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異世界クラスのアサシン・クリード~ただし、引退しました~  作者: 瑠璃色唐辛子
異世界クラス、討伐参戦編
32/179

27時間目 「討伐隊~嫌な予感は当たって然るべきもの~」 ※流血・グロ表現注意

2015年9月28日初投稿。


遅くなりまして申し訳ありません。

最近、立て続けに問題が発生しておりまして、今回はキーボードが御臨終されました。

パソコンの調子が悪かったのに加えてこの仕打ち。

ハードクラッシャーの名声を欲しいままにしつつ、新しいキーボード様に四苦八苦しながらにらめっこして作りました。


27話目です。

アサシン・ティーチャーの討伐隊の話に戻ります。

気持ち悪いキメラさんが討伐隊の眼の前に。

アサシン・ティーチャーと間宮君の奮闘をどうぞ。


(改稿しました)

***



 街道に出没していた正体不明の魔物の討伐隊発足。

 次いで、討伐隊の派遣から既に、2週間。

 討伐作戦に移行してからは、既に1週間が経過しようとしている。


 元々の討伐隊遠征の予定は、往復帰還も含めて1ヶ月。

 当初の予定の半分を消化しようとしているのに、未だに討伐対象の魔物は目撃情報どころか、情報自体が掴めないままだった。


 以前、作戦会議の表題に上がっていた先遣隊の消息も不明のまま。

 更には、その先遣隊への合流の為に裂いた早馬部隊が二度に渡って音信不通となり、現在でも連絡は途絶えたままとなっていた。


 朝方と夕暮れ時に、必ず狼煙を上げるようにしてはいるが、早くも7日が経過。

 何の音沙汰も無いまま、先遣隊約100名と早馬部隊約20名近くが行方知れずとなった現状は、不吉な兆候と言わざるを得ない。


「………やっぱり嫌な予感が的中したな…」


 はぁ、と溜息交じりに呟いたオレの独り言。

 それを拾ったゲイルは、今しがた確認を取った通信部隊(※鳩郵便などを扱っている部隊)からの報告に苦々しい顔だ。


「一度、王国に文書を送ったが、返信はまだだな」


 彼の言葉通り、現状では下手に動く事も出来ない為、王国へと撤退か様子見の為の遠征の延長を打診したが、返答は未だに得られていない。

 撤退、あるいは討伐隊遠征の延長は、どちらにしても王国に連絡をして、指示を仰がなければならない。

 撤退をするとなると騎士団の沽券に関わるし、延長を考えるなら物資の補給が必要になるからだ。


 しかも、下手に動けない理由と言うのは、他にもあって、


当初ハナから『白竜国』に申請をしておけば良かったんだ。

 魔物の討伐部隊を国境付近に大々的に派遣するが、余計な勘違いはするなってな」

「それも無理な相談でございますれば。

 国境付近での王国騎士団の活動がそもそも盟約違反に、」

「だから、最初から情報を公開しておくんだろうが。

 あっちにしてみても、街道に出没する魔物の情報や被害は、貿易をしている以上当然発生してくるんだからな」


 何当たり前の事を言ってんの、ジョセフ参謀さんよ。


 だって、貿易を出来なくて今困ってんのは、実はダドルアード王国じゃなくて『白竜国』なんだよ?

 ダドルアード王国から貿易でやり取りされている『石鹸』や『シガレット』は既に、『白竜国』では数年はキャンセル待ちの大ヒット商品。

 それが正体不明の魔物の所為で街道が封鎖されたまま入って来ないって事になると、商人連中には職を失う連中も溢れるだろう。

 経済には大打撃を与えると考えても過言では無いのだから、その為に魔物の討伐隊を派遣する時点で、感謝されこそすれ盟約違反とか言って喧嘩を吹っ掛けられる謂れは無い。

 ………ちなみにこの情報は、我等が騎士団長ゲイルからのもので、オレもついさっきまで知らなかったけど。


「王国側から打診をして貰えれば、大々的に先遣隊の捜索だって行えるってのに、何で最初からそう言った根回しをしておかなかったんだ?」

「………それは、私の仕事では無かったものですから、」

「だったら、その仕事を受け持っていた参謀が、何で来てないんだ?」

「………何分、多忙でして」

「奇遇だな、オレもだよ」

「………。」


 顔面の半分を白鬚で覆い隠したジョセフ参謀に、オレは嫌味をネチネチと吐き連ねる。

 ここ数日、オレに嫌味を吐き散らかしていた彼も、このような状況になったのが参謀連中の迂闊さだと指摘されると途端に、大人しくなった。

 ゲイルに聞くまでオレも現在の貿易情報は詳しく知らなかったけど、そう言う状況なら先に根回しを済ませておけば、先遣隊を待つだけというこの二の足を踏む現状は生まれなかった。

 先触れを出しておけば、オレの言葉通り魔物の討伐隊が国境ギリギリまで近づいても、何の問題も(※いや、多少は問題があるのかもしれないけど、)無かったのだから。


 しかもそれを責任転嫁するので、更に追随してやるとこの有様。

 もう、なんでこんな口ばっかり達者な参謀が、こんな処に来ちゃったわけよ、国王様よ。


 と、恨み事を吐いていてもはじまらない。

 大仰な溜息と共に、ここ数日まともに風呂に入れていない為に痒くなって来た頭をがりがりと掻きむしる。


「………仕方ない。

 連絡が取れない以上、合流は後だ。駐屯地を移動させよう」


 作戦会議を続けている天幕の中で、地図を睨み付ける。

 そのまま、チェスのポーンのような形をした陣形を現す駒を、地図上から後退させる。


 戦略的な小規模な撤退だ。

 しかし、それに対して、少し眉を顰めたのは我等が騎士団長様。


「………先遣隊を見捨てるのか?」

「1週間も音信不通なんだ。国境警備隊に捕縛されたにせよ、魔物の襲撃で壊滅したにせよ、アクションが無い事には、こっちだってこれ以上は時間も労力も避けない」


 不満そうにしている彼の気持ちは、確かに分かる。

 先遣隊も大まかに考えればコイツの部下であり、そして彼は部下を見捨てることに対しては嫌悪感を覚えるぐらいには、普通の精神をしている。

 部下を大切にする騎士の鑑のような男だからこそ、一を切り捨てて百を助けるという考えは、おそらく出来ないのだろう。


 だが、だからこそ考えて欲しい。


「だからって、このままこの場所で駐屯を続けるのは危険だ。

 この1週間の間にも、何度か魔物の襲撃を受けているし、夜の森に紛れられてしまっては策敵も遅くなる。

 その分、夜警部隊に甚大な被害が出ている事を忘れたか?」


 片や先遣隊約100名と早馬部隊の約20名余り、片や討伐隊本軍の約3000を超える人員。

 しかも、討伐隊本軍の中には、非戦闘員も含まれている。

 天秤に掛けるべき命は、総量だ。


 それにさっきも言った通り、討伐対象以外の魔物からの襲撃も頻発していた。

 この森には、肉食のヘルハウンド(『闇』属性とやらの犬の魔物)や、夜行性のアームコング(ゴリラみたいな魔物)やヘルモンキー(『闇』属性の猿の魔物)などの肉食の魔物や、森らしく昆虫型の魔物も多い。

