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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、討伐参戦編
35/179

30時間目 「討伐隊~赤鬼~」2

2015年10月10日初投稿。


30話目を更新させていただきます。


前回は、微妙な終わり方をしましたが、謎は謎のままで。

伏線は回収したいと思っておりますが、今回は別の大事なお話があるので自重します。


またしても、ホモホモしいと反響を頂きました、


しかし、断言してくれる。

ロマンス要素に関しては、けっして男同士では無いっ!!


という訳で、続きです。

アサシン・ティーチャーのメンタルが持つ事を祈ります。

(改稿しました)

***



 次に目が覚めた時、川の中だった。

 体に当たる冷たい水の感触も、風を受ける濡れた肌への感触も、全てが本物だった。


 ぷかぷかぷかぷか。

 浮力に任せて浮いていた。


 呆然と、空を見上げる。

 晴れている。

 夜の間に振り続けていたでだろう雨もいつの間にか止んでいた。

 そして、若干眩しいと感じるのは、真昼の太陽の所為か。


 ………勿体無いなぁ。

 これで、春とか夏場なら、気持ち良かっただろうに。

 今が、寒風吹き荒ぶ(※実際には、そうでもないが)冬である事が悔やまれる。


 ただ、そんな事を悔やんでいる暇は、残念ながら無い。


 あれ、ローガンさん?

 まさか、オレを川流しにしてくれた訳?


 眼が覚めると、何故かこうして川の中。

 そうなると、必然的に最後に見た彼の姿を思い浮かべる事は容易で、そしてこの状況が彼が齎した結果だとも思える。

 あまりにも、酷い仕打ちだ…。


 ………でも、まぁ、それもそうだよな。

 拾った人間がまさか、傷が超速再生する人外だとは思わなかっただろう。

 本人であるオレも驚いた。


 だが、いくら、人外が発覚したからって、そりゃ無いだろう。

 まだ、脚が付く浅瀬だったのが、せめてもの救いかもしれないけど。


 とか思っていたら、


「眼が覚めたのか?」

「ひょわ……ッ」

「………フッ。なんだ、その悲鳴は…?」


 背後からかなりの至近距離で呟かれた言葉に、肩を竦ませる。


 驚いて素っ頓狂な声が出てしまったが、それをくすり、と耳元で笑った彼のおかげで、自分がいまどのような状況なのかはなんとなく分かった。


 赤鬼ことローガンが、オレを支えながら一緒に川の中に浸かっているようだ。

 抱きつくようにしてオレの脇腹辺りを支えている逞しい腕が、少し冷えた肌に感じられていた。


 驚いてしまった。

 二重どころか三重四重ぐらいの意味で、驚いてしまった。


 浮力に任せて浮いていた身体が強張り、水の中へと沈む。

 結構な不安定な格好だったのか、浅瀬で無様に溺れかけたオレ。


「暴れるな。………私がいるから、溺れるようなことは無い」


 そう言って、オレの身体をまた、その逞しい腕で抱え上げてくれたローガン。

 今度は、臀部辺りに膝を添えてくれたのか、不安定な格好も安定していた。


「………オレ、このまま流される?」


 ただ、驚いて動揺しまくってあっぷあっぷ。

 慌ただしい脳内の所為で、可笑しなことを口走ってしまうのはご愛嬌。


 せめて、服を着せてなんて思っても、そもそも今まで支えてくれていたのなら流すなんて事は無いだろうに。

 ………ゴメンなさい、かなり失礼な奴で。


「そんな事はしない。魘されていたから、水浴びをさせただけだ…」


 少し不機嫌そうな響きが声音に出ていたが、彼はそう言ってオレの脇腹を抱え直した。


 しかも、失礼なこと言ったばかりか、魘されてたとか。

 五月蝿かっただろうに。

 申し訳なさに、眉根が寄った。


 その上、気を使って水浴びまでさせてくれるとは、彼もかなり世話を焼いてくれている。

 何から何まで、すみません。

 しかも、失言ばかりして申し訳無い。


「そんな顔をしなくても良い。

 ………あれだけの事があったのなら、良くて2・3日は魘される事も分かっている」

「………本当に、ゴメン」


 呆れ混じりながら、ローガンは気にしていない様子だった。

 しかも、オレの境遇にも同調し、同情もしてくれている様子が、声音から滲んでいた。


 女だと思って拾ったら、男だった。

 しかも、人間だと思っていたらまさかの人外だった。

 普通なら怒って放り出しても不思議じゃないだろうに。


 オレだったら、色々考えるだろうし、放り出すかもしくは手当てだけして放置するか。

 どっちにしろ放り出していると思うんだけどな。


 ローガンは、人が良過ぎる。

 いや、人間では無いから、鬼が良過ぎるのか?

