25時間目 「個人面談~問題児には鉄拳制裁~」
2015年9月20日初投稿。
25話目です。
(改稿しました)
***
オレの手には、サンドイッチの乗った皿。
この世界に食パンなんてものはまだ無いので、フランスパンにも近い白パンに具材をたんまり詰めてやった。
要はフランスパン並みに固いのだ。
味付けは洋風ソース仕立て。
ブイヨンをこれでもかと煮詰めて、わざわざ文句を垂れる生徒達の為に作ってやった特製ソースだ。
オレが汗塗れになりつつも作った特性ソースだ。
心して食うが良い。
この世界の食生活に順応すればするほど現代社会のジャンクフードが恋しくなるもんだ。
今度卵が手に入るようになるなら、マヨネーズでも作ってやろうかしら。
(後に、マヨネーズもどきはあった事を知って、喜んで校舎への導入を決めたけどね)
オレの後ろには制圧担当の間宮と、呆れた顔をしたゲイルもいる。
何故、コイツが呆れているのか、と言えば彼の手にはこれまた大皿に乗ったサンドイッチがこれでもか、と積まれているからだ。
………徳川、結構フードファイターなのよ。
それはともかく、迎撃準備は万端だ。
片手に皿を持っているので、ノックが出来ない。
だが、それをオレは気にしない。
遠慮なく扉に皿ごとぶつけてノックにすると、たんまりと詰めた具材がちょっとだけ零れた。
「おーい、徳川~。立て籠もっても無駄だぞ~」
自分の部屋に何故、ノックをしないと行けないのか。
苛立ちが募る。
ノックを辞めて、脚で蹴り始めた。
「聞いてるのか、徳川~?飯の時間だぞ~」
何を隠そう、立て籠もり犯がオレの部屋を占拠しているからだ。
昨日、ちょっとした暴力沙汰を起こしてくれた徳川は、自室となっていた部屋を半壊にし、パイプ椅子を投げ付ける事で窓をかち割ってくれた張本人。
おかげで、コイツの為に、オレの部屋を貸し出す事になった為、オレは一階のダイニングにあるソファーで一夜を明かした。
………地味に寝心地良かったけどさぁ。
客間は全く物が揃って無かったから、使えなかったの。
前にゲイルを泊めた部屋は、既にゲイルの専用の客間みたいになっちゃっているから、なんとなく使わせるのが気が引けちゃったし。
そんなこんなで、翌日の時刻は昼。
あれから結局、徳川は隠れてトイレに行く以外には、オレ達の前には姿を現すことは無かった。
授業も訓練も生徒達はいつも通り行なっている。
今は、生徒達に耐久マラソン(これも立派な特訓メニューである)を課して来た。
免除されているのは車椅子生活の紀乃。
アイツには厚紙を巻いて作った特性メガホンを渡して応援担当を義務付けている。
ついでに、ラップを計って記録して貰っているが、果たして今日は誰が罰ゲームになるのやら。
(※ビリには飯抜きを言い渡している。リタイアの場合はソイツが繰り下げ)
そして、更に免除されているもう一人は間宮。
勿論、コイツは制圧担当だ。
徳川が暴れた場合、オレは片手しか使えないので、ノックアウトするしか制圧できない。
それでは、折角カウンセリング兼昼食を持ってきてやったのに意味が無い。
徳川を免除した覚えは無い。
なので、容赦なく叩き出す事にした。
「いい加減にしないと本当に放り出すぞ!!
