28時間目 「討伐隊~彼の安否と、その頃の生徒達~」 ※流血・グロ表現注意
2015年10月1日初投稿。
前回は駆け足投稿となりまして、失礼致しました。
ちょっと予期せず時間が出来たので、キメラ討伐戦の続きをば。
アサシン・ティーチャーが前回ははっちゃけまくりましたが、今回も随分と暴れまわってくれそうな予感。
むしろ、キメラが暴れる予感。
28話目です。
戦闘描写が著しく稚拙なこの作品ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
最近、アクセス解析が一日3000以上と跳ね上がっていまして、無意味にドキドキしています。
応援いただいていている皆様、ありがとうございます。
(改稿しました)
***
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
まるで歓喜に震えるかのようなキメラの奇声は、パニックに陥った討伐隊を嘲笑うように辺りに木霊する。
捕食された騎士の一人は、オレも良く知る『白雷騎士団』の若手、マイケル青年だった。
多少はドジで間抜けだったとしても前途有望で、『白雷騎士団』でも、可愛がられていた後輩の一人だったと聞いていた。
そんな彼は、先ほどキメラの乱杭歯の餌食となり、断末魔の絶叫すらも無いまま短すぎる生を終えた。
「おのれぇえええええええええええええええええええええええ!!!」
辺りに響き渡ったキメラの奇声とは別に、怒りに震える絶叫が轟く。
後輩でもあり部下でもあるマイケル青年を討たれ、怒りを露にしたゲイルの怒声だった。
「あの野郎…ッ!!」
そんなゲイルの心情は、オレだって痛いほど分かる。
怒りに我を忘れるまでは至らないものの、殺意が湧いたのは間違いない。
「クロガネ殿…!?」
ジョセフ参謀の驚嘆の声を後ろ背に、仮設本陣を飛び降りる。
総力戦である。
この際、不本意ではあっても、指揮権は全面的に彼に譲ってやるとしよう。
「心臓の形をしている癖して、人間を捕食しようとは良い度胸じゃねぇか!!」
「(同感です!!)」
仮設本陣を飛び降り、前戦の騎士達の間を縫うように走り出したオレ達。
間宮も当たり前のようにオレを追随して来たので、好機とばかりに背中越しに腰に引っさげていた獲物を投げ渡した。
先ほど「|ブローニングM2重機関銃《キャリバー50》」を設置する前に、腰に提げておいたオレ達の追加兵装「サブマシンガン」。
銃架三脚もいらず、片手で乱射も出来るそれを抱えて、戦場を駆け抜ける。
先ほどは少しばかり離れた場所からでも、キャリバー50の威力を持ってもあれだけのダメージを合成魔獣に負わせることは出来たものの、今回持ち出したこれは残念ながらトンプソン系列のサブマシンガンの類似品。
どうしても遠距離では、キャリバー50と比べて豆鉄砲程度の威力しか持っていない。
本家のトミーガンそのものよりも格段に落ちる劣化品プラス安物だ。
まぁ、それでもサブマシンガンはサブマシンガン。
現代よりもだいぶ技術の後れたこの時代の人間からしてみれば、毎分1200発の銃弾を吐き散らかすキャリバー50もこのサブマシンガンも恐怖以外の何物でも無いだろう。
だからこそ、威力の補助も含めて今度は真っ向から近距離で弾雨をお見舞いしてやる。
正直、そうじゃないとオレの気が済まないというのが本音。
問題を起こしたりドジだったりしたとしても、『白雷騎士団』の騎士団員達を始め、マイケル青年は意外に気に入っていた一人だったのだから。
「ぎゃぁあああぁーーーーーーーーッ!!」
オレ達が前戦に躍り出るその間にも、二人目が餌食となり凄惨な捕食ショーが続いていた。
パニックに陥った魔術部隊から幾度も魔法が打ち込まれるが、とてもでは無いがダメージは通っているようには見えない。
「駄目だッ、魔法が効かない!!」
「『魔法無力化付加魔法』なんて、聞いて無いではないか…ッ!!」
ふと、魔術師部隊の一部から、パニックに混じって聞こえた言葉。
『魔法無力化魔法』
そのままの意味として考えるのであれば、なにかしらの魔法の影響か何かで、魔法を無力化する障壁を張っていると言う事になる。
たかだか、人間を捕食をする程度の、理性も知性の欠片も見出せない合成魔獣が、である。
………嫌な予感が、脳裏を過った。
しかも、目前まで迫っている合成魔獣は、人肉を捕食した事で回復でもしたのか、先ほど魔法で引き千切れ飛び散った筈の手足が、元通りに生え始めている。
キャリバー50で蜂の巣にした筈の体も、既に神経が繋がり始めているのが遠目に見えた。
しかし、それと同時に、
「おのれぇ!!マイケルだけではなく、ライダーまでもぉおおお…ッ!!」
ゲイルが叫び声を上げたと同時に、合成魔獣の表面には手足同様、顔が浮かび上がってきた。
肉が盛り上がり、それが変色して白くなっていけば、そこにはマイケル青年との少々あどけない顔と、ライダーと呼ばれていた筈のもう一人の騎士の顔が、今や血の気の失せた能面のように、合成魔獣の一部と化した。
「おのれぇええ!!おのれぇえええええええええ!!!」
それを見た瞬間、ゲイルの表情は憤怒へと変わり、凄まじい怒号を喉から迸らせる。
しかし、そんなゲイルも今は、吊り上げられたまま中空にいるのだ。
後々には、彼も同じく、キメラのあの禍々しい乱杭歯の生え揃った口に放り込まれる未来予想は、容易く浮かび上がってくる。
コイツも、思えば会った当初から、問題ばかり発生させてくれていたものだ。
だが、それでもオレにとっては、この世界で出来た初めての友人だった。
そして、この王国の中で、足掻いて生きて行く為に協力を申し出てくれた共犯者でもあるからして、
「簡単に殺して貰っちゃ困るんだよ…ッ!!」
片手が使えないので、サブマシンガンのセーフティーを脚で解除。
更には、やはり片腕が使えないのであまり精度は高くないとしても、走りながら腹と腰骨に食い込ませるように銃底を固定し、引き金を引き絞る。
パラパラと響く、弾丸をばら撒くマシンガン特有の重低音。
それと同時に、合成魔獣がサブマシンガンの音を、先ほどのキャリバー50と勘違いしたのか、警戒して身体を縮こまらせた。
ざまぁみやがれ、と言いたいが、
「(やっぱり、本家には負けるか…!)」
やはり、類似品は所詮まがい物で、劣化品の為、威力がキャリバー50に比べれば、豆鉄砲程度だった。
本体に着弾しても血飛沫を飛ばす程度で、そこまでのダメージにはなっているようには見えなかった。
しかし、この際贅沢は言っていられないので、マガジンを全弾打ち尽くすつもりで、更に腰を落として銃身を固定する。
本体よりも先に、捕まって吊り上げられているゲイルや騎士の救出を最優先に。
流石に間宮はオレの意思を理解しているというべきか。
隣で間宮も別の騎士を捕まえていた触手にサブマシンガンの弾雨をお見舞いしているが、ゲイルを吊り上げている触手の方はオレが担当。
もう一人の騎士(確か名前はアンソニーだった筈)を間宮がそれぞれ担当し、他の触手は既に弾雨の余波を受けて引き千切れた。
キメラは、このサブマガジンの銃声に、先ほどのキャリバー50から受けた本体への攻撃を思い出したのか必死になって本体にとっての顔となるべき目や額を隠している。
つまり、弱点もそこら辺と考えるべきだろうか?
