初の頃こそ、男と間違えていた。

 だからこそ、ローガンと違和感無く呼べたのだ。


「…女と分かってからは、態度が変わったものな」

「え?…だって、オレが男だし。女には基本、優しくするもんだ」

「…紳士的なのは、良いことだが…」


 それも、当たり前だろう。

 この国は、そこまで紳士の国と言う訳ではないが、オレは出来る限り女への対応は間違えないように心がけているつもり。

 男尊女卑じゃないの。

 女尊男卑なの。

 オレも男だけど、よほどの事が無い限り女の尻に敷かれてて良いと考えている。

 イザベラとか除外だけど。

 だって、アイツの尻に敷かれたらとか想像もしたくないし。

 地獄だよ、マジで。


「…別に私は、そういう事を言っているのではない。態度が変わったことは、譲る事は出来る。だが、最初に言った筈だ。ローガンと呼べと…」


 最初の時、というと自己紹介の時か。

 確かに言われた気がする。


 でも、それを今気にする事だろうか?

 こてり、と首を傾げる。


 一瞬だけ、眉根を寄せた彼女。

 次の瞬間には、目を逸らして口元を押さえた。

 痙攣するかのように身体が震えている。


 あれ?やっぱり、オレのこの仕草は見るに耐え無いだろうか。


「鈍いのだな、お前は…!」

「そこも、ギンジ様の良いところですから」

「(こくこくこくこく)」

「強情張りで鈍感な奴なんだ、大目に見てやってくれないか…」

「お前等、揃いも揃ってオレを何だと思ってんだよ…」


 特にゲイル。

 強情張りは分かるが、鈍感は理解不能だ。

 オレはお前より、頭が回る自信はあるぞ。


「そういうところが鈍感なんだ…」

「えー…っと?」


 どういうところだろうか。

 もしかしたら、彼等の言うとおり鈍感なのかもしれない。


 ちょっと悔しい。


「じゃあ、改めてローガンって呼べば良いのか?ただ、オレの認識としてはローガンって男の名前だから、女性に向かって呼びかける名前じゃないんだが…」

女蛮勇族アマゾネスは戦士の部族だ。名前は男の名前を付けるのが当たり前だ」

「…ああ、なるほど」


 そういう、部族的な背景もあるのね。

 違和感はあるけど、本人が良いって言ってるから良いのかね。


「じゃあ、ローガン。アンタ、どうするんだ?」


 改めて、呼び方を変えて、先程の話へとシフトチェンジ。

 うわぁお、満足そうに頷かれた。

 ちょっと可愛いとか思ったのは、オレの気のせいだろうか。


「お前を送り届ける任はいらんだろう。礼に関しては、お互い様だ」

「薬も使っちまっただろう。稀少なものじゃなかったのか?」

「それは、お前の魔法具を壊してしまった私が元々の原因だ」

「看病もして貰ったし、巻き込んじまったし、」

「それでもだ。私はお前達に命を助けられた。改めて礼を言う」

「オレは何もしてないし、役にも立ってない」


 ちょっと、堂々巡りになりつつある。

 礼をしたいのに突っぱねられている。


 それどころか、逆にオレ達に礼を施すローガン。

 頭を下げられて、オレはどうすれば良いのか分からない。


 魔法も使えず、彼女を巻き込んで死に掛けた挙句、礼も出来ない。

 そんなならず者の恩知らずには、なりたくないのに。


「駆けつけてくれた仲間も含めてお前の力だ。素晴らしい生徒に、良き友人、眷属に女神までいるのだから、お前はもう少し胸を張れ」

「張る胸がねぇよ」

「…その話はもう良い!」


 ゲンコツでぶたれた。

 痛い。


 見た目と違って巨乳だったもんな、ローガン。

 晒しで隠すのは勿体無いぐらいだったのに。


 顔を赤くした彼女は、オレを殴った腕をそのままに溜め息を一つ落とした。


 うんと、何か言いたい事がある?

 胸の云々以外で。

 これ、内心知られたら、また殴られかねないけど。


 ややあって、彼女は口を開いた。


「礼はいらない。だから、少しだけお願いを聞いて欲しい」


 と、そこで、彼女からの提案があった。

 なんだろう。

 無理なお願いは聞けるかどうか分からないけど。

 ただ、彼女には礼の分も含めて、出来る限りの助力はしたい。


「一度、私は女蛮勇族の集落に戻ろうと思っている。薬の補充もあるが、お前はその薬を欲しがっていただろう?」

「……えっ?」


 あれ?

 お見通しだったりした?

 背筋に温い汗が落ちる。


「何を驚いているか。『ボミット病』なのだろう?それに、お前は女神や魔法具を使って症状を抑えていたようだし、もしかしたら対策を考えているかと思っていたのだが、違ったのか?」