今、お前が立たされている現状をちょっとは理解しやがれバカタレが!!」
扉を渾身の力で蹴った。
………ら、穴が開いた。
後ろの2人から温い視線が突き刺さる。
自分の部屋の扉壊してりゃ世話ねぇわな。
うん、ちょっとやり過ぎた気がしないでもない。
ただ、効果はあったようだ。
鍵を解除する音が聞こえる。
だが、それだけではオレが入ることは出来ないので、開けろという意思表示でオレはもう一度扉を蹴った。
穴が広がった。
こうなりゃ自棄だ。
だが、今度はドアノブがまわされたので、オレが扉を壊して乱入する事は無かったらしい。
「グッモーニン、大馬鹿野郎。飯食ってトレーニングしやがれ」
『お前、せめてもうちょっと言葉を弁えないか?』
『芋虫野郎にはこれで十分だよ』
朝からスラング連発である。
ゲイルから口調の指摘があったが、オレはそれも叩き折る。
………コイツ、地味にまた言葉の精霊を発動して言語スイッチしていやがるな。
徳川は文字通り、毛布に包まって芋虫になっている。
顔だけ出して、所在無さげに扉から顔を覗かせて俯いていた。
念の為間宮を連れて来たが、どうやら暴れる気は無いようだ。
ゴメンな、制圧担当。
お前の仕事は無くなったよ。
「オラ、飯だ」
「…いらない」
「ああ?食わねぇなら、口に突っ込むぞ」
「………ごめんなさい」
ちょっと恫喝するだけで、徳川は折れる。
こりゃ、べっきりぼっきり心まで圧し折れているだろうな。
もそもそ、と皿を受け取って、そのまま食らい付いた徳川が眼を瞬かせる。
そりゃ驚くだろうよ。
現代とはまた違った風味(だってシナモンとか香辛料が揃わなかったんだもん)だが、味は10人中10人が認めたオレの特性ソースだ。
コイツも地味にマ○クとかモ○とか好きだったらしいし。
この情報は、榊原から聞いた。
「食べたら、少し話をするぞ。おかわりはたんまり作ってあるから、慌てて食べなくても良い」
「……怒ってねぇの?」
「昨日怒ったからな。
ある程度お前が反省しているなら、それ以上を怒る気はねぇよ」
いや、だってもう言いたい事は言ったもんオレ。
さっきまで怒っていたのは、授業をボイコットした挙句に人の部屋に立て籠もっている事に対してであって。
昨日は体罰もして、少々本気説教もして、そのまま放置したんだ。
十分だろ?
「(お優しいですね、銀次様)」
『お前と言う奴はどこまで寛大なんだ…』
外野が何故か感動したけど。
ああ、ほら。
徳川がまた泣きそうになってるから、ゲイルは皿置いたらとっとと出て行けよ。
地味にパシッたけど、お前はしばらく下僕なんだから別に構わないだろう。
喜んでワンと鳴きやがれ、この犬畜生。
『………理不尽だ』
『扉に穴開いてるから聞こえてるぞ~』
『Σッ…!?』
お前は、間宮か。
とりあえず、後でお前はサンドバック決定。
そんな間宮は、直立不動で扉の前に待機しているけど。
地味に本気で立ち姿がルリと似ているから、もうどこをどう突っ込んだら良いのか分からん。
最近脇差を背中に吊る様になったから、それも含めて忍者に見える。
コイツの将来が本当に不安なんだけど。
お前、就職先をリアル忍者として、伊○流忍者博物館とか登○伊達時代村とかにしないよな?
と、話が明後日の方向にかっ飛んで行ったな。
そろそろ、回収しなくても良い様になりたい。
「それで?食べながらで良いから聞け?今後、お前はどうしたい?」
「…どうしたいって?」
「この世界では英語が出来ないと、本気で洒落にならないぞ。
何もオレは出来ない事をやれと言っている訳じゃない。努力すれば必ず出来る事を言っているんだ」
努力次第で、出来る事はいくらだってある。
コイツだって夜間学校特別クラスにやって来てから赤点は取らなかった。
オレが抜き打ちテストした時には、ちゃんと覚えている場所は覚えていたので、理解をすれば、発揮出来るだけの能力はあるのだ。
「…だって、分からねぇんだもん…」
と、サンドイッチを両手で握り締めたまま、泣き始めた徳川。
あーあ、心が本気でぼっきぼき。
しかも、サンドイッチを握り締めたもんだから、具材がベッドに落ちてべとべとじゃねぇか。
忘れるなかれ、オレの部屋なんだ。
後で洗えよ、コノヤロウ。
「何も怒っている訳じゃない。
努力をしてくれと言っているんだ。その努力をやろうとしていないから怒られたんだ」
「やろうとしたよ!だから、香神からも我慢して教わってたんじゃないか!」
「STOP!」
コイツ、言うに事欠いて、我慢して教わっていただと?
物を考えて少しは喋らんか。
問題発生だ。
まずは、コイツの考え方から修正しなければならないかもしれない。
ああ、後ろで間宮も舌打ちしやがったし。
殺気が漏れてますよ、間宮くん。
「…なんだ、その言い方は?折角、香神が努力して教えに言っていたというのに、」
「…頼んでねぇもん…」
「そうだな。お前は、頼みもしなかった。努力をしようとしてなかったって事だ」
「………」
図星を突かれて黙り込む。
典型的な、自己中心的な我が侭持論だな。
「お前さ、何を考えているのかはっきりと教えてくれるか?