 ………それもちょっと可笑しい気もするが。


 っていうか、彼は魔族としてはどういう種族になるのか気になるなぁ。


 先ほどと同じ様に、ローガンに腰を支えて貰いながら浮力に任せて水に浮いている。


 見上げた視界の先には、やはり晴れ渡った空。

 真冬だと言うのに、憎らしいほどの快晴だ。


 此方の世界では、雪がチラつく頻度が少ないばかりか、地理的に最南端にあるという事で気温もそこまで低くなっていないらしい。

 四季のはっきりとした日本くにから来た人間としては、冬と言う自覚が出来ないのも考え物だな。


 と、しばらくぼーっとしながらも、現実逃避。

 そうだ。

 現実から逃避しているだけだ。


 人外である事が発覚してしまった自分自身から。


「落ち着いているな……。もう少し、取り乱すと思っていた…」

「これでも、結構取り乱しているつもりだけどな…」


 オレがおそらく考えているであろうことに、ローガンも察しはついているようだった。

 まぁ、彼も手当てをしてくれていたから、怪我の度合なんかもその眼で見ていただろうし、怪我が治っている事を知って彼自身もかなり驚いていた様子だった。

 斯く言うオレは、驚いてそのまま気絶したんだけどね。


 見ようによっては、落ち着いているように見えるかもしれない。

 ただ、悲しいかな、ただの虚勢である。

 意図的にそう見えるように振舞っているだけだ。

 現実逃避した結果なだけなのが、更に悲しいけど。


 意識を失う、ほんの数分前。


 今思い返しても、眩暈がする。

 胃がムカムカして、自分自身の事だと分かっているのに、気分が悪かった。


 傷が治っていた。

 ローガンが見つけた時には、既に外傷は脚だけだったと言う。

 しかも、キメラが溶けて発していた熱を受けた、真新しい火傷だけ。

 それ以外は、血塗れながらも綺麗なものだったと。


 確認をしてみれば、折れたか皹が入っていた筈の肋骨も痛みを感じていなかった。

 腕の骨折に関しても然り。

 両腕が圧迫骨折したような気がしていたというのに、数時間程度で左腕以外は元通りに動かせるようになっていた。


 立派な人外だ。


 おかげで、意識がブラックアウトしたけど。

 そして、今の現状、と。


 起きたら魔族のお兄さんと水浴びとか、驚いたけどな。

 介助目的だからまだ良いが、アレクサンダーとかゲイル辺りだと貞操の危機を感じるわ。

 ………いや、別にそういう眼で見ている訳じゃないけど。


「魔族なら、こういう身体も有りなのか?」


 務めて、明るい声を出す。

 無表情なので、意味は無いかもしれない。


 こんな所でも、まだ虚勢を張ろうとしているとは。

 ゲイルに怒られて当然だろう。


 自嘲気味に笑ったが、どうやらローガンには見えなかったようだ。


 代わりに、淡々とした答えが返ってきた。


「ああ、まぁ、修族にはよるがな。

 …不死身アンデッド族は勿論、天龍族や吸血鬼の種族も同じだ。

 上位種は、ほとんどが外傷を負っても超速再生能力を持っているから、大抵の場合は数時間程度で全て消える…」

「………アンタは?」

「私は、どちらかと言えば、中位種だ。傷の治りはそこまで速くない」


 魔族にも色々あるのな。


 だとすると、オレの心配事が気になるが。

 オレ、魔族で吸血鬼のアレクサンダーに噛まれた事があるんだが。

 しかも、貧血になるまで。


 意識を失う前の会話に、眷属にする条件のようなものをローガンから聞いている。

 曰く、吸血鬼は眷属を作る時に、血を吸い尽くすのだとか。

 オレも、軽く吸い尽くされていないっけ?

 あ、いや、貧血程度なら、死にはしないか。


 ただ、この人外の身体に説明が欲しい。

 後付の説明でも何でも良い。

 この身体の説明書が欲しいのだ。


 安心したいだけ、とも言う。


「…人間が魔族に変異する事ってあるのか?」

「……あるのかもしれないし、無いのかもしれない。事例は聞いた事は無い。

 もとより、お前達人間は寿命が少ないから、私が認知している事例の方が少ないのかもしれないが…」

「…アンタ、何歳…」

「300歳を数えてからは、数えていない…」


 ………うわお、随分とご高齢だったのね。

 魔族って顔立ち云々だけじゃ歳は読めないのな。


 20代後半ぐらいに見えたけども、やっぱり人間の感覚なのか。


「お前は幾つなのだ?」

「23歳。…これでも、成人なんだよ」

「人間の美醜は皆目分からんが、幼かったのだな」


 背後でローガンが、くすりと笑う。

 うわ、耳元で笑うんじゃねぇよ、赤鬼さん。


 鳥肌が立ったわ。


 とりあえず、彼に預けていた身体を水の中に沈める。

 自分の脚で歩ける事を確かめつつ、立ち上がった。


 だが、結局オレは、最後まで立ち上がれなかった。


「…いきなり、立つな」

「どわ…ッ」


 突然、ローガンに腕を引かれて、思わず体勢を崩す。

 ………若干、無様な悲鳴を上げてしまった。


「アンタは、いきなり引っ張らないでくれ」

「か、勝手に動くからだ…」


 腕を引っ張られて、水の中に倒れ込んだ。

 おかげで、またしても彼の胸に背中を預ける事になってしまった。


 わぁい、凄い筋肉。

 背中にむにっ(・・・)と、柔らかい感触を感じた。


「………むにっ(・・・)…?」


 しかし、そこで、ふと違和感。

 擬音に、違和感。


 筋肉って、確かに岩のように固いとは言わないが、しかしこんなに柔らかい感触をしていたものだろうか?


 気になって、むしろ嫌な予感がして、そろりと背後を振り返る。

 何故か、顔を赤らめたローガンさん。

 その顔はどこか不機嫌そうだ。


「だから、立つなと…」

「はい?」


 よくよく見れば、ローガンは恥らっていた。

 目が覚めて、オレの手当てをした後の時のような感じ。

 言い淀みつつ、恥ずかしそうに目線を逸らしている。


 下着の中身を確認の為に覗いたことを勘付かれた時と同じ顔だ。

 あの時は、無表情ながらも一番分かり易かった。


 いや、待て。

 だとすると、色々とマズイ。


 女じゃないから、まだ良かったのだ。

 オレは。


 同性同士であれば、見られて困るものは無い。

 そりゃ、身体に掘り込まれた白粉おしろい彫りや、眼の色の科学変色の色を見られるのはマズイ。


 だが、手当ての為に身体を見られる程度なら、全く問題は無い。

 同性同士だからだ。


「…………むにっ?」

「………な、何故、二度も繰り返したのだ…?」


 大事な事だからだ。

 だって、この擬音は可笑しい。

 そして、感触も可笑しい。


 背中に当たっている感触は、筋肉にしては柔らか過ぎる。


「………おいおいおい」


 慌てはしない。

 しかし、脳内は大パニックになっているが、それでも表には出さないように努めて振舞う。

 さっきの現実逃避と同じだ。


 ただし、早急に離れる必要がある。


 右腕だけで水を掻いて、逃れようとした。

 しかし、それをローガンに制止された。

 抑え付けるように、またしても抱き込まれてしまった。


「おい、こら…離せっ」

「は、離したら、振り返るだろうが…ッ」


 当たり前だぁ!