「い、いや、間違いない。オレだけじゃなく、生徒も一人発症しているんだ」

「そうか、やはり。だとすれば、俄然『インヒ薬』は必要だろう。…魔法具で抑えていたというのにも驚いたが、それを発見したのも驚きだな」

「半信半疑と偶然の産物でもあったがな…」


 良かった。

 彼女は、純粋にオレの事を考えて言ってくれただけだった。


 オリビアに関しては偶然過ぎた。

 そして、半身半疑だった。

 彼女がいなかったら、オレなんて1ヶ月も持ってなかっただろうしな。


 しかし、驚いた。

 一瞬、オレの先ほどまで考えていた皮算用がバレてしまったのかと思ったが。

 腹黒い内心はバレていなかったようで、なによりだ。

 そう考えている時点で、彼女に対して罪悪感を感じるが。


「…婆様か、もしかしたら、私の妹が薬の調合を習得しているかもしれん」

「えっと…つまり、薬の配合なんかを聞いてきてくれるのか?」

「ああ、勿論だ。…ただ、『暗黒大陸』を越えるのに、どうしても1週間は掛かってしまうし、戻れるとしても1ヵ月後だ。1ヵ月後にまた会う約束をさせてくれ」

「そんなの、こっちからお願いしたいさ」

「困った時はお互い様だ。…それに、命を助けてもらった恩人達に、礼をしないのは我等戦士の名に恥じる…」

「それは、オレも同じなんだが…」

「お前は戦士ではなく、騎士だろう?」

「騎士の名折れって言葉もあるんだよ」

「…ふむ。一理あるか」


 なんて、考え込んでしまった彼女。


 なんて、会話の内容はともかく。

 申し出は嬉しい限りだ。


 なんて、上手い話なんだろう。

 彼女の好意の振り切れっぷりが天井知らずだ。

 ただし、


「…お願いしたい内容ってのは?それによっては、オレ達も考えることになっちまうんだが…」


 その好意の裏を知るのが、逆に怖い。

 こうして疑心暗鬼になるのは良くないと思う。

 だが、思いつつも何か裏が無いのかと詮索してしまうのは、オレの元暗殺者(アサシン)ながらの性。


「いや、何。簡単な事だ。私は魔族なので、人間の国には入ることが出来ないのだが、」

「…えっ?……密入国させてくれって事か?」


 一気にきな臭くなった。

 現職の騎士団長の前で、相談して良い内容なのだろうかこれは。


「いや、そんな訳が無かろう?」


 と思ったら、間髪入れずに否定が返って来た。

 ああ、良かった。

 現代でも密入国って結構、厳罰が厳しかったりするし。


「街に入る際に国に許可を取れば入れると聞くが、その許可を取るのに金が入用でな…」


 えっと、つまりは何だろう。

 パスポートみたいなものだろうか。

 金を払って手に入れるタイプの、入国証みたいなもの?


 首を傾げつつ、ゲイルへと視線を向ける。

 頷き一つ、簡潔な返答が返って来た。


「人間はほぼ無償なんだがな。亜人や魔族の入国の際には5万Dm(ダム)と通行証が必要だ。通行証の発行は、門番が行っている」

「あ、そうなんだ」


 それは、初耳だ。

 っていうか、亜人とか魔族も人間領に入る事は可能なんだな。

 その割には、人間以外見た事無いんだけど、表に出てこないだけなのか?


 それはともかく、5万Dmとはぼったくりだ。

 安全を期してなのかもしれないが、日本円で言うと70万相当だぞ。

 今のオレなら払えるけど、現代社会で暮らしている時のオレだったとしたら国に入る前にUターンする額だ。


「換金出来る魔石や宝石は持っているのに、まず街に入れなくて換金も出来なくてな。引き返してきたところだったのだ。…白竜国ではそこまでの額は請求されなかったので、甘く考えていたのだが…」

「ああ、そういう事」


 うわ、ご愁傷様。


 だけど、運が良いにも程がある。

 それも、お互いにとっての良運だ。

 何かの巡り会わせとしか思えない。


 どうやら、彼女は白竜国の方向から来て、引き返して来た通り掛かりにオレを見つけて拾ったらしい。

 彼女がもし即金で入国金5万Dmを持っていて、普通に街に入れていれば、通り掛かりすらしなかった事だろう。

 そうなれば、今オレはここにはいない。


 そして、彼女はオレを助けたからこそ、入国の目処が立ったとも言える。

 日本円の70万ぐらい何ぼのものか。

 本陣にあるポケットマネーでも事足りる。


 その上、オレは薬が手に入る。

 彼女は入国証が手に入る。

 どちらにとっても、損は無い。


「なら、手続きも含めてこっちで済ましておくよ」

「…すまんな。金は換金出来れば、すぐに返済する」

「それも良いって。困った時は、お互い様なんだろ?」


 律儀なもので、金に関してまだ言い募ろうとしていた彼女。

 礼はいらないと言った手前、引き下がれないんだろうな。

 本当に真面目な赤鬼さんだわ。


 しかし、ここでゲイルの援護射撃。


「ギンジかオレが発行するなら、金は掛からん。むしろ、恩人に金を払わせたとなれば、それこそ我等騎士の名折れだ」

「…そ、そうか。…ならば、よろしく頼む」


 よし、交渉成立だ。

 もしかしたら、これで『ボミット病』の研究に目処が付くかもしれない。


 裏が無い事も、良く分かった。

 ただの善意からってのもあったけど、とどのつまりは入国出来ないからお金を貸して欲しいという事だ。


 いくら性とは言え、裏を疑ってしまったのは素直に申し訳無い。


 それはそうと彼女、白竜国から来たんだな。

 あっちも、魔族や亜人とやらが暮らしているのだろうか?