 夜になると、そう言った魔物が森の中から奇襲を掛けて来て、一昨日には夜警部隊に甚大な被害が出たのは記憶に新しい。

 幸いな事にすぐに収束し、死人も出ていなかったとしても、このままこの立地の悪い森の中に駐屯を続けるのは、騎士達の数とモチベーションを無駄に削るだけである。


「この討伐隊全体を危険に晒したいなら勝手にしろ。

 だが、時間は有限だし、それで討伐自体が失敗するなんて事になれば、根本的な解決にはならないだろうが」

「………分かっている」

「後、この討伐隊の遠征が失敗したら、今度はオレも参加しないし出来ないから」

「………。」


 この遠征を最後にしたいと考えているのは、王国も一緒だしゲイルも一緒だし、ついでにオレも一緒。

 ここで決められないなら、結局今回の正体不明の魔物の討伐は失敗となる。

 後々、『白竜国』への救援を求めても良いが、その場合は貿易で作った借りをそっくりそのまま貸しとして返されるから、以前の無茶苦茶な貿易体制に早変わりとなる。

 しかも、その失態をオレがいながら、更に言えばこの目の前にいる騎士団長様が招いたと言う事になれば、国民からの批判は分かり切った事だ。


 それに、時間は有限と言った通り、予定が早くも半分を切ってしまっている。

 もうそろそろ、オレ達から何かしらのアクションを起こさなければ、魔物の討伐はおろか、この討伐隊全体の士気にも、最悪命の危険にも関わる。

 コイツから移されてしまった『指揮』権により、オレの肩に圧し掛かった約3000名の命の重さが、今は自棄に苦しいとしか感じられなかった。


「部下を大切にしたいお前の気持ちは分かる。

 だが、生きているのか死んでいるのか分らない部下よりも、今生きてお前の指示を待っている部下達を大事にしてやれ。

 ………死んだら、元も子も無いぞ」


 諭すと言えば聞こえはいいだろうが、実質オレも責任逃れをしたいだけの自分勝手な言葉だった。


「………分かった」


 しかし、それに不満そうではありながら、ゲイルは頷いた。


「すぐに、本軍を移すように伝達して来る」

「ああ、行って来い」


 正論を吐き散らかしたオレから逃げるように、ゲイルは天幕を出て行った。

 オレは、その後ろ姿を見送って、大仰な溜息を吐くだけ。


「………オレ、何か間違ってるのかな?」

「(貴方が間違えることなどありません)」


 呟いた言葉は、不安をありありと表わしていて、この本陣の初日のように情けないものだった。

 それを、背後からまたしても間宮が、初日と同じく慰めてくれる。


 ………やっぱり、育ち方が違うって、こう言う事なのかもしれない。

 ゲイルは、オレよりも精神的にまともに育ってきているようだから………。



***



 その翌日だった。


 オレの言葉通りに、討伐隊は一度本陣を移動させる事となった。

 最低限の片付けをしつつ、オレ達も早々に馬に乗って移動箇所へと進む。


 新たに本陣を設置させる場所は、目ぼしい場所だけではあるが、川を挟んだ森の出口付近の少々小高くなった荒野の丘の麓。

 移動中に見付けておいた場所で、元々この場所が良いんじゃないのか?と提案しようとして、結局通り過ぎてしまっていた場所だった。


 ちなみに、オレは自衛隊や、米軍ペースキャンプ等も体験した事があるので、立地としてならば自信を持ってオススメできる場所だ。


 川は少し遠くなったものの、先に補給をしておけば良いだけの話。 

 ついでに言うならば、片側だけが崖に面した森となるが、警戒箇所はその一面だけで済むので、夜警部隊の負担も減る。

 夜警部隊に余裕さえ出来れば、注意散漫となる事も無く、また異変の発見も早くなる。

 だって、こっちの騎士団業務(特に夜警部隊)、向こうで労組に訴えたら一発OUTなレベルでブラックだったもん。


 しかしながら、


「(………あー、駄目だな、これは…)」


 本陣を移動させたにも関わらず、オレの嫌な予感は更に高まっていくばかり。

 気のせい気のせい、と言い聞かせても意味は無い。


「………オレも分かって来たぞ。………血臭がする」

「(………既に腐臭に近いですね)」


 オレの鼻も、間宮と同じく鉄錆の臭いを感じ取った。

 風はやや東寄りながら南に吹いている為、こっちが風下になる訳で、この強烈な臭気からして、オレ達の予想通り先遣隊はやはり壊滅していると見て間違い無さそうだ。


 しかも、さっきは革靴なのに地面の石ころを小指の位置で踏みつけて悶絶したし、ダークキャット(闇属性の猫の魔物)が群れで目の前を走り抜けていった。

 ………いや、お前等自重してくれよ。

 死亡フラグとか言う危険な単語(浅沼語録より)が脳裏を過ぎったわ。


 馬上にて、オレ達は頭を抱えるしかなかった。


 気になってくると臭いで頭痛や吐き気も感じるし、この戦場独特の臭気にはお互いに無言にならざるを得ない。


 移動の為に一度通過した橋なんぞ掛けられてもいない川の浅瀬を、もう一度渡る騎馬や徒歩騎兵達。

 

 オレ達は対岸でその移動をぼんやりと見ながら、魔物がこちらへ近付いていないかどうかの警戒をしている。

 ………地味にオレ達の索敵能力の方が、騎士達よりも高かったりするのは御愛嬌だ。

 オレに至ってはもう論外だし、間宮に至ってはスペックが違う。

 オレ達は指揮系統に組み込まれているので、咄嗟の時には出来ればすぐに声を掛けられる状況が好ましい。


 そんな中だった。


「…ん?」


 ふと、目線を移した先の川の中に、小さな異変を見つけた。


 白い塊が、水の流れに乗りながらも岩に挟まれてころころと動いているのが、ちょっと気になったので、馬を降りて川に脚を踏み入れた。


「(どういたしましたか?)」

「ギンジ、流石にこの時期水浴びは寒いぞ?」

「誰がこんな公衆の面前で水浴びをするか…!」


 オレの行動に気付いた間宮が、オレの背を追いかけるようにして川へと脚を踏み入れる。

 オレ達とは反対側の対岸に配置していたゲイルが何故か素ボケしてくれたが、渾身の眼力で黙らせておいた。


 そこから、再度その白い塊を確認しようと、川面に眼を凝らしたと同時、


「ーーーーーーッ」


 背筋が凍った。


 その白い塊を拾おうとして伸ばしていた手が、不格好に止まる。

 

「………人間の、耳だ」


 オレの呟いた言葉通りだった。


 ここまで流れ着いて川の中の岩に挟まれていたのは、千切れた後の残る人間の耳だった。

 血の気の失せた耳は真っ白となりつつも、川の中の岩の色とは同化せずにそこにあった。


 背後で覗きこんだ間宮がひくりと喉を痙攣させ、対岸でオレの言葉を拾ったらしいゲイルが絶句した。

 そして、オレの言葉を聞いてしまっただろう哀れな騎士達からもどよめきの声が上がる。


 思わず、苦い顔をした後、ふと目線を上げる。


 川のせせらぎは悠久の時とは、良く言ったもので。

 ダドルアード西部の荒野地帯に戻ればそんな事も言えなくなるらしいが、この川は随分と昔からダドルアード北部にある山脈から流れているらしく、未だ命の流れを途絶えさせてはいない。


 その川の上流へと目線を遡っていく。


 徐々に川底が見透かせなくなる深みを経て、高さ2メートル程の小さな滝。

 その滝が、真横に聳え立った崖と森との境目へと至る。


『ドポン』


 その滝の境目から、大きな水音を立てて何がが落ちた。

 オレの目線に反応していた間宮と、音に気付いたゲイルも、同じく視線を滝へと集中させる。

 