 振り返ってみないと、確認も何も無いじゃないか!


 いや、それもそれで、制止されるのは当たり前なのかもしれないが、せめて確認をさせろ。


「何、じゃあこれ何なの!?」

「な、何って…!だ、だから、暴れるな…!」


 だが、オレがもがけばもがくほどに、余計にローガンがオレを抱き締める力が強まってしまった。

 背骨が、軽くみしみしと軋むぐらいには。

 わぁい、凄いパワフルねぇ!

 ………これは別の意味で死ねるわ!


 ただ、羞恥でも死ねるかもしれない。

 力加減も全くないままで抱きすくめられているおかげで、またしてもむにむにとした感触が背中に当たる。


 男としてのシンボルであれば、確かにこんな感触を持っているかもしれない。

 しかし、当たっている場所が問題なのだ。

 もしこれがシンボルであれば、臀部に当たる筈である。

 今、彼がオレを支える為に支点にしている膝のように。


 体勢的に背中に当たるなんて、一つしかない。

 胸だ。

 それも、筋肉だという生易しい勘違いは出来ない。


 弾力を持ちつつも控えめな、二つの山が背中に当たっている。


「お前…ッ、いや、アンタ…女!?」

「お、おお…お前だって、男だったじゃないか…ッ」

「えっ?それ、なんて逆ギレ?」

「同性だと思ったから、拾ったのだ…ッ!そ、それに、男だと名乗った覚えは無い!」

「わ、分かった…ッ。い、いだだだだだだ!分かったから、ちょっと力を緩めろ…ッ!」


 絞め殺されるぅうううーーーーッ!!


 ああ、ローガンがオレを同情の眼差しで見ていた理由も分かった。

 ついでに、晒しの意味も分かった。

 それが、胸から下を覆っていた意味も。

 現代でもプロテクターで胸を潰している女の同業者アサシンはいたもの。


 ………コイツ、女だったんだ。


「えぇえ~………オレよりもイケメンなのに、女とかありかよ~」

「お、おおおお前こそ、私より美人の癖に…!」


 筋骨隆々で逞しい上にイケメン顔だったから、まったく男としても違和感無く見えていた。

 けど、実はコイツ男に見えるだけ。


 オレの女顔は否定のしようも無いけども、彼もとい彼女のイケメン顔は反則じゃねぇ!?


「だ、だからローガンディア(・・・)…?」

「そ、そうだ。…私の種族は、女蛮勇族(アマゾネス)。魔族の中では中位種だが、頑強な身体と額の角がその証だ」


 彼もとい彼女、ローガンディア・ハルバートは女だ。

 今まで気付かなかったとは、なんとも情けない。

 オレの目は節穴だったようだ。


 そのヒントは、幾つもあった。


 まずは、名前。

 ローガンディアのローガンだけであれば、男名だ。

 しかし、ディアという女名も合わさっている。

 それが、第一のヒントだった。

 キラキラネーム張りに分からない名前じゃなかったじゃねぇか。

 まんま、女の名前だよ。


 そして、種族の角の話。

 彼女は言っていたじゃないか。


ーーー「女は角が小さければ小さいほど美しく、男は角が大きければもしくは数が多ければ多いほど逞しいとなる」


 そして、彼女は自分のは少々小さいと言っていた。

 つまり、女性の美醜に該当するのではないだろうか。

 これが、第二のヒント。


 最後に、オレに見せていた数々の恥じらい。

 同性だと思っていたのに、拾って手当てをして見れば男だった。


 もしオレが、彼女だったら、どう思うだろう。

 ………女だったらという第一前提が可笑しいけど、考えてみる。


 同性だと思っていた人間が男だった。

 手当てをしている最中に気付いて、手には脱がせた衣服。

 信じられなくて、下着の仲間で覗いて確認までしてしまった。


 ………放り出されなかったのが、奇跡だわな。


 ってか、浅沼コノヤロウ。

 魔族は巨乳で、女蛮勇族アマゾネスは爆乳とか言っていたじゃねぇか!

 コイツは確かに巨乳だったが、女蛮勇族だぞ!?


 閑話休題。


「恥じらいもするわな…」

「…う、うるさい…っ。そもそも、お前が女みたいな顔をしているから…っ」

「女顔は認めるが、そこでアンタの失敗を責められても。…しかも、お互い様とか言う…」

「うぐ…っ」


 黙り込んだローガンディア。

 どうしよう、この状況。


 オレ、筋骨隆々で男らしいとはいえ、女の胸に背中を預けている状況。

 しかも、ほぼ全裸で。


 ………無いわ。

 しかも、意外と人肌のぬくもりが、気持ち良いというかなんと言うか。


「あ、」

「な、なんだ?…って、だから、立ち上がるなと…!」


 起き上がろうとして、またしても抱き付かれた。


 けど、これはマズイ。

 オレ、最近禁欲生活だった訳よ。

 こっちの世界には、そう言った娯楽も少ないし。


 抜く為には色町か自家発電とか、とにかく後進的だ。

 青少年が揃っている学校でする訳にもいかないし、オレはほとんどオリビアと一緒に寝ている。

 勿論、いかがわしい意味も他意も無い。


 だから、かなり最近はストイック通り越して、枯れているとも思っていた。


 つまり、反応してしまった。

 何が?

 ナニがだよ。


「離れろよ、ローガンディア。…じゃないと、オレが狼さんになっちまうぞ…」

「な、何を意味が分からない事を…っ、って…」


 振り返り見たローガンディアの顔が赤らんだ。

 視線の先には、オレの半ボルケーノしている息子がいる。


 水の中とはいえ、透明度の高い水の中では隠し様も無いしな。

 濡れているから、余計に形も丸分かり。


 そのまま、恥らって離れてくれれば良い。

 オレの不名誉な肩書きがまた一つ増えそうな気がするが、この状況を打破するのは一番の方法だろう。


 なのに、


「雄雄しい…っ、その顔で…ッ!?」

「なにその感想!ってか、そっち!?」


 ………食いついちゃうってどういう事?