 浅沼曰く、亜人って色々な動物が進化したような種族だって言ってたけど。

 ちょっと見てみたい気もする。


 話が逸れたな。


「ありがとう、ローガン。お前のおかげで、生徒が助かるかもしれない。もう一人の患者もだ」


 ローガンに手を差し出す。

 彼女ははにかみながら、握り返してくれた。

 その顔が可愛いと思ってしまったのは悪くないだろう。


 その代わりと言っては難だが、オレより逞しい手だったので地味に凹んだ。

 げしょ。

 これが、300歳を越えている魔族の女性の手って事だな。


 ともあれ、約束は取り付けた。


「これで、間に合うかもしれない…」

「ああ、ナガソネも治ると良いな」


 忘れてはいない。

 オレ達のタイムリミット。


 白竜国の国王、オルフェウスとの盟約を先延ばしする為のタイムリミットだ。

 約半年の6ヶ月。

 オレ達に残された期間は、既に2ヶ月を切ろうとしている。


 3ヶ月で、なんとか魔法具を取り入れる事が出来た。

 後は、特効薬の研究だったが、ほとんど進んでいない。

 討伐隊に参加して、既に3週間だ。

 実質、1ヶ月が経過している。


 彼女の一族に伝わる『インヒ薬』の存在は、オレ達にとっても光明だ。


 おかげで、1ヶ月後の目処が付いた。


「良かったですね、ギンジ様」

「ああ」

「(病気が治るようで、ほっとしております)」

「まだ、気が早いけどな…」

「とは言え、格段な進歩だ。今まで、治療法すら無かったのだしな…」

「…うん」


 気が早いし、現金なものだと思っている。

 喜ぶのは、まだ早すぎる気がしないでもない。


 ローガンは苦笑を零していた。

 呆れているのかもしれないな。


 ただ、その表情は柔らかかった。

 自棄に男らしい癖に、まるで母親のようにも見えた。



***



「またな」

「ああ。次は1ヶ月後に…」


 鬱蒼とした森の途中で、獣道が分かれていた。


 討伐隊兼捜索隊と、途中までローガンは一緒に同行していたが、その獣道の分かれ道で彼女は振り返る。


「ここまで来れば、後は一本道になっている筈だ」


 そう言って、森の先を指差してくれる。

 先頭に立っていたゲイルも頷いた。


 3日が掛かった工程も、彼女がいればたった数時間。

 彼女曰く、額の魔石が補助をしてくれているらしい。

 頭の中に地図のようなものが、浮かび上がるようだがナビのようなものだろう。

 疲労困憊の騎士達にとっては、とても有り難過ぎる機能だ。

 オレも欲しい。


 彼女は、ここで分かれるという。


「…ありがとう、アンタのおかげで助かった」

「お互い様だ」


 がっちりと、握手を交わす。


 本当に、彼女には感謝してもしきれない。

 今オレがここにいるのは、間違いなく彼女のおかげだからな。


 色々問題は発生したが、悪いものではなかった。

 1ヶ月後にもう一度会う約束はしている筈なのに、少し名残惜しい気がする。

 それは、彼女も一緒なのか、


「しばしの別れだが、寂しいものだ」

「…ああ」


 そう言って、苦笑を零したローガン。

 どちらともなく、抱擁。

 なんとなくだが、異性というよりは戦友のように感じる。


 ただし、絵面が逆だ。

 彼女が筋骨逞し過ぎるのが良くない。

 オレが女にしか見えなかったと、後に間宮とゲイルが苦笑いをしていた。

 げしょ。


「達者でな」

「ああ、アンタも…」


 そうして、少しの間の抱擁で、お互いの気持ちも収まった。

 なんか、安心感。

 同僚兼友人のアズマやルリのように絶対的な安堵だ。


 ゲイル?