何、勉強したくないからしないの?それとも分からないからしたくないの?」
「………どっちも。勉強したくないし、分からないから…」
どっちもかよ。
「じゃあ、次に聞くけど。英語がこれから出来ないとする。
他のクラスメートとは会話が通じない。
いっつも一緒だった榊原とだって、話も出来ないだろ?それでも良いのか?」
「………」
だんまり?
いや、これは多分分かってるんだろうけど、言いたくは無いって事だろう。
あれか?
理解は出来ても納得が出来ないって奴か?
「じゃあ、最後。オリビアと話も出来ません。どうする?」
「それはヤダ!!」
「だったら、最初から真面目に努力をしろ」
オリビアを絡めると一発かよ。
おい、コイツマジで色ボケしてねぇか?
あー、もう進まないし、まどろっこしいから本題だけ話してやる。
元々、こうして話し合いを設けたのも、この本題を伝えておかなきゃいけなかったからであって。
「………あのな、徳川。
昨日、他のメンバーには先に話したけど、近く魔物の討伐作戦が開始されて、ゲイルも含めた騎士達の討伐隊が組まれることになっているんだ。
オレは、それに同行しなくちゃならない」
「えっ!?」
別に勘違いはするなよ。
あくまで士気向上の為に担ぎ出されるだけだから、戦闘は万が一の場合以外には無いから。
だけど、問題はこっち。
「間宮も連れて行く事にしている」
「なんでだよ!なんで間宮だけ!?」
「まず一重に戦闘能力だな。
オレの師事を受けているからフォローも出来る。後は実戦経験を積ませる為と、」
「ずっりぃ!!」
オイコラ、徳川。
だから、お前はもうちょっと考えて物を喋れ。
今回の抜擢も、功績や実績あっての物だ。
ずるいとは何事か。
「だって、ずりぃだろ!!間宮だけいっつも贔屓されてる!!」
「贔屓はしていない。コイツが今まで成し遂げてきた結果に見合った報酬でもある」
「永曽根は!?」
「アイツは病気があるから、元々除外だ」
「そんなの先生だって同じじゃん!!」
「だからオレは、騎士団に担ぎ出されているんだっつうの」
あー、ちょっと疲れる。
19歳って、こんなに聞き分け無かったっけ?
同年代は榊原だけど、アイツは変な所で達観しているから比較にならないか。
一個下の伊野田と香神と河南と比べても、こいつは自棄に子ども染みている気がするし、本当にどうすれば良いんだろう?
言葉が通じない子どもの相手って、した事無いんだけど。
子どもは好きだけど見ているのが好きなだけであって、相手にした事は無いの。
実際、オリビアや女神様と触れ合ったのが、初めての経験だったのオレは。
今さっき、討伐隊に出向する理由を説明しなかった?
それに、間宮に対して何か対抗意識を燃やしているらしいけど、コイツはオレと同じで、元々の産まれや育ちが違うんだから、それが一番無駄だからね?