 そして、オレの顔と息子の猛々しさを比較しないで。

 しかも、そのひと言は褒めているのか、貶しているのか、マジでどっちの意味だったの?



***




 まさかまさかで、お互いがお互いに性別間違えてたとかどんだけなの?


 ………性別を間違えて生まれて来た可能性はなきにしもあらず。

 しかも、お互いね。


 とりあえず、性別の件は片付いて、なんとか解放されたよ。


 どっちが先に上がるかでひと悶着はあったけど、オレが先に上がって着替え、その後は草陰に隠れて彼女が上がって着替えるのを待っていただけだ。


 お互いに改めて服を着て、今は洞窟に戻って来た。


 髪を乾かす為に、2人で焚き火を囲んでいる最中だ。


 ついでに、ローガンディアは川から簡単に魚を獲ってきていた。

 手馴れた手付きで短剣で内臓を取り除き、串を通す。

 それを焚き火で炙る。

 焚き火で定番の焼き魚だ。

 シンプルイズベスト。


 どちらも、無言のままであった。

 そして、無表情であった。


 既に昨日になるだろう、意識を失う前以上に、はっきりと気まずい雰囲気だ。

 ただただ、気まずい沈黙が、洞窟内に落ちている。


 お互いの性別が判明したからでもある。


 女だと思われていたオレは、男だった。

 男だと思っていたローガンディアは、女だった。


 マジで、男女逆転問題ね。


 オレの場合は、種族や先入観に騙された形だ。

 見知らぬ種族に、頑強そうな見た目と、話し方や立ち居振る舞い。

 どこをどう見ても、女と思える要素がローガンディアには足りなかった。


 いや、それはお互い様だ。

 オレも男に見える要素が少なすぎる。

 ………カツラを外した状況では、特に。


 ちなみに、外されて失くしたと思っていたカツラはありがたい事、ローガンディアが回収してくれていた。

 御丁寧にネットまで。

 ピンが幾つか無くなってしまっていたが、ネットに残っていたからとりあえずはそれで凌げるだろう。

 校舎に帰れば、ピンならそれこそ売る程ストックしてある。

 最悪女子組に補充して貰えば良い。


 そして、武器。

 オレのベレッタ92.も、彼女は回収してくれていた。

 オレのホルスターにはコルト・ガバメントも残っていたし、ベレッタ92.を改めて返してもらった。


 羞恥心と引き換えに、色々と失くしたものは少なかったらしい。


 何から何まで、申し訳無い。

 申し訳なさに、こめかみを押さえる。


 ついでに、頭痛が痛いよ(笑)。

 眩暈も感じるし、胃がムカムカしてしまい、ついつい堪え切れなかった溜め息を吐き出してしまう。


 その溜め息に、ローガンディアがびくりと反応した。

 どことなく、緊張しているようだ。

 ………先ほどまでは、オレを背後から抱き締めるぐらいには忌避感が無かった筈なのにねぇ。


 なんとも言えない空気が洞窟内に蔓延していた。


 ………それと、焦げ臭い。


「……焦げてないか?」

「…ッ…は、腹を壊しても、困るからな…ッ」


 どうやら、焦がしたらしい。

 そして、それを認めたくなかったらしい。


 見るからに焦って、それをあわあわとしながらも火から外して、なんとか取り繕っている。

 ………意外と、可愛いところがあるもんだ、と苦笑を零してしまう。


 脂が滴る、ちょっと焦げ臭い魚。

 熱々に焼けた串ごと手渡されて、一瞬吃驚した。

 しかし、彼女は平気そうな顔をしていた。

 熱くないのか?


 まぁ、そのままオレも、熱いだのなんだの文句を言うつもりはないので、そのまま受け取った。


 空気が重いとは感じるが、この状況も仕方無いと割り切って黙々と焦げ臭い魚を頬張った。

 しかし、焦げている以外は、意外と美味かった。

 冬場なのに、随分と脂の乗った魚が取れるものだ、と現代人としては驚いてしまう。

 種類は何だろう?

 ………これも魔物とか言われたら、魚の骨ごと中身を噴出しそうだから聞かないけど。


「………美味いか?」

「ん…」

「………そうか」


 話しかけられた。

 もぐもぐと頬ばったままだったので、頷きを返しただけだったのだが、彼もとい彼女は苦笑か微笑かで、同じように頷いた。


 と、思ったら、また無言になった。

 ………気まずいよぉ。


「………。」

「………。」


 また、しばらく黙々と魚を頬張る。

 骨が難点だな。

 丸齧りは、出来れば果物や骨の無い肉の方が食べ易い。

 現代人としては、こう言った食べ方には慣れる事は出来ない。


 ついでに言うなら、限界だ。

 ちょっと、腹がキツイというか、胃がムカムカしていて一匹以上は食べられない。

 結構たくさん獲ってきてくれたから、申し訳ない。


「………もういらんのか?」

「ああ、悪い。………まだ、ちょっと調子が良くない」

「そ、それは、すまん。気が付かなくて…」

「い、いや、大丈夫だ。………そこまで、慌てなくて良い」


 ローガンディアは、やはり素直な性格をしていたらしい。

 オレの体調が悪いと分かるや否や、口に咥えていた魚も程ほどに介助に動き出そうとしていた。


 手を制して止める。

 食事を邪魔する気は無い。


 オレが魚の骨を端に避けて、手頃な岩に腰掛ける。

 胃の調子が余り宜しくない。

 というか、どことなく倦怠感と眩暈も感じる。


 魚に当たっただろうか。

 嘘だろ?