 ゲイルに関しては、以前のトラウマで貞操の危機を感じるから除外だ。


 そうして、冒頭の会話に戻る。

 彼女からは、大自然の匂いがした。


 そのまま、獣道を進んでいくローガン。


 足取りには迷いが無く、勇ましかった。

 頼もしいお友達が出来たもんだ。


 彼女に頭が上がらない。

 任された仕事はキチンとこなしておいてやろう。


「…帰ったら、すぐに申請をしておこう」

「そうだな」


 彼女を見送って、オレ達踵を返した。

 森の中を道なりに進む。


 ああ、申請と言えば。


「ついでに、オレの『騎士』としての試験も頼めるか?」

「……ああ」


 そろそろ、先に『騎士』としての領分に踏み込んでおかないと。

 使えないとは言っても、魔法の属性が判明したのは僥倖だ。

 『ボミット病』が治り次第、精進する他無い。


 だが、ゲイルは少々浮かない顔をしている。

 どうしたのか。


 ローガンの本気説教の時には、彼女の味方をして頷いていた筈なのに。


「…公に使える属性ではないからな」

「ああ、そういう事。…まぁ、使い方は考えるさ」


 まさかの『闇属性』だったけど。

 更には、闇の精霊さんが腹の中に巣食っているとかなんとか。


 こう、上手い事いかないのは、なんでだろうな。

 オレが異端だって事は、元々十分承知はしていた筈なんだけど。


 なにはともあれ、


「なんとか、終わったな」

「ああ」


 終わりよければ、全て良しって事で。


「はいっ。御無事でなによりですもの!」


 オリビアがオレの肩に乗りつつ、オレの頭に抱きついている。

 わざわざ、こんな所まで来てくれた彼女にも、何かお礼をしなければならないな。


「(次は必ず、お守り致します!)」

「おう、間宮はその意気だが………オレが師匠なのに、」

「………(すみません)」


 間宮の心意気は嬉しいけど、そこはかとなく師匠の威厳が削られていく。

 いや、元々柄じゃなかったから、威厳なんて無かったかもしれないけどさ。


 ただ、実戦の空気を教えてやりたくて連れて来た彼は、思った以上に期待に応えてくれた。

 彼にも満点を差し上げよう。

 オリビア同様、帰ったらご褒美だな。


 森の空気が、段々と乾き始めていた。


 出口が近い。


 獣道も幅が広くなり始めていた。

 木々の隙間から零れる木漏れ日も、間隔が広くなっていた。


「あ、出口です」

「おお、アイツの言う通りか…」


 オリビアが指差した先には、まるで扉のように真白に彩られた出口。

 鬱蒼とした森の中を歩いてきた所為だろう。

 自棄に明るく見える。


 森の出口が見えた。

 やっと、長い長い討伐隊の仕事が、一段落したようだ。


 溜め息を吐きつつ、鬱蒼とした森から太陽の下へ。


 討伐隊が近くに駐屯していたらしく、オレ達の姿を見た途端に騒がしくなった。


 オレ達の帰還を叫ぶ見張りの騎士。

 天幕から駆け出して来た、残していたゲイルの部下達。

 本陣近くの天幕からは、あのジョセフ参謀も飛び出して来た。


 そして、オレ達の帰還を見て、彼等も理解したのだろう。

 正体不明であった魔物の討伐が、ようやく終わったのだと。


 鬨の声が上がる。

 ちょっと照れ臭い気がした。


 ぼすりと何故か、ゲイルに頭を撫でられた。

 ちょっ…、カツラがずれる。


「おかえり、ギンジ」

「おかえりなさいませ、ギンジ様」

「(右に同じく)」


 そういや、言い忘れてたっけな。

 感動の再会や、ローガンの紹介ですっかり忘れていた。


「ただいま」


 帰って来たって、やっと実感出来た。

 生きている事が、生かされている事がありがたいと初めて思えた気がする。


 お仕事完了。

 キメラ討伐作戦は、こうして完了した。



***



 冬も深まる、新年。

 その新年を1週間も過ぎた、この日。


 討伐隊は、大々的に帰還した。

 街道を埋め尽くさんばかりの民衆に迎えられ、討伐隊に派遣されたおおよそ3000を超える騎士達、魔術師達が凱旋。


 隊列は、おおよそ2時間は途切れる事が無かった。

 そして、それを歓迎する民衆の歓声も。


 その隊列の中央付近で まるで、人間の頭かと見紛う程の巨大な球体が怪しげな光を発しながら衆目に曝されていた。

 彼等の討伐の証拠とも言える大きな魔水晶。

 討伐した魔物の凶悪さを物語っていた。


 正体不明の魔物の被害によって、街道は封鎖され、物流に大きな影響を与えていた為、王国は三度の討伐隊を派遣。


 一度目は撤退。

 二度目には、壊滅の憂き目に合い、失敗が重なっていた三度目の討伐隊の編成。

 最後の討伐隊には、『石板の預言の騎士』が秘密裏に参戦していた。

 これは、騎士団関係者にしか伝わっていない。


 その最後の討伐隊の発足から、約1ヶ月が経過。

 討伐隊の帰還はの報はすぐさま、王国に伝達された。


 正体不明の魔物は、合成獣キメラ

 おおよそ魔物の生態とは思えない程の、悪意のある合成体。

 それも、二体。

 討伐は苛烈を極めた。


 それを、討伐せしめたのは、国防の要である騎士団長、アビゲイル・ウィンチェスター。

 彼は未知とも化した魔物に果敢に攻め込み、うち一体を魔法の一撃を持って屠ったという。

 彼の尽力はもはや言うまでも無く。

 大々的な歓迎を通達されていた民衆からは、熱い声援が掛けられていた。

 馬上でその声援をものともせずに、背筋を伸ばした彼の姿に貴婦人方が熱狂的な歓声を上げる。


 しかし、その隣に並んだ美男子には、皆が頭を垂れていた。

 彼には、熱烈な視線ともつかない畏敬の念が突き刺さる。


 短い黒髪に、病的に白い肌。

 無表情とも言える顔は、女かと見間違う程に秀麗であった。


 民衆も既に、衆知であった『石板の預言の騎士』である。

 異世界からの訪問者として、この世界では少々奇抜とも言える礼服を身に纏っただけの姿。

 だが、その端麗な容姿に、女性ばかりではなく男性からも、感嘆の溜め息が漏れる。


 騎士団長、アビゲイルの類稀なる功績ともなった今回の討伐作戦の立役者として真っ先に名が挙がるのは、勿論『石板の預言の騎士』である彼だ。

 討伐隊に参加した騎士達、魔術師達は口を揃えて、「彼がいなければこの結果は成し得なかった」、と語る。