「オレも連れてけよ、先生!!邪魔はしないから!!」
「無茶を言うな、徳川。
だいたい、問題を起こして学校に居づらいからってオレに付いて来たところでお前は何も出来ないだろ?」
「べ、別にそういう訳じゃねぇし!!やってみなきゃ分からねぇだろ!!」
「英語が喋れないのにか?」
「…ッ…!」
気付けよ、バカタレ。
騎士達と一緒に行くって事は、当然言語は英語しか使われないに決まっているだろうが。
「間宮は、英語が理解できる。
言葉は話せなくてもヒアリングが出来るから、急な対処に困る事は無い」
それに、間宮と徳川では土台が違いすぎる。
コイツは無い力を鍛え上げてセーブし、持て余す事は無いが、徳川は有り余る力をセーブ出来ずに、持て余しているのだ。
そして、間宮は徳川がしない事を自発的にやっている。
何か。
「間宮、服を脱いで、シャツをめくれ」
「(了承しました)」
「な、何してんだよ!?」
いや、何もそんなに赤面して慌てる必要は無い。
性的な目的は無いから。
オレの指示に従って、間宮が学ランを素早く脱ぎ捨てた。
綺麗に着込んでいたシャツの裾を捲りあげて、その下の肌を胸まで惜しげもなく曝け出す。
「…---ッ!!」
徳川が息を呑む。
白い肌。
15歳にして鍛え上げられたしなやかな筋肉。
シックスパックでは無いにしても、見事に引き締まっている腹だ。
しかし、問題はそこではない。
その上に被さるようにして、真新しい傷跡や打撲の後が幾つも浮いている。
赤や紫、黒く変色しているものまで、形も大きさも様々だ。
「これだけの修練をコイツはしている。生傷は耐えない。昨日は血反吐まで吐いてる」
「そ、そんなの…可笑しいだろ!!そんなのただの暴力だ!体罰じゃないか!!」
「間宮?オレは、お前に体罰を振るっているのか?」
「(ふるふるふるふる)」
そうだ。
これは、体罰ではない。
暴力の範疇には入るが、オレはただ理不尽に殴っている訳じゃない。
「これが修練なんだ。
お前達は駆け出しで、コイツは今それよりも更に先に進んだところに居るだけの事。
元々のベースも違う。
そして、これをコイツはここ2ヶ月の間ずっと、休むことなく続けている。その意味が分かるか?」
「………続けないと、いけないから?」
「そうだ。継続は力なり。そして、それこそが間宮の努力だ。
お前がしていない努力を、間宮は2ヶ月もの間ずっと続けている」
「…そ、そんな事…ッ!!…そこまでしなきゃいけない事なのか!?
…オレ達も、いつかそんな風にならなきゃいけないのかよ!!」
「じゃないと死ぬんだ、この世界では」
「-ッ!!」
思った以上に冷たい声が出た。
吐き捨てるような声に、徳川が息を呑み、途端に体が縮こまる。
コイツ、もう忘れているようだな。
この世界に来た時に、最初に何があったのか。
「一度はオレ達も死に掛けているんだぞ?忘れたのか?
永曽根は斬られた。香神は昏倒された。間宮ですら、太刀打ちできずに軽々と昏倒されているんだぞ?
あれが、もし騎士達にとって、オレ達を敵と判断した虐殺だった場合、どうなっていたと思う?」
「…ヒッ…ッ…!」
息を詰めた彼は、今更になってあの時の恐怖に思い至ったのだろう。
………最初から、気付いていて欲しかったものなのだがな。
「(面目次第もございません…)」
「気にするな、間宮。終わった事だ」
ああ、間宮、ゴメン。
忘れてた。
服着て良いよ?腹も冷えるし。
納得はこれでして貰えるだろうか?
実際、この世界ではいつ誰がどこでどのように死ぬかも分からない。
怪我も有り得る事だし、オレ達が発症したように正体不明の病気だって有り得る。
もしかしたら、騎士ないしならず者や犯罪者に狙われて殺される可能性だって有り得なくは無い。
警戒は続けているが、赤眼の少女の一件だって3ヶ月経った今でも片付いていないのだから。
そして、コイツの我が侭自己中持論も可笑しい。
勉強が出来ないから仕方ないってのは、ちょっと都合が良過ぎる言い訳だ。
実際、オレは勉強が出来る方ではあるから、勉強が出来ない人間の気持ちはちょっとばかり理解は出来ない。
ただ、努力はして来たつもりだ。
「オレだって、間宮だって、最初からなんでも出来た訳じゃないんだぞ?