………と、そこまで考えていたところで、
「どうわぁああ!!」
「着地はしっかり受身を取れよ~!」
ゲイルを吊り上げていた触手も、流石にサブマシンガンの一斉射には堪え切れなかったのか半ばから引き千切れた。
反動で放り投げられたゲイルは、その勢いのまままたしても対岸に放り投げられたようにも見えるが、上手い事受身を取ってくれる事を願うばかりである。
横目で確認すれば、間宮ももう一人の騎士の救出は成功したらしい。
こっちは、騎士達が集まっている場所に落ちたようなので、そこまで痛手は負っていないと思う。
………捕食する前に助けてやったんだから、許せとしか言えない。
「………まぁ、これで人質は意味がなくなった訳だ…ッ」
本体は今、中途半端な長さで残った触手で、弱点である頭の周りを必死に隠そうとしているだけの、云わば丸腰状態。
先ほどまでの優位はどこへやら。
回復した身体もまだ、半分ほどがキャリバー50の影響で崩れ落ちたままである。
ならば、ついでに、
「これでも召し上がれってんだ」
サブマシンガンの弾幕を一旦停止すると、同時。
その代わり、腰にぶら下げていた更にオーバーテクノロジーの塊を手に取った。
口で咥えたピンを、これ見よがしに高らかな音を立てて引き抜いてやる。
その名も「マークⅡ手榴弾」。
通称パイナップルだ。
いつか、ゲイルが物置の中で弄んでいた一品である。
目や額を隠すのに必死で口の防御がお留守だったからね。
何の躊躇いも無く、「マークⅡ手榴弾」をその無防備な口の中へ放ってやった。
「装甲兵、構えぇ!!」
「マークⅡ手榴弾」を合成魔獣の口の中に放ったと同時に、騎士達へと指示を飛ばしながら、走り抜けるようにして対岸へと退避。
横目で、間宮がとっとと騎士達をバリケードに引っ込んだのも確認したので大丈夫だろう。
ついでに、
「ゲイル、そのまま伏せ!」
「………ッ…!?オレは犬か!?」
どうやら垣根の中に落ちたようで、倒れ込んだままのゲイルに覆い被さるようにして、手榴弾の爆音に備える。
蹲って倒れたままではいたが、ゲイルの意識は意外としっかりしていたようで、元気な突っ込みが返ってきた。
僥倖僥倖。
まだ友人は御健在って事だ。
そんなどうでも良い(?)安心をしたと同時に、
ーーーー『ドパ……ッ!!』
先ほど、オレが合成魔獣の口の中に放り捨てた「マークⅡ手榴弾」が炸裂した。
爆音とも破裂音とも付かない音と共に、赤黒い合成魔獣の身体が、内側から弾けたのを垣根越しに見た。
下手すると「マークⅡ」の破片が飛んでくるから、こう言う時は頭を上げるのタブーだからね。
自棄に血生臭い花火と共に、ばらばらと合成魔獣の肉片が飛び散った。
血飛沫がまるで霧のように噴き上がり、かと思えば爆炎や爆風によって忽ち蒸発して、何とも言えない音の蒸気を発する。
手榴弾の破片による被害はこちらは皆無だが、あちらがどうかは分からない。
とはいえ、装甲兵に盾を構えさせていたのも、間一髪間に合っていたようで、上がった悲鳴の中に痛みに呻くような苦鳴は含まれていないように思う。
結構離れていても20メートル30メートル弱は破片の有効飛距離内で危険だから、本当ならもっとゆっくり使いたかったけど、こんな緊迫した状況でそんな余裕がある訳が無かったので、ちょっと冷や冷やしていたのは内緒にしておきたい。
「………あれも、お前の世界の武器か?」
「お前がこの間物置で、興味深そうに弄ってたやつ…」
「Σ………ッ!?」
………ゲイルが一瞬、間宮に見えた。
今更だが、自分がそんな危険物を手持ち無沙汰に弄っていた事に考えが及んだのか、ゲイルの顔から血の気が引いた。
今の状況を見れば、もし誤爆していたらどうなっていたかなんて一目瞭然だもんな。
そんな誤爆していたら大惨事だった「マークⅡ」で、現在進行形で被爆した合成魔獣。
その本体は、既に身体の半分近くを崩壊させていた。
まるで、射撃でもされたトマトのような形となった本体から、血や肉片をどろどろと零し、未だに身体の中で火薬がくすぶっているのか蒸気を吹き上げ、蛭か何かと間違う程の乱杭歯を生え揃わせていた口も、ほとんどの歯が砕けて引き千切れていた。
そして、
「………額の中央部のあの石はなんだ!?」
「おそらく、魔水晶だ!………あれが、本体かッ!!」
本体の損壊を少しでも食い止めようと、脚でもあり腕でもあった触手が一斉に本体へと纏わり付く。
しかし、その一瞬の間に見えたものを、オレ達は勿論騎士達も見逃してはいなかった。
一瞬だけ見えたキメラの中身には中央部分に魔石のようなものが見えた。
ゲイルの言葉通りならば、魔水晶。
そして、手榴弾で露わになったそれは、あのキメラの本当の意味での弱点だ。
今回ばかりは正直に言おう。
「文明の利器、万歳!」
一斉に口の中を隠すようにして触手が動いてたが、覆い隠されてしまう前に、オレはその魔水晶目掛けて拳銃の引き金を引き絞る。
サブマシンガンでは無い、オレの頼れる相棒「M1911A1《コルト・ガバメント》」。
一発だけの乾いた銃声とは言え、今までで一番頼れる一発だった。
金属音にも似た音と共に魔水晶に吸い込まれるようにして着弾した、45口径の鋼の弾丸。
パンっと同じく乾いた音と共に、向こう側へと貫通したその弾は崖下に広がった森の中へと消える。
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
その銃弾が齎した効果は、キメラの悲鳴から分かるとおり。
既に触手によって覆い隠されてしまったとしても、貫通したともなれば魔水晶には確実にダメージが通っている筈である。
途端に暴れ出したキメラ。
まだまだ抵抗する余力は余っていたのか、またしても頭部から炸裂するように現れたのは追加の触手。
しかし、勢いはもはや風前の灯の如く。
牽制のように我武者羅に振り回すだけで、大した脅威とは感じられない。
先ほどと同じ様にマシンガンを中腰で構え、マガジン内部の残りの弾丸を吐き出せば簡単に千切れ飛んでいく触手。
間宮も対岸から同じく頭部に向けて、一斉射。
しかも輝かんばかりの良い笑顔である。
………あの子の扱い、これからどうしよう。
ちょっと怖い。
しかし、オレはこの時、またしても失念していた。
………オレが感じる虫の知らせとも言える予感は、早々簡単には外れてくれないのだと言う事を。
「ーーーーッ!!」
軽快にマシンガンを撃っていたオレの方向へ、一瞬だけであっても合成魔獣が振り返ったのが見えた。
「…ッ…しまった!!」
これれだけで終わってくれないのも、ゴキブリ並みのしぶとい生命力所以か。
まさか、最後の最後でここまでの暴れるとは思っても見なかった。
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
キメラの独特の奇声と同時に触手がこちら側に向けて、しかも地面を這うようにして迫る。
数より質とはいえ、こっちはゲイルを含めてたった2人。
あっちは騎士団の本軍の為、キメラはこちらに狙いを定めたようだ。
腕の中で跳ね回るサブマシンガンの固定に中腰になっていたのも災いした。
更には頭から生えた触手を狙っていた為、どうしてもサブマシンガンの弾雨が上に集中していた所為で、今更照準を変えられない。