 しばらくの間王城内で語り草となる事を先述しておこう。


 女神と契約すら交わす程の、清廉なる守護者。

 騎士団長、アビゲイルと肩を並べる程の武芸者。

 曰く魔法を使わずに、魔物を屠る事すら出来る奇怪な戦闘術を扱う異界人。


 騎士団には一時期、彼を貶める噂が蔓延していた。

 民衆からの声援にはそんな噂話も飛び交うが、その威風堂々とした姿には一抹の不信感すら感じさせられない。

 それは、彼の肩に乗る女神の存在も大きい。


 女神と衆知されている一人にして序列4番目『聖神』オリビア。

 神々しくも、あどけない少女然りとした姿は、まさに騎士に付き従う守護天使。

 その容姿も相俟って、『石板の預言の騎士』と共に堂々としたその姿は、絵画を切り取ったかのようにすら見えたという。


 そんな大々的に、王国並びに民衆から迎えられ凱旋を果たした討伐隊。

 こうして、彼等は新年最初の大仕事を終えた。



***  



 驚いた。

 こんなに、大々的に歓迎されるなんて。


 討伐隊に混じり、凱旋したオレ。

 街道を埋め尽くさんばかりの民衆に辟易としながらも、2時間一杯微動だにしないまま王城へと登城した。


 まさか、ここまで大々的にやるなんて。


「オレ、目立ちたくないって言わなかったか?」

「済まないな、ギンジ。付き合わせてしまって…」


 馬を降りたと同時に、同じく隣で馬から降りたゲイルにチクリ。

 オレの言葉に彼は苦笑を零していた。


「…思った以上に、街道の魔物の被害が大きくてな」

「それが、大々的に歓迎されるのとどう関係するんだよ」

「討伐した過程よりも、結果が重視されるという事だ…」


 また、回りくどい言い方をするものだ。

 慣れたは慣れたが、この友人はいつも結果だけを端的に語るのでは無く前振りを好む。

 そんなんでも、オレにとっては好ましい友人だけど。


 つまりは、討伐したから安全ですよ、と民衆やその中に混ざった商人達にアピールしたいだけだろう。


 このダドルアード国の国庫を担っているのは、勿論民衆。

 王権制とはいえ、その民衆からの人気が無ければ、国防すら覚束無い。


 その中で、特に重要視されているのは商人達。

 ダドルアードの収益はほとんどが貿易で賄われているところを持ってきて、その貿易に使う商品をかき集めるのは『商売ギルド』や連合商会に加入した商人達だ。

 そんな彼等にもこうして、大々的に街道の安全を確保した事を喧伝する事が目的と言う訳か。


「オレが引っ張り出されたのは、指揮以外にもこういう喧伝も含めていたと?」

「いや、オレはそこまでのつもりではなかったのだが、…おそらく国王だな。今回の件も含めて、民衆に衆知して貰う事で、今後お前達が引き抜きを受けてもその盾になり得る人気を獲得させたい狙いがあったのだろう」

「何?その皮算用。オレ達はあくまで世界救済を謳ってる『石板の預言』に嫌々従っているだけで、政治の道具じゃねぇって前にも言わなかったか?」

「…ごもっとも」


 それも含めて、さっき済まないって謝ったのだろうけど。

 オレの嫌味と皮肉のブレンドに、ゲイルは苦笑しっぱなしだ。


 まぁ、今回のは仕方ない。

 ゲイルだけが悪い訳じゃない。

 それに、新年早々大々的に報じるニュースが派手であればあるほど国も活気付くだろう。

 これは、現代でも同じだ。

 皇族の挨拶とか成人式とか、大々的に報じるあれだ。


「うふふ。それもこれもギンジ様の威光ですわ」

「オレだけの威光じゃないだろ?頑張ってくれたのは、ゲイルを始めとした騎士達。オレは面倒を掛けただけじゃねぇか…」

「何を言う。お前のおかげで、今オレはここにいる。でなければ、一体目の討伐の時に、オレは奴の腹の中に収まっていただろうからな…」


 ああ、そういや、そんな事もあったっけねぇ。


 彼の言葉に、周りの騎士達が大仰な仕草で頷いた。

 周りはゲイルの親衛隊、もとい近衛騎士団に囲まれているこの状況。

 オレや間宮に助けられたと、近衛騎士団は益々好意の振り切れっぷりが半端無い。


「(ギンジ様の威光は、世界共通ですから)」

「ヨイショはいらないぞ、間宮…」


 フードを取り払った間宮が、オレを見上げてにこにことしている。

 うわぁい、満面の笑顔。

 いつも無表情な分、滅茶苦茶可愛いと思える神秘。

 勿論、生徒として。


 ちなみに、間宮はオレの馬を引っ張っていた。

 しかも、ローブを被って、わざわざ魔術師に扮してまで。


 元々目立ちたくないシャイな生徒だったからな。

 居た堪れなかったんだろう。

 オレも同じように隠れたかった。

 げしょ。


「国王に報告をすれば、完了だ。街道の様子からしてしばらくは無理だろうが、今日中には校舎に送迎させて貰う」

「今すぐ帰りてぇっつうの…」

「無茶を言うな。民衆に揉みくちゃにされるのは、オレも御免被るからな」

「それは、オレも嫌」


 そういや、お祭り騒ぎだもんな。

 まるで、アイドルのライブみたいなもんだ。

 出てったら確実に、失う。

 何かしらの矜持とかメンタル部分で失うものが多そうだ。


 今回ばかりは、仕方ない。


 校舎にいる筈の生徒達が気掛かりだが、もう少しの辛抱だ。

 ここでごねても意味は無い。

 公務と割り切って、オレの仕事を全うしましょう。


「仕方ない。ついでに、風呂でも入らせてもらおうか」

「伝達しておこう」

「オリビアも、一緒に入ってよろしいです?」

「それは駄目。間宮、バリケード頼む」

「(了承しました)」

「ご無体です~!」


 久しぶりに、大浴場を満喫できると思えば安いものだ。


 その後、


「ギンジ様ぁああああああああああああ!!!」


 ハートを撒き散らして現れた女騎士イザベラに突撃さえされなければな。


 間宮とオリビアが揃ってバリケードになってくれなきゃ、オレはおそらく痴女の毒牙に掛かっていただろう。

 ローガンと同じような赤い髪をしているのに、何で中身が180度も違う訳?

 イザベラの突撃に、思わずローガン会いたくなってしまった。

 彼女はオレがこの異世界で出会った女の中では、一番の常識人だったかもしれない。


 というか、イザベラ。

 お前、王族の体裁すら、明後日の方向に投げ捨ててねぇ?

 これで、王族の変な噂が蔓延しても、オレは知らないからな?