オレだって軍属の訓練で泥まみれの血塗れ、血反吐吐きながらやって来た。それを、今間宮がやっているだけだ」
「…でも、勉強とは違うじゃん…」
「間宮だって勉強してただろう?お前と違って英語どころか礼儀作法も習得してんだぞ?」
「……う゛ぅぅぅぅぅぅ…」
ほら、何も言えなくなった。
黙りこんで、最終的に唸り声にも似た泣き声を上げて俯く19歳。
餓鬼なんだから、本当。
努力を惜しんでいないからこその結果。
それが、今回の討伐隊同行への抜擢だし、実質の褒賞。
まぁ、実戦の空気に徐々に馴染ませたいという皮算用もありながら。
これで、分かって貰えないならお手上げだけど。
もう放っておくというか、オレも匙を投げるしかない。
今日も、そのまま飯を置いて、徳川は放置することにする。
「オレは、明日出向する事になってる。
一ヶ月は戻らないだろうから、それまでに今の状況を改善する努力姿勢を見せてくれないなら、………オレも考えるぞ…」
脅しを一つ。
徳川は、泣いたままで、返答は無かった。
間宮を引き連れて、オレは部屋を出る。
あれこれ言って、考えさせるよりも今は放っておいてやった方が良い。
『………良いのか、ギンジ。まだ子どもだろう?』
『いつまでも甘やかす事は出来ない。大人の階段を上らせない事には、な』
部屋を出れば、扉の横に寄り掛かっていたゲイルから、そんな事を言われた。
ただ、甘い顔ばかりをしていられないのは本音だったので、そこら辺は素直にすんなりと答えておいた。
ただ、お前、苦々しい顔はしているが、
『………また盗み聞きかコノヤロウ?』
『だから、こうして秘匿しないでここにいただろう?』
『それも問題だよ、馬鹿野郎が』
お前は何をどうして、こうナチュラルに盗み聞きしてんの?
それをどうして開き直っちゃうの?
馬鹿なの?死ぬの?
仕方ないので、徳川で溜まった欝憤を晴らす為に、コイツにはサンドバックになって貰う事にした。
知ってっか?徳川。
………体罰って言うのは、こう言う事を言うんだ。(遠い眼)
***
って、だけで終わる筈も無かったけど。
結局、徳川の性格は一日経っても変わらない。
いや、一日で変えるのは無理だと分かっているし、変えなきゃいけないんだろうけどどうしようもない。
昨日徳川と話をした後に、念の為に香神のフォローはしておいた。
アイツもアイツなりに、自分が悪かったとは分かっていたし、更に言うならそれが自分の所為だと反省し、落ち込んでいた。
最初は好意だったけど、それは結局徳川の行動によって台無しになっている。
一個下の香神の方がしっかりしてるってどうなんだ、徳川。
問題ばかりの特別クラスである事は分かっていたものの、こういう問題ばかりとは思いたくなかったものである。
更にその翌日である。
徳川は結局、丸一日部屋に閉じこもっていた。
今日は、オレが討伐隊に同行する為、学校前に生徒達を集めた。
オレはオレで旅装を確認しつつ、生徒達には連絡事項や緊急事態への対処を話しておく。
何事も、事態への対処を聞いているのと、聞いていないのとでは違うからな。
出来れば、徳川を含む全員に連絡事項の確認をしたいので顔を出して欲しかったものだが。
と思っていたのも、束の間。
「…あ、………」
「先生、徳川が………」
「うん?」
徳川は呆気なく、割とすんなりと部屋から出て来た。
校舎前に集めた生徒達をすり抜け、押しのけつつもオレの目の前まで来た。
その眼には、オレの嫌いな感情がありありと浮かび、格好がどう見ても旅装だったけど。
………再三の嫌な予感に、溜め息も出てこなかった。
「オレも、連れてけ!」
言うと思ったよ。
「Noだ、徳川。まずは、面倒を起こした事を全員に謝って、良い子で勉強して待っているんだ」
「嫌だ!もう、こんな所居たくない!!それなら、先生に付いて行く!!」
「何度も言わせるなよ、徳川。今すぐ旅装を解除して来い」
「連れてけってば!!」
何、お前。
この学校に居るのも嫌になったから、オレに連いて来るって?
それはただの逃げだ。
そして、結局オレに依存しているのと同義だ。
徳川の目に浮いたオレの嫌いな感情は、諦めだった。
「あのなぁ、」
「連れてけよ!間宮も行くんだろ!?
訓練の成績はオレだって3位なんだから役に立てるよ!!」
しかも、何か勘違いしているようだ。
それに、昨日も言った筈だが、英語も使えないのに何が出来るのか。
『少しは覚えたのか?英語を使えないと、連いて来た所で何も出来ないぞ?』
「何言ってるか全然分からねぇ!」
「………だったら、駄目だ。間宮は今の意味が分かってるだろう?」
「(こくこく)」
「そうやって間宮ばっかり!!贔屓だ!!