 ………いや、待て待て待て、それはいくらなんでも早過ぎる。


 鬱屈とした気分や体調の悪さを紛らわせるように、溜め息を吐きつつ天井を見上げる。

 天然の洞窟のごつごつした岩の、苔生した天井だ。

 大自然だな。


 こんな場所、現代でろくな育ち方をしていなかったオレだって来た事無い。


 食休みにしては、だらしない格好のまま、数分。


 ローガンディアは口の中のものを咀嚼して、じっとオレを見ていた。

 何やら、言いたげな視線だと感じていた。


 そして、ふと切り出す。

 何の前触れも無い、核心を。


「お前、………何か精霊の加護を受けているのか?」

「はえ…?」


 一瞬、耳を疑った。

 おかげで、変な声も出た。


 ローガンディアが何故かふるりと震えた。

 ………若干、頬が赤らんでいるのも、何故だろうか。


 精霊の加護?

 受けている覚えは微塵も無いが、そんなものが分かるのか?


「………そういうのって、何?見えるものなのか?」

「ああ」


 こくり、と頷いたローガンに、もう一度驚く。

 思わず、目をぱちくりとしてしまう。


 そして、ローガンはまたしても、赤い顔のままで続けた。


「………だ、大体は、色で判別するな。魔族の特権のようなものだ。

 属性によって、精霊を識別する事も出来るし、種族によっては感知する事も出来る筈だ。

 もっとも、私は見えるだけで、感知等出来んが、」


 そうだったんだね。

 精霊って色で分かれているんだ。

 あんまり詳しく聞いたこと無かったから、知らなかった。


 ただし、補足が入る。


 どちらかといえば、色だけでは属性の精霊しか認識できないらしい。

 つまり、ゲイルが使っている言葉ことのはの精霊とかは、色で判別できない。

 魔族は精霊とも対話出来るらしいから、そこら辺は話しかけてみない事には分からないらしい。


 少し話が逸れただろうか。


 ………それで?

 どうして、その精霊の加護の話しになったの?


「………お前、気付いていないのか?」

「え~……っと、それは、どういう意味?

 気付くも何も、精霊の存在自体を感知してないけど、」

「お前から感じる魔力は異常だ。人間にしては、強過ぎる」


 ローガンからの一言は、結構ぴしゃりと叩き付けられた。


 うわぁい、ここでも人外認定されちゃったよ。


 ………いや、元々魔力の総量が多いとは、オリビアにも言われてたけど。

 そして、ゲイルからもそこはかとなくダイレクトに突っ込まれてたから知ってたけど、本家魔族からも異常って言われるってどうなの?


 そして、この話は何のフリだ?


「お前の腹の辺りから、精霊の気配を感じる」


 ローガンディアがまっすぐ、オレの腹を指差した。

 薄くではあるが、腹筋が浮かび上がる腹。


 今現在は、血塗れたシャツに覆われたそこ。


「つまり、オレは腹の中に、精霊を飼っているという事か?」

「魔族では当たり前なのだがな。…人間には、少ないのか?」


 魔族では当たり前?

 何、魔族なら精霊を腹に飼っている事も、一種のステータスか何かになる訳?


 なら、彼等が当たり前のように魔法を使えるのは、少し頷ける。

 フルチン吸血鬼こと血液強奪魔アレクサンダーがそうだった。


 まず、魔法を使う時、人間は詠唱が必要だ。

 『我が声に応えし、精霊達よ~』と始まるフレーズが、発動のキーとなるのはもはやお馴染みの通り。

 ただ、オレは病気の所為で、未だに発動した事は無い。

 しかし、ゲイルは『雷属性』+『聖属性』(これに関しては、未確認のままではあるが)の魔法を扱えるので、結構な頻度で詠唱や発言も見せて貰っていた。


 しかし、魔族で吸血鬼のアレクサンダーは、魔法の発現を詠唱無しで行っていた。

 治癒魔法に、あるとは思っていなかった解毒魔法。

 それをゲイルに掛けて、オレの血を飲んだ彼の解毒を行ってくれた事実は記憶に新しい。


 ………まぁ、あんまり思い出したくない記憶でもあるけど。


 もし、ローガンディアの言うとおり、魔族の多くの種類で、精霊を体内に飼っているのが当たり前なら。

 血液強奪魔アレクサンダーの行動、というかあの魔法発動の現象は素直に頷ける。


 そして、それはオレにも、当て嵌まるかもしれないとの事だった。


「………魔法は力だ。力を持っている種族は、多少なりとも扱える。

 下位種族である魔物のなり上がり程度では無理だが、中位種の私達ですら扱えるからな…」


 と、ローガンディアは、軽く手を掲げる。

 息を吸うのと同じく、彼女は掌に炎の玉を浮かばせた。

 焚き火よりもまだ赤い炎が、然も当然のように彼女の手の上に顕現していた。


 勿論、今しがた発現した魔法の詠唱は、無い。


「それも、お前が精霊の加護を受けているからか?」

「そうだ。………本当に知らないのだな…」


 やや驚きと呆れの混じった言葉と共に、ローガンは苦笑をしながら教えてくれた。

 昨日も思ったが、彼女は親切過ぎて、聞けばほとんどの事を答えてくれる。


「魔族は、生まれながらに精霊の守護を受ける。

 女蛮勇族アマゾネスは火、炭鉱族ドワーフは土、森小神族エルフは風、もしくは水。

 ただし、例外として森の民、森精霊族ドリアードは、水と土の魔術を一緒に操り、緑を齎す種族となっている。

 これは、住処の近くにいる精霊を多く取り入れる事からの慣習のようなものだがな…」


 改めて、オレは彼女から魔法と精霊の密接な関わりともなる、概念を教えられた。


 事実、今聞いたばかりの、近くに多く住んでいる精霊を取り入れる、という概念に関しては、ゲイルからも教わってはいない。

 アイツは人間だから、こうした詳しい精霊の守護による魔族の魔法事情なんて知らなかった可能性は高いが。


 とりあえず、女蛮勇族アマゾネスは、火を操るのが得意。

 火山の麓や、亜熱帯らしき密林に住んでいるという土地柄も相まって、森の開墾と鉄の精製を担っている種族だかららしい。


 ………あれ?