*** 



 やっと、校舎に戻る目処が付いた。


 謁見の間で、大々的な帰還と討伐完了の報告を終えて。

 ついでに、今回同行していたジョセフ参謀からの嫌味の数々を報告して、先に釘を差しておいた。


 余計な事言って、こっちに被害を齎すなよって、事。

 オレもゲイルも、結果的には討伐を成功させたけど失態も多かった。

 そこを突かれて、変な噂が再燃しても困るし、面倒事も御免だったからな。


 徹底しておいて、損は無い。


 念願の大浴場でのお風呂も満喫。

 カツラの手入れもして、身体中の汚れを落としてさっぱりだ。

 やはり、風呂は命の洗濯である。


 昼は過ぎていたとはいえ、簡易ながらも豪勢な食事も振舞われて申し訳無いと思いながら、近衛騎士達の護衛と共に校舎への帰り道。

 今回は徒歩ではなく、馬車だ。

 凱旋パレードは収まっても、まだまだ人目が多いしな。


 相変わらずの面子4人で、対面して座る。

 オレ、間宮、オリビア、ゲイル。


 オリビアと間宮は勿論、同じ場所に帰る訳だが、ゲイルは律儀なもんだ。

 オレを校舎に送り届けるまでが仕事だとか。

 家に帰るまでが遠足かってんだ。

 心配してくれているのはありがたいが、コイツこそ休むべきだ。


 時刻は夕暮れ時の午後、16時。


 馬車の窓から見えた街の様子は、まだまだ興奮冷めやらない状況ながら。

 街道を埋め尽くしていた民衆は解散しているようだ。


 その代わり、飲食店や酒場が集中している区画では早くも賑わっている。

 おそらく、街道の封鎖を受けていた商人達が、祝い酒でもやっているのかもしれない。


 明日以降時間があれば、またゲイルと飲みに行こう。

 生還祝いと帰還祝いだ。


 城からの中央通りを抜け、民家の密集する区域に差し掛かる。

 赤い屋根のお家が見えた。

 シル○ニアファミリーのような概観をした、オレ達の校舎。


 約1ヶ月ぶりの帰還だ。

 やっと帰って来れたという実感が湧く。


「帰って来れたな…」

「ああ、一時はどうなるかと思ったが…」

「皆さん、きっと首を長くしてお待ちになっていると思いますわ」

「(…説教は覚悟しておいた方がよろしいかと…)」


 馬車の中で、四人とも苦笑を零す。


 生徒達は大丈夫だっただろうか。

 色々あって、すっかり忘れていた。

 問題を放置して出てきてしまったのは、いかんせん自覚もある。


 徳川の事だってあるし、護衛の件でも少し心許なかった。

 途中で駆けつけてくれたオリビアから聞くと、そこまで問題が無いとは聞いてはいても不安になるのは仕方ない。


 約1ヶ月。

 ここまで生徒達と距離を置いたのは、初めてだったからな。

 特別学校の夜間教室には、春夏秋冬休暇なんてものは無かったし。

 普通の学校とはちょっと違うところだな。


「あ、」


 と、校舎をぼーっと眺めていたオレの目に飛び込んできたのは、


「こっちも熱烈な歓迎だな」

「言った通りでしたね」

「(こくこく)」


 校舎前に出て来た生徒達。


 校舎前で見張りをしていた騎士が知らせたのだろう。

 雪崩を起こしたように、我先にと彼等が扉から飛び出してくる。


 少し寒そうにしながら、女子組と男子数人が手を振っていた。

 エマは除外。

 素直じゃないんだから。

 あ、永曽根が紀乃を背負ってる。

 車椅子で外に出すよりこっちの方が早いからか?


 その中に、徳川は見えない。

 少しだけ、落胆した。


 校舎前に馬車が停まる。

 ゲイルが先に降りて、扉を開けてくれた。

 お前はどこのコンシェルジュだろうか。


『先生、おかえりー!!』

「お疲れ様、先生~!」

「キヒッ!無事で良かっタね。脚もちゃんトあるネッ」

「縁起でもねぇこと言うな」


 オレが出た途端、彼等のおかえりの大合唱。

 帰って来れたなぁ、としみじみと実感する。


「間宮にも言ってやれ。今回のMVPは間違いなくコイツだ」

「(滅相も無いです)」


 俺に続いて馬車から降りた間宮。

 コイツがサブマシンガンとライフル片手に、嬉々として戦場を駆け回ったのは忘れない。


「間宮もおかえり!お疲れ~!!」

「どうだった!?」

「先生も闘ったんでしょ!?」

「(こくこく)」


 これまた、彼等にも労いの大合唱。

 女子組から囲まれた間宮は、やや慌てながらも首を上下に振った。


「ただいまです、皆様。ナガソネ様は、大丈夫でしたか?」

「ああ、教会に通ったから大丈夫だ」

『オリビアもおかえりー!!』

「オリビアたん、ハァハァ…!」

「ちょっ…浅沼ぁ!気持ち悪い…!」


 オリビアも皆に迎えられて、いつも以上に微笑んでいる。

 浅沼は相変わらず、何を考えているのやら。

 エマから蹴りを食らって悶絶している。


 あ、ってか、


「浅沼、コノヤロウ。教本に書かれてた内容が、半分近く嘘っぱちじぇねぇか!」

「ええっ!?そんな所で怒られるの!?」

「アマゾネスは巨乳だったよ…」

「あ、アマゾネスに会ったの先生!?それで、どんなだった!?」

「………オレよりも筋骨逞しいお姉さんだった」

「………御愁傷様」


 ぐすん。

 頭を抱えて、泣いた振り。

 浅沼の自棄に痛ましそうに慰める視線がうざったい。

 とりあえず、一発ぶん殴らせろ。


「あの…先生…」

「ん?」


 大歓迎の最中、か細い声がオレの耳に届く。


 徳川の声だ。

 あ、出迎えの中に徳川が見えなかったのは、身長が小さくて隠れてただけだったのか。


 おずおずと前に出て来た徳川。

 相変わらずの茶髪の短髪、低身長。

 オレの胸にも届かない彼は、頬を染めながらもオレをまっすぐ見上げていた。


「おかえりなさい…」

「ああ、ただいま。良い子にしてたか……って、ん?」


 ふと、ここで違和感。


 あ、あれ?

 コイツ、何語で喋ってる?