 滝から流れ落ちて来て、一度は滝壺に沈んだ何か。

 程無くして浮かび上がってきたそれは、水を汚して冬の陽光を跳ね返しつつ存在を主張した甲冑(・・)だった。


 オレがそれに気付いた瞬間、怒声を張り上げていた。


「騎馬、徒歩急げ!行軍の脚を早めろ!!分断されるぞ!!」


 オレの声に、馬すらも怯えて嘶きを上げる。

 先ほどまで長閑に進んでいた隊列が、見事に駆け足となって川を渡っていく。


 滝壺から浮かび上がってきた甲冑の周りには、じわじわと毒々しい赤が広がりつつあった。

 つまりは、中には人間の体が覆われていると言う事でもある。

 遺体だ。


 高さ2メートル程の滝からの水の勢いに抑えられて、こちら側に遺体が流れてくることは無いが、赤色の混じった水がオレの足下まで流れて来ていた。

 途端、むわりと濃く香った血臭に、再三の嫌な予感が的中した。


 オレの目線の先に、


「………何か、いる…!」

「………ッ!」


 ただ黒いだけでは無い物体が、蠢いていた。


 ピリピリと肌を刺すような緊張感と、異様な状況に心拍が急上昇した。

 焦燥感すらも感じ、悪寒が肌を撫で上げて行く。


 危険信号とも言える心拍の音が、耳元で早鐘のように響く。


「急げ!奴がこっちに気付く前に…!」

「ギンジ、お前も上がれ!危険だ…!!」

「(銀次様…ッ!)」


 オレの剣幕を見てか、それとも異変に気付いてか。

 ゲイルの切羽詰まった声と共に、間宮がオレの袖を引いた。


 未だ数百メートルは距離が開いている上に、切り立った崖が四角となって全貌を見る事は叶わないものの、何かしらの生物であろう存在は確認出来た。

 遠目に見ると毛玉が川に鎮座しているようにしか見えないが、それだけでは無いのだろう。

 黒の毛玉のような体躯の中に混ざり込んだ白。

 体の上部や側面から伸びているその白色の奇妙なオブジェに、更に怖気が止まらなかった。


「………見慣れたものだ…人間の腕じゃねぇかッ」


 嫌な予感は、外れてはくれなかった。


 おそらく、あれが今回の討伐対象となっていた正体不明の魔物だ。

 今まで、突然姿を現し、忽然と消えたままだった目標。


 オレの足下を流れる川の色が、俄かに赤を帯びていることから、おそらくは食事の真っ最中だと思われる。

 それも、貪っているのは、新鮮な血肉。


 上下左右に小刻みに動き、無我夢中で何かを貪っているのだろう黒い毛玉のような物体。

 実際、それが人間を貪り食っている食事風景だとも分かっている。


 眼前の滝壷で浮かんでいる甲冑の主は、先遣部隊や早馬部隊の成れの果て。

 恐れていた事態をいざ目の当たりにして、オレは喉奥が引き絞られるような感覚を催した。


 なのに、オレは吐き気をもよおしながらも、その黒い毛玉のような物体からも、ただ命無く浮かんだままの甲冑からも、目線を逸らす事は出来なかった。


「全体、駆け足!駆け足!」

「後続部隊は、どれぐらいだ!」

「後、4分の1だ!急げ!!」 


 オレの背後で騎馬や騎士達が慌ただしく、川を渡る。

 頼むから急いでくれ、と願ってもまだまだ残り4分の1は短くない。

 ここで分断されては、残った部隊の命は危険に晒されるだろう。


 想像したくも無い未来予想図が脳裏を過り、陰鬱な気分が到来する。


 魔物らしき黒い毛玉に眼を向けたまま、背後の騎士達が通り過ぎるのをひたすらに待つしかない。


「(銀次様、退避してくださいっ…!)」


 何度も間宮がオレの裾を引いているのだが、オレはここを動く事も出来ない。

 オレが眼を放した瞬間、襲いかかってくるかもしれないという、そんな忌避感が胸をせっついて、どうあっても動けそうに無かった。


 ………これは、委縮だ。

 そして、流石のオレすらも委縮させたのは、あの魔物らしき毛玉のような物体から発せられる圧倒的なまでの血臭と威圧感プレッシャーだ。


 血の混じった冬の真水に浸った足下が、嫌に冷たい。

 手指の感覚すら薄れ、脚先は痺れるような痛みすら発していた。


「ゲホッ……ハァ、ハァ…ッ」


 倦怠感を感じ、呼吸をするのも苦しくなって来て、咳を吐き出して。


 それでも、再三感じていた吐き気も相まって、胃の辺りをぐるぐると廻る不快感。

 自分の呼吸すらもおぼつかないほど、苦しいと感じた。


 ………いや、待て。

 何故、こんなにも苦しんだ?


 圧倒的な威圧感を感じているにしては、何かがおかしいと感じてしまった。


 しかも、


「ギンジ…ッ!!」

「(銀次様…!!)」


 ゲイルの切羽詰まった声と、間宮の声無き声の息遣いも遠くに聞こえる。

 瞬間、眼の前の景色がぐるりと回った気がした。


「ゲホっ…ゴホ…!!ウ゛ッ…エ゛エッ!!」


 違う。

 回ったのは、オレの視界だ。


 胃が押し上げられたと感じる間も無く、喉元に迫り来た吐き気。

 突然のそれに、訳が分からずに身体を九の字に折り、そのまま堪え切れずに嘔吐いた。


 湿った音やオレの情けない嘔吐の声と共に喉元から吐き出されたのは、今も川の水を染め上げたままの色と同じ赤。

 そして、見るからに鋭利な表面を持った魔石だった。


「………ど、して…!?」


 吐き出された血の塊と魔石は、間違いなくオレの口元から滴り落ちていた。

 そのまま力が抜けるような感覚を催しながら、浅瀬に無様に跪いてしまう。


 そこからも、後から後から溢れ出る吐き気が堪え切れず、吐瀉物や血、魔石なども含めて吐き出すことしか出来ない。


 まだ、時間があった筈なのに、どうして?


 突然の『ボミット病』の発症に頭が混乱する。

 この討伐隊の遠征に参加してから今まで、魔法具を使っていたので『ボミット病』の進行は抑えられていた筈だった。

 そして、今までの行軍の最中でも発症していなかったというのに、まさかこのタイミングで発症した?

 夜に一度魔法具を装着していれば、今まで全く問題が無かった筈なのに。


 そんな事ばかりがぐるぐると脳裏を回る。


「(銀次様、しっかりしてくださいっ…!移動しましょう…!!)」


 オレの裾を引いていた間宮も、いよいよ持って慌ててオレの肩を支えた。

 その声無き声の言葉は分からずとも、息使いだけでも相当焦っている事は分かる。


 気を使ったのか、ゲイルの部下がオレが乗っていた馬を対岸まで取りに戻ってくれた。

 確かアンソニーとか言う少数精鋭部隊の一人だった筈だ。

 彼が対岸へと戻ると同時に、討伐隊本軍も川を渡り終えたかに思えた。


 その瞬間だった。


「…見付かった…!!」

「(…………ッ!?)」

 

 とてつもない威圧感が、こちらへと向けられた。


 オレが背筋を凍らせる程の殺気。

 間宮が身体を不恰好にも停止させ、ゲイルが駆け寄ろうとしてその脚を止める。

 怯えた馬達が悲痛な嘶きを上げた。


 こちらを振り返った黒い毛玉のような魔物の赤い眼が、オレ達を補足した。


「やらかした…っ!奴は、血の臭いに反応してる…!!」


 既に血臭に満ちた空気の中、新鮮な血肉を求めて魔物が振り返った。

 奴が反応したのは、オレの血だ。


 今しがた、川に吐き出してしまった真新しい血液。

 まるで誂えたかのようなタイミングで発症した『ボミット病』には、もう眼も当てられない。


「総員戦闘配置!!陣形を組め!!」


 目まぐるしく状況が一転したのは、間違いなくオレの所為だ。

 言い訳はしないが、言い逃れも出来ない。


 しかし、声を張り上げたところで、またしても血反吐を吐き出したオレ。

 支える間宮の腕が小刻みに震え、オレは身体を支える膂力も無くして浅瀬に蹲ったまま。


 四足とも言わず蜘蛛のような、何本もの細い脚で支えられた巨体がうっそりと川から持ち上がる。

 眼の下にはまるで蛭のような口が付いており、乱杭歯をそぞろに揃えてカチカチと鳴らしている。

 その歯には今しがた捕食していたであろう、人間の手足がぶつ切りの肉のように挟まっていた。


「左翼陣形は魔術部隊!右翼は騎馬を配置せよ!!」


 ゲイルの指揮の声が響く。

 それと同時に、彼はオレ達の元へ駆け付けると、すぐさま間宮ごとオレを小脇に抱え上げて、川から退避した。

 ………おいおい、一応オレは成人男性なんだが?