「……ッ…ゲイル!!」
「ぐおっ!?」
未だ地面に蹲っているゲイルを蹴り飛ばして、間一髪彼を退避させる。
しかし、オレの退避は遅れた。
ゲイルを蹴り飛ばした勢いのままに、横っ跳びで退避をしようとしたオレの脚に、凄まじい勢いで絡み付いた触手。
ゲイルが踏ん張れなかったその膂力に、バランスを崩しているオレが抗える筈も無く、呆気なく地面に引き倒された。
咄嗟に受身は取ったが、右肘を強打した所為もあってマシンガンを放り出してしまった。
………ヤバイ。
これ、さっきのゲイルと同じ状況じゃないか。
「うぐぅ…ッ!!」
「ギンジ…!!」
ゲイルのオレの名前を呼ぶ声はあっという間に遠ざかり、数メートルを引き摺られるようにして、一気に距離を縮められ、それと同時に、体にもの凄いGが掛かった。
気付けば、足を支点に中空に吊り上げられていた。
バウンドしたような感じもしたので、一本釣りの要領で持ち上げられたのだろう。
………原理は分かっても嬉しくない現状だ。
咄嗟に間宮がオレを吊り上げた触手に向けてサブマシンガンを向けたが、先ほどまでトドメを刺すつもりでマガジンの残弾を軽快に吐き出していたのが仇となる。
カチンッ、と勝手にセーフティーが嵌った音が、ここまで聞こえた気がした。
おそらく、弾切れだ。
慌てた間宮が舌打ちを零しつつ、サブマシンガンを放り投げたものの、この場で他に遠距離で、なおかつ物理的な攻撃に使えるのは石ぐらいだろうか。
慌てながらきょろきょろと周りを見渡すそのタイムロスを待ってくれるほど、合成魔獣も甘くは無かった。
地上5メートルから6メートルは吊り上げられたオレの身体。
更には、オレの足に絡み付いた一本だけでは無く、残りの触手すらも絡み付いて来て簡単に腕や脚を封じられ、簀巻きのような状態にされてしまった。
抵抗する暇も無いなんて、何の冗談だ。
「うぐ…ッ!………ッ、がは………ッ!」
身動きが取れないばかりか、触手によって体が締め付けられている所為で、喉の奥から圧迫された空気が吐き出された。
まるで、巨人の掌に捕まれて絞り上げられている気分だった。
………最近、人気の漫画にそんなタイトルがあったような気がしたが、気の所為か。
どうでも良い事を考えているのは、ただの現実逃避でしか無いような気がする。
我ながら情けないが、呼吸すらも満足に出来ない状況に、呻き声しか発せ無い。
宙吊りになった視界の先で、またしても合成魔獣が赤い眼を爛々と光らせているように見えた。
………ああ、絶好の捕食対象を捕まえたものな。
冗談じゃない、やめてくれ。
頭からばりばりむしゃむしゃと食べられてしまう末路を想像し、背筋に怖気が走った。
しかも、オレの腕やら顔を生やしたキメラの復活すらも脳裏を過ぎった所為で、本気で寒気しか感じない。
「こ……のッ、死にぞこないがぁ………ッ」
負け犬の遠吠えにも似た悪態を吐いても、成す術は無く。
そのまま、キメラはオレを捕まえた触手ごと捕食しようと、既に歯が欠けて咀嚼も出来なくなったであろう口を大きく開けた。
………丸呑みならば、まだマシだろうか。
吊り上げられたオレの位置からははっきりと見える、奴の弱点である額の魔水晶。
眼の前に曝け出されたそれに、手も足も出ないという現状が酷く歯がゆかった。
しかし、
「ギンジぃいいいいいいーーーーーーーーッ!!」
怖気立つ未来予想図が現実になるよりも先に響いたのは、安否を気遣うでも無く、また悲壮に塗れた訳でもないその声。
「うぉおおおおおおおおおおお!!!」
雄叫びとも思える、気鋭一声。
その雄々しい声は、間違いなくオレの友人兼下僕の声だった。
雄叫びと共にキメラ目掛けて突進したゲイルの腕には、放り出されていた筈の愛槍が、いつの間にか握られていた。
ハルバートにも似た鋼鉄の刃を、彼は合成魔獣の横腹へと、真っ直ぐに『串刺し卿』の異名に恥じない必殺の突きを放った。
間違う事なき、物理攻撃である。
そして、オレには見えた。
キメラの口の中に見えた魔水晶。
それが、ゲイルの槍によって横合いから攻撃を受け、貫通した瞬間を。
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
弱点へと直接受けた攻撃に、今まで以上に甲高い悲鳴を上げた合成魔獣。
おかげでオレも鼓膜が破れる被害を被ったが、良くやった下僕。
セオリー通りであれば、これが致命傷となって合成魔獣は倒れてくれる筈だ、と安堵した。
しかし、その安堵も束の間、
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「でっぇええええええ!まだ、動くのかッ!?」
またしても奇声と共に暴れ出した合成魔獣が、今度は本体ごと暴れ出した。
オレの若干情けない悲鳴は、合成魔獣の奇声にかき消えた。
地響きを響かせ、中途半端な長さの触手から血をまき散らしながら振り回す。
「うぐぅぁ…ッ!!」
近くにいたゲイルが触手によって、またしても対岸へと吹き飛ばされた。
………今度こそ、アイツは死んだかもしれない。
その間にも尚も暴れる合成魔獣の所為で、討伐隊の本隊の前線の装甲兵すらも薙ぎ払われている。
当然、その先に簀巻き状態で吊り上げられているオレもぶんぶんと振り回されていた。
考えても見て欲しいが、オレだってそれなりに体重もあるんだ。
凄まじいGが掛かっている上に、締め上げられたままだった胴体や腕に触手が食い込んで、骨すらも軋んでいる。
呼吸も儘ならない現状では、さすがに酸欠に陥ってくる。
やはりしぶとさはゴキブリ並だった。
しかも、
「ぐぅ…ッああッ!?」
「なッ…!?ギンジ!!」
「(銀次様ッ!!)」
更に状況は、悪化した。
合成魔獣が、簀巻きにした触手ごとオレの体を半分だけ口に咥えたかと思えば、あろう事かなけなしの膂力と残りの触手を使ってまるで飛蝗か蛙の様に跳躍したのだ。
こんな巨体が飛ぶなんて有り得ないとは思いつつも、跳躍されてしまった現状は言わずもがな、現実である。
まだ、キメラはオレを捕食する事は諦めていなかったらしい。
上乗せされたGによって、軋んでいた肋骨が遂に悲鳴を上げた。
咥えられたのは下半身で、生ぬるいキメラの口内に完全に包まれたそこに思わず怖気が走る。
しかも、跳躍力が尋常では無い。
人間には真似出来ないだろう跳躍を見せたキメラは、一度の跳躍で簡単にオレごと浅瀬から森の中の崖下まで到達してしまった。
オレが、約数十分前にこの合成魔獣の巨体を見つけた滝壷付近の崖だ。
ただ、一度悪化してしまうと、状況というのは坂道を転がる小石のように悪化していくものだ。
「(うぎゃあああああ!!なにこれ!?なにこれぇえッ!?)」
あろうことか、下半身に集中していたであろう触手を蜘蛛の脚のように使って、キメラは崖を駆け上がっていく。
特撮映画でもこんな動きをするモンスター見た事無いけど。
頭の中が飽和状態で、悲鳴を上げる暇も無くオレは無様にキメラの口の中に咥えられたままだ。
あっという間に崖の天辺へと到達した合成魔獣。
ゲイルの叫び声も遠く、遠目に確認した騎士団の本軍すら豆粒程に小さくなっていた。