 北欧神話とかでの、遊牧騎馬民族って設定はどこ行った?

 まぁ、良いか。


 新たに出てきた種族名、炭鉱族ドワーフとやらは、土を操る事が多い。

 それは、土と共に生活しているからだ。

 主に、彼等の仕事は山に入り、土や石炭、宝石なども含む鉱石等を掘り出したりして、同じ魔族達に輸出という形を取っているらしい。


 ついでに鉄は、女蛮勇族アマゾネスから輸入し、彼等は鍛冶錬金で生計を立てている。

 ローガンディアの持っている十字にも似た尖部を持つ槍も、魔族間では有名な炭鉱族ドワーフの鍛冶師が打ったものだという事だ。


 ここまでは、浅沼教本に書かれていた内容と一致。

 ただし、女蛮勇族アマゾネス炭鉱族ドワーフが、持ちつ持たれつの関係で共生しているとは知らなかった。


 ちなみに、森小神族エルフ森精霊族ドリアードも、共生体勢を取っているとの事。

 それぞれ、お互いのテリトリーを守りつつ、ひっそりと暮らしているらしいのだが、ここ数年の情勢の変化で、今はどうなっているのかは不明との事だった。


 うわぁい、またしてもファンタジー要素が盛り沢山。

 帰ったらちゃんとメモして、生徒達の授業に盛り込んでやらなければ。

 ………帰れるかどうかは、まだ不明だけど。


 閑話休題それはともかく


「話は逸れたが……。…やはり、お前も、私達と同じ魔族では無いのか?」


 そこまで話した彼女も、話が本来の話題から大幅に逸れていた事に気付いたらしい。

 オレがさせてしまった無駄話ではあるけども、ごほんと軽く咳払いをしても取り繕うのはもう遅いとは思うよ?

 ………とっても、有意義な話は聞けたと思うけどね。


 とはいえ、彼女の一言には、流石に考えさせられる。


「傷の治りも早いし、どう見ても魔力総量が人間の枠を遥かに越えている。

 人間の知り合いをそう何人も持っている訳ではないが、その中でも、特にお前は魔力総量が異常だ…」

「いや、だから人間だってば…。

 もし、オレが魔族なら、あんな化け物キメラだって簡単に駆逐出来るだろ?」

「………それは、うむ。………いや、私でも、分からんが、」


 そう言って、難しい顔をしながらも、肩を竦めて苦笑を零したローガンディア。

 意外と茶目っけのある仕草をしていたのが、少し可愛いと思ったりもしたり。


 しかし、なんだか、また謎が深まっていく感じがするなぁ。


 オレの魔力総量が異常だと言うのは、周りにも散々言われていたから知ってはいたのだ。

 だが、まさか精霊が腹に飼われている所為だったんなんて。


 産まれてこの方、そんなファンタジーな存在に触れ合ったことも無いのに。

 精霊という名前を聞くようになったのも、この異世界に来てからだ。


 それに、オレは元々こっちの世界の住人では無かった。

 現代社会から、勝手に『予言の騎士』や『教えを受けた子等』として、生贄よろしく引っ張り出された一般人とその生徒達。

 ………いや、元々の職業柄、一般人という枠の範囲外に位置はしていたけど。


 そもそも、魔法なんて言う弾道ミサイルも真っ青なファンタジー世界の代名詞なんてものも、科学的に立証出来ないから過去の宗教関連の妄言と断言されて来た世界から来ているのである。

 彼等が生まれながらに息をするように使える魔法は、オレ達の世界には、残念ながら存在しない。

 もしかしたら、太古の昔には存在したのかもしれない。

 しかし、それも科学技術の発展によって、根拠の無いデマだと色々と解明されてしまっている。


 愛と勇気と魔法の冒険ファンタジーなんて、フィクションの世界でしか存在しない。

 オレも昔は心を躍らせたヒロイックファンタジーも、年齢を重ねるにつれて、幻想だと見事に打ち砕かれた。

 ………恥ずかしい思い出だ。

 頭痛が痛い(笑)。

 頭どころか、体中からサブいぼが立ってるし、何でか気だるいけど………。


 そんなオレの状況は、さておき。


 触れ合う機会も無ければ、信じてすらいなかった。

 それが、オレ達にとって、魔法と言う存在であり、魔力という概念だったのだ。


 だから、彼女に改めて言われたオレの魔力総量に関しては、疑問しか覚えられない。

 魔法を発現する為には、魔力と精霊の加護が必要不可欠の中で、オレは加護ではなく腹に巣食っているなんて言われても、いまいちピンと来ない。


 ………いや、待て。

 だとしたら、可笑しくないか?