 その直後。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 甲高い悲鳴のような絶叫を上げて、こちらへと猛然と走り出したのが視界の隅に見えた。

 迫り来る危機感に思わず、オレの右手は腰のホルスターから拳銃を引き抜いていた。


 腹に響く、銃声。

 騒然とした辺りに乾いた発砲音が響く。


「うわっ!」

「Σッ(ビックン!!)」


 ゲイルも間宮も驚いたが、この際構っていられない。


 眼を狙った筈だったのだが、ゲイルに抱えられて揺れる上に、酸欠を起こして霞む視界に目測を誤り、銃弾は魔物の眼の真下へと着弾した。


 しかし、着弾したとは言え、魔物の進撃速度は全く落ちず、牽制すらも出来ない。

 口端から血の塊を吐き飛ばしながら、頼れる相棒(コルト・ガバメント)のポンプを口で咥えて薬莢を排出する。

 すぐさま、第二射に入る。


「ギ、ギンジ、何をしている!?」

「せめてもの、牽制だ…!!」


 抱えられたまま、拳銃を撃ち放ったオレにゲイルが悲鳴のような怒号を飛ばす。

 牽制だけでもするつもりだったが、第二射も大きく外れて魔物の乱杭歯に着弾して乾いた音を響かせただけだ。


 拳銃だけでは火力が足りないか。


 しかし、


「………自分から滝壷に落ちたぞ…?」


 あわやこちらまでまっすぐと突っ込んで来るかと思われた魔物は、突如消えた。

 どうやら、崖の存在を把握しておらずに、そのまま滝壺に落下したらしい。


 またしても響いた水音が、先ほどよりも更に大きく響く


「眼はそこまで発達していないか、もしくは状況判断能力が無いかのどちらかだな…!」


 そう言って自棄に冷静な見解を述べたゲイルが、部隊の元へと到着。

 抱えられたままだった、血混じりの咳をしているオレと、そのオレに引っ付いたままだった間宮を地面に下ろすと、すぐさま部隊への陣形を再度伝達する。


「鶴翼の陣を急げ!!」


 張り上げられた指揮の声に、騎士達からも反応が返ってくる。

 復唱し、各部隊へと伝達が届き、移動の為に伸び切っていた陣形を、彼の言うとおりに鶴翼の陣へとすぐさま移行する為に、騎馬や騎士達が動き出す。


「ゲホッ、ゴホッ…!畜生…ッ。間宮、急いでオレの魔法具を……ッ!」

「(既に…!!)」


 まだ嘔吐をしながらも、魔法具を求めて間宮に指示を出せば、手早く間宮がオレのポーチから魔力吸収型の魔法具を取り出し、首に装着してくれた。

 同じくポーチの中に入っていた魔石を魔法具の窪みへと入れて、すぐさま起動させれば、『ボミット病』の諸症状である動悸や眩暈、酷い倦怠感が軒並み引いて行った。


 ありがとう、間宮。

 それと、御免。

 お前の言うとおり、さっさと退避しておけば良かったよ。


 オレが落ち着いたのを見計らって、今まで指示を出す為に走り回っていたゲイルが、もう一度オレ達の元へ。

 手を差し出して立ち上がらせてくれた。


「………昨日は魔法具を装着しなかったのか?」

「いや、装着したさ…!毎晩、付けて寝てるし、朝は問題なかった」


 その傍らで聞かれた質問。

 しかし、それに関しては、オレもはっきりとノーと言える。


 言葉通り、毎晩魔法具を付けて寝ることにしているし、一晩中付けていても魔力不足にも陥らず、朝にも体調不良などは無かった。


 オレにも、何故このタイミングで『ボミット病』が発症したのか皆目不明だ。


 もしかしたら、魔法具だけではもう抑えきれなくなっているのかもしれないと、病気の進行度に不安を感じるが、それも今は生き延びてから考える。

 このままだと、病気よりも先に、魔物に食われて死にそうだからだ。


「ゲホッ!…ああ、クソ!…体調が最悪だ!」


 悪態混じりに、体裁が悪いとは思いつつ、喉に残っていたであろう魔石や血反吐を地面に吐き捨てて、ゲイルの横に並んで迎撃体勢に移る。


 今回の魔物との遭遇は、完全に後手に回ってしまった。

 未だに、討伐隊本軍の陣形は整ったとは言い難く、今もまだ騎士達が慌ただしく移動をしている状況で、戦闘部隊に至ってはまだまだ情報が伝達されていないだろう。

 奇襲を受けたというか襲撃されたのが、見通しの悪い夜では無く、燦々と太陽の日差しが照り付ける白昼であった事がまだ幸いか。


 先程勢い余って滝壷に落ちた筈の魔物が、またしてもうっそりと川から姿を現した。

 そのまま滝壷で溺れて欲しかったが願いは空しく。

 魔物はその長い脚を駆使して、浅瀬までうっそりと体を揺らしながら自棄に余裕溢れる姿勢で身体を起き上がらせた。


「……うわ…ッ」

「なんだ、コイツは…!」


 揃って、オレとゲイルが悲鳴を呑みこんだ。

 間宮は隣で既にマナーモードを起動している有様だった。


 遠目に見ていただけの魔物の全貌は、間近で見れば更に異様なものだった。


 黒かと思えばどす黒い赤を基調にした体躯。

 体毛だと思っていたのは、血管やら何やらが隆起した為に体の輪郭がおぼろげになっていた所為だったようで、その身体はまるで大型の魔獣か何かから抜き出されたかのような、心臓のような形をしていた。


 体長はおそらく、3メートル越え。

 下半身から生えた蜘蛛を思わせるような細い脚か何かがその心臓然りとした巨体を支え、身体の側面や上部から白い手や足を生えている。

 その白い手や足は、何かを求めるかのようにぐねぐねと動いている。


 そして、心臓のような巨体の中央部分に覗く、眼や口。

 獰猛な肉食獣を思わせる赤い眼と、蛭のような円形の口にそぞろに生え揃った乱杭歯。

 先ほど見た時のようなぶつ切りの人肉は挟まっていなかったものの、その乱杭歯に噛みつかれるのは、想像するだに恐ろしかった。


「………あれは、自然に生息している魔物か?」

「………知らん…オレも、初めて見る…!」

「………やっぱり、あれが討伐対象で間違い無さそうだな…」


 口を付けた心臓とも呼べる巨体の魔物。

 辛くもオレの嫌な予想は見事に当たり、この異様な化け物がオレ達討伐隊の討伐対象である、正体不明の魔物のようだった。


「………名付けるなら?」

「口だけならワームに似ているが、あんな固体の身体は見た事が無い。

 ………それに、脚の生え方や、体から生えた人間の手足が魔物としては異常だ」

「………なら、合成獣キメラとしか言いようが無いな…」

「(禍々しい姿をしてますしね…)」


 心臓キメラとでも名付けておこう。

 ただ、普通の心臓と違うのは、その大きさと拳銃の弾丸が通用しない強度だろうか。


 その時だ。


「……あれは、」

「………ッ気色の悪い、」


 ぼこりぼこりとその魔物の身体の一部が盛り上がる。

 人間で言うなら眉間の位置に、肉が盛り上がるようにして、何かが形作られていく。

 最初は赤黒かったそれが、段々と薄い桃色に変わり、後から血の気が失せた真っ白な能面へと変わる異常な光景。


 それが人間の顔だった所為もあって、もっと異常だ。


「クリストファー!!」


 本陣のどこからか、悲痛な声と共に名前が呼ばれた。

 その顔は、よくよく見ればオレも一度だけなら見た事がある顔だった。

 早馬部隊として送り出した、騎士の一人の顔。


「キメラで間違いなさそうだな…食ったものを、吸収してやがるんだっ…」


 手足もそう。

 顔もそう。

 よく見れば、そのクリストファーの顔以外にも、至るところに真っ白な能面のような顔が生まれているのが分かる。

 今しがた浮かび上がったクリストファー意外にも、次々と顔や手足が増えて行く。


 だが、オレ達がそれを観察できたのはそこまでだった。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 またしても、魔物が奇声のような絶叫をその醜悪な形の口の奥から迸らせる。