………なんつー移動速度を持っていやがるのか、と何故か呆れた。
そして、最悪な事は、オレがほとんど丸腰な事。
サブマシンガンは放り出してしまい、腰のホルスターにはまだコルト・ガバメントとベレッタ92があるにしても、この触手に雁字搦めにされた状況では引き抜く事すら出来ない。
………マズイ。
本格的に食われる未来しか浮かばない。
嫌な予感が的中しまくった今日、最後の最後でとんでもないサプライズの嫌な予感だ。
しかも、食われる前提で進んでいる状況は、歯止めすら無い。
脅威の跳躍力を見せたキメラは、一瞬だけオレを見てにんまりと笑った気がした。
再三の嫌な予感と共に、背筋に言いようの無い悪寒が走ったが、結局、雁字搦めのままのオレには成す術も無く、
「(マジかよ、嘘だろ…ッ!!………ーーーーーッ!!)」
オレの体(主に腰にでもあったが)に更に圧し掛かったG。
またしても、跳躍したキメラは崖の天辺から対岸の天辺まで、何の前触れも無く飛び越えてしまった。
オレは悲鳴も上げる事すら適わず、更に言えば、腰が確実に逝ったと思ってしまう程の勢いだった。
実際には、イナ○ウアーが出来る位には柔軟性は高いのでそこまで苦にはならないとしても、自主的にやるのとは訳が違う。
しかも、しかもだ。
天辺に着地したキメラは触手をまるで四足のように踏ん張らせて着地をしたのだ。
要は人間で言うしゃがんだ体勢であり、合成魔獣の口に咥えられたまま海老反り体勢だったオレには、地面が迫ってきたようにしか見えなかった。
回避も防御も出来ないまま、地面に顔面を削られるような形で、頭や額から、顎までを万遍無くぶつけた。
大変不本意である上に、痛みと恥ずかしさで絶叫してのた打ち回りたくなる。
が、それよりも早く意識が朦朧として来た。
おそらく、顎を打って出血している所を見ると脳震盪でも起こしたか。
勘弁してくれ、これ以上。
ここで気絶でもしたら、完全にこのキメラの口の中で美味しい食事に早変わりしてしまう。
その間も、キメラは着々と移動を続けている。
オレを前後左右、縦横無尽に振り回しながら、膂力のみで崖を下ったり飛び跳ねたりと随分とアクティブな移動方法を取っていた。
そして、明らかに悪意としか感じられない程、絶壁に叩き付けられた。
回数なんぞ数え切れないばかりか、悔しいかな、オレはまともに受身すら取れない。
これも、おそらくキメラにとっては、オレを痛めつけて弱らせる食事の手法の一つなのかもしれない。
………せめて、ナイフとフォークと捕食して欲しい。
頭の片隅でそんな馬鹿な事まで浮かんだものの、成す術も無く振り回されている現状と痛みから逃れる為の現実逃避だろう。
軋んでいた肋骨はおそらく、本格的に折れた筈。
頭を打って脳震盪は確実として、意識が朦朧としているのは頭を打ち付け過ぎた事による弊害。
先ほどから締め上げられたりGを受けたりした所為で、おそらく右腕の骨も折れたか皹でも入ったか。
先ほど、破れた鼓膜の所為で、音がほとんど無い世界。
オレの無様な息遣いすら、遠くに感じる。
気付けば、オレはほとんどの思考を放棄した状態で、憎らしい程に晴れ渡った青空を見上げているだけだった。
アクロバティックなキメラの移動方法がやっと終わったと思った時には、満身創痍のような有様で、キメラの口に咥えられたままだらりとぶら下がっていた。
討伐隊とはどれほどの距離が離されてしまったのか見当も付かない上、救援はまず望めないだろう。
抵抗する気力もほとんど無く、朦朧としている意識が、痛みによるものか本格的に死が迫っているからなのかすらも分からない。
かろうじて痛みによって、繋ぎ止められているような生殺しの状況。
「………(オレ、こんなところで、死ぬのか…?)」
脳裏に過ぎる、生徒達。
間宮はこんな状況になった今、真っ先に自分を責めるだろう。
馬鹿な真似はしないでくれる事を願うばかりだ。
他の生徒達は、泣くだろうか?
徳川の問題も解決していない今、こんな所で死ぬ事になるとは思ってもみなかった。
もう少し、装備なり心持ちをしっかりと備えておけば良かったと思っても、後の祭り。
だが、意識が半分途切れかけている中で、キメラがやっとオレの身体を簀巻きにしていた触手を解いたのがかろうじて分かった。
その途端、ぬるりと蠢いた、奴の口の中。
本格的に咀嚼を始めたらしい。
オレの身体が下半身から腰、腹、胸、と段々と飲み込まれている。
歯がほとんど砕け散っていた事が唯一の救いか、噛み千切られる事は無かったものの。
蛇の丸呑みかよ。
まるで、他人事のように考える中、遂に瞼が真っ赤な肉の中に覆われた。
真っ暗な中、一部だけが怪しい輝きを持って、オレの網膜に光を齎している。
先ほど、ゲイルの槍を受け貫通した筈の魔水晶。
まだ破片が接着されておらず、何の原理か肉の中を浮遊しているようにも見えるが、オレを捕食する事でもしかしたら魔水晶も復活するのかもしれない。
それは、流石にゴメン被る。
もう、これ以上、オレは討伐隊に犠牲者は出したくないのだ。
意識はまだ、保たれている。
体中が痛みを発しているが、まだ腕は動く。
腰のホルスターに伸ばした手。
抜き取ったのは、頼れる相棒のどちらだっただろうか。
「グッバイ、ベイビー…」
情けない格好ながらも、掠れた声で精一杯の虚勢。
碌に照準も合わせずに、引き金を引く。
目と鼻の先の距離で、外す事だって無いだろう。
あっちも、なけなしの膂力を振り絞ったのなら、オレだって最後の悪あがきぐらいはしてやろう。
せめて、形だけは残して、生徒達の元に帰りたい。
こんな訳の分からない生物のクソになるぐらいなら、相討ちでも何でも良いから形だけでも残しておきたいのだ、と。
いつも口で引いているポンプを引く余力は無い。
しかし、幸いな事に引き抜いたのはベレッタ92.だったようだ。
セーフティを外せばポンプアクションなど無く、銃弾を吐き続けてくれる頼れる相棒。
最後の最後で、やはり頼れるのは相棒だけだった。
ドン!!と吐き出された銃弾。
篭もった音と共に、必殺の弾丸は魔水晶へと吸い込まれる。
更に追加でもう一発ないし、引き金を引けるだけ引き続けた。
キメラの内部から血が噴出している。
頭から引っ被るそれは、生暖かさを通り越して熱く感じた。
いつの間にか、瞼の裏に消えていた視界の中で、輝きを放っていた魔水晶の光が薄れていく。
それが、オレの意識が消える寸前なのか、キメラの命が消える寸前なのかは確認しようもなく。
合計15発の9×19ミリパラベラム弾の銃声が沈黙。
それと同時に、オレの意識も消え入るように薄れていく。
自身の呼吸音すら遠い聴覚の奥に最後に響いたのは、まるで断末魔のようなキメラの叫び声だった。
「ざまぁ見ろ…」
一矢報いることぐらいは、出来ただろうか。
それだけが、唯一の戦果だったような気がした。
***
一方、そのころ。
現在、とんでもない騒動の渦中にあった黒鋼 銀次。
そんな彼の担当している『異世界クラス』の面々は、教師が大変な目に合っているその日もその日で、平和で穏やかな一日を過ごしていた。
生徒達は、教師であり担任である黒鋼銀次教諭がいない早2週間、相変わらず、1名を除いた生徒達9名が全員、教師となっている現状は変わらない。