「………オレ、魔法使えないんだけど…?」


 精霊の加護というのともまた違うが、一応は恩恵をを受けていると考えられる。

 それは、つまり魔法を使えるサインの筈だ。


「………は?」


 たっぷり、5秒の間を有して、ローガンディアは声を発した。

 自棄に馬鹿にしたような、呆れた声だった。


 腹立つけど、我慢。

 コイツには、これから聞きたい事がある。


「…いや、オレ………、魔法使った事無い」

「それだけの魔力を持っていながら?魔族と同じように精霊を内包していながら?」


 まるで、馬鹿にしているような物言いで、言い聞かせるような声音だった。


 ………いや、これ馬鹿にされてる。

 完全に馬鹿にした、呆れたような声で言われた。


 よくよく見れば、無表情にも思える表情が崩れかけている。

 口元が引き攣ってんぞ。


 え、だって………いや、発動した事無いのは仕方ないだろ。

 今まで現代で育ってきたオレ達には、触れ合う機会もそもそも無かった訳だし、使った事さえ皆無なんだから。


 腹が立つのは我慢はしても、納得は出来ない。

 怒りなのかなんなのか、いっそ吐き気が込み上げてきた。


 オレは、魔法が使えない。

 使った事も無い。

 元々、信じていなかった節も大きい。


 魔法の発現は、まず魔法のイメージを構築。

 そこに詠唱を載せて、最後に魔力を乗せるという三段階のサイクル。

 これは、ゲイルに習った方法だ。


 オレも魔法のイメージぐらいなら、そこそこ出来る。

 詠唱だって、簡単な『二文節(ツ-クローズ)』であれば、一字一句間違いなく唱える事が出来る。

 しかし、その最後の魔力を乗せるという事象がどうしても理解できない。

 魔力の流れとやらを、オレが感知出来ないからだ。


 三つのサイクルの、一番最後で蹴躓いてしまう。


 地味にゲイルも失敗する時は、この最後の魔法の調整で失敗するらしいとは、余談で聞いた覚えがある。

 しかも、自棄に堂に入ったフォローをくれた。

 マジで似たもの同士だった。

 あの時の心情を思い出して、ちょっと胃のムカムカが強くなった。

 眩暈もしてきたな。

 脱力感が半端無い。


 しかも、オレは『吐き出し(ボミット)病』だ。

 魔法を使おうにもなんにしても、その所為で魔力が乱されて魔法が使えない。

 確実に痛手だ。


 魔法を使うには、まず『ボミット病』の治療からになる。

 どれだけ、気長にやれば良いのか。


 あ、てか待って。


「………あ、」

「…こ、今度はなんだ?」


 呆然と、声を発する。

 ローガンディアの視線が痛い。


 けど、今は待ってくれ。

 ………アンタの口元の痙攣よりも重要な事。


「………ッ、ヤバい…」


 忘れていた。

 首を押さえる。


 そこにある筈の、魔法具は無かった。


 胃がムカムカしていた。

 倦怠感があった。

 頭痛が痛い。

 そして、眩暈で視界がブレる。


 自覚症状がこれだけ揃ってて、何で気付かなかった?


「お、おい…大丈夫か?」

「く、首の…魔法具は…!?」


 首に魔法具が無い。

 いつからだろう。


 『ボミット病』のオレには、唯一の命綱。


「…ど、奴隷の首輪では、なかったのか………?」

「魔法具は、どこだ!?………あれが、無いと…ッゴホッ!」


 ああ、無様。

 次から次へと、オレはローガンディアに対して失態ばかりを見せている。

 これで、何度目だろう。


 失敗した。

 ぐるりと、視界が回る。


 先程座っていた椅子代わりの岩から、地面に倒れ込んだ。

 それと同時に、咳き込む。

 がらがらと、痰が絡んだ咳だ。


 胃の中のものが、苦い香りと共に競りあがってくる。

 ごぼり、と口から不恰好な音が漏れた。


 『ボミット病』は、体内で蓄積された魔力が魔石となって排出される。

 その魔石は研磨された丸い魔石とは程遠い、礫のような形だ。

 競りあがって来た吐瀉物と共に、食道を魔石が傷付けて上ってくる感触。

 咳をする傍らで痛みを発する喉や、肺、胃などが燃えているような感覚すら覚える。


 だが、もう遅い。


「ゲホッ…ガハッ…カッ…エ゛ッ!!」 

「………ぎ、ギンジ…、まさか……!?」


 ぶちまけられた胃の中身。

 吐瀉物の中に、血の色を帯びて怪しく光る魔石。


 その後も、第二波、第三波と続く嘔吐。

 吐瀉物は、最初の一回だけだ。

 その後は、延々と血と魔石が吐き出され続ける。


 キメラ討伐の前にもそうだったが、何故予兆があるのを見過ごすのか。

 いや、あの時は魔法具を付けていなくても大丈夫な時間だった筈だ。

 魔法具を装着して眠り、翌朝に外すといういつも通りのサイクルで、この討伐隊に参加してからは、片時も忘れた事はなかったと言うのに。

 それなのに、あの時は発症した。


 けど、今回は違う。

 完全に諸症状が出ていたと言うのに、オレが見過ごした。

 病気を持っているという自覚をしていた筈のオレが、馬鹿みたいにのんびり談笑なんてしようとしていたからだ。


「『ボミット病』…ッ!?…何故、言わなかった…!?」

 

 ローガンディアが血相を変えている。

 地面に倒れ込んで、無様に咳き込み続けているオレを抱え、汚いだろうに口元を拭ったり背中を擦ったりしてくれた。


 いや、本当に申し訳ない。

 これじゃ、まるでただの老人介護では無いか。


 ゴメン、とただ一言言いたくても、突然発作のように咳き込む所為で、言葉になってくれない。

 どうにも苦しくて、息をするのが精一杯だ。


 だが、先ほど言っていたように、オレの魔法具はどうしたのだろう。

 ローガンディアの口ぶりからすると、拾った時にはまだ付けていたようだが…?


 しかも、奴隷の首輪と間違われていたとか。

 ………いや、確かにそう見える形状はしているけどさ。


 だが、待て。


 嫌な予感がする。

 討伐隊の時以上に強く感じた、嫌な予感。


 鳥肌が止らない。


「魔法具とはあれの事だな?