 その音だけで馬が嘶きを上げ、オレ達の耳は鼓膜がぶち破れるかと思うぐらいの大打撃を受けた。


 まるで、超音波だ。

 もしかして、蝙蝠のような魔物も合成されている訳じゃないよな。


 オレはともかく間宮は多大な被害を被った。

 元々コイツは聴覚を鍛える訓練もしていたらしく、まともに奇声を受けて耳をやられたらしい。

 耳を押さえて蹲り、その手の間から血が滴り落ちた。


 どうやら、鼓膜が破れたようだ。


「おい、この魔物…厄介過ぎないか?」

「…厄介過ぎるが、やるしかない。背中を向ければ、それこそ甚大な被害が出るぞ…」


 オレの引き攣った声。

 それに、ゲイルも同じく引き攣った声で返答を返した。

 しかし、その眼に怯えは無い。


 まるでコイツも肉食獣のように思える。

 あの眼は獲物を見つけた狩人の眼だ。


「討伐目標を確認!!総員、ただちに迎撃体勢へ移れ!!

 左翼魔術部隊『水の弾丸(アクア・ボール)』構えぇ!!」

「右翼は装甲兵を前に!魔術部隊の射撃と同時に、カウンターに備えろ!!」


 オレ達2人の怒号と共に、動き出す討伐隊の陣形。

 馬の嘶きも混ざって、騒然となったその場を支配するのは死の協奏曲(デス・コンチェルト)


 それが、どちらの死を意味するのかは、まだ分からない。


 鼓膜を破られ蹲って動けない間宮を抱えて、駆け込んできた装甲兵の背後に滑り込む。

 残念ながら、オレも火力を補給しなくちゃならない上に、ゲイルが前線に配置する事は決定事項となっている為、後方で陣頭指揮を取らなければならない。


 悔しいかな、適材適所。

 オレが火蓋を切ってしまったようなものだというのに、こうして後方に下がらざるを得ないのはなんとも歯がゆいものだ。


「…病の身上には、少々重荷では?」

「寝言は寝て言え。こんな場所で暢気に寝てられるか?」


 ジョセフ参謀には皮肉混じりのありがた迷惑を言われた。

 皮肉を持って返してオレは、未だ混乱の続いている本隊を纏め上げる為に檄を飛ばすしかない。


「放てぇえええええ!!!」


 ゲイルの腹に響く恫喝の声。

 彼の声を合図に、一斉に魔術部隊から『水の弾丸』がキメラ目掛けて射出される。

 水の弾丸と言う名の通り、中空に魔法で生成された幾つもの水の玉が猛然と叩き付けられている。

 青や透明の光の乱舞に、少々どころでは無く眼が痛い。


 辺りは水辺だ、精霊に困ることは無いだろう。

 ………そう言えば、自棄にこの場所は魔力推量が高い気がしたが、気のせいか。


「まさか、な………。」


 『ボミット病』発症のキーが、まさか魔力水量の高い場所も含まれるとはあまり考えたくなかった。

 だが、考えるのは後だ。


 考えるより動かなければ、オレもそのうちあのキメラの能面の一つに変わってしまうかもしれなかったから。



***



 オレの嫌な予感を見事に体現するかのように、眼前に現れたのは、正体不明とされていた討伐対象の魔物。


 命名するとなれば、合成魔獣キメラとしか言いようが無い。


 赤黒い巨体に、血管を惜しげも無く浮かび上がらせた心臓を思わせる姿。

 顔と形容すべきか否か、赤い光点のような眼と、乱杭歯を備えた円形の口。

 巨体を支える為に生えた脚の部分はまるで蜘蛛のようで、それとは別に体からは触手のような腕と、人間の顔や手足が生えている。


 見るもおぞましい化け物だった。

 魔物相手でも人間相手でも『串刺し卿』の異名を持つゲイルでさえも初見だと言っていた。


 しかも、オレ達としては激しく異議を唱えたい。

 お前は、魔物なのか、それとも動く臓器という意味での未確認生物なのか、はたまた突然変異の新種なのか、と。


 ちょっ…!?

 こんな魔物だか新種だかの化け物を相手にするなんて聞いていないぞ!?


 戦端を開いてしまったオレの責任は認めはするが、初陣にして早くもボス戦とか浅沼語曰く、なんて無理ゲー?


 ………タ○リ神とか言わないよね…?


 こんな奴相手だと言うのなら、先遣隊約100名はおろか早馬部隊20余名も、全滅したと考えても良いだろう。

 先ほど、合成魔獣キメラの体に浮かび上がった顔は、早馬部隊に同行していた騎士の一人の顔だったと記憶していたから。


 言い方は酷いが、こちらからむざむざと餌を差し出し、敵に塩を送ってしまったようなものだったのだろう。


「左翼魔術師部隊『水の弾丸(アクア・ボール)』!!放てぇえええ!!」」


 雄叫びのように響いたゲイルの指揮の声に、魔術師部隊から『水』属性魔法が一斉に放たれる。


 しかし、合成魔獣キメラに効果があったかどうかは確認できない。

 水魔法の怒涛の奔流を受けても、キメラの巨体は健在だった。

 この程度で倒れるとは当初から思ってもいなかったものの、こうして目の当たりにすると、オレでなくても焦燥感は募るだろう。


「次ぃいッ!!」


 『水』属性での攻撃の後、更にゲイルの指揮の声が響く。

 これは、元々作戦として組み込まれていた、魔物の弱点を把握する為の作戦で、彼の指揮に合わせて、先ほど『水』属性を放ったのとは別の魔術師部隊が別属性で攻勢を加える。

 正体不明の魔物には、攻撃パターンを探り、属性やその属性に付随した弱点を看破する為、どうしても最初だけは後手に回らざるを得ない。

 やはり、先遣隊の新規情報が無かったことが悔やまれる。


「『予言の騎士』様!ジョセフ参謀が、本陣などの転身の指示を求めております!」

「転身するよかこっちに足場組め!悠長なこと言っていられる状況じゃないのは、見て分かるだろ!?」


 更には、ゲイルとは別に本軍の『指揮官コマンダー』となってしまったオレの下には、ひっきりなしに指示を求める騎士達が殺到した。


 あ゛ーもう、やっぱりあの参謀爺は、机上の空論しか能が無かったようだな!

 この状況見て、本陣を丸ごと転身しようなんて考えるなんて、頭が可笑しいんじゃないのか、コノヤロウ!

 しかも、さっきまで後方にまだいた筈なのに、いつの間に前方部隊に行きやがった…!?