問題児でもあった徳川を、幼馴染で友人の榊原が陣頭指揮を執りつつ、一ヶ月を目処とした英語習得に奮闘している。
銀次の杞憂となっていた徳川は、生徒達の助けを借りて、問題を起こす素振りすら見せていなかったのである。
生徒達が手と手を合わせて奮闘している姿。
それを見て、護衛に残っていた騎士達は微笑ましそうに学校内を眺めていた。
毎日のルーチンワークを欠かさず行い、礼儀も正しく、素行も悪くない生徒達。
銀次がいない今でも、護衛に付いた騎士団内での覚えは明るい。
評価が偏り易い女子生徒のみならず、男子生徒も同じ評価なのは、やはり黒鋼教諭の教育の賜物だろう。
今日も、彼等は護衛の騎士達を引き連れて早朝マラソンを行っていた。
最近は仲間達からの声援を受けて勉強熱心になった徳川も、同じ様にマラソンに参加している。
これにより監視役だった永曽根と香神もお役御免。
今では揃って早朝マラソンで汗を流していた。
車椅子の紀乃と、兄の河南は残念ながら留守番組と相成っているが、その間に彼等は、その日一日の大まかなスケジュールを作成する係りを担当している。
香神と榊原は、マラソンを終えるとすぐさま朝食の作成に取り掛かる。
時刻は、鶏が起き出しているかすら怪しい早朝だった。
そんな時間に活動を始める生徒達は、16歳~22歳の若者にしては自棄にマメな性格をしていると言わざるを得ない。
残りの生徒達は、女子達が風呂場へと直行し、残りの男子達はすぐさまスケジュールの確認。
徳川と浅沼、永曽根は早速英語の勉強会へと雪崩れ込む。
それも、最近の一連の流れとなっている。
「熱心な生徒達だなぁ…」
「おかげで、オレ達も最近は体力が付いてきたしなぁ…」
と、護衛の騎士達の体力向上にも一役買っている事から、生徒達の熱心さは功を奏しているようだ。
ちなみに、護衛に来る騎士は早番、中番、遅番の持ち回りとなっているが、どの時間に付く騎士達も一緒に中世ヨーロッパとは思えない校舎の豪勢な食事を御相伴に預かれる。
余計に彼等の護衛の任の人気は高まっていくばかりだ。
これも、榊原の計算によるものだというのは、生徒達以外知る由も無いが。
「いざと言う時の為の信頼関係って大事でしょ?
それに、善意は善意で必ず返ってくるものだから、こっちから悪い事しなければ悪い事だってされようが無いんじゃない?」
とんだ皮算用ながら、的を射た意見である。
ちゃっかりしているな、と隣で香神が苦笑いを零すのみである。
「お待たせ、お風呂空いたよ~」
「とはいえ、お湯を浴びるだけだけどね」
「贅沢言わないの」
御満悦で、湯気を立てて合流した女子組。
既に護衛の男性陣半数を虜にしている杉坂姉妹に至っては、上はシャツ一枚に下は短パンという非常に悩ましい格好となっている。
この風呂上りの美人姉妹の姿を見れる事も、もしかしたら護衛としての嬉しい誤算なのかもしれない。
「こら、お前達。折角暖まったのに、身体を冷すだろう?」
「うーい」
「なんか、アンタ、最近口調も態度も銀次にそっくりになってねぇ?」
我等が頼れる兄貴分永曽根に注意をされて、女子達はそれぞれの部屋に戻っていく。
現在完治不可能とされている『ボミット病』と闘病している永曽根は、肩に女神であるオリビアを乗せて治療中となっている。
その為、貫禄は無かったとはいえ、その立ち姿や言葉遣いは確かに銀次を彷彿とさせた。
やはり、教師が教師なら生徒も生徒。
似てくる部分は多いのかもしれない。
女子達が部屋へと引っ込んだ後、動き出したのは浅沼だった。
彼はスメルハラスメントという問題を解消する事を女子組からも男子組からも厳命されている。
風呂に入る為に、席を離れた彼の変わりに、今度は永曽根が徳川の勉強を受け持った。
「トクガワ様、今日はどれだけ進みましたか?」
彼等の勉強方法ともなっている日課は、こうしてオリビアが徳川に話しかける事から始まる。
徳川の下がり始めたモチベーションを、永曽根もオリビアもしっかり把握しているので、惚れた弱味とやらを最大限利用している形だ。
言わずもがな徳川からオリビアへの一方通行であるものの。
『どこまで進んだか聞いてるんだよな?』
『ああ、そうだ。そろそろ、オレに要訳を聞かなくても分かるようになれよ?』
『オッケー。頑張る』
未だ、彼の言語力は不安しかない。
しかし、全員が協力している現状に、モチベーションを下げる要素はそこまで無かったようだ。
「えっと…今日は、書き取りと、単語の、んーっと…あ、動物の名前の書き取りです!」
「素晴らしいですわ。どんどん上達してますね」
「上達してる?本当?」
「ええ、勿論です」
「よっしゃ!」
オリビアは良くも悪くも、徳川の勉強嫌いへの潤滑剤として作用しているようだ。
校舎内でその様子を眺めていた騎士達が、子供同士のようなほのぼのとした様子に和んでいる。
苦笑を零した永曽根が、徳川の頭を撫でた。
子ども扱いされる現状に、一瞬悔しそうな顔をした徳川も満更でもないのか、表情はどこか嬉しげに頬を高揚させていた。
「あ、永曽根。お風呂行っておいで?」
「引き継ぐよ。徳川、どこまで行った?」
「おう、助かる」
「動物の名前の書き取り。後、オリビアちゃんの質問、答えた」
「おー、会話できるようになったじゃん」
その間に、戻って来た女子組の杉坂姉妹。
今度はしっかりと制服を着た状態で、徳川の英語の教授へと参加する。
エマからまたしても頭を撫でられた徳川。
今度はでへと鼻の下を伸ばした事から、小さくても男は男と言う事だろう。
「オリビアちゃん、一緒にお手伝いしよっか?」
「はいです!」
風呂に入りに行く永曽根から、伊野田がオリビアを回収。
そのままキッチンへと突入し、朝食を運ぶ手伝いに動く。
「なんか、平和過ぎない?」
「良イ事良イ事♪」
若干、だれはじめている河南と紀乃。
ある意味平穏過ぎる平穏に飽きているとも言うべきか。
「そろそろ飯が上がるぞー」
「片付けしておいてね~」
キッチンから香神と榊原の声が響く。
声は男だというのに、どこはかとなくオカン臭が漂いつつあるその声音だった。
「…夫婦?」
それに気付いたのは、永曽根と入れ違いにお風呂から上がってきた浅沼だけであった。
その後、その言葉を聞き付けた香神が、フライパン代わりの鉄板を片手に駆け込んでくるのは、もはや日常風景。
銀次がいなくとも、こうして生徒達のゆったりとしながらも、普通の学校とは違う日常は進んでいた。
そこには、銀次の危惧していた自主性の無さという課題は無いようにも思える。
それぞれが独自の仕事をしながらも、協力をし合っている形。
確かに、自主性とは言い難いのかもしれない。
だが、それがこのクラスの形だと言われれば銀次も納得する事は間違いないだろう。
ご飯と聞いて喜ぶ徳川。
それを宥めて片づけをし始めた杉坂姉妹。
誰に言われるまでも無くテーブルを布巾掛けする河南。
車椅子で伊野田と同じく朝食を運ぶ手伝いに向かった紀乃。
小さな体で給仕を率先して行う伊野田とオリビア。
白パンの乗ったバスケットを運ぶ香神。
鍋一杯のスープを運んだ榊原。
食器を並べる手伝いに参加する浅沼。
最後に風呂から上がってきた永曽根が、ゆったりと席に着けば。