 ま、まさか、これで、『ボミット病』を抑えていたのか…!?」

「ゲホゴホッ…!ヒュー…ッ、そう、だ…ッ…げほ…ッ」


 彼女が、あれと言って指差した先には、彼女の荷物か何かがまとめて置かれていた箇所だった。

 そこには、その荷物とは他に、オレの手当てをした時に消費しただろう汚れた布などのゴミと共に、確かにオレが首に嵌めていた魔法具があった。


 どうやら、ローガンディアが預かってくれていたらしい。

 あのアクロバティックな運搬の所為で、岸壁などに散々叩き付けられていた余韻か、少々記憶よりもところどころがボロボロだ。


 しかし、それだけ(・・・・)では無い(・・・・)


「ゲホッ……!ど、ど、…して…!?」

「す、すまない!て、てっきり奴隷の首輪だと思って、」


 嫌な予感は、よく当たる。

 今回のは、殊更強いものだった。


 当たって欲しくもなかったのに。


 オレがこの眼で見た魔法具は、確かに魔力放出型の首輪だった。

 ただし、壊れていた(・・・・・)


「………は、破壊してしまったのだ…」


 そのローガンディアの言葉に、眼の前が真っ暗になった。

 彼女もかなり青い顔をしているのは、視界の端に見えたのだが、あまりにも無情な現実に脳味噌が強制的にシャットダウン。


 無残にも、破壊された魔法具。

 魔石を嵌めこむ筈の場所は、完全に打ち砕かれていた。

 留め具も完全に割れているように見えた為、おそらく復活は見込めない。


 三回目の、ブラックアウト。


 死を覚悟した。

 情けないながらも、それ以上は足掻けそうにない。


 頼む、ローガンディア。

 次があるならば、切実に頼む。

 人のものを破壊するときは、本人の了承を得てから壊せ。


 助けられたと思ったら、殺された。

 言い方は悪いが、助けた意味が無くなった訳だ。

 次に人間を助ける時には、ちゃんと持病を確認しろと彼女に毒づくしか出来なかった。



***



 森の中に、悲鳴が木霊した。

 その悲鳴は、魔物の発する不気味な絶叫であった。


 血に塗れた死骸。

 それを咀嚼した、もう一体の魔物。


 巨大な影に、その手足はまるで蜘蛛のようだった。


 一心不乱と形容すべきか。

 魔物は魔物を共食いによって、嚥下していた。


 ずんぐりとした巨体。

 脚は蜘蛛のように触手が生え揃い、その巨体を支えていた。

 器用にも触手を手のように使い、魔物を押さえつけては口の中へと運んでいた。

 その口は円形で、蛭のようだ。

 そぞろに生え揃った乱杭歯が、獲物の肉も骨もざんばらに食い千切っていく。


 その眼に理性は無い。

 爛々と殺意を称えながら、輝いていた。


 しかし、ふと何かに気付いたのか、魔物は目線を上げた。


 鼻と呼べる器官が見当たらないにも関わらず、嗅ぎ取ったのは芳しい、血の香り。


 彼の目先の先には、森があるだけだ。

 しかし、その先には小川があった。

 岩と森に囲まれたその先には、隠されるように洞窟があった。


 中からは、煙が出ていた。

 焚き火の煙である。

 魚の脂が滴る独特の香りもしている。

 少し焦げ臭い臭いもしていた。


 そして、魔物が嗅ぎ取った血の香りも、ここから香っていた。


 その魔物は、どこかにんまりと眼を細める。

 まるで、見つけたと言わんばかりに、爛々と。


 口に咀嚼していた魔物の肉を引っ掛けつつも、ぐちゃぐちゃと臭気を上げながら嚥下を進める。


 木々の間から木漏れ日が落ちている。

 その中に浮かび上がった魔物の姿は、毒々しい赤黒い姿をしていた。

 そして、その姿は臓器を切り出したような姿をしていた。


 奇しくも、討伐隊が獲り逃し、銀次によって退治されたキメラと酷似している姿だった。


 唯一違うとすれば、鱗がある事だろうか。

 臓器のような形をした巨体を、蛇のような鱗で覆い隠した、キメラ。


 退治されたキメラとは違う個体。


 もう一体、この森には生息していたようだ。

 むしろ、放棄されていたと言うべきか。


 その足音は、すぐ近くまで迫っていた。



***

発覚。


いや、反響いただいてから、この話を書くまでずっとワクワクしてました。

前々回話しただろう、表記の間違い。

それは、男では無く女。

アサシン・ティーチャーも最初は女と勘違いされていましたが、彼も彼でローガンディアを男と勘違いしてました。

作者もたまに書いてて間違えました。

げしょ。


ピックアップデータ。

今回は、最初の話からあまり出番が無くなっている方たちから抜粋。

ジェイコブ・オリバンダー。

35歳。

ダドルアード王国騎士団『蒼天アズール騎士団』団長。

短く刈り上げた金髪にやや、濃い緑の眼。

無精髭を生やしているが、その頻度はまちまち。

城勤めの時は剃ってるけど、討伐隊や警邏の際は時間が無くて剃れないだけ。

異世界に召還された直後の銀次や生徒達を捕縛した部隊であり、監禁されていた彼等を解放した張本人でもある。

最近は、その時の贖罪の為に蒼天騎士団ともども、喜んで犬のようにパシラれている。

その実、問題児扱いだった蒼天騎士団副団長のメイソンがいなくなったおかげと、そのメイソンに与していた部下達も更迭出来たから。

仕事が簡単に片付くようになったのもあり、なおかつ銀次が温情で赦免してくれた事に恩赦を感じているとの事。

実は銀次が面倒くさがっていただけというのは、本人も知らない。知らない方が良いのかもしれない。

銀次の戦闘能力を実は知らない。

ただし、ゲイルこと騎士団長が認めているから、というザル勘定。

あながち間違ってもいない。

騎士団としての序列は下から数えた方が早いが、民衆からの人気は実は一番高い部隊の団長。

蒼天騎士団自体が実働部隊の為、街の警邏も仕事のうち。

差別意識が低いのも幸いして、街ではお巡りさん的な存在で騎士団ともども支持されている。

最近、メイソンこと『黒焦げ豚』を引き取って飼い始めた。

散々かき回されたけど、人間を辞めさせられた事には同情している。

結構義理人情にも厚い男。

最近護衛にあたっている特別学校異世界クラスの、伊野田が気になっているらしい。



ピックアップデータ13回目。

久しぶりに出て来たジェイコブさん。

元々は、最初の話だけで終わらせるつもりが、書き進めているうちに意外と使い勝手が良いキャラになっていて、気付いたらプロットにたくさん登場していたという助演男優賞間違いなしのお兄さん。

イメージはミ○ャ・コリ○ズ。分かる人いるのかしら?


誤字脱字乱文等失礼致します。

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