 ………逃げたな、あの嫌味狸爺。


 閑話休題。

 そんなことはさておいて。


 オレが指示を出した通りに、騎士達が本陣を組み始める。

 本陣が仮設となってしまったがこの状況ではどうしようもないし、多少危険度は高いが戦局を把握しやすいように、前戦に出張っていた方が早い。

 このまま移動して後退して無駄な時間を割き、情報の伝達にタイムラグが発生してしまうのは痛手だ。


 騎士達に急いで約2メートル程の足場を組んでもらい、そこを本陣とする。 

 こうなってしまえば、後は総力戦しか有り得ない。

 ならばいっそ、こっちも本陣を目の前に置く。


「次ッ!!『風の刃(ウインド・カッター)』!!放てぇえええッ!!!」


 その間にも、ゲイルの声によって次々と魔法がキメラ目掛けて叩き付けられている。

 『水』属性の弾丸は通用しなかったが『風の刃』ともなれば、多少はキメラにも影響があったようだ。

 立ち上る煙や着弾の度に上がる水飛沫の中に、血が混じる。


 だが、


「………本体には傷一つ付いていない…!」

「(切れているのは、生えた手や足だけですね…)」


 仮設本陣から見ても、ダメージが通っていない。

 切り落とされたのは、体に生えていた人間の手や足だけで、よくよく見れば体中に浮き出ていた人間の顔面らしきものも真っ赤な体液を流してはいるが、それ以外は無傷と言える。


 流石にこれまで討伐隊を退けてきただけの異能はあるという事か。

 簡単には討伐されてはくれないだろう。


「間宮、オレ達もここから援護する。動けるか?」

「(はい、大丈夫です)」


 先ほどの魔物の超音波にも似た絶叫を受けて、間宮の右の鼓膜が破れている。

 幸い片側だけだとは思うが、早々に治癒をして貰いたいのが本心であっても、現状ではそうは行かない。

 治癒部隊は衛生兵と共に未だ後方でもある。


 なまじ駐屯地を移転する為に移動中だった事が仇になった。

 補給部隊や魔術師部隊、挟み込むようにしていた後続の騎馬や徒歩騎兵が後方に配置していたのが唯一の救いだろうか。

 転進して陣形を組むのは時間が掛かっているが、火力の補給はすぐさま行える。


「徒歩騎兵、左翼転身!!厚みを持たせろ!!

 誰か、補給部隊に伝達を頼む!急いで仮設本陣まで…!!」

「じょ、ジョセフ参謀には、どのように…っ!!」

「テメェが来いって伝えておけ!!」


 もう、あの狸爺は知らん!


 急いで陣形を組ませている間に、武装補給部隊を引っ張って来てそこで、武器を補充する。

 オーバーテクノロジーだと何だと言ってはみても、命のやり取りがある現状では四の五の言っては居られない。


 念の為、現校舎の物置から持って来たのは、いつも通りの拳銃二丁。

 先ほども使った「M1911A1」の通称コルト・ガバメントと、「ベレッタF92.」の通称ピエトロ・ベレッタ92。

 但し、念には念をと、間宮が扱えるもので、サブマシンガンやライフル等も持参しておいた。


 ついでに、運んで貰う補給部隊には申し訳無いと思いつつも、大型銃火器も持ち込んでいる。

 今回使いたかったのは、この大型銃火器である。

 ………まさか、本当に使う事になるとは思ってもみなかったけどね。 


 その名も「ブローニングM2重機関銃」。

 コイツの出現によって、第一次世界大戦時に最凶とも証されていた手回し式ガトリング銃が時代遅れと化してしまった。

 通称「キャリバー50」もしくは「フィフティーキャル」とも呼ばれる、第二次世界大戦以降から全世界で生産と配備がされている重機関銃。


 M2のストッピングパワーや信頼性は、もはや伝説的。

 口径が50口径(0.50インチ=12.7mm)でありその威力も然る事ながら、設計されてから80年以上も経っているにも関わらず基本構造、性能などのトータルで現在においてもM2を凌駕する後続重機関銃が現れていない事ももはや有名な話だ。

 現在は陸上自衛隊でも主に車載機関銃や対空用として「12.7mm重機関銃M2」という名称で採用しており、日本でも活躍の場を持っている。

 ただし、日本の自衛隊はあくまで国防の為の機関である事はお忘れなく。


 普通ならば、M2は戦車や装甲車、トラックやジープなどの車載用銃架、地上戦闘用の三脚銃架、対空用の背の高い三脚銃架、連装、または四連装の動力付き対空銃架などの銃架での運用が目的とされている。

 歩兵用であれば三脚銃架が基本であり、最低でも設置や安全確保の為の3名のチームが基本となるため、アメリカ軍ではスリー・メン・ウェポンとも呼ばれる。


 今回はオレと間宮の2人で設置するのでセオリーから外れるにしても、簡単な部品交換だけで左右どちらからでも給弾できる柔軟な運用を可能にしたコイツは、扱い慣れているオレ達であれば2人で十分だ。

 オレは左腕は使えないが、右腕だけでも引き金を引ける。

 精度を上げる為に間宮に左側を押さえて貰う事にはなるが、元々キャリバー50(コイツ)の精度は素晴らしく高い。

 50口径(12.7mm弾)を音速の三倍にも匹敵する速度で発射し、800mm先の標的にも正確に命中するだけの精度があり、その威力と射程は様々な標的に対し有効だ。


 実際、オレもこれに狙い撃ちされた事があるが、本気で死ぬかと思った。


「(………本来なら、対人間兵器の度を越えているんですけどね…)」

「………今は対人間じゃなくて、対化け物だからオーケーじゃね?」


 と、間宮からは呆れたように落された言葉に、ちょっとだけ脱力した。


 気の抜けた会話をしていながらも、三脚(立ちながら打つつもりだったので今回は背の高い三脚銃架)を設置。

 間宮がなにやら苦いをしているのは、おそらくオレがこれで狙い撃ちされた事がある事も知っているようで。

 多分というか、十中八九ルリから聞いたんでしょ?


 ………そういや、あの時はルリとパートナー組んでアメリカ軍と対過激派組織の戦地に放り込まれてたんだっけ。

 あの時、まだお互い10代半ばだった筈なんだけどな~。


 閑話休題。


 苦い記憶には蓋をして、オレはオーバーテクノロジーも甚だしいキャリバー50の給弾ベルトを差し込んだ。

 これで設置完了。


「………これは、一体…!?」

「あ゛?…やっと来やがったのかよ、指揮官代理補佐様よぉ!」


 テメェ、コノヤロウ逃げやがって、どの面下げて戻って来やがった。と、口には出さずに目で語れば、案の定現れたジョセフ参謀が竦み上がっていた。

 ………もし来なかったら、化け物よりも先にコイツを蜂の巣にしていたところだった。

 そんな指揮官代理補佐も眼をひん剥いているキャリバー50のセーフティを解除し、後は頃合いを見計らうだけとなった。


 ……あ、でも


「オレ、陣頭指揮もとらなきゃいけないなら、こっちは間宮に任せた方がいい?」


 やべぇ、オレ迎撃するのに夢中で、すっぽり陣頭指揮を忘れてたんだけど。

 そう思って、ジョセフ参謀の事言えなくなっちゃうなぁ、なんて思いつつ、間宮を振り返れば、


「(僕だけだと後ろにひっくり返ります)」


 涙目マナーモードとなった間宮に、当たり前の事を言われてしまった。

 まぁ、そらそうだ。

 いつも忘れてしまいそうになるが、こいつはまだ15歳で、銃火器として化け物の位に君臨するキャリバー50を扱うには、確実にウェイトが足りない。

 ………どっちにしろお互いに腕のハンデとウェイトのハンデを補う事になりそうだ。


 仕方ないから、情報を捌くのはジョセフ参謀に任せるしかないか。

 ………不本意だけどね。

 絶対、討伐が完了した後に、ネチネチと言われそうだもん。


「っとと、そんなことより、」

「(………今、一瞬忘れてました?)」


 うん、ゴメン。

 後ろの狸爺の後々の嫌味攻撃が気になって、今度は合成魔獣キメラの事が頭からすっぽり抜けていた。


 キャリバー50の照準を合わせるのと同時に、目標キメラへと向き直る。


 そこで、改めて見たキメラの様相は、随分とまた変わっている様子だった。


 まず、体中から蒸気を吹き上げているのは、おそらく『火属性』魔法の影響だろう。

 赤黒い体液が体中から滲み出しているようにも見えるが、やはり体に傷が付いているようには見受けられない。

 その代わり、体中に生えていた手足のほとんどが引き千切れ、どくどくと血を噴出している。


「………あの手足は一応、血管が通っているようだな」

「(しかし、耐久力は無いようです)」

「体に傷を付けられていないのが、どっちにしろ厄介だが、」


 そう言って、照準の微調整を行っていた、その矢先。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』


 またしても、響き渡ったあの合成魔獣キメラの絶叫。

 生え揃った乱杭歯をがちがちと打ち鳴らしながら、超音波にも似た奇声を発した。


 たまらず、間宮が耳を抑えて膝を付き、オレも思わず眩暈を感じる。

 背後で、ジョセフ参謀がひっくり返った音を聞いたような気がした。

 ………ああ、もう良い。

 テメェは、そのまま寝てろ!