「今日も一日、元気でよろしく。いただきます!」
「「「「「「「「いただきま~す!」」」」」」」」」
既に家長にも見える永曽根の号令と共に、手を合わせて生徒達が朝食を食べ始める。
勿論、この号令の後には、榊原と香神、伊野田が席を立って騎士達への差し入れである食事を配給するのはいつもの事だ。
早3週間にして、彼等の日課となりつつあった学校の日常風景。
この後はまた、勉強や掃除、トレーニングと慌しく動き出す事になるであろう生徒達。
意外と銀次が思う以上に、彼等も逞しく成長しつつあったようである。
***
時刻は昼時だっただろうか。
食事担当の香神と榊原の2人は、キッチンに引っ込んでいた。
現在はトレーニングを終えた永曽根と浅沼が、徳川の英語の教授を行っている。
女子組は清掃の持ち回りの時間である。
常盤兄妹は、医療方面での実験やレポートを書いている為、ダイニングの一角に出来た衝立の向こう、名ばかりではあるが医務室に引っ込んでいた。
相も変わらず、オリビアが永曽根の肩の上に座っていたものの、やはり女神と言っても見た目は子ども。
早朝から起きていた事もあってか、徳川や伊野田と同じく眠気がやってきたらしい。
女神が寝るのか?という疑問は、早々に銀次が解決している。
勿論、彼女も眠たければ寝るのだ。
そんな不思議な存在である女神様が、うとうととしている姿を見兼ねて、永曽根が彼女をソファーへと寝かせる為に席を立った。
その瞬間であった。
「ギンジ様…!!」
唐突に、眷属でもある契約主、銀次の名前を悲鳴にも似た声で呼びながら飛び起きた彼女。
抱き上げていた筈の永曽根がぎょっとする。
少々飽きてきた書き取りに、大あくびをしていた徳川が椅子から転げ落ちた。
浅沼がうひぃっ!と若干情けない悲鳴を上げた。
キッチンまで聞こえていたのか、驚いて顔を覗かせた香神と榊原。
手伝いをしていた伊野田も一緒に駆け出してきた。
衝立の向こうにも勿論聞こえていたのか、常盤兄弟が顔を出す。
二階の廊下を掃除していた杉坂姉妹が、何事かと駆け降りてきた。
既に昼を回って交代をした護衛の騎士達も、驚きのあまり固まった中。
奇しくも、銀次がキメラと遭遇し、獅子奮迅の働きをしていたと同時刻。
眷属として契約しているオリビアには、銀次の魔力や居場所も手に取るように分かる。
分かってしまった。
突然再発した『ボミット病』により乱れた魔力。
更には戦闘時の独特の緊張感によって高まった威圧、怒気。
そして今にも途切れてしまいそうなか細く薄れていく気配。
今、彼がどんな状況であるかも、オリビアには分かってしまった。
もしこれで、精神感応だけではなく痛覚まで感応していれば、彼女は痛みにのた打ち回る事になったかもしれない。
幸いな事に、銀次は痛覚感応までの契約はしていない。
オリビアは眷属とはいえ、奴隷ではないという彼なりの配慮だった。
「何です、これ…!?」
そのオリビアの精神感応力は、聖域の中や移動出来る距離以外でも発揮されていた。
彼女の脳裏に過ぎる、不気味な魔物の姿。
狼狽により、真っ青になったオリビアの顔に、焦燥ばかりが浮かんでは消えていく。
「な、何かあったのか?」
「先生の事?」
「どうしたの、オリビアちゃん?大丈夫?」
状況は、生徒達には分からない。
しかし、担任である銀次の名前を呼んだことで、何かがあった事だけは生徒達も分かる。
「ギンジ様が、…魔物の襲撃を受けたようです…!
それに、気配も魔力もどんどんと薄れて…今にも、消えてしまいそう…!」
「そんな、嘘…ッ!」
「銀次が、危ないって事!?」
オリビアの顔色は、既に真っ青を通り越して蒼白になりつつあった。
「ど、どんな魔物なんだ?」
「私も、魔物はあまり見た事がありませんの。
で、ですけど、確実に言えるのは絶対にありえない生体をしている事ですわ…!」
「先生がピンチって事!?」
「ど、どどどどどうしよう!?」
永曽根の若干、上擦った声の問いにオリビアが焦りながらも答える。
徳川と浅沼が慌てて立ち上がり、その場でオロオロ。
女子組は愕然として立ち尽くしていた。
伊野田に至っては、その場にへたり込んで真っ青な顔をしてしまっている。
「…た、助けに行く?ただ、オレ達が何を出来るかは…」
「…オレ達に、何が出来るってんだよ?…先公が苦戦するような魔物だろ?」
榊原と香神は、不安そうにしながらもメリットとデメリットを真剣に悩んでいるようだ。
彼等は、確かに銀次から強化訓練を受けてはいるが、未だにあくまで学生である。
土台が違うと常々言われている間宮ならばともかく、まだそれ以上には昇華していない彼等の現状で、戦場に赴くにも無理があるとは分かっていた。
「ま、間宮はどうなんだ?無事なのか?」
「わ、分かりません…まるで、走馬灯のように画面が、遠退いてしまって…。森の中?…意識が途絶えてしまったのか、真っ暗なんです…!」
河南のクラスメートである間宮を心配する声に、オリビアは首を振った。
彼女も銀次同様、間宮の安否を探ろうとはしているものの、生憎と流れいく場面に追いつけないようだ。
更に、顔を真っ青にしたオリビアが、半狂乱になって頭を振り乱そうとした。
その時だった。
「………先生が死んだラ、契約ってのモ切れるンじゃないのカイ?」
そんなオリビアに冷静な声を投げかけたのは、生徒の一人である紀乃だった。
彼は、以前にもあった暴走騎士団の誑かし作戦というお粗末な作戦の際にも、こうして冷静なままであった。
騎士に果敢に立ちはだかっていた間宮はいないが、あの時の再来のような現状に、生徒達も思わず固唾を呑んだ。
そこで、オリビアがはっと息を詰める。
「そ、そうです…!まだ契約は切れておりません。
ギンジ様はまだ、生きていらっしゃいます…!」
オリビアが安堵の息を吐き出した。
緊張を齎していた空気が若干、霧散する。
「だが、先生が危険なのは、変わりないよな…」
「…けど、オレ達だけで、どうするの?」
「まず先生の行った場所も分からないのに…」
救出のために、動くか否か。
実際、銀次への救出が出来るかどうかも分からない現状。
とはいえ、彼等からしてみれば少しでも安否を知りたいというのが本音であった。
「オリビア…行けるか?」
「わ、分かりません。まだ移動距離がどこまで行けるのか…」
その中で、紀乃と同じく冷静な声を発した永曽根が、彼女にまっすぐに問い掛けた言葉。
行けるのか?と言う問いかけの意味は、彼女が眷属として銀次の元へと向かう事が出来るのか否かという問いであった。
勿論、彼女は今すぐにでも彼の元に駆け付ける事を選ぶだろう。
それだけの能力を持っているというのは、自負している。
ただし、距離が問題だった。
彼女は、女神としての力を持っていながらも、未だに聖域以外へと出ることは出来なかった。
銀次と契約してからは、移動距離を大幅に伸ばす事も出来るようになっている為、街の中は既にクリアしているとの事だったが、いきなり国外ともなれば不安は拭えない。
更には、もしかすれば国境付近まで食い込んでしまっているだろう討伐隊の位置では、辿り付く事すら難しいかもしれない。
しかし、
「すみません永曽根様。魔石を少しばかり、分けていただきますわ」