オレだって努力してる!!出来ないのは教え方が悪いからじゃないか!!」
そうかそうか、教え方が悪いか。
今、コイツはオレだけじゃなく、同時に香神の事も貶したな。
オレ達のやり取りを学校前に見守って生徒達が眉を潜めた。
香神なんかは徳川の言葉の真意にも気付いたのか、悲しげに俯いただけだった。
………はぁ、コイツ。
どうして、オレを本気で怒らせるような事をするのか。
「徳川!!」
オレは怒声を張り上げると同時に、右手も振り上げた。
バチンッ!と鳴った、平手の音。
朝方の校舎前には、良く響く打音だった。
蹈鞴を踏んだ徳川が、後ろにひっくり返った。
生徒達が驚いて目を見開いている。
オレの背後で、出向を待ち待機していた騎士団の連中も、息を呑んだ。
………まぁ、そうだろうな。
拳骨は落とした事があったとしても、それ以外で生徒に対して手を上げた事はあまり無い。
良くてパニック障害の浅沼を抑え込んだのと、喧嘩の仲裁ぐらいでしか叩いたことは無かった。
「………あ、」
尻餅を付いて、叩かれた頬を押さえ、呆然とオレを見上げた徳川。
こうして見ると、本当に19歳とは思えない童顔が驚きに染まって、更に幼く小学生にも見える。
だが、中身は19歳だ。
分別も付けなくてはいけない、大人の階段に足を踏みかけているデカイ子供だ。
だからこそ、そろそろオレも本気でコイツを自分の足で立たせなければならない。
オレは、続けて大きく息を吸い込み、そして吐き出した。
「いい加減にしろ徳川!!何度言えば分かる!!
お前は努力なんて一つもしていない!!英語を習得していない事が良い証拠だろう!!」
徳川への叱咤、事実を指摘する為に。
途端、オレの怒声を聞いた徳川が、震えあがったが、それでも反抗心は折れていなかったようで、言葉で噛み付いてきた。
「ぶ、ぶつ事無いじゃんか!!
そ、それにオレだって頑張ったよ!!勉強が出来ない分、訓練頑張ったじゃんか!!」
「必須科目を頑張らなかった時点で意味も無い。
お前は昨日、無断で欠席した事も含めて訓練だってしていないだろう!!」
それが胸を張れる事かと言われれば、否。
もっと頑張っているのが、間宮と永曽根、浅沼だ。
特に浅沼は運動音痴なところもってきて、ぎっくり腰もあったというのに、今ではランニングでリタイアすることはほとんど無くなった。
………昨日の耐久マラソンではビリだったけど、まぁそれは良い。
そんな彼等とお前を、一緒にするんじゃない。
「今まで頑張ったじゃん!!
なのに、オレにはなんのご褒美も無いじゃん!!オレだけそうやって差別してる!!」
「馬鹿者!どんなに頑張っても、全員に出来る事をお前が出来ないから褒美だってやれる訳が無いだろう?それこそ、差別じゃないか!!」
褒美?
どの口が言うのか、馬鹿を言うな。
もう一度、頭を殴っておく。
コイツは、昨日何も聞いていなかったようだ。
………もしくは、忘れたのか?
どうして、コイツは学習してくれないのかな。
「オレはやれる事をしろと言っている。今のお前に出来るのは英語の習得だけだ。
間宮に対抗意識を燃やしたところで土台が違うのだから意味は無いし、まず自分のやるべき事を努力してからオレに物を頼め」
「だからやってるって言ってるだろ!?
それでも、出来ないんだから、しょうがないじゃんか!!」
………コイツ、いけしゃあしゃあと。
やれる事をやっているだ?努力もしていない癖に何を言っているのか。
「義務を放棄した挙句に権利を主張するな!
努力もしていない癖に認めてもらおうとするな!それはただの甘えだ!」
「な、なんだよ!なんだよ畜生!!親父でも無い癖に威張るな!!」
猛然と立ち上がった徳川。
その眼にははっきりと、怒りが見て取れる。
先ほどの諦めを宿した瞳は嫌いだったが、こっちもこっちでどうしてくれようか。
あーあ、やっぱりコイツ、何も学習していないのか?