 しかし、合成魔獣キメラの反撃は、それだけには留まらず、


「………ッ!?…そ、装甲兵、構えッ!!」


 ゲイルの焦った声と共に、指揮が伝達されるかされないか。


 脚だと思っていた下半身部分の蜘蛛のような脚が、あろうことかキメラの頭の上から、まるで爆発するかのように生えてきたのである。


 大きく振り払われたそれは、まるで鞭のように撓り、空気の膜を叩きながら音速の猛威を振るう。

 間一髪、装甲兵の盾が間に合ったは良いが、四足を踏ん張ったにも関わらずその一発でおおよそ半数が薙ぎ倒されてしまった。


 ………なんつー威力だ。


 そう何度も立て続けに受けられる攻撃では無い受けなくとも分かる。

 しかも、またしても絶叫を上げようとしているのか、モーションだけで息を吸い込んだのが分かる。

 (………ってか、アイツが息を吸っている事に、激しく違和感を覚えたんだが…?)


 ………させるものか。


「伏せろ、ゲイル!!」

「……む…ッ!?」


 耳を押さえて蹲っていた間宮が、なんとか復活した。

 若干涙目になっているのが可哀相だが、今は痛いの何のと言っている暇は無い。

 装甲兵の盾に隠れてしゃがみ込んでいたゲイルが立ち上がったのを尻目に、オレ達はキャリバー50の引き金を引き絞る。


「9ヤードお見舞いしてやれ」

「(了解しました)」


 兼ねてより憧れていた台詞と共に。

 途端、


「ど、わぁ…ッ!?」

「ひいぃいいいっ!!」

「なんだ、この音は!?」


 引き攣った声と共に地面に這いつくばったゲイルや、咄嗟に屈み込んだ騎士達の悲鳴すらも量産しながら、唸るようなキャリバー50の銃声が爆音のように鳴り響いた。

 毎分1200発の50口径の鉛の雨が、キメラ目掛けて降り注ぐ。

 

「伏せろと言ったろうが、馬過どもがぁあ!!」


 理不尽とは思いつつも発するオレの口汚い怒声とて、キャリバー50の唸るような銃声の中に搔き消された。


 若干ゲイルや装甲兵を掠めつつ、必殺の雨が容赦なく撃ち放たれている。


 ちなみに、さっきオレが発していた兼ねてより憧れていた言葉の意味は、第二次世界大戦当事のキャリバー50の給弾ベルトの長さが9ヤード(およそ8m)であった事から、すべて撃ち尽くすという意味で「9ヤードをお見舞いしろ!」という表現が生まれたので、それに乗っ取った形である。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


 先ほどの超音波にも似た奇声とは程遠い絶叫は、今度こそ悲鳴のような声だった。

 どうやら、効果は覿面だった様だ。


 ただ、あのキメラの断末魔のような絶叫が五月蝿かったのか、このキャリバーの唸り声に恐れ慄いたのかは定かでは無いが、前線が軒並み耳を押さえて崩れ落ちているが………。

 ………すまん、許せ。

 代わりにダメージは負わせているみたいだから。


 ちなみに、こっちは目の前でキャリバー50の唸り声を聞いている所為で、あっちの悲鳴のダメージは被っていない。

 間宮も嬉々としてキャリバー50を支えている。

 ただこの子、武器を持たせるとちょっと怖い。

 今も滅多に見ない程の良い笑顔だ。


 そんな生徒の恐慌は、さておき。


 文字通り全弾を撃ち尽くしたキャリバー50。

 銃声が沈黙したと同時に、本陣の足場の上には、吐き出され続けた薬莢が大量に転がり、辺りには硝煙の臭いと血の臭いが漂っている。

 オレもちょっと耳をやられたっぽい。

 薄く膜が張られたように聞こえが悪いが、それも御愛嬌。


 爆音が止んだ事で、ゲイルや地面に蹲っていた騎士達が立ち上がる。

 まだ背後を気にしているのは、オレ達が再度キャリバー50を起動させないかどうかビクビクしているからだろうが、


「………し、死ぬかと思ったぞ…ッ!」

「死んでねぇだろうが」


 ゲイルから、涙目で睨まれてしまったのも仕方ない。

 まだ、死んでいないし、対物兵器を人間に向けることはまだした事が無いので安心せよ。


 まぁ、現状にはまだ安心出来る要素が無いけどな。


 流石に長さが8mの給弾ベルトを吐き尽した所為か、土煙で出来た弾幕が酷い事になってしまっている。

 一度言ってみたかった台詞は言えたので満足ではあるが、多少やり過ぎたかなと冷や汗が流れた。


 しかし、


「………チッ。……細切れにしてやるつもりだったのに…ッ!」

「(………蜂の巣には出来ましたね)」


 やはりというかある意味予想通りではあったが、土煙が晴れたその場所には、未だに巨体が健在であった。

 但し、余り見た目的には宜しくない姿に変貌していたのは、僥倖か。


 血肉を爆ぜ、巨体の半分近くが崩れ落ちるようにして蠢いていた合成魔獣キメラ

 赤黒い体躯からは、更に毒々しい血潮を流し、ギャとかキアとか呻き声のようなものを上げながら浅瀬に崩れ落ちた。

 弾雨が着弾していた川の水もどうやら熱を持っているらしく、下半身に集中していた蜘蛛のような脚がよくよく見れば爛れて変色しているようだ。


 効果はばつぐんだっ!って奴だと思う。

 浅沼語が出てしまったが、素直にガッツポーズ。


 中身はやはり心臓と同じ様な構造をしていたらしく、医療方面や猟奇的な面で慣れていなければ、非常にグロテスクな様相となっていた。


 ただ、先ほども言ったように、見た目的には非常に宜しくない。

 現に騎士達の数名がその場で、もしくは草むらに駆け込んで嘔吐をしている声がここまで聞こえている。

 ………しばらく、肉類は食えなくなるだろうな。

 オレの所為ではあるけど、御愁傷様としか言えない。


「………まだ、動くのかよ…ッ!」


 しかし、見た目に反して、合成魔獣キメラはまだ、命を失う気配が見えなかった。


 赤い眼の奥には、どこか怯えと同時に、怒りも感じ取れた。

 先ほど感じた殺気や威圧感が、更に強く圧し掛かってくる。


「(………しぶとさで言うなら、ゴキブリと変わらないのかもしれませんね…)」


 隣で呟かれた間宮の声なき声に、絶句。


 ………間宮君やい、君ってば結構酷いね。

 そして、やっぱり武器を持っていると、何故か怖いね………。


「魔術師部隊、総攻撃ぃい!!」


 先ほどの弾雨の影響で委縮していたのは、合成魔獣キメラだけでなく騎士達も一緒だったが、流石はゲイル。

 騎士達の中でも誰よりも早く立ち直った彼が、未だに身体を蠢かしていた合成魔獣キメラに気付き、総攻撃の合図を出した。


 トドメを刺すべく、今度は火力も求めて『雷属性』を打ち込むらしい。

 雷属性とやらは、地味に初めて見る。


「我が声に応えし、精霊達よ。天駆ける雷帝の力の一端を、」


 ………そして、お前も使えるのね、ゲイル。

 (※後から聞いたら実は『雷属性』だった。

 あれ?でも、前に『聖属性』とやらを使ってなかっただろうか?気の所為?)