「全部持って行って良い。魔石は教会にもストックされてるはずだから…」
彼女には、一つだけ秘策があった。
それは、銀次が、ストックしておいた魔石である。
そのストックされていた魔石は、『ボミット病』を抱える彼等にとっても必要なものだったが、何を隠そうその魔石には、銀次特有の桁外れの魔力が宿っていた。
以前『ボミット病』が発症した際に発覚した事実。
彼・銀次の魔力総量は、凡人とは比べ物にならない程高い。
それは、永曽根や生徒達と比べても一目瞭然であるが、その彼が吐き出した魔石も総じて、魔力総量が高い事は既に明らかになっている。
今回は、その彼の魔力を多大に宿した魔石を使う事で、彼女自身が出た事のない国外への移動を可能にしようとしているのだ。
見た目からして相当な魔力が篭もっていることが分かる魔石は、光の加減では虹色にも輝いて見えていた。
それを、彼女は手に握り込むと同時、魔石は音を立てて弾け、眼に見える形の魔力となってオリビアに吸収されていった。
力が溢れるに伴って、風も無い室内でふんわりと揺れる黒髪。
ウェーブの掛かった髪がまるで、細波を受けた黒の絹布のように揺らめいた。
その顔に、既に焦燥や狼狽は無く、力強く前を見据えた彼女の表情には、女神然りの凛とした佇まい。
「頼むぞ、オリビア」
「先生の事よろしくね!」
『頑張って!!』
「はいっ!!」
口々に発せられる生徒達の労いの声を受けて、力強く頷いた彼女は、そのすぐ後に、生徒達や騎士達に見守られながら光の粒子となって消えた。
文字通り、彼女は飛んだのだ。
契約した主、銀次の元を目指して。
***
ーーーードン、ドン!ドン!………。
閑静な森に、似つかわしくない何かの爆音が、響き渡っていた。
この爆音は、耳に慣れているものであればすぐに分かる。
言わずもがな、銃声の音である。
合計15発の9×19ミリパラベラム弾の銃声。
腹に響くような爆音が間髪入れず15発も響けば、絶壁となった崖や生い茂った森の中に山彦のように木霊した。
その不躾な爆音を聞きつけた鳥類が羽ばたいていき、寝城を追われた彼等は、抗議の鳴き声を上げて飛び去っていった。
他にもその爆音に驚いた魔物、ヘルハウンドやダークキャットなども、その音に恐れ慄いて、軒並み森の奥へと散っていった。
中には、その異音の傍で濃厚な血の臭いを撒き散らした何かを感じ取る。
しかし、同時に香る火薬の燻った真新しい硝煙の香りに、尻込みしてむざむざと後退を余儀なくされた。
本来、銃はこの世界にあるべきものではない。
この世界には爆薬すらまともに流通していないのである。
更にそれを小指の先程度の薬莢に詰め込んで、弾倉に詰め込んで撃ち放つなどと考える先進的な猛者はまず現れてもいない。
銀次が常々言っていたオーバーテクノロジーの最先端である最たる例である。
その爆音のような銃声と、香る硝煙。
そして、血の臭いを感知したのは、何も魔物だけではなかった。
「(………酷い血臭だ…。よもや、ここまで人間が入り込んだのか?)」
ざくざくと、獣道ともなる道なき道を進む一人の人影。
長身痩躯であり、一目見ても鍛え上げられた体をしている。
その頭を彩った毒々しい程の赤い髪は、重力に逆らって四方に跳ね、逆立っているようにも見える。
かろうじて長い後頭部の髪は跳ね上がってはいないものの、手入れの行き届かない枝毛と切れ毛の所為で、やはりぼさぼさとなってしまって不精な印象を受ける。
更には、額に大きく突き出した角と、口の端から覗いている上向きに生えた牙。
手には槍。
細長い柄に十字とも卍にも見える形の尖部を持ったそれを手に、森の中を淀みなく進んでいた。
オーガだ、と言われれば、この世界の魔物の生体を知らないとある特別学校の教師と生徒達ならば信じるかもしれない。
しかし、オーガと違うのは、その体躯が人間の許容範囲そのままであることと、その瞳が白眼まで真っ黒に塗り潰されていない事。
髪の色と同じく毒々しいまでの純粋な赤色の瞳は、森の中ですら見通しているかのように、爛々と輝いていた。
「(………この辺りと思ったが…、)」
赤髪の偉丈夫は、鬱蒼と生い茂った森を抜けた。
その眼下には、土砂崩れでも起きたのか土肌が露出した森の切れ間と、断崖絶壁の切り立った崖。
そして、薙ぎ倒された森の大木や、荒らされた藪があった。
「……あっちか」
辺りを見渡して、ぼそりと呟いた偉丈夫の見た先には、ここと同じく土砂が崩れたような場所が見えた。
赤髪の偉丈夫が立っている場所と同じく、土肌の露出した森の切れ目。
すぐ真横は崖という場所に、何やら赤黒い物体がどくどくと血潮を零している。
まるで、大型の魔物から取り出された臓器のような物体だ。
ところどころから蒸気を上げて、今もぶすぶすと焦げ付いた音を発している。
血臭と共に香るなんとも言えない肉の焼ける臭い。
腐臭にも似たそれに、鼻で臭いを捕えていた赤髪の偉丈夫の眉間が自然と寄せられた。
この偉丈夫の感知していた臭いの元はこれだ。
今まで一度も見た事も聞いた事も無い光景には眼を疑うが、潔く臭気の元を断定出来た事で警戒を解いた。
しかし、つぶさに観察すると、その物体の下には何かが転がっていた。
投げ出された死人の如き真白な手足。
こちら側を向いてはいないものの赤に濡れた頭部。
そこまで見て取れた事で、その転がっているものが判断できた。
「ッ…人間か!?」
藪を掻き分け、赤髪の偉丈夫が走り寄る。
近付くに連れて硝煙の臭いも濃くなり、腐臭も強くなる。
肉の塊は、やはり臓器のような形で、それもまるで心臓のような形をしている。
どろどろと形を崩し、今にも溶け出しそうなそれは見るからにおぞましい。
その真下に倒れている人間の生死は不明。
このようなところに倒れているのであれば、おそらくこの臓器のような形をした魔物の討伐に来たのか、もしくは、不運にも遭遇して捕食対象として攫われて来てしまったのか。
どちらにしろ、生死も理由も定かでは無い。
しかし、既に絶命している魔物の様子を見るに相打ちか、もしくは人間の勝利だと判断できる。
転がっている人間らしき人物の傍ら。
勢いを殺して滑り込んだ赤髪の偉丈夫は、充満した臭気に眉根を寄せながらもその人間の身体を抱え上げた。
「しっかりしろ!」
声を掛けるも、その人間からの返答は無い。
身体を起こして上向かせれば、その眼は固く閉じられていた。
しかし、その口元に手をそっと翳せば、微かではあるが息があった。
ほっとしたのも、束の間。
「…これは、奴隷の首輪か…?」
首に嵌められていた魔法具。
それに気付いて、赤髪の偉丈夫は改めて、自分が抱え上げた人間の身体を見聞する。
黒髪の美しい女であった。
肌はまるで透き通るように白く、投げ出された手足も白い。
けぶるような睫に縁取られた眼は未だ閉じているが、形も良く整っている。
唇は薄く、しかし血色が悪い為か白い肌と境界が定かでは無い。
だが、その唇は赤で濡れていた。
薄く閉じられたそこから覗く赤は、どうやら喉奥から溢れているようだった。
更には、化粧のように引っ被った血液。
黒髪から滴り落ちる水滴も、毒々しい赤色だった。
だというのに、その顔や体には一切の傷が見当たらなかった。