また、怒りに任せて力を暴発させる気だな。
いい加減にしろ。
「その親父に家を叩き出されたのはどこのどいつだ!?」
徳川が振り上げた拳。
それを右手で受け流して、殺人的威力を緩和する。
それだけでも手が痺れたが、がら空きになった胴体に向けて膝を叩き込む。
一昨日の間宮への鳩尾殺人膝蹴りだ。
………ただ、加減はしたよ。
普通の人間だったら、死んでもおかしくない威力を持っているのは知っているからね。
加減はしていてもそんな威力の膝蹴りを受ければ、多少は頑丈である彼も、嘔吐いて地面に蹲った。
コイツ等に訓練をさせていて、その訓練の指揮を取っているのはオレだ。
そんなオレに、敵うわけも無いだろうに向かってくるとは、何を馬鹿な事をしているのか分からない。
「お前はオレを殺せる力を持っている。
それは認めてやろう?だが、力だけだ。技術は無い」
「ぐ…ふっ…畜生……、おえ゛ッ…!
…オレだって、好きでこんな力…ッ、持った訳じゃない!!
オレだって、好きでこんな学校にいる訳じゃないのに…ッ!!」
「だったら出て行け。オレに付いて来る云々以前の問題だ」
「ヒグ…ッ…!」
初めて、オレが出て行けと口に出したからだろうか。
徳川が息を詰まらせた。
生徒達も、身体を強張らせているようだ。
その『出て行け』という一言が、この異世界でなければまだ良かったかもしれないがな。
「良く考えておけ、徳川。
…どの道、お前に学校以外の居場所は無い。
家からも叩き出されたお前が、誰に泣き付いたところで居場所はここだけだ」
英語が出来ない。
だからと言って、出来ないからやらない、というのは違うだろう。
訓練を頑張った。
そうは言っても、もっと頑張っている奴もいるのに、彼だけを評価する事は出来ない。
それはただの自己満足であり、我が侭だ。
居場所が無くなって困った事だろう。
特別学校の夜間クラスに来た時も、コイツは家族との縁切りを逃れる為に来た筈だ。
英語が出来なければ、この学校を放り出された後はどこにも寄る辺は無くなる。
そして、この世界にコイツの居場所はどこにも無い。
勿論、捨てるつもりはこれっぽっちも無いが、発破を掛ける意味で使う言葉としては最後になるだろうな。
これで、駄目なら、
「出て行きたいと言うなら、勝手に出て行け。
その代わり、オレはお前を敵と見做す。そんな危険な力を持った人間をむざむざと野に放つ訳にはいかないからな…」
殺気を込めて、徳川を見下した。
途端、彼は白眼を剥いて、その場で仰向けにひっくり返った。
しかも、よくよく見てみれば、どうやら失禁までしてしまったのか、石畳がじわじわと色を変えて行った。
もし、出て行かざるを得ない状況をこれ以上作るつもりであれば、容赦はしないと暗に付け加えて。
これが、最終勧告で、オレにとってこの世界で初めての冷酷な処置。
そうさせないで欲しい、という願いも込めたが、その結果が現れるかどうかは1ヶ月後になってみないと分からない。
ここまでやったのは、生徒には初めてかもしれないな。
おかげで、しばらく彼は、悪夢に魘されるだろう。
ゲイルや国王には何度か見せてるけど、守るべき生徒に使う事になるとは、オレも考えもしなかったので、少々寝覚めは悪い。
「悪いが、榊原と永曽根。コイツのお守りを任せる」
「了解しました。仕方ないよね…」
「………大丈夫か、コイツ?それに、先生も…」
「オレは別に、何も気にしていないからな。
………ただ、気がかりなのはお前たちの方だ」
もう出発の時間だ。
このまま、徳川の事は生徒達に任せるしかない。
いや、今更になってコイツを残していくのも不安になって来たけど。
間宮に次いでクラスの防波堤である永曽根と、徳川に続く成績をキープしている榊原に後を任せる。
そこで、永曽根の肩の上に乗っていたオリビアが、ふんわりとオレの肩に移動してきた。
『オリビアがおります。いざとなったら、トクガワ様にも罰を当てちゃいますの!』
『いや、せめて人語が通じるようにして?じゃないと英語の履修も出来ないから…』
オリビアは嬉々として何を言ってるの?
そして、お前もゲイルを真似して言語スイッチしちゃってるのだろうか?