「『雷の槍(ライトニング・ランス)』!!放てぇええええ!!!」


 こちらの世界では天の裁きとも称される、雷の猛威。

 その脅威とも言える魔法を叩き付けられた合成魔獣キメラの巨体が、のたうつようにして暴れまわる。

 流石に、これだけやれば討伐出来たのでは無いだろうか? 


 ………ちなみにこれ、水辺なんだけど、上流を伝って別の魔物とか動物とか感電しないよな?

 そんなどうでも良い事を考えている間にも、


「騎馬隊、前へ!!トドメだ!!」


 更に追撃を仕掛けるつもりらしいゲイル。

 そんな彼の雄雄しい雄叫びと共に、右翼に展開していた騎馬隊が総攻撃の為に蹄を轟かせて走り出す。

 騎手達もゲイルを習って雄雄しい怒号を張り上げて、合成魔獣キメラ目掛けて突撃している。


 それを、どこかうっそりと、静かに眺めていた合成魔獣キメラ

 まるで、死を覚悟しているかのようにも見えたその赤の瞳。


 しかし、それも束の間、


「おい、まさか………ッ」


 先ほどの『雷』属性の魔法の影響で、キャリバー50の時同様に立ち上っていた土煙が晴れたと同時に、言いようのない悪寒がオレの背筋を駆け巡った。


 土煙の向こうから覗いた合成魔獣キメラの身体は、先ほどと|全く変わっていなかった《・・・・・・・・・・》。

 ………魔法が、効いていない!!


「………突出止めろぉおお!!」


 咄嗟に叫んだオレの声は、既に突撃を敢行した騎士達には届かなかった。


 しかし、オレが叫んだと同時に、合成魔獣キメラの巨体が先ほどと同じく炸裂するかのように十数本もの触手が生まれ出でた。


 どんな悪夢だよ、この魔物。


 合成魔獣キメラの赤い眼にはここに来て更に濃厚で凶暴な殺意が滲み出している。

 完全に見誤った。


 奴は諦めていなかった。

 それどころか、まるで騎馬隊を待ち構えるようにしてうっそりと立ち上がった。

 キメラは死を覚悟して動かなかったのでは無く、獲物が飛び込んでくるのを待ち構えていたからこそ、動かなかったのだ。

 そんな中で、騎馬隊が近付けばどうなるか。


「陣形、下がれ!!装甲兵構えぇえええ!!!」


 オレの叫びは虚しく響く。 


「ぐおっ!?」

「ぎゃああああ!!!」

「うわあああああ…ッ!!」


 それどころか、騎士達の悲鳴に搔き消されて聞こえなかった。


 再び叩き付けられた触手の暴風。

 しかも、今度は一本どころなどではない十数本のその猛威に、騎馬が根こそぎ薙ぎ払われ、あるいは馬上から吊るし上げられた。

 鞭のように撓った触手に一刀両断された騎士の胴体が裂け、血飛沫が舞う。


「ゲイルーーーーーッ!!」


 最前線で突撃を敢行したゲイルもまた、その合成魔獣キメラの触手の猛威に曝されていた。

 ただし、コイツもスペックが普通では無かったのが幸いしたのか、迫り来る一本目を槍で弾いていたようだ。

 しかし、流石に馬上で勢いまでは殺せなかったらしく、馬上からあっという間に転がり落ちた彼は、川の浅瀬へと着地。

 更に崩した体勢の所為もあって、次から次へと迫る触手を躱し切れずに薙ぎ払われて、数メートルを吹っ飛ばされた。


 今度こそ、奴は死んだかもしれない。


 対岸まで吹き飛ばされたアイツは、文字通り地面を転がって行く。

 かろうじて教えたばかりの受身は取ったようだが、武器である槍を放り出してしまったのが遠目にも見えた。


「ぐうぁあ!!」


 そこをすかさず、触手に捕まってあろう事か吊り上げられた。


 ゲイル以外にも騎士達が4名、触手によって空中に吊り上げられている。

 こんな光景は、流石のオレも見た事が無い。


 やはり、完全に見誤っていた。

 まさか、またしても敵に塩を送り付けてしまうなんて、と血が滲む程に噛み締めた唇。


「ひぎゃああああっ!!」


 そんな中、甲高い悲鳴と共に、魔物の口の中に放り込まれる一人の若い騎士。


「マイケルーーーーッ!!!」

「アイツ…!!」


 少数精鋭部隊ではドジっ子属性でもあった、あのマイケルだ。

 夜の校舎探索の際に、階段踏み外して『闇のダークヘイズ』に操られるきっかけを作った青年だったから、オレも良く覚えていた。

 そして、ゲイルが率いている『白雷ライトニング騎士団』でも、若手のホープである事も知っていたと言うのに。


 ゲイルの名前を呼ぶ声も空しく、マイケルはキメラの口の中。


 『グシャリ』


 異音と共に、円形の口に生え揃った乱杭歯が容赦なく、マイケルの命を絶った。

 噴出した血が、合成魔獣キメラの血で汚れた川を、更に毒々しく染め上げる。


 最後の悲鳴すら聞こえる事無く、バリバリと異音を響かせながら咀嚼されたマイケルの身体。


 ごくり、と聞こえた音が、嫌に響いた。


 眼の前で広がった凄惨な捕食ショーは、騎士達の気鋭を削ぐには十分な効果を齎した。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

「貴様ぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 まるで、笑い声でも上げているかのようなキメラの声の所為で、重なったゲイルの怒声すら霞む。

 その歓喜の嬌声は、オレ達を見下すようにして酷く響いていた。



***

魔物の構想は以前から考えていたのに、文章にすると全く要領が掴めないですね。

作者の目汚しなイラストでも添付してしまおうかと半ば本気で考えました。

切実に文才が欲しい。


ゲイル氏との初共同作戦でもあります。

以前の校舎での作戦は謂わば巻き込まれ体質故のイレギュラー。

今度は逃げ回るだけじゃなくしっかり戦闘描写が書けると良いな…。(遠い眼)



ピックアップデータ。

出席番号10番、永曽根 元治。

20歳。

身長194センチ(!?)、体重77キロ。

常盤兄弟同様珍しい白髪の髪を角刈り、目の色は普通に茶色。

実は高すぎる身長と目立つ白髪がコンプレックスだったり。

実家が有名な武道家なので、そこもまたコンプレックス。

クラスで一番の身長を誇る日本人とは思えない20歳。

監視カメラだって頭をぶつけて気付いた。

強面だけど、昔犯した間違いを正す為に弱い者イジメはしない。

趣味はバイクや車のデチューン。

だけど、最近菜園をやってみたい。

銀次が裏庭の一角に、石鹸の添加用にハーブを植え始めたのを見て、自然と花とかも育ててみたいと考えているらしい。

幼馴染も家芸が華道だし、アルバイト先も花屋なので本格的に学ぼうとしている。

元暴走族のリーダーだったり、実はまだ現役だったりもする。

最近、銀次に強化訓練を受けているのが楽しくて仕方ないらしい。

ただ『ボミット病』を発症している事もあって、調子に乗ったりはしない。

元々頭は良かったので、それなりにやるだけでクラストップ。

英語の習得も早かったし要領も良い、文武両道タイプ。

最近は銀次に感化されて、オトメン思考に目覚めた様子。

そして、本格的に常盤兄弟に兄弟認定をされている事に気付いている気の良い兄貴。

そのうち、兄弟になっても良いかも。

頭でも力でも頼れるクラスの兄貴分。


10回目のピックアップデータ。

彼は紀乃くんと違って最初から決まっていたキャラがずっと同じ。

ただ、最近固い口調が砕けてきたので、書いている内に香神と見分けが付かなくなってきた。(作者としてそれはどうなのか?)

そのうち、コイツは勝手に家庭菜園も始めると思うよ。

足腰の鍛錬に丁度良いとか言い出すよ。

しかも、料理にも口出しし始めると思う。

だって、オトメン(笑)。

身長190センチ越えのオトメン(笑)。


誤字脱字乱文等失礼致します。

お目汚しな脳内も曝してしまって申し訳ありません。

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