「お前…英語…」


 驚きで目を見張る。

 徳川は、オレに対して全て英語で話しかけた。

 そして、オレの言葉に対して正確に英語で答えた。


「…うん。…みんなのおかげ。オレ、もう日常会話ぐらいなら、喋れるようになったよ」 

「………徳川。……逸れに、お前等…」


 狐につままれた気分だ。

 言葉が、出ない。


 彼の言葉に、生徒達を見渡せば、


「…榊原の提案に、乗っただけよ」

「え~?オレだけじゃないでしょ、頑張ったの」

「榊原が言わなかったら、出来なかった事も多いじゃん」

「伊野田もノート作るの頑張ってくれたからな」

「あたしだけじゃないよ。香神くんと永曽根くんが、先生になってくれたのもあるでしょ?」

「オレはサボろうとする徳川を殴ってただけだ」

「あはは~。たんこぶ出来てたもんね」

「皆で当番の持ち回り変更して、英語教えてたんだ」

「榊原から始まっテ、全員でフォローしタんだヨ」


 照れ臭そうに笑った生徒達。

 特に榊原なんて、耳まで真っ赤にして鼻の頭を掻いている。


 そうか、全員で頑張ったのか。

 榊原の号令の元、ノートを持ち寄ってクラスの書記である伊野田がノートをまとめ、持ちまわりの当番を随時変更しながら、全員で徳川の英語の教師になったという。


「先生いなくても、オレ達だけでなんとか出来れば良いんでしょ?一人でやる事じゃないし、」

「そうそう。香神に任せっきりにしてた、あたし達も悪いんだし」

「オレが勉強出来なかったのが、悪いんだよ。だから、皆、ありがとう」

「………お前等、」


 オレが、やろうとしていた事。

 そして、タイミングが悪い意味で重なって、放置してしまっていた事。


 何事も無く、むしろ実績を持って生徒達は成し遂げた。

 1ヶ月の間、榊原を中心に徳川に英語を教え込む。


 オレが、帰って来てからやろうと思っていた事だ。

 オレだと反発するし、香神一人だけに背負わせるものじゃない。


 持ち回りを色々と工夫して、全員が講師としてやってもらおうと思っていた。

 そうすれば、少なからずコイツも、ストレスは溜めずに済むと思ったから。


 しかし、杞憂だった。

 それを、生徒達は自ら気付いて、行っていた。


「…良くやったな」


 それしか、言えなかった。


 胸が熱い。

 言葉がそれ以上出てこない。

 泣きはしない。

 けど、目頭が熱くなる。


 自主性が無いなんて、もう言えないじゃないか。

 一人一人は非力だとしても、コイツ等はチームワークを学んでる。

 協力をしあう形が、コイツ等にとっての力という事だ。


 いつの間に、コイツ等はこんなに頼もしくなっていたのやら。


「…オレ、頑張ったよ。努力、出来た」

「……最初から、やれば良かったのに…」


 徳川の頭を撫でる。


 徳川がクシャリと顔を歪めた。


「出来た…よ。…一人じゃ無理だったけど、皆のおかげで頑張れた…っ」

「そうだな。…合格だよ、徳川」


 合格宣言。

 これで、コイツも生徒達と同等になった。


「じゃ、じゃあ…捨てないよな!…オレのこと、いらないとか…言わない…よな!」


 途端、徳川は堰を切ったように、泣き出した。

 わんわんと、叫ぶようにしてオレの腹にしがみ付く。


 ああ、これはオレの失敗だ。

 必要以上に追い詰め過ぎてしまったのだろう。


 親に捨てられる悲しみを知っていた筈なのに。


 徳川の頭を撫で、背中を叩く。

 呻き声のようにしゃくり上げた彼は、19歳にしては幼過ぎる。


 だけど、中身はちゃんと成長している。

 今日はちょっとだけ、甘えたい気分なだけなんだろう。


「保護者代わりをやってんだ。この程度で捨てる訳ないだろ?」


 元々、捨てる気なんか無かった。

 見捨てるつもりはこれっぽっちも無かったのは、最初っから。


「頑張ってくれれば良いって、発破掛けたつもりだったんだが。…ゴメンな、徳川。追い詰め過ぎたみたいだな」

「お、オレ…オレこそ、ごめんなさいッ!…ごめんなさい!」


 徳川がオレにしがみ付いて、謝る。

 本当に、成長してくれたんだな。


「これからも頑張れそうか?」

「うん、頑張る…ぅ…、我が侭言わないようにも、気をつける…ッ」

「喧嘩もしないな?」

「うん…ッ。…間宮にだって敵対しないし、…浅沼の事も見下さない…ッ」

「よしよし、良い子だ」


 たった、1ヶ月。

 なのに、凄い進歩だ。


 それが出来た徳川も。

 それをさせることが出来た生徒達も。


「今回は、全員にご褒美をあげなきゃな…」


 全員を見渡して告げる。


 生徒達からは歓声が上がった。

 勿論、徳川からも驚きと共に、満面の笑顔。


 これだけで、オレにとってのご褒美なんだがな。

 可愛い生徒達だ。


「エッ!?…先生、オレも…!?」

「勿論だ。ついでに、オリビアにも考えてあるぞ」

「まぁ、嬉しいです!」


 オリビアも満面の笑顔。

 って、ちょっと泣いてる?

 感動したのか。


「…お前は、泣き過ぎだ…」

「良い子達だ…、感動して、前が見えない…っ」


 ゲイルが大号泣していた。

 おい、騎士団長。

 お前、今回の特攻隊長だった癖に。

 お前の渾身の突きで、脳みそ大の魔水晶が砕けだ事は忘れない。 


 何はともあれ、


「良くやった、お前達」


 本当に良くやってくれた。


 これで全員、同じ土俵に上がれた訳だ。


 ご褒美の名目も含めて、重大発表。

 コイツ等が楽しみにしていた、特別授業の開始である。


「明日から、魔法の授業を開始する」

『いや、休めよッ先生!!』


 って、あれ?