その赤に塗れた人間の服装は、人間達が祝い事や祭儀の時に着るらしい礼服とやら。
しかし、その人間の細い体躯には些か丈が合っていないようにも見える。
今や血に濡れて真っ黒に染まっているが、造りがしっかりとしている所を見ると意外と高価な衣服となるのだろうことから、貴族の子女か令嬢にも思える。
足元が何故か野暮ったいズボンだった為、違和感を禁じえないのが難点だったが。
更に赤髪の偉丈夫の眼を引くのは、それだけではない。
その手に握られているもの。
それを見て、赤髪の偉丈夫も眉を顰めた。
不恰好にも人差し指だけが引っ掛かった武器は、見た事も聞いたことも無い形をしたものだった。
先端は小さい黒い筒の形をし、手の形に添った持ち手。
滑らかなフォルムを持ちながらも、真っ黒な色合いのそれはどこか無骨にも見える。
その筒の先からは、未だに先ほどから感じている火薬のきな臭い香りが立ち上っていた。
使い方には見当も付かない、が、殴られたら痛そうな形ではあるな、と想像した痛みに頭を振った。
どうやら、貴族の子女や令嬢では無いようだが、引っ被った血飛沫に、礼服の下はズボンと言う出で立ちに、まるで男装をした女冒険者のようにも思えた。
「何故、こんなところまで、たった一人で踏み込んだのだ………?」
そこまで考えて、先ほど定かでは無かった理由に、とても興味が湧いた。
何かほかに持っているものか何かで推察が出来ないか、と不躾とは思いながらも腰元のポーチを探ろうと、未だ意識を失ったままの人間の体を抱きかかえる。
しかし、そこでふと、赤髪の偉丈夫は気が付いた。
抱きかかえてた事で首が反り、重力に従って真下に逆立った黒髪。
その黒髪の、前髪と額の境界線が、不自然に途切れていたのである。
赤髪の偉丈夫は興味を引かれるがままに、その黒髪と肌の境へと指を食い込ませる。
ぷつりと髪が切れる音がしたが、構う事無くひったくるようにして剥がす。
そこから漏れ出した髪。
それは、再三驚きを露にしていた赤髪の偉丈夫を更に驚かせた。
「………人間は、可笑しなことを考えるものだな…。髪を被って髪を隠すとは…」
零れ落ちたのは、見事な銀色の髪だった。
白銀の輝きを持った髪には、若干根元が赤い血液に濡れてはいても美しかった。
なまじ、完全なる銀色だったが為、赤髪の偉丈夫はしばしその色に魅入ってしまった。
「不思議な人間だ…それに、良い女だ…」
実際に言うのであれば、彼が抱え上げていた人間は間違う事無く男である。
しかし、血化粧で汚れた肌や、その整った造形、更にあわせて銀色の髪だけを見れば、一見すれば男とは思えない。
赤髪の偉丈夫の勘違いも、至極当然といった形である。
「このような所で会うのも何かの縁か。…ここでは満足に手当ても出来んな」
偶然にも通りかかった赤髪の偉丈夫は、そうして彼を抱え上げた。
心臓の形をした魔物の成れの果てを一瞥し、もう一度抱き抱えた人間を見下ろした。
今は眼を固く閉じて、赤髪の偉丈夫の胸に成すがままに頭を預けている姿。
しかし、この魔物を満身創痍とは言え単独で屠ったのであれば、それはそれで空恐ろしい戦闘能力を持っている事は間違い無いと考えた。
ただし、ここまでの戦闘を行っていながら、真新しい傷が確認できない事に、少々違和感を禁じ得ないながら。
手に引っ掛かっていた銃器は、その手から抜き取って己の腰に差した。
剥ぎ取ってしまった黒髪のカツラも、運よくその中に納まっていた肌色の境界線の正体であったネットも一緒に、抱え上げた人間の腹に乗せる。
一応、荷物は紛失させない方が無難だろうという赤髪の偉丈夫なりの心遣いだった。
そして、彼はその場を後にした。
残されたのは、形を崩した心臓のような魔物だけ。
それも、一定の時間を過ぎた後に、まるで果物が腐っていく早送りのように崩れ、地面に溶けていく。
その血肉の塊の中に、砕け散った魔水晶が赤に濡れて取り残されていた。
そのうち、森の食物連鎖の中に埋もれて消えていくだろうそれは、まるで、血の涙を流している真白な目玉のようにも見えた。
***
絶体絶命のアサシン・ティーチャー。
それでも、茶目っ気と虚勢を張るのは忘れません。
作中に出て来たサブマシンガンの原型は一応、M1もしくはM1A1と言う名称のトンプソン・サブマシンガンです。
アメリカ製のトムソン銃、シカゴ・タイプライターといった通称を持つ最初のサブマシンガンのモデル。
トミーガンとかの通称も使われていますけど、ギャング映画とかでジョン・デリンジャーやアル・カポネが使用しているメジャーなものです。
第二次世界大戦勃発とともにトンプソン・サブマシンガンの需要が急増したため、幾つかのシリーズがある中の改良前の米軍向け改良トンプソンM1928A1を大幅な省力を施して量産したのがM1/M1A1で、現在も使用されているサブマシンガンのタイプ。
それの模造品ともなる中国製製品を登場させています。
※作中の威力に関しては、作者の妄想です。
口径は、45口径(約11.43mm)
銃身長、約267mm。
使用弾薬は.45ACP弾。
装弾数が20発/30発。
作品に関しては完全なるフィクションです。
作中に出てくる銃火器に関しては、一応設定に遵守するつもりではありますが作者にとっては銃火器類は遠い妄想の世界での相棒となります。
威力や描写に関しても捏造や妄想が炸裂しておりますので、御容赦くださいませ。
出席番号11番、間宮 奏。
15歳。
身長157センチ、体重42キロ。
彼岸花みたいな赤い髪に、色素のちょっと薄い茶色の目。
光の加減で金色にも見えるらしい。
ちょっと前髪を伸ばし過ぎている所為で暗い印象を与えてしまう。
産まれ付きの声帯異常で声が出せない。
しかも、産まれてすぐに捨てられていたらしく、親も兄弟もいない。
施設生活しか知らないところは、先生と一緒。
ただ、本人はそこが一番大事らしく、気にしていない。
身長が伸び無い事に最近悩んでいるらしいけど、先生に撫でて貰えば万事OK。
線は細いけど最近細マッチョに進化しつつある。
先生の同僚兼友人のルリの元弟子だった。
夜間学校には学校生活とか集団生活を慣れさせて、社会に順応出来るようにする為だったのに、異世界に転移しちゃったので色んな意味で本末転倒。
更には今まで神格化して尊敬していた先生に直接師事を受けられる事になったので意外ともうあちらの世界の事はどうでも良くなっちゃってる。
やっぱり本末転倒。
先生同様、施設で特殊訓練を受けていたのでハイスペック高校生。
しかし、戦闘に関してはまだまだムラがあるので、これから鍛えていくつもり。
先生がいるからやっぱり心配も不安も無い15歳。
先生から貰った脇差がお気に入り。
どこに行くにでも背中に吊っていつも持ち歩いている。
忍者みたいな行動が多いけど、本人は気付いていない。
そのうち、呼ばれて天井裏から参上すると思う。
天井裏は既に間宮のテリトリーで清掃済み。
本格的に天井裏で暮らしても良いとか思っている。
ピックアップデータ11回目。
間宮くん。
君はぶれない。
うん、勿論。
そのまま、天井裏から先生をストーキングしたまえ。
バレて〆られてもめげないで。
誤字脱字乱文等失礼致します。