………言葉の精霊って厄介なのか便利なのか分からないな。
ただ、人間をやめさせるのはせめて辞めてあげてね。
この色物集団に、今度は動物を加えるとなると、またしてもこのクラスの風評が明後日の方向で迷子になるから。
閑話休題。
「これだけで、終わるとも思ってないけど…」
このまま行って良いものか、どうしても悩んでしまう。
『ギンジ、大丈夫か?…その、問題があったようなら、』
それを見越したのか、背後にやってきたのは、今回の討伐隊を取り仕切っているゲイルだった。
コイツは、まだ地味にオレに無理を言って、この討伐隊に参加させたことに負い目を感じているらしく、気にしなくて良い事まで気にしてくれたりもした。
………旅装の準備をしてくれたのも、地味にコイツだったりしたんだよねぇ…。
『………ああ、大丈夫』
こんな状況を見てからじゃ、大丈夫とは鵜呑みには出来ないだろうけど、オレは大丈夫。
振り向かずに言った所為か、結局彼の心配そうな目線は解除されなかったが。
改めて、苦笑と共に大仰な溜息を一つ。
これで、少しはオレも怒りだけは、誤魔化せると思いたい。
誤魔化せないのは、やるせなさと不安だけだ。
『じゃあ、良い子で留守番してろよ、生徒達』
約1名を覗いて全員に、念押し。
徳川は気絶しているし、今は何を言っても無駄なことだろう。
そんなオレの言葉に、生徒達は苦笑とも付かない微妙な顔をしながらも、返事をしてくれた。
………やっぱり、
『不安だけど…』
『((こくこくこくこく)同感です)』
こうなってしまった以上は、もう仕方ないけどな。
頼れる女神様と、防波堤と榊原に望みを託そう。
と思ったら、
『先生、今変な事考えなかった?』
『惜しい。………変では無いけど、失礼な事は言った』
『アンタねぇ…!』
何故か、榊原にオレの内心で考えていたことがバレていた。
素直に白状したら、腰に手を当てた説教ポーズを取られたけど、その格好が既に『O・KA・N』だと気付くのは、いつになるのやら。
***
こうして、オレ達は学校に大きな不安を残したまま、討伐隊の行軍に同行する為に出発した。
討伐隊参加以上に、学校が気掛かりで心配すぎるとか。
………オレ、本気で禿げるかもしれない。
***
………先生、気付いたら円形脱毛症とかなってそう。
カツラだからばれないけど、風呂とかで地味に凹む。
徳川くんはやっぱり悪ガキというか、聞き分けの無い駄々っ子。
こういう年頃(?)の子って、書き方が難しいのですが…。
それも作者の勉強不足に、力不足です。
ピックアップデータ。
出席番号8番、常盤 紀乃。
16歳。
身長160センチ、体重38キロ。
河南と一緒で珍しい白髪に、少し薄い茶色の目。
常盤兄弟双子の弟。
兄同様線が細いので、髪の色も相俟ってモヤシにしか見えない。
事故の影響で下半身不随となって、車椅子生活。
顔面神経の劣化で言葉の語尾がひっくり返る事が多い。
下半身不随も神経劣化もコンプレックス。
昔は兄よりも活発だったらしいけど、今は見る影も無い。
河南同様武道を習っていたのに、今でもそれも使えない。
趣味は人間観察及び人間の身体構造観察。
有名な代議士の息子。
家出同然で実家を飛び出した兄の事を尊敬し、良く慕っている。
介護をされるのが心苦しいと感じてはいるけど、夜間学校に来てからは兄を独占出来ている事に満足気。
異世界に来てからも、兄と一緒だったので、気分的にはマシ。
銀次先生もいるので、大丈夫かなぁとしか考えていなかったので、最初の騎士から拘束されーの投獄されーの、先生が拷問されたのは応えたらしい。
ここで、ストレスで顔面神経劣化の症状が進んでしまった。
理科実験大好き。
人体の構造を知るのも好きなので、医療関係の授業は素直に喜んでいる。
人体模型が手に入ったのもあって、最近は毎日磨いて眺めている奇声混じりの笑い声を上げているとか。
花より人体模型。
ただ、お兄ちゃんが居る時はあんまりやらないようにしているらしい。
ブラザーコンプレックスだもん。
兄同様、最近永曽根を兄認定している。
年頃の女の子よりも、兄と人体模型が好きな16歳。
ピックアップデータ8回目。
正直に忘れていた事をゲロっておきます。
先に9番を更新してしまいましたが、8番も追いつきました。
紀乃は当初のキャラよりも本編が進むに連れてちょっと奇天烈な性格にしてしまった気が満載。
修正はもう、利かない…の、か?
誤字脱字乱文等失礼致します。