 重大発表したら、怒られた。


 喜ぶと思ったのに。


「馬鹿なの、アンタ。死ぬの?」

「お前、先生に向かって…」

「先生、マジで休めよ…!オリビアちゃんが血相変えて飛び出してったの、まだトラウマなんだぞ…!?」

「こ、こら、徳川。…力加減を間違えるな…!」


 あれまぁ。

 心配掛けたお返しだろうかね。


「…休んで、くれませんか…ッ…ひっく」

「うおわ、わ、わ…ご、ゴメン。オリビア」

「(ぐすん)」

「なんで、お前まで泣いてんの…!?」


 オリビアどころか、間宮にまで泣かれた。

 そして、間宮の泣き顔なんてレアショット。


 女子組には、間宮の予言通り、説教された。

 どうやら、心配でここ数日休んでいない生徒達も多かったらしい。


 うわ、ゴメン。

 エマとか眼の下が真っ黒だな。


「メイクが落ちただけだっつうの!」

「ええ、お前泣いてたの…?」


 そして、オレはエマからもパンチを受けた。

 ローガンのゲンコツを受けた後の彼女達のパンチはとっても軽いと感じたよ。

 神秘。


 ただ、怒られはしても、満更では無かった。


 生きて帰って来れた。

 実感していたけど、こうして生徒達に迎えられた事でより一層噛み締める事が出来た。


 命を諦めたのは一度や二度じゃなかった。

 けど、色々な偶然と幸運が重なって、戻ってくる事が出来た。


 今は、なによりも喜ぶとしよう。



***



 後日。


「オリビアちゃん、オレと付き合ってください!!」


 向かい合った、オリビアと徳川。

 英語が喋れるようになったら、告白すると決心していたらしい。


 真っ赤な顔をしながら、見事なお辞儀。

 45度の角度まで披露してくれている。


 ただ、その決心も然る事ながら、凄い勇気だな。

 ダイニングで生徒達全員が集まる前で、普通言える事じゃねぇぞ。


「えーっと…申し訳ありませんが、私はギンジ様の眷属です。使命がありますので、終わるまでは殿方とお付き合いは出来ませんが、」


 ただ、オリビアもその勇気には応えてくれるようだ。


 横目でオレを確認し、苦笑を零した彼女。

 徳川は真下を向いているので、見えていない。


 だが、彼女も徳川の頑張りは認めてくれている。

 途中までとは言え、その過程を見ているからこそ、彼女は優しく微笑んでいた。


 善行ってのは、やはり見てる人は見てるものだ。


「お友達から、始めましょう?」


 付き合うとも、付き合わないとも言えない台詞。

 大人になったら、魔性の女になりそうだな、オリビア。


 そんな成長過程は、オレが許さんけど。


「はいっ!!」


 握手をした2人。

 青春だねぇ。


 微笑ましくも、初々しい姿にほっこりと癒された。


 ただ、徳川は分かっていないようだけど。

 友達宣言から始まっても、恋愛に発展するかは本人次第だからな。


「うへへ…デートはいつしようかなぁ…」

「しばらくは、強化訓練と魔法の授業だけどな」


 後、言うの忘れてた。

 徳川が最低基準をクリアしたんだ。


「明日から、強化訓練もレベルアップなー…」

『だから、休めっつってんだろ!!?』

「鬼か、先生?」

「鬼だネ…鬼だ…キヒヒヒッ」

「本物の赤鬼さんよか、マシだろう?」


 アイツのゲンコツは、マジで効くからな。


 どうでも良い。

 話が逸れた。


 そして、オレはまたしても説教を受けた。

 終わりよければ、全て良しじゃないか。

 なんで、オレだけ説教で終わるのか。



***

結局、説教で終わる安定のだめっぷり。


ローガンさんのお説教は、正座スタイルで怒鳴られます。

それにも動じないアサシン・ティーチャーは肝が据わっているというよりも、慣れてしまっているのがポイント。


生徒達には、逆に口々にねちねちと言われます。

そして、仕事をしろではなく、休めと言われるのがミソ。


やっとこさ討伐隊のお話を終了。

フラグの回収は半分以上進んでいませんが…げしょ。



ピックアップデータ。

オリビア。

年齢不詳。

身長が100センチぐらい、体重は不明。

銀次の肩に乗っていたとしても、彼がそこまで重さを感じない程度。

ウェーブの掛かった黒髪に、碧眼。

異世界での安定の美貌で、その美貌は花より団子だった徳川すらも一目惚れをさせた。

学校のアイドル的存在となりつつある。

銀次いわく癒される幼女。

『聖王教会』序列4番目『聖神』。

能力は、聖属性が主。

眷族となった銀次や永曽根からは、魔力の吸収が出来る。

当初は片手のランプ程度の光を、今では巨大な柱として打ち立てることぐらいは出来るようになった。

それもこれも、常日頃から銀次の魔力を無意識に吸収していたから。

女神としては相当の位置に値するので、『聖属性』魔法に関してはエキスパートと考えて良し。

時たま、人間に人間をやめさせたりすることがあったりなかったり。

腹黒ではないけど、ちょっと過激な一面もある。

怒ると見境がつかないけど、めったなことでは怒らない。

ちなみに、精神感応などの能力で銀次の内心を察知したり、間宮の意思を正確に汲み取ったりする事も出来る。

最近、女子組の趣味でファッションに目覚める。

可愛らしい衣服を好んで着ているのは、もちろん敬愛する銀次のため。

ただ、大人のお友達も寄ってくるらしい(誰とは言わない)

銀次の風呂や寝所に突撃しようとすることがよくあるらしい。

そして間宮に阻止されているらしい。

いつか、体系が大人になったら、銀次に嫁ぐつもりでいる女神様。


それで良いのか、女神様。

ピックアップデータ17回目。

オリビアさんは、元々のキャラクターよりもやはりはっちゃけております。

書いているうちに、丁寧な敬語キャラからですわ口調へと進化。

書いているうちに楽しくなってしまうキャラクターでもあります。


誤字脱字乱文等失礼いたします。

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